鳥カゴに棲む鷹 その他

人道会への潜入捜査を行う龍崎。命をかけて捜査を行うが、いつの間にかヤクザそのものに変わっていく。警察に戻ろうと薬物の証拠を探すが、その先には黒幕がいた。
春ノ月 10 0 0 08/18
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第一稿

○ 柏原恵の家・玄関内側(1992年)
  鋼鉄製のドアを激しくノックする音。
  音が止むと、新聞受けが傘で突かれる。
  外れ落ちる新聞受け。
  受け口からヤクザAが ...続きを読む
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○ 柏原恵の家・玄関内側(1992年)
  鋼鉄製のドアを激しくノックする音。
  音が止むと、新聞受けが傘で突かれる。
  外れ落ちる新聞受け。
  受け口からヤクザAが覗き込んで、
ヤクザA「早く出てこいよ」

○ 同・前
  古いマンションの1階。
  ヤクザの男、2人がいる。
  ヤクザAがドアをノックして、
ヤクザA「柏原さん、居るんでしょ。柏原
 さん」
  ヤクザB、タバコを吸っている。
  ヤクザA、新聞受けの口を開けて中を覗
  き込み、
ヤクザA「出てこいよこら」
ヤクザB「時間の無駄だ」
ヤクザA「くそっ」
  と、ドアを蹴る。
  ヤクザB、ドアに近付き、吸っていたタ
  バコを新聞受けの口に投げ込む。
ヤクザB「行くぞ」
  と、その場を離れる。
ヤクザA「(舌打ちして)はい」
  ヤクザBに付いて行く。

○ 同・玄関内側
  靴の中にタバコが落ち焦げている。

○ 同・リビング
  布団の上に柏原恵(35)が龍崎知哉(8)
  を抱いて座っている。
  龍崎、玄関に向かって走り出す。
恵「マコト!」

○ 同・玄関
  龍崎が、ドアの鍵を捻ってドアを開ける。
  しかし、ドアチェーンが掛かっていて少
  ししか開かない。

○ 同・前
  少しだけ開いたドアの間から龍崎の顔。
龍崎「もう来るな!」
  龍崎の後ろから恵が来て口を押さえる。
  ドアが閉まり、鍵の掛かる音。

○ 会議室(現在)
  6畳程の小さな会議室。中は薄暗い。
  机の上に腰を掛けている奥村要(55)
  と、椅子に座る龍崎知哉(32)。
  奥村が吸っているタバコの煙が部屋中に
  充満している。
奥村「名前は」
龍崎「龍崎知哉」
奥村「年齢は」
龍崎「1984年2月19日生まれ、32歳」
奥村「結婚は」
龍崎「していない」
奥村「彼女は」
龍崎「いない」
奥村「欲しくないのか?」
龍崎「その質問は関係ない」
奥村「(笑って)すまない。家族は」
龍崎「家族は寝たきりの父が1人。母は3年
 前に他界した。兄弟はいない」
奥村「出身は」
龍崎「神奈川」
奥村「神奈川のどこだ」
龍崎「川崎だ」
奥村「今の仕事は」
龍崎「日雇いの土木作業員をしている」
奥村「昨日は何時まで仕事してた」
龍崎「5時くらいか」
奥村「俺より早く帰ってるじゃないか」
  とタバコの火を消す。
龍崎「ああ。あんたら警察より楽な仕事だよ」
  奥村、龍崎の後ろに周り肩を叩く。
奥村「もう柏原って呼べないな」
龍崎「……」

○ メインタイトル
「鳥カゴに棲む鷹」

○ 歓楽街(夜・半年後)
  ネオンサインが煌めく街中。
  キャバクラに入っていくスーツ姿の男や、
  女性と腕を組みながら歩く男など。
奥村の声「お前はあくまでも公務員だ。人に
 手を出したり、薬に手を出すことは絶対に
 許されない」

○ バー・カウンター(夜)
  カウンター席で酒を飲む龍崎。
  その姿はヤクザそのもの。
  テーブル席でヤクザ風の男達が女性達と
  談笑している。
奥村の声「ターゲットの男が出没する店、時
 間を徹底的に調べるんだ。そして相手から
 声を掛けられるのを辛抱強く待て。それが
 例え何日も何ヶ月掛かってもだ」

○ 町・道路(6ヶ月後)
  雨が降っている。
  路上に駐車している黒いセダン。
  ワイパーは動いておらず中は見えない。が、
  誰かが運転席に乗っているシルエット。

○ 車の中
  そのシルエットは奥村。
  タバコを口に咥え運転席に座っている。
  後部座席に乗ってくる龍崎。
龍崎「ひどい雨ですね」
奥村「通り雨だ。すぐ止むだろう」
  奥村、バックミラーで龍崎と目が合う。
奥村「会うのは久しぶりだな」
  ハンカチで顔や、濡れた服を拭きながら、
龍崎「そうですね。半年振りくらいじゃない
 ですか」
奥村「様になってるじゃないか」
龍崎「……公務ですから」
奥村「チンピラになった気分はどうだ」
龍崎「苦痛ですよ。俺がどれだけヤクザが嫌
 いか知ってるでしょう」
奥村「ああ。でもヤクザになって分かる事も
 あるんじゃないか。色んな視点を持つ事は
 捜査に役立つ時もある」
龍崎「あいつらを理解しろってですか? 理
 解のしようがありませんね」
奥村「実際ヤクザしたくて、ヤクザしている
 奴ばかりでも無いんだ」
龍崎「それは俺も含まれますか?」
  奥村笑って、
奥村「どうだ? 接触は?」
  ミラーに写る龍崎は窓の外を見ている。
龍崎「……」
奥村「もう6ヶ月だ。そろそろ収穫時じゃな
 いか」
龍崎「簡単に言わないで下さいよ。いつ何を
 されるかわかりません。精神的にも参って
 いるんですから」
奥村「薬物取引の現場を押さえればお前も戻
 れるさ」
龍崎「あいつらを出し抜いて人道会を潰して
 やりますよ」
奥村「頼もしいな。潰してやろう」

○ バー・カウンター(夜)
  カウンターでタバコを吸う龍崎。
龍崎「……」
  龍崎の見つめる先。
  背後に座る男達がカウンター内の
  ガラスに反射している。

○ 同・テーブル席(夜)
  文鷹陽司(60)と門倉学(38)、芦
  屋道人(28)がテーブル席で女性達と
  飲んでいる。
  テーブルの上にはカゴに入った果物。
  文鷹、龍崎を見る。
  カウンターに座る龍崎の後ろ姿。
文鷹「門倉」
  と龍崎をアゴで指す。
  門倉、龍崎を見て、
門倉「?」
文鷹「あいつは?」
門倉「堅気の人間です。最近この店によく出
 入りしています」
文鷹「ここに連れて来てくれないか?」
門倉「はい」
  と、門倉立ち上がる。
文鷹「……」

○ 同・カウンター(夜)
  門倉、龍崎の隣に座り、
門倉「一人か?」
龍崎「……」
  龍崎、無言でタバコの煙を吐く。
門倉「(バーテンダーに)シェリートニック
 1つ」
バーテンダー「かしこまりました」
門倉「俺は門倉。お前は?」
龍崎「……」
  無視し続ける龍崎。
門倉「半年くらいか? ここに通って」
龍崎「一人で静かに飲みたいんだ」
  門倉、笑って、
門倉「寂しいこと言うなよ」
龍崎「(バーテンダーに)ご馳走様」
  と、タバコを潰し立ち上がろうとする。
  門倉、龍崎の腕を掴む。
  力強いその手は解けそうに無い。
龍崎「……」
門倉「ちょっと待ってくれよ。俺が注文した
 分がくるからよ」
龍崎「……」
  門倉、手を離す。
  渋渋、席に戻る龍崎。
バーテンダー「シェリートニックです」
  と、カウンターにグラスを置く。
  門倉、グラスを持ち龍崎のグラスと小さ
  く乾杯。
門倉「(一口飲んで)仕事は?」
龍崎「……関係ないだろ」
門倉「関係ない? 関係あるさ」
龍崎「?」
門倉「ここは人道会のシマなんだよ。ちょっ
 と来い」
  と席を立つ。
龍崎「……」
  龍崎、渋々門倉の後に着いていく。

○ 同・テーブル席(夜)
  文鷹、芦屋が女性達と飲んでいる。
  門倉と龍崎が来て、
門倉「文鷹会長」
  文鷹、気付いて、
文鷹「(女性達に)ちょっと外してくれない
 か」
  女性達が離れる。
  門倉、龍崎、席に座る。
  文鷹、ナイフとりんごを手に取り、皮を
  剥きだす。
文鷹「(スタッフに)おい、こいつに美味し
 い酒持ってきてくれ」
スタッフ「かしこまりました」
  と歩いて行く。
文鷹「ここの酒は美味いだろ」
龍崎「……」
門倉「おい答えろ」
文鷹「仕事は?」
龍崎「日雇いの仕事だ」
文鷹「日雇い?」
  と、文鷹笑い出す。
龍崎「?」
文鷹「こんな所に通ったら金がいくらあって
 も足りないだろ。本当は何の仕事をしてる」
龍崎「……日雇いの土木作業員だ。最近毎日
 仕事が入ってるんだ」
文鷹「……そうか。でも不安定な仕事だ。困
 った時はいつでもウチに来い」
龍崎「……」
  側でグラスの割れる音。女性の悲鳴。

○ 同・ホール(夜)
  酔っている男が女性と揉めている。
男「おい! ちょっと待てよ!」
女「離して!」

○ 同・テーブル席(夜)
  男女を見る龍崎達。
  スタッフが龍崎の前にグラスを置く。
門倉「(スタッフに)おい止めてこいよ」
  「はい」と、止めに行くスタッフ。
文鷹、気にする素振りなくりんごを一口食べる。
文鷹「出身は?」
龍崎「神奈川。育ちはこっちだ」
文鷹「長いのか?」
龍崎「(考えて)12年だ」
文鷹「歳は?」
龍崎「1984年生まれの32歳」
  文鷹、りんごをもう一口。
文鷹「お前、前科あるのか?」
龍崎「……窃盗、その後殺人未遂で8年服役
 した。1年前にムショから出てきたばかり
 だ」
文鷹「最後に服役した刑務所は?」
龍崎「……質問が多いな」
門倉「おい」
文鷹「次が最後だ。最後に服役した刑務所
 は?」
龍崎「……千葉刑務所」
  文鷹、りんごをテーブルに戻し、ナイフ
  を龍崎に向けて、
文鷹「何故俺の質問に答えた?」
龍崎「……どういう事だ? お前が質問した
 からだろ」
文鷹「俺は単純な質問しかしてない。出身、
 年齢、前科。今まで無口だったお前が急に
 喋り出した」
龍崎「?」
文鷹「東京に住んで? 1984年生まれ?
 シャバに出て1年。 関係ない事をベラベ
 ラと。どんな意味でそう答えた? 俺の目
 は鷹の目だって言われてる。鷹は目が良い
 んだ。獲物を見つけたら鋭い爪で獲物を捕
 らえる!」
  と、まくし立て、ナイフをりんごに突き
  刺す。
  静まるテーブル席。
  グラスについた水滴が垂れる。
龍崎「……」
  龍崎、グラスを手に取る。そして一口。
龍崎「……疑ってるのか?」
文鷹「土木作業員にしては手が綺麗じゃない
 か」
  龍崎、グラスを持つ自分の手を見る。
  その手は確かに綺麗だ。
文鷹「シマを荒らされる訳にはいかねえ」
門倉「どうなんだ」
龍崎「……」
  龍崎、立ち上がりホールの方へ歩いて行
  く。

○ 同・ホール(夜)
  スタッフが男と女の仲介をしている。
龍崎「どけ」
  龍崎、男を掴み、腹部に膝蹴り。
  後ろ髪を掴み、テーブルに顔を叩きつけ
  る。倒れる男。
龍崎「(男を見下ろす)」
  周りの客が呆然と見ている。
  悶絶する男。
  龍崎、テーブル席に戻る。

○ 同・テーブル(夜)
  呆然としている、文鷹、門倉、芦屋。
龍崎、席に座り、
龍崎「シマを荒らしてるのはあいつだ。俺は
 荒らすつもりなんかない」
文鷹「……」
龍崎「傷害罪か? これで自己紹介で話す事
 が増えるな」
文鷹「……」
龍崎「困った時は入れてくれるんだろ?」

○ 東京・全景(夜)

○ 高層ビル(夜)
  地下駐車場に車が入っていく。

○ 地下駐車場(夜)
  車が数台停まっている。
  その中に黒いセダン。
  運転席に奥村。
  周りを警戒しながら近付く龍崎。

○ 同・車の中
  龍崎が後部座席に乗る。
龍崎「すみません。待たせました」
奥村「待ってたよ。おめでとう」
龍崎「やっとスタートラインに立てただけで
 すから」
奥村「これからが大変だからな」
龍崎「ええ。もちろん分かってます」
奥村「バーで人道会と接触したんだろ?」
龍崎「……そうですが」
奥村「バーで暴力沙汰があったと報告が入っ
 た。お前の潜入していたバーらしいな」
  と、バックミラー越しに龍崎を睨む。
龍崎「……半年も掛かった潜入捜査が成功し
 たのに、説教ですか」
奥村「成功した事は評価している。でも、ル
 ールも教えたはずだ」
龍崎「そうするしかない状況でした」
奥村「理由はともあれ手を出すのは許されな
 いぞ」
龍崎「奥村警視正は現場じゃないから分から
 ないんじゃないですか」
奥村「……忘れるな。お前はヤクザ者じゃな
 い。警察だ。警察としてわきまえて行動し
 ろ」
龍崎「そんな事分かってます。でも……。一
 つ間違えれば消される」
奥村「お前の気持ちも分かる。でもお前が警
 察に戻る時に問題になるんだ」
龍崎「(渋々)了解しました」

○ 人道会事務所ビル・前
  エレベーターが無い雑居ビル。
  1階と2階に人道会の事務所が入っている。
  ビルの前には組員が複数人。
  その中に龍崎の姿。
  黒のセダンが路上に2台停まっている。

○ 同・階段・前
  文鷹、門倉、芦屋が階段から降りてくる。

○ 同・前
  歩いてくる文鷹達。
  龍崎、車の後部座席のドアを開ける。
文鷹「お前運転出来るか?」
龍崎「免許くらい持ってますよ」
文鷹「じゃあ運転してくれ」
龍崎「俺ですか」
文鷹「俺はお前に言ったんだ。質問で返すん
 じゃない。俺が絶対なんだ。分かったな?」
  と、車に乗る。
龍崎「……はい」
  と、小さく頭を下げる。
門倉「事故起こすなよ」
  と、門倉、文鷹に続いて乗る。
芦屋「出世したね」
  と助手席に乗る。
龍崎「……」
龍崎、後部座席のドアを閉め運転席に乗る。
  車が動き出し、後方の車も後に続く。
  頭を下げて見送る組員達。

○ 街・道路
  龍崎たちが乗る車が走る。

○ 走る車・中
  運転している龍崎。
芦屋「そこ、横につけて」
  龍崎、横に寄せる。

○ 食事処・前
  龍崎の車と後続の車が路上に横付けする。
  車から降りる門倉、芦屋、文鷹、後ろに
  つけていた他の組員。
  食事処の中へ入っていく。
  龍崎は車に乗ったまま。
  
○ 車・中
  龍崎、車の中で待機している。
  ガラスをノックする音。
龍崎「?」
  助手席のドアの前に文鷹。
  龍崎、助手席の窓を開ける。
文鷹「お前も来い」
龍崎「(躊躇しながらも)はい」
  と車を降りる。

○ 食事処・店内
  龍崎、文鷹、入ってくる。
  中では組員が立ち止まっている。
  文鷹、店内を見渡す。
  食事をしている一般客が龍崎達を見てい
  る。
龍崎「……」
  その中、テーブル席で背を向けて食事を
  している町田昂(36)。
  文鷹、町田を見つける。
文鷹「……」
  食事を続ける町田。
  対面のイスに座る文鷹。
町田「(手が止まる)?」
  周りを囲む門倉、芦屋、龍崎。
  町田、周りを見る。
文鷹「美味そうだな」
町田「誰ですか」
文鷹「9月19日、月曜日。午後23時30
 分頃、俺の友人がある男に殴られた」
町田「?」
文鷹「殴った男はすぐに釈放。友人は顔面を
 執拗に殴られ全治3ヶ月の重症。こんなに
 美味そうな飯も食べられない」
町田「……何しに来たんですか」
文鷹「ここは食事処だろ? 飯に決まってる
 じゃないか」
  文鷹、門倉に視線を合わせ、アゴをしゃ
  くる。
  門倉、町田の襟を掴み、側の個室に連れ
  ていく。
町田「おい! やめろ!」
  町田、ジタバタしながら個室に入れられ
  る。
  芦屋も個室に入り、襖を閉める。
龍崎「……」
  文鷹、町田の食べ残したご飯を食べる。
  個室の中から殴る音が聞こえる。
  文鷹、黙々と食べて、
文鷹「(龍崎に)お前も食べるか?」
龍崎「(首を横に振る)いえ」
  文鷹、ビールジョッキを持ち個室に近づ  
  く。
  襖を開けると芦屋に羽交い締めされ、流
  血している町田。
  門倉が町田を殴っている。
文鷹「龍崎、入れ」
龍崎「はい」
  龍崎、躊躇しながら文鷹の後に続く。

○ 同・同・個室
  文鷹、ビールを一口飲み、
文鷹「昼間からビールなんていいな」
  ビールジョッキをテーブルに置く。
町田「……」
文鷹「龍崎、こいつは元警察だ」
龍崎「!?」
  龍崎、驚くが平常心を保っている。
文鷹「でもな、俺の友人を殴ったんだ。そし
 て、情状酌量ですぐに釈放。前科も付かな
 い。どう思う? 警察も人間だから間違い
 はある? ふざけるな。俺の友人を不幸に
 する奴は許さねえ」
町田「……悪かった」
文鷹「俺は警察も、元警察の肩書きも嫌いな
 んだ」
龍崎「……」
文鷹「龍崎、やれ」
龍崎「(躊躇して)俺はこいつに恨みはあり
 ません」
  文鷹、龍崎を睨んで、
文鷹「……俺が言った言葉を忘れたか? 俺
 が絶対なんだ」
龍崎「……俺がやると死にますよ」
  龍崎、テーブルに置かれたジョッキを持
  つ。
  そのままビールの残りを飲み干して、
龍崎「顔を上げろ」
町田「(顔を上げ)?」
  龍崎、ジョッキを投げる構え。
町田「待ってくれ」
  ジョッキを町田に目掛けて投げる。
  ジョッキは町田から外れ、壁にぶつかり
  割れる。
町田「(目をつぶる)」
芦屋「(驚く)」
文鷹「……」
町田「正気かよ……止めてくれ!」
  龍崎、割れたグラスを拾い、
龍崎「……次は外さないからな」
町田「止めてください。お願いします……」
芦屋「りゅ、龍崎、やりすぎだよ」
門倉「……」
  龍崎、止める様子なく構える。
  グラスを振りかざす龍崎。
  襖が開いて、
組員A「会長! 警察が来ます」
  と、焦った表情。
文鷹「出るぞ」
門倉「はい」
龍崎「(手を下ろし)……」
  芦屋、町田を離す。
  その場に倒れる町田。
  個室から出る文鷹、門倉、芦屋。
  龍崎、倒れている町田を見る。
龍崎「……」
町田「……」

○ 同・店内
  店外に向かう龍崎、文鷹、門倉、芦屋。
  文鷹、店員の前で立ち止まる。
  財布から1万円札を取り出して、
文鷹「グラスを割ってしまった。悪いな」
  と、店員に渡す。
  店員は硬直。
龍崎「……」

○ 同・前
  路上に止めた車に乗り込む、龍崎、
  文鷹、門倉、芦屋。

○ 車・中
  龍崎、鍵を挿そうとするが手が震えて入らない。
龍崎「……」

○ 食事処・前
  龍崎が乗った車と後続の車が発進する。
  警察車両のサイレンが聞こえて来る。
  警察車両が遅れて、路上に止まる。
  警察車両から出てくる、複数の警察官と
  刑事の高松直人(35)。
  警察官達は急いで中へ入っていく。
  高松、立ち止まり龍崎たちの車が走って
  行った方向を見る。
高松「……」

○ 走る車・中
  龍崎、顔色が悪い。
  門倉気付いて、
門倉「龍崎、顔色悪いな」
龍崎「いえ、大した事ありません」
文鷹「……」

○ 龍崎の部屋(夢の中・夜)
  ソファで寝ている龍崎。
  寝心地が悪そうにしている。
  ドアの開く音。
龍崎「(起きて)?」
  中に入ってくる文鷹、門倉、芦屋。
  門倉は紙袋を持っている。
  文鷹、龍崎の前のテーブルに座り、
文鷹「起こしたみたいですまないな」
龍崎「どうしたんですか?」
文鷹「龍崎、俺に嘘をついたな」
龍崎「えっ……何の事ですか」
  と誤魔化す。
文鷹「俺は警察も元警察も嫌いだって言った
 よな? 俺の目を誤魔化せると思うな!」
龍崎「……いや、違います」
  門倉、紙袋からビニールに入った拳銃を
  取り出す。そのまま龍崎に向ける。
龍崎「(焦って)待ってください。違うんで
 す」
文鷹「やれ」
門倉「……」
  門倉、発泡する。
  倒れて頭から血を流す龍崎。

○ 龍崎の部屋(戻って・夜)
  ソファに横になっている龍崎、飛び起きる。
龍崎「(息が荒い)……」

○ 曇り空(翌朝)
  どんよりとした空。

○ ビル・前(朝)
  龍崎、出入り口から出てくる。
  何かを見つけ立ち止まる。
龍崎「!」
  そこには黒いセダンが停まっている。
  後部座席のドアガラスが下り、門倉の顔。
門倉「仕事だ」
龍崎「(躊躇しながら)はい」
  助手席に乗り込む龍崎。
  発進する車。

○ 車・中(朝)
  運転席に芦屋。
  助手席に龍崎、後部座席には門倉。
龍崎「……どこに行くんですか?」
門倉「取り立てだよ」
龍崎「……」
芦屋「100万なんて返せますかね? まと
 もに働いてないでしょ?」
門倉「返して貰わねえと困るんだよ」
芦屋「子供もいるらしいですからね」
門倉「使えるとこ使って働いてもらうしかね
 えよ」
芦屋「30越えたおばさんが出来ますかね」
  と軽々しく笑う。
龍崎「……」

○ 保奈美の住むアパート・少し離れた所
  黒のセダンが停まる。
  降りる龍崎、門倉、芦屋。
  相沢保奈美(32)のアパート目指し歩
  いて行く。

○ 同・外観
  古い2階建てのアパート。
  保奈美の家は1階。

○ 同・前
  龍崎、門倉、芦屋、ドアの前へ立つ。
  芦屋、インターホンを押す。
龍崎「……」
  門倉、タバコに火をつける。
芦屋「いないのか? お〜い」
  とインターホンを何度も押す。
龍崎「……」
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
  恵の家のドアがノックされている。
  恵に抱かれた幼い頃の龍崎の姿。
  ×     ×     ×
  龍崎、苦しそうにその場を離れる。
門倉「どうした?」
龍崎「いえ、裏から見てきます」
  と、裏へ歩いていく。

○ 同・裏手
  龍崎、保奈美の家の裏手に近づく。
  窓は閉まっているが、カーテンが少しだ
  け開いている。
龍崎「?」
  近づく龍崎。
龍崎「(何か見つけ)?」
  カーテンの隙間から、保奈美が座ったま
  ま相沢健太(7)を抱いている。
龍崎「……」

○ 同・前
  芦屋、門倉、ドアの前に立っている。
門倉「どうだ」
  龍崎、近付いて、
龍崎「中は誰もいません」
芦屋「は?」
龍崎「カーテンが開いてました。外に出てる
 かもしれません」
  芦屋、ため息ついて、
芦屋「無駄足かよ」
龍崎「これ以上やってもしょうがないですね」
門倉「また明日来るか」
  歩き出す門倉と芦屋。
  立ち尽くす龍崎。
龍崎「……この件、俺に一任させてくれませ
 んか?」
門倉「あ?」
龍崎「俺に回収させて下さい」
芦屋「何だよ急に」
龍崎「俺を人道会に入れてくれた、ボスに借 
 りがあります。早くこの借りを返してやり
 たいと思ってます」
門倉「……」
龍崎「必ず回収します」
   と頭を下げる。
門倉「……一週間で100万。守れるか」
龍崎「(頷く)はい」
  芦屋、大丈夫かと門倉を見る。
門倉「……わかった。でも、守れなかったら
 ……分かるな」
龍崎「……はい」
  歩いて行く門倉。
芦屋「本当に大丈夫かよ」
龍崎「(頷く)」

○ 同・玄関
  保奈美がドアスコープを覗いている。
保奈美「……」

○ すこやか老人ホーム・外観(朝)
  綺麗な外観の建物。
  
○ 同・受付(朝)
  受付に近づく龍崎。
  受付名簿に『柏原誠』と記入。
龍崎「……」

○ 同・廊下(朝)
  歩く龍崎。手には紙袋。
  すれ違う年配のお爺さん、お婆さん。
  龍崎、部屋の前で立ち止まる。
龍崎「……」
  部屋の表札に『柏原恵』と書かれている。

○ 同・室内(朝)
  龍崎、中へ入ってくる。
  ベッドはカーテンで仕切られている。
  奥のカーテンの仕切りを開く。
  ベッドに寝ている恵。
  恵を見つめる龍崎。
  恵、気付いて、
恵「マコト?」
龍崎「久しぶりだな。これ、食べてくれ」
  と紙袋をベッドサイドに置く。
恵「ありがと〜。まさかプリン?」
  龍崎、ベッドサイドにある椅子に座って、
龍崎「西通りにあるプリンだよ。好きだった
 だろ?」
恵「うん。久しぶりに食べるわ」
  龍崎、微笑んで、
龍崎「元気そうだな」
恵「そう? 相変わらずよ」
龍崎「相変わらずが一番だよ」
恵「マコト、しばらく顔を見せないで何して
 たの?」
龍崎「仕事が忙しくてね」
  恵、驚いて、
恵「仕事決まったの?」
龍崎「今は工事現場で働いてるよ。今日は休
 みなんだ」
恵「何で仕事決まった事言わないの? 警察  
 辞めてから心配してたのに」
龍崎「中々連絡する暇無かったんだよ」
恵「いつもそれね。(ため息ついて)私があ
 の時止めてやればねえ」
龍崎「警察辞めたことは後悔してないよ」
恵「私が後悔してるの」
龍崎「……また戻れるように頑張るよ」
恵「そうね……」
龍崎「なあ、昔ヤクザに取り立てされてた事
 覚えてる?」
恵「……どうして?」
龍崎「お金を借りてたのか?」
恵「……そうよ。マコトに不便させない様に
 ね」
龍崎「全部返せたのか?」
恵「何? 借金してる訳じゃないよね?」
龍崎「いや、友達が取り立てに合っててね」
恵「……全部返したわよ」
龍崎「それからは来なくなった?」
恵「……ええ」
龍崎「そうか」
恵「ヤクザとなんか関わるもんじゃない」
龍崎「?」
恵「人の弱みにつけ込んで大切なものを奪っ
 ていくの。卑劣な人間よ」
  と顔を強張らせる。
龍崎「……ああ、俺も大嫌いだ」
恵「もう思い出したくないわ」
龍崎「悪かった。そろそろ帰るよ」
  と立ち上がる。
恵「もう帰るの?」
龍崎「ああ。今、大きな仕事に取りかかって
 るんだ。久々の休みだから体を休めないと」
恵「そう」
龍崎「この仕事が一段落したら良い報告が出
 来ると思うから」
恵「良い報告? まさか結婚じゃないよね?」
龍崎「(笑って)まさか」
恵「天国に行く前に、その良い報告聞かせて
 ね」
龍崎「母さんも長生きしてくれよ。早く報告
 出来る様に仕事頑張るから」
恵「仕事って……マコトは警察辞めたろうも
 ん」
龍崎「……?」
恵「警察辞めて何してるの?」
龍崎「……工事現場で頑張ってるよ」
  と、無理な笑み。

○ 保奈美の家・前(夕)
  鍵の開ける音が聞こえ、ドアが開く。
  帽子を深く被った保奈美が出てくる。
  周りを警戒しながら足早に歩いていく。

○ 同・離れた場所(夕)
  車に乗っている龍崎。
  見つからぬ様、保奈美を見ている。

○ 車内(夕)
  歩いて行く保奈美を見つめる。
龍崎「……」

○ 住宅街(夕)
  保奈美が歩いている。
  離れてその後を着ける龍崎。

○ 路地・前(夕)
  保奈美が路地から出てくる。
  龍崎、路地から出る。
  と、そこに健太の声。
健太の声「お母さん!」
  すかさず身を隠す龍崎。

○ 小学校・校門前(夕)
  保奈美がしゃがんで健太を抱きしめる。
保奈美「健太、おかえり」

○ 路地・前(夕)
  物陰から様子を伺う龍崎。

○ 小学校・校門前(夕)
  保奈美立ち上がり健太と手を繋ぐ。
保奈美「じゃあ帰ろうか」
健太「うん」
  と歩き出す。

○ 保奈美の住むアパート・外観(夜)

○ 保奈美の家・前(夜)
  保奈美の部屋の灯りが点いている。
  龍崎、ドアの前に立つ。
龍崎「……」
  インターホンを押そうと手を伸ばす。
健太の声「今日ご飯何〜?」
  と、声が中から漏れてくる。
  手を止める龍崎。
保奈美の声「今日は健太の好きなカレーよ」
健太の声「やったー!」
  灯りが点いている窓に近づく龍崎。
保奈美の声「テーブルの上片付けた〜?」
健太の声「今からやるー!」
保奈美の声「ありがとー」
龍崎「(悲しげ)……」

○ 保奈美の家・少し離れた場所(夜)
  龍崎の乗っている車はまだ停まっている。

○ 車内(夜)
  シートを倒して目を瞑っている龍崎。
  外からドアの閉まる音。
龍崎「(起きて)?」

○ 保奈美の家・前(夜)
  派手な格好をした保奈美が鍵を
  かけて歩いて行く。

○ 車内(夜)
  様子を伺う龍崎。
龍崎「?」

○ クラブ・中(夜)
  店内に入る龍崎。
  店内は音楽が流れている。
  男性スタッフが近付いて、
スタッフ「いらっしゃいませ。お一人様です
 か?」
龍崎「(頷いて)相沢保奈美さんいますか?」
スタッフ「お知り合いですか?」
龍崎「ええ。まあ」
スタッフ「すぐお呼びしますので、こちらま
 でお願いします」
  と、誘導するスタッフに着いていく龍崎。

○ 同・席(夜)
  席に座っている龍崎。
  前を横切るホステスを目で追っている。
龍崎「……」
  保奈美が来て、
保奈美「(笑顔で)いらっしゃいませ」
龍崎「保奈美さんですか」
  龍崎の側に座る保奈美。
保奈美「ごめんなさい。どこかで会いました
 っけ?」
龍崎「いえ、友人がいつも保奈美さんを指名
 してて」
保奈美「ここでは菜美って呼んで下さい」
  と名刺を渡す。
龍崎「すみません」
保奈美「スタッフが私の名前を知ってる人が
 来てるって言うからビックリしました。さ
 あ、飲んでください」
龍崎「頂きます」
  龍崎、お酒を飲む。
保奈美「名前、何て言うんですか?」
龍崎「えっ」
保奈美「私の本当の名前を知ってるなら教え
 て下さいよ」
龍崎「柏原です」
保奈美「フツーですね」
  と笑う。
保奈美「お仕事は何されてるんですか?」
龍崎「仕事? まあ、普通の会社員です」
保奈美「良かった」
龍崎「?」
保奈美「失礼ですけど、怖い出で立ちだった
 ので、その道の人かと思いました」
龍崎「(無理して笑って)まさか」
  と、酒を飲む。
保奈美「失礼かもしれませんが、柏原さん結
 婚されてますか?」
龍崎「いえ」
保奈美「彼女さんは?」
龍崎「いないですよ」
保奈美「本当ですか? 私、口固いですよ」
龍崎「いや、本当にいません」
保奈美「そうなんですね。奥さんがいたり彼
 女がいるのにここに来るお客様もいますか
 らね」
龍崎「……菜美さんは、結婚は?」
保奈美「……もう旦那はいません」
龍崎「すみません。女性に聞く事じゃ無かっ
 たですね」
保奈美「いえ、そういう質問はよくある事な
 ので」
龍崎「……別れたんですか」
保奈美「(首を横に振って)いえ、亡くなっ 
 たんです」
龍崎「俺、質問し過ぎですね」
保奈美「気にしないで下さい。最近亡くなっ
 た訳じゃないので」
龍崎「……」
保奈美「……」
龍崎「すみません。今日はもう帰ります」
保奈美「もう帰るんですか。気にしないで大
 丈夫ですから」
龍崎「いえ、また来ます」
保奈美「……そうですか」
龍崎「あっ」
  胸ポケットからペンと紙を取り出し、連
  絡先を書く。
龍崎「連絡先書いてあるので、何か力になれ
 る事があれば」
  と渡す。
  保奈美、周りを見渡して、
保奈美「はい、ありがとうございます」
龍崎「じゃあ」
  と歩いていく龍崎。
保奈美「……」

○ 龍崎の部屋(夜)
  薄暗い部屋の中。
  龍崎はソファで目を開けたまま仰向けに寝ている。
龍崎「……」

○ 保奈美の家・前(翌日)
  帽子を深く被った保奈美が部屋から出て
  くる。
保奈美「(気配に気づき)?」
  龍崎が立っている。
龍崎「(頭を下げる)」

○ 喫茶店・中
  席に座っている龍崎と保奈美。
  スタッフが席にコーヒーを置く。
  スタッフ去って、
保奈美「困ります。お店以外で会うのは」
龍崎「すみません。無理を承知で来ました」
保奈美「(ため息)なんですか」
龍崎「いや、まあ……」
保奈美「夕食の準備があるんです。急いでも
 らえませんか」
龍崎「はい。……取り立てにあっていません
 か」
保奈美「……」
龍崎「取り立てにあってますよね」
保奈美「……だったら何ですか」
龍崎「あなたを助けたい」
保奈美「それを知っててお店に来たんですか」
龍崎「すみません」
保奈美「最低ですね」
龍崎「……」
保奈美「助けなんていりませんから」
龍崎「俺が助けたいんです」
保奈美「警察呼びますよ」
龍崎「……」
保奈美「そう言ってくれる人、沢山いました
 けど裏切られてきましたから」
龍崎「俺は裏切らない」
保奈美「柏原さん信用出来るかなって思いま
 したけど、やっぱり無理ですね。信用なん
 て出来ない」
龍崎「……」
保奈美「もう来ないで下さい」
  と席を立とうとする。
龍崎「待ってください」
  保奈美、止まる。
龍崎「お金は俺に任せて下さい」
保奈美「柏原さん? バカじゃないの? 昨 
 日今日会った人にお金を出してもらうなん
 て。受け取れると思いますか?」
龍崎「……」
保奈美「平気で嘘をつく人は嫌いです」
龍崎「俺はあなたと子供を助けたいんだ」
保奈美「……子供がいる事まで知ってるんで
 すね」
龍崎「今は子供にちゃんと向き合うべきだ」
保奈美「柏原さんに何が分かるの?」
龍崎「俺はあなたの気持ちが分かる」
保奈美「……人の心なんてそう簡単に分から
 ないわよ」
  席を立つ保奈美。
  立ち止まり、財布から500円玉を取り
  出してテーブルに置く。
龍崎「……」
  去っていく保奈美。

○ クラブ・入り口(夜)
  龍崎、入ってくる。
  スタッフが近付いて、
スタッフ「いらっしゃいませ。お一人様です
 か?」
龍崎「菜美さんはいますか」
スタッフ「菜美は、昨日で辞めちゃったんで
 すよ〜」
龍崎「えっ」
スタッフ「最近いい子が入って来たんで紹介
 しますよ」
  龍崎、店を出る。

○ 保奈美の家・前(夜)
  部屋の灯りは消えている。
  部屋の前に立つ龍崎。
龍崎「……」
  チャイムを押そうとするが手を止める。
龍崎「(悩んで)……」
  その場を離れていく龍崎。

○ 龍崎の部屋(夜)
  ソファで仰向けになって寝ている龍崎。
  テレビから女性アナウンサーの声。
アナウンサーの声「平塚署の男性警察官が酒
 気帯び運転をしたとして書類送検されまし
 た」
  龍崎、体を起こしテレビを見る。

○ テレビ画面
  女性アナウンサーがニュース原稿を
  読んでいる。
  テロップは『警察の不祥事続く』
  警察署の外観の映像に切り替わる。
アナウンサー「神奈川県警は15日、酒気帯
 び運転をしたとして、道路交通法違反容疑
 で神奈川県警平塚署の警部補を神奈川地検
 に書類送検し、同日付で懲戒処分としまし
 た。今月に入り、警察の不祥事は2件目と
 なります」

○ 龍崎の部屋(夜)
  龍崎、テレビを見ている。
龍崎「……」
  立ち上がって机の引き出しを開ける。
  引き出しの中には膨らんだ封筒。
龍崎「(封筒を見つめる)」

○ 繁華街(夜)
  龍崎、門倉、芦屋が歩いている。
  繁華街はドレスアップした女性やスーツ姿の男たちが歩いている。
  芦屋は酔っ払った様子。
芦屋「いや〜久々に回らない寿司食べました」
門倉「中々美味しかっただろ?」
芦屋「門倉さんゴチです!」
  と、門倉に拝む。
龍崎「……」
門倉「龍崎、取り立ての件進んでるんだろう
 な」
龍崎「はい」
門倉「1週間の約束、守ってもらうからな」
龍崎「任せてください」
  そのまま歩いていく龍崎達。
  前から歩いてくる派手な女性達。
  龍崎、その女性達を見る。
  その中に保奈美の姿。
龍崎「!」
  保奈美も龍崎に気付く。
保奈美「!」
  保奈美の視線は後方の門倉と芦屋に向く。      
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
  ドアスコープで外を覗いている保奈美。
  ドアスコープから見える門倉、芦屋の姿。
  ×     ×     ×
  保奈美、立ち止まる。
保奈美「……」
龍崎「違うんだ」
保奈美「(悲しげ)……」
  すれ違って走っていく保奈美。
龍崎「おい……」
門倉「どうした?」
芦屋「ナニナニ? 元カノ?」
龍崎「……」

○ 龍崎の部屋
  龍崎、机の引き出しから膨らんだ封筒を
  取り出す。
  ジャケットの内ポケットに入れる。
  玄関まで歩いて行く。
 
○ 保奈美の家・前
  龍崎、ドアの前に立つ。
龍崎「(息を大きく吐いて)」
龍崎、インターホンを押す。
龍崎「……」
  家の中から出てくる気配は無い。
  周りを見渡し、お金の入った封筒を新聞
  受けの中に入れる。
龍崎「……」
  その場を後にする龍崎。

○ バー・店内(夜)
  飲んでいる龍崎と門倉、芦屋。
芦屋「すごいな。どうやって用意したんだろ 
 うな」
龍崎「さあ、どうですかね」
門倉「これで会長も喜んでくれるんじゃない
 か」 
芦屋「(門倉に)そういえば上部団体の剋龍
 会が上納金を引き上げたって聞きました?」
門倉「ああ。抗争に火が付いているからな。
 軍資金が必要になったんだろう」
芦屋「本当ひどい話っすね。こっちも大変だ
 っていうのに」
門倉「まあ、今月は龍崎のお陰だな」
  龍崎、グラスに口をつける。
龍崎「……」

○ 走る車・中(夕)
  車を運転する龍崎。
  助手席に芦屋、後部座席に門倉。

○ 保奈美の家・少し離れた場所(夕)
  黒のセダンが停まっている。
  中には誰も入っていない。

○ 同・前(夕)
  龍崎、門倉、芦屋が立っている。
  芦屋、インターホンを押す。が、反応が無い。
芦屋「……」
  芦屋、龍崎を見る。
龍崎「いや、この時間は居るはずです」
  門倉、タバコを吸いながら、
門倉「どうなんだ龍崎」
龍崎「きっと用意してますよ」
  芦屋、ノックする。
芦屋「お〜い、出てこ〜い」
龍崎「裏から見てきます」
  と、裏へ歩いていく。

○ 同・裏手(夕)
  龍崎、歩いてくる。
  窓は閉まっているがカーテンが少し開い
  ている。
  中で椅子が倒れているのが見える。
龍崎「?」
  中を覗こうと場所を変える。
龍崎「!」
  中で首を吊っている保奈美の後ろ姿。
龍崎「!」
  窓に駆け寄り、
龍崎「おい!」
  窓を開けようとするが開かない。
龍崎「クソッ!」  

○ 同・前(夕)
  芦屋、門倉が龍崎を待っている。
  裏手から窓ガラスの割れる音。
  驚いて目を合わせる芦屋と門倉。
芦屋「見てきます」
門倉「ああ」
  芦屋、裏手へ走って行く。

○ 同・リビング(夕)
  吊られたままの紐。
  その下に横たわる保奈美。
  龍崎は悲しそうに見ている。
  割れたガラスに気をつけながら入ってくる芦屋。
芦屋「マジかよ……」
龍崎「……」

○ 同・前(夕)
  ドアが開き龍崎が顔を出す。
門倉「どうした」
  龍崎、小さく横に首を振り、
龍崎「自殺してます」
門倉「自殺?」
  龍崎、無言でお金の入った封筒を渡す。
  門倉、躊躇しながらもお金を懐に入れる。
門倉「警察呼ぶしかねえな」
  龍崎、頷く。
  誰かの足音。
  龍崎、門倉、足音がする方を見る。    
  そこには健太の姿。
龍崎「!」
健太「何で僕の家にいるの?」
  何も言えない龍崎たち。
健太「僕のお母さんは?」
龍崎「……違うんだ」
  と、健太に近づく。
  そのまま健太を抱きしめる。
龍崎「ごめん。守れなかった……」
  と涙を浮かべる。
門倉「……」
  門倉、家の中へ入って行く。

○ 走る車・中(夜)
  文鷹が後部座席に乗っている。

○ 保奈美の家・少し離れた場所(夜)
  車が停まり、降りて来る文鷹。
  警察車両の赤色灯が辺りを照らしている。

○ 同・前(夜)
  警察官が動き回っている。
  龍崎、門倉、芦屋が立ちすくんでいる。
  文鷹、近付いて、
文鷹「大丈夫か?」
龍崎「……」
  門倉、首を横に振る。
文鷹「……」
  警察官の側に健太の姿。
  健太、保奈美の家を呆然と見ている。
健太「……」
  高松が龍崎達に近付いて、
高松「これはこれは人道会のボスじゃないで
 すか」
文鷹「……」
高松「危うくこのチンピラ達を逮捕する所で
 したよ」
龍崎「……」
  高松、軽々しく、
高松「女が首吊って死んでいる現場の第一発
 見者がヤクザなんて。事件の匂いしかしま
 せんけど」
健太「……」
龍崎「おい、子供がいるんだ。言葉に気をつ
 けろ」
高松「侵入して無理矢理、首吊り自殺に見せ
 かけて殺す事なんて簡単に出来ますからね」
龍崎「いい加減にしろ」
  と、掴みかかろうとする龍崎。
  文鷹、手で龍崎を制止する。
文鷹「やめろ。龍崎」
龍崎「……」
文鷹「証拠も出てない癖に薄っぺらい推理を
 ほざくんじゃねえ。最近は不祥事ばかりの
 警察より、俺たちの方がよっぽど高潔だ」
高松「(何も言い返せず)……」
文鷹「お前らの茶番に付き合ってる暇はねえ。 
 帰らせてもらう」
高松「今度は令状持ってくるからな。覚悟し
 とけよ」
文鷹「……行くぞ」
  龍崎たち、その場を離れる。

○ 龍崎の部屋
  着替えている龍崎。
  龍崎、洗面所の方に移動する。

○ 同・洗面所
  顔を洗う龍崎。
  タオルで顔を拭く。
  鏡に写る自分を見る。
龍崎「……」

○ 同・前
  龍崎がビルから出てくる。
龍崎「?」
  黒のセダンが停まっている。
  車の前に文鷹の姿。
文鷹「遅かったな」
龍崎「……」

○ 商店街・付近
  車が停まり、後部座席から龍崎と文鷹が降りる。
文鷹「付いて来い」
  龍崎、黙って着いて行く。

○ 商店街
  龍崎と文鷹、並んで歩く。
文鷹「ここは俺が生まれ育った場所だ」
龍崎「……」
文鷹「だけどヤクザを認めてくれる人達は少
 ない」
龍崎「……」
文鷹「俺はこのシマを守らないといけない。
 見返りを受けたい訳じゃないが、いつか認
 めて貰えるように」
龍崎「……」
文鷹「お前も顔を覚えて貰えよ。その内、リ
 ュウちゃんって呼ばれるぞ」
龍崎「……(少し笑って)はい」
  と安堵の表情。

○ 同・定食屋
  奥の席に座っている龍崎、文鷹。
文鷹「どうだ? 人道会に入ってみて」
龍崎「想像以上に大変です」
文鷹「前の仕事とどっちが大変だ?」
龍崎「この仕事は精神的に大変ですね」
文鷹「まあ、その内慣れるさ。俺も初めはそ
 うだった」
龍崎「文鷹会長も違う仕事を?」
文鷹「ああ。俺はバーで働いていたんだ。そ
 の時のボスから声を掛けてもらった。大声
 で言えない仕事も沢山してきた」
龍崎「……」
文鷹「昔と比べれば今は派手な事はやらなく
 なったな」
龍崎「派手な事ですか」
文鷹「こんな場所じゃ話せない事だ」
龍崎「……この世界ってもっと危険な事があ
 と思ってましたよ。薬の取引とか」
文鷹「(笑って)そんな危ない道を渡るヤク
 ザも最近減ってるんじゃないか」
龍崎「ウチはやらないんですか?」
文鷹「知りたいのか?」
龍崎「……いえ、ちょっとした興味です」
  と笑う。
文鷹「商品があればやるさ」
龍崎「……俺もやってみたいですね。派手な
 仕事」
文鷹「そんな事やったらすぐに捕まるぞ」
龍崎「……今商品はあるんですか」
  年配女性の店員が料理を持って、
店員「お待たせしました〜」
  とテーブルに料理を並べる。
文鷹「ありがとう」
  店員去っていく。
龍崎「……」
  料理を食べる文鷹。
文鷹「ここのご飯を食べるといつもお袋を思
 い出す」
龍崎「?」
文鷹「龍崎、お前家族いるのか?」
龍崎「結婚はしてません。母は亡くなりまし
 た。父はいますが寝たきりです」
文鷹「……そうか。悪い事聞いたな」
龍崎「いえ……文鷹会長は?」
文鷹「妻と息子が一人。息子は大学を出て一
 般企業で仕事をしてる」
龍崎「ヤクザじゃないんですね」
文鷹「ヤクザになる気はないみたいでな」
龍崎「ヤクザにさせたかったんですか?」
文鷹「いやあ、なれる器じゃない。今でも仕
 事を辞めたいって弱音を吐いているらしい」
龍崎「……直接聞いてないんですか?」
文鷹「ああ。……実は息子に何年も連絡を取
 ってないんだ」
龍崎「何でですか?」
文鷹「俺はヤクザだ。父親がヤクザなんて言
 ったら仕事に影響出るだろ」
龍崎「……」
文鷹「だから、連絡も取ってない」
龍崎「でも、親子なら……良いんじゃないで
 すか?」
文鷹「……」
  文鷹、箸を止める。
龍崎「……すみません」
文鷹「寝たきりの親父がヤクザならどう思
 う?」
龍崎「……それでも親子ですから」
文鷹「(笑って)……大したもんだ」

○ すこやか老人ホーム・出入り口
  周りを警戒しながら龍崎出てくる。

○ 同・少し離れた場所
  老人ホームから離れていく龍崎の姿が
  見える。
  その様子を見る文鷹。
文鷹「……」

○ 同・出入り口
  文鷹、周りを警戒しながら中へ入って行く。

○ 同・受付
  文鷹、受付に書いてある名前を見る。
  受付には『龍』が訂正されて、横に
  『柏原誠』と書かれている。
文鷹「……」
  文鷹、受付を離れて出入り口へ歩いて行
  く。

○ 人道会事務所ビル・外観

○ 同・階段
  階段を上がる龍崎。

○ 人道会事務所・中
  事務所へ入ってくる龍崎。
  芦屋がソファに座ってテーブルで何か
  手を動かしている。
  芦屋以外の人の気配なく、
龍崎「芦屋さんだけですか」
芦屋「(手を動かしながら)ああ?」
龍崎「何してるんですか?」
  と、テーブルを覗く。
  芦屋、テーブルの上の白い粉をカードで
  刻んでいる。
龍崎「!」
芦屋「お前もするか?」
龍崎「……いえ、いいです」
芦屋「やってみろよー。気分良くなるぞー」
  芦屋、鼻にストローを当て、白い粉を吸
  いこむ。
龍崎「……」
  芦屋、深呼吸して、
芦屋「……あ〜、最高……」
  と、上を見上げて幸せそうな顔。
龍崎「……それ、誰から貰ったんですか?」
芦屋「これはウチの商品だよ」
龍崎「……使って良いんですか?」
芦屋「文鷹会長に言うなよ」
龍崎「言いませんよ。それどこにあるんです
 か?」
芦屋「教えるかよ。ほら、龍崎も使え」
  芦屋、カードで白い粉を刻む。
龍崎「……俺はもうしないって決めましたか
 ら。あっ、会長」
  と、ドアに向かい会釈する。
  芦屋、焦って粉を吹く。そして立ち上が
  り、
芦屋「ご苦労様です! ……あれっ」
  出入り口には誰もいない。
  龍崎、笑っている。
芦屋「お前、焦らすなよ!」
龍崎「すみません。でもそのスピードなら絶
 対にバレませんね」
芦屋「頼むよ」
  と、床に落ちた粉を集める。
龍崎「ちょっとタバコ買ってきます」
  と、笑顔で部屋を出る。

○ 同・階段
  ドアを閉めた途端、真剣な眼差し。
  階段を足早に降りていく。

○ 人道会事務所ビル・前
  事務所から出て行く龍崎。
  徐々に歩くスピードが速くなり、
  後ろを振り返ったり警戒しながら、
  電話を掛ける。
  小道に入って消える。
龍崎の声「奥村さん、もうすぐで帰れます」

○ 町・人気のない場所
  龍崎と奥村が話している。
奥村「それは確かか?」
龍崎「はい、間違いないです」
奥村「とうとう人道会は龍に尻尾を掴まれた
 な。龍崎、良くやった」
龍崎「(頷き)人道会は事務所のどこかにブ
 ツを隠してます」
奥村「あともう一歩だな」
龍崎「……これで俺は帰れますよね?」
奥村「ああ、後は在り処を突き止めるだけだ」
龍崎「すぐに見つけてやりますよ。俺の目は
 ……俺の目は良いんです……」
奥村「やっとお前の嫌いな人道会を潰せるな。
 俺も嬉しいよ」
龍崎「……」
奥村「どうした?」
龍崎「……いえ」
奥村「龍崎、最後まで気を抜くんじゃないぞ」
龍崎「……はい……」

○ 歓楽街(夜)

○ バー・入り口〜カウンター(夜)
  龍崎が入ってくる。
バーテンダー「(気付いて)いらっしゃいま
 せ」
  龍崎、カウンターに座る。
バーテンダー「いつもので?」
龍崎「今日はお勧めにしようかな」
バーテンダー「どうかしたんですか?」
  と、お酒を作る。
龍崎「もうここに来ることもなくなるかもし
 れない」
バーテンダー「何かあったんですか?」
龍崎「新しい仕事を始めるんだ。ここから遠
 い町で」
  と清々しい顔。
バーテンダー「それはおめでとう御座います」
龍崎「……全てが終わるんだ。良い事も悪い
 事も」
バーテンダー「キューバリブレです」  
  と、微笑んでグラスを渡す。

○ 人道会事務所ビル・階段
  龍崎、階段を上がる。

○ 人道会事務所・中
  入ってくる龍崎。
  中は芦屋一人。
  パチスロの雑誌を読んでいる。
龍崎「また一人ですか?」
芦屋「ああ。また留守番だ」
龍崎「俺が代わりに留守番しますよ」
芦屋「……お前に任せられる訳ねーだろ」
龍崎「たまには息抜きしたらどうですか。俺、
 黙ってますよ」
  芦屋、雑誌を見つめる。
龍崎「任せてください」
  丸めた雑誌で膝を叩き、
芦屋「しょうがねえな。わかったよ」
  芦屋、財布の中の確認をして、
芦屋「3000円勝負だな。会長がもし早く
 帰ってきたら上手く誤魔化せよ」
龍崎「はい。任せて下さい」
芦屋「じゃあ、行ってくるから頼むな」
  と、手を上げ外へ出て行く。
  龍崎、窓に近づき外の状況を確認。
龍崎「……」
  窓から芦屋が走っていく姿が見える。 
  龍崎、文鷹のデスクに近づく。
  デスクの引き出しを開けて中を探る。
  何も出てこない。
  他の引き出しも開けて探る。
  何も出てこず、ソファに近づく。
  ソファをひっくり返し、カーペットの下
  を見る。何も出ない。
龍崎「……」
  龍崎の背丈くらいの本棚が壁面にある。
龍崎「(目に止まり)……」
  本棚に近づく。
  龍崎、本棚を少しずらし、裏側を見る。
  裏側の壁には扉。
龍崎「!」
  本棚を横にずらすと、扉全体が見える。
  ドアノブを開けようとするが、鍵が掛か 
  っている。
  龍崎、辺りを見回し文鷹のデスクに近づ
  く。
  デスクの上の書類に付いているクリップ
  を取る。
  クリップを持ってもう一度、扉の前へ移
  動。
  クリップを伸ばし、棒状にして鍵穴に差
  しピッキング。
龍崎「……」
  鍵の開く音。
龍崎「!」
  ドアをゆっくり開ける。

○ 同・隠し部屋
  中は薄暗い。
  壁の照明のスイッチを点ける。
龍崎「!」
  白い粉が入った透明の袋が大量に
  積まれている。

○ 人道会事務所ビル・前
  組員Aが後部座席のドアを開き、
  文鷹が車から降りる。

○ 人道会事務所・隠し部屋
  龍崎、ポケットからカメラ機能付き
  ボールペンを取り出す。
  ペン先にカメラのレンズ。
  ペン先を薬物の袋に向けてのボタンを
  何度も押す。

○ 人道会事務所ビル・階段
  階段を上がって行く文鷹。

○ 同・隠し部屋
  大量の薬物の側に木で出来た箱が置いてある。
龍崎「?」
龍崎、箱を開ける。中には拳銃。
龍崎「!」
  龍崎、ペン先を向けボタンを押す。

○ 同・前
  文鷹、ドアを開けようとするが、鍵が掛
  かっている。
文鷹「?」

○ 同・隠し部屋
  龍崎、電気を消して部屋を出る。

○ 同・前
  文鷹、鍵を取り出す。鍵を開けて入る。

○ 同・中
  中へ入ってくる文鷹。
  文鷹立ち止まる。
文鷹「?」
  龍崎、ソファに座っている。
  手にはパチスロの雑誌。
  龍崎、立ち上がり、
龍崎「ご苦労様です」
文鷹「芦屋は?」
  と、文鷹のデスクに歩いて行く。
龍崎「はい。芦屋さんはタバコを買いに行っ
 てます」
文鷹「そうか」
龍崎「門倉さんは?」
文鷹「……(何かに気付いて)」
  文鷹、本棚を見ている。
龍崎「(焦り)会長、今日はどこに行ってた 
 んですか?」
  文鷹、本棚に近づき、
文鷹「……ここ触ったか?」
龍崎「ええ、この雑誌を」
  パチスロの雑誌を上げる。
龍崎「時間が余ったので暇で」
  と、座って雑誌を開く。
文鷹「俺が出る時はそんな雑誌無かったぞ」
龍崎「……そうでした。これ、芦屋さんが買
 ってきたやつでした」
  と笑う。
文鷹「雑誌買いに行って、またタバコ買いに
 行ったのか。バカだな。あいつは」
龍崎「……遅いですね。たかがタバコなのに」
  文鷹、テレビの電源を入れリモコンの操
  作をしている。
龍崎「……」
  龍崎、何事も無かったかの様に雑誌を眺
  める。
  テレビから、本棚を動かす音。
龍崎「?」
  文鷹、テレビを見ている。

○ テレビ画面
  龍崎が本棚をずらし、扉を見ている映像。
  録画をされていた。

○ 人道会事務所・中
  龍崎、呆然としている。
  文鷹、表情を変えずテレビを見ている。

○ テレビ画面
  扉を開ける龍崎。
  テレビの画面が変わり、隠し部屋が
  映されている。
  灯りを点け、ペンを取り出し、写真を
  撮っている姿。
  テレビの電源が切れる。

○ 人道会事務所・中
  文鷹がリモコンをテレビに向けている。
文鷹「龍崎……」
龍崎「違うんです。興味本位で」
文鷹「お前、サツなのか?」
龍崎「(焦って)何言ってるんですか」
  テレビの映像は流れ続ける。
龍崎「……」
文鷹「龍崎……どうなんだ」
龍崎「サツじゃありません。会長やめて下さ
 いよ」
  文鷹、リモコンを叩きつけて、
文鷹「じゃあこの映像は何だ!?」
龍崎「……クスリを試してみたかったんです」
文鷹「クスリなんかしないだろ」
龍崎「昔やってたんです」
文鷹「胸ポケットに入れたペンを見せてみろ。
 ペン型のカメラだろ」
龍崎「……」
文鷹「見せろって言ってんだ!」
龍崎「……出来ません」
文鷹「……それは認めるって事だな?」
龍崎「いや……」
文鷹「俺と初めて会った時の事、覚えてる
 か?」
龍崎「?」
文鷹「2度目に入所した刑務所は千葉刑務所
 って言ったよな?」
龍崎「……はい」
文鷹「千葉刑務所は初犯の人間しか入れない」
龍崎「……」
文鷹「サツなんだろ? 吐いてくれ。頼む」
龍崎「?」
文鷹「……」
龍崎「……俺は……」
文鷹「龍崎……俺も警察なんだ」
龍崎「……えっ……」
文鷹「……俺も潜入捜査官だ」
龍崎「……」
文鷹「元、と言ったらいいか」
龍崎「……どういう事ですか」
  文鷹、龍崎の近くに座る。
文鷹「見捨てられたんだ。警察に」
龍崎「……」
文鷹「お前を見て、すぐに分かった。あのバ 
 ーで会った時から。警察だって。俺と同じ
 だって」
龍崎「……」
文鷹「でも確証付ける物がなかった。警察と
 証明されるものが」
龍崎「……」
文鷹「もし、俺が警察だってバレたら剋龍会
 からどう処分されるかわからねえ。無理に
 動けなかったんだ」
龍崎「……その話し本当ですか」
文鷹「ああ」
龍崎「……人道会の人間、誰も知らないんで
 すか」
文鷹「(頷いて)知らせる訳にもいかねえか
 らな」
龍崎「どうしたら……」
文鷹「俺をここから出してくれないか」
龍崎「……でも、信じてもらえるか」
文鷹「お前だけが頼りなんだ。頼む」
  と頭を下げる。
龍崎「……わかりました。相談してみます」
  ドアの開く音。
  芦屋が入ってくる。
芦屋「あっ……」
  龍崎、文鷹気づいて、 
文鷹「どこ行ってたんだ?」
芦屋「いやちょっと郵便物を」
文鷹「タバコは?」
芦屋「……タバコは吸いません」

○ 港
  車が停まっている。その側に龍崎と奥村。
奥村「……そうか。でも本当に信じていいの
 か?」
龍崎「はい」
奥村「ハメられてるんじゃないか? あの男
 は頭が良いぞ」
龍崎「それはないと思います」
奥村「なぜそう思う」
龍崎「それは……わかりません。でも悪い人
 じゃない」
奥村「(鼻で笑って)それは困ったな……」
龍崎「奥村警視正の言う事も分かります。で
 も、これは信じて欲しいと思っています」
奥村「……わかった。わかったよ」
龍崎「本当ですか」
奥村「その男のデータが残ってるか確認して、
 戻れるように手を回すよ」
龍崎「ありがとう御座います」
奥村「……で、クスリの方は見つかったの
 か?」
  黙る龍崎。
奥村「?」
龍崎「その前に聞きたい事があります」
奥村「……何だ?」
龍崎「誰も捕まる事なく、この潜入捜査を終
 わらせる事は出来ませんか」
奥村「……どういう事だ? 脅されてるの
 か?」
龍崎「(首を横に振り)人道会はいい人ばか 
 りです」
奥村「あんなに毛嫌いしてたヤクザを擁護す
 るのか?」
龍崎「俺が知ってるようなヤクザじゃありま
 せん」
奥村「幼い頃ヤクザに随分苦しめられたろ。
 お前の母親だって……」
龍崎「分かってます」
奥村「クスリを売って、人の人生を狂わして、 
 甘い蜜を吸う奴らだぞ」
龍崎「(頷いて)ヤクザ側の視点になって分
 かった事も沢山あります。昔とは随分状況
 も違います」
奥村「……」
龍崎「奥村警視正、お願いします」
  龍崎、頭を下げる。
奥村「……」
  龍崎、頭を下げたまま。
奥村「……分かったから頭上げろ」
龍崎「(頭上げて)ありがとう御座います」
奥村「知恵を貸してくれ。どうしたらいい?」
龍崎「クスリを奥村さんに渡します。表向き
 は、薬物所持で会長を逮捕して下さい。そ
 れで、俺と会長を警察に戻すんです」
奥村「……その後の人道会はどうするんだ?」
龍崎「それは分かりません」
奥村「そうか……わかった。ただ、そうする
 には少し時間が掛かるだろう。すぐに出来
 るような話しじゃない」
龍崎「ありがとう御座います。会長にも伝え
 ておきます」

○ 人道会事務所・中(夕)
  龍崎が入ってくる。中は文鷹一人。
龍崎「他の皆は?」
文鷹「外に出てるよ。頼み事があってな」
龍崎「……話してきました。警視正に」
文鷹「戻れるのか」
龍崎「はい。警察に戻れるように手を回して
 くれるそうです」
文鷹「(不安そうに)そうか」
龍崎「どうしたんですか?」
文鷹「何でもない」
  ドアの開く音。
  中へ入ってくる門倉と芦屋。
門倉「ただいま帰りました。(龍崎に気付き)
 おお。龍崎」
  龍崎、頭を下げる。
芦屋「本当疲れましたよ〜」
  と、ソファに倒れる。
門倉「お前、殆ど休憩してただろ」
芦屋「働いてましたよ」
龍崎「何かあったんですか?」
門倉「ああ。ちょっとな」
龍崎「……」
  門倉、ソファに座る。
  新聞紙を開いて、
門倉「また荒木田組が好き勝手やってるな」
  新聞には『荒木田組と剋龍会、抗争続く』
  の記事。
  芦屋、後ろから新聞を覗く。
芦屋「事務所に火炎瓶、銃弾、車で突っ込む
 って世紀末ですね」
門倉「警察は何やってんだろうな。ちゃんと
 取り締まれよ」
龍崎「……」
文鷹「……」
  ドアをノックする音。
芦屋「?」
  芦屋、立ち上がりドアに近づく。
  ドアを開く。
  高松が立っている。
  後ろにも捜査員が複数立っている。
  高松、警察手帳を見せて、
高松「ガサ入れだ」
芦屋「(龍崎たちに)け、警察です!」
龍崎「!?」
  龍崎、文鷹、門倉もドアに近付き、
文鷹「何の用だ」
高松「覚せい剤取締法違反及び、銃刀法違反
 の疑いで家宅捜索させてもらう」
  令状を見せて、
高松「土産だ」
  文鷹、龍崎を見る。
  龍崎、首を横に振る。
高松「じゃあ、入るぞ」
  高松、捜査員が中へ入っていく。
龍崎「おい、ちょっと待てよ!」
  捜査員が事務所中に広がる。
  捜査員達が引き出しを開けたり、カーペ
  ットを捲り上げたりしている。
  高松、文鷹の机の上に腰掛ける。
高松「灰皿借りるぞ」
  タバコを取り出し、火をつける。
  龍崎、高松に近づいて、
龍崎「(小声で)奥村警視正に連絡しろ。こ
 の捜査をすぐにストップするんだ」
  高松、タバコを吹かし、
高松「? お前は警視正を知っているのか?」
龍崎「良いから早く」
高松「俺に指図するな。この家宅捜索は警視
 正の指示だ」
龍崎「何……?」
高松「どうした」
龍崎「(呆然)」
  本棚を横に動かす捜査員の姿。
龍崎「……」

○ 取調室・中(夜)
  龍崎がうな垂れて座っている。
  ドアの開く音。
龍崎「?」
  奥村が入ってくる。
  手にはノートパソコン。
龍崎「奥村警視正……」
奥村「事務所の中を隈無く調べさせてもらっ
 た」
龍崎「こんな手荒くしなくても良かったでし
 ょう。俺が渡すって言ったじゃないですか」
奥村「人道会の事務所からは何も出てこなか
 った。隠し部屋の中は空っぽだ」
龍崎「えっ……」
奥村「まんまと騙されたよ」
  と、龍崎の対面に座る。
龍崎「騙すなんて……急にガサ入れなんて、
 こっちも聞いてないですよ」
奥村「ヤクザに予め入る事を言ってどうする。
 ガサ入れにならないだろ」
龍崎「俺には言って下さいよ。何か手を」
奥村「お前も、ヤクザだろ?」
  龍崎、分からず、
龍崎「どういう事ですか」
奥村「何を言ってるんだ? お前も人道会の
 組員だろ?」
龍崎「いや、表向きはそうですけど……」
  奥村、ノートパソコンを開き操作する。
  画面を龍崎に向ける。
  画面には『柏原 誠』で検索中。
奥村「ここにお前の名前は存在しない」
  画面には『該当データなし』。
龍崎「……消したんですか」
 と、奥村を睨みつける。
奥村「消した? お前は元からここのデータ
 に入っていないヤクザもんだ」
龍崎「ふざけるな!」
  と机を蹴る。
  奥村、立ち上がり、
奥村「こっちはいつでもお前を捕まえる事が
 出来るんだぞ。荒々しい事はするな」
龍崎「なんで俺のデータを消したんだ」
奥村「……」
  奥村、出て行こうとする。
龍崎「理由を言え! 俺が人を殴ったから
 か!? ルールなんて守ってられるか!」
  奥村、振り向く事なく出て行く。
龍崎「くそ!」
  机を蹴り飛ばす。
  叫ぶ龍崎。

○ 警察署・前(夜)
  前には黒いセダンが停まっている。
  その前に組員Aや他の組員が立っている。

○ 同・中〜前(夜)
  文鷹、門倉、芦屋が出てくる。
  少し遅れて龍崎が出てくる。
  車の後部座席のドアを開ける組員A。
  乗り込もうとする文鷹。
文鷹「(龍崎に気付き)?」
  龍崎、別の方向に歩いて行く。
文鷹「龍崎、どこ行くんだ」
  龍崎、振り返る事なく歩いて行く。
文鷹「……」 
  文鷹、心配気に龍崎を見つめる。

○ 人道会事務所(朝)
  文鷹、門倉がいる。
  芦屋が入ってくる。
芦屋「おはようございます」
文鷹「龍崎は?」
芦屋「いや、見てないですね」
門倉「昨日から様子がおかしいですね」
文鷹「……」

○ 龍崎の部屋
  龍崎、ソファで寝ている。
  体を起こし、鏡を見る。
  鏡に写る龍崎。
  その姿はヤクザそのもの。
龍崎「……」
  テーブルに置いていたコップを鏡に投げ
  る。
  割れるコップ。
  ソファに倒れる様に横になる。
  ドアの開く音。
文鷹、中へ入ってくる。
龍崎「?」
文鷹「……入って大丈夫だったか」
龍崎「……」
文鷹「座っていいか?」
龍崎「どこでも」
  文鷹、座って、
文鷹「何があった?」
龍崎「……もう警察としてはもう戻れません」
文鷹「……まさかデータを消されたのか?」
  龍崎、頷く。
  文鷹、深く息をついて、
文鷹「裏切られたんだな」
龍崎「許せません。あいつら」
文鷹「……お前もヤクザ者になったって事だ」
龍崎「俺は本当のヤクザになりたい訳じゃあ
 りません」
文鷹「……誰がお前を警察だって証明出来る
 んだ?」
龍崎「……それなら辞めるまでです」
文鷹「辞めた所で生きていけると思うなよ」
龍崎「ヤクザでいるよりマシですよ」
文鷹「ヤクザを受け入れてくれる所なんてな
 い。元ヤクザを受け入れてくれるのはヤク
 ザしかないんだ」
龍崎「……文」
文鷹「どこも受け入れてくれやしない。門倉
 も芦屋も一度は足を洗ったんだ。でも受け
 入れてくれるとこはなかった。人権すらな
 い扱いを受けてきた。人道会はそんな奴ら
 の寄せ集めだ」
龍崎「俺も寄せ集めの一人だって言うんです
 か」
文鷹「俺も警察から見捨てられた。ヤクザを
 一度は辞めた。でも、俺を認めてくれる人
 間はここ以外なかった」
龍崎「……」
文鷹「俺も寄せ集めの一人なんだ」
龍崎「……」
文鷹「こんな世界にどんな希望を描いたらい
 い? 希望なんて無い。殺伐とした毎日が、
 延々と続く」
龍崎「……」
文鷹「でもそんな中でも希望を見つけた。そ
 れは人を助けたいっていう思いだ」
龍崎「……」
文鷹「この気持ちが今の人道会の原動力なん
 だ。ヤクザでも正義の旗を振っていいんだ」
龍崎「どこが正義ですか。人に暴力を振るい
 人の金を奪い。正義を語る資格なんてない」
文鷹「正義と悪なんて紙一重だ。やられたか 
 らやり返す。金を貸したら金利は貰う。そ
 れで何人の人生を助けてる? それもまた
 事実だ」
龍崎「……そんなに説得されても、俺は変わ 
 りませんから……帰ってください」
文鷹「よく考えるんだ」
  文鷹、部屋を出て行く。
龍崎「……」

○ すこやか老人ホーム・外観

○ 同・廊下
  歩く龍崎。

○ 同・室内
  入ってくる龍崎。
  仕切られたカーテンを開ける。
  恵がベッドを起こして写真を眺めている。
恵「(気付いて)マコト」
龍崎「……何見てるんだ?」
恵「施設の人からね、昔の写真を見るのが良
 いって聞いたから見返してるの」
  微笑みながら写真を眺める。
恵「ほら、これ見て」
  と、写真を差し出す。
  龍崎、写真を受け取り、
龍崎「?」

○ 写真
  幼い頃の龍崎と若い頃の恵が手を
  繋いで並んでいる。

○ すこやか老人ホーム・室内
  龍崎、感慨深く写真を見つめる。
恵「マコトが小さい頃はね、すごく正義感が
 強くて、いじめられてた友達を助けたりし
 てたのよ」
龍崎「ああ。覚えてるよ」
恵「でもそれでマコトもいじめの標的になっ 
 たりして。でも友達をかばい続けた。自分
 を犠牲にしてまでね」
  恵、他の写真を手にとって、
恵「これは中学校の入学式ね」

○ 写真
  校門の前に立つ中学生の頃の龍崎。
恵の声「この日は確か降りる駅を乗り過ごし
 ちゃって、マコトと一緒に中学校まで走っ
 て行ったのよね」
龍崎「……」
恵「こんな、こんな……」
龍崎「?」
  恵、涙を流して、
恵「大切な子供の思い出ももうすぐで思い出
 せなくなるの」
龍崎「……」
恵「全て無くなってしまうの。過去が」
龍崎「母さん……」
恵「……この写真を見ても何も分からなくな
 るの……」
  龍崎、恵の手を握って、
龍崎「過去は無くならないよ。過去があるか
 ら今があるんだ」
恵「ありがとう。でもね、もう答えは出たの」
龍崎「?」
恵「これ」
  手に持っている写真を龍崎に差し出す。
恵「これあげるから」
龍崎「これ見ないといけないんだろ?」
恵「見てもすぐ忘れるのはわかってる。だか
 らもう必要ない。大切なのは今この瞬間。
 マコトと今一緒にいる事はわかる」
龍崎「……」
恵「これ以上何を求めるの?」
  と笑う。
龍崎「……」

○ 港
  龍崎、胸ポケットから出した写真を見る。
  写真は恵から貰った写真。
龍崎「……」
文鷹が近づいてくる。
  龍崎、写真に火を付けて燃やす。
文鷹「……何だ。呼び出して」
龍崎「文鷹さん、俺ヤクザとして生きていこ
 うと思います」
文鷹「……本当にいいのか」
  燃える写真。
龍崎「でも一つ。考えている事があります」
文鷹「なんだ?」
龍崎「警察を見返してやりたい」
文鷹「ああ。でも何をするつもりだ」
龍崎「荒木田組を潰す」
文鷹「潰す? 荒木田組を?」
龍崎「はい。警察は荒木田組に手を焼いてい
 ます。荒木田組と剋龍会の抗争を終わらせ
 ます」
龍崎「辞めておけ。殺られるぞ」
龍崎「俺なりの正義です」
文鷹「……どうやって潰すつもりなんだ?」
龍崎「潜入です。剋龍会傘下の末端ヤクザが
 潜入した所で分かりませんから」
文鷹「……止めてもやるんだろ」
龍崎「はい」
文鷹「好きにしろ」
  頷く龍崎。

○ 荒木田組御用達のバー・ホール(夜)
  店内は賑わっている。
  ヤクザ風の男たちが女性たちと歓談している。

○ 同・カウンター(夜)
  龍崎の姿。カクテルを飲んでいる。

○ 同・テーブル席(夜)
  女性を囲う荒木田文治(56)。
  酒を飲んでいる。

○ 同・ホール(夜)
  酔っている男が店員に絡んでいる。
酔った男「ぼったくりだろ!」

○ 同・カウンター(夜)
  龍崎、酔った男の声を背にして飲んでいる。
龍崎「……」

○ 同・ホール(夜)
  酔った男、店員を押し倒す。
  女性たちの悲鳴。

○ 同・カウンター(夜)
  龍崎の姿は無い。
  先ほどまで飲んでいたカクテルの
  グラスだけ置かれている。

○ 同・ホール(夜)
  酔った男を止めようとする店員たち。
酔った男「触んな! こんな高え金払うか!」
  と振り払う。
  龍崎、酔った男の髪を掴む。
  そのまま頭突き、数発顔面と腹部を殴り、
  酔った男ひざまずく。
  龍崎、酔った男の髪を掴み、立たせる。
  髪を掴んだままテーブルに顔を叩きつけ 
  る。
  倒れる酔った男。
  龍崎、テーブルに置いてあるグラスを手
  に取る。
  テーブルにグラスをぶつけて割る。
  グラスの先端が鋭利になる。
  グラスを振りかざし、酔った男の顔ギリ
  ギリで手を止める。
龍崎「金くらい払えよ」
酔った男「(怯えながら)すみません」
龍崎「(店員に)いくらだ?」
店員「よ、4万です」
龍崎「(酔った男に)5万出せ」
酔った男「(怯えて)えっ? 5万ですか」
龍崎「出せ」
  酔った男、財布から5万出す。
  龍崎、お札を取って数える。
龍崎「よし、帰れ」
  酔った男、逃げるように出て行く。
龍崎「はい(お金を渡して)あいつの食事代
 と、迷惑料と割れたグラス代だ」
店員「は、はい……」
  
○ 同・テーブル席(夜)
  荒木田、龍崎を見つめる。

○ 町中(1ヶ月後)
  バーで流れていた音楽がより強調される。
  荒木田を先頭に歩いている組員たち。
  一番後ろに龍崎が付いて行く。

○ アパート・ドア・前
  ノックをする組員。後方に龍崎。
  中からの反応が無く、首を横に振る。
荒木田「……」
  龍崎、ドアの前に出てきて傘立てから傘
  を取る。
  新聞受けを傘で何度か突く。
  傘を抜いて、ドアを思い切り蹴る。
  ドアが開く。
  荒木田、組員呆然。
  龍崎、一歩引き組員たちが中へ入る。

○ 走る車・中(3ヶ月後)
  運転をしている龍崎。助手席、後部座席にも
  組員。
  荒木田も乗っている。

○ 宴会場・中
  浴衣姿で組員たちの前に立つ荒木田。
  皆の手には盃。
  組員たち一斉に飲みだす。
  龍崎、少し躊躇した後飲む。

○ 町中(半年後)
  荒木田を先頭に歩く組員たち。
  龍崎が集団の真ん中に位置して歩く。
  組員が龍崎に話しかけている。

○ 町中・人気のない場所
  龍崎、他の組員が一人の男にリンチを
  加えている。

○ 走る車・中
  運転をしている組員。
  助手席に龍崎。窓を開けてタバコを
  吹かしている。

○ 荒木田組・事務所
  クスリをカードで刻み、ストローで
  粉末を吸引する龍崎。
  それを取り囲む組員たち。
  笑顔になる龍崎。

○ 町中(1年後)
  龍崎が荒木田と身振り手振りしながら
  会話して先頭を歩いている。
  その後ろに組員たち。

○ 剋龍会事務所・外観(夜)
  2階の窓に「剋龍会」と書かれている。

○ 同・前(夜)
  黒いセダンがライトを消して、低速走行。
  後部座席の窓が開くと龍崎。
  龍崎、建物に向けて拳銃を3発発砲。
  車は急発進してその場から消える。
  道路には薬きょうの残骸。

○ 走る車・中(夜)
  後部座席に座る龍崎と荒木田。
  目を合わせて、満足げに笑う2人。
  音楽が終わる。
  
○ 宴会場(夜)
  浴衣姿の組員たち。
  酔っ払って女性たちに絡む。
  それを傍観する龍崎。
  ケータイのバイブの音。
龍崎「?」
  龍崎、立ち上がり宴会場から出て行く。
  荒木田、龍崎を目で追う。

○ 宴会場・前・廊下(夜)
  襖を閉じると同時に音楽が鳴り止む。
  電話に出る龍崎。
龍崎「(電話に)はい」
  電話口から女性の声。
女性の声「すこやか老人ホームですが、柏原
 誠さんでしょうか?」
  龍崎、周りを見渡し、
龍崎「(電話に)……はい」
女性の声「お母様がお亡くなりになりました」
龍崎「(電話に)えっ……」
女性の声「すぐにこちらに来て頂きたいので
 すが」
龍崎「……」
  龍崎、無言で電話を切る。
  後ろに荒木田。
荒木田「どうした?」
龍崎「(驚き)いえ、寝たきりの父が体調崩
 したみたいで」
荒木田「見舞いに付いて行こうか?」
龍崎「いえ、元気過ぎて困ってたくらいです
 から。体調崩してくれた方が丁度良いです 
 よ」
荒木田「(笑って)そうか。いつか会わせて
 くれよ」
  と、廊下を歩いて行く。
  頭を下げる龍崎。
龍崎「……」

○ 柏原恵の家・外観
  家の前に通夜の案内看板「柏原恵通夜会場」。
  喪服で入っていく人たち。

○ 同・少し離れた場所
  龍崎が物陰に隠れて見つめている。
龍崎「……」
  足音が近付いてくる。
  龍崎の後ろで足音が止まる。
龍崎「?」
文鷹「亡くなったんだな」
龍崎「文鷹さん……何でここが?」
  文鷹、少し考えて、
文鷹「ここは俺のシマだ」
龍崎「……」
文鷹「行かなくて良いのか?」
龍崎「でも……」
  龍崎の身なりはヤクザそのもの。
文鷹「それでも親子だろ?」
龍崎「……」
  文鷹、黒のジャケットを脱ぎ龍崎に渡す。
文鷹「気が済むまで行って来い」
龍崎「(頷く)」
  歩き出す龍崎。

○ 同・中
  龍崎入ってくる。
  白い掛け布団と顔に白い布を被せられた
  恵。
  その側には親戚の叔父さん、叔母さん。
龍崎「……」
叔母さん「(驚いて)マコト君?」
龍崎「(頭下げ)……はい」
叔母さん「お母さんを見てあげて」
  龍崎、恵の前に座り、白い布を取る。
  恵、微笑んでいるような顔。
龍崎「……」
叔母さん「お母さん、最後までマコト君の名
 前を呼んでたわ」
龍崎「……」
叔父さん「だからマコトを呼ぼうって言った
 のに、お母さん中々聞いてくれなくてね。
 いい報告が聞けるまで仕事の邪魔は出来な
 いって」
龍崎「母さん……母さん……」
  涙が溢れる龍崎。

○ 同・少し離れた場所(夕)
  文鷹に近づく龍崎。
  龍崎、文鷹の前で泣く。
  文鷹、龍崎の頭をポンポンと叩く。
  車の中へ龍崎を乗せる。

○ 龍崎の部屋
  荒木田組が用意した部屋。
  中には龍崎と組員。
  龍崎が新聞を読んでいる。
  ヤクザCはスマホを扱っている。
龍崎「……」
  新聞には『剋龍会組員打たれ死亡。荒木
 田組との抗争続く』。
龍崎「なあ、何でこれだけやっても警察は動
 かないんだ?」
ヤクザC「(得意げに)知りたいか?」
龍崎「知ってんのか?」
ヤクザC「ああ。うちは警察に守られている
 んだ」
龍崎「……どういう事だ?」
ヤクザC「うちのボスが警察の偉い人と繋が
 っているんだ」
龍崎「……誰なんだ。そいつは」
ヤクザC「名前は、確か……奥村」
龍崎「奥村!?」
ヤクザC「なんか知ってんのか?」
龍崎「いや……」
ヤクザC「あの奥村って人、ヤクザに育てら
 れたんだよ」
龍崎「ヤクザ? 本当か?」
ヤクザC「絶対に言うなよ」
龍崎「……言える訳ないだろ」
  龍崎、新聞を広げる。
  しかし、遠くを見つめている。

○ ビルの上(夜)
  龍崎が景色を眺めながら電話をしている。
龍崎「はい、本当です。……文鷹さんの事も
 知ってますからこの潜入がバレたら……」
文鷹の声「気にするな。お前のしたいように
 やればいいんだ」
龍崎「(笑って)ありがとう御座います。奥
 村を絶対にしょっ引きます」

○ 地下駐車場
  何台か車が停まっている。
  奥村が書類を見ながら車に近づく。
  車に乗り込む奥村。

○ 車の中
  奥村、助手席に書類を置く。
  後部座席に龍崎。
奥村「!」
龍崎「久しぶりですね。奥村警視正」
奥村「すぐに応援を呼んでも良いんだぞ」
龍崎「手荒いマネはしませんよ。アンタみた
 いに」
奥村「……何が狙いだ」
龍崎「すぐに警察を辞めろ」
奥村「(笑って)何を言い出すかと思ったら」
龍崎「アンタ荒木田組と繋がってるんだろ」
奥村「だったら何だ。警察にでも突き出す
 か?」
龍崎「今更警察なんか信用してない」
奥村「信用できない警察にお前は居たんだか
 らな。俺はお前を排除してやったんだ」
龍崎「アンタみたいなクソ刑事になるくらい
 ならヤクザになった方がマシだよ」
奥村「警察にも元警察にもなれない男のひが
 みか?」
龍崎「……」
奥村「お前は優秀だ。優秀だからこそ、警察
 には必要無い。いずれお前みたいなやつは
 俺の正体を見抜いていただろう」
龍崎「……お前を前科人にしてやるよ」
奥村「楽しみだな」

○ 荒木田組事務所・外観

○ 同・中
  血だらけの龍崎。
  組員に両腕を掴まれ立たされている。
組員「どうなんだ」
龍崎「人違いです」
  組員に腹部を殴られる龍崎。
組員「嘘つけ! 殺すぞ!」
龍崎「俺は行ってない! 信じてくれ!」
  組員に顔を殴られる龍崎。
  龍崎、ぐったりしている。

○ 料亭・外観(夜)
  高級料亭。

○ 同・個室(夜)
  女将が襖を開け、酒を持ってくる。
  席には荒木田、奥村の姿。
奥村「悪いねえ」
  と、酒を一口。
荒木田「どうぞ。飲んで下さい」
奥村「剋龍会は本当に目障りだ。早いとこ挙
 げますよ」
荒木田「それは助かります。ウチの若いのも
 犠牲になってますからね」
  荒木田、酒を飲み干す。
荒木田「そうだ。ウチの若いのが人道会の会
 長と密会してるって噂があったんです。奥
 村さん何か知ってますか」
奥村「人道会……(思い出したフリ)ああ、
 末端の末端組織という事は知ってますよ」
  と笑う。
荒木田「龍崎って男なんですけど、何か分か
 れば教えて下さいよ」
奥村「はい……早急に」
  と、ニヤリと笑う。

○ 龍崎の住むビル・前(夜)
  顔が傷だらけの龍崎、家の目前で立ち止まる。
  ビルの前に警察車両。
龍崎「!?」
  龍崎、後ずさりする。

○ 警察車両・中(夜)
  警察官が、龍崎に気付く。

○ 龍崎の住むビル・前(夜)
  龍崎、走って逃げる。
  警察車両、サイレンと赤色灯を
  点灯させて追いかける。

○ 町中(夜)
  走って逃げている龍崎。

○ 路地(夜)
  物陰に隠れる龍崎。
  警察車両が路地の前を横切る。
龍崎「……」
  歩き出す龍崎。

○ ビル・前(夜)
  歩いている龍崎。
  ガラス窓越しにテレビの画面。
龍崎「!」

○ テレビ画面
  龍崎の顔写真が映されている。
  テレップには『指名手配 荒木田組幹部
  龍崎知哉』。

○ ビル・前(夜)
  龍崎、驚いてガラスに手をついて見る。

○ テレビ画面
  龍崎の顔写真が映されたまま、テロップに
  『剋龍会の組員を銃殺した疑い』と書かれ
  ている。

○ ビル・前(夜)
  龍崎、呆然としたまま。
  通行人のおじさんが、
おじさん「大丈夫ですか?」
  と肩を叩く。
龍崎「(驚いて)!」
  龍崎、走って逃げる。

○ 人道会・事務所(夜)
  文鷹がテレビを見ている。
  ドアの開く音。
文鷹「?」
  龍崎が入ってくる。
  傷だらけの顔を見て、
文鷹「どうしたんだその傷」
龍崎「こんな傷大した事ありませんよ」
  龍崎、テレビの方に目を向ける。
  テレビには龍崎の顔が映されている。
文鷹「とうとう見つかったな」
龍崎「俺は人を殺してなんか」
文鷹「分かってるよ。龍崎は殺しなんかしない」
  龍崎、力つきる様に座り込む。
文鷹「よくやったよ。龍崎」
龍崎「すみません……」
文鷹「ここに居たら警察が来るぞ」
龍崎「警察からは逃げられません。文鷹さん 
 も分かってるでしょう」
文鷹「俺も上部団体から呼び出しが掛かった」
龍崎「密会の件ですか」
文鷹「(頷く)……ここまでだな」
龍崎「文鷹会長は逃げて下さい」
文鷹「逃げる訳にいかない。ヤクザもしつこ
 いぞ」
龍崎「……警察もヤクザも紙一重ですね」
文鷹「……この間な、話してた息子と久しぶ
 りに連絡をとった」
龍崎「(喜んで)本当ですか」
文鷹「……今の仕事を辞めるらしい。それを
 聞いて俺は安心した」
龍崎「……」
文鷹「ずっと自由になって欲しかったんだ」
龍崎「良かったですね……」
文鷹「ああ」
  と、涙を流す。
龍崎「?」
  ドアが開き、高松と警察官が入ってくる。
  拳銃を構えながら、
高松「手を上げろ!」
手を挙げる龍崎と文鷹。
  龍崎と文鷹を取り押さえる警察官たち。

○ 取調室
  龍崎が椅子に座っている。
  そこへ奥村が入ってくる。
  睨みつける龍崎。
奥村「ここで会うのは2回目だな」
龍崎「ヤクザとしては初めてだ」
奥村「お前は越えちゃいけないラインを越え
 た。だから刑務所に入ってもらう」
龍崎「好きにしてくれ」
奥村「人道会の文鷹会長は、剋龍会の会長に
 呼び出されたらしい。文鷹は今頃消されて
 るよ」

○ 走る車・中
  組員に挟まれ後部座席に座る文鷹。

○ 取調室
  龍崎、奥村の話を聞いている。
龍崎「(奥村を睨む)……」
奥村「そうだ。面白い資料が出てきたんだ。
 聞きたいか?」
龍崎「勝手にしろ」
奥村「文鷹が元警察って聞いてから色々調べ
 みたんだ」

○ 剋龍会組長の家・前
  豪邸。文鷹を乗せた車が中へ入って行く。

○ 同・庭
  車から降りる文鷹。
  周りには組員が取り囲んでいる。
奥村の声「文鷹はエリート警官で、すぐに潜
 入捜査官になった。その時、妻と幼い子供
 が居たらしいんだが、殉職した事にしてそ
 の元を離れた」

○ 同・廊下
  歩いていく文鷹。
奥村の声「そして、警察に戻ろうとしたが龍
 崎と同じ様に裏切られた。そのままヤクザ
 としての道を歩んだ。人道会のトップに登
 りつめるまでな」

○ 取調室
  龍崎、奥村の話を聞いている。
龍崎「……」
奥村「もちろん文鷹陽司は潜入捜査の仮の名
 前だ」
龍崎「?」
奥村「本当の名前を知りたいか?」
龍崎「えっ」
奥村「……柏原司」
  龍崎、声も出ず愕然としている。

○ 剋龍会組長の家・中
  会長の前に跪く文鷹、悲しげな顔。
文鷹「……」
  後ろに立つ男から黒い布を被せられる。

○ 取調室
  龍崎、愕然としたまま。
龍崎「……」
奥村「お前の父親だ」
龍崎「……嘘だろ。そんなはずない」
奥村「残念だったな」
  と部屋を出ようとする。
龍崎「ちょっと待て! 俺のっ……俺の……」
  と泣き崩れる。
奥村「……じゃあ、また」
龍崎、震えが止まらず叫ぶ。
奥村、ゆっくりと部屋を出る。
               終わり

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