登場人物
カオル(29)……ドライブイン「491」の店長
恵子(29) ……カオルの友人。専業主婦
誠 (29) ……劇団の脚本家。ビデオ屋でバイトしている
修司(37) ……店の昔馴染み。あやしげなセールスマン
鮫島(54) ……引退を決意したヤクザの組長
牧師(36) ……恵子の夫。ヤクザの更生を手伝っている
黒川(28) ……鮫島に憧れているヤクザ。麻薬中毒
クミ(24) ……思わせぶりな女。鮫島の娘
ノブオ(27)……クミの恋人。元・役者の会社員
******** ******** ********
○ 教会・外観(朝)
賛美歌が流れる中、人々が入っていく。
○ ドライブイン「491」外観(朝)
国道沿いのカフェレストラン。広い駐車場がある。
二階建で、上は住居。
○ 教会・礼拝堂(朝)
礼拝を行なっている牧師(36)
牧師「主は我々の罪を7の70倍まで赦すとおっしゃいました」
○ 埠頭(朝)
駐車してる自動車の中に男が3人いる。
○ 教会・礼拝堂(朝)
牧師「私達は様々な罪を犯していますが、それを改めるに手遅れと
いう事はありません」
○ 暴力団事務所・組長室(朝)
鮫島(54)、幹部連中に挨拶をする。
カバンを開ける鮫島。
中の札束を見て微笑む幹部。
組長にバッジを返す鮫島。お辞儀をする。
牧師の声「心機一転、蒔き直し、人生に遅すぎるということはありま
せん。今から何かを始めようとする人に、神はいつでも微笑みを
投げかけてらっしゃいます」
○ 埠頭(朝)
黒づくめの男が、カバンを持って現れる。
牧師の声「厳しい社会情勢の中だからこそ、新たなチャンスが芽生え
る事もあります」
自動車に近づく黒づくめの男。
拳銃を取りだし、中の男たちに発砲。
窓に血飛沫。
黒づくめの男、後部ドアを開けアタッシュケースに手を伸ばす。
○ 暴力団事務所・組長室(朝)
壁に下部組織の組名の名札が並んでいる。
その名札の中から『鮫島興業』の札を外す鮫島。
鮫島、退室。
牧師の声「諦めてはいけません。山火事のあとには、必ず新しい緑が
芽吹くのですから」
再び、賛美歌が始まる。
○ 埠頭(朝)
血まみれでアタッシュケースにすがりつく男。
黒づくめの男が拳銃を構えて血まみれの男を狙う。
○ 教会・礼拝堂(朝)
賛美歌が流れている。
連射される銃声。
笑顔の牧師。
牧師「主のご加護があらんことを」
○ 埠頭(朝)
自動車のまわりに3人の死体。
○ ドライブイン「491」・店内(日変わり)
埠頭の3人の死体の写真が載ってる新聞。
それをカウンターに座って読んでいる恵子(29)
恵子「カオル読んだぁ?コレ近くじゃん?――怖いねぇ」
カウンター内にいる店長のカオル(29)
カオル「アタシはあんたがまだウチに居座ってる事の方が怖いよ」
恵子「暴力団同士の内部抗争か?だって。ここら辺も物騒だねぇ。
この店ってセキュリティとか大丈夫?」
カオル「あんたって皮肉とか通じないよね」
恵子「アコム入っとく?アコム」
カオル「金借りてどうすんのよ」
恵子「あれ?アコムじゃないっけ?アデコ?」
カオル「人材派遣」
恵子「ワコム?」
カオル「ペンタブレットの会社じゃん」
恵子「なんだっけ?警備会社の――」
カオル「セコムだよ、セコム」
恵子「カオルって色んな事知ってるわよね」
カオル「あんたが知らなすぎんのよ」
恵子「あ、今、専業主婦バカにしたでしょ?」
カオル「してないわよ」
恵子「いーや、した。専業主婦をバカにすると怖いわよ。ヒマだから
情念ばかり増幅すんのよ。2チャンネラーより怖いわよ」
カオル「(無視)」
恵子「……カオルってさぁ、平気で人を無視したりすんよねぇ」
カオル、尚も無視して仕込みの準備をしている。
恵子「ねーえー。カーオールー」
カオル、やはり無視。
恵子「(心細げに)カオルちゃーん」
カオル「恵子、買い出しに行ってくれる?」
と、メモを恵子に差し出す。
恵子「あ、ウン!」
○ 491・駐車場
自動車で出かける恵子。と、入れ違いに入ってくる自動車。
○ 491・店内
コンロの火にかかっている寸胴鍋。
新聞を読みながら煙草を吹かすカオル。
怪しい風采の男・修司(37)が店に入って来て――
修司「カオルちゃーん。どうよ?」
カオル「どうもこうもないわよ」
修司「あの奥さん、まだいるんだ?」
カオル「あ、うん。一応今日ダンナが迎えに来るって言ってるんだけ
ど……どうだか」
修司「甘えてんじゃん。――カオルちゃん利用されてんだよ」
カオル「利用してもらえるうちが華よ」
修司「ふぅん」
カオル「で、キミは今日は何の用事?金なら貸さないからね」
修司「違うよ。ホラ最近物騒だろ?――だからカオルちゃん買わねぇ?コレ」
と、黒くてゴツいチョッキをカウンターの上に出す。
修司「防弾チョッキ。初めて見たろ?」
カオル「バカじゃん。ケント・デリカットか」
修司「ちげーよ。ホラ、新聞に出てたろ?埠頭の事件。ヤベーよ。
マジ、ヤベー」
カオル「やべーやべー、うるさいよ」
修司「危機管理だってコレ。リスクマネジメント。必要でしょ?ほら、
備えあれば嬉しいなって奴だよ」
カオル「も、いいから帰れ。忙しんだよ」
修司「じゃ、防弾チョッキ買って」
カオル、寸胴鍋の様子を見に行く。
グツグツと煮詰まる鍋。
○ 喫茶店
鮫島、新聞を読んでる。
その向かいに男が座り、煙草をくわえる。
男「鮫島さん。考え直してくれませんかね」
鮫島「あんたが禁煙するなら考え直すよ」
男「記事、読んだでしょ?鮫島さんが抜けた途端にこの騒ぎですよ」
新聞記事・埠頭の射殺事件。
鮫島「俺ぁもう関係ねえよ」
男「何言ってんスか。この取引の仕切りを最後に引退ってことだった
じゃないですか。残務整理終わってから引退して下さいよ」
鮫島「うるせぇよ。これで最後だからって、口利きしただけだろがよ」
男「立つ鳥跡を濁さずって言うでしょ」
鮫島「知らねえっつってんだろ」
男「とにかく、アタッシュケースがこっちに渡るまでは我々と縁が切
れませんからね」
鮫島「……」
男「じゃ、お体お大事に」
レシート取って席を立つ男。
鮫島、煙草をくわえようとする――が、思いとどまる。
○ 教会・外観
自動車がゆっくりと教会の前の道路を走っていく。
運転してる恵子。
教会前で人々と挨拶を交わす牧師を見る。
牧師、ふと顔を上げて自動車が走り去るのを見る。
後ろから声をかけられる牧師
クミ「神父さま」
牧師「牧師です」
クミ「ごめんなさい、牧師さま。お聞きしたい事があるんですけど・・・」
牧師「この教会で結婚式を挙げるためには、半年間は通って頂かない
といけません」
クミ「!――なんでわかったんですかぁ?」
牧師「先週、男性の方とこの教会を見に来てらっしゃったでしょ」
クミ「憶えてたんですか」
牧師「その時も『神父様』って言ってましたからね、憶えてますよ」
恐縮するクミ。
牧師「先々週は、別の男性と一緒でしたね」
クミ「記憶力いいんですね神父様」
牧師「牧師です。――どちらの男性を選ぶのか、もう決まったんです
か?」
クミ「先々週の人は友達なんです」
牧師「友達」
○ 491・店内
オムライスを食べている誠(29)
煙草を吹かすカオル。
カオル「マコっちゃん。いい加減さぁ、ランチタイム過ぎてから来る
の止めてくんね?」
誠「(食べつつ)フフェタイハァ」
カオル「何言ってっか、わかんねぇよ。食べながら喋んな」
誠「(水飲んで)話しかけたのカオルちゃんだろ?」
カオル「夜の仕込みと、アタシの休み時間が削られるっつうの」
誠「・・・ごめんね」
カオル「え?――(戸惑う)あれ?」
誠「俺、カオルちゃん位にしか甘えられなくってさ。カオルちゃんの
顔見るだけで元気になるっつうか、ホッとするっつうか」
カオル「何言ってんの?どしたの?」
誠「こないださ、軽トラックが停まってた訳よ。それが木材会社の
軽トラでさ。その木材って文字がさ、最初見た時『木村』って見え
てね」
カオル「また木村の話かよ!」
誠「ツレェんだよぉ」
バクバクとオムライスを食べる。
カオル「一年も引きずんなよ、フラレた女の事」
誠「引きずんなって言ってもさぁ、まだ、なんつうの、友達づきあい
っつうの?してるからさぁ。なかなかこう――スパッといかねんだ
なぁ」
カオル「そんなのキミが悪いんじゃん。また、どうせいいカッコして
『いつでも相談乗るからさ』とか言ったんでしょ」
恵子、現れて
恵子「そんで『友達としてお前の力になりたいだけだから』とか言っ
てんでしょ」
カオル「で、彼氏の事で何かっちゃあ話聞いてあげてんでしょぉ?」
カオル・恵子「バカじゃん」
誠「なんだよそれ」
恵子「そんな事してね、順番待ちしてもダメ」
カオル「木村はもうマコっちゃんの事、安心して利用できる駒くらい
にしか思ってないよ。相談されるのが、二人の距離を縮めてる事だ
って思ってるのが間違いよ」
誠「そうなのぉ?!」
カオル・恵子「そうよ!」
誠「や。でも俺は、木村の笑顔を見られるだけでいいや……とか思っ
たりも」
恵子「あーもう、そこがダメなんじゃん」
カオル「マコッちゃん、いい人過ぎんだよ」
恵子「いい人ってのはホラよく言うじゃん。『どうでもいい人』って」
誠「なんだそりゃ、普通にヘコむわ」
恵子「モノにしてやるって気迫が無いもん」
誠「でも、さぁ」
カオル「でも、友達でいいって決めちゃったんでしょ。だったら腹
くくって痛みに耐えろ。それができないなら気持ちの整理つくまで
木村に会うのはヤメな」
恵子「え、でも会ってないんだよねぇ?最近はメールか電話だけって
言ってたじゃん」
誠「や。二週間前に」
カオル「会ったのぉ?」
誠「・・・」
カオル・恵子「バカじゃん!」
○ 491・外観
店から出てくる誠。肩を落としている
○ 491・店内
ランチタイム後の片づけをしてるカオルと恵子。
恵子「でもさぁ、マコッちゃんもどうかと思うけど、木村って女も
どうよ?」
カオル「んー、まぁねぇ」
恵子「まだ、この男が自分に気があるっての、わかりそうなもんじゃ
ん。『友達だ』ってマコッちゃんが言ってくれてっから甘えてんじ
ゃんねぇ。ズルいよ」
カオル「他の女のズルさに厳しいよね」
恵子「違うわよ。アタシのズルさは、自覚してるからいいの。木村っ
て女は、聞いた限りじゃ、無自覚なズルさよ」
カオル「何それ?」
恵子「無自覚なのは罪って事よ。責任取らないんだもん」
カオル「あんたリスクも受けとめるもんねぇ」
恵子「ノーペイン、ノーゲインよ」
カオル「ま、でもマコッちゃんも、自分から辛い恋に足突っ込むのが
好きだから、いいんじゃないの」
恵子「でもさ、あんなんで脚本の仕事できんの?手につかないんじゃ
ない?」
カオル「片思いで辛い時ほどいいモノ書けるんだって。だからね、
劇団の演出家に言われたらしいよ」
○ 回想・居酒屋
演出家、脚本めくりつつ眉をしかめ――
演出家「んー……。誠っ。女にフラレて来い!」
○ 491店内
カオル・恵子「(爆笑)」
○ 街中
誠、笑われたような気がして後ろを振り返る。
誠「なに?誰?」
○ 491店内
テーブルに頬をつけてダレてる恵子、テレビを見てる。
厨房で料理の仕込みをしてるカオル。
カオル「あんたさ、居候なんだから働けよ」
恵子「でもさぁ、なんかいいよねぇ」
カオル「話つながってねぇよ。訳わかんね」
恵子「切ないってのも恋の醍醐味な訳じゃん」
カオル「当人は辛いだけじゃん」
恵子「それもまた楽しからずやって事よ。――アタシも恋したぁい」
カオル「バカじゃん」
恵子「あんた、そのねぇ、なんでも一言で片づけるクセ、直した方が
いいよ」
カオル「そもそも、あんた人妻じゃんよ」
恵子「不倫とかしないもん。でも、結婚してても、ちょっとしたトキ
メキとか切ない想いとか、そういうの必要」
カオル「そういうのゼイタクっつうの」
恵子「結婚してもね、ダンナに恋してられるってのが理想な訳よ」
カオル「それ、お互い様なんじゃん?」
恵子「まぁた一言だよ」
カオル「いいから働け」
○ レンタルビデオ屋
店員として働く誠
○ 暴力団事務所
幹部連中と話してる鮫島。
○ アパートの一室
黒づくめの男・黒川(28)
ニュースでは埠頭の殺人事件を報道。
○ 491外観
駐車場に出入りする自動車。
店内に出入りする客達の姿。
○ 自動車・車内
一息ついてネクタイをゆるめる鮫島。
○ 黒川のアパート
洗面所で顔を洗う黒川。
顔を上げると、鏡の廻りには鮫島の写真がベタベタ貼ってある。
○ 教会
信者の話を聞く牧師、チラっと時計を見る。
○ 491店内・厨房
調理するカオル。チラっと時計を見る。
○ バー(夜)
カウンターに座ってるクミ。
メール着信。ムスっとなる。
○ 491店内(夜)
カウンターに座る恵子。店の時計を見る。
その様子を窺いつつ客にコーヒーを出すカオル。
○ 道路(夜)
歩いてる誠。携帯電話に着信。
○ 教会・外観(夜)
帰り支度の牧師。挨拶をして教会を出る。
と、そこへ中年女性が血相変えて来る。
牧師の腕を引っ張り、連れて行く。
○ バー(夜)
クミの横に誠が来る。
ニッコリ笑うクミ。灰皿に沢山の吸い殻。
○ 491店内(夜)
灰皿に沢山の吸い殻。
恵子、隣の客と談笑。
カオル、携帯でメールを打つ。
携帯画面「時間、過ぎてるよ。連絡くらいよこしなよ」
カオル、送信する。
○ アパート・部屋の前の通路(夜)
ドアを叩く女。呼びかける牧師。
○ バー(夜)
クミ「ホントさぁ、連絡さえすりゃそれで済むって思ってんのかね、
あの男」
誠「でも、仕事なんだろ?」
クミ「だからってこれで何度目だと思う?」
誠「それだってさ、木村の為に頑張って金貯めようとしてんじゃん。
愛されてんだよ」
クミ「そうだけどさ。・・・マコッちゃん。いつもありがとね」
誠「いつでも力になるっつったろ」
○ アパート・室内(夜)
玄関ドアが開く。
室内には、ぶっ飛んでる目で立ってる男がいる。
散乱した部屋。床にゴムチューブと注射器。
牧師「池田。止めるって約束しただろ?――明日、施設入るはずだ
っただろ!」
突然、女が池田の腕を掴むと、包丁を突き立てる。
女の顔に血飛沫がかかる。
女「悪い血、出すのよ!早く出すのよ!」
慌てて女を引きはがす牧師。
池田、血が溢れる腕を指で押さえ――
池田「牧師さん、ほら、――押せば命の泉湧く」
狂気の顔で笑みを浮かべる池田。
牧師、スリッパで池田の頭叩き――
牧師「正気に戻れ…!」
女「どっからスリッパ?」
○ 鮫島のマンション・ベランダ(夜)
ベランダ菜園の世話をする鮫島。
遠くで救急車のサイレン。携帯電話が鳴る。
鮫島「誰だ」
声「あんただけ救われようったって、そうはいかねぇぞ」
鮫島「だから、誰だよ」
声「アタッシュケースは俺が持ってる。――お前の一番大切にしてる
『お守り』と交換だ」
鮫島「お守り・・・てめ、黒川だろ」
声「・・・(電話切る)」
○ バー(夜)
クミ「もうさぁ、わかんないんだよね奴の事。 アタシの事好きなの
かなホントに」
誠「ずっと好きで、やっとつき合えたんだよって喜んでたじゃん」
クミ「アタシはね。――奴だよ問題は。それに、なんか愛情の波が
盛り上がる時期がね、2人、微妙にズレてんじゃないかなって思う」
誠「それは誰でもそうなんじゃねえの?」
クミ「だってマコッちゃんとは、いつも変わらず仲いいじゃん」
誠「それは俺が彼氏じゃないからでしょ」
クミ「そうかな」
誠「そうだよ」
クミ「(あくび)」
誠「ねみぃのかよ」
クミ「ゴメン。マコッちゃんと飲んでると、なんか眠くなんだよねぇ」
誠「ホント失敬だな。男として見てねえだろ」
クミ「安心してんのかなぁ」
誠「しすぎだっつの」
クミ、甘えた眼で微笑み、
クミ「だってマコッちゃん優しんだもん」
と、誠の肩に頭を預ける。
誠、カクテル飲み干し、動転した表情。
○ 491店内(夜)
修司「いっちゃえ、いっちゃえ」
カオル「だめだっつってんだろ」
恵子「なーんーでーだーよー」
カオル「も、アンタ、飲みすぎ」
カオル・恵子・修司が店のモニターに流れる映画「ワイルド・
アット・ハート」を見てる。
ローラ・ダーンがウィレム・デフォーに迫られるシーンだ。
○ 病院(夜)
待合室の椅子に座り、うなだれる牧師。
○ 491店内(夜)
恵子、携帯電話を握って酔いつぶれてる。
修司「人妻、寝ちゃったね。ダンナ来なかったの?」
カオル「んー。メール入れといたんだけどね」
修司「連絡無し?」
カオル「なんでだろ」
修司「結婚は恋愛と違うからじゃない」
カオル「そう?」
修司「そうじゃないの?」
カオル「結婚とか考えた事無いから」
修司「一人で生きてけそうだもんね」
カオル「なにそれ。むかつく」
修司「ほめてんだよ」
カオル「一人で生きてけてもね、辛くない訳じゃないのよ」
修司「あれ?弱音?」
カオル「や。ナイーブさを演出」
○ タクシーの中(夜)
酔ってるクミ。誠とイチャつく。
○ 病院・玄関(夜)
出てくる牧師。携帯電話を架ける。
○ 491店内(夜)
恵子が握ってる携帯電話、鳴る。
○ タクシーの中(夜)
携帯電話の着信に出ようとするクミ。
それを、遮り、キスをする誠。
携帯電話、クミの手から落ちる。
○ 491店内(夜)
鳴り続ける携帯電話に起きる恵子。
着信の名前を見て不機嫌な顔で――
恵子「うっさいわ!」
携帯電話を逆方向に折り曲げて破壊。
カオル・修司、顔を見合わせる。
○ 誠の部屋(夜)
お互いの服を脱がせつつ、ベッドに向かうクミと誠。
○ 教会(夜)
祈りを捧げる牧師。
○ 491・店内(夜)
階段を降りてくる修司とカオル。
二階の部屋で寝息をたてる恵子。
○ 鮫島の部屋(夜)
何種類もの薬を飲む鮫島。
残ったコップの水を観葉植物にかける。
○ 491店内(夜)
施錠し、煙草に火をつけるカオル。
○ 黒川の部屋(夜)
鮫島の写真をシンクで燃やす黒川。
○ 鮫島の部屋(夜)
明かりを消す鮫島。
○ 491店内(夜)
カオル「おやすみ」
煙草、消す。暗転。
○ 誠の部屋(朝)
ガバッと起き上がる誠。
誠「木村?・・・夢?」
テーブルに置き手紙
文字「おはよう。ゆうべはアリガト」
○ 教会(朝)
礼拝の仕事をする牧師。
教会の事務員が来る。
事務員「牧師様。池田さん落ち着いたそうです。今、連絡ありました」
顔、ほころぶ牧師。
○ 491店内
恵子「絶対ウソだね」
カオル「何言ってんの、あんたが自分で真っ二つにしたのよ」
恵子「なんでそんな事しなきゃなんないのよ」
カオル「そんなのアタシが聞きたいわよ」
訝しげな恵子。
鮫島、入ってくる。
カオル「鮫島さん。お久しぶりです」
鮫島「ん。ご無沙汰。お兄ちゃん、元気?」
カオル「ええ。寂しがってますよ、鮫島さんが引退するんで。田舎に
越すんですって?」
鮫島「ああ。茨城の方にな、土地買ってあるから、そこで野菜でも作
りながら、ノンビリすんだよ」
カオル「いいなぁ。隠居資金たくさんあるからできるんですよね」
鮫島「命削ってきたんだから、金くらい残んないとワリに合わねぇ。
体ぁボロボロだよ」
カオル「・・・そんなに悪いんですか」
鮫島「ん。ああ。どもこもならんよ」
カオル「田舎の水と空気で治っちゃいますよ」
鮫島「そうだな。そう思って俺も引退決意したんだし、希望持ってい
かんとな」
カオル「そうですよ。元気出してきましょ。兄がいつも言ってます」
カオル・鮫島「カラ元気でも無いよりゃマシ」
ニッコリする二人。
カオル「キリマンジャロでいいですか」
鮫島「ああ、頼む」
×××
カオルと鮫島、和やかな雰囲気。
鮫島「ところでさ、明日、ここ使いたいんだけど、いいかな?」
カオル「あ、いいですよ。料理は何が?」
鮫島「んー。や。そこまでしなくていいや。ただ、ちょっと、残った
仕事の整理で人と会う事になってさ」
カオル「最後の仕事、なんですね」
鮫島「そうなるな」
カオル「わかりました。じゃ、ランチタイムの後でってことでお願い
します」
鮫島「悪いね」
○ 喫茶店・店内
演出家と誠、座ってる。
演出家「いいね。(脚本めくりつつ)うん。いいね。また女で悩んで
んな?フラれた?」
スリッパで演出家を叩く誠。ムッとした顔で。
演出家「いい間だ。どんどんフラれろ」
再度、誠がスリッパで叩こうとするが、演出家もスリッパを出
し、相打ちになる。
○ 教会
牧師、聖書を読んでる。
カオル「恵子、待ってるよ」
牧師、カオルの方を見る。
カオル「昨日、どうして来なかったの?奥さんをほったらかしにする
程の用事でもあった?――神様から呼び出されたの?」
牧師「・・・」
カオル「理想に向かってジャンプできんのは、現実って土台がしっか
り足場になってないと意味ないんじゃない?」
牧師「手厳しいね」
カオル「あたしの店、どうして491って名前つけたか、わかる?」
牧師「7の70倍?」
カオル「そ。神様はさ、7の70倍まで人の罪を赦してくれるのよね。
でもそれって490回の罪?490種類の罪?491番目の罪
は赦さないって事?」
牧師「7の70倍は例えだよ」
カオル「明日、必ず来てね」
と、立ち去る。
○ 491店内
カウンターに座ってるクミ。
恵子「何それ?そんで体交わしちゃったの?」
クミ「だって、なんか、その場の空気とか流れみたいのが・・・」
恵子「わかるけどさ。えーっと、なんだっけ、ナニちゃんだっけ」
クミ「クミです」
恵子「クミちゃんさあ、そういうの今のうちに直しとかないとさぁ、
2年後位に後悔するよ」
クミ「んー、そうですよねぇ」
恵子「ま、でもホラ、その男友達ってのも、割り切ってくれんじゃな
いの?三十路近いんだっけ?」
クミ「確か29です」
恵子「じゃ、平気だよ」
クミ「そうだといいんですけど」
恵子「大丈夫。――男もそんくらいの歳になりゃね、そん位の分別は
つくはずよ」
○ 喫茶店
スリッパ持って睨みあう誠と演出家。
○ 491外観(朝)
ドア開けて、表の掃除をするカオル。
○ 道路
クミ立ってる。そこへ自動車、停まる。
クミ嬉しそうに乗り込む。
○ レンタルビデオ屋
携帯の画面見てる誠。
メールの文字「こないだの事は胸にしまっといてね。マコッちゃんの
事、友達として信じてる」
誠「なんだそりゃ」
○ 自動車の中
運転してるノブオ(27)。助手席にはクミ。
クミの携帯、鳴る。誠からの着信。
クミ、出ない。
ノブオ「出なくていいの?」
クミ「うん。――友達だから、後で架け直すよ」
○ 鮫島のマンション
鮫島、携帯で話してる。相手は女性。
鮫島「ホントだよ。今日、全部終わる。――結婚する時の約束を
やっと果たせるよ」
声「離婚する前にそうしてくれたら良かったのに」
鮫島「全くだ」
声「体の方はどうなの?」
鮫島「それもお前の言う事聞いときゃ良かったよ」
声「そう・・・。田舎に越すんでしょ? そしたらクミ連れて、会い
に行くわ」
鮫島「あいつがイヤがるだろ」
声「でも、会っとかなきゃいけない」
鮫島「……そうだな」
声「あら、素直ね」
鮫島「お前の言う事は素直に聞く事にしたんだ」
○ 491店内
レジを打つ恵子。
恵子「ありがとうございましたぁ」
○ 491店の外
ランチタイムの看板を取り込むカオル。
背後からの足音に気付くカオル。
カオル「マコッちゃんさぁ、もっと早く来いっつってん(振向く)…
…じゃん……」
牧師が立っている。
カオル「……あんたも、もっと早く来いっつの」
牧師「遅すぎたかな」
カオル「それは二人で決めて」
○ 道路
路肩に駐車してる自動車。
運転席で、携帯電話で話してるノブオ。
助手席には、不機嫌そうなクミ。
○ 歩道
歩いているクミ。
○ 491店内
コーヒー淹れてるカオル。
テーブルで向き合う恵子と牧師。
カオル「あんたらさぁ。何でもいいから話しなよ。つーか話さないな
ら、さっさと帰んな」
誠の声「そんな冷てぇ事言うなよ」
ちょうどドアを開けて立ってる誠。
カオル「や。マコッちゃんじゃなくて」
誠「そうなの?――あ、じゃオムライスね」
カオル「って、だから何でキミまで来てんのよ。ランチタイム終わっ
てんでしょうが」
誠「頼むよ、カオルちゃん」
カオル「どいつもこいつもグズグズすんな」
牧師「カオルさん。私からもお願いするよ。彼にオムライスを」
恵子「ちょっと。やっと口開いたと思ったら、オムライスだぁ?」
牧師「困ってる人には手を差し伸べるのが私の仕事だ」
恵子「オムライス頼むのに、そんな大袈裟な言い方しないでよ。
アンタいつもそうよ。 アンタがね、助けなくたって地球は回って
んのよ。世界を自分一人で背負ってるとでも思ってんの?アンタに
とって見ず知らずの人でしょ?そんなの助けてる間にアタシをど
うにかしてよ。アンタの妻よ」
牧師「見ず知らずじゃない。彼の事は知ってる」
誠「?」
牧師「2週間前かな。私の教会に来ただろ?女性と一緒に」
恵子「は?」
カオル「2週間前って、もしかして……」
恵子「木村と?」
カオル「何しに行ったの?」
誠「や。ステキな教会があるから見に行きたいって言うから」
カオル・恵子「バカじゃん」
牧師「その女性の事で悩んでるんだろ?」
誠「さすが牧師さん。人の悩みを見抜くなぁ」
カオル「誰でもわかるわよ」
恵子「顔に書いてあるもん」
カオル・恵子「女にフラレましたって」
誠「ちーがーいーまーすー」
カオル・恵子「?」
誠「お前らが言ってくれたからだ。ありがとう。俺は木村の前でいい
人過ぎた。けど、おとといの俺は違った」
恵子「ナニ?ヤッちゃったの?」
牧師「恵子!」
恵子「何よ?」
カオル「体交わしたのね?」
誠「(うなづく)」
恵子「やったじゃん。おめでとう!」
誠「それが、そうでもねんだなぁ」
カオル「ははっ。そりゃそうだ」
誠「なんだよ、まだ何にも言ってねえだろ」
カオル「わかるよ。エッチしたはいいけど、その後、どうしていいか、
わかんないんでしょ?つーか、その前に木村の態度の意味がまるき
り掴めないんでしょ?」
誠「エスパー?」
恵子「イトウ?」
誠とカオル、スリッパで恵子を叩く。
恵子「?どっから出したのスリッパ」
カオル「木村がマコッちゃんとの間に、厳しく『友達』って線引きし
てきたんでしょ?」
誠「なんで、わかんの?」
恵子「ねえ、スリッパ・・・」
カオル「マコッちゃん、人が良すぎんだよ。そんなねぇ、1回エッチ
したくらいで恋人になれるなんて期待しちゃいけないってば」
恵子「あ、そりゃそうね」
誠「そうなのぉ?そんなもんなの?」
カオル「だから、マコッちゃんの脚本って女が描けてないって言われ
んじゃん」
誠「うっさいわ!――牧師さん。そうじゃないですよねぇ。こう、な
んつうの、メイクラブって言うじゃないですか。だから、あれって
愛の営みってもんですよね?少なくともその時には、愛が確かに、
こう――存在する、みたいな」
恵子「しねえよ」
誠「しねえのかぁ?!」
恵子「体交わしても友達ってあるんだよ」
誠「じゃ、友達と恋人の境目ってなんだ!」
カオル・恵子「回数」
誠はカオルを、牧師は恵子を、それぞれスリッパで叩く。
恵子「だから、どこからスリッパ?」
外から自動車の音。
カオル「あ、もう来ちゃった。アンタ達、続きはヨソでやってね」
鮫島、入店。
鮫島「時間、間違ったかな?」
カオル「あ、いいの。ゴメンなさい。この人達すぐ帰るから」
鮫島「や。別に居てもらっても構わないけど」
カオル「あ、そ。――でも帰るから」
誠「俺のオムライスは?」
カオル「キミは木村んトコでも行ってな」
誠「行けたら、こんなヘコんでねぇよ」
恵子「じゃ、呼んだら」
誠「電話しても出ねぇし、メール送っても返ってこないんだよ」
カオル・恵子「ははははは」
誠「笑うな!」
牧師「誠君。私が言うのもナンだが、その女性の事は諦めた方が・・・」
誠「神父さぁん」
牧師「牧師です。その女性、キミと一緒に来た次の週には別の男性と
来ましたよ」
カオル・恵子「ははははは」
誠「笑うな!」
牧師「先日は私の教会で式を挙げるにはどうしたらいいかって聞いて
きました」
誠「マジすか?」
牧師「傷が浅いうちに、ね」
誠「も、既に深いです」
牧師「諦めて、新しい恋を見つけたらいいじゃないですか」
恵子「アンタがそういう事言うの?だったら、アタシも新しい人見つ
けた方がいいの?」
牧師「口を挟むな恵子」
恵子「なんでよ。そんなキッパリ諦めがつくならマコッちゃんだって
こんな悩んでないよ。――マコッちゃんもねぇ、こんな事でヘコ
んでないで、頑張んなさいよ。彼氏がいたって何よ。ドーンとぶつ
かんなさい」
○ 道路
ドーーン!と衝撃音。
黒川の乗る大型スクーターがノブオの乗る自動車にぶつかる。
○ 歩道
歩きながら電話するクミ。
○ 491店内
ニコニコ顔の誠。
カオル「バカじゃん。また彼氏の代わり」
恵子「しょうがないよ」
カオル「木村来たら、出てくのよ。ホントは、この時間、鮫島さんの
貸しきりなんだから」
鮫島「俺はいいって。面白そうだし」
恵子「アタシも楽しみ。木村の顔がやっと見れんだもん」
カオル「あー、そういえばアタシもチラッとしか見た事ないや。マコ
ッちゃんトコの公演見に行った時だっけ?」
恵子「何?女優なの?」
カオル「や。客で来てたの」
誠「お芝居、好きなんだって」
カオル「でね、このバカ、知りあいの役者紹介したらさ、そいつに取
られてやんの」
カオル・恵子「はははははは」
誠「笑うな」
カオル「でね、でね、木村は最初はさ、『夢を追って頑張る人って
ステキですよね』って言ってたんだけど、その彼氏、役者辞めて
就職したんだよね」
恵子「結婚する為に?」
カオル「そ。そんでマコッちゃんにさ、『そこまで大事に思われてる
なんて幸せ』って報告したんだよね」
恵子「夢、追ってねーじゃん」
誠「・・・」
カオル「アタシ、あん時のマコッちゃんのセリフまだ憶えてるよ」
○ 回想・東京タワーの見える公園(夜)
クミの後ろ姿を見送り、東京タワーを見上げる誠。
誠「紅白でライトアップされてんじゃねぇ! 俺ぁまるきりメデタク
ねっつんだよ!」
○ 491店内
誠以外の皆、爆笑する
カオル「やっぱ、マコッちゃん、女にフラれた方が面白いよ」
誠「うっさいわ」
恵子「でもさ、そういうのちゃんと木村にぶつけた方がいいよ」
カオル「そうだよ。アタシらに言わないで木村に言いなよ。好きな女
の前だからって、やせ我慢しない方がいいよ。伝えないと向こうは『あ、この人平気なんだ』って思って、甘えるばっかになるよ」
牧師「私もそう思います」
恵子「あら、アンタさっきは諦めろって言ってたじゃないよ」
牧師「それはそれ。伝える事は大事だと思いますから、それについて
は賛成」
恵子「スリッパ出したい!(辺りを見回し)ドコなの?」
カオル「鮫島さんはどう?」
鮫島「俺は、こいつの気持ちわかるよ」
誠「でしょお?!」
鮫島「支えたい人の前じゃ、言えない事があるだろ」
恵子「でも、それって何か自分が上に立っててエラそー。助けてやっ
てるって感じ」
鮫島「誰かを支えようって力が自分の力になるもんなんだよ。だから、
上とか下とかじゃないんだ」
恵子「(牧師に)聞いた?こんくらいの事言いなよ。鮫島さんも牧師
か何かやってんですか?」
クミの声「パパ?!」
クミ、ドア開けて立ってる。
鮫島「クミ?」
恵子「クミちゃん?パパ?援交?」
カオル「え?」
誠「木村?!」
牧師「あ!」
クミ「何?マコッちゃん、なんでパパと……?」
カオル「えーと、じゃ、(鮫島に)木村?」
鮫島「別れた女房の名字だ」
恵子「ホントのお父さん?」
誠「何?木村のお父さんって」
クミ「ヤクザよ」
牧師「ヤクザだった、ですよね」
カオル「知ってたの?」
牧師「私の所にはヤクザから足を洗いたいという人も相談に来ます。
鮫島さんが足抜けするのをきっかけに自分も、という人が大勢来ま
した」
鮫島「四方八方丸く収めようと頑張ったんだけどな、一人だけコジれ
たヤツがいてな」
○ 自動車の中
運転するノブオ。助手席には拳銃を突きつけてる黒川。
アタッシュケースを抱えてる。
ノブオ「まだですか?俺も仕事で急いでるんですけど」
黒川「人ハネといて訴えられないだけ良かったと思え。そこ右」
○ 491店内
クミ「パパ、ヤクザやめるの?」
鮫島「ああ。やっとな」
クミ「遅すぎるわよ」
牧師「善い事をするのに遅すぎるという事はないんですよクミさん」
クミ「神父さん黙ってて」
牧師「牧師です」
鮫島「悪かったと思ってる」
クミ「なんでアタシがちっちゃい時にやめてくんなかったの?つーか、
何でクミって名前にしたのよ。ただでさえ鮫島って名字がゴツイの
にパパがヤクザって知ってた子達から、鮫島クミチョウ、て言われ
てたんだよアタシ」
誠「それで木村って呼んでくれって言ってたの?」
クミ「仲良い人たちからは、クミちゃんって呼ばれんのヤなの。――
クミチョウ思いだすから」
誠、『仲良い』という言葉に嬉しそうに反応。
カオル「マコッちゃん、仲良い人って認められて喜んでんじゃないよ」
恵子「そうよ、クミちゃん、仲良い人が沢山いるんだから」
クミ「何それ、どういう意味」
恵子「そういう意味よ」
クミ「おばさん黙っててよ」
恵子「ちょ、聞いた?アタシおばさん?29歳はおばさん?」
牧師「おばさんじゃないよ」
恵子「マコッちゃん、こんな女、ヤメな。他にいい女いっぱいいるよ」
カオル「恵子(鮫島を見る)」
恵子「何よ、親父さんいるからって遠慮する事ないわよ、こんな女は
こんな女よ」
クミ「どういう女よ!」
恵子「寂しいからって他の男に体で慰めてもらおうって女よ!」
クミ「あんただって、気持ちわかるって言ってくれてたじゃん」
カオル・牧師「言ったの?」
恵子「(うなづく)昨日ね」
カオルと牧師、スリッパで恵子を叩く。
恵子「?どっから出すの、いつも」
クミ「も、マコッちゃん、行こ」
誠「あ、そうだね(出ようとする)」
鮫島とカオル、スリッパで誠を叩く。
恵子「ねぇ。鮫島さんもスリッパ・・・」
鮫島「マコッちゃん」
誠「鮫島さんは、誠って呼んでくれた方が」
鮫島「そっか、じゃ、マコッちゃん」
誠「聞いてねぇし」
クミ「パパ、いっつもそうだよ。人の言う事ぜんっぜん聞かない。
いっつも自分ばっかり」
カオル・恵子「あんたパパ似だよ」
鮫島「キミがクミの事を想って、そばに居てくれたのは感謝するよ。
だからもう少しココに居てくれないか。なんだか色んな人達がココ
に集まったのは何かの思し召しかもしれん。そうですね、神父さん」
牧師「牧師です」
恵子「アンタもこだわるわね」
牧師「そこはゆずれん。神父はカトリックだ」
クミ「あ、そうなの?」
カオル「そんなの知らないで教会で結婚式しようって思ってたの?」
クミ「だってノブくんがあそこの教会いいなぁっ て言ってたから」
恵子「バカ女」
クミ「行こ!マコッちゃん!」
誠「いや、もう少し、ここで話そう」
クミ「なんで?ヤだよアタシ」
誠「話しとくべきだよ、きっと」
クミ「そもそも、なんでパパがココにいんの? てか、他の人達は何?
なんで口出ししてくんの?誰なの?」
カオル「店長」
恵子「居候店員」
牧師「妻を迎えに」
誠「木村の事で相談に」
クミ「パパは?」
鮫島「待ち合わせ」
クミ「誰と?」
勢い良く開くドア。
黒川「鮫島ぁ」
黒川、アタッシュケースを持ち、ノブオの手も掴んでる。
ノブオ「も、いいでしょ。仕事行かなきゃ」
黒川「るせぇ。テメェからは慰謝料だ。――そんで鮫島からは」
鮫島「俺からはなんだ?」
黒川「わかってんだろ!」
ノブオから手を放す黒川。
そして拳銃を向ける。
クミ「ノブ君!」
ノブオ「あ、クミ?どした?なんでここに?」
クミ「ノブ君の仕事ってこれの事?」
鮫島「なんだ俺は娘の彼氏に命を狙われてたのか?」
ノブオ「え?クミのお父さん?」
クミ「ノブ君、ヤクザの仕事だったの?」
ノブオ「ちげーよ」
クミ「まともな仕事始めてくれた時、すっごく嬉しかったのに」
誠「木村、人の話聞けよ」
鮫島「皮肉なもんだな。これが因果応報って奴ですかね神父さん」
牧師「牧師です」
カオル「鮫島さんも人の話聞きなよ」
恵子「親子よねぇ」
無視され苛立つ黒川。
黒川「お前らこそ俺の話を聞け!」
全員「じゃ、話せ!!」
その勢いに怯む黒川。
しかし、気を取り直し拳銃の撃鉄を起こして一同に向ける。
黒川「どいつもこいつも俺をバカにしてんのか!」
銃声3発。
牧師は恵子を、鮫島と誠はクミを庇う。
ノブオはしゃがみ込み、カオルはポツンと突っ立ってる。
カオル「うわ。ぽっつーん」
憐れそうな眼でカオルを見る黒川。
カオル「同情すんな」
恵子「いやーーー!」
牧師、肩口から血を流している。
恵子、必死に血を止めようと手で押さえる。
恵子「救急車!救急車よんで!血ぃとまんない!」
牧師「・・・悪い血が出てるんだな」
恵子「何言ってんの?誰か救急車呼んで!」
カオル、携帯電話出す。
黒川「(拳銃を向けて)動くな!」
カオル「状況わかってんの?!」
鮫島「お前が狙ってんのは俺だろ。素人さんたち巻き込むなって教え
たの忘れたか」
黒川「神父さんにゃ悪い事したけどなぁ、」
牧師「(力無く)牧師だ」
黒川「俺の用事が済んだら、救急車でもなんでも呼んでくれ。――ほ
ら、鮫島。早く渡せ」
鮫島「だから早く俺を撃てよ」
黒川「そうじゃねえよ。お前のお守り渡せっつってんだよ」
○ 回想・組事務所
鮫島、ネックレスのロケットを持って、
鮫島「こいつがあるから俺は負けたりしねぇんだよ」
○ 491店内
黒川「俺ぁそのお守り使って、アンタみたいにのし上がってやるんだ。
アタッシュケースはお守りと交換だ」
鮫島「・・・あれは、お前が持ってても意味が無い」
黒川「俺はお前みたいにゃなれねえってのか?俺をこんな風にしとい
て、テメエだけのんびり余生を楽しもうってのか?そうはさせねぇ。
俺を『鮫島』にしてくれないなら、アンタはヤクザをやめるな!」
ノブオ、そっと出口へ向かってにじり寄っていく。
誠「ノブオ!」
ノブオ「なんだよ、いいだろ。俺、関係無さそうだし、仕事あるから」
クミ「ノブくん、アタシ置いてくの?」
ノブオ「皆がいるから平気だろ?俺、急ぎの仕事入ったんだよ」
クミ「この状況で仕事行く?」
ノブオ「結婚する為だろ?」
クミ「アタシ、結婚したいって言った?」
ノブオ「俺がしたいんだよ」
カオル「それ、木村だから結婚したいんじゃなくて、結婚したい時に
そばに木村がいたんじゃないの?」
ノブオ「知らねえよ」
恵子「いいから救急車!」
カオル「あ、ゴメンゴメン」
黒川「だから待てって!」
ノブオ「僕はもういいですよね?」
黒川、黙ってノブオの足を撃ち抜く。
悲鳴上げるノブオ。
黒川「次は女を撃つ」
誠「鮫島さん、お守り、早く渡しちゃってよ」
カオル「ダメ」
誠「なんでだよ?!」
牧師「私もダメだと思いますよ」
恵子「アンタ、バカぁ?」
カオル「こいつは鮫島さんのお守りをもらったとしても、また別の何
かを欲しがる。また同じ事を繰り返す。自分ていう空っぽの箱の中
身を次々に入れ替えたがる」
黒川「偉そうに語ってんじゃねぇ!」
カオル「クスリでそんなに手ぇ震えてて大丈夫?いま、アンタの分も
救急車呼んだげるよ」
カオル、電話を架ける。
銃声。
後ろに倒れるカオル。胸から煙が立ちのぼる。
黒川「こんだけ近けりゃ当たるんだよ」
クミをかばってた誠、それを見て黒川に飛びかかる。
揉み合う二人。
銃声。天井に当たる弾。
揉み合ううちに、拳銃が転がる。
転がった拳銃を鮫島が拾い――
鮫島「(クミに)救急車、呼んでくれ。それと警察にも」
クミ「パパぁ」
鮫島「ゴメンな。ママとの約束守れなかった」
クミ「お守り渡しちゃいなよぉ」
鮫島、胸のロケットを開けて見せる。
クミと妻の写真。
鮫島「これをアイツが持ってても役に立たないだろ?救急車と警察。
頼んだぞ」
鮫島、拳銃を持って、立ち上がる。
クミ、電話を架ける。
鮫島、黒川の方へ歩み寄り、拳銃を構える。
鮫島「黒川!」
黒川、誠を蹴り飛ばし鮫島を睨む。
黒川「ははは。それでこそ鮫島さんだ。俺の大好きな鮫島さんだよ」
牧師「鮫島さん!」
鮫島「これが最後の仕事だ。コイツは俺が始末をつける」
牧師「アンタ、もう足洗ったんだろ!逆戻りすんのか?それでいいの
か?」
鮫島「どうやら、これが俺の運命らしい。神様が決めた運命だ」
黒川「はははは。そうだ。撃て!俺を撃て!そんでアンタは現役復帰
だぁ!アンタの運命がそうなってんだよ。逃れられねえ」
牧師「神はそんな運命を与えません!」
鮫島「どっちだっていいよ。このままじゃ、カオルが浮かばれねぇ」
牧師「カオルさんが復讐を望みましたか?」
鮫島「俺の気が済まねえ」
黒川「そうだ!いいぞ!撃て!俺を殺せ!」
恵子「鮫島さん、そいつ撃って!」
牧師「恵子」
恵子「アタシ、こいつ赦せない!だってカオル死んじゃったよ。もう
戻ってこない!」
黒川「はははは。そうだ。それも運命だぁ! 全部、こうなるように
できてたんだよ。俺の願った通りになるんだぁ!」
遠くからサイレンの音。
黒川「鮫島さん。ホラ、お帰りなさいの鐘が聞えてきた。早く済ませ
ちまおうぜ」
牧師「鮫島さん!」
黒川「そこでくたばってる女の言う通りだ。 俺をどうにかしねえと、
また繰り返すぞ。 何度でも何度でも、だ。俺からは逃げられねえ。
俺はお前の運命だ!撃て!」
撃鉄を起こす鮫島。
ニヤリと笑う黒川。
牧師・恵子「鮫島さん!」
クミ「パパぁ!」
引き金にかかる指が一瞬緩む。
カオル、カッと眼を見開きガバッと起き上がり――
カオル「運命じゃない!」
全員「?!」
カオル「(穏やかに)負けないで。鮫島さん。 撃たないで」
カオル、黒川を見据える。
黒川、恐怖の表情。サイレンの音、すぐそこまで近づく。
絶叫しつつ店を走り去る。
急ブレーキの音。
衝突音と共に店のドアが破れる。
跳ね飛ばされた血まみれの黒川がそこに横たわる。
駆けつける警察官と救急隊員。
店内の状況に呆然とする。
牧師「奇跡だ(十字を切る)」
カオル「奇跡じゃないし、運命でもない」
防弾チョッキを見せる。
カオル「アタシは現実主義者」
○ 491外観
穏やかな風景
○ 教会
礼拝を行う牧師。腕を包帯で吊ってる。
傍らで恵子が手伝いをしてる。
○ 病院
骨折した足を吊ってるノブオ。
手を振って病室を去るクミ。
○ 491店内
手に包帯してる誠。と、カオル。
カオル「そんで、どうなったのよ?」
誠「いや、別れたらしいよ」
カオル「チャンスじゃん」
誠「や。なんかもういいよ」
カオル「なぁんでぇ?」
誠「いいじゃん」
○ 回想・喫茶店
クミ「あの時、庇ってくれて嬉しかった。ありがと」
誠「いつでも守るっつったろ?」
クミ「ね。ホントだね。あーアタシ幸せだなぁ。ノブ君とは別れちゃ
ったけどさ、こんなにいい友達がいてくれるんだもん」
誠、掴んでたコップを握り潰す。
○ 491店内
カオル「ははは。それでその包帯?」
誠「なんかアホらしくなってさ。俺も前に進まねぇと、な」
カオル「気付くのおせえよ」
誠「神父が言ってたろ。『善い事を始めるのに遅すぎる事はない』
って」
カオル「それ、ちょっと違うんじゃない?」
○ 教会
礼拝中の牧師。ふと顔を向け、カメラ目線で――
牧師「牧師です」
おわり
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