「新桜町夫婦善哉」
登場人物
吉井奈々子(29)主婦
吉井健介(31)会社員
藤倉恵美里(25)派遣社員
川島幸雄(26)会社員
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○ライフパーク新桜町・吉井家・玄関・中
吉井奈々子(29)、弁当を手に立っている。
吉井健介(31)、靴を履いている。
吉井「あ。奈々子。今日。アレだから」
奈々子「ああ。川島さん。だっけ」
吉井「そう。頼むよ。いろいろ」
奈々子「健ちゃん。仲人やるって早過ぎない? 私たちまだ3年目だよ」
吉井「他にいなくてさ。小さな会社だから」
奈々子「それに。さ。私あんまり人づきあい得意な方じゃないし」
吉井「今日は顔合わせだけだから。頼むよ」
奈々子「うー。うん。わかった」
吉井、キス顔。
奈々子、ポケットから名刺を取り出す。
奈々子「あ。これなに?」
吉井「つ。土谷皮革工房が。何か?」
奈々子「違った。こっち」
「Sweet Memory エミリ」の名刺。
吉井「こ。これはですね。仕事上の」
奈々子「ふーん。小さな出版社なのに」
吉井「あ。もうこんな時間だ!」
吉井、弁当を奪い、出ていく。
奈々子「いってきますのチューは?」
奈々子、玄関のドアを見つめる。
○スーパー「ピジョンマート」・店内
カートを押して歩いている奈々子。
奈々子、特売コーナー前で止まる。
3人の主婦が特売コーナーの前で談笑している。
奈々子「すみません」
主婦たち、談笑を続けている。
奈々子「すみません。ちょっと」
主婦たち、談笑を止め左右に分かれる。
奈々子、レタスを取り、離れる。
主婦たち、談笑を再開する。
特売コーナーを後にする奈々子の背中。
○ライフパーク新桜町・吉井家・玄関・中(夜)
チャイムの音。
奈々子、玄関を開ける。
吉井と川島幸雄(26)、立っている。
吉井「ただいま」
奈々子「おかえりなさい。健介さん」
川島「川島です。よろしくお願いします」
奈々子「こちらこそ。お相手の方は?」
川島「もう来ると思うんですけど」
奈々子「そうですか。お迎え大丈夫ですか?」
川島「あー。大丈夫です。ものすごくカンがいいんですよ。彼女」
奈々子「カン。ですか」
藤倉恵美里(25)、走ってきて、頭を下げる。
恵美里「すみません。遅くなりました」
恵美里、顔をあげる。
吉井「え」
吉井と恵美里、目を見合わせる。
恵美里「あ」
吉井と恵美里、視線を逸らす。
川島「え。と。こんなトコでなんなんですけど。婚約者の藤倉恵美里さんです」
吉井「え」
奈々子「エミリ?」
恵美里「藤倉です。よろしくお願いします」
奈々子、吉井を睨む。
○同・吉井家・ダイニング(夜)
食卓にはサラダ、パスタが並んでいる。
吉井と奈々子と川島と恵美里、食卓についている。
川島、もりもり食べている。
恵美里「幸雄くん。失礼でしょ」
奈々子「いいのエミリさん。今オーブンでローストチキンも焼いてるから。健介さんももっと食べて」
吉井「あ。ああ」
奈々子「大丈夫。毒なんか入ってないから」
吉井「ははは」
恵美里「あ。あの! 今日はせっかくご招待いただいたのに。遅れて申し訳ありません」
吉井「いえいえ。お気になさらず」
川島「でも恵美里。ホントにカンがいいよね」
奈々子「まるで何度か来たことがあるみたい」
吉井「ははははは。愉快愉快」
恵美里「素敵なお部屋。奥さまがお掃除を?」
吉井「ええ。できた妻なんです」
奈々子「私が部屋を掃除している間。健介さんは心の洗濯をしてるんでしょうね」
川島「うまい! このパスタ美味いです!」
奈々子「ありがとう」
恵美里「あ。あの。お手洗い。お借りしても」
吉井「ご案内しましょう」
吉井と恵美里、出ていく。
奈々子「川島さん。エミリさんお仕事は?」
川島「化粧品会社の受付を。派遣で」
奈々子「それだけですか?」
川島「ええ。あ。いや。最近は結婚式の資金を貯めたいとかって。夜も働いてますね」
奈々子「どちらで?」
川島「宅配便の仕分けとか言ってました」
奈々子「そうですか」
川島「その割には派手な服着て出かけていきますけどね」
奈々子「それ。大丈夫なんですか?」
川島「はい。大丈夫じゃなかったら大丈夫じゃないって言いますから。恵美里は」
奈々子「そうですか」
奈々子、フォークでパスタを巻く。
○同・吉井家・廊下(夜)
ダイニングと玄関を結ぶ廊下。
吉井と恵美里、向かい合っている。
吉井「とりあえず。オレたちは。初対面」
恵美里「あとは幸雄くんの鈍さがどう出るか。あ。吉井さん。あれ」
吉井、ダイニングの方に目をやる。
奈々子、吉井と恵美里に向かって作り笑いを浮かべている。
吉井「ニヒルに笑ってるよ。ニヒルに笑っちゃってるよ」
恵美里「これ以上刺激したらアウトですね」
吉井「ああ」
恵美里、ダイニングへ向かう。
吉井、深呼吸してダイニングへ向かう。
○同・吉井家・ダイニング(夜)
吉井と奈々子と川島と恵美里、食卓についている。
恵美里「ご結婚されてどのくらいですか?」
吉井「え? ああ。もうすぐ3年かな」
恵美里「3年ですか。紙婚式。ですかね」
吉井「え?」
恵美里「金婚式とかダイヤモンド婚式とか」
吉井「ああ。紙婚式は1年目。3年目は」
川島「3年目って言ったら浮気ですよね」
恵美里「お願いだから空気読んで幸雄くん」
川島「でも吉井先輩は仕事一筋ですよね」
恵美里「ナイスフォロー」
川島「最近もSM嬢の取材。張切ってますし」
恵美里「おおっと!?」
奈々子「Sweet Memory。SM。ムチ。土谷皮革工房。エミリ」
オーブンの音。
奈々子「よし。みんな箸置こうか」
川島「え? 今日。みんな。フォーク」
恵美里「幸雄くん。空気。読んで」
一同、フォークを置く。
奈々子「えー。と。恵美里さん」
恵美里「はい」
吉井「奈々子。あのな」
恵美里、立ち上がり、頭を下げる。
恵美里「ごめんなさい! 私の副業は」
奈々子「ひょっとして。SM嬢?」
川島「ええ!?」
恵美里「いえ。占い師です」
奈々子「はい?」
恵美里「私。昔からその。カンがよくて」
奈々子「それで占い師を?」
恵美里「はい。それで。探し物をされていた吉井さんが先日来られて」
奈々子、大きく息をつく。
奈々子「なんなの? なんなのそれ?」
吉井「奈々子。ごめん。これには」
奈々子「私。勝手に疑って。勝手に怒って。私。バカみたい。なんなのそれ?」
吉井「奈々子」
奈々子「私。全然大丈夫じゃなかった。全然」
吉井、奈々子の肩に手を置く。
奈々子「健ちゃんいなくなったらどうしようって。そんなことばっかり考えて」
吉井「ごめん。ごめんな」
奈々子「ごめんじゃない」
奈々子、吉井の胸に顔をうずめる。
恵美里「大丈夫です。お二人は。大丈夫です」
恵美里、「土谷皮革工業」の紙袋を取り出す。
吉井「あ。それ」
恵美里「見つけたので。ご連絡しようかと」
吉井、紙袋から包みを取り出す。
吉井「ちょっとフライングだけど。はい」
奈々子「なに?」
奈々子、包みを開く。
革製のオシドリの人形。
吉井「結婚3年目は。革婚式だから」
奈々子「健ちゃん」
吉井と奈々子、目を見合わせる。
川島「恵美里。すごいんだね」
恵美里、川島に微笑み、Vサイン。
○同・吉井家・玄関・中(朝)
吉井、キス顔。
奈々子、吉井に鞄を渡す。
奈々子「結局エミリって誰?」
吉井「あ! もうこんな時間だ」
吉井、出ていく。
奈々子「だから。いってきますの」
吉井、戻ってきて奈々子に近づく。
靴箱の上に、革のオシドリ。
〈おわり〉
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