登場人物
ノブ（26）　ネット配信者
博多ドン　ゆるキャラ。中身はおっさん。
林葉（40）　ラーメン屋の客
店主（55）　ラーメン屋の主人

脚本
ノブ（語り）「世界はコロナ禍だ。2022年、オメガ株が生まれ、その凶悪極まりないウィルスは人類に聴覚障害をもたらした。日本の全国民が感染。人々は聴覚の95パーセントを失い、残り5パーセントの聴力で生きることを強いられた。この配信映像はそんな音の消えた日常の中で記録されたものである」

ノブ「（つぶやく）始まってるか？」

　　…。

ノブ「…書き込みこないな」
（読み上げ音声ソフト）ゆっくり「おつ」
ゆっくり「のぶ、配信きたー」
ノブ「お。書き込みが」
ゆっくり「おつ」
ゆっくり「わくわく」
ノブ「（大声で）はい、みなさん、今私は博多にいます！　これからですね…」
ゆっくり「聞こえない」
ノブ「聞こえないか…（さらに大声で）みなさん！　聞こえますかー！　ここは博多ですよー！」
ゆっくり「おっけー」
ゆっくり「囁き声みたい」
ノブ「（大声で）こんだけ大声出して自分でも微かに聞こえるくらいなんですけど！　みなさん！　スマホやパソコンの音量MAXで視聴お願いします！」
ゆっくり「おっけ」
ゆっくり「任せろ」
ノブ「（大声で）博多といえばトンコツラーメン！　ということで今日はここ人気ラーメン屋「天蘭」で食レポをしたいと思います！　わー！　ぱちぱち！…（ぼそり）はァ、やっぱ大声出すの疲れる」
ゆっくり「食レポきた」
ノブ「（大声で）そして今日はなんと！　スペシャルゲストをお迎えしています！」
ゆっくり「ざわざわ」
ゆっくり「ざわざわ」
ノブ「（大声で）この方です！」
ゆっくり「わーーーー」
ゆっくり「笑笑」
ゆっくり「博多どんきたー」
ノブ「（大声で）博多市のゆるキャラ！　博多どんです！」
ゆっくり「かわいい笑笑」
ノブ「（大声で）おー、踊ってる！　かわいいですね！…（つぶやく）中おっさんだけど」
ノブ「（大声で）博多どん！　トンコツラーメンは好き？」
博多どん「…別に」
ノブ「（大声で）おー！　ノリノリで踊ってるぞ！　これは大好きですね！」
博多どん「…着ぐるみきて暑いんだから早く店の中に入らせろや」
ノブ「では早速入りましょう！」

　　SE　ドアの開閉音
　　　　麺を激しくすする音。
　　　　しつこいくらいにすする音。
　　　　ゲップ音。

店主「（大声で）らっしゃい！」
博多どん「…（舌打ち）思ったより冷房効いてねえな」
ノブ「（大声で）いやあ！　綺麗な店内！　とっても静かです！　（つぶやく）…当たり前か」
博多どん「…着ぐるみに気ぃ使えや」
店主「（大声で）二名様！　テーブル席へどうぞ！」
ゆっくり「店長の声よく響いて笑」
ノブ「何頼もうかな…（大声で）店長！　オススメはありますか？」
店主「（大声で）はい？」
ノブ「（大声で）オススメ！」
店主「（大声で）あ！　隣で林葉ちゃんが食べてるチャーシュー麺！」
林葉「え？」
ノブ「（大声で）おじさん、常連なんですか？」
林葉「え？」
ノブ「（大声で）じゃ僕もそれで！」
店主「ついでに餃子も食べたくなーるー」
林葉「何？　撮ってんの？」
店主「ついでに餃子も食べたくなーるー」　

　　SE　放屁音

ノブ「屁しちゃった」　
店主「（大声で）チャーシュー麺一丁！」
林葉「…この若造、屁をしたぞ？」
ノブ「（大声で）楽しみだなあ！」
林葉「臭いでわかる。音が聞こえないのをいいことにラーメンを食っている俺の隣で屁をしたぞ？」
博多どん「あー、カウンターに座ってラーメン食ってるあの女。やりてえなあ」
林葉「あったまきた。あったまきたぞ」

　　SE　麺を激しく啜る音
　　　　ゲップの音　

博多どん「豪快に啜る女だ…お口ラーメンからの、のど奥チャーシュー…からの、濃厚こってりスーーーーープ」
林葉「あったまきたからHな動画流してやる」

　　SE　AV女優の喘ぎ声

店主「（大声で）へい！　チャーシュー麺、お待ち！」
ノブ「（大声で）どうも！」
店主「ついでにデザートが食べたくなーるー」
ゆっくり「ラーメンきた」
ゆっくり「うまそう」
ノブ「（大声で）では、いただきます！」

　　SE　麺を激しく啜る音
　　　　AV女優の喘ぎ声

ノブ「（大声で）うーーん！」
林葉「この若造めが。（舌打ち、舌打ち、舌打ち、舌打ち、舌打ち…）」
ノブ「（大声で）チャーシューの肉汁が口の中に攻め込んでくる！　肉汁のノルマンディー上陸大作戦や！」
博多どん「…何いってんだコイツ？」
ノブ「（大声で）博多どん、大爆笑してくれてます！」
ゆっくり「笑笑」
ゆっくり「博多どんがツボった笑」
博多どん「あーそんなことよりあの女とやりてえ」
店長「高いメニューが食べたくなーるー。食べたくなーるー」
博多どん「やりてえやりてえやりてえ…」
ノブ「（大声で）何杯でもいけそう！」

　　SE　激しく麺をすする音
　　SE　AV女優の喘ぎ声

博多どん「やりてえやりてえやりてえ…」
店長「高いメニューが食べたくなーるー。食べたくなーるー」

　　SE　　それらの声と音が不快なシンフォニーを奏でる。

ノブ（語り）「人類がコロナに打ち勝ってから一年が経った。新薬が開発され、人々は聴力を取り戻していった。同時に声や音は掘り起こされ、例の配信映像は世間から猛烈なバッシングを浴びた」

ゆっくり「屁こき虫、おつ」
ゆっくり「屁こき虫、おつ」
ノブ「…はい。ブロックしますね」
ゆっくり「お、屁こき虫の配信始まったか」
ノブ「はいブロック。えー、今日はニュースがあります」
ゆっくり「屁こき虫、おつ」
ノブ「ブロック。…博多のラーメン屋「天蘭」が店じまいをすることになりました。創業30年の老舗でした。みなさん、望みが叶ってよかったですね」
ゆっくり「餃子が食べたくなーるー」
ノブ「…確かにあの店長は道ならぬ行為、いわゆるサブリミナル効果という禁じ手を使いました。しかし当時はコロナ禍で飲食店は追いつめられていた。気持ちはわからなくもない」
ゆっくり「餃子が食べたくなーるー」
ノブ「心配になって店長と連絡をとりました。彼の次の仕事は何だと思います？　マックでアルバイトですよ」
ゆっくり「ポテトが食べたくなーる」
ノブ「技術を極めた職人が、いや、クリエーターと言い換えてもいい、そういう人たちが商売人風情にこき使われる、それが今の世の中ですよ」
ゆっくり「演説はじまった」
ノブ「それから、博多どんの中の男。私も嫌いですよ。正直、気持ちが悪い。でもだからって博多どんまで潰すことはなかったでしょう」
ゆっくり「お口ラーメン」
ノブ「ゆるキャラという作品と、中身の男の、何の関係があるのか。そういった分別さえあなたたちはついてない」
ゆっくり「…選挙にでも出るの？」
ノブ「ただの一度の過ちで、ラーメン屋を廃業に追い込み、博多どんをリストラする。そんなことをして楽しいですか？」
ゆっくり「楽しい」
ノブ「そして林葉さん。風の噂によると、ネットリンチに遭って以来、毎日震えているそうです」
ゆっくり「Hな動画流してやる」
ノブ「公共の場でHな動画を流した。たったそれだけで末代まで笑い物にされる、そんなことが許されていいんですか？！」
ゆっくり「笑笑」
ノブ「あなたたちは偉大な職人、優れたキャラクター、善良な市民を殺した…そしてそれだけでは飽きたらず、今度はこの私、当事者として彼らをかばったがゆえに、くだらないあだ名をつけられて…」
ゆっくり「屁こき虫」
ノブ「社会の隅に追いやられようとしている」
ゆっくり「屁こむ虫おつ」
ノブ「ブロックします。…一度でも埃を被ってしまったらそれまで。二度と這い上がれない。そういうクリーンなもの、清潔なものしか受け入れない今の社会に漂う空気にノーを突きつけるために、だからあの時屁をこいてやったんだ！」
ゆっくり「…ウソつけ」
ゆっくり「屁の次はウソこきやがった」
ノブ「このままでは、清潔なもの、お行儀のいいものだけが残り、そうでないものは黙殺される、そんな社会になってしまう」
ノブ「そうじゃなくて、まさにあの時のラーメン屋の店内のように、いいものも悪いものも全部ひっくるめた、清濁併せ呑むのような、そんな社会にすべきだといってるんだ」
ゆっくり「何の話だ？」
ノブ「こうやってこちらがいくら真剣にしゃべってもムダなことは知ってる。そこで私はこんなものを用意した」
ゆっくり「…ロープ？」
ノブ「アンケート機能を使ってアンケートをとります。1、彼らを許す。2、彼らを許さない。すべて水に流すというならば、これまでの長きに渡るあなたちの私に対する誹謗中傷は聞かなかったことにしてあげてもいい」
ノブ「しかし、まだこの馬鹿馬鹿しいやり取りを続けるのであれば、もうこの世界に私の居場所はない。このロープを使うことになるだろう」
ゆっくり「いいな、絶対に2を押すなよ」

…。

ゆっくり「結果出た」
ゆっくり「わらわら」
ゆっくり「わらわら」
ゆっくり「圧倒的大差でわらった」

（おわり）