「ヤオチョウ!」
登場人物
古岡(25) ナステレビ社員。ナスビ脚本大賞の監査委員。
エリ(26) 古岡の彼女。脚本家志望。
中田(44) ナステレビ ドラマ制作部の部長。
大槻(63) 大御所監督。
林(33) 敏腕プロデューサー。
佐々木(37) 売れっ子脚本家。
野村(24) 現場AD。
官澤(40) 監査室、古岡の上司。
○ナステレビ・外観
古岡M「役を作り、セリフを吐かせ、時に観客を欺き、時には自分をも殺し、最高の結末へと導く…脚本家。プロの脚本家への登竜門、我がナステレビ主催のコンクール、ナスビ脚本大賞」
○ナステレビ・会議室
会議室の扉には「ナスビ脚本大賞 最終審査会」と書かれている。
古岡M「倍率1,000倍をくぐり抜け、選びぬかれた、4本の最終候補」
会議室の机を6人の男女が囲む。
古岡M「彼女とのセックスのため…いや彼女の夢を叶えるため、俺は今日、八百長をする」
古岡、意を決した表情で顔を上げ、一冊の脚本を掲げる。
古岡「私はこの、青春胸キュンラブコメディ『タピオカ物語』を推薦します」
◯タイトルバック・『ヤオチョウ!』
◯ナステレビ・監査室・(夕)
T『最終審査 前日』
古岡、デスクで仕事をしている。
官澤、デスク越しに古岡に話しかける。
官澤「古岡さん、もう審査員に最終候補作配りました?」
古岡「中田部長以外には送りました。部長はこのあと渡しに行きます」
官澤「ちゃんと脚本家の名前抜きました?」
古岡「はい」
官澤「くれぐれも厳重な管理を頼みますよ。疑惑の的にはなりたくないですから」
古岡「八百長なんて誰もしないと思いますけどね」
官澤「そういう油断がね、八百長や不正を生むんですよ」
古岡「誰に得があるんでしょうか」
官澤「誰かに得があるからやるんですよ。八百長ってのは」
古岡「ふーん、そういうものでしょうか」
官澤「もし八百長が起きたら、古岡さん、あなたクビですよ」
古岡「クビって…まあ一応気をつけます」
古岡、脚本を持ち、部屋を出ていく。
◯同・制作部部長室・(夕)
中田、座っている。誰かがノックする。
中田「あいよ~」
古岡、部長室に入る。
古岡「失礼します」
中田「おうおうおう、おつかれっす~待ってたよ~え~と、古山ちゃん?だっけ」
古岡「古岡です。明日の最終審査、お願いします。こちら、最終候補作です」
古岡、脚本4冊を渡す。
中田「いや~ありがとう、監査も大変ね!」
古岡「いえ、全然。それでは」
古岡、部屋を出ていこうとする。
中田「ちょ、もちょっとおしゃべりしよ」
古岡「はあ…」
古岡、部屋にとどまる。
中田「ところで、今年の脚本家、どんな?」
古岡「言えません」
中田「そこをさ、なんとか」
古岡「規則ですから」
中田「え~、ノリ悪いな~」
古岡「一、選考に際し、選考委員へは応募者に関する一切の情報を開示しません。一、大賞作品は映像化し…」
中田「ちょちょちょちょ、怖い怖い。なにそれ募集要項?え~…暗記してんの?」
古岡「はい。規則ですから」
中田「いやーさすが。君は監査の鏡だね!すばらしい!(パチパチ)」
古岡「ありがとうございます」
中田「これは、あれか?やっぱりー、監査採用なのか?監査枠なのか?」
古岡「そんな採用枠はありません」
中田「じゃああれか、自ら志望したのか」
古岡「違います。制作部希望でした」
中田「ちょちょ、嘘でしょう。無理だと思うよ~うちには合わないと思うよ」
古岡「そうでしょうか」
中田「そうでしょうよぉ」
中田、一瞬考え込む。
中田「……まあ、そうでもないか」
中田、部屋の外を確認する。
中田「古山ちゃん、制作部に異動したい?」
古岡「え、」
中田「いまさ、ディレクター足りないのよ」
古岡「ぜひ。異動します」
中田「人事決定が明日までで、迷ってるの」
古岡「はい、だから、いきます」
中田「だよね~」
中田、もう一度部屋の外を確認し、ドアを閉める。
中田「じゃあさ、お願い一個聞いて」
古岡「なんでしょう」
中田「明日、八百長して」
古岡「…失礼しました」
古岡、帰る素振り。中田、止める。
中田「ちょちょちょ、早くない?判断早くない?ワケくらい聞いてよ~」
古岡「…なんですか?」
中田「社長からついさっき電話があってさ」
古岡「はあ」
中田「うちの超重要スポンサーの飯塚製薬、君も知ってるでしょ?その社長の息子?が脚本家志望らしく」
古岡「はあ」
中田「このコンクールに応募して、最終候補まで残っているらしく」
古岡「はあ」
中田「『中田クン、スポンサーの作品を、大賞にしなさい。できなきゃクビね』って言われてさ」
古岡「無理ですね。お疲れさまでした」
古岡、帰ろうとする。中田、全力で引き止める。
中田「ちょちょ、待って待って」
古岡「無理ですよ。第一、私はあくまで監査委員なので、投票権はないです」
中田「でもスポンサーの息子が書いた作品がどれなのかくらいは知ってるでしょ」
古岡「社長に教えてもらえばいいじゃないですか」
中田「それは俺も言ったよ~」
古岡「じゃあなんで」
中田「それが教えてくれないのよ。自分の手は汚したくないんでしょ多分」
古岡「最悪ですね」
中田「お願いよ~作品名だけでもいいから」
古岡「嫌です。リスクがでかすぎます」
中田「ね、お願いよ、お願い!この通り!」
中田、土下座する。
中田「俺、これしくじったらクビだよ…」
古岡、一瞬悩む。
中田「古岡ちゃんだってさ、一生監査にいたいわけじゃないでしょ?」
古岡「まあ、そうですが。まあ、異動希望を出せば制作部には行けるので」
中田、いきなり立ち上がる。
中田「それは俺が許さない、受け入れない」
古岡「そんな、殺生な」
中田「でもね!そんな古山ちゃんに大チャンス。今なら八百長に加担するだけで異動が100%叶いまーす」
古岡、黙り込む。
中田「ちょ、整理しよ。八百長が成功すれば、俺もクビにならず、古岡ちゃんもクビにならずしかも念願の制作部に異動!完璧じゃない?」
古岡「でも、八百長がバレたらクビですよ」
中田「バレっこないって!嘘はバレなきゃ嘘じゃないし、浮気はバレなきゃ浮気じゃないし、八百長はバレなきゃ八百長じゃないの!」
古岡「なるほど…八百長はバレなきゃ八百長じゃない…一理あります」
古岡、一瞬考え込む。
古岡「…うん。やっぱり嫌です」
中田「いや、なんで~」
中田、ずっこける。
古岡「良い脚本が、大賞を取るべきです」
中田「固いよ~固すぎるよ古岡ちゃん」
古岡「でも…」
中田「そんなんじゃ一生監査よ?」
古岡「…一晩、考えさせてください」
中田「この会社で生き残っていくならさ、身の振り方考えたほうがいいよ?」
古岡「…失礼します」
古岡、退室する。
◯古岡自宅・玄関・(夜)
古岡、ドアを開けて家に入る。
エリ「おかえり~~~~~~!」
古岡「…だいま」
エリ「もう、元気ないなあ」
古岡「…ただいまあ!」
古岡、靴を脱ぎつつ叫ぶ。リビングに向かう古岡をエリが追う。
エリ「ねえ、ついに明日だね!発表」
古岡「そうだね」
エリ「ねぇ、私ぶっちゃけ大賞取れそう?」
古岡「どうだろうね。最終まで残っただけで儲けもんじゃない?」
エリ「え~嫌だ嫌だ!絶対大賞がいい」
古岡「そう言われても」
エリ「絶対推薦してよねっ!」
古岡「するわけないだろ、てか出来ないよ。俺、投票権ないし」
エリ「なくてもするの。ズルをしてでも通すのが彼氏の仕事でしょ!」
古岡「そのズルを見張るのが俺の仕事なの」
エリ「はあ…もう良いよ…全然私のこと考えてくれないんだね」
古岡「そうじゃないじゃん…それに、ズルして勝っても面白くないよ?」
エリ「そうだけどさぁ。結果出してなんぼの世界じゃん」
古岡「良い脚本が大賞を取る、それが脚本コンクールなの。それ以上でもそれ以下でもないの」
エリ「なにそれ綺麗事じゃん」
古岡「それにさ、もし監査委員がゴリ押した脚本の作者が、自分の彼女だったなんて知れたらそれこそ大問題だよ」
エリ「それはさ、『他の全員が推薦した』ってことにすればいいじゃん」
古岡「そんな都合よく行かないよ」
エリ、ソファーに倒れ込む。
エリ「あ~~死ぬほど頑張ったのにな~~」
古岡「…」
エリ「仕事の合間縫って書いたのにな~」
古岡「…」
エリ「苦手な早起きもして書いたのにな~」
古岡「…」
エリ「あ~~~~~~~~~~~~」
エリ、バッと起き上がる。
エリ「…やっぱ大賞取りたい!取らせて!」
古岡「だ、無理だって」
エリ「じゃあ、もし私が大賞取れなかったら、セックス禁止ね」
古岡「え、は?なんで?」
エリ「何でも。一生エッチさせてあげない」
古岡「そんな、殺生な。禁止も何も、まだ一回もさせてくれてないじゃん!」
エリ「じゃ、そういうことで!」
エリ、リビングを出ようとする。
古岡「え、ちょ、いやなんだけど、無理」
エリ「頑張ってね!よっ理想の彼氏」
古岡「はぁ…なぜみんな俺に八百長させようとするんだ…」
エリ「なに、みんなって」
古岡「なんでもないよ…ま、期待しないでね。エリは、明日は?」
エリ「明日はね、珍しくオフ。友達とタピオカ飲んでくる」
エリ、自室に消えていく。
◯古岡自宅・自室・(夜)
古岡、自室に入って、椅子に座る。
古岡「セックス禁止か、まあいいや」
古岡、2秒静止する。
古岡「いや、よくない。全然よくない」
ペンを取り、紙に書いて整理する。
古岡「えーと…エリが大賞なら、セックスできる。部長に加担したら、異動が叶う。どっちにせよ八百長がバレたら、俺はクビ」
古岡、頭をかきむしる。
古岡「…殺生な」
脚本を並べ、一つを手に取る。
古岡「ん~面白いと思うんだけどなあ…」
脚本をおいて、机に突っ伏す。
古岡「クビか、異動か、セックスか……」
唸る。起き上がる。
古岡「よし」
ノートを広げ、ペンを握り、猛烈に書き始める。刻々と時間がたち、やがて窓の外が白んでいき、ペンを置く。
おもむろにスマホを取り出し、誰かに電話を掛ける。
古岡「あ、部長ですか。覚悟を決めました。飯塚製薬の息子が書いた作品名は『ゆとり探偵』です」
一拍置く。
古岡「でも、私が協力できるのはここまでです。私は、『ゆとり探偵』は推薦できません」
◯古岡自宅・玄関・(朝)
古岡、玄関で靴を履いているとエリが起きてくる。
エリ「…おはよ」
古岡「…行ってきます」
エリ「ねえ、昨日言ったこと、本気だから」
古岡「…いい脚本はさ、八百長なんかしなくても、大賞取れるよ」
古岡、家を出る。
◯ナステレビ・会議室
ナステレビ内の一角にある会議室。会議室の扉には「ナスビ脚本大賞 最終審査会」と書かれている。
古岡「えー時間になりましたので、ナスビ脚本大賞最終審査会を始めます」
古岡、一拍おく。
古岡「…が、誰もいない」
中田、走り込んでくる。
中田「セーーーフ!」
古岡「アウトですね」
中田「もう、固いな~古岡ちゃんは」
中田、誰もいないのを確認する。
中田「…ありがとね」
古岡「そういうのやめてください。審査が終わるまで、僕らは敵ですから」
中田「敵ってことはないでしょうよ。いやーそれにしても暑い!この部屋暑いよ!クーラーつけるよ」
林「お疲れ様でーす!」
林、コーヒー片手に颯爽と現れる。
古岡「2分遅刻ですよ」
林、席に付きながら淀みなく喋る。
林「いやそれが、下のカフェにめっちゃ可愛い店員いて、つい話が弾んちゃって」
中田「相変わらずお前は女好きだな」
林「まじでドラマで使えるくらいっすよ、今度スカウトしようかな」
部屋の外で「バタン」と何かが倒れる音がする。
佐々木「きゃー!」
外で悲鳴がする。佐々木、慌てて部屋に入ってくる。
佐々木「わーびっくりした」
中田「さっきの悲鳴、なんです?」
佐々木「すぐそこでおじさんが泡吹いて鼻血出して倒れて!怖いわ~ナステレビ」
古岡「え、大丈夫なんですかそれ」
佐々木「なんかのウイルスかしら、もしくは過労ね。まあ誰かしら助けるわよ」
佐々木、席に座る。
中田「すみませんわざわざ審査しにナステレビまで」
佐々木「あーいいのいいの、月9の脚本の件で打ち合わせに来てたから、ついで」
林「あれ、かなり数字伸びてますね!あ、どうも、プロデューサーの林です」
佐々木「ああ、はじめまして。佐々木です」
林「…いやー噂通りお綺麗だ」
大槻、のっそりと部屋に入ってくる。
大槻「やあ」
中田「ははー、大槻監督!よくぞお越しくださいました!」
大槻「お前は息を吐くようにごまをするな」
中田「はっはっは、監督、お上手で」
大槻、席につく。
林「まだ始めないの?」
古岡「あと一人、制作部からエグゼクティブディレクターの紺野さんがいらっしゃる予定なので」
大槻「おい中田、寒いぞこの部屋」
中田「かぁー!すみません!おい!古岡!ばか!寒すぎるよ!温度上げて!」
古岡、無言で空調管理する。
中田「気が利かないな!すみませんね監督」
大槻「もう始めよう、遅れるやつが悪い」
古岡「僕以外全員遅刻でしたがそれは」
中田「まあ、もう来るだろうし始めよう!」
古岡「…わかりました」
全員席につく。
古岡「それでは、これより第31回ナスビ脚本大賞の最終審査を始めます」
中田「よっ!楽しみにしてました!」
全員、無反応。
古岡「進行は私、監査委員の古岡が担当します」
古岡、周りを見渡す。
古岡「御存知の通り、3年前の八百長事件の煽りを受け、審査会には監査委員が入る形になりました。また、最終結果が出るまで審査員は一切作者を知らずに、脚本のみを見て審査します」
佐々木「ま、脚本家にとってはより平等になったよね」
古岡「最終的には、私を除く5名の審査員の合議で大賞が決定されます」
大槻「毎年揉めて面倒くさいんだよな」
古岡「大賞作品が決定次第、委員会に結果を提出し、本日中に結果を公開…」
何者かが、ドアをノックする。
古岡「はい」
痩せこけた長髪の男が顔を覗かせる。
野村「ここ、ナスビ脚本大賞の最終審査ですか?」
中田「ああ、そうだけど」
野村「そうですか」
野村、席につく。
野村「はあー…」
中田「なんでお前いんの?」
古岡「紺野さんですか?」
中田「いや、こいつうちのADの野村」
野村「紺野さん、過労で泡吹いて鼻血出して倒れちゃって。だから僕が代打です」
中田「あれ紺野さんだったの!ていうか代打なんてありなの?」
古岡「えーはい、一応規則に則ってます」
佐々木「えーじゃあ私も誰かに代打してもらおうかな、帰って脚本書きたいし」
古岡「あの、」
ざわつきがとまる。
古岡「続けますね」
席を立ち、ホワイトボードの前に立つ。
古岡「最終審査に残ったのは、4本。皆さん読んできて頂いたかとは思いますが、私からも軽く整理させていただきます。」
1つ目の作品名を書く。
古岡「1つ目は『嘘つき家族』。病気に侵されて余命が短い母親。息子たちは余命が短いことを母に伝えず、兄弟全員で嘘をつき続けます。家族の幸せとは何か、を追い求める家族愛の物語です」
中田「泣けたねー!これは!うん!家族愛!んーでもちょっと固いね!」
2つ目の作品名を書く。
古岡「2つ目は『パイオツホームラン』。野球を愛する少女が女性であることを隠し、甲子園を目指すスポ根モノです」
中田「これもね!発想がいいよね!でもタイトルがアレだね!」
3つ目の作品名を書く。
古岡「3つ目は『ゆとり探偵』。オーソドックスな推理モノですね。ゆとり世代の高校生が、街で起きる難事件を友達と解決していく物語で…」
中田立ち上がる。
中田「これがね!もう最高!これが大賞かなーまあそうだね、そうだよね?」
古岡「あの、部長、うるさいです」
中田、渋々座る。4つ目の作品名を書く。
古岡「そして最後。『タピオカ物語』。青春系ラブコメディですね。マッチングアプリで出会った男女が繰りなすドタバタ劇。現代版ボーイ・ミーツ・ガールとも言えるかと」
中田「うん、これは、まあ、アレだね。うん、ちょっとアレだね、稚拙かな!」
古岡「以上4作品から、大賞を選んでいただきます」
佐々木「難しいねー」
古岡「最終審査の様子は一言一句議事録として記録し、公開されます。ヤラセや八百長に風当たりが強い昨今ですから、皆さん公平な審議をお願いします」
佐々木「あーい、真面目にやりまーす」
林「なんせね!大賞作品は実際にドラマ化させるからね!この俺が!」
大槻「去年のはつまらなかったな」
林「今年は絶対面白くしてみせますよ~」
古岡「それでは、ここからは審査委員長の中田部長に交代します」
中田「そうそう、審査委員長は俺でした」
古岡、席に戻りPCを開く。PCのデスクトップには、エリとの仲睦まじい2ショットが写っている。
◯駅前
待ち合わせ中のエリ。不安そうな表情でスマホを開き、古岡にメッセージを送る。
エリ「『絶対推薦してね!』」
友達が来る。明るい表情に戻る。
◯ナステレビ・会議室
大槻「で、今回はどう決めるんだ」
中田「とりあえず、それぞれが気になっている作品を言い合いましょうか?」
古岡、早速PCに打ち込み始める。中田、ホワイトボードの前に立つ。
中田「監督、いかがです?」
大槻「俺は、『嘘つき家族』一択だね。これは近年まれに見る傑作だ」
中田「なるほど!さすがです」
中田、ホワイトボードの『嘘つき家族』の横に正の字の『一』を書く。
林「僕は、『パイオツホームラン』を推しますね~これは秀逸ですよ」
大槻「バカバカしい、絶対ダメだ」
中田「まあまあ」
なだめつつ、『パイオツホームラン』の横に『一』と書く。
中田「佐々木さん、いかがです?」
佐々木「いやー、難しいけど『ゆとり探偵』が頭一つ抜けてるかなって感じ」
中田「ですよね!ですよね!」
『ゆとり探偵』の横に『一』を書く。
中田「野村はどう?」
野村「いや、僕一つも読んでないです」
中田「はあ?」
野村「いや、代打ですし」
中田「ねえ古岡ちゃん、これ代打として成り立つの?」
古岡「まあ、規則ですから」
中田「はあ、じゃあ野村はちょっと聞いておいてね」
林「いやー割れましたね」
佐々木「どれも毛色が違いますからね」
大槻「おい中田、お前はどうなんだ?お前も『嘘つき家族』だろ?」
中田「そう、ですね~。嘘つき家族は、たしかに、いい作品かと」
大槻「じゃあ決まりだ!多数決、2票獲得で『嘘つき家族』に決定だな」
中田「え、いや、早まらないでもいいんじゃないですか?」
大槻「ちんたらやってもしょうがないだろう。『嘘つき家族』がいいんだろ?」
中田「ゆ、『ゆとり探偵』も、いいかな~なんて」
大槻「はぁ。優柔不断だな、おい」
大槻、古岡を見る。
大槻「おい、君、監査クン、どれを推す?」
中田「監督、あいつは」
大槻「良いじゃないの。若いのにも意見を聞こうじゃない」
古岡「いいんですか」
大槻「忌憚のない意見をくれ。中田みたいに遠慮するのはなしだぞ」
古岡、脚本4冊に目を落とす。
古岡、意を決した表情で顔を上げ、一冊の脚本を掲げる。
古岡「私はこの、青春胸キュンラブコメディ『タピオカ物語』を推薦します」
一同、静まり返る。
林「古岡くん、それはないわ」
大槻「監査クンは一生黙っておいてくれ」
古岡「忌憚のない意見を、って言ったじゃないですか」
中田「古岡ちゃん、忌憚もないけどセンスもないんだね」
佐々木「ん~私もそれはないかな」
野村「それ、そんなひどいんですか?」
林「ん~逆に名作だね。なんで最終に上がったか不思議なくらい」
野村、スマホが鳴る。
野村「あ、はい、すぐ行きます」
野村、立ち上がる。
野村「はぁー…すみません。現場から招集かかったので一瞬抜けますね」
古岡「え、困ります」
野村「ほんと、一瞬なんで」
野村、部屋から出る。
中田「じゃあ一旦これはなしですかね」
中田、『タピオカ物語』の横に大きくバツを書く。古岡、悲壮感溢れる表情。
古岡のスマホにメッセージがくる。
エリ「『ねえ、ちゃんと推薦してくれてる?』」
× × ×
佐々木「各自、推薦理由を言いません?」
中田「そうしようか!じゃ、おれ…」
林「じゃ、俺から~」
林、中田からペンを奪い取って、ホワイトボードの前に行く。
林「『パイオツホームラン』。主人公は、高校3年生、三浦美咲。ショートヘアが似合うボーイッシュな美少女。野球好きの父に育てられ、男顔負けのピッチングを繰りなす野球少女に育ちます。しかぁし、立ちはだかるは男女の壁。高校球児の夢の舞台である甲子園には立てません。そこで美咲、男装をして男子校に紛れこみ、甲子園に出場することを決意」
大槻「くだらん作品だ」
林「いいえ、ここからが本番です。高校1~2年の頃は女性であることを隠し通せていたものの、だんだん発育が進み、胸の大きさを隠しきれなくなります。徐々に気が付き出すチームメイト。しかし、野球を愛する気持ちに男女の差なんて無いんです!あるがままの美咲を受け入れ、チーム一同で甲子園を目指します」
佐々木「まあタイトルからイメージするよりは真面目な雰囲気よね」
林「そうなんです!友情、努力、勝利!スポ根三原則を完璧に網羅した作品となっております」
林、情熱的に演説。ドアが開く。
野村「ほんと人使い荒いわぁ、鶏捕まえてこいってどんな指示だよ」
野村、鶏の毛だらけになって戻ってくる。
林「よって、私は『パイオツホームラン』を推薦します!」
大槻「長い説明だな」
野村「えーと、それどんな話なんですか?」
林、一からやり直そうとする。
林「『パイオツホームラン』。主人公は…」
中田「え、最初からやり直すの?」
佐々木「おっぱい隠して男と女が野球する話だよ」
古岡「語弊がありますね」
野村「…めっちゃ面白そうじゃないですかー!」
林「だろー!?」
古岡「絶対違う意味で捉えてますね」
林「しかもこれ、最高のキャスティングを予定しています」
大槻「どういうことだ?」
林「ヒロインのイメージは短髪・美少女・巨乳で、そして野球がうまい!これに当てはまる女優、誰だと思います?」
中田「短髪美少女で巨乳で、そして野球がうまい…誰?」
林「つばさちゃんじゃないですかー!大塚つばさ!」
大槻「誰だ」
佐々木「いま大人気の正統派女優ですよ。男性人気も高い」
野村「え、つばさ使えるんですか!?」
林「もしかして…君もファン?」
野村「ファンどころじゃないっすよー!彼女みたいなもんっす!」
野村、スマホが鳴る。
野村「え、またですか?え?次は孔雀?」
野村、スマホを切る。
野村「すみません。次は孔雀捕まえなきゃいけないらしいので一瞬抜けます」
古岡「またですか」
野村「つばさ使えるんなら、この作品でいいんで一票入れておいてください」
野村、出ていく。
大槻「くだらん」
佐々木「まあ私もこの作品でいいですよ」
林「じゃあ、5人中3人が賛成ってことで」
中田「絶対ダメ、だめだめ」
大槻「許さん」
中田「さすがに適当に決めすぎじゃない?」
古岡「えーと、」
一同、古岡を見る。
古岡「一応、5人の合議での決定が必要なので、全員納得していただかないと」
林「えー、納得してくださいよー」
中田「ま、一旦他の作品も検討しよう!」
◯街中・タピオカ店
街で友達とタピオカを飲むエリ。不安げにスマホを開くが、返信はない。既読もない。追加でメッセージを送る。
エリ「『ねえ、ホントにセックス禁止にするよ?いいの?』」
ため息つき、スマホをしまう。
◯ナステレビ・会議室
林「中田さんは、なんで『ゆとり探偵』を推薦してるんですか?」
中田「え?えーと、理由?えー、そりゃアレですよ、えと、ゆとりがあって…」
佐々木「ぶっちゃけ脚本の完成度でいったら『ゆとり探偵』がダントツですよ」
中田「そうそう!さすが佐々木さん、脚本をわかってらっしゃる」
林「と、いいますと?」
佐々木「『ゆとり探偵』の良い点は2つあります」
中田「言っちゃってください!」
佐々木「1つ目は、リアルなセリフです。主人公は男子高校生。どことなく冷めてる今風の男の子です。台詞の端々から、リアル感が感じられます」
中田「そうなんですよ、リアルなんですわ」
佐々木、中田を一瞥。
大槻「中田おまえちょっと黙ってろ」
中田「…しょーちしましたー」
佐々木「本人が高校生なのか、もしくはそれに近い人物が近くにいるのかな」
古岡「佐々木さん、脚本家に言及するのはちょっと…」
佐々木「ああ、そうだったね」
中田「監査クンはほんと固いな」
佐々木「2つ目は、推理の質です。例年の新人が出してくる推理モノと比べると、ロジックの完成度が高い」
大槻「確かに例年のクズよりはいいな」
佐々木「以上の点から、私は『ゆとり探偵』を大賞に推薦します」
中田「ってことです!私も全く同感です!それが言いたかった!」
林「まあ、納得ですねー。『パイオツ』は発想はいいですが、部分的にがさつな感じはあります」
大槻「だめだだめだ、人間の内面が全く描かれていない」
林「…ねえ、これもしかして!レオのお姉さん役、つばさちゃん使えない!?」
中田「んーまあ使えないこともないというか、使えるね」
林「じゃあまあこれでもいいかもなー」
野村、戻ってくる。孔雀の羽根だらけになってる。
野村「孔雀って飛べたのか…」
中田「ってことで大賞は『ゆとり探偵』でいいですかね?」
大槻「だめだって言ってんだろ、大賞は『嘘つき家族』だ」
中田「そうは言いましてもー…」
佐々木「野村くんはどう思う?」
野村「え、ちょっともう疲れちゃって、どうでもいいっす。つばさ使えるやつでお願いします」
野村、スマホが鳴る。野村、絶望の表情で電話を取って叫ぶ。
野村「何なんですか、次はペンギンですか?…え、本当にペンギンなんですか?」
スマホを切る。
野村「…一瞬抜けます」
古岡「毎回一瞬って、全然一瞬じゃないじゃないですか」
野村「今回は多分、十瞬くらいです」
野村、出ていく。
中田「んー、ちょっと野村くん帰ってくるまで休憩にしますか!」
林「ちょっとトイレいってきま~す」
◯駅前・(夕)
エリ、帰途につく。古岡からメッセージが来る。
古岡「『…だめかも』」
◯ナステレビ・会議室
各自、部屋でくつろぐ。
中田「何読んでんの」
古岡「週刊松竹です」
中田「ジジくさいもん読んでんなー」
古岡「おもしろいですよ」
中田「固いよ!ヤンジャンとか読みな」
佐々木「へー私こういうの読んだこと無い。貸して」
大槻「なあ、まだ始まらないのか!」
古岡「林さんがまだ戻ってきてないので」
大槻「くだらん!もう帰るぞ!」
中田「もうちょっとだけ待ってください」
林と野村、帰ってくる。野村、ずぶ濡れ。
野村「ああ、もう帰りたい。帰って寝たい」
林「ペンギン速かった?ねえ、速かった?」
大槻「いい加減始めるぞ!」
大槻、立ち上がり、ホワイトボードの『嘘つき家族』に◯をつける。
大槻「もう『嘘つき家族』で決まりだろ!」
野村「どこがそんなに良いんですか?」
大槻「いいか、第一に、最近のドラマはどれも似たりよったりで、薄っぺらいテンプレばかりだ」
林「まあ最近は、とりあえず医療系と刑事モノをやってれば数字取れますからね」
大槻「ドラマってのはな、人間の葛藤を描くものなんだ!人間の内側の、ドロドロとした愛憎がなによりも大事なんだ。今のドラマにはそれが欠けてる」
野村「ふーん、で、『嘘つき家族』にどうつながるんですか」
大槻「『嘘つき家族』は、家族の愛の物語だ。親子愛、兄弟愛、全てが詰まってる。他の候補作は、全部薄っぺらいんだ。人間を全くもって描けてない!」
大槻、全員を見渡す。
大槻「どうだ、ぐうの音も出ないか」
古岡、手を挙げる。
古岡「…これって、予算的にどうでしょう?大賞作品は実際に映像化されますが」
大槻「…予算がなんだ。どうにかなるだろ」
林「結構大掛かりなロケになりそうですね」
野村「どこらへんが予算かかるんです?聞いた感じ、ただのホームドラマですが」
林「いや、ストーリー自体は確かにホームドラマだけど、舞台がね、ヨーロッパの設定だから」
野村「え?日本じゃないんですか?」
中田「しかも時代は中世。母親はペストに苦しめられているんだ」
野村「え、これ中世ヨーロッパだったんですか!?なんで!?」
野村、ペラペラめくる。
野村「あ、ほんとだ!カタカナがめっちゃ出てきますね」
中田「ネズミもめっちゃ出てくるよ」
大槻「予算はどうにかなるだろーどうにかするのがお前の仕事だろう!」
林「いやー、実際無理ですよ。登場人物も外国人だし、ロケ地も外国だし」
大槻「あー予算予算そればっかだな。そんなだから海外に差をつけられるんだ」
中田「そもそもたかがコンクールなので…」
大槻「じゃあなんだ、人間を全く描いていない、ペラッペラの作品を大賞にするってのか」
中田「『ゆとり探偵』は人間を描けてると思いますけどね~ですよね?佐々木さん」
佐々木、週刊松竹を読みふけってる。
佐々木「あ、ごめん、聞いてなかったです」
佐々木、雑誌を置く。
佐々木「で、なんでしたっけ?」
大槻「はー、こりゃだめだ」
大槻、ふてくされる。
野村、手を挙げる。
野村「あのー…一瞬だけ寝てもいいですか」
中田「はあ!?」
野村「死ぬほど眠いんです、一瞬だけ」
中田「会議中に眠るなんて言語道断だよ!だめに決まってるだろう!」
中田、野村に詰め寄る。
野村「まじで、死ぬほど眠いんです」
古岡「…まあまあ、寝ちゃだめだと規則にはありませんから」
中田「そりゃ規則にはないよ、想定してないからね!」
野村「古岡さん…仏のような人だ…生まれ変わったら監査に行こう…」
野村、眠る。
大槻「俺、もう何でもいいから決めといて」
端っこで週刊松竹を読み始める。
中田「はーどうしますか」
林「となると、やっぱり『パイオツホームラン』に決まりですね!」
中田「いやいや、別にそうと決まったわけじゃないでしょうよ」
林「いやいや、決まりでしょう。予算もよし、構成もよし、おまけにヒロインがつばさちゃんだったら、数字取れること間違いなしですよ!」
中田「でもね…」
古岡「あのー」
林「でた、監査クン」
古岡「実際、つばさちゃん使いたいだけですよね?林さん」
林「いや、それは違うよ~脚本もちゃんと評価してるよ?」
古岡「もし、つばさちゃん使えないとなっても、この脚本を推薦しますか?」
林「それはまた話が別よ~」
古岡「ですよね…」
中田「いきなり出てきて何が言いたい」
古岡「…スキャンダルとか大丈夫かなって」
林「スキャンダル!?」
中田「まあ最近は女優のスキャンダルも多いからな、ドラマ化する前に発覚したら数字は落ちるだろうな」
林「いやーつばさちゃんに限って…」
佐々木「あっ!」
佐々木、何かを思い出す。大槻の見てる週刊松竹を奪い取り、あるページを皆に見せる。
佐々木「スキャンダル!あります!」
林「えっ!?」
佐々木「『人気絶頂の女優 大塚つばさに恋人!?お相手はテレビ局関係者』」
林「なんだと!?」
林と中田、雑誌に詰め寄る。
中田「『一部関係筋によると、ナステレビ局内の若手社員の可能性が濃厚。』うちの社員かよ!うらやましいなおい」
林「おいおい嘘だろ、嘘と言ってくれ」
中田「写真もあるな。ちょっと見づらいが」
佐々木「若そうですね」
林「メガネっぽいですね」
中田「体格はヒョロなが…」
3人で野村を見る。
中田「まさかね」
佐々木「そういえば、さっき、『ファンどころじゃない、彼女みたいなもん』って言ってましたよね」
林「まさか…」
野村の襟首を掴んで叩き起こす。
林「おい!」
野村「え、は?え?次は何?不死鳥?」
林「お前、つばさちゃんと付き合ってるのか?!」
野村「え?…まあ、付き合ってるというか」
林「ゔぁ!?」
野村「つばさは、俺の嫁っすね」
林「…この糞AD風情が~~~!!!」
林、首を絞める。
野村「え、な…ぐ…」
中田、仲裁に入る。
中田「ちょちょちょ、死んじゃうよ」
野村、開放される。
林「いつからだ?どうやって付き合った?」
野村「え、何の話です?真面目な話すか?俺付き合ってないですよ」
中田「は?」
野村「妄想の話っす。実際は見たことも会ったこともないですよ」
中田「はあ?んだよそれ!」
林「なんだ、お前じゃなかったのか。まあそうだよな、たかがADとつばさちゃんが付き合うわけないもんな」
野村「え、つばさ彼氏できたんですか?」
林「そうだよ」
野村「はーーー嘘でしょう…」
野村、落ち込んで倒れ込む。
古岡「あのー、大賞、どうします?」
林「もうつばさちゃん使えないならどうでもいいや」
佐々木「あ、本音でちゃった」
中田「監督、いかがでしょうか」
大槻「どうせ予算予算って言うんでしょ、勝手にすれば」
中田「ありがとうございます!勝手にします!」
中田、ホワイトボードに寄る。『嘘つき家族』の横に『予算NG』、『パイオツホームラン』の横に『スキャンダルNG』と書き込む。
中田「皆さん、紆余曲折ありましたが、ついに!大賞が決まりました!大賞は…」
古岡「ちょっと待って下さい」
中田「…どうしたかねクソまじめ監査クン」
古岡、黙り込む。
中田「なになに?どうした?」
古岡「…『タピオカ物語』もう一度、検討してみませんか?」
大槻「まだ言ってるのかこいつ」
林「『タピオカ物語』は冒頭で候補から消したじゃないですか~」
中田「お前アレだな、議論の最後に『そもそも~』とか言い出す奴だな」
佐々木「ちょっと面倒ですね」
古岡「面倒でもなんでもいいです、検討しませんか」
大槻「くだらん、この作品が一番ナシだ!」
林「ん~、僕もやっぱなしかな。セリフも稚拙だし、素人臭がプンプンする」
佐々木「そうですねー、脚本の構成もありきたりですしね」
古岡「いや、新しい切り口だと思うんですよ!マッチングアプリの物語って」
林「ん~古岡くんの言いたいこともわからんでもないけど、ねえ」
中田「もう、決めちゃおう!結局こいつ審査員でもなんでもないわけだから」
大槻「『タピオカ』はなしだね」
林「『ゆとり探偵』でいいんじゃないですか」
佐々木「私も同感です」
中田「ほら、もう決まったようなもんよ。野村もいいでしょ?」
野村「いや、ぼくは古岡さんを支持します」
中田・林「はあ!?」
野村「うるせえよ!さっきから寄ってたかって俺をいじめやがって!」
中田「なんで『タピオカ物語』なんだよ」
野村「仏の古岡さんが推してるからですー」
大槻「はぁ、話にならん」
中田「野村、この作品はまじで無いから」
古岡「決めつけはよくありません」
中田「タピオカきっかけで知り合った男女が、最後にはタピオカの中に指輪を入れてプロポーズするんだぜ?」
古岡「斬新じゃないですか」
林「うん、悪い意味でね」
中田「全く意味分かんない作品だよ。芸術性のかけらもない。数字も取れない」
古岡「そもそも数字取るためのコンクールではないはずです」
中田「構成もめちゃくちゃ」
古岡「型に囚われてないから良いですね」
中田「どうせどこかの頭が足りないパッパラパーの女が書いたに決まって…」
古岡「エリはそんな女じゃない!」
叫んで、はっと我に返る。
佐々木「誰?エリって」
古岡「いや、忘れてください」
林「作者か?」
中田「いやいやただの作者じゃないだろー。お前の知り合いか何かか?」
古岡「違います。終わりましょ。『ゆとり探偵』が大賞ですよね」
中田「いやいや俺は逃さないぞ」
中田、古岡に詰め寄る。
中田「『エリ』ってことはだいぶ親しい間柄だな。彼女かなにかじゃないのか?」
大槻「あんだけ脚本家のことは伏せておいて、自分は八百長しようってのか」
古岡「違います!」
林「大方、彼女が駄作を出したらたまたま最終まで残っちゃって、つい八百長しようとしちゃったんじゃないですか」
中田「卑怯だよ~それは卑怯だよ」
佐々木「監査クンも人間の心はあるんだね」
野村「エリ、エリ、何か引っ掛るんだよな」
林「…エリ?大塚エリ!?」
野村「…ああ!」
中田「だれだそれ」
林「大塚つばさの本名っすよ!」
古岡「…!」
大槻「いや、さすがに…」
林「『フジテレビ局内の若手社員の可能性が濃厚。』」
中田「若くて、眼鏡で、体格はヒョロなが…」
一同、古岡の全身を見る。
古岡「ち、違います」
佐々木「見てくださいこれ、つばさちゃんのインスタ!タピオカ飲んでますよ。『今日はオフ!タピオカ日和』ですって」
古岡「タピオカくらい誰でも飲むでしょう」
林「…そういや少し前に『朝早くからカフェで執筆作業』とかツイートしてたぞ」
古岡「たまたまです」
野村「古岡さん…信じてたのに!この糞監査野郎が~~~!」
野村、つかみかかるが中田に張り倒される。
中田「ま、付き合ってるのが本当か嘘かは知らねえが、これで『タピオカ物語』は完全になくなったな」
古岡、一瞬の逡巡の後、土下座する。
古岡「お願いです、もう一度考えてはくれないでしょうか…?」
大槻「結構しつこいなこいつ」
林「認めなよ、これ書いたの、つばさちゃんなんだろ?」
古岡「…違います。それにたとえ私の彼女が書いてたとしても、全員一致で推薦したなら八百長じゃないですよね?」
佐々木「まあ、もし全員一致で推薦したならね。現実そうじゃないから」
中田「お前な、つばさちゃんに利用されてたんだよ、脚本賞取りたいがために、お前に取り入ったんだよ」
古岡「…作者じゃなくて作品を見ましょう!いい作品が、大賞を取るべきです!」
野村「もう、みんなそうしてますよ。古岡さん以外はね」
一同、古岡を見る。
古岡「…!……そうですね」
古岡、うなだれて席に戻る。
佐々木「『ゆとり探偵』、完成度は抜群ですからね~」
大槻「ま、最低限中身がある脚本だろうな、この中では」
林「姉ちゃん役でいい女優使えそうだし!」
佐々木「まだ言ってるんですか?」
林「冗談冗談(笑)」
中田、真面目な顔で演説する。
中田「役を作り、セリフを吐かせ、時に観客を欺き、時には自分をも殺し、最高の結末へと導く。それが、一流の脚本だ」
中田、おちゃらける。
中田「ま、先輩の受け売りだけどな。『ゆとり探偵』はその全てを満たしてる」
野村「何すかそれ」
中田「みんな使っていいぞ!がはは!それでは!大賞は『ゆとり探偵』で決定いたします!」
大槻「はぁ、やっと決まった」
野村「これで寝られる」
皆、ぞろぞろ帰ろうとする。
中田「これにて終了、としたいんですが」
大槻「なんだ、まだ何かあるのか」
中田「スキャンダルの件とか、予算の件とか、最後の古岡ちゃんの件とか、結構エグめな会話が出ちゃったので、議事録は適宜修正してからの提出で大丈夫ですか?」
林「まあ最後の『ゆとり探偵』の選考理由だけ入っていればいいんじゃないですか」
中田「古岡ちゃんもそれでいいね?」
古岡「…はい」
大槻「堅物の監査くんもやけに従順だな。まあ、自分が八百長しようとしたんだもんな、そりゃバレたくないか」
中田「じゃ、そういうことで!議事録修正よろしく!」
古岡「修正完了したので、チェックと判子お願いします」
中田「切り替えはやっ!」
中田、一応よく読んでから判子を押す。
古岡「それでは、結果と議事録を委員会に提出してきます」
古岡、部屋を出る。
中田「じゃ、これにて終了です!お疲れさまでしたー」
大槻「はぁ、毎年くだらないから来年から出るのやめようかな」
大槻、部屋を出る。
佐々木「大賞の脚本家、どんな人ですかね」
林「美少女だと良いな~」
林と佐々木、部屋を出る。
野村「やっと寝られる…100時間寝よ…」
野村、スマホが鳴る。
野村「…はあ?紺野さんが!?病院で死にそう!?…クソッ!」
野村、走って部屋を出ていく。
◯同・廊下
悠々と歩く古岡。微笑を浮かべる。
◯同・会議室
部屋には中田だけが残り、ドアが閉まる。
中田「…ふぅー…」
ネクタイを緩める。
中田「あいつ、やるなぁ…」
スマホを取り出し、誰かに電話をかける。
中田「あ、もしもし、中田です。社長、やりましたよ、例の作品、通しました」
◯回想・古岡自宅・(朝)
古岡「あ、部長ですか。覚悟を決めました。飯塚製薬の息子が書いた作品は『ゆとり探偵』です」
一拍置く。
古岡「でも、私が協力できるのはここまでです。私は、『ゆとり探偵』は推薦できません」
一拍置く。
古岡「いえ、安心してください。私は推薦しませんが、最後には『ゆとり探偵』を確実に勝たせます」
古岡、ノートを見ながら話す。
古岡「今日の会議では、私が場をかき乱します。計算通りにいけば、最後にはこの作品ともう一つの一騎打ちになるはず。私がとどめを刺すので、部長は最後に議論をいい感じにまとめてくれればそれで十分です」
一拍置く。
古岡「あ、あと。議事録を最後に修正する必要があります。はい、不利な証拠になるので。中田さんの方から修正を促してください。それでは、よろしくおねがいします」
◯ナステレビ・会議室
引き続き電話をしている。
中田「はい、飯塚製薬の息子の作品、大賞です。え、監査ですか?全然怪しみませんでしたよ。『俺がクビになる』って泣きついたらあっさりやってくれました(笑)バカですよね~嘘なのに。あ、約束ですよ?昇進の話。こうして成功させたんですから。え?本当ですよ、本当に通しました。もし嘘ならホントにクビでもいいですよ(笑)」
フフッと笑い、席を立つ。
中田「それでは、そういうことで、昇進の件、お願いしますよ!」
スマホをしまう。荷物をまとめ、帰り支度をする。廊下に出る。
古岡「部長!」
廊下の奥から古岡が走ってくる。
中田「おお、おつかれ~」
古岡「お疲れさまです」
中田「それより、完了したか」
古岡「はい。事務局に提出しました。19時には発表されます」
中田「完璧だ。それじゃぁ」
歩き出す中田を古岡が呼び止める。
古岡「あの。約束なので」
中田に人事異動届の紙を渡す。
古岡「ここに判子お願いします」
中田「気が早いな~古岡ちゃん。そんなにうちに来たい?」
古岡「はい」
中田「ま、いいけどね。はいよ」
判子を押して渡す。
古岡「いまここで人事部に電話してください」
中田「え?そこまでするー?」
古岡「はい」
中田「…しょうがないな」
中田、スマホを取る。
中田「あーもしもし、制作部の中田ですー。お疲れさまですー。昨日話してたディレクターの件、ひとり見つかったんで、異動届出しておきますね。はい、はい、じゃー、はい~」
古岡「ありがとうございます。それではこちらも提出しておきます」
古岡、颯爽と去っていく。中田、首を傾げながら逆方向に歩いていく。
◯同・監査室・(夕)
古岡が一人、部屋に佇む。机に、何かメモ書きを残す。満足気に、ペンをしまって部屋を出る。
◯同・制作部部長室・(夜)
中田、部屋で小躍りしてる。
中田「昇進っ!昇進っ!」
中田、スマホが鳴る。
中田「あ、社長、お疲れさまです。あ、もしかして、昇進決まりました?違う、あぁ、発表された。それはそれは」
中田、顔が凍りつく。
中田「え…?」
◯古岡自宅・玄関・外・(夜)
明るい表情で家の前に立つ古岡。大きな深呼吸。ドアを開け、部屋に入る。ドアが閉まり、声だけが聞こえる。
エリ「あ、おかえり!」
古岡「ただいま」
エリ「どうだった?私、大賞?」
古岡「いやーどうだろう」
エリ「えー教えてよ」
古岡「そろそろ発表されてるんじゃない」
エリ「うわーこの反応、絶対落ちたじゃん」
古岡「…ふふ」
エリ「やっぱり推理モノは流行らないかぁ」
古岡「落ちたとは言ってないよ」
エリ「まじでセックス禁止だからね」
◯ナステレビ・制作部部長室(夜)
中田「ちょ、ちょちょ、確認します」
中田、PCを開き、サイトを見て目を見開く。
中田「…!また後で掛け直します!」
何が何だか分からない、という表情。古岡に電話を掛けるが、つながらない。中田、部長室を出て、廊下を必死の形相で走る。
◯ナステレビ・監査室・(夜)
中田、監査室に着く。見渡すが誰もいない。古岡のデスクには一枚のメモが。メモ書きには『八百長はバレなきゃ八百長じゃない』。
部長、紙を破り捨て、たたき落とす。スマホが鳴り響く。
中田「社長!いや!これは!陰謀です!八百長ですよ!いや、八百長に見せかけて八百長じゃなかったというか…嘘をつかれてました!あの監査にやられたんです!……いや、待ってください!え…ちょちょちょ、え?…クビ……?」
スマホを落とし、うなだれる。
◯古岡自宅・自室・(夜)
椅子に座り、リラックスする古岡。
◯フラッシュバック
当日朝、中田への電話シーン。
古岡M「役を作り」
◯フラッシュバック
佐々木が週刊松竹を皆に見せるシーン。
古岡M「セリフを吐かせ」
◯フラッシュバック
古岡が脚本を掲げて『タピオカ物語』を推薦するシーン。
古岡M「時に観客を欺き」
◯フラッシュバック
古岡が土下座するシーン。
古岡M「時には自分をも殺し」
◯フラッシュバック
廊下での中田との別れシーン。
古岡M「最高の結末へと導く」
◯ナステレビ・制作部部長室・(夜)
暗くなった部屋にPC画面のみが煌々と照らされている。PCの画面には大賞が発表されている。
「大賞『ゆとり探偵』-大塚エリ」
◯古岡自宅・自室(夜)
スマホが鳴る。
古岡「あ、部長…お疲れさまです。え?八百長?何のことですか?ちょっとよくわからないですね…」
古岡、余裕の表情を浮かべる。
古岡「…大賞を取り消せ?異動の話はナシ?…もう無理ですよ」
古岡、ふふっと笑う。
古岡「規則ですから」
おわり
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