re:岸 ファンタジー

リサイクルショップ「岸」。そこには様々な人間がやって来る。給料日前で懐の寒い若者が衣料を売りに。また、収入の少ない若者がブランドの古着をただ眺めたり、ホームレスの老人が寒さを凌ぐために激安のコートを探しに来たり。店長の岸は、どんな客にも同じようにクールな接客を行う。そして売られた衣料品達は、岸や客について噂話をする。そんな衣料品と岸、そして客達との因果関係が次第に露わになっていく。
ライトフック賭場 16 0 0 10/13
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第一稿

○ リサイクルショップ「岸」・外観(朝)
  男性客A(25)が足早に店内に入る。

○ T「2014年11月」
   
○ 同・店内1Fの買取りカウンター
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○ リサイクルショップ「岸」・外観(朝)
  男性客A(25)が足早に店内に入る。

○ T「2014年11月」
   
○ 同・店内1Fの買取りカウンター
客A「すいません」
   店長の岸(52)がゆったりと客Aのほうへ向かう。
岸「いらっしゃいませ」
   客A、着ているダウンジャケットを脱ぎ、カウンターに置く。
客A「これ売りたいんですけども」
岸「あ、了解しました。それでは、価格を査定しますんで、この番号札を持ってお待ちくださいね」
客A「はい」
   客A、3と書かれた番号札を持ち、店内をうろつく。

○ 同・店内の家電売り場
   客A、店内にある中古の家電などを見ている。
客A「19型のテレビが9千円か。ま、悪く無いな」
   店内から報せの音が鳴る。
岸の声「3番の番号札をお持ちのお客様、レジカウンターまでお越しください」
   客A、足早にレジへ向かう。

○ 同・店内、買取りレジカウンター
   岸が客Aのダウンジャケットを持ち、客Aの顔を見ながらニヤリと笑う。
岸「買い取り額の方決まりました。こちらになります」
   岸、買い取り額の書いた紙を客Aに見せる。
客A、それを見て眉間にしわを寄せる。
客A「え?500円?」
岸「さようになります」
客A「マジかよ!これ1万5千円したんだよ?しかもあの有名なノラシロだよ?」
岸「やはり大手のファストファッションメーカーですので、それほどブランド価値は付かないんですよねえ…」
客A「ダメージとか無いよね?」
岸「ええ」
客A「ファーが付いてんだぜ?新作だぜ?」
岸「ええ。今シーズンの物ですよね」
客A「しかも未使用品だぜ?」
岸「え?今お客様着られてましたよね?」
客A「ま、まあそれはそうだけどさあ…。もう少し勉強してくれないですかねえ?」
岸「いや、これが限界ですねえ」
客A「俺さあ、今月飲み会とか、合コンとか…まあ風俗とか行きまくって金が無いんすよ。給料日まであと3日1000円で過ごさなきゃいけないんすよ?飯は食わないといけないし、交通費とか駐輪場代もかかるし、タバコは1日1箱吸わないと生きていけないし」
岸「これで1500円になるじゃないですか」
客A「……はあ。分かりましたよ!!」
岸「よろしいですか?」
客A「…はい」
岸「それでは、ここ(査定額の書かれた紙)にお名前と住所をお書きください」
客A、ため息をつきながら、紙に名前と住所を書く。岸、釣りの皿に500円を置く。
岸「買い取り額の500円になります」
客A「今度服売るときは、余裕をもってネットにしときますわ」
岸「その方が賢明かと」
   客A、店を出る。
岸、客Aの後姿を見ながら一礼をする。
   岸、客Aが去っていったのを確認し、ノラシロのダウンジャケットの匂いを嗅ぐ。
岸「(匂いを嗅ぎながら)まあ、大丈夫だな」
   岸、ノラシロのダウンにハンガーをかける。

○ タイトル「re:岸」   

○ 同・店内の2Fへ続く階段
   岸、ハンガーをかけたノラシロのダウンを持って、階段を上る。

○ 同・店内の2F古着売り場
   岸、古着のダウンジャケットが陳列されたエリアに行き、ノラシロのダウンを正面向きに飾り、「ノラシロの新品未使用ダウン!激安!3000円!」と書かれたポップを貼る。
岸「よし!」
   岸、1Fのレジの方へ戻っていく。
マッキンリー「よお新入り。アンタが噂のノラシロさんか?」
ノラシロ「え、ええ、まあ…よろしくお願いします」
マッキンリー「いきなり来た新人の割には、隋分幅効かせてるなあ」
ノラシロ「す、すいません。マッキンリーさん」
N「説明しよう。マッキンリーとは、90年代初期に成年向けファッション誌に取り上げられたことがきっかけで、若い世代に絶大な支持を受け、一大アウトドアファッションブームを巻き起こしたアパレルブランドの王様である。そのブランド力は今も衰えず、当時は買えなかったが社会人になって少々小金を持つようになった30代の男性たちがストリートカジュアルの王道として着こなすアイテムに定着している。とにかくアウトドアといえばマッキンリーなのだ!」
マッキンリー「このアウトドアのキングオブキングスの隣に飾られる気持ちはどうだい?」
ノラシロ「はい、…ほんと…光栄です」
サザンヒップ「ハハハハハ!キングオブキングスって。昔の栄光をいつまで引きずってんだよ!」
マッキンリー「何だと?」
サザンヒップ「今のイケてる連中は、このサザンヒップ様の独壇場だぜ!」
N「説明しよう!サザンヒップとは、マッキンリーと同じく90年代アウトドアファッションブームの波に乗っかりマッキンリーよりもリーズナブルでよりファッション性が高かったことで、マッキンリーと並ぶ絶大な支持を得たアウトドアブランドの雄である。ブームのころはマッキンリーが横綱、サザンヒップが大関といった格付だったが、現在ヒップホップ系、悪羅悪羅系、ストリート系などの幅広い層の若者たちに支持されることにより、マッキンリーと双璧、あるいは牙城を揺るがす存在にまでのし上がったこれまた王道のブランドである!」
マッキンリー「何言ってやがんだ!機能性、保温性、何よりこのロゴマーク!!全てにおいて、お前は、このマッキンリー様を超えることはできないんだよ!」
サザンヒップ「それは90年代まで!」
マッキンリー「何だと?」
サザンヒップ「今は、俺らの独壇場だよ。あんたらが毎年変わり映えしないデザインで怠けてる隙に俺らは、あらゆるストリートカジュアルのデザイン研究したからね」
マッキンリー「ふん!その成果がいつまで続く事やら。問題は品質だからな。アウトドアのキングの看板を掲げるのなら専門家に支持されてこそだろ?」
サザンヒップ「こないだ80歳の登山家が、俺の仲間を着てエベレスト登ってたなあ」
マッキンリー「それを言うのか。じゃあ今からどっちが登山家に支持されてきたか名前を挙げていこうか?」
サザンヒップ「それは、卑怯だろ?」
マッキンリー「何でだよ?」
サザン「もっとこれからに向けた話をしなきゃダメだろ?」
マッキンリー「ふざけたこと抜かすな!!実績の話してるのに誰もわからない未来の話してどうすんだよ!!」
サザンヒップ「とにかく今は俺なんだよ!!」
マッキンリー「その話の展開は暴論すぎるだろ!!」
サザンヒップ「うるせーな!」
マッキンリー「なっ!誰に口きいてんだ!!」
ノラシロ「お、お二人とも冷静に!冷静に!」
ノラシロの下に陳列されている、シャープフィールドがノラシロに小声で話しかける。
シャープフィールド「止めても無駄ですよ」
ノラシロ「はい?」
シャープフィールド「いつものことですから」
ノラシロ「そうなんですか?」
シャープフィールド「彼らはここに来てから売れずに5年もいるんですよ」
ノラシロ「え?そんなに?」
シャープフィールド「まあ、僕は6年目ですけどね」
ノラシロ「はあ…」
シャープフィールド「最初はお互い仲良かったんですけど、2年目3年目から徐々に険悪になっていきましてね。お互いライバルブランドですから、プライドもありますからね」
ノラシロ「シャープさんこの喧嘩止めてくださいよ」
シャープフィールド「それは無理ですよ」
ノラシロ「何故ですか?」
シャープフィールド「そりゃ、俺なんて彼らのデザインをパクって安価な値段で売ってる便乗商法のせこいブランドですから」
ノラシロ「それを言われると僕も…」
シャープフィールド「いや、あなたは、安さと機能性を追求してるだけじゃなく企業展開もプロモーションの仕方にもオリジナリティがありますから全くの別もんですよ」
ノラシロ「そう言われるとありがたいです」
シャープフィールド「自信持ってください。
多分あの二人よりすぐにここを去れると思いますよ」
ノラシロ「そうですかねえ」
   マッキンリーとサザンヒップ、相も変わらず口論をしている。
サザンヒップ「そもそも、デザインだ機能性だ偉そうに御託並べてるけどよお、お前が売れないのは、その色だろ?モスグリーンに1万2千円も出すかよ!」
マッキンリー「バカヤロー!!何度言ったら分かるんだよ!これはモスグリーンじゃなくてマラカイトだよ!!」
サザンヒップ「そういうところも鼻につくんだよ。誰が見たってモスグリーンなのに、その訳のわからないカラーの名前つけてうちは他とは違うみたいな小癪なところがよ」
マッキンリー「お前だって、今の流行のデザインがどうたらこうたら言ってるけどよ」
サザンヒップ「何だよ?」
マッキンリー「そんな問題じゃないだろ?」
サザンヒップ「な、何がだよ?」
マッキンリー「お前自身は、90年代に流行ったモデルじゃん!」
サザンヒップ「うるせーな!」
マッキンリー「今の流行と関係ないじゃん!お前のそのスタイル90年代の中高生が着てたモデルじゃん!」
サザンヒップ「お前そのことはもう言わないってこないだ約束したろーが!!」
マッキンリー「お前がモスグリーンとか言うからだろ!だいたいモスグリーンてのは、そこのパチモン君の色のことだろ!」
シャープフィールド「そうです。僕は完全なモスグリーンですよ」
サザンヒップ「ふん!一緒だよ」
マッキンリー「何だとコノヤロー!」
   そこへ客の高山博之(23)が来る。
シャープフィールド「お二人とも止めましょうよ。ほら、またマッキンリーさんに興味持ってるお客さんが来ましたよ」
マッキンリー「またあいつか」
ノラシロ「あの若い方は?」
シャープフィールド「毎日のようにここへ来る常連さんですよ。マッキンリーさんに興味あるみたいなんですよ」
ノラシロ「へー、そうなんですか」
シャープフィールド「ほらほらこっちへ来ましたよ。今日こそはマッキンリーさんチャンスですよ」
   博之、マッキンリーを憧れのまなざしで見つめる。値札を確認し「1万3千円」と書かれているのを見て、ため息をつく。
博之「サイズはピッタリなんだけどなあ…」
   博之、財布から預金の明細表を取り出す。「残高3万9890円」と表示されている。
博之、首をひねり、もう一度ため息をついて去っていく。
サザンヒップ「へへ!やっぱりな」
マッキンリー「ふん、俺は、あんな貧乏青年に買ってもらいたくないからな」
ノラシロ「でも、やっぱり人気あるんですね。あの青年マッキンリーさんしか見てなかったですもん」
マッキンリー「お前よく分かってるじゃねーか。そりゃあお前らとブランド力も機能性も保温力も段違いだからな」
   少し離れた陳列棚からベンチコートがマッキンリーに文句を言う。
ベンチコート「保温性なら俺が一番だよ!!」
シャープフィールド「また始まった」
マッキンリー「…ったく、また、弱い老犬がキャンキャン吠えてるよ」
ベンチコート「いくらお前が軽くて温かろうが、所詮上半身しか守れない!膝下まであるワシに勝てるのか?」
マッキンリー「ジジイは、自分の値札ちゃんと見れてんのか?」
   ベンチコートの値札には「300円」と書かれている。
ベンチコート「温かいうえに、リーズナブル。これがワシらの魅力なんじゃい!!」
マッキンリー「まず、ジジイは自分がノーブランドだって事を自覚しろ!」
ベンチコート「そんなものは関係ない!ワシは、あの箱根駅伝の5区の心臓破りの坂を走ったランナーを温めたという確固たる実績がある!」
マッキンリー「そのランナーは誰なんだよ?」
ベンチコート「が、学生選抜の誰かじゃい!87年の箱根駅伝のデータ調べれば誰だか分かるわ!」
マッキンリー「古っ!87年て!どこまでホントなんだか。とりあえず山登りにあんたは使われないよ。ベンチコートで登山してる奴なんて見たことないもんね。つまり防寒性は無い!」
ベンチコート「タ、タウンユースでは…」
マッキンリー「もっと無いから。ストリートでベンチ着てるのは、真冬のピンサロの呼び込みか居酒屋の客引きくらいだよ」
ベンチコート「……」
マッキンリー「まあ、そこら辺でフットサルやるオッサンが買いに来たらチャンスあるかもね。それまでせいぜい吠えときな」
ベンチコート「くそったれ!デザインがなんだってんだ!」
   ベンチコートの隣にかけられたスタジャンが口を挟む。
スタジャン「デザインならダウンより俺らの方が上だよ!」
マッキンリー「はあ…防寒性も無い、機能性も無い、何よりお前らは…重い!!」
スタジャン「すいませんでした」
ノラシロ「あきらめ早っ!」
左官屋の裕也(26)がペンキだらけのニッカポッカ姿でダウンコーナーに来る。何の迷いも無くフェイクファーが付いて、背中に銀の英字ロゴ(FUCK)がペイントされた黒いPUレザーのダウン(悪羅悪羅)を一目見て、試着もせず軽く体に宛がい、レジの方へ持っていく。
悪羅悪羅「先輩お先っす!!痴話喧嘩楽しませてもらいました!チョリーッス!!」
サザンヒップ「またチャラい奴が行ったか」
シャープフィールド「せめて試着してほしいですよね」
マッキンリー「ここ数年悪羅悪羅ばっかだな」
サザンヒップ「ふん、あれじゃ冬越せねーよ」
マッキンリー「そこだけは、お前に同意だよ。あんなもんダウンとは呼べん」

○ コンビニ・外観(夜)
   コンビニの外の喫煙所で博之(23)がタバコを吸っている。吸いながら、ちらちらと店内でレジをしている女性店員の松本紗英(20)を見ている。
   博之、タバコを吸い終え、強く息を吐いて店内へ入る。
紗英「いらっしゃいませ」
   博之、伏し目がちに紗英の方を見ながら軽く会釈する。
   博之、適当に商品を手に取り、紗英のいるレジへ持っていく。
紗英「ありがとうございます。ポイントカードは、お持ちでしょうか?」
博之「いえ…」
   紗英、商品のバーコードをスキャンし会計をする。
紗英「失礼しました。3点で763円になります」
   紗英、商品を袋に入れる。
   博之、財布から1000円を出す。
紗英「1000円お預かりいたします」
   紗英、レジから釣銭とレシートを取り出し博之に渡す。
紗枝「237円のお返しになります。お確かめください」
  博之、お釣りを受け取る。
博之「あのー…」
紗英「はい?」
   博之、ポケットから名前とメルアド、携帯の電話番号が書かれた紙を紗英に渡す。
紗英「え?」
   紗英、少し動揺する。
博之「また来ます」
   博之、逃げるように店を出ていく。
   紗英、去っていく博之の方を見る。
紗英「あ、ありがとうございました」
   紗英、紙をじっと見ていると仲間の店員、斎藤静(21)が覗き込む。
静「何それ?」
紗英「いや、何かもらっちゃってさ」
静「今の男?」
紗英「そう」
静「あの男、何回か見かけたわ。あそこの戸建てのリフォームやってる鳶職の人よ」
紗英「それにしてもさあ…キモイよね?」
静「あーーあ、言っちゃった」
紗英「せめて自分の口で言えっつうの!」
静「まあね。キャバ嬢にこそっとホテルのカギ渡すハゲ社長みたいよね」
紗英「今度来たらどう対応しよっかな?接客だから、変にメンチも切れないし」
静「いや、そこまですること無いでしょ?まあ適当に断っとけば?タイプでも無いんでしょ?」
紗英「だいたい、こういうやり方は男らしく無いから嫌いなのよ。次来たら絶縁状でも返すかな?」
静「まだ縁もないのに?」
紗英「それか…」
   紗英、制服の袖をまくり右腕を出す。
   「亜魔像音守」と書いたタトゥーが彫られている。
紗英「腕まくって引かそうかな?」
静「やりすぎだよ!」
   レジの前に客B(25)が商品を持って突っ立ている。紗英と静の会話に少
し引き気味の表情をしている。
客B「…よ、よろしいですか?」
静「紗英!」
紗英「あ、すいません!お待たせいたしました!」

○ リサイクルショップ「岸」・外観(夜)
   岸(52)が店のシャッターを閉めて帰る。
   真っ暗になった店内がしばらく静寂に包まれる。革ジャンが陳列されたコーナーの古びたボロボロのライダースが声を上げる。
ライダース「お前らノッてるかー!?」
革ジャン達「イエー――――イ!!」
ライダース「用意はいいかーーーーー!!!」
革ジャン達「イエーーーーーーーイ!!」
   革ジャン達が騒ぎ出す。
ノラシロ「え?これは何ですか?」
シャープフィールド「はぐれ軍団だ…」
ノラシロ「はぐれ軍団?」
シャープフィールド「コンディションが悪すぎて、安値でも相手にされない老人革ジャン軍団ですよ」
ノラシロ「あの方は何者なんですか?」
シャープフィールド「昔有名なロックバンドの解散コンサートの時に親衛隊に着られてたらしいです。バンドが終わって親衛隊も解散して、色んな不良たちの体を転々と包んできたこの店の大御所ですよ」
ノラシロ「もしやキャロルの親衛隊とかが着てたとか?」
シャープフィールド「そんな良いもんじゃないですよ。親衛隊の影に隠れて端っこの方でコンサート見てた気弱な兄ちゃん達でしょう。だから何のプレミアも付かず、革も劣化して、結局回りまわって小遣い稼ぎに売り出されたと」
ノラシロ「諸行無常ですね」
ライダース「それじゃあ行くぜ!ワン!ツー!ワンツースリー!」
   楽器売り場のギター、ベース、ドラムが「ジョニービーグッド」の伴奏を奏で始める。
   はぐれ軍団が歌いだす。
ノラシロ「強烈ですねえ」
シャープフィールド「こうやって昔の栄光が忘れられずに、楽器連中とつるんでは、夜な夜な騒いでるんですよ」
ノラシロ「まさに暴走老人だ」

○ 博之の住むアパート・外観。(日変わって朝)

○ 博之の部屋
   博之、スマホのアラームで起きる。
   コンビニの店員からメールが来ていないか受信するが、迷惑メールばかりでため息をつく。
博之「来てないか…まあ、そうだよな」
   博之、うがいをした後、作業着に着替え家を出る。

○ リサイクルショップ「岸」・外観(日かわって朝)

○ 同・内              
   岸、開店前に在庫を確認している。
  ダウンジャケットのコーナーに来て、首にかけてあるボトルホルダーから2ℓの水が入った「至宝」というメーカーのペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと飲んでいる。
マッキンリー「また飲んでるよ。商品の前で水なんか飲むなっつうの。俺たちにかかったらどうすんだよ!」
ノラシロ「こんなデカいペットボトルを首にかけてる人初めて見ましたよ」
シャープフィールド「この2年間ずっと飲んでるんです」
ノラシロ「何か病気なんですか?」
サザンヒップ「メニエールってやつらしい」
ノラシロ「メニエール?」
シャープフィールド「耳の中の血液の循環が悪くなって、めまいがしたり聴力が低下したりする難病ですよ。まあストレスが原因でしょうね」
ノラシロ「意外とストレスあるんですね」
マッキンリー「あんたのせいだよ」
ノラシロ「え?僕…ですか?」
マッキンリー「2年前、この道路沿いにノラシロがオープンして、売り上げが激減してからストレスが溜まりだしたみたいだぜ」
サザンヒップ「それ以来、血流をよくするためにやたら水分を取るようになってね。客がいないときは常に首にかけてる」
ノラシロ「な、なんかすいません」
マッキンリー「ただ、このオッサン渋ちんだから、2年間ずっとこのペットボトル使ってんだよ」
ノラシロ「じゃあ、中の水は?」
マッキンリー「水道水を汲んでるだけ」
ノラシロ「至宝じゃないんですか?」
サザンヒップ「そう、ただの水道水」
至宝「お前らブツブツうるせーぞ!いつまでも売れない連中が何文句垂れてんだよ!」
マッキンリー「お前に言われたくねーよ!」
至宝「毎日売れずにのうのうとしてるお前らをこうやって置いてくださる店長に少しは感謝しろよ!お前らみたいな魅力のない連中は、廃棄されないだけでもマシだと思え!」
サザンヒップ「俺らは、ここで売れなくても他の業者に流されて輝くこともあるんだよ!」
マッキンリー「お前はオッサンの病気が治ったらそのままゴミ箱行きだろーが!」
至宝「ふん、ストレスの原因になってるお前らが売れない限り俺は、安泰よ。今日も1日店番してな!」

○ 同・店内(夜)
   ホームレスの初老の男性、栄次郎(68)がダウンコーナーに来る。
栄次郎「はあ、しばれるねえ。ここあんまり暖房効いてねえなあ」
   栄次郎、周りのジャケットたちを見渡す。マッキンリーと目が合う。
マッキンリー「こっち見んなオッサン」
シャープフィールド「大丈夫ですよ。マッキンリーさん買うような風情じゃないですもん」
マッキンリー「それは俺もわかる。ただ試着されるのを危惧してんだよ」
   栄次郎、マッキンリーを触り、値札を見る。
マッキンリー「オイオイオイオイ随分触ってるなオイ!…」
  栄次郎、隣のサザンヒップにも目をやる。
サザンヒップ「おいおい今度は俺か?」
   栄次郎、サザンヒップの値札を見て首をかしる。           
   辺りのダウンの値札を見て、ベンチコートに目が止まる。
栄次郎「300円か…」
   栄次郎、ポケットから小銭を取り出し、数を数える。420円ほどある。
栄次郎「菓子パン分も足りるな」
   栄次郎、ベンチコートを持って、レジの方へ向かう。
マッキンリー「おめでとう!ご愁傷様!」

○ 同・1Fレジカウンター
  栄次郎、ベンチコートをレジへ。
   岸、レジの対応をする。
岸「ありがとうございます。324円になります」
栄次郎「え?24円?」
岸「ええ消費税が付きますので」
栄次郎「そうかあ。今日は、菓子パンあきらめて、残飯拾ってくるか。凍え死ぬよりゃマシだもんなあ…」
岸、袋にベンチコートを入れ、栄次郎に渡す。
   栄次郎、トボトボと店を出る。
岸「ありがとうございました」
   栄次郎と入れ違いに、左官屋の裕也が入ってくる。
   こないだ購入した悪羅悪羅のダウンを片手に持ち少し眉間にしわを寄せている。
岸「いらっしゃいませ」
裕也「おい!こないだここで買ったダウンなんだけどよお、ここ見ろよ!」
   裕也、岸にダウンの胸の部分を見せる。
   火で溶けたと思われる小さな穴が開いている。
岸「これは、タバコの火でも付きましたか?」
裕也「し、知らねーよ!俺が買った時には、こうなってたんだよ!」
岸「いつ頃お買いに?」
裕也「1週間くらい前だよ!どうすんだこれ」
岸「そうですか。いつも衣料のダメージ具合はチェックしてるつもりなんですがねえ」
裕也「返品だ!返品!金返せ!」
   博之が店に入って来て、2人のやり取りを横目でちらちらと見る。
岸「そう言われましても、ご購入されるときに何のクレームも無く購入された訳ですからねえ」
裕也「そん時は気づかなかったんだよ!黒だから分かりにくいだろ?」
岸「何分古着ですし、多少のダメージは、お客様のご了承の上かと。アジになりませんか?」
裕也「あんたなめてんのか!?こんな革のダウンの胸に穴が空いてるのがアジになるわけねーだろ!」
岸「そうですか。了解しました」
裕也「おう」
岸「返品承ります。ただし返金は致しません」
裕也「はあ!?どういう事だよ?」
岸「あちらの看板にある通りです」
   岸、ルールが記された看板を指さす。
   看板には、「当店の商品は主に中古品です。そのため、商品の性質上、原則としてノークレーム、ノーリターン
のルールを守れるお客様のみ購入をご検討ください」と書かれている。
裕也「…あんな看板あったか?」
岸「はい、この店の開店当初からございます」
裕也「こんなもん、関係ね…」
岸「ですからこのルールを守っていただけないお客様とは、最悪の場合、裁判所での決着もございますが」
裕也「クソがっ!」
   裕也、ダウンを投げつける。
裕也「2度と来ねーよ!!こんな店!」
岸「ダウンの方は?」
裕也「いらねーよ!そんなもん!」
   裕也、店を出る。
岸「了解しました。では処分いたします」
   一部始終を見ていた博之、岸と目が合う。
   岸、博之に笑顔で会釈する。

○ ホームレスが集う公園(夜)
   栄次郎がホームレス仲間の弥七(6
8)と平太(68)が寝ている、段ボールハウスへ向かう。
弥七と平太、シケモクを吸いながらワンカップを飲んでいる。
栄次郎「しばれるねえ」
弥七「おう、どこ行ってたんだ?」
栄次郎「ちょっと、いい上着みつけてよ」
平太「温そうだな、ちょっと着させてくれよ」
栄次郎「バカ野郎、これは今日の全財産はたいて買ったんだ。お前はこないだやった野良猫でも抱いてろ」
平太「あのバカ猫、抱いたら爪立てて、すぐ逃げやがったよ。ろくなもんじゃねえ」
弥七「最近は猫も社交性が無くなっちまったな」
   栄次郎、平太のワンカップを勝手に飲む。
平太「おい!勝手に飲まんでくれよ!」
栄次郎「(無視して)さあ今日はこの温い上着でさっさと寝るわ」
   栄次郎、自分の段ボールハウスへ入る。
平太「まったく。ちょっと猫でも拾いに行くわ。これじゃ風邪ひいちまう」

○ リサイクルショップ岸(夜)
 20代のカップル、一志(23)と正美(20)が婦人服コーナーのスカートを見て、気に入った花柄のスカートを手に取る。
正美「カズ君、ちょっと見て!」
一志「何だよ?」
正美「このスカート良くない?」
一志「いいじゃん」
   正美、スカートを宛がってみる。
一志「おお、スゲー似合うじゃん。買っちゃえば?」
正美「でも5900円もする。これならモールで新品の買った方がよくない?」
一志「そのくらいなら買ってやるよ」
正美「マジで?超やさしいんだけど!」
一志「ちょっとさ俺も気になってるダウンあったんだけどちょっと来てくれよ」
一志と正美、ダウンコーナーへ向かう。
正美はハンガーにかかった花柄のスカートを手に持ったままついていく。
一志、マッキンリーのダウンを指さす。
一志「このダウンなんだけどさ。良くない?」
正美「うーん、ちょっと地味かな?」
マッキンリー「やかましいわっ!」
一志「マジで?こういう渋い色が逆にアリかなって思うんだけど」
正美「そうかなあ。やっぱカズ君は、もっと派手な色が合うと思うなあ」
一志「そうかあ…」
一志の携帯が鳴る。
一志「もしもし?あ、お疲れ様です。ええ、今外出してるんすけど。いや大丈夫ですよ。すぐ向かいます」
正美「仕事?」
一志「うん、ちょっと今から行かなきゃ」
一志、時計を見る。
一志「とりあえず、家帰ろうぜ」
正美「分かった」
   正美、スカートをダウンの所にかける。
   一志と正美、店を出る。花柄のスカートがシャープフィールドに覆いかぶさるようにかけられている。
花柄のスカート「ど、どうも…」
シャープフィールド「い、いえ、は、初めまして…」
花柄のスカート「ちょっと恥ずかしいですね」
シャープフィールド「そうですね。でもなんか…幸せです」
花柄「え?…わ、私もです」
   博之がダウンコーナーへやってくる。
マッキンリー「また来やがった」
サザンヒップ「いつまでもウジウジしてると冬終わっちまうぞ!」
ノラシロ「何も着れなくて…冬ですかね?」
サザンヒップ&マッキンリー「あ?」
ノラシロ「いや、何でもないです」
   そこへ岸がやってくる。
岸「お客様、そろそろ閉店のお時間です」
博之「あ、はい…」
   博之、店を出る。
岸「ありがとうございました」
   岸、花柄のスカートを婦人服コーナーへ戻し、ため息をつきながらペットボトルの水を飲む。
マッキンリー「おい、どんな香りだった?」
シャープ「いや…匂いは俺らと一緒ですよ」

○ 紗英の勤めるコンビ二(日変わって朝)
   紗英、コンビニの商品の陳列をしている。そこへ博之が作業着姿でやってくる。
紗英「いらしゃいませ!」
   紗英、博之だと気づく。
   博之も紗英に気づき軽く会釈した後、弁当と飲料水を取ってレジへ。
   紗英、気づきレジへ向かう。
紗英「お待たせしました」
   紗英、レジをする。
紗英「お弁当の方、温めますか?」
博之「あ、はい。お願いします」
   紗英、弁当をレンジへ入れる。
紗英「740円になります」
   博之、千円を出す。
紗英「千円からでよろしいですか?」
博之「はい。あのー…」
紗英「はい?」
博之「いい天気ですね」
紗英「そうですね」
博之「そこで一軒家のリフォームやってるんです」
紗英「そうなんですか」
博之「こないだはすいません」
   紗英、答えず釣銭を渡す。
紗英「230円のお返しになります」
博之「あの、良かったら今度…」
紗英「お待たせいたしました」
   紗英、弁当を袋に入れ、差し出す。
   紗英、冷めた表情で博之を見る。
博之「あ、どうも…」
   博之、軽く会釈し、店を出る。
紗英「ありがとうございました」

○ コンビニの外
   博之、首をかしげながら仕事場の方へ歩いていく。
博之「ふう…」

○ ゴミ収集所
岸、返品されたダウン(悪羅悪羅)をゴミ収集所に放り投げて捨てる。
数秒後、ゴミ収集車がゴミと共にダウンを持っていく。

○ リサイクルショップ岸・店内(昼)
   B‐BOY系のファッションに大きな金のネックレス、派手なスニーカーを履いた磯村(27)が店の衣料品コーナーを訪れ、セーターを選んでいる。
   磯村、徐に大きなトランプのイラストが入ったセーターを取り出し、胸に宛がった後、それを持ってレジの方へ。
マッキンリー「おい!マジかよ!トランプマンが売れたぞ!!」
ノラシロ「トランプマン?」
サザンヒップ「しかもあんな若い客があの師匠に手を出すなんて!」
ノラシロ「どういうことですか?」
シャープフィールド「通称、トランプマン。この店の開店時から置かれている最古参で野球選手がポーカー賭博で捕まった時謝罪会見で着られていたセーターなんですよ」
ノラシロ「へえ、そうなんですか」
シャープフィールド「しかしポーカー賭博で捕まったにもかかわらず、あのセーターで謝罪したもんだから、世間から「本当に反省してるのか?」と批判が殺到して、そのあとすぐにここに売り出されてしまったという伝説の方なんですよ」
マッキンリー「まさか20年前でもダサいと言われてたトランプマンが売れるとは」
サザンヒップ「時代はカオスだ」

○ 同・1F
   店のビルの地主、佐野(73)が店に入ってくる。
佐野「こんにちは」
岸「いらっしゃ…あ、お疲れ様です」
   岸、少し表情がこわばる。
佐野「今日、空いてる?」
岸「ええ…」
佐野「じゃあ、閉店後にまた来るわ」
岸「…了解です」

○ 紗英の勤めるコンビニ(昼)
   裕也が商品にクレームをつけている。
裕也「おい、さっきお宅の弁当で腹下しちまったよ!どうしてくれんだよ!」
紗英「え?ホントですか?それは申し訳ありません。今卸先に問い合わせいたしますんで少々お待ちください」
裕也「バカ野郎!待ってられるか!病院行かなきゃいけないんだよ!食中毒だよ!」
紗英「そうですか…あ、あの、ちなみに買った商品の方って今ありますか?」
裕也「今持ってきてねーよ!」
紗英「一応商品名が分からないと調べることもできませんので」
裕也「ほら、あれだよ!あそこのコーナーにある豚キムチ弁当だよ!」
紗英「豚キムチですか?いつ頃購入されたんでしょうか?」
裕也「今日の7時ごろだよ!」
紗英「え?朝ですか?」
裕也「そうだよ!」
紗英「おかしいなあ」
裕也「な、何がだよ!」
紗英「いや、豚キムチ弁当は、お昼に業者が卸してくるんで7時頃は店に置いてないはずなんですが…」
裕也「な、何だよ!俺が嘘ついてるとでもいうのか?」
紗英「いや、そういうわけじゃ無いんですけど…」
裕也「この店は、客に腐った弁当食わせる上に開き直るのか!!訴えてやる!!」
紗英「申し訳ございません」
裕也「金返せよ!」
紗英「はい?お金ですか?」
裕也「腐った弁当のお代と、今から病院に行ってくるからその医療費合わせて1万円よこせ!」
   紗英、少々顔つきが変わる。
紗英「お客さん、もしかして脅してます?」
裕也「あ?」
紗英「お客さん、元気じゃないですか?」
裕也「何だと?」
紗英「普通、食中毒の人がそんなに青筋立てて怒れる余裕なんてあります?ホントにお腹痛いんですか?」
裕也「こ、この野郎!この店訴えて、潰してやるからな!」
紗英「それをするには、まず、お客さんが食べた弁当とお客様の腹痛の関連性を調べなきゃなりませんので、いずれにしても、お客様がここで豚キムチ弁当を買ったという証拠が無ければどうにもなりませんよ?レシートかなんか無いんですか?」
裕也「て、てめえ、女だと思って俺が大人しくしてりゃいい気になりやがって!」
紗英「全然大人しくないじゃないですか?」
裕也「うるせー!表出ろ!」

○ 同・コンビニの外
   裕也、コンビニの裏で紗英の制服の胸倉を掴む。
裕也「姉ちゃん、ナメてっと食らわすぞ?」
   紗英、裕也を凄い形相で睨む。
紗英「どう食らわせるんだ?あん?」
   そこへ、博之がやってくる。
博之「ちょっと、どうしたんですか?」
裕也「誰だ?てめえ?」
博之「その子に何をする気ですか?」
裕也「生意気だからちょっとお灸をすえてやるんだよ!関係ねえ!向う行ってろ!」
   博之、裕也の前で土下座する。
博之「すいませんでした!」
裕也「あ?」
博之「その子があなたにどんな態度をとったかは知りませんが、その子には手を出さないでください!!殴るなら僕を殴ってください!!」
裕也「何だ?お前こいつの男か?」
博之「そんな大層なもんではございませんが、彼女は僕にとって大切な女性なんです」
   紗英、少々驚いた表情をする。
博之「どうか彼女を許してあげてください!」
   博之、深々と何度も土下座をする。
裕也「……ふん!」
   裕也、掴んでいた紗英の襟首を離す。
裕也「命拾いしたな」
   紗英、裕也を再び睨む。
   裕也、博之を何度も蹴り飛ばす。
   そこへ、コンビニの店長、橋本(5
6)がやってくる。
橋本「何やってるんですか?警察呼びますよ!」
   裕也、慌てて走って逃げる。
   博之、蹴られた脇腹を抑える。
橋本「大丈夫ですか!?おい松本君何があったんだ?」
博之「いや、何にも無いです。俺が不良に絡まれて、彼女が助けに来てくれただけですから」
橋本「ホントか?松本君?」
   紗英、伏し目がちで何も答えず。
博之「とにかく、このお店には何も関係ない事ですから。安心して業務続けてください」
橋本「…そうですか」
   紗英、博之を真剣な眼差しで見る。

○ リサイクルショップ「岸」・外観(夜)

○ 同・店内
   閉店後、店内で佐野と岸が椅子に腰かけ、対面で話している。
佐野「ここを貸して20年以上になるね」
岸「はい」
佐野「やっぱり、ノラシロが出来たのが原因かね」
岸「…まあ…それが大きいですかねえ」
佐野「これだけ長い付き合いだから少しの滞納は大目に見てきたんだが、さすがに100万超えるとねえ」
岸「すいません」
佐野「病気の方は大丈夫なの?」
岸「ええ、何とか」
佐野「実は君にお願いがあるんだけどさ」
岸「何でしょうか?」
佐野「2Fを他の店に譲ってくれないか?」
岸「2Fですか?」
佐野「大手の美容室チェーンがこの辺のテナントを探していてね」
岸「そうですか」
佐野「滞納額は、大目に見る。何も言わずに譲ってくれよ」
岸「…了解しました」
佐野「ありがとう。詳しい話は、また明日するよ。じゃあ私はこれで」
   佐野、店を出る。
岸「またよろしくお願いします」
   岸、深々とお辞儀をした後、ペットボトルの水をゴクゴクと飲み、安堵のため息をつく。
岸「はあ…」

○ 紗英の勤めるコンビニ(日変わって朝)
外は大雪が降っている。
店内には、客が誰もいない。   
紗英がレジで、静と話をしている。
静「これは、明日雪かきだなあ。シフト入れなきゃ良かった」
紗英「私さあ、今度ちょっとデートしようと思うんだよね」
静「え?マジ?男できたの?」
紗英「いや、まだ付き合ってないんだけど」
静「どんな男?写メとかある?私知ってる?」
紗英「知ってるといえば知ってるかも」
静「健一君?」
紗英「違う違う」
静「じゃあこないだ入った大学生のイケメンの子?」
紗英「違うよ」
静「え?もしかして店長?」
紗英「んなわけないでしょ」
静「誰よ?」
紗英「前にメルアド渡してきた鳶の人」
静「えー!?あの冴えない男?いくらなんでも軽すぎ!メルアド渡されたくらいですぐデートって!」
紗英「いやそういうわけじゃなくて、こないだちょっと客と喧嘩しちゃってさ、その時助けてくれたから」
静「え?そんな事あったんだ?」
紗英「うん、ガテン系の男にぶん殴られそうになってね」
静「え?まさかあの気の弱そうな男が返り討ちにしたの?」
紗英「いや、蹴られまくってた(笑う)」
静「何それ?巻き込み事故に遭ってるじゃん!」
紗英「でもそのおかげで他の客にも店にも迷惑かからずに済ませてくれたのよ」
静「ふーん。それで知ってるの?」
紗英「何が?」
静「あんたがバリバリの元レディースで腕に気合入った彫り物入れてること」
紗英「全然知らないでしょ。でもそれで引くようならそれだけの男だったってことで別にいいし」
静「まあ、そうよね」
紗英「でもさ、普通の男と付き合ったことないからさ、私デートにどんな格好すればいいのかわからないのよ」
静「とりあえず刺繍の入ったジーンズは、やめとけっ。そうねえやっぱりスカートね」
紗英「スカートかあ…どんなのがいいか分からない」
静「じゃあ私が買ってきてあげる」

○ リサイクルショップ岸・店内(夜)
   博之、肩にかかった雪を払い、店内に入る。
   一目散で2Fのダウンコーナーへ。
   博之、マッキンリーのダウンを見つめる。
サザンヒップ「こんな大雪でも来てやがる」
シャープフィールド「何かマッキンリーさんを見る目がいつもと違いますよ」
ノラシロ「時が来ましたかね?」
マッキンリー「そ、それは、どうだか」
   博之、マッキンリーを凝視した後、値札を見て首を振り、シャープフィールドを取り出してレジへ持っていく。
ノラシロ「え?ここに来てシャープフィールドさん!?」
サザンヒップ「ハハハハハハ!!こりゃけっさくだな!」
ノラシロ「シャープさん!今までお世話になりました!お元気で!」
マッキンリー「ふん、あんな小僧に俺は釣り合わねーよ」

○ 同・婦人服コーナー
   静、花柄のスカートを手に取る。
静「あ、これいいかも」

○ T「次の日」

○ ホームレスが集う公園(日変わって朝)。
   清掃作業員(45)が雪の積もった公園を歩いて、ホームレスが寝ているダンボールハウスへ向かう。
清掃作業員「おはようございます」
   清掃作業員、何も返事が聞こえないので、ゆっくりとダンボールハウスの入り口の蓋を開ける。
清掃作業員「はっ!」
   栄次郎がベンチコートを着たまま真っ青な顔で凍死している。

○ 同・数時間後
 公園にパトカーと警察数人が来て、
 清掃作業員と話している。
警察A「まあ、昨日の大雪だったからね」
清掃作業員「他の人たちは?」
警察A「駅の構内に移動したみたいよ」
警察B「この人だけは、ここで大丈夫だって拒否したらしいよ。まあ凍死だろうけど、とりあえず、検死してみるから運ぶか」
警察官C「そうですね」
   ベンチコートを着た栄次郎の死体に清掃作業員と警察が手を合わせる。   

○ 駅前の広場(昼)
   博之、広場の彫刻の前でシャープフィールドのダウンを着て紗英を待っている。しばらくして紗英が来る。
紗英「お待たせしました」
博之「いや、とんでもないです。こんな雨ん中来てくれてうれしいです!」
   紗英、博之の服装を下から上まで見る。
紗英「普段着、地味っすね!」
博之「え?」
   博之、少し驚く。2人が至近距離で向かい合っている。紗英の花柄のスカートが寒風で靡いている。
花柄のスカート「お、お久しぶりです」
シャープフィールド「こ、こんな所で再会ができるなんて夢みたいです」
花柄のスカート「私も」

○ 病院・外観(昼)

○ 院内の耳鼻科診察室
   耳鼻科の医者、関口(50)と岸、
   向かい合い、病気の具合を話している。
関口「めまいの方は?」
岸「最近は全く無いですね」
関口「耳鳴りも?」
岸「ええ、全然」
関口「やっぱり多少経営の負担が軽くなったのが良い方向に向いてるみたいですね」
岸「おかげさまで」
関口「それじゃあ、お薬も夜の分だけに減らしてみましょうか?」
岸「分かりました」
関口「これでしばらく様子見てみてください」
岸「はい、ありがとうございました」
   岸、診察室を出ようとする。
関口「あ、岸さん、水分の方も、もうあまり摂取しなくていいですよ。過度な水分摂取は腎臓を傷める可能性もあるんで」
岸「あ、そうですか。了解しました」
   岸、一礼をして診察室を出る。

○ 繁華街(昼)。
   岸、人ごみの多い繁華街を歩いている。途中のコンビニの「ペットボトル」と書いたゴミ箱を見る。
岸「これで一先ず安心か…」
   岸、首かけてある2ℓのペットボトルをゴミ箱に捨てる。

○ 駅前のカラオケボックス・外観(夜)
   紗英、博之と談笑しながら店から出てくる。
紗英「じゃあ、私これで帰るわ」
博之「うん、じゃあ駅まで送っていきますよ」
紗英「いや、ここで大丈夫」
博之「ホントに?」
紗英「うん」
博之「じゃあ…あのー…」
紗英「何?」
博之「また会ってくれます?」
紗英「うん、もちろん。また帰ったらメールでも送るわ」
博之「僕も」
紗英、博之を抱きしめた後、駅へと歩
きだす。
博之、真剣な眼差しで紗英を見届ける。
紗英「バイバーイ!」
博之「お疲れ様!」
博之と紗英、互いに手を振って別れる。
   博之、紗英の後姿をしばらく見届けた後、逆の方向へ歩を進める。
  そこへ裕也が近づいてくる。
  博之、裕也の存在に気づく。
  裕也と博之、お互い至近距離でしばらく向かい合う。
博之「いやー、ありがとう!」
   博之、笑って裕也の肩をポンと叩く。
裕也「上手くいったみたいすね!」
博之「まあ、この感じで行けば次会うときには、ヤれるな!へへへへ!」
裕也「マジっすか?」
   博之、ポケットから財布を取り出し、一万円を裕也に渡す。
博之「ごめん、少ないけどこれで。残りの分は、今度会うときに!」
裕也「あざーっす!」
   裕也、軽く頭を下げ、金を受け取る。

○ T「1年後〜2015年11月〜」

○ リサイクルショップ岸・外観(朝)
   2Fのテナントが美容室に変わっている。
   1Fに家電、家具、洋服が置かれてる。
   
○ 博之の部屋(朝)
   インターホンが鳴る。
博之「はーい!」
   博之、部屋のドアを開ける。
   紗英がドアの前ではにかんでいる。
紗英「おはよう」
博之「どうぞ」

○ 博之の部屋・リビング
   博之と紗英、ソファに隣同士座っている。
博之「今日で1周年だね」
紗英「うん。この格好でいいんだよね?」
   紗英、一年前の初デート時と同じ服装をしているのを博之に見せる。
博之「そう、その花柄のスカート。俺もしなきゃ」
   博之、クローゼットからシャープフィールドを出し着て見せる。
紗英「そうそう、そのダサいダウンだったね」
博之「うるせーよ!しょうがねえだろ?金無かったんだから」
紗英「なんか思い出すなあ」
博之「だよな」
紗英「…あのさー…話があるんだけど」
博之「何?」
紗英「……別れてくれない?」
博之「え?」

○リサイクルショップ岸・店内(夕方)
   岸がダウンコーナーに新入荷のマッキンリーのダウン(マッキンリー2)を
持って来る。
マッキンリー「おいおい、新入りが来たよ」
サザンヒップ「しかもお前の仲間じゃん」
ノラシロ「最近のタイプですね」
マッキンリー2「あのー、お久しぶりです」
マッキンリー「久しぶり?」
マッキンリー2「あの時のペットボトルです」
サザンヒップ「もしかして至宝?」
マッキンリー2「はい。あの後、岸さんに捨てらてリサイクルの原料になりまして」
ノラシロ「リサイクルで作られた後、リサイクルショップに出されたと」
マッキンリー2「ええ、恥ずかしながら」
マッキンリー「まあ、こうして戻って来れたんだから俺と同じこの店の最高級ブランドとして、胸を張れ!」
ノラシロ「丸くなったなあ」
   ダウンコーナーと向き合うように置いてある中古テレビからニュースが流れる。
アナウンサー「速報です。東京都赤原区のアパートで20代と思われる男女の遺体が発見されました。2人は恋人同士との情報があり、別れ話によるもつれと思われます。隣の部屋に住む男性が事件当時の様子を語っています」
   磯村(27)がトランプマンを着て取材を受けているところが流れる。
男性「なんか凄い大きな叫び声が聞こえて慌てて止めに入ったら二人とも血まみれで倒れててービビったっすよー」
   磯村の着ている服がテレビに映る。
マッキンリー「おい!あれトランプマンじゃねーか!?」
サザンヒップ「マジかよ!あいつあの時のB‐BOYか!」
ノラシロ「凄い!テレビデビューすよ!!」
マッキンリー「ちくしょう!何であんなロートルが!」

○ 博之のアパート
   警察が二人の死体を見ながら現場検証をしている。
警察D「うーん、かなり激しく争った形跡があるねえ」
警察E「お互い包丁持って半ば相撃ちみたいな感じっすね。この女性も結構腕っぷし強かったんだろうなあ」
   博之と紗英が死んでいる。
シャープフィールドと花柄のスカートが血まみれになっている。

○ リサイクルショップ岸・店内
   テレビに博之と紗英の事件のニュースが流れている。
マッキンリー「トランプマン元気みたいだな。まあ、俺らみたいなメジャーが売れ残って屑みたいのが売れる。これがリサイクルの世の常よ」
サザンヒップ「俺らも捨てられた時点で屑よ」
マッキンリー「バカ野郎!俺は腐ってもアウトドア界のキングだよ!」
岸「お前らさっきからうるさいよ!」
ダウン達「す、すいません!」
岸「今日から新しいダウンが来るから言葉に気を付けるように!!」
ダウン達「え?」
岸、キングレー社のダウンを持ってくる。
マッキンリー「キ、キングレー様だ!!」
サザンヒップ「まさかキングレー様がここに!?」
ノラシロ「しかも大人気のエナメルタイプ!」
キングレー「ジュヴェヴィーヴルアテクロシェパンダンアンモモン!(Tしばらくの間世話になるぜ)」
ダウン達「ウィー!ムッシュ!」

○ 警察署の向かいの汚い小屋(深夜)
街頭の時計が2時過ぎを表示している。作業着姿の男が、血まみれのシャープフィールドと花柄のスカートを持って小屋に入って行く。

○ 同・室内
作業着の男「毎度!」
店長(後姿)「いらっしゃいませ」
作業着の男「こんな状態だけど大丈夫?」
店長(後姿)「ほう、大分激しいですねえ」
   岸と瓜二つの顔の店長の顔が映る。
店長、衣服を見ながらニヤリと笑い
店長「まあ、強めの漂白で何とかなりますよ」
               (おわり)

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