物語る人 ドラマ

実業団所属の短距離選手としてオリンピックを目指している戸波晋太郎は、ある出来事をきっかけにピストルの音に合わせてスタートが切れなくなってしまう。銃声を聞くと過呼吸になってしまうのだ。気分を変えるために始めたマッチングアプリでは聖羅という女性に出会い、彼女がトリガーとなって戸波の過去が徐々に明らかになっていく。戸波の出生地、両親、何よりオリンピックを目指している彼はそれに値する実力など全くないのだった。
松本拓郎 6 0 0 10/05
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第一稿

「物語る人」






















            松本 拓郎
登場人物

戸波晋太郎(22) ...続きを読む
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「物語る人」






















            松本 拓郎
登場人物

戸波晋太郎(22) 実業団の短距離選手
聖羅(22)     大学生
戸波凜子(40)    戸波の母。  
菅太郎(48)     クラブDJ。凜子の彼氏。
大渕健(45)     大平工業陸上部の監督。
鈴木正義(50)    大平工業総務部長。
松本隼人 (20)        大平工業陸上部。戸波の後輩。
ステラ・ファイズ (51)     戸波の実母。
モハマッド・ファイズ(33)   戸波の実父。33歳没。
澤田(50)           ステラの現旦那。
大江陽子(59)        養護施設の施設長。 
山田萌(21)          戸波のセックスフレンド。

カフェの店員1〜2
戸波の元カノ1〜3
看護師
医者

○病院・廊下(夜)
   診察台には2歳くらいの男の子が寝ており、慌ただしく搬送されている。
看護師「晋太郎君、頑張って!もう少しよ」
医者「早くしろ!すぐにオペに入る」
女性の声「晋太郎!晋太郎!」
   廊下に女性の声が響き渡る。

○陸上競技場・トラック(昼)
   100メートル走のスタート位置に立つ戸波晋太郎(22)。
アナウンス「第3レーン。戸波晋太郎。大平工業」
   戸波、手をあげて一礼する。
   観客席から声援を送る松本隼人(20)
松本「戸波さん、ファイトー!」
   × × ×
   深呼吸する戸波。
スターターの声「On your mark」
白線の上に手を乗せ、スタートの準備をする戸波。
スターターの声「Set」
   銃声の電子音が鳴り響く。
   拳銃から発砲される情景が脳裏に浮かぶ戸波。
   周りの選手はスタートを切って走り出す中、過呼吸気味になってスタート地点でうずくまる    
   戸波。

○同・外(夕)
   電話が繋がらず舌打ちをする戸波。
   スマートフォンの画面には赤文字で
『広瀬亜美(6)』と書かれている。メッセージアプリで『ちゃんと話し合わないか』と亜美に送信する戸波。

○戸波家・戸波の部屋(朝)
   朝日が差し込む部屋。
   ベッドで寝転びながら電話をする戸波。
戸波「すいません、今日ちょっと体調の方が悪くて、はい。休ませてもらいます」
   続けて電話を発信する戸波。
戸波「ああ、松本。今日昼練休むから。というか会社休む。うん、うん。大丈夫じゃねえよ。もう生きてる意味はありません」

○同・同(夜)
   仰向けになり、天井を見つめる戸波。
   通知音が鳴り、慌ててスマートフォンに飛びつく戸波。
   画面をチェックし、舌打ちをする戸波。
戸波「なんだよ」
   画面には凜子から「ご飯できたよ」というメッセージが表示されている。

○同・リビング(夜)
食卓でご飯を食べている戸波凜子(40)と菅太郎(48)。
凜子「あ、晋太郎、起きてたのね」
戸波「うん。あ、こんばんは」
凜子「この人はね、私の新しいボーイフレンドで、菅ちゃんっていうの」
菅「ちょい、ちょい、本名はやめて、リアルネームは控えてちょうだいよ。凛ちゃん」
戸波の前に立ち、強引に握手をする菅。
菅「クラブでD Jやってます。D Jカンガルーっていいます。まあ、適当に?D Jカンとか適当に略しちゃっていいので、そこんとこディペンズオンでよろしくマンモス。あ、プライムミニスターとかでもいいよ]
戸波「はい。菅さん」
菅「おーい、結局本名かよ。リアルを追求タイプ!」
爆笑する凜子と菅。
凜子「ちょっと、菅ちゃん、最初から飛ばしすぎよ。それにD Jじゃなくて本業は心理カウンセラーでしょ」
戸波「心理カウンセラー?」
   携帯電話が鳴り、電話をし始める菅。
菅「はい、もしもし。はいはいはい。なるほど。あ、それね、うつ病ですよ。もしくは適応障害。明日から仕事休んでください。うん、明日から」
   携帯電話が鳴り、電話をし始める凜子。
凜子「お電話ありがとうございます。戸波探偵事務所です。はい。浮気調査ですね」
   メモを取りながら電話をする凜子。
戸波「カウンセラーか」

○同・戸波の部屋(夜)
   小さな机を挟んで向かい合って座る戸波と菅。
菅「晋太郎君、それは心の病気だよ。何か最近大きく変わったことはない?」
戸波「彼女にフラれたこと、ですかね」
菅「なるほどね。それ以来、スタート時の銃声に過剰に反応してしまうと」
   菅、話を聞きながらノートを取る。
戸波「恋愛体質、っていうのかな。彼女とかいないと不安なんです。何もかもうまくいかなくなるというか。菅さん、俺このままだとオリンピックに出れない」
菅「オリンピック?」
   ノートを取る手が止まる菅。
戸波「スタートすらできない短距離選手なんて聞いたことがないよ」
菅「晋太郎君、こういう症状は何も特別ではないんだよ。僕はいろんな人を見てきた。君は今、愛に飢えてるんだね」
戸波「たぶん」
菅「それはいわゆるガールフレンドだけの愛かな?例えば、家族とかはどう?」

○同・台所(夜)
   洗い物をする凜子。

○同・戸波の部屋(夜)
   じっくり観察するように戸波を見つめる菅。
戸波「新しい彼氏さんの前で言うのもあれですけど」
   菅から目をそらす戸波。
戸波「それは、あるかもしれません」
菅「うん。じゃあ、君のこともっと教えてくれるかな。生い立ちとか、家庭環境とか。その上で対処法を考えよう」
戸波「はい。まず生まれたのが」

○同・同(夜)
   暗い部屋でベッドに寝転がってスマートフォンを操作する戸波。
菅の声「話してくれてありがとう。家族の問題はいずれ退治するとして、とりあえず今は前の彼女のことは忘れなさい」
戸波の声「どうしてもですか?」
菅の声「時間がないんだろう。だったら僕と凜子ちゃんが出会ったこのアプリを使うといいぜブラザー」
   スマートフォンの画面には無数の質問があり、戸波は回答を入力していく。
菅の声「ただのマッチングアプリじゃなくて、用意された質問1000個に答えて、脳科学的に相性が合う異性を近所から探してくれるんだ」
戸波の声「1000個も?」
菅の声「遺伝子レベルでマッチする運命の人を探すには必要な作業だよ」
戸波「そんな都合よく運命の人が近所にいるかよ」

○スマートフォン画面
   マッチングアプリの画面上に『せいらさんとマッチしました』という文面。
   タップし、女性の顔写真が表示される。

○とあるカフェ・オープンテラス(昼)
   戸波の向かいに座る聖羅(22)はアプリの写真そのままだった。
戸波「いた」
   聖羅に見惚れる戸波。
聖羅「なんか、初めて会った気がしませんね」
戸波「分かります分かりますそれ。遺伝子レベルってこういうことを言うのかな?」
   派手なデコレーションがほどこされた宣伝カーが、オリジナルソングを流しながらカフェの   
   そばを走っている。
宣伝カー(歌詞)「次世代マッチはマンゴー。使ってかじってマンゴー。遺伝子レベルで愛したい。マッチングアプリはマンゴー」
   二人の席に店員1がやってくる。
店員1「お客さま、注文はお決まりですか?」
戸波・聖羅「(同時に)先にどうぞ」
   二人は驚いたように顔を見合わせる。
   咳払いをする戸波。
戸波「じゃあこの『店長の気まぐれコーヒー』と日替わりピラフを」
店員1「はい。お客さまは?」
   驚いたように晋太郎の方を見る聖羅。
聖羅「……同じものを」
店員1「ありがとうございます。少々お待ちください」
   店員1がキッチンへ戻っていく。
戸波「嘘だろ。こんなことある?」
聖羅「本当に、私晋太郎さんと全く同じ組み合わせを注文しようとしてた」
   カフェのメニューを広げる戸波。
戸波「こんなにメニューがあって、気まぐれコーヒーと日替わりピラフが被るかよ」
聖羅「しかも見て」
   自分の首のホクロを指さす聖羅。
聖羅「同じ位置にホクロがある」
   何か閃いたように顔を手で覆う戸波。
戸波「ツインソウルだ」
聖羅「なにそれ?」
戸波「俺たち元々は一つの魂だったんだよ」
聖羅「それなんか知ってるかも。同じ魂が宿っていて以心伝心の関係にある二人」
戸波「そう、それがツインソウル」

○戸波家・リビング(夜)
   食卓でご飯を食べる戸波、凜子、菅。
菅「うん。一回落ち着こうか」
戸波「落ち着いてますよ。D Jカンガルー」
菅「心理学的な観点から言うとね、そういうスピリチュアルなことっていうのは、」
戸波「彼女と出会ってから、何かに包み込まれているような感覚がするんです」

○陸上競技場・トラック(昼)
   ピストルの音に合わせてスタートを切る戸波。
戸波の声「ピストル音の恐怖心も無くなって、練習では普通にスタートが切れるようになったんです。来月の記録会で良いタイムが出ればオリンピックにもつながる」

○戸波家・リビング(夜)
   箸を止め、顔を見合わせる凜子と菅。
菅「で、その聖羅さんとは良い感じなの?」
戸波「はい。今度もデートに」
菅「何するの」

○千葉県赤十字血液センター・柏献血ルーム外(昼)
   『献血センター』と書かれた看板を見つめる戸波と聖羅。
聖羅「献血デートなんて初めて」
戸波「さ、行こう」

○同・受付(昼)
   問診票に記入していく戸波と聖羅。
聖羅「よく来るの?」
戸波「たまにね。お菓子とかジュースも好きなだけもらえるから意外と楽しいよ」
聖羅「へえ。なんか変わってるね」
戸波「何かいいことしてる気になるから、好きなんだ。俺走ることしか頭にないから」
聖羅「なるほどね」
   戸波の問診票を覗き、彼の生年月日の欄をじっと見つめる聖羅。
戸波「ごめん、トイレ行ってくる。漏れそう」
   ペンを置いてトイレへ駆け出す戸波。

○同・採血ベッドルーム(昼)
採血ベッドで横になる戸波、聖羅。
   血で赤く染まってくチューブ。
   気まずそうに戸波と目を合わせようとしない聖羅。
聖羅「私、晋太郎君のこともっと知りたい」
戸波「もっとって、例えば?」
聖羅「生い立ちとか」
戸波「生い立ちかあ。まず」

○戸波家・戸波の部屋(夜)
   戸波が菅に相談していたシーンに戻る。
戸波「まず生まれたのがアフェッダです」
菅「アフェッダって、あの中東の?確かに言われてみれば濃い顔しているね。晋太郎君」
戸波「特に僕の家系は日本人寄りの顔です」

○(回想)架空の国アフェッダ・ファイズ家(夜)
   外からは銃声や窓が割れる音が響く。
   家が揺れる中、ベビーベッドの上で眠る戸波(1歳)。
戸波の声「9・11テロ以降、僕の国は荒れに荒れたそうです。敵国から攻められるわ、内戦は起こるわで、カオスな状況が続いていました」
菅の声「はい、出たピストルの音。そこに原因があったか。なるほどなるほど。はい、どんどん続けちゃって」

○アフェッダ・ファイズ家の外(昼)
   戸波(1)を抱っこして荒野を歩くモハマッド・ファイズ(33)。
   その二人の後ろ姿を見送るステラ・ファイズ(30)の後ろ姿。
戸波の声「父は兵士として戦場に出ていましたが、難民申請が通ったため僕を連れて日本に向かいました。その時僕は1歳でした」
菅の声「お母さんは?」
戸波の声「そのまま残りました。その後のことは知りません」

○(現在)戸波家・戸波の部屋(夜)
   ノートを取る手を止める菅。
菅「知らないって、もしかして1歳のその日以来、会ってないの?」
戸波「そうです。捨てられたんです。僕」
菅「捨てられたって……まあ続きを聞こうか」
戸波「僕たちは日本へ渡ってきて、最初はここじゃなくて愛知県の豊田市に住み始めることになりました。でも、男二人の生活はそう長くは続きませんでした」

○(回想)アパートの一室(夜)
首を吊っているモハマッド(33)と、床で仰向けになって泣いている戸波(1)。
戸波の声「日本へ来て程なくして、父は自殺してしまいました。戦争の精神的ストレスによってP T S Dを患っていたようです」

○雑誌の記事
   モハマッドの自殺を報道する雑誌記事。
戸波の声「新設されたばかりの移民制度だったこともあって、この一連の事件はちょっとしたニュースになりました」
菅の声「その後、晋太郎君は?」
戸波の声「母親がいるアフェッダに帰そうかと大人たちが動いてくれましたが、彼女からの返事は『そんな子は知らない』の一点張りで、僕は施設に行くことになります」

○(回想)児童養護施設・校庭(夕方)
   同じくらいの年齢の子供4人に追いかけられる戸波(11)。
戸波の声「施設の生活は、まあひどかったですね。見た目は日本人だけどその時はまだ帰化してなかったから名前が一人だけ浮いてて。いじめるには恰好の的ですよね」
   快速を飛ばし、いじめっ子から距離を離していく戸波。
戸波の声「でも毎日追いかけられてるうちに気づいたんです。もしかしたら俺、むちゃくちゃ足速いんじゃないかって」

○(回想)陸上競技場・表彰台(昼)
   表彰台の1位の場所に立ち、ポーズを決める戸波(14)。
戸波の声「中学に上がるとあれよあれよという間に愛知県の中でもトップクラスの選手になって、いじめも徐々に無くなっていきました」

○(回想)陸上競技場・外(昼)
   戸波(14)の近くに群がり、戸波に名刺を渡す中年男性たち。
戸波の声「県外の高校からもスカウトが来て、ちょっとした争奪戦でしたね」
菅の声「ところで凜子ちゃんの登場はまだ?」
戸波の声「中学3年に上がる前の春休みです」

○(回想)児童養護施設・会議室(昼)
   並んで座る戸波(14)と大江陽子(53)、机を挟んで正装で座る凜子(32)。
陽子「アラン君、この方が戸波凜子さんよ。ちょっと戸惑うかもしれないけど、晋太郎君をぜひとも引き取りたいって」
   戸波に微笑みかける凜子。
   表情を変えずにじっと凜子の目を見つめる戸波。

○(回想)戸波家・家の前(朝)
   外で並んで写真を撮る戸波(15)と凜子(33)。
   戸波は制服を着ており、凜子はスーツを着ている。
戸波の声「凜子さんは本当の親同然に俺に接してくれてます。愛知から千葉に越してきたのも、陸上でスカウトしてもらった高校に行くためだし」
菅の声「わざわざ仕事を辞めてってことだろ?やっぱりいい女だ」
戸波の声「凜子さんはその頃からフリーの探偵だったんで、どこでも働けたんです」
菅の声「ああ、そうか」
戸波の声「でも」

○(現在)献血ベッドルーム(昼)
   献血のため横になっている戸波と聖羅。
聖羅「でも?」
血が流れているチューブを見つめる戸波。
戸波「本物の母親からは捨てられたんだっていう思いはずっとある。どこで、何をしていても。父親からも捨てられたようなもんだし。凛子さんもね、本当は自分の子供がいたらしいんだけど、産まれてすぐに病気で亡くなったらしい。それから旦那さんとも険悪になって離婚したんだってさ」
   泣き始める聖羅。
戸波「え、え、どうしたの?何で泣くの」
聖羅「大丈夫。何でもない」
戸波「本当に?」
聖羅「晋太郎君がいま悲しいから」
戸波「それはつまり」
聖羅「ツインソウルだからじゃないの。晋太郎君が悲しいから、私も悲しい」
   二人の腕に刺されているチューブからは血が流れていく。

○戸波家・リビング(夜)
   食卓にてご飯を食べる戸波、凜子、菅。
菅「凜子ちゃん、この肉じゃがヤバうまだよ。弥生軒もビックリだね」
凜子「ほんとー?ありがとう。そうだ、晋太郎。忘れないうちに今月分、お願いね」
   A4サイズの茶封筒を戸波に渡す凜子。
戸波「一ヶ月は早いなあ」
   封筒の中の紙を眺める戸波。
   そこには拙い日本語で日記がびっしり書かれている。
菅「何?何?それは」
凜子「私の知り合いの外国人が日本語を勉強しててね。こうして毎月、晋太郎に日記の添削してもらってるの」
戸波「僕の副業です」
凜子「終わったら、その棚の上に置いといて。郵送しとくから」

○大平工業・事務所(朝)
   パソコンで事務作業をする戸波。
   周りを気にしながらスマートフォンを覗く戸波。
   昨晩に聖羅へ『今日はありがとう。今度はご飯でも』というメッセージを送っていたが、彼 
   女からの返事はない。
戸波「はあ……」

○大平工業・社員食堂(昼)
   大食堂の隅のテーブルに座ってご飯を食べる戸波と松本隼人(20)。
松本「スマホが壊れてるとか、そんなんじゃないんですか?二日くらい連絡がないとか、よくある話ですよ」
戸波「インスタの最終ログインは1時間前になってるからそれはない。おかしい」
   インスタの画面を松本に見せる戸波。
松本「ストーカーみたいなことしやめてくださいよ」
戸波「だいたい今の女子大生なんて1日に20時間くらいスマホ触ってるんだから」
松本「すごい偏見。というか大学生なんですね。その子」
戸波「うん。大学3年生。浪人も留年もしてないって言ってたから、俺の一つ下かな」
松本「年下の女の子ですか。あ、もう時間だ。戸波さん、練習行きましょ。ダラダラしてるとまた社員さんから嫌な目で見られます」
   皿を乗せたトレーを持って立ち上がる戸波と松本。
松本「あと、その、何でしたっけ。ツインボンバー?」
戸波「ツインソウル」
松本「ああ、ツインソウル。それ、あんまり言わないほうがいいですよ」
戸波「なんで?」
松本「怖いっす。以心伝心って聞こえは良いけど、なんか宗教じみてて怖いです」

○陸上競技場・外用通路(夕)
   練習を終えた様子の戸波。
戸波「お疲れっす。お先でーす」
   スマートフォンを確認する戸波。
戸波「クソ、何で連絡ないんだよ」
   立ち止まり、何かを考える素振りをしてから、誰かに電話をかける戸波。

○駅前広場(夕)
   待ち合わせスポット。
   貧乏ゆすりをして立っている戸波。
萌「ごめん、戸波っち。待った?」
   タピオカミルクティーを片手に戸波のもとへやってくる山田萌(21)。
戸波「待った。行くぞ」

○ラブホテル・部屋(夕)
   萌の手を引っ張り、ベッドへ押し倒し上に乗る戸波。
萌「なんか、今日は強引ね」
   萌の上着を脱がせるが思いとどまり手が止まる戸波。
○(フラッシュバック)女性と対面する戸波
元カノ1の声「もう別れよう」
元カノ2の声「私のこと好きでいてくれるのは嬉しいんだけどね」
元カノ3の声「重いっていうか、ちょっとついていけないっていうか」

○もとのラブホテル・部屋(夕)
   目の焦点が定まらない戸波。
   銃声が戸波の頭の中を何度もこだます。
   萌から体を離し、息を切らしながらベッドの端に座る戸波。
戸波「ごめん。今日はやっぱいいや」
萌「はあ?何よそれ」
戸波「こういうの良くないよな」
   スマートフォンの通知音が鳴り、戸波が確認すると、聖羅から『今日晋太郎君の家に行ってもいい?』というメッセージがきている。

○戸波の家・リビング(夜)
   食卓でカレーライスを無言で食べる戸波、聖羅、凜子、菅。
聖羅「あの、こちらの方は?」
菅「あ、俺?やっと聞いてくれたじゃん!」
戸波「凜子さんの彼氏。あのマッチングアプリ紹介してくれたのもこの人」
菅「ところでさ、二人はもう付き合ってるの?どこまでいったの?」
   菅の頭を叩く凜子。
凜子「聖羅ちゃん、晋太郎からいろいろ聞いてる?ちょっと複雑な家庭なのよ。ここの3人は誰も血が繋がってない」
菅「心では繋がってるけどな!ははは」
聖羅「はい。聞きました。楽しそうで良いですね、この家」
凜子「聖羅ちゃんの家もこの辺なの?実家?」
聖羅「実家です。ここから自転車で15分くらいかな。通ってる大学もこの辺なので」
× × ×
   ソファで爆睡している菅。
   酒を飲みながら楽しそうにしている聖羅と凜子。
   ぼーっとテレビを見ている戸波。
凜子「そしたらこの子ね、プロテインでいいって言うのよ。変わった子でしょ」
   笑い合う聖羅と凜子。
   立ち上がる戸波。
戸波「聖羅ちゃん、明日も学校でしょ。送る」
聖羅「ああ、もうこんな時間か」
凜子「また来てね」
   凜子の手を握って深く一礼する聖羅。
聖羅「ありがとうございます」

○住宅街(夜)
   自転車を押して歩く聖羅と、隣を歩く戸波。
聖羅「素敵なお母さんじゃない」
戸波「ああ、そうだな。今日はなんで急に?」
聖羅「どんな家族なのか見てみたかったから」
戸波「そっか」
   聖羅の左手を見つめる戸波。
   自転車のハンドルを握っている聖羅の右手に、自分の左手を重ねようとする。
聖羅「うわっ」
   反射的に手を避けてしまう聖羅。
戸波「ごめん。急だったね」
聖羅「いや、そういうのじゃなくて」
   気まずそうに俯く聖羅。
聖羅「晋太郎君、私のこと好き?」
戸波「……うん。気にはなってる」
聖羅「だったら、早いうちに言っておくね。私はどうしてもそういう風には見れません」
戸波「でも、俺たち」
聖羅「ツインソウルなんて嘘だよ。ごめん。そっちに合わせてた。急にあんなこと言われて、戸惑っちゃって」
   ポツポツと雨が降り始める。
聖羅「あのね、今日来たのは」
戸波「思わせぶりみたいなことするなよ」
聖羅「そうじゃなくてね。私の話聞いて」
戸波「いいよ。俺いつもこんな感じだから。重いとか、思ってた人と違ったとか。うまくいった恋愛なんてひとつもない」
聖羅「屋根のあるところ行こう」
戸波「今日はいい。自転車で帰りな」
   歩いてきた方向を向き、聖羅に背を向けて歩き出す戸波。
聖羅「ちょっと待って」
   雨の中を走る戸波。

○陸上競技場・トラック(昼)
   スタートの準備をする戸波。
   スターターのピストルの電子音が鳴り響き、父親が首を吊っている様子や、養護施設でいじ  
   められていた時のことがフラッシュバックする戸波。
スタートが切れず立ち尽くす戸波。
   そこへ大渕健一(45)が来る。
大渕「おい、戸波。またこの前のやつか」
   息を切らしながら頷く戸波。
大渕「ったく、治ったんじゃなかったのかよ。もういい、今日は上がれ」

○大平工業・事務所外観(朝)

○大平工業・事務所(朝)
   虚な目でパソコンを見つめる戸波。
   戸波のデスクに鈴木正義(50)がやって来る。
鈴木「戸波君、ちょっといい?」

○大平工業・会議室(朝)
   戸波にお茶を出し、向かいに座る鈴木。
   机に置かれた書類を見つめる戸波。
戸波「契約、終了ですか」
鈴木「うん。残念だけど、ウチとしてはもうこれ以上は契約できない」
   紙を手に取り、じっと見つめる戸波。
鈴木「ただ、実業団選手としては契約を終了するっていう話で、もし戸波君が望むなら今の業務を続けてもらって、正社員で雇ってもいいというのが会社の判断だ」
戸波「来月に記録会があります。そこで良い記録が出れば来年の世界陸上だって」
鈴木「その記録会が、君のラストランだ」
戸波「そんな……」
鈴木「君の成績では世界陸上もオリンピックも出れない。これからの努力どうこうじゃなくて、来世まで待つ必要がある」
戸波「怪我が、怪我が治ればまだ走れます」
鈴木「実業団に所属する選手の役割は、大き
な大会に出て、会社の名前を売ることだろ?それを望めない選手には、辞めてもらうしかないんだ。分かってくれ」

○戸波家・晋太郎の部屋(朝)
   ベッドの上で横になる戸波。

○大平工業・事務所(朝)
   誰も座っていない戸波のデスク。
   社員名が一覧になっているホワイトボードには『戸波 病欠』とある。

○戸波家・玄関(夜)
   インターフォンを鳴り、ドアを開ける凜子。
   玄関に立っている聖羅。
聖羅「あ、すいません。晋太郎君と連絡取れなくなったので来ちゃいました。います?」
   首を横に振る凜子。
凜子「多分神社にでもいるんじゃない」
聖羅「神社?」
凜子「何かあった時はあの子決まってあそこに行くのよ。気分が落ち着くとか言って」
   気まずそうに俯く聖羅。
聖羅「多分私のせいです。すいません」

○同・リビング(夜)
   食卓でご飯を食べる聖羅、凜子、菅。
聖羅「じゃあ彼はもう引退するんですか?」
凜子「どうだろう。でも今が辞め時かもね」
聖羅「でもオリンピック候補でしょ?私陸上のことよく分からないけど」
凜子「それがそんなことないの」
聖羅「え?」
凜子「確かにオリンピックを期待されるくらいには速かった。高校の時までは。今の会社に入って1年目の時に膝をケガしちゃってね。それ以来まったくなの」
聖羅「でも少なくとも彼は本気でオリンピックを目指しているように見えましたけど。食事にもすごく気を使ってたし、脇毛も脱毛してたし」
   菅に目配せする凜子。
   箸を茶碗の上に置く菅。
菅「聖羅ちゃん、境界性パーソナリティ障害って知ってる?」
聖羅「いえ、知りません。というか菅さん毎日いますね。D Jって夜の仕事じゃないんですか」
凜子「彼、本業は心理カウンセラーなの」
菅「境界性パーソナリティ障害っていうのは、簡単に言えば、他者からの拒絶されることを必要以上に恐れること」
聖羅「晋太郎君は、それなの?」
菅「彼の場合はちょっと特殊だけどね。自分に興味を持ってもらうために、無意識的に自分を偽ったりしている。オリンピック候補だって自称するのも、その一つだと思う。もしくは、自分自身に洗脳をかけている」
凜子「陸上しかないような子だからね。現実を受け入れられないのかどうなのか。親としてはキッパリ諦めてもらってまた別の道に進んでもらいたいのが本音。本当のお母さんに捨てられたってずっと言ってるのも、症状の一種かもね」
菅「そう思い込みたいのかもしれない。周りの注意を引くため、もしくは自分を守るために」
   腑に落ちない様子の聖羅。

○神社・境内付近の階段(夜)
   階段に座っている戸波。
   階段を登ってきて戸波を見つける聖羅。
聖羅「ここにいましたか」
   × × ×
   並んで座る戸波と聖羅。
聖羅「契約しないって言われたんだって?」
戸波「ああ」
聖羅「もう辞めちゃうの?陸上」
戸波「分からない」
聖羅「そっか」
戸波「俺、ちょっとおかしいだろ?」
聖羅「え?」
戸波「なんか精神的な病気なのかもな。境界性なんちゃら。ググったら出てきた。こうだったらいいな、こういう人間でありたいなと思ったら自分にストップがかけられなくなる。もし陸上が取られたらって考えると俺はもう怖くて怖くて」
   泣き始める戸波。
   戸波の背中をさする聖羅。
聖羅「陸上以外にも残ってるものはあるよ。晋太郎君には」
戸波「ないよ」
聖羅「ある」
戸波「ない」
聖羅「ある」
戸波「何があるって言うんだよ」
聖羅「例えば、家族とか」
   聖羅、立ち上がる。
聖羅「励ましてあげようと思ったけど、そんな気分じゃなくなっちゃった。ねえ、明日も会社休むんでしょ。だったら付き合って。メッセージで住所送っとくから」
   聖羅、階段を降りて去っていく。
戸波「何であいつが泣いてんだよ」

○純喫茶・テーブル席(昼)
   テーブルの上にはカップに入ったコーヒーが2つ置かれている。
戸波「何か用があって呼んだんじゃないの?あ、すいません、コーヒーおかわり下さい」
   中東系の顔立ちをした店員2がテーブルからカップを下げる。
戸波「もう3杯目だよ」
   聖羅がテーブルの上に免許証を置く。
聖羅「これ、私の本名」
   免許証を手に取る戸波。
戸波「ディアナ・ファイズ」
聖羅「生年月日も見て」
戸波「俺と全く一緒」
   驚いたように聖羅を見つめる戸波。
聖羅「日本に双子の兄がいることは子供の頃にお母さんから聞いてた。移民申請が降りて、お母さんと二人でこの町に来たのが10歳の時。今から12年前」
戸波「いつ気づいたんだ」
聖羅「献血の時。言い出せずにごめん」
戸波「ちょっと待って。混乱してる」
聖羅「不思議な力を感じるっていうのも晋太郎君の思い込みなんかじゃない。実際私も感じるものはあったし。まだ姿を見てなくても、この近くにいるなーって分かるの。それはツインソウルとかではなくて、実際の双子だからよ」
戸波「双子の妹がいたなんて、知らなかった。というか学年的には俺の一個下だろ?」
聖羅「移民にはよくある話でね、小学校の途中でこっちに来て、時期が中途半端だったから学年が一つ繰り下げになったのよ」
戸波「なるほどねえ。いやいやいやいや、だとしてもマッチングアプリでそんな偶然があるか?」
聖羅「アプリの仕組みを思い出してみて。脳科学的に相性が良い人を、しかも近所で探すっていうアプリよ」
   店員2がコーヒーを持ってきてテーブルに置く。
聖羅「しかもここはアフェッダからの移民の町。十分にあり得る話だと私は思う。そもそも、愛知からここに引っ越してきた理由は何?」
戸波「陸上の強い高校に進学するため」
聖羅「それだけじゃないと思う。凜子さんは多分知ってたのよ」
戸波「そんなこと、聞いたことない」
聖羅「これは私の仮説だけどね」

○(回想)とあるマンションの前(昼)
   物陰からマンションのエントランスを見つめる凜子(34)。
聖羅の声「あなたたちがこっちに越してきてから、あの手この手を使って凜子さんは私たちの居場所を突き止めた。でも、そこにいたのは」
  マンションから手を繋いで出てくるステラ(45)と澤田(44)。

○喫茶店・テーブル席(昼)
   向かい合って座る戸波と聖羅。
戸波「こっちで再婚したのか?」
聖羅「うん。でも分かって。相手の人はとてもいい人なの。私にも親切にしてくれるし」
戸波「俺のことも、父さんのことも綺麗に洗い流してるわけだ」
聖羅「違う。それを踏まえた上で再婚したの。それに、移民として日本に来て、女二人で生きていく苦しさは、晋太郎君にも想像できるでしょ?」
   何も返せない晋太郎。
   喫茶店の窓から見える、道路を挟んで向かいのカフェを指さす聖羅。
聖羅「あのエプロンをつけている女性」
   カフェの窓を外から拭いたり、通りがかりの人に挨拶をしたりするステラ(51)。
聖羅「あれ、お母さん。私たちの」
   ステラの様子を見つめる戸波。
戸波「あれが?」
   
○戸波家・リビング(夜)
   大きな足音を立ててリビングに入ってくる戸波。
   台所で洗い物をしている凜子。
凜子「おかえりなさい」
戸波「知ってたのかよ」
   蛇口を閉め、不思議そうにする凜子。
凜子「何を?」
戸波「本当の母親が近くに住んでること」
凜子「会ったの?」
   無言で頷く戸波。
凜子「喋った?」
戸波「見ただけ」
   戸波の背後から顔を出し、凜子にお辞儀をする聖羅。
戸波「高校選ぶ時、やたらと千葉の学校を推してたよな。県内からのスカウトもあったのに。それって全部知ってたからだろ?」
凜子「一回落ち着きなさい」
戸波「落ち着いてる」
凜子「全部話すから。今日がその日なんだと思って全部話す。聖羅ちゃんはどうする?」
聖羅「実は私もこの話に関係があって」

○同・同(夜)
   食卓で向かい合って座る戸波と凜子。
   戸波の隣に座る聖羅。
   口をつけていたカップを机に置く凜子。
凜子「なるほどね。あなたたちが双子だったとは驚きね」
戸波「驚いてるふうには見えないけど」
凜子「いや本当にびっくりしてる。今心臓バクバクよ。でも聖羅ちゃんが言うように、そこまで奇跡的なことではないのかもね。あのアプリの実用性も証明された。私と菅ちゃんの相性も抜群ってことね」
戸波「それは今いいから」
聖羅「そういえば今日いませんね」
   突如としてリビングの扉が開き、菅が立っている。
菅「ちゃんといるぜー今日も!なんかシリアスな感じだったから入るタイミング見計らってました。はい、それじゃあ失礼しますね。相性抜群の男がチェックイン」
   菅、リビングへ入ってくる。
凜子「外でラップバトルでもしてきなさい」
菅「はい」
   踵を返し、部屋を出て行く菅。
聖羅「菅さんって韻を踏んでるんじゃなくて、単にカタカタ語使ってるだけですよね」
凜子「ただ、聖羅ちゃんの仮説は間違ってる。元々は向こうが依頼してきたのよ」
聖羅「向こうが?」
凜子「そう、あなたたちのお母さん。ステラさんが晋太郎を探すために私に依頼してきたの」

○(回想)陸上競技場・トラック(昼)
   トラックの上を駆ける戸波(13)。

○(回想)同・観客席(昼)
   出場選手一覧の紙を片手に競技を見る凜子(31)。
凜子の声「腐っても探偵よ。愛知県に住む在日アフェッダ人の子を見つけるのは難しいことではなかった」

○(回想)児童養護施設・入口(夕)
   学校帰りの戸波(13)が俯きながら養護施設へと入っていく。
   少し離れたところから戸波の様子を写真に撮る凜子(31)。
凜子の声「晋太郎が、いやその時の名前はまだアランだったわね。アランがどんな生活を送っているのか、私はステラさんに逐一報告した」

○(回想)純喫茶・テーブル(昼)
   向かいに座るステラ(42)に、戸波の写真を見せる凜子(31)。
   涙ぐみながら食い入るように戸波の写真を見るステラ。
凜子の声「泣いてたわ。あなたの写真を見て。そしてしばらくして彼女はこう言った」
   写真から凜子の方へと目線を移すステラ。
ステラ「私は、アランとまた住むことでき
る?どう、思いますか?」

○戸波家・リビング(夜)
   場面戻る。
凜子「依頼人に嘘をついたのは、あれが初めてよ。私情を挟むなんてご法度中のご法度。でも、中学になるまであなたを放っておいた母親を、私はどうしても許すことができなかった」
聖羅「確かにそうですけど、当時は紛争とかお父さんがいなくなったりして、いろいろ大変で」
凜子「分かってる。全部承知の上で言ったの」
   戸波に向かって作り笑いをする凜子。
凜子「アランは、あなたのことを恨んでるって、ステラさんに言った。ごめん」
   戸波に向かって頭を下げる凜子。
凜子「あなたを千葉の学校に進学させて、ステラさんたちの近くに住むことが、私にできるせめてもの贖罪だった」
戸波「凜子さん。頭を上げて。100点の回答だよ。ありがとう。ちょっと外の空気吸ってくる」
   リビングから出ていく戸波。
聖羅「私は母親になったことがないから分からないけど、若くして子供を亡くした身なら怒って当然なのかもしれません」
凜子「ごめんね。お兄さんを奪って」
聖羅「ただ、自分の夫を亡くして、情勢が悪い中で私を育てるので手一杯だった母の気持ちも、なんとなく分かります」
   椅子から立ち上がる聖羅。
聖羅「多分またあの神社ですよね」
   リビングの壁にかけられているコルクボードに気づく聖羅。
   コルクボードには晋太郎の陸上に関する新聞記事が貼られている。
聖羅「でも、今のこの人生が100点だと思うしかないですよね。オリンピックに出れなくても、家族と生き別れても」

○同・外観(夜)
   家から出てきて、タラタラと歩く戸波。
   家の前では菅と、犬を連れた男子高校生風の若者がラップバトルをしている。
菅「あ、晋太郎君、もう終わったの」
   菅を無視して、彼らの前を通り過ぎていく戸波。

○同・玄関(夜)
   ドアを開けて家の中に入っていく菅。
   ちょうど同じタイミングで家から出てくる聖羅。
聖羅・菅「わ!」
聖羅「あ、もう終わったんで大丈夫です」
菅「なになに、どうしたの。みんなして慌ただしいなあ」
聖羅「失礼します」
   家から出ていくが、何かを思い出したようにまた後ろを振り返る聖羅。
聖羅「肩こりっていう概念は日本人特有のものって知ってました?」
菅「え、いや、知らなかったけど」
聖羅「当てはめるから、だからダメになる場合もあるんじゃないですか?」
菅「ちょっと何の話をしているのか分からないけど、心理学的な観点で言うとね、当てはめてあげることでだね、」
聖羅「高校の時、外国人だからって理由で付き合ってた彼氏にすぐにフラれて、1週間くらい寝込みました。でも、大好きだったセーラームーンを見て、元気を出して、なんとか今日までやってこれてます」
菅「あ、それで聖羅っていう名前なの?え、というか外国人ってどういうこと?」
聖羅「何かに縋ることは決してダメなことではないと、私は思います」
   菅に背を向け、家から離れていく聖羅。

○神社・境内付近の階段(夜)
   階段の上で仰向けになっている戸波。
   そこへやって来る聖羅。
聖羅「まさかの二日連続ですね」
戸波「デジャヴってやつだな」
   戸波の横に座る聖羅。
戸波「情報量が多すぎて頭が爆発しそうだ」
聖羅「分かるよ」
戸波「というか、10歳でこっちに来たんだろ?その割に日本語上手くないか?」
聖羅「向こうにいた時から勉強してたからね。お母さんと一緒に。でもお母さんはまだ片言っぽいかなあ」
戸波「そっか」
聖羅「アラビックと日本語はあまりに違いすぎて、最初は本当に嫌だったけど、お母さんは『いつか使う時が来るから』って。ずっとそう言ってた」
戸波「ふーん。足悪いの?あの人。今日引きずってたけど」
聖羅「うん。生まれつきね。だから空襲から避難する時とか大変だったんだから」
戸波「よく死ななかったな」
聖羅「おかげさまで」
   ポケットから手紙を取り出し、戸波の胸の上に置く聖羅。
戸波「招待状?」
聖羅「籍は5年前に入れたんだけどね、式はまだだったの」
戸波「でも」
聖羅「もちろん来いとは言わない。そういうのがあるってことを伝えておく」
戸波「変なの」
聖羅「みんな変よ。晋太郎君も私も、凜子さんもお母さんもお父さんも、あと菅さんも。みんな変。それでよくない?」

○戸波家・リビング(夜)
   リビングに入ってくる戸波。
   食卓に一人で座る凜子。
   机の上には大量のA4用紙。
凜子「郵送する前に毎回コピー取ってたのよ」
戸波「添削のバイトのやつ?なんで?」
   紙には綺麗とは言えない日本語で『大切な行事があるからダイエットを頑張ってます』『家族が元気なら私は幸せ』といったことが書いてあり、間違っている部分は赤字で訂正されている。
戸波「そういうこと?」
   無言で頷く凜子。
戸波「俺はずっと、毎月あの人と」
   手紙には赤字で『毎月、日記楽しみにしています。日本語もかなり上手になりましたね』といったコメントが添えられている。
戸波「向こうは知ってるの?」
凜子「うん。というかステラさんからお願いしてきたのよ」
   添削された日記を読む戸波。
凜子「これは5年間にわたる親子の交換日記」

○同・同(朝)
   眠たそうにリビングに入ってくる凜子。
   食卓で寝てしまっている戸波。
   机の上には読まれた形跡がある日記。
   日記に混じって、結婚式の招待状が置かれているのを見つける凜子。

○同・同(朝)
   ジャージ姿でスポーツバッグに物を詰める戸波。
   壁にかけられたカレンダーには2021年11月28日のところに丸がつけられており『記録会』と書かれている。
戸波「行ってきます」
   リビングドア近くの棚にある封筒に目がいくが、そのまま出ていく戸波。

○住宅街(朝)
   スポーツバッグを肩にかけ、歩く戸波。
   靴紐が解けていることに気がつき、しゃがんで結び始めるが、何かを思いつめる戸波。

○結婚式場(昼)
   結婚式が執り行われている。
神父の前に立つステラと澤田(50)。
   最前列に座る聖羅。
   式場のドアが開き、ジャージ姿の戸波が入ってきて、最後列に座る。
   後ろを振り返り、戸波を見る聖羅。
   ドアに背を向けているステラは戸波に気がつかず、誓いのキスをする。
   睨むように式の様子を見ている戸波。
   × × ×
   新郎新婦退場の時間になり、参列者が立ち上がって拍手で送る。
   後ろの方にいる戸波に気づき立ち止まるステラ。
ステラ「アラン?」
   拍手もせず、睨むようにステラの方を見る戸波。
ステラ「アランよね?」
   口を押さえ涙を堪えるステラ。
   表情を変えずに拍手をし始める戸波。
   カバンの中から茶封筒を取り出し、ステラに渡す戸波。
   封筒の中を確認するステラ。
戸波「それ、今月分」
ステラ「知ってたの?」
戸波「この前知った」
   渡された封筒を抱えるように持って歩き始め、退場していくステラ。

○結婚式場・外(昼)
   トボトボと歩く戸波。
   式場から出てきて、少し離れたところから戸波に声をかける聖羅。
聖羅「もう帰るの?わざわざ大会休んできたんでしょ?披露宴も来なよ」
戸波「いや、もういいよ。ありがとうな」
   背をむけ歩き出す戸波。
聖羅「晋太郎君は逃げてなんかないよ!自分に嘘をついてるわけでもない!」
戸波「なんの話?」
聖羅「言ったじゃん。みんな変なの!境界なんて、考えなくていいよ。晋太郎君が越えれないって言うんなら私が壊してあげるよ!境界線くらい」
戸波「ん、あ、いや、そういう話ではないと思うけど」
聖羅「陸上も続けなよ」
戸波「いや、でも」
聖羅「分かんないじゃん。走ってれば、明日にでも世界記録が出るかもしれない」
戸波「……そうだな」
   車がやって来て、式場の前で止まる。
   運転席から顔を出す凜子。
凜子「晋太郎、行くよ」
戸波「どこに?」
凜子「記録会に決まってるじゃない」
戸波「いや、でももう招集の時間過ぎてる」
凜子「いいから」
   聖羅がいることに気づき、口パクで「ありがとう」と言う凜子。
   助手席のドアを開け、聖羅の方を振り向く戸波。
聖羅「明日じゃなくて今日かもね」
   笑い合う戸波と聖羅。
聖羅「行ってらっしゃい!」

○車内(昼)
   運転する凜子と、助手席に座る戸波。
戸波「凜子さん、知らないと思うけど陸上には競技前に招集っていうのがあってね」
凜子「それならもう手は打ってある」

○陸上競技場・外(昼)
   選手たちが集まっている。
   スーツ姿の有田正三(74)が点呼を取っている。
有田「次、大平工業・戸波晋太郎さん」
   誰からも返事はない。
有田「戸波さーん、いませんか。棄権になりますよ」
菅「は、はい!ここです」
   有田の視線の先には陸上選手の格好をした菅。

○車内(昼)
   運転している凜子の横顔を見る戸波。
戸波「で、どうなったの?」
凜子「何も疑われることなく普通に通ったって。今電話あった」
戸波「何で通ったんだよ。誰か疑えよ22歳って書いてあっただろうが」
凜子「なんか点呼取ってた人がヨボヨボだったらしいよー」

○ハイウェイ(昼)

○もとの車内(昼)
凜子「お母さんにはちゃんと会えたの」
戸波「まあね」
凜子「向こうの家に行ってもいいのよ」
戸波「それは今さらだよ。でも家はそろそろ出て行こうかな」
凜子「え、なんで」
戸波「もう22だし、一人暮らしデビュー」
凜子「えー、寂しくなるなー」
戸波「菅さんいるから大丈夫でしょ」
凜子「でもごめんね。私のエゴで、あなたたちを引き離して」
   フッと吹き出す戸波。
凜子「ちょっと、真剣に言ってるのよ」
戸波「いや、本当にエゴの塊だよね。そんな探偵いないよ。でも、もう謝らないで」
   バックミラーに映る凜子の顔。
戸波「どうしようもない俺を引っこ抜いてくれてありがとう。初代晋太郎君も天国で喜んでるよ」
凜子「そうだといいけど」
戸波「名前取りやがってって思ってるかもね。でも俺が気に入っちゃったからなあ」
凜子「うん。不思議と慣れるものよ」
戸波「名前が同じになったところで代わりにはなれないけど、これからもよろしくお願いします」
   凜子に向かって頭を下げる戸波。

○ハイウェイ(昼)
   青空の下を走る車の数々。
凜子の声「代わりなんていらないよ」

○タイトル「物語る人」

〈了〉

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