#16 Fly me to the moon SF

パンドラの函に閉じ込められていた「彼女」は、いつも月を見上げていた。
竹田行人 34 0 0 05/02
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第一稿

「Fly me to the moon」


登場人物
三島弓(27)興信所職員
青田美紀(47)弓の上司
M01(3)人工人間
黒川進(38)医学者


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「Fly me to the moon」


登場人物
三島弓(27)興信所職員
青田美紀(47)弓の上司
M01(3)人工人間
黒川進(38)医学者


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○青田総合調査事務所・外(夜)
   三日月が浮かんでいる。
美紀の声「もう6年も経つんだね」
   雑居ビルの三階の窓に「青田美紀総合調査事務所」の文字。

○同・中(夜)
   青田美紀(49)と三島弓(27)、喪服姿で入ってくる。
美紀「稔さん。弓のお父さん亡くなってから。てことは弓がウチに来て6年。長いね」
   弓と美紀、お互いに清めの塩をかける。
弓「来ませんでしたね。あの人」
美紀「あの人? ああ。お母さん」
弓「私を産んで、捨てた人。です」
美紀「朋美ねぇ。どこにいるんだか」
弓「私が生まれなきゃよかったんですかね」
美紀「え?」
弓「私が生まれなければ、あの人もお父さんも、違う人生、幸せに生きてた気がして」
美紀「私。そういう話好きじゃないから」
弓「ああ。すみません。美紀さんはあの人と連絡とってないんですか?」
美紀「いやぁ」
   美紀、デスクを見る。
   デスクの上には二重らせんをモチーフにした知恵の輪が置いてある。
美紀「あれ? 使ってる?」
   弓、知恵の輪を見る。
弓「ええ。この年で誕生日に知恵の輪もらうとは思ってなかったですけど」
美紀「てへっ。いいでしょ。手作りなんだ」
   弓、手を見せる。
   すべての指に絆創膏がある。
弓「ところどころ、尖ってました」
美紀「あー。そう」
   弓、知恵の輪を取る。
弓「でも。大事にします」
美紀「うん。あ。ごめん。一つ仕事の話」
弓「こないだの浮気調査ならもう」
美紀「弓。PEiPSc(ピープス)ってわかる?」
   弓の手の上で知恵の輪が揺れている。

○内野医科学研究所・外観
   「内野医科学研究所」の看板。

○同・エントランス
   高い吹き抜け。
   弓、ソファーに座り、知恵の輪と格闘している。
弓「これ。本当は外れないんじゃないの?」
   弓、振り向く。
   「STAFF ONLY」と書かれたドア。
弓「なんか視線。気のせいか」
黒川の声「お待たせいたしました。黒川です」
   黒川進(38)、弓の前に立っている。
   弓、立ち上がる。
弓「はじめまして。私フリーペーパー。クラスプラスの記者で。渡辺縁と申します」
   弓、黒川に名刺を渡し、笑顔。

○同・黒川研究室・中
   カフェ風の部屋。
   弓と黒川、テーブルに向かい合って座っている。
   弓、ボイスレコーダーを置く。
弓「黒川さんが研究されているPEiPScについて、ご説明いただけますか?」
黒川「はい。iPS細胞については」
弓「はい。えっと。すべての器官に成長可能で、自己複製能力を持つ細胞。ですよね」
黒川「ええ。PEiPScは正式にはPost Editing induced Pluripotent Stem Cells。編集後誘導多能性幹細胞と訳されます」
弓「はぁ」
黒川「PEiPScの画期的な点は、ゲノム編集によってiPS細胞の課題。発がん性と非汎用性を限りなく低くしたことです」
弓「そしてクローンの可能性も見えた」
   弓と黒川、目を見合わせる。
黒川「おかえりください」
弓「え?」
黒川「確かに私は一介の研究者に過ぎません。しかしながら、人並みの倫理観くらいは持ち合わせているつもりです」
弓「すみません。お気を悪くされたのなら」
黒川「おかえりください」
   弓と黒川、目を見合わせる。
   弓、ボイスレコーダーを止める。

○同・テラス(夕)
   弓、ベンチで知恵の輪と格闘している。
   M03(3)、弓に近付く。
M03「それ。なに?」
弓「ん? 知恵の輪」
M03「ちぇーほわ?」
弓「知恵の輪。お父さんかお母さんは?」
M03、首を横に振る。
弓「そっか。名前は?」
M03「M03」
弓「えむぜろさん? なにそれ?」
M03「おねえちゃん。なまえは?」
弓「私? 私は。三島弓」
M03「私はM実験室で3番目にできたサンプルだからM03。おねえちゃんは?」
弓「え? あー。なんだっけな?」
M03「あ! つき!」
   M03、空を指差す。
   半月が出ている。
M03「きれい」
弓「だね。てかサンプルって」
   携帯電話のバイブ音。
弓「ごめんね」
   弓、スマートフォンを耳に当てる。
美紀の声「弓。逃げな。そこ。やばい」
弓「どういうことですか?」
美紀の声「この3年間で政府からの補助金が10倍になってる。ちょっと異常」
弓「どういうことなんでしょうか?」
美紀の声「ホントに作ったのかも。クローン」
弓「3年前に。クローン」
   弓、M03に目をやるが、いない。
弓「え」
美紀の声「あと。こないだのだけど」
弓「こないだのこと」
   弓に近付く影。
美紀の声「意味とか意義とかはわかんないけどさ。生きてりゃ。幸せのチャンスくらいはある。そう思よ。私は」
   弓、微笑む。
   弓の口元にハンカチが当てられる。
   意識を失う弓。

○同・M実験室・中(夜)
   大きな水槽が並ぶ実験室。
   弓、口にガムテープをされ、縛られたまま横になっている。
   M03、弓の頬を叩く。
   弓、目を覚ます。
   黒川、弓に近付く。
   弓、身動きが取れない。
   黒川、弓のガムテープをはがす。
黒川「ごきげんよう」
弓「よくはないけど。取材の続きをしても?」
黒川「熱心な方だ。構いませんよ」
弓「この子はなに」
黒川「M03はクローン実験の不備で。不運にも。生まれてしまったんです」
弓「やっぱりやってたんだ」
黒川「生まれなければよかったのに」
   弓、M03を見つめる。
黒川「あなたも同じですね。知りすぎなければ死なずに済んだ」
M03「ちぇーほわ!」
黒川「M03。どうした? 大声を出して」
M03「ちぇーほわ!」
   弓、ジタバタと動く。
黒川「そうだM03。ここで終わりにしよう。元々存在しなかった。キミはいてもいなくても誰もなにも感じない存在なんだから」
弓「そんな人いない」
黒川「ん?」
弓「いてもいなくても誰もなにも感じない存在? そんな人。どこにもいない」
   弓、黒川の足に知恵の輪を突き刺す。
   黒川、悲鳴を上げ、崩れる。
   弓、M03を抱きしめる。
弓「ありがと。あんた最高!」
M03「ちぇーほわ!」
弓「ねぇ。あんた。私と一緒に来る?」
M03「ゆみ! つき!」
弓「月までは。無理だけど」
M03「つき! いく!」
弓「よし!」
   弓、M03を抱えてかけ出す。

○同・外
   月が浮かんでいる。
   ライトバンが止まっている。
   弓とM03、手を繋いで走ってくる。
   美紀、スマートフォンを耳に当て、ライトバンに寄りかかっている。
美紀「ねぇ。そろそろ戻ってきたら?」
   弓、M03を抱き上げる。
弓「あ。そうだ。私の弓って名前ね。あの月。弓張り月から付けたらしいよ」
M03「ゆみ! つき!」
美紀「ああ。ちゃんと渡したよ。え? うん」
   弓とM03、美紀のそばまで来る。
美紀「そうだね。外れないし。離れない。じゃね。また」
   美紀、通話を終える。
美紀「弓。おつかれ。その子は」
M03「ゆみ! つき!」
弓「ああ。命の恩人です。1人目の」
M03「ゆみ! つき!」
美紀「そう。ありがとね。1人目?」
弓「これ。ありがとうって言っておいてください。あの人に」
   弓の手には知恵の輪。

〈おわり〉

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