<登場人物>
ミト(17)高校三年生、本名は勅使河原龍之介
前橋(17)ミトの友人
トチギ(17)同、本名は栃本
福留 汐里(17)ミトのクラスメイト
永田 アゲハ(18)同
関 かすみ(17)同
エリ(17)同
勅使河原 亜実(20)ミトの姉
勅使河原 実穂(46)ミトの母
平野(46)ミトの担任
木野 そら(19)アイドル
TW(32)売れないラッパー
DJ 声のみ
<本編>
○高校・外観
○同・校門
下校する生徒達。夏服の学生服姿。
○同・屋上
空に向かって叫ぶミト(17)。
ミト「キスがしてぇ~~~~~!」
ミトの脇に座る前橋(17)とトチギ(17)。ミトの姿に呆気にとられている。
肩で息をするミト。
ミトN「何で俺がこんな事を叫んでるのか」
○同・校門
登校する生徒達。
ミトN「話はこの日の朝に遡る」
○同・教室
ミトの持っている少年誌。表紙に写る木野そら(19)。
そらのグラビアを眺めるミト。
ミト「そらちゃ~ん」
写真のそらにキスするミト。
その様子を呆れながら見ている前橋とトチギ。
前橋「おい、ミト。聞いてるか~?」
ミト「ん? 聞いてる訳ねぇじゃん」
トチギ「うわ~、開き直ってるよ」
前橋「今日、転校生が来るんだぜ、ヤバくね?」
ミト「興味ねぇって」
前橋「でも、めっちゃめちゃかわいい娘だったらどうするよ? ヤバくね?」
ミト「ドラマの見すぎだって。実際にそんなかわいい娘が転校してくる訳ねぇじゃん。それに……」
トチギ「それに?」
ミト「(少年誌を見ながら)そらちゃんよりかわいい娘なんて来ねぇって」
前橋「まったく、アイドルなんかのどこがいいんだか」
ミト「唇だよ唇。こんなに魅力的な唇の娘、どこ探したって居ねぇじゃん」
前橋「でもアイドルなんてさ、どうせ売れないラッパーと出来ちゃった結婚するのがオチじゃね?」
ミト「だから、ドラマの見すぎだって言ってんじゃん」
トチギ「そんなドラマあったっけ?」
チャイムが鳴る。
教室に入ってくる平野(46)と福留汐里(17)。ただし、この時点ではまだ汐里の顔は分からない。
平野「はいはい、静かに。席に着け~」
前橋「ヤバっ」
席に着く生徒達。ざわついている。
少年誌を見ているミト。
平野「はい、お待ちかねの転校生だ。じゃあ自己紹介して」
汐里「はい」
顔を上げるミト。ここで初めて汐里の顔がわかる。
汐里「東京から来ました、福留汐里です。よろしくおねがいします」
ミトの手から落ちる少年誌。微笑む汐里。汐里の唇に目を奪われるミト。
× × ×
クラスメイトに囲まれている汐里。
その様子を、心ここにあらずといった表情で見ているミト。
ミト「汐里ちゃんか……かわいいじゃん」
前橋「おい、ミト。聞いてるか~?」
ミト「ん? 聞いてる訳ねぇじゃん」
トチギ「うわ~、また開き直ってるよ」
ミト「だって、かわいいじゃん」
トチギ「……重症だよ」
前橋「確かにヤバいよな。まぁ、俺はやっぱりアゲハ様だけどな~」
トチギ「僕は関さん派だけどね」
心ここにあらずといった表情のミト、前橋、トチギ。
汐里の前に立つ永田アゲハ(18)と関かすみ(17)。
アゲハ「ウチは永田アゲハ。で、(かすみを指して)ウチのツレのかすみ」
かすみ「関かすみです、よろしく」
汐里「こちらこそ、よろしく」
汐里と握手するアゲハ、かすみ。
アゲハ「まぁ、わかんない事があったらさ、何でも聞いてよ」
汐里「じゃあ、早速一ついい?」
アゲハ「何?」
汐里「さっきからずっとこっち見てる、あの三人組は誰?」
汐里の視線の先にミト、前橋、トチギ。
アゲハ「あぁ、キタカントリオね」
汐里「キタカントリオ?」
かすみ「あの三人組の事です」
アゲハ「まず、一番左に居るのがトチギ」
汐里「トチギ?」
かすみ「本名は栃本君って言うんですけど、『本』っていう字が『木』に似ているんでトチギ君」
汐里「なるほどね」
アゲハ「で、右に居るのが前橋」
汐里「前橋……」
かすみ「本名が、前橋君って言うんです」
アゲハ「で、真ん中に居るのがミト」
汐里「ミト……」
かすみ「本名は、何か長くて覚えてないんですけど、トチギ、前橋と北関東が続いてるんで、ミト君」
汐里「なるほどね。それでキタカントリオ」
アゲハ「そういう事。まぁ、特に害はないだろうけど、基本は放っといていい奴らだからさ」
汐里「そっか……」
ミト達の方を見て微笑む汐里。
悶絶するミト。
ミト「うお~~~!」
○同・屋上
空に向かって叫ぶミト。
ミト「キスがしてぇ~~~~~!」
ミトの脇に座る前橋とトチギ。ミトの姿に呆気にとられている。
肩で息をするミト。
トチギ「そんな、全力で叫ばなくてもいいと思うけど」
前橋「テンションがヤバいな」
ミト「だってお前らも見ただろ? あの唇。誰だってキスしたくなるじゃん」
トチギ「一緒にしないでよ。ねぇ?」
前橋「ヤバい、その気持ちちょっとわかるかもしんない」
トチギ「わかるんだ……」
ミト「だから俺は、何としてでもシオリンとキスするんだ!」
トチギ「その呼び方はどうかと思うよ?」
ミト「という訳で、ここに『キスがしてぇ同盟』を結成する!」
前橋「キスがしてぇ同盟?」
トチギ「何それ?」
ミト「俺たち三人とも、まだキスした事ねぇじゃん?」
トチギ「まぁ、そうだけど」
ミト「でも俺たち、もう高三だぜ? このままキスもした事ねぇのに、大学生になる訳にはいかねぇじゃん」
前橋「むしろ、なれる訳がねぇ」
トチギ「なれる事はなれるでしょ」
ミト「だから俺はシオリンと、前橋は永田とトチギは関と、大学生になる前に何としてもキスをしようじゃん! っていう同盟」
前橋「ヤバい、面白そう」
トチギ「え~、僕もやるの~?」
ミト「何だよ、トチギは関とキスしたくねぇのかよ?」
トチギ「え? ……そりゃ、したいよ?」
ミト「じゃあ決まりじゃん。絶対にキス、するぞ~!」
前橋&トチギ「おう」
ミト「声が小さい! 絶対にキス、するぞ~!」
前橋&トチギ「おう!」
ミト「絶対にキス、するぞ~!」
前橋&トチギ「おう!」
ミト「(『今すぐKiss Me』のリズムで)今すぐキスミー。ウォウウォウ、ほっぺたにチュー」
前橋「何だそれ?」
ミト「この同盟のテーマソングに決まってんじゃん。『今すぐKiss Me』」
前橋「ヤバい、ミトの奴、何でそんな昔の曲知ってんだ?」
トチギ「そんなの知らないよ」
ミト「何二人でこそこそしゃべってんだよ。お前らも一緒に歌えって」
前橋&トチギ「え~!?」
ミト「いいじゃん、別に。歌おうぜ。(『今すぐKiss Me』のリズムで)今すぐキスミー。ウォウウォウ、ほっぺたにチュー。さんハイ」
ミト&前橋&トチギ「(『今すぐKiss Me』のリズムで)今すぐキスミー。ウォウウォウ、ほっぺたにチュー。今すぐキスミー。ウォウウォウ、ほっぺたにチュー。(以下、繰り返す)」
○同・校門
下校する汐里、アゲハ、かすみ。
汐里「あれ? 何か聞こえるんだけど……」
アゲハ「(屋上を見上げ)またバカがバカやってんだな」
汐里「コレ、何て曲だったっけ?」
かすみ「LINDBERGの『今すぐKiss Me』だと思います」
汐里「そう、それそれ。こっちと東京だと歌詞が違うんだね」
アゲハ「いや、歌ってる奴らがバカなだけだからさ」
汐里「なるほどね」
○ミトの家・外観
二階建ての庭付き一戸建て。
「勅使河原」と書かれた表札がある。
○同・ミトの部屋
六畳ほどある部屋。机やベッド、小さめのちゃぶ台が置いてある。壁や天井にはポスター等を剥がした跡。
ちゃぶ台を囲むミト、前橋、トチギ。
前橋「で、どうやったらアゲハ様とキスできんだよ。何か作戦あんのか?」
ミト「ある訳ねぇじゃん」
トチギ「うわ~、開き直ってるよ」
ミト「ねぇから、こうやって集まって考えようとしてんじゃん。三人寄ればもんじゃの知恵って言うじゃん?」
トチギ「『文殊の知恵』だよ」
部屋のドアが開き、お茶とお菓子のお盆を持った勅使河原亜実(20)が入って来る。
亜実「よっ、来てるなキタカントリオ」
トチギ「おじゃましてます」
ミト「姉ちゃん、部屋に入ってくる時はノックしろって言ってんじゃん」
亜実「何よ、お茶とお菓子を持ってきてあげたんじゃん。いらない訳?」
ミト「いるに決まってんじゃん」
トチギ「ありがとうございます」
前橋「ヤバい、美味そう」
ちゃぶ台にお盆を乗せる亜実。部屋を見回す。
亜実「龍之介、アンタどうしたの? 部屋中に貼ってあった木野そらのポスターが一枚も無いじゃん」
ミト「いいじゃん、別に。他にもっと大事な事があるんだよ。アイドルにうつつつを抜かしてる暇はねぇんだって」
トチギ「『つ』が一個多いよ」
亜実「へぇ、じゃあ木野そらが、今度の初主演ドラマでキスシーンやるんだって、って言っても気にしないんだ?」
ミト「え? ……あ、当たり前じゃん。今の俺には関係ねぇって」
亜実「へぇ、こりゃ一大事じゃん」
ドアを開けたまま部屋を出る亜実。
亜実の声「お母さ~ん、龍之介がね~」
ミト「ドア閉めてけって!」
ドアを閉めるミト。
トチギ「キスシーンね……」
ミト「え?」
トチギ「いや、お姉さんが言ってたでしょ? キスシーンって」
前橋「いいよな、俳優は。女優とキスし放題で……」
ミト「それじゃん!」
前橋&トチギ「え?」
ミト「キスシーンなら、手っ取り早くキスできんじゃん」
前橋「ヤバい、それだ」
トチギ「でもキスシーンなんてどうするの? ドラマの撮影とかじゃないんだから」
ミト「それなら問題ないじゃん。もうすぐ、文化祭だろ?」
前橋「ヤバい、もうそんな時期か」
ミト「クラスの出し物を考える時に、こう提案すればいいんじゃん」
○高校・教室
黒板には「文化祭の出し物」と書いてある。
教壇に立つ平野。
平野「では、今年の出し物は、勅使河原提案の劇『白雪姫』に決まりだな」
拍手する生徒達。
拍手するミト、前橋、トチギ。顔を寄せ合う。
ミト「これでシオリンが白雪姫になって、俺が王子役になれば、キスできるじゃん」
前橋「アゲハ様が俺のキスで生き返るって事だろ? ヤバくね?」
トチギ「そんなに上手くいくかな……?」
平野「じゃあ次は配役だな。主役の白雪姫をやりたい奴、いるか~?」
誰も手を挙げない。
平野「お~い、誰も居ないのか~?」
エリの声「では、私がやりますわ!」
振り返るミト、前橋、トチギ。
挙手しながら立ち上がる超ブサイクな女子生徒、エリ(17)。
ミト&前橋&トチギ「げっ」
前橋「クラスで一番」
トチギ「いや、学校で一番」
ミト「いや、日本で一番ブサイクな女」
ミト&前橋&トチギ「暴走エリー!」
○ミトの家・ミトの部屋
ちゃぶ台を囲むミト、前橋、トチギ。
ミト「暴走エリーが白雪姫じゃ、意味ないじゃん……」
前橋「この作戦、どこがヤバかったんだろうな?」
トチギ「いや、最初からかなり無理がある作戦だったと思うよ?」
ミト「他にいい方法ねぇかな?」
ベッドに腰掛けている亜実。
亜実「飽きないねぇ、アンタ達」
ミト「だから、勝手に人の部屋に入んなって言ってんじゃん」
亜実「何よ、こっちは市民プールの割引券が余ったから、あんた達にあげるって言ってんじゃん」
ちゃぶ台に割引券を置く亜実。
前橋「二、四……ヤバい、六枚もある」
トチギ「ありがとうございます」
ミト「(割引券を手に取って)でもこれ、全部期限が今週の日曜日までじゃん」
亜実「いいじゃん、別に。使えるんだから」
ミト「わかったわかった。用が済んだんならさっさと出てけよ」
亜実「まだお礼の言葉聞いてないんだけど」
ミト「さっき言ったじゃん」
亜実「(トチギを指差して)言ったのは前橋君じゃん」
トチギ「あ、トチギです」
ミト「はいはい、感謝してます」
亜実「もういいわ」
ドアを開けたまま部屋を出る亜実。
ミト「だからドア閉めてけって!」
ドアを閉めるミト。
ミト「(割引券を見て)これじゃん!」
トチギ「え? プールの割引券?」
ミト「お前ら、プールって言ったら何だ?」
前橋「そりゃ、夏じゃね?」
トチギ「水着とか」
ミト「違ぇって、他にあるじゃん」
前橋「他に? あぁ、更衣室だ」
トチギ「『プールサイドを走ってはいけません』とか?」
前橋「ヤバい、懐かしい。そんなルールあったな」
ミト「違ぇって。お前ら全然ダメじゃん」
前橋「じゃあ何なんだよ」
ミト「プールって言ったら水難事故じゃん」
前橋「え~」
トチギ「それは出てこないよ」
ミト「で、水難事故って言ったら当然、あれが必要になってくるじゃん?」
トチギ「あれって?」
ミト「人工呼吸に決まってんじゃん」
前橋「ヤバい、それだ」
トチギ「……何か、ツッコみたい事が多すぎて整理できないんだけど、とりあえず、一つだけ聞いていい?」
ミト「何だよ」
トチギ「どうやってプールに誘うの?」
ミト「普通に『プール行こうぜ!』って誘うしかねぇじゃん」
トチギ「そんなの、OKしてくれる訳……」
○高校・廊下
驚くミト、前橋、トチギ。
ミト&前橋&トチギ「え、いいの?」
頷く汐里、アゲハ、かすみ。
汐里&アゲハ&かすみ「うん、いいよ」
汐里「何か楽しそうだし」
アゲハ「まぁ、割引券あるみたいだしさ」
かすみ「アゲハさんが行くんなら」
○ミトの家・ミトの部屋
浮かれ気分のミト、前橋、トチギ。既に海パン(トランクス型)姿の前橋。
タンスを漁っているミト。
前橋「ヤバい、日曜日が待ちきれねぇ」
トチギ「だからって、気が早すぎだよ」
ミト「あった!」
ブーメランパンツとレーザーレーサーを手に持つミト。
ミト「なぁ、ブーメランパンツとレーザーレーサー、どっちがいいと思う?」
前橋「ヤバい、レーザーレーサーとか初めて見たんだけど」
トチギ「それ、どっちも変だと思うよ?」
ミト「じゃあ、どんなん履けばいい訳?」
トチギ「(前橋を指差して)こんなのとか」
ミト「(前橋を見て)こんなのか~」
前橋「悪かったな、こんなので」
ミト「いいじゃん、気にすんな」
前橋「でも今頃、アゲハ様達も『水着どんなの着ようか』なんて話してんのかな? ヤバくね?」
トチギ「どんな水着着てくるのかな?」
ミト「そりゃ……ビキニじゃん?」
トチギ「ビキニ……」
前橋「ビキニ?」
ミト&前橋&トチギ「ビキニ~!」
舞い踊るミト、前橋、トチギ。
ミト&前橋&トチギ「ビキニ、ビキニ、ビキニ、ビキニ……」
そのまま部屋を出る三人。
○同・庭
舞い踊るミト、前橋、トチギ。
ミト&前橋&トチギ「ビキニ、ビキニ、ビキニ、ビキニ……」
○同・リビング
窓から、庭で舞い踊るミト、前橋、トチギの姿が見える。
ミト&前橋&トチギの声「ビキニ、ビキニ、ビキニ、ビキニ……」
その様子を見ている亜実と勅使河原実穂(46)。
実穂「あの子達は何やってるんだろうね?」
亜実「さぁ? 雨乞いでもしてんじゃん?」
○同・外観
大雨が降っている。
○バス停
大雨が降っている。
傘をさして立っているミト、前橋、トチギ。三人のスマホから同時にLINEの通知音。三人同時にスマホを開き、メールを読む。
ミト&前橋&トチギ「今日は雨だから中止だね。また今度」
○道
雨が降っている。
傘もささずに走るミト、前橋、トチギ。
ミト&前橋&トチギ「うお~~~!」
○ミトの家・ミトの部屋
ちゃぶ台を囲むミト、前橋、トチギ。
前橋「ヤバい、風邪引きそう」
くしゃみをする前橋。
トチギ「もう引いてると思うよ」
くしゃみをするトチギ。
ミト「こんな大事な日に雨って、マジでついてねぇじゃん」
くしゃみをするミト。
部屋のドアを開けてからノックする亜実。
亜実「入るよ~」
ミト「だから勝手に入ってくんじゃねぇって言ってんじゃん」
亜実「ノックしたじゃん」
ミト「ドア開ける前にノックしなきゃ意味ねぇじゃん」
亜実「うるさいな~。こっちはあんた達のためにあったか~いココア持ってきてあげてんじゃん」
トチギ「ありがとうございます」
ちゃぶ台にココアを並べる亜実。
カップを手に取るミト。
ミト「熱っ! これ熱すぎじゃん」
亜実「文句言う前に、お礼言ったら?」
ミト「さっき言ったじゃん」
亜実「(トチギを指差して)言ったのは宇都宮君じゃん」
トチギ「あ、トチギです」
ミト「はいはい、感謝してます」
亜実「全然心こもってないじゃん」
トチギ「あ、いただきます」
亜実「どうぞ」
前橋「(空のカップを差し出して)ごちそうさま!」
ミト「早っ」
前橋「いやぁ、ずぶ濡れになった後のココアはヤバいな。あ、おかわりあります?」
亜実「あ~……ちょっと待っててね」
ドアを開けたまま部屋を出る亜実。
ミト「だからドア閉めてけって」
前橋「おいトチギ、全然飲んでなくね? いらねぇなら貰うぜ?」
トチギのココアを飲む前橋。
トチギ「ちょっと~、そこ、僕が口付けた所なんだけど」
前橋「うわっ、ヤバい。トチギと間接キスしちまった~」
ミト「それじゃん!」
前橋「え?」
トチギ「間接キス?」
○高校・外観
○同・廊下
かすみの後ろから声をかけるトチギ。手にはペットボトルの飲み物を持っている。
トチギ「関さん」
かすみ「あ、栃本君。何ですか?」
トチギ「(手に持った飲み物を見せて)これ、飲んだ事ある?」
かすみ「いえ、ないですけど……」
トチギ「美味しいから、一口飲んでみなよ」
かすみ「え、あ、いいんですか?」
飲み物を受け取るかすみ。
柱の影から見ているミトと前橋。ガッツポーズ。
ミト「お、いい感じじゃん」
前橋「ヤバい、いけんじゃね?」
ペットボトルに口をつけないように飲むかすみ。
トチギ「あ……」
かすみ「(飲み物をトチギに渡しながら)美味しかったです。ありがとうございます」
トチギ「あ、どういたしまして……」
肩を落とし、ミトと前橋の元に戻ってくるトチギ。
トチギ「ダメだった……」
ミト「まぁ、惜しかったんじゃん?」
前橋「よし、俺が敵取ってきてやるぜ!」
トチギ「でもどうするの? またああいう飲み方されちゃったら……」
前橋「大丈夫。俺の作戦はヤバいから」
手に持っているストローのささった紙 パックの飲み物を見せる前橋。
× × ×
アゲハの後ろから声をかける前橋。
前橋「アゲハ様~」
アゲハ「何?」
前橋「(手に持った飲み物を見せて)これ、飲んだ事あります?」
アゲハ「無いけどさ、何で? くれんの?」
前橋「是非、飲んでみて下さいよ」
アゲハ「じゃあ、遠慮なく」
飲み物を受け取り、ストローに口をつけて飲むアゲハ。
柱の影から見ているミトとトチギ。ガッツポーズ。
ミト「ヤベぇ、口付けてんじゃん」
トチギ「ヤバい、成功しちゃうよ」
ストローから口を離すアゲハ。
アゲハ「う~ん、美味いかも」
前橋「気に入ってもらえて良かったです!」
アゲハ「そんじゃ、ありがたく貰っておくからさ」
飲み物を持って歩いて行くアゲハ。
前橋「え、あの……」
肩を落とす前橋。
ミトとトチギの元に戻ってくる前橋。
前橋「ヤバい、あれは想定外だった」
ミト「後は俺だけじゃん」
トチギ「頑張ってよ」
前橋「お前も紙パックでいくのか?」
ミト「いや、間接キスと言ったら、やっぱりこれじゃん」
手に持った缶ジュースを見せるミト。
× × ×
汐里の後ろから声をかけるミト。
ミト「福留さん」
汐里「あ、ミト君。どうしたの?」
ミト「これ、コンビニで売ってたんだけど、新商品なんだって」
汐里「(ミトの持っている缶ジュースを見て)へぇ、何か美味しそうだね」
ミト「見る目あるじゃん。実際に美味いんだって。良かったら一口どう?」
汐里「え、いいの? ありがとう」
ミトから缶ジュースを受け取り、口を付けて飲む汐里。
柱の影から見ている前橋とトチギ。ガッツポーズ。
前橋「ヤバい、今度こそ成功じゃね?」
トチギ「うん、いけるかも」
缶ジュースから口を離す汐里。
汐里「美味しかった、ありがとう」
ミト「いや、そんな……」
汐里の後ろからやってくるエリ。
エリ「あら福留さん。美味しそうなジュース持ってるわね」
ミト「げっ、暴走エリー」
エリ「私にも一口いただけるかしら?」
汐里「はい、どうぞ。(飲み物をエリに渡してから)あ、ミト君、いいよね?」
ミト「え、あ、あの……」
エリ「いただきますわ」
缶ジュースに口を付けて飲むエリ。
ミト「あぁ~……」
缶ジュースから口を離すエリ。
エリ「う~ん、私の口には合いませんでしたわ。ごちそうさま」
缶ジュースをミトに渡すエリ。
エリ「行きましょうか、福留さん」
汐里「あ、ミト君、ごちそうさま」
歩いて行く汐里とエリ。
缶ジュースを持ったまま呆然と立ち尽くすミト。
○ミトの家・ミトの部屋
ちゃぶ台を囲むミト、前橋、トチギ。
ミト「あと一歩だったのに……」
前橋「この作戦すら成功しないなんて、そろそろヤバくね?」
トチギ「っていうか、どんどん目的から離れてない?」
ミト「くそ、次だ。次こそキスしてやる!」
ミトN「こんな事を繰り返しているうちに」
○同・外観
ミトN「気がつけば夏も終わり」
○高校・外観
ミトN「季節は秋に入っていた」
○同・教室
帰りのホームルーム中の教室。冬服の学生服を着た生徒達。
平野「じゃあ、今日面談のある者以外はもう帰っていいぞ」
席を立つ生徒達。
ミトの席にやってくる前橋とトチギ。
ミト「あぁ、帰りてぇ」
トチギ「ダメだよ、ミトは今日、三者面談なんだから」
ミト「三者面談なんてめんどくせぇじゃん」
前橋「そういや、こないだの模試の結果も返ってくるんだぜ? ヤバくね?」
ミト「マジで? うわ、最悪じゃん」
× × ×
ミト、実穂、平野が机を囲んでいる。
平野「龍之介君は、大学進学を希望という事にお変わりはないんですね?」
実穂「えぇ、もちろんです」
平野「ただ、そうなると……志望校は変えた方がいいかもしれませんね……」
実穂「え、どういう事ですか?」
平野「こちら、先日の模試の結果でして……」
模試の成績表を机に置く平野。「第一志望 志望大学 F」と書かれている。
ミト「げっ」
実穂「F判定?」
平野「勅使河原、お前この夏休み、ちゃんと勉強したのか?」
ミト「え? あぁ、まぁ、ぼちぼち?」
実穂「F判定なんてあるんですか?」
平野「都市伝説的な噂で聞いた事はあるんですが、実際に見たのは私も初めてですよ」
実穂「龍之介、あんたもう、何やってんの」
ミト「そんな事言われても、取っちまったもんは仕方ねぇじゃん」
実穂「開き直るんじゃないわよ。こんな成績とったの、あんただけなのよ!?」
平野「いや、それが……。今年はどういう訳か、ウチのクラスで他に二人も出てしまいましてね、F判定」
ミト「二人?」
○同・屋上
F判定の成績表をミトに見せる前橋とトチギ。
ミト「(笑いながら)何だ、一緒じゃん」
トチギ「笑い事じゃないよ」
前橋「これはさすがにヤバくね?」
ミト「だって、取っちまったもんは仕方ねえじゃん。そんな事より、次の作戦だよ」
トチギ「次の作戦?」
ミト「今度は王様ゲームなんていいんじゃねぇ? 王様が『王様と何番の人がキスをする』って命令すれば、キスできんじゃん」
前橋「あのさ、ちょっといいか?」
ミト「何だよ」
前橋「俺、マジで勉強しないとヤバいから、正直、これ以上ミトに付き合ってる場合じゃないんだわ」
トチギ「僕も、しばらく受験勉強に専念したいんだけど」
ミト「何言ってんだよ二人とも。このままじゃ本当に、キスもしねぇで大学生になっちまうじゃん」
前橋「でもこのままじゃ、仮にキスできたとしても、大学生になれないだろ?」
トチギ「そういう事だから、ごめんね」
前橋「ミトだって、そろそろマジで勉強しないとヤバくね?」
ミト「……わかったよ、勝手にしろよ」
トチギ「ミト……」
ミト「そもそも何だよ『ミト』って。(二人を指し)栃木と前橋だから『ミト』だ? 何で俺のあだ名がお前ら基準なんだよ」
前橋「そんな事言ったら、お前らあだ名なのに俺だけ本名って何でだよ」
トチギ「そしたら、僕だけ県庁所在地じゃなくて県名なのも、おかしくない?」
ミト「何だよ、お前ら。不満持ってたんじゃねぇかよ。だったら無理に付き合う事ねぇ、お受験してろよ。こんな同盟、解散だ、解散!」
出口に向かうミト。
○同・廊下
歩いているミト。
ミト「何だよあいつら、受験受験って。こうなったら、俺一人でも続けてやるからな。……って、一人じゃ王様ゲームできねぇじゃん」
○同・教室
入ってくるミト。
片隅で話をしている汐里、アゲハ、かすみ。ミトに気付く。
汐里「あ、ミト君も呼ばない?」
アゲハ「いや、呼ばなくていいって」
汐里「いいじゃん。ねぇ、ミト君も来ない?」
汐里達の元に来るミト。
ミト「ん? 何?」
かすみ「汐里さんが推薦で大学に合格したので、そのお祝いをしようっていう話になってるんです」
ミト「あ、そうなんだ。(汐里に向かって)凄いじゃん、おめでとう」
汐里「ありがとう」
かすみ「で、今日なんですけど、ミト君も来ますか?」
ミト「行くに決まってんじゃん」
汐里「オッケー、じゃあこれで五人目」
ミト「ん? 五人目?」
汐里「うん。ミト君と私とアゲハさんとかすみさんと、浜ちゃん」
ミト「浜ちゃんって誰?」
かすみ「汐里さんの彼氏さんだそうです」
ミト「彼、氏……?」
汐里「そ。私の一個上で、もう二年くらい付き合ってるんだよね。あれ? この話したこと無かったっけ?」
ミト「え? あぁ、うん、多分。……あ、ごめん。今日、あの……あ、予備校だ。忘れてた。うん、あの、だから……」
汐里「そっか~、急な話だもんね。オッケー、じゃあまた今度ね」
ミト「あ、うん……」
自分の席に戻るミト。
汐里「何かミト君、元気無かったね」
かすみ「何ででしょうかね?」
アゲハ「っていうかさ、あんた達鈍すぎ」
不思議そうな表情の汐里とかすみ。
ため息をつくミト。
ミト「彼氏、か……」
○ミトの家・外観
○同・ミトの部屋
ドアを開ける亜実。
亜実「龍之介、あのさ……」
壁や天井に貼られた木野そらのポスターに気付く亜実。
亜実「何これ? 昔に戻ってんじゃん」
ベッドに寝転がるミト。
ミト「いいじゃん、別に。っていうか、ノックしろって」
亜実「アイドルにうつつつを抜かしてる暇はないんじゃなかったの?」
ミト「仕方ねぇじゃん。今の俺の心を救ってくれるのは、そらちゃんだけなんだから」
亜実「ただの現実逃避じゃん。っていうか受験生なんだから、勉強しなよ」
ドアを開けたまま部屋を出る亜実。
ミト「だからドア閉めてけって、何回も言ってんじゃん」
ドアを閉めるミト。そのまま机の前に座り、机の上のパソコンを操作する。
ミト「お、ツイッター更新されてんじゃん」
パソコンの画面に表示されるそらのツイッター。
ミト「なになに……」
ツイートを読むミト。
そらの声「【ご報告】。突然ですが、私、木野そらは今月の一三日に入籍致しました。お相手は、売れないラッパーのTWさんという方です。また、今私のお腹の中には新しい命も宿っています。なので、これからは新しい家族とともに歩んで行くため、私は本日をもって芸能界を引退させていただきます。今まで応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。木野そら」
ミト「え~……」
ひっくり返るミト。
○高校・外観
○同・教室
入ってくるミト。
席に着くトチギと、トチギに何か質問している様子の前橋。二人の元に歩いて行くミト。覇気がない。
ミト「なぁ、受験勉強って、どうやんだ?」
前橋&トチギ「え?」
前橋「ミトの口から『勉強』って単語が出ちまったぞ。ヤバくね?」
トチギ「どうしよう、僕今日傘持ってきてないよ」
ミト「うるせぇな。仕方ねぇじゃん、他にする事ないんだから。で、どうやんだよ、受験勉強って」
○ミトの家・ミトの部屋
そらのポスターの上に、「目指せ現役合格!」と書かれた紙が貼ってある。
机に向かっているミト。「合格」と書かれたはちまきを巻く。
ミト「よっしゃ、やってやろうじゃん」
机の上にある参考書を開くミト。
○(夢の中)同・同
机に向かって勉強するミト。
汐里の声「ねぇ、ミト君」
机に向かって勉強するミト。
汐里の声「ねぇ、ミト君ってば」
振り返るミト。
ベッドに腰掛けている汐里。
ミト「え、何でここに……?」
汐里「ミト君、勉強なんてしてないでこっちに来てよ」
汐里の隣に座るミト。
汐里「ねぇ、キスして」
ミト「え、いや、急にそんな事言われても困るじゃん」
キス顔の汐里。
汐里「ねぇ、早く~」
ミト「(自分に言い聞かせるように)ここでキスしなきゃ、男じゃねぇじゃん。うお~!」
キスしようとするミト。
○同・同(夜)
机に突っ伏すミト。目を覚ます。
ミト「何だ、夢じゃん……」
机の上にある、真っ白なノート。
ミト「まだ何もやってねぇじゃん……」
○(夢の中)同・同
ベッドに腰掛ける汐里。
汐里「こっちに来てよ」
○高校・教室
机に突っ伏すミト。目を覚ます。
ミト「またか……」
○(夢の中)ミトの家・ミトの部屋
ベッドに腰掛ける汐里とミト。
汐里「ねぇ、キスして」
○同・同(夜)
机に突っ伏すミト。目を覚ます。
ミト「またじゃん……」
○(夢の中)同・同
キス顔の汐里。
汐里「ねぇ、早く~」
○同・同(夜)
ベッドに横になるミト。目を覚ます。
体を起こし、頭をかきむしる。
ミト「あ~、もう、何も出来ねぇじゃん!」
○高校・外観
○同・教室
教壇に立つ平野。
平野「じゃあ今から、この間の模試の結果返すぞ~。旭、厚木……」
汐里を見ているミト。
汐里の声「ねぇ、キスして」
ミト「あ~、もう」
頭をかきむしるミト。
平野「勅使河原。おい、勅使河原~」
ミト「あ、はい」
平野から成績表を受け取るミト。
平野「ちゃんと勉強しろよ」
ミト「え? あ、はぁ……」
成績表を見るミト。「第一志望 志望大学 F」と書いてある。
ミト「またFじゃん……」
○ミトの家・ミトの部屋(夜)
机に向かっているミト。「合格」と書かれたはちまきを巻いている。考え事をしながらノートに何か書いている。
ミト「どうやったら成績上がんだよ……」
手を止めるミト。ノートにいくつも書かれた「キスがしてえ」の文字。
ミト「こんな雑念ばっかだから、勉強に集中出来ねぇんじゃん」
ラジオのスイッチを入れるミト。
DJの声「さて次の曲です。先日突如引退を発表し世間を騒がせたあのアイドルの引退前最後のシングル。LINDBERGの名曲をカバーした一曲です。聞いていただきましょう、木野そらで『今すぐKiss Me』」
そらが歌う「今すぐKiss Me」がラジオから流れている。
ミト「それじゃん!」
スマホを取り出し、電話するミト。
ミト「もしもし。今すぐ集合!」
○高校・外観(夜)
○同・屋上(夜)
集まっているミト、前橋、トチギ。
「キス」と書かれたはちまきを巻いているミト。
トチギ「何? いきなり呼び出して」
前橋「っていうか、学校って勝手に入ったらヤバくね?」
ミト「お前ら、模試の結果どうだった?」
トチギ「F判定だったよ」
前橋「だからヤバいんだって。こんな所に来てる暇はねぇんだよ」
ミト「じゃあ、何でF判定取っちまたかって考えたか?」
前橋「何でって、バカだからじゃね?」
トチギ「他に理由あるの?」
ミト「俺らにはまだ、受験の前にやるべき事があるからじゃん」
前橋「何だよ、やるべき事って」
トチギ「まさかキスなんて言わないよね?」
ミト「それしかねぇじゃん」
前橋「ヤバい、こいつ相当バカだ」
トチギ「大体見当はついてたけど……」
ミト「だって、俺はキスがしてぇんだよ。勉強してたって、『キスがしてぇ』って雑念がよぎって集中できねぇんだよ」
前橋「じゃあ一人でやってろよ」
ミト「お前らだって、途中で辞めちまったじゃん。こんな事もやり遂げられないで投げ出しちまうようじゃ、大学合格してもその先やっていけねぇって。F判定ってのはきっと、そういう意味の、神様からのお中元なんじゃねぇのか?」
前橋「いや、お歳暮だろ」
トチギ「多分『お告げ』って言いたいんだよ」
ミト「だからさ、最後の作戦考えてきたんだよ」
前橋「最後の作戦?」
ミト「直接頼む。『俺とキスして下さい』って」
トチギ「え、それって……」
ミト「決着つけようじゃん。キスするか、完全にフラれるか。じゃねぇと俺ら、ここから先に進めねぇじゃん?」
前橋「確かに。そうかもな……」
ミト「一緒にやろうぜ!」
手を差し出すミト。
前橋「……よっしゃ、乗った!」
前橋の手がミトの手の上に重なる。
前橋「俺だって、キスしないまま高校生活終われないからな」
トチギ「……じゃあ、僕も」
トチギの手が前橋の手の上に重なる。
トチギ「ミトの言う事も一理あるしね」
ミト「よし、絶対にキス、するぞ~!」
前橋&トチギ「お~!」
手を空に向かって突き上げる三人。
前橋「ヤバい、久々にテンション上がってきた~!」
トチギ「僕も!」
ミト「そんな時は歌うんじゃん」
ミト&前橋&トチギ「(『今すぐKiss Me』のリズムで)今すぐキスミー。ウォウウォウ、ほっぺたにチュー。今すぐキスミー。ウォウウォウ、ほっぺたにチュー。(以下、繰り返す)」
○同・外観(夕)
○同・体育館裏(夕方)
向かい合って立つトチギとかすみ。
トチギ「ごめんね、こんな所に呼び出して」
かすみ「いえ、大丈夫です」
しばしの沈黙。
かすみ「えっと、話ってなんですか?」
トチギ「えっと、あの……関さん!」
かすみ「(驚いて)は、はい」
トチギ「僕と、キスしてくれませんか?」
しばしの沈黙。
かすみ「え、キ、キス……ですか?」
トチギ「うん、キス」
しばしの沈黙。
トチギ「やっぱり、ダメだよね……」
かすみ「あの、何て言うか……そういうのって、付き合ってからするものじゃないんですか……?」
トチギ「だと思う」
かすみ「だから、その……そこから始めてくれれば……」
トチギ「え……? それって、付き合うのはOKって事?」
頷くかすみ。
トチギ「……やった。……やった~! (屋上に向かって)やったよ~!」
○同・屋上(夕)
向かい合って立つ前橋とアゲハ。
前橋「いやぁ、すいませんね。こんな所に呼び出しちゃって」
アゲハ「前置きはいいからさ、さっさと本題に入ってよ」
前橋「あ、はい。あの、いきなりなんですけど、俺とキスして下さい!」
アゲハ「(鼻で笑って)アホくさ」
出口に向かって歩き出すアゲハ。慌てて追いかける前橋。
前橋「いや、アゲハ様。そこを何とか……」
アゲハ「あんたにキスしてさ、ウチに何のメリットがあるって言う訳?」
前橋「……俺のテンションが、ヤバいくらいに上がります」
アゲハ「話になんない」
歩き出すアゲハ。追いかける前橋。
前橋「待って下さいよ~」
アゲハの前に回り込み、土下座する前橋。
前橋「お願いします! 一回でいいんで、俺とキスしてください! 何でもしますから!」
アゲハ「ふ~ん、何でもするんだ……」
前橋「は、はい。何でも。いくらでも」
アゲハ「ウチの奴隷でも?」
前橋「もちろんです」
アゲハ「じゃあ、ウチの奴隷として二万ポイント集めたら、キスしてやるよ」
前橋「ほ、本当ですか!?」
アゲハ「早速、今日の帰りの荷物持ちな」
前橋「はい! コレで一ポイント目ですね!」
アゲハ「〇・一ポイントな」
前橋「え~」
アゲハ「文句ある?」
前橋「いえ、喜んで!」
○同・教室(夕)
向かい合って立つミトと汐里。
汐里「……で、話って何?」
ミト「うん、あの……」
しばしの沈黙。
ミト「俺と、キスして下さい!」
汐里「え? キス?」
ミト「そう、キス」
汐里「でも私、彼氏いるんだけど……。あれ? この話したこと無かったっけ?」
ミト「あ、知ってる。だから、恋人としてじゃなくて、友達としてキスしてくれないかな、って」
汐里「友達として?」
ミト「そう、愛情じゃなくて、友情で」
汐里「そういう事か~。なるほどね……」
しばしの沈黙。
汐里「ん~、やっぱり浜ちゃんに悪いから、キスはできないかな。ごめんね」
ミト「あ、じゃあ、友情じゃなくて同情でいいから……」
汐里「ん~……ごめんね」
ミト「ほっぺたにチューだけでも、ダメ?」
汐里「ごめんね」
ミト「あ、じゃあ……」
汐里「ごめん」
ミト「そっか……」
汐里「……じゃあ、私もう帰るね」
ミト「あ、うん。また明日」
教室を出る汐里。一人たたずむミト。
○同・外観(夕)
ミトの声「ちくしょ~~~~~!」
○ミトの家・ミトの部屋(夜)
ベッドで寝込んでいるミト。ドアの脇に立つ亜実。
亜実「飯は?」
ミト「いらねぇ」
亜実「薬は?」
ミト「いらねぇ」
亜実「勉強は?」
ミト「したくねぇ」
亜実「あ、そ。何があったか知らないけど、女なんて他にいくらでもいるんだからさ」
ミト「何があったかわかってんじゃん。それなら、放っといてくれって」
亜実「はいはい」
部屋を出る亜実。ドアを閉める。
○高校・屋上
集まっているミト、前橋、トチギ。三人の手にはE判定の成績表。
ミト「やったじゃん、E判定!」
ミト&前橋「イエーイ!」
ハイタッチするミトと前橋。
ミト「ついにここまでたどり着いたんだな、俺たち!」
前橋「ヤバい、E判定ってこんなに嬉しいもんだったんだな」
トチギ「そんなに喜ぶような成績じゃないと思うよ?」
ミト「やっぱり、三人揃ってフラれたおかげじゃん?」
前橋「いや、俺らはフラれてないから」
トチギ「奴隷契約で偉そうになられても……」
ミト「よし、失恋の痛手を武器に、大学には合格するぞ~!」
前橋&トチギ「だから~」
ミトN「そんな俺たちだったが」
○志望大学・外観
ミトN「悲しいかな」
○同・広場
大勢の受験生が集まっている。
ミトN「時既に遅し」
張り出されている合格者の番号。
自分の番号を探しているミト、前橋、トチギ。
ミトN「三人とも、あえなく桜は散った」
ミト&前橋&トチギ「何でだ~~~!」
○ミトの家・外観
亜実の声「龍之介~」
○同・ミトの部屋
部屋に入ってくる亜実。
ベッドに寝転がるミト。
亜実「リビングの掃除するから、手伝って」
ミト「何でだよ、めんどくせぇ」
亜実「浪人生に断る権利なんてある訳ないじゃん。ほら、さっさと来る」
ミト「え~」
○同・リビング
花瓶に花を飾る亜実。
テーブルを拭くミト。
ミト「誰か来んの?」
亜実「そ、私の彼氏」
ミト「へぇ、何て言う人?」
亜実「ワシントンさん」
ミトの手が止まる。
ミト「……って、外人?」
亜実「そ、アメリカ人」
ミト「何でまた、アメリカ人なんだよ」
亜実「だって、恥ずかしがらずに愛の言葉をかけてくれるし、挨拶代わりにキスしてくれるし。日本人だと、なかなかそういう事してくれる人いないじゃん?」
ミト「それじゃん!」
亜実「は?」
○国道
片側一車線の見通しの良い道路。
一台の乗用車が走っている。
○乗用車・中
運転席に座るTW(32)と助手席に座る妊婦姿のそら。
TW「(ラップ調で)もうすぐ会える俺らの赤ん坊。お前の未来はまるでレインボー」
そら「そんなしょうもねぇラップしか作れねぇから、てめぇはいつまでたっても売れねぇんだよ」
TW「そんな事言うなYO。(前方を見て)ん? あれは何だYO?」
「USA」という紙を持ってヒッチハイクをしているミト、前橋、トチギ。
そら「あれ、ヒッチハイク? USAって、アメリカ? バカじゃん?」
TW「(ラップ調で)ヒッチハイクで四苦八苦。頑張れ若人グッドラック」
そら「てめぇは黙って運転してろよ」
○国道
「USA」という紙を持ってヒッチハイクをしているミト、前橋、トチギ。乗用車が通り過ぎる。
ミト「また無視かよ。乗せてってくれたっていいじゃん!」
前橋「ヤバい、このままじゃアメリカに行けないんじゃね?」
トチギ「っていうか、ヒッチハイクでアメリカ行くのは無理があるよ?」
前橋「大体、何でアメリカなんだよ」
ミト「だって、挨拶代わりにキスすんだぜ? 大チャンスじゃん」
トチギ「もうキスできれば、相手は誰でもいいの?」
ミト「いいじゃん、別に。そもそもお前ら、相手いるんじゃねぇのかよ」
トチギ「だって、大学合格するまで付き合うのは我慢しよう、って……」
前橋「俺なんてまだ一四ポイントだぜ? 二万とか、いつだよ」
ミト「だったら、黙ってついて来いよ」
トチギ「とは言っても、ねぇ……」
一台のトラックが通る。三人のいる地点の数メートル先で停車する。
トチギ「あれ? 停まってくれた?」
前橋「ヤバい、あれ乗せてくれんじゃね?」
ミト「これでアメリカ行けんじゃん!」
顔を見合わせる三人。
ミト&前橋&トチギ「うお~! キスだ~!」
トラックに向かって走りだす三人。
(完)
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