記念日には、ろうそくを。 ホラー

走水マラソン大会中、世瀬大地(29)は意識が朦朧とし、命を司る世界へ。天の声は、大地の『寿命のろうそく』が間もなく消滅すると告げる。死を受け入れるか、『記念日のろうそく』か、『人のろうそく』か、命の選択を突きつける。追い込まれた大地は、一番長い『人のろうそく』を手にした。そのろうそくが意味することとは……
佐藤そら 6 1 0 10/31
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第一稿

登場人物
・世瀬大地(29)(15)…走ることが好きな男
・生駒紬(31)(17)(30)…大地の先輩

・天の声(年齢不詳)…命を司る男性の声
・生駒タケル(4)…紬の ...続きを読む
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登場人物
・世瀬大地(29)(15)…走ることが好きな男
・生駒紬(31)(17)(30)…大地の先輩

・天の声(年齢不詳)…命を司る男性の声
・生駒タケル(4)…紬の甥
・島浦このみ(25)…大地の職場の後輩
・生駒辰樹(36)…紬の兄
・生駒藍子(34)…辰樹の妻
・世瀬陽子(58)…大地の母
・世瀬義文(59)…大地の父


○マラソンコース
   二月。神奈川県横須賀市。
   『走水マラソン大会』。
   ゼッケンの付いたユニホーム姿で走る 世瀬(よせ)大地(29)。
   次第に意識が朦朧としてくる。
   視界がぼんやりして――真っ暗。

○タイトル
   『記念日には、ろうそくを。』

○命を司る世界
   暗い空間。
   ユニホーム姿のままの大地が倒れており、目を覚ます。
   周囲には、火の灯った大量のろうそくが立てられている。
大地「……」
   大地の目の前には『おしぼり』が置かれている。
大地「!?」
   姿は見えないが、男性の天の声(年齢不詳)が聞こえてくる。
天の声「命の灯火、どれを選びますか?」
大地「ここはどこだ! あなたは一体!?」
天の声「あなたの『寿命のろうそく』は、間もなく消滅します」
大地「な、何を? そんなわけない! 今こんなに走ってるのに!」
   モニターに映る、マラソンコースで倒れている大地の姿。
大地「(それを見て)えぇ!? なんで……」
   突然目の前に、今にも火が消えそうになっている短いろうそくが現れる。
天の声「命はマラソンと同じ。ここでは、ろうそくは別名マラソンと呼ばれています」
大地「マラソン……」
天の声「今、あなたの目の前にあるのは『寿命のろうそく』。そのろうそくが消えた時が寿命。あなたが死ぬ時です」
大地「死ぬ……(息を呑む)」
天の声「そのまま、自分の死を受け入れることもできます」
大地「そんなこと……!」
   突然、大地の右手側には、『寿命のろうそく』より僅かに長い火の灯っていないろうそくが一本現れる。
天の声「あなたの右手にあるのは、『記念日のろうそく』。大切な日、時間、記念日に消えるろうそく。記念日の素敵な瞬間に死を迎えることができます」
大地「短っ……。迎えることができるって!」
   突然、大地の左手側には、はるかに長い火の灯ったろうそくが一本現れる。
天の声「あなたの左手にあるのは、『人のろうそく』。他人の『寿命のろうそく』を選んで生きることができます」
大地「(長いろうそくを見つめ)……」
   苦しみはじめる大地。
天の声「命の選択をするお時間です。では、そこにある『おしぼり』の火が、付いている5秒の間に命の選択をして下さい」
大地「(心臓を押さえながら)そんなこと、できるわけないだろ!」
天の声「『記念日のろうそく』を選ぶのであれば、『寿命のろうそく』から自分の火を移してください」
   目の前の『おしぼり』に火が灯る。
大地「(苦しみながら)そんなこと……できるわけ……」
   目の前の『おしぼり』が、どんどん燃え尽きていく。
   『おしぼり』が燃え尽きるギリギリで、長い『人のろうそく』をつかむ大地。
天の声「おかしいですね。あなたは、『記念日のろうそく』を選ぶと思ったのに……」
   フェードアウト。

○マラソンコース
   地面に倒れている大地。
天の声「(遠くで聞こえる小さな声)あなたには、マラソンのゴールと共に死ぬ選択肢があったのに……」
   大地が目を覚ます。
大地「え……?」
   起き上がり、辺りを見渡す。
   これまで走っていた元のマラソンコース。
   周囲は大地に対して驚く様子もない。
   困惑しつつ、立ち上がり再び走り始める。
大地の声「ろうそく……? 確か昔、そんな話をどこかで聞いた気がする……。昔話? いや、落語?」
  ×  ×  ×
   沿道で応援する人々。
   走る大地。
大地の声「これは夢か? いや、俺は今走っている。なら、あれは……。走りながら俺は、夢を見ていたのか?」
   走る大地の足が止まる。
   足の向きを変え、走り始める大地。
   マラソンコースを外れ、走って行く。
   沿道にいた人々が驚き、ざわざわ。

○道
   走る大地。
大地の声「確かあの声は、俺のろうそくは間もなく消滅すると言っていた。けれど、どのろうそくを選ぶか俺に尋ねてきた。俺の命は繋がれた? 俺は助かったのか?」

○本屋
   本屋に入り、辺りをきょろきょろ。
   周囲はユニホーム姿の大地に少し驚いた様子。
大地「一体どこに……」
   店内をうろうろ。
   絵本コーナーに目が行く。
   『しにがみのなづけおや』と書かれた絵本。
   表紙に火の灯ったろうそくが描かれている。
大地「これだ!」
   本を手に取る。
大地「あの声は……死神?」
   慌てて最後のページを開く。
   弱々しくなったろうそくの火を、新しい長いろうそくに移す描写の絵。
大地「! 俺は自分のろうそくの火を、移してない……」
  ×  ×  ×
   長い火の灯ったろうそくをつかむ、大地の手。
大地の声「あの時、俺は……」
  ×  ×  ×
大地「(ぶつぶつと)あのろうそくは、俺のじゃない? 誰かの? 一体誰の? いや、そもそも誰かのろうそくなんて取れるのか!?」
   絵本を持つ手が震える。
大地「(ぼそりと)他に選択できたろうそく……あれ? なんだっけ? あと、なんだったっけ……」
   恐ろしい形相で立ち尽くす大地。
   大地の様子を、呆然と見つめている生駒タケル(4)。

○大地の家(アパート)・部屋(夜)
   世瀬陽子(58)に電話をかけている大地。
大地「もしもし、おふくろ?」
陽子の声「どうしたの?」
大地「ちょっと、聞きたい事があって」
陽子の声「えっ? 聞きたいこと?」
  ×  ×  ×
   部屋の窓が開いており、窓際に『しにがみのなづけおや』の絵本が無造作に、開かれた状態で置かれている。
   開かれたページには、神と男の絵。
  ×  ×  ×
大地「あのさ、俺の名前って……」
陽子の声「え、名前?」
大地「『大地』って、誰が名付けたの?」
  ×  ×  ×
   風が吹き、絵本のページがめくれる。
   開かれたページには、悪魔と男の絵。
  ×  ×  ×
   家で電話に出ている陽子の姿。
陽子「大地? 誰が付けたかって?」
   チラリと世瀬義文(59)に目をやり、
陽子「お父さんだけど……?」
   義文が陽子の電話を聞き、
義文「どうした? 大地か? 珍しいな」
  ×  ×  ×
大地「そっか……そう、だよね?」
陽子の声「どうしたのよ、急に」
大地「あ、いや、ちょっと確認。あ、いや、なんでもないよ……」
陽子の声「この地球の大地のように、広い心になれるようにね」
大地「……」
陽子の声「ちゃんと食べてる? 体には気を付けなさいね」
大地「うん……」
陽子の声「若いから大丈夫って過信してると、倒れてからじゃ遅いからね」
大地「……」
陽子の声「もしもし? 大地聞いてる?」
  ×  ×  ×
   風が吹き、絵本のページがめくれる。
   開かれたページには、死神と男の絵。
   『わたしは、みんなをびょうどうにあつかう、しにがみだ』の文字。
   電話を終えた大地が絵本のもとへ。
大地「『お前さんは、金持ちだろうが、貧乏人だろうが区別なく連れて行く。名付け親になっておくれ』。どうかしてんな、俺」
   絵本を閉じると棚に仕舞う。
大地N「それっきり、夢か現実かも分からないあの世界に俺が行くことはなかった」

○県立観音崎公園
   三月。円の中に映る景色。
   ランニングしている大地の姿が映り込む。
   円の中で大地と目が合う。
   生駒紬(つむぎ)(31)が、驚いて覗いていた五円玉の穴から目を外す。
   立ち止まる大地を見る紬。
大地「紬さん……!?」
紬「大地君!?」
   紬のもとへ駆け寄る大地。
大地「びっくりした! まさか、こんなところで逢うなんて! お久し振りです」
紬「本当ね。すっごく久し振り」
大地「元気そうで」
紬「まぁ、うん。大地君も」
大地「それ、昔からやってますよね」
   五円玉を指差す大地。
紬「えっ? あぁ」
   紬は五円玉を見つめ、
紬「覗いた向こう側の世界の方が、こっちの世界より少しだけイイ世界な気がするのよ」
大地「(笑って)まっ、どっちも、同じ世界ですけどね? 変わらないなぁ、紬さん」
紬「(五円玉を空に向け)変わったよ、いろんなことが……」
大地「えっ?」
紬「なんてね」
大地「!」
紬「大地君こそ、相変わらずね。今も走ってんだ」
大地「あぁ……。この辺よく走ってるんです」
紬「そっか。いいね」
大地「今も、走ってます。趣味みたいなもんですけど。ちょくちょく市民マラソンとかも参加してて」
紬「そうなんだ」
大地「二月の走水マラソンも参加したんですよ。ちょっとあの時は、諸事情で棄権しちゃったんですけど」
紬「走水マラソン……」
大地「?」
紬「いいね(にっこり)」
大地「ってか、紬さん、こんなところで何やってるんですか?」
紬「ん? 日向ぼっこ?」
大地「え!?」
紬「いや、ここの自然博物館に遊びに来たの」
   辺りをきょろきょろして、
大地「えっ……誰と?」
紬「ひとりで来ちゃ悪い?」
大地「あっ、いえ……」
紬「よかったら、お供する?」
大地「は、はい!」

○同・観音崎自然博物館
   大地と紬が博物館を見て回っている。
大地「紬さん、こういうところ好きだったんですね」
紬「うーん。陸上やめちゃってからはね。結構こういうところに来るようになったの」
大地「……」
紬「今ね、わたし小田原の博物館で働いてるんだ」
大地「そうなんですか!?」
紬「高校卒業してから鎌倉にいて、久々に横須賀来たかな」
大地「そうだったんですね」
紬「大地君は、何やってるの?」
大地「俺は、フィットネスクラブで働いてます」
紬「そうなんだ。大地君っぽい」
大地「だから体も鍛えないと。走りますよ。これからも」
紬「そっか」

○同・自販機
   炭酸水を二本買う紬。
   大地が見てないのを確認して一方を振る。
  ×  ×  ×
   振った方を大地に差し出す。
   蓋を開けるなり中身が飛び出し、
大地「うわっ! やった……!」
   服がびしょびしょになる大地。
   笑う紬。
大地「ちょっと、紬さん!」
   ハンカチを取り出し渡す紬。
大地「あーもう!」
   ハンカチで拭く大地。

○同・観音埼灯台付近
   観音埼灯台を見つめ、
紬「灯台ってさ、船にとっての道しるべだよね。灯る光は、いつだって居場所を教えてくれる」
大地「灯りは、人間にとって大切なものですね」
紬「うん……」
   スマートフォンのカレンダーを見る大地。
   誕生日の印が入っている。
大地「紬さんって、今日誕生日ですよね?」
紬「えっ……!? 覚えてたの?」
大地「あぁ、いや、スマホのカレンダーに印が……」
紬「まだ、消してなかったんだ。わたしの連絡先」
大地「! 消せませんよ! そりゃ……」
紬「……」
大地「せっかくだし、もしよかったら、今日お祝いしませんか? 一緒に!」
紬「えっ……」
大地「あ、いや、用とかなければですけど。あ、いや、ありますよね、その普通……」
紬「いいよ。別に暇だし?」
大地「!」

○レストラン(夜)
   食事をする大地と紬。
   誕生日ケーキが登場。
   数字のろうそく『3』と『1』に火が灯っている。
紬「ヤダな。31だなんて」
大地「何言ってるんですか」
紬「大地君はまだ20代だからそんなこと言ってられるのよ」
大地「いや、29ですよ? そんな変わらないでしょ!」
紬「変わるよ! 一年が、一日がすごい違い」
大地「そうですか?」
紬「記念日には、ろうそくを……」
大地「?」
   紬がろうそくの火を吹き消す。

○道(夜)
   咲きかけの桜の花が見つめる中で並んで歩く大地と紬。
   桜を見た紬が、
紬「桜ってさ、ホント一瞬で散っちゃうよね」
大地「え……」
紬「散った後は、どこへ行っちゃうんだろ」
大地「!?」
紬「大地かな?」
大地「えっ!?」
紬「(笑って地面を指差し)土に返るっていうの? みんな元の場所へ戻って行く……」
大地「あぁ……。でも、花は散っても、木はずっと生きてますよ」
紬「そうだね。そうだよね……」
大地「どうしたんですか?」
紬「別に。今日はありがとう。祝ってくれて。30も超えて、危うくひとりの誕生日になるとこだった」
大地「!」
   分かれ道になり、
紬「じゃあ……」
   立ち去ろうとする紬に、
大地「あのぉ! 紬さん、また逢えますか?」
紬「……」
大地「また、逢ってくれますか?」
紬「(振り返り)逢えたらね(にっこり)」
   去って行く紬の後ろ姿を見つめて、
大地「……」
   ポケットに手を入れ何かに気が付く。
   何かを取り出すと、紬のハンカチ。
   ハンカチを見て、笑みがこぼれる。
   紬と反対に歩いて行く大地。
   紬が立ち止まり振り返る。
   大地の後ろ姿を見つめる。

○大地の家・ベランダ(深夜)
   月が輝く。
   紬のハンカチが干されている。
   それを見つめている大地。

○(回想)桜の木の下
   春、高校の入学式。
   舞い散る桜の中に制服姿の紬(17)。
   五円玉の穴から空を覗いている。
   立ち止まる大地(15)が紬に釘付け。

○(回想)高校・グラウンド
   ユニホーム姿の走る紬。
  ×  ×  ×
   グラウンドに紬の姿を見つけ、立ち止まる大地。

○(回想)同・教室
   入部希望届に『陸上部』と書く大地。

○(回想)同・グラウンド
   走る大地。
  ×  ×  ×
   走る紬。
  ×  ×  ×
   飲み物の蓋を開けるなり中身が飛び出し、あたふたする大地。
   それを見て笑う紬。
   笑顔の紬に、笑みがこぼれる大地。

○(回想)同・グラウンドの隅(夕方)
   夏。浮かない様子の制服姿の紬。
   グラウンドを去って行く。
   走って追って来るユニホーム姿の大地。
大地「紬先輩!」
紬「もう、先輩って呼ばないで! 陸上続けられないんだから! もう走れないんだから!」
大地「……!」
   涙を堪えた目で大地を見つめ、
紬「大地君は走りなよ。走れるんだから」
大地「……!」
紬「これからも、ずっと……」
   立ち去ろうとする紬に、
大地「あのぉ! 紬さん、また逢えますか?」
紬「……」
紬「(振り返らずに)逢えたらね……」
   去って行く紬の後ろ姿を見つめ、
大地「……」

○源氏山公園・桜並木
   鎌倉市。桜の花が満開に咲いている。
   紬にハンカチを差し出す大地。
大地「はい、これ。この前、貸してもらったハンカチです」
紬「(受け取り)そういえば、貸したままだったね」
大地「はい。だから、また逢えました」
紬「(笑って)わざわざハンカチ返すだけで、どうしてここよ?」
   桜を見渡し、
大地「いいじゃないですか。お花見です。貸してくれたお礼です」
紬「お礼って。炭酸振ったの、わたしだからね?」
大地「あっ、自白した!」
紬「あっ!」
   笑う大地。
大地「俺本当は、紬さんが陸上部にいるの見かけて陸上部に入部したんですよ」
紬「え? そうだったの? 走るのが好きって言ってたじゃん」
大地「はい、走るのは好きです。けど高校入って、陸上やるとは思ってませんでした」
紬「知らなかった。一緒にいたのに」
大地「……」
紬「あ、一緒にって言っても、一年も一緒にいなかったね」
大地「本当は、あの時、なんて声をかけるべきだったんですかね……」
紬「えっ……?」
大地「グラウンドを去って行く、紬先輩に」
紬「!」
大地「俺は、あの後、走ることしかできなかった……」
紬「あの時は、自分の運命をすぐに受け入れられなかったんだよ」
大地「運命……」
紬「変えられない、変わらない運命」
大地「……」
紬「まぁ今も、運命を受け入れられないんだけど……」
大地「なら、そんな運命、変えちゃいましょう!」
紬「え……」
大地「神様は不平等です。気分屋です。死神と違って」
紬「!?」
大地「だから、生きてれば、努力すれば、運命も変わるんじゃないですかね?」
紬「生きてれば……。そうね」
  ×  ×  ×
   夕方になり、少し寒くなる。
   桜を見つめる紬の横顔を見つめ、
大地「(思わず声が漏れて)好き……」
紬「(思わず振り返り)!?」
大地「あ、いや……さ、桜……!」
紬「わたしも」
大地「えっ!」
紬「桜が」
大地「あっ……」
   紬がくしゃみをする。
   大地が着ている上着を脱ぎ、紬にかける。
紬「!」
大地「寒くなってきましたね」
紬「(ドキドキしながら)もう、春なのにね」
   飛行機の音。
   空を見上げる大地。
大地「あっ、飛行機!」
   飛行機の進んだ後に飛行機雲がかかる。
大地「紬さん、飛行機雲ですよ!」
   無邪気にはしゃぐ大地。
   大地を見つめて、
紬「大人なんだか、子供なんだか(笑顔)」
大地「(飛行機の音にかき消され)へっ?」
紬「(首を横に振り)ううん、なんでもない」
大地「?」

○定食屋(夜)
   大地と紬が食事をしている。
大地「紬さんって、今、お付き合いされてる方とかって、いないんですか?」
紬「いない前提?」
大地「あ、いや……いますか?」
紬「(笑って)何それ。いないと思ったって?」
大地「いや、そんなことは……」
紬「誕生日ひとりで過ごす女だもんね」
大地「それは……」
紬「そんな大地君は?」
大地「えっ? もちろん、いないですよ」
紬「でしょうね」
大地「ちょっと、それ酷くないですか?」
紬「それくらい失礼なこと、わたしに聞いてんの」
大地「(笑って)それは、すみません」
紬「まぁ、いないの事実だし、別にいいんだけどね」
大地「紬さん、素敵な人なのに、周りも見る目ないですね」
紬「そんなお世辞言ったって、何も出ないわよ」
大地「お世辞じゃないですよ。事実です」
紬「そう? そりゃどうも」
大地「……」
紬「ひとりでも困らない時代よね」
大地「結婚願望、ないんですか?」
紬「別に結婚が全てじゃないから」
大地「まぁ、そうですね」
紬「でも、わたしのお母さんが今のわたしの歳の時には、兄を産んでるわけで」
大地「あぁ……」
紬「そう思うと、なんかね……。そうだ」
   スマートフォンを取り出し、大地に写真を見せる紬。
   タケルの写真。
大地「! へっ……隠し子!?」
紬「(笑って)まさか。そんなわけないじゃない」
大地「え、じゃあ……」
紬「甥っ子」
大地「あぁ」
紬「ホント可愛いんだよね。兄の子供。タケル君っていうの」
大地「このくらいの時期が一番可愛いですよね」
紬「そうなの。この子のためなら、惜しいものはないってね。なんでもあげたくなっちゃう」
大地「(笑って)なんでもあげたいって」
紬「子供のイイとこ取りなの。面倒なところ何も携わらずにさ」
大地「確かに……」
紬「ある意味、ずるいのよ」
大地「……」
紬「わたし、このまま生きていたら、結婚できたのかな……」
大地「なんで過去形なんですか?」
紬「えっ……。あぁ、まぁそうだよね」

○道(夜)
   大地と紬が歩いている。
大地「紬さん、また逢ってもらえますか? 今度はハンカチがなくても」
紬「! どうかな。誘ってくれたらね?」
大地「!」
紬「じゃ、おやすみ」
大地「おやすみなさい……」
   大地に背を向け歩き出す紬。
   嬉しそうな表情になる。
   紬の後ろ姿を見つめる大地。

○リュミエールフィットネスクラブ
   器具を手入れしている大地と、島浦このみ(25)。
このみ「高校の頃からって、引きずり過ぎ」
大地「いいだろ? また逢えたんだから。奇跡だよ。俺の運命はこれからさ!」
このみ「(呆れたように)運命ねぇ……」
大地「こうなりゃ、ゴールまで走りきるだけ!」
このみ「で、また逢えそうなんですか? その高嶺の花の先輩とは」
大地「まぁ、次も誘ってみるよ」
このみ「(つまらなさそうに)ふーん」
大地「なんだよそれ。このみちゃんもいないの? そういう人」
このみ「わたしは……別に。今は、恋愛とかそういうのは……」
   ホタルが見られる場所をスマートフォンで検索している大地。
大地「(画面を見ながら)へぇー」
このみ「(呟くように)聞いてないし」

○三渓園(夜)
   六月初旬、横浜市。
紬「わー綺麗!」
大地「凄いですね」
   ホタルが飛び交う。
大地「誘っといてあれですけど、こういうところ来たの俺はじめてです!」
紬「ホタルって東と西で、光る間隔が違うらしいよ」
大地「えっ!? そうなんですか?」
紬「西のホタルの方がせっかちに光るんだって」
大地「へぇー。人間と同じですね」
紬「大地君が、関西の何を知ってるのよ?」
大地「それも、そうですね」
   ホタルが紬の近くへと飛んでくる。
   紬が手のひらを広げると、ホタルが止まる。
紬「生まれてから死ぬまで、ずっとキミは光ってるんだよね」
大地「え、そうなんですか?」
紬「卵でも、幼虫でも、さなぎでも」
大地「なんのために?」
紬「成虫はオスとメスが出会うためが一番の理由だろうけど、卵から光り続けてる理由は、明確には分かってないんだってさ」
大地「不思議ですね。生きてる、証みたいですね」
紬「そうね……。けど、成虫になってからは、たった二週間の命」
大地「儚い」
紬「口が退化してるから、成虫になってからは何も食べられないんだって」
大地「えぇ!」
紬「蓄えてきた栄養だけで、最後の時を過ごすの」
大地「!」
紬「運命を受け入れて生きている。人間よりもよっぽど……」
大地「……」
紬「あと二週間って知っていたら、やっぱりあがくよね?」
大地「えっ……?」
紬「若ければ尚更。後悔があれば尚更」
   紬の手のひらから飛び立つホタル。
紬「せっかく、自由に空を飛べるようになったのに」
大地「まるで交換条件を突きつけられてるみたいですね」
紬「何かを得るには、やっぱり何かを失う?」
大地「でも、ずっと水の底にいてもな……」
   笑う紬。
大地「だって、そうじゃないですか!」

○バスの中(夜)
   バスに乗り込む大地と紬。
   バスが揺れ、二人の手が偶然触れる。
大地・紬「!」
   そのまま、指が触れたままの二人。
大地「……」
紬「……」
   真っ暗な窓に映る、自分の顔を見つめる紬。

○走水神社
   晴れ渡る空。
   参道を進んで行く大地と紬。
   振り返ると海が見える。
紬「海が見える」
大地「もっと上に行けば、更によく見えますよ!」
   参道の先に続く階段をのぼって行く大地。
   大地に少し遅れをとる紬。
大地「大丈夫ですか、紬さん」
   手を差し伸べる大地。
紬「大丈夫……」
大地「もっと、俺を頼ってください!」
紬「!」
   大地が紬の手をつかみ、階段をのぼりきる。
   目の前に社殿。
紬「鍛えてないから全然ダメね。体力が無くなっちゃってる。オバさんみたい」
大地「そんな、オバさんって」
紬「事実、甥っ子から見ればもうオバさんだから」
大地「それは……」
紬「お参りしよっか」
大地「は、はい」
   手を合わせる二人。

○同・記念碑前
   弟橘媛の記念碑がある。
大地「その昔、日本武尊が相模の国から上総の国へ船で渡ろうとした。途中で暴風雨に見舞われて、嵐を鎮めるために妻の弟橘媛が海に身を投げた」
紬「すると海が静まり、まるで水の上を走るように渡ることができた」
大地「だから走水……」
紬「日本武尊は航海して、後悔しなかったのかしら……」
大地「どうでしょう。でも、想いは何年経っても、こうやって残ってるんでしょうね」
   石碑を見つめ、
紬「相模の国の野で盛る炎の中に立ち、わたしを気遣い呼びかけてくださった愛しいあなた。お別れの和歌ね……」
大地「……」
紬「あなたのために、飛び込みますなんて言える?」
大地「凄いですよね」
紬「日本武尊は、弟橘媛にとても愛されてたのね……。神話なのに、どこか本当の物語に感じてしまう」
大地「そうですね。時におとぎ話は、本当の話かもしれません」
紬「彼女にとっては、きっと本当の物語よ」
大地「壮大なラブストーリーですね」
紬「この走水から、海に身を投げるなんて」
   後ろに見える海を見つめ、
紬「愛する人のためにそんな覚悟、できるかしら……」
大地「神様は、いつの日も残酷だ」
紬「神様は、何かと命を引き換えにするのがお好きなのよ」
大地「命……」
  ×  ×  ×
   一本の長いろうそくに灯った炎が、暗闇に揺れる。
  ×  ×  ×
大地「どうしたら、俺のこと好きになってくれますか……?」
紬「え……?」
大地「紬さんは、どうしたら、俺に振り向いてくれますか?」
紬「……!」
大地「俺は、高校生の時のままです」
紬「え……?」
大地「俺の中では、紬さんも、俺自身も、まだ高校生のままです。何も変わりません」
紬「……」
大地「俺が記録に伸び悩んでた時、メッセージくれたのって、あれって紬さんですよね」
紬「え……」
大地「下駄箱に貼ってあったメッセージ」
  ×  ×  ×(回想)
   夕方、大地の下駄箱に付箋を貼り付け立ち去る紬の姿。
   『負けるな 大地君!』とあり、飛行機と飛行機雲の挿絵が書かれている。
  ×  ×  ×
紬「(動揺して)そんなこと、あったっけ……」
大地「俺はずっと、紬さんを見てました。紬さんは後輩想いで、強がりで、負けず嫌いで、諦めない!」
紬「……」
大地「もうこれまでみたいに走れないって分かった時、泣いてたの、本当は知ってるんです」
紬「……」
大地「だから、もっと速く走りたいって、紬さんの分まで走りたいって!」
紬「恥ずかしいとこ見られちゃったわね。まさか、わたしのせいで、今も走ってる?」
大地「! それは違います! 俺は、自分が走りたくて走ってます。今も」
紬「……」
大地「走り続けていれば、いつか、あなたに逢える気がしたから」
紬「……」
大地「俺、ずっと紬さんのことが好きで。これは、そのための命だと思ってます」
紬「……!?」
大地「紬さん、俺と付き合ってもらえませんか?」
紬「それは……」
大地「俺は運命の人だと思ってます! あの日、再会してから、より一層!」
紬「そんなの……そんなの……ダメだよ。(小声で)引き返せなくなるから」
大地「へっ……」
紬「これ以上踏み込んだら、もう戻れなくなるから……」
大地「俺が年下だからダメなんですか? 頼りないから?」
紬「(首を横に振り)ごめんなさい……! 運命を受け入れるのが怖いの」
大地「……!?」
紬「できるだけ、考えないようにしてる。大地君のこと」
大地「え……」
   大地のもとから逃げるように去って行く紬。
   その場に取り残される大地。
大地「なんで……」

○大地の家・部屋(夜)
   デスクに貼られている古い付箋。
   『負けるな 大地君!』とあり、飛行機と飛行機雲の挿絵が書かれている。
大地「(付箋を見つめて)……」

○辰樹の家(一軒家)・庭
   タケルと遊んでいる紬。
   生駒辰樹(36)がやって来る。
辰樹「急にどうした?」
紬「へっ?」
辰樹「何かあった?」
紬「別に……。ただタケル君に会いに来ただけ」
   生駒藍子(34)がやって来て、
藍子「タケルー?」
タケル「ママ!」
   藍子のもとへ走って行くタケル。
紬「お兄ちゃんは、結婚してよかった?」
辰樹「えっ? 何、どうした? 結婚したい相手でもいるのか?」
紬「いや……」
辰樹「?」
紬「結婚しない人生もあるかなって、そんな思いがよぎってさ」
辰樹「……」
紬「ほら、タケル君だっているわけだし、わたしは別に……ねぇ?」
辰樹「今の時代、結婚だけが幸せじゃないとは思うけどなぁ。でも、紬自身がどうしたいかじゃないのか?」
紬「結婚って本当は誰のため? 自分のため? 相手のため? 親のため?」
辰樹「どうだろうな。でも、この世に『生(せい)』を受けた理由みたいなもんじゃないか? なんてな」
紬「……」
辰樹「人間以外の生き物は、皆当たり前のように命を繋いでる気がする。理由をごちゃごちゃ探してるのって人間だけだよな」
紬「確かに……」
辰樹「与えられた命に対して、これでよかったって、最後思える人生にするしかないんじゃないかな」
紬「与えられた命と、どう向き合うか……」
辰樹「後悔のない生き方をしないとな。まっ、偉そうなこと言っちゃってるけどさ」
紬「わたしに、与えられた命……」

○県立観音崎公園(朝)
   夏。走る大地。
   五円玉の穴から景色を覗いている紬。
   紬を見つけ、大地の足が止まる。
   大地に気が付いた紬が、五円玉の穴から目を外す。
紬「おはよ(にっこり)」
大地「どうして……」
紬「ここに来たら、大地君に逢えるかなって」
大地「だったら、連絡くれればいいじゃないですか……」
紬「うん……。まぁ、そうだね」
大地「言っときますけど……。俺、あの日振られたんですよね?」
紬「ごめん、そうだったね……」
大地「……」
紬「わたしさぁ、もう一度走ろうと思って」
大地「えっ!?」
紬「後輩想いで、強がりで、負けず嫌いで、諦めない。だから」
大地「!」
紬「わたし、走れなくなった夏にまだ取り残されてるの。そんな後悔、いらないじゃない?」
大地「……」
紬「生きてれば、努力すれば、運命も変わる。そうでしょ? だから、走りたいって」
大地「!」
紬「ねぇ、大地君、わたしの専属トレーナーになってよ」
大地「え!?」
紬「でも、図々しいか。やっぱり、大地君に頼むのは」
大地「あっ、いや……そんなこと! 是非! 是非やらせてください!」
   大地に微笑む紬。

○リュミエールフィットネスクラブ
   このみが大地のもとへやって来て、
このみ「世瀬さん、次の方、今日からの新しい会員さんです」
大地「はいはい」
   書類を渡しながら、
このみ「生駒紬さんって方です」
大地「!」
このみ「知り合いですか?」
   笑顔の大地を見て、
このみ「まさか、噂の高嶺の花?」
   このみの話を聞いてない大地。
   大地の様子に呆れるこのみ。
   紬が現れる。
紬「大地君、今日からよろしく」
大地「紬さん! 今日からなら、先言ってくださいよ。まさか本当に来てくれるなんて」
紬「そりゃ来るよ。プロから学びたいんだから」
   嬉しそうな大地。
  ×  ×  ×
   大地に指導されながら、トレーニングをする紬。
  ×  ×  ×
   二人の様子を遠くから見ているこのみ。
   いけ好かない様子。

○晴れ渡る空
   飛行機が空を飛行する。
   飛行機雲ができる。

○走水神社
   階段をのぼる紬。
   以前より少し軽い足取り。
   振り返り、見える海を眺め笑顔。
このみの声「もしかして、高嶺の紬さん?」
紬「(声の方を振り返り)え?」
   このみが立っている。
紬「あ、大地君のフィットネスクラブの! えっと……島浦さん!」
このみ「このみでいいですよ。あそこでは、そう呼ばれてます」
紬「じゃあ、このみさん」
このみ「こんなところで、トレーニングですか?」
紬「あぁ、まぁはい。それも兼ねて。マラソン大会に挑戦したいなって、今思ってまして」
このみ「あのぉ、生駒さんって世瀬さんの高校の先輩なんですよね?」
紬「はい、まぁそうです」
このみ「同じ陸上部で、けど最後の大会を前に、走れなくなって引退した」
紬「よくご存じで」
このみ「しかも、世瀬さんに告白されて、振ったんですよね?」
紬「!」
このみ「なのに、のこのことフィットネスクラブに?」
紬「!」
このみ「ごめんなさい。一応お客さんなのに口悪くって。けど、普通振っといて来るかなって」
紬「このみさん、大地君のこと好きなんですね」
このみ「まさか。ただ、あのままほっとけないっていうか。生駒さんが来てからはしゃいじゃってて、残酷だなって」
紬「……!」
このみ「世瀬さんは、ずっと生駒さんの話ばかりしてます。生駒さんと再会してから」
紬「!」
このみ「イイ女ぶってるか知りませんけど、もて遊ぶのはどうかと思います」
紬「! いや、そんなつもりはなくって……」
このみ「なら、なんで振ったんですか?」
紬「それは……」
このみ「?」
紬「もっと、残酷な思いさせちゃうかなって」
このみ「えっ?」
紬「本当は、とっくに好きだったんです」
このみ「えっ!?」
紬「高校の頃から、ずっと」
このみ「えぇっー! ウソ、両想いだったの!?」
紬「でもわたしが先輩だし、ずっとカッコイイ先輩でいたくて、いつも強いふりして」
このみ「!」
紬「大地君は走りなよ。走れるんだからって言い放って、グラウンドを後にして、陸上部を去って」
このみ「え、それで世瀬さん、ずっと走ってるんですか? うわっ、やばっ!」
紬「大地君は、純粋で、無邪気で、ずっと変わらなくて……」
このみ「……」
紬「わたしに覚悟が足りないだけです」
このみ「付き合うのに覚悟?」
紬「ずっと、一緒に走れない……そう思ったから」
このみ「え?」
紬「一緒に走り続けたくても、それができない方が残酷かなって」
このみ「? ちょっと難しいことは分からないけど、お互い好きなのに一緒にならないって意味分かんないです」
紬「わたしと一緒にいて、大地君は幸せでいられるのかな……」
このみ「それを決めるのは生駒さんじゃなくて、世瀬さんですよ」
   ハッとする紬。
このみ「誰にだって、いつか平等に別れが来ます。一緒にいられる時間を、もっと大切にするべきです」
紬「でも、早いか遅いかは不平等……」
このみ「君去らず 袖しが浦に立つ波の その面影を 見るぞ悲しき」
紬「!?」
このみ「日本武尊が、弟橘媛を想って読んだ和歌です」
紬「!」
このみ「この海の向こう側で、日本武尊はずっと想ってたんです。今でもその想いは、伝説となって、地名となって残ってる」
紬「……」
このみ「わたし、千葉県木更津市で生まれたんですよ」
紬「木更津!?」
このみ「君去らず。素敵じゃないですか? この海を越えて、今もずっと愛されてるなんて」
紬「……」

○リュミエールフィットネスクラブ(夜)
   帰宅準備をしている大地のもとに、このみがやって来る。
このみ「お疲れ様です」
大地「おう、お疲れ」
このみ「その後、どうですか?」
大地「どうって?」
このみ「高嶺の紬さん」
大地「えっ!? あぁ、順調だよ。マラソン大会に出ようってことで、頑張ってる。まぁ、まずは短い距離からだけどね」
このみ「いや、その順調じゃなくて」
大地「え? あぁ、俺はもう、とっくに振られてるから。今は、紬さんの走りをサポートできるだけで十分」
このみ「世瀬さん、そんなしょうもない嘘つくんですね」
大地「だって、こればかりはどうにもならないだろ?」
このみ「へぇー、せっかく両想いなのに」
大地「えっ!?」
このみ「うん」
大地「(このみに詰め寄り)え、誰が? 誰がそんなこと言ってたの!?」
このみ「生駒さん、本人ですよ」
大地「え、嘘でしょ!?」
このみ「本当です。本人の口から聞いたんですから」
大地「じゃあ、なんで! なんで振ったの!」
このみ「知りませんよ、そんなこと」
大地「なんで知らないんだよ!」
このみ「(呆れた様子で)本人に聞けばいいじゃないですか」
大地「そんなことできるわけ……!」
このみ「言ってましたよ。とっくに好きだったって」
大地「はっ? とっくに!?」
このみ「なんか事情あり気でしたけど、押せばいけるんじゃないですかね?」
大地「マジかよ!」
このみ「結婚式、呼んでくださいよ?」
大地「(ひとり困惑し)とっくに好きって……。そんな、なんで? いつから?」
このみ「(ため息をつき)全然、聞いてないし」

○神奈川県立生命の星・地球博物館
   小田原市。働いている紬。
   足を止め、恐竜やマンモスのレプリカなど、展示物を見つめる。
紬「(呟くように)命はいつだって、リレー……」
大地の声「紬さん!」
   振り返ると、大地の姿。
紬「(驚いて)えっ、大地君!?」
大地「来ちゃいました」
紬「! 来るなら言ってくれればいいのに」
大地「せっかくなんで、驚かせようと思って」
紬「(笑って)ホント、わたし達って、アポなしばっかりね」
大地「ホントですね」
   笑い合う二人。
   大地が周囲を見渡して、
大地「紬さん、ここで働いてたんですね」
紬「うん……。わたしね、最近思うの」
大地「?」
紬「ここに展示されてる生き物達は、もうこの世にいない……」
大地「!」
紬「でも、姿形を変えて、今のわたし達に繋がっている」
大地「地球規模でいったら、みんな先祖ってところでしょうか?」
紬「わたし達は、こうやって彼らの生きていた姿を知っている」
大地「はい」
紬「化石みたいに、生きてきた証とか、想いとかって、きっと永遠なのね」
大地「俺ら、同じ次代に生きてるってだけで、奇跡っていうか、凄いことですね」
紬「そうね」

○(紬の夢)披露宴会場
   中で誰かの披露宴が行われている。

○(紬の夢)同・入口前
   ドレス姿の紬がやって来る。
   入口に、左右に矢印が書かれた石碑のような看板。
   会場内を差す右の矢印には『結婚』の文字。
   左を差す矢印には『墓場』の文字。
   吸い寄せられるように左へと歩き出す。

○(紬の夢)走水海岸
   海が広がっており、ドレスを持ち上げ、ヒールで海岸を歩く紬。
   波が紬の足元に押し寄せる。
  ×  ×  ×
   進んで行くと、海岸に沢山の墓が見えてくる。
   波が押し寄せ何度も海水を被る墓石は、ボロボロになっている。
   呆然と海岸に広がる墓地を見つめる紬。
   ハッと我に返ると、慌てて来た道を引き返す。
   何かの角にヒールが引っかかり転倒。
   顔の砂を払い、目を開けると、目の前には墓石。
   砂を被り、見づらいが『紬』の文字が少し見える。
紬「えっ、わたし、死んでる……!?」
   その場から走り出し、逃げるように来た道を引き返す紬。

○(紬の夢)披露宴会場
   中から経が聞こえ、木魚の音がする。
   扉を開け、会場に入る紬。
   会場内にいる人々は、鮮やかな着物やドレス姿。
   新郎新婦の席には、ろうそくと線香。
   ろうそくの灯火が揺れている。
紬「……!」
   紬のもとに、このみがやって来る。
このみ「生駒さん、結婚おめでとうございます」
紬「えっ!? わたし、死んだんじゃないの!?」
   いつの間にか紬のドレスが、ウエディングドレスに代わっている。
紬「(自分の姿を見て)えっ!?」
このみ「(笑って)もう、何言ってんですか?」
紬「だけど、これって……」
このみ「二人の結婚式に出られてよかったです」
紬「え……」
このみ「ろうも、線香も、減ることはあっても、やっぱり付けたされることはないんですかね?」
紬「……」
このみ「死神は、お金持ちにも貧乏人にも、平等に命を奪うから神様より信じられる。本当にそう思いますか?」
紬「どうでしょう。結婚も墓場も、どっちを選んだって、結局最後は墓場じゃない」
このみ「結婚は人生の墓場……」
紬「!」
このみ「どうせ墓場なら、与えられた命、ちゃんと全うした方がいいですね」
紬「……!」

○紬の家(アパート)・部屋(深夜)
   汗だくで飛び起きる紬。
紬「……!」
   苦しむように頭を抱える紬。

○三浦海岸納涼まつり花火大会(夜)
   夜空に打ち上がる花火。
大地「綺麗ですね」
紬「そうねぇ」
大地「でも、綺麗なものは儚いな」
   花火を見つめている、大地と紬。
   『水中孔雀』によって、海面に半円形に開く花火。
紬「(笑って)まったく、花火も海中に飛び込むのがお好きね」
大地「!?」
紬「花火っていったら、大地君は何を思い浮かべる?」
大地「えっ、やっぱ、夏!?」
紬「まぁ、そうなんだけど。本当は、花火には亡くなった方の魂を、鎮める意味があるのよ」
大地「あぁ……」
紬「ほら、線香花火も『人の一生』を表してるって言うでしょ? 灯火は、命であり、暗闇を明るく照らす道しるべなのよ」
大地「命……。だから、やっぱり美しいんでしょうね」
   大地の手が、偶然紬の手に触れる。
大地・紬「!」
   そのまま手を繋ぐ大地。
   花火を見つめたままの二人。
大地「……」
紬「……」
   繋がれたままの手。

○マラソン会場
   ゼッケンの付いたユニホーム姿の紬。
   キラキラした目でそれを見守る大地。
紬「走って来るね!」
大地「はい!」

○マラソンコース
   風を切り、走る紬。
   幸せそうな表情。
  ×  ×  ×
   沿道から応援する大地。
   通過する紬に、
大地「紬さん、ファイト!」
   大地の声に気が付き、手を振る紬。

○道(夜)
   並んで歩く大地と紬。
紬「大地君、ありがとね」
大地「えっ?」
紬「わたしを、取り残された夏から連れ出してくれて」
大地「いや、俺は何もしてませんよ。頑張ったのは、紬さん自身です」
紬「大地君に、もう一度逢えてよかった」
大地「……。はいっ!」
   嬉しそうな大地。

○宝石店
   店内に入って来る大地。
   指輪を見ている。
   そっと手を伸ばし、
大地「(考えた様子で)……」

○走水観音崎遊歩道(夕方)
   秋。海を見つめる紬。
   大地が指輪を取り出すと、
大地「紬さん!」
紬「!?」
大地「俺と一緒に、人生を走ってくれませんか」
紬「……!」
大地「あなたが走れない時は、俺が足になりますから! だから、だから、俺と結婚してください!」
紬「(指輪を見つめ)……」
   突然、紬の目から涙があふれ出す。
大地「!」
   慌てて大地に背を向ける紬。
大地「え……? 泣いてる……!?」
   頬を伝う涙を拭い、大地の方を向き直すと、
紬「走るよ、ゴールまで」
大地「!」
紬「嬉しい。わたしでよければ。よろしくお願いします」
大地「(安堵して)はぁーよかったー。また振られるかと思ったー」
紬「それは……」
大地「よっしゃー! やったぞー! ついにやったぞ、俺!」
   涙があふれないように空を見上げる紬。
   無邪気にはしゃぐ大地。
大地の声「あの日、代わりのろうそくを選ばせてもらえなかったら、今の俺はいないのかもしれない。紬さんに逢えてよかった。ありがとう、死神! いや、神様!」

○マラソン会場
   二月。『走水マラソン大会』。
   ゼッケンの付いたユニホーム姿の大地。
大地「(意気込むように)よしっ!」
   そこへユニホーム姿の紬がやって来る。
紬「わたしも、大地と同じように長いコース走れたらな」
大地「走れるよ、そのうち」
紬「そうだよね」
大地「来年は、同じコースを走ろう!」
紬「うん……」
大地「俺は、まず今年は、ちゃんと完走しなくっちゃな」
   楽しそうに駆けて行く大地の背中。
紬「(大地の背中を見つめ)来年かぁ……」
   紬の少し寂しそうな表情。

○マラソンコース
   何事もなく、順調に走る大地。

○同・ゴール地点
   走る大地。
   ゴールが見えてくる。
大地「おっしゃー! 今年は完走だぁ!」
  ×  ×  ×
   一本の長いろうそくに灯った炎が、暗闇に揺れる。
  ×  ×  ×
   両手を広げ、ゴールする大地。
   カシャっとシャッター音。
   大地の姿が、そのまま静止画になる。

○披露宴会場
   六月。賑やかで笑顔があふれる会場。
   大地と紬の披露宴が行われている。
   タケルが大地を呆然と見つめている。
   それに気が付いた辰樹が、
辰樹「タケル、どうした?」
タケル「あの人……」
辰樹「大地君が、どうかしたかな?」
タケル「(大地を見つめ)……」
  ×  ×  ×
   キャンドルリレーが始まる。
   大地と紬が、陽子と義文の持つ火種を受け取る。
陽子「結婚おめでとう」
義文「大地、ちゃんと幸せにするんだぞ」
大地「はい!」
   大地と紬が各テーブルを回る。
   キャンドルから次のキャンドルへと、灯火が移され増えていく。
  ×  ×  ×
   大地と紬が、このみがいるテーブルへ。
このみ「生駒さん、結婚おめでとうございます」
紬「ありがとうございます」
大地「いや、俺もだろ」
このみ「二人の結婚式に出られてよかったです」
   このみが大地から灯火を受け取る。
   このみのキャンドルに火が灯る。
  ×  ×  ×
   タケル、辰樹、藍子がいるテーブルへ。
   辰樹が紬から灯火を受け取る。
   タケルが揺れる灯火を見つめている。
辰樹「タケル、このキャンドルの数だけ、天使がやって来て幸せになれるんだぞ」
タケル「……」
紬「キャンドルの火を消すことは、願いを閉じ込める意味があるのよ」
   タケルが突然大地を見て、
タケル「だから、絵本を見てたの?」
大地「ん? 絵本?」
   きょとんとする大地。
  ×  ×  ×
   次々と繋がるキャンドルリレー。
   増えていくキャンドルの灯火。
  ×  ×  ×
   トーチに灯る火をメインキャンドルに点火する。
   会場が沸く。
   会場に沢山の灯火が揺れる。
紬「(呟くように)記念日には、ろうそくを……」
   紬の横顔を見て微笑む大地。
大地「それでは、皆さんの幸せを願って」
   キャンドルを手に、灯火を一斉に吹き消す人々。
   火が消え、拍手が巻き起こる。

○大地と紬の家(マンション)・リビング
   『走水マラソン大会』で大地がゴールした瞬間の写真が棚上に飾られている。
   紬が写真の横にあるペン立てから、赤色のペンを手に取る。
   『11月』のカレンダーを見つめ、
紬「……」
   ペンのキャップを外す紬。
   ペンを持つ手が酷く震える。
   反対の手で震えを押さえる。
大地の声「もうすぐ、結婚記念日だね」
   紬が振り返ると大地の姿。
紬「そうね……」
大地「一年か、あっという間だった気もするな」
紬「走るような速さだった……」
   外したペンのキャップを、そのまましめる紬。
大地「どこ行く? ほら、お店とか……」
紬「……。結婚記念日は、思い出の地を巡って……」
大地「いいね」
紬「それから……家で過ごしたいかな」
大地「え、家で? ちょこっと高いレストラン行ったりしなくていいの?」
紬「(笑って)わたしは、家でケーキを囲んで、二人でまったりしたいかな」
大地「よし、わかった」

○同・寝室(深夜)
   眠りについている大地。
   大地の姿を扉の隙間から確認する紬。
   そっと扉を閉める。

○同・リビング(深夜)
   便箋を取り出す紬。
紬「……」
   手紙を書き始める。
  ×  ×  ×
   封筒に手紙と共に、五円玉を同封する。

○県立観音崎公園
   手を繋ぎ、歩く大地と紬。
紬「なんか、懐かしいね」
大地「そうだな。思えば、あの時ハンカチがなかったら、今はなかったかもしれない」
紬「確かに。大地、わざわざ鎌倉まで返しに来たもんね」
大地「本当は、いつから俺のこと好きだった?」
紬「(笑って)何それ」
大地「いや、だって!」
紬「さぁ、いつからだろ。忘れちゃった」
大地「普通忘れるか?」
紬「ずっと昔から、とっくに好きだったから」
大地「! もしかして、わざとハンカチ置いていった?」
紬「まさか」
   大地に顔を背け、笑みを浮かべる紬。
大地「ハンカチは別れを表すって、よく言うけど、俺らの場合は出逢いだったな」
紬「うん……」
  ×  ×  ×
   炭酸水を二本手に持つ大地。
   一方を紬に差し出す。
紬「これ、振ったでしょ?」
大地「え、そんなわけ!」
   顔を見合わせる二人。
大地「ばれた?」
紬「わたしはその手には引っかからないんだから」
   大地が手に持つ、もう一方の炭酸水を奪う紬。
紬「大地は振った方ね」
大地「ちょっと!」
   大地は慎重に蓋を開けるが、開くなり中身が飛び出す。
大地「うわっ……!」
   あふれ出る中身。
   笑う紬。
大地「(笑って)ちょっと、もう!」

○同・観音埼灯台付近
   観音埼灯台を見つめ、
紬「灯台は船にとっての道しるべって、前ここで言ったよね」
大地「灯る光は、いつだって居場所を教えてくれる」
紬「うん。わたしにとって大地は、灯台だったかな」
大地「えっ?」
紬「荒れた真っ暗な海に、答えを教えてくれた」
大地「答え?」
紬「(呟くように)全う、できたかしら……」

○大地と紬の家・リビング(夜)
   ケーキを囲む大地と紬。
   ろうそくを一本取り出すと、ケーキに立てる紬。
大地「え?」
紬「結婚して一年でしょ?」
大地「あぁ」
紬「記念日には、ろうそくを」
大地「そうだな」
紬「一年、ありがとう」
大地「こちらこそ。これからもよろしくな」
   微笑む大地。
紬「カレンダーに印を付けてしまったら、まるでその通りになりそうで」
大地「ん?」
   ろうそくに火を灯す紬。
   ろうそくの灯火を見つめ、
紬「心のどこかで、あれから新しいろうが付けたされてるって、まだ願いたい」
大地「(困惑して)えっ……?」
紬「神様は不平等。良くも悪くも気分屋で。だけど、死神は……」
   溶けたろうが、ろうそくを伝い流れる。
紬「ほら、大地、電気消して」
大地「(戸惑いながら)おっ、おう」
   部屋の照明が消え、暗闇にろうそくの灯火が輝く。
大地・紬「せーのっ」
   二人でろうそくの灯火を吹き消し――真っ暗。
   部屋の照明を再び付ける大地。
   紬が倒れている。
大地「! えっ……!? お、おい紬! どうしたんだよ!」
   何も返答しない紬。
大地「……!」
   混乱する大地。
   紬の手に封筒が握られていることに気が付く。
   慌てて封筒を開ける大地。
   中身を出す勢いで、中から五円玉が飛び出し転がる。
   手紙が入っており、そこに目を移す。
紬の声「こんな話、信じてもらえないと思うけど、わたしはもう死んでるはずの人間だった……」
大地「(手紙を見つめ、動揺し)え……」
紬の声「それは大地と再会する少し前のこと。その日は、走水マラソン大会の日だった」

○(回想)命を司る世界
   二月。暗い空間。
   周囲には、火の灯った大量のろうそくが立てられている。
紬「(呆然と見つめ)……」
   紬(30)の目の前には『おしぼり』が置かれている。
紬「!?」
   姿は見えないが、男性の天の声(年齢不詳)が聞こえてくる。
天の声「命の灯火、どれを選びますか?」
紬「(状況が分からず)えっ……!?」
天の声「あなたの『寿命のろうそく』は、たった今無くなりました」
紬「(困惑して)えぇっ!?」
天の声「まだ、長かったのに……」
紬「ここは? わたしは、もしかして、死んだ!?」
   モニターに映る、部屋で一人倒れている紬の姿。
紬「(それを見て)そんな……嘘……」
天の声「命はマラソンと同じ。ここでは、ろうそくは別名マラソンと呼ばれています」
紬「マラソン……」
天の声「そのまま、自分の命のリレーを受け入れることもできます」
紬「受け入れる? 受け入れたらどうなるんですか? それって、死ぬってことじゃないんですか!?」
天の声「誰もが最後は死に至るのです。あなたは、まだ走り続けたいですか?」
紬「!」
  ×  ×  ×
   夏。浮かない様子の制服姿の紬。
   グラウンドを去って行く。
   走って追って来るユニホーム姿の大地。
大地「紬先輩!」
紬「もう、先輩って呼ばないで! 陸上続けられないんだから! もう走れないんだから!」
大地「……!」
   涙を堪えた目で大地を見つめ、
紬「大地君は走りなよ。走れるんだから」
  ×  ×  ×
紬「走りたかったです……」
天の声「今、あなたが奪われたのは、『寿命のろうそく』。そのろうそくが消えた時が本来の寿命。あなたが死ぬ時です」
紬「奪われた……。一体誰に!?」
   突然、紬の右手側には、短い火の灯っていないろうそくが二本現れる。
紬「!」
天の声「あなたの右手にあるのは、『記念日のろうそく』。大切な日、時間、記念日に消えるろうそく。記念日の素敵な瞬間に死を迎えることができます」
   どちらも短く、二本のうち右にあるろうそくは、左のものより少しだけ長い。
紬「どちらも、短いですね……」
   突然、紬の左手側には、はるかに長い火の灯ったろうそくが一本現れる。
天の声「あなたの左手にあるのは、『人のろうそく』。他人の『寿命のろうそく』を選んで生きることができます」
紬「(長いろうそくを見つめ)……。『人のろうそく』って、同じように他人の命を奪うってことですか?」
天の声「命はあくまでもリレーです」
紬「リレーってそんな簡単に……! なら、わたしは『記念日のろうそく』を選びます」
天の声「では、あなたには、二つの記念日から選択して頂きましょう」
紬「え……?」
天の声「一つは、これからあなたが迎える31歳の『誕生日のろうそく』です。誕生日に死を迎えることができます」
紬「誕生日……。あと、一カ月もないじゃない!」
天の声「もう一つは、あなたが入籍し、戸籍上夫婦となり一年が経った、『結婚記念日のろうそく』です。結婚記念日に死を迎えることができます」
紬「わたし、このまま生きていたら、結婚できたんですか?」
天の声「……」
紬「もし、このまま結婚しなかったら、籍さえ入れなければ、この記念日は永遠にやって来ないということですか?」
天の声「誰もが最後は死に至るのです。『記念日のろうそく』は、あなたが死を受け入れるのに最適な時間の長さです」
紬「最適って……」
   紬は、左のものより少しだけ長い右のろうそくを指差し、
紬「この長い方が、『結婚記念日のろうそく』ですか?」
天の声「おっしゃる通りです」
紬「右は結婚、左はまもなく墓場……。どちらを選んでも結局最後は墓場……」
天の声「命の選択をするお時間です。では、そこにある『おしぼり』の火が、付いている5秒の間に命の選択をして下さい」
紬「5秒!」
天の声「『記念日のろうそく』を選ぶのであれば、『おしぼり』から火を移してください」
   目の前の『おしぼり』に火が灯る。
   燃える『おしぼり』から『結婚記念日のろうそく』に火を移す紬。
紬の声「31歳の誕生日はあまりにも目前で、わたしは少しでも長いろうそくに火を移すしかなかった。いや、結婚できるならどんな人なのか見てみたかったのかもしれない」

○(回想)レストラン(夜)
   数字のろうそく『3』と『1』に火が灯っている。
   紬が火を吹き消す。
紬の声「31歳の誕生日、大地に再会した。短いろうそくに火を移していたら、あれがわたしの最後の日だった」

○(回想)走水観音崎遊歩道(夕方)
   大地のプロポーズに、紬の目から涙があふれ出す。
   慌てて大地に背を向ける紬。
紬の声「プロポーズされた時思ったの。あの日どちらのろうそくを選んでも、運命は同じだった……。どちらのろうそくを選んでいても、大地に出逢ってたんだなって」

○(回想)マラソンコース
   マラソンコースを走る人々。
   走る紬。
紬の声「人間は願いが叶うと、もう少し、あと少し、そうやって欲が出てしまう」

○(回想)披露宴会場
   次々と繋がるキャンドルリレー。
   増えていくキャンドルの灯火。
紬の声「こんなことなら結婚せずに、別れを選べばよかったのかな? そしたらもっと長く生きられたのかな?」

○(回想)三渓園(夜)
   紬が手のひらを広げると、ホタルが止まる。
紬の声「ホタルみたいに運命を受け入れられなくて、『記念日のろうそく』を選ばなければよかったのかなって、何度も思ったりした……」

○(回想)大地と紬の家・リビング(深夜)
   手紙を書いている紬。
紬の声「けど、わたしは幸せだった。幸せな猶予を神様は、いや、死神はわたしにくれた」

○大地と紬の家・リビング(夜)
   手紙を読む大地の手が震えている。
紬の声「大地、大好きだよ」
   大地の涙が、『好き』の文字の上に落ちる。
大地「俺が、あの日、選んだろうそく……。あれは、あれは……!」
   発狂し、家にある物をめちゃくちゃに投げ飛ばす。
大地「どうしてだよ! どうして俺と結婚なんかしたんだよ!」
   崩れた棚から『しにがみのなづけおや』の絵本が落ちる。
   大地は絵本を拾い上げ、
大地「俺はあの日、紬のろうそくを奪ったんだ……!」
   絵本を壁に投げつける。
   叩きつけられた絵本が、最後のページを広げ床に落ちる。
   弱々しくなったろうそくの火を、新しい長いろうそくに移す描写の絵。
大地「俺は……ろうそくの火を、移してない……」
   遺体になった紬を抱きしめ、泣き崩れる大地。

○葬儀場
   棺が置かれている。
   親戚が集まり涙している。
   長いろうそくに灯った炎が揺れる。
大地の声「幸せな時間は長くは続かない。いつか消えてしまう。そんなあたり前を俺は理解できずにいる」
   喪服を着た大地が灯火を見つめている。
   溶けたろうが、ろうそくを伝い流れる。
大地「あの日に戻れたら、あの選択を変えられるのに。もし違うろうそくを選んでいたら紬は……」
   大地の目から涙が流れる。

○火葬場前
   大地が外へ出てくる。
   手のひらを広げると五円玉。
   飛行機の音。空を見上げる大地。
   飛行機の進んだ後に飛行機雲がかかる。
   空に五円玉をかざし、穴から空を覗く。
大地「覗いた向こう側の世界の方が、こっちの世界より少しだけイイ世界な気がするよ」
タケルの声「それなぁに?」
   振り返るとタケルの姿。
大地「タケル君……。これは五円玉。俺達のご縁を繋いでくれた」
   首をひねるタケル。
大地「欲しいかい?」
タケル「くれるの?」
大地「あげるよ」
   タケルの手のひらに五円玉を渡す大地。
タケル「ありがとう」
大地「……」
タケル「ねぇ、紬ちゃん、どこ行ったの?」
大地「……。ずっと、遠くかな……」
タケル「?」
   大地とタケルを風が通り過ぎる。
   空を見上げ、
大地「紬、俺は紬の分まで、この紬のろうそくで生きるよ……」

○マラソン会場・スタート地点
   二月。『走水マラソン大会』。
   ゼッケンの付いたユニホーム姿の大地。
   深く息を吸い込み深呼吸。空を見上げ、
大地「紬、お前のために走るよ」
   ピストルが鳴り、一斉に走り出す。

○病院
   小さい男の子が搬送されてくる。
   慌ただしい現場。
   男の子の手には、何かが握られている。

○マラソンコース
   順調に走る大地。
   突然意識が朦朧としてくる。
大地の声「あれ? なんで、また……?」
   視界がぼんやりしていく。
  ×  ×  ×
   手術室に心停止の音が響く。
   『0』の数字。
  ×  ×  ×
   長い火の灯ったろうそくをつかむ子供の手。
  ×  ×  ×
   地面に倒れる大地――真っ暗。

○命を司る世界
   暗い空間。
   ユニホーム姿のままの大地が倒れており、目を覚ます。
   周囲には、火の灯った大量のろうそくが立てられている。
大地「……」
   大地の目の前には『おしぼり』が置かれている。
大地「!?」
   姿は見えないが、天の声が聞こえてくる。
天の声「命の灯火、どれを選びますか?」
大地「……!」
天の声「あなたの『寿命のろうそく』は、たった今無くなりました」
大地「えぇっ!?」
天の声「まだ、長かったのに……」
大地「俺は、また、死んだのか!?」
   モニターに映る、マラソンコースで倒れている大地の姿。
大地「寿命が来た……!?」
天の声「あなたの『寿命のろうそく』は、無くなりました」
大地「(困惑して)無くなった……!?」
天の声「命はマラソンと同じ。ここでは、ろうそくは別名マラソンと呼ばれています」
大地「マラソン……」
天の声「そのまま、自分の命のリレーを受け入れることもできます」
大地「受け入れる……。それは、素直に死を受け入れるってことですよね……」
天の声「誰もが最後は死に至るのです。あなたは、まだ走り続けたいですか?」
大地「! マラソンはいつだって、ゴールまで走りたいです」
天の声「今、あなたが奪われたのは、『寿命のろうそく』。そのろうそくが消えた時が本来の寿命。あなたが死ぬ時です」
大地「奪われた……」
   突然、大地の右手側には、かなり短い火の灯っていないろうそくが一本現れる。
大地「!」
天の声「あなたの右手にあるのは、『記念日のろうそく』。大切な日、時間、記念日に消えるろうそく。記念日の素敵な瞬間に死を迎えることができます」
大地「随分と短いですね……」
   突然、大地の左手側には、はるかに長い火の灯ったろうそくが一本現れる。
天の声「あなたの左手にあるのは、『人のろうそく』。他人の『寿命のろうそく』を選んで生きることができます」
   ハッとして、
大地「『人のろうそく』! あの日の俺と同じように『人のろうそく』を選んだ奴が……。だから!」
天の声「命はあくまでもリレーです」
大地「リレーって、そんな冷静な。あなたは死神ですか? 死神は、お金持ちにも貧乏人にも、平等なんじゃないんですか!」
天の声「誰もが最後は死に至るのです」
大地「これはあの日の罰ですか? 俺が『人のろうそく』を選んだから。紬のろうそくを奪ったから!」
天の声「おかしいですね。あなたが望んだことではないですか?」
大地「望んだ……」
天の声「全ては、あなたの望んだ選択です」
大地「人は追い込まれた時、『生(せい)』にしがみつく。あの時だってそうだ。できるだけ長く生きたいそう思った……」
天の声「人間は、実に愚かです」
大地「おかしいか? 誰だってそうだろ? 長いろうそくを選ぶだろ? 死神には、俺の気持ちなんて分からないんだ!」
天の声「……」
大地「紬もそうだ。少しでも長いろうそくに火を移すしかなかった……」
天の声「では、その長い『人のろうそく』を選びますか?」
   『人のろうそく』を見つめ、
大地「『人のろうそく』を選ぶと、自分にとって大切な誰かのろうそくを奪う。そう定められてるのか?」
天の声「長く生きたいと望んでいるのではないですか?」
大地「自分の命が繋がれて、生き続けられたとしても、今度は生きることが苦しくなる」
天の声「人間は、実に難しいです」
   長い『人のろうそく』を見つめ、
大地「俺は……『記念日のろうそく』を選びます……」
天の声「では、あなたには、この記念日を選択して頂きましょう」
大地「!?」
天の声「走水マラソン大会、『ゴールのろうそく』です」
大地「『ゴールのろうそく』……」
天の声「ゴールまで走り続けることができます」
大地「このマラソンのゴールと共に、死ぬ選択肢……」
天の声「おっしゃる通りです」
大地「もし、このままゴールしなかったら、この記念日は永遠にやって来ないということですか?」
天の声「誰もが最後は死に至るのです。『記念日のろうそく』は、あなたが死を受け入れるのに最適な時間の長さです」
大地「最適って……」
天の声「命の選択をするお時間です。では、そこにある『おしぼり』の火が、付いている5秒の間に命の選択をして下さい」
大地「あと、5秒……」
天の声「『記念日のろうそく』を選ぶのであれば、『おしぼり』から火を移してください」
   目の前の『おしぼり』に火が灯る。
   燃える『おしぼり』から『ゴールのろうそく』に火を移す大地。
   涙が頬を伝う――フェードアウト。

○マラソンコース
   地面に倒れている大地。
   大地が目を覚ます。
大地「……!」
   自分が泣いていることに気が付く。
   起き上がり、辺りを見渡す。
   これまで走っていた元のマラソンコース。
   周囲は大地に対して驚く様子もない。
   立ち上がり再び走り始める大地。
  ×  ×  ×
   走る大地。
大地の声「あの日の記憶は、俺の脳裏のどこかにあって……」
天の声「おかしいですね。あなたは、『記念日のろうそく』を選ぶと思ったのに……」
  ×  ×  ×
   走る大地。
大地の声「俺はあの日、マラソン中に寿命を迎えていた。本当ならあそこで死んでいた人間だ。なのに、自分の死を受け入れられなくて……」
  ×  ×  ×(回想)
   ケーキを囲む大地と紬。
   ろうそくを一本取り出すと、ケーキに立てる紬。
大地の声「紬は自分のろうそくを奪われたのにもかかわらず、『人のろうそく』を選ばなかった。結婚記念日という大切な日に死を迎える『記念日のろうそく』を選んだ」
  ×  ×  ×
   走る大地の頰を涙が流れる。
   涙を拭いながら、
大地「くっそ、前が見えねぇじゃねぇかよ!」
   涙がとまらない大地。
大地「結婚しなければ、プロポーズしなければ、紬と出逢わなければ……。(叫ぶように)くそ! くっそぉ!」

○病院・手術室前
   藍子が手術室を見つめている。
   駆けつけてくる辰樹。
辰樹「タケルは!?」
藍子「(不安そうに)……」
   藍子の手に五円玉。
辰樹「それは?」
藍子「くれたんですって」
辰樹「くれた?」
藍子「大地さんが、タケルにくれるって」
辰樹「五円玉……?」
藍子「あの子、これを握りしめててね……」
大地の声「命のリレーは、きっと誰かに引き継がれる。今もどこかで」

○マラソンコース・ゴール地点
   走る大地。
   ゴールが見えてくる。
   心臓の鼓動音。
大地の声「『記念日のろうそく』は、運命を受け入れるのに適切な時間で、ジタバタあがいても受け入れてしまうんだ。この運命を」
   倒れ込むようにゴールする大地。
   地面に倒れる。

○弱々しい火の灯った短いろうそく
   暗闇に、今にも消えそうな、ろうそくの灯火。
大地の声「記念日には、ろうそくを」
   ふっと火が消える――真っ暗。

○病院・病室(朝)
   朝日が差し込む病室。
   ベッドに眠るタケルの姿。
   枕元付近の棚上に五円玉。
   タケルの指がピクリと動く。
   目が開く。
END

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