試験前夜 コメディ

彼女に先を越された、昇格出来ないアシスタントの試験前夜。
muer 141 0 0 03/31
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第一稿

Blueberryという美容室が都内の某所にあった。店長の趣味で、店内は青を基調とした内装で、カット席は五、シャンプー台は三つ、従業員数六名という小規模の店だ。ビルの三階にあり、窓 ...続きを読む
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Blueberryという美容室が都内の某所にあった。店長の趣味で、店内は青を基調とした内装で、カット席は五、シャンプー台は三つ、従業員数六名という小規模の店だ。ビルの三階にあり、窓からの景色はあまり良くなかった。

時計は十時。

その時店内には花内優士と目黒麻海の二人がいた。
青年の方は黒髪をマッシュショートにし、毛先を少し遊ばせていた。黒いシャツとカーゴパンツを着て、華奢だが筋肉を蓄えていた。彼は必死に練習用ウィッグを相手にシザーとコームを動かしていた。

花内優士が伸びをすると、紙の雑誌を読んでいた目黒麻海がそこへ抱きついた。彼女は赤い髪をお団子にしてゆるくまとめ、白い丸襟トップスに青いプリーツスカートを履いていた。

「明日の試験頑張ってね」
麻海は優士の後頭部をしきりに触り始めた。
「なに?」
「優くんここ…はげてる」

優士は麻海を突き放し、再び練習用ウィッグと向かい合った。麻海が謝ると、手を動かしながら彼は言った。
「もう帰れよ麻海」
「だって、あたし帰ったら優士一人になる」
「今日俺店に泊まるからさ。終電なくなるよ。帰って」
「一晩中練習する気?いつもそうやって自分を追い込みすぎなんだよ。だから…」

優士は麻海に向き直って言った。
「イラっとするの、そういうとこ!」
「優士は美容師楽しくないの?」
「楽しいよ!でも楽しいことばっかりじゃないだろ!?麻海が先にスタイリストになったのは楽しくない!」
「あたしは優士を尊敬してるから美容師になったんだよ!」
「尊敬…!?じゃなんで俺は今もアシスタントなの?」

麻海は顔をしかめた。
「そういうとこイラっとくる…。だからスタイリストになれないんじゃないの?」
「っ!お前…!」
「見損なった。帰る」

麻海は手に持っていた雑誌ジュリアスをカット席に叩きつけて、出入口へ歩いて行った。
「待て!待てよ!」
「優士のバカハゲー!」

優士は練習用ウィッグを持ち上げた。麻海に向かって、彼は眉間にしわ寄せ厳しい視線を送った。

その時、高く上がった優士の腕が掴まれた。白いスーツに身を包んだ、筋骨隆々の男が優士のすぐ脇に立って、彼の腕を掴んでいた。肌は浅黒く、スキンヘッドで、スーツの袖からどす黒い入れ墨が見えていた。

「それを投げつけようってかぁ?」
ドスの聞いた声。腕を掴んでいる男の方を振り返り、優士は目をむいた。

「ああ、ええっと…これは…」
「藤子傷つける奴ぁ俺が許さねぇ」
「ふ、藤子!?ちょっと待って勘違いですよ!」
言い終わらない内に、男は優士を軽々と持ち上げた。今にも床に叩きつけんばかりの勢いだ。優士はわめいた。
「あの子は俺の彼女ですぅー!名前は藤子じゃなくて麻海です!」

白いスーツの男は優士を降ろさなかった。優士は暴れ、揉み合いになった。
男は身長二メートルあろうかという巨漢だった。優士は手に持ったウィッグで応戦し、肩を引っ掻いたり頭に噛みついたりして、男が太い腕の力を緩めた隙を見て、床へ着地した。


男の怒りは収まらなかった。
「藤子とはどういう関係なんだおめぇ!」
「いやだから、あの子は僕の彼女なんですって!人違いですよ!」
「人違いとかそういうのはどうでもいい。女傷つける野郎にロクなのはいねぇからな。ましてやおめぇもハゲだしよ」
「う」
「おい小僧、全治一か月くらいやっときたいとこだがな、お前には俺のハゲをカットしてもらうぇ」
「え、な、なにを…!」
「美容師ゴルァ、ぶっとばされてーのか!」
「ハ、ハゲのカット…ハゲ…」
「藤子傷つける奴ぁ許さねぇああああ!」

白いスーツの男は優士に躍りかかった。すると頭から髪の毛がズルズルと伸びて来た。優士は上手く立ち回った。スキーで鍛えた持ち前の俊敏さで、男の太い腕とその巨体をかわしていった。

優士は思った。
「な、なんだ髪の毛が伸びてきてる!今のうちにぃぃぃ!」
そして叫んだ。
「だから藤子じゃないってぇぇぇ!」

掴みかかって来る男の腕を振りほどき、振りほどき、かわし、優士は手際よく髪をカットしていった。時々手足を殴られ、優士はアザだらけになった。
だが動きながら優士は、切り忘れた毛も的確にカットしていった。
ふと男は自分の姿を鏡で見て立ち止まった。
「うお…!」

優士は息を切らして言った。
「どうですこれでぇ」
男は、鏡をじっと見つめた。ハゲていたはずの頭に、綺麗なツーブロックが乗っかっていた。
「ふん…なかなかじゃねぇか」
優士は思った。
「動きながらだったのに…。俺、出来るな。今までで一番上手くいった気がする」

傷だらけになった優士を見つめて、男は言った。
「小僧、おめぇ、腕は確かだな。喧嘩の腕もな」
男は関係者以外立入禁止の部屋に入った。そこから救護ボックスを取って来ると、優士の傷の手当をした。男は自分にも消毒液を振りかけた。
優士が言った。
「シャンプーもやらせていただけますか?」
傷の手当をしながら、男は微笑していた。


「シャンプーもうめぇじゃねぇか花内~!」
「ありがとうございます!」
「もっと自信持ってやれゃ、え!?おめぇなら店一人でやってけるだろう」
優士の顔が曇った。
「どうした自信ないのか」
「な、流しますね…」
優士はシャワーを自分の手に当て、男の頭に当て、ゆっくりと流していった。
「藤子泣かす度胸あるならもうちっと自信持てや。腕は確かじゃねぇか」
「だから藤子じゃないですって」
男は少し間を置いてから言った。
「俺はな…愛した女は藤子だけだ。藤子は親分の姐さんだった」
「!」
「だがな、親分を裏切ったとは思ってねぇよ。俺は自分から組を抜けた。それは仁義のためだ。藤子に幸せでいてほしいから抜けたんだ。今でも自信を持って言えるが、俺は世界で一番藤子を愛している」
「…」
「自信持てねぇ奴にはなぁ、いつまで経っても仕事が来ねぇ!仕事を任せられねぇ。堅気だってそうだろう?俺はそう思うよ。だからな、仕事がうまいからって満足しちゃだめなんだ。肝心なのはてめぇに自信を持つことだ」
優士は男の濡れた髪にそっと触れた。
男は言った。
「続青松、親分からもらった名前だ。藤子に愛してもらった名前だ。これだけは堅気になってもずっと離さねぇ俺の自信だ」


時計は七時を指していた。優士はカットの座席に突っ伏して寝ていた。
ビニール袋を提げて入ってきた麻海は、その光景を見て目をむいた。彼女は頭にバンダナを巻いて、ベージュのワンピースを着ていた。
「ちょっとやば、ほんとに泊まったの!?」
優士の手は、麻海が昨日叩きつけたジュリアスに触れていた。彼は唸った。目には光るものがあった。

「泣いてんの?反省した?クソハゲちゃん。でも、昨日はあたしも悪かったかな…ごめんね」
目を擦りながら、優士が言った。
「続さんは?」
「何?」
「続さんをカットしてたんだよ。ヤクザっぽい人。見なかった?」
麻海は少し間を置いてから言った。
「ねぇ。続さんって…。もしかしてこれ?」

麻海はジュリアスを繰って、広げた。そこに載った漫画を指さしながら、彼女は言った。
「【指を切らずにバスに乗る】の主人公だよ。夢でも見てたんじゃないの?」
「…好きなのその漫画?」
「好き!今の髪型ね、続さんの元居た組の組長さんの奥さんの髪型なの!」
「バカか」

麻海はふと、優士の体を見た。彼の体にはところどころ絆創膏が貼ってあった。
「ほんとにカットしたの?」
「…」
「あたしさ、続さんに憧れてるんだ。なんとなく優士も続さんに似てる」
「ねぇよ」
「どんな風にしたの?」
「ハゲからツーブロックにした」
麻海は笑った。


優士は考えた。続の頭から髪の毛が伸びてきたことを。そして自身の後頭部に触れた。毛があった。
店長の美野島好喜が店にやって来た。
ポロシャツとスラックス姿で、眼鏡のフレームはボストンだった。歩みに合わせて、彼の首から下がった月モチーフのネックレスが小さく音を立てた。
「おはよう!早いね二人とも!」

彼は前髪をかき上げた。ゆるいウェーブがかかった銀色の髪は、一本にまとめられていた。優士は美野島に向かって言った。
「おはようございます!」
「あれ?優士、今日はなんか元気そうじゃない!?緊張してない感じ」
「俺、今日やれそうです」
「いーねー、その感じ。いい波乗ってる~?」
「はい!」
「よーしじゃ、試験がんばろっか!今日~は試験♪朝から試験♪」
歌いながら美野島は、店の表のドアにCLOSEDの札を下げた。


続々と従業員が入って来た。店内に撮影機器が並べられる。彼らの後ろから、薄化粧のモデルがやって来た。セミロングの黒髪で、青のカーディガンとリネンのコクーンスカートを着ていた。整った顔立ちが、緊張で強張っていた。

優士はモデルのもとへ駆け寄り、カット席へ案内した。二言三言会話をすると、優士もモデルも笑顔になった。

スタイリスト昇格試験が始まった。


数日後、Blueberryの店内には、スタイリストとして客の髪を切る優士の姿があった。

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