#30 永結院レクイエム 恋愛

お葬式は、初恋の結婚式。咲かない花も実を結ぶ。
竹田行人 8 0 0 08/08
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第一稿

「永結院レクイエム」


登場人物
中村舞(24)カメラマン
相楽克(87)相楽無線音響機器元会長
横田剛史(19)学生
相楽信明(64)相楽無線音響機器現会長
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「永結院レクイエム」


登場人物
中村舞(24)カメラマン
相楽克(87)相楽無線音響機器元会長
横田剛史(19)学生
相楽信明(64)相楽無線音響機器現会長
相楽奏(声)
専務


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○東急田園都市線・三軒茶屋駅・改札・外
   人々が行き交っている。
   中村舞(24)、喪服姿でバッグを持ち、スマートフォンで通話しながら改札を出る。
舞「カナデ先輩。ホントに出ないんですか? 先輩のおばあ様の七回忌なんですよ」
   横田剛史(19)、軍服姿で道行く人に声をかけているが、無視されている。
奏の声「そりゃ出たいよ。けど仕事あるし。人前でピアノ弾くとか。マジ無理」
   舞、横田の前を通り過ぎる。
舞「だからって」
   舞、横田に目をやる。
奏の声「大丈夫。私。舞の演奏技術は買ってるんだから」
舞「嫌な言い方。それに奏先輩知ってますよね。私が幽霊とか見え」
   女、白いワンピースを着て長い黒髪と両手を前に垂らして歩いている。
   舞、女を見つめる。
   女、首から看板を下げている。
   看板は「淑子3D DVD&Blu-ray」。
舞「ニセモノか」
奏の声「じゃ。舞。代理よろしく」
   通話、切れる。
   舞、スマートフォンを下ろし、横田に目をやる。
舞「で。あっちはホンモノ」
   舞、横田の方に歩いていく。

○永結院・正門前・外
   門に「永結院」の文字。
   舞と横田、歩いて来る。
舞「あった。永結院。ここです」
横田「ありがとうございます。助かりました」
舞「いえ。私もここに用があったので」
横田「見える方に会えてよかった。でもどうして自分に声をかけてくださったんですか? もし悪い霊だったら」
舞「経験上。私が見える周波数帯には悪い幽霊はいないみたいなんで」
横田「見える周波数帯。ですか」
舞「こっちの話です」
横田「はぁ。あ。これ。お礼です」
   横田、ポケットからイチジクを取り出し、舞に渡す。
舞「無花果(イチジク)。どうも」
横田「では。失礼します」
   横田、門をくぐる。
   舞、横田の背中を見送る。
舞「変な幽霊」
   舞、イチジクをバッグに入れ、門をくぐる。

○同・葬儀会場・中
   パイプいすが並んでいる。
   生花祭壇の脇にグランドピアノ。
   生花祭壇には相楽カツ(87)の遺影。
   舞、ピアノを弾いている。
   曲はモーツァルトの「レクイエム」より「ラクリモサ」。
   相楽信明(64)、舞の後に立っている。
   舞、演奏を終える。
相楽「演奏技術は申し分ないな」
舞「ありがとうございます。サムオンの社長さんにそう言っていただけると」
相楽「中村舞さんと言ったね。君は奏の。娘の後輩だそうだが。今は?」
舞「音楽教室で講師のアルバイトをしながらピアニストを目指しています」
相楽「そうか。君は亡くなった私の母。相楽カツのことをどのくらい知っている?」
舞「どのくらい? えっと。楽器の製造・修理を専門にしているサムオン。相楽無線音響機器工業の会長で。え。と。あとは」
相楽「もういい」
舞「え」
相楽「ピアノは。とても残酷な楽器だ。どんな人間も弾くことができてしまう」
舞「それは。どういう意味ですか」
相楽「ピアニストというのは、高度な演奏技術を持つ人間を指す肩書きではない」
   舞と相楽、目を見合わせる。
相楽「ピアノという楽器を媒介として想いを繋げ、感動を紡ぐことができる人間に送られる、賛辞だ」
   舞と相楽、目を見合わせる。
相楽「君は諦めた方がいい」
   舞、うつむき、拳を握る。

○同・正門前・中
   舞、大股で歩いて来る。
   カツ、和服姿で門の脇に立っている。
舞「なんなの!? 先輩も社長も。そりゃあ仕事柄? 耳は肥えてるんでしょうよ。でもだからって」
   舞、カツの前を通り過ぎる。
舞「親子2代で人をバカにするのも」
   舞、戻って来てカツを見つめる。
カツ「あんた。ピアノ下手だね」
   舞とカツ、目を見合わせる。
舞「親子3代!」
   カツ、微笑む。

○同・お清め所・中
   テーブルとパイプいすが並んでいる。
   舞とカツ、一角に腰掛けている。
カツ「なんだい? その周波数帯ってのは」
舞「私が言ってるだけですけど。幽霊の世界には棲み分けがあって、全員が同じ世界にいるわけじゃないみたいなんです」
カツ「そうかい。じゃあ。死んだら必ず会えるわけでもないんだね」
   舞とカツ、目を見合わせる。
カツ「惚れた男さ。向こうも一緒になりたいって言ってくれたんだけどね」
   カツ、微笑む。
カツ「私にもあったんだよ。あんたみたいなおきゃんな娘時代が」
舞「おきゃんって。その人とはどうして結婚しなかったんですか?」
カツ「赤紙が来た」
舞「あかがみ」
カツ「戦争が。あの人を持ってっちまった」
舞「せんそう」
カツ「会いたいねぇ。会いたいねぇ」
舞「カツさん」
   舞、バッグからハンカチを取り出す。
   舞のバッグから落ちるイチジク。
舞「これ。使ってください。カツさん?」
   カツ、床のイチジクを見つめている。
カツ「イチジク。イチジクだね」
舞「え。ああ。はい」
   カツ、イチジクを拾う。
カツ「あの人と。よく一緒に食べたもんさ」
舞「それ。さっき変な幽霊がくれたんです」
カツ「変な幽霊」
舞「年は私よりちょっと下かな。昔の兵隊みたいな恰好なのに草食系な感じで。あ」
   舞とカツ、目を見合わせる。

○同・正門前・中(夕)
   横田、本堂を見つめている。
舞の声「いた!」
   舞、横田に駆け寄る。
横田「ああ。さきほどはどうも」
舞「横田。剛史さんですね?」
横田「え? あ。はぁ。でもなぜ」
舞「相楽カツ。じゃなくて。浮田カツという女性をご存知ですか?」
   舞と横田、目を見合わせる。
横田「どうして」
   カツ、舞に駆け寄る。
カツ「年寄りを置いて行くもんじゃないよ」
   カツ、横田のいる辺りを見る。
カツ「ここに。いるんだね?」
   舞、カツに頷く。
横田「もしかして。そこにカツさんが?」
舞「見えないんだ。え。と。あ」
   舞、カツと横田の手を取る。
舞「2人ともイチジクは見えた。触れた。私が間に入れば」
   舞、カツと横田の手を重ねる。
カツ「剛史さん」
横田「カツさん」
   カツと横田、目を見合わせる。
   舞、2人を交互に見て、微笑む。

○同・葬儀会場・中(夜)
   弔問客で埋まっている。
   舞、一礼して、ピアノに向かう。
   相楽、最前列に座っている。
   専務、相楽の隣に座っている。
   舞、鍵盤を撫でる。
舞「あの2人に届けたい。どうしても。だからお願い。ちょっとだけ。力貸して」
   舞、会場の後方を見つめる。
舞「お幸せに」
舞、エルガーの「愛の挨拶」を弾く。
   ざわつく会場。
   専務、立ち上がる。
専務「すぐ辞めさせます」
   相楽、専務の腕を掴む。
相楽「君の耳は飾りか?」
専務「は?」
相楽「ピアニストの演奏を止めてはいけない」
   相楽、微笑んでいる。
     ×  ×  ×
   カツと横田、会場の後方に並んで立っている。
横田「カツさんも同じ答えを出したんですね」
カツ「これでよかった気がするよ」
横田「ひと目。会えれば良かったんですが」
カツ「こんな梅干し顔見られてもね」
横田「でも。あの笑顔に会えてよかった」
カツ「いい笑顔だね。あの子」
   カツと横田、舞を見ている。
     ×  ×  ×
   舞、微笑みながら演奏している。

〈おわり〉

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