女神のほほえむ夜 コメディ

レズビアンバー"Venus"のマスターを務める時雨秋穂には元暴走族総長の弟、龍馬がいる。そしてバーのガードマンとして働く龍馬は秋穂の親友の女性、轟司に恋をしていた。それが叶わぬ恋路であることを彼自身知りながら……だが今夜、彼らの想いがバーの店員と、客たちを大きく巻き込むことになる!
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第一稿

 『女神のほほえむ夜』 (All the Lonely People)

【概要】
 バー『Venus(ヴィーナス)』を舞台に繰り広げられる一夜の群像劇。
 全二幕。ミュー ...続きを読む
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 『女神のほほえむ夜』 (All the Lonely People)

【概要】
 バー『Venus(ヴィーナス)』を舞台に繰り広げられる一夜の群像劇。
 全二幕。ミュージカル。コメディ。

【登場人物】
 時雨秋穂(しぐれあきほ)…女性。27歳。『Venus』のマスター。
 桃木華(ももきはな)…女性。26歳。『Venus』のバーテンダー。
 布瀬夏海(ふせなつみ)…女性。19歳。『Venus』のバーテンダー。
 蘇芳紗季(すおうさき)…女性。20歳。『Venus』のバーテンダー。
 時雨龍馬(しぐれりょうま)…男性。24歳。『Venus』のガードマン。
 西森雪菜(にしもりゆきな)…女性。22歳。フリーター。
 轟司(とどろきつかさ)…女性。28歳。女優。
 桜内豊(さくらうちゆたか)…女性。18歳。大学生。
 星入円(ほしいりまどか)…女性。23歳。漫画家。
 藤森杏奈(ふじもりあんな)…女性。19歳。大学生。
 土方尚美(ひじかたなおみ)…女性。34歳。専業主婦。
 阿賀野響(あがのひびき)…女性。25歳。バンドのボーカリスト。
 三条すみれ(さんじょうすみれ)…女性。27歳。百貨店店員。
 有村飛鳥(ありむらあすか)…女性。19歳。大学生。
 真波侑(まなみゆう)…女性。20歳。フリーター。
 安野美玲(やすのみれい)…女性。18歳。無職。
 綾部守(あやべまもる)…女性。26歳。司の付き人。
 磯貝拓夢(いそがいたくむ)…男性。21歳。フリーター。
 犬飼勉(いぬかいつとむ)…男性。19歳。フリーター。
 米野木俊輔(こめのきしゅんすけ)…男性。42歳。フリーライター。
 隅田川巡査(すみだがわじゅんさ)…男性。23歳。公共平和を守る交番警官。


【第一幕】

バー『Venus(ヴィーナス)』の店内。照明は消えていて、暗闇に包まれている

  布瀬夏海登場

  夏海、店内の壁にあるスイッチを押す。すると青や紫がかった照明が点き、カウンターの奥にある『Venus』と筆記体で形作られたネオンが光る。多くのライトが照らしながらも派手すぎず、むしろどこか透明感のある雰囲気がこのバーを包んでいる

  夏海、テーブルやカウンターの上などを台拭きで拭く

  蘇芳紗希登場

紗希 「あれ、もう夏海ちゃん準備してくれてた?」
夏海 「はい、あとは看板出すだけです」
紗希 「そう」
夏海 「紗希さんやってくれませんか」

夏、カウンターの裏に置かれていた立て看板を出し、店の扉へ

紗希 「うーん、いいんだけどさ、ちょっとなあ」
夏海 「どうしたんですか。働くのが嫌そうな顔してますけど」
紗希 「どういう顔よ。いや、そりゃ働かなないで済むならそのほうがいいけどそうじゃなくて。さっき裏口入る前に表でじーっと突っ立ってる子見てさ」
夏海 「私も見ましたよ。後ろ姿だけですけど」
紗希 「夏海ちゃんも見たの? あたしより来るの早かったよね」
夏海 「三十分くらい前には」
紗希 「そんなに?」
夏海 「お店開くの待ってたんじゃないですか?」
紗希 「どうしようかな」
夏海 「知ってる人ですか。嫌いな知り合いとか」
紗希 「嫌いとは違うけど。この話前にしなかった? 最近大学の子に追い回されてるって話」
夏海 「同じ漫画だかアニメサークルの」
紗希 「杏奈ちゃん。仲良くなろうと思って声かけたら仲良くはなれたんだけど四六時中追いかけてくるようになっちゃって」
夏海 「大学にいるときは講義の時以外常についてきて、全然違う学部なのに紗希さんと完璧に同じ講義取ろうとしたり」
紗希 「三年になっていまさら法学部と工学部で合わせるのは無茶だよ」
夏海 「法学部と工学部最初の一文字しか違わないのにすごい差ですよね」
紗希 「こっちは真面目に悩んでるんだよ」
夏海 「いいじゃないですか、好みのタイプだったんでしょう」
紗希 「良くないよ明らかにこっちと向こうでノリが釣り合ってないもん。そりゃ最初は好きだったけどだんだん重くなって耐えられなくなってさ。最近はあまり大学に行かずに会わないようにして」
夏海 「このごろ紗希さんのシフト増えてると思ったらそれですか」
紗希 「うん」
夏海 「まさか表にいた人がその人」
紗希 「いやあたしも後ろしか見てないから判んないんだけど」
夏海 「大学でしか会ってないんだったらここまで知ってるってことはないんじゃないですか」
紗希 「でもさ」
夏海 「その杏奈さんって人、同類ですか」
紗希 「同類って?」
夏海 「レズビアンかどうかってこと」
紗希 「さあ。あんま恋バナしたがらない子だし」
夏海 「なら大丈夫なんじゃないですか。それでビアンバー乗り込むなんて勇気いるでしょ」
紗希 「かもしんないけど」
夏海 「彼女どんな髪型ですか」
紗希 「えっと、編み込みにピンクのメッシュが入ったショート」
夏海 「お店の前にいた人と同じだ」
紗希 「お店の前にいた人のこと言ったんだけど」
夏海 「その人はいいんですよ私も見たから。杏奈さんのほうは」
紗希 「黒髪ロング」
夏海 「全然違うじゃないですか」
紗希 「でも変装してるって可能性も」
夏海 「そんなこと言ったらキリないですよ」
紗希 「夏海ちゃんは当事者じゃないからそんなこと言えるんだよ」
夏海 「いいから看板お願いします。仕事になりません」
紗希 「夏海ちゃん」

百木華登場。

華 「何かお悩み事?」
紗希 「華さん! おはようございます」
華 「おはよう」
夏海 「おはようございます、今夜はお早いですね」
華 「会社の仕事が早く片付いたから」
紗希 「聞いてくださいよ華さん。あたし最近大学の子にストーカーされてて」
夏海 「いつの間にかストーカーの話になってる。考えすぎですよ」
紗希 「何かあってからじゃ遅いんだよっ」
華 「なるほど、それは大変」
夏海 「そういえば華さん前に高校の時柔道やってたって言ってましたよね」
華 「懐かしいなあ」
紗希 「じゃあそれで撃退とか」
紗希 「ハハハ、二日で辞めた思い出」
紗希 「華さんっ」
華 「大丈夫だって。私たちには秋穂さんがいるし、それに頼れるボディーガードだっているじゃないか」

時雨秋穂登場

秋穂 「そのボディーガードが行方不明なんだけど」
華 「秋穂さん」
夏海 「店長」
紗希 「来てないんですか」
秋穂 「電話かけたけど出てこなくて。知らない?」
夏海 「いえ、見てませんけど」
秋穂 「ったくもー、店開ける時間だってのに」
華 「お出かけ中ですか」
秋穂 「司が出てる映画観に行ってるらしいけど音沙汰なし」
夏海 「今日が初日でしたね」
紗希 「まだ司さんのこと諦めてないんですか」
秋穂 「さあ。本人的には諦めてるつもりでも諦めてるふりしてるって感じ」
華 「どうしましょうか。真面目だからわざと遅刻するとは思えないけど」
夏海 「いいんじゃないんですかこのまま開けても。連絡つかないんじゃいつ来るか判りませんし」
紗希 「いやあたしはまずいと思うな」
秋穂 「どうして」
紗希 「表にいる子があたしをストーカーしてる子だったらどうするんですか」
秋穂 「何の話」
夏海 「気にしなくていいです」
紗希 「ひどい!」
秋穂 「まあ後で聞いとくわ」
華 「紗希さんの怖がる気持ちは判るよ。でもどちらにしろ、彼女がお客様であることに変わりはないよ。お客様は心を込めて歓迎しなきゃ。さあ、始めよう!」


M-1『新しいことを始めましょう』

華 新しいことを始めよう
怖がってたら何も始まらない

新しいことを始めよう
寝転がってたら何も始まらない

夏海 海外ドラマを見始めるように

紗希 ワンピースを読み始めるように

秋穂 新しいことを始めよう
怖がってたら何も始まらない

新しいことを始めよう
寝転がってたら何も始まらない

夏海 休日に外へ出るように

紗希 アルバイトを始めるように

華 新しいことを始めよう
怖がってたら何も始まらない

秋穂 新しいことを始めよう
寝転がってたら何も始まらない

夏海 習い事を始めるように

紗希 新しい恋を探すように

秋穂 いつだって始めるのは勇気がいるもの
後悔するんじゃないかって君は恐れてる

華 でも何もしなくて後悔することが
僕はたまらなく嫌なんだ

コーラス 新しいことを始めましょう今から
新しいことを始めましょう今から
新しいことを始めましょう今から
新しいことを始めましょう今から

そう始めましょう今から
そう始めましょう今から
そう始めましょう今から
そう始めましょう今から
そう始めましょう今から

華 新しいことを始めよう
怖がってたら何も始まらない

秋穂 新しいことを始めよう
怖がってたら何も始まらない

華 新しいことを始めよう
怖がってたら何も始まらない

秋穂 新しいことを始めよう
怖がってたら何も始まらない

華 新しいことを始めよう

秋穂 怖がってたら何も始まらない


  紗希、夏海に立て看板を持たせる

  華、夏海と共に店の玄関へ行き扉を開く

華 「ようこそ、バー『Venus』へ」

桜内豊登場

豊 「お邪魔します」
紗希 「良かった、違った」
豊 「え?」
紗希 「いやっ、何でもないです。あたし看板出しに行ってきまーす」

紗希、看板を持って店の外へ

華 「さあお好きな席へどうぞ」
豊 「はい」

豊、華にエスコートされカウンターの座席へ

秋穂 「こんばんは、本日は『Venus』にお越しいただきありがとうございます」
豊 「いえ、そんな」
秋穂 「私は店長の秋穂です。そちらにいるのはバーテンダーの華です」
豊 「秋穂さんに華さん」
華 「華です。よろしく」
豊 「は、はい」
秋穂 「本日は初めてのご来店ですか」
豊 「そうです」
華 「名前を教えて欲しいな」
豊 「豊です。桜内豊」

夏海、お冷を出す

夏海 「お冷をお持ちしました」
豊 「ありがとうございます」
秋穂 「こちらも同じくバーテンダーの夏海です」
夏海 「夏海です。こんばんは」
豊 「こんばんは」
秋穂 「あと今外にいる……」

紗希、店内に戻る

紗希 「バーテンダーの紗希です! 来店ありがとうございます。ちなみにバイトです」
豊 「どうも。あの、今日最初に来たの私ですか」
夏海 「ええ、ちょうど今開けたところです」
豊 「電車一本遅れてもいいように早めに出たんですけど、ちょっと早かったかな」
華 「着いたのどれくらい前?」
豊 「一時間くらい前」
紗希 「ちょっとどころじゃない」
秋穂 「ならもっと早く開けときゃ良かったかな」
豊 「いいんです、私が早く来すぎただけですから」
華 「もしかして最近こっちに来たばかり?」
豊 「はい、先週上京したんです」
華 「やっぱり。地方と電車のダイヤ全然違うよね」
豊 「あさって大学の入学式で」
秋穂 「それはおめでたい」
華 「進学おめでとう」
豊 「ありがとうございます」
紗希 「いいよー大学生活。サークルとか楽しいよ」
夏海 「サークルが原因で大学行ってない人が何言ってるんですか」
豊 「何かあったんですか」
紗希 「いや関係ない話。ねっ、東京来たばかりってことは、もしかしてビアンバーも初めて?」
豊 「はい、地元にはなくて。東京に来たら行きたいと思ってたんです」
秋穂 「初めてのお店に当店を選んでくださってありがとうございます。当店のことはどこで知りました?」
豊 「ネットに『東京のおすすめレズビアンバー』って記事があってそこから」
秋穂 「ねえ紗希」
紗希 「はい」
秋穂 「あとでそのサイト調べといて。感謝のメール送るから」
紗希 「はい」
豊 「いつも人が少なくてガラガラで快適だって」
秋穂 「ねえ紗希」
紗希 「はい」
秋穂 「苦情のメールにしといて」
華 「まあ変に人が多くてトラブルが起こるよりはマシだから」
秋穂 「あんたが言うか」
豊 「何かあったんですか」
秋穂 「いや関係ない話」
夏海 「ドリンクはいかがなされますか。未成年ならノンアルコールのカクテルもありますし、オレンジジュースやりんごジュースもご用意できますが」

夏海、豊にメニュー表を渡す

豊 「そうですね、せっかくバーに来たからカクテルに挑戦してみたいんですけど、わたしカクテルのことよく知らなくて」
秋穂 「ならこの『サンシャイン』というのがおすすめですよ。甘口で初心者でも飲みやすくて」
紗希 「店長一番高いやつ勧めてきましたね」
秋穂 「余計なこと言わない」
夏海 「初心者向けなら『オデッセイ』も良いと思います。『サンシャイン』より安いですし」
豊 「いえ、『サンシャイン』で。どうせだから思いきり奮発したくて」
華 「いいね」
秋穂 「かしこまりました。それではお作りいたします」

秋穂、カウンターでカクテルをシェイクする

豊 「そうやってカクテルをシャカシャカしてるの初めて見ました」
華 「初めてづくしだね」
秋穂 「いくらでも見ていいよ」
豊 「えっと……あはは、何話せばいいんですかね。わたし、こういうおしゃれな雰囲気のお店来たことないからよく判らなくて」
紗希 「難しく考えることないよ」
紗希 「そうそう、逆に無理して何話そうかテンパって噛みまくって泣きそうになったりしちゃって」
夏海 「経験談ですか」
紗希 「先輩からのアドバイスって言ってよ」
秋穂 「はい、『サンシャイン』です。どうぞ」

秋穂、豊にできあがったカクテルを差し出す

豊 「ありがとうございます」
秋穂 「これ飲んでリラックスして」
豊 「いただきます」
華 「どう、初めてのカクテルのお味は」
豊 「……シャンメリー」
紗希 「お誕生日会の飲み物」
豊 「だけどちょっとだけほろ苦くて、オトナな味」
秋穂 「お気に召しましたか」
豊 「まだよく判らないけど、なんかいい感じです、いい感じ」
華 「豊さんって地元はどこ?」
豊 「静岡です」
秋穂 「休みの日とかデートはどこ行ったりするの」
紗希 「富士急ハイランドとか」
豊 「あそこは山梨です」
紗希 「そうだ、浜名湖パルパル」
豊 「友達とイオンに行ったりはするけど、デートはまだ」
夏海 「好きな人とかは」
豊 「高校の時に好きな子がいたんです。ものすごく好きで付き合ったりしたいって思ってました。友達にも相談したりして」
華 「友達にはカムしたの」
豊 「はい?」
華 「ああ、カミングアウトのこと」
豊 「応援してくれました」
紗希 「いい友達じゃん」
夏海 「それでその子とは」
豊 「結局告白もできないままでした。その子はヘテロだったし、それに好きな男の子がいるってわたしに相談したこともありましたから」
紗希 「うわ、一番キツいやつ」
豊 「入試が終わって高校を卒業する前に、彼女はその人に告白して付き合えたみたいです」
秋穂 「辛かったね」
豊 「いいんです、最初から薄々判ってたことでしたから。あの子が幸せなら、わたしはそれで」


M-2『どうすれば?』

豊 街を歩くと喫茶店の窓から
あなたを見つけた

手を振ろうと思ったけど
あなたは誰かとお話ししてる

どうすればいいのかな
わたしは何もしないで立ち去った

どうすればいいのかな
元気が出ないのは気圧のせいかな

どうすればいいのかな
雨が降る前に帰ろう

休み時間に廊下で
あなたとひとときの会話

だけど誰かがやってきて
あなたはそっちに行きたそう

どうすればいいのかな
元気が出ないのは気圧のせいかな

どうすればいいのかな
雨が降る前に帰ろう

わたしといるときあなたは
楽しそうな顔してる

だけどあの人といるときあなたは
嬉しそうな顔してるね

どうすればいいのかな
元気が出ないのは気圧のせいかな

どうすればいいのかな
雨が降る前に帰ろう

どうすればいいのかな
元気が出ないのは気圧のせいかな

どうすればいいのかな
雨が降る前に帰ろう

どうすれば……

どうすれば……

どうすればよかったのかな……

どうすれば……


豊 「……恋人とは楽しく付き合えてるそうですよ。昨日は一緒にUSJ行ったみたいです。インスタに彼氏との自撮り写真上げてました。本当はわたしも誘われたんですけど、引っ越しもあるし、それに彼との仲を邪魔しちゃいけないから断りました。きっとそのほうがお互いのためにいいと思ったから」
紗希 「健気だなあ」
華 「なら今日はそのカップルに負けないくらい楽しまなきゃ。ねっ、立って」
豊 「えっ?」

座席から立ち上がる豊と華

華 「最高の貴女に最高の夜をプレゼントしてあげる」


M-3『最高の夜をあなたに』

華 一目見てわかった
あなたがわたしの運命の人

見た目じゃないよ
あなたがいるだけで最高

もっと素敵なところを
わたしに見せて

一緒にお茶でもいかが?
あなたとならどこでもいいよ

人はみんなダイヤの原石
わたしに輝かせてほしいな

(人生でいちばんの夜を)
人生でいちばんの夜をあげる
(今夜はあなたと一緒に)
今夜はあなたと一緒に夜明けまで

(触らなくてもわかるよ)
触らなくてもわかるよあなたの熱
(あなたの熱でわたしを)
あなたの熱でわたしを熱くさせて

さあ来て! さあ!

声を聞いて感じた
あなたがわたしの運命の人

聞かせてほしいんだ
あなたの話し方って最高

もっとその声で
わたしを夢中にさせて

一緒に食事でもいかが?
あなたとならどこでも夢のよう

人はみんなあなたの虜
わたしに独り占めさせて

(人生でいちばんの夜を)
人生でいちばんの夜をあげる
(今夜はあなたと一緒に)
今夜はあなたと一緒に夜明けまで

(触らなくてもわかるよ)
触らなくてもわかるよあなたの熱
(あなたの熱でわたしを)
あなたの熱でわたしを熱くさせて

その調子!

(人生でいちばんの夜を)
(今夜はあなたと一緒に)
(触らなくてもわかるよ)
(あなたの熱でわたしを)

(人生でいちばんの夜を)
人生でいちばんの夜をあげる
(今夜はあなたと一緒に)
今夜はあなたと一緒に夜明けまで

(触らなくてもわかるよ)
触らなくてもわかるよあなたの熱
(あなたの熱でわたしを)
あなたの熱でわたしを熱くさせて

(人生でいちばんの夜を)
人生でいちばんの夜をあげる
今夜はわたしと一緒に

(あなたの熱をわたしに)
触らなくてもわかるよあなたの熱
わたしを熱くさせて


華 「学校の入学式はあさってだったよね」
豊 「はい……」
華 「あした私一日じゅうオフなんだ。よかったらうちに来ない?」
豊 「はいっ?」
華 「一緒に映画観たりご飯食べたりしてさ。わたし料理の腕にはちょっと自信があるんだ。一人暮らしでも簡単にできる料理を教えてあげようか」
夏海 「それで済みますかね」
紗希 「いやあ、どうだろ」
秋穂 「ちょっと華」
華 「どう、明日空いてる?」
豊 「明日、大丈夫です。明日」
華 「ライン交換しよっか」
秋穂 「華」
華 「大丈夫だって、前みたいにはならないから」

土方尚美登場

尚美 「なんだか楽しそうね」
紗希 「尚美さん、こんばんは」
華 「尚美さん」
夏海 「こんばんは」
尚美 「こんばんは。いつものお願い」
秋穂 「かしこまりました」

秋穂、カクテルを作る

尚美 「そちらの子は初めまして?」
豊 「あの、この人は」
秋穂 「この店の常連の尚美さん。尚美さん、この子は豊さん」
尚美 「よろしく、豊さん」
豊 「こちらこそ、尚美さん」

尚美、席に座る

尚美 「ねえ、今なんとなく聞こえたけど、豊さん、華ちゃんに何か言われなかった?」
華 「尚美さん」
豊 「明日うちに来ないかって誘われました」
尚美 「華ちゃん」
華 「今度は失敗しませんから」
豊 「前に何かあったんですか」
秋穂 「前にもね、華がお客さんにちょっかいかけたことがあって」
尚美 「上京したばっかりの子でね」
豊 「え」
紗希 「豊さんとおんなじ」
秋穂 「色々あって華のマンションに住みつくようになったんだけど、それを知った彼女の実家のご両親がカンカンになって大変なことに」
夏海 「その子、両親はレズビアンってこと知らなかったんですか」
秋穂 「それも多分あったかもしれないけどね」
豊 「だけどわたし、両親にはちゃんと自分のこと話してます。お父さんもお母さんもちゃんと受け入れてくれて」
華 「ほら」
尚美 「そういう問題じゃないの、全然懲りてない! ひとり暮らしの子どもが知らないところで知らない大人の家に転がり込んでるなんて怖いし心配だし、怒って当たり前の話なんだから! そこんとこ判ってるの」
華 「判ってはいますけど、気がついたら手が出ちゃって」
夏海 「万引きの常習犯のセリフですね」
秋穂 「おさまる日が来るといいけど」
尚美 「豊さん、子を持つ親としてアドバイス。よく知らない人の誘いには乗らない。ただでさえ一人暮らしで心配してる親を余計に心配させちゃダメだから」
豊 「はい、気をつけます」
尚美 「華ちゃんも」
華 「判ってますよ」
尚美 「本当に?」
豊 「尚美さん、お子さんいらっしゃるんですか」
尚美 「ええ。写真見る?」
豊 「はい」

尚美、携帯の画面を豊たちに見せる

豊 「かわいい。男の子ですか」
尚美 「そう」
秋穂 「いま六歳でしたっけ」
尚美 「今度小学校に」
豊 「わたしと同じ。新入生ですね」
夏海 「男の子はこの頃が一番ですよね。あとは下がってくばかり」
紗希 「えっ、ショタコン?」
夏海 「違います。同年代の男が好きじゃないだけです」
豊 「尚美さんってレズビアンですよね」
尚美 「決めつけ? この店には男の人が好きな人も来るよ」
豊 「ごめんなさい」
尚美 「いいよ、実際そうだし」
豊 「ご家族には話さないんですか。自分が同性愛者ってこと」
尚美 「秘密にしてる」
豊 「どうして。もしかしたら判ってくれるかもしれないじゃないですか」
尚美 「この子がいるから。自分は愛のない両親から産まれたって、この子にそう思ってほしくないから」
豊 「後悔とかしてないんですか。どうして男の人と結婚したんですか」
尚美 「話すと長くなるんだけどね。ただ、いまの旦那さんと出会って結婚したり、子どもを産んだことを不幸せだって思ったことはないよ。だけどね、たまにちょっとだけ本当の自分に戻りたくなるの。普段の悩みなんか全部忘れて……」


M-4『私だけのトロピカル・アイランド』

尚美 みんなは知らない
私だけの小旅行

少しだけ家を空けて
太陽を浴び
ココナッツジュースを飲みましょう

ここにあるのは
日差しとパラソルそして海

だってここは私だけが知っている
トロピカル・アイランド

みんなは知らない
私だけの逃避行

肩の力を抜いて
ベンチで横になって
ゆっくりとお話ししましょう

ここにいるのは
ウェイターと天使そしてシャチ

だってここは私だけが知っている
トロピカル・アイランド

少しだけ家を出て
たくさん太陽を浴びて
ココナッツジュースを飲みましょう

ここにあるのは
日差しとパラソルそして海

だってここは私だけが知っている
トロピカル・アイランド

だってここは私だけが知っている
トロピカル・アイランド……


尚美 「みんながみんなそうだってわけじゃないけど、普段自分を隠して生きてる人にとってこういう場所はある意味楽園みたいなものなの。いつかは帰らなくちゃいけないけど」
紗希 「いつかはあたしもこの店やめなきゃいけないのかなあ」
秋穂 「まだいいんじゃないの。就職決まってからで。尚美さん、どうぞ」

秋穂、尚美にカクテルを差し出す

尚美 「ありがとう」
紗希 「それもそうですね」
秋穂 「華は今のまま会社員と兼業で続けるつもり?」
華 「まあね。まだしばらくはここで働かせてもらうよ」
秋穂 「そう、無理はしないで」
華 「判ってる」
紗希 「夏海ちゃんは?」
夏海 「さあ。私もたぶん同じです」
紗希 「あっ、でもお姉さんの件があるんだっけ」
豊 「お姉さん?」
夏海 「あれに関しては忘れてって言いましたよね」
紗希 「いやあれ話してる時の顔可愛かったから」
夏海 「忘れてください!」
豊 「それどういう話ですか」
秋穂 「んー、夏海の初恋の話」
夏海 「店長」
尚美 「それ私も前に聞いたかも」
夏海 「尚美さんまで」
華 「話してあげたら? こういうの含めてのお仕事なんだから」
夏海 「……判りました。本当は話したくなかったけど」
紗希 「わくわく」
夏海 「小学校低学年の時です。その頃近所に仲の良いお姉さんがいたんです。毎日一緒にゲームして遊んだり、漫画読んだり勉強教えてもらったり」
豊 「どんな人だったんですか」
夏海 「綺麗で素敵な人でした。歳は聞かなかったけど、たぶん私より五歳くらい上」
紗希 「いいなあ。続き聞かせて」
夏海 「あなた知ってるでしょ! ……そのお姉さんに見せてもらった漫画に恋愛漫画があったんですけど、それが女の子同士の恋愛の話で」
豊 「百合漫画ですね。わたしも大好きです」
夏海 「それを一緒に見て誘われたんですよ。この漫画みたいにキスしてみないかって」
豊 「したんですか」
夏海 「ええ」
紗希 「きゃーっ!」
夏海 「うるさい!」
華 「まあまあ、続きをどうぞ」
夏海 「そういうこと何回かして、お姉さんと約束したんです。女の子同士だけどいつか結婚しようって」
秋穂 「いいねえ、ピュアで」
豊 「その人と今どうなってるんですか」
夏海 「あの人が高校に進学してから一度も会ってないです。しばらくしてどこかに引っ越して、今はどこで何をしているのか」
紗希 「だけどこういうお店で働いてたらまた会えるかもしれないって、バイト先ここにしたんだよね」
夏海 「そうですよ悪いですか!」
紗希 「別に悪いなんて一言も言ってない……」
夏海 「……すいません。今のは言いすぎました。それに本当は自分でも意味無いって判ってるんです。もし彼女がわたしとの約束を覚えていて、守ろうとしていたのならとっくの昔に会えてたはずだから」
尚美 「せめて元気にしてたらいいんだけどね」
華 「私が代わりになってあげようか?」
夏海 「遠慮します」
華 「フラれちゃった」
秋穂 「バカ」


  M-5『ビューティフル・ガール』

夏海 ビューティフル・ガール
遠い日の口づけを覚えてる?

ビューティフル・ガール
遠い日の約束を覚えてる?

彼女はビューティフル・ガール
美しい瞳にわたしを映したくない
だけどあなたと見つめ合いたい

会いたいよビューティフル・ガール

ビューティフル・ガール
どこにいるの?

ビューティフル・ガール
あなたを探している

彼女はビューティフル・ガール
美しい肌をわたしで汚したくない
だけどあなたの手を握りたい

恋しいよビューティフル・ガール

彼女はビューティフル・ガール
きっとわたしは相応しくない人
だけどあなたを抱きしめたい

迎えに来てビューティフル・ガール

恋しいよビューティフル・ガール

迎えに来てビューティフル・ガール

ビューティフル・ガール
もう一度あなたに

ビューティフル・ガール
どこにいるの

教えてビューティフル・ガール
まだわたしを愛してる?

  星入円登場

M-6『仕事と踊って』

円 書類でいっぱいの部屋から逃げてきた
こんなはずじゃないと疲れ果てて

夢を見ていたあの頃
いまは頭が痛いだけ

趣味が仕事
そう言える大人になりたかったけれど
これじゃ無理かもね

やる気の抜けた部屋から逃げてきた
終わらない作業に疲れきって

あこがれを追いかけてたあの頃
いまは何もしたくない

趣味が仕事
そう言える大人になりたかったけれど
これじゃ無理かもね

ずっと夢を叶えることだけ考えてた
でも夢を叶えてからが大変だなんて
どうして誰も教えてくれなかったんだろう

夢を見ていたあの頃
いまは頭が痛いだけ

趣味が仕事
そう言える大人になりたかったけれど
これじゃ無理かもね

あこがれを追いかけてたあの頃
いまは何もしたくない

趣味が仕事
そう言える大人になりたかったけれど
これじゃ無理かもね

趣味が仕事
そう言える大人になりたかったけれど
これじゃ無理かもね

これじゃ無理かもね

これじゃ無理かもね……


  円、席に座る

紗希 「円センセ、お疲れ様です」
円 「ども……」
秋穂 「こんばんは、仕事上がりですか」
円 「いや全然。思いっきし甘いやつお願いします」
秋穂 「『ディスカバリー』にします?」
円 「お願いします」
華 「私がやるよ」

華、カクテルを作る

豊 「学校の先生ですか」
円 「漫画家です。星入円って名前で」
豊 「漫画家さん? すごい」
円 「全然すごくないです、売れてないし人気ないし」
豊 「いやすごいですよ、漫画描けるなんて。どこの雑誌ですか」
紗希 「少年ミラクル」
豊 「少年ミラクルって、わたしでも知ってますよ。女の人が少年ミラクルで連載してるんですか、すごい」
円 「いまどき珍しくもなんともないですよ女性少年漫画家なんて」
尚美 「女性なのか少年なのか判らない」
華 「円さんすいぶんお疲れみたいだね。締め切り間近?」
円 「きょうの十二時までに原稿データ送らないと落ちるって担当さんが」
夏海 「進捗は」
円 「昨日やっとネーム終わって最後のペン入れが十九ページ中十ページ」
豊 「あと九ページって、残り半分じゃないですか」
円 「でもペン入れ一ページだいたい二時間くらいかかるし」
秋穂 「いま何時?」
夏海 「七時半です」
紗希 「あと四時間半」
円 「もうおしまいだあっ」
華 「うんうん、貴女はすごいよ、ここまで頑張ったんだから」

華、カクテルを円の前に差し出す

華 「ここにいる間はゆっくり休んで。私が円さんの疲れを癒してあげるから」
円 「うう、効くう。あたし華さんと一緒に暮らしたい」
華 「いいね。私も円さんと暮らしてみたいな」
秋穂 「またやってる」
豊 「円さんの実家からお叱りが来ませんか」
円 「どゆこと」
豊 「いえ何でも。それより円さんの描いてる漫画ってどういう話なんですか」
円 「やめてくださいほんとマジ読む価値ないんで」
豊 「ミラクルに漫画載せてるのに?」
夏海 「そういうもんなんじゃないですかもの書いてる人って」
秋穂 「円さんの漫画なんてタイトルでしたっけ。たしか」
円 「やめて言わないで恥ずかしいから」
豊 「恥ずかしくなるってどういうタイトルなんですか」
華 「リビング・オン・ザ・エッジ」
円 「うわああっ」
豊 「何がそんなダメなんですか」
夏海 「横文字使ってるからじゃないですか」
円 「やめて」
紗希 「リビング・オン・ザ・エッジは英語の慣用句でギリギリを生きるって意味。主人公の男の子が危険な生き方をするスパイだからって付けたんですよね」
豊 「いいタイトルじゃないですか」
尚美 「だけどオン・ザ・エッジのザはジじゃない? エッジのeは母音だからザをジって読まなきゃ」
円 「それなんですよ、それ! お前はバカかって読者から散々投書が来て叩かれて」
秋穂 「響きはいいと思うんだけどね、ザのほうが」
紗希 「あたし漫画読んでますよ。毎週面白いし、それに生き残りが厳しいミラクルでもうすぐ連載一年ですよ。すごいじゃないですか」
円 「運が良かっただけだもん。打ち切られそうになったときにちょうど他の連載が終わって生き延びただけだから」
秋穂 「運も実力のうちっていうでしょ」
円 「これでもう一生分の運使い果たした」
夏海 「大袈裟な」
尚美 「アニメはやらないの? 鬼滅の刃みたいな」
円 「尚美さん。それあたしみたいな漫画家に一番言っちゃいけない言葉だから二度と言わないでください」
尚美 「ごめんなさい?」
紗希 「鬼滅はともかく、アニメにならないんですか。一年やってたらそろそろ声がかかりそうな気がしますけど」
円 「さあ、今のところは」
華 「まだ極秘だから私たちみたいな部外者に言えないだけだよ」
円 「全然、ちっとも、まったく。音沙汰なし」
華 「ごめんなさい」
円 「もういいんすよ、逃げて原稿落として信頼ガタ落ちして、次の打ち切り候補はあたしに決まってんですから。あたしみたいな底辺漫画家にはお似合いの最後だと思いませんか!」
秋穂 「先生落ち着いて」
豊 「これ大丈夫なんですか」

阿賀野響、三条すみれ登場

響 「そのままにしとけよ、そいつはいつもそんな感じだから」
華 「響さん、すみれさん、いらっしゃい」
すみれ「こんばんはー、響と一緒にいつものやつふたつで。響もそれでいいよね」
響 「ああ」
すみれ「わたしのにはオレンジつけてね」
秋穂 「かしこまりました。紗希」
紗希 「オッケーでーす」

秋穂と紗希、それぞれ響と秋穂のカクテルを作り始める

すみれ 「先生、またお疲れ?」
華 「この通りね」
響 「仮にもプロのくせしてヘラってんじゃねえよ」
円 「プロだろーが何だろーが辛いときは辛いんですう」
尚美 「響ちゃん今日はご機嫌斜め?」
すみれ「ちょっとね」
響 「ほっとけよ」
すみれ「君は初めまして?」

すみれ、豊の隣の座席へ。響、すみれの隣の座席へ

豊 「初めまして。桜内豊です」
すみれ「よろしく豊さん。わたしはすみれで、隣にいるのは響」
豊 「すみれさんと響さん。お二人はお付き合いしてるんですか」
響 「いきなり訊くことかよ」
すみれ「うん。一緒に暮らしてるの」
豊 「同棲ですか」
すみれ「そう」
尚美 「ちなみにふたりが出会ったのはここの店でね」
豊 「そうなんですか?」
華 「昔はここで色んなバンドを呼んでライブを開いてたんだ。そのひとつが響さんがボーカルやってるガールズバンド。そしてそのときの観客の中にすみれさんがいてね」
すみれ「ファンになって追っかけやってたらいつの間にか付き合えちゃった」
響 「だってクソしつけえから」
華 「そのわりには付き合い始めてけっこう浮かれてたじゃないか」
響 「余計なコト言うんじゃねえ」
夏海 「よく聞きますけど、私がバイト始めてから一度もここでライブやってるの見たことないです」
紗希 「あたしも」
尚美 「もうやらないの」
秋穂 「私に先代ほどのツテや人望はありませんから。どうぞ」

秋穂、カクテルを響に差し出す

紗希 「すみれさんもどうぞ」

紗希、カクテルをすみれに差し出す

華 「そうやって自分を卑下することないんじゃないかな」
円 「そうそう、人間自信持たなきゃ」
響 「テメエが言うかよ」
豊 「先代っていうのは?」
秋穂 「前のここの店長のこと」
紗希 「だったら響さんのバンド呼べばいいじゃないですか」
夏海 「私、CD持っててけっこう好きですよ。ライブも見てみたいです」
豊 「わたしも聴いてみたい」
紗希 「すみれさんも見たいでしょ」
すみれ「それはそうなんだけどね」
響 「やらねえよ。Violet Lightは解散だ」
秋穂 「えっ」
紗希 「マジ?」
華 「やめるの、バンド」
響 「解散で他の意味なんてないだろ」
豊 「ばいおれっとらいとって」
すみれ「バンドの名前」
豊 「また横文字」

カクテルを飲んでいた円、むせる

秋穂 「大丈夫ですか」
円 「いや平気」
尚美 「解散って本当?」
響 「こんなウソついてどうすんだよ」
すみれ「バンドのみんなと喧嘩するたびにそんなこと言ってる気がするけどね」
響 「今度は本気だ。あいつらとは二度と顔合わせねえ」
紗希 「そんなこと言っちゃって。本当は……」
響 「うるせえ! Violet Lightはもう終わりなんだよっ」

静まり返る店内

響 「(さすがに少し気まずい)……わり、タバコ吸ってくる。マッチ持ってくから」

響、カウンターにある「Venus」のロゴ入りマッチを手に取る

すみれ 「響」

響、一旦退場

すみれ「ごめんね」
紗希 「いや、すみれさんが謝ることじゃないから。すみれさん全然悪くない」
豊 「歌手がタバコ吸っていいんですか。喉とか……」
尚美 「バンド、もう何年?」
すみれ「今年で九年目」
秋穂 「持ったほうなんじゃないですか」
夏海 「本当に解散するんですか」
すみれ「みんなもうアラサーだから。けっこう焦ってるみたい。それぞれ生活もあるし」
華 「彼女たちには悪いけど、それだけ長いことやって芽が出ないんじゃ、諦めたくなるのも無理はないかもね」
円 「その諦めたくなる所で粘れる人だけですよ。プロの舞台に上がれるのは」
紗希 「円センセ」
円 「まあそれが自分でできれば苦労しないんだけどねー」
夏海 「開き直った」
円 「華さんおかわりちょうだい」
紗希 「円センセ、仕事は」
円 「いいもん、どうせ間に合いっこないし。あ、おかわりさっきよりも甘くお願いね」
華 「しばしお待ちを」

華、円のカクテルを作る

尚美 「私が口出しすることじゃないだろうけど、担当さんから電話来ない?」
円 「それは大丈夫です。ケータイの電源切ったから」
すみれ「それ大丈夫って言えるの」
夏海 「見てみたかったです、Violet Lightのライブ」
紗希 「すみれさんも、響さんが歌うところまた見たいでしょ」
すみれ「まあね、そこで惹かれたわけだし」
豊 「どんな感じだったんですか」
すみれ「エネルギッシュで、すっごくパワフル。だけど本当は寂しくて、誰かに振り向いて欲しそうな……」
豊 「……イメージできない」
すみれ「その頃のわたしがそんな感じだったからそう見えただけかもしれないけど」
華 「恋人に二股かけられて別れたばっかりのときだっけ?」
すみれ「やめてくださいよ、イヤーな思い出だから」
華 「ごめんごめん」
すみれ「やっぱりもう一度バンドのみんなと歌ってるところ、見たいよ。響が一番楽しそうで生き生きしてるのは歌ってる時だから」
秋穂 「先代だったらみんなの仲を取り持てたんだろうな」
華 「やめなよ」
豊 「先代の店長ってどんな人だったんですか」
秋穂 「すごい良い人。ゼロからこの店を開いて、家を出てフラフラしてたわたしを雇ってくれた。ここで働けたおかげで大学に行けたし、感謝してもしきれない。尊敬してたしいまでも尊敬してる」
豊 「今は」
華 「恋人とドイツに移住してね。あそこは同性婚が認められてるから」
尚美 「その時にバトンタッチされたのが秋穂さん」
円 「懐かしいなー。あたしがはじめてオリジナルの漫画描いたとき出版社に持ち込むの勧めてくれたんだよね」
すみれ「オリジナル?」
円 「二次創作じゃなくて、自分でキャラと話考えて書いた漫画のこと」
豊 「その前は何描いてたんですか」
円 「BL二次同人」
豊 「はい?」
円 「イケメンとイケメンが恋愛して戯れる漫画のこと。それを好きな漫画の好きなカプで描いて」
豊 「それは、ゲイの話なんですか」
紗希 「いや元の漫画だとただの男友達だったりすんの」
豊 「どういうこと」
円 「いやあの二人は付き合ってる!」
豊 「訳が判らない」
尚美 「私もよく判らない」
すみれ 「わたしも……」
華 「わたしはなんとなく知ってるけど、円さんほどはね」
円 「しかもそれミラクルの漫画でさあ」
豊 「あの、今描いてる漫画って少年ミラクルの漫画じゃ」
円 「うん」
すみれ「それって大丈夫なんですか」
円 「全然大丈夫じゃない気がする」
豊 「えーっ」
円 「だからいつもバレないか気が気じゃないってワケ、あはは」
尚美 「他人事みたい」
華 「だいぶ酔いが回ってきたみたいだね」
夏海 「これほど無茶苦茶だと逆に憧れますね。人生楽しそうで」
円 「何の話だっけ。推しカプの話?」
秋穂 「先代の話です」
華 「おかわりどうぞ」

華、円にただの水を差し出す

豊 「それただのお水じゃ」
華 「円さんいつもこうなんだ。たいてい一杯目でぐでんぐでんになる」
円 「ふふふ、お水おいしー!」
すみれ「だって」

響、戻る

響 「うっせえな、トイレでも聞こえたぞ」
すみれ「響、落ち着いた?」
響 「……この酔っ払いは」
円 「(酔っ払って)ひっく」
尚美 「向こうのソファで楽にさせたほうがいいんじゃない」
秋穂 「そうですね。華、夏海、お願い」
華 「わたし頭のほう。夏海さんは足のほうお願い」
夏海 「はい」

華と夏海、円をソファまで運ぶ。力なく腰掛ける円

すみれ「お仕事のほう、大丈夫なのかな」
響 「知るか。テメエのケツはテメエで拭かせんだよ」
華 「そのうちお酒醒めるから」
秋穂 「こんなとき先代なら気の利いたこと言えたんだろうな」
華 「いい加減にしなよ」
秋穂 「判ってる。意識しすぎるのも良くないって。でも今日だって、豊さんが楽しめてるのかなって」
豊 「そんなことないです。わたし、今日ここに来て良かったって思ってます」
秋穂 「本当に?」
豊 「あの、わたしこれまで学校で友達と話していてもどこか仲間外れみたいな感じがしてたんです。もちろんみんなそんなつもりはないって思ってますけど、それでもやっぱりわたしとみんなの間に見えない壁みたいなのがあって、自分はふつうじゃないとか、そう感じてて」
紗希 「あるあるネタだね」
豊 「だけど今日ここに来て、わたしと同じ生き方をしてる人とこうやっておしゃべりとかできて、すごく楽しくて嬉しかったんです。秋穂さんや華さんや紗希さん夏海さん、尚美さん円さんすみれさんも、みんな初めて来たわたしに親切で暖かくて……よく判らなくて怖い響さんは別ですけど」
響 「なんでオレだけ」
すみれ 「まあまあ」
豊 「わたしは秋穂さんのこと好きですから。もちろんこの店のことも。だから自信持ってください、秋穂さん」
秋穂 「……ありがとね」

その時、店の玄関が開く

豊 「また新しいお客さんみたいです。今度はどんな人かな」

玄関のほうに目をやる豊、だが現れた人物をみて彼女の顔が固まる

時雨龍馬登場

龍馬 「悪い姉貴、遅くなった」
豊 「えっ」
円 「よっ、グッドイブニーング!」
豊 「えっ?」
龍馬 「帰り道でちょっと……」

秋穂、店に入ってきた龍馬の胸ぐらを摑む

秋穂 「遅い、今何時だと思ってんの」
龍馬 「だから悪かったって言ってるだろ」
響 「下っ端のくせに重役出勤か」
龍馬 「うるさいな」
すみれ「ごめんね龍馬くん」
秋穂 「何度も電話かけたのに何で出なかったの」
龍馬 「電話なんてかかってこなかったぞ」
秋穂 「どういうこと」
紗希 「山奥の電波の届かない場所に行ってたとか」
龍馬 「行ってないし山奥に用事なんかない」
尚美 「もしかして電源消してたりとか」
龍馬 「電源……」

龍馬、自分を摑む秋穂を引き離しポケットから携帯を出す

龍馬 「映画観る前に電源落としたままだった」
秋穂 「バカ。遅れるなら遅れるで電話くらいしてよ」
夏海 「おっちょこちょい」
龍馬 「うるさい」
華 「それより早く着替えてきたら? きみの姉さんはお怒りだよ」
龍馬 「判ったよ。その前に姉貴に渡すものが」
秋穂 「いま仕事中。終わってから。ほら早く」
龍馬 「了解」

龍馬、一旦退場

秋穂 「ったくあいつは」
豊 「秋穂さん」
秋穂 「ごめんなさいねーお客さんの前で恥ずかしいことしちゃって。どうしたの?」
豊 「今の人女の人じゃないですよね」
響 「女に見えたらそれはそれで目ん玉狂ってるけどな」
すみれ「そっか。初めてだからびっくりしたよね」
豊 「誰なんですかあの人。ここ男性出入り禁止でしたよね」
夏海 「あの人はガードマンです。この店の」
豊 「ガードマンって……どういうことですか」
華 「確かにこの店は男性の入店はお断り。でももし無理やり入ろうとする人が出てきたとき、わたしたちだけじゃ対処しきれないでしょ。そこで彼の出番ってわけ」
豊 「秋穂さん」
秋穂 「どうしたの」
豊 「このお店のこと好きじゃなくなりました」
秋穂 「え」
紗希 「いやひっくり返すの早すぎじゃ」
豊 「華さんの言う通りガードマンは必要かもしれません。だけど男の人じゃなくてもいいじゃないですか。もし仕事を投げ出してわたしたちにちょっかいかけてきたらどうするんですか」
すみれ「大丈夫だよ、龍馬くんは秋穂さんの弟だから」
豊 「弟さん」
夏海 「家出してグレてたのを店長が更生させてここで働いてるんです。その前は暴走族のリーダーだったとか」
豊 「暴走族? 暴走族のリーダー?」
響 「呼び方的にはリーダーっていうより総長じゃねえの。暴走族なら」
円 「東リベで言えばマイキーだね」
豊 「どっちも変わりませんよっ」
夏海 「その分腕は悪くないですから」
紗希 「ほら、むやみに野次馬目当ての男の人が寄ってくるよりは、身内の男の子が一人ガードマンとしていてくれるほうがずっといいでしょ」
豊 「それはそうかもしれませんけど」
秋穂 「ごめんね、気を悪くしたら。万が一の時は私が一発シメるから。安心して」
豊 「……判りました。必要悪みたいなものだと思っておきます」

龍馬、戻る。彼の胸元のネクタイが結んでいないまま両肩から垂れ下がっている

龍馬 「そんな言いかたはないだろ。姉貴、ネクタイ結んでくれよ」
秋穂 「いい加減自分でやり方覚えなよ」

秋穂、龍馬のネクタイを結ぶ

華 「龍馬くん、この子は豊さん。今日始めてこの店に来たから、君にちょっとびっくりしちゃったみたい」
豊 「すみません」
龍馬 「どうも、ミスター必要悪だ。おれじゃなくても姉貴がいれば充分だろ。おれより強いくせに」
秋穂 「不埒者を倒しながらカクテルを作れるほどわたしは器用じゃないから。それに緊急時以外は事務所でじっとしてるだけでいいんだよ。スマホもできるしゲームもし放題。世の中こんな楽な仕事他にあると思う?」
龍馬 「暇すぎるのも考えものなんだよ」
響 「贅沢だな、オレが代わりてえくらいだってのに」
秋穂 「はい(ネクタイ)できた」
龍馬 「悪い。じゃあおれ事務所にいるから」

龍馬、退場しようとしたところを先に引き留められる

紗希 「あ、龍馬くん。頼みたいことがあるんだけど」
龍馬 「何だ」
紗希 「外で見張りしてさ、もし見たことない人が来てあたしを探してるって訊かれたらうまいこと追い返してくれないかな」
龍馬 「男か」
紗希 「いや女の子。ちょっとストーカーされてて」
夏海 「まだ気にしてたんですか」
すみれ 「えーなになに気になる」
龍馬 「おれは構わないが男が店の前で門番してるレズビアンバー誰が入るんだ」
紗希 「じゃあじゃあ雪菜ちゃんとか。店の中で待機してもらって」
龍馬 「雪菜をここにか?」
豊 「誰?」
紗希 「来てくれないかな」
華 「迷惑にならない?」
龍馬 「バイト中かもな」
紗希 「電話してみるだけでもさ、お願いっ」
龍馬 「判った判った、頭下げるな」

龍馬、携帯を出し電話をかける

尚美 「迷惑にならない?」
紗希 「大丈夫ですよ、困った時はいつでも呼んでって言ってたから」
夏海 「社交辞令って言葉知ってます?」
龍馬 「(雪菜が電話に出て)もしもし、雪菜。おれだ、久しぶりだな。今大丈夫か。なら良かった。いきなりだが今夜空いてるか。うちまで来てほしい。そうだ、姉貴の店だ。詳しいことはこっちで説明する。判った、それじゃ」

龍馬、携帯をしまう

龍馬 「いま勉のファミレスにいるらしい。もうじきバイト上がりだそうだ」
紗希 「来てくれるんだね」
龍馬 「喜んでだとさ」
紗希 「やったっ」
夏海 「紗希さんじゃなくて龍馬さんの頼みだからなんじゃないですか」
豊 「雪菜さんというのは」
龍馬 「安心しろ、今度は女だ」
華 「彼女は龍馬くんの後輩みたいなものだね。暴走族時代の」
豊 「また暴走族!」
龍馬 「そう言うな。今は立派に更生している」
紗希 「心配しなくていいよ、雪菜ちゃんすっごい良い子だから」
円 「金髪が……いいんだよ」
響 「寝言か?」
すみれ「会ったことないかも」

有村飛鳥登場

華 「(飛鳥に気がついて)いらっしゃいませ」

飛鳥、店内の様子、龍馬の姿を見て入り口で固まる

龍馬 「(気まずくなって)それじゃ事務所にいる。何かあったら」

龍馬、バーのスタッフたちの控え場所である事務所に一旦退場

飛鳥 「ここ、レズビアンバーじゃなかったですか」
華 「合ってますよ」
秋穂 「すみません驚かせて。彼は私の弟で、当店のガードマンです」
飛鳥 「ああ、ガードマン」
夏海 「一名様ですか」
飛鳥 「あっはい一名様です」
華 「ではこちらの席へどうぞ、お客様」
飛鳥 「どもども」

飛鳥、座席へ

夏海、飛鳥の座った席にお冷とメニュー表を出す

夏海 「お冷とメニューです」
飛鳥 「どうも。(メニュー開いて)わあ、初めてだから何が何やらぜんぜん判らない」
豊 「そうなんですか? わたしも初めてなんです、この店に来たの」
飛鳥 「へえ、そうなの」
豊 「わたし豊っていいます。名前教えてくれませんか」
飛鳥 「いいよ。あたし飛鳥」
豊 「飛鳥さん、この人は店長の秋穂さん」
秋穂 「店長の秋穂です」
豊 「この人はバーテンダーの華さん」
華 「初めまして」
豊 「このお二人もバーテンダーの紗希さんと夏海さん。こっちは常連さんの尚美さん」
尚美 「こんばんは。よろしくね」
飛鳥 「こんばんは」
豊 「そこで休んでるのは円さん。円さんは少年ミラクルでやってる漫画家さんなんです」
円 「どーも、売れない漫画家でーす」
飛鳥 「漫画家さん? どういう漫画を」
夏海 「リビング・オン・ザ・エッジ」
飛鳥 「鬼滅とチェンソーマンなら知ってるんだけど」
円 「うがっ」
飛鳥 「どうかしたの」
華 「どうやら最近の漫画家は鬼滅とチェンソーマンに弱いらしいね」
飛鳥 「いけないスイッチ押しちゃったかな」
豊 「このふたりはカップルのすみれさんと響さん。おふたりの出会いはこのバーだそうです」
すみれ「よろしくねー。響はいつもむっつりしてて無愛想にみえるけど、これで結構かわいいとこあるから」
飛鳥 「へえ」
響 「かわいいとか言うんじゃねえ」
すみれ「ほらそういうとこ」
豊 「と、これで全員です」
紗希 「すご、カンペキじゃん」
飛鳥 「さっきのボディーガードの人は?」
豊 「……何でしたっけ」
響 「ひでぇな」
華 「まだあんまり話せてないからからだよ、たぶん」
秋穂 「弟の龍馬です」
夏海 「注文はいかがなされます?」
飛鳥 「ええっと、あたし未成年なのでノンアルで」
豊 「偶然、また同じ。わたしも未成年です」
飛鳥 「豊さんは何選んだの」
豊 「この『サンシャイン』ってカクテル。飛鳥さんも一緒にどうですか」
紗希 「それ一番高いやつだけどね」
飛鳥 「高いやつでいいです。今日バイト代多めに下ろして使うつもりだったんで」
秋穂 「かしこまりました。『サンシャイン』をお作りします」

秋穂、飛鳥のカクテルを作る

尚美 「友達と遊びに行く予定でも?」
飛鳥 「まあ近いですね、あるイミ。わ、本当にシャカシャカしてる」
華 「飛鳥さんはこの店にはどうして?」
飛鳥 「これから人と会う約束があったんですけど、それがナシになっちゃったからどうしよっかなって。せっかくだから前から気になってたレズビアンバーに行ってみようかなって思ってきました」
豊 「またわたしと同じ」
秋穂 「当店のことはどこで」
飛鳥 「ネットのサイトで見て。『東京のおすすめレズビアンバー』って記事にいつも人が少なくてガラガラで快適だって書いてあって」
秋穂 「紗希、今すぐそのサイトに苦情のメール送りつけて」
華 「ムキになるなって」
尚美 「この記事書いた人はいい意味で言ったのかも。そう、いい意味で」
秋穂 「だけど先代の時はそんなこと言われなかった」
夏海 「また始まった」
すみれ「ねえ、今夜会う予定だった人ってどんな人? 飛鳥さんの友だち?」
飛鳥 「マッチングアプリって使ったことあります?」
紗希 「あの噂の」
秋穂 「最近よく聞きますね、使ったことはないけど」
華 「私は前に少し」
尚美 「それって出会い系ってやつでしょ。危険じゃない?」
響 「会ったこともねえ奴と仲良くなろうって気が知れねえな」
すみれ「じゃあ何度も会ったわたしとはオーケーだったんだ?」
響 「今はそのハナシ関係ねえだろ」
円 「イチャついてんじゃねーよ」
響 「イチャついてねえっ」
秋穂 「それで今日はマッチングした人と会う予定だったと」
飛鳥 「その予定だったんですけど」
すみれ「なしになっちゃったの」
飛鳥 「はい。今日になって」
紗希 「もしかしてドタキャンされちゃったとか? かわいそー」
華 「なら私がその人の代わりになってあげようか? 私と楽しい夜を──」
飛鳥 「(遮って)いや、ドタキャンしたのはどっちかというと……(自分を指さす)」
紗希 「え?」
飛鳥 「いやあの、待ち合わせ場所に行くまではいけたんですけど、やっぱり知らない人と会うのが怖くなってそれで……ごめんなさいと」
夏海 「どっちかっていうより完全にあなたがしたほうじゃないですか」
響 「ビビるくらいなら最初からすんじゃねえよ」
飛鳥 「だってハタチになる前に彼女欲しかったんだもん!」
尚美 「相手の子はそれでオッケーしたの?」
飛鳥 「急な予定ができたのでごめんなさいみたいなメッセ送ったら、大丈夫ですから気にしないでくださいって返事が」
秋穂 「嘘ついたの」
飛鳥 「おばあちゃんが桜餅を喉に詰まらせて意識不明の重体だと」
尚美 「本当のおばあさんは」
飛鳥 「たぶんいまごろお風呂入ってます」
紗希 「バチが当たっておばあちゃん溺死しない?」
響 「ばーさん完全にとばっちりだろ」
すみれ「逃げたくなった飛鳥さんの気持ちも判らなくはないけど、やっぱりギリギリでドタキャンしたのはまずかったんじゃない? それも嘘ついてさ。相手の人だって気合い入れてメイクしたり、着てく服選んだりして楽しみにしてたと思うよ」
円 「いや、あたしは逃げるのも勇気だと思うね。えらいっ」
夏海 「実際こうやって逃げてる人が言うと説得力ありますね」
飛鳥 「この人何かしたんですか」
紗希 「漫画の原稿が締め切りに間に合いそうになくて逃げ込んできて」
飛鳥 「あーあ、何で逃げちゃったんだろ。逃げなきゃいまごろ楽しくデートしてたはずなのに」
尚美 「勿体ないことしたのね。外野の勝手な意見だけど」
飛鳥 「あの人メッセのやり取りでいつも優しいんですよ、好きなバンドの曲布教したら聴いて感想言ってくれたりして」
華 「どんな曲?」
飛鳥 「あたしインディーズのバンド発掘するのが趣味で」
秋穂 「へえ、なかなか楽しそうな趣味」
飛鳥 「パチパチロックとか海月雲とか色々好きなんですけど、一番好きなのは聴きはじめの頃に聞いたViolet Lightですね」
すみれ「Violet Light好きなの?」
飛鳥 「もしかして同じファンの人ですか」
すみれ「……うん」
飛鳥 「いいですよねー、Violet Light。ストレートだけどどこかもどかしい歌詞に、それを書いてるボーカルの響のエネルギッシュでパワフルだけど、どこか切ない歌声とか。そういえばそこの人も響って名前でしたよね。偶然!」
すみれ「そうだね」
響 「本当に偶然だな。なあ」

真波侑、登場

侑 「こんばんはー」
華 「侑さん、いらっしゃい」
侑 「今日はなっちゃんとさきちゃんだ。えりちゃんは?」
夏海 「絵理さんはおとといから沖縄へ旅行に」
紗希 「美ら海水族館にジンベイザメ見に行くって」
侑 「へー、そこの二人は新顔?」
豊 「はじめまして、豊です」
飛鳥 「自分も新顔です。飛鳥です」
侑 「よろしく。ねえ秋穂さん聞いてくださいよ」
秋穂 「どうしたんですか」
侑 「今日めっちゃショックなことあって。秋穂さんマッチングアプリって知ってます?」
秋穂 「最近よく聞きますね、使ったことはないけど。飛鳥さん、どうぞ」

秋穂、飛鳥にカクテルを差し出す

飛鳥 「あっはい、どうも」
侑 「今日これからマッチング相手と会う予定だったんですけど、ギリギリになって急にナシになっちゃったんです」
飛鳥 「それは残念ですね。あたしも──」
侑 「実家のおばあちゃんが桜餅を喉に詰まらせて倒れたからって」

飛鳥、話を遮られて飲んでいたカクテルを吹き出す

華 「飛鳥さん」
すみれ「大丈夫」
侑 「どうしたの」
飛鳥 「ゲホッ、いや、ちょっと気管支に入っちゃって、ゲホッ」
秋穂 「紗希、拭いてあげて」
紗希 「はっ、はい」

紗希、紙ナフキンで濡れた箇所を拭く

侑 「ねえ、さっき何て言おうとしてた?」
飛鳥 「いえっ、何でもっ」
夏海 「注文は」
侑 「いつものにさくらんぼで。ちょっとお手洗い借りてきまーす」

侑、一旦退場

紗希 「今の侑さんのマッチングの相手って」

みんな一斉に飛鳥のほうを見る

飛鳥 「あたし?」
尚美 「まさかお餅を喉に詰まらせたおばあさんが他にもいるとは思えないし」
豊 「そもそもお餅を喉に詰まらせたおばあさんはいません」
飛鳥 「バレたらどうしよう」
すみれ「正直に言ったら」
円 「いいんじゃないの。バレるわけないし」
夏海 「同感です。下手に騒ぎになるよりは黙ったままのほうがいい」
飛鳥 「ですよね、じゃあ皆さんそういうことで」

秋穂、侑のカクテルを作る

豊 「わたしはバレなくても正直に言ったほうがいいと思う」
尚美 「言いたいことは判るけど、本人がそうしたいって言うならそうしてあげたら」
響 「あんた、さっきViolet Lightがいいって言ったよな」
飛鳥 「はい。お姉さんも好きなんですか」
響 「最近どう思う。Violet Lightは」
飛鳥 「そうですねー、ここ一年くらいはライブしてなくて寂しいな。新譜も出てないし、解散の噂も出てて」
響 「そうか」
飛鳥 「さっきから思ってたけどお姉さん……(響をよく見て)すごっ、やっぱり! 本物の響だ!」
すみれ「逆に偽物がいるの?」
飛鳥 「一緒に写真撮っていいですか」
響 「ああ、いいぜ」
すみれ「そういうの事務所に止められてるんじゃないの」
響 「いいだろインスタとかに上げるんじゃなきゃ。だろ?」
飛鳥 「……上げるつもりでいました」
響 「そこは嘘でもしないって言っとけよ」
飛鳥 「やっぱやめときます。何かあったら怖いし。あっ、これ見てください」

すみれ、手持ちのカバンからポーチを出し、ポーチのファスナーにつけられているキーホルダーを響に見せる

夏海 「それ何ですか」
すみれ「あっ、懐かし」
尚美 「キーホルダー?」
飛鳥 「アルバム買って抽選でもらえたバンドの名前入りキーホルダーです。ここにシリアルナンバーが入ってて」
秋穂 「ほんとだ、七十七番って」
華 「ラッキーセブンだ」
飛鳥 「貰えたときめちゃくちゃ嬉しくて。限定三百個でしたし」
響 「それ、応募九十九しか来なかったけどな」
飛鳥 「え」
紗希 「惜しい、あと一個」
すみれ「余ったやつ押し入れにあったよね。段ボールに入ったまま」
響 「いるか?」
飛鳥 「……遠慮しときます」

侑、戻る

侑 「みんな何の話?」
すみれ「響のバンドの話」
侑 「聞いたよー解散するんだって?」
響 「まだ辞めるとは決まってねえ」
豊 「でもさっきはもう終わりだって」
円 「未練タラタラじゃんか」
響 「黙ってろよ」
侑 「……(飛鳥のキーホルダーに気づく)ねえ、ちょっとそれ見せて」
飛鳥 「いいですよ」

飛鳥、キーホルダーを付けたポーチを侑に渡す

飛鳥 「あ。あっ、ああっ」
紗希 「どしたの」
飛鳥 「どうしよ」

侑、飛鳥にポーチを返し携帯を出す

侑 「(携帯の画面を見て)やっぱり」
飛鳥 「あああっ」
夏海 「(画面を覗き込んで)これは」
侑 「わたしの使ってるマッチングアプリです」
尚美 「あれ、このアイコン飛鳥ちゃんの持ってるキーホルダーじゃ」
華 「確かに。ナンバー七十七ってある」
侑 「今日わたしが会う予定だった人のアカウントです」
秋穂 「このつばささんというのは」
響 「アカウントの名前だろ。ネットで本名晒すのは警戒心ゼロのバカだけだ」
侑 「何で目を逸らすんですか」
飛鳥 「逸らしてない」
侑 「つばささん」
飛鳥 「はいっ!……あ」
すみれ「反応した」
響 「確定だな、こりゃ」
円 「あちゃー」
侑 「おばあさんが倒れたんじゃないんですか」
飛鳥 「まななさんこれは違くて」
豊 「まななさん?」
侑 「わたしのアカウントの名前です。嘘ついたんですか」
飛鳥 「えっと、その」
侑 「どうなんですか」
飛鳥 「怖くなって嘘つきましたごめんなさい!」
侑 「……そう」

侑、帰り支度をする

尚美 「侑ちゃん?」
侑 「わたしもう帰ります」
飛鳥 「ちょっ、待って」
侑 「良かったですね、わたしをほかって好きなバンドの人と会えて」
紗希 「うわきっつ」
秋穂 「侑さん」
飛鳥 「行かないで」
侑 「わたしに構ってないでそこで仲良くしてたら?」
飛鳥 「待って、お願い。もう一度だけチャンスを」


  M-7『愛のチャンスをもう一度』

飛鳥 誰もいない部屋で泣いている
君に冷たくして

謝ろうと電話をかけたけど
君は出なかった

教えてよ
僕を嫌いになったの

二度としないって約束する
だから愛のチャンスをもう一度

侑 誰も来ない部屋で涙を流す
君に冷たくされて

何度も電話をかけたけど
君は一度も出なかった

教えてよ
私を嫌いになったの

二度とこんな思いさせないで
だから愛のチャンスはもういらない

飛鳥 誰もいない教室で泣いている
君を裏切って

謝ろうと手紙を書いたけど
君は返事しなかった

教えてよ
僕を嫌いになったの

二度としないって約束する
だから愛のチャンスをもう一度

侑 誰も来ない教室で涙を流す
君に裏切られて

何度も手紙を書いたけど
君は一度も返事しなかった

教えてよ
私を嫌いになったの

二度とこんな思いさせないで
だから愛のチャンスはもういらない

飛鳥 僕の気持ちをわかってほしい
本当は君が好きなんだって

侑 君は反省なんかしていない
私を逃して後悔してるだけ

飛鳥・侑 だけど君はわかろうとしないんだ僕(私)の涙を拭わず

飛鳥 誰もいない車両で泣いている
君が判らないまま

何度も家に行ったけど
君は僕を追い返した

教えてよ
僕を嫌いになったの

侑 誰もいない車両で涙を流す
君が判らなくて

何度も家に行ったけど
君は私に会おうとしなかった

教えてよ
私を嫌いになったの

飛鳥 愛のチャンスをもう一度

侑 愛のチャンスはもういらない

飛鳥 愛のチャンスをもう一度

侑 愛のチャンスはもういらない

飛鳥 愛のチャンスをもう一度

侑 愛のチャンスはもういらない


飛鳥 「もう一度だけ! 二度とこんなことしないって約束しますから」
華 「粘るね」
円 「粘るなー」
夏海 「いい加減諦めたほうがいいんじゃないですか」
飛鳥 「こっちは必死なんだよっ」
侑 「あんた、なんでわたしが怒ってるのか全然判ってないでしょ」
飛鳥 「どういうことですか」
侑 「いい? わたしはドタキャンしたことに怒ってるんじゃない。ネットで知り合った人に会うのが怖いって気持ちは判らなくもないし、正直に言ってくれたら残念だけど仕方ないって思えるから。許せないのはドタキャンするために嘘ついたってこと。そこ判ってないとあんたまた同じことやらかすよ。それじゃ」
飛鳥 「まななさんっ」
侑 「二度とその名前で呼ばないで」
飛鳥 「えっ、えーっと……本名なんでしたっけ」
侑 「……侑! あーもう、何でこんなヤツと仲良くなっちゃったかな」
秋穂 「カクテルいちおう用意しましたけど、どうします」
侑 「そうだよ頼んじゃったよ。どうしよう」
紗希 「せっかくだし飲んでいってくださいよ」
尚美 「どうせ高いお金払わなきゃいけないんだから」
侑 「……一杯だけ」
秋穂 「どうぞ」

秋穂、侑にカクテルを差し出す

飛鳥 「あのっ、あたし奢りますから」
侑 「そういうのマジでうざい」
飛鳥 「そんなあ」
響 「諦めろよ」

カウンターにある固定電話が鳴る

豊 「何ですか」
秋穂 「電話です。ちょっとすいません」

秋穂、電話に出る

秋穂 「はいこちらバー『Venus』……司?」
紗希 「えっ、司さん」
秋穂 「行ってもいいかって、いいけどあんた仕事は……今から?」
夏海 「司さん来るんですか」
華 「どうやら今夜はもっとにぎやかなことになりそうだね」
豊 「司さんって誰ですか」
尚美 「うーん、来れば判るかな」
秋穂 「そんな急に言われても……もう店の前に来てる?」

轟司、綾部守登場

司の手もとには携帯電話がある

司 「ハーイ、久しぶり」
秋穂 「司」
夏海 「本当に来ましたね」
司 「ごめんねーアキ、アポ無しで押しかけちゃって」
すみれ「司さんお久しぶりでーす」
司 「ごんばんはすみれちゃん。最近響ちゃんとはどう」
響 「どうもしねえよ大センセイ」
司 「相変わらずむっつりしちゃって。かーわいい」
すみれ「でしょ?」
響 「かわいいって言うなっ」
飛鳥 「ちょっ、この人」
司 「なになにー? どうしたのー?」
豊 「わたし知ってます、女優の轟司さん!」
司 「どーもー、女優の轟司です」
飛鳥 「すごい、本物の轟司だ」
すみれ「逆に偽物がいるの?」
司 「映画の番宣で私のものまねタレントに会ったよ」
侑 「良かったね、ドタキャンしたおかげで好きな歌手に会えて、その上人気女優の司さんと会えたなんて」
飛鳥 「もうやめてくださいよそういうこと言うの!」
司 「どしたの侑ちゃん」
侑 「ヒミツ」
円 「司さん、番宣で王様のブランチに出る予定ある?」
司 「私は出ないよ。どうして」
円 「いや、王様のブランチであたしの漫画宣伝してほしくて」
響 「厚かましいヤツ」
司 「また出れたら紹介する」
円 「ありがとうございます!」
華 「こんばんは。君は初めましてかな?」
守 「(おどおどしながら)……こんばんは」
司 「この子は綾部守。先々月から私の付き人してもらってる新人さん」
秋穂 「よろしく、守さん」

守、こくりと頷く

豊 「どうして国民的女優の轟さんがこの店に」
司 「司でいいよ」
尚美 「秋穂ちゃんとは学生時代からの友だちだよね」
司 「アキとは大学の演劇サークルで会ったんだ」
華 「エリザベス女王がテーマの劇で主役をやってましたね。秋穂さんに誘われて観に行きましたよ」
夏海 「店長は何やったんですか」
秋穂 「森の木Aの役」

一同、沈黙

秋穂 「嘘、冗談」
夏海 「笑いにくいです」
司 「アキは裏方で、役者の衣装と立ち位置の記録係をやってたの」
秋穂 「下っ端のさらに下っ端ってこと。座長とは位が違うわけ」
飛鳥 「店長さんとはどうして仲良く?」
司 「そんなの私がこの店に来てるってことで判るでしょ」
飛鳥 「そっか。えっ、じゃあ司さん」
司 「ここだけの秘密にしてね」
豊 「もしかして秋穂さんと付き合ってたんですか」
秋穂 「いえ、全然」
司 「アキとはふつーに友だち」
円 「別れた相手の店に行くのはキツいでしょ」
紗希 「そう? あたしあんま気にしないタイプですけど」
豊 「マネージャーさんは知ってるんですか。この店のこととか」
守 「マネージャーじゃなくてただの付き人ですけど、はい」
司 「いちおうね。身内以外には内緒だけど」
飛鳥 「カミングアウトすればいいのに」
侑 「してどうすんの。後々面倒くさいだけだから」
豊 「判ってくれる人もいますよ」
夏海 「判ってくれない人もいるってことです」
華 「悲しいことだけどね」
司 「ま、つまりそういうことかな」
豊 「すいません」
司 「君が気にすることないよ。君はいい人たちに恵まれたんだね」
飛鳥 「あの、記念に写真撮っていいですか」
守 「駄目です、それは」
司 「ごめんねー、止められてるんだ」
飛鳥 「サインとかも駄目ですか」
司 「オークションに出てトラブルになったりする可能性もあるから。でも君を信用してないわけじゃないから安心して、誰か一人だけ特別扱いみたいなことにしちゃいけないだけだから」
飛鳥 「すいません、オークションに出すつもり満々でした」
侑 「だから何でそんな変なところで正直なの」

龍馬、戻る

龍馬 「司さん。ちょっといいですか」
司 「龍馬くん」
龍馬 「お久しぶりです、司さん」
司 「久しぶり」
飛鳥 「わ、ガードマン男」
紗希 「マンと男で意味がダブってる」
豊 「何しにきたの」
秋穂 「いや本当に何しにきたの。仕事は」
龍馬 「司さんに要件だけ伝えたら戻る」
紗希 「なんで司さん来たの判ったの」
豊 「まさか盗み聞きしてたとか」
飛鳥 「うわあ、気持ち悪」
龍馬 「失敬な。そんなことしているわけないだろう。直感だ!」
響 「もっと気持ち悪いな!」
司 「用件って?」
龍馬 「司さん。『初恋日和』観に行きました」
司 「観てくれたの」
龍馬 「はい、面白かったです」
司 「ありがとう」
侑 「何だっけ、それ」
華 「今日公開の映画だね。司さんが出てて彼氏役が夏目誠士郎の」
響 「初日から観に行くなんて気合入ってるじゃねーか」
飛鳥 「『初恋日和』ってあれ原作少女漫画じゃ」
尚美 「それがどうしたの」
飛鳥 「いや、この人そういうの観る人だったんだって」
龍馬 「観ちゃ悪いかよ」
司 「龍馬くん、私の出てる映画やドラマは全部観てくれてるんだ」
飛鳥 「つまり大ファン」
夏海 「そう、すっごく」
豊 「……それって」
龍馬 「おれ、舞台挨拶がある回に行って」
司 「中継で?」
龍馬 「いえ、現地で直接」
司 「嘘、全然気づかなかった」
龍馬 「取れたのが後ろの席だったんで」
紗希 「飲み物どうします?」
司 「そうだね、スカッとさわやかなやつがいいな」
秋穂 「『シックスティーフォー』とか?」
司 「うんうん、ライムつけて。守ちゃんは?」
守 「わたしは車の運転があるので」
華 「ノンアルコールもあるよ」
秋穂 「駄目ならジュースもありますよ。カルピスとか」
すみれ「カルピスもシェイカーでシャカシャカして作るの?」
守 「結構です。仕事中だから」
秋穂 「そうですか」
侑 「疲れてる?」
守 「そんなことないです、大丈夫です」
司 「この場所に慣れないからかも。この子ストレートだから」
響 「置いてきゃ良かったじゃねえか」
守 「これが仕事ですから」
尚美 「無理しないほうがいいよ」
龍馬 「何だったら俺が司さんのことを」
秋穂 「いいよ、こっちで何とかするから」
司 「ごめんね龍馬くん、気を遣わせちゃって」
龍馬 「いいえとんでもない」
司 「何の話だったっけ」
龍馬 「映画です。司さんの演技、良かったです」
司 「ありがと、胸キュンした?」
龍馬 「胸キュン……しました、胸キュン」
侑 「龍馬くんの口から胸キュンって言葉出るのウケんだけど」
司 「ごめん、ちょっと手洗い行ってくるね」
龍馬 「どうぞお気になさらず」

司、一旦退場

豊 「……あの、訊いていいですか」
龍馬 「おれか?」
豊 「あなた、司さんのことが好きなんですか」
龍馬 「それは答えなきゃいけない質問なのか」
豊 「好きなんだ」
飛鳥 「好きなんだよ」
龍馬 「別に好きじゃない」
夏海 「みんな知ってますよ、龍馬さんが司さんのこと好きなの」
紗希 「あたしも」
すみれ「わたしも」
円 「あたしもー」
響 「バレてないと思ったのかよ」
龍馬 「だからって本人の前で言うことないだろっ」
侑 「好きでもなきゃ女子向けの恋愛映画を男の子ひとりで観に行ったりしないでしょ。本当にひとりで観に行ったの?」
龍馬 「悪いかよ」
華 「まあそれで楽しめたなら良かったじゃないか。面白かったんでしょう」
龍馬 「……司さんは良かった」
夏海 「司さん以外は良くなかったみたいな言い方」
響 「かわいそーな奴。クソ映画はひとりで観るもんじゃねえぜ。逆に他の奴がいると最高だけどな」
飛鳥 「なんで」
響 「一緒に悪口言って盛り上がれる」
龍馬 「本当にそんなことしてるのかよ」
すみれ 「たまに配信見てね。けっこう楽しいよ」
紗希 「悪い彼氏に染まる彼女じゃん」
尚美 「司ちゃんは知ってるの? 龍馬くんのこと」
秋穂 「知らないと思う。たぶん」
豊 「秋穂さん的にはどうなんですか」
秋穂 「別に。ヘタに口挟まないほうがいいかって」
守 「わたし黙っておいたほうがいいですか。その、映画の件も含めて」
龍馬 「頼む」
華 「ならこの話はここまで。これ以上彼の純情をもてあそぶことはないよ」
豊 「あなたはそれでいいんですか」
龍馬 「何がだよ」
豊 「だって司さんは、その」
龍馬 「そんなの判ってるに決まってるだろ」
夏海 「私は勿体ないと思うけど。せっかく好きな人が近くにいるのに」

司、戻る

司 「ただいまー、何の話してた?」
華 「恋の話だよ。恋バナだ」
司 「えーっ、私恋バナ好きだよ、混ぜて混ぜて」
秋穂 「司、できたよ」

秋穂、司にカクテルを差し出す

司 「ありがと。ねっ、龍馬くんは好きな人いる?」
龍馬 「おれですか」
司 「龍馬くんの恋バナ聞きたい」
龍馬 「好きな人は、います」
司 「いるんだ、だれだれ?」
龍馬 「それは言えません」
紗希 「言っちゃいなよ」
龍馬 「できないですよそんなの」
司 「もしかしてこの中にいる誰かとか」
龍馬 「違います」
司 「またまたそんなこと言っちゃって。たとえ相手がレズビアンでも、人を好きになることは何も悪いことじゃないよ。私は龍馬君のこと、応援してるから!」
龍馬 「……どうも」
雪菜 「(店の外から)失礼します」

西森雪菜、磯貝拓夢、犬飼勉の順に登場

雪菜 「すいません、遅くなりました」
紗希 「雪菜ちゃん」
拓夢 「こんばんは」
勉 「龍馬さん、お久しぶりっす」
龍馬 「よく来てくれたな」
豊 「また男の人!」
龍馬 「紹介しなきゃだめか?」
秋穂 「してあげたら?」
雪菜 「いえ、ウチから話します。ウチは西森雪菜、龍馬さんとは元『関東シティクラッシャーズ』総長と副総長の仲で、今でもお付き合いをさせていただいてます」
飛鳥 「何、そのシティクラッシャーズって」
響 「だっせー横文字」
円 「ぐぎゃっ」
夏海 「また横文字でダメージ」
勉 「ダサいとは失礼な! 関東シティクラッシャーズは世間や大人たちへの怒りを抱える仲間たちが集まって街じゅうをバイクで駆け回り、そして世の中の腐った連中をぶちのめすグループです」
飛鳥 「ぶちのめ……」
勉 「あっ、おれ勉っす。龍馬さんとはその頃から面倒見てもらってます」
拓夢 「ま、簡潔に言えば暴走族だな。おれは拓夢だ、みんな拓って呼んでる」
豊 「やっぱり。その筋の人たちじゃん」
龍馬 「気にするな、もうとっくに潰されたよ。姉貴に」
飛鳥 「店長さんが?」
秋穂 「そんなところにいる弟をほかっとくわけにはいかないでしょ」
華 「文字通りクラッシャーされたわけだね。秋穂さんに」
雪菜 「今でも覚えてます。集会に集まった奴らを次々なぎ倒していくお姉さんの姿。敵ながら痺れました」
響 「いいねえ」
侑 「いやこわ。ターミネーターじゃん」
龍馬 「だからおれじゃなくて姉貴がガードマンやればいいんだよ」
拓夢 「その節はお世話になりました」
司 「みんな今は何やってるの」
勉 「おれはファミレスでバイトしてます。二丁目の『フルートプレート』」
紗希 「あたしよく行ってるとこ。君の顔は見たことないけど」
勉 「おれキッチンですから。拓さんは引っ越し会社で、雪菜さんはカラオケに」
雪菜 「ちょうど店の割引券持ってるんです、どうぞ」

雪菜、人々にカラオケの割引券を配る

すみれ 「ありがとー。前カラオケ行ったのいつだっけ、久しぶりに行く?」
響 「前行った時はハニトー注文して食って一曲も歌わずに帰ったろ」
すみれ 「そうだっけ?」
龍馬 「何だ、ハニトーって」
雪菜 「食パンをくり抜いてアイスとかクリームを乗っけて食べるスイーツです」
龍馬 「聞いてるだけで舌が甘くなるな」
勉 「お姉さん甘いもの好きなんすか」
すみれ「響がね」
豊 「意外」
響 「悪いかよ」
飛鳥 「響がスイーツ好きってのはViolet Lightのファンの間じゃ結構有名なんだ」
尚美 「割引券、今度みんなで使うね」
雪菜 「ありがとうございます。どうぞご贔屓に」
司 「疲れてるみたいだし今度休みとって行ったら? マネジには言っとくから」
守 「いいです、気持ちだけで」
雪菜 「ところで龍馬さん、用ってなんですか」
龍馬 「詳しいことはあいつから聞いてくれ」
紗希 「(手を挙げて)はいはいあいつです。最近あたしをストーカーしてる子がいて」
雪菜 「マジですか」
紗希 「その子がこの店に来ないか心配で」
雪菜 「なるほど、何かあったらウチがそいつを追い払えばいいんですね」
紗希 「うん」
夏海 「考えすぎだと思うけど」
雪菜 「写真とかないっすか」
紗希 「待ってね(携帯を出して)この子」
雪菜 「こいつっすね、このサラサラヘアーの」
紗希 「うん」
雪菜 「判りました、何かあった時はウチが何とかします」
紗希 「ありがとう」
龍馬 「悪かったな、わざわざ呼び出して。断っても良かったんだぞ」
雪菜 「とんでもないです、龍馬さんの頼みとあらばどこにでも」
龍馬 「姉貴、雪菜たちになんか作ってやってくれ。代金は後でおれが払うから」
秋穂 「了解」
雪菜 「そんな、いいですよ。ウチは久々に龍馬さんの顔見たくて来たっていうか」
拓夢 「雪菜さん、ここは龍馬さんのご好意に甘えましょう」
勉 「そうそう。それに龍馬さんも久しぶりに雪菜さんの顔見れて嬉しいでしょ」
龍馬 「まあな。自分の家のようにくつろいでくれ」
雪菜 「はい」
豊 「(龍馬に)用が済んだなら早く戻ったらどうですか」
龍馬 「判ってますよ。それじゃああとは頼んだ」
雪菜 「龍馬さんはどこへ?」
龍馬 「事務所、控え室だ。何かあったら呼んでくれ」
雪菜 「了解っす」
勉 「おれたちもあとで行きます」
龍馬 「司さんもゆっくりしていってください」
司 「はいっ、了解です」
円 「ねえあたしには?」
龍馬 「それじゃ」

龍馬、一旦退場

円 「あたしには?」
司 「雪菜ちゃん、龍馬くんのこと好きなんだね」
雪菜 「いえっ、そんな違うっすよ」
勉 「ご名答、雪菜さんは龍馬さんにぞっこんなんです」
夏海 「ぞっこんって」
雪菜 「バカ! 言うなよ!」
司 「私、けっこう恋の話に関してはカンがいいんだ」
雪菜 「違います」
飛鳥 「変な趣味。あの愛想なしのどこがいいの」
雪菜 「それは龍馬さんのことを判ってないから言えるんです」
紗希 「めちゃくちゃ好きな人のセリフじゃん」
雪菜 「知らない奴からみたらぶっきらぼうに見えるかもしれないけど、龍馬さん、本当はめちゃくちゃ面倒見が良くて優しい人なんです」
すみれ「どんなところが?」
拓夢 「龍馬さんはバカで落ちこぼれのおれたちに勉強を教えてくれた。それもおれたちの頭に合わせてわかりやすく」
侑 「龍馬くんそんなことできんの」
華 「彼と秋穂さんはもともと名家出身のエリートだからね」
豊 「名家?」
華 「大きな声じゃいけないけど(豊の耳元にささやく)」
豊 「嘘」
華 「(豊の耳に息を吹きかける)」
豊 「ひゃんっ」
飛鳥 「どういう家なの」
秋穂 「カムしたら居場所がなくなるような家」
飛鳥 「うわ最悪」
響 「出てって正解なんだよそんな家」
勉 「ともかく、龍馬さんのおかげでおれたちは高校を卒業することができました。本当に感謝してます」
尚美 「いい話だけど塾の広告みたい」
雪菜 「龍馬さん、本当にお姉さん思いなんですよ。ワルになったのもお姉さんを追い出した家が許せなかったからって」
侑 「けっこうカッコいいじゃん」
司 「そういうところが好きなんだ」
雪菜 「はい」
すみれ「好きだって気づいたのはいつ?」
雪菜 「どうなんですかね。いつの間にか気になってたっていうか、でもこれだなっていうのはあって」
飛鳥 「どういうの」
雪菜 「別のグループとの揉め事が片付いてみんなで騒いでた晩に、いつの間にか龍馬さんがいなくなってたんです。どこにいるのか探してたら龍馬さん、近くの廃ビルの屋上にいて、ひとりで夜空を見てたんです。その顔がどこか寂しそうで……ウチはこの人に一生ついていきたいって思いました」
尚美 「ロマンチックね」
拓夢 「龍馬さんほど雪菜さんにふさわしい人はいません。おれらには全然敵わない」
紗希 「えっ、君らも雪菜ちゃんのこと好きなの?」
拓夢 「ずっと前のことです」
勉 「おれと拓さん、雪菜さんに惚れてたんです。見れば判りますけど、雪菜さんいい女だから。拓さんとは中学の時からの付き合いですけど、流石にあの時は殴り合いの大喧嘩をしました」
雪菜 「二人揃ってぐちゃぐちゃの顔でウチに告ってきたから困ったよ」
すみれ「それでどうなったの」
拓夢 「ふられたよ」
勉 「最初から判っちゃいましたけどね。雪菜さんが龍馬さんに惚れてるのはおれも拓さんもなんとなく気づいてましたから」
豊 「じゃあ何で告白なんかしたんですか」
拓夢 「さあな。おれたちなりのけじめだ。たとえ望みがなくても黙ったままじゃいられなかった。そんなとこだ」
勉 「ああやってきちんと告ってふられたからこうして楽しくやってるんです。それにおれも今は彼女いるし」
尚美 「そうなの?」
勉 「拓さんは先月浮気されて別れたけど」
拓夢 「余計なこと言うな(勉の頭をはたく)」
勉 「へへへ」
雪菜 「ウチもおまえらみたいに割り切れたらいいんだけどな」
華 「君は龍馬くんに自分の気持ちを伝える気はないの」
雪菜 「龍馬さんはウチのこと、女として好きじゃないですから」
司 「だけどさっき龍馬くん好きな人がいるって言ってたよ。それってもしかして雪菜ちゃんのことじゃ」
雪菜 「違います。それはウチじゃないです」
司 「そうと決まったわけじゃ」
守 「司さん」
雪菜 「ウチ知ってるんです。龍馬さんが慕っている人が誰なのか」
秋穂 「雪菜ちゃんも知ってたか」
司 「誰なのそれ」
雪菜 「言えません。言ったらウチは龍馬さんを裏切ることになる」
司 「じゃあ訊かないでおくけど、雪菜ちゃんはその人と龍馬くんが一緒になったら幸せ?」
雪菜 「……判らないです。それに龍馬さんの恋は絶対に成就しない恋だから」
司 「どういうこと? やっぱりレズビアンってこと?」
雪菜 「(司を一瞥して)ウチ、自分のことが嫌なんです。龍馬さんの恋が叶わないってことは残念で悲しいけど、心のどこかでそれに喜んでいる自分がいて、それが許せなくて」
飛鳥 「考えすぎだと思うな」
すみれ 「判らなくもないけどね。その気持ち」
雪菜 「こんなこと思ってるウチに、龍馬さんはふさわしくない」
拓夢 「おれはそんなこと思いません」
勉 「そうです。そう思える雪菜さんは本当に優しい人です」


  M-8『愛しいあなたに』

拓夢 あなたを支えて
あなたの力となりたい

あなたが躓いたとき
あなたの傷を癒したい

愛しい人
あなたに幸福のあらんことを

勉 あなたを励まし
あなたの勇気となりたい

あなたが道に迷ったとき
あなたのコンパスとなりたい

愛しい人
あなたに幸福のあらんことを

拓夢・勉 病めるときも
健やかなるときも

あなたの幸福を一緒に探したい
それがわたしの幸福

拓夢 あなたを励まし
あなたの勇気となりたい

勉 あなたが恋をするとき
あなたの手助けとなりたい

拓夢・勉 愛しい人
あなたに幸福のあらんことを

愛しい人
あなたに幸福のあらんことを

愛しい人
あなたに幸福のあらんことを……


拓夢 「龍馬さんほど雪菜さんにふさわしい人はいません。そして雪菜さんほど龍馬さんにふさわしい人はいない」
雪菜 「言い過ぎだ、バカ」
勉 「おれたちがついてきたお二人はそういう人たちです。本当です」
響 「で、おまえらいつまでここにいるつもりなんだよ。ここレズバーだぞ」
拓夢 「え」
勉 「あ」
豊 「そ、そうですよ。早く出て行ってください!」
拓夢 「判った判った、そうせっつかせなくてもいいだろ」

拓夢と勉、席を立つ

  安野美玲登場、店内の様子、龍馬の姿を見て入り口で固まる

勉 「雪菜さん、おれたち龍馬さんのところにいますから」
秋穂 「(美玲に気がついて)あっ、いらっしゃいませ」
勉 「(ノー天気に)いらっしゃーい」

拓夢と勉、一旦退場

美玲 「ここレズバーだよね」
夏海 「さっきもこんなの見た気がする」
紗希 「大丈夫、合ってるから」
秋穂 「お好きな席にどうぞ」

美玲、席に座る

豊 「あなたもここ初めての人? 実はわたしも初めてで」
美玲 「そう」
豊 「紹介するね、この人も初めての飛鳥さんで」
飛鳥 「どうもー」
豊 「この人は店長の秋穂さん。この人はバーテンダーの華さんで」
響 「おい、それ新入りが来るたびにやるつもりかよ」
華 「まあいいじゃないか。君もそのほうがいいでしょう」
美玲 「別に。あたしあんまり人と話すつもりないから」
豊 「この店に来たのに?」
尚美 「でもせめて名前は教えて欲しいな。名前だけでも」
美玲 「安野美玲。これでいい?」
秋穂 「美玲さん、綺麗な名前ね」
美玲 「名前に綺麗とか汚いとかあるの」
夏海 「飲み物はどうします」

夏海、美玲にメニュー表を渡す

美玲 「カルピスで」
紗希 「未成年ならノンアルもあるけど」
美玲 「カルピスで」
秋穂 「かしこまりました。お作りします」
雪菜 「お姉さん、ウチもカルピスお願いします」
秋穂 「ちょっと待ってね」

秋穂、シェイカーでカルピスを作る

すみれ「本当にそれでシャカシャカしてカルピス作ってる」
秋穂 「どうぞ」

秋穂、カルピスを美玲に差し出す

美玲 「……どうも」
華 「それで君はカルピスを飲むためにここに来たのかな、美玲さん」
美玲 「話すつもりはないって言ったでしょ」
侑 「したい通りにさせてあげたら?」
円 「ほおってあげなよ」
華 「やっぱり誰かと話をすればよかったなんて思って帰って欲しくないから。わたしの勝手なエゴだけどね。本当にひとりでいたいならもう話しかけないよ」
雪菜 「そうそう、やらない後悔よりやって後悔」
秋穂 「はい、雪菜ちゃんのカルピス」

秋穂、雪菜にカルピスを差し出す

雪菜 「どもっす。で、あんた何でここに来たんですか」
美玲 「親に外に出ろって言われて。なにもすることないから来た」
飛鳥 「どうしてここに」
美玲 「前から気になってたレズバーに行ってみようと思ってネットで調べて」
秋穂 「ネットの記事でいつもガラガラで空いてるって?」
尚美 「そうひがみっぽくならなくても」
司 「そんなこと書いてあんの」
美玲 「そう書いてあったからここにしたのに……結構人いんじゃん」
紗希 「漫画家もいるし、女優もいるからね」
すみれ「あと歌手もね」
美玲 「ていうかそこの人、もしかして轟司」
司 「どうも。轟司でーす」
美玲 「どうして」
司 「ここに私が来たことは秘密にしてね、と言えば判るかな」
美玲 「判ります。そうされるのがいやなの、知ってるから」
夏海 「あるんですね、アウティングされたこと」
紗希 「ダメだよそんなこと訊いちゃ」
美玲 「いい。あなたもあたしと一緒?」
雪菜 「何すか、そのアウ何とかって」
すみれ「アウティング。自分の性的指向を他の人にばらされること」
響 「少なくともやられて気持ちのいいもんじゃねえな」
飛鳥 「じゃあ隠せばいいのに」
秋穂 「人間、たまには自分の秘密を人に打ち明けたくなる時があるの」
華 「本当は隠した方が良いことでもね。いつも背負ってる重荷を軽くしたいから」
夏海 「だけど聞いた人はその秘密を言いふらしたくなる。言っても自分は傷つかないし、どうして言いたくなったのかなんて知らないから」
雪菜 「ひどいよ、そんなの最低だ。そいつどんな奴なんだよ」
美玲 「高校二年のときの同じクラスの女の子。その子は笑顔がかわいくて綺麗で、いつもあたしに話しかけてくれて親切にしてくれた。向こうはあたしのこと友だちだって言ってたけど、あたしはそれ以上の関係になりたいと思ってた」
雪菜 「つまり彼氏彼女の関係。いや、この場合彼女彼女の関係か」
美玲 「だから三年生になってクラス替えをする前に告白をした。ふられてもいいやって思って。だけど」
豊 「だけど?」


  M-9『3月15日』

美玲 2年生の3月 冷たい雨の降る季節
あの子は私の気持ちを知った
目を閉じて何もかも全て

あの子は何も言わずに走り去った
そして放課後はみんな知っていた

3月15日
彼女は私を裏切った
彼女は私をケダモノのように
みんなの見せ物にした

3月15日
雨より冷たい彼女の言葉が
心に降りしきった日
その日彼女の温かい瞳は
氷のように冷たいナイフになった

彼女はもういなかった
私の好きなあの子は
最初からいなかった

3年生の4月 熱い雨の降る季節
あの子とは離れ離れになっていた
すべては過ぎ去ったこと

すれ違うとあの子は薄ら笑いを浮かべた
すべてはあの日から始まった

3月15日
彼女は私を裏切った
彼女は私をケダモノのように
みんなの見せ物にした

3月15日
雨より冷たい彼女の言葉が
私の心に降りしきった日
その日彼女の温かい瞳は
氷のように冷たいナイフになった

3月15日
彼女は私を裏切った
彼女は私をケダモノのように
みんなの見せ物にした

3月15日
雨より冷たい彼女の言葉が
私の心に降りしきった日
その日彼女の温かい瞳は
氷のように冷たいナイフになった

彼女はもういなかった
私の好きなあの子は
最初からいなかった


美玲 「あの子が今どうしてるのか知らない。あたしもう学校に行ってないから。確かなのはあたしの好きだったあの子はいないってこと。大好きだったのに」
尚美 「今の話、いつのこと?」
美玲 「一年前。それから出席日数が足らなくて留年になった」
響 「おまえ、これからどうすんだよ」
雪菜 「どうするって」
響 「このまま家に帰って、一生ベッドの中で泣いてるつもりかよ」
すみれ 「響」
飛鳥 「響さん」
雪菜 「だってもうどうしていいのか判んない。いまさら学校には戻れないしこんな引きこもりが社会に出ることなんかできないでしょ」
響 「じゃあテメエの人生そのクソ女にぶち壊しにされたままで良いのかよっ」


  M-10『BADガール』

響 街の喧騒の中でお前は立ち尽くす
そこでおまえは何をしている

恨みつらみを吐くだけじゃ
あいつは越えられない

聞けよBADガール
お前はどうしたい

窓のない小屋でお前は俯いている
そこでおまえは一生暮らすのか

めそめそしているだけじゃ
あいつは越えられない

言ってみろよBADガール
お前はどこへ行きたい

顔を上げろBADガール
泣いたって誰も助けてくれない

拳を突き上げろBADガール
天を切り裂くほどのパワーで

行くべき道は自分で決めろ
地図を探している暇はないさBADガール

覚めない夢にお前は閉じこもる
いつまで寝ているつもりだ

記憶に縋っていても
あいつは二度と振り向かない

聞けよBADガール
お前はなぜ生きる

誰もいない遊園地でお前は動かない
そこにおまえは一生いるのか

慰めを待っているだけじゃ
誰もそこには来ない

言ってみろよBADガール
お前はどう生きる

顔を上げろBADガール
泣いたって誰も助けてくれない

拳を突き上げろBADガール
天を切り裂くほどのパワーで

行くべき道は自分で決めろ
地図を探している暇はないさBADガール

美玲 うらぎられた
世界でいちばん好きだった人に

うらぎられた
パパより好きだった人に

響 ……蹴飛ばしちまえよ!

顔を上げろBADガール
泣いても誰も助けてくれない

拳を突き上げろBADガール
天を切り裂くほどのパワーで

行くべき道は自分で決めろ
地図を探している暇はないさBADガール

顔を上げろBADガール
泣いても誰も助けてはくれない

拳を突き上げろBADガール
天を切り裂くほどのパワーで

行くべき道は自分で決めろ
地図を探している暇はないさBADガール

BADガール


雪菜 「なあ。ウチ、中学高校の時はずっと不良やってたんだ」
美玲 「急に何の話」
雪菜 「まあ聞きなよ。親も先公もみんなウチのこと、まともな大人にならないって言ってた。だけどウチはいまきちんと働いて、龍馬さんやお姉さんやここにいる人たちみんなと仲良くしてもらって、まともかは判らないけど大人としてしっかりやってるつもりだよ。あんたまだ一年だろ。いくらでも取り返しはつくって」
美玲 「だけどまた裏切られるのが怖い。好きになった人に裏切られるなんてあたしもう嫌だよ」
響 「じゃあ殻の中で一生傷付かずに閉じこもってろよ」
美玲 「そんな言い方」
響 「この先どうするかはお前自身が決めろ。あとは知らねえ」
飛鳥 「美玲ちゃん、すごいよ。だって今日思い切ってこの店に来たんだよ。あたしだったら何もしないでそのまま家に帰っちゃうな。それができるんだから、すごいよ、本当。だからきっと大丈夫」
美玲 「あの」
飛鳥 「どうしたの」
美玲 「そこの人すごい顔色悪くなってるけど」
司 「えっ」

顔面蒼白の守

司 「ねえ大丈夫? やっぱり車戻る?」
守 「いいです、ごめんなさい」
飛鳥 「もしかして今のあたしの話聞こえてなかった? 聞こえてなかった? 結構いいこと言ったつもりなんだけど」
侑 「うるさい」
紗希 「ちょっと話の空気が重すぎたかな」
守 「そうじゃなくて、皆さん真剣に生きてるのに、わたしだけ」
司 「そんなことないよ、守ちゃんは頑張ってる」
円 「そうそう、人間生きてるだけでエライよ」
すみれ「とりあえず落ち着かせたほうがいいんじゃ」
守 「お手洗いお借りします。すいません」

守、一旦退場

紗希 「急にどうしたのかな」
司 「まいってるのかもね。まだ新人なのに毎晩夜遅くまで仕事だから。休んでいいのに無理しちゃって。おまけにこんなところまで付き添わせちゃってさ」
秋穂 「悪かったわね、こんなところで」
司 「ごめんごめん」
豊 「真剣に生きてないの、たぶんわたしです」
紗希 「豊さんまで」
豊 「周りに恵まれて、それに甘えて。みなさんと違って」
尚美 「気にしないで甘えればいいと思うけど」
華 「そうやって考えられるのが、豊さんが真剣に生きてる証拠だよ」
すみれ「それにしても守さん大丈夫かな」
夏海 「今にも死にそうな顔してましたけど」
司 「真面目なんだ、あの子。生真面目で。正直というか、嘘をつくこと知らないっていうか、社交辞令とか素直に受け取っちゃうタイプで。前も映画の番宣で出た番組のプロデューサーさんが映画観に行きたいって言ったのをあの子が聞いて、鑑賞券送ったら露骨に困った顔されたみたいで……ちょっと落ち込んでた」
雪菜 「いい人じゃないっすか」
響 「悪く言えばおめでたい奴だな」
司 「そうだね。この業界いろんな人のいろんな思惑とか打算があるから。人を疑うことができないタチだから振り回されるわけだよ、純粋すぎてさ。だけど、そういうところが私にとって──」
秋穂 「惹かれるってわけ?」
豊 「そうなんですか」
司 「何で判ったの」
秋穂 「何度あんたの恋の始まりと終わりを見届けたと思ってんの」
円 「強者アピじゃん」
夏海 「本人は知ってるんですか、そのこと」
紗希 「まっさかー、知られたら一大事だよ。ですよね」
司 「なんだけどね」

残された守の鞄から振動音が鳴る

尚美 「誰の携帯?」
飛鳥 「あたしのじゃないですよ」
雪菜 「ウチも違います」
司 「守ちゃんの。鞄に入れっぱ」

守の鞄から携帯を出す司

司 「米野木さんからだ」
秋穂 「誰」
司 「知らない人」
秋穂 「何で知ってる人みたいに言ったの」
司 「たぶん仕事関係の人だよ。代わりに出とこ」
豊 「勝手に出ていいんですか」
司 「出なかったら向こうも困るから。もしもし」

司、電話に出る。携帯からは男性の、米野木俊輔の声が聞こえる

俊輔声『もしもし、おれだ。轟がレズバーに出入りしている証拠は手に入ったのか』
司 「えっ」
俊輔声『おい、お前、綾部じゃないのか。まさか轟司か』
司 「あなた誰」
紗希 「ねえどういうこと、どうなってんの」
夏海 「司さんがこの店に来ていることを、守さんが電話相手に横流ししてるんです」
飛鳥 「なんで」
侑 「考えてみなよ、人気女優の司さんが同性愛者ってマスコミが知ったら大ニュースになるんだよ」
豊 「でもどうしてそんなことを」

守、戻っていた

司 「守ちゃん」
守 「ごめんなさい」
雪菜 「あんた、一体何やってんですかっ」
守 「ごめんなさいっ」

守、店の玄関へ逃げ出し一旦退場

司 「守ちゃんっ」
紗希 「やばいよどうするの」

雪菜、席を立って龍馬たちのいる事務所に向かって叫ぶ

雪菜 「みんなーっ、龍馬さーんっ、来てください、今すぐっ」

龍馬、拓夢と勉、戻る

勉 「何すか何すか」
龍馬 「何があった」
雪菜 「龍馬さん、司さんと一緒に来ていた人が、司さんがこの店に来てることを誰かに漏らしてたんです」
龍馬 「どういうことだ」
拓夢 「いま何処にいるんですか」
華 「ここにはいない。店を飛び出してどこかに」
龍馬 「それに誰かって誰だ」
俊輔声『おい、聞いてるか。こうなったら面と向かって話し合おう。二丁目のコインパーキングで待ってる。じゃあ』

電話先の俊輔、通話を切る

雪菜 「こいつです。米野木っていうらしいです」
龍馬 「拓、雪菜とあの女を探せ」
拓夢 「了解です」
雪菜 「龍馬さんは」
龍馬 「おれは勉とその電話の野郎を捕まえに行く」
雪菜 「判りました、行ってきます。拓、行こう」
拓夢 「はい」

雪菜と拓夢、一旦退場

秋穂 「ちょっと、お店は」
龍馬 「姉貴たちは司さんを頼む。司さん、すぐ戻ってきますから。勉、行くぞ」
勉 「は、はいっ」
秋穂 「ちょっと!」

龍馬と勉、一旦退場

飛鳥 「行っちゃった」
響 「けっ、面倒くせえことになったな」
司 「どうしよう、どうしよう、守ちゃん……」
秋穂 「司っ」
華 「司さん、落ち着いて」
すみれ「あの子、どうしてあんなこと」
美玲 「やっぱりそうなんだよ、みんな」

藤森杏奈、登場

華 「秋穂さん、お客さんが」
秋穂 「す、すいません、気づかず」
杏奈 「あの、わたし人を探してるんですけど」
秋穂 「うちのバーテンダーでしょうか」

紗希、杏奈の正体に気づく

紗希 「あ……」
杏奈 「やっぱりここにいた! 紗希さん!」
紗希 「あ、あ、ああっ」
豊 「どうしたんですかっ」
華 「しっかりして!」
夏海 「まさか、この人が例のストーカー……」
飛鳥 「えっ、ストーカーっ?」
響 「はぁ?」
紗希 「う、うわああああああっ」


第二幕につづく 


【第二幕】

バー『Venus(ヴィーナス)』の店内

店内には時雨秋穂、桃木華、蘇芳紗希、布瀬夏海、轟司、桜内豊、星入円、土方尚美、阿賀野響、三条すみれ、有村飛鳥、真波侑、安野美玲、そして藤森杏奈がいる

秋穂、カウンターにある固定電話で通話している

秋穂 「……はい、はい。判りました、ありがとうございます。では」

秋穂、電話を切る

尚美 「どうだった?」
秋穂 「近くの交番からお巡りさんがひとり来てくれるって」
豊 「女の人ですか」
秋穂 「……ごめん、聞いてなかった」
紗希 「どっちでもいいですよあたしを守ってくれるならっ」
秋穂 「……ごめん、司の話しかしてなかった」
紗希 「なんで忘れちゃうんですかっ」
杏奈 「紗希さん何かあったんですか。命狙われてるとか」
紗希 「杏奈ちゃんのことだよっ」
杏奈 「わたし?」
華 「どうやら話が噛み合ってないようだね」
尚美 「杏奈さんの話も聞いてみたら? もしかしたら誤解があるのかも」
紗希 「誤解も何もあるわけないでしょ! ストーカーなんだよっ」
杏奈 「えっ、ストーカーがいるんですか」
紗希 「だから杏奈ちゃんのことだよっ」
杏奈 「わたし、ストーカーじゃないですよ」
紗希 「嘘だっ、でなきゃこんなところに来ない!」
秋穂 「こんなところで悪かったわね!」
飛鳥 「だけど実際どうやってここまで来たの」
杏奈 「紗希さんのインスタの背景にこの店のマッチがちらっと。あっこれ」

杏奈、カウンターにある「Venus」のロゴ入りマッチを手に取る

紗希 「やっぱホンモノだよっ」
すみれ「さすがにこれはストーカーって言われても仕方ないかな」
響 「よく言うよ、オメーもオレの追っかけやってたくせに」
円 「お? 惚気か?」
杏奈 「だからストーカーじゃないんですっ」
紗希 「ストーカーはみんなそう言うんだっ」
侑 「ねえこれ無限に繰り返すの?」
秋穂 「あなた、紗希のこと何だと思ってるの。誤解があるなら正せばいいし、本当にストーカーだったとしたらそれなりの対応をとらせてもらうことになるけど」
華 「実のところを聞かせてほしいな」
杏奈 「その、わたしはただ最近紗希さん学校に来ないから心配で」
侑 「だからってその探し方はやばいでしょ」
夏海 「紗希さんはあなたのことが怖くなって学校に行けなくなったって言ってますけど」
杏奈 「怖いんですか、わたし?」
紗希 「怖かったんだよっ」
夏海 「四六時中ついてきて耐えられなくなったって」
杏奈 「だって、友だちならそれくらいするって」
豊 「友だちでも、それはちょっとイヤ……」
杏奈 「だけど友だちっていつでも一緒にいるもんじゃ」
美玲 「あんたその人以外に友だちいないの?」
豊 「美玲さん」
杏奈 「そうなんです」
飛鳥 「合ってた」
すみれ「何で判ったの」
美玲 「他人との付き合い方判ってなさそうな人間のセリフっぽかったから」
杏奈 「紗希さんが初めての友だちだったんです。わたし、高校までずっと陰キャでキモオタで誰とも話せなくて、まあ今もそうなんですけど」
尚美 「自分のことそこまで言う?」
杏奈 「大学も男子が苦手だったから女子大にしたけど……よくよく考えてみれば別に女子も得意じゃなかった」
夏海 「紗希さんとはどう知り合ったんですか」
杏奈 「わたし、こんなだから大学でもどこのサークルに入るつもりなくて。だけどなんとなく漫画サークルだけ見て帰ろうと思ったら」
華 「そこに紗希さんがいて、誘われた」
杏奈 「そうです」
すみれ「恋の始まりとしては最高だね」
杏奈 「なんで恋なんですか」
すみれ「いや、ごめん」
杏奈 「なんで謝るんですか」
響 「聞いてやんなよ」
秋穂 「続けて」
杏奈 「一緒にサークルに入って、紗希さんには本当によくしてもらって。こんな人初めてで」
飛鳥 「なんかエロいね」
杏奈 「何がエロいんですか」
飛鳥 「ごめん」
秋穂 「続けて」
杏奈 「私、紗希さんと会うまでずっと一人でやってけるって思ってたけど、自分と気が合って話をしてくれる人がいるのって、こんなにいいものなんだって初めて知りました。だけどその分いつもいてくれないと不安になって」
華 「エスカレートしてしまった、と」
杏奈 「迷惑だったですか」
紗希 「……迷惑っていうか、その」
杏奈 「やっぱ人付き合い向いてないんですかね、わたし。慣れないことして調子乗って迷惑かけて……ごめんなさい、わたし死にます」
飛鳥 「死っ?」
すみれ「そんないきなり死ぬことないんじゃ」
杏奈 「いいんです! あたし家帰って死にます! ゴキブリホイホイに捕まってゴキブリらしく死ぬんだあっ」
秋穂 「落ち着いて」
響 「ギャーギャー騒ぐな! 死にてえなら一人で大人しく死ねっ」
杏奈 「(一瞬沈黙し、泣き喚く)」
侑 「言い過ぎなんじゃない?」
響 「構って欲しいだけなんだよこの手の奴は」
美玲 「あたし、この人悪い人じゃないと思う。たぶんだけど」
夏海 「それで、紗希さんは?」
紗希 「……そりゃあたしだって最初は嬉しかったよ、仲良くなれて。でも朝から夜遅くまで大量にライン送って電話してきて、他の人と会うのも許してくれなくて」
豊 「それは良くないと思う」
杏奈 「それは、紗希さんには友だちが沢山いてもわたしには紗希さんしかいないから」
司 「判らなくもないかな、その気持ち」
秋穂 「司」
紗希 「知らないよそんなの。あたしは不安だったんだよ、いつも」


M-11『不安にしないで』

紗希 ベッドのなかでくるまる夜
だけど僕は眠れない

重いまぶたを閉じても
僕はまだ眠れない

たぶんそれは不安だから
たまらなく不安だから

それは不安だから
きみが傷つけないか不安だから

僕を不安にしないで
心がぐらついているんだ

僕を不安にしないで
心の隙間に風が吹くんだ

安らぎが欲しい

杏奈 頭が石のように重い夜
だけど僕は眠れない

全身が疲れ果てても
僕はまだ眠れないんだ

たぶんそれは不安だから
どうしようもなく不安だから

それは不安だから
きみを傷つけないか不安だから

僕を不安にしないで
心がぐらついているんだ

僕を不安にしないで
心の隙間に風が吹くんだ

安らぎが欲しい

紗希・杏奈 僕を不安にしないで
心がぐらついているんだ

僕を不安にしないで
心の隙間に風が吹くんだ

僕を不安にしないで
心がぐらついているんだ

僕を不安にしないで
心の隙間に風が吹くんだ

杏奈 安らぎが欲しい

紗希・杏奈 僕を不安にしないで
心がぐらついているんだ

僕を不安にしないで
心の隙間に風が吹くんだ

紗希 安らぎが欲しい……

杏奈 「すいませんでした」
華 「泣いていいんだよ。これから君は失敗するたびに少しずついい方向へ向かっていくんだから。次はわたしなんてどうかな」
秋穂 「(華の頭をひっぱたく)」
華 「痛っ!」
秋穂 「ちょっといいこと言ったと思ったら。バカ」
豊 「司さん、さっきのって」
司 「んー、個人的なアレやコレ」
夏海 「まあ良かったんじゃないですか。ナイフでも持って迫ってくる危ないストーカーだったわけでもないし。それに何かあったら、紗希さんに適当なこと言ったわたしの責任ですから」
紗希 「心配してくれてたの」
夏海 「そんなこと言ってません。わたしが会いたい人に会いたくても会えないのに、紗希さんの前には会いたくなかった人が出てくるのが気に入らなかっただけです」
杏奈 「本当にごめんなさい、紗希さんが本当に怖かったの知らなくて」
紗希 「いや、もういいから」
円 「あのさ、あたしも学生時代、ぜーんぜん友だちいなかったんだよね」
杏奈 「はあ」
円 「それでね、コミュ症だから人付き合いしなくても良さそうな漫画家になろうと思ったんだ。そこそこ同人で経験はあったし、自分は才能があるかもしれないって自信もあったから。だけど実際に自力で漫画を描いたり、取材をしたり、自分の漫画を雑誌に載せてもらうためには結局色んな人と話をしなきゃいけなかったりお説教されたりして、まあコテンパンにされたわけよ」
杏奈 「辛くないんですか」
円 「そりゃあ辛いよ。何度もやめようと思った。でも何だかんだ楽しくやってる。鬼みたいな担当と毎週やりあうのも、わりとね」
響 「仕事から逃げてるくせにな」
円 「いいじゃん別に! 励まそうとしてるんだからさ!」
杏奈 「あの、漫画って何を」
紗希 「……リビング・オン・ザ・エッジの星入円先生」
杏奈 「えっ、リビングの?」
飛鳥 「家のリビングみたいな呼びかた」
円 「読んでるの?」
杏奈 「あっ、握手してください」
紗希 「杏奈ちゃん、大ファンなんです」
円 「ど、どうも」
杏奈 「毎週読んでます。忍くんマジかっこよくて葵ちゃんめちゃかわいくて、うわ、やば、無理無理無理……」
豊 「えっ、ダメなんですか」
杏奈 「尊すぎる」
美玲 「どっちよ」
すみれ「でも元気になったみたい」
響 「ちゃんといるじゃねえかよ、こういう奴」
円 「そうだね」
杏奈 「今晩は仕事の気分転換に?」
円 「えっ? えーっとそんなとこ」
夏海 「十二時とっくに過ぎてますね」
杏奈 「どうしたんですか?」
円 「いや何でも。だけどそっかあ、ファンか。いるんだな」
尚美 「ファンレターとか来ないの?」
円 「あるにはあるけど何書いてあるか判らないから読むの怖くて」
響 「読めよ。読むのも勇気いるけど書くほうはもっと勇気がいるんだからな」
すみれ「響、いいこと言う」
響 「うるせえ」
円 「だよね。帰ったら読むよ」
侑 「センセ、なんか調子良くなってきた」
円 「今からでも頑張んなきゃダメかな」
杏奈 「応援してます。わたし、先生のこと尊敬してます」
円 「そう? あたしより司さんのほうがここにいるなかじゃすごいと思うけどな」
尚美 「素直に喜べばいいのに」
杏奈 「司さん?」
円 「ほら」
杏奈 「(司のほうを見て)……誰ですか?」
円 「えっ」
司 「え」
華 「ほら、知らないかな。女優の轟司さん」
杏奈 「さあ」
豊 「うそ」
飛鳥 「マジで言ってる?」
紗希 「杏奈ちゃん、漫画とアニメとゲーム以外よく知らないから」
侑 「ガチガチのオタクじゃん」
杏奈 「そうですけど」
夏海 「本当に知らないんですか」
紗希 「綾瀬はるかと石原さとみの見分けがつかないくらいで」
すみれ「興味ないんだ……」
美玲 「偏りがひどいね」
司 「そっか、私のことまだ知らない人いたかあ。だいぶ自信あったんだけどな。でもこれからもっと有名になるよ。何てったっていま話題のLGBTだからね。色んな番組とか雑誌に引っ張りだこになって、性的マイノリティの代表者として講演なんかしちゃってさ。それでみんなもっと私のこと知って……(涙は流れず瞳を潤ませ、声にならない嗚咽を繰り返す)」

西森雪菜と磯貝拓夢、綾部守を引き連れて戻る

雪菜 「遅くなりました」
秋穂 「雪菜ちゃん」
雪菜 「捕まえてきましたよ」
紗希 「どこにいたの」
拓夢 「灯台下暗し。向かいのファミマだ」
司 「守ちゃん」

時雨龍馬と犬飼勉、米野木俊輔を引き連れて戻る

勉 「どけどけーい!」
龍馬 「司さん、連れてきました。こいつです」
雪菜 「龍馬さん、そいつが」
龍馬 「そうだ。こいつが電話の相手の米野木です。ほら、立て」
俊輔 「……米野木俊介だ。フリーで芸能ライターやってる」

俊輔、名刺を出して司に渡す

司 「米野木……」
勉 「ゴシップ記者だそうです」
尚美 「ゴシップって、文春砲みたいな?」
俊輔 「文春に載せてくれたことはないけどな」
司 「でも私のネタなら文春に売るには充分。それで守ちゃんに接触を?」
俊輔 「ご明察。良く判ってるじゃねえか」
龍馬 「姉貴、警察は」
秋穂 「いま来てもらってるところ」
杏奈 「この人何か悪いことしたんですか」
守 「わたしが悪いんですっ」
紗希 「……ちょっと、こっち。あたしが説明する」

紗希、杏奈を片隅に呼び寄せる

秋穂 「(守に)どうして司を裏切るようなマネしたの?」
夏海 「店長」
秋穂 「司のことが嫌いなの? それともお金目当て?」
華 「秋穂さんやめよう、そんな尋問みたいなこと」
秋穂 「あなた、司がどれだけ辛い思いしたのか判ってる?」
司 「アキ、いいよ」
秋穂 「でも」
司 「いいから」
龍馬 「少なくともこいつ(俊輔)は無罪放免ってわけにはいかないな」
俊輔 「あくまで取引に応じたのはそこの女だ。恨むならそいつを恨めよ」
勉 「きったねー! 完全に言い訳ですよ」
拓夢 「責任逃れだな」
守 「いえ、わたしが全部悪いんです。ごめんなさい」
響 「ごめんごめんって、お前それしか言えねえのかよ」
尚美 「少なくともどうしてこんなことしたのか言ってみないと」
豊 「守さんは嘘のつけない正直な人だってさっき司さん言ってました。どうしてこんなことを」
すみれ「なにか理由があるとか」
侑 「まさかこいつに脅されたんじゃ」
俊輔 「人聞きの悪いことを言うな」
雪菜 「じゃあどうしたんだよ」
俊輔 「さっきも言ったがおれは芸能ライターだ。ネタを手に入れるために業界の連中には片っ端からコンタクトをとるようにしてる。当然ほとんどは門前払いだが、綾部守は違った。そいつはおれの接触に応じた。金と引き換えにな」
杏奈 「司さんがここに来ていることをあなたに」
俊輔 「そうだ」
杏奈 「何でここに来ちゃいけないんですか?」
俊輔 「あんた、ここどこだか知らないでいるのか」
紗希 「この子はなんていうか、ちょっと」
飛鳥 「根本的なところ話してないんですか」
紗希 「だってそれ言ったらあたしのことも言わなきゃいけないじゃん」
夏海 「いまさら隠してもしょうがないでしょ」
俊輔 「あんたらのことは知らんがおれから言おう。人気女優の轟司がこのレズバーに通う同性愛者だということが判れば、これはセンセーショナルなスクープになる」
杏奈 「れっ、って、紗希さん」
紗希 「はい」
杏奈 「わたしと仲良くなったのも、もしかして」
すみれ「でもビアンだからってそうとは限らないから」
尚美 「そうよね、紗希ちゃん」
紗希 「あわよくばと思ってました。すみませんでした」
華 「紗希さん」
杏奈 「……あの、わたし、そういうのに理解はあるから大丈夫です」
紗希 「やめて! それ一番しんどいやつだから!」
俊輔 「とにかくだ。その情報を聞いたとき、おれは出版社に売り込めるだけの証拠を掴まなきゃいけないと思った。綾部にレコーダーを持たせてな」

秋穂、カウンターにある守の鞄を漁ってICレコーダーを見つけ、取り出す

豊 「そんなことして恥ずかしいと思わないんですか」
俊輔 「そんなんでこの商売やってられるかよ」
侑 「ねえ、わたし前からそういうパパラッチっていうの? すっごいムカつくって思ってたんだよね。いつか会ったらいろいろ言ってやろうって思ってたんだけど」
俊輔 「好きにしろよ。何を言われようとおれはこの仕事をやめるつもりはない」
豊 「ひどい」
美玲 「最低」
侑 「ろくでなし」
飛鳥 「(流れに乗ろうとして)バ、バカヤロー!」


  M-12『SCANDAL GUY』

俊輔 芝生に踏み込みカメラを構える
ファインダーのなかでやつは何も知らずに呑気してる
週刊誌の見出しになると知らずに

剣より強いペンを使いこなすには
悪知恵が必要なのさ

石を投げたきゃ好きにしろ
気の済むまでやればいい
だけど最後に笑うのは誰かな

この世は最低だと知った
だから俺は一番最低のクズになる

ボロのコートを着て社交場でカメラを構える
テープのなかでやつは何も知らずに呑気してる
ワイドショーのネタになると知らずに

美しい鱗を引き剥がすんだ
痛々しい傷をあざわらって

指をさされたって構わない
瓦礫の町と骨だけになったおまえの前で
俺は親指を下に突き出す

この世は最低だと知った
だから俺は一番最低のクズになる

コーラス (最低だ米野木俊輔)
(最低のクズだ米野木俊輔)

(最低だ米野木俊輔)
(最低のクズだ米野木俊輔)
(史上最低のクズだ米野木俊輔)

(最低だ米野木俊輔)
(最低のクズだ米野木俊輔)

(最低だ米野木俊輔)
(最低のクズだ米野木俊輔)
(史上最低のクズだ米野木俊輔)

俊輔 好きにやらせろよ

美しい鱗を引き剥がすんだ
痛々しい傷をあざわらって

指をさされたって構わない
瓦礫の町と骨だけになったおまえの前で
俺は親指を下に突き出す

この世は最低だと知った
だから俺は一番最低のクズになる

この世は最低だと知った
だから俺は一番最低のクズになる

この世は最低だと知った
だから俺は一番最低のクズになる


俊輔 「おれだってバカじゃない。いつか背中刺されるの覚悟でこの仕事やってる」
龍馬 「開き直って済むと思っているのかっ(俊輔の胸ぐらを摑む)」
秋穂 「龍馬っ」
司 「止めて龍馬くんっ」
龍馬 「こいつをこのまま野放しにするんですかっ」
俊輔 「おればっかり袋叩きにすることないだろう。綾部の話も聞いたらどうなんだ。確かに誘ったのはおれだが話に乗ったのはやつだ」
秋穂 「ムカつくけどそれは同感。守さん、話して」
司 「アキ、もういいって」
秋穂 「じゃああなたどうするつもり? 自分を裏切った人とこれからも平気で仕事を続けられるっていうの?」
司 「それは」
守 「いいんです司さん」
司 「守ちゃん」
守 「もういいんです。全てお話します」
尚美 「お金に困ってたからやったの? その人からお金をもらってたってことは」
守 「はい」
俊輔 「正確に言えば報酬を渡すのは、ここでの会話が入ったレコーダーを受け取ってからだ。それよりいい加減離してくれよ」
龍馬 「……(俊輔の胸ぐらを摑んでいた手を離す)」
司 「お金くらい必要だったらいくらでも貸したのに」
守 「だけど司さんを巻き込むわけにはいかなくて」
夏海 「でも実際にこうやって司さんを巻き込んでる。本末転倒じゃないですか」
響 「んで、どうして金が欲しかったんだよ。まさかお母さんが病気にかかって莫大な治療費がいるんですう、とか言うんじゃねえだろうな」
司 「お母さんは最近フォークダンスの教室に通ってるって」
守 「家でもオクラホマミキサーの練習を」
すみれ「ご家族じゃないってことは、個人的な理由?」
守 「……本当は言っちゃいけないんですが、もう黙ったままにできませんよね」
美玲 「勿体ぶってないで早く言いなよ」
守 「これです(携帯をカウンターに出す)」
紗希 「(携帯を覗き込んで)メール?」
華 「……(メールの内容を見ながら)『あなただけにお伝えしたいことがあります。私はとある王国の第二王位継承者です』」
秋穂 「王国?」
龍馬 「第二王位継承者?」
華 「『現国王は国民の支持を集める素晴らしい指導者ですが、先日パチンコで大損をし、娘の私にお金を要求する毎日を送っています』」
勉 「王様ってパチンコやるんすか?」
華 「『母もホストクラブに通い、次期国王は贔屓にしているホストに決めたと言い出す始末です。そのホストもお金目当てに王家に入ろうとしているのですから、これでは本来の第一継承者であるはずの兄が不憫でなりません』」
紗希 「確かに……可哀想な話だね」
夏海 「一番可哀想なのはこんな人たちが王様やってる国の国民ですけど」
華 「『このままでは我が国は滅びてしまいます。ホストに王の座を諦めてもらうよう示談金を払わなければなりません。ですがあとどうしても百万円足りません。そこであなたに力を貸してほしいのです。その百万円を支援していただけないでしょうか? あなたの力が我が国の未来を救うのです。もちろん国家の存続に関わる話ですので、外部に漏らさないよう、この件はくれぐれも内密に。ご理解のほどよろしくお願いします。』だって」
すみれ「ねえ、響はどう思う」
響 「そんな国いっそ滅びちまったほうが世のためじゃねえかな」
円 「何だったらあたしのほうが王様にふさわしいかも」
尚美 「振込先も書いてある」
華 「振込先はゆうちょ銀行の口座」
豊 「いやこれ本当なんですか」
守 「いろいろなところからかき集めて八十万円までは用意できましたが、あと二十万円。あと二十万円用意しないとわたしのせいでこの国が滅びてしまうんです。だから」
俊輔 「あのな、一つ言っていいか」
守 「はい」
俊輔 「おれが言うのも何だけど、あんたバカか」
守 「どうしてですか、この人たち困っているんですよ」
秋穂 「あなたスパムメールとか聞いたことないの」
守 「スパムって、あの平べったい感じのお肉の」
紗希 「たぶんそのスパム関係ない」
夏海 「一言で言えばいたずらとか詐欺のメールです。オレオレ詐欺みたいなのとか、たまにこんなふざけた内容のやつもあって……って何でわたしが社会人にいちいちこんなこと説明しなきゃいけないんですか!」
勉 「おれ、旦那がポルトガルでインド象に踏まれて死んだから、再婚相手になって欲しいって金持ちの未亡人からメール来たことありますよ」
拓夢 「ポルトガルにインド象がいるのか?」
雪菜 「ウチは中島健人からメール来たことあるぜ」
守 「でも本当かもしれないじゃないですか! このメールが絶対嘘だってどうして言えるんですか」
響 「じゃあ聞くけど、おまえに連絡よこすような王様の知り合いがいるのかよ」
守 「……あっ」
美玲 「なんか聞いてるだけで脳が痺れてきた」
雪菜 「ウチもケンティーとは会ったこともないっすよ」
尚美 「メール書いた人もここまで気持ちよく引っかかるとは思ってなかったんじゃないかな」
龍馬 「司さん。どうします」
円 「社会人として、それなりの罰を受けるだろうね」
杏奈 「クビってことですか」
守 「……覚悟はできてます。どんな罰も受け入れるつもりです」
司 「いや、無かったことにしよう」
守 「えっ」
龍馬 「司さん」
秋穂 「本当にそれでいいの」
司 「理由が理由だし叱り辛いからね」
美玲 「あんなメールにあっさり引っかかる大人もどうかと思うけど」
豊 「だけど全部無かったことって」
拓夢 「何か落とし前はつけるべきだ」
勉 「そうです、なあなあで終わらせちゃ駄目です」
美玲 「また裏切るんじゃないの」
司 「もちろん事務所には報告するよ。ちょっと大変な思いはするかも。だけどそれ以上は大ごとにはしないし辞めさせもしない」
守 「でも」
司 「私がいいって言ってるんだから気にしない」
侑 「できるのそんなの」
司 「私は轟司だからね。大した問題じゃないよ」
円 「かっこいいけどなんかムカつくなー」
司 「記者さんもそれでいいよね」
俊輔 「判ったよ、ここでノーと言ったらあんたらに殺される」
華 「このレコーダーは私たちが引き取るよ。また悪いことに使われないとは限らないし、お客様のプライバシーが漏れたと知れたら店の信用問題に関わるからね」

華、カウンターの上に置いてあるICレコーダーを手に取る

俊輔 「勝手にしろよ」
華 「司さんもそれでいいよね」
司 「うん」
雪菜 「司さん優しくて良かったですねー。二度とこんなことしちゃ駄目っすよ」
守 「はい」
秋穂 「ありがとう、華」
華 「何が?」
秋穂 「(ICレコーダーを見て)それ」
華 「ああ、別に大したことはしてないよ」
秋穂 「私、司のことだけで店の信用なんて全然頭になかった。司も、なにも助けてあげられなくてごめん」
司 「気にしてないよ、私の問題だから」
秋穂 「これじゃマスター失格ね。やっぱり私は……」
華 「次に言う言葉当ててみようか。自分は先代のようになれない」
杏奈 「先代って誰ですか」
紗希 「この人の前の店長」
華 「じゃあ先代のいるドイツに行って言ってきなよ。私には無理です、店に戻ってきてくださいって」
龍馬 「あんた」
華 「秋穂さんを次のマスターに決めたのは先代だよ。秋穂さんを選んだ先代の判断が間違ってたっていうの?」
尚美 「そこまでにしてあげたら。これ以上責めても余計に落ち込むだけでしょ」
秋穂 「いいんです。実際そうだから」
侑 「めっずらし、華さんがそんなキツいこと言うって」
秋穂 「龍馬」
龍馬 「何だよ」
秋穂 「ネットで飛行機のチケット探して。明日ドイツに行くから」
豊 「いや待ってください」
飛鳥 「決断力すご」
尚美 「本当に行くことないでしょ」
秋穂 「紗希、明日シフト入ってたよね」
紗希 「そうですけど」
秋穂 「明日一日店長やって」
紗希 「ヤですよ!」
秋穂 「夏海は」
夏海 「シフト入ってないしやりません」
秋穂 「じゃあ龍馬」
龍馬 「するわけないだろっ」
華 「そういうのがよっぽどマスターらしくないと思うけど?」
拓夢 「おれたちをしばき倒した人と同じ人間とは思えないな」
勉 「おれ龍馬さんのバーテンダー姿見てみたいです。雪菜さんもそう思いますよね」
雪菜 「え? ウチは……」
俊輔 「おれ帰っていいか?」

喧騒。そこから一歩離れている司と守にスポットが当たる

守 「店長さんとはどうやってお友だちになったんですか」
司 「サークルが同じって言わなかった?」
守 「でもその、お互いの個人的なことはどうやって」
司 「わざわざ最初の自己紹介で話さないこと?」
守 「ええ、まあ」
司 「初めのころはそんなに仲良くなかったんだよ。嫌いってわけじゃないけどただの知り合いみたいな感じ。でもある晩出会いを求めてバーを探して行ったら、そこでアキが働いていたってわけ」
守 「そこがこの店」
司 「その頃のアキはまだ店長じゃなくて普通のバイトさんだったけどね。お互い目が合った時はやばって焦ったなー。でも仲間意識っていうのかな、そこからはいい感じに」
守 「そうですか」
司 「本当は全部私のせいだよね。記者さんの話に乗ったの」
守 「……それはさっき言ったじゃないですか」
司 「前に長回しの撮影の最後の最後で私が台詞トチって、周りが大迷惑した時あったよね。それから撮影が終わって楽屋で二人っきりになった時に……」
守 「あれは関係ないです」
司 「気持ち悪かったよね、同性愛者の女が急に後ろから抱きついてくるなんて」
守 「それは司さんが落ち込んでるって判ってたから」
司 「我に帰って手を離した後の守ちゃんの顔、今も覚えてる」


M-13『夢の終わり』

守 あなたといた日々
それは崩れ去った夢

元には戻れない
すべてわたしが壊したから

元には戻れない
すべてわたしが壊してしまったから

つぐないの日々が終わっても
あなたの元へ戻れない

すべてわたしの所為だから

司 あなたがいてくれた日々
それは過ぎ去った夢

元には戻らない
すべてわたしが壊したから

元には戻らない
すべてわたしが壊してしまったから

つぐないの日々が終わっても
あなたはもう戻らない

すべてわたしの所為だから

守 わたしのしたことは
夢を壊す意味があることだったの

司 天秤がどちらに傾いても
わたしはただそれを眺めるだけ

守・司 同じ夢は二度と見られないのだから

守 つぐないの日々が終わっても
あなたの元へ戻れない
すべてわたしの所為だから

司 つぐないの日々が終わっても
あなたはもう戻らない
すべてわたしの所為だから

喧騒のなかでひとり、司と守を見つめていた龍馬


すみれ「どうしたの龍馬くん」
龍馬 「司さんは甘すぎる」
華 「やめよう、司さんがいいって言うなら」
龍馬 「だって割に合わないだろ。さっきので司さんがどんなに傷ついたか。そいつも司さんが負ったのと同じくらいの罰を受けるべきだ」
秋穂 「龍馬、もういいから」
司 「こんな話聞いたことない? 罪を罰するのが正義だけど、その罪を赦すのもまた正義だって」
龍馬 「何を寝ぼけたことを。それだから世間から舐められるんですよ!」

一同、沈黙

雪菜 「……龍馬さん」
秋穂 「龍馬……それ以上言ったら本気で怒るよ!」
龍馬 「ああやれよっ」

取っ組み合いになる秋穂と龍馬、ふたりを制しようとする人々

雪菜 「龍馬さん!」
尚美 「秋穂ちゃん」
華 「秋穂さんっ」
紗希 「みんな抑えて!」
拓夢 「龍馬さんも落ち着いてください」
勉 「深呼吸! 深呼吸!」
夏海 「店長しっかりしてください」
尚美 「ほらあなたも」
俊輔 「何でおれも」
尚美 「いいから!」
俊輔 「ったく、あんたらガキじゃないんだから大人しくしろよっ」
飛鳥 「大変なことになっちゃった」
すみれ「どうしよう」
響 「放っておけよ」
すみれ「でも」
豊 「店長さんっ」
雪菜 「龍馬さんっ」
司 「二人とも止めてっ」

突如店内に鳴り響くパトカーのサイレン

隅田川巡査、登場


  M-14『栄光のポリスマン』

巡査 熱き炎を心に宿し
罪なき市民を救うため走る

信じる道を進め
それが正義

公共平和の礎を築く
名もなき英雄として

いざ進め
夢を守るため

どこまでも
笑顔を守るため

「通報を受けて駆けつけてきました
派出所所属の隅田川巡査であります
みなさんご心配はいりません
あとは本官にお任せください!」

正義の光を魂に秘め
道ゆく市民のため駆ける

傷ついても立ち上がれ
それこそ正義

日常平和の礎を築く
姿なき英雄として

いざ進め
夢を守るため

どこまでも
笑顔を守るため

いざ進め
夢を守るため

どこまでも
笑顔を守るため

いざ進め
夢を守るため

どこまでも
笑顔を守るため

進め!


巡査 「お待たせしました、この男が店を荒らしているんですね」

巡査、龍馬の手に手錠をかける

龍馬 「えっ?」
司 「えっ」
秋穂 「え」
龍馬 「待てっ、何付けてんだよっ」
巡査 「無駄な抵抗はよしなさい!」
俊輔 「おいおいマジかよ」
紗希 「やばいことになっちゃった」
杏奈 「今のって手錠じゃ」
飛鳥 「ねえこれけっこうヤバくない?」
豊 「何か良くない誤解されてるんじゃ」
秋穂 「お巡りさん、こいつは私の」
巡査 「ご安心を。この男性は本官がただちに連行します。ほら、来なさい!」
龍馬 「話を聞けっ」
巡査 「話は署で聞かせてもらう!」
龍馬 「司さんっ。姉貴、姉貴―っ」
秋穂 「龍馬っ」
雪菜 「龍馬さんっ」

龍馬、巡査、一旦退場

円 「……お巡りさん来るの、だいぶ遅かったね」
響 「んこと言ってる場合かよっ」
勉 「どうするんですか! 龍馬さん逮捕されちゃいましたよ!」
雪菜 「ウチが取り返してきます!」
秋穂 「いやわたしが追いかけて話してくる」
拓夢 「お姉さん」
秋穂 「みんなはここで待ってて。華、頼んだ」
華 「判った」

秋穂、一旦退場

飛鳥 「ねえ、拳銃見えました? お巡りさん腰に拳銃付けてましたよ」
侑 「黙ってて」
雪菜 「龍馬さん、大丈夫でしょうか」
華 「秋穂さんが話せば何とかなるよ」
司 「アキ、あなたのこと前電話で言ってたよ」
夏海 「華さんのこと何て」
司 「いつも助けられてる、頼りにしてるって」
華 「それは光栄だね」
守 「あなたも店長さんとはこの店で?」
華 「まあね、大学時代に。学校は別々だったけど、それ以来」
尚美 「秋穂ちゃんが最初に龍馬くん連れてきた時はみんなびっくりしたよね」
司 「そうだったっけ?」
すみれ「みんなキャーって……一斉に逃げ出して」
飛鳥 「授業中に教室の窓から蜂が入ってきたみたいな」
紗希 「うわあひっどい」
杏奈 「かわいそう」
円 「だってあたし男の人苦手だったし」
豊 「店長になってからですか」
華 「いや、先代がいた時から。ちょうど前までやってたガードマンが田舎に帰って不在だったし、暴走族をやめたばかりの彼に仕事をあげたかったんだってさ」
雪菜 「龍馬さんもお姉さんも、本当に優しい人ですね」
侑 「それはそれとしてさっきは殴り合いになりそうだったけどねー」
俊輔 「いいんじゃねえの。喧嘩するほど仲がいいってよく言うじゃねえか」
美玲 「店できょうだい喧嘩する店長なんて聞いたことない」
侑 「ていうかあんたいつまでここにいるの」
豊 「そうですよ、なんでカンペキに馴染んじゃってる顔してるんですか」
俊輔 「しょうがないだろ帰るタイミング完全に逃したんだから」
勉 「おれたちも邪魔っすかね」
拓夢 「龍馬さんとお姉さんが戻ってきたら帰ります」
紗希 「そもそも君らは何で来たの」
勉 「それは雪菜さんが電話もらった時近くにいたんで」
尚美 「あなた確か彼女さんいるんじゃ」
勉 「雪菜さんと龍馬さんが困ってるんであればどこでも駆けつけますよ」
夏海 「だからって来なくても良かったと思うけど」
雪菜 「嬉しいけど桐枝大事にしてやんなよ」
勉 「判ってますって」
すみれ「キリエって?」
拓夢 「こいつのこれ(小指を立てる)」
すみれ「(納得して)あー」
華 「きみは居辛くない?」
杏奈 「いえ、そんな。紗希さんがイヤだったら帰りますけど」
紗希 「いいよ、もう。なんかどーでも良くなっちゃった」
夏海 「最初に下心持ってたの紗希さんのほうだってバレましたからね」
紗希 「いいじゃん、それはもう!」
守 「あの人、なんで司さんにあんなこと言ったんでしょう」
飛鳥 「あの人って?」
守 「店長さんの弟さん。あんなひどいこと言わなくても」
司 「別にひどくはないよ。本当のことだから」
守 「でもあの人司さんのこと好きじゃなかったんですか。なんで好きな人にあんな冷たいこと言えるんですか」
司 「守ちゃん?」
守 「(自分の言ったことに気づき、両手を口にあてる)」
侑 「あちゃあ」
円 「言っちゃったね」
司 「え?」
雪菜 「何やってるんすか」 
響 「オレはいつかこんな日が来ると思ってたけどな」
司 「ねえみんな冗談で言ってる?」
尚美 「本当に気付いてなかったの? 知らないふりしてたとか」
司 「いや龍馬くんは司の弟で、いい友だちだって」
俊輔 「俺だって気づいたぞ。あれは女に惚れてるやつの目だ」
杏奈 「龍馬さんってあの捕まった人ですよね。それ叶わぬ恋ってことじゃ」
司 「本当にただの友達だと思ってたんだけどな」
守 「そ、その、すいませんっ」
拓夢 「謝るなら龍馬さんに言え」
華 「彼には言わない方がいいだろうね。ああ見えて結構ナイーブだから」
美玲 「どうせまた誰か言うよ」
司 「そう、龍馬くんが言ってたのってそういう……(雪菜に目を向ける)」
雪菜 「なんでウチを見るんですか」
司 「ごめん」
俊輔 「(雪菜に)あんたあの兄ちゃん好きなのか」
侑 「それで? (司に)龍馬くんのことフるの?」
円 「告白する前にフるとかめちゃくちゃイヤなやつじゃん」
すみれ「でもそのままなのも可哀想」
響 「知るか。さっさと告らない方が悪いんだよ」
雪菜 「……アンタ、よくそんなこと言えますね」
響 「お前もあいつに振られるのが怖いから言えないんじゃないのか」
すみれ「響、ダメだよ」
雪菜 「あんた、苦しんだことあるんですか。龍馬さんみたいに真剣に苦しんだことないからあんたそんなこと言えるんすよ」
響 「……オレはおまえらとは違う」
拓夢 「てめえ! 誰に口きいてると思ってんだっ」
響 「失恋するのが怖いただの意気地なしだろ」
すみれ「響、やめようよ」
勉 「おれ、龍馬さんと雪菜さんバカにするやつ絶対に許しませんよ」
響 「知るかよ! おまえらにオレの気持ちなんか判るわけないんだっ」
すみれ「響(響を振り向かせ、彼女の頬をはたく)」
響 「(叩かれたところに手をあて、彼女のやったことが信じられないという顔)……すみれ」
すみれ「わたし、響のこと好きだよ。だけどそんなこと言う響は、嫌い」
響 「(すみれの前で俯き、そして静かに震えて涙を流す)」
飛鳥 「響さん」
杏奈 「泣いちゃった」
響 「すみれ、イヤだよ、見捨てないでよ」
豊 「どうして」
華 「彼女にも彼女なりの悩みがあるんだよ」
円 「仮にあったとしても、そんなのただの八つ当たりだよ」
雪菜 「あんたが何悩んでるかなんて知らないっすよ。でもウチも龍馬さんも司さんもあんたもマジのガチで悩んでる。あんたも馬鹿にされたくなんかないでしょ」
夏海 「自分に似てるからじゃないですか。失うのが怖いのは、自分も同じだから」
響 「すみれ……」

秋穂、戻る

秋穂 「ただいま」
紗希 「店長」
華 「おかえり」
雪菜 「龍馬さんは」

龍馬、巡査戻る

勉 「龍馬さん」
拓夢 「お勤めご苦労様です」
龍馬 「逮捕されたみたいに言うなよ」
紗希 「逮捕されたんじゃなかったの」
龍馬 「人聞きの悪いことを言うな。軽い職務質問だ」
巡査 「大変お騒がせし、申し訳ありませんでした」
秋穂 「響さん、どうしたの」
巡査 「ご気分でも悪くされましたか」
すみれ「ううん、ちょっとしんどくなっちゃったみたい」
秋穂 「龍馬、ココア入れてあげて」
龍馬 「釈放されて早々にかよ」
尚美 「といいつつ早速取り掛かろうとしているところに君の全てが現れているよね」
龍馬 「いるのかいらないのかどっちなんだ」
すみれ「ごめんね龍馬くん。疲れてるところ悪いけど、響に一杯お願いできるかな」
豊 「店長さんとかじゃ」
拓夢 「龍馬さんはココアを作るのがうまい」
勉 「龍馬さんに教えてもらったやつ、バイト先で評判いいっすよ」
龍馬 「他に飲む奴は」
円 「あたし飲みたい」
司 「龍馬くん、私にも入れてくれる?」
龍馬 「判りました」
司 「あと守ちゃんにも一杯」
守 「いやわたしは」
司 「いいよね龍馬くん」
龍馬 「はい」
司 「ありがとう」

龍馬、四人分のココアを作り始める

守 「その、すいません」
飛鳥 「ねえ、ココアってどう美味しくできるの。お湯で溶かして終わりじゃないの」
俊輔 「おれ聞いたことあるぞ、うまいココアの作り方」
飛鳥 「どういうの」
俊輔 「……忘れた」
侑 「おじさんの記憶力」
龍馬 「(実際に行いながら)まず人数分のココアと砂糖に、少しだけ塩を混ぜて弱火にかけながらミルクを入れる。肝心なのはここでは完全に溶かさずに炒めるように粉がペースト状になるまでこねることだ」
巡査 「(龍馬の話をよそに)あなたが轟さんを追っていた記者ですね」
俊輔 「そうだ」
巡査 「後ほどお話、お伺いできますか」
俊輔 「判ったよ」
龍馬 「ペースト状になったら中火にして牛乳を足し、完全に溶かして出来上がり。カップに注ぐときは茶越しを使って通す。これで溶けきれなかっただまを除く」

龍馬、司、守、円、響とココアの入ったカップを渡す

龍馬 「どうぞ」
司 「ありがとう」
龍馬 「火傷に気をつけて」
守 「どうも」
龍馬 「そっちにも」
円 「わあい、あたしこのココア大好き」
すみれ 「ありがと。ねえ響、できたよ」
響 「いらない」
すみれ 「一口でいいから」
守 「おいしい」
司 「うん、優しい味だ」
龍馬 「司さん」
司 「なに?」
龍馬 「さっきは出過ぎたことを言って、すいませんでした」
司 「いいよ、気にしてないから」
龍馬 「ですが」
司 「このココアでチャラってことで。いいでしょう」
秋穂 「私もごめん」
司 「いいって」
秋穂 「(守に)あなたにも。あんなきついこと言ってごめんなさい」
守 「いいんです。元はわたしのせいなんですから。ココア、おいしいです」
龍馬 「そうか」
円 「ほら、響さんも飲みなよ」
響 「(しぶしぶココアを口にする)」
すみれ「落ち着いた?」
響 「ちょっとは」
巡査 「何かお悩み事ですか」
響 「初対面の奴に話すことじゃない」
侑 「今のこの子、何言っても口きかないよ」
すみれ「話してあげたら?」
響 「言いたくない」
巡査 「その気持ちよく判ります」
響 「うるさい」
巡査 「ですが悩みというのは誰かに話せば軽くなるものです。どうぞ本官に言ってみてください」
飛鳥 「頼もしい。さすがお巡りさん」
華 「話してみたら?」
響 「……大学のときからバンドやってて、もう何年にもなるけど全然売れなくて、だけどすみれはまともな仕事して稼いでて」
巡査 「そのすみれさんというのは」
すみれ 「(手を挙げる)」
巡査 「なるほど、続きを」
響 「恋人の稼ぎをあてにして何もしないで生きてんだよ、今のオレは。いつか最高のミュージシャンになってやるって言い続けていた結果がこれだ。おまえ、Violet Lightのファンなんだろ」
飛鳥 「えっ、はい」
響 「失望したろ」
飛鳥 「……えーと、それは」
響 「判ってるよ。オレに人間としての価値なんかないよな。今のオレにも、昔のオレにも」
円 「……それってさ、響さんのこと好きになったすみれさんやこの子に失礼でしょ。すみれさんたちに見る目がなかったみたいな言い方」
響 「無かったんだよ、見る目が。こんなゴミ人間、人に好かれる価値もない」
拓夢 「自分のことが嫌いなのか」
響 「好きになれるわけないだろ。イラついて他人に当たるするオレも、すみれの人生振り回してぶち壊しにしてるオレも」
豊 「でもすみれさんは響さんの歌に惹かれてお付き合いが始まったんですよね。いいじゃないですかそれで。いつか歌で大成功して……」
響 「そのいつかを待ち続けてもう何年になると思う? もうこれ以上、すみれをオレに付き合わせるわけにいかないんだよ」
すみれ「わたしと別れたいって言いたいの」
秋穂 「それ本気で言ってる?」
響 「この店で出会ってこの店で別れるなんて、なかなか悪くないだろ」
華 「仮に別れたとして、これからどうするつもり? すみれさんはともかく、いまさら君が恋人の家を出てひとり暮らしなんてできるの」
響 「それはこれから考える」
すみれ「バイトもしたことないのに?」
俊輔 「なあ、なんかさっきより面倒くさいことになってないか? どうすんだよ」
巡査 「本官、その先を考えていませんでした」
俊輔 「何だよそりゃあ」
杏奈 「どうしよう、最悪な空気がもっと最悪に」
豊 「どうにかできないんですか。このままじゃすみれさんと響さん、一生離れ離れになっちゃいますよ」
侑 「訊くけど二人がどうなろうとそれがわたしたちに関係あるの?」
豊 「でもそんな」
侑 「ふたりは赤の他人だよ。わたしは待ち合わせをドタキャンされた気晴らしに来た、ただのお客さんなんだから。どうなろうと知ったこっちゃないからね」
飛鳥 「じゃあこのままでいいっていうんですか。あたしは嫌ですよこんなの。まななさんがどう思おうとあたしは推しが不幸になってるとこ見てそのまま帰るなんてできません」
華 「私も。この店に来た人には、後悔して帰って欲しくないからね」
尚美 「私は別れてもいいと思うな」
豊 「尚美さん」
紗希 「待ってくださいよ、どうしてそんな冷たいこと言っちゃうんですか」
尚美 「それもひとつの手段じゃない? 夫婦と違って繋ぎ留める子どもの存在がないんだから。お互いの幸せを思えばそんなに悪いことじゃないと思うけど」
夏海 「どのみちわたしたちに止める権利はないですよ。それが響さんの望みなら」
響 「……いやだ」
秋穂 「響さん」
響 「すみれが居なくなってほしくない」
巡査 「あなたさっきは別れたいと言っていたはずでは」
俊輔 「おそろしく情緒が不安定な女だな」
龍馬 「結局別れたいのか一緒にいたいのかどっちなんだよ」
響 「判らないんだよ。オレなんか居なくなったほうがすみれは幸せになれるに決まってる。だけどすみれと離れ離れになるなんて、そんなの」
すみれ「……確かにわたしがきみと別れたら、幸せになれる未来があるかもね。また別の恋人を見つけて、その人と楽しい人生を送れるかもしれない」
響 「やっぱり、そうするべきなんだよ、オレのことなんか忘れて」
すみれ「だけどわたし、響のいない幸せなんていらない。響がいてくれるのが私にとっての一番の幸せだもん。響のこと忘れたくなんかないし、一生離さないから」
美玲 「あんた、あたしに散々偉そうなこと言っといて、なんで自分はうじうじしてんの? 振り回しなよ、叶わない夢でも恋人付き合わせなよ、好きなら好きっていいなよ、中途半端にいい人ぶらないでよ! 悪びれずに自分がしたいことしなよ。この人が好きになったのはあんたのそういうとこなんじゃないの、違う?」


M-15『今宵貴女と』

すみれ 「きみは自分が嫌いなんだね
だけど打ちひしがれる前に知って欲しいの
わたしがきみをどう思っているか
きみは素敵だってこと
きみを抱きしめたいってこと
心の底からきみが好きだってこと……」

すみれ 遠くで響くきみの歌声
ガラスでできた道をたどる

朝の目覚めにきみの寝顔がみえて
閉じたまぶたに口づけする

これが生きてるって気持ち
きみといるだけでわたしは満たされる

響 隣で聞こえるきみのささやき
やわらかな声に包まれて

鳥のさえずりが
ぼくらを見守る

心の温もり
きみが教えてくれた

すみれ この輝ける日々を

響 失いたくない

すみれ きみがいてくれれば
どんな朝だって迎えられる

すみれ・響 きみと一緒にいたい
きみと一緒にいたい

きみとふたりなら
暗闇だって怖くない

すみれ きみと一緒にいたい

響 月の光に照らされて
きみの肌が目に映る

はだけた毛布をかけて
寝顔を見つめる

二人きりの夜を
失いたくない

すみれ 目の前にいるきみの素顔
わたしだけが知っている

本当の気持ち
見せてくれた

そよ風の心地よさ
教えてくれた

響 この昂る気持ち

すみれ きっときみと一緒

響  きみがいてくれれば
どんな夜だって辛くない

すみれ・響 きみと一緒にいたい

きみと一緒にいたい

きみとふたりなら
暗闇だって怖くない

響 きみと一緒にいたい

すみれ きみが寂しいのなら
わたしはいつだってそばにいたい

響 もう戻れないんだ
きみのいない世界に

すみれ だってきみとわたしは

響 一緒に生きたいから

すみれ・響 きみと一緒にいたい

きみと一緒にいたい

きみとふたりなら
暗闇だって怖くない

きみと一緒にいたい

きみと一緒にいたい

きみとふたりなら
暗闇だって怖くない

きみと一緒にいたい

きみと一緒にいたい

きみとふたりなら
暗闇だって怖くない

きみと一緒にいたい……


響 「すみれ、ひとつ聞いてくれないか」
すみれ「ひとつと言わずにいくつでも」
響 「オレ、音楽の道諦めるよ」
飛鳥 「辞めちゃうんですか」
響 「これからはちゃんと働くよ。バイトなんかしてさ、それで貯金してたまには海外旅行に行ったりするんだ。ほら、パリに行ってみたいって言ってただろ」
すみれ「……ロンドンとか、ニューヨークとか。ハワイや香港もいいよね」
響 「いっそのこと世界一周もいいよな」
すみれ「響がもう一度歌うところ見たかったけどね」
響 「歌くらいいくらでも聞かせてやるよ。家のアコギ弾いてさ」
すみれ「前に弾いたのどれくらい前? 埃かぶってると思うよ」
響 「また練習し直しだな」
豊 「良かったですね、二人が別れたりしなくて」
飛鳥 「ちょっと寂しいっちゃ寂しいけどね。バンドのファンとしてはさ」
美玲 「何なの。変な人間ドラマに付き合わせておいて、結局はふたりの世界に入って勝手に解決して」
巡査 「まあまあ、いいではないですか。こうして丸く収まったのですから」
秋穂 「尚美さん、こうなることを狙ってあんなこと言ったんですか」
尚美 「あんなことってどんなこと?」
秋穂 「別れるのもいいんじゃないかって話ですよ」
尚美 「こんな話聞いたことない? ダメな彼氏と付き合ってる子に別れた方がいいっていうと、逆に意地になって別れたくなくなるって話」
華 「つまりはそれの応用」
尚美 「そう」
響 「ダメな彼氏って言いたいのかよ」
尚美 「お互いね。響ちゃんもだし、すみれちゃんは甘やかしすぎ」
すみれ「甘やかしてなんかないですよ。わたしがやってるのはご飯作ったり洗濯物干したり、お風呂とかトイレ掃除とかで」
龍馬 「家事全般だな」
勉 「じゃあこの人は何してんですか」
すみれ「散歩とか?」
雪菜 「完全にヒモじゃないっすか!」
響 「ゴミ出しとかしてる」
拓夢 「ゴミの分別はしてるのか。あれは結構大変だぞ」
侑 「やっぱり別れた方が良かったんじゃない?」
響 「……これからはする。洗濯物畳んだりとか」
紗希 「こう言ってることだし、しばらくは様子見だね。また何かあったらその時考えればいいし」
尚美 「さっきは選択肢の一つとしてあんなこと言ったけど、馴れ初めから知ってる身からしたら、やっぱり嫌な別れかたはしてほしくないから。二人ともしっかりね」
すみれ「はい」
響 「判ってるよ」
華 「もし相手に飽きたらいつでもわたしを呼んでくれていいよ」
尚美 「華ちゃん」
華 「やだなあ、冗談にきまってるじゃないですか」
秋穂 「この期に及んで」
紗希 「もうしばらくはこうなんじゃないですかね」
秋穂 「しばらくどころか永遠にじゃない?」
華 「ひどいこと言うね」
円 「簡単に捨てちゃうんだね。長いこと音楽やってて、そんなあっさり」
響 「前からもう先はないって薄々判っちゃいたんだよ。それが今日やっと踏ん切りがついたってだけだ」
円 「そーですか」
響 「おまえは真面目に漫画書けよ。才能あんだから」
円 「言われなくたって」
杏奈 「応援してます」
円 「ありがと」
俊輔 「なああんた、子どもいるのか」
尚美 「どうしてそう思うの」
俊輔 「さっきのあれだよ、繋ぎ止める子どもの存在ってやつ。あれでなんとなくな」
尚美 「あなたもお子さんが?」
俊輔 「いちおうな。娘が一人。あんたは」
尚美 「男の子が一人」
俊輔 「そうか。それで隠してるのか、ここに来ていることは」
尚美 「ええ」
俊輔 「これから一生か」
尚美 「そのつもり」
俊輔 「悪いが子どもは気づくぞ。あんたが隠してるつもりでもな」
豊 「どうしてそんなこと言えるんですか」
俊輔 「さっきいった娘の話になるんだが、いまはおれとは別々に暮らしてる」
雪菜 「家出されたのか」
俊輔 「ちげえよ。離婚してカミさんに親権が行ったんだよ」
紗希 「なんで離婚したの」
侑 「不倫でもしたの?」
俊輔 「してねえよ。仕事がうまくいかなくてカミさんと仲が悪くなって、愚痴とか悪口言い合って毎日のように喧嘩してさ。でも娘に見られちゃいけないってお互い隠してたつもりだったんだが、休みの日一緒に公園に遊びに行った時娘からこう言われた。『パパはママのことが嫌いになったの』ってな」
杏奈 「残酷な話ですね。一番知られたくなかった人に知られるなんて」
俊輔 「鋭いんだろうな、子どもってのは。それがきっかけになってカミさんと別居して、それから少しして離婚した。今も思う、娘にあんなこと言わせちゃ絶対駄目だ。だからあんたもきちんと自分から告白した方がいい」
尚美 「本当にそうかしらね」
俊輔 「少なくともおれはそう思うね。子どもに辛い思いさせちゃ駄目だ」
侑 「案外良いやつじゃん。見直した」
俊輔 「どうだか。娘からは面会拒否られてる。父親がゴシップ記者だってバレたら学校でいじめられるからってさ。もう何年も会ってない」
巡査 「ではなぜそのような職についたのですか」
俊輔 「これでもな、昔は正義に燃える政治記者だったんだぞ」
飛鳥 「うっそお」
俊輔 「嘘じゃない。自分のペンで世の中を変えてみせるっていきがってた。新聞社に入って仕事を覚えてやっと一人前になれたころ、おれは綿密な取材を重ねて大物政治家の汚職の事実を手に入れた」
紗希 「すごいじゃん」
俊輔 「まだどこの新聞社も掴んでいない、公表すれば内閣不信任、政権交代は間違いなしの大スクープだ」
美玲 「あんたそんな大物だったの?」
尚美 「でもそのスクープは潰された。その政治家が新聞社に圧力をかけてきて、取材をしていた記者を左遷し、会社から追い出すように命じたから。どう、当たってる?」
夏海 「ドラマみたいな話ですね」
俊輔 「だったらまだ良かったよ。何としてでも世間に公表しようと逆に躍起になっただろうからな。だけど現実は違った。おれがそのネタを手に入れた時、おれは世話になっていた上司に相談した。そしたら編集長と相談する、あとは自分が何とかするから誰にも話すなと奴はいった。おれは証拠のテープや報告書に原稿をまとめてそいつに預けて家に帰った。その日は久しぶりに早く帰って娘と遊ぶ約束をしていたからな。だけど次の日の朝刊を見て驚いたよ。おれの手に入れたスクープが一面に載っていたんだからな」
飛鳥 「あれ、結局新聞に載ったじゃん」
紗希 「なんでそこからパパラッチになっちゃったわけ?」
俊輔 「本題はここからだ」
美玲 「こんなスケール大きい話が前置きとかあるの?」
俊輔 「出社したおれはさらに驚いた、いや愕然としたな。そのスクープを手に入れたのは、おれが相談した上司ってことになってた」
勉 「何でっすか」
杏奈 「つまりこういうことですか。あなたはその上司に手柄を横取りされた」
俊輔 「そうだ」
豊 「言わなかったんですか。本当は自分がやったんだって」
俊輔 「言って何になる。証拠のデータは前の日に全てやつに渡してしまったし、やっと独り立ちできた若造の言うことなんか誰も信じるわけがないだろ」
守 「それからどうなったんですか、その先輩は」
俊輔 「国政の闇を暴いた一流記者として一躍時の人となった。今でもテレビのニュース番組でコメンテーターとして出て、偉そうな顔して喋ってる。噂じゃ政界進出も狙ってるって話だ。おれは会社を辞めてフリーランスになって、カミさんと離婚して、今じゃ芸能人のスキャンダルを狙ってる。大違いだな。笑えるだろ」
杏奈 「……あ、あははははは!」
俊輔 「本当に無理して笑わなくてもいいんだよっ」
杏奈 「ごめんなさいっ」
巡査 「しかしそれが罪のない市民のプライバシーを暴いていいことにはなりません。なぜ人を貶めるようなことをするのですか。かつてのあなたは正義に燃える新聞記者だったのでしょう、どうしてこんなことを」
俊輔 「君、まだ駆け出しの新米だろ」
巡査 「そうですが、それがどうしたのですか」
俊輔 「昔のおれと同じ目をしている」
巡査 「何が言いたいのですか」
俊輔 「君もいつか判る。世の中のために生きようとした人間が他人の不幸で蜜を吸うようになった訳をな」
巡査 「……肝に銘じておきます」
尚美 「娘さんはそのことを知っていたの」
俊輔 「いや。だが子どもなりに父親に何かあったと見抜いていたかもしれない。今思えばきちんと隠さず話すべきだった。このことだけじゃない、おれは娘に一度も本心を見せたことがなかった。だからあの子はおれが嫌いなのかもしれないな」
華 「本心、か」
豊 「……龍馬さんはいいんですか」
飛鳥 「どうしたの急に」
夏海 「名前、覚えたんですか」
豊 「いいんですか、あなたの気持ちも秘密にしたままで」
龍馬 「何の話だ」
守 「豊さん」
豊 「ちゃんと言って、口に出して告白しなきゃ。でないとあなた絶対後悔します」
龍馬 「どうしてあんたがそんなことを言えるんだ」
豊 「だってわたしがそうだったから! 叶わない恋だからって諦めて納得したつもりでいたけど、今でも好きだったあの子のことが忘れられないんです! 望みがなくても正直に打ち明けたら受け入れてくれたかもしれないんじゃないかって、二人きりで一緒にUSJ行けたんじゃないかって! いつもそう思って引きずってるんです。あなたもそうなっていいんですか」
龍馬 「それは」
すみれ「本当は怖いんでしょう。失恋して、傷つくのが怖いから」
響 「なあ、お前が惚れてるのはお前の告白を冷たくあしらって笑う女なのかよ」
龍馬 「そんなわけないだろう」
響 「じゃあ信じろよ! お前が好きな女をよ」
美玲 「まあ、あたしみたいに告白した子にいじめられる例もあるけどね」
飛鳥 「え、今の空気でそれ言っちゃう?」
美玲 「でもあたし、傷ついたけど後悔なんかしてない。あんなどうしようもない女に持ってた夢から醒めることができたんだから」
侑 「そうそう、それにきちんと正直に言わないと、どっかの誰かさんみたいに見捨てられるちゃうかもよ」
飛鳥 「それあたしですか、あたし見捨てられてるんですか」
夏海 「というより最初から相手にされてない気がする」
飛鳥 「そこまで言わなくてもいいじゃないですか! あたしに比べたらあなた幸せ者ですよ! だって少なくともいい友達だって思われてるんですから!」
円 「あたしは羨ましいよ、龍馬くん。あたし一度もそんな恋愛したことなかった。誰かと仲良くなってその人のことを本気で好きになるってことが、あたしのような陰キャがどれだけ憧れることなのか君は知らないんだ」
俊輔 「青年、こんな爽やかな恋ができるのは人生で今のうちだけだ。思い切り告白をしろ、そして思い切り失恋するんだ」
龍馬 「失恋を前提に話すなよ!」
守 「わたしは反対です!」
司 「守ちゃん」
守 「みなさんおかしいですよ! いいじゃないですか告白しないままで。今のまま友達でいて何がダメなんですか。告白を断らなきゃいけないほうの気持ちも考えてあげてください!」
龍馬 「そうだ。そんなことしても自分勝手な気持ちに付き合わせて傷つけるだけだ」
華 「でも自分勝手な気持ちを相手に押し付けるのが恋ってものだよ。いまさらあれこれ考えてもしょうがないって私は思うな」
龍馬 「そういう問題じゃないだろ」
尚美 「じゃあどうせふられるからって、これからもずっとそのままでいるつもり? 龍馬くんは本当にそれでいいの」
龍馬 「それは」
紗希 「やるだけやってみようよ。もしダメなほうだったらみんなで龍馬くんのこと慰めてあげるからさ。夏海ちゃんもね」
夏海 「なんでわたしも」
紗希 「えーっ、冷たいなあ。慰めてあげないの」
夏海 「……イラついてたんですよ。近くに好きな人がいるのに、何もしようとしないところを見るのが。二度とそんなの見ずに済むなら、いくらでも慰めますから」
紗希 「杏奈ちゃんもね」
杏奈 「はい。あなたのことはよく知らないけど、いい人だってことは判りますから」
拓夢 「龍馬さん、やはり言うべきです。ここで決着をつけるべきなんです」
龍馬 「お前たちまで乗っかかるなよ」
勉 「どうなるか判らないけど、龍馬さんはいい男です、最高の男です。それはおれが保証します」
巡査 「はっきり言って蚊帳の外の本官には何が何やらさっぱりですが、これだけ多くの人々があなたを応援しているんです。この人たちを信じてあげてください」
龍馬 「よく言うよな、他人事だからって」
雪菜 「みんな、きっと龍馬さんのことが好きなんですよ」
龍馬 「物好きな連中だな」
雪菜 「ウチも……龍馬さんのことが大好きですから」
龍馬 「お前が一番の物好きだよ」
雪菜 「嬉しいです、その言葉」
秋穂 「龍馬。姉さんはあんたのこと応援するよ」
龍馬 「姉貴まで」
秋穂 「大丈夫。ふられるならまだしも、大切な弟を傷つけるようなことしたら容赦しないから。だから思いっきりアタックしな」
龍馬 「姉貴」
守 「……判りました。こうなった以上、何かあったらわたしがなんとかします。だから思いっきりやっちゃってください!」
豊 「龍馬さん」
響 「龍馬」
夏海 「龍馬さん」
俊輔 「青年」
雪菜 「龍馬さん」
秋穂 「龍馬」

龍馬、カウンターから出る

龍馬 「司さん、お話ししたいことがあるんです」
司 「……うん」

龍馬、秋穂や店員、客たちのいるほうを一瞥する

秋穂 「退くよ」
紗希 「えっ?」
夏海 「まさかここに居座るつもりですか」
飛鳥 「あたしたちも?」
侑 「当たり前でしょ」
雪菜 「でもどこに」
華 「事務所なら」
すみれ「わあ、事務所入るの初めて。どうなってるんだろ」
響 「いや、どう考えてもキャパオーバーだろ。こんな何十人も入れるように出来てんのかよ」
秋穂 「私と華、紗希と夏海は奥のロッカーに。そうすればギリいけるかも」
夏海 「私たちが先に入りますよ。奥の部屋に行くんだから」
紗希 「判ってるってば。急かさないでよ」
夏海 「皆さんも早く入って」
杏奈 「は、はいっ」

秋穂と華、夏海と紗希、杏奈が事務所へ。一旦退場

巡査 「ほ、本官を押さないでくれますかっ」
俊輔 「押してねえって、早く入れよ」

  すみれ、響、円、侑、飛鳥、尚美、円、勉、拓夢、俊輔と巡査、がバタバタと事務所へ。一旦退場

雪菜、龍馬の方を見て彼に向かって軽く手を挙げかけ、微笑みかけながら何かを言おうとするも、結局声に出せないまま事務所に入る。一旦退場

豊、事務所に入る前に一瞬、龍馬と目が合う

美玲 「何してんの。行くよ」
豊 「うん」

豊、美玲が事務所へ。一旦退場

事務所に通じる入り口から声が漏れる

美玲声「ちょ、狭すぎるって」
響声 「だからキャパオーバーだって言ったんだよ」
円声 「ねえ、何人かトイレに行ってくんない」
拓夢声「今更外に出られるわけないだろっ」

龍馬、事務所から聞こえる声をよそに司のほうを向く

龍馬 「覚えてますか、初めておれがここに来た時のこと」
司 「うん、みんな怖がって逃げ出したよね、蜘蛛の子散らすように。あの頃の龍馬くん、今以上にワイルドな感じだったから。アキが暴走族から連れ戻したばかりで、ここがどういう場所なのかもよく判ってなかったみたいで……」
龍馬 「だけど司さんだけは違いました。周りの奴全員がおれを警戒しているなかで、司さんだけがおれの話を聞いて、優しく接してくれた」
司 「友だちの弟だよ。悪く思うわけないよ」
龍馬 「これから仕事頑張ってと言ってくれた時、おれは初めて誰かのために尽くしたい、この人に胸を張れるような人間になりたいと思いました。司さん、おれにとってあなたはそんな人なんです」
司 「ありがとう」
龍馬 「……司さん。おれは……おれは」
司 「大丈夫。君の気持ちは私に伝わってる。それにみんなの素振りとか見てたら、もう言っちゃってるようなものだったしね」
龍馬 「(ため息をついて)……情けないですよね、おれ。きちんと自分の口で思ってること言えないなんて」

司、座席から立ち上がって龍馬を抱きしめる

龍馬 「司さ、ん」
司 「龍馬くんは、情けなくなんかない。情けないわけないよ。私こそごめん、いままでずっと、気付いてあげなくて」
龍馬 「……いいんです。司さんが判ってくれただけで、おれは充分です」

龍馬、司から離れ、司がもとの座席に座る

龍馬 「ひとつだけ訊かせてください」
司 「いいよ」
龍馬 「司さんにとってのおれは、どんな存在ですか。司さんはおれのことを、どう思っていますか」
司 「……友だち。龍馬くんにとって私が大事な存在だってことは嬉しいし、誇らしいって思う。でも、でもね。私にとって龍馬くんは友だちで、それ以外の気持ちにはならないし、なれないんだ。だから、ごめん。本当、ごめん」

龍馬、司の言葉を聞いて、微笑む

龍馬 「いいんです。こちらこそ、すいませんでした」
司 「謝んないでよ。ねえ、その代わりにはならないだろうけど、またココアを飲みに来ていいかな。君の作る最高のココアを、友達として振る舞ってほしいな」
龍馬 「ええ。そうだ、司さんにもう一つ伝えたいことがあるんです」
司 「何?」
龍馬 「今日観た映画、さっきはああ言いましたが、正直言って駄作でした」
司 「……具体的にはどう?」
龍馬 「まず話が説明不足でよく理解できないまま進んで終わるし、そのくせ最初から最後までだらだらした展開で退屈でした。それにあの主演俳優。まるっきり棒読みで本当にプロなのかと疑いました」
司 「うーん、大酷評だね。ここまで貶しまくられると逆に気持ちいいかも」
龍馬 「だけどこれだけは事実です。司さんの演技は最高だった。あの映画で司さんだけが輝いてました。これは本当です」
司 「……ありがとう」
龍馬 「出る映画、選んだほうがいいですよ。司さんは素晴らしい役者なんですから」
司 「参考にしとく」
龍馬 「応援してます」


  M-16『さよならの詩』

龍馬 ずっと前からわかっていたこと
叶えられないとわかっていたこと

本当のことから目をそらし
夢のなかで希望を探していた
むなしくなるだけの幻
つらくなるだけの幻

散歩をするとき隣を歩くあなた
映画を観るとき一緒に隣に座るあなた
僕と共に思い出を作るあなた

ずっと見続けていた
僕の喜びを分かち合う夢

その夢から目覚める時が来た

あなたの夢に僕はいない
愛のことばを聞きたかったけれど

僕はひとりぼっちの道を歩き出す
あなたが幸せに生きる夢をみながら

ずっと前から願っていたこと
叶えられなくても願っていたこと

本当の未来から目をそらし
夢のなかでチャンスを探していた
つらくなるだけの輝き
むなしくなるだけの輝き

本を読むとき覗き込むあなた
旅行のとき一緒に行き先を探すあなた
僕と共に人生の詩を紡ぐあなた

ずっと見続けていた
あなたの喜びを分かち合う夢

その夢にさよならを言う時が来た

あなたの夢に僕はいない
愛のことばを聞きたかったけれど

僕はひとりぼっちの道を歩き出す
あなたが幸せに生きる夢をみながら

夜明けの光が見える
眩しい日差しが目に映る
きっとそれは人生の道標

電話帳のあなたの番号を消して
僕は幸せの在処を探しに行く

きっとまた別の場所で
出会えること信じて

あなたの夢に僕はいない
愛のことばを聞きたかったけれど

僕はひとりぼっちの道を歩き出す
あなたが幸せに生きる夢をみながら

あなたの夢に僕はいない
愛のことばを聞きたかったけれど

僕はひとりぼっちの道を歩き出す
あなたが幸せに生きる夢をみながら

あなたの夢に僕はいない
愛のことばを聞きたかったけれど

僕はひとりぼっちの道を歩き出す
あなたが幸せに生きる夢をみながら

あなたにありがとうと別れを告げて……


龍馬 「(事務所の方に向かって)みんな、見てるんだろ。戻っていいぞ」

  事務所に通じる扉からこっそり外の様子を窺っていた人々が、雪崩のように一気に飛び出す

円 「(自分を押し出した後ろの人々を見ながら)危ないなあ、気をつけてよ」
紗希 「バレてた?」
龍馬 「ずっと後ろから視線感じてた」
司 「なんか見てるなーって」
雪菜 「あのっ、覗き見するつもりは」
龍馬 「気にするな」
司 「人に見られるのは慣れてるから。ちょっと恥ずかしかったけどね、ちょっと」
豊 「……龍馬さん。わたし、余計なことを言って、すいませんでした」
龍馬 「いや、いいんだ。あんたのおかげで目が覚めた。なんでこんなくだらないことから逃げ続けていたんだろうな。本当、馬鹿みたいだ」
響 「男のくせに落ち込んでんじゃねえよ」
龍馬 「落ち込むに男も女もないだろ」
俊輔 「ならせめて轟のいないところで落ち込め。あいつの前でみっともないところを見せるな」
龍馬 「……姉貴、悪い」
秋穂 「いいよ、お巡りさんもいるからさ」
巡査 「はっ、本官にお任せくださいっ」
龍馬 「ありがとう」
雪菜 「龍馬さん」

龍馬、一旦退場

雪菜 「龍馬さんとは長い付き合いだったのに。ウチが何年も一緒にいた時間より、司さんと出会った時のほんの一瞬のほうがずっと、龍馬さんにとってはかけがえのないものだったんですね。結局、ウチには最初から望みなんてなかったんだ」
華 「じゃあ彼にとって自分は無意味な存在だとでもいうの?」
雪菜 「……そうかもしれないです」
秋穂 「そんなことない。もしあいつが家を出てずっとひとりのままでいたとしたら、きっとどこかで潰れてたと思う。だって人間、一人だけで生きていけるわけないもの。龍馬の近くにあなたたちがいて心の支えになってくれたから、あいつは今ここにいる。あのバカはまだ、そのことに気がついてないだけなんだよ」
司 「雪菜さん。私からこんなことを言うのは失礼しれないけどお願い。龍馬くんのところへ行ってあげて」
拓夢 「雪菜さん。いま龍馬さんを慰めてあげられるのは雪菜さんだけです」
勉 「いまあの人に一番必要なのは雪菜さんです。行ってあげてください」


  M-17『追いかけて』

雪菜 言葉が見つからない
私にあなたを癒すことはできるの

独りよがりなこの想い
私はあなたを傷つけてしまうの

私にあなたの心を奪う
資格はあるの

脚が震える
私は何もできない

あなたを追いかけることは
間違いかもしれないから

拓夢 そんなことないさ
あなたは誰より彼を想っている

勉 だから駆け出すんだ
彼がどこかへ行く前に

拓夢・勉 彼を見失う前に

雪菜 夜空のように澄んだあなたの心
孤独が魂を蝕む
自信なんかないけれど
街の灯火でかき消される前に

追いかけて
追いかけて

あなたの運命の人が
私じゃないとしても

この愛を
この愛を

ちっぽけな私でも
あなたを救えるというのなら

追いかけて
追いかけて

あなたの運命の人が
私じゃないとしても

この愛を
この愛を

ちっぽけな私でも
あなたを救えるというのなら

追いかけて
追いかけて

あなたの運命の人が
私じゃないとしても

この愛を
この愛を

ちっぽけな私でも
あなたを救えるというのなら

  M-18『心抱きしめて』

華 今宵ひとりの少年が
孤独を知った

侑 行き先の見えない恋を
叶えられなかった男

飛鳥 女神のいたずらに
ふりまわされた男

尚美 傷ついた心を
癒してほしい

美玲 凍りついた心を
溶かしてほしい

杏奈 凍りついた心を溶かすには
ろうそくの灯でいいから

司 わたしにできないことを
彼にしてあげてほしい

夏海 彼の心を癒せるのは君だけ

紗希 だから今すぐ駆け出すんだ

秋穂 そしてひとりぼっちの彼を
抱きしめてあげてほしい

響 今宵、ひとりの少年が
悲しみを知った

すみれ 行き場のない苦しみを
ひとりで抱えるしかない男

拓夢 打ちひしがれ

勉 どうすればいいのか判らない男

守 不器用な彼を
癒してほしい

豊 わたしに似ている彼を
癒してほしい

俊輔 まっすぐ進むことしかできない彼を
慰めてやるんだ

円 それは美しいことだと
教えてほしい

巡査 君にできることを
彼にしてあげてほしいから

秋穂・華・紗希・夏海・尚美・美玲・杏奈・司・響・すみれ・侑・飛鳥・拓夢・勉・守・豊・円・俊輔・巡査 彼の心を癒せるのは君だけ
だから今すぐ駆け出すんだ

秋穂 そしてひとりぼっちの彼を
抱きしめてあげてほしい

雪菜 そんなことできるか判らない
それでもわたしは走る
自分信じて

西森雪菜、退場

秋穂・華・紗希・夏海・尚美・美玲・杏奈・司・響・すみれ・侑・飛鳥・拓夢・勉・守・豊・円・俊輔・巡査 彼の心を癒せるのは君だけ
だから今すぐ駆け出すんだ

そしてひとりぼっちの彼を
抱きしめてあげてほしい

彼の心を癒せるのは君だけ
だから今すぐ駆け出すんだ

そしてひとりぼっちの彼を
抱きしめてあげてほしい

彼の心を癒せるのは君だけ
だから今すぐ駆け出すんだ

そしてひとりぼっちの彼を
抱きしめてあげてほしい


美玲 「みんな、バカみたい。他人の恋愛にこんな入れ込むなんて」
紗希 「そう言う美玲ちゃんも、さっきの響さんとすみれさんのことといい、けっこう熱くなってなってたでしょ」
美玲 「あたしもこの店に来て、バカがうつったのかな」
華 「だけど意外だったね。龍馬くんを嫌ってたはずの豊さんが急にあんなことを言い出したんだから」
豊 「嫌いだなんて言ってません。好きでもないけど」
飛鳥 「素直じゃないなあ」
拓夢 「龍馬さんの代わりにありがとうと言っとくよ」
豊 「別に褒められることなんてしてませんから」
秋穂 「わたしからもありがとう、龍馬のこと」
拓夢 「それじゃあそろそろおれたちは帰らせてもらおうか」
勉 「そうっすね」
飛鳥 「もう帰っちゃうの」
拓夢 「いつまでもおれたちが居座っていたらあんたらはいい気しないだろう」
勉 「ていうかそろそろ夜明けですから」
侑 「(携帯の画面を見て)うわ、マジじゃん」
夏海 「もう閉店時間」
尚美 「これから龍馬くんと雪菜ちゃんのところへ?」
拓夢 「おれたちがいたって邪魔なだけだ。そんな無粋な真似はしない」
勉 「このまま家に帰ります。早く帰んないとキリエがおっかないし」
華 「彼女を大事にね」
勉 「それじゃあまた縁があったら。龍馬さんによろしく伝えといてください」
秋穂 「判った。これからもあいつのことよろしくね」
紗希 「バイバイ」

磯貝拓夢と犬飼勉、退場

巡査 「では我々も」
杏奈 「我々?」
巡査 「米野木俊輔さん。ご同行願えますか」
俊輔 「これからかよ」
司 「もういいんだよお巡りさん」
秋穂 「司」
司 「この件に関してはなかったことにできないかな」
巡査 「待ってください、あなたは被害者のはずでは」
司 「守ちゃんの立場もあるし、これ以上事を大きくしたくないから」
俊輔 「ほら、あいつもああ言ってるんだからさ」
侑 「あんたが言う?」
すみれ「本当にそれでいいの」
守 「司さん」
巡査 「……皆さんは、我々警察官がなぜ罪を犯した人を逮捕するのか知っていますか」
夏海 「治安の維持?」
響 「それ以外ねえだろ」
巡査 「確かにそれが一番の目的です。しかし本官はもう一つ理由があると思っています。それは罪を犯した人に、自分のしたことを償ってほしいと願っているからです。そして人々のために真摯に生きる人に生まれ変わってほしい。あなたも、もう一度娘さんに胸を張って会いたくないですか」
俊輔 「おまえ……それは反則だろう」
巡査 「来て頂けますね」
俊輔 「牢屋でもどこにでも連れてけよ」
巡査 「ご協力ありがとうございました。また何かありましたら、こちらから連絡させていただきます」
華 「判りました」
巡査 「では失礼します」
俊輔 「じゃあな。二度と会わないだろうけど、元気でやれよ」
巡査 「ほら、来なさい」
俊輔 「はいはい」

隅田川巡査と米野木俊輔、退場

守 「司さん。わたしやっぱり、責任取ってこの仕事辞めます」
司 「守ちゃん、なんで」
秋穂 「言ってみて」
守 「わたしは司さんのことを裏切った人間です。だからこの先あなたと一緒に仕事をする資格はないんです。いつまでも司さんのご厚意に甘えるわけにはいきません。会社にはわたしからすべて話します」
司 「そんなことしなくていいよ、これからも一緒にいようよ」
尚美 「彼女のしたい通りにさせてあげたら。本当にこの子のことが好きなら」
司 「でも」
守 「司さん。いつも親切で優しかったあなたと仕事ができてわたしは幸せでした。それを台無しにした自分が腹立たしいです。短い間でしたが、こんなわたしを育ててくださって、本当にありがとうございました」
司 「……守ちゃん、もう帰ろう。今日は早く休もう」
守 「いえ、これからわたし、事務所で自分のやったことを洗いざらい」
司 「明日からもっと大変なことになるよ。だから今のうちにゆっくり休もう。判った?」
守 「はい」
司 「車、店の前に出しておいて」
守 「判りました」
司 「頼んだよ」
守 「はい。みなさん、おやすみなさい」
華 「おやすみ」

綾部守、退場

司 「アキ、会計お願い。カードで払う」
秋穂 「判った」
司 「あーあ、今日はついてないなあ。自分のことが好きな男の子をふらなきゃいけなくて、その上好きだった仕事仲間に裏切られて、離れていって、もう踏んだり蹴ったりって感じ」
豊 「司さん」
司 「誤解しないで。私この程度でへこんでなんかられないよ。私はこれからもっと有名になる。そのためにもっと辛い目に遭わなきゃいけないんだから」
響 「気に食わねえ」
すみれ「響」
響 「何が辛い目に遭わなきゃいけないだよ。自分に嘘ついてんじゃねえよっ」
司 「……そうだね。今のはちょっとカッコつけすぎた。でも、弱音を吐いているわけにもいかないから」
秋穂 「たまには電話してよ。愚痴くらいいくらでも聞いてあげるから」
司 「アキ」
秋穂 「私にとってあんたは大女優なんかじゃなくて、ただの友だちだから」
杏奈 「そうです、わたしもあなたのことよく知りませんから!」
紗希 「杏奈ちゃん」
司 「……ふふっ、あはははっ!」
飛鳥 「どうしよう、司さん壊れちゃった」
杏奈 「もしかしてわたしのせいで」
司 「違う違う! なんか今ので全部バカバカしくなっただけ! そうだよ、なんでいちいちヤなこと我慢しなきゃいけなかったんだろ」
侑 「とりあえず壊れたわけじゃないんだね」
司 「ふーっ、なんかスッキリした。ありがとう、アキ。それにあなたも」
杏奈 「えっと、お役に立てなら、何より」
司 「ようし、守ちゃん来たら仕返しに膝カックンするぞお」
美玲 「仕返しのスケールが小さい」
司 「そうだ、またここ来た時は龍馬くんにも膝カックンしようと思うんだけどいいかな」
秋穂 「勝手にしたら?」
司 「あ、携帯から……(自分の携帯を取り出す)車が店の前に来たって。じゃあまた連絡する」
秋穂 「無理しないでね。たまには休みなよ」
司 「アキもね。おやすみ」

轟司、退場。他の人々が一斉に店の玄関へ駆け寄って外の様子を眺める

飛鳥 「あっ、本当に膝カックンした」
豊 「司さんすっごい笑顔してる」
響 「これはこれですげえ嫌だな」
尚美 「あれくらいでなきゃ大物にはなれないってことじゃない?」
秋穂 「まあ司が元気になったらそれでいいよ」

カウンターにある置き電話が鳴る

秋穂 「はいはい少々お待ちを」

秋穂、電話の受話器を取る

秋穂 「はい、こちらバー『Venus』……えっ、ええ。はい、はい。ええ、只今こちらにおります。少々お待ちください」
夏海 「どこからですか」
秋穂 「円さん。漫画の編集者さんからだって」
円 「なんでここが判ったの」
秋穂 「(受話口に耳をあてて)……アシスタントさん達からたぶんここだって」
円 「言わないでって言ったのに」
すみれ「アシスタントさんも先生いなくて困ってるんだよ」
円 「いないって言って」
秋穂 「いるってもう言っちゃった。代わってほしいって」
円 「(秋穂から受話器を受け取って)……代わりました、星入です。はい、逃げました。すいません」
杏奈 「先生何かあったんですか」
紗希 「原稿が大変でこの店に逃げ込んできたの」
円 「判ってます。すいませんでした……えっ」
尚美 「どうかしたの」
円 「そ、そうなんですか。そうなんだ……」
華 「担当さん、なんて?」
円 「 (一度受話器を離して)リビングがアニメ化するって」
杏奈 「本当ですかっ」
侑 「リビングって円センセの漫画だよね」
紗希 「おめでとうございます!」
円 「ありがとう(電話に戻る)……はい、きちんと気持ち入れ替えてやります……ちょっ、何でそれ知ってるんですかっ」
豊 「今度はどうしたんですか」
円 「担当さん、昔あたしが書いてたBL同人のこと知ってた」
紗希 「えっ」
飛鳥 「どゆこと」
夏海 「今この人が載せてる漫画雑誌の別の漫画をネタに、昔BL同人描いてたんです」
杏奈 「やっぱり、あれって本当だったんだ」
美玲 「あれってどれ」
杏奈 「ファンの間じゃ前から噂になってたんですよ。星入先生の絵のタッチに似てるBL同人があるって」
尚美 「それじゃ知られて当然だったんじゃ」
円 「……はい、はい。判りました。ありがとうございます。一晩中待たせてすいませんでした。失礼します」

円、電話を切る

秋穂 「どうだったの」
円 「担当さん、あたしが初めて編集部に自分の漫画持ち込む前から、同人のこと知ってたみたいです。あたしがネタにしてた漫画の担当さんが、ちょうど今のあたしの担当編集で、色々二次創作を見る機会があってそれで」
すみれ「最初から目をつけられてたってこと?」
杏奈 「恐ろしい……」
円 「その時から担当さん、あたしのファンなんだって。初めて言ってくれました。だからファンをがっかりさせないでほしいって。アニメもあるからってさ」
華 「締切の件は?」
円 「半日だけ伸ばしてくれるって。今日の正午まで」
秋穂 「いま何時?」
夏海 「五時半です」
紗希 「あと六時間半」
円 「仕事場までだいたい三十分くらいだから、それを抜いたら六時間。きついね」
響 「昔から自分の漫画がアニメになるのが夢だったんだろ。良かったな」
円 「まだ実感わかないけどね」
杏奈 「アニメも楽しみにしてますっ」
円 「ありがとう。あたしも気合入れて頑張らなきゃ」
響 「じゃあオレたち帰るわ。すみれ」
すみれ「うん、じゃあまた」
円 「待って」
響 「どした」
円 「あたしさ、もし自分の漫画がアニメになったら、ひとつやりたいことがあったんだ。響さん、あたしのアニメの主題歌書いてくれないかな」
杏奈 「どういうことですか」
響 「待てよ、何でオレなんだよ」
円 「あたし原稿描いてるときね、いつもViolet Lightの曲ヘビロテでガンガンに流してやってるんだ。だからあたしの漫画には、あなたたちの曲しか考えらんないの」
紗希 「ナイスアイデアじゃないですか! やってみたらどうですか」
響 「ったって、んなこと漫画の原作者一人が決められることじゃねえだろ。そういうのは、アニメとか作る会社が用意した歌手がさ……」
円 「だからそういうのぶっ壊しちゃうような曲作ってよ。めんどくさい事情なんか全部吹き飛ばしちゃうやつをさ」
響 「……簡単に言ってくれるよな。曲の作るのも楽じゃないんだよ。それにさっきも言ったけど、オレはもう音楽の道は捨てたんだ。それよりオレはすみれと一緒にいたい」
豊 「でもすみれさんだって、響さんがもう一度バンドで歌うところを見たいはずですですよ。そうですよね」
すみれ「響がわたしのために将来を考えてくれるのは嬉しいよ。でも響がまた音楽を頑張ってくれたらわたし、もっと嬉しい」
響 「すみれ」
飛鳥 「あたし聞きたいです。響さんの書くViolet Lightの新曲をまた」
紗希 「それで有名になって、この店で凱旋ライブなんかしちゃったりしてさ」
美玲 「その時は、あたしも聴いてあげるから」
杏奈 「わたしも今ので興味出たかも。音楽はアニソン以外よく知らないですけど」
円 「やってみなよBADガール。もう一度、君の力を見せてよ」
響 「……すみれ。バンドの奴らにもう一度集まりたいって連絡してくれ」
すみれ「うん」
響 「あとさっきのカラオケの割引券あるよな。集まる前に自主練するぞ。あいつらに半端な声なんか聴かせらんねえからな」
円 「やってくれるんだね」
響 「やってやろうじゃねえか。オレたちの実力、見せてやるよ」
侑 「だいぶやる気じゃん」
秋穂 「応援しますよ、わたしもファンの一人として」
響 「さっ、とっとと帰って漫画最初から読み返さねえとな」
円 「単行本貨そうか」
すみれ「ううん、家に全巻あるから大丈夫。それに響、毎週雑誌買って最新話追っかけてるし」
夏海 「大ファンじゃないですか」
響 「余計なこと言うな」
円 「じゃあ仕事あるしあたしはお先に。お会計お願いします、電子で」
秋穂 「はい」
円 「ごちそうさまでした。いい曲、待ってるからね」
響 「判ってるよ」
円 「おやすみなさい」
杏奈 「頑張ってください」

星入円、退場

響 「会計、オレが払うよ」
紗希 「珍し、だいたいいつもすみれさんなのに」
響 「たまにはな」
すみれ「どっちみち元はわたしのお給料だけどね。わたしがあげてるお小遣いだから」
美玲 「完全にヒモじゃん」
響 「本当の自分の金で払えるように努力するよ。じゃ、ごちそうさん」
すみれ「おやすみなさい」
尚美 「おやすみ」
夏海 「おやすみなさい」
飛鳥 「おやすみなさい!」

阿賀野響と三条すみれ、退場

侑 「じゃ、わたしもお会計。QRコードで」
秋穂 「かしこまりました」
飛鳥 「あたしも。現金で」
侑 「さーてこれからどうしよっかな」
豊 「まっすぐ帰らないんですか」
侑 「もともと今日は遊びまくるつもりだったから。誰かさんのせいで全部ぶち壊しになったけど」
飛鳥 「もう許してくださいよ」
夏海 「そもそも侑さんはどうしてこの人をマッチングで選んだんですか。他にも良さそうな人はいたんじゃないですか?」
飛鳥 「そんな良くない人みたいに言わないでよ」
侑 「別に誰でも良かったんだけどね。一晩遊んでくれる相手が欲しかっただけだから。でも目に入ったアイコンの写真が知り合いがやってるバンドのグッズだったから気になって」

飛鳥、Violet Lightのキーホルダーを出して見せびらかす

侑 「まあ結果がこんな奴だったけどね。その上、店で代わりにいい感じの子見つけて連れ出そうと思ったのに、全然そんな空気にならなかったし。全部あんたのせいだからね」
飛鳥 「そこまで言わなくても良いじゃないですか」
尚美 「この時間他にどこかやってる?」
紗希 「コンビニ?」
夏海 「コンビニで遊ぶことはできないでしょ」
杏奈 「映画館とか。まだやってないかもしれないけど、早くて八時半くらいには始まるんじゃないですか」
侑 「どれどれー(携帯を見て)近くの映画館で朝イチの回が七時五十分から」
紗希 「早っ。誰がそんな時間に観に行くの」
美玲 「人が多いのが嫌いな人」
侑 「これにしよっかな」
秋穂 「それでもあと二時間ね。ここで待つ?」
侑 「いやいいかな。どっかのカフェ探して時間潰します」
華 「何の映画?」
侑 「えーっと、『初恋日和』」
夏海 「それ司さんが出てる映画じゃなかったですか」
尚美 「龍馬くんが観に行って良くなかったっていう」
華 「司さん以外はね」
侑 「そうだった、どっかで聞いたことあると思った」
豊 「観に行くんですか」
美玲 「やめたら? そんなの時間とチケット代の無駄でしょ」
侑 「……そういや、響さん言ってたよね。ひどい映画は誰かと観ると最高だって」
夏海 「趣味としては最低ですけど。悪口言い合って盛り上がれるって」

侑、飛鳥のいるほうを見つめる

飛鳥 「えっ、あたし誘われてる?」
侑 「友達とか仲良い人にこんなこと誘えるわけないでしょ」
飛鳥 「友達とか仲良い人リストにあたし入ってないんだ……」
侑 「一緒に来るの、来ないの」
飛鳥 「行きます行きますっ。あっ、チケット代あたしが全部出しますから」
侑 「だからそういうところがうざったいって言ってるの」
飛鳥 「そんなあ」
侑 「それじゃおやすみなさい」
尚美 「おやすみ」

真波侑、退場

飛鳥 「待ってくださいよ。あっ、おやすみなさい」

有村飛鳥、退場

華 「またのお越しを」
秋穂 「豊さん、大学の入学式があさって、いや明日って言ってたよね」
豊 「はい」
秋穂 「じゃあ早く帰って今日は家でゆっくり休んだら? これから忙しい大学生活が始まるんだから」
豊 「そうですね」
紗希 「大学がんばってね」
豊 「はい」
華 「また来てくれると嬉しいな」
豊 「はい、また来ます。あの、龍馬さんのことなんですが……」
秋穂 「気にしなくてもいいよ。これ以上はあいつ自身の問題だし、それに私や雪菜ちゃんもいるから。でも、ありがとね」
豊 「それじゃ、お会計しないと(自分の伝票を見て固まる)」
美玲 「どうしたの」
豊 「このお店、こんな高かったんだって」
夏海 「こういうお店ですから」
豊 「どうしよう、バイトしてお金貯めなきゃ。今度行けるの、いつになるかな」
美玲 「あたし、いっそのことこの店で働いてみようかな」
杏奈 「ここでバイトを?」
美玲 「決まりってわけじゃないけど」
尚美 「この店気に入ったの?」
美玲 「別に。あたしいま学校行ってないし他にすることないし。社会復帰には悪くないかなって。はい、カルピス代」
秋穂 「どうも」
美玲 「カルピス一杯にしてはずいぶん高い気がするけど」
豊 「素敵、良いと思う。でも高校生がバーで働いて大丈夫かな」
華 「お酒に触らない仕事ならできるよ。グラス磨いたり掃除したりお客さんとお話ししたり、あとカルピス作ったり」
杏奈 「お客さんとお話とか、わたし絶対ムリです」
美玲 「あたしだって好きじゃないけど、そろそろ引きこもり生活もキツくなってきたから。親の目もあるし」
秋穂 「いいんじゃない、人生経験積むにも。いろんな人と会える仕事だし。私は構わないよ」
夏海 「なら代わりにわたしここ辞めようかな」
紗希 「マジ?」
華 「ずいぶん急だね」
豊 「いいんですか、お姉さんは」
美玲 「誰の話」
豊 「夏海さんが昔好きだった人です」
杏奈 「女の人?」
豊 「いつか結婚しようって約束してたのに」
美玲 「そんなファンタジーなことを?」
夏海 「迎えに来ない方が悪いんですよ。いつまでもここで待ってたってしょうがないし、龍馬さんみたいにケリつけて新しい恋見つけないと」
紗希 「あたしはいいと思うな。応援する」
夏海 「ありがとうございます」
紗希 「わ、夏海ちゃんが初めてありがとうって言ってくれた」
夏海 「だから調子に乗らない」
秋穂 「店長としてはそうすぐに辞められたら困るけどね。でも悪くないと思う」
華 「今度はお客さんとして来てほしいな」
尚美 「他のところでも頑張ってね」
夏海 「別に今日辞めるわけじゃないですけど、ありがとうございます。(美玲に)あなたと今度会う時は、お客さんと店員さんかもね」
美玲 「すぐヤになって辞めるかもしれないけど」
紗希 「そう言わないでよ、優しくするからさ」
豊 「頑張ってね。わたしも学校が落ち着いたらバイト始めるから」
美玲 「そう」
豊 「じゃあわたし、そろそろ帰ります」
秋穂 「帰り道気をつけてね」
豊 「はい、今夜はありがとうございました。おやすみなさい」
夏海 「おやすみなさい」
美玲 「あのさっ……おやすみ」
豊 「またね」

桜内豊、退場

美玲 「本当はあたしよりあの子のほうがこの仕事向いてるんだろうね。明るいし、人懐っこいし、接客業に一番向いてるタイプ」
杏奈 「でもやりたいって言い出せるだけでも凄いですよ。わたしはそれもできない」
美玲 「友達をストーカーするよりはずっと簡単だと思うけど。バイトのことだけど、また店に連絡すればいい?」
秋穂 「そうね、改めて面接しましょう。いつやるかまた教えるから」
美玲 「そう。じゃあ今日は帰るから。それじゃ」

安野美玲、退場

尚美 「なかなかあの子クセが強いね」
紗希 「でもここで働いてる人みんなクセ強いですから。あたし以外」
夏海 「えっ?」
秋穂 「えっ?」
華 「えっ」
尚美 「え?」
紗希 「いや、あたしは普通でしょ」
杏奈 「え?」
紗希 「杏奈ちゃんまで言う?」
夏海 「言っときますけど、数時間までストーカーだと思ってた人にそんなフランクになれるのは相当変な人ですよ」
杏奈 「わたしが言うのもなんですけど、なかなか」
紗希 「そうかな、普通だと思うけど。あっ、店長、あたし先に上がります」
秋穂 「お疲れ」
夏海 「わたしも上がります。お疲れ様です」
華 「お疲れさま」
尚美 「お疲れ」
杏奈 「紗希さん、わたしも一緒に帰っていいですか」
紗希 「いいよ。表で待ってて。あたしたち着替えて裏口から出るから」
杏奈 「判りました」
紗希 「夏海ちゃんこの店辞めたらどこでバイトするの」
夏海 「どうしましょうかね、貯金は十分あるし……」

蘇芳紗希と布施夏海、退場

杏奈 「それじゃ失礼します。お邪魔しました」
尚美 「ねえあなた、ちょっといい」
杏奈 「はい」
尚美 「あなた、紗希ちゃんのほかに友だちいないって言ってたよね」
杏奈 「……はい」
尚美 「ならいっぱい作りなさい。紗希ちゃんひとりに依存するなんて不健全だもの」
杏奈 「いまさらできませんよ、紗希さん以外に話しかけたこともないし」
華 「別に考えすぎることはないよ。まず話しかけてみるだけでも」
杏奈 「わたしなんかが話しかけたところでなんだこいつって思われるんじゃ」
尚美 「人から話しかけられて悪い気になる人なんてそうそういないんじゃない」
秋穂 「もしいたとしてもそんなヤツ気にしなくてもいいよ。それに大学時代の友だちは一生もの付き合いになるから。大事にしといたほうがいいよ」
杏奈 「はい」
秋穂 「頑張ってね。また相談したいことがったらいつでも来て」
杏奈 「はい。ありがとうございました。ではまた」

藤森杏奈、退場

尚美 「さーてと、私も帰るとしますか。子どもが起きる前には家に戻らなきゃ。お会計お願い」
秋穂 「はい」
華 「話すんですか、自分のこと。お子さんには」
尚美 「どうかな、正直迷ってる」
秋穂 「黙ったままでもいいんじゃないですか」
尚美 「……言うならまずは旦那にだよね。あの子は判ってくれるのかな。お母さんがお父さんと自分を想ってるのは本当だってこと」
華 「伝わりますよ、心の底から愛してるんだったら」
尚美 「愛してるって、すいぶんとロマンチックな言い方ね。そういうのを恥ずかしがらずに言えるのが華ちゃんのいいところだけど」
華 「そうでしょうか。本当に言いたい人には、何も言えませんから」
秋穂 「華、好きな人いるの」
尚美 「その人があなたの気持ちに気付くのはいつになるのかしらね。今のこと、覚えておくわ。おやすみなさい」
秋穂 「おやすみなさい」
華 「おやすみなさい」

土方尚美、退場

秋穂 「これで全員帰ったか」
華 「今日は大変な夜だったね。ハードデイズナイト、こんなの初めてじゃない?」
秋穂 「毎日こんなんじゃ身体がもたないって」
華 「それは言えてる」
秋穂 「先代がいたときはこんなことが起きるような店じゃなかったのに」
華 「……秋穂さんは秋穂さんだよ。先代じゃない。あの人と同じじゃなくていいし、もっとわたしたちを頼ってよ」
秋穂 「そうね。華が若い子にコナかけてトラブル起こさなければ、わたしももう少しはラクができるんだけど」
華 「秋穂さんは判ってないな」
秋穂 「なにが」
華 「あれは当てつけなんだよ。わたしにちっとも振り向いてくれない人へのね」
秋穂 「当てつけって誰の」
華 「……何も言えないわたしのせいか」
秋穂 「それってさっきの? 誰、この店の誰か?」
華 「(秋穂のほうを見つめる)」
秋穂 「わたし?」
華 「でなきゃ会社員しながら夜もここで働いたりしないよ」
秋穂 「……知らなかった。私、華のことただの友だちだと思ってた」
華 「そう? わたしは秋穂さんのこと友だちだって思ってなかった」
秋穂 「ごめん、気づかなくて」
華 「それでどうするの」
秋穂 「どうするって?」
華 「わたしのこと、アリか、ナシか」
秋穂 「……ちょっと待って、返事考えとくから」
華 「いい返事をね。おやすみ」
秋穂 「おやすみ」

百木華、退場

秋穂 「ふーん、華が……」

時雨龍馬、戻る

秋穂 「おかえり」
龍馬 「(姉の顔を訝しげに見る)」
秋穂 「何」
龍馬 「何ニヤニヤしてるんだよ。いいことあったのか」
秋穂 「ニヤニヤしてない! それより雪菜ちゃんは? あの子に何か言われた?」
龍馬 「どうして知ってるんだよ」
秋穂 「どんなこと言われた?」
龍馬 「たいしたことじゃない。今度映画を観に行こうと誘われた。評判がいいんで気になってるらしい」
秋穂 「それで一緒に行くの」
龍馬 「断る理由もないからな。そうだ、おれから姉貴に渡しときたいものがある(懐から封筒のようなものを出し、秋穂に渡す)」
秋穂 「何これ。手紙?」
龍馬 「兄貴からだ」
秋穂 「兄貴って、あんた、あいつと会ってるの」
龍馬 「時々な。今日は映画終わって帰るときに見つかって捕まって、これを姉貴に渡せと頼まれた。だから遅れた」
秋穂 「これ、読まなきゃ駄目なの」
龍馬 「読んでやれよ。読むだけタダだ」
秋穂 「……(しぶしぶ手紙を読み始める)
『拝啓、時雨秋穂殿。こちら多忙な身ゆえ、失礼ながら前置きの言葉は省略させてもらう。久しぶりだな。お前が家を出て最後に会ってからもう十年にもなる。だから今のお前がどんな暮らしをしているのか兄には全く見当がつかない。龍馬からバーの店主になったと聞いたが、お前のことだから一人で悩みを抱え込んで、周りを心配させていることだろうな』」
龍馬 「当たっているな」
秋穂 「うるさい。『思えば十年前のあの時も親父と喧嘩して、おれたち兄弟には何も相談せず黙ってひとりで家から去ってしまった。されにそれを気に病んだ龍馬も続いて家を飛び出したせいで、おれは家の厄介ごとを全てひとりで負う羽目になった。この恨みは大きいぞ』……相変わらず嫌味なやつ。
  『秋穂、お前が家を出た理由を知った時、おれはなんて馬鹿な奴だと思ったよ。個人的なつまらない趣味などさっぱり切り捨てて、親父たちの言うことに大人しく従っていれば、約束された未来が待っていたというのにな。実際、おれはそうやって生きてきた。だが、ここに来て考えを改めなければならない時が来たようだ。秋穂、おれは結婚することにした。相手は長年おれの仕事の助手をしてくれている女性だ。彼女にならおれという人間すべてを委ねていい思っている』……へえ、あいつと結婚するなんて見る目ないね、この人」
龍馬 「言ってやるな」
秋穂 「『もちろん親父どもは反発した。連中の用意した相手と結婚するように迫られたが、それは奴らの問題であっておれの知ったことではない。妨害はされるが、彼女のためならおれは何でもしようと思う。やっと気持ちが判ったよ。秋穂、お前が守りたかったものは、こういうものだったのだな。今度一緒に食事に行かないか。彼女のことも改めてそこで紹介しよう。お前も紹介したい人がいたら連れてくるといい。龍馬と違って何の助けになれなかったおれになど、会いたくはないかもしれない。しかしおれはもう一度お前に会いたい。そしておれの愛する人のことを知ってほしい。これだけは知っておいてほしい。では返事を待っている。また会おう。お前たちの兄より』……お兄ちゃんに好きな人ができるなんてね。恋愛なんて人間にとって最も無駄な感情だとか言ってた人なのに」
龍馬 「それでどうする、この誘い」
華 「行くよ」
龍馬 「意外だな。兄貴は断るだろうって言ってた」
秋穂 「あいつの結婚相手の顔を見てみたいからね。それに、わたしも紹介したい人ができたからさ」
龍馬 「いつの間に。誰だよ」
秋穂 「そのうちね。ねえ龍馬」
龍馬 「何だ」
秋穂 「わたしのことどう思う? わたしについて家を出て、後悔とかしてない? わたしのこと、ひどい姉さんだと思わない?」
龍馬 「まあ、時々腹が立つ時はあるな。無茶させたり、強引だし、この店に無理矢理連れて来た時とかな」
秋穂 「そう」
龍馬 「だが姉貴はおれの自慢の姉貴だ。それだけは確かだよ」
秋穂 「……ありがとう」
龍馬 「ネクタイ結んでくれるしな」
秋穂 「それは自分でできるようになんなさい」
龍馬 「はいはい、判りましたよ」
秋穂 「じゃあ私、片付けとかするから先休んでて」
龍馬 「判った。お疲れ」
秋穂 「お疲れ」

時雨龍馬、退場


  M-19『いつでも君を』

秋穂 終わりの見えない
トンネルを抜けて

飛び込む光が
目に眩しい

心の鎖を
ほどいてくれた

君はいつでも
そばにいてくれた

どうして気づかなかったんだろう
かけがえのないものは近くにあったのに

だから君に
私の想い届けたい

これから何をしよう
言ってみてよ

あなたの行きたい場所に
走り出して

わたしの行きたい場所にも
来てほしい

泣いてばかりの
日々は過ぎ去って

澄み切った青空が
目に映る

私の涙を
拭ってくれた

君はいつでも
待っていてくれた

ようやく気づいたんだ
かけがえのないものが近くにあること

だから君に
最高のお返ししたい

もう後悔はしないって
決めたんだ

助けられてばかりの
わたしじゃなくて

あなたと助け合う
わたしでいたい

これから何をしよう
言ってみてよ

あなたの行きたい場所に
走り出して

わたしの行きたい場所にも
来てほしい

もう後悔はしないと
決めたんだ

助けられてばかりの
わたしじゃなくて

あなたと助け合う
わたしでいたい

時雨秋穂、退場


  M-Curtain Call『誰かのために君がいる』

響 アパートの玄関で君を
両手で抱きしめる

待ってくれた君に
愛を囁く

君は言う
どうしてわたしなのか
世の中には素敵な人が大勢いるのに

だけど僕は言える
輝く星々から
どうして君を選んだか
僕には君しか考えられない

誰かのために君がいる

喧嘩して飛び出した君を
公園で見つけた

ひとりで泣いていた君に
口づけをする

君は言う
どうしてわたしなのか
世の中には素敵な人は大勢いるのに

だけど僕はり言える
輝く星々から
どうして君を選んだか
僕には君が必要なんだ

誰かのために君がいる

君は言う
どうしてわたしなのか
世の中には素敵な人が大勢いるのに

だけど僕は言える
輝く星々から
どうして君を選んだか
僕には君しか考えられない

誰かのために君がいる


『女神のほほえむ夜』終 



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