「calling you」
※「クリスマスの夜は静寂(しじま)に流る」改稿
登場人物
葛原明(24)タクシー運転手
栗田百合(26)会社員
田村健一(28)時計屋
田村章子(28)百合の姉
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○(葛原の夢)府中総合病院・手術室前廊下
執刀医、手術室に入っていく。
葛原明(17)、執刀医の背中を追いかけて、手術室に駆け寄る。
葛原「そんな! そんなだってアイツ!」
手術室の扉、閉まる。
葛原「あいつは」
葛原、崩れ落ちる。
○タクシー・車内(夜)
葛原(24)、運転席で飛び起き、肩で息をする。
携帯電話のバイブ音。
葛原「はい。葛原です」
葛原、帽子をかぶりなおす。
○田村時計店・外(夜)
イルミネーションが輝く商店街。
「田村時計店」の看板。
店の前にタクシーが止まっている。
葛原の声「田村先輩。個人携帯でタクシー呼ぶのやめてもらっていいですか」
田村健一(28)と田村章子(28)、タクシーの脇に立っている。
○タクシー・車内(夜)
葛原、運転席から田村を見ている。
栗田百合(26)、紙袋を膝の上に置き、後部座席に座っている。
田村「カタイこと言うなよ。百合ちゃん頼むな。江古田まで」
章子「ごめんね。明くん」
葛原「いえ。江古田か」
百合「アキねぇ。ケンにぃ。また」
章子「うん。また」
田村「気を付けてな。明。中央道行って。環七で行ってくれ」
葛原「いや。タダの道行きますよ」
田村「バカやろ。お前。今日が何の日か知ってんのか?」
葛原「仏教徒なもので」
田村「男が待ってんだ。急いでやってくれ」
葛原「いや。でも」
田村「そろそろ吹っ切ったらどうだ?」
葛原「え?」
田村「商売柄。止まってるの見ると動かしたくなんだよ。時計でも人でも」
葛原「お気持ちだけ戴いておきます」
田村「今夜は奇跡が起こる夜だ」
葛原「今夜は道路が混む夜です」
葛原、運転席の窓を閉める。
百合、やり取りを見ている。
タクシー、動き出す。
百合「明くん。ケンにぃとはどのくらい?」
葛原「あー。20年くらいですかね」
百合「そっか。長いね」
葛原「道混んでるんで裏道行きますね。約束。何時ですか?」
百合「え。と。8時」
葛原「なら余裕で着きます」
葛原、信号を見て、タクシーを止める。
百合「あのさ」
葛原「はい」
百合「いや。あの。さ。さっき。ケンにぃと話してた」
葛原「車。動くんで気を付けてください」
百合「あ。うん」
タクシー無線のノイズが響く。
葛原「それ。プレゼントですか?」
百合「え? ああ。うん。腕時計。せっかくアキねぇが時計屋の人になったから」
葛原「いいですね」
百合「明くんは? いい人いないの?」
葛原「いないですねぇ」
葛原、ハンドルを切る。
葛原「そういうカタチの幸せ。どうも性に合わなくて」
百合「なにそれ? 幸せに合うとか合わないとかないでしょ」
葛原「ありますよ」
携帯電話のバイブ音。
百合「着いた? こっちも向かってるトコ。荷物多いでしょ。コーヒーでも飲んでて」
百合、通話を終える。
葛原「カレシさん。どこかからのお帰りなんですか?」
百合「ううん。逆。仕事で明日からイタリア。いつ戻るかわかんないんだって」
葛原「へぇ。なにされてるんですか?」
百合「修復家」
葛原「修復家?」
百合「色あせたり、傷ついたりした絵を直す。職人。まだ全然見習いだけどね」
葛原「いいですね」
百合「そう?」
葛原「一度失くすと。取り戻せないものがほとんどですから」
百合「どういう意味?」
葛原、ラジオを付ける。
クリスマスソングが流れてくる。
百合、腕を伸ばしてラジオを止める。
百合「あー! もやもやする! 詳しく話して! さっきのヤツ!」
百合、葛原を見つめる。
百合「他人じゃないじゃん。私たち」
葛原「いや。まったくもって他人ですけど」
百合「そうじゃなくてさ」
葛原「仮に他人じゃないとしても言いたくないことはあります」
百合「そーゆーの嫌。男には男の世界がある。みたいな? そういうの嫌い」
葛原「いや。別にそういうことじゃなくて」
百合「じゃあどういうこと?」
葛原、大きく息をつく。
葛原「はっきり言って。迷惑です」
百合「迷惑? なにが?」
葛原「そういう。根掘り葉掘り聞いてくる感じがです」
百合「聞くよ。だって友だちだもん」
葛原「ともだち?」
百合「笑顔のときだけそばにいて、そうじゃないときほっとくなんて、友だちじゃないでしょ」
葛原と百合、バックミラー越しに目を見合わせる。
○田村時計店・作業場(夜)
作業台が二つ並んでいる。
田村と章子、作業台に座っている。
2人の前には湯呑みがある。
章子「あの2人。性格真逆だよね」
田村「ん?」
章子、お茶を飲む。
章子「百合はどこのドアにも鍵かけないタイプだけど、明くんは開けていいドアとそうじゃないドア。はっきり分かれてる」
田村、お茶を飲む。
田村「似てるよ。2人は。明も前は百合ちゃんみたいな感じだった」
章子「なんか。あったんだ」
田村と章子、目を見合わせる。
田村「高2だったか。歩道橋でふざけてて、明の親友が道路に落ちた。車にはねられて、腕を切らなきゃならなくなった」
章子「腕?」
田村と章子、目を見合わせる。
田村「環七の。歩道橋だった」
田村と章子、時計を見る。
壁の時計は午後7時20分。
○環状七号線・豊玉南歩道橋前(夜)
路肩にタクシーが止まっている。
○タクシー・車内(夜)
葛原、歩道橋を見上げている。
葛原「オレが奪ったんです。夢とか、希望とか、未来とか。あいつのそういうの」
百合、葛原を見ている。
葛原「幸せになんてなれないですよ。オレが奪ったのは、人生の意味だから」
百合「そっか。でも。それでも」
葛原「絵描きだったんですよ」
百合「え?」
葛原「あいつ。絵描きだったんです」
百合、歩道橋を見上げる。
百合「そういうこと」
葛原「きっと。今でもオレを責めて」
百合「バカじゃないの」
葛原「え?」
百合「何? 未来を奪ったって。詩人なの? 勝手に人の人生終わらせないで」
葛原「いや。あなたになにが」
百合「イイダタカシ」
葛原、振り返る。
葛原と百合、目を見合わせる。
百合「飯田孝。今。私を待っててくれてる人。事故で片腕失くしたけど、それでも絵が好きで、いま修復家目指してる」
葛原「孝が。孝が。修復家?」
百合「孝は、夢も、希望も、未来も、奪われたなんて思ってない。てか。誰より強く持ってる。だからイタリアに行く」
葛原「たかし」
百合「明くんは人生の意味を奪ってなんかない。てか。そんなの誰かが奪ったりできるもんじゃないでしょ」
葛原「たかし。そうか。たかし」
フロントガラスに雪が落ち、流れる。
○田村時計店・外(夜)
雪が降っている。
田村、煙草を燻らせている。
携帯電話のバイブ音。
田村、スマートフォンの着信画面を見て、微笑む。
田村「な? 言ったろ? 今夜は奇跡が起こる夜だって」
田村、通話を終える。
田村「メリークリスマス!」
夜空に雪が舞っている。
〈おわり〉
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