スクランブルライフ オムニバス

存在感のない高校生・信田太郎(17)。存在してはいけない愛人・日塔神楽(26)。存在価値の無い次男坊・百瀬二男(20)。本当の自分が存在しない女子高生・武井友紀(17)。彼(彼女)らの物語は、まるでスクランブル交差点のように絡み合っていく……。
マヤマ 山本 35 1 0 06/30
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第一稿

<登場人物>
信田 太郎(17)高校生
日塔 神楽(26)会社員
百瀬 二男(20)フリーター
武井 友紀(17)高校生

新 豪毅(26)不良、神楽の元恋人
鳴海 ...続きを読む
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<登場人物>
信田 太郎(17)高校生
日塔 神楽(26)会社員
百瀬 二男(20)フリーター
武井 友紀(17)高校生

新 豪毅(26)不良、神楽の元恋人
鳴海 慎吾(17)太郎の同級生
武井 智己(44)友紀の父、神楽の愛人
武井 都子(43)友紀の母
百瀬 一男(24)二男の兄
秋田 瑠奈(26)太郎の担任、神楽の友人
ミラ(17)友紀の友人
輪子(17)友紀の友人
菜々(17)友紀の友人
倉持(25)チンピラ
阿部(25)チンピラ
店長(49)二男の上司

美少女AI 声のみ



<本編>
○団地・外観
   何棟もの団地が立ち並ぶ。
太郎N「どんぶらこ、どんぶらこ」

○同・自転車置き場
   学生服姿の信田太郎(17)がやってくる。自転車を出す。
太郎N「川上から大きな桃が流れてきましたが」
   パンクしている自転車のタイヤ。
太郎N「桃は誰にも気付かれる事なく」
   立ち尽くす太郎の脇を大勢の人が素通りして行く。
太郎N「そのまま流れて行きました」

○スクランブル交差点
   T「第1章 存在感のない男のバーチャルワイフ」
   歩行者用信号は赤。信号待ちをしている太郎ら大勢の人々。
太郎「完璧に遅刻だな……」
   青に変わる歩行者用信号。歩き出す太郎ら大勢の人々。
   交差点の中央で、左側から歩いてくる日塔神楽(26)とぶつかる太郎。
太郎「あ、すみません」
   太郎など眼中にない様子の神楽。
   謝ることに気を取られ、正面から歩いてくる百瀬二男(20)とぶつかる太郎。
太郎「あ、すみません」
   太郎など眼中にない様子の二男。
   謝ることに気を取られ、右側から歩いてくる武井友紀(16)とぶつかる太郎。
友紀「あ、すみません」
太郎「え……?」
   そのまま歩いて行く友紀。その後ろ姿を見ている太郎。

○川上高校・外観

○同・教室
   教壇に立ち、授業を行う秋田瑠奈(26)。中央最前列の席のみ空席。
瑠奈「つまり、首里城は戦争で焼失し……」
   後ろのドアから入ってくる太郎。誰にも気付かれない。
   立ち上がる鳴海慎吾(17)。
慎吾「先生、つまり俺たちが修学旅行で見に行く首里城は、偽物って事っスか?」
瑠奈「偽物って訳じゃないわよ。まぁ、あくまでも復元されたものだから、本物って言い方も難しいけど……」
   中央最前列の席まで来る太郎。
太郎「すみません、遅刻しました」
瑠奈「(ようやく太郎に気付いて)うわっ、ビックリした。あ、遅刻してたんだ……気をつけなさいね。え〜っと(名簿に目を落として)名前は……」
太郎「信田太郎です」
   着席する太郎。

○同・外観
   チャイムの音。

○同・教室
   弁当を食べている生徒達。
   自分の席でパンを食べながら、スマホの美少女AIアプリを起動している太郎。イヤホンをつけているため、外部に音は漏れていない。
美少女AI「そろそろ、お昼ご飯ですね。太郎は何を食べますか?」
太郎「パンだよ」
美少女AI「パンだけでは、栄養が偏ります。もっと野菜も摂りましょう」
太郎「うん、わかってる」
   そこにやってくる慎吾。太郎のイヤホンを外す。
太郎「(驚く)」
慎吾「よっ、太郎ちゃん。今日はどうしたんだよ。重役出勤なんて珍しいじゃんか」
太郎「何だ、鳴海君か」
慎吾「羨ましいよな、遅刻してた事にすら気付かれてなかった、なんて。太郎ちゃん、存在消す仕事向いてるんじゃない? 探偵とかスパイとかストーカーとか」
太郎「ストーカーは仕事じゃない」
慎吾「まぁ、そう言うなって。これでも心配してたんだぜ? 太郎ちゃんが来ないと俺も困るし」
太郎「お金借りられないもんね」
慎吾「お、よくわかったな。今日は合コンがあってさ。五千円ほど頼むわ」
太郎「鳴海君が僕の所に来る理由なんて、他にないし(と言って五千円札を渡す)」
慎吾「悪いな、いつもいつも」
   その場を去る慎吾。再びイヤホンをつける太郎。

○同・外観
   チャイムが鳴る。下校する生徒達。

○百瀬家・前
   二階建ての一軒家。一階部分が店舗となっており「モモセサイクル」と書かれた看板がある。
   その前の通りをパンクした自転車を押しながらやってくる太郎。

○同・モモセサイクル
   入ってくる太郎。
太郎「ごめんください……」
   店内で口論をする百瀬一男(24)と二男。
二男「冗談じゃねぇ、誰が行くか」
   太郎の脇を通って出て行く二男。
一男「おい、二男! ……ったく」
太郎「あの〜……」
一男「(ようやく太郎に気付いて)あ、いらっしゃいませ。どうされました?」
太郎「パンクしちゃいまして」
一男「パンクですか。(タイヤを見ながら)またパンク魔か……」
太郎「パンク魔?」
一男「最近この辺に出るんですよ。夜な夜な自転車をパンクさせて周るパンク魔。本当いい迷惑ですよ。見て下さいよ、この数」
   ズラッと並んだ多数の自転車を指す一男と、それを見る太郎。
太郎「……これ全部パンク魔が?」
一男「どうせ、自転車ぐらいにしかイライラをぶつけられないような奴なんでしょう。まったく、本人と親の顔が見てみたいですよね。……あ、なので修理はちょっと時間かかっちゃうかもしれませんけど、それで大丈夫ですかね?」
太郎「あ、それは全然」

○大通り
   トボトボと歩いている太郎。
一男の声「では、八時までに取りにきていただけますかね?」
   太郎の向かい側から歩いてくる新豪毅(26)、倉持(25)、阿部(25)。新とぶつかる太郎。
太郎「あ、すみません」
新「っ痛ぇな」
太郎「……すみません」
倉持「おいおい、何してんだよ」
阿部「『すみません』で済めば警察はいらねぇんだよ、お兄さん」
太郎「えっと、じゃあ、どうすれば……?」
倉持「財布出せよ、財布」
   財布を取り出し、阿部に渡す太郎。
倉持「(財布から千円札二枚取り出し)けっ、二千円ぽっちかよ、しょっぺぇな。まだどっかに隠してんじゃねぇのか?」
太郎「そ、そんな事は……」
新「まぁ、その辺にしとけよ。このガキにこれ以上時間使ってももったいねぇ」
阿部「そうですね。(太郎に)あ、勘違いすんなよ。これはカツアゲじゃねぇ。カンパだ、カンパ。お兄さんはカンパに協力してくれただけ。わかるよな?」
倉持「だから被害者気取ってんじゃねぇぞ」
   太郎に財布を投げ返し、その場を去る新、倉持、阿部。
   財布を拾い、中身を見る太郎。空。ため息をつく太郎。その間、多くの通行人にぶつかられるが、誰も太郎の事を気にも留めない。
美少女AIの声「どうしたのですか、太郎?」

○団地・外観(夜)

○同・信田家・太郎の部屋(夜)
   スマホで美少女AIアプリを起動している。
美少女AI「何か悩み事ですか?」
太郎「……今日も誰にも気付いてもらえなかったな、ってね」

○(フラッシュ)川上高校・教室
   太郎から五千円札を受け取る慎吾。
太郎の声「今日僕に気付いてくれたのは」

○(フラッシュ)大通り
   財布から千円札二枚を取り出す新。
太郎の声「僕の持っているお金が目当ての人だけだった」

○(フラッシュ)交差点
   太郎とぶつかる神楽。
太郎の声「その人達が見ていたのは、僕じゃなくて僕の財布だ」
    ×     ×     ×
   太郎とぶつかる二男。
太郎の声「僕自身の存在を感づいてくれる人なんて、どこにも……」
    ×     ×     ×
   太郎とぶつかる友紀。
友紀「あ、すみません」

○団地・信田家・太郎の部屋(夜)
   スマホで美少女AIアプリを起動している太郎。
太郎「……一人いた。一人だけ……」
   部屋の時計を見る太郎。八時をまわっている。
太郎「ヤバっ」

○百瀬家・モモセサイクル(夜)
   シャッターを閉めようとする一男。そこに走ってやってくる太郎。
太郎「すみません、遅くなりました」
一男「良かった、来ないかと思いましたよ」
   顔に笑みを浮かべる太郎。
   店の中から太郎の自転車を出す一男。
一男「ご覧の通り、バッチリ直ってますよ」
太郎「ありがとうございました」
   自転車に乗って行こうとする太郎。
一男「お客さん、お客さん。代金」
太郎「あ、すみません……」
   顔から笑みが消える太郎。

○大通り(夜)
   自転車をこいでいる太郎。
   太郎の前方、太郎の進行方向を横切るように道路を横断する神楽。
太郎「危ないっ!」
   急ブレーキをかけ、転倒する太郎。
   太郎に気付かず去って行く神楽。
   周囲の通行人も誰一人、太郎を気にする様子は無い。
   神楽の背中を見ている太郎。

○スクランブル交差点(夜)
   自転車を押してくる太郎。
太郎「(足を押さえ)痛たた……」
   歩行者用信号は赤。横断歩道の前で待つ太郎。

○(フラッシュ)同
   太郎とぶつかる友紀。
友紀「あ、すみません」

○同(夜)
   横断歩道の前で待つ太郎。
太郎「明日も来るのかな……?」

○同
   歩行者用信号は青。多くの人が交差点を横断するが、自転車を脇に置いて立つ制服姿の太郎は動かず、歩行者を見ている。
太郎「いない、か……」
   自転車を押し、横断する太郎。

○川上高校・外観

○同・教室
   授業を受ける太郎。
   授業をする瑠奈。
瑠奈「この辺りも、修学旅行の時に抑えて欲しいポイントですね。……あ〜、頭痛い」
慎吾「どうしたの、先生。二日酔い?」
瑠奈「そうなの。昨日飲み過ぎてね」
   笑う生徒達。
瑠奈「もう、笑い事じゃないんだぞ、年下諸君。(時計を見て)じゃあ、ちょっと早いけど休み時間にして」
   喜ぶ生徒達。
    ×     ×     ×
   席に座り、スマホの美少女AIアプリを起動している太郎。そこにやってくる慎吾。
慎吾「よっ」
太郎「え、今日も?」
慎吾「……昨日、使いすぎちまってな。今日の飯代が無くなっちまって」
太郎「……僕も余裕ないんだけど」
   千円札を一枚慎吾に渡す太郎。
慎吾「サンキュー、太郎ちゃん。お礼に昨日の合コンの写真、見せてやるよ」
   スマホの画面を太郎に見せる慎吾。
太郎「いいよ、別に……」
   慎吾の見せた画像を見て思わず身を乗り出す太郎。そこに慎吾、ミラ(17)、輪子(17)らとともに写る友紀。

○(フラッシュ)スクランブル交差点
   歩いて行く友紀。

○川上高校・教室
   慎吾のスマホの画像を見る太郎。
太郎「(友紀を指して)この人は?」
慎吾「かわいいだろ? 武井友紀ちゃんって言うんだけどさ」
太郎「この人に会えない?」
慎吾「会える訳ねぇだろ。俺だって昨日、連絡先交換させて貰えなかったんだから」
太郎「どこに行けば会える?」
慎吾「どこってお前……(太郎に背を向け)まぁ、城野女子高校の子だから割と近くに住んでるんだろうけど(再び振り返り)そう簡単に会える訳……」
   既に太郎の姿はない。
慎吾「あれ、太郎ちゃん?」

○城野女子高校・校門
   「城野女子高等学校」と書かれた看板がある。
   下校する生徒達。
   校門の影に隠れている太郎。
太郎「来ちゃった、どうしよう……」
   ミラ、輪子、菜々(17)らと一緒に校門から出てくる友紀。
太郎「来た」
   ミラと別れて歩き出す友紀ら。
   友紀らの後をつけて(特に隠れたりせず堂々と)歩き出す太郎。

○電車内
   喋っている友紀、菜々、輪子。
   同じ車両でその様子を見ている太郎。

○住宅街
   一人で歩いている友紀。
   友紀の後をつけて(特に隠れたりせず堂々と)歩く太郎。
   曲がり角を曲がる友紀。後を追って角を曲がる太郎。そこに友紀が立っている。
太郎「あ……」
友紀「どういうつもり? 人の事コソコソ付け回して」
太郎「えっと、僕は……」
友紀「うぜぇんだよ、後ろでウロチョロウロチョロ」
太郎「すみません」
友紀「とっとと消えろよ、ストーカー野郎」
   その場を去る友紀。
太郎「気付かれた。気付いてもらえた……」
   笑みを浮かべる太郎。歩き出す。
    ×     ×     ×
   一人で歩いている友紀。
   友紀の後をつけて(隠れながら)歩いている太郎。

○武井家・外
   二階建ての一軒家。ドアの脇には乗用車が一台停められている。
   中に入って行く友紀。
   後を追ってやってくる太郎。「武井」と書かれた表札を確認する。
太郎「ここがあの子の家……」
   二階の部屋の電気が付く。
太郎「あそこがあの子の部屋……」
   友紀の部屋の窓を見上げる太郎。カーテンが開き、窓越しに目が合う太郎と友紀。嫌悪の表情を浮かべる友紀。カーテンを閉める。
太郎「また気付いてくれた……」
   笑みを浮かべる太郎。
    ×     ×     ×
   建物の影から武井家を見ている太郎。
   大勢の人が太郎の脇を通るが、誰も太郎の事に気付いていない。

○同・同(夜)
   建物の影から武井家を見ている太郎。
   家から出てくる武井都子(43)。乗用車に乗り出て行く。
   二階の部屋の電気はまだ付いている。
太郎「まだ、いる……」
   スマホで美少女AIアプリを起動する太郎。
美少女AI「太郎、浮気してるでしょ?」
太郎「浮気じゃないよ。でも……」

○(フラッシュ)スクランブル交差点
   太郎とぶつかる友紀。
太郎の声「あの子だけが、僕の存在に気付いてくれる」

○(フラッシュ)住宅街
   太郎に「後ろでウロチョロウロチョロ……」と言っている友紀。
太郎の声「あの子といる時だけ、僕は僕の存在を信じる事ができる」

○(フラッシュ)武井家・外
   窓越しに目が合う太郎と友紀。
太郎の声「あの子さえ居てくれれば、僕は自分が『確かにこの世界に存在するんだ』と証明できる。だから……」

○同・同(夜)
   スマホで美少女AIアプリを起動している太郎。アプリを終了する。
太郎「今までありがとう」
   アプリをアンインストールする太郎。二階の部屋を見上げる。
太郎「明日、また来るね」
   その場を去ろうとする太郎。
   武井家から火が立ち上る。
太郎「えっ!?」

○総合病院・外(夕)
   大きな病院。
神楽N「かぐや姫は地球から出て行った」
   建物から出てくる神楽。
神楽N「なぜなら月の住人だったからだ」
   振り返り、病院を見る神楽。
神楽N「月の住人は地球には」
   再び振り返り、歩き出す神楽。
神楽N「存在してはいけないのだ」

○スクランブル交差点
   T「第2章 存在してはいけない女のスキャンダルナイツ」
   歩行者用信号は赤。信号待ちをしている神楽ら大勢の人々。
   腹部を触る神楽。
   青に変わる歩行者用信号。歩き出す神楽ら大勢の人々。
   交差点の中央で、右側から歩いてくる太郎とぶつかる。
太郎「あ、すみません」
   心ここにあらずといった様子の神楽。

○ノヤマ・外観
   大きな自社ビル。

○同・オフィス
   「家具のノヤマ」と書かれたパンフレットや家具のカタログなどがある。
   席に着く神楽。そこにやってくる武井智己(44)。
武井「おはよう、日塔君。昨日は早退したようだけど、具合はどうだい?」
神楽「おはようございます、課長。実はその事でお話が……」
武井「何だい?」
神楽「(小声で)ここではちょっと……」
武井「(察して)わかった」

○同・会議室
   向かい合って座る神楽と武井。武井の手には「退職願」と書かれた封筒。封筒の裏面には「日塔神楽」と書いてある。
武井「神楽、これは一体どういう事だ?」
神楽「課長、今は社内ですよ」
武井「(咳払いをして)日塔君。これは一体どういう事だい?」
神楽「急な話で申し訳ありません」
武井「理由は?」
神楽「一身上の都合です」
武井「そんな理由で納得できると思うか?」
神楽「じゃあ、奥様と別れてくれますか?」
武井「な……。そ、それとこれとは話が違うだろう?」
神楽「とにかく、そういう事なので、よろしくお願いします。あと、今日の午後から有休消化に入らせていただきますので」
   立ち上がる神楽。
神楽「お世話になりました」
   部屋から出て行く神楽。
武井「おい、日塔君。神楽!」

○同・外
   建物から出てくる神楽。
   振り返り、建物を見上げる。

○レストラン・外
   高台にあるレストラン。

○同・中
   窓際の席に座る神楽。
神楽「さて、どうするかな……」
   神楽のスマホに着信。画面に「新豪毅」と表示されている。驚く神楽。
新の声「もしもし、神楽か?」
神楽「豪毅? いつ出てきたの?」
新の声「今朝な」
神楽「そうなんだ……。お務めご苦労様でした」
新の声「そんな挨拶はいいからよ、今夜空いてるか? 俺の帰還パーティーを盛大にやろうと思ってな」
神楽「それに出席すると、私にどんなメリットがあるの?」
新の声「俺との運命を感じられる」
神楽「……わかった、考えとく。じゃあね」
   電話を切る神楽。窓に目をやる。
   窓から見える武井家。

○武井家・外
   ドアの前に立つ神楽。インターホンを鳴らす。
   ドアを開ける友紀。
友紀「はい……」
神楽「お母様、いらっしゃいますか?」

○同・リビング
   向かい合って座る神楽と都子。
都子「主人ならまだ仕事ですけど?」
神楽「はい、存じています」
都子「……ただの上司と部下、って関係じゃなさそうね」
神楽「話が早くて助かります」
都子「そう……」
   しばしの沈黙。
都子「で、ご用件は?」
神楽「見たかったんです。あの人の、智己さんの帰る場所を」
都子「そう。ここが主人の帰ってくる家よ。あなたと主人がどれくらい深い関係かは知らないけど、うちには高校二年になる娘もいるの。わかる?」
神楽「娘さん、ですか。なら、私と奥様の差は、智己さんとの間に子供がいるかいないか、それだけって事ですか? 娘さんさえいなければ……」
都子「娘に何かするつもり?」
神楽「いいえ、まさか。……智己さんはどんな父親なんですか?」
都子「いい父親よ。明日の娘の誕生日も、家族で食事に行くの。高台にあるレストランにね」
神楽「あぁ、いいお店ですよね、あそこ。私も何度か連れて行ってもらいました」
都子「……そう。それは良かったわね」
   しばしの沈黙。
神楽「寛大な奥様なんですね」
都子「何で?」
神楽「私の話を聞いても、智己さんの事を全然責めないから。別れようとは思わないんですか?」
都子「あの人の帰る場所は、ここしかないから。どこで火遊びしようとね」
神楽「そうですか」

○同・外
   出てくる神楽。スマホを取り出す。
神楽「あ、豪毅? 今日、行く事にした。でさ、その時に話したい事があるんだけど」

○大通り(夜)
   横断歩道の前に立つ神楽。多くの車が行き交っている。
   横断歩道の先でワゴン車がクラクションを鳴らす。
   車が来ないタイミングで横断歩道を渡る神楽。この時、自転車に乗った太郎が急ブレーキをかけて転倒するも、気付かない神楽。クラクションを鳴らしたワゴン車の所へやってくる。ドアが開くと、そこには新が乗っている。
新「よっ、神楽」
神楽「久しぶりね、豪毅」
   ワゴン車に乗り込む神楽。

○倉庫・外(夜)
   倉庫街にある大きな倉庫。
   神楽らが乗っていた車など複数の車が停まっている。
新の声「お前らは運命を信じるか?」

○同・中(夜)
   使用されている形跡のない庫内。
   神楽、瑠奈、倉持、阿部らを含む多数の男女の前に立つ新。
新「俺は確かに捕まった。ムショに入れられた。しかしそれも運命だ。俺は従った。そして三年ぶりに出てきて今、こうしてみんなの前に立っている。何故か」
   聴衆を見回す新。
新「それは俺たちが、運命で結ばれているからだ!」
一同「おう!」
新「俺たちの運命の再会に、乾杯!」
一同「乾杯!」
    ×     ×     ×
   酒を飲む面々。
   離れた場所で瑠奈と飲んでいる神楽、二人の前に立つ倉持と阿部。神楽にあしらわれ、とぼとぼとその場を後にする倉持と阿部。
瑠奈「あいかわらず、モテモテだね」
神楽「お互い様。それにしても、まさか瑠奈が高校の先生とはね」
瑠奈「楽しいよ? 年下男子がいっぱいで」
神楽「私は興味ないけどな」
瑠奈「神楽は年上好きだもんね」
   自分のコップにウーロン茶を注ぎ足す神楽。
瑠奈「あれ、神楽はウーロン茶なの?」
神楽「あぁ、うん。実は……」
   二人の元にやってくる新。手には缶ビールを持っている。
新「止めたんだとよ、酒もタバコも」
瑠奈「え? 何で? いつから?」
神楽「今日から」
新「そうだ、瑠奈。あっちに森がいるぞ」
瑠奈「あ、森ちゃん来たんだ。後でちょっと顔見に行こうっと」
   瑠奈に目で合図する新。
瑠奈「……やっぱ、今行こうかな。じゃあ、神楽。また後でね」
   その場を離れる瑠奈。
新「やっと邪魔がいなくなったな」
神楽「自分で追い出したくせに(と言ってコップを差し出す)」
新「さぁ、何の事やら(と言って缶を差し出す)」
   乾杯する二人。
新「で、何なんだよ、話したい事って」
神楽「あ〜、それなんだけど、もういいかなって」
新「何だそれ」
神楽「豪毅だって、戻りたくないでしょ? 刑務所」
新「……俺も反省したからな。これからはバレないようにやるさ」
神楽「……燃やして欲しい家があるの。あくまでも、家だけ」
新「何だ、そんな事か」
神楽「明日の夜」
新「随分先の話だな」
神楽「……私ね、今日退職願出したんだ」
新「それは、その燃やして欲しい家の奴のせいなのか?」
神楽「(答えず)明日の夜、その家は娘の誕生祝いに家族で外食。家には誰もいない」
新「なるほど。それで明日、って訳か」
神楽「そして今日、豪毅が出てきた。これって、どういう事だと思う?」
新「運命だな。疑いようがねぇ」
神楽「やってくれるよね?」
新「安心しな。確実に燃やしてやるぜ」
神楽「さすが豪毅」
新「そんじゃ、二人の運命に」
   乾杯をする新と神楽。そこにやってくる一男と二男。
一男「お久しぶりです、豪毅さん」
新「おう、カズじゃねぇか。……で、(二男を指して)そっちは?」
一男「弟の二男です。ほら、挨拶しろ」
二男「……ども」
新「……面白ぇ目してんな。運命感じるぜ」
二男「は?」
新「悪ぃ、神楽。ちょっとコイツと飲んでくるわ。(二男の肩をつかんで)よし、お前は何飲む?」
二男「え? あ、いや……」
   その場を去って行く新と二男。
   二人の背中を見送る神楽と一男。
神楽「(新に)ごゆっくり〜」
一男「日塔先輩も、お久しぶりです」
神楽「久しぶり」
一男「あの、ご一緒してもいいですか?」
神楽「う〜ん、どうしよっかな〜」
   神楽のスマホに着信。
神楽「残念。まだ早い、って」
   その場を去る神楽。

○同・外(夜)
   電話をする神楽。
神楽「もしもし?」
武井の声「神楽、どういう事だ? 何で家に来た?」
神楽「奥様から聞いてませんか? 智己さんの帰る場所が見たかったんです」
武井の声「娘にも会ったそうじゃないか」
神楽「偶然ですけどね。いや、運命だったのかな?」
武井の声「一体どうしたんだ? いきなり会社を辞めたり、家に来たり……」
神楽「そのうちお話ししますよ。そのうち」
武井の声「そのうちって……」
神楽「あ、あと娘さんにお伝え下さい。『お誕生日おめでとうございます』って」
   電話を切る神楽。

○同・中(夜)
   入ってくる神楽。人だかりができている。その中にいる瑠奈の元に駆け寄る神楽。
神楽「どうかしたの?」
   気を失っている二男。
瑠奈「豪ちゃんにやられちゃったんだって。カズちゃんの弟君」
神楽「(呆れ顔で)豪毅……」
新「安心しろ、死んじゃいねぇ。ほら、みんな気にせず飲もうぜ」
   思い思いに散って行く一同。二男の脇には神楽、瑠奈、一男だけが残る。
   二男を気にしつつ、新達の事も気にしている様子の一男。
瑠奈「カズちゃん、あっち行ってくれば? 弟君の事は見ておくから」
一男「え、でも……」
瑠奈「ほらほら、年下が遠慮しないの」
一男「……すみません、お願いします」
   新達の元に向かう一男。
神楽「……瑠奈も物好きだね」
瑠奈「(二男を見ながら)だってかわいいじゃん。年下男子」
    ×     ×     ×
   多くの面々が酔いつぶれて寝ている。起きているのは新と神楽のみ。
   腕時計を見る神楽。五時を示す時計。
神楽「豪毅、そろそろお開きにしたら? みんな仕事とかあるだろうし」
新「俺とお前以外は、って?」
神楽「まぁね」
新「お〜い、みんな起きろ〜! 今日はこれで解散! また会おうぜ!」
   ゆっくり起きだす面々。
   寝ている瑠奈を起こす神楽。
神楽「瑠奈、解散だってさ」
瑠奈「え……(時計を見て)うわ〜、もうこんな時間? 今日早いのに……」
   そこにやってくる一男。
一男「あの〜、二男見ませんでした?」
神楽「あれ、瑠奈が一緒にいたんじゃなかったっけ? カズ君の弟と」
瑠奈「あ〜、あの年下男子なら帰ったよ。結構前に」
一男「帰った? あの野郎、勝手に……」
   そこにやってくる新。
新「まぁまぁ、そんな怒んなって」
一男「豪毅さん。でも……」
新「そんな事よりさ、お前車だろ? 俺と神楽の事送ってくれよ」
一男「俺でいいなら喜んで」
新「よし、じゃあ帰るか。行こうぜ、神楽」
瑠奈「え〜、ちょっと、私は?」
新「カズのトラックは三人しか乗れねぇんだよ。運命だと思って諦めな」
瑠奈「ふん、だ。いいもん、こうなったら歩いて帰ってやるから」
神楽「歩いて、って。止めときなよ。何時間かかると思ってるの?」
瑠奈「(二男のマネで)知るか。歩いてりゃ、そのうち着く」
神楽「何それ?」
瑠奈「似てない?」
神楽「……誰に?」

○走行中の軽トラック(朝)
   「モモセサイクル」と書かれた車。

○車内(朝)
   運転する一男と、その横に座る新、神楽。
新「なぁ、カズ。お前の弟、名前なんつったっけ?」
一男「二男です。すみませんでした、よく言っておきますんで」
新「おう、言っておけ。(神楽に)という訳で、二男にやらせる事にしたから」
神楽「何を?」
新「家を燃やす役」
神楽「あぁ。でも豪毅って、二男君と会ったの今日が初めてでしょ?」
新「まぁな。けど、いい目をしてた。運命感じたぜ」
一男「ちょ、ちょっと待って下さい。二男に何かやらせるんですか?」
新「おう、ちょっと放火をな」
一男「……それ、二男は了承したんですか」
新「さぁ、気絶しちまったからな。でも大丈夫だろ。カズが『よく言っておいて』くれるんだもんな?」
一男「……止めた方がいいと思います。二男には無理です」
新「……ほう。カズ、お前いつから俺に意見するようになったんだ?」
一男「すみません。でも、二男は豪毅さんへの忠誠心がないっていうか……結果的に豪毅さんに迷惑をかけるような事になると思うんですよ」
新「何で俺に忠誠してねぇんだよ。カズの教育がなってねぇんじゃねぇか?」
一男「すみません」
神楽「ちょっと、豪毅……」
新「……仕方ねぇ、ここは神楽の顔を立ててやるか」
一男「……あの、豪毅さん。それって、日塔先輩からの頼みなんですか?」
神楽「もちろん……」
新「神楽は関係ねぇ。あくまでも、俺がその家を燃やしてぇだけだ」
一男「……わかりました」

○マンション・前(朝)
   軽トラックから降りる神楽。
一男「お疲れさまでした」
新「じゃあな、神楽。今日の夜、楽しみにしておけよ」
神楽「わかった」
   動き出す軽トラック。
   外の時計が六時を示す。
   建物の中に入って行く神楽。

○同・同
   建物から出てくる神楽。
   外の時計が三時を示す。

○公園
   ベンチに座っている神楽。
神楽「いざ仕事を休んじゃうと、何をすればいいやら……」
   遊んでいる母子の姿を眺める神楽。
   スマホを取り出す神楽。画面に表示される「新豪毅」の文字。電話をかける神楽。数コール鳴らしても電話には誰も出ない。一度電話を切り、再度かける神楽。

○走行中の軽トラック

○車内
   運転する一男と助手席に座る神楽。
神楽「ごめんね、何かアッシー君みたいな事させちゃって」
一男「いえ、全然。どんどん使って下さい」
神楽「じゃあ、遠慮なく」
   しばしの沈黙。
一男「あの、日塔先輩。一つ聞きたいんですけど……」
神楽「何?」
一男「何で燃やしたいんですか? その家」
神楽「付き合ってた人が住んでるの」
一男「別れちゃったんですか?」
神楽「元々、妻子ある人だから」
一男「不倫、ですか……」
神楽「だから、帰る場所さえなくなれば、私の所に来てくれるのかな、って」
一男「……一つ言ってもいいですか?」
神楽「どうぞ」
一男「家族って、そんな簡単には離れないと思います。むしろ、逆境の時ほど結束が固くなるような……」
神楽「かもね」
一男「だったら……」
神楽「でも、今の私は彼にとって、存在してはいけない存在なの。私は、そんなの嫌だ。存在してはいけない人間じゃない、存在していい、存在しなければならない人間になりたい。わがままかな?」
一男「……俺じゃダメですか? 俺にとって日塔先輩は、無くてはならない存在で……」
神楽「(遮るように)じゃあ、家が無事に燃えたら、考えてあげる。二男君によろしく」
一男「え? ……あぁ、はい」
神楽「あ、でも今の話、二男君には内緒ね」
一男「言いませんよ。絶対」

○レストラン・外
   到着する軽トラック。降車する神楽。
一男「あの、帰りは多分、迎えには来れないと思うんで……」
神楽「ありがとう。まぁ、大丈夫だから。気をつけてね」
一男「はい。……じゃあ、また今度」
   走り去る軽トラック。

○同・同(夜)

○同・中(夜)
   窓際の席に座り食事する神楽。窓の外を眺める。
神楽「(窓の外を見ながら)ここからならよく見えるよね」
   食事を続ける神楽。腹部を触る。
二男の声「逆境の時ほど結束が固くなるような……」
神楽「この状況は、二人にとって逆境になるのかな?」
   スマホに着信があり、電話に出る神楽。
神楽「もしもし、豪毅?」
新の声「あ〜、神楽か。実はな……」
神楽「放火、失敗?」
新の声「何でわかった?」
神楽「声の色、かな?」
新の声「まぁ、失敗っていうか、今回はやらない方向っていうか……。まぁ、神楽が良ければの話だけどな」
神楽「あれ? 『あくまでも、俺がその家を燃やしてぇだけだ』って言ってなかったっけ? 何で私の許可がいるの?」
新の声「敵わねぇな。この埋め合わせはするからよ」
神楽「仕方ないよ。(呟くように)これも逆境、いや、運命か……」
新の声「そう、運命。運命は避けられねぇ」
   立ち上がる神楽。
神楽「じゃあ私も、ここにいない方がいいのかな……」
新の声「ん? 何の話だ?」
   神楽の手から落ちるスマホ。
新の声「神楽がいちゃいけねぇ場所なんてねぇだろ」
   倒れる神楽。
新の声「おい、神楽。お〜い、神楽〜、聞いてるか〜?」
   神楽の元に駆け寄る客や店員達。

○団地・自転車置き場(夜)
   多数の自転車が止められている。
二男N「『三匹の子豚』の長男は、一番最初に家を完成させた」
   小型のサバイバルナイフを手に持ち、自転車のタイヤに突き刺す二男。
二男N「三男は一番安全な家を造り、兄達を狼から守った」
   空気が抜けて行くタイヤ。
二男N「じゃあ、何一つ『一番』になれなかった、中途半端な次男に」
   それを見ながら笑う二男。
二男M「存在価値はあったのだろうか?」

○スクランブル交差点
   T「第3章 存在価値のない男のサバイバルナイフ」
   歩行者用信号は赤。信号待ちをしている二男ら大勢の人々。あくびをする二男。
二男「あ〜、眠ぃ」
   歩行者用信号が赤から青に変わる。
   歩き出す二男。
   交差点の中央で、正面から歩いてくる太郎とぶつかる。
太郎「あ、すみません」
   我関せず、といった様子で歩く二男。

○路地
   通路を半分以上塞ぐようにたむろする倉持、阿部ら数名のチンピラ達。
   歩いてくる二男。倉持とぶつかる。
倉持「痛てぇな、この野郎」
   そのまま歩く二男。
阿部「おい。ちょっと待てよ、お兄さん」
   立ち止まり、振り返る二男。
二男「何だ?」
倉持「『何だ?』じゃねぇだろ。人にぶつかっといて」
二男「そんな所にいたら、通るのに邪魔なんだよ。お前らが悪い」
阿部「ナメてんのか? お兄さん」
倉持「正義の味方気取ってんじゃねぇぞ」
   殺気立つチンピラ達。
二男「やんのか?」
   ポケットの中に入っている(今はまだ見えないが)サバイバルナイフを叩く二男。
二男「うおおお!」

○百瀬家・外観

○同・二男の部屋
   散らかった室内。
   布団で寝ている二男。起き上がる。ボコボコにされた跡。
二男「(時計を見て)もう昼か」

○同・モモセサイクル
   自転車の修理をしている一男。そこにやってくる二男。
一男「起きたか、二男。ひでぇ顔だな」
二男「うるせぇ。兄貴には関係ねぇだろ」
   出て行こうとする二男。
一男「どこに行くんだ?」
二男「バイトだよ」
一男「今日のバイトは休め。俺が許す」
二男「勝手に許してんじゃねぇよ。大体、何で休まなきゃなんねぇんだよ」
一男「二男は新さん知ってるだろ? 新豪毅さん」
二男「……あ〜、名前だけはな。兄貴の先輩で、今ムショにいるっていう奴だろ」
一男「それが今日出てきたって連絡があってな。早速今夜、帰還パーティーする事になってんだよ」
二男「ふ〜ん、行ってくれば?」
一男「お前も来るんだよ」
二男「何で俺が?」
一男「この辺のワルを全部締めてた人だぞ? とにかく人数集めて、ド派手に祝わないとマズいんだよ。だから来い」
二男「くだらねぇ。悪いけど、俺は行く義理ねぇから」
一男「……これくらい協力しろよ。お前は数合わせくらいしか存在価値ねぇんだから」
二男「は?」
一男「事実だろうが。高校は中退、家の仕事はやらねぇ、自分で喧嘩ふっかけといてボコボコにされて帰ってくる、カラオケ屋のバイトだって本当かどうか」
二男「これからバイトなのは本当だよ。店に電話でもして確かめりゃいいだろ」
一男「今日の朝帰りもか?」
二男「それは……」
一男「とにかく、今日は新さんの方に顔を出せ。頼んでるんじゃない、命令だ」
二男「冗談じゃねぇ。誰が行くか」
   店の入口に立っている太郎の脇を通って出て行く二男。
一男「おい、二男! ……ったく」
太郎「あの〜……」

○カラオケ屋・外観

○同・受付
   受付業務をする二男。客側には森(26)と菜々がいる。
二男「ごゆっくり」
菜々「じゃあ、先行ってるね」
森「おう。(二男に)あのさ、便所どこ?」
二男「トイレなら、突き当たりを右で」
   その場を去る森と菜々。入れ替わりにやってくる店長。
店長「ダメだよ、百瀬君。お客様の言う事を言い直しちゃ。『トイレ』って言われたら『おトイレ』、『便所』って言われたら『お便所』。わかった?」
二男「はぁ……」
店長「じゃあ、これ。一〇六の部屋に持って行って」
   「ユキちゃん お誕生日おめでとう」と書かれたプレートの乗ったケーキが置いてある。

○同・一〇六号室・前
   ケーキを運んでくる二男。
   部屋から出てくる慎吾。
慎吾「来た来た。(室内に向けて)せ〜の」

○同・同・中
   ケーキを運んでくる二男。中には慎吾を含む男子三名と友紀、ミラ、輪子がいる。友紀以外の五人が「ハッピーバースデイ」を歌っている。
友紀「え、私の?」
   ろうそくの火を吹き消す友紀。拍手が起きる。
ミラ「友紀、一日早いけどおめでとう」
友紀「ありがとう」
   その場に居づらそうな二男。
慎吾「あ、店員さん。写真とってよ」
   二男にスマホを渡す慎吾。
二男「はぁ……」
   一カ所に集まりピースする六人。
二男「はい、チーズ」

○同・前(夜)
   呼び込みをしている二男。
二男「カラオケはいかがですか〜。カラオケはいかがですか〜。……あ〜、ダリィ」
一男の声「随分と忙しそうだな」
   振り返る二男。そこに立つ一男。
二男「……何しにきたんだよ」
一男「決まってんだろ。迎えにきたんだよ」
二男「行かねぇって言っただろ」
一男「安心しな。もうお前ん所の店長とは話がついてるから」
二男「は?」

○同・受付(夜)
   向かい合って立つ一男、二男と店長。
店長「おじいさんが危篤だって? こっちはいいから、早く行ってあげなさい」
一男「すみません、ご配慮いただきありがとうございます」
   深々と頭を下げる一男。その様子を呆れたような目で見ている二男。
二男の声「よくもまぁ、あんな嘘平気でつけるよな」

○走行中の軽トラック(夜)

○車内(夜)
   運転する一男と隣に座る二男。
二男「じいちゃんに聞かれたら、ぶっ殺されてるぞ?」
一男「別にいいだろ。お前が『嘘付いた事ない』って言うなら話は別だけどな」
二男「……」
一男「(時計を見て)ヤベ〜、もうとっくに始まってるよ。遅れちまったな」
二男「俺のせいにすんじゃねぇぞ」
一男「別にお前のせいじゃねぇよ。なかなか自転車取りに来ねぇ客がいてさ……」

○倉庫・外(夜)
   二男達が乗っていた軽トラックなど、多くの車が停まっている。

○同・中(夜)
   挨拶しながら歩く一男と、その後ろを歩く二男。
   二人の前方、乾杯をする新と神楽の元にやってくる一男と二男。
一男「お久しぶりです、豪毅さん」
新「おう、カズじゃねぇか。……で、(二男を指して)そっちは?」
一男「弟の二男です。ほら、挨拶しろ」
二男「……ども」
新「……面白ぇ目してんな。運命感じるぜ」
二男「は?」
新「悪ぃ、神楽。ちょっとコイツと飲んでくるわ。(二男の肩をつかんで)よし、お前は何飲む?」
二男「え? あ、いや……」
   新に連れられていく二男。
新「なぁ、お前放火とか得意か?」
二男「は? そんなのした事ねぇよ」
新「まぁ、やった事あるかなんてどうでもいいか。放火、やってみねぇか? お前みたいな奴にはきっと向いてるからよ」
二男「どこが」
新「目だよ。溜まったイライラを無抵抗な何かにぶつけてそうな、そんな目ぇしてんだよ、お前は」
二男「……喧嘩売ってんのか?」
   ポケットの中に入っているサバイバルナイフを叩く二男。
新「ほう、俺の喧嘩を買おうってか? 久々だな。出てきた甲斐があったってもんだ」
二男「うおおおお!」
   新に殴り掛かる二男。
   二男より先に決まる新の拳。吹っ飛ばされる二男。意識を失う。
    ×     ×     ×
   目を覚ます二男。目の前には瑠奈がいる。
二男「ん……」
瑠奈「お、目覚めたか年下男子」
二男「……誰だ?」
瑠奈「私は秋田瑠奈、二六歳、高校教師。年上に興味はあるかい?」
二男「……無ぇ」
   立ち上がる二男。
瑠奈「君も無謀な事するね。まさか豪ちゃんに勝てると思ってた?」
二男「……本気出せば負けねぇよ」
瑠奈「え?」
   出口に向かって歩き出す二男。
瑠奈「おい、年下君。無理しない方がいいって。っていうかどこ行くつもり?」
二男「帰る」
瑠奈「帰るって、そんな」

○同・外(夜)
   建物から出てくる二男とそれを追ってくる瑠奈。
瑠奈「まさか歩いて帰るつもり? あの自転車屋まで何時間かかると思ってんの?」
二男「知るか。歩いてりゃそのうち着く」
瑠奈「わかったような口聞くじゃん。お姉さん、ぐっと来ちゃったよ」
二男「ちょっとばかり早く産まれたからって、偉そうにすんな」
瑠奈「あらら、年上の魅力を理解できないとは、君もまだまだお子様だね」
   無視して歩き出す二男。
瑠奈「まぁ、君は君の道を行きたまえ、年下君。ただし、気を付けてね」

○駐輪場・前(夜)
   一人で歩いている二男。
二男「ちくしょう。どいつもこいつも、俺をバカにしやがって」
   ポケットに手を突っ込む二男。ポケットの中から紙を取り出す。
二男「何だこれ?」
   紙には「秋田瑠奈」と書かれ、電話番号やメールアドレスが書かれている。
二男「ったく、こんなもん」
   紙を丸めて捨てようとする二男。途中で止め、ポケットにしまう。そして代わりにサバイバルナイフを取り出す。駐輪場に停められた自転車が目に入る二男。

○同・中(夜)
   自転車のタイヤにサバイバルナイフを刺す二男。自転車から空気が抜ける。
   その様子を、笑みを浮かべながら眺める二男。
二男「へへっ、ざまあみろ。お前は俺に逆らう事なんてできねぇんだよ。お前らなんてこの程度なんだよ。ひひっ、はははっ」

○百瀬家・外(朝)
   やってくる二男。中に入ろうとするが話し声が聞こえて立ち止まる。
新の声「……まぁ、説明はそんな所だ」
   扉を僅かに開け、中を覗き見る二男。

○同・モモセサイクル(朝)
   扉を僅かに開け、中を覗き見る二男。
   向かい合って立つ一男と新。
新「安心しな。家には誰もいねぇ時間だ。燃えたって、人一人は死にやしねぇ運命だ」
一男「……はい」
新「じゃあ、任せたからな。今夜の報告、待ってるぞ」
   出て行こうとする新。

○同・外(朝)
   慌てて建物の陰に隠れる二男。出てくる新。二男のいる方に歩いてくる。
新「(二男に視線を向けずに、小声で)いい兄貴を持ったな」
   そのまま歩き去る新。
二男「?」

○同・モモセサイクル(朝)
   入ってくる二男。一男に詰め寄る。
二男「兄貴」
一男「(驚いて)!? な、二男……いつからいた?」
二男「やんのか、放火?」
一男「……お前には関係ねぇだろ」
二男「知らねぇ奴の家に火ぃ付けて、一体何が楽しいんだよ」
一男「さぁな。案外スッキリすんじゃねぇのか?」
二男「変わんねぇよ、何も……」
一男「随分わかったような口聞くんだな」
二男「とにかく、そんな下らねぇ事止めとけよ。あの新って奴の命令だからか? んなもん、断っちまえばいいじゃねぇか」
一男「……るせぇんだよ!」
   二男を突き飛ばす一男。
二男「っ痛ぇな。何すんだよ!」
   一男に殴り掛かる二男。逆に一男に殴られる。将棋倒しになる自転車。
一男「人の気も知らねぇで、勝手な事ばっか言ってんじゃねぇぞ。(二男を殴り)俺だって、出来たらこんな事やりたくねぇよ。(二男を殴り)でも仕方ねぇだろ、豪毅さんには逆らえねぇんだよ」
   倒れる二男。
一男「お前に止められるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇよ」
   出て行く一男。
二男「ちくしょう……」
   気を失う二男。

○同・外
   シャッターに貼られた「臨時休業」と書かれた紙。

○同・店内
   目を覚ます二男。自転車は整頓されている。
二男「兄貴の奴、どこに……」
   カウンターの上に置かれた「モモセサイクル営業マニュアル」と書かれたノートに気付く二男。手に取る。

○同・二男の部屋
   電話をかけている二男。
   机の上に開いた状態で置いてあるノート。「パンクの修理方法」などが手書きで書かれている。
   電話を切る二男。
二男「何で出ねぇんだよ。何考えてんだよ兄貴。捕まる気満々じゃねぇか」
   ノートを床に叩き付ける二男。
二男「こんなん残したって、俺はこんな店継がねぇからな」
   ポケットに手を突っ込む二男。何かに気付き手を出す。そこには丸められた紙が握られている。

○カラオケ・外
   歩いている二男。
瑠奈の声「もしもし、年下君? 豪ちゃんの居る場所ならわかったよ。駅前の……」
二男「世間は狭ぇな」

○同・受付
   受付に立つ店長。入ってくる二男。
店長「いらっしゃいま……あれ、百瀬君? 今日シフト入ってたっけ?」
   無視して受付の中に入る二男。名簿を見る。
店長「ちょっと、何してんの?」
二男「一〇六号室、か」

○同・一○六号室・中
   新、森を含む男女が歌っている。そこに入ってくる二男。
森「何だ? お前」
   立ち上がろうとする森を制する新。
新「よう、カズの弟じゃねぇか」
二男「新豪毅。ちょっと話がある」

○公園
   向かい合って立つ二男と新。
新「まさかこの俺をこんな所に呼び出すなんてな。何の用だ?」
二男「わかってんだろ。兄貴の事だよ。今すぐ止めさせろ」
新「別にいいじゃねぇか。無人の家を燃やすだけだぜ? 大した事じゃねぇ」
二男「じゃあ、自分でやったらどうだ?」
新「断る。俺も捕まりたくはねぇんだよ」
二男「兄貴は捕まってもいいってか? 反吐が出る野郎だ」
新「お前こそ、口の聞き方がなってねぇぞ。忠誠心がねぇってのは本当らしいな」
二男「いいから、兄貴を止めさせろ」
新「じゃあ、こうしよう。俺に勝ったら、カズを止めてやるよ」
二男「……わかった。やってやるよ」
   ポケットの中のサバイバルナイフを叩く二男。
新「昨日の今日でよくそんな気になれるな。褒めてやるよ」
二男「うるせぇ!」
   新に殴り掛かる二男。新に返り討ちにあう。倒れる二男。立ち上がる。
新「ほう、今日は一発で失神しねぇんだな」
二男「……うるせぇ」
新「そんじゃ、褒美に教えてやるよ。放火は俺の命令じゃねぇ。カズが自分でやるって言い出したんだよ」
二男「は? んな訳ねぇだろ」
新「あるんだから仕方ねぇだろ。そういう運命だったんだ。思い当たる節、あるんじゃねぇのか?」
二男「んなもん、ある訳……」

○(フラッシュ)倉庫・中(夜)
   新に連れられていく二男。

○公園
   向かい合って立つ二男と新。
二男「……俺か?」
新「そうだ。俺はお前に放火させようとしてたんだよ。向いてると思ったからな。でもカズが『弟にやらせるくらいなら自分がやる』って聞かなくてな。ホント、いい兄貴を持ったな。お前は」
二男「兄貴……」
   笑い出す二男。
新「何がおかしい?」
二男「いや、兄貴もバカだな、って思っただけだ。なら俺も弟として、バカな兄貴を止めねぇとな」
新「お前には止められねぇよ」
二男「どうかな? 俺が本気を出せば、お前なんかにゃ負けねぇよ」
   ポケットからサバイバルナイフを取り出す新。
新「……正気か?」
二男「本気って言ってんだろ。どんな手ぇ使ってでも、兄貴を止めさせてやるよ」
   新に向けてナイフを振り回す二男。紙一重でよけて行く新。
新「おい、わかってんのか? こんな事してたらお前が捕まっちまうぞ?」
二男「構わねぇよ。兄貴が犯罪者になるくらいなら、俺がなった方がマシだ。それが、俺が俺なりに考えた、俺の存在価値だ」
   新に刃先を突きつける二男。
新「気に入らねぇ目になっちまったな」
二男「は?」
   電話をかける新。
新「おい、カズの奴、電話に出ねぇじゃねぇかよ。どうやって止めんだよ」
二男「あんた……」
新「あ〜、面倒くせぇ。場所教えてやっから自分で直接行って止めてきな」
二男「(笑みを浮かべ)仕方ねぇな」
   ナイフをしまう二男。

○武井家・裏
   ジッポやガソリンなどを持って立つ一男。そこにやってくる二男。
二男「待てよ、兄貴」
一男「(驚いて)!? 二男、何で来た?」
二男「バカな兄貴を持つと苦労すんだよ」
一男「言っただろ? 『お前に止められるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇ』って」
二男「安心しな。新豪毅となら話をつけた」
一男「何だって?」
二男「嘘だと思うなら、電話でもして確かめてみろよ」
一男「……関係ねぇよ」
二男「は?」
一男「豪毅さんは関係ねぇ。俺が燃やすって決めたんだ。この家を」
   中に入ろうとする一男。一男の腕を掴んで止める二男。
二男「おいおい、兄貴。自分で何言ってんだかわかってんのか?」
一男「離せ」
二男「離す訳ねぇだろ。いいから(ジッポ等を指して)ソレ、こっちによこせ」
   もみ合いになる二男と一男。その最中、何かに気付く二男。
二男「……なぁ、兄貴。まだ火ぃ付けてねぇんだよな?」
一男「は? 自分で邪魔しといて何言ってんだよ」
二男「だよな。……じゃあ、あれ何だ?」
   家から火が立ち上る。
一男「!? な……」
二男「……どうなってんだよ」

○武井家・友紀の部屋
   電気は消えている。鏡が置いてある。
友紀N「鏡よ鏡」
   友紀やミラ、輪子、菜々らが笑顔で写っている写真。
友紀N「あなたは真実を映しますか?」
   写真に火がつき、燃える。
友紀N「あなたは嘘を映しますか?」
   鏡に映る、燃える写真を見つめる友紀の姿。
友紀N「そこに映る私は本当の私ですか?」

○スクランブル交差点
   T「第4章 存在しない女のメモリアルファイル」
   歩行者用信号は赤。信号待ちをしてい友紀ら大勢の人々。
友紀M「あ〜、だりぃ」
   青に変わる信号。歩き出す友紀ら大勢の人々。
友紀M「学校なんてめんどくせぇ。バックレようかな」
   交差点の中央で、左側から歩いてくる太郎とぶつかる友紀。
友紀「あ、すみません」
太郎「え……?」
   そのまま歩いて行く友紀。

○城野女子高校・外観

○同・昇降口
   「武井友紀」と書かれた靴箱から上履きを取り出し、履き替える友紀。一息つく。

○同・教室
   笑顔で教室に入ってくる友紀。
友紀「おはよう」
   三人で喋っているミラ、輪子、菜々。
ミラ&輪子&菜々「おはよう」
   席に着く友紀。そこに集まってくるミラ、輪子、菜々。
ミラ「ねぇ、聞いてよ友紀。昨日さ……」
友紀「うんうん」
友紀M「うぜぇ」
    ×     ×     ×
輪子「(服の載った雑誌を見せながら)見て見て、コレ。超かわいくない?」
友紀「かわいい」
友紀M「ダセェ」
    ×     ×     ×
菜々「そしたら、全然別人だったの」
友紀「え〜、ウケる〜」
友紀M「つまんねぇ」
    ×     ×     ×
   好き放題喋るミラ、輪子、菜々。
友紀M「あ〜あ、早く終わんねぇかな」
    ×     ×     ×
   友紀の元にいるミラ。
ミラ「ねぇ、友紀。今日ヒマ?」
友紀「何で?」
ミラ「合コン、行かない?」
友紀「合コン?」
友紀M「興味ねぇ」
ミラ「って言っても、カラオケだけだけど。川高の男子三人と、こっちはウチと友紀と輪子の三人で」
友紀「菜々は? いいの?」
ミラ「いいんだって。菜々、彼氏できたっぽいから。っていうか、ウチらにも黙ってるって、ありえなくない?」
友紀「え~、ありえな〜い」
友紀M「別に、どうでもいいし」

○住宅街
   一人で歩く友紀。
ミラの声「じゃあ、一回家に帰って、着替えてから集合、って事で」
友紀「めんどくせぇ。何だよ、合コンって」

○武井家・外

○同・友紀の部屋
   私服に着替えた友紀。机の上に置かれた、笑顔の友紀らが写った写真とライターを手に取り、写真に火をつける。燃える写真を眺める友紀。やがて、水の張ったバケツに写真を捨てる友紀。バケツの中には燃やされた写真が何枚も入っている。

○同・リビング
   掃除をしている都子。そこにやってくる友紀。
友紀「じゃあ、行ってくるから」
都子「行ってらっしゃい。あんまり遅くならないようにね」
友紀「わかってる」
   インターホンが鳴る。

○同・玄関
   ドアを開ける友紀。そこに立っている神楽。
友紀「はい……」
神楽「お母様、いらっしゃいますか?」

○同・階段
   階段に座り、漏れてくる神楽と都子の会話を聞いている友紀。
都子の声「うちには高校二年になる娘もいるの。わかる?」
神楽の声「娘さん、ですか。なら、私と奥様の差は、智己さんとの間に子供がいるかいないか、それだけって事ですか? 娘さんさえいなければ……」
   その場を立ち去る友紀。

○同・外
   出てくる友紀。
友紀M「私さえいなければ……」

○電車内
   窓の外を眺めている友紀。
友紀M「私さえいなければ……」

○カラオケ屋・外観

○同・受付
   手続きをしている慎吾を含む男三人とミラ、輪子、友紀。
友紀M「こっちだって、居たくて居る訳じゃねぇよ」
ミラ「友紀、どうかした?」
友紀「え? ううん、別に」
輪子「イケメンばっかだもん迷っちゃうよね」
   男三人を眺める友紀。
友紀「そうだね」
友紀M「どこが」
   受付業務をする店長。
店長「それでは一〇六のお部屋になります。ごゆっくりどうぞ」
慎吾「あ、すみません。俺、クソしたいんスけど……」
店長「はい、おクソでございますね」

○同・一〇六号室・中
   男女が交互に座っている。友紀は一番端、慎吾の隣に座っている。
慎吾「つまりね、今ある首里城ってのはあくまでも復元したものな訳」
友紀「へぇ、そうなんだ〜」
慎吾「いくら復元しても、本物はもう燃えてなくなっちまったんだよ。何もかも。そう考えると、何か悲しくねぇ?」
友紀「そうだね……」
友紀M「燃えて、なくなる。何もかも……」
慎吾「(小声で)……にしても遅っせぇな」
友紀「? 何が?」
慎吾「いや、何でも……(ドアの向こうに何かを見つけて)おっ」
   部屋の外に出る慎吾。
慎吾「来た来た。(室内に向けて)せ〜の」
   友紀以外の五人が「ハッピーバースデイ」を歌う中、「ユキちゃん お誕生日おめでとう」と書かれたプレートの乗ったケーキを運んでくる二男。
友紀「え? 私の?」
   ろうそくの火を吹き消す友紀。拍手が起きる。
ミラ「友紀、一日早いけどおめでとう」
友紀「ありがとう」
友紀M「バレバレだったけどな」
慎吾「あ、店員さん。写真とってよ」
   二男にスマホを渡す慎吾。
二男「はぁ……」
   一カ所に集まりピースする六人。
二男「はい、チーズ」
友紀M「別に、何もめでたくねぇよ」

○同・外(夜)
   建物から出てくる六人。
ミラ「あ〜、楽しかった。ね?」
友紀「そうだね」
友紀M「あ〜、やっと帰れる」
慎吾「で、次どこ行く?」
友紀「え?」
輪子「え? 友紀は嫌なの?」
友紀「いや、そういう訳じゃ……」
友紀M「嫌に決まってんだろ」
ミラ「あ〜、ウチが最初に『カラオケだけ』って言ってたからね。いいよ、別に。無理しなくても」
友紀「本当、そういう訳じゃないから」
慎吾「じゃあ、決定。サイゼでいい?」
ミラ「賛成〜!」
慎吾「じゃあ、出発〜」
友紀M「マジかよ……」
   歩き出そうとして新、倉持、阿部に囲まれる慎吾達。
阿部「よう、楽しそうだね、お兄さん達」
慎吾「……何だ、アンタら」
倉持「ちょっとめでてぇ事があってな。カンパに協力してくんねぇか?」
慎吾「アホらし。みんな、こんなん無視して行こうぜ」
   倉持に殴られる慎吾。倒れる。
倉持「イケメン気取ってんじゃねぇぞ」
   慎吾の財布を奪う阿部。中から五千円札を取り出す。
阿部「五千円か……まぁ、いっか。そっちのお兄さん達も早く金出しな?」
   金を出す男達。ともに二千円ほど。
倉持「しょっぺぇな。まぁ、いいや。ありがたく貰っておくよ。後は女か……。豪毅さん、どうします?」
新「……女から取るのは格好悪すぎだろ」
倉持「ですよね。じゃあ、せいぜい今宵を楽しむんだな」
   男達を殴る倉持、阿部。そのままその場を去る新、倉持、阿部。
   倒れる男三人を見ている友紀。
友紀M「ダサッ」

○公園(夜)
   殴られた箇所を冷やす慎吾ら男達と、それを心配そうに見るミラと輪子、時間を気にする友紀。
ミラ「大丈夫?」
慎吾「何なんだよ、アイツら。俺たちが何したって言うんだよ……」
   友紀の元に来る輪子。
輪子「ねぇ、友紀。もう帰らない?」
友紀「え?」
輪子「正直、これ以上付き合っても何もなさそうだし……」
友紀「そうだね。帰ろっか」
輪子「じゃあさ、友紀からミラに言ってくれない? お願い」
友紀M「自分で言えよ」
友紀「わかった、いいよ」
   ミラの元に行く友紀。
友紀「ねぇ、ミラ。私と輪子、そろそろ帰らないとマズいんだけど」
ミラ「え? ちょっと、二人ともこの状態で放って帰るつもり?」
   目を伏せる輪子。
友紀「でもさ、私たちが鳴海君達を送って帰る、って訳にもいかないじゃん?」
ミラ「まぁ、それはそうだけど……」
慎吾「俺たちだったら、別に平気だからさ。それにあんまり遅くなるとあれだし、帰るなら帰っちゃっても、ね」
友紀M「はい、終了」

○武井家・外(夜)
   歩いてくる友紀。
友紀「にしても、ムダに長かった……」
武井の声「娘にも会ったそうじゃないか」
   門の前にてスマホで通話中の武井。
武井「一体どうしたんだ? いきなり会社を辞めたり、家に来たり……」
   立ち聞きする友紀。
武井「そのうちって……。おい、ちょっと待て、おい……ったく」
   電話を切る武井。友紀に気付く。
武井「おかえり、友紀。……いつからそこにいた?」
友紀「今来た所だけど。仕事の話?」
武井「え? ……あぁ、まぁな」
友紀M「嘘つけ」
   中に入って行く友紀。

○同・リビング(夜)
   入ってくる友紀。
友紀「ただいま……」
   物が散乱している部屋。ソファーに座っている都子。
都子「おかえりなさい、遅かったじゃない」
友紀「そう? (部屋の惨状を見て)むしろ、もっと遅かった方が良かったんじゃない?」
都子「(友紀の様子に気付いて)……ごめん、すぐ片付けるから」
   片付け始める都子。手伝う友紀。

○同・同(朝)
   片付いている室内。
   ソファーで眠っている都子の脇に立つ制服姿の友紀。
友紀「行ってきます」

○同・外(朝)
   出てくる友紀。建物の様子を下見中の一男を見つける。
友紀「?」

○城野女子高校・外観

○同・教室
   席に座り、何かを書いている友紀。
   登校してくる輪子と菜々。友紀に気付く。
輪子「あれ、友紀。おはよう」
菜々「どうしたの? 早いじゃん」
友紀「うん、まぁね」
   書いていた紙を机の中にしまう友紀。友紀の元に来る輪子と菜々。菜々の手には紙袋がある。
輪子「友紀、誕生日おめでとう」
菜々「はい、これプレゼント(と言って友紀に紙袋を渡す)」
友紀「ありがとう。開けていい?」
菜々「ダメ。家に帰ってから開けてよ。それまでのお楽しみ」
友紀「何だろう。超気になる」
友紀M「勿体ぶる程のもんじゃねぇだろ」
   登校してくるミラ。
ミラ「おはよう。あれ、どうしたの友紀。早いじゃん」
友紀「おはよう」
   友紀の机の中に入っている紙。
友紀M「一七年前の今日、私はこの世に生を受けた」
   談笑する友紀、ミラ、輪子、菜々。
友紀M「この頃の私は、おそらくまだ『私』だった」
    ×     ×     ×
   授業が行われている。
   ノートをとるフリをして紙に何か書いている友紀。
友紀M「いつからか、私は『私』でなくなった」
    ×     ×     ×
   喋っている友紀、ミラ、輪子、菜々。
菜々「あいつマジ超ウザいよね」
友紀「確かに」
友紀M「『私』の発言は、私の本心ではなくなり」
ミラ「ねぇ、ちょっとトイレ行かない?」
   教室から出て行く友紀、ミラ、輪子、菜々。
友紀M「『私』の行動は、私の真意ではなくなった」

○同・校門
   ミラ、輪子、菜々と一緒に校門から出てくる友紀。
友紀M「全ては、私の中の私ではない『私』によるもの」
ミラ「じゃあ、また明日ね」
輪子「バイバイ」
   ミラと別れて歩き出す友紀ら。
   友紀らの後をつけて(特に隠れたりせず堂々と)歩き出す太郎。
友紀M「私はそんな『私』が、嫌いだ」

○電車内
   喋っている友紀、菜々、輪子。後方にいる太郎をチラチラと気にする友紀。
友紀M「だから私は……」
輪子「友紀、どうしたの?」
友紀「え? あぁ、何かさっきから、あの男子が付いてきてるような気がして」
菜々「え? どれ?」
   太郎の方をうかがう菜々と輪子。
菜々「ウチら、全然気にならなかったけど」
輪子「川高の人みたいだし、たまたまなんじゃない?」
友紀「うん……」
友紀M「気付けよ、鈍感」

○住宅街
   一人で歩いている友紀。
   友紀の後をつけて(特に隠れたりせず堂々と)歩く太郎。
   曲がり角を曲がる友紀。曲がった所で立ち止まる。そこにやってくる太郎。
太郎「あ……」
友紀「どういうつもり? 人の事コソコソ付け回して」
太郎「えっと、僕は……」
友紀「うぜぇんだよ、後ろでウロチョロウロチョロ」
太郎「すみません」
友紀「とっとと消えろよ、ストーカー野郎」
   その場を去る友紀。

○武井家・外
   中に入って行く友紀。

○同・リビング
   入ってくる友紀。
友紀「ただいま」
都子「おかえり。朝起きたら友紀がいないから、ママびっくりしちゃったわよ」
友紀「あぁ、ごめん」
都子「いいのよ。それより、早めに支度してね。六時くらいには出発するから」
友紀「……私、今日行かないから」
都子「え?」
友紀「だから、私は今日行かないって」
都子「どうしたの? 具合でも悪いの?」
友紀「別に。ただ、行きたくないだけ」
都子「そんな、せっかく友紀の誕生祝いなのに……」
友紀「夫婦水入らずで食事してきてよ。昨日何があったか知らないけど」
   部屋から出て行く友紀。
都子「友紀……」

○同・友紀の部屋
   入ってくる友紀。電気を付ける。
   カーテンを開けると、家の外にいる太郎と窓越しに目が合う。
友紀「まだ居たのかよ」
   カーテンをしめる友紀。

○同・外観(夜)

○同・友紀の部屋(夜)
   紙袋を開ける友紀。フォトブックが出てくる。中には友紀や菜々、ミラ、輪子らが笑顔で写った写真が大量に挟まれている。
友紀「くだらねぇ」
   ドアをノックする音。
都子の声「友紀、本当に行かないの?」
友紀「行かない」
都子の声「じゃあ、ママは行っちゃうけど、タクシー代は置いておくから、気が向いたら来なさいね」
    ×     ×     ×
   車の出て行く音。
友紀「さて、と」
   机の引き出しから蝋燭とチャッカマンを出す友紀。
友紀M「私はそんな『私』が、嫌いだ」

○城野女子高校・教室(夜)
   友紀の机の中。「遺書」と書かれた封筒が入っている。
友紀M「だから私は、私を消す事にした」

○武井家・玄関(夜)
   蝋燭を立てる友紀。火をつける。
友紀M「これ以上、私ではない『私』に、私を汚されないために」

○同・リビング(夜)
   蝋燭を立てる友紀。火をつける。
友紀M「生きてきた軌跡ごと、過去の全てとともに、消す事にした」

○同・階段(夜)
   蝋燭を立てる友紀。火をつける。
友紀M「本当は存在しない『私』を、存在しなかった事にするだけだ」

○同・友紀の部屋(夜)
   フォトブックの写真を一枚ずつ取り出して火をつける友紀。火の付いた写真を無造作に投げ捨てる。
友紀M「そして私は生まれ変わる」

○同・玄関(夜)
   蝋燭の脇で写真が燃えている。
友紀M「過去の全てをリセットし、産まれ直す」

○同・リビング(夜)
   蝋燭の脇で写真が燃えている。
友紀M「そのために今日という日を選んだのだ」

○同・階段(夜)
   蝋燭の脇で写真が燃えている。
友紀M「今日が新しい私の第一歩」

○同・友紀の部屋(夜)
   火の付いた写真を無造作に投げ捨てる友紀。
友紀M「ハッピーバースデイ、本当の私」

○同・前(夜)
   燃える家を見上げる太郎。
太郎N「桃太郎は鬼が島にたどり着く。たった一人で、誰にも気付かれず」

○救急車・中(夜)
   搬送される神楽。
神楽N「かぐや姫は月の使者に連れられる。でも、月に自分の居場所があるとは限らない」

○武井家・裏(夜)
   燃える家を見上げる二男と一男。
二男N「子豚は狼を追い払う。大事なのは、その後で本人がどう変わるかだ」

○同・友紀の部屋(夜)
   写真に火をつける友紀。
友紀N「白雪姫は毒リンゴを食べる。それが毒と知りながら、自らの意思で」

○スクランブル交差点
   行き交う人々。
太郎&神楽&二男&友紀N「そして物語は入り乱れる。スクランブル交差点のように」

○黒味
   T「最終章 スクランブルライフ」

○武井家・裏(夜)
   燃える家を前に狼狽する一男と二男。
一男「何で……まだ火ぃ付けてねぇのに」
二男「……兄貴、行け」
一男「え?」
二男「ここに、こんなもん持って居たら怪しまれんだろうが」
一男「二男はどうすんだよ」
二男「知らねぇよ。とにかく、兄貴はさっさとここを離れろ」
一男「……二男、悪い」
   走り去る一男。
二男「……さて、どうすっかな」

○同・前(夜)
   燃える家を前に狼狽する太郎。
太郎「どうしよう、どうしよう……っていうか、何がどうなって……」
   インターホンを鳴らす太郎。
太郎「火事ですよ、火事!」
   走り去る一男の姿を目撃する太郎。
太郎「あっ」

○同・友紀の部屋(夜)
   自身が笑顔で写る写真を見て嘲笑する友紀(このときインターホンが鳴っているが気にしない)。
友紀「嘘くせぇ顔」
   写真に火を付け、無造作に投げ捨てる友紀。

○同・裏(夜)
   燃える家を見上げる二男。
二男「にしても、一体誰が……?」
   二男を取り押さえる太郎。
太郎「捕まえたぞ、放火魔!」

○総合病院・外観(夜)

○同・病室(夜)
   ベッドに横になる神楽。目を覚ます。傍らに立つ武井。
武井「目が覚めたか、神楽」
神楽「智己さん? 何で……」
武井「それはこっちの台詞だ。何であのレストランにいた? 俺の事を待ち伏せでもしていたのか?」
神楽「……。私、一体……」
武井「医者が言うには、少し休んだら帰っていいんだと。大した事はないらしい。お前も、お腹の子供も」
神楽「……そう、良かった」

○武井家・裏(夜)
   二男を取り押さえている太郎。
太郎「この放火魔め!」
二男「違っ、俺は……」
太郎「何でこんな事を!」
二男「だから、俺は……」
太郎「中にはまだ、あの子が居るんだぞ!」
二男「聞け。俺は……何だって?」
   太郎の胸ぐらを掴む二男。
二男「お前、もう一辺言ってみろ」
太郎「だ、だから、まだあの子が中に居るって……」
二男「んなハズねぇだろ。この時間は家には誰もいねぇ、って」
太郎「僕はずっと家の前にいたんだ。間違いない。……助けなきゃ」
   中に入ろうとする太郎。太郎の腕を掴んで止める二男。
二男「バカ、お前死ぬぞ?」
太郎「あの子が死んだら、僕はこの世にいないも同然なんだ。だから、行く」
   掴まれた腕を振り払う太郎。
太郎「後で警察に突き出してやるから、逃げるなよ。放火魔」
   中に入って行く太郎。
二男「……」
武井の声「何で何も言わなかった?」

○総合病院・病室(夜)
   ベッドに横になる神楽とその傍らに立つ武井。
武井「子供の事だ。会社を辞めるのも、それが理由なのか?」
神楽「まぁね」
武井「……俺の子なのか?」
神楽「だとしたら、奥さんと別れて、私と一緒になってくれる?」
武井「……悪いが、君と家族になる事はできない」
神楽「それは、何で?」
武井「血がつながっているから、家族なんじゃない」

○武井家・友紀の部屋(夜)
   写真に火をつける友紀。
武井の声「家族として過ごしてきたから家族なんじゃない」

○同・裏(夜)
   決意したように中に入って行く二男。
武井の声「相手を家族だと思えるから、家族なんだ」

○同・階段(夜)
   燃えている中、駆け上がる太郎。足を押さえる。
太郎「こんな時に……」

○同・友紀の部屋・前(夜)
   ドアの前に立つ太郎。
太郎「ここだ」
   ノックをする。

○同・同・中(夜)
   ノックの音に驚く友紀。
太郎の声「開けて、火事だよ、逃げなきゃ」
友紀「何で……?」

○同・同・前(夜)
   ドアを開けようとする太郎。鍵がかかっていて開けられない。
友紀の声「何してんだよ。来んじゃねぇよ。さっさとどっか逃げてろよ」
太郎「君を置いて行く訳にはいかないよ」
   そこにやってくる二男。
二男「マジでいるんだな、中に」
太郎「(驚いて)!? 何しにきたんだよ、放火魔」
二男「その話は後にしろ。ドア突き破るぞ。手ぇ貸せ」
太郎「は、はい……」
   ドアに体当たりする太郎と二男。足を押さえる太郎。
太郎「痛っ……」
二男「使えねぇな。休んどけ」
   ドアに体当たりする二男。

○同・同・中(夜)
   ドアに体当たりする音。その様子をおびえたように見ている友紀。
友紀「来るな、来るな……」
   ドアを突き破り、入ってくる太郎と二男。友紀にかけよる太郎。
太郎「大丈夫? さぁ、逃げよう」
友紀「だから来んなって言ってんだろ。いいんだよ、これで」
太郎「何で……?」
武井の声「娘は、友紀はなかなか本音を言ってくれない子でね」

○総合病院・病室(夜)
   ベッドに横になる神楽とその傍らに立つ武井。
武井「少しでも娘の気持ちがわかるようにならないものか、若い女性の考える事を勉強したんだけどね」
神楽「まさか、それが私と不倫した理由?」
武井「もしそうなら、君は怒るかい?」
神楽「呆れるかな。私と娘さんとじゃ、全然歳違うし、考える事も違うわよ?」
武井「そうだね。実際、娘の気持ちはわからないままだ。ダメな父親だよ」

○武井家・友紀の部屋・前(夜)
   友紀の腕を掴み、無理矢理連れて行こうとする太郎。
武井の声「娘の本当の声を聞いてくれる人が一人でもいてくれればいいんだけど」
太郎「とにかく、ここを出よう」
友紀「だから行かねぇって。こっちは自分で火ぃ付けてんだよ。放っといてくれよ」
   その様子を見ている二男。
二男「無理矢理連れて行くのは無理そうか」
   窓から下を見下ろす二男。
二男「降りられねぇ事はねぇな」
   サバイバルナイフを取り出し、シーツを裂いていく二男。
   向かい合う太郎と友紀。
太郎「何度でも言う。逃げよう」
友紀「しつけぇな。逃げたきゃさっさと一人で逃げりゃいいだろ」
太郎「君が一緒じゃなきゃ、意味がない」
友紀「訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇよ。これでいいんだよ!」
太郎「君がよくても、僕がよくない!」
友紀「……」
神楽の声「本当の声なんて、言える人の方が少ないと思うな」

○総合病院・病室(夜)
   ベッドに横になる神楽とその傍らに立つ武井。
神楽「智己さんだってそうじゃない? 本当に思っている事、素直に言えてる?」
武井「確かに、言えてはいないな」
神楽「私だってそう。好きな人に『側に居て欲しい』って、その一言が言えない」
太郎の声「僕は、君なしでは生きていけないんだ」

○武井家・友紀の部屋(夜)
   向かい合う太郎と友紀。
太郎「だから、一緒に逃げて欲しい」
友紀「お前、頭おかしいんじゃねぇの?」
   裂いたシーツをロープ状にしたものを見せる二男。
二男「できたぞ。これで窓から降りられるだろ」
友紀「だから私は……」
二男「俺はともかく、このストーカー野郎はお前が逃げるまでここにいるぞ? 例え死んでもな」
太郎「うん」
二男「どうする?」
友紀「……」
神楽の声「人殺しにはなりたくないよね」

○総合病院・病室(夜)
   ベッドに横になる神楽とその傍らに立つ武井。
武井「つまり、産むんだな?」
神楽「反対?」
武井「神楽の自由だ。俺にできる事があるなら、いくらでも協力しよう」
神楽「じゃあ、まず一つ教えて。親にとって子どもって、どういう存在?」
武井「そうだな……。自分の生まれ変わりみたいな所があるな。いわば……」

○武井家・外(夜)
   友紀の部屋の窓からロープ状のシーツが垂らされている。それを使って庭に降りる友紀。
武井の声「新しい自分」
   友紀の部屋の窓から顔を出す二男。
二男「よし、次はストーカー野郎だな」
   振り返る二男。太郎の姿はない。
二男「あ? どこ行った?」
   奥からやってくる太郎。
二男「勝手に消えてんじゃねぇよ」
太郎「すみません。じゃあ、行きます」
   ロープ状のシーツを使って庭に降りる太郎。友紀と向かい合う。
太郎「大丈夫ですか?」
友紀「……ふざけんなよ」
太郎「え?」
友紀「どうしてくれんだよ。めちゃくちゃじゃねぇかよ」
太郎「……」
友紀「大体、何が『僕は君なしでは生きていけない』だよ。どういう神経してんだ?」
太郎「……僕はよく『存在感がない』って言われるんだ」
友紀「何の話だよ」
太郎「本当に存在感がなさすぎて、誰かにぶつかっても、学校に遅刻しても、誰にも気付いてもらえなくて」
友紀「それがどうかしたのかよ」
太郎「だから思ってた。誰も僕の存在を感づいてくれないなら、それは存在していないのと一緒なんじゃないかって」
友紀「そんなの、私には関係ねぇよ」
太郎「関係あるよ。だって……」
武井の声「この子の存在を感じられるのは、君だけなんだな」

○総合病院・病室(夜)
   ベッドに横になる神楽とその傍らに立つ武井。
神楽「どういう事?」
武井「お腹の子、俺には見えないし、機械を使わなければ他の誰にも見えない。そこにいるのに、な」
神楽「そっか。今ここにこの子がいる、って事をわかってあげられるのは、私だけなんだね。考えた事もなかった」
武井「だから、その子にとって神楽は……」
太郎の声「かけがえの無い存在なんだ」

○武井家・外(夜)
   向かい合う太郎と友紀。
太郎「僕は君なしでは生きていけないんだ」
友紀「……それだけの事かよ」
太郎「それだけの事が、僕にとって凄く大事な事なんだ」
   服の中からフォトブックを出し、開いた状態で差し出す太郎。開かれたページには笑顔で写る友紀の写真。
友紀「(驚いて)!?」
太郎「これくらいしか持って来れなかったけ ど、全部燃えちゃうよりは……」
友紀「うるせぇ!」
   太郎の手からフォトブックをたたき落とす友紀。
友紀「こんなの、本当の私じゃねぇんだよ」
   地面に落ちるフォトブック。
太郎「あ……」
友紀「こんな、嘘っぱちの笑顔の写真なんていらねぇんだよ。言いたくねぇ事言って、やりたくねぇ事やって。もうそんな自分ウンザリなんだよ。こんなの、本当の私じゃねぇんだよ。本当の私なんて、どこにもいねぇんだよ」
太郎「本当の、君?」
友紀「だから全部消そうとしたんだよ。偽物の私を殺そうとしたんだよ。なのに……」
太郎「じゃあ、今の君は?」
友紀「は?」
太郎「僕といる時の君は? 正直、言葉遣いは乱暴だし、思ってる事バンバン素直に言ってるように見えるんだけど、これは本当の君じゃないの?」
友紀「それは……」
太郎「もしそうなら、僕の前ではそのままの君でいいから。そうすれば、本当の君は確かにここに存在する事になる、と思うんだけど?」
友紀「……」
太郎「それじゃダメ、かな?」
友紀「……うるせぇ」
   太郎の足(傷口の所)を蹴る友紀。
太郎「痛っ!」
友紀「おい、下僕」
太郎「……」
友紀「(太郎に)テメェの事だよ」
太郎「え、あ、はい。下僕です」
友紀「下僕扱いでいいなら、いてやってもいいぞ。テメェの近くに」
太郎「(嬉しそうに)はい!」
友紀「(嬉しさを押し隠すように)じゃあ、最初の仕事。あの人に礼、言っとけ」
太郎「そうですね。僕たちにとって、命の恩人ですもんね」
   二人の視線の先、燃える家を眺めている二男。
二男「やっぱり変わんねぇよな、何も……」
   サイレンの音。消防車が到着する。

○百瀬家・外観

○同・モモセサイクル
   自転車の修理をしている作業着姿の二男。マニュアルを見ている。
二男「わかりづれぇマニュアルだな、くそ」
   そこにやってくる一男。
一男「おい、二男。飯だって言ってんだろ」
二男「これが終わったらな」
一男「そんなん待ってたら日が暮れちまうだろ。早く来い。じいちゃんとばあちゃんも待ってんだ」
二男「……わかったよ」

○総合病院・外
   建物から出てくる神楽と武井。
神楽「もう、ここでいいわ」
武井「大丈夫か?」
神楽「えぇ。(腹部をさすりながら)私には王子様が付いてるから」

○公園
   ベンチの前に立つ友紀。
   そこにやってくる太郎。友紀の姿を見つけ、後ろからコッソリ近づく。
友紀「(振り返り)遅ぇんだよ。下僕のくせに待たせんじゃねぇ」
太郎「あ、ごめん」
友紀「ほら、行くぞ」
   歩き出す友紀。
   笑みを浮かべる太郎。追いかける。

○スクランブル交差点
   赤信号。信号待ちをする太郎と友紀。
太郎「家の修復は終わった?」
友紀「下僕には関係ねぇだろ」
太郎「そんな事言わないでよ。僕に出来る事があったら、何でもするからさ。例えば、レンガを組むとか……」
友紀「……じゃあ、竜の首にある光る玉でも取ってきてもらおうか」
太郎「……? どういう意味?」
   青に変わる信号。歩き出す友紀。
友紀「おい、置いてくぞ。下僕」
太郎「あ、ちょっと待ってよ」
   友紀を追いかけて歩き出す太郎。
   多くの人が行き交う交差点。 
                  (完)

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