カデンツァ! 学園

音楽大学のピアノ科に所属する二年生の高田はクラシック専攻に進むことを希望していたが、コース(専攻)選択の締切日を間違えて人気の低いジャズ専攻に回されてしまう。落胆する高田と偶然知り合ったジャズ専攻の特待生・設楽は、ジャズピアノの楽しさを伝えるために高田をアルバイト先のジャズクラブへ連れて行く。
播磨つな 24 0 0 07/26
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第一稿

〇人物
 高田響(20)橘音楽大学二年生
 設楽李音(21)橘音楽大学三年生
 藤村英梨(20)高田の友人
 知花ふうか(19)英梨の友人
 富永直哉(48)ジャズクラブ ...続きを読む
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〇人物
 高田響(20)橘音楽大学二年生
 設楽李音(21)橘音楽大学三年生
 藤村英梨(20)高田の友人
 知花ふうか(19)英梨の友人
 富永直哉(48)ジャズクラブ『サヴォイ』店長
 講師
 男子学生

〇橘音楽大学・教室
   派手な身なりの十数人の学生が講義を受けている。
   一番後ろの端の席に座る高田響(20)。
   教壇に立つ講師、学生に説明する。
教師「次回は早速実技のレッスンをします。配布した譜面を利用して各自カデンツァを含めた演奏ができるようになって来ること。それではまた来週」
   机上の片付けを始める学生。
   高田、困ったように楽譜を見つめる。
   『A列車で行こう』の譜面。

〇同・ラウンジ
   学生で賑わうラウンジ。
   腕を組んで楽譜を眺める高田。
   藤村英梨(20)、高田の向かいに座る。
高田「英梨じゃん。久しぶり」
英梨「聞いたわよ。響、進路選択間に合わなくてジャズ専攻に回されたって」
   ため息をつく高田。
高田「そう。ほんと最悪。よりによって締め切り一日間違えるとか……」
英梨「だから課題も提出用紙も余裕持って出しときなさいって日頃から言ってるじゃない。クラシック専攻なんて元から倍率高いんだから期日逃した時点でアウトよ、アウト」
高田「んで提出しそびれてあぶれた俺がここにいますよっと」
   苦笑する英梨。
英梨「あんたも知ってるでしょ。はみ出し者揃いの『ジャズ専』のこと。授業に出ない学生は多いわ、パリピは多いわ……。ピアノ教室でお利口さんにソルフェージュ弾いてるようなあんたが本当にやって行けるのかしら」
高田「うるさいなあ。お利口さんなのは英梨だってそうだろ」
英梨「当たり前じゃない! 今までクラシックでやって来た人に対して急にジャズやりなさいなんて。こっちから願い下げよ」
   男子学生がテーブルへ近付く。
男子学生「英梨! 来週のアンサンブルの練習しようぜ。シューマンの譜面さっそくコピーして来たから」
英梨「あ、うん! 行く!」
   立ち上がる英梨、高田に耳打ちする。
英梨「ま、せいぜい頑張んなさい」
   男子学生と英梨、去る。
高田「ちぇっ。何だよ……」
   唇を尖らせる高田。

〇同・レッスン室
   拙い手付きでピアノを弾く高田。
   譜面台に『A列車で行こう』の楽譜。
   高田、目を細めて楽譜を覗き込む。
高田「あーもう! 無理!」
   演奏を中断し、頭を抱える高田。
高田「何だよカデンツァって! アドリブで弾けとか言われても知らないし!」
   鍵盤の上に突っ伏す高田、呟く。
高田「クラシック一本でやって来た『お利口さん』は、どうせ楽譜に書いてある通りにしか弾けないっつーの……」
   背後で衣擦れの音。
   驚いて振り返る高田。
   床の上に置いてあった暗幕が動き、中から設楽李音(21)が顔を覗かせる。
高田「ギャーッ!」
   驚いて椅子から転げ落ちる高田。
   設楽、起き上がると大きな欠伸をする。
高田「あの……もしかして俺の演奏聴いてました?」
設楽「うん? 聴いてたよ。泥沼の道を進む鈍行列車だったね」
高田「ヒィッ!」
   恥ずかしさで顔を覆う高田。
   立ち上がる設楽、楽しそうに笑うとドアへ歩いて行く。
   振り返り、ポケットから取り出したマッチを高田へ向けて投げる。
   慌ててキャッチする高田。
設楽「君が探してる答え、そこにあるかも」
   外へ出て行く設楽。
   呆けた表情の高田。
高田「何あのイケメン……芸能人?」
   マッチに視線を落とす高田。
『ジャズクラブ サヴォイ』の文字。

〇サヴォイ・店内(夜)
   大勢の客で賑わう店内。
   びくびくしながら店内へ入る高田。
   カウンターの富永直哉(48)が声を掛ける。
富永「おい兄ちゃん、一人?」
高田「は、はい」
富永「こっち来なよ。一人でテーブルも寂しいだろ」
   カウンターに座る高田。
富永「何にする?」
高田「えっと、とりあえず生……」
富永「はいよ」
   ビールを注いで差し出す富永。
富永「兄ちゃんみたいな若い奴が一人で来るのも珍しいな。何だ、彼女に振られたとか?」
高田「ち、違います。これをもらって……」
   マッチを見せる高田。
富永「おう、それはうちのじゃねえか。今日はラッキーだぜ。何てったってあいつが来る日だからな」
   客席から拍手の音。
   バックヤードから設楽が笑顔でステージに登場する。
   数人のバンドに囲まれ、ステージ中央のグランドピアノに座る。
   振り返った高田、驚愕。
高田「さっきのイケメン……!」
   設楽の合図で『ウォーターメロンマン』の演奏が始まる。
富永「リオはうちの看板ピアニスト。あいつが入る日は満員になるから助かるよ」
   設楽の演奏を凝視する高田。
   演奏が終わり、客席から拍手の音。
   設楽は立ち上がり、客席を向く。
設楽「皆、聴きに来てくれてありがとう。今日は紹介したい知り合いがいるんだよね。おいで? 『お利口さん』」
   設楽と目が合い、ぎょっとする高田。
高田「お、お利口さん……⁉」
富永「おい、兄ちゃんリオの知り合いだったのか? そりゃ良いや、行って来い」
   富永に背中を押され、おどおどしながらステージへ上がる高田。
   設楽、高田の肩に腕を回す。
設楽「こいつピアノは上手いけどジャズは初心者なんだよね。良かったら皆も教えてあげてくれない? 『スイング』って、どうやってするか」
   客席から歓声。
設楽「(小さな声で)ほら、座って」
高田「え、だって俺、何で……⁉」
設楽「良いから」
   渋々ピアノの前に座る高田。
   高田の隣に立ち『A列車で行こう』を弾き始める設楽。
高田「その曲……!」
設楽「楽譜なんていらないから。適当に乗ってみ」
   パニックになりながらも低音を重ねる高田。
   客席から拍手と歓声。
設楽「良いじゃん」
   にっこりと笑いかける設楽。
設楽「ジャズって、考えて弾くもんじゃないんだよ。勝手に身体が動くもの。君もきっと好きになれるよ」
   設楽の方を向いた高田、つられて笑顔になる。

〇橘音楽大学・食堂
   高田、英梨、知花ふうか(19)が昼飯を食べている。
   高田の前にマッチの箱。
   昨晩の話を聞き、驚く英梨とふうか。
英梨「はぁーッ⁉」
ふうか「それで、響さんは設楽先輩とそのジャズクラブでセッションして来ちゃったんですか?」
高田「うん。凄いんだね、リオさんって」
英梨「あんたまさか彼のこと知らなかったとか言うんじゃないでしょうね」
高田「え? 昨日初めて知ったけど」
英梨「これだからお利口さんは……!」
   ため息をつく英梨。
英梨「設楽李音、ピアノ科ジャズ専攻の三年生! この大学で五人にも満たない特待生の一人よ。父親は世界的な指揮者の設楽充で……(小声で)って、彼はもういないんだったわね……」
   咳払いをする英梨。
英梨「まあ良かったんじゃない? 先輩、授業には全然出てないみたいだけど仲良くしとけば落第の危機は免れるでしょ。ていうか連絡先聞き出して来て」
ふうか「英梨さん本音が出てます」
   マッチをじっと見つめる高田、両手の指でテーブルをピアノに見立てて叩き出す。
高田「でも楽しかったなぁ……」
   指を動かしながらにやける高田。
高田「人前でピアノ弾いてあんなにゾクゾクした経験って初めて。お客さんの歓声だってすごかったんだよ」
英梨「……これが噂に聞くジャズ専の呪いってやつね。ジャズに触れて来なかった人間が入ったら最後、その沼から逃れることはできない」
ふうか「ですね……」
   引きつった表情で顔を見合わせる英梨とふうか。

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