人 物
山田サヨ(18)家業手伝い
山田浅右衛門吉寛(47)サヨの父
瀬戸源蔵(24)吉寛の弟子
三輪文三郎(19)サヨの従兄
○処刑場
地べたに敷かれた敷物の上に、縛られた罪人が佇む。山田浅右衛門吉寛(47)、罪人の首を見据え、刀を上段に構える。
○同・付近の木陰
処刑場が見える木の陰で、山田サヨ(18)、じっと息を潜め、様子を見る。
源蔵「お嬢、何をしている」
サヨ、振り返る。瀬戸源蔵(24)、腕組みをしながら、
源蔵「吉寛様から、ここに来てはいけないとお言いつけがあっただろう」
サヨ、源蔵へ向け、砂を投げつける。
○処刑場
横たわる遺体。吉寛、血に濡れた刀を拭う。
源蔵の声「コラ!」
吉寛、声のした方を振り返り、胸の辺りをおさえながらため息。
○山田家・屋敷・外観
立派な門構えの屋敷。表札に『公儀御様御用』という文字。
サヨの声「父上!なぜわかっていただけないのですか!」
○同・吉寛の部屋
刀が並ぶ部屋。サヨ、吉寛の前で膝をついている。吉寛、刀の手入れをしている。
サヨ「父上!」
吉寛、サヨに刀の切っ先を向ける。
吉寛「サヨ、お前は進んで処刑人になりたいと申すのか」
サヨ「大和守安定……武蔵国からのご依頼ですね」
吉寛「ふん、先ほど試した。良業物だ」
吉寛、呆れて刀を引っ込める。
サヨ「刀を見る目と試し斬の技なら、私の右に出るものはおりません!」
吉寛「公儀御様御用という生業に女を就かせるわけにはいかん!」
サヨ「父上の跡を継ぎたいのです!」
吉寛「いかんいかん!去れ!……うっ」
吉寛、胸を押さえ、うずくまる。茶の盆を持った源蔵、急いで部屋に入ってくる。
源蔵「吉寛様!」
サヨ「父上!」
源蔵「蔵の薬を!」
吉寛、苦しそうにうめく。
○同・胆の蔵・丸薬製造所
大きな蔵。血抜きをしている内臓、粉末、型にはまっている丸薬などが棚や机に並ぶ。源蔵、内臓を器の中に移している。サヨ、棚にある丸薬を手にとりながら
サヨ「父上は、この薬でもよくならないのか」
源蔵「〝よくならないのでしょう〟」
サヨ「……よくならないのでしょう」
源蔵「娘らしい言葉を使いなさいと、おっしゃられていたでしょう」
サヨ「……口うるさい弟子だな」
源蔵「お嬢!」
サヨ「父上はなぜお前のような武家の腑抜けの次男坊を弟子に加えたのかわからん」
源蔵、内臓を手に取るのをやめる。
源蔵「腑抜け、ですか」
サヨ「そうだ、死体を試し斬ることにすら怯えるのはお前くらいだ」
源蔵「丸薬づくりも、立派な弟子の仕事です」
サヨ「死体の内臓に触るのが精いっぱいなのだろう?」
源蔵「人には適材適所というものがあるんですよ」
サヨ「ならば私が処刑人として生きるのもよかろう」
源蔵「吉寛様はそのようなことをお望みになりません!」
サヨ「私は鬼の娘なのだ」
源蔵「は……?」
× × ×
(フラッシュ)
雨。横たわる女性の遺体。すがってなくサヨ(06)。
× × ×
サヨ、笑う。
サヨ「鬼が、罪人という鬼を斬る……山田浅右衛門の屋号を継ぐというのは、そういうことだ」
○墓場
サヨ、墓石の傍に花を供える。三輪文三郎(19)、墓にぼたもちを置く。
サヨ「文三郎……」
文三郎「月命日には、これが欠かせないだろ」
サヨ「母上は甘いものが苦手だったんだ」
文三郎「じゃ、お前が食えばいい」
サヨ「父上の試し斬りの稽古はどうした」
文三郎、ぼたもちを頬張る。
文三郎「他のやつらに教えた方がタメになる」
サヨ「すっぽかしたのか!」
文三郎「気になるなら、お前が稽古つけてやればいい」
サヨ「私もできるが、父上から禁じられている」
文三郎「お前が男だったらよかったよなぁ」
サヨ、ぼたもちを頬張る。
文三郎「叔父上の言いつけを破って、また処刑場に馳せ参じたとの噂を耳にしたが」
サヨ「噂じゃない、真のことだ」
文三郎「そんなに罪人の首が斬りたいのか?」
サヨ「母上の仇を……」
× × ×
(フラッシュ)
雨。ギラリと光る血に濡れた刀。それをじっと睨むサヨ(06)の眼差し。
× × ×
サヨ「仇をとれるのなら、なんだってするさ」
文三郎「サヨ、それはお前がしなくても」
サヨ「源蔵に文三郎、父上の弟子たちはやかましいやつらばかりだな」
サヨ、立ち上がり、去る。
文三郎「おい!」
○町中・通り
サヨ、ずんずん歩いていく。その後ろを文三郎がついていく。子供、突然飛び出して、サヨに
子供A「首切り浅右衛門の娘だー!」
子供B「鬼の娘だぞー!」
文三郎「なにっ!? なんだとコラー!」
サヨ、ずんずん歩いていく。
○山田家・屋敷・外観
サヨ、屋敷の門に手をかける。源蔵、門から出てくる。
源蔵「あっ、お嬢、これから三味線のお稽古が」
サヨ「源蔵、刀を用意しろ」
源蔵「は?」
文三郎、追いつく。
文三郎「よぉ源蔵。サヨが久しぶりに試し斬りするそうだ」
源蔵「なんだと……文三郎、お前どこに行っていたんだ!」
文三郎「いつまでも胆の蔵で下働きをするお前と違って、俺にはやることがあるんだよ」
源蔵「口の減らない奴だな。お嬢、今日という今日は試し斬りを致すなど言語道断……」
サヨ、源蔵を振り切り、屋敷へ入っていく。
源蔵「お嬢!」
文三郎「好きにさせてやればいい」
源蔵「吉寛様がどれだけ心を痛めているか」
文三郎「サヨも同じさ」
源蔵「しかし……」
文三郎「あいつの腕は確かだ」
源蔵「お嬢は女だ」
文三郎「だからこそ、亡くなった伯母上のことが忘れられないんだろう」
○同・屋敷内・中庭
台の上、つぎはぎだらけの肉の塊。サヨ、刀を構え、振りかぶる。
サヨ「やあっ!」
肉の塊、真っ二つに割れる。
サヨ「源蔵、もっと人間らしい形のものはないのか!」
吉寛の声「おぞましいな。真に罪人の首を斬り落すつもりか」
サヨ、振り返ると吉寛の姿。
吉寛「真の遺体を使い、刀剣の切れ味を試す」
サヨ「それが、上様より賜った公儀御様御用という生業、山田浅右衛門という屋号も、そこから」
吉寛「(遮って)そなたの母上を切り捨てた罪人が捕まった」
サヨ「え……」
吉寛「12年、かかったな」
サヨ「父上、それは……!?」
吉寛「憎いか」
サヨ、ぐっと刀を握る手を震わせる。
吉寛「ならば、斬り落せ」
サヨ「はっ……」
吉寛「試し斬りの浪人、またの名を業深き処刑人。山田浅右衛門として、今こそ所業を断ち切ってくるのだ」
サヨ、強く頷く。
○処刑場
地べたに敷かれた敷物の上に、縛られた罪人が佇む。サヨ、刀を構える。その様子を間近で見守る、吉寛、源蔵、文三郎。サヨ、刀を上段に構えるが、ひどく震えている。
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