人 物
愛野藍(17)北陸高校2年生
興津真人(17)藤島高校2年生
○九頭竜川沿いの堤防の道(夕)
愛野藍(17)、自転車を漕いでいる。
半袖のセーラー服。汗ばむうなじ。
なびく前髪に風を感じて、微笑む藍。
九頭竜川には夕日がさしている。
河原にはチガヤ(すすきに似た植物)が穂を出し、風に揺れる。
藍、九頭竜橋の中央まで来て自転車を停める。橋から川の景色を眺める。
藍「5月の風景や」
藍、スマホを取り出して写真を撮る。
藍・M「#今日の川観察、というハッシュタグがある」
藍、橋を渡っていく。
藍・M「川好きの間で密かに盛り上がっているハッシュタグ」
藍、河川敷に降りていき、チガヤの草原へ。夕日をバックにチガヤをフレームにおさめて撮る。
藍・M「登下校でこの川の写真を撮るのが私の密かな楽しみ」
スマホを取り出し、『すすきがきれい。#今日の川観察』と写真をツイートする。藍のアカウント名は「青トンボ」。
藍、スマホをしまい、自転車の方へ。
○藍の部屋・中(夜)
藍、学習机でスケッチブックと色鉛筆を広げて絵を描いている。
今日撮ったチガヤの絵である。
ふぅと一息し、色鉛筆を置いて、ツイッターを見る。
通知を見ると『それ、すすきじゃないです。チガヤです』というリプライ。
アカウント名は流水(@ryusui_tanka)。
藍「チガヤ…?」
藍、Googleでチガヤと検索すると、河原でみた植物が表示される。
藍「なるほど…」
チガヤに関するページを見ていると、流水からダイレクトメッセージ。
『つかぬことを聞きますが、それは何川ですか?(流水)』、『九頭竜川です(藍)』、『すすきがあるか分かりますか?(流水)』。藍、秋に撮ったすすきの写真を添付して、『あります(藍)』、『いいですね(流水)』、間をおかずに、『ありがとうございます(流水)』。
藍、流水の柴犬のキーホルダーのアイコンをタップする。
『流水(@ryusui_tanka)短歌を詠みます。福井。笹井宏之。宮沢賢治。』
藍、頬杖をつき、流水のタイムラインをゆっくりスクロールしていく。
○九頭竜川沿いの堤防(昼)
Tシャツのラフな格好の藍、九頭竜橋に来ると、制服の興津真人(17)が、橋の入り口あたりでうろうろしている。
かばんには柴犬のキーホルダー。
藍、わっと驚いて、
藍「流水、さん…?」
興津、えっ、とびっくりしたあと、藍のスケッチブックを見て、
興津「あ、もしかして」
藍「青トンボです」
興津、ああ!と合点する。
興津「川、教えてくれてありがとうございます。気になって来てしまいました」
藍「流水さんも川観察、好きなんですか」
興津「そう、川観察」
興津、橋の中央に走っていって、
興津「川観察はまず川の中央まで行くんです」
藍、少し戸惑いながらついて行って
藍「はい」
興津「そして水面の様子を観察する。次に水鳥。あ、ほら、あそこに水鳥」
興津、水鳥がいる遠くの方を指差す。
藍「ホントだ」
興津「チガヤもありますが、本物のススキの方はあのへんですね」
興津、右岸の緑が生い茂っているあたりを指差す。
藍、興津の学生服の校章を見て、
藍「藤島高校、ですか?今日土曜やけど…」
興津「あ、興津でいいです。興津真人です。学校の帰りです。図書室に用事あって」
藍「あ、わたし、愛野藍です。」
興津「アイノ、アイ」
藍「愛の野原に、藍色の藍です」
興津、手帳を取り出す。白いページを見つけて「愛野藍」と縦書きに書く。
興津「きれいな音ですね」
藍「音ですか」
興津「字もいいです」
藍、興津を見てフフッと笑う。
○九頭竜川・全景
夏の日差しが真上からさす。
アブラゼミがミンミンと鳴いている。
○すすきの辺りの河川敷
すすきは穂をつけ、風に揺れている。
興津、すすき草原の前、手帳を片手に立っている。
背後から「興津さん!」と呼ぶ藍の声。
藍、河川敷の階段を降りてくる。興津の手帳を見て、
藍「短歌ですか」
興津「はい、短歌です」
藍「ススキ、だんだん穂がついてきましたね」
興津「8月もおわりますね。全然暑いですけど」
藍「あ、わたし、家からアイス持ってきました!ポッキンするやつ」
藍、アイスを2つに割って興津に渡す。
と、急に雲行きが怪しくなりポツポツと雨が降り出す。
興津「通り雨だ」
興津、藍の手首を掴んで、橋の下に走っていく。
○九頭竜橋の下
雨が振っている。風も強い。藍と興津、河川敷を橋の下から眺めている。
興津「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」
藍「え?」
興津「宮沢賢治。この詩を聞くと、僕は地元のすすきを思い出します」
藍「福井のひとやないんですね」
興津「僕、箱根が地元なんです。仙石原のすすき草原というところのすぐそばです」
興津、スマホで写真を見せる。
藍「すごいきれい」
興津「いつも散歩してました。僕、一度台風の日に見に行ったことがあって」
藍「え、台風の日ですか」
興津「すごい風が吹いてて。どうしても見に行きたくなってしまって」
○興津のイメージ
すすき草原の真ん中に立つ興津。強風に煽られ力いっぱいに揺れるすすき草原。黒い荒れる海のイメージが重なる。
○元の橋の下
興津「雨ニモマケズ、風ニモマケズ。僕はいつも、その日見たすすき草原を思い出すんです」
河川敷ではススキが雨に打たれてゆらゆらと揺れてる。
藍、ススキ草原の方を愛おしそうに見る興津を見つめる。
興津、愛野のスケッチブックを指差し、
興津「あ、それ。見てもいいですか」
藍「あ、はい」
藍、興津にスケッチブックを渡す。
興津「秘密にしてましたけど、ずっとフォローしてたんです。藍さんの絵、好きで」
興津、一枚一枚、丁寧にまくっていく。
藍、照れて橋の外を見る。
興津、色鉛筆で描かれたすすきの絵に手が止め、ほぉ、とため息を漏らす。
藍「去年描いたやつです。チガヤじゃなくて正真正銘のすすきです」
興津「ふふ、いいですね、すごくいいです、いい風が吹いてる」
藍、もどかしそうな様子をしたあと、興津からスケッチブックを奪って、すすきの絵をちぎって渡す。
藍「あの、あげます」
興津「えっ」
藍「興津さんが持っててください」
興津、少しためらい受け取ろうとすると、強風で絵が川の方に飛んでいく。
○九頭竜川・川岸
藍の絵、中洲の大きな岩に張り付くように止まる。
興津「僕、とってきます」
藍「えっ」
興津、なんてことはないという顔で、じゃぶじゃぶと川の中に入っていく。
藍「待って!」
藍、川岸まで追いかける
興津、お構いなしに進んでいく。
藍「真人、危ない!」
真人、腰のあたりまで浸かって中洲にたどり着くと、岩に引っかかっていた藍の絵を取って、
興津「藍さーん!取れました!!」
藍「あほー!」
興津、叫ばれたことに驚く。
藍「そんな浅い川やないのに危ないやろ!!そんな絵たいしたもんやないのに…もうっ」
藍、ハラハラとして泣き出さんばかりの様子。
興津、藍の様子にどうしようとオロオロ。
(終)
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