「見よ、勇者は帰る」
登場人物
栗田百合(26)ホステス
高野範義(63)土木会社代表
高野幸恵(65)高野の妻
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○ライフパーク武蔵野台・203号室・中(夕)
がらんどう。
栗田百合(26)、立っている。
部屋の中央に1枚の書き置き。
百合、書き置きを拾う。
孝の声「百合へ オレは男のロマンを追いかけることにした 借りた金は出世払いで必ず返す アディオス 孝」
百合、書き置きを握りつぶす。
○クラブ「スイートメモリー」・店内(夜)
店内はほぼ満席。
黒服「ようこそ。スイートメモリーへ」
黒服、客を迎え入れている。
百合、ドレス姿で席に着く。
高野範義(63)と社長、百合を見る。
百合「マロンでーす。お願いしまーす」
百合、社長に名刺を渡す。
高野「社長。出資の件なんですが」
社長「そんな話は後々。マロンちゃんか」
高野「いや。しかし」
社長「くどいよ」
高野「すみません」
社長、百合を眺めた後、腰に手を回す。
百合「あ。いや。ここはそういうお店では」
社長「ま。ま。固いこと言わずにさ。女性ってのは、男のロマンだから」
百合「男の。ロマン」
社長「そう。男の」
百合、社長の胸倉を掴み、持ち上げる。
高野「おおっ!」
百合「舐めんな!」
百合、右ストレートの構え。
○同・裏口・外(夜)
雨が降っている。
百合、黒服に放り投げられる。
ドアが閉められる。
百合「とりあえずネカフェでシャワー」
百合に差し出される傘。
高野、百合に傘を差し出している。
百合「あ。さっきの」
高野「あんた。なんかスポーツやってただろ」
百合「え」
高野「座った状態から片腕だけで男を持ち上げる。かなりの腕力だ」
百合「ああ。競技ボート。やってました」
高野「ボートか。そうかそうか」
百合「あの」
高野「あんた。ウチで働かないか」
百合と高野、目を見合わせる。
○三島堂百貨店開発予定地
更地のあちこちに掘り返した跡がある。
一角にプレハブ。
百合の声「遺跡発掘、ですか」
「高野土木興業」の看板。
○同・プレハブ・内
ロッカーが並んでいる。
百合と高野、向かい合っている。
高野「そう。ここは弥生時代の集落の跡だ」
百合「じゃあ、恐竜の化石とか」
百合と高野、目を見合わせる。
高野「ここでは主に銅鏡を探してる」
百合「どうきょう」
高野「まぁ。いい。とりあえず。行こう」
高野、立ち上がる。
○同・住居跡
百合と高野、掘り返された住居跡に立っている。
足元のバケツに土器のかけらが溜められている。
高野「あそこだけ色が違うだろ」
百合「え? ああ。はい」
掘り返した住居跡の中に、四角く明るい色の土が残っている。
高野「住居の中で火を焚いていたところだ」
百合「へぇ」
高野「想像するんだ」
百合と高野、周囲を見渡す。
弥生時代の風景が重なる。
弥生人、火を焚いた上に土器を置き、野草を煮ている。
高野「ロマンだろ」
弥生時代の子どもたち、追いかけっこのようなことをしている。
百合「ロマンなんて、くそくらえです。そんなもの追いかけて何になるんですか」
現代の風景に戻る。
百合「周りの人間は、いい迷惑です」
百合、高野に背を向けて歩いて行く。
高野、百合の背中を見送る。
× × ×
百合、大量に土が載った一輪車を押している。
百合「き。つ」
載積場に辿りつき、土を捨てる百合。
百合、現場の外に目をやる。
高野、高野幸恵(65)と並んで現場を見ている。
百合「何アレ。さぼり」
高野、幸恵に話しかけている。
幸恵、笑顔で頷きながら聞いている。
○同・プレハブ・外(夕)
百合、水道で手を洗っている。
爪にまで土が詰まっている百合の手。
幸恵、百合の方へ歩いてくる。
幸恵「なかなか取れないのよね」
百合「え。あ。さっきの」
幸恵「高野の家内の幸恵と申します」
百合「ああ。どうも。栗田、百合と言います」
幸恵「ウチの人からあなたのこと聞いたら、一度お話してみたくなったの。今よろしいかしら」
百合「え。ええ。私でよかったら」
幸恵「あなた、片手でクマと闘えるんですって? すごいわねぇ」
百合「えー。闘えません。あのオヤジなに言ってんだ」
幸恵「そうなの。残念」
百合「すみません。ご期待に沿えなくて」
幸恵「いいのよ。あの。どこかに座って」
幸恵の手が宙を泳ぐ。
百合「え」
幸恵「ごめんなさいね。私、目が見えなくて」
百合「ああ。じゃあ。手引きますね」
百合、幸恵の手を取る。
幸恵「ありがとう」
百合、幸恵の手を引き、プレハブの前に連れていく。
百合「ここ。そのまま腰掛けてください」
幸恵「ありがとう。ありがとう」
百合と幸恵、座る。
百合「あれ。でもさっき。高野さんと現場見てましたよね」
幸恵「あら。見てらしたの」
百合「すみません」
幸恵「いいのよ。別に。ウチの人。よくああやって私に現場を見せるの」
百合「でも」
幸恵「あの人が話すと私にも見える気がするから不思議なのよ。あの人のロマンを見てるのね。きっと」
百合「ロマン。ですか」
幸恵「どうかなさって」
百合「孝。私の彼氏も。その。男のロマンのために出て行っちゃいました」
幸恵「そういうものよ。男の人は。おバカなの。でも。そこがいいのよ」
百合「そうなんですかねぇ」
幸恵「10年くらい前なの。私の目が見えなくなったの」
百合「そうなんですか」
幸恵「なんだか。なんにもする気がなくなってしまって。見えないから身だしなみなんかもボロボロで」
百合「そうですか」
幸恵「そんな時。ウチの人が言ったの。鏡を見ろって」
百合「え」
幸恵「見たって見えないって。私言ったの。そうしたら。昔から男はロマンを見て、女は鏡を見てたんだ。って」
百合「男はロマン。女は鏡」
幸恵「おバカでしょう」
百合「はい。あ。いや。その」
幸恵「でも。そういうおバカに救われることもあるのよね」
幸恵、微笑んでいる。
○同・住居跡
百合、掘り進めている。
高野、百合に歩み寄る。
高野「精が出るな」
百合「バカじゃないですか」
高野「なに」
百合「なにが男はロマン。女は鏡ですか。現実を見てください」
高野「あんた。幸恵と話したのか」
百合「実際資金繰り、困ってるんですよね。 ロマンはお金になりませんよ」
百合と高野、目を見合わせる。
百合「銅鏡だかなんだか知りませんけど、見つけてスポンサーに売り込まないと」
高野「あ。ああ」
百合、掘り続ける。
高野、スコップを持つ。
金属音。
百合と高野、目を見合わせる。
○PC画面
ニュースサイトページ。
銅鏡を持つ百合と高野と幸恵の写真。
3人とも満面の笑み。
百合の声「あの。この記事なんですけど。見出し。なんとかなりませんか」
記事の見出しは「ロマンを掘る女」。
〈おわり〉
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