本の森 学園

本を通して出会った卓也と美咲が 一夏の青春を駆け抜けながら、 互いに思いを通じ合わせる青春恋物語。
稲荷祐太 46 0 0 12/29
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第一稿

脚本「本の森」第一稿 作:稲荷祐太

入稿:2018年8月23日
脱稿:2018年9月15日


(主要登場人物)
・平野卓也…高校三年生。聖徳学園高校野球部に所属。 ...続きを読む
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脚本「本の森」第一稿 作:稲荷祐太

入稿:2018年8月23日
脱稿:2018年9月15日


(主要登場人物)
・平野卓也…高校三年生。聖徳学園高校野球部に所属。
・松浦美咲…高校二年生。清宮女子高等学校の生徒。
・堀田真由…美咲の親友で幼なじみ。陸上部に所属。
・影山玲子…美咲のクラスの学級委員長。成績優秀。
・平野友美…卓也の母親。シングルマザーで、デザイン会社に勤務。
・本田 進:高校三年生。卓也と同じ野球部に所属。
・中川俊介:高校三年生。卓也のクラスメイト。
・長浜誠一:書店「ブック・アラモード」の店長。美咲の親戚。





















○電車(昼)
卓也が電車の中で、ひとり本を読んでいる。
手には、ジェイムズ・ウィルソンの『主体性の論理』の文庫版を持っている。
ここで、ジェイムズ・ウィルソンと思われる男性の声で、朗読が入る。

ウィルソン(OFF) 「我々が現代において真に問わねばならない事柄とは、人間を考察的に分析した客観性の証明でもなければ、いわゆる人間理論の理論的な完璧さでもない。
 そうした外界と内界を結ぶ上での『現代的な主体性の存立構造』にこそ、我々が現代性の中で探し求め続けてきた、『にんげんとはなにか?』という類の問いに対する直観的描像、言うなれば『答え』を提供できるのではないかと期待している。」

卓也が本から目を上げる。そして、深いため息をつく。

卓也(OFF)「やっぱり難しいな…。」

電車が山沿いの海が見える線路を走っている。

○駅構内(昼)
卓也は地方路線の駅で途中下車する。
駅員の人に切符を手渡す。

○駅構内(昼)
案内板を見ながら、卓也がスマホを確認する。
そして、窓口で駅員の人に近くの図書館の行き方を聞いている。

○図書館(昼)
卓也が入口のところまでやって来る。すると、美咲からLINEが入る。
卓也はスマホの画面を確認する。
画面には「大丈夫?無事着いた?」と美咲からのメッセージが書かれている。
卓也が手元で返信を打ち返す。

卓也「ばっちり…と。」

卓也のスタンプ付きのメッセージが送信される。
そして、ショルダーバックをかついで図書館の中に入る。

○図書館(昼)
図書館の館内で、卓也がカウンターの職員の女性に予約本について質問をしている。
そこで、すぐに職員が予約本を取りに、書庫へ向かう。
そして、職員が戻ってくると、『自由人と組織人』と書かれた古い厚手の単行本を手渡す。
本のカバーには、「ジェイムズ・ウィルソン著 芹沢一輝訳」と書かれている。

次の電車までしばらく時間があるので、卓也が図書館の中庭のベンチで一休みする。

夏の強い日差しが照り付ける、熱い昼下がりであった。

木陰でペットボトルの水を飲みながら、すかさず先程借りた古い本をバッグから取り出す。
そして、木陰でそよ風に吹かれながら読書を始める。

○公園(夜)
美咲が公園でブランコに揺られながら、卓也と会話している。

美咲「『自由人と組織人』か…。」

ここで美咲がスマホで何か調べ始める。

美咲「うーん…。」

卓也が心配になって質問する。

卓也「松浦さんの書店には在庫がないとか?」

しかし、美咲は表情を曇らせたまま、しばらく画面とにらめっこしている。

美咲「いや、そうじゃないんだけどね…。
…そうじゃないんだけど、文庫版の訳がイマイチなんだよね…。」

そして、パッと顔が明るくなり、画面を卓也に見せる。

美咲「あった!あった!
   芹沢版の『自由人と組織人』。」

○図書館(昼)
美咲の台詞がこぼれる。

美咲(OFF)「『海外の本は、翻訳者で選ぶべし!』
実際のところ、分かりやすい優れた翻訳がいつも新しい本だとは限らないからね。」

そこで一陣の風が起こる。卓也は、強風に帽子を押さえる。
そして、本を読みながら、一人微笑を浮かべる。

卓也「うん。これは、確かに分かりやすいな…。」

卓也がいつものクセで、本を読みながら足を組む。

中庭の楠の周りの花壇では、ヒマワリが風に吹かれて揺れていた。

○校庭(昼)
卓也がウォーミングアップのキャッチボールをバッテリーを組む本田進としている。
軽いキャッチボールをしながら、本田がからかう。

本田「なあ、卓也。美咲ちゃんとはどうなったんだ?」

その言葉に対して、眉一つ動かさず、真剣な表情で投げ込む卓也。

卓也「からかうな。本田。」

本田がボールを投げ返す。

本田「でもな、連絡は取り合っているんだろ。…で、何を話したりするんだ?」

卓也がボールをキャッチする。

卓也「本の話。」

そして、卓也がボールを投げ返す。

本田「やっぱり『女子と付き合う』ってどんな感じなんだ?」

卓也「お前には一生分からん。」

卓也がわざと見当はずれな方向へボールを投げて、本田がそれを慌てて取りに行く。

○書店(昼)
ここで、卓也のモノローグが入る。

卓也(OFF)「あれは、制服がまだ夏服に変わったばかりの頃であった。」

卓也が一人本屋に入る。
土曜日の部活帰りに本屋に立ち寄ったのであった。

足早にいつものお気に入りコーナーを巡回して、新刊本のチェックを済ます。
そして、最後に文庫本のコーナーで立ち読みをするのが習慣であった。
手にはすでに一冊本が握られている。

卓也「さて、だいたいチェックはこれくらいか…。
   あとは、文庫本コーナーで立ち読みと…。」

そこで、階段を降りながら2階の文庫本コーナーに向かう。
本棚の横を通り抜けながら、文庫本コーナーに到着すると、面出しされている新刊本を
ざっと見る。
そして、一冊の本を手に取る。

卓也「『メモリーポリス』…、記憶警察か…。」

そして、何気なく本を取りながら、ポップに目を移す卓也。
そこには、少し丸文字だが丁寧な字で、紹介文が書かれていた。

卓也「『記憶はいかなる時も最高機密』か…。」

そして、書店内のベンチに座って本を読み始める。

卓也(OFF)「篠原明美は幼少期、『地下鉄及びアパート同時多発テロ』の犯人を目撃していた。」

○警察署(朝)
ここで「メモリーポリス」の劇中劇のシーンが入る。
シーンは卓也の朗読でダイジェストに進んでいく。

明美「わたし、同じ形のバッグを持ってた人、おぼえてるよ。」


○研究所(昼)
卓也の朗読が入る。

卓也(OFF)「そこで、明美の記憶データの解析が行われることになった。」

子どもの明美が理化学研究所と思われる所で、頭に大量のセンサーを取り付けられている。
そして、明美はゆっくり目をつむる。

卓也(OFF)「しかし、外部から謎のハッキングを受け明美は意識を失った。」

○病室(夕方)
そして、病室で明美が頭の包帯を取ってもらっているシーンに変わる。
病室の外では、明美のお母さんがうつむいてベンチに座っている。
女性の看護師が声をかける。

看護師「お母さま。もうそろそろ面会が可能になりますので。」

そして、お母さんが病室に通される。

母「明美!」

涙を流して、喜ぶ母親に対して、隣にいる医師と看護婦が苦々しげな表情をしている。

すると、明美が不思議そうな顔でつぶやく。

明美「ねえ、おばちゃん。おばちゃんだれなの?」


○書店(夕方)
時刻は夕方になり、読書を始めてから、すでに長い時間が経過している。
卓也の朗読は続く。

卓也(OFF)「明美は、ハッキングの記憶障害から幼少期の記憶を丸ごと失ってしまったのだった。」

卓也が窓の外を見る。
すると、既に日が傾き始めている。

卓也「あっ、いけない。もうこんな時間か。」

文庫本を本棚に戻す時、ふとポップの絵に目が止まった。

卓也「この人のポップ、上手だな…。」

卓也がしげしげとポップを見つめる。

そして、最後にポップの作者名に目が止まり、卓也がポツリとつぶやく。

卓也「書店員Mか…。」

○書店(夕方)
レジカウンターで精算を済ませている卓也。
ここで卓也のモノローグが入る。

卓也(OFF)「よくよく考えれば、あれが『僕たち』の出会いだったと表現しても言い過ぎではないのかもしれない。」

○書店 外(夕方)
卓也が本屋から出てきて、バッグの中に本を入れる。

卓也(OFF)「少なくとも、僕たちが知り合ったのはほんの些細なきっかけからだった。」

そして、自転車にまたがると、夕日が長い影を道に落とす中、夕焼けの町を帰路についた。

○書店(夜)
美咲が職員用の事務室で、ポップ作りをしている。
すると、店長の長浜誠一おじさんが入ってくる。

長浜「美咲ちゃん、まだ残ってたの?」

美咲は少しウトウトしていて、ハッと我に返る。

美咲「誠一おじさん。すみません。
この新刊本のポップだけは今日中に済ませちゃおうと思って…。」

美咲の丁重な姿勢に、長浜は逆に頭を下げる。

長浜「いや、いいんだよ。美咲ちゃん。
   こんなに頑張ってくれてるんだから。」

そこで、長浜が話しながらコーヒーを入れてくれる。

長浜「ところで、美咲ちゃん。
   こんどは何のポップ作ってるの?」

そこで、美咲は文庫本と書きかけのポップを見せた。

美咲「まだキャッチコピーは考えてないんですけど、一応これです。」

長浜「三島新平『知らぬ存ぜぬ』…か。なんだか面白そうだね。」

ニコッと笑う長浜。
美咲もコーヒーを飲みながら、同様に笑みを浮かべる。

美咲「それ、時代劇モノなんですけどね。
   展開が凄く面白いんですよ。
   主人公の平吉が伊勢参りに行ってくると家を出ていくところから物語は始まるんですけど、道中の知らないところで悪人が悪い事をしたり、平吉をだまそうとしたりするんです。だけど、なぜか失敗続きで。身分を隠した殿さまとも仲良くなったり、従者の六兵衛なんかもどこかまぬけで、おっちょこちょいなところがあるんだけど、この物語に出てくる人がみんないい人で。最後は周りの人たちも巻き込まれながら、てんやわんやの大騒ぎになっていくんだけど、最終的には片想いのお久という武家の娘と結ばれるっていう話なんです。
   いわゆる、ドタバタ人情喜劇ってところですかね。」

美咲は、本をパラパラめくって、付箋の貼っている個所をチェックしながら話した。

長浜「それで、キャッチコピーは思いついた?」

長浜が美咲の分のコーヒーもしまいながら、尋ねた。

美咲「うーん…そうだな。『渡る世間に鬼はなし』にしようと思います。」

ここで、美咲が時計を見る。

美咲「あっ!もうこんな時間。早く帰らないと。」

急いで文房具をペンケースにしまう美咲。

長浜「お母さんにもよろしくね。」

美咲がバッグを肩にかけ、深々と頭を下げる。

美咲「いえいえ。母もいつもおじさんのお世話になってすみません、って言ってます。」

長浜「いいんだよ。こっちの方は、手伝ってもらえて、むしろ大助かりなんだから。
   また、いつでも来なさい。」

美咲はにこっとほほ笑んだ。

美咲「はいっ。よろしくお願いします。」

○自宅(夜)
卓也の自宅に母・友美が帰ってくる。

友美「ただいまー。卓也、もうご飯食べた?」

卓也はテーブルで一人本を読んでいる。

卓也「うん。あと、洗濯物、取り込んでおいたから。」

友美「ごめんね、卓也。いつも遅くなって。
   明日はご飯作れると思うから。」

友美はスーツの上着をハンガーにかけながら話す。
しかし、卓也は本から目を上げない。

卓也「うん。分かってる。」

友美がキッチンでコップを出しながら、卓也に話す。

友美「あっ!卓也。また本買ったの?」

卓也は平然としている。

卓也「うん。」

コップにお茶をつぎながら、友美が話しかける。

友美「前買った本はちゃんと読んだの?」

卓也「うん。1週間で読んだ。」

友美がテーブルに卓也の分のお茶を置く。
すると、卓也が本から目を上げる。

卓也「あっ、ありがとう。」

友美はテーブルにつきながら言った。

友美「お母さん、ここんとこ残業が多くて、なかなかお世話できなかったから、日曜くらいは、ゆっくりすることにするね。」

しかし、卓也はまだ本を読むことに集中している。

卓也「うん…そうだね。」

友美「あっ、また人の話、聞いてないな。
   野球部にはちゃんと行ってる?」

卓也「うん。今日も練習あったけど、午前中だけだったから。
   で、午後の帰りに本屋に寄って、立ち読みしてたんだけど、ちょっと遅くなっちゃって。」

友美は穏やか表情で卓也を見ている。

友美「ふーん。そうなんだ。」

しばらくの間、友美は缶チューハイを飲みながら、テレビを見ている。
一方、卓也は黙々と本を読み続けている。

そこで卓也がハッとしたように本から目を上げる。

卓也「あっ、そうだ。母さん。本屋にポップってあるじゃない?」

友美「うん。そうだね。」

卓也「あれって、母さんみたいなデザイン会社の人が絵を描いてるの?」

友美は少し考え込んだような表情で答える。

友美「いや、そういう場合は少ないかな。
   あらかじめ書店用のポップデザインを作る時もあるけど、大体はその本屋の書店員の人が描いていることが多いはずだよ。」

卓也「…ふーん。そうなんだ。」

ここで、お風呂の給湯音のお知らせが鳴る。

SE「ピリリ~ン。お風呂が沸きました。」

友美「あっ、じゃあ先にお母さん、お風呂に入っちゃうね。」

友美が席を立つ

卓也「うん。分かった。」

卓也も席を立ち、テレビの電源を消した。

卓也のマンションの近くには電車が走っており、電車の音が遠くまでこだましていた。
マンションの小さな一室に明かりが灯り、夜空にはきれいな星が出ていた。

○学校(昼)
先生「それでは、夏休み中も各自、受験勉強は進めるように。」

学校の終業のチャイムが鳴る。
この日は二学期の終業式であった。
ホームルームが終わり、学生たちは自由時間となった。

本田「あー、3年の夏は補講があるから、かったるいよな。」

卓也は、まだノートを片付けている。
そこに、クラスメイトで仲良し3人組の中川俊介が卓也の席にやって来る。

俊介「本田と卓也は、このあと部活?」

本田は既に弁当を食べ始めている。

卓也「ああ、俺たちは弁当食べたら、午後から部活だよ。」

俊介「大変だな。野球部も。もう、夏の地方予選が近いだろ?」

卓也「ああ。もうそろそろかな。抽選会がこの前あったけど、二か月後くらいには、第一試合が始まるんだ。」

ここで、本田が弁当を食べながら話す。

本田「それで、俺たち第一シードにあたってさ。こりゃ間違いなく、一回戦敗退だぜ。」

俊介が笑いながら答える。

俊介「まあ、うちの学校の野球部は、正直強くないからな。
   うちのエースも坊主頭じゃないし…。」

卓也が頭の髪を触りながら、校庭を見つめて話す。

卓也「まあ、やるだけのことはやってみるよ。」

ここで、本田が一度箸をおいて、お茶を飲む。

本田「で、俊介。お前、京大を目指しているんだろ。」

俊介「ああ。もう過去問も解き始めたし、2年の時から準備してたからね。」

ここで本田が模試の結果用紙を取り出す。

本田「俺たち、一応理系だろ?でも、おれ数学が全然ついて行けてないんだよなあ。
   この前の模試も、数学は惨敗だったし…D判定だぜ、D判定。」

俊介が笑いながら答える。

俊介「センター利用のAOだったら、数Ⅲは使わない学部もあると思うから、そこらへんで探してみたらどう?」

本田は再び弁当を食べ始める。

本田「そうだな。オレの場合、正直県外ならどこでもいいしな。」

俊介「それで、卓也はどう考えてる?卓也は正直、成績に困ることは無いだろ?」

卓也は不意を突かれたようで、少し困ったように考え込んだ。

卓也「俺か…俺は、まだ未定かな。
もちろん、進路希望は出しているけど、まだ県外か県内にするかで、正直迷ってる感じ。」

俊介「まあ、卓也の場合は奨学金を取らないといけないと思うから、決めるなら早めの方が良いと思うよ。申請期間の関係もあると思うし。」

卓也「そうだな…。」

卓也は、あらかじめ買っていた購買のパンを食べ始める。

そして、俊介は去り際に言った。

俊介「あっ!そうだ。そういや、卓也、学校の近くの本屋に通ってるだろ。『ブック・アラモード』っていう店。」

卓也は俊介の意外なことばに一瞬動きを止める。

卓也「…ああ、まあな。」

俊介「僕も本が好きだけど、あそこの本屋は品ぞろえがいいから、気に入ってるんだ。
   …実はね、あそこの本屋の店長がうちの父さんと同級生で、よく家に来るんだ。」

○書店(昼)
挿入シーン。
卓也が文庫本コーナーで集中して本を読んでる。
その様子を店内で見かける長浜。

俊介(OFF)「それで、制服でうちの高校の生徒がよく通って来てくれるって言っててさ。
すごく喜んでたんだよ。」

○学校(昼)
俊介「それで、よかったら紹介してくれないか、って言ってたんで、お前のこと少し話しといたから。」

卓也は意外そうな表情で話を聞いている。

卓也「ああ…俺はまあ構わないけど…。」

俊介「それなら話が早いな。まあ、今度行ったときに少し話してみろよ。
   背の低い、中年の黒ブチの眼鏡をかけた『長浜誠一』っていうおじさんだから。」

卓也「…ああ、分かった。」

俊介「じゃあ、僕は帰るね。このあと塾があるし。」

本田「卓也、パン食わねえのか?」

卓也は話を聞きながら、焼きそばパンを手にもって、しばらく茫然と自分が固まっていることに気が付いた。

○学校(昼)
美咲は昼休みの時間に一人本を読んでいる。

真由「美咲ー、お昼食べよう。」

美咲「あっ、うん。」

ここで、美咲の前の座席に真由がお弁当を持ってやって来る。

真由「おっ、美咲。またアルバイトですか?」

ここで美咲が本から目を上げる。

美咲「違うよ、真由ちゃん。別にお金もらってるわけじゃないし、これはお手伝い。」

ここで、美咲が本を閉じる。

真由「でも、心配したよ。美咲、先週学校休んでたから。」

ここで、美咲が小さなお弁当箱を開ける。

美咲「うん。ごめんね。でも、学校に行くの、ちょっとしんどかったから。」

ここで真由が大きく手を振る。

真由「いいの、いいの。美咲とは、携帯で連絡とってたし、あたしの方も部活で忙しかったんだから。」

ここで美咲が校庭を見る。

美咲「そういえば、もう夏休みかー。」

真由「終業式は明後日だよ。まあ、うちらは2年だから、補講は午前中だけだからね。
   …で、美咲は夏休みは学校来る?」

ここで考え込む美咲。

美咲「うーん…そうだな。おじさんに訊いてみないと、よく分からないかも。
   夏休み中に読みたい本もあるし。」

美咲の言葉にけらけら笑う真由。

真由「ハハハ、まさに美咲は『本の虫』ってやつですな。」

すると、美咲は半分冗談で、嫌そうな顔をする。

美咲「もう、真由ちゃん。やめてよ。私が、虫嫌いなの知ってるでしょ?」

真由「あははは、分かってる。分かってるって。」

ここで、美咲たちの席に学級委員長の影山玲子がやって来る。

影山「松浦さん。ちょっといいかしら。」

美咲「あっ、はい。影山さん。」

美咲は背を正して、少し身構える。

影山「夏休みの体育祭の準備についてだけど、松浦さん参加できそう?」

影山は少し怪訝な表情で訊く。

美咲「それは…ちょっと家の手伝いもあるので、正直まだはっきりしないんですけど…。」

影山は片手を美咲たちの机に突き立てる。

影山「松浦さん、この前の役決めの時に学校来てなかったから、分からないかもしれないけど、一応松浦さんの役も決まってるから。ある程度手伝ってくれないと、みんな迷惑するんだからね。」

美咲「は、はいっ…。」

影山の強い言葉に、縮こまる美咲。
影山も自分が少し感情的になっていることに気付き、落ち着きを取り戻す。

影山「…もちろん、無理にとは言わないけど。
   その時はその時で、こっちで対応するから、一応考えといて。」

そして、影山は一人、自分の席に戻っていった。

真由ちゃんがぼそぼそっと美咲に耳打ちする。

真由「美咲、気にすること無いよ。
   あれ、影山なりの当てつけなんだから。」

美咲「えっ?そうなの?」

真由「うん。ほら、美咲って出席日数が少なくても、クラスで成績トップでしょ。影山はいつも2番だから、それで美咲のこと、ひがんでるだけなんだから。」

美咲は少し困ったような顔をする。

美咲「うーん、そんなものなのかなあ?」

真由「絶対そうだって。
あー、やだね。女の嫉妬ってやつは。これだから、女子高は…。」

真由はお弁当を食べながら話している。
美咲はちらっと影山の席の方を見る。

すると、影山は一人ぼっちでお弁当を食べていた。

○探偵事務所(昼)
『のら猫ホームズ』の挿話のシーン。
のら猫探偵事務所のオスティが相棒のクンマーと共に、クライアントの女性(ネコ)から話を聞いている。

ここからはセリフ以外は卓也の朗読。

『「ほう。それは興味深い話ですね。」

ここでオスティは席を立って、バイオリンを手に持った。

「つまり、あなたの旦那さんは、書き置きを残して失踪した。
それをあなたは、『裏切り』だと言いたい訳ですか?」

ここで女性はハッとなって、反論する。

「いえ、私はそんなわけでは…。」

「確かに、あなたの夫は機密情報を盗んで逃走した。それも、あなたが入手していた極秘文書だ。
 あなたは、ライターとしてそれを新聞社に売り込もうとしていた…。
しかし、ラベットさん。これは仮の話ですが、もしもあなたのご主人が、単なる弁護士ではなかったとしたら、どうしますか?」

「…と、言いますと?」

当惑する女性に対して、オスティがパガニーニの「第24番カプリース」を弾き始めた。
オスティは複雑な旋律を見事な手さばきで弾き分ける。

「つまりです、絡まってほつれた糸をほぐすのが探偵という仕事だ、ということです。
奥さん、あなたの旦那さんは僕の検討では、ずばり『スパイの諜報活動』を生業としていたはずです。」

クンマーは驚きのあまり、握っていた葉巻を地面に落としてしまった。』

○自室(夜)
卓也が勉強の合間に、小説『のら猫ホームズ』を読んでいる。

卓也「…おもしろい。」

そして、本にしおりをはさんで、本棚に小説を戻した。

卓也「それにしても、実に面白いな。」

そこで、本棚をざっと見渡す卓也。

卓也「これで5冊目か…。」

本棚には、『メモリーポリス』と『知らぬ存ぜぬ』の本も置いてある。

卓也「書店員Mさんか…。」

ぽつりと卓也がつぶやいた。

○書店(昼)
長浜が5階の事務室で入荷品の整理と在庫のチェックをしている。
すると、店員から連絡が入る。

店員「店長、松本卓也さんがいらっしゃいましたよ。」

長浜「あ、じゃあすぐ降りるから、待っててもらって。」

1階のレジでは、卓也がカウンターの側で長浜を待っている。
すると、長浜がエレベーターで降りてきた。

長浜「やあ!君が松本くんだね。」

卓也はお辞儀をする。

卓也「はい。松本卓也と言います。」

二人は、レジからエレベーターに向かって歩きながら話す。

長浜「中川の息子さんから話は聞いたよ。君、野球部なんだってね。」

卓也「はい、まあ一応。」

ここで長浜がエレベーターのボタンを押す。

長浜「まあ、ここで話すのもなんだから、事務室までおいでよ。
   時間は大丈夫?」

卓也「はい。今日の部活はもう終わってるので。」

○事務室(昼)
卓也が事務室の中に入ってくる。

卓也「失礼します。」

長浜「狭いとこだけど、どうぞ。」

卓也はテーブルに荷物を置く。
長浜もパイプ椅子に腰を下ろした。

長浜「それで、話なんだけど、松本くんも本が好きだよね?」

卓也「はい。よく読んでいる方だと思います。」

そこで、ニコッと笑みを浮かべる長浜。

長浜「やっぱり?ちょうどよかった。
   実は今度、書店の中にヤングアダルトコーナーを作ろうと思ってるんだけど、一般読者の人の中から、おすすめ本をフューチャーしてもらおうと考えてるんだ。
   『ブックキュレーター』って言葉は知ってる?」

卓也「キュレーターって言うと、美術館で展示を考える人のことですよね?」

長浜「そうそう。それで自分のおすすめの本を選定して、紹介する人をブックキュレーターって言うんだよ。」

卓也「なるほど。最近だとよく本屋大賞とかもありますからね。」

長浜「イメージとしてはそんな感じ。キュレーターの本は、あらかじめ系列書店で決まってるんだけど、その中でも、パワープッシュという形で、うちの本屋オリジナルの特集を組もうと思ってるんだ。
それで一般モニターとして、ときどきこんな形でお話を聞かせてもらいたくてね。」

卓也「僕の方は、全然かまいませんよ。」

ここで、長浜が卓也にお茶を出す。

長浜「でも、松本くんは高3でしょ?勉強の方とか大丈夫?」

卓也はお茶を飲みながら、少し顔をほころばせる。

卓也「いや、僕の場合、勉強に身が入らない時に本を読む、っていう感じで、結構本を読んでる時間の方が長かったり。」

長浜は少し驚いたように話す。

長浜「そうなの?最近の子にしては、めずらしいよね。
   今頃の子って、ほとんど本とか読まないから。」

卓也は笑って答える。

卓也「僕の場合、子どものころに幼稚園で絵本を読んでいることが多かったみたいですし、小学校に入っても、マンガとかアニメよりも本の方が好きで。
   もしかしたら、そんなことも関係しているかもしれません。」

長浜「へえー。ライトノベルとかは読まないの?」

卓也「いや、読まないわけじゃないんですけど、あんまり趣味ではないのかもしれません。
   それなら、海外文学とか文庫本の方が好きです。」

卓也の言葉に感心する長浜。

長浜「ふーん。じゃあ、本当に本が好きなんだね。しかも、かなり本格的に。
   おじさん、君とよく似た子を一人知ってるよ。」

ここで、卓也が話を切り出す。

卓也「あのー、ひとつお聞きしてもいいですか?」

長浜「ああ。なんでもどうぞ。」

卓也「よく、文庫本コーナーとかでポップを目にするんですけど、あのポップの書店員Mっていうのは、長浜さんのことですか?」

すると、メガネを取って、急に笑い出す長浜。

長浜「あーあれね!あれは僕じゃないよ。
   僕ってこどもの時から文才が全くなくてね。
   絵も描けないから、ああいうのは全然書けないんだよ。」

卓也はまじめな様子で訊いた。

卓也「じゃあ、別の書店員の方が書かれているということですか?」

ここで、長浜は顔に手を当てて少し考え込む。

長浜「あれはねー、書店員というか、うちの親戚の子がお手伝いで来てもらって、書いてくれてるんだよ。松浦美咲っていう子なんだけどね。」

ここで、卓也が名前を繰り返す。

卓也「松浦…美咲…。」

長浜「君と同じくらいの年頃の子だよ。清宮女子高校に通ってるんだけどね。
   今日、来る日だったかな?
   ちょっと確認してみるね。」

そこで、長浜は職員用の携帯電話で確認する。

長浜「あー、田中くん。美咲ちゃんのシフトだけど、今日入っていたっけ?」

そして、しばらくしてから、返事を返す長浜。

長浜「あー、そっか、そっかー。
うん、うん。分かった。ありがとう。
…ごめんね、松本くん。今日は来れないみたい。明日なら来る予定になってるんだけどね。」

卓也「じゃあ、明日またうかがってもよろしいですか?」

長浜「ああ。多分大丈夫だと思うよ。何か聞いてみたいことでもあるの?」

卓也「いや、そういうわけじゃないんですけど。ただ、松浦さんの紹介する本が凄く面白くて、単刀直入に言うと、僕、松浦さんの読者ファンなんです。」

長浜は膝を打って納得した。

長浜「ああ!なるほど。そういうことね。
   うん。その気持ちは分かる。美咲ちゃんの紹介する本っておもしろいから。
   言うなれば、僕もファンだよ。」

長浜は笑いながら言った。

卓也「『のら猫ホームズ』はもう読みました?」

長波「ああ。あれね。
   あれは面白かったなあ。」

卓也「昨日読んでいたシーンの中で、主人公のオスティが相棒のクンマーと一緒に、ドン・ヴィゴツキーを追い詰めるところなんですけど…。」

そこで話は最近読んだ本の話になり、しばらくその話しで盛り上がる二人。

そして、事務室を出るときに長浜が言った。

長浜「美咲ちゃんだったら、2階のフロアが担当だから、スタッフの名札を見て話しかけてみるといいよ。」

そして、エレベーターで降りながら長浜が話した。

長浜「さっきの話しぶりを聞く限り、きっと話が合うと思うから。」

卓也「そうですね。僕も楽しみにしてます。」

長浜「僕からも美咲ちゃんに一言言っとくよ。明日の午後あたりに来てみるといい。」

卓也「はい。よろしくお願いします。」

そして、1階のフロアのエレベーター口で卓也は一礼して、長浜と別れた。

○自宅(朝)
朝、卓也が目を覚ましてリビングにやって来る。
すると、母の友美がすでに朝食を作り終えて、仕事に行く準備をしている。

友美「おはよう。寝坊助さん。」

卓也はあくびをしながら、訊いた。
卓也「母さん、今日も仕事?」

友美「うん。クライアント先と急に打ち合わせが入っちゃってね。」

友美は髪の毛をひもでまとめている。

友美「あっ、そうそう。でも、今日はお昼上げだから、夕飯はお母さんが作るね。
   卓也の好きなもの作るから、なんでもいいよ。」

卓也は朝食のトーストとハムエッグを食べている。

卓也「そうだな…じゃあ、ハヤシライス。」

友美は髪を結い上げ、リビングの方に荷物を取りに戻ってくる。

友美「オッケー。まかしといて。」

すると、友美は椅子の上のショルダーバックを手に取り、玄関へと向かった。
すると、友美は思い出したかのように、ショルダーバックの中から何か取り出そうとしている。

友美「そうそう、卓也。これはね、いつもがんばってくれてるから…。」

卓也が見送りに玄関まで来ると、友美は小さなポチ袋を渡した。

友美「はい。お小遣い。」

卓也は意外そうに、母からそのポチ袋を受け取る。

卓也「あ、ありがとう。」

友美は靴を履きながら、振り返って言った。

友美「あんまり本ばっかり買ってちゃ、ダメだぞ。」

卓也「うん。分かってるよ。」

友美「じゃあ、行ってくるから。戸締りお願いね。」

卓也「はーい。」

友美は家を出て行った。
卓也はパジャマ姿のまま、しばらくそのポチ袋を眺めた。

○書店(昼)
美咲が昼休みに、書店の事務室でポップを書いている。

美咲「これは人類の災いか、それとも祝福なのか…と。」

すると、店長の長浜が美咲のところにやって来て、話しかける。

長浜「美咲ちゃん、今日は2階の5番棚の実用が終わったら、2番の心理の方の棚出しをお願い。」

美咲「はい。分かりました。」

すると、去り際に長浜がこう言った。

長浜「あ、あとね美咲ちゃん。今日、美咲ちゃんにお客さんが来るから。」

ここで長浜が少し節をつけながら、雄弁な語り調に『知らぬ存ぜぬ』の一節を読み上げる。

長浜「『出会いとは、知らぬ存ぜぬの旅の始まり。
知らぬところで世界は巡り、存ぜぬところで仏(ぶつ)恵(えい)の念を受けん。
世人天命を知らずして、光陰は時の旅人なり。
旅人此れを導かんとすれば、人生またかくの如し。』ってさ。」

美咲「それって『知らぬ存ぜぬ』の一節ですよね。どういうことですか?」

長浜「つまりさ、本も人も出会いが肝心ってことだよ。」

長浜はそう言い残して去って行った。

○書店(昼)

美咲「それにしても、今日の本はやけに重いなあ。」

美咲は大量の本を、踏み台に昇っては棚にしまっていく。

そしてそこに、一人の青年がやって来る。

卓也「あのー、すみません。」

美咲「はいっ!」

美咲は本を棚に入れる途中で呼び止められたので、思わずびっくりして大きな声を出してしまった。

卓也「少しお聞きしたいことがあるのですが…。」

美咲「はいっ!何でしょうか?」

少し緊張気味の美咲。接客対応にはあまり慣れていない。

卓也「松浦さんって、あなたですよね?」

美咲「え、えっ!?」

意外なことばに、美咲は台の上で固まってしまう。

美咲「わ、わたしは、あの、その…。」

すると、棚入れをしていた本が一部倒れて崩れ始める。

美咲「あっ!」

そして、本が本棚から落ちてきそうになる。

しかし、美咲は手に本を抱えていたため、対応できない。

台の途中の上で、思わず身構える美咲。

その瞬間、とっさに卓也が美咲と本棚の間に割って入って、落ちてきた本をキャッチした。

卓也が美咲を守り、振り返って言葉をかける。

卓也「大丈夫ですか?」

卓也は機転を利かせ、手に持っていた分厚い本を横に倒して寝かしたのであった。

卓也「これで大丈夫だと思うので。」

美咲「あ…ありがとうございます。」

思わず顔を赤らめる美咲。
そこで、美咲はあることに気付いた。

美咲「あっ、それって…。」

美咲が横になっている本を見る。

そこには、美咲が先程まで書いていたポップで、イギリス文学の作家レヴィン・ハワードの最新作『DOLL in the Metaphor 沈黙の人形』が置かれていた。

○学校(朝)
ここでシーンが切り替わり、美咲の学校の休み時間の場面になる。

真由「まさに『運命の出会い』ってやつですなー!」

真由が少し興奮気味に、しみじみと言う。

美咲「もう、そんなのじゃないって。真由ちゃん。」

美咲は、その言葉に対して反論する。

真由「で、そのあと卓也くんとはどうなったの?」

真由は興味津々な様子で話を訊く。

美咲「それで、そのあと、事務室で少し本の話をして、誠一おじさんの言っていたヤングアダルトの特集コーナーを作るお手伝いをしてくれることになったの。
それで、とりあえずお互いの連絡先を交換して…。」

真由「上出来じゃん、美咲!やっぱり、美咲でもやればできるってわけだ。」

美咲「とりあえず、お互い共通の本を読んで、まずはその本について、感想を話し合おう、って卓也くんは言ってた。」

ここで、真由が少しからかったように言う。

真由「これでついに美咲にも彼氏ができたわけですな。」

美咲は少し戸惑いながら、困ったように答える。

美咲「だから、卓也くんとはそんな関係じゃないって…。」

真由は話をつづけた。

真由「それで、今度はいつ会うの?」

美咲が携帯でスケジュールを確認する。

美咲「えーっとね…1週間後かな。近所の公園まで、卓也くんが自転車で来てくれるって言ってたから。」

真由「いいですなあ。いいですなあ。まさに青春って感じで。」

美咲「あっ、それで卓也くん、野球部に入っているんだって。
今年の高校野球は3年でピッチャーとして出場するから、良ければ試合を見に来ないかって言ってたよ。」

真由「私も行っていいの?」

真由は意外なことばに意表を突かれた様子であった。

美咲「うん。女子高だから、実際に試合会場まで来たことは無いはずだからって。
   真由ちゃんは陸上部があるから、総体の時期とも重ならないかな、とは思ったんだけど。」

SE「キーンコーンカーンコーン。」

ここで、学校のチャイムが鳴って、先生が教室に入ってくる。
真由は小声で美咲に耳打ちした。

真由「いやいや、ぜひ行かせてもらいます。なんてたって、美咲の彼氏の顔が拝めるわけなんですから。」

美咲「だから真由ちゃん、そんなんじゃないって…。」

真由「シシシ。」

真由は美咲の反応をどこか楽しんでいるようだった。

○学校(朝)
学校の図書館で俊介が受験勉強をしている。
そこに卓也が本を持ってやって来る。

俊介「やあ、卓也。珍しいな。お前が図書館に来るなんて。」

卓也「まあな。」

卓也は俊介の手前の席についた。
そして、持っていた本を開く。

俊介はしばらく、参考書の問題を解くことに集中している。
そして、一区切りしたところで、卓也の様子をうかがった。

すると、卓也はしかめっ面で首を掻いている。

俊介は笑みを浮かべて、卓也に切り出した。

俊介「卓也。お前、僕に何か言いたいことがあって来たんだろ?」

卓也「うん…まあ、そうなんだが。よく分かったな。」

俊介「3年間も同じクラスにいればわかるよ。お前の癖くらいな。」

卓也「そんなもんか?」

卓也はぶっきらぼうに答えた。

俊介「1年の入ったばかりの時も、僕の席の前でお前、そんな感じだったから。」

卓也「いや、実はな、俊介。
   お前がこの前紹介してくれた件なんだけど、上手くいい感じに行ってるんだ。」

そこで俊介は、前かがみの姿勢から後ろの背もたれにもたれかかる。

俊介「よかったじゃないか。長浜おじさんも悪い人じゃなかっただろ?」

卓也「ああ、まあな。
   でも、ひとつ問題が浮上した。」

俊介は半笑いになりながら答えた。

俊介「おいおい、やけに大袈裟だな。」

卓也「俺の場合、大体小説を読むことが多かったんだが、純文学はあんまり読んだことが無いんだ。特に、海外の文学作品の場合は、だ。」

俊介「ほう…。」

俊介はあごを手でさすっている。

卓也「それで、ここの表現について、ちょっと聞きたいんだ。
   この本は、レヴィン・ハワードの『DOLL in the Metaphor』の一節なんだが…。」

俊介「メタファーということは、暗喩か。」

○市場(夜)
劇中劇のシーン。
場所は、中東のどこかの露天商のようなところで、男性の老人がまだ小さな孫に語り継ぐように言い聞かせている。
そばには、アンモラの瞳を宿した西洋の人形が置かれ、小さなランプの灯で、老人の顔には深いしわが刻印のように刻まれ、闇の中で浮き彫りになっている。
しわがれた声で、まるで聖書(コーラン)を暗唱するように、淡々とした口調で老人が文を読み上げる。

老夫「『汝に宿りし遍く光に問う。
アンモラの光よ。汝は人類に禍福をもたらし、宇宙金剛のエネルギーの世界に我を導かんとせんのか?
アンモラよ。汝は我に何を問う?
古代に眠りし死者の記憶に、死屍累々とした屍の闇の世界に我を導かんとするのか?
アンモラよ。汝は死者の記憶を呼び覚まし、再び世界に光をもたらさんとせんのか?
アンモラよ。汝は死か?生か?
私はただ怯えている。
私のこの発見が人類に無限の希望と永遠の絶望をもたらすのではないか、と。
プロメテウスの炎に、私は耽溺してしまっているだけなのではないかと。』」

孫は、老人の話よりも老人の手元にある金の文様があしらわれた、美しい装丁の古びた本に興味が惹かれている。本の表紙には、サンスクリット語のような文字で文章が書かれており、その見開きが、夕陽の中を渡っていくシルクロードの商人のキャラバンにオーバーラップされていく。

○図書館(朝)
俊介は少し考え込んだように言った。

俊介「そうだな…。これは推測だが、エネルギーとか光という言葉から察するに、たぶん人類のエネルギー革命の歴史が関係していると僕は思うな。」

卓也「…と言うと?」

俊介はノートに図を描いて説明した。

俊介「人類の発展史は、エネルギーの歴史と言っても過言ではない。
   特に、前近代以降ではその傾向は顕著だ。
   まず炎などの自然エネルギーから始まり、蒸気機関、化石燃料、電気、核エネルギーと推移してきた。
   それに伴い、人類の産業規模と経済は、加速度的に膨張・発達してきたわけだ。
   それは科学と人間生活が密接に結びついている、ということの証でもある。
   科学が進めば、生活が変わり、人も変わっていく。
   ここで話を戻すが、それはこの本の第何章の部分だ?」

卓也「えーっと…『第Ⅴ章 漆黒の光』だな。」

俊介「それなら話が早い。要は、これはアインシュタインの相対性理論のことだ。
   漆黒の光とは、言い換えるならば、暗喩で『絶望の光』。つまり原爆のことだ。」

卓也「そういえば、俊介は物理系に進みたいって言ってたよな。」

俊介「うん、まあね。もっと言えば、理論物理だけど、卓也にその話をしても分からないだろ?」

卓也は本をバッグにしまいながら話した。

卓也「まあな。俺には縁遠い話だ。
   邪魔したな。」

卓也はバッグを肩にかけて立ち去ろうとした。
そこで俊介が呼び止める。

俊介「おい。卓也。もう進路は決まったのか?」

卓也は立ち止まり、振り返ってこう言った。

卓也「まだまだ。これからだよ。」

○公園(夜)
卓也と美咲がブランコで話をしている。

美咲「ふーん。そんな風に読んだんだ。」

卓也「だから、『アンモラ』という言葉にも『アンモライト』と呼ばれるアンモナイトからできた化石の意味があって、それはいわゆる石油や石炭などの化石燃料の意味合いが含まれていると思う、と言ってた。」

美咲「なるほどねえ…。」

美咲は少し考え込んだような仕草をする。

卓也「松浦さんは何か違う意味があると思ったの?」

美咲「私?私はね…『プロメテウスの炎』っていう表現が気にかかったの。」

卓也「うん…。」

美咲「プロメテウスは、人類に神々の世界から炎をもたらすために、いわば炎を『盗んできた』の。でも、結果として、人々はその炎を使って、武器を作り、文明を築き、戦争を行った…。
   それならば、なぜプロメテウスは人類に知恵を与えたのか?
   『賢くなること』『頭がよくなること』そのものが人間の幸せであったり、もしくは人生の幸福のために必要な条件では必ずしもない…って私はそう思ったの。」

卓也「なるほど…。」

美咲「だから、よく理系・文系とは言うけど、理系が頭が良くて、文系は抽象的な思考で少し鈍いところがあるって見方もどこか的を射ていないんじゃないかな。
   たとえ偏差値が低くても、私が学校で尊敬している子はいっぱいいるよ。」

卓也「うん。」

美咲「卓也くんはどう思ったの?」

卓也「僕か…僕は正直、そこまで考えが及ばなかったかな。
   俊介が言っていたことも分かるし、松浦さんの言わんとすることも理解できる。
   でも、この筆者の狙いは、メタファーという言葉が象徴するように、何かを伝える上で『暗喩的な表現』『意味が曖昧で、少しぼかしたような言葉の使い方』に狙いがあるんじゃないかって、思うんだけど。
   うーん…『直接的じゃない』というか、あくまで『間接的な表現』に終始している気がする。」

美咲はブランコを止めた。

美咲「ふふふ…じゃあ、それも立派な卓也くんの意見だよ。
   『答えはいつも一つじゃない』っていう考えも、人生の中ではきっと大切な考え方の一つだと思うから。」

卓也「うん。確かに。…フフフ。」

思わず笑みをこぼす卓也。

美咲「あとね、これは誠一おじさんからお知らせなんだけど、今度ブック・アラモードでサイン会があるんだって。雨宮左京っていう人のサイン会なんだけど、来てみる?」

卓也「うん。ぜひ行かせてもらうよ。」

ここで美咲は人差し指を出した。

美咲「じゃあ、ひとつ宿題。
   ジェイムズ・ウィルソンっていう人の本があるんだけど、好きな本でいいからその人の本を当日までに一冊読んできてほしいの。」

卓也「今度も小説?」

卓也は訊いた。

美咲「ううん。次は評論。厳密に言えば、社会哲学かな。
   大丈夫?読めそう?」

卓也「うーん、そうだな…。チャレンジにはなると思うけど、やってみるよ。」

美咲「よかった。また分からないことがあったら私に訊いて。
   何を読んだらいいかとか、ここがよく分からないっていう相談には、ある程度答えられると思うから。」

美咲はブランコを降りて、にこっとほほ笑んだ。

○自宅(夕方)
卓也が夕方、家に帰ると友美が夕食を作る準備をしている。

卓也「ただいまー。」

友美「はい。おかえりなさい。」

卓也はバッグを置きに自室まで戻る。

友美「今日はどこまで行ってたの?」

卓也は荷物を置いて、図書館から借りた厚い本を持ってリビングまでやって来た。

卓也「ちょっと遠出して、中浜の図書館まで。」

友美「それで、探してた本は見つかった?」

卓也はさっそく本を読み始めようとしている。

卓也「うん。あらかじめ、松浦さんに調べておいてもらったから、その辺はばっちり。」

しばらく、友美がハヤシライスの調理をしている。
卓也はただ黙って本を読むことに集中している。

友美「ねえ、卓也。卓也は今どんな本を読んでるの?」

卓也「うん?ジェイムズ・ウィルソンだよ。」

友美「海外の小説家?」

卓也は本に目を戻した。

卓也「ううん。社会哲学者。」

すると、友美は少し驚いたような口ぶりで言う。

友美「ずいぶん、難しい本を読んでるのね。」

卓也「うん?うん。まあね。」

そこで料理が一段落し、友美は手を洗いながら洗い物をしている。

友美「ねえ、卓也。お母さん、ちょっと思うんだけど、卓也が最近明るくなったような気がするの。」

母の意外なことばにも、卓也は決して動じない。
ただ、本から目を上げて、平然と訊いた。

卓也「そうかな?あんまり変わらないような気がするけど。」

友美「ううん。具体的にどこがっていう話じゃないんだけど、少し本を読んでるときの顔が前よりも楽しそうだなって思ったの。」

卓也「あっ!」

思い当たる節があり、ハッとなる卓也。

○公園(夜)
卓也の回想シーン。
ブランコで話しながら、美咲が卓也と本についての話をかわしていた時のこと。
美咲はブランコからジャンプで降りて、こう言った。

美咲「ほら、本って人を映す鏡というか、本を読んでるときって、その人の地の部分が顔に出ちゃうじゃない。」

美咲はそう言うと、2、3歩前へ歩み出て、振り返りながら、小悪魔的な微笑みを浮かべてこう言った。

美咲「だからさ、少しだけその人の本当の顔が見れたようで、少し嬉しかったり…。
   フフフ。」

○自宅(夕方)
シーンは自宅のキッチンに戻っている。
友美が話を続ける。

友美「きっと卓也にも、そうやって同じ本の話題を共有することができる存在ができたっていうことが大きいんじゃないかしら。
   だからね、きっと前より少し顔が優しくなったような気がするの。」

友美はテーブルにハヤシライスを並べた。

卓也「…うん。」

卓也は友美の言葉を、自分の中で少し反芻しながら言った。

友美「さあ、ご飯食べよう。」

○自宅(夜)
ここからはダイジェストシーン。ウィルソンの朗読に合わせて、場面展開していく。
ちなみに、キャラクターたちの声や場面の効果音は入らない。
ウィルソンの台詞は、すべてOFF台詞で進行していく。

美咲がベッドの上で本を読んでいる。格好はパジャマ姿のまま、就寝前の読書をしている。
ここからジェイムズ・ウィルソンの朗読が入る。

ウィルソン「自由人は、自分で自分の居場所を作る。それは決して人から与えられるものではない。」

○グランド(朝)
朝練で卓也が本田と一緒に投球練習をしている。
本格的に投げ込んでいる卓也とまじめな表情でキャッチャーをしている本田。

ウィルソン「組織人とは、ヒエラルキーに代表されるような『組織』というシステムにいわば『従属』する人間のことを指す。」

○学校(朝)
美咲の学校の夏の補講中の風景。
美咲が授業を真面目に聞いている。
先生が黒板に板書をしている。

ウィルソン「その特徴を一言で表現するならば、『代替可能性』という言葉に集約される。」

○学校(昼)
美咲の学校の休み時間の風景。美咲の席の前で真由ちゃんが他の女子と一緒におしゃべりをしている。美咲も時々声をかけられ、話に参加している。
夏の入道雲が空に出ている。

ウィルソン「自由人における職業倫理の問題とは、自由人が組織と相反し、組織が自由人を束縛するといういわゆる『独我論』に陥るものではない。自由と独立とは、本来全くの別の問題なのだ。」

美咲は影山のことが気になり、ふと彼女の席を見た。
すると、影山は一人でどことなく寂しげな顔をしていた。

ウィルソン「それは前近代に使いまわされ続けた、あらゆる二項対立的な縮図の内に我々の思索が現代においても依然として囚われている証なのである。」

○グランド(昼)
野球部のみんなと昼食を食べている卓也。楽しげに本田が他の部員たちと会話をしている。
卓也も時折相づちを打ちながら、会話に参加している。

ウィルソン「我々は現代において、真の『自由』と『正義』を失ってしまった。正義に相対するものは、悪から別の正義へと取って代わられ、また、自由という概念も全体性という秩序の中へと組み込まれる結果となった。」

○階段教室(昼)
俊介が階段教室で一人、受験勉強をしている。
そして、ふと外を眺めた。
すると、夏の紺碧の青空が広がっている。
ウィルソン「我々は現代において、もう一度問い直さねばならない。我々(・・)に(・)とって(・・・)の(・)真の自由と正義とは何なのかと。」

○グランド(昼)
もう一度卓也のシーン。卓也は昼食中に水を飲みながら、ひとり空を見上げた。
すると、大きな青空に夏の入道雲が出ていた。

ウィルソン「近代とは、全体性が個人を押しつぶそうとする圧力にその特徴が顕れていたが、現代において、個人はあまりにもバラバラなのである。」

○書店(夕方)
美咲がバーコードチェッカーで在庫管理をしている。
店内は明るく照らされ、外は既に夕方になりかけようとしている。
長浜が美咲に声をかけ、美咲が相づちを打っている。

ウィルソン「現代以前において確立されたあらゆる絶対的な価値観・思想は、現代においてはすべてが相対化され、主観的な発想から客観的な観察へとパラダイムシフトが起こった。」

○グランド(夕方)
卓也たちの野球部の練習が終わる。
汗まみれで道具の片づけをする卓也たち。
校庭では、卓也たち野球部員の影が、西陽が傾くにつれてグランドに影法師となっていた。

ウィルソン「この事の顛末において、現代的な諸問題・諸課題とは、専ら個人における『主体性』の定義とその回復に主眼が置かれ、現代という時代を特徴付けるものとなるであろう」。

そして最後に、部員が全員集合をして、一礼をして練習を終える卓也たち。

○書店(昼)
雨宮左京のサイン会&トークイベントのシーン。特設会場で司会者が雨宮に質問をする。

司会「…ということは、今回の新作『スキャッティングウルフ』は、ジェイムズ・ウィルソンの『自由人と組織人』に着想を得て書かれたということですね?」

雨宮「はい。そのつもりです。
   オオカミの生き方を通して、現代人が抱えている『現代人としての生きる術』について語ったつもりです。
   そして、僕が思ったのは、現代人はまだ『オオカミとしての生き方』から抜け出せていないのではないか、ということです。」

会場の壁際で、スタッフとして美咲と卓也が一般参加者と一緒に、雨宮の話を聞いている。

司会「と、言いますと?」

雨宮「僕たちは現代において、常に『2つの生き方』という選択肢に迫られていると思います。
つまり、狼の例えで言えば、『一匹狼として生きるか』、もしくは『群れの中で生きていくか』。そんなことをジェームズ・ウィルソンの著作から感じました。
でも、『自由人と組織人』の中で本当にウィルソンが言いたかった生き方とは、そのどちらか一方を選ぶという二者択一的なものではなかったのだと思います。」

司会「もう少し詳しく説明をお願いします。」

雨宮「つまり、組織の中でも自分らしさを保った生き方ができるのではないか?それを『主体性』という難しい言い方をしてはいますが、現代における自分たちの新しい生き方として、ウィルソンは提案したかったのだと思います。」

○書店(昼)
事務所の横の応接間で雨宮左京と卓也たちが話をしている。
美咲は、雨宮から書店用に新刊本のサインをもらっている。

雨宮「へえー。君は野球部に入ってるんだ。」

卓也「はい。一応、来週から第一試合が始まります。」

雨宮が最後の本にサインをしている。

雨宮「…で、ふたりは付き合っているの?」

腕を組みながら、雨宮が訊いた

雨宮の意外なことばに、卓也と美咲は同時に言葉を発した。

卓也「い、いや、僕たちはそんなんじゃ…。」
美咲「い、いや、私たちはそんな関係じゃ…。」

雨宮はたしなめるように、笑みを浮かべながら言った。

雨宮「ふーん…。」

ここで長浜が事務室にやって来る。

長浜「それでは、雨宮先生、お車の方が来てますので。」

ここで雨宮が立ち上がり、二人に言葉をかける。

雨宮「それじゃあ、僕からはなむけの言葉だ。」

雨宮は人差し指を出してこう言った。

雨宮「『蒼天のプレイボール』。
僕が君たちを本にするとしたら、そんなタイトルにするかな?」

秘書「では、先生お時間です。」

雨宮「じゃあ、健闘を祈るね。二人とも。」

美咲「ありがとうございました。」

雨宮はそう言い残すと、部屋から出て行った。

○公園(夜)
美咲と卓也がブランコで話をしている。

美咲「どうだった?今日のイベント?」

卓也「うん。とってもおもしろかったよ。」

卓也はブランコに乗りながら答えた。

美咲「よかった。また、こんな感じでイベントがあったら、招待するね。」

卓也「うん。ありがとう。」

美咲はブランコをまだこいでいる。
卓也は真剣な面持ちでゆっくりブランコをこいでいる。

美咲「でも、本の中の世界って面白いよね。なんだか、無限に世界が広がっているようで、行こうと思えばどこまでもいけるような気がして。」

卓也は、ブランコを完全に止めた。

卓也「なあ、美咲…。」

美咲は思わずびっくりして振り返った。

美咲「卓也…くん?」

卓也は真剣な面持ちで言った。

卓也「覚めない夢は無いと思うんだ…同時に、終わらない物語もない。本には必ず終わりがあるんだ。」

美咲「…うん。」

卓也は続けた。

卓也「美咲…実は…。」

ここで音声が途切れる。

美咲「えっ……。」

美咲は卓也の意外なことばに、正直驚いたような顔をしていた。

○野球場(昼)
美咲と真由が試合会場に外野席の入り口から入ってくる。

真由「さてさて、美咲の彼氏はどこだー?」

真由は半分面白がって言った。

美咲「もう、真由ちゃんったら…あそこの投球スペースにいるよ。」、

美咲は1塁側のピッチャーコートをゆび指した。

真由「ほう…なかなかのイケメンですな。」

美咲「真由ちゃん、ここからじゃよく見えないでしょ?」

すると真由は舌をペロッと出して言った。

真由「ハハッ、ばれましたか。さあ、早く席につこう。」

美咲「うん…。」

美咲は少し複雑な面持ちでアルプス側のスタンドに向かった。

○試合会場(昼)

SE「ウ―――ン…。」

試合開始のサイレンが鳴る。

両チームの選手がグラウンドに集合し、握手を交わす。
そして、主審がプレイボールの合図で片手を突き挙げると、各チームの選手が自チームのベンチへと駆けて行った

ここで実況のアナウンサーと解説の音声が入る。

実況「さあ、いよいよ始まります。
   聖徳学園対安浦高校。
   解説の田中さんは、どのようにこの試合をご覧になりますか?」

解説「そうですね。安浦高校は第一シードですから、勝ちに来るでしょうね。
   問題は、聖徳の守備陣がどこまで粘れるかだと思います。」

○アルプス(昼)

真由「いよいよ。プレイボールだね。」

美咲「うん…。」

真由と美咲は、ラジオで実況と解説を聞いている。

真由「あっ、出てきたよ。卓也くん。」

○マウンド(昼)
ピッチャーマウンドに卓也が出てくる。

顔はどことなく緊張感があるものの、落ち着いている。

本田と少し話し合ってから、3球ほど投球練習をして試合は始まった。

審判「プレイボール!」

○公園(夜)
ここで、回想シーンが入る。
夜の公園のシーンで、卓也が美咲に話をしている。

卓也「美咲、実は今度の第一試合に勝つことができたら、県外の大学に進学しようと思うんだ。」

美咲「えっ…。」

美咲は正直、卓也の意外なことばに当惑の表情を隠せない。

美咲は返す言葉に困って、何か言おうとする。

美咲「えっ、でも、それって…。」

卓也「もちろん、難しいことは分かっている。
   でも、自分の中で一つの覚悟ができたんだ。
   『自分のすべて』をかけて試合に臨む…。
   それがきっと今の俺に欠けているものなんじゃないかって、思うんだ。」

卓也は眉一つ動かさず、淡々とセリフを読むかのように、淀みなく話す。

あらかじめ、自分の中で伝える言葉を何度も反芻して、よく考えてから美咲に伝えようと思って、この場にやって来た証であった。

○試合会場(昼)

SE「カキーン!」

鉄のバット音にハッとする美咲。

すると、安浦高校が先制打を打ったところであった。

真由「あー…。」

落胆する真由。
思わず食い入る美咲。

実況「やはり、先制点を取ったのは安浦高校。」

解説「はい。きれいにクリーンナップでヒットが繋がりましたね。」

実況「1回表で安浦高校、1点先制!」

安浦高校のアルプススタンドの大歓声が聞こえてくる。

思わず肩を落とす美咲。でも、終始無言である。

真由「でも、まだ1回だから。ね、美咲?」

美咲「…う、うん。そうだね…。」

美咲は戸惑いながら答えた。

○マウンド(昼)

実況「ここで、聖徳が守備のタイムを取ります。」

そこで、本田が卓也のところに駆け寄る。

そして、何かしらの声をかけたようで、卓也の表情にも笑顔が戻った。

実況「なおも走者2塁の得点圏において、バッターは5番矢野。」

ここで、卓也が投球モーションに入る。

ボールは吸い込まれるように本田のミットに入った。

審判「ストライーク!」

実況「ピッチャーの松本はここで持ち直しましたね?」

解説「そうですね。キャッチャーの本田君がいい配球をしていると思います。」

○アルプス(昼)
アルプス側で真由がぼやいている。

真由「それにしても、守備側は応援できないって、くやしいね。」

美咲「でも、それは仕方ないよ。真由ちゃん。」

真由「美咲もそう思わない?だって、向こうばっかり応援の声が聞こえるんだよ?」

美咲「…でも、きっとそんなものだから。」

美咲はちょっと思い当たるようなところがある顔をする。

真由「あっ!見て!」

○マウンド(昼)

審判「ストライーク!バッターアウト!」

実況「よく粘りました、聖徳。一点先取されてからの、二者連続三振。」

解説「はい。松本君も集中力を切らさずに、よく投げ切りましたね。」

実況「ここで、試合は1回裏に変わります。」

○アルプス(昼)

真由「よっしゃー!いいぞ、卓也―!」

思わず興奮する真由。

美咲「…。」

真由「あれっ?美咲は応援しないの?」

ここで真由が美咲の様子に不思議がる。

美咲「…うん?いや、そういうわけじゃないんだけど。」

美咲は少し物思いにふけるような表情をした。

○公園(夜)
美咲の回想シーン。
美咲が夜の公園で卓也に話をしている。

美咲「あれはいつからだっただろう?
   私は同じクラスの男子に告白したの。その子は、OKしてくれたけど、ただそれは私から告白したわけで、彼から本当の気持ちを聞いたわけじゃない。
それでも私はきっとどこかで心が繋がってるって、どこかで信じてた…。
小学生の頃の私。」
 
○歩道橋(夕方)
オルゴールのメロディーと共に学校からの帰り道、夕陽を見ながら、きれいな夕焼け空にふと立ち止まって見つめる小学生の美咲。

美咲(OFF)「だけど、彼の気持ちは少しもこっちに向いてなかったんじゃないかな?」

○体育館裏(夕方)

男子「ごめん…オレと別れてくれ。オレ…好きな子ができたんだ。」

○教室(朝)
小学生の美咲が一人で窓の外を見ながら物思いにふけっている。

美咲(OFF)「当時、私はあまり勉強が得意じゃなかった。
本ばっかり読んでたからかな…だからね、数学の授業の前に、わざとおふざけで、黒板にクマちゃんの絵を描いてみたの。
そしたら、みんな笑ってくれるかなって…。」

しかし、教室に入ってきた先生が落書きを見て、誰が書いたんだと叱り始める。

美咲(OFF)「でも、私の学校、進学校だったし、中学受験が近かったからかもしれないのだけど、みんなの反応はあまりいいものじゃなかったし、私を見る目も冷たかった…。たぶん、心のどこかで寂しい気持ちを打ち消そうとしていたんだと思う。
でも、先生も私のこと…。」

先生が小学生の美咲をしかりつける。

美咲(OFF)「『おい、松浦!!ふざけるんじゃない!!』
って怒ったわけで、私もそれですごく気持ちが落ち込んで…。」

○公園(夜)
場面は小学生の回想シーンから現代に戻っている。

美咲「たぶん、それ以来、人の気持ちって本当は他人からは何も見えないものなんだなって思ったの。彼の気持ちも、私の気持ちも、先生やクラスのみんなの気持ちも…。本当はお互い全然見えていないんだよね。見えてるって思ってるだけで、信じることがたぶん大切なんだろうけど、私はそれが幻想だって分かると、信じれなくなっちゃったんだ…。
   そのことに気付いた私は、気が付いたら本の主人公の内面の世界に共感するようになっていったの。」

○アルプス(昼)

真由「あ――っ!」

ここで、真由が大きな声をあげている。

○マウンド(昼)

実況「安浦高校、さらに追加点を加えました。これで試合は安浦の2点リードの展開へとなります。」

卓也がヒットを打たれて、肩で息をしている。

○アルプス(昼)
美咲はただ黙って卓也を見守り続ける。
思わず、タオルを握っている手に力が入る美咲。

○公園(夜)
ここで、再び回想シーン。
美咲はブランコに乗りながら、上を見上げた。

美咲「人を『信じる』って、一体何なんだろう?
   裏切られることは分かっていた…。嘘を演じなくちゃいけない時もある…。
だけど、それは自分の心にナイフで傷をつけるだけで…。
だから、訳が分からなくなっゃった。
   それからだったかな。学校へ通うのがしんどくなったのは…。」

○マウンド(昼)
ここで、実況の声がオーバーラップする。

実況「さあ、聖徳学園の攻撃。試合は6回表に入ります。」

アナウンス「バッターは、5番松本君。松本君。」

○アルプス(昼)
真由は、指を噛んでいる。

真由「少なくとも、もうそろそろヒットが欲しいな…。」

実況「しかし、安浦の三浦君はここまで一本もヒットを打たせていません。」

解説「はい。完璧なピッチングだと思います。
   ここから、どう切り崩していくかというのが、聖徳の課題ですね。
   松本君も2点差で押さえる、いいピッチングをしているんですけど、打者がそれにどうこたえるかだと思います。」

○マウンド(昼)

実況「さあ、ここでバッターはピッチャーの松本。」

安浦のピッチャーが初球を投げ込む。

すると、すかさず初球打ちにいった卓也。

実況「バッター初球打ち!あたりは良い!2塁線と3塁線の間を抜けて…これはヒットになります!聖徳学園、初ヒットが生まれました!」

○アルプス(昼)
思わず興奮する真由。

真由「よっしゃー!」

聖徳学園のアルプス側の応援団も大盛り上がりになる。

しかし、美咲はどこか冷静であった。

美咲(OFF)「卓也くん…。」

一塁に出塁した卓也を見る美咲。

○マウンド(昼)

本田がバッターボックスでスイングの練習をしている。
本田は7番だったので6番のバッターと入れ替わりでバッターボックスに入る。

○アルプス(昼)
SE「カキーン」

真由「いいぞー!聖徳!」

盛り上がる聖徳のアルプススタンド。

○マウンド
ここで実況が入る。

実況「聖徳、続けざまにバッターを出して、一打逆転のチャンスに7番本田を迎えます。」

本田がバッターボックスにゆっくり入ってくる。
表情は落ち着いたまま、ただまっすぐ青空を見上げた本田。

アナウンス「続きまして、バッターは7番本田君。本田君。」

安浦高校のピッチャーが投球モーションに入る。

審判「ストライク!」

本田のバットは空を切った。

しかし、本田は焦っていない。二塁の卓也と目が合う本田。
そして、お互いがうなずいた。

ピッチャーは2球目の投球モーションに入る。
本田はバットをフルスイングした。

SE「カキーン!」

○アルプス(昼)
思わず息をのむアルプススタンド。
一度静まり返る。

実況の音声が入る。

実況「本田、ストレートに合わせてフルスイング!」

○マウンド(昼)

実況「打球はぐんぐん伸びて…入った!入りました!本田、逆転3ランホームラン!」

ゆっくりとベースを回って、本塁で松本とグータッチをする本田。
顔には笑みがこぼれる。

解説「いやー、本田君よく打ちましたね。面白い展開になってきましたよ。」

アルプスの応援団も大盛り上がりになっている。

真由も思わず興奮して、席を立ちあがるが、美咲の中には、まだどこか一概に心の底から喜べない部分があった。

○マウンド(昼)
聖徳学園側の攻撃が終わり、選手がベンチに戻ってくる。

実況「さあ、回はとうとう9回まで来ました。
   得点は3対2で聖徳学園の1点リード。
   この回を守り切れば、聖徳学園の勝利となります。
   田中さん、これは正直意外な試合展開でしたね?」

解説「そうですね。最初は安浦高校の一方的な展開になると思っていたんですが、聖徳のピッチャーの松本君がいいピッチングをしてますよね。」

ここで試合会場のアナウンスが入る。

アナウンス「攻守入れ替わりまして、バッターは安浦学園 9番荒川君。荒川君。」

○アルプス(昼)

真由「いよいよ最終回だね。」

美咲「…うん。」

真由「美咲、大丈夫?熱中症とかじゃ…?」

美咲「いや、そんなんじゃないよ。真由ちゃん。
   ただ、ちょっと考え事をしていただけ…。」

真由「さては、卓也くんのことだな?」

美咲「う、うん。まあ…あっ!ほら、真由ちゃん。試合始まるよ。」

○マウンド

SE「カキーン!」

実況「ノーアウトでランナーが出ました。安浦高校。
   ここは、送ってきますかね?」

解説「そうですね。ここは何が何でも1点欲しいところなので、送ってくるところですね。」

アナウンス「バッター代わりまして、1番竹田君。竹田君。」

SE「コツン。」

実況「おっと!安浦のバントは失敗か?すかさず、キャッチャーが2塁に送球。
   ランナーは…セーフ!セーフです。結果は内野安打になりました。」

○アルプス(昼)

真由「あーっ!」

思わず落胆する真由たち。

アナウンサー「続きまして、バッター2番井口君。井口君。」

○マウンド(昼)

実況「ここで聖徳、守備のタイムを取ります。」

本田と卓也が何かを話し合って、うなずき合って作戦を確認する。
そして、お互いのマウンドに戻っていった。

実況「さあ、ここから難しい試合展開になってきましたね。」

解説「ノーアウト、1塁2塁ですから、ここからはアウトを取りにいくしかないですね。
   ただ、松本君にも疲れが出てますから、正直つらいところがあるかもしれません。
   正念場ですね。」

ここで、試合が再開される。

実況「ピッチャー投球モーションに入って、1球目。」

SE「パンッ!」

審判「ストライク!」

○アルプス(昼)

真由「あと、もう1回だけなんだけどな…。」

真由がポツリと呟く。

美咲「あと少し…もうちょっと…。」

美咲は両手を組んで、見ている。
そして、目をつぶって、祈るかのように顔を下に向けた。

○公園(夜)
夜の公園からの帰り道。
公園の道には、所々灯りが点いている。
道をゆっくり歩きながら、美咲は訊いた。

美咲「卓也くんは本気で人を好きになったことがある?」

立ち止まる美咲。

卓也は自転車を押しながら、しばらく前に進んで、そして立ち止まった。

卓也「オレ?オレは……ごめん。何というか…ごめん。うまく言葉にできない…。」

後ろに背を向ける卓也。顔は見せない、見せたくなかった。

○アルプス(昼)

美咲(OFF)「卓也くん…。」

SE「ワーッ!」

観客席が盛り上がった。思わず、ハッとなってマウンドに目を下ろす美咲。

実況「満塁策です!聖徳、2アウトまで追い込んで、満塁策を取りました!」

解説「ヒットが出ていないことも考えると、苦渋の決断ですかね。」

アナウンサー「続きまして、バッターは代打で5番佐藤君。佐藤君。」

ここで相手チームの大応援団の声が聞こえてくる。

SE「フレー、フレー佐藤!かっ飛ばせー佐藤!」

美咲「卓也くん…。」

思わず心の声がポツリと口に出る。

○マウンド(昼)
肩で息をしている卓也。
しかし、集中力は切れていない。顔には張り詰めた緊張感がある。

ここからは美咲の声で実況が入る。

美咲(OFF)「1球目…。」

審判「ストライーク!」

卓也「はあ、はあ…。」

美咲(OFF)「2球目…。」

審判「ボール…。」

美咲(OFF)「3球目…。」

SE「カキーン。」

審判「ファールボール。」

美咲(OFF)「4球目…。」

審判「ボール。」

美咲(OFF)「5球目…。」

審判「ボール。」

美咲(OFF)「卓也くん…。」

○アルプス(昼)
ラジオで解説を聞いていた美咲であったが、いてもたってもいられず、スタンドから走り出す。

真由は突然のことに驚いて声をかける。

真由「美咲!?」

美咲はバックネット裏に向けて走り出した。

美咲(OFF)「卓也くん…卓也くん…。」

審判「ファールボール!」

美咲「はあ、はあ、はあ…。」

SE「ミーン、ミーンミーン。」

美咲が走りながら、心中の朗読が入る。

美咲(OFF)「夏の蝉のつんざき。入道雲。バットの鈍く生々しい鉄の音。」

審判「ファールボール!」

美咲(OFF)「卓也くん…卓也くん…」

人が来るのも目に入らず、すれ違いざまに人とぶつかる。

SE「がんばれ、がんばれ!佐藤!かっ飛ばせ―、佐藤!」

大応援団の声援に立ち上がりながら、美咲は心の中でつぶやく。

美咲(OFF)「同じだ…きっと同じなんだ…卓也くん、あの時の私と…。」

相手チームの大応援団の声が会場いっぱいに響き渡る。

○バックネット(昼)

SE「バンッ!」

バックネット裏に思わずへばりつく美咲。

そして叫んだ。

美咲「負けるな―――――!卓也――――!」

思いっきり大声で叫ぶ美咲。

卓也が最後の一球を投げ込む。

美咲「いけ―――――!」

初めて、本気で人を信じれた、人を好きになれた、そんな美咲であった。

○運動公園(朝)
美咲たちの学校のマラソン大会のシーン。
生徒たちはスタート地点へ移動の準備を始めている。

真由「でも、美咲。寂しくない?
   卓也くんが県外に進学するからって。」

美咲「真由ちゃん、そのことはもう言ったでしょ?
   私は、卓也くんを応援することにしたって。」

真由「そんな強がり言って!本当は寂しいくせに。」

真由が美咲を小突く。

美咲「もう、真由ちゃんったら…。」

そして、すでに生徒たちはスタート地点で、号砲の合図を待っている。

美咲は列の後方に位置取り、隣にいた影山に話しかけた。

美咲「影山さん、一緒のペースで走りませんか?」

美咲は影山に提案する。

影山「松浦さん、わたしはあなたと一緒に仲良しごっこはしたくないの。」

美咲「でも、影山さん、私とおんなじくらいの順位だし…。」

影山「いい?松浦さん。これは正式なスポーツなの。競技なのよ。
余計な馴れ合いはいらないの。
堀田さんと一緒に走ればいいじゃない?」

美咲「真由ちゃんは陸上部だから入賞を目指して、10番以内で走るって言ってたので、今日は私一人なんです。」

影山は美咲を一瞥した。

影山「松浦さん。また誰かに頼ろうとしているでしょ?」

松浦「えっ?」

意外なことばに美咲は少し驚く。

影山「そうやって仲良しごっこやって、また誰かに頼ろうとしている。
   一人で走りなさい。あなただけでね。
   私は手伝わないから。」

そして、号砲の合図が鳴り響いた。

○試験会場(朝)
センター試験会場に到着した卓也。
引き締まった表情で、文房具を出している。
別室では、本田と俊介も準備が整い、試験官が問題用紙を配り始める。

○運動公園(朝)

美咲「はっはっはっはっ。」

美咲はひたすら一人で走っていた。
もちろん、運動は得意ではなかったので、次々に別の生徒たちが美咲を追い越してゆく。

美咲(OFF)「誰かに頼る弱い気持ち…。一人、気高くあろうとする強い気持ち…。」

美咲は運動公園から出て、郊外のマラソンコースに入った。

○試験会場(朝)

試験官「それでは、今から試験を始めます。
    解答始め。」

卓也が問題を解き始めた。

○郊外(朝)
運動自然公園の周りには、豊かな自然があり、木々の小道の間を抜けながらゆっくり走るのが美咲は好きだった。

美咲(OFF)「ここの小鳥さんたちも、今年はもう巣立ちか…。」

美咲は木々の間を抜け、田んぼの田園地帯へとさしかかった。

美咲(OFF)「いつかは巣立つときが来る…。
それは人間だって同じだ。
   こんな一本道をまっすぐ歩いていく…。
   たった一人だけで。」

○試験会場(朝)
朝の日射しが試験会場内に差し込んでいる。
集中して試験問題を解いている卓也。

ここで美咲の台詞が入る。

美咲(OFF)「人は弱い生き物だ。
  すぐ不安になる。間違いを犯す。挫折する。挫ける。こける。」

○道路(朝)
美咲が道の途中でコケる。

美咲「イテテテ…。」

足をすりむく美咲。でも、すぐに立ち上がり、また走り出す。

美咲(OFF)「でも、何度失敗したっていいんだ。
  間違ってもいいんだ。それが人生だ。」

美咲はラストコースの坂道へとさしかかった。

美咲(OFF)「苦しいときは、ぐっと耐えること。
   寂しいときには、自分自身と向き合うこと。
   そうすると、その人の目の奥が深くなり、息が深くなっていく。」

今まで下を向いていた美咲が、徐々に目線を前へ移し始める。

○試験会場(朝)
俊介が問題を解いている。
本田は眉をひそめ、考え込んでいる。

美咲(OFF)「人は独りじゃない。仲間が必ずいる。」

ここで、卓也の声がインする。

卓也(OFF)「だから、僕たちは強くなる。」

○運動公園
林を抜けて、坂の頂上までたどり着いた。

卓也(OFF)「出会いがあれば、別れもある。それが人生だ。」

美咲は最後の運動公園内に入っていった。

卓也(OFF)「でも、仲間たちがくれた力が自分の強さになり、今まで出会ったすべての人たちが自分たちの背中を押し続けてくれる。それが、いわゆる『自信』。」

美咲が気付くと、そこには影山の背中が見えていた。

ここで、先にゴールしていた真由の声が聞こえてくる。

真由「負けるなー!美咲!
影山なんて追い越せー!」

ここで美咲と卓也の声がダブる。

卓也(OFF)「大切なのは、前を見ること。」

美咲(OFF)「自分で自分を信じること。」

○試験会場(朝)

試験官「はいっ!そこまで。」

試験官が試験終了を告げる。卓也は穏やかな笑みを浮かべて、解答用紙から目を上げた。

ここで、美咲の台詞がこぼれる。

美咲(OFF)「はあ、はあ、はあ…。」

○運動公園(朝)

美咲「はあ、はあ…。」

真由「やるじゃん!美咲。最後、カッコよかったよ。」

真由がタオルをくれる。
美咲は声を出すことができずに、黙ってタオルを受け取り、顔の汗を拭く。

影山「松浦さん。」

すると、影山が声をかけて来た。

美咲「…影山さん。」

影山「いい走りだった。私の完敗よ。」

美咲「あ、ありがとうございます。」

去り際に影山はこう言い残した。

影山「あっ、そうだった。
   …来年は、負けないからね。」

美咲「はいっ!」

ほほ笑む影山の表情に、美咲の笑顔がこぼれた。

○駅(ホーム)
電車のホームで美咲と卓也が電車を待っている。

卓也は美咲を気遣い、こう訊いた。

卓也「まだ電車が来るまで、少し時間があるけど、飲み物とか大丈夫?」

美咲「うん。大丈夫。
   ありがとう。気遣ってくれて。」

卓也は少し照れ臭そうにしている。

卓也「う…うん。まあ…。」

そこでしばし沈黙が流れる。
駅の前には桜が開花しており、美咲はその花びらを一枚、握っていた。

そっと手を広げる美咲。

すると、花びらは風に乗って、大空へと舞い上がっていった。

卓也もベンチに腰を下ろす。

美咲「魚には海の青さは見えないから…。」

美咲の唐突なことばに意表を突かれる卓也。

卓也「えっ?」

美咲「人には空気の色は見えないから…。」

卓也「うん…。」

卓也も美咲の心中を察したようで、落ち着いて相づちを打ち直す。

美咲「でも…でも、きっとそれは感じるものだから。本当に大切なものって、言葉にすると無くなっちゃうものだから、私たちはあえて言葉にしないんだよね。」

卓也「そうだね。」

卓也はゆっくりと空を見上げた。

美咲「ありがとう。卓也くん。大切なことを教えてくれて。」

ここで東京行きの電車がやってくる。

美咲「あっ、もう電車来たよ。」

卓也「あっ!ほんとだ。」

卓也はキャスター付きのスーツケースで電車に乗り込む。

そして、駅のホームで向き合う二人。

美咲は心なしかうつむいている。

卓也「松浦さんも頑張って。応援してるから。」

卓也は優しく言葉をかけた。

美咲「うん。また連絡してね……フレー、フレー、卓也!!」

ここで、美咲が大袈裟に応援団の団長のようなジェスチャーをする。

美咲の意外な行動に思わず笑みがこぼれる卓也。

二人の間をホームが隔てている。

卓也「ハハッ、何それ?」

美咲「フフフッ。泣かないって約束だからね。私なりの強がり。また、必ず会おうね。」

SE「ピーッ。」

出発の笛の音がなる。

卓也「うん、必ず。またあの公園に行くよ。約束の場所で、またいつか。」

美咲「卓也くん…。」

その時であった。
すべての音が止まり、美咲が卓也の頬にそっと顔を寄せた。

ほんの束の間の永遠に驚く卓也。

列車の扉が閉まる。

美咲は小悪魔的な表情を浮かべて、手を振っている。

列車が出発し、卓也も手を振り返したのであった。

列車はホームを離れていった。

一夏の青春が二人の心に深く刻み込まれた瞬間であった。

(終)

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