登場人物
耳堂 映司(38)…元脚本家のドライバー
原島 宗太(11)…絵が好きな小学五年生
能町 翼 (26)…鳥類保護活動家
能町 美佐(34)…翼の姉。模型店店主で闇金オーナー。元殺し屋
原島 健一(40)…宗太の父。市会議員
耳堂(和田倉)志保(40)…耳堂の元妻。市立病院の看護師
和田倉 明日香(5)(8)(13)…耳堂の娘
尾野市議…ゴミ処理施設移転の賛成派市議
大塚議長…賛成派政党市議の幹部
水倉興業の社長・秋山・青木・大下・川崎……土建屋兼暴力団
石黒プロデューサー…帝都テレビ・ドラマ部
山北プロデューサー…帝都テレビ・映画部
******** ******** ********
○ 都内の公立小中学校美術展覧会
飾られている絵の数々。
来場者のひとりが、ふと立ち止まって、絵に見入る。
その絵は砂浜から数羽のカモメが飛び立っていく様子を描いている。
○ 砂浜
打ち寄せる波の音。
遠くに歩いている人影がふたつ。
駆け出す原島宗太(11)。
ゆっくり立ち止まる耳堂映司(38)の悲壮な表情。
耳堂の後ろには海が見える。
潮騒の響きが次第に大きくなっていく。
○ タイトル「さよならの風景」
○ 闇金の事務所
潮騒と入れ替わるように、怒号と暴力の音が響き渡る。
袋叩きにされている耳堂。
床に転がる耳堂。
振り絞るように声を出す――
耳堂「俺は……なんにも…してない」
闇金男「?」
耳堂「あっちが……勝手に……」
闇金男「どっちが誘ったかなんて関係ねぇっつったべ?――結果だよ結果」
と、耳堂を蹴る。
腹を抱えて呻き声を漏らす耳堂。
× × ×
―フラッシュバック―
ミニバンの車内。
呻き声を漏らしている耳堂。
リクライニングを倒して寝ている耳堂の下半身に顔をうずめる風俗嬢。
× × ×
闇金男「――結果、運転手が商品に手ぇ出したって形になってんだろ!」
耳堂「だから、そん時寝てたんだってば」
闇金男「なんもしねぇのが悪ぃんだっつの。女が勝手に咥えてきたってんなら、
全力でひっぺがせよ!」
と、耳堂の股間を蹴り上げる。
のたうち回る耳堂。
○ 拝島市の風景
前シーンの怒号と暴力を振るう音がまだかすかに聞こえる。
のどかな郊外の風景の数々。
幅の広い川が流れている。
○ 笹田川の土手
宗太が土手の斜面に腰をおろして、スケッチブックに絵を描いている。
楽しそうに鉛筆を紙の上に走らせる宗太。
男の声「なに呑気に絵なんて描いてんだ?」
○ 宗太の家・リビング(夜)
宗太の悲しげで困惑した表情。
テーブルに広げられた勉強道具を前に手を止めている宗太。
原島健一(44)は、パラパラと眺めていたスケッチブック
をポンとソファに投げ、
原島「中学受験するんだろ……?!」
宗太、ソファに投げられたスケッチブックを見る。
原島「いくら今は成績良くっても、他の子は塾に通ってんだから――サボってた
らすぐ追いつかれんだぞ……!」
宗太「……」
原島「自分が言ったんだからな、地元の中学には行きたくないって」
逃げるようにリビングを出て行く宗太。
原島「宗太!」
階段を上がって行く音。
サイドボードの上の家族写真――父・健一と宗太、そして母と兄が一緒
に写っている。
ネクタイを緩める原島。
○ 同・二階の部屋(夜)
二段ベッドの下段で寝そべっている宗太。
宗太「……」
勉強机が二つある。
○ 同・キッチン(夜)
米を研いでいる原島。
○ 同・リビング(夜)
家族写真の中の母と兄。
どこからか自動車の走行音が聞こえ、やがてそれが轟音になる。
○ 拝島市クリーンセンター
清掃車が頻繁に出入りしている。
その車道の脇は笹田川の河川敷が広がっている。
○ 笹田川の河川敷公園
数組の親子連れが遊んでいる。
川べりで石を拾ってる幼児や、草むらで虫捕りする少年、土手の斜面で
花を積む母娘。
そこへ轟音が響き、思わず顔をあげる土手斜面の母娘。
土手の上の車道を清掃車が走って行く。
○ 土手の上の車道
清掃車が行き来している。
道路の端は簡素な境界ブロックが並び、歩道として区切られている。
ぽつんと塀用ブロックが置かれ、その穴に、お供えの花が挿してある。
清掃車が通り過ぎ、花が揺れる。
○ 回想・受賞式会場
壇上で花束を持って立っている数人の男女――その中に耳堂もいる。
ステージ横断幕『第25回シナリオコンクール授賞式』
にこやかな表情の耳堂。
女の声「バカなの?――脚本だけで生活できるわけないでしょ?!」
○ 回想・耳堂のマンション・廊下
悲しげで困惑した表情の耳堂。
妻の志保が仕事部屋の前に立っている。ドアは開いてる。
志保「なんで相談してくれなかったの?」
耳堂は部屋の中でパソコンに向かっている。
耳堂「相談したらダメって言うじゃん」
志保「当たり前でしょ……!あー、ちょっともう夜勤行かなきゃだから、話は後
で。――明日香のお迎えお願いね」
耳堂「は?明日の朝までにプロット出さなきゃなんだけど」
志保「こっちはちゃんと1ヶ月まえにシフト出してんでしょ?!プロットとか言
われても分かんないよ。なにそれ業界人きどり?」
耳堂「……」
志保「明日香、寝かしつけた後、書けばいいでしょ。――よろしくね」
と、玄関で靴を履き、出ていく。
ガチャン!と鍵をかける音。
○ 回想・同・リビング(夜)
明日香(5)と食事する耳堂。
× × ×
明日香の濡れた髪をドライヤーで乾かす耳堂。
○ 回想・同・寝室(夜)〜(翌朝)
布団で横になる明日香。
その隣で耳堂も寝そべり明日香の布団をトントンとリズミカルに叩く。
× × ×
眠っている明日香。
その隣で一緒に眠っている耳堂。
× × ×
翌朝。
電話着信音が鳴り、耳堂眠そうな目でスマホに手を伸ばす。
着信表示は『プロデューサー・宮崎』。
耳堂、目を見開く。
(回想おわり)
○ 市立病院・病室(夜)
ハッ!と目を開ける耳堂。
包帯だらけでベッドの上に寝かされている。
ゆっくり部屋を見渡す。
古ぼけた病院の個室。
耳堂、起き上がろうとする。
男の声「まだ動かない方がいいですよ」
耳堂「?」
能町翼(26)が入り口に立っている。
能町「2、3日安静に、だそうです」
耳堂「……だれ?」
能町「あなたを買った男、です」
耳堂「……(怪訝な顔)……」
ハッと何かに気づき、身を守るように毛布を引き上げて、
顔の半分くらいまで隠す耳堂。
能町「?」
耳堂「あー、LGBTに偏見は無いんだけど、自分がそうなれるかって言うと話
は別で」
能町「違います。性的な意味じゃなくて」
耳堂「じゃ、……なに?」
能町「僕、覚えてませんか?」
× × ×
――フラッシュバック――
闇金の事務所。
転がってる耳堂。
能町が入ってくると、闇金男が一礼して迎える。
セカンドバッグを渡される能町。
× × ×
能町「ちょっと手伝ってもらいたいことがあります」
耳堂「……」
○ 笹田川の土手・遊歩道
細い金属杭を打っている能町。
二本の杭に看板の柱を固定する。
看板文字『鳥たちの楽園を守れ!』『ゴミ処理施設の移転反対!』
斜め向かいの対岸には、工事用フェンスと
『クリーンセンター移転用地』の看板が見える。
× × ×
数人の中高年男性たちが三脚に固定されたカメラを構えている。
看板を立て終えた能町がやって来る。――双眼鏡を取り出し
河川敷の林の方を見る。
○ 双眼鏡の視点
木々の間に野鳥の姿がある。
○ 能町模型店・外観(夕)
○ 同・店内(夕)
店主・能町美佐(34)が中年男性客と話をしている。
そこへ能町が入って来る。
美佐「――翼」
能町「これ、今週分ね」
と、セカンドバッグを渡す。
美佐「ありがと」
と、レジカウンターへ向かう。
カウンター下にセカンドバッグをしまいながら、
美佐「今日、うちでご飯食べたら?」
能町「ありがと。でも今日は、やることあるから」
美佐「たまには一緒に食べようよー」
能町「もう少ししたら、落ち着くと思うから、……そしたら一緒に食べよ」
美佐「あ、そうか。母さんの命日近いもんね」
能町「……うん、そう」
美佐「じゃ、なに食べたいか決めといて」
能町「なんでもいいよ。姉ちゃんの料理ならぜんぶ美味しいから」
美佐「ほんと?」
能町、頷いて、出口に向かう。が、足を止めて振り向き――
能町「やっぱ、マルシンハンバーグ焼いてよ」
美佐「?」
能町「おふくろの味――じゃなくて姉ちゃんの味でしょ、マルシンハンバーグ」
美佐「なによ、それ」
能町、笑いながら店を出る。
中年客、モデルガンの箱を幾つか持って来る。
美佐、にこやかにレジ対応する。
○ 能町のマンション・室内(夜)
壁には野鳥の写真が飾ってある。
パソコンで作業している能町。
モニターには高原にあるコテージの予約画面が写っている。
チョコを頬張る能町。
○ 能町模型店・外観(夜)
男の声「まだですかね?」
○ 同・店内(夜)
プラモデルのジオラマをそっとディスプレイする美佐。
美佐「そんなに急かすんなら、自分たちでやりなよ、もぉ」
強面の男が傍に立っている。
強面男「うちじゃ、もう誰もやりたがらないんですよ」
展示棚から離れ、売り場の方へ行く美佐。
美佐「なにそれ?ヤクザもコンプライアンス気にする時代ってこと?」
強面男「(苦笑)」
美佐「藤巻さんとこだから、やるけどさぁ、基本、もう、そういうの引き受けて
ないんだよね」
と、商品棚からモデルガンの箱をごっそり取り出して
奥の方に手を伸ばす。
強面男「無理言って、すいません」
美佐、箱から拳銃を取り出すと、慣れた手つきで動作確認をする。
弾倉をグリップの中に収め――
美佐「でも大丈夫。義理は果たす」
○ 市立病院・外観(夜)
○ 同・病室(夜)
ベッドで横になっている耳堂。頭や腕に包帯を巻いている。
サイドテーブルの上には新品のスマートフォンとビジネスホテルの
カードキーが置いてある。
天井を見ている耳堂。
○ 高速道路の高架下(深夜)
停まっている自動車。男が二人乗っていて何か話している。
バイクがスーッと走ってきて、車の脇にぴたっと停まる。
ライダースーツの人物が拳銃を車に向け、四発撃ち込む。
○ 車内(深夜)
割れたガラスと血だらけで絶命している男が二人。
バイクが走り去る音。
○ ゴミ処理施設・屋内
ごみピットに、清掃車のゴミが大量に投下されていく。
○ 同・外観
清掃車が頻繁に出入りしている。
○ 拝島市役所・議場
ざわついている市議会議場。
発言席に立っている原島健一。
原島「――以上、環境への影響は非常に軽微であるという報告書の結論でありま
すので、中止されていたゴミ処理施設の移転工事の再開を求めます」
傍聴席からヤジが飛ぶ。
議長「では、特別委員会で双方の意見を述べあったのち、来週の市議会で
採決を――」
傍聴席からのヤジが大きくなる。
警備員に連れ出されるヤジ男。
○ 笹田川・河川敷
○ 同・土手
川が見える斜面に腰を下ろして、水彩画を描いている宗太。
後方で争う声が聞こえてくる。
振り向くと、遠くの方で大人たちが揉めている様子。
眉をしかめる宗太。
○ 土手の遊歩道
ゴミ処理施設移転反対の横断幕を張ろうとしている市民6人と、
それを阻止しようとするヤクザが2人、言い争いをしている。
突然、ヤクザたちは暴力をふるい始める。
蜘蛛の子を散らすように逃げる市民たち。
○ 笹田川・土手
その様子を見ていた宗太。慌てて水彩画道具を片付けると、
その場を立ち去る。
○ 土手沿いの住宅街
身を固くして小道を急ぐ宗太。
後ろには笹田川の土手が見える。
不安げに後ろを振り返っては、急ぎ足で歩き出す宗太。
○ 市立病院・病室
ベッドの脇に立っている耳堂。
サイドテーブルに置かれたスマホとカードキーを見ている。
能町の声「退院したら、ここのホテルに泊まっててください。あと、スマホもど
うぞ」
耳堂の声「なんで、こんな……?」
能町の声「僕にとって大事な仕事を手伝ってもらうわけですから、これくらい
は」
カードキーとスマホを掴むと、病室を出る耳堂。
○ 同・玄関
車回しで待っているタクシーに乗り込む耳堂。
耳堂の声「本当にドライバーするだけで――」
能町の声「借金帳消し、です」
○ 街中
走るタクシー
能町の声「僕、免許持ってないんですよね。でも今回どうしてもクルマ必要だか
ら探してたんです。運転できて――口が固い人」
○ タクシーの車内
後部座席。仏頂面の耳堂。
耳堂の声「やっぱりやらないって言ったら?」
能町の声「闇金の人たちに引き渡し、ですね」
○ 宗太の家・リビング(夕)
一人でご飯を食べている宗太。
○ ビジネスホテル・室内(夕)
コンビニ弁当を食べている耳堂。
ふとスマホを手にする。
耳堂「……」
なにもせずスマホを置く。
○ 宗太の家・リビング(夜)
テーブルで勉強している宗太。
ソファに置かれた父の鞄。
キッチンの方から声が聞こえる。
原島の声「うん、西山さんはもう『賛成』ってことで確約取れた。大丈夫。――
そうそう、これで、1票差なんだけど『賛成』に決まるのは間違いないんだ、
うん」
○ 同・キッチン(夜)
原島、電話しながら冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。
原島「相手側の市議はもう『反対』でガチガチだから、下手に手ぇつけない方が
いいかもなぁ。――それより、こっちが切り崩されないよう気をつけていけ
ば、うん――」
○ 同・リビング(夜)
キッチンの方を見ている宗太。
× × ×
―フラッシュバック―
ゴミ処理施設反対の市民たちを蹴散らすヤクザたち。
× × ×
宗太「……」
キッチンから来る原島。
父を見ている宗太。
宗太の視線に気づく原島。
原島「どした?」
宗太「……ううん。なんでもない」
原島、テーブルの教科書やノートを見て――
原島「(微笑み)偉いな」
宗太「……(首を小さく振る)」
原島「風呂、入れてくる」
と、退室。
宗太「……」
○ 笹田川の流れ(朝)
○ 土手の遊歩道(朝)
犬の散歩をさせている人が数人。
○ 宗太の家・外観
○ 同・リビング
誰もいない室内。
階段を降りて来る足音。
玄関ドアの開閉と施錠する音。
○ 土手沿いの住宅街
宗太、スケッチブックを抱えて歩いている。
○ 笹田川の河川敷
河畔林の木々が風に揺れている。
○ 土手沿いの道路
ミニバンが停まっている。
○ ミニバン・車内
運転席の耳堂、あくびする。
土手沿いの並木を双眼鏡で見ている能町。
耳堂「なにが見えんの?」
能町「ヒヨドリ、ですねぇ」
耳堂「写真、撮らないの?」
能町「今日は見るだけです。――土手を上がると、白鷺とか沢山いるんですよ、
ここ」
耳堂「ホントに運転するだけなんだな」
能町「そうですよ。言ったじゃないですか」
耳堂「なんかさぁ、ヤバいもの運ぶのかな、とか思ってたよ」
能町「(笑って)ヤバいもの?」
耳堂「だって、闇金のオーナーさんでしょ?だから、なんか、マネーロンダリン
グする現金とか、覚せい剤とかコカインとか――」
能町「運び屋だと思ったんですか?(笑って)映画の見過ぎですよ。 ――僕は
闇金のオーナーじゃなくて、オーナーの弟です」
耳堂「あ、そうなんだ」
能町「ちょっと、外出ますね。僕、戻ったら、すぐクルマ出せるようにしといて
下さい」
耳堂「りょーかーい」
能町、車を降りて土手を上がっていく。空は快晴。
耳堂「――いい天気だなぁ」
○ 土手沿いの道路
青空に映える街路樹の緑。
○ 土手の遊歩道
宗太、スケッチブックを小脇に抱え、河川敷や河畔林を眺めながら
歩いている。
男の声「宗太くん?」
振り返ろうとする宗太。
その瞬間、羽交い締めにされる。
○ ミニバン・車内
後部座席のドアが開くと宗太が押し込められ、続いて能町が乗り込ん
でくる。
耳堂「?!」
能町「クルマ出して……!」
唖然としている耳堂。
能町「早く!」
と、運転席の背を叩く。
アクセルを踏み込み、急発進させる耳堂。
○ 土手沿いの道路
猛スピードで走るミニバン。
耳堂の声「運転するだけじゃないのかよ?!」
能町の声「運転するだけです!」
○ 高速道路
走るミニバン。
耳堂の声「誘拐の片棒担いでんじゃん……!」
能町の声「誘拐したのは僕!耳堂さん運転してるだけ!」
○ 車内
耳堂「それを片棒担いでるって言うんだよ!」
能町「?――意味分かんないんですけど」
耳堂「……(呟く)ダメだこいつ」
バックミラーを見る耳堂。
宗太、唇をギュッと結んで緊張している姿が見える。
耳堂「誘拐とか一番割に合わない犯罪だろ?……絶対捕まる――どっかサービス
エリアで降ろした方がいい」
宗太「……(能町をチラっと見る)」
能町「身代金が目的じゃないんです」
耳堂「え?」
○ 拝島市役所・会議室
市議会の特別委員会の会合。
議論している市議たち。
原島は焦燥した顔で、腕組みをしている。
○ 同・廊下
原島に声をかける尾野市議。
尾野「どうしました?――原島さんが口火を切って議論進めるものと思ってたん
ですが……どこか、具合でも……?」
原島「……」
尾野「原島さんは無所属ですけど、ここまで一緒に賛成派として頑張ってきたん
じゃないですか。なんでも言って下さい」
原島「……」
○ 政党事務所・室内
昼食を食べている政党市議たち。
大塚「採決で反対に投票しろ?」
尾野「はい。――賛成票を入れたら、息子の命は保証しない、と」
大塚「……票読みだと、1票差だったな」
尾野「はい」
大塚「採決は週明けだ。……こりゃ、警察に通報しても探し切れるか分からん
なぁ」
と、尾野を見る。
尾野「……(大塚の視線受け止め)……」
立ち上がって一礼して立ち去る。
○ 水倉興業・外観
○ 同・応接室
水倉社長と尾野が座っている。
スマホの画面を見ている水倉。
スマホ画面『鳥の営巣地が脅かされる場所にゴミ処理施設を建設することは許さ
ない。採決では反対票を投じろ。もしも賛成したならば息子の命はないものと
思え』
水倉「――この、バードストライクって環境保護団体、本当に存在すんのか
い?」
尾野「(首を振る)ただ、SNSのアカウントは存在しました。 ――反対派の
デモに参加してます」
水倉「わかった。連中締め上げてトリ好きの奴、ピックアップしてみるわ」
尾野「恐れ入ります」
水倉「お互い様だ。な?」
尾野「……(頭下げる)」
○ 山あいの道
湖が見える道を走るミニバン。
○ コテージ・外観
二階建てのコテージ。
駐車場に停まっているミニバン。
○ 同・リビング
能町を先頭に、宗太、耳堂と続いて入ってくる。
○ 同・2階の寝室
宗太が入室。
戸口に立つ能町。ドアを閉める。
○ 同・2階の廊下
能町、ドアに外付けの鍵を装着すると、ドアが開かないことを確かめる。
耳堂「……(能町を見る)」
能町「?」
耳堂「(首を振り)――誘拐だって聞いてたら、引き受けなかった」
○ 同・リビング
2階から降りてくる耳堂。その後から能町が来て――
能町「心配しないでください。身代金の受け渡しが無いんですから、安全です
よ」
○ 湖のほとり
対峙する耳堂と能町。
能町「週明けに市議会の採決です。そこで原島市議が反対票を入れたらひっくり
返る。ゴミ処理施設の移転は白紙に戻るんです」
耳堂「……」
能町「採決を確認したら、あの子を帰します。最寄りの駅前とかどこか適当な所
で降ろせばいい。リスクなんてどこにもない」
耳堂「そういうことじゃ――」
能町「もう後戻りできません」
耳堂「……」
能町「それだけは確かです」
耳堂、踵を返して歩き出す。
能町「耳堂さん……?!」
耳堂「夕飯の買い出し、行って来る」
能町「……」
○ 回想・耳堂のマンション・リビング
耳堂「今更、戻れないだろ?だったら脚本家として売れるように――」
志保「売れてから辞めれば良かったでしょ!」
耳堂「派遣やりながらじゃ、ダメなんだよ!」
○ 回想・帝都テレビ・会議室
打ち合わせする耳堂とプロデューサーの石黒。
クリップで留めた紙の束をぺらぺらとめくる石黒。
石黒「……主人公の息子、もうちょっと酷い目にあわせられませんかね?なんな
ら殺されちゃってもいいんで。――このままじゃ、盛り上がりに欠けると思う
んですよね」
耳堂「(眉根を寄せ)物語の根幹と関係ないのに、登場人物殺せませんよ。しか
も、子供でしょ。……無理です」
石黒「んー……つまんないこと言うんですね」
耳堂「……」
石黒「そういうの売れっ子になってから言ってくれますか。耳堂さん、下請けな
んだから、言われた通り直せばいいんですよ」
耳堂「……」
○ 回想・耳堂のマンション・リビング
明日香(5)と一緒にお絵描きしている耳堂。
志保が来る。
志保「お昼どうする?どっか食べに行く?」
耳堂「あー、そうするかー」
志保「そういえばさ、あの仕事どうなった?」
耳堂「んー?」
志保「先月ずっと書いてたじゃん。宮崎さんから別のプロデューサー紹介された
やつ」
耳堂「あー、あれな」
志保の方を見ずに明日香の隣で色塗りをしている耳堂。
志保「もうアレ終わったの?」
耳堂「ダメんなった」
志保「は?」
耳堂「俺のは下書きみたいなもんで、仕上げは有名作家にさせる気だったんだ
よ。なのに、あれ直せこれ直せって、全然的外れのダメ出ししてきて――」
志保「直せばいいじゃん」
耳堂「自分が納得できない直しはできない」
志保「バカじゃないの?作家ヅラして気分がいいのはアンタだけでしょ!」
耳堂「……」
志保「こないだもそうだったじゃん。何本も何本もあらすじ書かされて、採用さ
れても、ギャラはまた次回の時にまとめて払いますとか言われてさ、次回なん
て無いじゃん」
耳堂「……」
志保「今回は?――今まで書いた分のギャラ、払ってくれるって?」
耳堂「……(首振る)」
志保「脚本家ごっこなら一人でやって!私や子供巻き込まないで!」
泣き出す明日香。
娘の肩を抱き寄せる耳堂。
志保、耳堂の手を払いのけ、娘を引き寄せる。
明日香、さらに激しく泣く。
志保「家賃も払えないくせしてこういう時だけ、娘、守ろうとしないでよ」
耳堂「!」
志保「だから言ったじゃん!脚本家で食ってけるわけないって!」
志保、明日香を連れて退室。
玄関ドアを閉める音。
○ 回想・同・仕事部屋(夜)
パソコンに向かい黙々とキーボードを打つ耳堂。
ノックの音。
それには反応しない耳堂。
明日香の声「ぱーぱー。おみやげあるよー」
一瞬、指を止めるが、すぐにまたキーボードを打つ耳堂。
明日香の声「あーけーてー」
キーボードを打ち続ける耳堂
ノックの音続く。(回想おわり)
○ コテージ・2階の部屋
ノックの音。
窓の外を眺めていた宗太、振り返る。
○ 同・廊下
ドアの前に立つ耳堂。
耳堂「聞こえてるか?――月曜の夜には帰れると思うから、それまで我慢してく
れ」
ドアの向こうから返事はない。
耳堂「あとでご飯持って来る」
と言って、立ち去る。
○ 同・2階の部屋
ドアの傍に立っていた宗太、また窓の近くに行くと外を眺める。
窓の外からは湖が見える。
○ 湖のほとり(夕)
○ コテージ・外観(夕)
○ 同・キッチン(夕)
食事を作っている耳堂。
○ 能町のマンション・玄関(夕)
ドアが開き、強面の男たち4人が土足で上がり込む。
玄関ドアを開けたまま心配そうに中を覗き込む初老の大家。
○ 同・室内(夕)
壁には鳥の写真。あちこちに鳥モチーフの置物がある。
室内を物色する強面の男たち。――秋山・川崎・大下・青木。
手当たり次第に物を漁る大下。それを見た秋山が――
秋山「部屋散らかすために来たんじゃねぇぞ!ちゃんと手がかりになるもん探
せ!」
ぺこりと頭を下げるや、再び物を散乱させる大下。
PCのモニターを見ている青木。
青木「秋山さん、これ」
モニターを覗き込む秋山。
画面にはコテージの予約完了メールが表示されている。
マウスを操作する青木。
コテージの外観写真が表示。
○ コテージ・外観(夜)
○ 同・リビング(夜)
ひとりで食事している能町。
○ 同・2階の部屋(夜)
ベッドの上に置かれたスケッチブック――窓から見える風景が描かれ
ている。
その脇に座っている宗太――皿を持ってパスタを食べている。
傍に立っていた耳堂、スケッチブックを手に取り、パラパラとめくる。
耳堂「絵、うまいな」
宗太「……ありがと。――これ、美味しい」
耳堂「(うなずく)良かった」
宗太「あのね――」
耳堂「?」
宗太「市議会で反対票入れさせるつもりなんでしょ?」
耳堂「ん、ああ。俺は雇われてるだけだから、よくわかんないけど、そんな感じ
だな」
宗太「――でも、僕、人質にしたぐらいじゃ、父さんが反対票入れる訳ないよ」
耳堂「なんで?」
宗太「……スマホある?」
耳堂「?」
訝しみつつスマホを出す耳堂。
宗太「検索してみて――拝島市――原島市議 ――弔い合戦」
スマホを操作する耳堂。
画面にはネット記事の見出しが出てくる。
見出し「市議選出馬で弔い合戦 妻と息子を亡くした市役所職員の決意」
スマホ画面に見入る耳堂。
耳堂(M)「14日告示される市議選に原島健一氏が立候補を表明。原島氏は昨年
春に妻と長男をごみ処理施設に向かう途中の清掃車に轢かれて亡くしている」
耳堂を見ている宗太。
ネット記事のカットあれこれ――原島親子の事故記事。ごみ処理施設の
写真。反対派グループのデモ行進写真など。
耳堂(M)「以前から清掃車ルートの危険性が指摘されており、ごみ処理施設の移
転計画が進んでいた。しかし移転先の環境破壊を懸念する市民グループの反対
運動によって、移転工事が頓挫。その合間の事故だった。今回、原島氏は危険
な清掃車ルートによる犠牲者をこれ以上増やさないためにも、ゴミ処理施設の
移転を――」
宗太「死んだ母さんと兄ちゃんのためなんだ」
耳堂「……」
宗太「いまさら、やめるなんて、無理だよ」
能町の声「そんな事ないでしょ」
耳堂と宗太、声の方を見る。
能町がパスタやコップをのせたトレイを持って立っている。
能町「息子が誘拐されてんですよ?どんな親だって要求呑みますよ」
と、椅子に座ってパスタを食べ始める。
耳堂「なにしてんの?」
能町「耳堂さん、いつまでも降りてこないから。――なんか、下でひとりで食べ
てると、仲間外れにされてるみたいで、ヤなんですよね」
耳堂「(半ば呆れて)子供か」
宗太「(クスッと笑う)」
能町「耳堂さんもこっちで食べたらどうです?」
○ 回想・耳堂のマンション・仕事部屋
キーボードを打っている耳堂。
時折、手を止めては菓子パンを頬張り、コーヒーを飲む。
○ 回想・同・リビング(夜)
妻の志保と娘の明日香(8)が、夕飯を食べている。
○ 回想・同・仕事部屋
モニターを凝視する耳堂。
遠くから妻と娘の談笑する声がかすかに聞こえる。
眉をひそめる耳堂。
(回想おわり)
○ コテージ・外観(夜)
○ 同・リビング(夜)
誰もいない室内。
宗太の声「ねー、食べ終わったら、トランプとかしようよ」
耳堂の声「そんなん持ってきてる訳ねぇだろ」
能町の声「ありますよ」
耳堂の声「は?」
能町の声「娯楽は大事ですから」
○ 同・2階の部屋(夜)
耳堂、宗太、能町がトランプで遊んでいる。
○ 同・2階廊下(夜)
ドアの前に立つ耳堂と能町。
部屋の中には宗太が立っている。
宗太「……父さんが反対票を入れたら、あの土手の風景、変わらないんだよ
ね?」
能町「ええ、はい」
宗太「……おやすみなさい」
耳堂「おやすみ」
能町「おやすみなさい」
と、ドアを閉める。
能町、外締め錠をロックしようとするが、ふと手を止める。
× × ×
――フラッシュ――
庭の隅にある物置に入れられ、扉を閉められる少年時代の能町。
暗闇の中で泣いている能町。
扉が開き、美佐が唇の前に指を立ててシーっと言う。
× × ×
ロックせずに立ち去る能町。
耳堂「……」
能町の後ろ姿を見送る耳堂。
ドアを見る耳堂。
○ 同・2階の部屋(夜)
ベッドに座っている宗太。
スケッチブックを開く。
笹田川の土手が描かれている。
× × ×
――フラッシュ――
笹田川土手の遊歩道で兄と自転車に乗る練習をしている宗太。
土手に座り絵を描いている宗太。
兄が自転車に乗って呼びに来る。
家族4人で夕食を食べる。
× × ×
宗太「……」
ドアの方を見る宗太。
○ コテージ・キッチン〜リビング(夜)
食器を洗っている耳堂。
能町の声「すいません。ホントは運転手だけしてくれればよかったんですけど」
リビングの方を見ると、ソファに座っている能町が見える。
耳堂「じゃ、食事どうする気だった?」
能町「コンビニとかで買えばいいかなって」
耳堂、手を拭き、リビングの方へ歩きながら、
耳堂「誘拐犯としての自覚ある?」
能町「あります、あります」
耳堂「(軽く首を振る)……もっとさぁ、別の方法あったんじゃないの?」
能町「……僕も、最初は移転反対のデモとかそういうのに参加したんですよ。で
も、……あんなんじゃ、ダメだ」
耳堂「?」
能町「あんなの単なる自己承認欲求ですよ。自治体と戦ってる俺らって普通じゃ
ない、カッコいい、そう思ってる。SNSでバイトテロする若者と一緒です」
耳堂「……」
能町「中にはデモ主催者から日当もらってる連中もいました。賛成派も反対派
も、あそこで生きてる鳥とか生態系のこと本気で考えてるのは一人もいません
でした。そしたら僕がやるしかないじゃないですか」
耳堂「なんでそこまで――」
能町「恩返しなんです。クソみたいだった僕の人生を、少しだけ過ごしやすくし
てくれた、その恩返しです」
耳堂「……(怪訝な表情)」
能町「理解してもらわなくて結構です。――耳堂さんは僕に買われたんですか
ら、その分、働いて貰えばいいんです」
耳堂「……」
○ 同・外観(夜)
風が吹いて、周りの木々の葉がざわめく。
○ 回想・山林の中
風に揺れる木々の葉音と、低木の葉や枝をかき分ける音。
山林の藪の中を走っている少年時代の能町と姉の美佐。
走るふたりの荒い息遣い。
枝葉をかき分けて走る音。
○ 回想・モンタージュ
走るふたりの荒い息遣い。
枝葉をかき分けて走る音。
× × ×
児童養護施設。鳥の図鑑を見ている能町。他の子供たちに図鑑を奪わ
れ、小突き回される。
× × ×
アパートの一室。義父に暴力を振るわれる能町姉弟。
× × ×
能町姉弟が泣いている。傍らには傷だらけの母が倒れている。
× × ×
葬儀会場。鳥の図鑑を抱えている能町。それを取り上げる義父。泣き出
す能町を殴りつけ、弟をかばおうとする美佐をも殴り飛ばす義父。
× × ×
山あいの一軒家。能町姉弟が辺りを見回す。鳥を見つけて微笑む能町。
姉弟の横に立っているのは母方の祖父母。
× × ×
玄関口に立っている義父。
応対している祖父母。
上がり込もうとする義父を押しとどめようとする祖父母。
○ 回想・山林の中
走っている能町姉弟。
遠くから声が聞こえる。
義父の声「みーさー。つーばーさー」
怯えた顔をする能町。
小屋が見える。
○ 回想・小屋の中〜(夜)〜(早朝)
壁や棚にノコギリや鉈、鍬や鎌などの道具類がある。
小屋の隅にしゃがみこむ能町。
美佐「ちょっと待ってな」
と、鎌を掴んで出ていく。
うずくまる能町。
× × ×
日が暮れて真っ暗な小屋の中。
怯えた表情で身を縮める能町。
能町「(呟き続ける)姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん」
× × ×
夜が明けて明るくなる。
鳥のさえずりが聞こえる。
扉を開けて、木々を見渡す。
鳥の姿が見える。
ホッとした顔をする能町。
(回想おわり)
○ 湖のほとり(早朝)
鳥の鳴き声が聞こえる。
小さな双眼鏡でバードウォッチングしている能町。
湖の水面がキラキラしている。
木々の葉の緑がゆらめく。
湖のほとりを歩く能町。
○ コテージ・外観(朝)
能町の声「昨日から、やたらと昔のこと思い出すんですけど、なんなんですか
ね?」
○ 同・キッチン(朝)
朝食を作っている耳堂、カウンター向こうの能町に――
耳堂「子供と一緒にいると、自分が子供の時のこと、思い出すようになるんだ
よ」
そこへ宗太が来て、フライパンの中を覗き込む。
宗太「あー、目玉焼きが良かったなぁ」
耳堂「次、作ってやるから文句言うな。――フライパンのフタないから両面焼き
な」
宗太「何それ?」
耳堂「裏表焼くんだよ」
宗太「?どうやって?」
耳堂「クルってひっくり返して」
宗太「見たい見たい」
耳堂「あーとーで」
○ 同・リビング
カウンター越しに耳堂と宗太が話す姿を見ている能町。
× × ×
食事をする3人。
× × ×
トランプで遊ぶ3人。
ソファで寝転ぶ耳堂。
窓の外の風景を描く宗太。
スマホ内の鳥の写真を整理する能町――それを覗き込む宗太。
○ 能町の回想・山あいの一軒家・縁側
少年時代の能町が縁側に寝そべり鳥類図鑑を眺めている。
その隣では祖母が洗濯物を畳んでいる。
祖母「好きだねぇ。――大人になったら鳥の学者さんになるんかい?」
能町「……学者よりも、鳥になりたい」
笑う祖母。
美佐が庭の方から顔を出す。
美佐「翼。そんな図鑑見てるより、ホンモノ見に行こうよ。ここ山ん中だから、絶対、いっぱいいるよ」
祖母を見る能町。
祖母「(うなずいて)行っといで」
体を起こす能町。
(回想おわり)
○ コテージ・リビング
外の風景をスケッチする宗太。
能町、その傍らに立ち――
能町「画家とかイラストレーターとか絵を描く人になるんですか?」
宗太「そういうわけじゃないけど」
能町「クリエーターっていいですよね。会社に通って人にまみれて時間をすり減
らさないとお金もらえないなんてゾッとします。耳堂さんはシナリオライター
だったから、わかるでしょ?――自分だけで何か作り上げてく仕事なら、僕も
したいな」
ソファに寝そべってる耳堂が、半身を起こし、口を開ける。
耳堂「そんないいもんじゃないし、そもそも脚本家がひとりでシナリオ作り上げ
るわけじゃない」
能町「そうなんですか?」
耳堂「下請けだよ。いいように使われてすぐ切り捨てられる下請け業者」
能町「だとしてもクリエーターですよ。闇金の売り上げ回収してオーナーに渡す
仕事より、よっぽどクリエイティブです」
耳堂「……」
ソファから立ち上がり、キッチンへ向かう耳堂。
宗太「もし絵を描いてお金もらえるんなら、それが一番いいな」
耳堂「(歩きながら)クリエイターなんてロクデナシばっかりだ。やめとけ」
宗太「えぇ?――なんか夢が壊れる」
能町「(宗太に)大丈夫です。耳堂さんは自分が夢破れたからって他の人も破れ
ると思ってるだけです。宗太くんは絵を描く仕事を目指せばいいんですよ」
耳堂「夢破れたんじゃなくて、俺の方から夢を破ったんだよ。こんなのヤダって
な」
と、キッチンに入ってくる。
能町「それで私の下請けしてるんですよね」
耳堂「下請けから逃げたら、また下請けだ」
宗太「(クスクス笑い)」
能町のスマホに着信音。
○ 宗太の家・リビング
飾られている家族写真。
ソファに座ってうなだれている原島。目を閉じて、祈るように両手で
スマホを握っている。
○ コテージ・リビング
能町、スマホを見ながらイラついた様子で室内を歩き回る。
耳堂と宗太は、キッチンへ行く。
能町、ふと立ち止まるとスマホを見つめて考え込む。
○ 同・キッチン
耳堂が鍋やフライパンを出している隣で、宗太がレタスをちぎって
いる。
リビングの方から能町がカウンター越しに声をかけてくる。
能町「先方から返事が来ました。原島市議は議員辞職することで採決を棄権しま
す、とのことです」
ホッとした表情の耳堂。
耳堂「(宗太に)良かったな、帰れるぞ」
宗太「え。目玉焼き空中でクルッとひっくり返すの見たい」
耳堂「(能町に)コイツ帰すの、昼飯食ってからでいいだろ?」
能町「ダメです」
耳堂「(宗太に)残念。ブーたれんな。早く帰れる方がいいだろ」
能町「帰すわけにはいきません。僕が要求したのは採決に『反対』することで
す。棄権じゃ、ありません」
耳堂「同じことだろ」
能町「違います。賛成と反対が同数だったら、議長も投票するんです。たぶん
賛成に一票入れるでしょう。僕はそんな結果を望んでません」
耳堂「でも、賛成票は入れない訳だから――」
能町「屁理屈ですよ。そんなごまかし方で、納得する訳ないじゃないですか」
宗太「……」
能町「たかをくくってるんです。大金のためならまだしも、たかが鳥のために
子供の命奪うわけないだろうって」
耳堂「そりゃ、そうだろ。……だろ?」
能町「こっちが本気だってことを示すために何か必要です」
と、キッチンの方へ向かう。
能町の思いつめた険しい表情。
耳堂、咄嗟に宗太を奥の方へ行かせる。
キッチンへ入ろうとする能町の前に立ち塞がる耳堂。
能町「……どいてください」
耳堂「(首を振り)何する気だ……?」
能町「指の一本でも切り落とします」
耳堂「やめろ」
能町「息子が血まみれで助けを求める動画を送れば、向こうも気が変わるでしょ
う」
耳堂「やめろって。意味ない、そんなの」
能町「どいてください」
耳堂「他の議員脅して反対させればいい。俺も手伝うから。な?!」
能町「どいてください……!」
耳堂「(首を振る)」
能町「……」
耳堂「……」
拳を固める耳堂。
一歩前に出ようとする能町。
と、そこへドアチャイムが鳴る。
耳堂・能町「?」
男性の声「管理人の秋山でーす。すいませーん。交換用のシーツをセットし忘れ
てしまいましたので、お持ちしましたー」
能町「……」
耳堂「今、出ない方がいい」
能町「……居留守使って変に怪しまれても、困りますから」
踵を返し、玄関へ向かう能町。
○ 同・玄関〜リビング
玄関ドアを開ける能町。
と、そこには強面の男が4人――秋山・川崎・大下・青木。
大下が一歩前に出て、能町を殴り飛ばす。
能町は倒れるが、はいつくばってリビングへ逃げようとする。
這う能町を蹴る大下――仰向けになった能町の手からスマホを奪い取
り、秋山に渡す。
秋山「(スマホ確認して)こいつだ」
川崎「ガキ、どこだ?!(辺り見渡し)上か?」
と、階段へ向かう。
大下、更に一発、能町の脇腹に蹴りを入れると、髪を掴んで起き上がら
せソファに放り投げる。
秋山「(ため息)イルカ守れだのトリ守れだのうるせぇんだよお前ら」
能町「……」
秋山「ほんとウンザリする」
2階から声がする――
川崎の声「上には居ねぇ!」
秋山「(能町に)どこだ……?!」
と、横っ面をひっぱたく。
○ 同・キッチン
しゃがんで身を潜めている耳堂と宗太。
能町の声「ここには、いない」
大下の声「そんな事聞いてねぇよ……!どこだって聞いてんだよ!」
殴る音が何度も何度も響く。
川崎の声「早く言え!指の爪、全部無くなるぞ……!」
能町の悲鳴。
怯える宗太を促し、奥の勝手口から外へ出る耳堂。
○ 同・外観・裏手
勝手口の近くにミニバンが停まっている。
そっと乗り込む耳堂と宗太。
○ コテージ・リビング
ソファから崩れ落ちるように床に倒れこむ能町。
容赦なく蹴りつける川崎と大下。
外から車のエンジン音。
青木、キッチンの勝手口を見つけて駆け出す。
○ 同・外観・裏手
ミニバンが走り始める。
勝手口から飛び出してくる青木。
ミニバン助手席の宗太が後ろを振り返るのがチラッと見える。
○ 同・リビング
勝手口の方から声がする。
青木の声「ガキが逃げた!車で追う!」
秋山「俺らもすぐ行く!(川崎と大下に)しばらく動けないようにしとけ」
と、玄関の方へ向かう。
川崎、手にしたナイフを能町の太ももに突き立てる。
能町の悲鳴。
大下「うるせぇ!」
と、顔面を思い切り蹴り上げる。
川崎、大下も玄関へ向かう。
血だらけの能町が、息も絶え絶えで横たわっている。
○ 山あいの道路
疾走するミニバン。
○ ミニバン・車内
運転する耳堂。助手席の宗太に、
耳堂「あいつら誰だ?」
宗太「知らない!わかんない!」
耳堂「お前んちヤクザか?!」
宗太「ちがう!」
○ 山あいの道路
走り抜けるミニバン。
耳堂の声「じゃ、何でヤクザが来るんだよ?!」
宗太の声「わかんないってば!」
ミニバンが走り抜けたその少し後から、
青木が乗ったセダンが追いかけてくる。
○ コテージ・リビング
血だらけの能町。スマホが転がっているところまで這いずって行く。
○ 能町模型店・外観
電話の着信音。
能町の声「姉ちゃんごめん。一緒にご飯食べるの、無理っぽい……」
○ 同・店内
電話してる美佐。
美佐「どうしたの?今どこ?!」
能町の声「……(うめき声)……」
美佐「怪我してんの?救急車呼んだ?」
能町の声「呼んだら色々マズいんだ……」
美佐「?!――ホントに誘拐したの?!」
能町の声「だってさ、鳥の住むとこ、守ってあげたかったんだ。――そしたら
クソみたいな人生でも、何か残せたって思える……でしょ……?」
美佐「……」
能町の声「うまくいくと思ったんだけどな。……賛成派の連中、ヤクザとつな
がってたみたい……」
美佐「位置情報、送んなさい!そしたら、すぐ行くから!」
× × ×
モデルガンの箱を棚から放り出し、奥の方に手を突っ込む美佐。
バイク用のレザースーツを着る美佐。
○ 同・車庫
轟音と共にバイクが飛び出して行く。
○ 道路
走るミニバン。
後から追って来るセダン。
前方の信号が赤になる。
タイヤを軋ませながら、手前の横道に入るミニバン。
× × ×
細い生活道路を走り抜けて行くミニバン。
× × ×
幹線道路に出るミニバン。
○ ミニバンの車内
赤信号で止まるミニバン。
バックミラー見て――
耳堂「まいた、か……?」
宗太、ホッとして耳堂を見る。
宗太「!?」
耳堂「?(右側を見る)」
隣の車線に並ぶセダン――その運転席からこちらを見据えている青木。
宗太「早く!(前方を指差す)」
耳堂「無理!赤だろ!」
宗太「え?え?映画だとこういう時、バーって走るじゃん!」
耳堂「ホントにやったら事故って終わり!」
宗太「え、じゃ、どうすんの?!」
耳堂「……」
宗太「耳堂さん!」
耳堂「……」
ギアを入れ替え、アクセルを吹かす耳堂。
信号が青になる。
急発進するミニバンとセダン。
次の瞬間、左に急ハンドルを切る耳堂。
○ 交差点
急カーブして左折するミニバン。
セダンは直進して行く。
○ 幹線道路
走るミニバン。
かなり後ろの横道からセダンが現れ、追って来る。
ショッピングセンターの屋内駐車場入り口に入るミニバン。
○ ショッピングセンター・屋内駐車場
自動車がズラリと並んでいる。
その中に紛れるように停まってるミニバン。
○ ミニバン・車内
隠れるようにシートに身を沈めてる耳堂と宗太。
耳堂「(小声)お前は逃げなくていいんじゃねぇか?――たぶんあいつら、お前
を連れ戻しに来たんだろ?だったら、お前降ろすからさ、あいつらと一緒に
ウチ帰っていいぞ」
宗太「やだよ」
耳堂「なんで?」
宗太「……耳堂さん、あの人たちと一緒に、ウチ帰れって言われたら帰る?」
耳堂「(小声)帰らない」
宗太「でしょ」
耳堂「だな」
走行音が近づき、ミニバンの前を軽自動車が通り過ぎて行く。
ホッとした表情の耳堂と宗太。
耳堂「あのさ」
宗太「なに」
耳堂「なんで俺の名前知ってた?」
宗太「だって、能町さんがそう呼んでたから」
耳堂「あぁ、そうか」
宗太「……能町さん大丈夫かな」
耳堂「心配してんのか?」
宗太「……うん」
耳堂「あいつ、お前の指、切り落とすとか言ってたんだぞ」
宗太「でもさ、心配だよ」
耳堂「俺らがこの場を逃げ切れば、能町から情報聞き出そうとするはずだよ。
そしたら殺されたりしないだろ」
宗太「わかった、じゃ、逃げきろう」
○ セダン・車内
青木、片手でハンドル握り、電話をしながら徐行している。
青木「――そうです、国道沿いです――はい、そこの2階の駐車場に追い詰めま
した」
車を止め、辺りを見回す青木。
青木「ええ。秋山さん来るまでに捕まえときますよ。もし場所わかんなかった
ら、また電話してく――」
通話中――運転席横の窓から、ミニバンが通路を猛スピードでバックし て来るのが見える。
ドン!――運転席ドアに衝突するミニバン。
砕け散るガラス。
呻き声をもらし、動けない青木。
○ 幹線道路
ショッピングセンターから出て来るミニバン。
走り去るミニバン――そのリアウィンドウから、後ろを振り返る宗太の顔が見える。
○ 美佐の回想・モンタージュ
子供時代の能町が雑踏の中、振り返る。そこに美佐がいるのを確かめて微笑
む能町。
しかし、大人とぶつかってしまう。
美佐、駆け寄り、頭をなでる。
× × ×
公園の隅でしゃがんでる能町。菓子パンを持って来る美佐。
二人で菓子パンを食べる。
× × ×
公園。いじめられている能町。美佐が駆けつけて、いじめっ子たちを蹴散ら
す。
× × ×
繁華街の裏通り。美佐がチンピラに髪の毛を掴まれ引きずり倒され殴られ
る。
美佐、看板の重しのコンクリートブロックを持って殴りかかる。
それを遠くで見ているヤクザ。
× × ×
ヤクザの事務所でラーメンをすする能町と美佐。
× × ×
繁華街の裏通り。売春婦たちの輪の真ん中にいる美佐。
× × ×
チンピラが売春婦に乱暴してる。
美佐が来て、チンピラの太ももにナイフを突き立てる。
× × ×
様々な敵対人物にナイフを突き刺し、突き立て、切り裂く美佐のカットあれ
これ。
× × ×
ボクシングジムや格闘技ジムでトレーニングを積む美佐。
× × ×
拳銃を分解する美佐――すぐさま組み立て直し弾倉を装填すると、標的に向
け撃ち続ける美佐。
× × ×
敵対ヤクザたちを次々と銃撃する美佐。
バイクで走り去る美佐。
(回想おわり)
○ 山あいの道
猛スピードで走るバイク。
○ コテージ・リビング
床に倒れている能町。
ドアが開き、美佐が現れる。
× × ×
――フラッシュバック――
鳥のさえずり。山の道具小屋から出て来る子供時代の能町。
そこへ、草むらから子供時代の美佐が現れる。返り血を浴びている美佐。
にっこり笑う美佐。
× × ×
能町、にっこり笑って、目を閉じる。
美佐「!」
駆け寄って、弟の脇にひざまずく美佐。能町を抱き寄せる。
能町「(目閉じたまま)姉ちゃん。待ってたよ……ごはん、一緒に……食べよ……」
能町、絶命する。
美佐「……」
悲しみと怒りを抑えるように、ゆっくりと息を吐く。
しかし、堪えきれず、絞り出すように吠える美佐。
○ 回想・帝都テレビ・会議室
怒鳴ってる耳堂。
相手はプロデューサーの山北。
耳堂「おかしいだろ?!あの脚本書いたの、ほとんど俺だよ!なんで俺の名前になん
ないんだよ?!」
山北「言いましたよね最初に。これは秦野さんの脚本で、それをリライトして欲し
いって」
耳堂「だから直したじゃん。あらすじ残してト書きも台詞も全部俺じゃん。それで
OK出したよね?台本も印刷したよね?」
山北「最初に『秦野さんの脚本』って言ったってことは、どんなに直そうがそれは
秦野さんの脚本ってことです」
耳堂「……3ヶ月やって30万。ギャラが安くても、脚本家として名前が出るならっ
て思ってやってたんだよ……!」
山北「あー、じゃ『脚本協力』ってクレジットにしましょう。ね?」
耳堂「ね?じゃねぇよ!」
○ 回想・耳堂のマンション・廊下
耳堂、仕事部屋のドアを開ける。
志保が後ろから声をかける。
志保「宮崎さんに相談したら?」
耳堂「先月、異動して、プロデューサーじゃなくなったって」
志保「あー……。じゃ、受賞パーティで名刺もらった人たちは?」
耳堂「(首振って)こっちから企画書送っても、抱えてる企画で手一杯だって」
志保「……」
耳堂「……」
志保「あたしの扶養家族に入りなよ」
耳堂「やだよ」
志保「じゃ、どうすんのよ?!」
耳堂「……」
志保「あんだけ無理だって言ったのに、どうしてもやるってきかなかったの誰よ」
○ 高速道路入り口
高速道路に入って行くミニバン。
○ 走行中の車内
運転する耳堂。
うなだれている宗太。
耳堂「どうする?」
宗太、耳堂の方を見る。
宗太「……どうする、じゃないよ。僕、誘拐したの耳堂さんでしょ」
耳堂「俺は雇われ運転手」
宗太「わかってるよ」
耳堂「得体の知れない連中からは逃げ切った。次はどうする?って相談だよ」
宗太「……わかんないよ」
耳堂「……」
宗太「あのさ――」
耳堂「ん?」
宗太「――僕もあの風景が変わるの、ちょっとイヤだったんだよね」
耳堂「……」
× × ×
―フラッシュイメージ―
笹田川の河畔林。鳥が飛ぶ。
× × ×
無言で車を走らせる耳堂。
前を見つめる宗太。
○ 高速道路
走って行くミニバンの後ろ姿。
沢山の車列の中に紛れていく。
○ 美佐の回想・山林
木々の中を歩いている子供時代の美佐。返り血を浴び、手には血まみれの鎌
を持っている。
道具小屋が見える。
能町が立っていて、鳥を探して上を見ている。
鎌を放り捨てる美佐。ガサッと音がして、能町が美佐に気づく。にっこり笑
う能町。
――メッセージ着信音――
○ コテージ・リビング
スマホを見る美佐。
メッセージ「【カードご利用のご案内】本日14時55分上城パーキングエリアにて
1600円のお支払いがありました」
足元に横たわる弟を見て、
美佐「ちょっと待ってて」
立ち上がり、出て行く美佐。
床に横たわっている能町。
バイクのエンジン音が響き、やがて遠ざかって行く。
○ パーキングエリア・駐車場
○ 同・建物内飲食スペース
小さめのパーキングエリア。
うどんを載せたトレイを持って歩く耳堂。
うどんを食べる耳堂と宗太。
耳堂「……」
うどんを食べる宗太を見る耳堂。
宗太「(視線に気づき)なに?」
耳堂「さっき、能町の携帯に電話した」
宗太「スマホね」
耳堂「どっちでもいい」
宗太「シナリオライターって、もっと言葉に敏感かと思ってた」
耳堂「……電話出なかった。捕まってたなら、ヤクザが電話に出ると思ったんだけ
ど」
宗太「……」
耳堂「……」
また、うどんを食べ始める宗太。
耳堂「帰るか」
宗太「え?」
耳堂「お前んち」
宗太「だって、きっと、あいつら、ウチの方にもいると思うよ」
耳堂「いてもいいだろ。――あいつらはお前を取り戻したい訳だから、帰ってきたん
なら、なんもしないよ」
宗太「違うよ。耳堂さんが危ないんだよ」
耳堂「……じゃ、警察に保護してもらおう」
宗太「迷子です、って言うの?――そんで、ウチまで送ってってもらうの?――耳堂
さんのこと聞かれない? いろいろ調べられたりしたらどうすんの?僕、嘘つき通
す自信ないな……」
耳堂「……」
○ 高速道路を走る美佐のバイク
○ パーキングエリア・建物の外
すぐそばの高速道路を何台もの車が走り過ぎて行くのが見える。
建物から出て来る耳堂と宗太。
耳堂「なんにせよ、まずは、お前のお父さんに連絡しておかなきゃな。でないと市会議員辞めることに――」
宗太「辞めてもいいのに」
耳堂「……あ、そうか」
宗太「?」
耳堂「お前のお父さんに迎えに来てもらえばいいんだ」
スマホで何か検索する耳堂。
耳堂「この先に大きなサービスエリアがある。そこを引き渡し場所に指定して、迎え
に来てもらおう」
宗太「ここじゃ、ダメなの?」
耳堂「ここじゃ、狭い。警察が一緒だったら俺がすぐ捕まる。かと言って、こんなと
こにお前ひとり置いてけない」
宗太「宗太。――お前、じゃない」
耳堂「(苦笑)」
宗太「どうせ誘拐犯なんだから、いまさらいい人ぶらなくていいんじゃない?僕なん
て置き去りにして逃げて けばいいのに」
耳堂「……昔なら、それもできたんだろうけど――今はもう、できないな」
宗太「?」
耳堂「次のサービスエリアなら広いし人も多い。少し離れた所からお前――宗太を見
てるから、父さんに会え たの見届けたら、俺は人に紛れて逃げる」
宗太「……」
耳堂「いいな?」
宗太「……わかった」
○ 同・駐車場
ミニバンに向かって歩く耳堂と宗太。
宗太「なんで『今はもうできない』の?」
耳堂「んー……」
宗太「言いたくないなら、いいや」
頭をなでる耳堂
ミニバンに乗り込む耳堂と宗太。
○ 高速道路
走る美佐のバイク
○ 回想・公園
ブランコをこぐ明日香(8)。
耳堂は少し離れたベンチに座ってメモ帳を取り出す。
ブランコの音と遊びまわる子供たちの笑い声。
耳堂はメモを書き付けることに集中している。そのあいだに、ブランコに近
づいて来る強面の男が
2人。
明日香の声「パパーーー!」
ハッとして顔を上げる耳堂。
明日香が強面男に手を掴まれている。
耳堂「!」
× × ×
土下座している耳堂。その背中や脇腹を蹴り続ける強面男たち。
傍で泣いている明日香。
○ 回想・耳堂のマンション・リビング
志保「いつから借金してんの?」
耳堂「……」
志保「わかった。もういい」
と、立ち去る。
○ 政党事務所
尾野議員が慌ただしく身支度している。
原島の声「やっぱり私も一緒に行きます」
尾野の声「いやいや、相手は誘拐犯ですよ?」
○ ミニバン・車内
運転する耳堂。
その横顔をスケッチする宗太。
尾野の声「宗太くん解放するとは言ってますけど、現場で手荒な事してくるかもしれ
ません。慣れた人間に任せた方がいいです」
原島の声「……わかりました。お願いします」
○ 笹田川の土手
空き地に『クリーンセンター移転予定地』の看板が見える。
大塚の声「水倉んとこに頼んで正解だったな」
尾野の声「はい。これで移転工事が進みます」
○ 中里高原サービスエリア・駐車場
徐行するミニバン。
○ 同・建物内
お土産売り場を歩く耳堂と宗太。
× × ×
ずらりと並んだガチャガチャをあれこれ物色している宗太。
× × ×
テーブルの上にカプセルトイが幾つも置いてある。
それを眺める耳堂と、それを絵に描く宗太。
宗太「耳堂さんさぁ、今度、目玉焼き、クルってするやつ見せてよ」
耳堂「何言ってんだ。もう家に帰るんだよ」
宗太「ちょっと落ち着いたらさ、家に来て、作って見せてよ。――耳堂さんが誘拐犯
の一味だって知られてな いからさ、大丈夫だよ、きっと」
耳堂「(苦笑)落ち着いたらな」
宗太「料理、教えて欲しいんだ」
耳堂「……」
宗太「あと、耳堂さんが書いたやつ見たいから、教えて」
耳堂「?」
宗太「シナリオライターなんでしょ?耳堂さん書いたドラマとか映画とか、見たい」
耳堂「……」
○ 高速道路を走るバイク
美佐が運転するバイク。
メーター近くにスマホホルダーが装着されていて、メッセージが着信――
文字『中里高原サービスエリアで、カードの使用がありました』
スロットルを回して速度をあげる美佐。
○ サービスエリア・駐車場
広い駐車場に出入りする車。
停まっているミニバン。
耳堂の声「時間だ。そろそろ、行かなきゃ」
○ 同・建物内・フードコート
ソフトクリームを食べてる宗太。
宗太「あ、じゃ、ちょっとコレ持ってて」
と、ソフトクリームを渡す。
耳堂「?」
スケッチブックから耳堂の横顔を描いたものを破り取って――
宗太「これ、あげる(絵を渡す)」
耳堂、まじまじと絵を見る。
耳堂「……ありがと」
そこへ、電話が鳴る。
耳堂「(電話に出て)――はい」
美佐の声「見つけた(電話切れる)」
訝しげに辺りを見渡す耳堂。
宗太の手を引いて歩き出す耳堂。
入り口近くまで来ると、二人の前に立ち塞がる美佐。
耳堂・宗太「?!」
美佐「弟が世話になった」
耳堂「弟……?」
美佐「――能町翼。市議会議員の息子を誘拐したバカなやつだが、私のたったひとり
の家族だった」
耳堂「だった?」
美佐「翼は死んだ。お前らのせいだ」
耳堂・宗太「……」
美佐「ここじゃ目立つ。場所を変えよう」
○ サービスエリア・建物出入り口〜駐車場
耳堂と宗太、そのすぐ後ろから美佐が建物から出て来る。
耳堂「弟さんのことは、気の毒だった。――けど、違うんだ、俺たちは――」
美佐「違わない。翼は運転ができない。お前が手伝わなかったら、誘拐は成立しな
かった。(宗太を見て)こ いつがいなかったら、そもそも誘拐しようなんて思わ
なかった」
立ち止まって振り向く耳堂。
耳堂「そんなの言いがかりだ。この子は関係ないだろ」
美佐「……なんで弟を残して、お前らだけで逃げた?」
耳堂「……」
宗太「……ごめんなさい」
美佐「謝って欲しいんじゃない」
耳堂「どうする気だ?」
美佐「まずは、歩け」
歩き出す一行。
と、横から声が聞こえる。
尾野の声「宗太くん……?!」
声の方を向くと、尾野と屈強な男が小走りでやって来る。
宗太「尾野さん?」
尾野「良かった。(耳堂と美佐を見て)連絡をくれた方ですか?今回は不問にします
ので、今後一切、手を引いてください。もしまた妨害行動をするようでしたら(連
れの屈強男をチラ見)相応の覚悟をした上で――」
パン!
銃声が響き、尾野がグニャリと倒れる。
発砲した美佐に咄嗟にタックルする屈強男。
耳堂は宗太の手を引き、駐車場へ走り出す。
並んでいる車両に隠れるように身を低くして走る耳堂と宗太。
ミニバンに辿りつく二人。
○ ミニバン・車内
車をバックさせる耳堂。
建物の方では美佐と屈強男がもみ合ってる姿が見える。
素早くハンドルを切る耳堂。
建物の方では、美佐が屈強男を倒すのが見える。
辺りを見渡す美佐。
耳堂「伏せてろ!」
宗太、シートに身を沈める。
屈強男が起き上がるのが見える。
パン!パン!と銃声が聞こえる。
○ サービスエリア・駐車場
駐車場内を行き交う車に紛れるように出て行くミニバン。
○ ミニバン・車内
ハンドルを握る耳堂。
耳堂「……」
宗太「……」
窓の外を流れる風景。
宗太「……殺されちゃったんだね、能町さん」
耳堂「……お前のせいじゃない」
宗太「でもさ――」
耳堂「あの時は、逃げるしかなかった。残ってたら俺も殺されてた」
宗太「……」
耳堂「でも、お前まで逃げることなかった。巻き込んだのは俺だ」
宗太「(首を振って)……怖かったから、一緒に逃げたんだよ」
耳堂「……」
宗太「それに、あんな人たちと家に帰るなんてイヤだって言ったの、僕だし……」
耳堂「そもそも、能町が誘拐なんてしなきゃ良かったんだよ。それが一番の原因だ」
宗太「……」
耳堂「なんにしても、お前のせいじゃない」
宗太「……」
○ 高速道路
走るミニバン。
出口へと車線変更するミニバン。
宗太の声「高速、降りちゃうの?」
耳堂の声「一般道の方が追跡しにくいと思う」
○ 一般道
市街地の道路をあちこち曲がって走るミニバン。
× × ×
広がる田畑と、まばらな民家の風景の中を走るミニバン。
○ ミニバン・車内
窓から後続車は見えない。
耳堂「(バックミラー見て)まいたみたいだな。――宗太。送ってやるから、家帰
れ」
宗太「……」
耳堂「なにがどうなってんのか、わかんないけど、いつまでも逃げてられない」
宗太「……」
耳堂「家に帰れば、あのヤクザたちもお前の味方だろうし、あの女も手ぇ出せないは
ずだ。――俺といるより安全だよ」
宗太「……耳堂さんは?」
耳堂「(自嘲笑い)俺は逃げなきゃな」
宗太「……」
耳堂「お前ん家の近くの駅まで送ってやるから、そこから電車乗って帰れ。
――な?」
宗太「……まだ帰りたくない」
耳堂「え」
宗太「……(小さな声で何か言ってる)」
耳堂「……?」
○ 一般道
走るミニバン。
耳堂の声「はぁ?!なんだよ、それ!」
宗太の声「だからー、月曜まで逃げようよ!」
○ ミニバンの車内
耳堂「なに言ってんだよ……?!」
宗太「だって、……このままじゃ能町さん、かわいそうだ」
耳堂「お前の親父が頑張ってきたことはどうなる?」
宗太「……あのヤクザたちがやってくれるよ。そうでしょ?死んだ母さんやお兄ちゃ
んのためにやってたはずなのに、なんか汚されたみたいで、――やだ」
耳堂「だからって全部チャラにすることない。――そんなことで汚れるようなもん
じゃないだろ、お前や親父の思いって」
宗太「……」
○ 回想・マンション・リビング(夕)
沈んだ表情の明日香(5)
耳堂の声「どうしたんだアレ?」
通勤バッグを手に持つ志保。
志保「今日、夜勤だって言ったら――」
ダイニングテーブルに突っ伏す明日香。
志保「ごめん。機嫌直してる暇ないんだ。もう行かなきゃ。よろしく」
と、出て行く。
耳堂「……」
○ 回想・同・寝室(夜)
布団の中の明日香。
傍に座る耳堂は明日香をトントンとリズミカルに叩いている。
明日香「あさ、めだまやき、つくってね」
耳堂「わかった」
明日香「ねむるまで、とんとんしてね」
耳堂「(にっこり)わかった」
○ 回想・同・耳堂の部屋(早朝)〜(朝)
翌日の早朝。
キーボードを打っている耳堂。
そこへ明日香が顔を出す。
明日香「ずっとおきてたの?」
デスクの上にあるチョコレートを手渡す耳堂。
耳堂「朝ごはん前だから、一個だけな」
にっこり笑ってチョコを食べる明日香。
× × ×
朝食後。
絵を描いている明日香。
そばに立って絵を見る耳堂。
耳堂に気づく明日香。
明日香「おてがみ、かいてるの」
耳堂「ママに?」
明日香「(首を振り)じぃじとばぁば」
耳堂「――そっか。夏休みにみんなで行こうって言ってたもんな」
絵を描きつつ頷く明日香。
頭を撫でる耳堂。
耳堂「会えるの楽しみだね」
明日香「(にっこり)」
○ ミニバン・車内
耳堂「宗太」
宗太「(顔を上げて)ん?」
耳堂「……おじいちゃんおばあちゃんの家、わかるか?」
× × ×
―フラッシュイメージ―
波音聞こえる海の家。
× × ×
宗太「(うなずく)なんとなく、だけど」
○ 一般道(夕)
走るミニバン。
耳堂の声「そっか、海かぁ。――いいな」
○ 道の駅・外観(夕)
宗太の声「おじいちゃん家、行くの?」
○ 同・建物内(夕)
土産物売り場を歩いている二人。
耳堂「おじいちゃん家から、親父さんに電話すればいい。そしたら安心するから」
宗太「……わかった」
○ 同・駐車場(夜)
停まっているミニバン。
○ 車中(夜)
後部座先で食事している耳堂。
宗太は食べ終わってスケッチブックに耳堂の絵を描いている。
宗太「耳堂さんてさ、いい人なの?悪い人なの?」
耳堂「は?」
宗太「だってさ、僕のこと誘拐したり、一緒に逃げてくれたりして……どっちな
の?」
耳堂「悪い人ってか運の悪い人。……そんな風に俺は悪くないって考えてるから、
やっぱ悪い人、だな」
宗太「ふぅん(スケッチする手は止めない)」
耳堂「ホントに好きなんだな、絵描くの」
宗太「好きっていうより、こうしてると落ち着くんだよね。――ホントは全部、描き
たいんだ。目に見える全部。そうしないと、僕が好きなものとか大事なものとか、
全部なくなるような気がしてしょうがない」
耳堂「……」
スケッチする鉛筆の音。
× × ×
後部座席を倒して、横になっている宗太。運転席の耳堂に――
宗太「寝ないの?」
○ 回想・マンション・仕事部屋(夜)
耳堂「先に寝てな」
パソコンの前に座ってる耳堂。
ドア前に立っているパジャマ姿の明日香(5)。
明日香「――じゃ、あすかも、おきてる」
キーボードを打とうとしていた耳堂、指を止めて、一瞬眉根を寄せるが、す
ぐに表情をゆるめると、明日香を見つめる。
娘を見て顔をほころばせる耳堂。
そこへ志保が来て明日香を連れて行く。声だけ聞こえる。
明日香の声「みんなでいっしょにねようよー」
志保の声「わがまま言わないよ」
明日香の声「せっかく、みんないるのにー」
再びパソコンに向かい、キーボードを打ち続ける耳堂。
耳堂(M)「もっと一緒にいれば良かった――」
○ 耳堂の回想モンタージュ
郵便局の赤い車を運転する耳堂。
荷物を運ぶ耳堂。
コールセンターで電話受付をする耳堂。
耳堂(M)「脚本家になることが、他の仕事をするより上等なもんだと勘違いしてい
た」
会議室。耳堂含め出席者同士の言い争いや、陰鬱な顔で停滞してる様子、
軽食を食べて談笑したり、再び言い争いをする様子。
耳堂(M)「あんな、くだらないことをしている時間があるなら、みんなと一緒に過ご
せば良かった。明日香と志保と――一緒に」
会議室のホワイトボードに書かれた文字をスマホで撮る耳堂。
そこへメールが来る。
スマホ画面には明日香と志保の笑顔と『頑張って』の文字。
× × ×
深夜。真っ暗なリビングに点滅しているクリスマスツリーの灯。帰宅する耳
堂。立ち尽くす。
耳堂(M)「自分の人生を削って差し出してるのに、向こうにとっては都合のいい時だ
けの使い捨て下請け業者だ――」
仕事部屋。一心不乱にキーボードを打っている耳堂。
プリンタから出て来る紙また紙。
パソコンでメール送信また送信。
会議室でプロデューサーが首を振る――何度も振る。プロットや企画書やシ
ナリオに赤ペンでバツをする――何度もする。
耳堂(M)「もっと早く見切りをつければ良かった。あんなのは自分の人生を壊してま
でするような仕事じゃない。たかが暇つぶし。得意な奴がやればいい。俺の仕事
じゃない。――そんな負け犬の遠吠えを堂々と言えたら良かったんだ」
仕事部屋。執筆する耳堂。
耳堂(M)「なのに俺は、使った分の時間と労力と犠牲が大きすぎて、それを取り返そ
うとして、やめられなかった」
TVのクレジットに『脚本協力』として、自分の名前を見つける耳堂。それ
を志保と明日香(8)に知らせる。
冷ややかな目で見てる妻と娘。
耳堂(M)「自分の事しか考えてなかったんだ」
明日香、誕生日ケーキのロウソクの火を吹き消す。
志保はいるが、耳堂はいない。
× × ×
志保と明日香が、大きな荷物を持って玄関から出て行く。
仕事部屋で黙々とキーボードを打っている耳堂。
耳堂(M)「その挙句、何も残せなかった」
マンションの各部屋。荷物が何も無く、ガランとしている。
リビングで立ち尽くす耳堂。
耳堂(M)「人生は、大切な誰かのために使うべきだ」
(回想おわり)
○ 道の駅・駐車場(早朝)
発車するミニバン。
○ 走るミニバン(早朝)
○ 田舎の風景(朝)
○ セルフ式ガソリンスタンド(朝)
ミニバンに給油する耳堂。
スマホ決済する耳堂。
○ 走るミニバン(朝)
○ ミニバンの車内(朝)
運転する耳堂。
耳堂・宗太「あ」
宗太の表情が明るくなる。
耳堂、宗太を見て微笑む。
海が見える。
○ 海沿いの道路(朝)
走るミニバン。
○ 海水浴場・駐車場(朝)
ポツンと一台だけ、ミニバンが停まっている。
耳堂の声「ここでいいのか?」
宗太の声「うん。一番はじっこにある海の家」
○ 海の家・外観(朝)
海の家の前に立つ耳堂と宗太。
ドアはまだ閉まっている。
耳堂「住んでるとこは覚えてるか?」
宗太「ここの近くだったと思うんだけど……(辺り見回して)行けば思い出すかもだ
から……ちょっと、探し てみる?」
耳堂「いや、も少ししたら店開けに来るだろ」
と、海の方へ歩き出す。
宗太、後をついて行く。
○ 砂浜〜海の家・入り口(朝)
ゆるやかな階段状の舗装エリアから降りて来る耳堂と宗太。
耳堂「おじいちゃんか、おばあちゃん来たら、俺、行くからな」
宗太「うん」
耳堂「お父さんに電話するんだぞ」
宗太「……うん」
波音が聞こえる。
耳堂「あー、海、入りてぇなぁ」
宗太「入ればいいじゃん」
耳堂「海パンないじゃん」
宗太「服着たままでさ」
耳堂「濡れたズボンで車運転すんのヤダよ」
宗太「乾かしてから運転すれば?」
耳堂「……そんなのんびりしてらんないだろ」
宗太「……」
波打ち際まで来た二人。
海を眺める。
おだやかな海面。
朝のため、まだ海水浴客の姿がなく広い砂浜。
打ち寄せる波の音。
波打ち際を歩く人影がふたつ。
× × ×
耳堂「夏休みの宿題終わった?」
宗太「あと、絵描くだけ」
耳堂「あんなにいっぱい描いてたんじゃん」
宗太「あれは自分用」
耳堂「自分用と宿題用があんのか?」
宗太「自分が描きたいのと、学校に提出するのと、違うんだよ」
耳堂「……小学生も大変だな」
宗太「あ」
宗太の視線の先には、海の家の開店準備をしている老人の姿。
耳堂「おじいちゃん?」
宗太「たぶん」
耳堂「良かった。じゃ、行こうか」
と、歩き始める。
耳堂「ん?」
波打ち際と平行して、こちらへ近づいてくる人影が見える。
美佐だ。
耳堂「宗太」
宗太「ん?」
耳堂「先、行っててくれ。それと警察に電話」
宗太も美佐に気づく。
耳堂を見る宗太。
耳堂「大丈夫だ。――走れ」
駆け出す宗太。
ゆっくり立ち止まる耳堂の悲壮な表情。
耳堂の後ろには海が見える。
潮騒の響きが次第に大きくなっていく。
美佐が宗太の後を追おうと進路を変える。
美佐の方へ駆け出す耳堂。
耳堂、美佐に飛びかかる。
が、ひらりとかわされ、腹を殴られうずくまる耳堂。
倒れた耳堂を何度も蹴る美佐。
宗太の声「耳堂さん!」
宗太が立ち止まっている。
宗太の方へ向かおうとする美佐。
体をこわばらせる宗太。
耳堂の声「行け!走れ!」
美佐の足を抱え込みながら叫んでいる耳堂。
再び走り出す宗太。
滅多打ちにされる耳堂。
× × ×
舗装された階段を走って上り、海の家の入り口に辿り着く宗太。
宗太「おじいちゃん!警察!110番!」
と、声を張る。
中から出て来たのは水倉興業の秋山・川崎・大下・青木。
宗太「?!」
○ 海水浴場・駐車場(朝)
まばらに車が停まっている。
家族づれの海水浴客が荷物を降ろしている。
走る宗太。
後を追う秋山たち。
○ 砂浜(朝)
血だらけで横たわっている耳堂。
○ 海水浴場・駐車場(朝)
秋山たちに捕まった宗太。
秋山「なんで逃げんだよ?」
宗太「……」
秋山「誘拐犯から守ってやってんだ俺ら」
宗太「……」
川崎「よし帰るぞ」
と、宗太の手を掴む。
秋山「あの男はどこだ?」
宗太「知らない」
秋山「車がある。どこだ?」
宗太「あの人、運転頼まれただけなんだ。――だから……全然、悪くない」
秋山「そうはいかねんだよ。あいつ、サービスエリアでウチのもん殺してるんだ」
宗太「ちがう……!あれは耳堂さんがやったんじゃない」
秋山「じゃ、誰だ」
砂利を踏みしめる音。
秋山たちが音のする方を見ると、そこには美佐が立っている。
宗太、咄嗟に逃げようとするが、川崎の手を振りほどけない。
美佐「……お前らか」
秋山「?」
秋山たちを見渡した後、宗太の目を見る美佐。
目を伏せてしまう宗太。
美佐「(秋山たちに)お前らだな」
と、拳銃を取り出すと発砲する。
呆気なく崩折れる青木。
秋山、慌てて拳銃を取り出す。
唸り声をあげて美佐に向かって突進する大下。
ひらりと横によけながら、大下の腹を狙って撃つ美佐。動きの止まった大下
の首に腕を回して
仰け反らせて盾にする。
秋山、興奮した様子で何度も銃を撃つ。
銃弾は大下が盾になり美佐には当たらない。
美佐が秋山に発砲。
崩折れる秋山。
美佐が腕を離すと大下もドサリと倒れ込む。
川崎の方に向き直る美佐。
川崎「やめろ、やめろ、やめろ!こっち来んな!このガキ、殺すぞ!」
宗太にナイフを突きつけている。
美佐「それは困る。その子を殺すのは私だ」
川崎「は?」
美佐「その子のせいで弟が死んだ。……だから、私が殺す」
川崎「は?――お前、あいつの姉ちゃんか?」
美佐「……」
川崎「そうか、あいつ死んだのか、そうか、はははは、そりゃ、ご愁傷さま、そうい
うことなら、ホレ、どうぞ」
と、宗太を掴んでいた手を放す。
美佐「……いいのか?」
川崎「あぁ、構わねえ。俺は関係ねぇ」
美佐「そうか、わかった」
と、2発、発砲。
肩と腿を撃たれ、倒れる川崎。
転がったナイフを拾って、川崎の腹に突き立てる美佐。
絶叫する川崎。
美佐「お前だな。弟に手を下したのは」
どんどんと血が溢れてくる川崎。
美佐「良かった。あっさり殺さずに済んだ」
川崎「(振り絞るように)助けて……」
美佐「(にっこり)頑張れ。少しでも長く生き延びろ。そして苦しめ」
震えてる宗太。
美佐「(立ち上がり)さて、次は君だ、少年」
足がすくんで動けない宗太。
ゆっくり近づく美佐。
美佐「初めて人を殺したのは、翼が君と同じくらいの歳だった」
宗太「……」
美佐「翼のためだったよ。翼を守りたかった」
宗太「……」
美佐「……もう、いないんだなぁ……」
宗太「……」
美佐、ポロポロと 涙を流す。
宗太「……」
美佐「……翼……」
美佐が流す滂沱の涙。
宗太「……」
美佐「(急に激昂)お前のせいだ!」
と、宗太を殴りつける。
倒れる宗太。
美佐「お前!の!せい!だ!」
と、宗太を蹴りつける。
身を縮ませて耐える宗太。
美佐「翼と同じ殺され方でやってやる」
激しく軋むタイヤ音。
クラクションが鳴る。
美佐、動きを止めて振り向く。
ミニバンが猛スピードで突っ込んで来る。
運転席には血だらけの耳堂。
宗太と視線が合い、『よけろ』と手で合図をする耳堂。
必死にその場を離れる宗太。
拳銃を取り出す美佐。
迫るミニバンに向けて発砲する。
フロントガラスが割れ、被弾する耳堂。
エンジン音が唸り、スピードを増すミニバン。
その勢いのまま、美佐の体ごと防砂林の松に激突する。
木と車に挟まれ絶命する美佐。
駆けつける宗太。
耳堂に何か言われて、後部座席からリュックを取り出す。
宗太の耳元で何か言う耳堂。
○ ミニバン・車内
息も絶え絶えの耳堂。
耳堂「――頼む、な」
宗太「わかった。わかったから死なないで!」
耳堂「ああ、大丈夫だから、泣くな」
宗太「目玉焼き!ひっくり返すやつ!見せてくれるって言ってたじゃん!」
耳堂「ごめん。また、あとで、な」
宗太「耳堂さん!」
耳堂「――ちょっと、寝るわ」
目を瞑る耳堂。
○ 回想・マンション耳堂の部屋
机の上に突っ伏している耳堂。
そこへ明日香(5)が顔を出す。
顔を上げ、机の上にあるチョコを手渡す耳堂。
にっこり笑って小走りに去っていく明日香。
耳堂、モニターを睨みつける。
幼い足音が近づいて来る。
耳堂「?」
明日香「ほいくえんでみつけたの」
と、フウセンカズラの種を差し出す。ハート模様の種。
明日香「ハートでしょ」
耳堂「(顔ほころぶ)ホントだ」
明日香、得意そうにエヘヘと笑うと、父に抱きつく。
ギュッと抱きしめる耳堂。
○ 海水浴場・駐車場
ミニバンの脇に立っている宗太。
パトカーと救急車がやってくる。
○ 病院・病室
ベッドの上の宗太。
その傍に立つ父・原島。
原島「クリーンセンターの移転決まったよ。――それと、お前が言ってた鳥の保護地
区も作ることになった」
宗太「……『お前』じゃなくて『宗太』」
原島「(苦笑)なにか欲しいものあるか」
× × ×
サイドテーブルに絵の具道具。
絵を描いている宗太。
○ 中学校・外観
○ 同・校門
下校する中学生たち。
その中に明日香(13)がいる。
校門を出ると、宗太がいる。
明日香「?」
ぺこりとお辞儀する宗太。
○ 大きな橋
歩行者専用の橋――その中央にある展望デッキのベンチに座っている宗太と
明日香。
宗太「耳堂さ――お父さんから、コレ渡してくれって頼まれました」
と、貯金通帳を差し出す。
明日香「お金?」
宗太「初めてのギャラ、使わずにずっと取ってあったって言ってました」
○ 回想・ミニバン・車内
血まみれの耳堂。その口元に耳を寄せる宗太。
耳堂「どんなに借金してても……これだけは使わなかった……脚本家としては、ひと
つも名前が残ってない。残ってんのはこれだけ。……だから……俺が明日香にあげ
られるのは、これだけなんだ――」
○ 大きな橋
宗太「『――ごめん』って」
通帳を握りしめる明日香。
明日香「こんなの欲しくないよ……!あの人、やっぱバカじゃないの……?!」
宗太「……」
明日香「そんなんだから、脚本売れなかったんだよ……!」
宗太「……」
明日香「死んじゃったら、文句も言えない。バカって言えない!――好きって言えな
い!」
宗太「……」
明日香「死んだって聞いてから、小ちゃかった頃の楽しかった事しか思い出さない
よ。ずるいよ、あの人」
宗太「……」
明日香「……お父さん……!」
涙がこぼれる明日香。
宗太「……」
○ 笹田川の水の流れ(朝)
○ 住宅街(朝)
ランドセルを担いで歩いている宗太。
クラスメイトに声をかけられ、微笑む宗太。
○ 宗太の家・外観
○ 同・リビング
テーブルで書類整理する原島。
宗太が学校から帰って来る。
手に持った賞状を広げる。
宗太「金賞」
原島「(微笑み)すごいな」
宗太「中学受験、やめるよ」
原島「?」
宗太「もう居づらいとかないから」
原島「居づらかったのか?」
テーブルの上の書類にはクリーンセンター移転について記載されてる。
宗太「ちょっとね(微苦笑)――でも、もう平気」
原島「……そうか」
宗太「(うなずく)――僕の絵、見る?」
○ 小中学校展覧会場・場内
宗太と原島が、絵を見ている。
絵の作者は『原島宗太』そして題名には『さよならの風景』と記されてい
る。
絵の砂浜には、ふたりの人影、大人と子供が描かれている。
おわり
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