・登場人物
椎名萌奈美(12)中学一年生
シン・イケナガ(45)デザイナー、(本名・池永伸)
二村真優美(21)お菓子工場職員
岩本朱音(15)高校一年生
池永浩子(72)いけなが洋装店店主、イケナガの母
浜田崇(24)お菓子工場ドライバー
正岡茂利(36)お菓子工場経営者
飯嶋サトル(30)モデル
イケナガのスタッフ女性
水着を買う女性
パートA
Bボーイ風の男の子
老婦人
フランス人女性記者
椎名萌奈美・小学生時代(9)小学三年生
岩本朱音・小学生時代(12)小学六年生
少女A
少女B
少女C
○森の子園・レクリエーション室・内
身寄りのない子供達が暮らす児童施設、
森の子園、レクリエーションルーム。
窓の外から子供達が遊ぶ声。
床に寝そべり、絵を描いているおかっ
ぱ頭のの少女、椎名萌奈美(9)。
古いファッション誌を開き、サングラ
スをかけたクールな佇まいのモデルの
絵を描いている萌奈美。
部屋の入り口から、眼鏡をかけた少女、
二村真優美(18)が顔を出す。
真優美「萌奈美」
顔を上げる萌奈美。
真優美「(手招きして)おいで」
○同・学習室・内
いくつかの長机が置かれた学習室。
白く立派なミシンの前、集まっている
少女達にタオルに施した猫の刺繍をみ
せているウェーブのかかった茶色い髪
の少女、岩本朱音(12)。
少女A「すごーい」
朱音「このミシンがすごいんだ。コンピュー
ターが入ってるっさ」
少女B「朱音ちん、私のタオルにもやってえ」
真優美、盛り上がる少女達を余所目に
萌奈美の手を引いて部屋の奥のテーブ
ルに向かう。奥のテーブルの上には古
ぼけた茶色い小さなミシン。
真優美「(萌奈美に)ほら、みて」
真優美、茶色いミシンの『monami』
のロゴを指して、
真優美「これ、モナミって読むんだよ。アン
タと一緒の名前だ」
萌奈美、モナミのミシンをみつめる。
真優美「このミシンだったら小さいから萌奈
美にも使えるっしょ。さ、ここ座って」
萌奈美、ミシンの前に座る。
真優美「まず、ここ糸をかけて……」
× × ×
モナミのミシンを動かす萌奈美。
傍らで萌奈美を見守る真優美。
真優美「そうそう。上手上手」
縫い目をみつめる萌奈美の瞳が輝いて
いく。
○同・レクリエーション室・内(日替わり)
萌奈美、古い裁縫雑誌の付録、ワンピ
ースの型紙を開く。
○同・学習室・内(日替わり)
モナミのミシンの傍、型紙に沿って花
柄の布をハサミで切ってゆく萌奈美。
× × ×
萌奈美、モナミのミシンで花柄の布を
縫っている。
施設職員、萌奈美の元にやって来て、
施設職員「……ちょっと萌奈美! これ食堂
のカーテンっしょ!」
萌奈美、職員を無視して縫い続ける。
○同・学習室・内(日替わり)
真優美、花柄のワンピースを着て、裾
をひらひらさせる。
萌奈美、モナミのミシンの前で満足げ
に真優美のワンピースをみつめている。
白いミシンの周りの朱音ら少女達、ひ
とり、またひとりと真優美に駆け寄る。
少女A「マユ姉、いいねえそれ」
真優美「可愛いいいっしょ。萌奈美が独りで
作ったっさ。(萌奈美に)ね」
萌奈美、黙って何度も頷く。
少女B「うそお? どうやって?」
裁縫雑誌を開く萌奈美に群がる少女達。
白いミシンの前、一人座っていた朱音
も澄ました顔で立ち上がり、萌奈美の
元に歩いていく。
萌奈美を囲んだ少女達、口々に、
少女A「萌奈美、私にも作ってえ」
少女B「私にも私にも」
少女C「私コレがいい! 萌奈美作れる?」
萌奈美、愉しそうな笑顔。
真優美、萌奈美の笑顔をみて微笑む。
笑顔の萌奈美の傍ら、輝きを取り戻し
たような、モナミのミシン。
タイトル「モナミ ーMon Ami-」
○中学校・校門前(日替わり、三年後)
夏の昼下がり。校門を出て来る生徒達。
テロップ「三年後」
ジャージ姿、丸坊主、垢抜けない中学
生達に混じって、ショートボブ、夏の
制服姿の萌奈美(12)、スタスタと校
門を出て来て、歩きながら大きなサン
グラスを掛ける。
○函館の街・実景
○港の倉庫通り
レンガ倉庫が立ち並んだ港付近の通り。
長身の男・飯嶋サトル(30)とサング
ラスの男・シン・イケナガ(45)が並
んで歩いている。
飯嶋「(景色をみながら)ヨーロッパみたい」
イケナガ「(小さく微笑んで)そう?」
飯嶋「どんくらいぶり?」
イケナガ「……二十年振り?くらいかな」
飯嶋「そんなに帰ってなかったの?」
イケナガ「いや、帰ってはいたけど、実家に
母親の顔、見に帰るだけだったから」
飯嶋「お母さんてどんな人なの?」
イケナガ「(少し考えて)よく働く人、かな」
飯嶋「……じゃあ、シンさんと一緒だね」
イケナガ、声なく微笑む。
○港付近、眺めの良い道
サングラスの萌奈美、スタスタと歩く。
○寂れた商店街・実景
○いけなが洋装店・前
街の一角、『ファッションのいけなが』
と昭和風の看板が掲げられた洋装店。
萌奈美、店の前にやって来て鍵を取り
出し、玄関のガラス戸を開ける。
ガラス戸の端ッコにはボロボロになっ
た洋裁教室生徒募集の貼り紙。
○同・内
店内には、婦人服が中心だが、紳士服、
子供服と、雑然と衣類が置かれている。
萌奈美、玄関から入り、店内の灯りを
つけて、カウンターに向かう。
カウンターの内側奥は、洋裁の作業場。
男女のトルソー、布地のロール、ボタ
ンの箱、ロックミシン等、本格的な洋
裁道具に混じって、家庭用のモナミの
ミシンもちょこんと置かれている。
× × ×
萌奈美、作業台でハトロン紙にライン
を引く。慣れた手つきで定規とチャコ
ペンを使いこなす萌奈美。
女性(声)「あのー」
萌奈美、顔を上げる。
カウンターの前に女性が一人、怪訝な
顔で萌奈美をみている。
萌奈美、手を止めカウンターに向かう。
女性「小学生の、男子用の水着が欲しいんだ
けど……」
萌奈美「何小?」
女性「……南小」
萌奈美、踏み台を使って、カウンター
脇の棚を探しながら、
萌奈美「サイズは?」
女性「Mが履けなくなっったんだけど、Lも
キツそうで。LLってある?」
萌奈美「LLは取り寄せ」
女性「……じゃLで」
萌奈美、踏み台を降り水着を差し出し、
萌奈美「(電卓を叩き)3080円」
○有限会社モイモイ函館工場・内
ベルトコンベアーに乗って流れていく
お土産向けのチーズ菓子。
作業ラインに立つ者は皆全身真っ白の
作業服。パート女性達と共に作業する
眼鏡の女性・真優美(21)。
室内に入って来る正岡茂利(36)、ネ
クタイ姿に無理やり作業服を着ている。
正岡、真優美の元にやって来て、
正岡「仁村さん、代わるわ。上がって」
真優美「……すいません」
真優美、周りのパート達に頭を下げて、
真優美「お先に失礼します」
無愛想なパート達。出ていく真優美。
パートA、真優美がいなくなったのを
確認して、不機嫌にそうに、
パートA「(正岡に)なんで社長、最近、あ
の子に残業させんの?」
正岡、作業しながら、
正岡「……なんか、体調悪いみたいなんだわ」
パートA「フン。配送のわげーのも辞めるみ
てえだし、これ以上わげーの辞められたら
困るもな」
正岡「(軽い感じで)そだねー」
パートA「でも社長、少年院上がりとか、施
設育ちとかでなくて、もう少しまともなわ
げーの、入れた方がよくないかい?」
正岡「(苦笑して)……そだねえ」
○同・駐車場(夕)
工場敷地内、日の落ちかけた駐車場。
配送トラックに商品を積み込んでいる
茶髪で大柄な若者、浜田崇(24)。
私服姿の真優美、工場から出て来る。
作業中の崇と目が合う真優美。
崇、無言で小さく頭を下げる。
真優美も黙って頭を下げる。
崇、再び作業に戻る。
真優美、足早に駐輪場に向かう。
○同・駐輪場(夕)
自転車の鍵を外している真優美、カバ
ンの中でスマホが鳴る。
真優美、スマホを取り出す。
真優美「(画面をみて)……もう売れた」
○いけなが洋装店・前(夜)
店の灯り、煌々と灯っている。
真優美、自転車で店前にやって来る。
○同・内
萌奈美、モナミのミシンで布を縫い合
わせている。店内に響くミシンの音。
玄関から真優美、入って来てカウンタ
ーまで来るが、萌奈美は作業に集中し
ていて気づかない。
真優美「萌奈美」
萌奈美「(気付いて)……おかえり」
真優美、作業場に入りラックに掛けら
れたいくつかのワンピースを指して、
真優美「コレとコレ、あとコレも売れた!
どれも希望額以上で落札された! 萌奈美、
アンタ本当すごいね!」
萌奈美「(首を振って)すごくない。全部、
シン・イケナガのパクリ」
真優美「その人本当にココの息子なの?」
萌奈美「みたい」
真優美「人気あんだねー」
萌奈美「そだね。パリコレしてっから」
× × ×
萌奈美と真優美、作業台の上でワンピ
ースを畳んで梱包している。
萌奈美、作業しながら、
萌奈美「マユ姉、次フリマアプリに出す時も、
またモデルやってね」
真優美「(少し淋しげに微笑み)……うん」
萌奈美、ながら、
萌奈美「(作業しながら)マユ姉、体型この
トルソーと一緒だし、実際に着てる画像が
あると、みる人も買いたくなるっしょ」
真優美「そだね……」
○同・店前
店内の灯りが消えている洋装店。
萌奈美、玄関の鍵をかけている。
真優美、自転車の鍵を外しながら、
真優美「……ねえ萌奈美、ラーメン、食べて
帰ろっか?」
萌奈美「いいね」
○坂道
下り坂を降りる二人乗りの自転車。
ハンドルを握っている真優美。
荷台に乗っている萌奈美。
流れる港の夜景の中を走る自転車。
○海辺のビジネスホテル・ツインルーム
港の夜景が一望できる大きな窓。
イケナガ、窓辺で夜景を眺めている
飯嶋、イケナガを後ろから抱きしめる。
飯嶋「最後に一緒に来てくれて、ありがとね」
イケナガ「……こっちこそ」
飯嶋「ずっと来てみたかったんだ。シンさん
が生まれたところ」
イケナガ「……淋しい街だろ」
飯嶋「ううん。素敵な街だった」
イケナガ、飯嶋の腕をほどき向き直る。
飯嶋、イケナガを抱き寄せキスをする。
○味噌ラーメン店・前
店前に停められた真優美の自転車。
暖簾を分け、萌奈美と真優美出て来る。
萌奈美「お腹いっぱい……」
真優美「(微笑)あんた、ホントそんなほっ
そい体によく入るねぇ……」
萌奈美、自転車に向かって歩きながら、
萌奈美「マユ姉、あんま食べてなかったね。
寄ってこって言ったくせにさ」
真優美、歩みを緩め、立ち止まる。
萌奈美、自転車付近で振り返る。
萌奈美「どうしたの? 早く帰ろ」
真優美「……あのね、萌奈美」
萌奈美「?」
真優美「……私、結婚する」
萌奈美「!」
萌奈美、真優美を睨む。
真優美「(うつむいて)……工場の人と……
その人と、この町出ようと思ってて……」
萌奈美、真優美を睨む目に力がこもる。
真優美「(顔を上げて)ごめん……」
顔を背ける萌奈美。
○港町・実景(翌日、朝)
○海辺のビジネスホテル・ツインルーム
イケナガ、ベッドで静かに目覚める。
裸の体をゆっくりと起こすイケナガ。
イケナガ「……」
部屋にはイケナガ一人だけ。
○同・フロント
カウンター前、サングラスのイケナガ。
カウンター奥から来る従業員女性。
従業員女性「お待たせしました。本日より土
曜までの三日間でしたら、ご連泊可能です」
イケナガ「……じゃあ、土曜まで」
従業員女性「かしこまりました」
○静かな海辺
ひとり歩くイケナガ。
× × ×
スマホで通話するイケナガ。
イケナガ「……申し訳ない。週明けには、ち
ゃんとアトリエに顔を出すから……」
○寂れた商店街
とぼとぼ歩くイケナガ。
○いけなが洋装店・内
作業場、萌奈美、シーチング生地をト
ルソーにあて、待ち針を刺している。
萌奈美「(誤って指に刺し)!」
萌奈美、指した指を咥え、乱暴にトル
ソーから生地をひっぺがす。
○同・前
イケナガ、店の前にやって来る。
○同・内
ミシンの音が響いている。
玄関越しのイケナガ、扉を開け、店内
に入り、カウンター奥に視線を向けて、
イケナガ「?」
作業場の萌奈美、ミシンに集中してい
て、イケナガに気づいていない。
イケナガ、訝しげに萌奈美をみつめる。
萌奈美、ミシン作業が一旦終わる。と、
店内のイケナガに気づいて、
萌奈美「!」
萌奈美、イケナガに目を丸くする。
イケナガ「……だれ?」
○はまなすの丘・外観(夕)
海辺の丘にある綺麗なケアハウス。
○同・中庭
手入れされた中庭。職員に付き添われ
た老人達がのんびりと散歩している。
ガーデンテーブルに向かい合う眼鏡の
イケナガと池永浩子(72)。
浩子「いいとこっしょー。オメが一杯金送っ
てくれたから、こんないいとこ入れたんさ」
イケナガ「……どして連絡くれないの?」
浩子「帰って来た時でいっかなーって思って」
イケナガ「……帰って来て居ないんじゃビッ
クリするっしょぉ……」
浩子「わりわり。でもオメもいつも、連絡せ
ず突然帰って来るから」
イケナガ、ため息をつく。
イケナガ「で、あの子何?」
浩子「……萌奈美か?」
イケナガ「うん」
浩子「よくやってくれてるさー」
イケナガ「そういうことでなくて。中学生っ
しょ。中学生一人に店任せてるって、どう
いうこと?」
浩子「週末は私、顔出してるさ。帳簿もちゃ
んとみてる」
イケナガ「……あの子の親とか、何も言って
こないの?」
浩子「萌奈美は森の子園の子だ。ほら、児童
施設の」
イケナガ「……施設?」
浩子「そだ。あの子の親はどこいるか分かん
ね。あそこは昔から、女子に手に職つける
って、洋裁やらせてんだ。店番のことは園
にも話してる。金も、あの子が洋裁学校行
きたいとか言った時にでも、使ってけれっ
て、園に振り込んでるから大丈夫さあ」
イケナガ「大丈夫って……あの子、昼間学校
サボって店に居た。流石にまずいっしょ」
浩子、イケナガの顔をまじまじと見て、
浩子「……じゃあオメが店継ぐか?」
イケナガ「……」
イケナガ、目をそらす。
浩子、吹き出しす。笑いを堪えながら、
浩子「ウソウソ。明後日、私店行くから、萌
奈美にちゃんと学校は行けって言っとくさ。
オメは早く東京戻れ。相変わらず忙しっし
ょ? こっちのことはこっちで、どんでも
こんでもやるからさぁ」
イケナガ「……」
○寂れた商店街(日替わり)
昼下がりの街角。
歩いているサングラスの萌奈美。
朱音(声)「萌奈美ー!」
萌奈美、立ち止まって振り返る。
後から走ってくる岩本朱音(15)。
朱音はスカート丈が短い制服姿、ウエ
ーブのかかった茶髪でギャルっぽい。
朱音、萌奈美に追いついて、
朱音「今から、いけなが行くんしょ?」
萌奈美「うん」
朱音、自分のスカートを指して、
朱音「コレ、丈伸ばして! 明日からの補習
なんだけど、制服ちゃんとしてかないと、
夏休みずっと補習だって言われてさ」
萌奈美「……いいけど」
萌奈美と朱音、並んで歩きながら、
萌奈美「……でもそんくらい、朱音ちん、自
分で出来るっしょ?」
朱音「無理。もうミシン、使い方忘れた」
○いけなが洋装店・内
作業場。眼鏡を掛けたイケナガ、散ら
かった作業台のを片付け、モナミのミ
シンも脇にどける。
新品の、スキャナーとプリンターの複
合機を箱から取り出すイケナガ。
○いけなが洋装店・前
萌奈美と朱音、店の前にやって来る。
朱音「あとリボンもちょうだい。北高の」
萌奈美、鞄から鍵を取り出そうとして、
中に人がいるのに気づく。
サングラスを外す萌奈美。
朱音「……どしたの?」
○いけなが洋装店・内
萌奈美、玄関を緊張気味に開ける。
作業場のイケナガ、椅子に座って作業
台でノートPCを開いている。
イケナガ、萌奈美を見ることなく、
イケナガ「いらっしゃい」
萌奈美「……」
朱音、萌奈美の後ろから覗き込んで、
朱音「(小声で)だれこの人?」
萌奈美「……婆ちゃんの、息子さん」
朱音「あ、そうなの」
朱音、ズカズカと店内に入っていき、
朱音「おじさん、ちょっとミシン借してね」
イケナガ、手が止まる。
朱音、店内のダサいジャージを取って、
朱音「あとコレも、ちょっと貸して」
朱音、試着ブースに入り、カーテンを
閉めず、スカートの下にジャージを穿
き始める。
イケナガ、ノートPCを静かに閉じる。
萌奈美、緊張気味に突っ立っている。
萌奈美「……」
イケナガ、萌奈美に向かって、
イケナガ「もう、店番は大丈夫だから」
萌奈美「?」
朱音、イケナガの言葉に反応し、試着
ブースから出て来て萌奈美の横に並ぶ。
イケナガ「しばらく僕が店にいる。君はもう
来なくていいから」
萌奈美、呆然とした顔。
朱音、小声で萌奈美の耳元に、
朱音「オメ、店の金くすねたの?」
萌奈美、キッとなって、朱音を殴る。
朱音「イタッ」
萌奈美、イケナガを睨んで、
萌奈美「どしてですか?婆ちゃんがそうしろ
って言ったんですか?」
イケナガ「……母さんは、君が真面目にやっ
てくれていると褒めていたよ」
萌奈美「だったらどして?」
イケナガ「……君はまだ中学生だ。卒業して、
せめて高校生になってから来なさい」
萌奈美「私、高校なんて行かないです。中学
出たらすぐ働くんです!」
作業場に飛び込む萌奈美、脇にどけら
れたモナミのミシンが視界に入る。
萌奈美「……」
萌奈美、ラックにかかったワンピース
を取って、イケナガに突きつけて、
萌奈美「これも、これも、私一人で作ったん
です! もっと洋裁勉強して、色んな洋服
作りたいんです!」
イケナガ「……今は洋裁教室はやっていない」
萌奈美「店番もちゃんとやってます! 婆ち
ゃんは、店番しながら服作っていいて!」
萌奈美、イケナガを強く睨む。
イケナガ「……」
朱音、カウンター越に頬杖をつき、
茜「おじさん、リボンちょうだい。北高の」
イケナガ、朱音に視線を送り、立ち上
がってカウンターに向かう。と萌奈美、
駆け出してイケナガより早くカウンタ
ーに向かい、床に転がった踏み台を使
って、棚の上部にあるリボンを取り出
し、踏み台を飛び降る。
萌奈美、朱音にリボンを差し出す。
萌奈美「(鼻息荒く)550円!」
茜「わーありがとー(おどけた物言い)」
萌奈美、振り返ってイケナガを睨む。
イケナガ「……(小さくため息)」
朱音「(カウンター越しに)おじさーん、萌
奈美さココ置いたげて。コイツ洋裁バカだ
から、ココいられねくなったら、イライラ
してウチらに八つ当たりしてうるせえから。
なんか縫わせときゃ静かだからさ」
イケナガ「……」
イケナガは黙って作業場に戻りノート
PCを開く。
萌奈美と茜、顔を見合わせる。
プリンターから一枚のデザイン画がプ
リントされる。イケナガ、そのデザイ
ン画を持って来て、萌奈美に差し出す。
受け取る萌奈美。朱音もカウンター越
しに覗き込む。
細かな指示の入った、独特なシルエッ
トの真っ黒なドレスのデザイン画。
萌奈美「(デザイン画をみつめ)……」
イケナガ「ミシンが得意なら、コレを一週間
で作れる?」
萌奈美「(顔をあげて)!」
イケナガ「(作業台に戻りつつ)無理?」
萌奈美「(睨んで)……作れたら、ここで店
番していいですか?」
イケナガ「ああ。ただし学校はサボらず行く
事。学校が終わってから来るんだ」
イケナガ、椅子に腰かけ、キーボード
を叩き始める。
イケナガ「……あと今日はもう帰ってくれな
いかな。仕事が溜まっているから一人にし
て欲しい。明日から一週間でいいから」
萌奈美「……」
○函館の街角
スカートの下にジャージを穿いたまま
の朱音、デザイン画を食い入るように
みつめる萌奈美、並んで歩いている。
朱音、デザイン画を覗きつつ、
朱音「オメ、こんなん作れるの?」
萌奈美「……分からんさ。でもやるしかない」
朱音「コレ、あのおじさん描いたの?」
萌奈美「うん。あの人、有名なデザイナーだ」
朱音「そうなの? じゃ金持ってんね。援助、
お願いしてみっかな?」
萌奈美「ゲイだよ。カミングアウトしてる」
朱音「えー。ざんねん(俯く)あ……」
朱音、立ち止まる。萌奈美も止まる。
二人、朱音がジャージを穿いたままな
のに気づき、可笑しそうに吹き出す。
萌奈美「(笑)ださ」
朱音「(笑)うるせ。どうしよ?」
萌奈美「園にあるミシンでも出来るっしょ」
萌奈美、歩き出す。朱音、追いかけて、
茜「アンタ、今日もちゃんと園帰るの? マ
ユ姉と、ケンカでもした?」
萌奈美「……別に。してない」
○有限会社モイモイ函館工場・内
生産ラインで作業する真優美。
真優美の元に小走りでやって来る正岡。
正岡「ごめん。遅くなった。代ろ」
真優美、作業の手を休めず、
真優美「……今日は大丈夫です。もうちょっ
っとで終わりですから、最後までやります」
正岡「え?無理しなくていいよ。上がって」
真優美「本当に大丈夫です。あ、残業代も、
大丈夫なんで」
正岡「……そう」
淡々と作業を続ける真優美。
正岡、真優美を心配そうにみつめる。
○森の子園・学習室・内(夜)
朱音、おぼつかない手つきで、裾を出
したスカートをミシンで縫っている。
朱音「わっわっわ……やっぱ萌奈美やって」
朱音の傍、萌奈美、無視して立体裁断
の入門書を読みふける。
○いけなが洋装店・外観(夜)
店内の灯りのついた洋装店。
○同・内
作業台、イケナガ、ノートPCに、
イケナガ「確認することは、以上かな?」
PC画面、ビデオ通話、シン・イケナ
ガのスタッフ女性。
スタッフ女性「そうですね。これ以外の案件
は、こちらで進められるところまで進めて
おきます。問題ありそうなら連絡入れます」
イケナガ「申し訳ない。母の調子が落ち着け
ば、すぐ東京に戻るから」
スタッフ女性「ご無理なさらず。こちらはな
んとかします。どうぞ今は、お母様の側に」
イケナガ「……ありがとう」
× × ×
イケナガ、ラックの萌奈美が作ったワ
ンピースを手に取る。
イケナガ「……」
ラックにワンピースを戻し、作業場の
引き戸に向かうイケナガ。
イケナガ、引き戸を開ける。
○同・内/台所~応接間
イケナガ、引き戸の中にはいる。中は
昭和の風情の台所と隣り合う応接間。
どちらも整理され、ガランとしている。
イケナガ、冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫は、ほぼ空っぽ。
イケナガ、冷蔵庫を閉じ、流しで水道
の蛇口をひねり、コップに水を入れる。
イケナガ、応接間に向かい、ソファテ
ーブルにコップを置き、こじんまりと
したソファに腰をゆっくりおろす。
イケナガ。眼鏡を外し目頭を押さえる。
○寂れた商店街(翌日、朝)
街角に朝陽が差す。
○いけなが洋装店・内/台所~応接間
応接間、ソファで横になり眠っている
イケナガ。開き戸の向こうの作業場か
らガサガサと物音がする。
イケナガ、うっすらと目を開けて、
イケナガ「……?」
○同・内
作業場。萌奈美、トルソーにベージュ
のシーチング生地をあてている。
ショートパンツに、昔のパンクバンド
のTシャツ姿の萌奈美。
開き戸を開けるイケナガ。
萌奈美、イケナガをハスに睨む。
イケナガ「……学校は?」
萌奈美「……今日から学校、夏休みだから」
萌奈美、作業を再開する。
イケナガ「……(唇を噛む)」
○寂れた商店街
イケナガ、買い物袋を持って歩く。
○いけなが洋装店・内
イケナガ、玄関の開け中に入る。
作業場の萌奈美、トルソーの腰元に仮
布をあてている。
イケナガ、立ち止まって萌奈美の様子
をしばし眺める。
イケナガ「……」
イケナガ、作業場に入り、作業台に買
い物袋を置きながら、
イケナガ「それじゃ、腰のラインはうまく出
せないよ」
萌奈美、作業の手が止まる。
イケナガ、作業台のシーチング生地の
ロールを大胆に出してカットする。
イケナガ、萌奈美と代わり、トルソー
の胸部から腰に布を大きくあてていく。
イケナガ「なるべく大きく使って、自然なラ
インが出るように。ここも、ここも、布が
小さ過ぎ」
トルソーの肩、胸元を指すイケナガ。
萌奈美「……」
イケナガ、生地を萌奈美に渡し、買い
物袋を再び持ち上げ、
イケナガ「朝は食べた?」
○同・内/台所
ダイニングテーブルで向かい合い、ト
ーストをかじる萌奈美とイケナガ。
イケナガ、珈琲を飲む。
萌奈美も珈琲を飲む。が、苦い顔。
○同・内
萌奈美、シーチング生地を大胆にカッ
トして、しっかりアイロンをかける。
イケナガに教えられ、萌奈美はトルソ
ーに大きく仮布をあてていく
× × ×
仮布をマチ針で留め、萌奈美はデザイ
ン画をみながら立体裁断していく。
イケナガ、萌奈美がカットした布をメ
ジャーを使ってチェックして、
イケナガ「短すぎ。やり直し」
萌奈美、唇を噛んで、トルソーから仮
布を外す。
× × ×
萌奈美の作業、イケナガの指導、その
素描がいくつか繰り返される。
○同・前
タクシーが一台、店の前にやって来る。
運転手席からドライバー、降りて来て、
後部座席から降りる浩子の手を取る。
浩子「ありがと」
○同・内
トルソーの仮布、デザイン画のドレス
にシルエットが近づきつつある。
浩子(声)「ただいま」
トルソーの前の萌奈美とイケナガ、玄
関を振り返る。萌奈美の顔、ほころぶ。
玄関付近、笑顔の浩子。
萌奈美、駆け寄って、浩子の手を取る。
浩子、萌奈美と共に作業場に入る
浩子「(イケナガをみて)なんだオメ。まだ
居たの?」
イケナガ「……(目を反らす)」
浩子「(トルソーをみて)またむんずがすそ
うな服作ってぇ……」
○同・内/台所
老眼鏡を掛けた浩子、ダイニングテー
ブルで帳簿を開き、開け放たれた引き
戸の向こう、作業場を眺めている。
○同・内
作業場の萌奈美、トルソーの仮布にド
レープを作っていく。傍でイケナガ、
イケナガ「もっと大きく」
二人越しの台所の浩子、穏やかな笑顔。
○同・台所(夕)
浩子、台所で鍋にお湯を沸かしている。
煮立った鍋に、そうめんが入れられる。
× × ×
ダイニングテーブル、そうめんを食べ
ている三人。並んで座るイケナガと萌
奈美、対面に浩子。
浩子とイケナガ、ツユに少しだけそう
めんをつけ、スルっと啜る。
萌奈美、ざるのそうめんを、ガバッと
とってツユに入れ、ズルっと啜る。
○同・前
停車しているタクシー。
萌奈美に支えられ、後部シートに乗り
込む浩子。イケナガ、運転手と見守る。
イケナガ「本当に一緒に行かなくていい?」
浩子「大丈夫だ。いつも一人で来て、一人で
帰るから」
浩子、萌奈美の耳元で、
浩子「愉しいか?」
萌奈美「(力強い笑顔で)うん」
浩子「(微笑んで)ほんとオメも洋裁バカだ」
○函館の街(日替わり、朝)
萌奈美、活き活きとした表情で走る。
○いけなが洋装店・内
萌奈美、ミシンで仮布を縫い合わせる。
台所から引き戸を開けるイケナガ。
萌奈美、作業の手を止める。
萌奈美「……おはようございます」
イケナガ「……おはよう」
萌奈美「……あの」
イケナガ「?」
萌奈美、リュックから包みを出して、
萌奈美「……おにぎり、持って来ました」
イケナガ「……」
○同・台所~応接間
ダイニングテーブルで向かい合う萌奈
美とイケナガ、おにぎりを頬張る。
○同・内
首にメジャーをかけた萌奈美、仮布で
組まれたドレスをトルソーに着せる。
イケナガ、チェックする。
イケナガ「……ここはもう少しタイトに。逆
にこっちは、もっとゆったり」
萌奈美、しっかり頷いて、仮布をマチ
針で留め、チャコペンで印をつける。
○駅・駅前ロータリー(日替わり)
真優美と崇、並んで歩いている。
崇は大きなバックを持っている。
崇「(立ち止まって)ここでいい」
真優美「……ごめん。一緒行けなくて」
崇「(首を振る)……先行って、待ってるか
ら。早く辞めろ。あんなとこ」
真優美「(頷いて)……本当ありがと」
崇「……俺も、やり直したかったから」
○駅付近・歩道
丈の長いスカートの朱音、友人の男女
数人とくっちゃべって歩いている。
朱音、ふと駅前の真優美と崇に気づき、
立ち止まる。友人らも立ち止まり、B
ボーイ風の男の子、崇を眺め、
男の子「……あれ、浜田さんだべ。朱音オメ、
浜田さん知ってんの?」
朱音「浜田? 知らん。あのデカイひと?」
男の子「そだ。あの人、少年院あがりさ。相
当ヤバいって。俺の先輩まじビビってた」
朱音「……」
朱音から見たロータリーの真優美と崇。
崇、駅に向かって歩いていく。
真優美、立ち止まって見送る。
× × ×
真優美、うつむき気味に歩いている。
朱音(声)「マユ姉」
真優美、立ち止まって顔を上げる。
朱音、真優美の前に立っている。
真優美「朱音……」
朱音、真優美に駆け寄り、
朱音「(辿々しく)偶然……何してたの?」
真優美「えっ……えっと、買い物してた」
朱音「……あっそ……」
二人の間、どこかよそよそしい空気。
真優美、朱音のスカートをみて、
真優美「……どしたの? そのスカート」
朱音「え? ……ああ、ダサいっしょ。補習
の間は、ちゃんとして来いって言われて」
真優美「(微笑んで)いい感じ。似合ってる」
朱音「ウソっしょー。萌奈美に頼んだのに、
やってくれなかったから、自分でやったん
さ。久しぶりにミシン触った」
真優美「あ、今から私、いけなが行こうと思
ってて。萌奈美に、渡すものがあって」
朱音「……あ、じゃぁ……私も行く」
二人、並んで歩き出す。
真優美「萌奈美、ちゃんと園帰ってる?」
朱音「多分。毎朝、いけながに行ってるから。
あ、今いけながに、ゲイの息子いるんだよ」
○いけなが洋装店
トルソーに着せられた黒いドレス。
ドレスをデザイン画と見比べているイ
ケナガ。その傍らで萌奈美、イケナガ
の様子を伺っている。
イケナガ「……デザイン画より 胸元の開き
が大きい?」
萌奈美、黙って頷く。
イケナガ「わざと?」
萌奈美「……この方が、カッコいいかなって」
イケナガ「……(萌奈美をみる)」
萌奈美、目を反らす。
玄関から、朱音、真優美、入ってくる。
朱音「こんちはー」
萌奈美、イケナガ、振り返る。
朱音、トルソーのドレスをみて、
朱音「おおーすごい。出来てるでないの」
真優美、萌奈美をみつめる。
萌奈美、真優美から目を逸らす。
朱音、カウンター越しにイケナガに、
朱音「おじさんどう? 萌奈美、そこそこ使
えるっしょ?」
イケナガ、朱音を無視して真優美をみ
つめる。真優美、視線に気づき、黙っ
てイケナガに頭を下げる。
イケナガ「……彼女に試着してもらおう」
萌奈美「……(眉間にシワを寄せる)」
イケナガ、視線をトルソーに移し、
イケナガ「彼女、サイズ的にもちょうどいい」
朱音と真優美、きょとんとした顔。
○同・内/台所
イケナガ、ヤカンを火にかけている。
○同・内
作業場。萌奈美、引き戸の手前に取り
付けられたレールカーテンを閉める。
朱音、カウンター側に取り付けられた
レールカーテンを引っぱって、
朱音「(萌奈美に)これ?」
萌奈美「そ」
窓にはオレンジのカーテンが閉められ、
作業場内、オレンジ色に。
真優美、トルソーのドレスを眺め、
真優美「(眉を寄せ)……これ、ブラ外さな
くちゃ着れないよ」
○同・内/台所
珈琲のドリッパーを準備するイケナガ。
朱音(声)「大丈夫っしょ。あのおじさん、
ゲイだから」
イケナガ「……」
真優美(声)「でも……」
朱音(声)「あ、私ヌーブラカバンにある」
○同・内
萌奈美、真優美に着せた黒いドレスを
調整していく。
朱音、床にあぐらをかいて、
朱音「(二人を眺めながら)マユ姉、カッコ
いい。萌奈美、私にも、今度なんか作って」
真優美、萌奈美に小さな声で、
真優美「……すごいね萌奈美。こんなのまで
作れるようなってさ」
萌奈美「……私はすごくない。あの人がすご
いんだ」
真優美「アンタもすごいよ」
萌奈美「……」
萌奈美、ウエスト部分を調整する。
萌奈美「……ちょっと太った?」
真優美「え、そう? ……やだぁ……」
○同・内/台所~応接間
イケナガ、ダイニングテーブルで珈琲
を飲んでいる。
レールカーテンの開く音。
引き戸を開ける萌奈美。
萌奈美「……出来ました」
○同・内
作業場。朱音、真優美に手を出して、
朱音「眼鏡」
真優美「え? ……ああ」
真優美、眼鏡を外して朱音に渡す。
朱音、おどけた調子で眼鏡を掛ける。
イケナガ、作業場に入り、窓のカーテ
ンを開けていく。萌奈美も開ける。
作業場に陽の光が差し込む。
恥ずかしそうに立っている黒いドレス
の真優美。
イケナガ、真優美を正面からみつめ、
萌奈美を手招きする。萌奈美が来ると、
イケナガ「ここから動かないで」
イケナガ、真優美の背後にまわりつつ、
イケナガ「(朱音に)さっき君達が話してい
た通り、僕はゲイです」
朱音、とぼけた顔で眼鏡を直す。
イケナガ「(背後から真優美に)体に触れて
も問題ないかな?」
真優美、緊張気味に頷く。
イケナガ「失礼」
イケナガ、真優美の背中の布を肩口か
ら腰元まで詰めていく。
真優美「……(少し苦しそう)」
イケナガ「……」
真優美を正面からみている萌奈美。
萌奈美「……(神妙な顔)」
イケナガ、萌奈美の隣に戻って来る。
真優美のドレスの胸元の開きが小さく
なっている。
イケナガ「(萌奈美)これがおそらくデザイ
ン画通り。さっきの方がいいかい?」
萌奈美、うつむいて、
萌奈美「……こっちの方が、いいです」
イケナガ「じゃあこれで仕上げて」
イケナガ、台所に入って行く。レール
カーテンを引き、引き戸を閉める。
萌奈美、黙って俯いている。
鼻眼鏡の朱音、真優美も無言。
× × ×
自分の洋服を着る真優美、顔が白い。
真優美、作業台の萌奈美に、
真優美「……萌奈美、ちょっと、お手洗い借
りていい?」
萌奈美「……うん」
真優美、心なしか焦っった様子で、レ
ールカーテンを開け、引き戸を開ける。
○同・内/台所~応接間
ダイニングテーブルのイケナガ、引き
戸を開けた真優美と目があう。
真優美、サッと頭を下げ、引き戸を開
けたまま、台所を横切って廊下に出る。
イケナガ「……」
○同・内
作業場の萌奈美と朱音。
萌奈美・朱音「(台所をみつめ)……」
台所のイケナガ、引き戸を閉める。
萌奈美と朱音、顔を見合わせる。
○同・台所~応接間
真優美、廊下から戻ってくる。
イケナガ、流しで洗い物をしている。
真優美「……」
真優美、静かに出ていこうとすると、
イケナガ、蛇口を止めて、
イケナガ「病院に行った方がいい」
真優美、立ち止まる。
○同・内
引き戸にきき耳をたてる萌奈美と朱音。
朱音、動揺し、物音を立てる。
人差し指を立てる萌奈美。
○同・台所~応接間
イケナガ、真優美に振り返って、
イケナガ「おそらく君は妊娠してる」
○同・内
引き戸の萌奈美と朱音。
朱音「!」
萌奈美「……」
○同・台所~応接間
真優美、俯いて、
真優美「……分かってます。病院も、行って
ます」
イケナガ「そう。なら、よかった」
イケナガ、流しに向き直る。
真優美「……」
真優美、引き戸に向かい、戸を開ける。
と、目の前に、萌奈美と朱音。
真優美「……」
朱音、心配そうな顔で、
朱音「マユ姉……」
イケナガ「!」
流しのイケナガ、朱音の声に反応し、
思わず真優美に視線を向け、
イケナガ「……(しまった……的な顔)」
萌奈美、ぶっきらぼうに、
萌奈美「(朱音に)別にいいさ」
萌奈美、作業台に向かいながら、
萌奈美「マユ姉、結婚するんだから」
朱音「え?」
萌奈美「出来婚てことさ」
萌奈美、作業台で、黒いドレスを乱暴
に裏返す。
朱音「(真優美に)そうなの?」
真優美、黙って右手を朱音に差し出す。
朱音、気づいたように眼鏡を渡す。
真優美、眼鏡を掛けながら、
真優美「……うん。朱音にも、園の人達にも、
ちゃんと言おうと思ってたとこだった」
真優美、朱音に静かに微笑んで、
真優美「ごめんね」
朱音「……ううん」
ぎこちなく微笑む朱音。
萌奈美、作業台でドレスを荒い手つき
でほどいている。
真優美、作業場に置いてある自分のカ
バンに向かい、封筒を取り出して萌奈
美に差し出して、
真優美「……はい。こないだのドレスのお金」
萌奈美「……いいよ」
真優美「?」
萌奈美、乱暴に作業しながら、
萌奈美「あげる。マユ姉のとこ、散々居させ
てもらったから。部屋代だ」
真優美「……」
○寂れた商店街
息を切らし走るイケナガ。
イケナガ「あの!」
イケナガの前方を歩く真優美。
真優美、立ち止まって振り返る。
イケナガ、真優美を追いついて、
イケナガ「申し訳なかった(息を切らして)」
真優美「……いえ。そのうち話すつもりだっ
たんで、こっちこそすいませんでした」
真優美、申し訳なさそうに頭を下げる。
イケナガ、息を整えてから、
イケナガ「……おめでとう」
真優美「(顔をあげて)?」
イケナガ「結婚。それに、子供も」
真優美「……」
イケナガ「……」
微妙な間。
真優美「……あ、ありがとうございます。す
いません。そんなこと、初めて言われたん
で……ちょっと、びっくりして」
○いけなが洋装店・内
作業台、萌奈美、モナミのミシンでド
レスを縫い直す。
朱音、床にダラッと座っている。
朱音「……だからオメ、いじけてマユ姉のと
こ、帰らねえんだな」
萌奈美、作業しながら、
萌奈美「いじけてない。だって邪魔っしょ私
居たら。結婚するなら」
朱音「そういうの、いじけてるって言うんだ」
萌奈美「……」
萌奈美、眉を釣り上げ、ミシンでドレ
スを縫っていく。
朱音、床に転がっていた指貫を拾って、
もて遊ぶ。
玄関からイケナガ、戻ってくる。
萌奈美、朱音、イケナガに気づかない。
朱音、指貫を左手の薬指にはめながら、
朱音「……マユ姉の結婚する人、少年院あが
りなんだって。今でもかなり怖い人っぽい」
萌奈美、朱音に振り返る。
店内のイケナガも立ち止まる。
朱音、薬指の指貫を眺めながら、
朱音「施設育ちと、少年院あがりが結婚して、
幸せになれるのかな……」
萌奈美「……」
○同・前(夜)
店内の灯りがついた洋装店。
○同・内
トルソーに着せられた黒いドレス。
イケナガ、作業台でノートPCを開い
ている。
スタッフ女性(声)「え? そっちでサンプ
ル作ったんですか?」
イケナガ「ああ」
PC画面、ビデオ通話、スタッフ女性、
スタッフ女性「誰かパタンナー、居たんです
か?」
イケナガ「……まあ」
イケナガ、立ち上がって、トルソーの
ドレスをチェックしながら、
イケナガ「明日そっちに送るから、縫製に回
す最終調整を、またリモートで出来ると」
スタッフ女性「了解です。でも優秀な方です
ね。一週間で、イケナガさんがオッケー出
すサンプル仕上げるなんて」
イケナガ、ドレスの縫い目をみつつ、
イケナガ「……仕事は荒いよ」
○森の子園・中庭
鈴虫の鳴く音。緑が伸び放題の広い庭。
庭の脇、建物沿いに置かれたベンチ、
風呂上がりの萌奈美、アイスを頬張る。
ぼんやりする萌奈美。
濡れ髪の朱音、ベンチに歩いてくる。
朱音「やっぱここさ居た」
朱音、萌奈美の隣に座る。
朱音「これ」
萌奈美に指貫を差し出す朱音。
朱音「風呂場で石鹸つけたら、やっと取れた」
萌奈美、指貫を受け取る。
朱音、タオルで頭を拭きながら、
朱音「萌奈美、マユ姉のウェディングドレス
作って」
萌奈美「?」
朱音「先生達に、マユ姉結婚すること話した
ら、園で結婚パーティーやったげよって」
萌奈美「……」
朱音「あ、少年院あがりの人とっては言って
ないから、それは内緒にしといて。よく考
えたら、私だって、施設育ちって言いふら
されたら嫌だしさ。一口ちょうだい」
萌奈美、朱音にアイスを渡す。
朱音、アイスを齧って、
朱音「……私、昼間、つい心配になって、マ
ユ姉に、おめでとうって言えなかった。私
がマユ姉だったらさ、先ずはおめでとうっ
て言ってもらいたいよね」
朱音、萌奈美にアイスを差し出して、
朱音「オメもどうせ、おめでとうって、まだ
言ってないっしょ?」
萌奈美「……」
萌奈美、朱音からアイスを受け取る。
朱音「ちゃんと言ったげよ。みんなでさ」
萌奈美、指貫をみつめる。
○はまなすの丘・ロビー(日替わり)
玄関の自動扉、イケナガ、入ってくる。
職員達に頭を下げるイケナガ。
○同・浩子の部屋。
入り口のドアを開けるイケナガ。
窓辺、リクライニングベッドの浩子。
浩子「お。わりいな」
○いけなが洋装店・内
作業台、萌奈美、結婚雑誌を参考に、
ウェディングドレスの画を描いている。
萌奈美「……(不満げな顔)」
手が止まる萌奈美、描きかけのデザイ
ン画をクシャクシャに丸める。
カウンター、客の老婦人、
老婦人「あの」
萌奈美、立ち上がってカウンターへ。
老婦人「これ、丈詰めてくれる?」
老婦人、紳士用のズボンを差し出す。
○はまなすの丘・浩子の部屋
浩子、リクライニングベットのテーブ
ルで、店の帳簿を確認しながら、
浩子「……萌奈美、店置いてくれてんのか」
浩子の傍ら、お茶を飲むイケナガ。
イケナガ「……まぁ今は、夏休みだから」
浩子、微笑む。
浩子「……あの子、いつもモナミの古いミシ
ン使ってるっしょ?」
イケナガ「……ああ」
浩子「オメが初めて使ったミシンだな」
イケナガ「……そうだった?」
浩子「そうさ。だって、アレ、昔オメの為に
買ったミシンだもん」
イケナガ「……」
浩子、帳簿を閉じて、
浩子「……三年前、もう店畳むつもりで、店
の道具、処分しようとしたんだ」
イケナガ、浩子をみる。
浩子、老眼鏡を外しながら、
浩子「売れるもんは売ろうとして、売れねえ
だろうってもんは、森の子園に寄付したん
だ。あのミシンも寄付した。そしてら、そ
れを抱えて、あの子が洋裁教えてくれって
店に来たんだ」
イケナガ「……」
浩子「親に捨てられた子が、私が捨てたミシ
ンを持って来た。名前聞いたら、萌奈美っ
ていうしさ。もう洋裁教室なんて、来るヤ
ツいねえから、ずっとやってなかったんだ
けどな……」
イケナガ、何となくお茶に口をつける。
浩子、イケナガに視線を移して、
浩子「……店、冬には閉めるから」
イケナガ「え?」
浩子「オメにいつまでもこっちに居てもらう
訳にもいかねえし、萌奈美に教えられるこ
とは、もう全部教えたし……」
朗らかに、どこか淋しげに微笑む浩子。
イケナガ「……」
○有限会社モイモイ函館工場・駐車場
駐車場の片隅、サッカーボールを蹴り
合う小学生ぐらいの二人の少年。
駐車場脇のベンチ、休憩しているパー
ト女性達。端の方で立っている真優美。
真優美、少年達をみつめている。
サッカーボール、女性達の元に転がっ
て来る。女性達の誰か、蹴り返す。
パート女性A、煙草を吸いながら、
パート女性A「社長の子らか?」
パート女性B「そだ」
パート女性A「でかくなったなあ」
業務のファイルを抱えた正岡、少年達
の元へ向かっていく。
正岡「こら!オメら、サッカーは駐車場でや
るなって言ったろ!」
正岡、サッカーボールを取り上げる。
少年達、正岡に叱られる。
正岡と少年達を眺めている真優美。
○イケナガ洋装店・内(夜)
作業台、萌奈美、モナミのミシンでズ
ボンの裾を縫っている。傍に、ウェデ
ィングドレスの描きかけのデザイン画。
長机、イケナガ、ノートPCを開き、
キーボードを叩きつつ、
イケナガ「……どうしてそのミシンばっかり
使ってるだい?」
萌奈美、作業の手が止まる。
イケナガ、作業場に置かれている、何
台かのプロ用ミシンを顎で指して、
イケナガ「あっちのも、もう使えるだろ?」
萌奈美「……使えるけど(小声)」
イケナガ「シンガーミシン、モナミ387。
三十年以上前のミシンだ。よく動いてるね」
萌奈美、口を尖らせる。
イケナガ、ノートPCを閉じて、
イケナガ「モナミの意味は知ってる?」
萌奈美、首を振る。
イケナガ「フランス語で、私の友達」
萌奈美、ミシンのロゴをみつめる。
monamiと記されたロゴ。
萌奈美「……」
イケナガ、立ち上がって、
イケナガ「昔のミシンは、小さくてもパワー
がある。手入れはちゃんとしないとダメだ
けど」
萌奈美、黙って頷く。
イケナガ、萌奈美の側に行き、ウェデ
ィングドレスのデザイン画を手に取る。
イケナガ「……エンパイアシルエット。妊婦
にも、差し支えのないデザインではある」
萌奈美「……(不満げな顔)」
イケナガ、デザイン画を置いて、
イケナガ「明日、朝から買い出しに行くけど。
一緒に来る?」
萌奈美、顔がほころんでいく。
○函館の街・路面電車の駅
路面電車、駅に停車する。
イケナガと萌奈美、電車から降りる。
サングランスを掛けて歩くイケナガを、
追いかけていく萌奈美。
○函館の街・街中
イケナガと萌奈美、並んで歩く。
萌奈美、思い出したように、リュック
からサングラスを出し、自分も掛ける。
二人、サングラス姿で並んで歩く。
イケナガ「……」
イケナガ、自分のサングラスは外す。
○繊維卸し業者倉庫・内
天井までの棚に、様々な布地が積まれ
ている古い倉庫。
見上げる萌奈美、目を輝かせている。
イケナガ、萌奈美の背後から、
イケナガ「どんな生地がイメージ?」
萌奈美、振り返る。
イケナガ「ウェディングドレス」
イケナガ、並んだ生地をみながら、
イケナガ「デザイン画で煮詰まったら、実際
に作りながら考えればいい」
イケナガ、サテン生地のロールを取る。
イケナガ「触ってごらん」
萌奈美、生地に触れる。
萌奈美「……」
× × ×
イケナガと萌奈美、いろんな生地を手
に取り、肌触りを確かめる。
○繊維卸し倉庫・前
カートに大量の布地が積まれている。
カートを眺めている萌奈美の傍、初老
の男性、電卓を叩く。
イケナガ、一本のロール布を担いで、
倉庫から出て来る。赤いタータンチェ
ック、ウール地のロール布。
イケナガ、初老の男にロール布を渡し、
イケナガ「あとこれも。十メートル」
イケナガ、萌奈美に向かって、
イケナガ「持って帰れる分は、持って帰るぞ」
○函館の街
イケナガと萌奈美、街中を並んで歩く。
ロール布を数本、肩に担いだイケナガ。
両脇に布地、洋裁道具の入った袋を抱
えた萌奈美。
○イケナガ洋装店・内
イケナガ、トルソーにサテンの布を掛
ける。
イケナガ、トルソーに掛けた布に直接
ハサミを入れていく。
サテンの布、エンパイアシルエットの
ドレスに近づいていく。
イケナガの後ろ、みている萌奈美、
萌奈美「……」
イケナガ、萌奈美にハサミを差し出す。
イケナガ「煮詰まったら、作りながら考える。
デザインの基本は無駄のなさ。先ずは無駄
のない、自然なシルエットをみつる」
イケナガ、作業台に積まれた布を指し、
イケナガ「違うと思ったら、また最初からや
り直し」
萌奈美「……(気合いを入れる表情)」
萌奈美、ハサミを受け取る。
○同・内(日替わり)
萌奈美、トルソーの布に直接ハサミを
入れていく。
○同・台所~応接間(日替わり、朝)
向かい合い、トーストとコーヒーを飲
んでいるイケナガと萌奈美。
萌奈美、結婚雑誌ではなく、幼い頃か
ら読んでいた古いファッション誌を開
いて、トーストを頬張る。
○同・内
萌奈美、トルソーの布を眺める。
萌奈美、トルソーから布を外す。
最初からやり直す萌奈美。
○同・内(日替わり)
萌奈美、モナミのミシンでサテンの布
を縫い合わせていく。
萌奈美、トルソーにドレスを着せる。
萌奈美、ドレスを眺める。
萌奈美、ドレスを脱がす。
× × ×
萌奈美、再びトルソーに新しい布を掛
け、イチからやり直す。
長机、イケナガ、スケッチブックに、
デザイン画を淡々と描いている。
○同・台所~応接間(日替わり、昼)
向かい合い、そうめんを食べるイケナ
ガと萌奈美。萌奈美、ズルっと啜って
もりもり食べる。
○同・内
トルソーのドレス、形になっている。
トルソーをみつめるイケナガと萌奈美。
萌奈美、首をかしげる。
イケナガ「……」
イケナガ、傍らのスケッチブックに、
ドレスを見ながら絵を描き始める。
× × ×
スケッチブックに描かれた、ウェディ
ングドレスのラフなスケッチ。
スケッチをみつめる萌奈美。
萌奈美「……」
イケナガ「煮詰まったら、また描いて考える」
イケナガ、萌奈美に鉛筆を渡す。
萌奈美、鉛筆を受け取り、スケッチに
描き足していく。
イケナガ、長机に向かい、別の作業に。
萌奈美、トルソーのドレスをみながら、
スケッチブックに鉛筆を走らせる。
○同・台所~応接間(日替わり)
開け放たれた引き戸から、作業してい
る萌奈美の姿。
イケナガ、ノートPCを開いている。
PC画面、ビデオ通話のイケナガの女
性スタッフと、デザイン画の画像。
女性「送っていただいたの、どれも素敵です」
イケナガ「ありがとう」
女性「サンプルは、また、そっちのパタンナ
ーさんと作成されますか?」
イケナガ「……いや。彼女、今、少し忙しい
みたいで。そっちでよろしく」
○同・内
モナミのミシンで、ドレスを縫ってい
く萌奈美、集中した表情。
○有限会社モイモイ函館工場・社長室内
モノに溢れたちっぽけで粗末な社長室。
入り口付近に立つ、作業着姿の真優美。
古いデスクトップの前に座る正岡。
正岡「……そう」
真優美、黙ってうつむいている。
正岡「……次の仕事は、もう決まってる?」
真優美「……いえ」
正岡「なら、決まるまで、半出でもいいから」
真優美、うつむいたまま、
真優美「すいません……」
正岡「……そっか」
正岡、うつむいて、
正岡「……あの、何度も聞いて、悪いんだけ
ど、本当にちゃんと、堕した?」
真優美、黙って頷く。
正岡、虚ろに何度も頷く。
正岡「……ごめんな。体調はもう大丈夫?」
○いけなが洋装店・内
作業台、モナミのミシンの側に、朱音
の制服のスカートが置かれている。
○同・台所~応接間(日替わり、昼)
ダイニングテーブル、イケナガ、対面
に萌奈美と朱音、そうめんを食べる。
朱音、制服の下、ジャージ穿き。
朱音「(萌奈美に)お盆開けには出来る?」
萌奈美「……多分」
朱音、萌奈美、そうめんを大胆に取っ
て、ズルっと啜ってもりもり食べる。
イケナガ「(二人をみて)……」
朱音「じゃどうやって呼び出すかだね……」
萌奈美「……呼び出すって?」
朱音「サプライズさ。そうしないと、マユ姉
来ないっしょ。遠慮してさ」
朱音、考えながら、そうめんを取って、
ズルっと啜って食べる。
○札幌の配送会社・駐車場
倉庫の前に並んでいる中型トラック。
トラックを洗車している崇。
× × ×
駐車場の脇のベンチ、スマをで通話し
ている崇。
崇「流しそうめん?」
○函館の公園
見晴らしのいい公園。
真優美、ベンチに座りスマホで通話。
真優美「……うん。お盆明けの土曜日、園で
やるんだって。ちょうどいいから、そこで
みんなに挨拶してから、そっちに行っても
いい?」
崇(声)「……分かった」
真優美「……忙しいよね?」
崇(声)「ん?」
真優美「……相手の人も連れて来たらって、
言われたんだけど……」
○札幌の配送会社・駐車場
スマをで通話している崇。
真優美(声)「……ごめん。なんでもない」
崇「……」
○いけなが洋装店・内
朱音、試着スペースから出てくる。
朱音のスカート丈、短くなっている。
朱音、作業場にやって来て、萌奈美に、
朱音「ありがとねー」
萌奈美、ウェディングドレスを縫う準
備をしながら、ぶっきらぼうに、
萌奈美「うん」
朱音「(ドレスをみて)おおーいい感じ。私
もなんか手伝おっか?」
萌奈美「結婚してない女が、ウェディングド
レス縫うと、結婚できなくなるんだって」
朱音「え、本当?」
イケナガ、台所から出てきて、長机に
向かう。
萌奈美「(イケナガをみながら)言ってた」
朱音「……ごめん萌奈美。私が頼んだから」
萌奈美、モナミのミシンの前に座り、
萌奈美「大丈夫。私、結婚なんてしないから」
ミシンを動かし始める萌奈美。
イケナガ、少し鼻で微笑いながら、長
机でノートPCを開く。
○同・前(夜)
店内の灯りがついた洋装店。
○同・内
作業台にウェディングドレスのパーツ
がいくつか並んでいる。
萌奈美、パーツの細かい部分を手縫い
で縫っている。
イケナガ、台所から萌奈美の様子を眺
めている。
イケナガ、作業台にやって来て、萌奈
美の傍らに座る。
ドレスのパーツを手に取るイケナガ、
黙って手縫いで縫っていく。
萌奈美「……」
二人、モナミのミシンを間に置いて、
黙々と縫い続ける。
○のどかな歩道(日替わり)
陽光の差し込む緑の歩道。
真優美と崇、並んで歩く。
崇「……流しそうめんなんてしたことね」
真優美「本当?夏、たまにやってたよ。すぐ
喧嘩になったなあ……」
○森の子園・園庭
中庭並べられたデッキテーブル、デッ
キチェア、少年少女達、飾りつけする。
朱音、友人達と、流しそうめんの準備
をする。
Bボーイ風の男の子「なして結婚パーティー
に流しそうめん?」
朱音「一応ね……」
○森の子園・学習室・内
室内、窓の外から達の賑やかな声。
トルソーに着せられたエンパイアシル
エットのウェディングドレス。
ドレスを静かにみつめる萌奈美。
○森の子園・前
園の門の前、朱音、友人達。歩道の向
こうから、真優美と崇、歩いて来る。
朱音「来た来た!」
朱音、大きく手を振る。
Bボーイ風の男の子達、ビビり気味。
真優美、小さく手を振る。
× × ×
門の前までやって来る真優美と崇。
朱音、おもむろに真優美の手を取り、
中に引っ張て行く。残される崇、ビビ
り気味な友人達に止められる。
○同・学習室・内
黄色いカーテンが閉められた室内。
朱音に引っ張られ、入って来る真優美。
トルソーの傍らに立つ萌奈美。
トルソーのウェディングドレス。
真優美、ドレスに見惚れる。
× × ×
真優美にドレスを着せる萌奈美と朱音、
萌奈美「朱音ちん、引っ張りすぎ」
朱音「ごめんごめん」
真優美、言葉が出ない。
萌奈美、淡々と手を動かす。
× × ×
朱音、真優美の眼鏡を外す。
園の幼い少女達、ドレスの裾を持つ。
萌奈美、真優美にブーケを渡し、
萌奈美「おめでとう」
真優美「……ありがとう」
○同・園庭
萌奈美に手を引かれ、真優美、建物か
ら園庭に出て来る。
ドレスの裾を持ち、真優美の後ろを歩
く幼い少女達。
崇を中心に、園の仲間、職員、朱音、
朱音の友人達、真優美を迎える。
明るい陽光の下、ウェデイングドレス
を纏った真優美、まっすぐ歩んでいく。
× × ×
崇と真優美、指貫で指輪交換。
フラワーシャワー、二人に降り注ぐ。
× × ×
わいわいと賑やかな園庭。
崇、園の子供達と流しそうめんを掬う。
朱音達、真優美達と、スマホで写真を
撮り合う。朱音、真優美に眼鏡を渡す。
真優美、眼鏡を掛ける。
萌奈美、みんなの輪から離れ、真優美
をみつめている。
幼い少女達、真優美の元へ駆けて行き、
ドレスをみせてとせがむ。
真優美、ドレスをひらひらさせながら、
離れた萌奈美に微笑みかける。
萌奈美、真優美に微笑みを返す。
○はまなすの丘・浩子の部屋
室内に、窓から陽光が差している。
リクライニングベッドにもたれた浩子、
窓を眺めて、
浩子「……いい天気だぁ」
傍ら、店の帳簿を計算するイケナガ。
イケナガ、刹那、窓に視線を投げる。
イケナガ「……そだね」
○函館の街(夜)
夜の函館の街。
○函館駅・ホーム
ベンチに並んで座っている真優美と崇。
傍らには大きめの荷物。
真優美、スマホで結婚パーティーの写
真をみる。
真優美と幼い少女たちの写真。
真優美、萌奈美、朱音、三人の写真。
真優美「……ねえ」
崇「ん?」
真優美、腹部に手を置き、
真優美「……やっぱ産んでいい?」
崇「……俺は初めから構わねえって言ってる」
真優美「……」
崇「俺は血の繋がった親父が、一番最悪だっ
た。誰が父親でも、オメの子には変わりね」
ホームに列車が入ってくる。
真優美、片手を、崇の手に触れる。
崇、真優美の手をしっかりと握る。
○中学校・校門前(日替わり、秋)
秋の夕暮れ。校門を出て来る生徒達。
ジャージ姿、丸坊主、垢抜けない中学
生達に混じって、ショートボブ、制服
のブレザーを着た萌奈美、リュックを
背負ってスタスタと校門を出て来る。
○イケナガ洋装店・内
カウンター、老婦人の客。
接客するイケナガ、伝票を渡す。
イケナガ「……仕上がりは来週月曜で」
老婦人「よろしくね」
玄関から、萌奈美入って来る。
萌奈美「こんにちわ」
老婦人「はい。こんにちわ」
萌奈美、作業場に向かう。
作業場、仮布のコートが着せられたト
ルソー。細身のシルエットのコート。
萌奈美、作業台に荷物を置く。
× × ×
イケナガ、トルソー、仮布のコートを
メジャーを使ってチェックする。
イケナガ「ここはもう3ミリ出そう」
萌奈美、傍らでメモを取る。
○同・内(夜)
作業台、萌奈美、モナミのミシンで仮
布を縫う。
長机、イケナガ、デザイン画を描いて
いく。
○同・台所~応接間(日替わり)
ダイニングテーブル、向かい合い、珈
琲を飲むイケナガと萌奈美。
お互い、ファッション雑誌を開き無言。
萌奈美、苦い顔せず、コーヒーを飲む。
○函館の街(日替わり、初冬)
空気が張り詰め始める函館の街。
萌奈美、マフラーを巻いて歩いている。
○いけなが洋装店・内
作業場、イケナガ、独りデザイン画を
描いている。赤いタータンチェックの、
ゆったりとしたコートのデザイン画。
○はまなすの丘・浩子の部屋
リクライニングベッドにもたれた浩子。
傍らの萌奈美、デザイン画をみせ、笑
顔で話しかけている。
萌奈美「今度はこれ作るんだ……」
浩子、ベッドにもたれたまま、静かに
微笑む。
○いけなが洋装店・内
トルソーに着せられた仮布のコート、
ゆったりとしたシルエット。
イケナガ、デザイン画を手に仮布のコ
ートをチェックする。
傍らの萌奈美、表情はどこか淋しげ。
萌奈美、黙ってメモをする。
× × ×
イケナガと萌奈美、型紙に沿って、タ
ータンチェックの布を切っていく。
イケナガ、作業しながら、
イケナガ「この生地は、流石にそのミシンじ
ゃ無理だから」
萌奈美、傍らのモナミのミシンをみる。
萌奈美「……」
イケナガ「これは、僕が縫うよ」
淡々と手を動かしながらイケナガ。
○いけなが洋装店・内(日替わり)
イケナガ、作業台に背を向け、ロック
ミシンでタータンチェックの布地を縫
い合わせる。
作業台、萌奈美、モナミのミシンで、
シーチング生地の茶色い布を縫う。
萌奈美、手を止めて、イケナガの背中
に視線を投げる。
萌奈美「……」
黙々とミシンを縫うイケナガの背中。
○同・前(日替わり、夜)
深夜。作業場の灯りが灯る洋装店。
○同・内
作業場、独りタータンチェックのコー
トを手縫いするイケナガ。
× × ×
イケナガ、モナミのミシンの部品を掃
除し、ミシンオイルをさす。
○真っ白な空(日替わり)
初雪がちらちらと舞う空。
○いけなが洋装店・内
イケナガ、窓から外の雪をみている。
作業場、トルソー、真っ赤なタータン
チェックのコート。
作業台、萌奈美、モナミのミシンの傍、
デザイン画を描いている。
イケナガ、窓をみたまま、
イケナガ「……着てみる?」
萌奈美、返事もせず、顔を上げない。
○同・前
雪が静かに舞い落ちる洋装店の軒先。
萌奈美、タータンチェックのコートを
纏い玄関から出てくる。コートのサイ
ズは萌奈美には少し大きい。
イケナガ、開いたガラス戸にもたれ、
萌奈美の背中をみつめる。
萌奈美のコートに落ちる白い雪、静か
に溶けていく。
萌奈美、うつむく。
イケナガもうつむく。
イケナガ「……やっぱり、少し大きいか」
萌奈美、遮るようにしゃくり上げ、
萌奈美「大きくねえ! ピッタリだぁ!
(涙声)」
萌奈美、堪えていた涙を流す。
イケナガ「……」
萌奈美、タータンチェックのコートの
袖で涙が拭く。が、止まらない。
イケナガ、黙ってうつむいたまま。
真っ白い雪、店の軒先に、静かに振り
続ける。
○黒
○パリの街(三年後、冬)
冬。パリの街。
テロップ「三年後」
○ホテル・スイートルーム内
シックな室内、ソファセットの周りで
ストロボ機材を撤収する撮影クルー。
イケナガ、フランス人女性記者と握手
を交わす。
女性記者「(フランス語)ありがとうござい
ます。いい記事になりそうです」
イケナガ「(フランス語)こちらこそ」
イケナガ、記者のドレスを眺めて、
イケナガ「(フランス語)素敵なドレスです
ね」
女性記者「(フランス語)光栄です。ネット
で買いました。日本の北海道のブランドで
す。デザイナーは高校生の女の子なんです
って。ご存知ですか?」
固まるイケナガ。
イケナガ「……萌奈美?」
女性記者「(フランス語)そうです!
Mon-namiです! やはり日本じゃ有名な
ブランドんですね!」
イケナガ、朗らかに微笑んで、
イケナガ「(フランス語)……私の友達です」
○森の子園・学習室
高校生になった萌奈美、モナミのミシ
ンで布を縫い続けている。
部屋には様々な洋服が着せらたトルソ
ーが並ぶ。
○函館の街
サングラスの萌奈美、サイズの合って
きたタータンチェックのコートを纏い、
冬の函館を颯爽と歩く。
FIN
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