人 物
宮川愛子(15)高校生。
鏡の愛子(15)音楽室の鏡の中の宮川愛子。
利根みくり(15)高校生。
木下史暁(15)高校生。
教師
男子生徒A
男子生徒B
女子生徒A
○教室・中
教師、黒板に向いて説明をしている。
宮川愛子(15)に向かって、丸めた紙が複数の生徒から投げられる。
愛子は表情を変えず座っている。
教師、生徒の方に向き直る。
生徒たち、投げるををピタリとやめる。
教師、再び黒板に向かう。
生徒たち、再び愛子に紙くずを投げる。
教師、生徒の方に向き直る。
生徒たち、投げるををピタリとやめる。愛子、小さな折りたたみの鏡を机に出して、鏡を後ろの利根みくり(15)が見えるように傾ける。
みくり、意地悪そうにニヤリと笑う。
× × ×
「キンコンカーンコーン」とチャイムの音。
生徒たちは教室を出ていったり、机をくっつけあって弁当を食べ始める。
愛子、机の中のものをすべて鞄の中に入れて、教室を出る。
じゃれ合う生徒で騒がしい廊下を抜けて、人気のない方に歩いていく。
○音楽室・準備室・中
ほこりっぽい部屋の中には、使われていない楽器が並んでいる。その中に大きな古びた鏡がある。
愛子は、鏡の前でいすに座って、おにぎりを食べている。
「ねぇ、こんなところで食べておいしい?」とどこからか、女の声が聞こえてくる。
愛子、あたりを見渡す。
と古びた鏡の中の自分、鏡の愛子(15)が、脚を組んで肩肘をついてこちらを見つめている。
鏡の愛子「いつもおにぎりばかりなのね」
愛子「あなたは誰?」
鏡の愛子「わたしはあなたよ?」
愛子「鏡の中のわたし、ってこと」
鏡の愛子「そうだけど、厳密にはちがうわ。あなたは、わたしとあなたが別々に存在しているみたいな言い方をしているけど、わたしはそっくりそのままあなたの映し身。別々じゃないの」
愛子、いまいち受け入れられない顔。
鏡の愛子、食べかけの不格好なおにぎりを見つめながら。
鏡の愛子「ここ1ヶ月くらい、あなたがお昼休みにここに来るようになったけど、正直飽き飽きしているの。もう少しましなお弁当は作れないものかしら」
愛子「空腹にならなければ問題ないでしょ」
愛子、残りのおにぎりを食べ、鞄の中から文庫本を取り出し、読み始める。
鏡の愛子「ふふ、続きを楽しみにしてたの。犯人は誰かしらね」
遠くから聞こえる生徒がじゃれ合う声。レースカーテン越しに柔らかな光が埃っぽい音楽準備室に差す。少し開けた窓から入るそよ風に愛子の髪がわずかに揺れる。
○音楽室・準備室・中
愛子、今日も鞄を持って現れる。
鏡の愛子「ねぇ、あなたはどうしてこの重たい鞄をいちいち持ち歩いているの」
愛子「荷物を置いておくといたずらされるの」
鏡の愛子「そう、ひどいのね」
愛子、弁当箱のタッパーを開ける。
鏡の愛子「あら、今日は卵焼きもあるのね」
愛子と鏡の愛子、卵焼きを食べる。
鏡の愛子「見た目はひどいものだけど、おいしいわ」
鏡の愛子は少し満足そうな表情。愛子はその顔を少し見て、また前を向きおにぎりを食べる。
○職員室・外(夕)
愛子、職員室から出る。
愛子「失礼しました」
○教室(夕)・中
愛子、教室に戻ってくると、自分の鞄がなくなっている。
愛子「…しまった」
愛子、はぁ、と小さくため息。
○女子トイレ(夕)・中
走ってくる愛子。
一番奥のロッカーを開けると水のはいったバケツの中に鞄が沈んでいる。
愛子「やっぱりここ…」
愛子、何者かに背中を蹴られて、ロッカーに倒れ込む。外側から何者かに扉を閉められ、上からバケツで水をかけられる。
「キャハハ」と遠ざかっていく何人かの女子生徒の声。その中に、みくりの声が混ざっている。
愛子ゆっくりと起き上がり、鞄を引き上げ、中の濡れた教科書やノートを1冊ずつ、ロッカーの中の比較的きれいな雑巾で軽く拭いていく。
だんだんと涙がこぼれ、時節手で涙をぬぐう。
文庫本を取り出し、雑巾で拭こうとすると、ふやけているせいで表紙がちぎれてしまう。
愛子、「うぅッ…」と声を漏らして、静かに泣く。
○音楽室・準備室・中(夜)
ずぶぬれの愛子、鞄と体操着の入った袋を持ってきて入ってくる。
鏡の愛子「やだぁ、雨もふってないのにずぶぬれじゃないの」
鏡の愛子は気持ち悪そうに身を捩る。
愛子、制服を脱いで体操着に着替え、濡れた制服を乾くように机や楽器、鏡に引っ掛けて、鏡により掛かるようにしゃがみこんだ。
鏡の愛子「泣いたのね、かわいそうに」
鏡の愛子、鏡越しに寄り添い、愛子の
頭を撫でるような仕草をする。
鏡の愛子「殺してやりたいと思う?」
愛子「殺す?…どうかな、殺すよりも自分が消えてしまうほうが楽じゃないかな」
鏡の愛子「そうとも言えるわね」
愛子「クラスメイトも、学校の先生も、…親だって、わたしがいじめられてるって分かってるのに誰もわたしを助けようとしない。生きてて、ほんっとみじめ…こんなの消えたって同じだわ」
鏡の愛子「わたしはあなたがいなくなったら少しさみしいわ」
愛子「どうして?」
鏡の愛子「小説の続きが読めなくなるもの」
愛子「フフッ、ぐにゃぐにゃになってるけど読めなくもないよ」
愛子、鞄の中から小説を取り出して鏡の方に寄せる。
鏡の中の愛子、小説を手にとりパラパラと読み始める。
愛子「ねぇ、鏡の中のあなたはどうやって存在しているの」
鏡の愛子「あなたがこの鏡に映っていなければ、わたしも存在していない。あなたがこの鏡に映っているときだけ一時的に存在しているというほうがより正しいわね」
愛子「存在していないときは、どうなっているの」
鏡の愛子「なにもないわ、上も下も右も左も、明るいも暗いもないの。私の意識は断続的で、あなたがここに来なければわたしはずっと永く眠ったままよ」
愛子「いいな、羨ましい」
鏡の愛子「交代してあげましょうか」
愛子「そんなことができるの?」
鏡の愛子「できるわ」
愛子「ふふ、お願いしようかな――」
愛子、眠くなりそのまま眠ってしまう。
○教室・中
教師が眠っている愛子の頭を教科書ではたき、愛子、目を覚ます。
教室は授業中である。
愛子「あれ、わたし…」
机には小さな折りたたみミラーが転がっている。ミラー越しに、みくりの机を見える、みくりがいない。
愛子「夢…?」
ぼんやりと窓の外を眺めていると、窓の外を上から下に人、みくりが落ちていくのが一瞬見えると同時、「ドサリ」と音がする。
男子生徒A「おい!だれか落ちたぞ!」
クラスはざわつき、何人かの生徒が窓に駆け寄っていき、下階を覗き込む。
地面には頭から血を流したみくり。
男子生徒B「おい利根だぞ!」
女子生徒A「いやあああああ」
教師「おい、みんな落ち着け」
愛子、自席で動けなくなっている。
愛子「うそ、でしょ…」
教室が窓の外の騒ぎに混乱する中、愛子は逃げるように教室から出ていく。
○音楽室・準備室・中
愛子、慌ただしく入ってきて、鏡に
愛子「ねぇ、いま、利根みくりが、屋上から…!もしかしてあなたの仕業なの!?」
鏡、なにも答えない。ただ普通の鏡と同じように像を映す。
愛子「ねぇ、黙ってないで返事して、…」
鏡を叩いたり揺すったりしてると、足になにかがぶつかり、足元を見る。
愛子の足元には血のついたコンクリートブロックが転がっている。
愛子は驚いて尻もちをついてしまう。
愛子「どういう、こと、なの…わたし…」
血の気の引いたような表情。
愛子、鏡の方を見る。鏡、相変わらず動き出す気配もない。
すると、扉からガタと音がする。
男子生徒、木下史暁(15)が立っている。
愛子「誰!?」
木下「鏡の魔女でしょ?」
愛子「え?」
木下「僕も話したことがあるよ」
愛子「どういうこと?」
木下「利根みくりはどうして死んだのかな?」
木下、コンクリートブロックの前でしゃがみ込み、血の着いたところを指でなでる。
愛子は不審な木下に動揺している。
木下、コンクリートブロックを愛子に振りかぶり、
木下「君がこのコンクリートブロックで利根を殺した?」
愛子「違う!わたしは教室から利根みくりが飛び降りる瞬間を見たわ」
愛子「でも、どうして利根みくりは自殺した……?」
木下「鏡の魔女の呪いだよ」
愛子「呪いってなんのこと?」
木下「この学校には無数の鏡が存在している。トイレ、体育館、理科室、音楽室。そして君たち女子生徒が胸ポケットに入れるような鏡もね」
愛子、バッと胸ポケットをおさえる。
木下「そして生徒の心の隙間に語りかけてくるのさ」
○フラッシュバック/音楽室・準備室・中(夜)
鏡の愛子「交代してあげましょうか」
愛子「そんなことができるの?」
鏡の愛子「できるわ」
愛子「ふふ、お願いしようかな――」
○フラッシュバック/教室
愛子「あれ、わたし…」
窓の外を上から下にみくりが落ちていく。
○元の音楽室・準備室
血が引けるような愛子。
愛子「鏡の中の私が交代して、利根みくりを…?そんなことってありえるの?…ッウウ…」
突然キーンとなる頭痛に苦しむ愛子。
木下「とにかく、このコンクリートブロックは僕が預かっておくよ」
と、木下学生カバンの中にコンクリートブロックをしまう。
木下「鏡の魔女の呪いは続くよ。僕はその呪いを解明したいんだ」
木下、音楽準備室を出ていく。
愛子「ちょっと!待ちなさい」
愛子、頭を抑えながら木下を追いかけるが、もう廊下には木下の姿が見えなかった。
○法医学教室・遺体安置所
警察官の元木直也(43)と法医学医の早瀬紗友里(38)が中に入ってくる。
紗友里が利根みくりの遺体を取り出す。
紗友里「利根みくりは自殺じゃないかもしれない」
元木「かもしれない…」
紗友里「校舎から落ちたときにできた傷とは別に、鈍器で頭に殴られたような跡がある。」
紗友里、みくりの右後頭部の傷を見せる。
元木「ちょっと頭をぶつけたにしても物騒な傷だな」
紗友里「ただどちらの傷も新しい傷なの。どちらが致命傷かは分からない」
元木「利根みくりはどうやらいじめっ子の主犯格だったらしいが、…恨まれはすれども、自ら命を絶つようなことがあるのか…」
元木「とはいえ、利根を殺して他殺に見せかけるために屋上から突き落としたってあまりにも幼稚すぎないか?生徒なら授業中のアリバイを調べれば一発だ」
紗友里「とにかく、利根みくりの件はただの自殺で終わらせちゃいけない」
元木「ああ、もう少し調べてみるよ」
元木、部屋を出ていく。
○日変わって、教室
昼休み。愛子はかばんを持って教室を出ようとしたところ、元木に呼び止められる。
元木「宮川、愛子さんだよね」
愛子「そう、ですけど」
元木「昨日の10時半から11時ごろ何をしてましたか」
愛子「昨日の2限……、利根みくりが落ちてきた時間ですよね。私は、教室で居眠りしてて、目を覚ましたら、利根みくりが…」
元木「その直前です」
愛子「ですから私は教室眠っていて。他の人に聞いてみたら分かると思います」
元木「いやね、他の生徒はね、あなたは朝から教室にいなくて、利根が落ちる少し前に戻ってきた、と。で、戻るなり居眠りを始めた。で、その後、利根が」
愛子「嘘です!そんなはず、ウウッ…」
愛子、再び頭痛に苦しむ。
愛子「すみません、失礼します」
愛子、その場を離れる。
○屋上
進入禁止の黄色いテープがいたるところに貼られている。
木下は学生カバンをそばに置き、屋上を物色している。
と、愛子が屋上の扉を開け、走ってきて木下のカバンを取り上げる。驚く木下。
愛子「いったい何が起こってるの、私が鏡で見ていたのは何?現実?幻想?鏡の魔女の呪いって何?」
木下、愛子からカバンを取り返そうとするが、愛子はそれをかわす。
木下「警察が君のところに来た?」
愛子「警察は私を疑っているみたい。けど、記憶も曖昧で……、私が利根みくりを、殺す、なんてありえるの?」
木下「今分かったけど、おそらく君じゃないよ」
愛子「なんであんたにそんなことが分かるのよ」
木下「調査だよ」
木下、また愛子からカバンを取り返そうとするが、愛子はそれをかわす。
愛子「あなたの知っていることを教えて。私も鏡の魔女の呪いを解き明かしたい」
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