「セント・ラファエロ純情写真」
登場人物
野山閑(27)カメラマン
田中実(27)新郎
相沢大輔(31)ウエディングプランナー
山口ひかり(26)ウエディングプランナー
風見紋(25)新婦
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○セント・ラファエロ大聖堂・外
教会。
「セント・ラファエロ大聖堂」の看板。
野山閑(27)、キャリーバッグと紙袋を手に歩いてくる。
○同・スタッフルーム・中
デスクが並んでいる。
山口ひかり(26)、スマートフォンを見ながら前髪を整えている。
相沢大輔(31)、デスクでPCに向かっている。
閑、入ってくる。
閑「東京ヒト多過ぎ! 祭りか!?」
ひかり「ノドカ先輩! おかえりなさい」
相沢「おお。野山。どうだった? 撮影旅行」
閑「いいの撮れましたよ。これ。お土産」
閑、紙袋をひかりのデスクに置く。
ひかり、中からイチジクを取り出す。
相沢「無花果(イチジク)か」
ひかり「美味しそう。いただきます」
相沢「で。野山。写真は?」
閑、キャリーバッグからファイルを取り出し、相沢に渡す。
相沢、ファイルを開く。
ひかり、ファイルをのぞき見る。
ひかり「閑先輩の写真。人の手撮ったのが多いの。なんか意味あるんですか?」
閑「え?」
ひかり「だってほら」
ひかり、ファイルを見せる。
ほとんどが人の手の写真。
○同・廊下
閑、歩きながら手帳を見ている。
閑「今日は一日風見様のお式だな」
手帳のポケットに1枚の古い写真。
閑、写真を取り出し、見る。
薬指にほくろがある人の手の写真。
閑、タキシードの男にぶつかり、転ぶ。
閑「申し訳ございません。失礼致しました」
田中実(27)、手を差し出す。
田中「大丈夫ですか?」
閑「ありがとうございます。え?」
田中の手の薬指にほくろがある。
閑、立ち上がる。
閑「ひょっとして。ミノヤン?」
田中「え?」
閑「私。中学校一緒だった野山閑!」
田中「のやまのどか。ドカヤン?」
閑「そう! 久しぶり」
田中「ひさしぶり。変わったなぁ。ドカンみたいだったのに」
閑「うるさいな。田中くんが引っ越したのって中二でしょ? そりゃ変わるよ」
田中「13年ぶりか。え? 今日野山はなんで? ゲスト?」
閑「ううん。スタッフ。ここでカメラやってんの。田中くんは。そのタキシードでゲストってことはないよね。やっぱり」
田中「うん。新郎。ま。結婚式の主役は新婦だから、ゲストみたいなもんだけど」
閑「そんなことない。おめでとう」
田中「ありがとう。ごめん。嫁さんの親戚のお迎えあるから。行くわ」
閑「うん。じゃ」
田中、行く。
閑、田中の背中を見送る。
○同・スタッフルーム・中
閑、デスクに突っ伏している。
相沢、閑のデスクにコーヒーを置く。
相沢「名前見て気付かなかったのか?」
閑「だって。田中実ですよ。田中実。日本で一番多い名前ですよ。電話帳見るたびにうんざりしてたんですから」
相沢「探してたんだな」
閑「相沢さん。帰っていいっすか?」
閑と相沢、目を見合わせる。
閑、お腹を押さえる。
閑「アイタタタ。お腹が。腹痛で。痛い」
ひかり、イチジクの載った皿を手に入ってくる。
ひかり「閑先輩。イチジク食べます?」
閑「食べるー。あ」
相沢「働け」
ひかり、閑に歩み寄る。
ひかり「ダメですよ。そんな通夜と告別式がいっぺんに来たみたいな顔してちゃ」
閑、イチジクを食べる。
ひかり「そう言えば。さっき風見様と田中様のところにご挨拶してきたんですけど。あれ完全な逆玉婚ですよ」
閑、せき込む。
相沢「おい。山口」
ひかり「だって。婿養子だし。風見様ってあの風見グループのお嬢様なんですよ。絶対お金目当てですよ」
ひかり、イチジクにフォークを刺す。
ひかり「顔だって。私の方が絶対カワイイし」
相沢「山口はいつもそれ言うだろ」
ひかり「だって事実ですもん」
閑、立ち上がり、出口へ向かう。
閑「ちょっと。機材チェックしてきます」
閑、出ていく。
ひかり「閑先輩。お腹でも痛いんですかね?」
相沢とひかり、目を見合わせる。
○同・機材室・中
スチール棚に撮影機材が置かれている。
閑、ソファに座ってレンズにブロアーをかけている。
閑「十三年も経ってるんだし。大人だし。結婚は現実だし。お金って大事だし」
閑、手帳から写真を取り出し、見る。
薬指にほくろがある人の手の写真。
田中の声「ドカヤンの写真って。なんか。温かい感じがする。いいよ。ドカヤンの写真。オレ好きだわ。ドカヤンの写真」
閑「そりゃ変わっちゃうよね」
閑、写真を見つめている。
○同・披露宴会場・中
シャンデリアのある大広間。
会場には大勢の参列者がいる。
閑、テーブルを回り写真を撮っている。
金屏風の方を見る閑。
田中と風見紋(25)、金屏風の前に並んで座っている。
閑「新婦さん。超キレーじゃん」
田中、閑に気付き、手を上げる。
閑、手を上げる。
田中、紋に耳打ちする。
紋、閑を見て会釈する。
閑、会釈を返す。
田中、閑に手招きをする。
閑、金屏風の方に歩み寄る。
閑「本日はまことにおめでとうございます。お式の撮影を担当させていただいております。野山と申します」
紋「ありがとうございます。野山さんは主人とは同級生だそうですね」
閑「はい。中学の」
紋「そうなんですか。主人はあまり昔のことを話してくれないんです。主人にこんなキレイな同級生の方がいらっしゃるなんて」
閑「そんなそんな。新婦様。とてもお美しいです。ドレスもよくお似合いですし」
紋「ありがとうございます。主人はそんなことひと言も言ってくれないんです」
閑「まぁ、押し並べて男性はそういうところ鈍感ですから、しょうがないです」
紋「女性の敏感さも、考えものですけどね」
閑と紋、目を見合わせる。
閑「え。と」
田中「野山。あっちに学校の同期がいてさ。一緒に写真撮ってほしいんだけど」
田中、立ち上がり、行く。
閑「あ。うん。わかった。失礼します」
閑、田中を追いかける。
閑「主人主人言いすぎだし」
田中、立ち止まる。
閑、田中に追いつく。
田中「逆玉とか。家柄とか。散々言われる」
閑「へー」
田中「中二の時。事故で両親亡くして。そっからは親戚中たらい回しにされた」
閑と田中、目を見合わせる。
閑「ごめん。知らなかった」
田中「言わないでくれって。学校には頼んでたから。高速道路のバス横転事故。そっから。いろんな人に迷惑かけた」
閑と田中目を見合わせる。
田中「でも高二の時。刑事さんにすっげーよくしてもらって。稲森さんっていうんだけど。それでなんとか人間になれた」
閑「そうなんだ」
田中「紋と付き合うようになってさ。これだったんだって思った」
閑「これだった?」
田中、金屏風の方を振り返る。
田中「オレ。家族がほしかったんだって」
紋、家族に囲まれて笑っている。
田中「昔見たドカヤンの写真みたいに、温かい家族がさ」
閑「え? 私の写真?」
田中「撮ってくれたろ? オレが姉貴と手繋いでる写真。覚えてないか」
閑と田中、目を見合わせる。
閑、田中の腕を取り、紋の前に戻る。
紋「野山さん?」
閑「家族写真。撮りましょう。新しい。温かい。家族の写真」
田中「どうしたんだよ」
閑「いいから! 早く入って!」
田中「あ。ああ」
田中、元の席に座る。
閑「では。幸せ撮らせていただきます。みなさん笑ってください」
閑、笑顔でシャッターを切る。
〈おわり〉
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