君が見つけてくれたら ドラマ

上京した牛房ソウシは都会の波につぶされて、自分を見失った。その結果、眠ると顔が変わってしまう。明日になれば、自分が自分だと誰にも気づかれない。そんな牛房を見つけた女性がいた。
堀江陸と 88 0 0 09/01
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第一稿

登場人物
牛房 ソウシ(14)(18)(22)…作曲家。(A~E)
北条 スイ(13)(17)(21)…大学生。喫茶店のバイト。

上野 ミヅキ(18)(22)…フリーター ...続きを読む
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登場人物
牛房 ソウシ(14)(18)(22)…作曲家。(A~E)
北条 スイ(13)(17)(21)…大学生。喫茶店のバイト。

上野 ミヅキ(18)(22)…フリーター。
幸田 タツロウ(18)(22)…フリーター。
枇々木 ハナ(17)(21)…大学生。喫茶店のバイト。
木馬 マナカ(21)…大学生。

牛房の母
教師
バイト


〇喫茶店・喫煙席
   レトロな喫茶店。
   店内に流れるビル・エヴァンス・トリオの『If You Could See Me Now』。
   牛房ソウシA(22)、空の灰皿を移動させて、ノートパソコンを取り出す。
   コーヒーを啜る。
N牛房「この喫茶店のコーヒーはいつも違う味がする。ここには足繫く通っていて、いつも徹底してこの席で、この時間に、この味の変わるコーヒーを注文する。始まりは上京した、あの日から――」

〇(回想)同・入口
   ドアのベルが鳴る。
   牛房(18)、入店。
   北条スイ(17)、牛房の方へ駆け寄る。
スイ「いらっしゃいませ。一名様でよろしいでしょうか?」
牛房「はい」
スイ「おタバコはお吸いになりますか?」
牛房「えっと、喫煙席でお願いします」
スイ「かしこまりました。それではご案内させていただきます。(厨房に向けて)喫煙一名様ご来店です」
ハナ「いらっしゃいませ」
   と枇々木ハナ(17)をはじめ、こだまが起こる。

〇同・喫煙席
   スイ、牛房にコーヒーを提供。
スイ「お待たせいたしました。ホットコーヒーでございます。ごゆっくりどうぞ」
   厨房に戻るスイ。
   ハナとすれ違いざまに目礼。
   カップを持ち、においを嗅ぐ牛房。
牛房「いいにおいだ……」
   とコーヒーを啜る。
   少しして感動。
N牛房「それは今まで味わったことのない美味しいコーヒーだった。とはいえ、俺はそもそも毎朝コーヒーを飲むような優雅さも余裕もなく、コーヒーは苦いだけの汁だと思っていた。しかし、つまらぬ思い込みは一気に払拭されたのだ。上京した日で、大人を気取りたくて、ブラックコーヒーを口にしたのは間違いではなかった」

〇コンビニ・外(夕)
   コンビニ袋をぶら下げて出てくる牛房。
   袋の中から缶コーヒーを取り出す。
   歩きながら、飲む。
   立ち止まる。
   顔をゆがめる。
牛房「まっず……。あの喫茶店のコーヒーが特別なのか」
   とぶつぶつつぶやく。

〇喫茶店・喫煙席
   ハナ、コーヒーを牛房に提供。
   お辞儀をして厨房の方へ戻る。
   久々においしいコーヒーが飲めるとワクワクしている牛房。
   コーヒーの香りを堪能してから、飲む。
牛房「まずっ……」
N牛房「幻の一杯だったのか。上京したという興奮が錯覚させたのだろうか。目の前にあるコーヒーはあの缶コーヒーよりもおいしくない。……俺の味覚なのか、このコーヒーなのか。そしてもう一度、あの幻のコーヒーと再会を果たしたいという願望が、俺を常連客にさせた。あの日と同じ行動をとれば、飲めるかもしれないと思ったのだ。以上が今も続く幻のコーヒー探しだ」

〇(戻って)同・同
   牛房A(22)、呼び出しベルを見つめる。
N牛房「そして今、今世紀最大の選択が差し迫っている。……俺は今、とてつもなくケーキが食べたい」
   と震える指でベルを押す。

   × × ×

   ヘッドフォンをつけて、パソコンをいじっている牛房A。
   スイ(21)、牛房Aに声をかける。
スイ「失礼します」
牛房A「はい」
   とヘッドフォンを外す。
スイ「大変申し訳ないのですが、先ほどご注文いただいたチーズケーキが品切れとなっておりまして……」
牛房A「あ、そうなんですか。じゃあ、別のものにします。えっと……このミルクレープで」
スイ「少々お待ちくださいませ。ただいまお持ちいたします」
   スイ、厨房に戻る。
   牛房A、パソコンをいじる。
   咳き込み、携帯を持って外へ出る。

〇同・厨房
   スイ、冷蔵庫をバタンと閉める。
スイ「うわぁ……」
ハナ「どうした?」
   と通りかかり、声をかける。
スイ「チーズケーキ注文受けて、取り置き分しかなくて、ミルクレープの変更したんだけど、それもないの……」
ハナ「マジか……あ、昨日のクローズ――」
スイ「ああ、新人の子か。なら、わかるけど、ちゃんと確認してよ……誰が一緒に入ったのか知らないけど」
ハナ「さーせん……ウチです」
   ハナを睨むスイ。
スイ「今度、ランチおごり」
ハナ「金欠だってえ……わかったよ。あ、わたし、行ってこようか」
スイ「ううん、大丈夫。わたしが行くよ」
   スイ、外を見る。
   外で電話をしている牛房A。

〇同・喫煙席
   牛房A、電話から戻ってくる。
   スイ、登場。
スイ「お客様、大変申し訳ございません。こちらのミルクレープもただいま終売してしまいまして……」
牛房A「人気なんですね」
スイ「本当に申し訳ございません」
牛房A「いえ、自分は大丈夫ですよ。そしたら……モンブランはありますか」
スイ「はい、モンブランのご用意はございます。すぐにお持ちしますので、もう少々お待ちください」
   と厨房に戻る。
M牛房「いつもに従えということなのだろうか。俺はケーキが食べられないのだろうか……これもなければ、素直に諦めよう」
   近くでケーキを食べる客。
   羨ましそうに見る牛房A。
M牛房「食べたい……!」
   スイ、苦虫を嚙み潰したような表情で戻ってくる。
スイ「たびたび申し訳ありません。最初にご注文いただいたチーズケーキの在庫がひとつだけありまして……あ、モンブランもあるのですが、いかがなさいますか?」
牛房A「あ、そうなんですか! じゃあ、チーズケーキでお願いします」
スイ「何度も申し訳ありません。すぐにお持ちいたします」
   と厨房に戻る。

〇(回想)高校・音楽室(夕)
   ピアノの前に座っている牛房(18)。
   ドラムのところに座っている上野ミヅキ(18)。
   立てかけられたウッドベース。
上野「運命っていうのは、戻ってくることだと思うんだ。どんなに離れても引き寄せられて戻ってくる」
牛房「え、何? 急に」
上野「俺らのバンド名ってトカゲじゃん。トカゲって敵に襲われて尻尾を切っても、また生えてくる。すなわち、完全体がその状態なんだよ。トカゲは尻尾を持つという運命を背負っている。俺たちも同じように三人揃っている時こそ、インストルメンタルバンド・トカゲの真の姿ってことなんだ」
   とウッドベースを見る。
牛房「あたかもバンド名を自分が考えましたみたいな言い方だな。名付けたの、俺なのに」
上野「誰が名づけたかなんて関係ない。重要なのは意味なんだ」
牛房「人生って生きて、死んで終わりだろ?
 だから運命ではないってことになるけど?」
上野「いや、魂は転生するんだ。何度も誕生して死んでゆく。人生を繰り返していて、むしろ運命の塊だよ」
牛房「信じられない」
上野「音階だってドレミファソラシドって繰り返すだろう? すべての音が運命で、それを無意識に紡いでいるんだ」
   乱暴にドアが開く。
   憤怒する幸田タツロウ(18)。
上野「タツロウも戻ってきたし、練習始めるか」
幸田「蛍光灯割ったの、ミヅキなのに! 濡れ衣着せやがって!」
上野「言いがかりはよせよ」
   牛房、立ち上がって部屋を出ていこうとする。
牛房「ミヅキがタツロウのこと、トカゲの尻尾だから仕方ないって言ってたよ」
   と退出。

〇同・廊下・音楽室前(夕)
   閉まるドア。
上野(声)「待て! 本当に誤解だって! いや、そもそもお前だって割った……いや、ごめんって……‼」
   襲われる上野と憤慨する幸田の声がにぎわう。

〇(戻って)喫茶店・喫煙席
   牛房A(22)、満足げにチーズケーキを頬張る。
   隣で片づけをしているスイ。
   牛房Aを瞥見。
   吸い殻のない灰皿。

〇駅・ホーム(夕)
   電車を待っている牛房A。
スイ(声)「あっ」
   牛房A、振り返る。
   驚いているスイ。
牛房A「あっ」
   とヘッドフォンを外す。
   軽く会釈するふたり。
スイ「お昼はすみませんでした」
牛房A「いえ、気にしないでください」
   間。
スイ「今日は冷えますね」
   と沈黙に耐えかねて言う。
M牛房「……やばい、聞き取れなかった。お腹が空きましたね、とか?」
牛房A「そうですね。今晩はシチューにしたいなって思ってます」
Mスイ「……今晩はチューしたい⁉ いや、まさか……。当たり障りのない言葉を」
スイ「(とりあえずの愛想笑い)ですよね」
M牛房「え? 予期されてた?」
   間。
   牛房A、電子掲示板を見る。
   ついでに月に目が行く。
牛房A「あ、月がきれいですね」
スイ「本当ですね。夏目漱石は『I Love You』を『月がきれいですね』って訳したらしいですよ。ロマンチックですよね」
牛房A「え、あ……いや、別にそういう意味で言ったわけではなくて……」
スイ「え? あ……いや、わたしも知識の提供と言いますか……あ、ほら、大人になると空を見上げることって、なんだかめっきりなくなってしまって、地面ばかり見ているなって思ったんです」
牛房A「そ、そうですよね。変な勘違いを……恥ずかしい」
M牛房・スイ「死にたい……!」
   間。
スイ「ケーキの取り置きというものをやっているんですよ」
牛房A「はい?」
スイ「あ、お昼の。取り置きでチーズケーキがひとつあったんですが、お客様がご注文くださって、行ったり来たりしているあいだに急遽キャンセルが入ったんです」
牛房A「そうだったんですね。じゃあ、とってもラッキーだったんだ」
スイ「まさに運命ですね! チーズケーキを食べるために来店されたのかもしれません……なんて」
牛房A「かもしれません」
   笑いあうふたり。
スイ「わたし、ケーキの中でチーズケーキがダントツでおいしいと思っていて」
牛房A「舌がとろけてしまいそうでした」
スイ「満足していただいて何よりです。コーヒーはおいしかったですか?」
牛房A「え、あ、はい、とても」
スイ「一杯ずつ挽いて抽出しているんですけど、毎日コロコロ味が変わっちゃうんですよ」
牛房A「コーヒーってだいぶ繊細らしいですもんね」
スイ「一定の味が提供できないってだいぶ問題ありますよね……。早く上達しないと!」
   間。
スイ「ひとつ、お伺いしてもいいですか」
牛房A「はい、平気ですけど?」
スイ「ちょっとだけ目に入って、気になってしまって……どうして喫煙席なのに何も吸っていなかったのかなって」
牛房A「見られていましたか……。なんと言えばいいんだろう? 小さな反抗精神なんです。とても厳しい家庭で育ったんです。ゲームはするな、漫画は読むなってうるさくって。そこでタバコを吸ってやろうと息巻いたんですけど、俺、喘息持ちで」
スイ「絶望的に向いていないんですね」
牛房A「一度吸ってみたんですけど、やっぱりむせ返っちゃって……。でも反抗心は消えなくって、喫煙席を選んじゃうんです」
スイ「でも、喫煙席って煙が充満していません?」
牛房A「そうなんですよね。だから、定期的にトイレとか電話のふりして外に出てみたり。なんか丸裸にされているみたいで恥ずかしい……」
スイ「確かに。ちょっと可愛らしいかもしれません」
牛房A「両親とは会っていないので、そんなことする必要もないんですけど」
   電車が来る。
スイ「あ、わたし次の電車乗りますね」
牛房A「じゃあ、また行きます」
スイ「今度はちゃんとチーズケーキ、用意しておきますね!」

〇牛房の家(夜)
   電子ピアノや音楽にまつわる資料などが置いてある。
   牛房A、ベッドに入り、アラームをセットする。
M牛房「とても明るく素敵な方だった。もう一度、あのお店に足を運んで、『また来ちゃいました』なんて言いたい。けれど、叶わぬ夢。明日になれば、俺は俺ではなくなる」
   目をつむる牛房A。

〇同・洗面台・鏡(朝)
   洗顔して顔を上げる牛房B。
   昨日と異なる顔。
   まじまじと悲しげに見つめる。
N牛房「俺は眠るたびに顔が変わってしまうのだ。だから、俺を俺だと気付く人は、もう、誰もいない。顔が変わることを俺はひとりでに変顔と呼んでいる。誰に話すわけでもないから呼び方なんて決める必要はないんだけど、昔から色々なものに名付けたくなる性分なのだ」

〇(回想)牛房の実家・リビング
   牛房(14)と牛房の母、テーブルを挟んで向き合って座っている。
   テーブルの上には数枚のテスト用紙。
   84点、91点、88点、93点……。
牛房の母「何よ、この点数!」
   とヒステリックにテスト用紙を叩きつける。
牛房「……」
牛房の母「最低でも九十五点以上をとらないといけないの。わかってるの! 子は親の顔なのよ。子供がちゃんとしていないと、親が悪いって言われるのよ」
牛房「ごめんなさい……」
   とどこか納得していない様子。
牛房の母「どうしてこんなひどい点数をとってしまったのか、あなたにわかる?」
   唇を噛む牛房。
牛房の母「ピアノばかり弾いているからよ! ピアノで頭がよくなるの? ピアノでいい会社に入れるの? 家のピアノは処分します」
牛房「お前が習わせたんだろ……」
   とぼそりつぶやく。
   牛房の母、牛房の頬を叩く。
牛房の母「何よ、その口の利き方は‼ お前なんて下品な言葉、どこで覚えてきたの⁉ あなたはわたしたちの顔なの。もっと自覚を持ちなさい!」
   と机を叩く。

〇中学校・音楽室(朝)
   牛房、音楽室に誰もいないことを確認。
   忍び入る。
   ピアノの前に行き、カバーをとる。
   ピアノを弾く牛房。
   悲憤慷慨たる曲調。
N牛房「俺にとってピアノは必要不可欠だった。たとえるなら、水。毎日体に取り入れなくてはならない。できなくなれば、死んでしまう」

〇同・廊下・音楽室前(朝)
   牛房の演奏が漏れる。
   とりかかるスイ(13)。
   立ち止まり、音楽室を覗く。

〇同・音楽室(夕)
   スマホの画面・母親とのやり取り。
メッセージ「今日も図書館で勉強してから帰ります」
   と牛房、打ち込む。
   送信。
   スマホを置いて、ピアノのカバーを外す。
   ピアノのそばにあるホワイトボード。
   トカゲに見えるカメレオンの落書き。
牛房「トカゲ……?」
   がたがたと揺れるドア。
   牛房、ドアを見る。
牛房「風……?」
N牛房「この日を境に放課後になると音楽室のどこかにトカゲが潜むようになった。誰が書いたのかわからないけど、トカゲを探すことも放課後の楽しみになっていた。また、のちのバンド名の由来でもある。この現象を迷子のトカゲと呼んでいる」

〇高校・教室
   暗い教室。
   外は雨が降っている。
   三者面談を行っている牛房(18)、牛房の母、教師。
牛房の母「何よ、これ……」
教師「えっと……もし親御さんと話ができていないようでしたら、面談はまた後日儲けましょうか」
   『音楽大学』と書かれた進路希望表。
牛房「音楽を勉強したい」
牛房の母「そんなの、ダメに決まっているでしょ! 音楽を勉強したってなんの役にも立たないわ! あなたはまだ社会に出ていないからわからないかもしれないけど」
牛房「母さんの言ういい会社ってなんなの? 結局金?」
牛房の母「人間はわかりやすい物差しが必要なの」
   納得できていない牛房。

〇田舎の駅・ホーム(早朝)
   誰もいないホーム。
   たくさんの荷物を持った牛房。
   荷物を置く。
   自動販売機でカフェオレを買う。
N牛房「俺は我慢ができなくなった。受験に行くと偽って上京した。作曲をしてネットに投稿していくうちに、音楽でかなり稼げるようになったけど、それでもまだバイトをしていないと食べていけない。一番苦労するのは変顔のせいでバイトは在宅ワークしかできない」

〇都会の駅・ホーム
   大勢の人が行き交う中、立ち尽くす牛房。
   どうすればいいのかわからずに、キョロキョロと周りを見る。
   牛房、キーボードをカバーから取り出す。
   弾き始める。
   立ち止まる通行人数名。
   白目で見る通行人数名。
通行人A「どっかで聴いたことある曲だな」
通行人B「オリジナリティがなんだよ」
通行人C「こいつ来年には消えてる」
   とすれ違う通行人に罵詈雑言を浴びせられる。
   立ち止まっていた通行人D、ため息。
通行人D「もう飽きちゃった」
   と去る。
   泣きながら演奏する牛房。
N牛房「俺は都会の波につぶされた。自分が誰なのかわからなくなり、いつの間にか俺は俺ではなくなってしまった。モブ、その他大勢……」

〇(戻って)喫茶店・厨房(夕)
   スイ、冷蔵庫の扉を閉めて、ため息。
ハナ「また、チーズケーキ、ロスりそう?」
スイ「また店長に怒られちゃう……買って帰ろう……」
ハナ「この前話してた人のためにとってるんでしょ?」
スイ「ぽい人は何回か来てるんだけど……どの人もさ、チーズケーキ頼まないし、何より――顔が違う」
ハナ「もう諦めなって。その人だってもう死んでるかも」
スイ「不謹慎」
ハナ「意外とそんなもんだって、わたしのお母さんの話だけど、お母さんのお父さんがなくなったの、知ったの、三回忌らしいもん」
スイ「え? 疎遠だったの?」
ハナ「仲が悪かったとは聞いてる」
スイ「両親と仲が悪いって大変そうだね」
ハナ「まあ、そうなるにも何かしら理由があるんだろうけどね」
スイ「そうだね」
バイト「三番、アールグレイ、チーズケーキ、お願いします」
ハナ「チーズケーキだってよ」
スイ「よっしゃ! (バイトに向けて)かしこまりました」
   作業に戻る。

〇同・喫煙席
   席に座ってメニューを眺める牛房C(22)。
   テーブルには半分くらいになったコーヒーとパソコン。
   吸い殻のない灰皿。
N牛房「チーズケーキの一件以降も通っているが、彼女が俺に気付くことはない。早くも数か月が経過して、幻のコーヒーも諦めることにした。だから最後に好きなものを注文しよう」
   スイ、注文をとりに来る。
スイ「お伺いします」
牛房C「チーズケーキで」
スイ「……」
   目を丸くして硬直するスイ。
牛房C「あのう、チーズケーキを願いしたいのですが……」
スイ「……変なことを伺ってもよろしいでしょうか」
牛房C「はあ」
スイ「以前、チーズケーキをご注文されて、在庫がないとお伝えしたのに、すぐに在庫がとれて……(かぶりを振る)いえ、なんでもありません。……おかしなことを言ってしまい、申し訳ありません。チーズケーキでよろしかったでしょうか?」
   驚き、硬直する牛房C。
スイ「あのう、チーズケーキでよろしかったでしょうか?」
牛房C「……はい、そうです。俺が運命的にチーズケーキを食べることができたものです」
   と目頭が熱くなる。
   スイ、驚き、トレーで口元を隠す。
スイ「……本当に……」
牛房C「え、でも、どうして?」
スイ「喫煙席にいるのに、タバコを吸わないで、頻繁にトイレや外に出る人、めったにいませんから」
   と微笑む。
牛房C「確かに……」
スイ「お待ちしておりました。チーズケーキですね。ちゃんとご用意しております!」

〇駅・ホーム(夕)
    スイ、牛房Cを見つける。
スイ「またお会いできましたね!」
牛房C「奇跡です! 本当に」
スイ「でも、その……(まじまじと見る)整形、ですか?」
牛房C「ああ、そうですよね。信じられないと思うんですけど……えっと」
スイ「……?」
   言い悩む牛房C。
   間。
牛房C「……俺、眠ると顔が変わっちゃうんです」
   驚くスイ。
スイ「……え?」
牛房C「気持ち悪いですよね」
スイ「そんなことないです! びっくりはしましたけど」
   泣き始めるスイ。
牛房C「え……? あの、え? どうしたの?」
スイ「いえ、なんか、顔が変わっちゃうなんて大変だなと思ったら……」
   スイを見つめる牛房C。
牛房C「ありがとう。そう思ってくれる人がいるだけで、嬉しいです。誰からも覚えてもらえなくて、いつもひとりぼっちだから……」
スイ「名乗ればいいんじゃないんですか?」
牛房C「確かに……」
N牛房「ピアノにもコップにも名前を付けるのに、自分には名前をつけていなかった」
牛房C「俺は岩崎カオルです」
スイ「わたしは北条スイです。よろしくお願いします」
牛房C「あの、もしよかったら、今からご飯行きませんか」
スイ「ぜひ!」

〇居酒屋
   賑わっている店内。
   牛房C、スイ。
   酎ハイや唐揚げ、枝豆などがテーブルに並んでいる。
牛房C「え、じゃあ、俺二十二だから、スイちゃんとはひとつしか違わないんだ」
スイ「わたしもびっくりです。てっきりもう少し上なのかと」
牛房C「俺、老け顔かな? って、素顔知らないもんね」
スイ「写真とかないんですか?」
牛房C「実家に帰れば、あるかな」
スイ「へえ、今度見せてください」
牛房C「いいよ」
スイ「二十二って大学生なんですか?」
牛房C「ううん、今は作曲家かな。でも、それだけでは食べられないから、実際フリーターって感じなのかな」
スイ「え! 音楽作ってるんですか! すごい!」
牛房C「そんなすごくないよ。誰の心もつかめない曲ばかり」
   とため息。
スイ「そんなことないです! わたし、中学のころに好きな人がいたんです」
牛房C「初恋?」
スイ「恥ずかしながら……。その人も自分で曲を作って弾いていたんです。どんな曲でも考えて、何か色んな思いが込められて作られているんだろうなって思うようになりました。だから、すごいんです‼」
牛房C「ありがとう。そう言ってもらえると活力が漲るよ」
スイ「今度、聴かせてくださいね」
牛房C「めっちゃいい曲作る!」
   談笑しながら、食事をする牛房Cとスイ。

〇大学・食堂
   スイ、ハナ、木馬マナカ(22)が食事をしている。
マナカ「え? じゃあ、バイト先のお客さんと付き合い始めたってこと?」
スイ「まだ付き合っていないよ」
マナカ「言質とったね。まだ、ね」
スイ「そういう意味で言ったんじゃないのに……それに相手のこともまだあまり知らないし」
ハナ・マナカ「まだ、ね」
   不貞腐れるスイ。
マナカ「いいなー、わたしも恋したい」
スイ「マナカは彼氏、いるじゃん」
ハナ「そうだよ、この中で男いないの、わたしだけだけだよ」
マナカ「恋が芽生える初々しさがいいんだって。それが恋なの! 今のわたしは恋が枯れないように栄養剤を投与しているだけだもん……ハナ隊長、スイの監視を頼んだであります!」
   と敬礼。
   ハナ、それに応えて敬礼。
ハナ「一秒たりとも観察対象の言動を見逃しません!」
   スイ、やや不満げな表情。
スイ「うどん冷めるぞ」
ハナ「これ、冷やしうどんだし」
マナカ「あ、そうだ。部長から渡しといてって頼まれたんだ」
   とチラシを渡す。
   映像コンクールのチラシ。
マナカ「映像研に所属している以上、必ず応募するんだ(真似)って言ってた」
スイ「了解。どんなの作ろうかな」
ハナ「スイって大変そう」
スイ「ん?」
ハナ「だって、スイってアニメーションでしょう? しかもひとりで全部作ってるじゃん」
スイ「確かに大変だけど、わたしは誰かと同じ作業するの、苦手なんだよね」
   何かに気が付くスイ。
スイ「あ……、でも、違う分野だったらでいるかも」
   とつぶやく。

〇喫茶店・喫煙席(夕)
   スイと牛房D、向かい合って座っている。
   テーブルには映像コンクールのチラシ。
スイ「大学で映像研に入ってて、アニメーションを作っているんだけどさ、カオルくんにお願いしたいことがあって……」
牛房D「俺にできることなら」
スイ「カオルくんに音楽を作ってほしいの」
牛房D「そのくらい安い御用だよ」
スイ「やった」
牛房D「どんなものにするの?」
スイ「……ごめんなさい。まだ決めていないの……」
牛房D「テーマが『生きる』か」
   とチラシを見る。
スイ「難しい……何を描けばいいんだろう……」
牛房D「スイちゃんの好きなように描けばいいんじゃない? 曲はそれに合わせるからさ」
スイ「頼もしい! ありがとう!」
   仕事をしながら、スイと牛房Dを見るハナ。

〇スイの家(夜)
チラシを見ながらベッドに横たわるスイ。
スイ「んー、何にしようかな……生きる……」
   電話が鳴る。
   木馬マナカ。
   スイ、出る。
スイ「もしもし、どうした? ……もしもし、マナカ?」
マナカ(声)「スイ……今って忙しい?」
スイ「ううん、ゴロゴロしあがら、どんなの作ろうか考えてた」
マナカ(声)「浮気された……」

〇居酒屋・客席(夜)
   賑わう居酒屋。
   伏せて泣くマナカ。
   マナカを撫でるハナ。
   対面にスイ。
マナカ「最近なんとなく距離が離れていることは、わかってたの……でも、離されないように頑張っていたの……それなのに……」
   と泣きながら。
スイ「どうして浮気されたってわかったの?」
マナカ「SNSでの発言とわたしに言ったことに食い違いがあって……問い詰めたの……」
ハナ「それはひどい!」
マナカ「これで何回目? って言ったら逆ギレされて、別れようて言われて……わたしも怒った勢いで……」
スイ「マナカは間違ってないよ。そもそも何度も浮気されたのに続いたのはマナカの頑張りがあったからだし」
マナカ「ありがとう……」
   スイを蔑視するハナ。
   スイと目が合う。
   微笑むハナ。
ハナ「よし、今日は記憶が飛ぶまで飲むぞ! 彼氏がいた記憶なんてなくしちまえ!」
マナカ「うん、飲む」
   とビールを一気に飲み干す。

〇公園(夜)
    ふらふらに足元が定まらないまま、公園に入るスイ、マナカ、ハナ。
マナカ「公園とーちゃーく!」
スイ「マナカのために四葉のクローバー探すぞぉ!」
ハナ「やばい。すぐに見つかるかも!」
マナカ「ふたりとも、大好き! 一生の友だ! 竹馬の友だ! さあ、走れメロス!」
ハナ「ヒィヒィーン!」
マナカ「ちなみにわたしの苗字は木馬である!」
   騒ぎながら四葉のクローバーを探す三人。

〇スイの家(朝)
   陽が差し込む。
   目覚めるスイ。
   気持ち悪さと頭痛を感じながら、部屋で寝ているマナカとハナを確認する。
スイ「本当にあれから記憶がないや……気持ち悪い……」
   スイ、台所へ行き、水を飲む。
   テーブルの上に置いてあるクローバー。
   何かを思いつくスイ。
スイ「クローバー……いいかも」

〇喫茶店・喫煙席
   スイ、プロットを見せて牛房Eと座って話し合っている。
スイ「という感じのものを作ってるの」
牛房E「とってもいいと思う!」
スイ「クローバーを探すなんてありきたりだと思うんだけど」
牛房E「シンプルな方がわかりやすくていいよ」
スイ「ありがとう」
   牛房E、うなずくながらプロットを見る。
牛房E「うん、曲のイメージができてきた。早速数曲作ってみるよ」
   コーヒーを飲んでから、スイに見惚れる。
スイ「ありがとう。……ん? どうした?」
牛房E「ううん、なんでもない。頑張っていい作品作ろう!」
スイ「だね! 頑張ろう!」
牛房E「じゃあ、今日のところはお暇しようかな」
スイ「またね」
牛房E「うん、好きだよ」
   言うつもりのなかった言葉に硬直する牛房E。
   同じく、困惑するスイ。
スイ「え……?」
牛房E「俺、今なんて言った? いや、あの、これは……(意を決して)好きです」
スイ「わたしも」
   ふたりの様子を瞥見するハナ。

〇牛房の家・外(夕)
   帰宅する牛房E。
   扉の前に人影を見る。
   上野ミヅキ(22)。
上野「よ」
   と牛房Eを見る。
上野「随分変わったな」
牛房E「……どうして、お前が?」

〇同(夕)
   楽器、音楽にまつわる本などが散乱している部屋。
牛房E「汚くてごめんな」
   と物を移動させる。
上野「生活感あっていいじゃん」
牛房E「まだ夕方だけど、飲む?」
   と冷蔵庫からレモンサワーとポテチを取り出す。
上野「お、いいね。最近飲んでなかったんだ」
牛房E「久しいね。でも、どうして俺だってわかったんだよ?」
上野「お前の部屋が一番奥でそこに来るのはお前しかいないだろう? それに外見しか変わってないよ。お前が変わったことは占いで知っていたし」
牛房E「はいはい、スピリチュアルね。どうしてこっちにいるんだよ? 大学は?」
上野「やめた」
牛房E「は? どうして?」
上野「占ったらそういう結果が出た」
牛房E「それで顔の変わった俺に会えと?」
上野「そう。それから、お前のやりたいことを一緒にする」
牛房E「やりたいことって?」
上野「それはお前が知っ――」
牛房E「知らない。だからぜひ占ってもら――」
上野「断る。占いというものは物事の本質を見るものではない。選択の手助けを――」
牛房E「どうせ都合のいいことしか信じな――」
上野「多くの人はな。やりたいことなんて、占うまでもないだろう? なあ、どうして占いとかにそんな反抗的なんだよ?」
牛房E「…………」

〇(回想)高校・音楽室(夕)
   牛房(18)、上野(18)、幸田(18)の演奏が終わる。
上野「なあ、ふたりは将来何やりたい?」
牛房「なんだよ、急に」
上野「物事の始まりはすべて急なんだよ」
幸田「一生シュークリームを食べていたい」
牛房「本当に好きだよな」
幸田「まあな」
上野「お前は?」
牛房「家を出る」
   と真剣な表情。
上野「そればっかりだな。つまらない夢だ」
牛房「タツロウの幼稚園児みたいな夢よりマシだよ」
上野「いや、タツロウの方が夢あるよ。お前の反抗期より」
牛房「あーもううるさい。自販行ってくる」
幸田「逃げた」
牛房「逃げてない! 喉が渇いたんだよ」
   と出ていく。
   ピアノの隣に置いてある飲みもの。
上野「逃げたな」

〇同・校門(夜)
   牛房、幸田、上野が出てくる。
   牛房だけ別方面。
牛房「じゃあな」
上野「おう」
幸田「バイバイ」

〇道・神社の前(夜)
   歩いてくる牛房。
   神社の前で立ち止まる。
   神社を見る。

   × × ×

   中学生の牛房。
   お賽銭を投げて願い事。
牛房「高校生になったら、家から出られますように」

   × × ×

   歩き始める。
牛房「神様なんていないのに」
   とつぶやく。

〇(戻って)映画館・売店
   牛房F(22)、スイ、共に映画館に訪れている。
   会計を済ませて、ポップコーンとジュースを受け取る。
牛房F「普段映画、あまり見ないから楽しみだよ」
スイ「これ、本当に面白いから! ど肝抜かれるよ!」
   と興奮。
   シアターの中に入るふたり。

   × × ×

   シアターから出てくるふたり。
   楽しそうなスイ。
   顔面蒼白の牛房F。
牛房F「ホラー映画なんて聞いてない……」
スイ「面白かったでしょ⁉」
牛房F「怖かったよ……」
スイ「特に最後の主人公が殺されるシーン‼」
牛房F「ど肝抜かれてたね……何が楽しいの?」
スイ「わたしたちって、どうせ病気だったり、事故だったりで最期を遂げるんだよ。絶対にあんな派手な死に方できないじゃん」
牛房F「しなくていいと思うけど……」
   スイ、かぶりを振る。
スイ「花火と一緒だよ。ぱーんって最後が綺麗でしょ? 終わり良ければ総て良しって」
牛房F「ど肝抜かれるのが良しになるのかはわからないけど……まあ、言わんとしていることはわからなくはない? かな」
スイ「でも、結局は打ち上げ花火なんかになれずに、蛇玉なんだろうけどね」
   どこか悲しそうなスイ。

〇焼肉屋(夜)
   スイ、焼き肉を焼いている。
   咳き込む牛房F。
スイ「大丈夫?」
牛房F「うん、大丈夫。あっちいけ!」
   と手でスイの方に煙が行くように仰ぐ。
スイ「ひどい! ……くっそぉ、喘息といわれると仕返しできん!」
牛房F「圧勝」
スイ「いいもん。はい、ちゃんと食べてね」
   と皿に野菜ばかりを盛って渡す。
牛房F「野菜しかないじゃん!」
スイ「あるじゃん、ここに肉」
牛房F「この大きさは肉とは言わないんだよ!」
スイ「わがままだな」
   とタレを渡す。
スイ「これ、ご飯にかけて食べなよ」
牛房F「貧乏か!」
   笑いあうふたり。

〇公園(夜)
   ふらふらと公園の中に入るスイ、牛房F。
牛房F「四葉のクローバー探しですか?」
スイ「幸せになりたいからね」
牛房F「一緒に探そう。そうすればふたりで幸せだよ」
スイ「セリフがクサい!」
牛房F「じゃあ、いい。ひとりで探すし」
スイ「ごめんね、すねないで」
   じゃれあうふたり。
牛房F「どうしてクローバーにしたの?」
スイ「アニメーション? 友達と飲んで、酔った勢いでむっちゃ探してた」
牛房F「面白」
スイ「でも、いいなって思ったんだ。四葉のクローバーって、幸せになれるっていうでしょ? でも、落ち込んでいる人って下を向くんだよ。だから、落ち込んだりしている人じゃないと見つけられないの。なんていうかな? すごく味方って感じしない? 最大の励ましだよ」
牛房F「うん、なんかわかるかも」
スイ「そう、仮だけど、完成した! 結構手直ししちゃった」
   とスマホを渡す。
牛房F「お、楽しみ」
スイ「カオルくんの音楽のお陰ですごくいいのになったよ。ありがとう」
   動画を再生する牛房F。
   四葉のクローバーを探すスイ。
   徐々に顔が歪む牛房F。
牛房F「……なんだよ、これ」
スイ「あ!」
牛房F「最初の構成と全然違うじゃん……」
スイ「思い切って変えてみたんだ。さらに――!」
牛房F「ちっともよくない! 相談もなしに、どうしてこんなに変えちゃうんだよ!」
   と憤怒。
スイ「なんで怒られなくちゃいけないの……?」
牛房F「曲が、ちっとも合わなくなったんだよ。余計なことしたから!」
スイ「余計なことってあんまりじゃない⁉ わたしの作品だよ? わたしがどう手を入れようと、わたしの勝手でしょ?」
牛房F「人からもらったものをドブに捨てるんだよ?」
スイ「ドブとか言わないでよ‼」
牛房F「ほっとうに、ありえない‼」
スイ「意味わかんない‼」
牛房F「こっちのセリフだよ‼」
   と去る。
スイ「……」
   うつむくスイ。
   足元の四葉のクローバー。
   踏みつぶす。

〇大学・食堂
   深刻な表情のマナカ、ハナ。
スイ「おまたせ」
   と食事を持って登場。
スイ「今日、食堂混んでない? なんかイベントとかあったっけ?」
   冷たい表情のふたり。
   不安になるスイ。
スイ「ねえ、どうかしたの?」
ハナ「スイ、……男遊びしてるでしょ?」
スイ「……なんで?」
ハナ「バイトの休憩中とか出勤後とかに男に会ってるじゃん」
スイ「うん、それがこの前話した彼な――」
マナカ「毎回別の人なのに?」
スイ「違う! 確かにそうだけど……これには深いわけがあって……彼ね――」
ハナ「浮気にしても堂々過ぎるし。何? 見せつけ?」
マナカ「浮気とか、最っ低‼」
   マナカ、ハナ、去る。
スイ「だから、違うって‼ 違うって……! ……」
   と涙ぐむ。

〇スイの家
   明かりは消して、カーテンも閉めている。
   ベッドの上で布団に包まっているスイ。
   ぴーとやかんのお湯が沸騰する音。
   動かないスイ。

〇(回想)中学校・教室
   賑やかな休み時間。
   女子数名、輪になって話している。
   その中で笑うスイ(13)。
Nスイ「笑うわたし。笑うという仮面をつえているだけ。そうして、みんなの輪から外れないようにしていた。だから、わたしはいてもいなくても変わらない。モブ、その他大勢……」

〇同・廊下・音楽室前(夕)
   通りかかるスイ。
   悲憤慷慨たる曲が聞こえる。
   立ち止まる。
スイ「何、この曲……」
   と音楽室を覗く。
Nスイ「何もかもにイラついていたわたしの心に、その曲は寄り添ってくれているみたいだった」

〇同・音楽室(夕)
   ピアノを弾く牛房(14)。

〇同・同
   音楽の授業が終わった後。
   スイ、カメレオンの絵を描いている。
同級生「何描いているの?」
   と尋ねる。
スイ「カメレオン」
同級生「なんでカメレオン?」
スイ「なんとなく?」
同級生「意味わかんない」
   と笑う。
Nスイ「カメレオンはわたし自身のこと。常にその場に溶け込もうとして、自分を隠して、気が付けば消えている。このカメレオンも誰に気付かれることなく、風化するんだろうと思っていた」

〇同・廊下・音楽室前(夕)
   音楽室を覗くスイ。

〇同・音楽室(夕)
   ピアノの椅子から立ち上がり、ホワイトボードに近寄る。
   牛房、カメレオンの絵を見る。
牛房「トカゲ……?」

〇同・廊下・音楽室前
スイ「違うって……」
   とげんなりして、ドアに頭をぶつける。
   ドアが揺れて、慌ててその場から離れる。

〇同・音楽室
   ドアの方を見る牛房。
牛房「風……?」
Nスイ「カメレオンではなかったけど、ピアノを弾いていた彼はカメレオンを――わたしを認識してくれた。消さず、ものおかしそうにカメレオンを見ていた。嬉しくなった私はその日から、毎日、カメレオンを描いて彼の反応を楽しんだ」

〇同・廊下・音楽室前
   深呼吸するスイ。
スイ「よし!」

〇同・音楽室
   牛房、演奏中。
   スイ、入室。
   牛房、演奏をやめてスイを見る。
スイ「ごめんなさい、演奏中に」
牛房「ううん、平気。どうしたの?」
スイ「あのう、先生来ていないですか? 合唱コンクールのポスター、提出しようと思って」
牛房「いつも通りなら六時くらいに来るよ。渡そうか?」
スイ「ううん、少し探してみます」
   と部屋を出ようとドアに手をかける。
   止まる。
   振り返る。
牛房「やっぱ、渡す?」
スイ「いや。あの、たまに聴こえるんですけど、いつもピアノ弾いているのって先輩ですか?」
牛房「あーたぶん」
スイ「いい曲だなって思ったんですけど、あれ、なんの曲なんですか? あの、ものすごい感じの曲……」
   と手を動かして曲の雰囲気を表現。
牛房「これ?」
   と一部を演奏。
スイ「そうです!」
牛房「実は自分で作ったんだ」
スイ「すごい! なんか体の中にあるものが爆発したような……すっきりします!」
牛房「ありがとう」
   微笑む牛房。

〇同・体育館
   合唱コンクールの発表が行われている。
   体育館の前の方に生徒、後ろに保護者。
   牛房のクラス。
   牛房、伴奏。
   曲の途中で、ピアノを止める。
   騒然とする客席とクラスメイト。
   深呼吸をする牛房。
   自作の曲を弾く。
   客席にいるスイ。
スイ「彼だ! 名前……(パンフレットを見る)牛房ソウシ」
Nスイ「わたしは牛房ソウシ先輩に恋をしてしまっていた。けれど、臆病だったわたしはあれ以降、何もできずに卒業するのを見ているだけだった」

〇(戻って)スイの家
   ベッドでうずくまるスイ(21)。
スイ「もう一度、聴きたいよぉ……」

〇牛房の家・外(夜)
   帰宅する牛房F(22)。
   浮かない表情。
   ドアの前で牛房を待っている上野。
牛房F「なんでいるんだよ?」
上野「今、家がないんだよ」
牛房F「もっと計画してから上京しろよ……」
上野「お前に言われたくないね。まあ、ちょっと当分泊めさせてくれ」
牛房F「……まあ、いいけど」
   と鍵を開ける。

〇牛房の家(夜)
   缶ビールがテーブルの上に散乱する。
   空き缶が転がる。
   顔が赤くなった牛房F。
   上野、つまみを食べる。
上野「苦手なのに、わざわざビール飲まなくても」
牛房F「ビールの渋みがさ、苦手なんだ。でも、なんか、苦汁を飲んでいるって感じで、落ち着くんだよ」
上野「何があったのか、言ってみろよ」
牛房F「……」
   牛房F、ビールをなめる。

   × × ×

上野「――なるほどな」
牛房F「もう会わない方がいいんだ……どうせ、明日になれば俺だって気づかないよ……」
上野「そう言ってまた逃げるのか?」
牛房F「逃げてなんかいない」
上野「昔から何も変わらないな。上京したのだって、中途半端に親に突っかかって、逃げたんだろう?」
牛房F「お前に何がわかるんだよ⁉」
   と胸倉をつかむ。
上野「自分のわがままだけを押し通そうとするんだ。まるでお前の親みたいじゃん。でも、違うのは、少なくともお前のことも考えていたんだ。確かに頑固でこじらしていたと思うけど」
牛房F「……」
上野「でも、お前は自分一番じゃん」
牛房F「そんなこと……」
上野「色んな人の顔になれるんだから、色んな人の気持ちにもなれよ」
牛房F「……」
   間。
   牛房Fの飲みかけのビール。
   牛房F、ビールを頭から浴びる。
上野「え、おい、どうしたんだよ⁉」
牛房F「……苦汁をなめるだけじゃ、物足りなくなった……ごめん、色々と。ありがとう」
上野「構わないよ。ただ、掃除しないとシミになるな」
牛房F「え、それはよくない。ちょっとテーブル移動させてくれない?」
   わたわたする牛房Fと上野。

〇コンビニ・外(夜)
   退店して出てくる牛房Fと上野。
   エナジードリンクとコーヒーでいっぱいの袋。
上野「こんなにエナジードリンク買うやついないだろうな。明日には噂されてるよ」
牛房F「かもな。二日連続となれば絶対されるよ」
   硬直する上野。
上野「は? 昨日も寝てないのかよ? 死ぬぞ?」
牛房F「寝たら顔変わっちゃうから」
上野「すげえな……」
牛房F「でも、自分のためなんだ。気付いてほしいっていうしょうもない思い。でも、お前に言われてから、ちょっと変わったかな」
   牛房Fのほうを見る上野。
牛房F「スイちゃんのために今は顔を変えたくない」
上野「かっけじゃん」
   歩くふたり。

〇道・神社の前
   通りかかる牛房F。
   立ち止まり、神社を見る。
   鳥居をくぐる。

〇神社・本堂
   手を合わせる牛房F。
M牛房「昔は願いを叶えてくれないあなたが嫌いでした。神なんて信じるかと臍を曲げました。けれど、昨日あいつに言われてわかりました。俺は他力本願になっていたのです。あなたが叶えるから、俺は何もしなくていい、と。でも、自分で動かないといけないですよね。俺はあなたを嫌ったので、俺を嫌ってもらって構いません。ただ、スイちゃんを救いたい。俺にスイちゃんを救わせてください‼」
   牛房F、深々とお辞儀をする。

〇喫茶店・入口
   入店のベルが鳴る。
   スイ、入口に向かう。
   元気のないスイ。
スイ「いらっしゃいま――」
   顔が変わっていないことに驚き、固まるスイ。
   牛房F。
スイ「どう、して……?」
牛房F「ごめん‼ 俺、自分のことばかりで、スイちゃんの気持ち、何も考えていなかった」
スイ「……どうして、顔、変わってないの?」
牛房F「スイちゃんに謝るまで寝ないって決めたんだ。寝れば顔が変わる。寝なければ、変わらない」
スイ「でも……あれから四日経ってるよ……?」
牛房F「ごめん、もう時間の感覚、わからなくなっちゃってて……」
スイ「……」
牛房F「スイちゃんだっていい作品つくろうと頑張ってくれてたんだもんね。その気持ちも汲めずに……ごめん!」
スイ「ううん、わたしもごめんね。カオルくんはいい作品をつくるために必死だったんだよね? わたしは頑張っていただけ、必死ではなかった。だから、カオルくんが怒るのも当たり前だよ……」
牛房F「スイちゃんに合わせるって言ったのは俺の方だから。曲をもう一度作ってもいいかな」
スイ「お願いします」
牛房F「……あと、嘘ついていたことがあって……」
スイ「何?」
牛房F「名前。顔が変わるから自分じゃない感じしたんだ。だから、スイちゃんに教えたのは本名じゃない」
スイ「教えて!」
牛房F「牛房ソウシ。改めて、よろしくね」
スイ「……牛房……ソウシ……‼」
   と口をふさぐ。
牛房F「顔が……」
   と言いかけて倒れる。
スイ「カオ……ソウシくん!」
   数名の人、集まり、救急車を呼ぶ。

〇同・厨房
   牛房Fとスイの掛け合いを聞いていたハナ。
   驚き、動揺している。
ハナ「顔が、変わる……?」

〇病院・病室
   目を覚ます牛房。
   大きくあくびをする。
   あたりを見回す。
牛房「……あ、もしかして倒れた……? あ! 顔‼」
   ベッドから飛び出る。
   うまく歩けずに転ぶ。
   トイレへ向かう。

〇同・トイレ
   牛房の顔。
   牛房、自分の顔を触る。
   信じられないというように目を丸くする。
牛房「元に……戻ってる……俺だ……」
   感極まり泣く。

〇大学・食堂
   スイ、ひとりで食事をしている。
   近寄るハナとマナカ。
ハナ「あの、スイ」
   顔を上げるスイ。
   悲しげな表情になる。
スイ「あ……ごめん、すぐに退くから」
   と移動しようとする。
ハナ「そうじゃなくて‼ わたし、スイに謝らないといけない……ごめん」
マナカ「わたしも、ひどいこと言ってごめんなさい」
スイ「え? どうしたの?」
ハナ「スイの彼氏、お店に来たでしょ? その時の話、少し聞こえていて……顔が変わるなんて知らなかった」
マナカ「今もまだ信じられないけど、もし、本当だとしたら、わたしたち、スイにものすごくひどいことしたなって」
スイ「信じられなくて当然だよ。でも、本当なんだ。信じてもらえなくてもいい。ただ、わたしはハナとマナカと仲を戻したい……」
ハナ「もちろんだよ! むしろ、わたしたちのセリフだもん!」
スイ「ふたりといるときは、本当の自分って感じで居心地がいいんだ」
マナカ「わたしもそれ思った!」
ハナ「じゃあ、わたしも!」
マナカ「じゃあって何よ?」
スイ「ほらほら、ハナはそっち行って、マナカ一緒にご飯食べようねー」
ハナ「ねーひどい! 入れてくれなくても無理やり入るし!」
   笑いあう三人。

〇同・病室
   ベッドに座っている牛房とスイ。
   手を繋いでいる。
スイ「元に戻ってよかった、体調も顔も」
牛房「びっくりだよ」
スイ「最後に何言おうとしてたの?」
牛房「最後?」
スイ「倒れる前」
牛房「覚えていないな……けど、昔のことを言おうとしたのかな?」
スイ「昔のこと?」
牛房「誰かのために作曲をしたことがなかったんだ。たぶん、今も。言い方がよくないけど、お金のために曲を作っている感じかな。で、昔を思い出した」
スイ「うん」
牛房「中学校の頃なんだけど、俺、音楽室に籠ってピアノ弾いていたんだ」
スイ「知ってる」
牛房「知ってるって?(笑う)後輩の女の子がいつも聴いてくれてて、俺の曲をすごい! って言ってくれたんだ。それが嬉しくって作曲に専念するようになった」
スイ「運命だね」
牛房「うん、運命の計らいかもしれないね。中学卒業してから、その後輩のために曲を作ったんだけど、聴かせることができなくて……じっとしていたら、いつ別れが来るのかわからないなって。ごめん、まとまりのない話で」
スイ「大丈夫。それに、いつ別れが来るのかわからないのと同じように、いつ再会するのかもわからないでしょ? でも、それが運命ならきっと、必ず再会を果たすんだよ」
牛房「ありがとう」
スイ「だって、わたしがその後輩だもん」
   硬直する牛房。
牛房「なんて……?」
スイ「合唱コンクールで途中で伴奏やめて、自作の曲、演奏するのは驚いたけど」
牛房「……嘘だ……(ものおかしく笑う)ふふっ……運命だ」
スイ「運命の計らいだよ」
牛房「個性がわからなくなっていたんだけど、今、わかったよ。誰かの中の一番になることなんだ。大勢の、みんなの一番じゃなくていい。だから、スイちゃんの中の一番でいれたことが、何よりも幸せだよ」
   とスイと目を合わせる。
牛房「これからもスイちゃんの中の一番でありたい」
スイ「うん、どんな人ごみの中でも絶対に見つけるから。そういうソウシくんの中の一番は?」
牛房「もちろん――」
   キスをする。

〇スイの家
   外は悪天候。
   ノートパソコンでコンクール用の映像の細かい直しをしているスイ。
スイ「終わったー‼」
   スマホを取り、牛房に電話する。
スイ「あ、もしもし、ソウシくん?」
牛房(声)「もしもし?」
スイ「こっちは直しも終わったよ! ソウシくんのほうはどう?」
牛房(声)「こっちも今日中には終わりそう」
   カレンダー。明後日締め切り。
スイ「じゃあ、間に合うね!」
牛房(声)「ギリギリになってごめんね」
スイ「ううん、全然。なんか静かだね」
牛房(声)「ああ、うん。ミヅキがいないからね。朝早くに送迎サービス入りまーすって出てった」
スイ「どういうこと?」
牛房(声)「俺もよくわからない」
スイ「面白い人だね」
牛房(声)「こんな悪天候なのにね」
   雷が鳴る。
   停電。
スイ「うわ、停電だ……そっちは大丈夫? ……もしもし?」

〇牛房の家
   停電した暗い部屋。
   スマホを落とす牛房。
   パソコンを再起動する。
牛房「……嘘……だろ……?」
スイ(声)「どうしたの! ねえ、大丈夫⁉」
   牛房、スマホを拾う。
牛房「ごめん……データが……吹っ飛んだ……」
スイ(声)「え……」
牛房「絶対に間に合わせるから‼」
   と打ち込みを始める。

〇同(夜)
   暗い部屋で作曲をしている牛房。
   ドアが開く音。
   誰かが家に入る。
上野(声)「ただいま」
幸田(声)「うわ、ミヅキが言っていた通り、切羽詰まってるな」
牛房「誰だよ?」
   と振り返る。
   幸田。
幸田「久しぶり」
牛房「……なんで?」
上野「必要だからだよ。何ちまちま打ち込んでるんだよ? もっと早い方法あるだろう?」
   うなずく牛房。

〇スタジオ(夜)
   ピアノを弾く牛房。
   ドラムを叩く上野。
   ウッドベースを弾く幸田。
   牛房、ピアノを弾くのをやめる。
牛房「待って、ここの四泊だけ……」
   とふたりに頼み込む。
   収録を続ける。

〇スタジオ・外(朝)
   出てくる牛房、上野、幸田。
幸田「帰りにクレープ食べに行こうよ。東京のクレープ、食べたかったんだ!」
牛房「パス」
幸田「いいじゃん。音源も彼女に送ったんだしさー。もう暇でしょ?」
牛房「眠いんだよ」
上野「それに時間」
   とスマホを見せる。
   午前五時ごろ。
幸田「え、東京ってすべてのお店が二十四時間営業じゃないの⁉」
上野「ばーか」
牛房「朝日でも見に行くか」

〇高台(朝)
   昇る朝日。
   それを見る牛房、上野、幸田。
牛房「ふたりに頼みがあるんだ」
   と朝日を見ながら。
上野「なんだ?」
牛房「バンド組もう」
幸田「うん、そのつもりだよ」
牛房「もしかしてタツロウも大学中退……?」
幸田「かなり前にやめてる。なんか合わなくて……。今フリーターやってたんだよ」
牛房「そうなんだ。知らなかった」
幸田「残ってるシフトだけ片付けてくるよ」
牛房「ミヅキもどう?」
上野「ようやく、やりたいことがわかったんだな」
牛房「おかげさまで」
上野「朝日が昇ったな」
   朝日を眺める三人。

〇喫茶店・禁煙席
   牛房、パソコンをいじっている。
   スイ、コーヒーとチーズケーキを提供。
スイ「お待たせいたしました。こちら、チーズケーキとホットコーヒーでございます」
牛房「ありがとう」
スイ「もう少し待っててね」
牛房「うん、頑張って」
   スイ、仕事に戻る。
   牛房、パソコンを見る。
   映像コンクールの結果。
   受賞作にスイの作品はない。
   最終候補作、スイの作品『クローバー』。
   牛房、ホットコーヒーを飲む。
牛房「……?」
   ホットコーヒー。
   再度飲む。
牛房「美味しい……」

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