優しい日々は、いつも雨 ドラマ

横浜の陽沙芽高校に通う天清あおい(16)は、ある雨の日、母の形見のブレスレットを噴水に投げ捨てる。通りかかった担任の産休補助教員優一郎(40)がずぶ濡れになり探し出す。亡くなった人は何か伝えたい想いがあったかもしれないと言う。次第に優一郎に想いを寄せるあおいと、優一郎の過去が交錯する。優一郎には今も想い続けている人がいた。雨の日に出逢ったその人は、雨の日に突然消えたのだった。てるてる坊主に秘められたあおいの母の想いが、あおいと優一郎を繋げていく……
佐藤そら 19 1 0 05/31
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第一稿

登場人物
・天清あおい(16)…高校一年生
・小糠優一郎(40)(17)…産休補助教員

・神立翠春(18)…病院で出会った男
・田中杏花(16)…あおいの友達
・天清 ...続きを読む
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登場人物
・天清あおい(16)…高校一年生
・小糠優一郎(40)(17)…産休補助教員

・神立翠春(18)…病院で出会った男
・田中杏花(16)…あおいの友達
・天清慈子(50)…あおいの育ての母
・天清虎太郎(54)…あおいの育ての父
・小糠照人(68)…優一郎の父
・村雨いずみ(16)(22)…優一郎の想い人

・クラスメイト①(16)
・クラスメイト②(16)
・クラスメイト③(16)
・看護師A(30代)
・看護師B(20代)
・アナウンサー


○道(朝)
   六月。梅雨入りした神奈川県横浜市。
   雨の中を傘が進んで行く。

○『陽沙芽(ひさめ)高校』・校門(朝)
   校門をくぐり、校舎へと進む、傘を差した天清(あますが)あおい(16)。
あおいN「その日は、雨が降っていた」

○タイトル
   『優しい日々は、いつも雨』
   雨音と水溜りに広がる波紋に重ねて。

○『陽沙芽高校』・教室(朝)
   『1年C組』。窓際の席。
   窓の外をぼうっと眺めているあおい。
   クラスメイト(16)が口々に、
クラスメイト①「新しい先生ってどんな人だろう?」
クラスメイト②「なんか、男らしいよ?」
クラスメイト③「え、イケメンかな?」
   教室の戸が開き、入って来る男性の足。
   教壇の前に立ったのは、スーツ姿のさえない中年、小糠(こぬか)優一郎(40)。
優一郎「えー産休に入った高橋先生に代わりまして、本日から1年C組でお世話になります」
   黒板に『小糠優一郎』と書く。
優一郎「小糠優一郎と申します」
   がっかりした様子のクラスメイト。
優一郎「えー皆さんの国語を担当します。よろしくお願いします」
   なんとなく拍手するクラスメイト。
  ×  ×  ×
   あおいに田中杏花(きょうか)(16)が話しかけて来る。
杏花「なんか、残念な担任が来たね。もっとドラマチックな展開期待してたのに」
あおい「そう? ま、どうでもいいかな」

○同・屋上
杏花「あおい、またここにいた!」
   あおいが空に手を伸ばしている。
杏花「こんなところで、何してんの? 天気も良くないのに」
あおい「別に……」
杏花「良くない! あんた今日掃除当番!」
あおい「あ!」
杏花「最近ぼーっとしちゃって、もう、しっかりしてよね」

○噴水のある公園(夕方)
   握った手のひらを広げると、珠状のブレスレット。
あおい「……」
   噴水を見つめている。

○『陽沙芽高校』・職員室
杏花「小糠先生、これここに置いときますね」
   手に抱えたプリントを優一郎の机に置く杏花。
優一郎「わざわざ、ありがとうございます」
杏花「いえ、学級委員なんで」
優一郎「あぁ……そうだ、田中さん」
杏花「?」
優一郎「今、何かクラスで心配なこととか、不安なクラスメイトはいますか?」
杏花「あぁ。あおいですかね……」
優一郎「あおい……えー天清さんですね」
杏花「あおいは雨が降ってなければ、最近だいたい屋上にいます」
優一郎「?」
杏花「ホント何してるんだろ。入学してきた頃は、あんなんじゃなかったんです」
  ×  ×  ×
   屋上の風に吹かれる、あおい。
   遠くの風景にカメラを向ける。
杏花の声「いつもひとりで。一応写真部に入ってるんですけど、最近は幽霊部員で。なんか、写真はひとりでも撮れるからって、ひとり写真部やってるらしいです」
  ×  ×  ×
杏花「何かあったのかしら」
優一郎「……」

○あおいの家(一軒家)・リビング(夜)
   天清慈子(ちかこ)(50)と天清虎太郎(こたろう)(54)が話をしている。
慈子「やっぱり、まだ伝えるべきじゃなかったのかしら」
虎太郎「でもいずれ分かることだ。もっと先延ばしになっていたら、よりあおいも辛くなるだろう」

○同・あおいの部屋(夜)
   机に伏せているあおい。
   その横にはブレスレット。

○『陽沙芽高校』・屋上
   あおいがひとり空を見上げている。
   優一郎がやって来る。空を見上げ、
優一郎「梅雨入りしたので、今日も曇ってますね。もうすぐまた降ってきそうだ」
   優一郎があおいを見ると、その瞬間カメラのシャッター音がカシャ。
優一郎「!」
   ビックリした優一郎の顔が写真に収まる。
   カメラを構えている、あおい。
優一郎「な、なんです?」
あおい「ひとり写真部」
優一郎「はぁ……?」
あおい「写真はね、一瞬を永遠にできるの」
優一郎「!」
あおい「消えてしまうものを、ずっと抱きしめていられるのよ。良くも、悪くもね」
優一郎「……」
   遠くを見つめる、あおい。
優一郎「天清さんは、屋上がお好きなんですか?」
あおい「(空に手を伸ばし)どうだろう? 屋上は、天に一番近いから?」
   あおいの横顔を見て、息を呑む優一郎。
あおい「(優一郎を見て)先生?」
優一郎「は、はい!」
あおい「どうしたの?」
優一郎「あ、い、いえ……」

○優一郎の家(古いアパート)・部屋(夜)
   窓の外は雨。
   窓際にてるてる坊主を吊るす優一郎。
   見つめて、にっこり。

○『陽沙芽高校』・教室
   優一郎が国語の教科書を広げ、教壇に立っている。
優一郎「今日から学ぶのは、夏目漱石の『こころ』です」
   外を見ているあおい。
優一郎「夏目漱石は『I LOVE YOU』を『月が綺麗ですね』と訳したなんて話もあったりしますね」
あおい「……」
優一郎「それでは、読んでいきましょう。教科書68ページ、田中さんから」
杏花「はい」
   順に読んでいくクラスメイト。
  ×  ×  ×
   授業後、関係性を表した板書を見ながら、
杏花「結局は、三角関係ってことでしょ? やっぱり人は友情より恋愛とるのかしら」
あおい「……」
杏花「昔から変わらないのね」
あおい「身勝手なことしてずるいわ。結局自分で苦しんで、そんなの当然なのかもしれない」
杏花「え……」
あおい「同じように命を絶つって、残された苦しみを知ってるはずなのに」
杏花「あおい……?」

○噴水のある公園(夕方)
   学校帰りのあおいが傘を差し、雨の中噴水の前に佇んでいる。
あおい「そう、身勝手よ……」
   手のひらを開くとブレスレット。
  ×  ×  ×
   近くを優一郎が通りかかり、あおいに気付く。
  ×  ×  ×
   あおいの開いた傘が地面に落ちる。
   ブレスレットを握りしめた、あおいの拳が震えている。
あおい「こんな、こんなものだけ残して……。いらないんだから!」
   噴水に向かってブレスレットを投げ捨てる。
  ×  ×  ×
優一郎「!」
  ×  ×  ×
   開いた傘の内側に溜まる雨水。
あおい「別に不幸だったわけじゃない。だけど、だけど、なんで……」
   泣き崩れるあおい。
   ずぶ濡れのあおいを、そっと誰かが傘に入れる。
   あおいがハッと顔をあげると優一郎がいる。
あおい「先生……!」
優一郎「天清さん、どうされたんですか? 何があったんですか?」
あおい「……」
優一郎「わたしに解決できることか分かりませんが、もしよかったら話してみてください」
あおい「解決なんて、誰にもできないわよ」
優一郎「……」
あおい「わたしは裏切られたようなものなんだから」
優一郎「?」
あおい「当たり前のように信じてた、お父さんも、お母さんも他人だったなんて」
優一郎「え……」
あおい「わたし、養女だったの」
優一郎「……」
あおい「いつだって辛いことは永遠で、楽しいことは一瞬なんだよ」
優一郎「……」
あおい「今はただ、落ちるとこまで落ちて、そのままステイ」
   雨音と水溜りに次々と広がる波紋。

○(回想)あおいの家・食卓(夜)
   五月。慈子が火のついたろうそくが立ててあるケーキを持って登場。
慈子「あおい、16歳の誕生日おめでとう」
   あおい、慈子、虎太郎で囲むケーキ。
慈子「あおい、今日はね、あおいに大切な話があるの」
あおい「えっ、何?」
慈子「いつか、伝えないといけないことで」
あおい「……」
慈子「わたし達は、あおいの本当の親ではないの」
あおい「……!」
慈子「子供のいないわたし達に、育ててほしいってあなたのお母さんがね……」
あおい「……」
虎太郎「でも、あおいは、わたし達の娘であることは、これからも変わらないからな」
あおい「何それ……」
   ろうそくの炎が揺れている。
あおい「お父さんは……? わたしの、お父さんは?」
慈子「それは……」
あおい「……」
慈子「それは……分からないの。どうしてもあなたのお母さん、教えてくれなくて」
   ブレスレットをあおいに差し出す慈子。

○噴水のある公園(夕方)
優一郎「何か事情があったのではないでしょうか……?」
あおい「事情って何よ! 勝手に産んでいなくなって!」
優一郎「それは……」
あおい「身勝手よ! そんなの身勝手……」
優一郎「……」
あおい「なくなればいい。(噴水を見つめ)形見の? ブレスレットなんて……」
優一郎「!」
あおい「もういいのよ。その方がいいの……」
   傘を拾うと、帰ろうとするあおい。
   バシャっと水に入る音。
   あおいが振り返ると、噴水の中に入って行くワイシャツ姿の優一郎。
   開いたままの傘と、上着が残されている。
あおい「! 何やってるの……」
優一郎「探すんです。あなたのお母様の形見を」
あおい「なんで……」
優一郎「なんでもです!」
   雨の中、目を凝らしブレスレットを探す優一郎。
   探しながら、
優一郎「目の前から消えてしまった後では、もう取り返せないこともあります。だけど、それでも、何かお母様が伝えたかったことがあるかもしれないじゃないですか」
あおい「そんなこと、あるわけ……」
優一郎「いなくなってからでは、本当の想いは分からないんです。でも、そんなの寂しいじゃないですか」
あおい「……!」
優一郎「あなたを引き取った、あなたを託された、天清さんのご両親の気持ちはどうなるんですか?」
   ハッとする、あおい。
   優一郎が何かを見つける。
優一郎「(手にすると)……!」
   あおいのブレスレットを見つめる。
優一郎「こ、これですか?」
   静かに頷く、あおい。
  ×  ×  ×
   あおいの腕にブレスレットをはめる優一郎。
優一郎「見つかって、よかったです」
あおい「そんな、頑張らなくていいのに」
   くしゃみをする、あおい。
   優一郎は上着をあおいの肩にかける。
   くしゃみをする優一郎。
   互いに顔を見合わせる二人。

○優一郎の家・部屋(夜)
   濡れた制服が干されている。
   バスタオルに包まれたあおい。
あおい「先生って、こんなぼろいところに、ひとりで住んでるの?」
優一郎「は、はい」
あおい「恋人は? 奥さんは?」
優一郎「いないです。もう……」
あおい「もう……?」
   窓を開ける優一郎。外は晴れている。
優一郎「天清さん、雨やみましたよ」
あおい「本当だ」
   一緒に窓の外を眺める。
   月明かりに照らされる二人。
優一郎「月が綺麗ですね」
   ドキッとして優一郎を見て、
あおい「えっ……!?」
   窓際に吊るされた、てるてる坊主。
優一郎「いやぁー、てるてる坊主を吊るした甲斐がありました」
あおい「へ……」
優一郎「しかし、梅雨の時期にてるてる坊主とは、我ながら無茶なお願いを(クスッと笑う)」
あおい「……」
優一郎「天清さんは、てるてる坊主の発祥を知ってますか?」
あおい「発祥?」
優一郎「雨が降り続き、僧侶に経を唱えてもらって、それでも晴れず。その僧侶は嘘つきだと首をはねられたそうなんです」
あおい「え!」
優一郎「見せしめとして首を布に包んで吊るしたところ、雨が上がったそうです」
あおい「怖っ!」
優一郎「中国から伝わってきたという説もあるようです」
あおい「中国?」
優一郎「少女が犠牲になり天に昇ると、空が晴れたそうで。中国では晴天を願い、その女性を象った 掃晴娘(そうせいじょう)が作られるそうですよ」
あおい「へぇー」
優一郎「空が晴れるとみんな微笑みます。でも、死人に口なしです」
あおい「……」
優一郎「目の前から消えた人の想いは、どうやったら知ることができるんでしょう」
   何も言わない、てるてる坊主を見つめ、
優一郎「神様は、身代わりや生贄がお好きですね」
   優一郎はグラスにジュースを注ぐと、てるてる坊主の前に差し出す。
あおい「高橋先生の子供は、生まれた時から本当のお父さんとお母さんと、過ごせるんだろうね……」
優一郎「本当の両親がいても幸せになれるとは限らないですし、本当の両親じゃなくても幸せになれると僕は思うんです」
あおい「別にこれまで不幸だったわけじゃないの。だけど……なんでわたしは生まれて来たんだろう」
優一郎「……」
あおい「なんでお母さんは、わたしを産んだんだろう」
優一郎「生きてほしいと思ったからではないでしょうか」
あおい「え?」
優一郎「天清さんのお母様は、天清さんに生きてほしかったから、天清さんを産んだのではないでしょうか?」
   あおいは腕にはめたブレスレットを見つめる。
優一郎「きっと、見守ってくれてると思いますよ」
   空を見上げる優一郎。

○あおいの家・食卓(朝)
   あおいが慈子と虎太郎と共に、食事をしている。
   腕にはブレスレット。
   慈子と虎太郎が目を合わせ、にこやか。

○同・玄関(朝)
   ブレスレットを見つめ微笑む、あおい。
あおい「行ってきまーす」
慈子の声「いってらっしゃい」
   あおいが家を出て行く。

○『陽沙芽高校』・教室
   優一郎は板書しながら、
優一郎「つまり、叔父に裏切られた先生は、Kに対して裏切りをしてしまい、そんな自分に傷付き死を選んでしまったのです」
あおい「(ぼそっと)つまり、恋は人を狂わせる……」
優一郎「人はいざとなった時、誰もが悪人になることがあるということです。しかし、それが非常に人間らしいのかもしれません」
あおい「(優一郎を見つめ)……」

○同・中庭
   子猫の鳴き声。
   声に気が付き、辺りを探すあおい。
   捨てられた猫を発見する。
あおい「!」
   少し弱った様子の子猫。

○道(夕方)
   走るあおいの姿。

○『陽沙芽高校』・中庭(夕方)
   猫缶を手に持ったあおいがやって来る。
   子猫のもとに行くと、分厚い食パンとミルクが置かれている。
あおい「誰か来たの?」
   優一郎が現れる。
あおい「先生!」
優一郎「あ、これは天清さん」
あおい「まさか、これ先生が?」
優一郎「あぁ、いや、まぁ……」
あおい「先生がこんなことしていいの?」
優一郎「かわいそうじゃないですか。まだ子供なのに、捨てられたなんて」
あおい「……」
優一郎「今、飼ってくれそうな知り合いをあたってるところなんです」
あおい「人がいいのね」
優一郎「天清さんだってそうじゃないですか」
あおい「え……(手に持った猫缶を見る)」
   子猫を撫でる優一郎。
あおい「でも先生、猫にパンはあまり良くないんだよ」
優一郎「えっ! そうなんですか!?」
   猫缶を開けるあおい。
優一郎「(申し訳なさそうに)……」
あおい「でも、そのパン美味しそうだね」
優一郎「(にっこり笑って)そうですか?」
あおい「わたしも食べたいな」
   猫缶を食べる子猫。
あおい「先生は、猫と犬どっちが好き?」
優一郎「難しいことを聞きますね」
あおい「え?」
優一郎「どちらかに決めるのは、もったいないじゃないですか」
あおい「何それ」
優一郎「僕は、招き猫が好きです」
あおい「えっ!?」
優一郎「知ってましたか? 右手をあげる猫は金運を招き、左手をあげる猫は人を招く」
あおい「そうなんだ」
優一郎「両手をあげたら、お手上げです」
あおい「先生はお金持ちになりたいの?」
優一郎「え……」
あおい「招き猫」
優一郎「僕はお金よりも、人を招きたいです」
あおい「!」
優一郎「しかし僕は、だいたいいつもお手上げですけど」

○優一郎の家・部屋(夜)
   優一郎が窓際のてるてる坊主に話しかける。
優一郎「あなたは、どこにいるんですか?」
   何も答えないてるてる坊主。
優一郎「やっと少しずつ、あなたの影が薄くなったと思ったのに……」

○『陽沙芽高校』・廊下
   あおいを気にし、見つめている優一郎。
   通りがかりに優一郎を目撃し、
杏花「小糠先生、あおいに気でもあるのかしら?」

○同・下駄箱(夕方)
   靴を取り出し、傘立てから傘を抜こうとするあおい。
   手に傘を取り、
あおい「(考えた様子で)……」
   傘を傘立てに戻す。
   雨の中を駆けて行くあおい。

○同・校門近辺(夕方)
   傘を差し、歩いている優一郎の後ろ姿。
あおいの声「先生ー!」
   足を止める優一郎。
   振り返るとあおいが追いかけて来ている。
優一郎「天清さん!」
   優一郎の傘に飛び込むあおい。
優一郎「天清さん、どうしました? あれ……か、傘は?」
あおい「忘れました! (笑顔)」
優一郎「えぇ!? 今日は朝からずっと、雨が降ってますが……」
あおい「!」
杏花の声「あおいー! 傘!」
   杏花があおいの傘を手に走って来る。
あおい「!」
杏花「あおい、何やってんの? 傘も持たずに出てくバカいる?」
   傘を受け取り、ムスッとするあおい。
優一郎「天清さんは、あわてんぼうですね」
   クスッと笑う優一郎。
杏花「いや、そういう問題じゃ……」

○あおいの家・あおいの部屋(夜)
   窓を開けると月が出ている。
   腕にはめたブレスレットを見つめ、空を見上げると、
あおい「月が綺麗ですね……」

○『陽沙芽高校』・屋上
   あおいが屋上で弁当を広げている。
   そこへやって来る優一郎。
優一郎「いやー梅雨晴れですね」
あおい「うん」
優一郎「天清さん、美味しそうなお弁当ですね」
あおい「お母さんが作ってくれたの」
優一郎「そうですか。素敵なお母様だ」
あおい「うん」
   優一郎があおいのブレスレットに目をやる。
あおい「?」
優一郎「あ、僕もここでお昼にします」
あおい「え!」
優一郎「せっかく晴れてるんですから。それこそ屋上の醍醐味ですよ」
   優一郎は味気ない弁当を広げる。
あおい「それ、先生が作ったの?」
優一郎「えぇ、まぁ……」
あおい「はいっ」
   自分の弁当からおかずを取り出し、優一郎の弁当の中に入れるあおい。
優一郎「えぇ! ダメですよ、そんな……」
あおい「いいの! あげる!」
優一郎「そんな……すみません。ありがとうございます」
   微笑むあおい。
あおい「先生と初めて話したのも、ここだったね」
優一郎「あぁ、そうでしたね」
   沈黙が流れる。
あおい「ねぇ、先生。先生はわたしのこころ読める?」
優一郎「どうしたんですか? 急に」
あおい「急じゃ……ないよ?」
優一郎「えぇ……? こころは読めませんよ。言葉にしないと」
あおい「そっか……。わたしね、好きな人がいるの」
優一郎「! そうでしたか」
あおい「その人はね、わたしより年上でね、いつもすぐそばにいるの」
優一郎「へー同じアパートとか、近所に住んでるんですか?」
あおい「その人はね、みんなから先生って呼ばれてるの」
優一郎「へぇー、その人偉い人なんですね」
あおい「……」
優一郎「人を好きになるって、素敵ですよね。その方に想いが届くといいですね」
あおい「(ぼそっと)ど、鈍感!?」
優一郎「僕は、人生って死ぬまで課題が出るんだと思うんです」
あおい「え?」
優一郎「人を好きになるのも課題。死んだら今度は生涯の反省論文が待っていて」
あおい「さっすが先生、課題が好きね」
優一郎「いやぁ、別に好きなわけではないんですが……」
あおい「そんなの待ってたら、不安で誰も安心して死ねないわね」
優一郎「自分の心残りとか、この世での後悔とか、きっとできるだけ、残さずに旅立たないといけませんよね」
あおい「……?」
優一郎「すみません、こんな話。さ、食べましょう、ご飯が冷めちゃいます」
あおい「先生? お弁当は最初から冷めてるよ?」
優一郎「あっ、そうでした。そうでしたね」
   焦った様子の優一郎は、慌てて弁当を頬張る。

○同・廊下(別日・夕方)
杏花「あおい、帰らないの?」
あおい「うーん」
杏花「部活?」
あおい「補修」
杏花「えっ!?」
あおい「ちょっとねー」
杏花「?」

○同・教室(夕方)
   あおい以外誰もいない教室。
   窓が開いている。
   国語の教材を持った優一郎が入って来る。
優一郎「天清さん、分からないところがあるということですが……」
   黒板を見て足を止める優一郎。
   黒板には相合傘マークが書かれている。
優一郎「……」
   あおいは、傘の下の一方に『あおい』と書く。
   チョークを優一郎に差し出し、
あおい「先生は一緒の傘に入ってくれる?」
優一郎「え……。これは一体……その」
あおい「あのね。わたし……先生のことが好き」
優一郎「!」
あおい「先生と結婚したい」
優一郎「……」
   沈黙が流れる。
   強い風が吹き、カーテンが揺れる。
優一郎「な、何言っちゃってるんですか……」
   タジタジの優一郎。
あおい「ねぇ、わたしと付き合って」
優一郎「そんな、冗談、からかわないでくださいよ」
あおい「冗談じゃない。本気よ」
優一郎「だっ……好きな人いるってこの前!」
あおい「いるよ。それ、先生のことだから」
優一郎「あっ……え……!」
   窓の外を見つめるあおい。
   あおいの横顔を見て、息を呑む優一郎。
優一郎「いけません。わ、わたし達は、せ、生徒と教師です」
   チョークを置く優一郎。
あおい「先生と生徒。何がいけないんだろうね」
優一郎「……」
あおい「先生は、どうして先生なの? なんで先生になったの?」
優一郎「……」
あおい「分かってた。こうなることなんて。でも、伝えたかったの」
優一郎「……」
あおい「違う形で出逢えたら、今は違ったのかな……」
   優一郎に微笑んで見せるあおい。

○優一郎の家・部屋(夜)
   薄暗い部屋の中で、頭を抱えている優一郎。
   てるてる坊主が見守っている。

○『陽沙芽高校』・校門(朝)
   優一郎の後ろ姿を見つける。
   声をかけようとするが、やめるあおい。

○同・教室
杏花「(大声で)はぁあ? 告白した!?」
あおい「声が大きい!」
杏花「あおい大丈夫? 熱でもあるんじゃない?」
あおい「何よ、平熱よ」
杏花「若くてカッコイイ先生なら、100歩譲ってまだ分かるわよ? けど、小糠先生って……アレよ? アレ!」
あおい「うん」
杏花「もうこっちが熱でそうよ」

○同・廊下
   優一郎が歩いていると、あおいが歩いて来るのが見える。
   隠れてあおいが通り過ぎるのを待つ優一郎。
   通り過ぎるのを確認してから廊下を進む。ため息をつく。

○雑貨屋『ほまち』(夕方)
   少し寂れた看板に『ほまち』の文字。
   店の前にやって来たあおい。
   ガラス越しに店内を覗く。
あおい「あっ!」
   右半身が犬、左半身が猫でできた置物がある。
   猫は左手をあげている。
あおい「これだ!」
   店内に駆け込む。
  ×  ×  ×
   雨が降って来る。
   紙袋を抱えたあおいが、店内から出てくる。
あおい「!」
   自動車があおいを巻き込み店に突っ込んで来る。
   ガシャーンと衝突音。
   あおいのブレスレットがその場にバラバラに飛び散る。
   はね飛ばされたあおいが道に倒れる。
   騒然とする現場。人々の傘が集まる。
優一郎の声「大丈夫ですか!」
   居合わせた優一郎が人をかき分け駆け寄って来る。
   頭から血を流し倒れているのが、あおいで、真っ青になる。
優一郎「天清さん……!」
  ×  ×  ×
   救急車のサイレン。
   救急隊員が駆けつけ、対応している。
優一郎「あ、あの! わたしは、『陽沙芽高校』の教師で、この子の担任です!」
   自ら救急車に乗り込む優一郎。

○病院・手術室前(夕方)
   バタバタしている現場。
   スタッフが行き来し、看護師A(30代)が、
看護師Aの声「篠津先生、血液ですが、Rhマイナスです!」
   呆然と立ち尽くしている優一郎。
   看護師B(20代)に、
看護師A「すぐ輸血準備して」
看護師B「はっ、はい!」
優一郎「……!」
  ×  ×  ×
   手術室の前で座って待つ優一郎。
   扉が開き中から、
看護師Aの声「追加取って来て」
看護師Bの声「はい!」
   飛び出して行く看護師B。
   優一郎の祈る組んだ両手に、爪が突き刺さる。

○同・廊下(夕方)
   足を骨折し、松葉杖姿の神立翠春(かんだちあきはる)(18)が、慌てた様子の看護師Bとすれ違う。
   看護師Bの方を振り返る神立。
神立「……」

○同・手術室前(夕方)
看護師Aの声「血液の提供者が見つかりました」
   優一郎の目には涙が浮かんでいる。
  ×  ×  ×
   夜になり駆け込んで来る慈子と虎太郎。
優一郎「!」
慈子「娘は! 娘は今!」
優一郎「先程、手術は無事に終わったようです」
   力が抜ける慈子。
虎太郎「先生が救急車を呼んでくれたそうで」
優一郎「あぁ、それは、いや、はい……」
虎太郎「本当にありがとうございました」
優一郎「偶然現場に居合わせただけなので……。とにかく、無事でよかったです」
慈子「ありがとうございました」

○同・ロビー(朝)
   テレビでニュースが流れている。
アナウンサーの声「またしても、高齢者ドライバーによる事故です」
   通りかかった神立がテレビの前で足を止める。
アナウンサーの声「昨日午後4時半頃、横浜市で81歳の男が運転する乗用車が、店舗に突っ込む事故が起きました」
   テレビ画面は、雑貨屋『ほまち』の店のガラスが割れ、乗用車が店に突っ込んでいる映像。
アナウンサーの声「男はアクセルとブレーキを踏み間違えたということです。この事故で、高校生一人が巻き込まれ……」

○同・病室
   目を覚ます、あおい。
   視界に入った腕に、ブレスレットがないことに気が付き飛び起きる。
あおい「え……ここって……」
   慈子がやって来る。
慈子「あおい! よかった、目が覚めたのね。今お医者さん呼んで来るから」
あおい「ねぇ、わたしって……」
慈子「事故に遭ったのよ。覚えてる?」
あおい「! あっ、あの時……」
慈子「そうよ。それで、偶然通りかかった小糠先生が、あおいを助けてくれたのよ」
あおい「えっ……」
  ×  ×  ×
   あおいの荷物を差し出す慈子。
   くちゃくちゃになった紙袋。
   あけると、右半身が犬、左半身が猫でできた置物が入っている。
   猫のあげた左手がもげている。
あおい「あ……」

○『陽沙芽高校』・教室
   優一郎が授業をしている。
   窓際のあおいの席が空いている。

○優一郎の家・部屋(夜)
   何かをそっと手に握りしめる優一郎。
   てるてる坊主を見つめている。
   小さな引き出しを開けると、何かを仕舞う。

○道(夕方)
   雨が降り始める。

○病院・病室(夕方)
   優一郎がやって来る。
あおい「先生!」
優一郎「どうも……」
あおい「なんか、久しぶりな気がする」
優一郎「体調はどうですか?」
あおい「うん、元気だよ」
優一郎「それは、よかったです」
あおい「先生が助けてくれたんだってね」
優一郎「僕は何もしてませんよ。助けたのはお医者さんですから」
あおい「……。ありがとう」
優一郎「……」
あおい「壊れちゃったんだ……」
   あおいは、置物を優一郎に差し出す。
   もげた猫の左手が、ボンドでとめられている。
あおい「プレゼントだったのに」
優一郎「誰かに渡すものだったんですか?」
あおい「先生にあげようと思ったの」
優一郎「え?」
あおい「だって、誕生日だったでしょ?」
優一郎「あ……。そういえば。すっかり忘れてました」
あおい「招き猫……」
優一郎「そんな、無茶しないでくださいよ」
   優一郎は置物を受け取る。
優一郎「ありがとうございます。大切にします」
   微笑むあおい。
優一郎「あと、わたしからも」
あおい「?」
   分厚い食パンを取り出す優一郎。
優一郎「あの、一応これ、お見舞いです」
あおい「!」
優一郎「ここの食パン、なかなか美味しいんですよ」
   あおいは食パンをちぎると口に運ぶ。
   次第にあおいの目から涙があふれだす。
優一郎「どうしました? 口に合いませんでしたか?」
   首を横に振るあおい。
あおい「違うの。だけど、なんでだろう……」
優一郎「食べたいって言ってましたもんね、このパン。泣くほど喜んでもらえるとは」
   にっこり笑う優一郎。
あおい「え……」
優一郎「あの……あと、これ」
   バラバラになったブレスレットを差し出す。
あおい「!」
優一郎「大切なもの……だと思うので」
あおい「ありがとう」
優一郎「必死に集めたんですけど、でも、全部は見つからなくて……すみません」
あおい「そんな……謝らないでよ」
優一郎「……」
   ブレスレットの珠を手に、
あおい「わたしの本当のお母さんは、心臓に疾患があったらしいの」
優一郎「えっ?」
あおい「子供を産むのにリスクがあったんだって。それで……わたしを産んですぐに逝っちゃった」
優一郎「……!」
あおい「わたし、ちょっと珍しい血液型なんだよね。わたしもこの事故で、ひょっとしたら死ぬとこだったのかな」
優一郎「……」
あおい「安心して。死にたいだなんて思ってないから。先生と結婚するまでは死ねないもの」
優一郎「いや、それは、それで、その……困ります……」
あおい「ねぇ、先生。先生は、先生じゃなかったら、わたしになんて返事してくれた? それでも答えは同じだった?」
優一郎「それは……」
   窓の外で激しく降る雨を見つめる優一郎。
優一郎「その日は、雨が降っていました……」
  ×  ×  ×(回想)
   突然激しい雨が降り始める。
   江島神社・瑞心門の下で佇む、優一郎(17)の後ろ姿。
   駆け込んで来る村雨いずみ(16)の後ろ姿。
優一郎の声「突然の雨に、ある門の下に飛び込んできたのが彼女でした」
  ×  ×  ×(回想)
   青空の下、砂浜を駆けて行く、いずみの後ろ姿。
優一郎の声「その人は鎌倉の人で、僕は、その人に振り向いてほしくて、当時を生きていたと思います」
  ×  ×  ×
あおい「先生は、振り向いてもらえたの?」
優一郎「はい……」
   微笑むあおい。
優一郎「でも、その人は、やがて目の前から消えてしまったんです」
あおい「えっ……」
優一郎「その日も雨が降っていました。一方的に別れを告げられ、理由も分からぬまま。連絡を取ることもできなくなりました」
あおい「そんな……」
優一郎「数年その人を見てきたのに、僕は何も知らなかったんでしょうか」
あおい「先生……」
優一郎「僕のこころには、ずっとその人がいて、その人が空を見つめる横顔が、忘れられないんです」
あおい「……」
優一郎「僕はまだ、その人のことを。だから、天清さんの想いには答えられないんです」
   静まり返った病室に外の雨音が響く。
あおい「人は裏切ると先生も思う?」
優一郎「え……」
あおい「だって、先生は恋人に裏切られたってことでしょ?」
優一郎「それは……」
あおい「人はいざとなった時、誰もが悪人になる。そうでしょ?」
優一郎「その時は、裏切られたと思ったかもしれません。でも、事情があったかもしれません」
あおい「事情ね……」
優一郎「それを言えないから、それは裏切りになってしまうのかもしれません」
あおい「……」
優一郎「想いは伝えるべきなんでしょうね。こころは結局、見えませんから」
あおい「青い糸、だったのかな」
優一郎「青い糸?」
あおい「知ってる? 青い糸はね、別れの糸なんだって……」
優一郎「……」
あおい「わたしの名前をつけたのはね、本当のお母さんなの」
優一郎「!」
あおい「わたしの本当のお母さんは、なんでわたしに『あおい』って、つけたのかな。別れなら伝えなくてもいいのにね」
   窓の外は雨が降り続ける。

○『陽沙芽高校』・教室(別日・夕方)
   あおい用の授業ノートやプリントを鞄に詰める杏花。

○病院・病室(夕方)
杏花「あおいー! 来たよー!」
   小さな花束を持った杏花がやって来る。
あおい「杏花!」
杏花「でも元気そうじゃん。よかった。安心したよー」
あおい「うん、ありがと」
杏花「見たよニュース。お年寄りの運転とか、あおいトレンドじゃん!」
あおい「あぁ……」
杏花「はい、これわたしからのお見舞いね」
   授業ノートやプリントをどっさり取り出す杏花。
あおい「うわっ……」
  ×  ×  ×
   花瓶に花を立てた杏花が病室に戻って来る。
杏花「でも全然知らなかったな。あおいが養女だったなんて」
あおい「……」
杏花「でも、何も変わらないよ。わたし達は」
あおい「うん」
杏花「そんなことより、これ!」
   あおいに短冊を渡す杏花。
あおい「?」
杏花「もうすぐ七夕でしょ? ほら、あおいも!」
あおい「短冊?」
杏花「ロビーに飾るんだってね。わたしも参加しようと思って」
   杏花は自分の短冊をあおいに見せる。
   『イケメン彼氏ができますように』の文字。
あおい「何これ(笑う)」
杏花「イケメンは大事よ。目の保養なんだから!」
あおい「(笑って)そうなの?」
杏花「空からは、どこにイケメンがいるか分かるんだから。ちゃんと頼まないとね」

○同・ロビー
   沢山の短冊がかけられた笹の葉がロビーに置かれている。
   優一郎が眺めている。
あおい「先生!」
優一郎「天清さん。明日は七夕ですね」
あおい「先生も書いた?」
優一郎「いや、わたしは……。天清さんは何をお願いしたんですか?」
   笹の葉を指差すあおい。
   『お父さんに逢えますように あおい』の文字。
優一郎「!」
あおい「わたしね、本当のお父さんのこと何も知らないの」
優一郎「……」
あおい「でも、お父さんはまだ、どこかで生きてる可能性あるでしょ? だから、逢えたらいいなって」
優一郎「……」
あおい「天の神様なら、織姫様なら、知ってるでしょ? わたしのお父さん」
  ×  ×  ×
   誰かが、あおいの横顔と優一郎の後ろ姿を見ている。
  ×  ×  ×
あおい「身内の反対を押し切ってまで、どうしても産みたい。お母さんがそう思った相手って、知りたいじゃない」
優一郎「(あおいの短冊を見つめ)……」
  ×  ×  ×
   あおいと優一郎が去った後、あおいの短冊を見ている神立。
杏花の声「あおいの願い事!?」
   ビクッとして振り返る神立。
   杏花が立っている。
杏花「あら、こんなところに足の折れたイケメンじゃない!」
神立「……」
杏花「あおいのことが、気になるの?」
神立「いや、そういうわけじゃ……」
杏花「?」
神立「あの……さっき一緒にいた男の人って」
杏花「あぁ、先生!」
神立「先生!?」
杏花「そう、うちの担任。小糠優一郎」
神立「担任!?」
杏花「あおいの彼氏だと思った? それはさすがにないか? あおいはね、ちょっと変わってるから。やめといた方がいいかもよ」
神立「……」
杏花「ま、わたしにしといたら? どうも、田中杏花です」
神立「え……」
   立ち去る杏花。

○道
   水溜りに波紋が次々広がる。

○病院・廊下
   窓の外を見つめている、あおい。
   外は雨が降っている。
神立「今日は、七夕なのに残念だね」
   あおいが振り返ると神立が立っている。
あおい「七夕の日は、いつも雨」
神立「そうだね」
あおい「織姫と彦星は今年も逢えないのか」
神立「それは違うんじゃない?」
あおい「え?」
神立「雲の上は、いつも晴れ」
あおい「……。確かに、そうかも」
神立「はじめまして。俺、神立翠春」
あおい「あっ……天清あおいです」
   窓の外を見つめ、
あおい「願いが、空まで届くといいな」
神立「七夕って決意表明みたいなもんなんだよ」
あおい「えっ?」
神立「七夕って、他力本願に叶えてくださいって頼むもんじゃなくて、願いを叶えるのは自分なんだ」
あおい「そうなんだ」
神立「強い意志こそ、願いを叶える原動力なんだよ」
あおい「……」
神立「短冊、ちょっと見かけちゃったんだけど、あの願い事って……」
あおい「あぁ」
神立「君のお父さんは? どこにいるの?」
あおい「お父さんは、今どこにいるんだろう」
神立「知らないの?」
あおい「うん。名前も顔も知らない。でももし、生きてるなら逢ってみたい」
神立「……」
あおい「病室にいると暇でね。最近はね、そんなことばかり考えるようになっちゃった」
神立「どこにいるかも分からない父親を探すことが、必ずしも幸せとは限らないよ」
あおい「え!?」
神立「必ずしも、そこにあるのが美談とは限らないからね」
あおい「……」
神立「俺の母親は自殺したんだ」
あおい「!」
神立「元カレからずっとストーカーに遭ってて。結婚した後も、つきまとわれて。精神的に追い込まれちゃったんだ」
あおい「……」
神立「俺がもっと大きかったら、助けられたのかもしれない」
あおい「……」
神立「けど、大きくなっても骨折するくらいだもんな……」
あおい「?」
神立「高校でさ、クラスの子が自殺しようとしてさ、窓から飛び降りようとしたんだ」
あおい「え!」
神立「とっさにとめようとして……俺が代わりに落ちちゃって」
   あおいは神立の骨折した足を見る。
あおい「正義感が強いのね」
神立「そんな大それたもんじゃないよ」
あおい「わたしもお母さんいるけど、いないの」
神立「えっ!?」
あおい「お母さんは、わたしを産んで亡くなってね」
   持っていた生徒手帳を取り出し、表を開き、神立に見せる。
   若い美しい女性の写真が挟まっている。
神立「!」
あおい「ついこの間まで、この事実も知らなかったの」
神立「え?」
あおい「いつもそばにいる、お父さんとお母さんが、本当の両親だと思ってた」
神立「……」
あおい「だから……だからね。逢いたいの」

○同・ロビー(夜)
   沢山の短冊がかけられた笹の葉。
   あおいの短冊が『お父さんに逢う あおい』に訂正されている。

○同・廊下
あおい「ねぇ、年上の人、好きになったことある?」
神立「えっ……」
あおい「絶対に好きになっちゃいけないような、年上の人」
神立「まさか、不倫!?」
あおい「まさか、未婚よ!」
神立「なら、なんで?」
あおい「立場的に? それに、その人にはずっと想ってる人がいるのよ」
神立「そっか」
あおい「笑っちゃうでしょ?」
神立「どうして? 人の恋を笑う資格は、誰にもないよ」
あおい「……」
神立「好きになっちゃいけない人なんて、この世にいないよ」
あおい「よく人生はマラソンに例えられるじゃない?」
神立「そうだね」
あおい「この人と一緒に走ると早く走れるからとか、周囲からよく見えるからとか、そんなのばっかり」
神立「……」
あおい「そんなんじゃなくて、その人が好きだから、一緒に走る。好きだからだけじゃ、ダメなのかな?」
神立「ダメじゃないけど、大人はそれをダメにしてしまうんだ」
あおい「大人って大変ね」
神立「そうかもね」
あおい「信号機みたいに、合図をくれたらいいのにね。人生も、止まれと進めを」

○快晴の空
   蝉の声が響き渡る。

○病院・屋上
あおい「梅雨明けだぁー」
   空に向かって、両手を広げるあおい。
  ×  ×  ×
   屋上にやって来た神立。
   あおいの姿を見つけ、そっと陰から様子を窺う。
  ×  ×  ×
   生徒手帳の表を開くあおい。
   若い美しい女性の写真を見つめている。
  ×  ×  ×
神立「……」
   あおいの背中が震えている。
神立「泣いてるんだ……。よっぽど亡くなったお母さんのことを」
   涙を拭う様子のあおい。
神立「ま、まさか、事故で死ねば同じ世界に行けたのにとか思ってたら! え? だから屋上に!? 母を追って! まさか……」
   バタバタする神立。
  ×  ×  ×
   あおいは生徒手帳の裏表紙を開き、涙を流し笑っている。
   裏表紙に挟まっているビックリした優一郎の顔の写真。
あおい「我ながら良き写真!」
   生徒手帳を閉じ、強く抱きしめる。
   空に向かって手を伸ばす。
  ×  ×  ×
   神立の目から涙がこぼれる。

○同・廊下
   あおいと神立が歩いていると、突然子供が飛び出してくる。
   避けようとした神立の足がもつれ、松葉杖が地面に。
   あおいに壁ドン。
あおい・神立「!」
杏花の声「あらヤダ! もうそんな関係に!?」
   振り返ると、杏花が目撃している。
神立「ち、違うわ!」
あおい「何が? 杏花、知り合いなの?」
杏花「そりゃ、もちろん。イケメンだから」
あおい「はぁ……?」

○同・ロビー
   退院手続きをしている神立。
  ×  ×  ×
神立「お先に」
あおい「退院おめでとう」
神立「あのさ、退院してもまた会えないかな」
あおい「え?」
神立「ほら、こうやって会えたのも、何かの縁かもしれないし」
あおい「まぁ……」

○『陽沙芽高校』・教室
   ひとり教室にいる優一郎。
   戸が勢いよく開き、
あおい「先生! ジャーン」
   鞄に小さなリングになったブレスレットが付いている。
あおい「腕にできなくなっちゃったから、リニューアルしたの!」
   微笑む優一郎。
  ×  ×  ×
   プリントを説明している優一郎の顔を見つめるあおい。
優一郎「? 何か顔についてますか?」
あおい「先生が恋人と出逢った場所ってどこ? どこで雨宿りしたの?」
優一郎「え……。天清さん、べ、勉強に集中してください」
あおい「あーごまかした」
優一郎「誰のための補修だと思ってるんですか……」
   優一郎を、じっと見つめるあおい。
   動揺しながら、
優一郎「そ、それを言ったら、ちゃんとやりますか?」
あおい「(笑顔で)うん!」
   困った様子の優一郎。
優一郎「神社の参拝中に、急に雨が降ってきたり、風が吹いたりすることがあります」
あおい「?」
優一郎「それは、神様からの歓迎のサインだと言われていたりします」
あおい「へぇー」
優一郎「天清さんは、みそぎの雨って知ってますか?」
あおい「みそぎの雨?」
優一郎「神社で降る雨は、みそぎの雨と呼ばれ、けがれを洗い流し、身を清めてくれるそうです」
あおい「ふーん」
優一郎「神社に来たら急に雨が降り始めたり、本殿に着いた時には晴れていたり、それってとても縁起がいいことなんだそうです」
あおい「雨なのに縁起がいいんだ」
優一郎「僕が彼女と出逢ったのは、神社なんです。そう、突然雨が降ってきた、神社だったんです」
あおい「素敵だね」
   顔がほころぶ優一郎。

○同・図書館
   杏花が勉強している。
   あおいが入って来る。
あおい「お待たせ。真面目に勉強してるー」
杏花「そりゃそうよ。早めに終わらせないと後で泣くことになるわよ?」
あおい「はーい」
杏花「補修どうだった?」
あおい「(笑顔で)ん? 知りたい?」
杏花「(呆れて)あのねぇー」
あおい「先生と二人っきりよ?」
杏花「あおい、まだ先生のこと? 少しは頭打って戻ったかと思ったのに」
あおい「素敵な話聞いちゃった」
杏花「女は好きな人より、好きになってくれる人といる方が幸せになれるのよ?」
あおい「いつの時代の話よ。もう時代は令和なんだから」
杏花「小糠先生なんてダメよ」
あおい「小糠先生って一途なのよ? 今も昔の恋人のことを想ってるの」
杏花「そのおかげで振り向いてもらえないんでしょ? 小糠先生のことは忘れな!」
あおい「陰があるのがまたいいんじゃない!」
杏花「いい加減目覚ましなって。そんな昔の恋人まだ引きずってる40のおじさんとか、絶対ヤバイって!」
あおい「否定ばっかり」
杏花「あの人はどうなの? ほらぁ……病院で知り合った」
あおい「え? 神立さん?」
杏花「いいんじゃない? あおいにも気がありそうだし?」
   ため息をつく、あおい。
あおい「イケメンだからいいんでしょ?」
杏花「なら、わたしがもらっちゃうよ?」
あおい「どうぞー」
杏花「言ったからね? 先言ったからね? もう裏切りじゃないからね!」
あおい「はいはい」

○港の見える丘公園(夕方)
   目の前の風景にカメラを向けるあおい。
   横には緊張気味の神立がいる。
   撮った写真を神立に見せ、
あおい「ほら見て、キリン!」
神立「え?」
   ガントリークレーンが並んでいる写真。
神立「あー」
あおい「巨大なキリンに見えるでしょ?」
神立「うん、そうだね」
   あおいは自分が撮った写真を見ながらニコニコ。
神立「俺、高校卒業したら、東京の大学に行こうと思うんだよね」
あおい「へぇーそうなの?」
神立「東京って、誰だって一度は憧れるもんだろ? あおいちゃんはさ、東京って……」
あおい「鎌倉……」
神立「鎌倉?」
あおい「わたしの好きな人が、好きな人。鎌倉の人なんだって」
神立「は、はぁ……」
あおい「わたしのお母さんも、鎌倉から嫁いできたんだよね。あ、もちろん育てのお母さんね」
神立「そ、そうなんだ」
あおい「わたしは鎌倉に憧れるかな。ねぇ、話ってそれ?」
神立「え、いや、それは……」
あおい「わたしも話があるの」
神立「(ドキッとして)え!」
   にっこり笑うあおい。
神立「ど、どうぞ……」
あおい「話っていうか、相談なんだけどさ」
神立「?」
あおい「わたしの好きな人。絶対に好きになっちゃいけない、年上の人。そう言ったじゃん?」
神立「あぁ……」
あおい「あれ、先生のことなんだよね」
神立「えぇ!? あの?」
あおい「あの?」
神立「いやーそのぉ、先生と生徒の禁断の……あの?」
あおい「うん、そう。あの」
神立「……」
あおい「小糠先生」
神立「……」
あおい「でも、夏休みが明けて少ししたら、先生いなくなっちゃうの」
神立「どうして?」
あおい「高橋先生の代わりだから」
神立「?」
あおい「高橋先生が子供を産んで戻って来たら、いなくなっちゃうの」
神立「なら、誘ったら! デートに!」
あおい「えぇ!?」
神立「だって、独身なんでしょ?」
あおい「まぁ、そうだけど」
神立「いなくなる前にだよ! たとえ、それが最初で最後でも」
あおい「……」
神立「その先生と行きたいところとかないの? 一緒に横浜中華街行こうみたいなさ」
あおい「(食い気味に)ある!」
神立「!」
あおい「先生と行きたいところ、ある!」
神立「おぉ! それだよ! それ!」
あおい「ありがとう! で、そっちの話は?」
神立「あぁ……うん、それはまた今度でいいかな?」
あおい「え……?」
神立「こっちは、その、大した話じゃないから。そのデートが終わった後で? 全然いいし。慌てなくても時間はあるし……」
あおい「?」
神立「……」
あおい「よし、やるぞー!」
神立「(ぼそっと)よっぽどカッコイイ先生なのか。あの時顔見とけば……」

○『陽沙芽高校』・教室(朝)
優一郎「ということで、まだまだ暑いです。二学期も体調には気を付けて、過ごしてください。ホームルームは以上です」
   教室を出て行こうとする優一郎に話しかけるあおい。
あおい「先生!」
優一郎「どうしましたか? 天清さん」
あおい「相談があるの」
優一郎「相談?」
あおい「放課後、時間ちょうだい」

○同・屋上(夕方)
   あおいのもとに優一郎がやって来る。
あおい「先生(笑顔)」
優一郎「相談ってなんでしょうか?」
あおい「行きたい場所があるの」
優一郎「行きたい場所?」
あおい「先生と一緒に行きたい場所があるの」
優一郎「……」
あおい「神社に行きたい!」
優一郎「……」
あおい「先生が、恋人と出逢った神社に行きたい!」
優一郎「天清さん……何を言い出すかと思ったら……」
あおい「一生のお願い!」
優一郎「一生のお願いは、こんなところで使うものではありませんよ」
あおい「だって、先生はもうすぐいなくなっちゃうでしょ……」
   ハッとする優一郎。
あおい「だから、最後に。最後でいいから、一日だけ、わたしに付き合って!」
優一郎「(困り顔で)……」
あおい「……」
優一郎「うーん……」
   肩を落とす、あおい。
優一郎「(あおいの様子を見て)分かりました」
あおい「! ホントに? ホントに?」
優一郎「はい。その代わり、最後です」
あおい「やったー!」
   大はしゃぎのあおい。
   微笑む優一郎。
あおい「(空に向かって)やったよ、神立さーん!」

○噴水のある公園
   スーツ姿の優一郎がうろうろしている。
   オシャレな服装に首からカメラを提げたあおいがやって来る。
優一郎「!」
あおい「え、デートでスーツ? (笑う)」
優一郎「デートって……」
あおい「スーツで来るって、いつもと変わんないじゃん」
優一郎「そんな、オシャレな服なんて持ってないんですよ」
あおい「オシャレ? わたし、オシャレ?」
優一郎「いや……というか、これも一張羅ですよ?」
あおい「先生っぽい」

○電車内
   鎌倉から江ノ電で江の島に向かう。
   隣に座っている優一郎の手を握ろうと、そっと手を伸ばすあおい。
   そのタイミングで、外を指差し、
優一郎「天清さん、海ですよ!」
あおい「!」
優一郎「(外を見つめ)海は何歳になってもいいものです」
あおい「(海を見て)……」

○江の島弁天橋
   江島神社に向かう、あおいと優一郎の後ろ姿。

○青銅の鳥居
   鳥居の前にやって来るあおいと優一郎。
優一郎「ちょうど彼女と出逢ったのは、僕が進路に悩んでいた高校二年生の頃でした。息抜きに一人で江の島に来たんです」
   鳥居にカメラを向けるあおい。
   カシャっとシャッター音。

○弁財天仲見世通り
   左右に並ぶ店を気にしながら前に進むあおい。
優一郎「彼女は、高校一年生。当時、高校の先生に恋をしていたんです」
あおい「えっ!」
優一郎「その恋を叶えるべく、この神社に来ていたんですよ」
あおい「そうなんだ!」
優一郎「僕は、自分も先生になったら振り向いてもらえるんじゃないかと、浅はかな考えで教師を目指し始めました」
あおい「え、それで先生になったの!?」
優一郎「どうか、してますよね」

○瑞心門
   朱の鳥居をくぐり、門の前に。
優一郎「6月15日、ここで出逢ったんです」
あおい「……」
優一郎「もし、突然雨が降ってこなかったら、僕と彼女は、すれ違うだけだったんでしょうね」
あおい「きっと、神様が引き合わせてくれたんだね」
優一郎「……だと、いいのですが」
あおい「素敵な、縁だよ……」
優一郎「……」
あおい「人は、出逢うべくして、きっと出逢うんだよ」
   門にカメラを向けるあおい。
   カシャっとシャッター音。
   門をくぐり、
優一郎「その年から、毎年6月15日は、この場所に来ています」
あおい「今でも?」
優一郎「はい……」

○江島神社・辺津宮
   お参りする、あおいと優一郎。
   チラッと優一郎を気にするあおい。

○みどりの広場
   風景を見ながら中津宮に向かう、あおいと優一郎。
   飴玉を二つ取り出す、あおい。
あおい「先生、一個あげる」
優一郎「飴? ですか?」
あおい「うん、飴(雨のイントネーション)」
   あおいから受け取る優一郎。
あおい「先生は、さっき何をお願いしたの?」
優一郎「え……」
あおい「恋人にもう一度逢えるように?」
優一郎「まさか……。もう、いいんですよ」
あおい「わたしは、お父さんに逢いたいって頼んだの」
優一郎「……」
あおい「いつか、逢えたらいいな」
   飴玉を口に入れるあおい。

○江島神社・中津宮
   水みくじを見つける、あおい。
あおい「あ、おみくじ!」
優一郎「水みくじです」
あおい「水みくじ?」

○同・水琴窟
   真っ白な水みくじを持って来ると、水に浸すあおい。
   徐々に文字が浮かび上がる。
あおい「わあぁ!」
   『大吉』の文字。
あおい「ねぇ、大吉!」
優一郎「それはよかったです」
  ×  ×  ×(回想)
   真っ白な水みくじを頭の上に掲げ、はしゃぐ、いずみ(16)の後ろ姿。
   それを見た優一郎(17)が、
優一郎「何やってるんですか?」
いずみの声「ほら、雨が降ってるでしょ? 雨で文字が浮かび上がるよ!」
   笑う優一郎。
いずみの声「ねぇ、大吉!」
優一郎「それはよかったです」
  ×  ×  ×
   あおいを見つめている優一郎。
あおい「先生も、早く!」
優一郎「は、はい」
   優一郎は自分の水みくじを浸す。
   あおいは『願い事』の欄を見て、
あおい「『意外な人の助けありて叶う事あり』……。意外な人?」
   優一郎の水みくじの文字が、徐々に浮かび上がる。
あおい「先生は?」
   『末吉』の文字。
あおい「末吉?」
優一郎「相変わらず。僕はだいたい、こんなもんですよ」
   微笑む優一郎。
あおい「……!」
優一郎「いつだって辛いことは永遠で、楽しいことは一瞬かもしれません。でも一瞬は、時に永遠なんだと僕は思います」
あおい「え……」
優一郎「写真と同じです。僕らはその一瞬を、永遠にする力を持っています。きっと」
   水みくじを持つ優一郎の手に力が入る。

○江の島近隣の海岸(夕方)
   両手に靴を持ち、砂浜をはしゃぎ回るあおい。
   あおいを穏やかに見守る優一郎。
優一郎「(ぼそっと)僕はずっと、彼女を探すように教師をしていたんでしょうね……」

○海沿いの線路(夕方)
   江ノ電が通過する。

○『陽沙芽高校』・教室(朝)
   杏花が教室の戸を勢いよく開けると、
杏花「みんな! 高橋先生が戻って来たよ!」
   盛り上がるクラスメイト。
   窓の外を見つめる、あおい。
   去って行く優一郎の背中がある。
あおい「……」

○同・校門(朝)
   校舎を見上げる優一郎。
優一郎「お世話になりました」
   一礼する。
   立ち去る優一郎。

○同・教室(朝)
   優一郎の後ろ姿に、
あおい「さようなら、先生……」
   フェードアウト――

○あおいの家・あおいの部屋
   翌年、六月。窓の外は雨が降っている。
   スマートフォンを見ているあおい。
   『関東甲信地方 梅雨入り』とある。
あおい「てるてる坊主、作らなきゃね」
   神立からメッセージが入って来る。
あおい「!」
   『これぞ東京LIFE!』
   『代官山のカフェ』
   オシャレなパンの画像。
   『今度、東京遊びに来なよ』
   パンの画像を広げ、
あおい「一瞬を、永遠にする力……か」

○パン屋『縁(ゆかり)』・店内
   東京都渋谷区。
   カフェ付きのパン屋で食べている神立。
優一郎の声「よかったら、試食してみてくれませんか?」
   振り返ると、パンをのせたトレイを持った優一郎の姿。
優一郎「しらすパンです」
   神立の前に、しらすがどっさりのったパンを差し出す。
優一郎「こちらは新作、うなぎパンです」
   うなぎの蒲焼きが挟まったパン。
神立「(パンを差し出され)うわっ!」
優一郎「わたしは、まだまだ修業を始めたばかりの身なんですが」
   にっこり微笑むと立ち去る優一郎。
神立「(優一郎に違和感で)……」

○あおいの家・あおいの部屋(夕方)
   窓にてるてる坊主が吊るされている。
   ミニアルバムを広げているあおい。
   隠し撮りした優一郎の写真や、江の島の写真が沢山並んでいる。
あおい「先生、今頃どうしてるんだろ……」
   ふと、棚に目をやると、埃の被った分厚いアルバム。
   手に取り広げる。
   赤ちゃんのあおいの写真。
あおい「……。この時にはもう、いなかったのか……」
   アルバムを閉じ、棚に戻そうとする。
   奥に何かが詰まった様子でうまく入らない。
あおい「?」
   棚の奥を覗き込むと、奥に白いもの。
   取り出すと、古いボロボロのてるてる坊主。
あおい「てるてる坊主!?」
   後頭部が破れ、中に詰めてある紙が少し飛び出している。
  ×  ×  ×
   てるてる坊主を解体するあおい。
   詰められたくちゃくちゃの紙を広げる。
あおい「これって……!」
   くちゃくちゃの紙を手に、勢いよく部屋を飛び出す。

○道(夜)
   雨が降っている。
   傘を差したあおいが走っている。

○現在の優一郎の家(アパート)・台所(夜)
   ひとり料理をしている優一郎。
あおいの声「お願い、先生!」
優一郎「痛っ!」
   包丁で指を切る優一郎。
   指から流れ出す血。
   その血を見つめる優一郎。

○以前の優一郎の家・玄関前(夜)
あおい「先生! 先生!」
   外から扉をドンドン叩くあおい。
   中から応答がない。
あおい「……」
   ドアノブに手を伸ばし、回すと開く。
あおい「!」

○同・部屋(夜)
あおい「先生!」
   飛び込む、あおい。
   中は薄暗く、もぬけの殻。
   呆然と膝から崩れ落ちる。

○現在の優一郎の家・部屋(夜)
   小さな引き出しを開けると、絆創膏。
   開けた勢いで、中から手前に転がってきた一つの珠。
優一郎「……」
   珠を手に取り、見つめている。

○以前の優一郎の家・部屋(夜)
   窓の桟には、首が傾き、ぐったりとしたてるてる坊主が落ちている。
   次第に強くなる雨音。

○レストラン『緑(みどり)』・店内
杏花「東京遊びに来たついでに、来ちゃった! 大学入って彼女できた?」
神立「まさか……。なんでそんなこと」
杏花「えー結局、あおいとまだ付き合ってないの?」
神立「別にそんな関係じゃないよ」
杏花「何? ただの怪我友?」
神立「怪我友って……まぁ、そうだけど」
杏花「ふーん。せっかく小糠先生という最強の敵もいなくなったのに」
神立「……」
杏花「ねぇ、今からあおいも、ここに呼ぼっか!」
神立「えぇ!?」
杏花「いいじゃん、いいじゃん」
  ×  ×  ×
神立「たとえば、たとえばだけどさ……」
杏花「うん」
神立「本当の親に会いたくても、ずっと会えない人がいて、本当の親が分かったら、どんな親でも会いたいって思うのかな?」
杏花「あおいのこと?」
神立「まぁ……」
杏花「うーん。陰から見るくらいは? わたしなら、したいかな?」
神立「俺は自分を捨てた親なら、会いたくないって思うんだよな」
杏花「事情があったにせよ、捨てられたならね……」
神立「でも、どんな親でも、その人にとっては、たった一人の親なわけじゃん?」
杏花「会うことにずっと憧れを抱いて生きてきてしまったら、きっとその人は、会いたいんだろうね」
神立「……」

○代官山駅前
   駅から浮かない顔のあおいが出て来る。
   鞄には小さくなったブレスレット。
   スマートフォンを開くと神立から『駅近にあるレストラン「緑」で待ってるよ』とある。

○レストラン『緑』・店内
神立「この前カフェ付きのパン屋に行ったんだけどさ、聞き覚えのある声を聞いた気がしたんだよね」
杏花「何それ、都市伝説?」
神立「いや……。俺がまだ入院してた、あの頃の話になるんだけど……」
  ×  ×  ×(回想)
   足を骨折し、松葉杖姿の神立。
   廊下で慌てた様子の看護師Bとすれ違う。
   看護師Bの方を振り返る神立。
神立の声「俺、あの日、声を聞いたんだ」
  ×  ×  ×(回想)
   神立の病室。
   ベッドに横になっている神立。戸の向こうから、
優一郎の声「あ、あの! 僕の血液を使って下さい!」
神立「(声を聞き)……!」
優一郎の声「それと、僕が提供したってことは……黙っていてもらえませんか」
  ×  ×  ×
神立「その後、病室の戸を開けたんだけど、そこにはもう誰もいなくて」
杏花「……」
神立「あれは、ちょうど、あおいちゃんが運び込まれた後だったんだ」
杏花「!」
神立「それで、この前行ったパン屋で同じ声を聞いた気がするんだ」
杏花「やっぱり、都市伝説じゃない」
神立「東京でそんなことあるわけなし、他人の空似みたいなことだとは思うんだけど」
杏花「そもそもあおいは、誰か謎の人物から輸血を受けたってこと?」
神立「さぁ、それも不確かだから何とも」
杏花「誰がそんなこと……」

○パン屋『縁(ゆかり)』・店前
   辺りをきょろきょろしながら、店を探すあおいが来る。
あおい「ん? あった」
   レンガ調の壁に緑色で『縁』の文字。
   その上に小さく『ゆかり』のふりがな。
   ガラス越しに見える店内には沢山のパンがある。
あおい「パン屋……!?」
   すぐ手前に、右半身が犬、左半身が猫でできた置物が置かれている。
   猫は左手をあげており、ボンドでとめたあとが。
あおい「これって……!」

○同・店内
   飛び込むように入って来るあおい。
   奥にはカフェスペースがある。
あおい「……」
   小糠照人(てるひと)(68)が現れる。
照人「いらっしゃいませ」
あおい「!」
照人「どうぞ、見て回って、是非お好きなものを召し上がってください」
   パンを目で追っていくと、分厚い食パンがある。
あおい「この食パン!」
照人「ここの人気商品なんです」
あおい「あ、あの、これをください!」
   にっこり微笑む照人。
   レジ近くに『50円引き』のシールが貼られた、しらすパン。
あおい「(しらすパンを見て)……」
照人「(あおいを見て)このパン、今日だけ特別に50円引きなんですよ(笑顔)」
あおい「?」
  ×  ×  ×
   カフェスペースで食パンを頬張る。
あおい「この味……」
   着信音が鳴る。
   そっと電話に出る。
神立の声「今どこにいる?」
あおい「どこって……パン屋に……」
神立の声「パン屋?」
あおい「えっ?」
神立の声「レストラン『緑』って……」
   ハッとして、目の前にあるカフェのメニュー表に目をやる。
   『縁(ゆかり)』の文字。
あおい「ゆかり……」
神立の声「もしもし?」
あおい「……」
神立の声「もしもし? あおいちゃん、聞こえてる?」
あおい「ごめん、かけ直す!」
   一方的に電話を切る、あおい。
あおい「(照人に)あの、すみません。こちらに小糠さんという方はいらっしゃいますか?」
照人「小糠は、わたしですが」
あおい「……!」
照人「あ、もしかして息子ですか?」
あおい「! 先生! あっ、小糠優一郎さんは……」
照人「優一郎なら、あいにく今日は終日いないんですよ」
あおい「……」
照人「この日はねぇ……」
   店にかかっている日めくりカレンダーに目をやる、あおい。
   『15』の数字。
あおい「!」
   ブレスレットが切れ、バシャーンと床に珠が飛び散る。

○道
   走るあおい。
   電話をかける。
あおい「ごめん、これから江の島に行ってくる!」
神立の声「え? ちょ……なんて?」
あおい「これから、先生に逢いに行く!」
神立の声「えぇ!?」
あおい「お父さんかもしれないの!」
神立の声「え? 何が? 誰が?」
あおい「小糠先生が! お父さんなの!!」
  ×  ×  ×
   『緑』の店前で
神立「(大声で)えぇ!!」
   通りすがりの人々が、足を止めて振り返る。
  ×  ×  ×
   走るあおい。

○レストラン『緑』
   席に戻って来た神立に、
杏花「あおいなんて? どっかで迷子にでもなってるの?」
神立「それどころじゃないよ」
杏花「?」
神立「今から江の島に行って来るって」
杏花「江の島? なんの為に?」
神立「お父さんに会いに行くんだと」
杏花「お父さん!? え、ウソ! 見つかったの!?」
神立「俺もまだ理解できてないんだけど……。お父さんなんだって、先生が」
杏花「……先生?」
神立「小糠先生」
杏花「(大声で)えぇ!!」
   店中の人々が振り返る。
杏花・神立「……」

○江の島弁天橋
   橋の途中で海を見ている優一郎。
  ×  ×  ×(回想)
   雑貨屋『ほまち』の事故現場。
   散らばったブレスレットの珠を拾い集める優一郎。
   拾った一つに『IZUMI』と刻まれている。
優一郎「(手に取り)いずみ……」
   優一郎の手が震えている。
  ×  ×  ×
優一郎「似てたんです。天清さんの横顔が、あなたに……」

○道
   あおいが江島神社へ向かって走る。

○江の島弁天橋
   パラパラと雨が降り始める。
   空を気にして傘を差すと、歩き出す優一郎。
いずみの声「その日は雨が降っていた。突然降ってきた雨に、門の下へと駆け込んだ。そこにいたのがあの人だった」

○(回想)高校・教室
   いずみ(16)が、教室の窓から外にいる男性教師の後ろ姿を見つめている。
いずみの声「当時高校の先生に恋をしていたわたしを見て、あの人は僕も教師を目指す、そう言った」

○(回想)病院
   病院から出て来るいずみ(22)。
   おなかに手をあてる。
いずみの声「妊娠が分かった時、わたしは逃げ出した。あの人は優しいから、言ったらきっと産むのをとめようとする」

○(回想)部屋
   文章を書いた紙を、くちゃくちゃに丸めるいずみ。
   丸めた紙を詰め、てるてる坊主を作っている。
いずみの声「でも、いずれいつか死んでしまうのなら、生まれてきた意味を、生まれた証を、わたしはここに残したい。この新しい命に、生きてほしいと思ったから」

○弁財天仲見世通り
   『生しらす』ののぼりを横目に、歩いている優一郎。
   握った手を開くと、『IZUMI』と刻まれた珠。
いずみの声「わたしはあの人から貰ったブレスレットを、幼い頃からの友人に託した」

○(回想)公衆電話
   外は激しい雨が降っている。
   いずみが、涙を堪えながら電話をかけている。
いずみの声「その日も雨が降っていた。留守電で一方的に別れを告げて、その理由も言わずに電話を切った」
   受話器を下ろすと、電話ボックスで泣き崩れるいずみ。

○青銅の鳥居
   人々の傘が行き交う。
   雨が次第に強まり、地面に叩きつける。
いずみの声「江島神社の入口には青い鳥居がある。悪い縁だったら切れてしまう。でももし、本当に縁があるのなら、もう一度」
   鳥居をくぐり、傘をかき分け、走るあおい。

○朱の鳥居
   傘を差した優一郎が階段を上がり、鳥居をくぐる。
   目の前にある瑞心門を見つめている。
いずみの声「江島神社、それは雨が降ったらきっと逢える場所 村雨いずみ」

○瑞心門前
   優一郎の後ろ姿に、
あおいの声「先生!」
   足を止める優一郎。
   振り返ると、階段を上って来るずぶ濡れのあおいが階段で足を滑らせ転倒。
優一郎「!」
   擦りむいた膝から血が流れる。
   慌てて降りて来る優一郎。
   あおいを差していた傘に入れる。
あおい「先生、先生は……本当は、ホントは……」
優一郎「……」
あおい「わたしの……」
   あおいの目から涙が流れる。
優一郎「そんな、無茶しないでくださいよ」
あおい「(優一郎を見つめ)……」
優一郎「これは、わたしが昔、大切な人に渡したものなんです」
   『IZUMI』と刻まれた珠をあおいに握らせる。
あおい「言ってくれなきゃ、分からないじゃない。こころは見えないんだから」
   優一郎があおいを抱きしめる。
   優一郎の目から涙が流れる。

○江島神社・辺津宮
   雨が突然やむ。水溜りに映る空。
   手を合わせる、あおいと優一郎。
   二人を通り過ぎる風。
優一郎「展望台に行きませんか?」
あおい「(曇った空を見て)こんな天気なのに?」
優一郎「展望台は、天に一番近いですから」
あおい「そうだね(微笑む)」

○江の島展望塔(夕方)
   晴れ間がのぞく。
あおい「わぁー!」
優一郎「不思議ですね。さっきまであんなに降っていたのに」
   外を見つめる、あおいと優一郎。
あおい「別れの意味じゃなかったんだ、わたしの名前」
優一郎「!?」
あおい「もう一度逢えるように。縁があるように……」
   くちゃくちゃの紙を優一郎に差し出す。
優一郎「(受け取り)!」
あおい「先生の恋人がいなくなったのは、わたしを産む為だった」
優一郎「……」
あおい「もし、死のリスクを持つ恋人が、産むって言ったら、先生はやっぱり止めた?」
優一郎「……」
あおい「お母さんが突然消えたの。それがお母さんの優しさだったんだよ」
   くちゃくちゃの紙に書かれた『村雨いずみ』の文字に涙が落ち、染み込む。
あおい「先生、わたし、この星に生まれてこれてよかったよ」
   外を見つめるあおい。
   あおいを見つめ、
優一郎「(涙ながらに、ぼそっと)わたしは、あの日、あなたを助けられてよかった」

○瑞心門(夕方)
   階段下に広がる風景を見つめる、あおいと優一郎。
あおい「一瞬は、時に永遠……」
優一郎「はい……」

○道(夕方)
   歩いていると、空は晴れているのに雨がぱらつく。
あおい「あれ? また雨?」
優一郎「まるで狐の嫁入りですね」
   傘を差そうとする優一郎。
あおい「お父さん、一緒の傘に入りませんか?」
優一郎「はいっ」
  ×  ×  ×
   神立と杏花が、二人の姿を遠くで見守っている。
   顔を見合わせ、微笑む。
  ×  ×  ×
   水溜りに広がる波紋。
   あおいと優一郎の相合傘をした後ろ姿が、雨の中を進んで行く。
あおいN「その日は、雨が降っていた」
END

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