「梅高通信9月号」
登場人物
大沢薫(17)高校生
沢木優(17)高校生
小峰俊介(17)高校生
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○梅ヶ丘高校・武道場
テニスコートほどの板の間。
大谷薫(17)、道着袴で板の間を雑巾がけしている。
扉が開く。
薫、バケツに足を引っかける。
バケツが倒れ、水が板の間に広がる。
薫「わ! あーあ。てか誰?」
沢木優(17)、立っている。
沢木「た! たの! たのもー! 私はサワキユウ! 道場破りである! 剣道部主将! オオタニカオル! いざ尋常に」
沢木、濡れた床に足を滑らせ転び、失神する。
スズメが鳴いている。
○同・保健室
沢木、ベッドに横になっている。
薫、ベッド脇の丸イスに座っている。
薫「ハイパーハードボイルド部活リポート」
沢木「はい。いろんな部活に道場破りを仕掛けていく企画です。いけますよね」
薫「沢木くん。そんなヤバいの? 新聞部」
沢木「部員。僕だけなんで。年度末までこの状態なら廃部だって」
薫「そっか。まぁもう新聞って時代じゃないもんね。あ。ごめん」
沢木「いえ。でも。好きだから」
薫「え」
沢木「好きだから。新聞が」
薫と沢木、目を見合わせる。
薫「よし。乗った。次の梅高通信9月号は私の密着取材でいこう」
沢木「え」
薫「梅高小町とうたわれる大谷薫ちゃんの私生活大公開。私、カワイイを卒業します。ぜったい当たるよ」
沢木「ウメコウコマチ? そんな情報」
薫「なに?」
沢木「え。あ。いや。なんでもないです」
沢木、苦笑い。
○同・渡り廊下
窓越しに薫と沢木を見つめる人影。
○原宿
わたあめ屋。
薫、巨大なわたあめを手に微笑む。
薫の声「キュートなわたあめと並んでもまったく引けを取らない大谷薫さん。17歳」
シャッター音。
× × ×
洋服屋。
薫、大きめTシャツを着て微笑む。
薫の声「とてもプチプラのシャツとは思えないミリョクあふれる大谷薫さん。17歳」
シャッターおん。
× × ×
鳥居の前。
薫、両手を合わせ、鳥居を見上げる。
薫の声「物憂げな横顔はもう大人? エレガントな雰囲気の大谷薫さん。17歳」
シャッター音。
× × ×
カフェ。
表参道を望む店内。
薫と沢木、窓際のテーブル席で向かい合っている。
2人の前にはアイスティー。
薫、デジタル一眼を操作している。
沢木、ノートに書き物をしている。
薫「写真は。これ。あ。こっちかな」
沢木、音を立ててノートを閉じる。
薫「どうした沢木くん」
沢木「これは新聞の仕事じゃない」
薫「立派な。大切な新聞の仕事だと思うよ」
沢木「大谷さん。ただ自分が買い物したかっただけですよね」
薫「そんなことない。そんなことない。そんなことないよ」
沢木「荷物持ちが必要だったんですよね」
沢木の足元に紙袋が4つ。
薫と沢木、目を見合わせる。
薫「あ。電波が。月末だし。通信制限かな」
沢木「ここに。目の前にいますから」
薫「だって主将ってめっちゃ忙しいよ。剣道だけじゃなくて。なんか。なんか。雑務」
沢木「まー。リーダーってのはそういうものなんじゃないですか」
薫「そっか。そうだよね。きっとそれが美人主将の宿命なんだよね」
沢木「ん? え。と」
薫「私。剣道が好きなだけなんだけどな。美しすぎるって罪だよね」
沢木「はぁ」
薫「でもさ。でもね。新聞部に。てか沢木くんに。力貸したげたいって思ったのはホントにホントだよ」
沢木「どうしてですか? 特に知り合いでもないのに」
薫「好きだから」
沢木「え」
薫「好きだって言ったでしょ? 新聞」
沢木「え。あ。ああ。ああ。はい」
薫「なんか好きなものあって。そこに一生懸命な人っていいなって思うから。私もそうだから。剣道」
薫と沢木、目を見合わせる。
沢木「好きなんですね。剣道」
薫「うん。大好き。こないだもね」
薫と沢木、談笑している。
○道
窓越しに薫と沢木を見つめる人影。
○道(夕)
高架脇の一車線。
薫と沢木、歩いている。
沢木、紙袋を両手に持ち、デジタル一眼を首から下げている。
薫「私自転車ここに置いてるから。いい記事書いてね。応援してる。じゃ」
薫、沢木から紙袋を取り、行く。
沢木「うん。やっぱり。ひとりで持てたんじゃないかな」
沢木、薫の背中を見送る。
小峰の声「やぁ。ごきげんよう」
小峰俊介(17)、立っている。
沢木「えー。と」
小峰「ボクかい? ボクは梅ヶ丘高校剣道部副主将。コミネシュンスケ。人呼んで梅ヶ丘高校の黒いイカズチ」
沢木「黒いイカズチ。ああ。ブラック」
小峰「キミ。商品名はやめてくれたまえ。ただボクの剣はもちろん。うまさイナズマ級。だけどね」
沢木「出会って5秒でメンドクサイ」
小峰「剣道部だけに単刀直入に聞こう。剣道部だけに。キミはハニーのなんなんだい?」
沢木「は。はにー?」
小峰「梅ヶ丘高校の幸せ返しこと我が女王幼心の君。カオルオオタニのことさ」
沢木「幸せ返し。ああ。ハッピー」
小峰「キミ。商品名。二度は言わないよ。でも。ハニーのハートはSSRだけどね」
沢木「スーパースペシャルレアをSSRというとは。かなりの手練れと見た」
小峰「今日一日。ハニーはキミとわたあめを貪り洋服と戯れ神社に遊んでいただろう。キミ。説明を乞う」
沢木「今日一日見てたんですか? え。それってストーカーじゃないですか」
小峰「愛ゆえだ。赦されたし」
沢木「やばい。この人と関わるとロクなことがないという直感とおもしろすぎてもっと話したいという好奇心が戦争状態だ」
小峰「キミ。説明を乞う」
沢木「あ。そっか。話全然進んでなかったんだった。え。と。あの。えーっと」
薫の声「私の仕事を増やすなコミネ!」
薫、自転車で向かってくると沢木と小峰の前で止まる。
小峰「ああ。ハニー。今日も麗しい」
薫「知ってる! お願いだから稽古して! 試合近いんだから!」
小峰「いや。さりとて」
薫「さっさと帰る!」
小峰「ふぅ。ワガママな主を持つというのはこういうこと。か。仕方ない。我がご主人様の御心のままに。チャオ」
小峰、ウィンクして去る。
薫と沢木、小峰を見送る。
沢木「たいへんですね」
薫「そう。大変」
薫と沢木、笑い合う。
○同・新聞部室
机が並んでいる。
沢木、ノートに書き物。
ドアが開く。
薫、新聞を手に立っている。
沢木「あ。大谷さん」
薫「なに? これ」
薫、新聞を開いて示す。
「シュンスケコミネのライフ・イズ・エレガンス」の見出し。
薫「わたあめは? プチプラシャツは? 鳥居は? てか。私は?」
沢木「いや。あの。こっちの方がおもしろいなぁと思って」
薫「は? なしなしなし。すぐ回収」
沢木「いや。でも。もう。ないから」
薫「は」
沢木「梅高通信9月号。完売で」
薫「へー」
後輩の声「沢木先輩。チェックお願いします」
後輩、入ってきて沢木に書類を渡す。
沢木「わかった。5分で読む」
薫「へー」
薫、沢木に微笑む。
〈おわり〉
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