《登場人物》
江藤仙一(16) 清濁高校の生徒
正田将太(7)(16) 江藤のクラスメート
野村(7)(16) 江藤のクラスメート
あゆみ(16) 江藤のクラスメート
小早川(16) 江藤のクラスメート
衣笠(96) 江藤のクラスメート
石毛(50) 江藤の担任
江藤あいの(8)(49) 江藤の母
江藤彩花(19) 江藤の姉
バーフィールド(19) 彩花の彼氏
川口(16) 江藤の旧友
正田あいり(8)(39)(49) 正田の母
北別府翔馬(16) 転校生
北別府有紗(40) 北別府の母
その他
○清濁高校・校門前(朝)
様々な年齢や見た目の生徒が歩いている。
○同・1年A組の教室
江藤、入ってくる。
江藤、席に着く。
江藤M「俺の名前は江藤仙一。清濁高校一年普通科の高校生」
○同・校門
石碑に以下の校訓が刻まれている。
「みんなちがって みんないい」
江藤M「多様性の尊重。それがこの高校の唯一の校則」
○同・1年A組の教室
江藤、座っている。
周りには多様な服装や年齢の生徒たち。
江藤M「普通の家庭で育ってきた俺は、正直、戸惑うことばかりだった」
リーゼントで学ラン姿のあゆみ(16)、入ってくる。
あゆみ「ちぃーす!」
あゆみ、席に着くなり机に脚をのせる。
恰幅のいい衣笠(96)、入ってくる。
衣笠、杖をひいてノロノロ席へ向かう。
江藤M「最初は戸惑ったけど…」
正田将太(16)、弁当箱のフタを開ける。
弁当箱にタガメの素揚げ。
正田、タガメをつまんで口に入れる。
正田「(味わう)うん」
江藤M「こんな奴や」
野村(16)、入ってくる。
野村、全裸。
野村「おっはー!」
江藤、野村を見て思わずせき込む。
野村「(江藤へ)風邪ならマスクしろ」
江藤M「こんな奴と出会ってきたから…」
× × ×
教壇。
担任の石毛(50)とスカートをはいた男子生徒小早川(16)が立っている。
石毛「転校生の小早川だ」
小早川、どこか照れ臭そうにモジモジしている。
江藤、その様子を見て、
江藤M「(あ。フツーの人だ!)」
× × ×
正田、カブトムシの素揚げをがっついている。
ツノをしゃぶるチュパ音が室内に響く。
野村、全裸でやってきて、
野村「正田。早弁かよ」
正田「今日、転校生くるらしいぞ」
野村「またか?」
正田「どんな奴だと思う?」
江藤M「…どんな奴がきても驚かない」
江藤、冷静な面もちで席に座っている。
担任の石毛、入ってくる。
全員、席に着く。
石毛、教壇で生徒らを見回し、
石毛「転校生の北別府だ」
一同、きょとんとして、石毛のほか誰もいない教壇を見つめる。
石毛「(意に介さず、横を向き)北別府。自己紹介を頼む」
江藤「…?」
しばし沈黙ののち、
石毛「…そういうことだ。みんな、よろしく な」
江藤、胸がざわつく。
江藤、動揺しながらキョロキョロと周りの生徒たちの反応を伺う。
声「北別府くん、よろしくぅ!」
江藤、はっとして声のほうを振り返る。
全裸の野村、堂々たる笑顔で教壇のほうを見ている。
江藤「…」
声「北別府くん、よろしくぅ!」
江藤、声のほうを見ると、あゆみの笑顔。
声「北別府くん! よろしくぅ!」
江藤、見ると、正田の笑顔。
生徒たちから次々と声があがる。
江藤「…」
江藤、パニクりながら、
江藤「(負けじと)き、北別府くん! よ、よろしくぅ!」
石毛、横を向き、
石毛「北別府。席はあそこだ」
と江藤の隣を指す。
石毛「江藤、いろいろ教えてやれ」
江藤「…あ、はい」
女子1、北別府の席を振り返り、
女子1「よろしくね。北別府くん」
江藤「…」
○同・職員室の前
江藤、歩いている。
声「江藤」
江藤、振り向くと石毛の姿。
石毛「美術室に移動するさい、北別府が廊下で迷ってたぞ」
江藤「え?」
石毛「江藤、ホームルームで頼んだろう。隣の席なんだからもう少し面倒見てやれ」
江藤、納得できない顔。
石毛「どうした? 何かいいたいことでもあるのか」
江藤「…」
石毛「いってみろ」
江藤「き、北別府くんってほんとに…」
石毛「(遮って)人には色々な個性がある。多様性を重んじるのがこの学校の校則だ」
石毛、廊下の壁に貼られた紙を見る。
紙には「みんなちがって みんないい」の校訓。
石毛「もし北別府にほかの生徒とどこかちがったところがあったとしてもだ、それを当たり前のこととしてお前たちは受け入れなきゃならない。わかるな?」
江藤「…」
石毛「その上で北別府に対して何か疑問があるのか?」
江藤「…」
石毛「どうなんだ?」
江藤「…」
○帰り道(放課後)
江藤と正田、並んで歩いている。
江藤「今日、転校生きたじゃん?」
正田「うん」
江藤「…どう思う?」
正田「悪い奴じゃないよな」
江藤「正田、何話した?」
正田「いや、部活何やんのとか」
江藤「なんていってた?」
正田「陸上部入るかもって」
江藤「…」
正田「お前なにしゃべった?」
江藤「いや、特には…」
会話、途切れる。
正田、立ち止まる。
目の前に昆虫ショップ。
正田「おやつ買って帰るわ。お前も買う?」
江藤「…いや、俺はいいわ」
× × ×
正田、カブト虫の入ったカゴを肩にかけている。
江藤、カゴを見ている。
正田「(気づいて)…ん?」
江藤「…いや」
○清濁高校・柔道場(翌日)
江藤ら、柔道着を着ている。
あゆみと全裸の野村、試合をしている。
担任の石毛、審判をしている。
石毛「そこまで! 次! 江藤と北別府!」
江藤、おずおずと前に出る。
江藤、誰もいない正面を見つめる。
石毛「はじめ!」
江藤、うろたえつつも構える。
江藤、ほとんど棒立ち。
石毛「二人ともやる気あるのか?!」
江藤「…」
石毛「もっと体動かせ!」
江藤、しかたなくエア柔道をはじめる。
○江藤家・リビング(夕)
江藤、食卓で食べている。
母のあいの(49)、台所からやってくる。
あいの「(椅子にすわり)お姉ちゃん、今日帰り遅くなるって」
江藤「…」
あいの「彼氏とデートかな。あんた知ってる? アメリカの男の子だってさ、お姉ちゃんの彼氏」
江藤「…興味ないし」
あいの「いただきまーす」
あいの、煮物を箸でつまむ。
あいの「うん。カボチャおいしい」
江藤、冴えない顔をしている。
あいの「(気づいて)なに? さっきからぼーっとしちゃって」
江藤「…別に」
と食べ続ける。
江藤、ややあって箸をとめ、まじまじとあいのを見る。
江藤「…あのさ、何であの高校に俺を入れたの?」
あいの「(箸をとめる)なによ。急に改まって」
江藤「…いや、別に俺は普通の高校でもよかったのに、お母さんがごり押ししてきたじゃん」
あいの「ごり押しって。確かに、これからは多様性の時代だから、私も勧めたけど、最後はあんたが納得して入ったんでしょ」
江藤「…(不満な顔)」
あいの「なんか学校であったの?」
江藤「…もういいよ」
と箸を動かしはじめる。
あいの「…?」
× × ×
台所。
江藤、自分が使った皿を洗っている。
あいの、使い終えた皿を持って江藤の隣にやってくる。
あいの、皿を洗い始める。
江藤「…」
あいの「昔ね、お母さんのお友達に卵アレルギーの子がいたの」
江藤「…?」
あいの「名前はあいりちゃん。アレルギーがどんな病気なのか、今の人たちはみんな知ってるけど、私が子供だった頃は、それこそ食べられないのは根性がないからだ、みたいな、そういう偏見を持った人も少なからずいた」
江藤「…」
あいの「その子のお誕生日会にいったときのこと」
○あいりの家・リビング(回想)
あいの(8)、あいり(8)をはじめ、少女たちがテーブルを囲んでいる。
テーブルの上に山盛りの赤飯。
赤飯にろうそくが刺さっている。
あいの「(見て)変なの!」
あいり、ふいに涙を流す。
あいの「(びっくりする)」
○(戻って)江藤家・リビング
江藤「…」
あいの「その思い出がね、ずっと心の中にしこりとして残ってて。だから、誕生日にケーキじゃなくても、誰も何にもいわない。みんな違うのが当たり前。そういう世界になったらな、ってお母さん思って。それでかな、あんたをあの高校に勧めたの」
江藤「(むすっとして)…でも、姉ちゃんは普通の高校だったじゃん」
あいの「お姉ちゃんは、あんたと違って看護師って進路がはっきり決まってたから」
江藤「…」
○清濁高校・美術室(翌日)
生徒たち、二人一組になり、一人がモデル役をし、もう一人が絵を描いている。
江藤のモデル役は北別府。
江藤、筆が動かず、キャンバスは真っ白のまま。
○同・屋上
江藤、ぼんやりと景色を眺めている。
江藤「(ため息)」
江藤、誰もいない隣を見る。
江藤、手すりのほうへ向かってエアー背負い投げをする。
江藤「(地上を見下ろし)…北別府くん、屋上から転落。なんちゃって」
江藤、ふと気配を感じて振り返る。
小早川、顔面蒼白で江藤を見つめている。
江藤「…」
小早川、バタバタ去っていく。
○同・職員室
石毛と江藤、座っている。
保健の先生、やってくる。
石毛「先生! 北別府は?」
保健の先生「打ち所よく、軽傷」
保健の先生、去っていく。
石毛「(ほっとする)ったく、大事に至らずに済んだが、一歩間違えれば死んでたかもしれんぞ!」
江藤、不服そうにしている。
石毛「なんだその態度は?」
江藤「…」
石毛「いいたいことがあるならはっきりいってみろ」
江藤「(何かいおうとする)きたべっ」
石毛「校則を破ったら停学だぞ」
○同・廊下
江藤、職員室から出てくる。
北別府の母有紗(40)が立っている。
有紗、江藤を悲しげに見つめると、去っていく。
江藤「…?」
○同・1年A組教室
江藤、入ってくる。
生徒ら、蔑むように江藤を見ている。
江藤「…」
江藤、席につく。
野村、やってくる。
野村「江藤、見損なったよ」
野村、去る。
江藤「…」
あゆみ、やってくる。
あゆみ「江藤、見損なったよ」
江藤「…」
× × ×
昼。
江藤、弁当を食べている。
隣の席で、正田、カブト虫を食べている。
正田、ツノチュパ。
チュパ音が室内に響く。
江藤、持っている箸が震える。
声「おい」
江藤、顔をあげる。
江藤の視界に野村の局部のドアップ。
野村「(江藤を見下ろし)今度北別府いじめたらぜってー許さねーからな」
江藤「…」
江藤、箸をおき、弁当箱のフタをしめる。
江藤、無言で立ち上がる。
○同・廊下
江藤、のしのし歩く。
○同・トイレ
江藤、入ってくる。
江藤、個室に入り、鍵をしめる。
江藤「(絶叫する)北別府どこにいんだよ! 見えねえんだよ! 全然見えねえ!」
江藤、堪えていたものが溢れ出す。
江藤「つーかなんなんだよ! なんでカブト虫食ってんだよ!」
江藤「ちゅぱっ、じゃねえよ!」
江藤「かんがえられへん! かんがえられへん!」
江藤、まだ収まらず、
江藤「服を着ろ!」
江藤、ようやく落ち着き、荒い息を整える。
江藤、個室から出てくる。
江藤の目の前に顔面蒼白の小早川。
○同・職員室
石毛、江藤へ、
石毛「停学だ」
○江藤家・リビング(夜)
あいのと姉彩花(19)、食卓で食べている。
彩花「あいつは?」
あいの「部屋に閉じこもってる」
彩花「ふーん」
あいの「一週間の停学だって」
彩花「なんで?」
あいの「校則破っちゃったって」
彩花「…」
あいの「ねえ。あんたも仏一になんか声かけてあげてよ」
○同・江藤の部屋
江藤、勉強机にすわり、スマホを見つめている。
画面にはLINE画面。
正田から以下のメッセージ。
「考えられないとか、俺のこと、そんなふうに思ってたの?」
江藤「…」
江藤、ため息をつく。
声「みんなと同じがいいんだ?」
江藤、驚いて振り返る。
ドアの前に彩花が立っている。
江藤「び、ビビったな。勝手に入ってくんなよ」
彩花「(意に介さず)簡単だもんね。そうやって生きるの」
江藤「は?」
彩花「停学のこと、お母さんから聞いた」
江藤「…」
彩花「結局、あんたも多数派のひとりってわけだ」
江藤「(むっとする)意味わかんないし。用がないなら出てけよ」
彩花「(無視して)器、ちっさ」
江藤、堪えるように目を閉じる。
江藤、静かに笑い出す。
彩花「…?」
江藤「(声を震わせ)…多数派で何が悪いの? みんなと同じで何が悪い? 姉ちゃんはいいよね。フツーの学校通って、友達とあるあるネタとか言い合えて。俺のいる教室じゃ、そんなものはいっさい存在しない。わかりみが深い? 首がもげるほど頷いた? そんな言葉が存在しない、そういう世界でこちとら生きとるんじゃ! フツーの学校いって、フツーの友達と遊んでた姉やんだけにはいわれとうないわ!」
江藤、荒い息を吐く。
彩花「…ちっさ」
彩花、ドアを乱暴に閉めて出ていく。
江藤、思わず天を仰ぐ。
○清濁高校・1年A組教室(翌日・朝)
ホームルームをしている。
江藤の姿はない。
正田、江藤のいない席を見つめる。
○ゲームセンター・店内
江藤、格ゲーをしている。
筐体画面に「YOU LOSE」の文字。
江藤「くそっ」
ポケットのスマホが鳴る。
江藤、スマホを見る。
正田から以下のLINEメッセージ。
「無視してないで何か言えよ」
江藤「…」
江藤、何か文字を打ち込もうとする。
声「仏ちゃん?」
江藤、顔をあげる。
川口(16)が立っている。
○マクドナルド・店内
テーブル席に江藤、川口、川口の仲間1、仲間2が座っている。
川口「俺らは創立記念日で学校休み。仏ちゃん、学校サボリ?」
江藤「(口ごもる)あ、まあ」
川口、ハンバーガーを手にし、
川口「てかさ、ハンバーガーのピクルスって何のために入ってんの?」
川口、ピクルスを抜く。
川口「正直、いらなくね?」
江藤「(笑う)わかる」
仲間1「ピクルスよりも酢豚に入ってるパイナップルのほうがいらねえ」
江藤「(目を輝かせ)あ! わかる!」
仲間2「パフェに入ってるコーンフレーク。いらね」
江藤「(目を血走らせ)わかるぅー!」
川口「(怪訝そうに)…仙ちゃん、どした?」
○江藤家・江藤の部屋
江藤と川口、座っている。
川口「そっか。停学か」
江藤「…うん」
川口「でもさ、話聞いてると仏ちゃんの学校ってなんか面白いな。写真とかないの?」
江藤、立ち上がる。
江藤、机の引き出しを漁り、一枚の写真を取り出す。
江藤「これ」
と写真を川口に渡す。
写真は江藤のクラスの集合写真。
川口、写真に見入って、
川口「オールスターじゃん」
江藤「(笑う)」
川口「(何かを見つけ)え、ちょっと待って」
川口、写真に写る老人衣笠を指さし、
川口「待って。最長老がいるんだけど」
江藤「(笑う)」
川口、江藤を見上げ、
川口「仏ちゃんの同級生?」
江藤「(笑う)まあ」
川口「何て呼んでんの?」
江藤「まあ、フツーに衣笠とか」
川口「嘘だろ?」
川口、写真に写る正田を指さす。
川口「じゃ、彼は?」
江藤「あー、正田」
川口「特殊能力は?」
江藤「(笑う)…昆虫食」
川口「え、虫食うの?」
江藤「…うん」
川口「てことは、仏ちゃん、虫食ってる奴と同じ教室で弁当食ってるの?」
江藤「まあ」
川口「いやいや、飯喉通らないって」
江藤「(笑う)…でも、悪いやつじゃないんだけど」
川口「そういう問題じゃないだろ」
川口、写真を眺めている。
江藤、何かいいたげな目をし、
江藤「…あと最近、北別府ってのが転校してきた」
川口「(江藤を見て)なに? どんなやつ?」
江藤「…透明人間」
川口、立ち上がる。
川口、江藤の肩に手をおき、無言で頷く。
○駅前(夕)
川口と江藤、立っている。
川口「送ってくれなくてもよかったのに」
江藤「久しぶりに話せて楽しいから」
川口「(ふっと笑う)また遊ぼうぜ。いつでもLINEくれ」
江藤「うん。絶対LINEする」
川口「じゃ」
江藤「じゃ」
川口、去る。
江藤、笑顔で見送る。
声「(英語で)彩花の弟よ!」
江藤、振り返る。
バーフィールド(19)、立っている、
○バーフィールドの部屋
広々とした室内。
放し飼いにされた虎がうろついている。
江藤、硬直したまま立っている。
バーフィールド、ソファーにふんぞり返っている。
バーフィールド、虎を眺め、
バーフィールド「(英語で)RRRにハマってな。飼うことにした」
江藤「…」
バーフィールド「(英語で)大丈夫。人は襲わない」
バーフィールド、指で江藤を招き、
バーフィールド「(英語で)隣、座れよ。彩花に頼まれてな。清濁高校OBとしてアドバイスをしてくれと」
江藤、虎を気にしつつ歩き、ソファーに腰を下ろす。
バーフィールド「(英語で)何か飲むか?」
江藤「大丈夫です」
バーフィールド「(英語で)彩花の弟よ。君は清濁高校の名前の由来を知ってるか?」
江藤「あ、はい」
バーフィールド「(英語で)なんだ」
江藤「…清濁合わせ呑む、って諺に由来してて、多様性を表してるんじゃ」
バーフィールド「(英語で)その通り。しかし、俺の解釈は少し違う」
江藤「…」
バーフィールド「(英語で)清濁高校には常に二つの道が用意されている。清流と濁流。言い換えれば、楽な道と険しい道」
江藤「…」
バーフィールド「(英語で)険しい道とはすなわち清濁高校の学校生活を送ること。一方、楽な道とは学校から去ること。君は今、その岐路に立っているんだ」
江藤「…はい」
バーフィールド、立ち上がる。
バーフィールド、虎のもとへゆく。
バーフィールド、しゃがみ込んで虎の頭を撫でながら、
バーフィールド「(英語で)日本ってのは常識が狭いんだ。クラスに年寄りが一人いるだけで、腹を抱えて面白がる」
江藤「…」
バーフィールド「(英語で)俺の生まれたアメリカじゃ、いろんなやつがいるからそれくらいじゃ笑わない」
江藤「…」
バーフィールド「(英語で)常識ってやつは楽な道には落ちてない。それを手にするには険しい道をゆかなければならない。俺、険しいことしてるだろ?」
江藤「…してると思います」
バーフィールド、立ち上がる。
バーフィールド、江藤を見つめ、
バーフィールド「(英語で)彩花の弟よ。道は常に二つ。楽な道と険しい道。どちらへ進むかは君次第だ」
○江藤家・江藤の部屋(夜)
江藤、勉強机に座ってスマホを眺めている。
画面には川口からLINEメッセージ。
「仏ちゃん、来週の日曜ヒマ?」
江藤、スマホを操作する。
画面には正田からLINEメッセージ。
「既読スルーしてないで何とかいえよ」
江藤「…」
○バーフィールドの部屋
尻餅をついたバーフィールド、恐怖に顔を歪めて後ずさりする。
虎、牙を剥いてバーフィールドに迫る。
虎、飛びかかる。
バーフィールド「(絶叫)うわわわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
○清濁高校・グラウンド(数日後・朝)
高いフェンスに囲まれたグラウンド。
サッカー部、練習している。
部員の中に正田の姿もある。
○同・フェンスの外
江藤、川口、川口の仲間1、川口の仲間2の四人が立っている。
四人、フェンス越しに練習の様子を眺めている。
川口「仏ちゃん、付き合わせて悪い。付き合ってる彼女に仏ちゃんの高校の話したら、高校の動画撮ってきてって頼まれたもんだから」
江藤、あまり乗り気ではない顔。
川口「(江藤を見て)大丈夫だって。晒すとかじゃないから。ほんとに彼女に見せるだけだから」
川口、スマホをかざし、サッカー部の練習風景を撮影する。
川口「だからさ、仏ちゃんの知り合いで、面白そうなやつがいたら声かけてくれない?」
江藤「…うん」
江藤、渋々グラウンド内を見渡す。
と、川口、スマホをかざしながら、
川口「(興奮して)仏ちゃん! あそこにいるの、ムシキングじゃない?」
江藤「え?」
江藤、遠くに目を凝らす。
ランニングする正田の姿。
川口「(仲間1、2へ)そこらへんに、虫、いないか探して!」
仲間1、2、地面を見下ろし虫を探す。
ランニングする正田、江藤らのほうに近づいてくる。
川口「仏ちゃん! 声かけて!」
正田、江藤に気づき、自ずと足をとめる。
正田「江藤…」
江藤、気まずそうにしている。
仲間1、川口へ、
仲間1「見つけた」
とダンゴムシを手渡す。
川口、受け取ると、
川口「(正田へ)あ。俺、仏ちゃんの友達なんだけど、よかったらこれ」
川口、フェンスの隙間から正田へダンゴムシを差し出す。
正田「…」
正田、受け取ろうとしない。
川口「え。ダンゴムシ、嫌い?」
江藤「(川口へ)もう帰ろう」
川口、構わず、ダンゴムシを差し出し続ける。
正田、いきなり川口の手を払いのける。
ダンゴムシが地面に落ちる。
川口「え。何すんの」
川口、フェンス越しに正田に詰め寄る。
江藤、咄嗟に川口を羽交い締めにし、
江藤「(正田へ)逃げろ! 殺されるぞ!」
川口、仲間1、仲間2に囲まれる江藤。
正田、呆然と立ち尽くす。
江藤「いいから逃げろ!」
正田、走り出す。
○正田家・正田の部屋(夜)
正田、勉強机に座ってスマホを見ている。
画面に江藤からのLINEメッセージ。
「今日はごめん。騒ぎが学校にバレて退学になるっぽい。今までありがとう」
正田「…」
○同・リビング
正田と正田の母あいり(49)、食卓で食べている。
正田、浮かない顔でカブト虫の素揚げをかじっている。
あいり、カレーを食べながら、
あいり「なんや。どしたんや?」
正田「え」
あいり「え、やない。さっきからしみったれた顔しよって」
正田「…」
あいり「お母さんに話さんかい」
× × ×
あいり「なるほどな。カブト虫食うんは考えられへん、か。確かに、その子、あんたにひどいこというとるわ」
正田「…」
あいり「お母さんもな、昔、こんなことがあった」
正田「…?」
○あいりの部屋(回想)
あいの(8)、あいり(8)をはじめ、少女たちがテーブルを囲んでいる。
テーブルの上に山盛りの赤飯。
赤飯にろうそくが刺さっている。
あいの「(見て)考えられへん!」
あいり、ふいに涙を流す。
○(戻って)正田家・リビング
あいり「そんとき、お母さん、えらい傷ついたけど、けどな、その子だって、悪気があったわけやないと思うねん」
正田「…」
あいり「…きっとその子にとっては誕生日といえばケーキやねん。ただそれだけの話で、他に意味なんかあらへん。だってな、友達なら、食べもんの違いくらいで嫌いにならへんと思う…」
正田「…」
あいり「結局、二人とも幼かったからそれっきり、あの子とは仲違いしてもうたけど、あんたはもう高校生なんや。あん時のあたしと同じ問題に直面してるいうなら、なんとか乗り越えてほしいなあ」
○江藤家・玄関(数日後・朝)
江藤、靴を履いている。
あいの、後ろに立っている。
江藤「…いってきます」
あいの、心配そうに見送る。
○清濁高校・職員室(翌日)
江藤と石毛、座っている。
石毛「停学中に問題行動を起こしたことを理由に退学処分とする。反論があれば受け付ける。何かいいたいことはあるか?」
江藤「…ありません」
○同・1年A組教室
江藤、石毛に連れられて入ってくる。
一同、江藤に視線をやる。
江藤、正田と目が合う。
江藤、寂しげに目を逸らす。
江藤、ロッカーの荷物をカバンに詰めはじめる。
江藤、荷物を詰め終わると、
石毛「…江藤、いくぞ」
石毛と江藤、教室を出ようとする。
声「待ってください!」
石毛、江藤、足を止める。
振り向くと、正田が立っている。
石毛「正田。なんだ?」
正田、江藤をじっと見つめ、
正田「江藤、君はあのとき、昆虫を食べることは考えられない、といった。もし、昆虫を食べるわけを明かすことで、君と俺の仲を阻ぶものがほんの少しでもなくなるのなら、俺はその理由を君に話すことを惜しまない」
石毛「正田、無理しなくていい」
正田「先生、少しだけ俺に時間をください」
石毛、渋々黙る。
正田「江藤、友達として君の質問に答えよう。俺が昆虫を食べる理由は…」
○(回想)山の風景
テロップ「日本 信州」
美しい山々が広がっている。
正田M「古くから昆虫食が根付いた街で俺は生まれた」
○正田の実家・居間
正田(7)、祖父、祖母、母あいり(39)と食卓を囲んでいる。
食卓の上には、いなごの佃煮、ざざむしの佃煮、蜂の子入りの炊き込みご飯。
正田、炊き込みご飯をかき込む。
正田、幸せそうな顔。
正田M「家族はみんな昆虫食だったから、俺の中ではそれが当たり前だった」
○同・縁側
正田、カブト虫の素揚げを食べている。
祖父、隣でニコニコ見ている。
祖父「うまいか?」
正田「一番好き!」
祖父「そうか。将太は通だな」
○小学校・教室
給食の時間。
正田、豚の生姜焼きを残している。
正田M「昆虫が大好物だった反面、他の食べ物は苦手だった」
教師、正田のもとへやってくる。
教師「食べられないの?」
正田「…」
教師「正田くん。お肉を食べるってことは動物の命をいただくってことなの。だから粗末にしてはだめ。頑張れるかな?」
正田、苦しそうに生姜焼きを食べる。
○正田の実家・子供部屋(朝)
正田、布団の中でぐずっている。
あいり、手をこまねいて見ている。
祖父、やってくる。
祖父「どうした?」
あいり「給食を残して叱られるのがいやだから、学校、いきたくないって」
祖父「そんなことか。給食など食べたくないなら食べなきゃいい。弁当を作ってもっていかせなさい」
あいり「でもお父さん…」
祖父「いいから」
あいり、去る、
祖父、正田のもとへいく。
祖父「(優しく)将太、食用肉の可食部が何パーセントあるか知ってるか?」
正田「…?」
祖父「約50パーセントだ。つまり、一頭の牛や豚の食べられる部分は全体の半分で、残りの半分は捨てることになる」
正田「…」
祖父「お残しは許しません、というが、俺からすれば肉を出す時点で違う。仮に全部たいらげたところで50点しか取れないのだから。それが肉だ」
正田「…」
祖父「将太。その点で昆虫の可食部はどうだ?」
正田「…100パーセント」
祖父「そうだ。仮に半分残しても50点。それが昆虫だ。将太。50点を満点だと思いこんでる、そんなくだらない教師の言葉に耳を傾けるのはよせ。さあ、将太、起きろ。涙を拭いて学校の支度だ。俺たちは100点を取りにいくぞ!」
正田、勢いよく起きあがり、
正田「はい!」
○(戻って)教室
正田と江藤、見つめ合っている。
正田「チンケな50点に興味がない。江藤。それが、俺が昆虫を食べる理由だ」
江藤「…正田」
石毛、二人を見て、
石毛「気が済んだか。さ、江藤(と促す)」
正田「先生、まだ続きがあります」
石毛「…」
正田「今、俺はこうして自分のマイノリティについて包み隠さず話した。理由を話すことで分かりあえることもあると思ったからだ。そこで野村、君に聞きたい。君はなぜ全裸なんだ?」
野村、怪訝な顔で正田を見る。
石毛「何を聞いてる?」
正田、じっと野村を見据えている。
石毛「正田! 校則違反だぞ! 退学になりたいのか?!」
正田「構いません」
石毛「何だと?」
正田「大切な友達がこの教室から出ていくのなら、俺も一緒に出ていきます」
江藤「(声を震わせ)…正田」
野村、立ち上がる。
野村「(正田の意図を察し)正田、君の友達として答えよう。俺がヌーディストである理由は…」
○海の風景(回想)
テロップ「フランス オクシタニ地方」
眩しい太陽に照らされた青々とした海。
野村M「ヌーディスト文化が根付いた街で俺は生まれた」
石毛の声「答えなくていい!」
○ヌーディストビーチ
祖父、祖母、父、母、野村(7)、全裸で寝そべっている。
野村M「家族はみんなヌーディストだったから、俺の中ではそれが」
石毛の声「(遮って)答えなくていい!」
○野村の実家・リビング
野村M「俺は祖父の姿を見て、ヌーディストのすばらしさを知った」
老人たちが集まっている。
祖父のみ全裸。
皺だらけの老人の中で、祖父のみ、肌がツヤツヤで若々しい。
野村M「全裸はストレスフリーでさいこーに健康的なんだ」
○同・同
野村M「ヌーディストとして生きようと決めたのは、たまたま耳にした母の言葉だ」
ママ友と全裸の母、話している。
野村、隣でお菓子を食べている。
ママ友「ねえ。家事やら育児でさ、自分の時間、全然なくない?」
母「そう? 私は毎日一時間あるよ」
ママ友「がちで?」
母「うん。うちは洗濯物がないから。主婦が毎日の洗濯に費やす一時間。その一時間を自分のために使えるの」
野村「…」
○(戻って)教室
野村と正田、見つめ合っている。
野村「愛する母親に毎日一時間をプレゼントする。俺がヌーディストの理由はそれだ」
正田「(微笑む)」
野村、涼しい笑みを浮かべ、
野村「(あゆみへ)佐々岡。君に聞きたい。君はなぜリーゼントで、学ランなんだ?」
石毛「やめろ!」
あゆみ、ぶっきらぼうに立つ。
あゆみ「しゃーねえ。友達のよしみで答えてやるか。俺がリーゼントで学ランなのは…」
× × ×
小早川「私がスカートをはく理由は…」
× × ×
衣笠「そうだな…僕がこの歳で高校に通う理由は」
× × ×
女子生徒「…それが、私が多目的トイレでセックスをする理由です」
女子生徒、座る。
江藤、呆然と立ち尽くし、
江藤「(生徒らを見つめ)みんな…」
石毛、顔を真っ赤にしている。
石毛「お前たちの考えはよくわかった。このことは職員会議にかける。全員覚悟しとけ!」
と、ドアが開く。
北別府の母有紗、入ってくる。
有紗「待ってください!」
江藤「…?」
石毛「なんであなたが…」
有紗、生徒らを見渡し、
有紗「はじめまして。翔馬の母です」
有紗、カバンから一枚の写真を取り出す。
有紗、写真を生徒らへ見せる。
写真には笑顔の少年が映っている。
有紗「息子の翔馬です…息子は…もうこの世にはいません」
江藤「…」
有紗「この学校に息子を入れてもらったのは、ひとえに私のわがままなんです」
○(回想)某高校・校門
テロップ「日本 神戸市」
○同・調理室
生徒1、生徒2、生徒3、生徒4の四人、北別府を取り囲んでいる。
テーブルの上にカレーライス。
生徒2、ハバネロパウダーの瓶を取り出す。
生徒2、瓶一本丸ごとカレーにふりかける。
生徒3、それをスプーンでぐちゃぐちゃに混ぜる。
生徒1「(カレーを見て)ゴミ別府。食べな」
北別府、怯えている。
生徒2「おい。クズ別府。食えっていってんだろ」
生徒2、北別府を羽交い締めにする。
生徒3、スプーンで激辛カレーを掬い、北別府の口に押し込む。
北別府、苦悶の表情をする。
北別府のリアクションを見て、笑う生徒1ら。
生徒1「辛いか? 水飲ませてやる」
生徒1、生徒4に目配せする。
生徒4、にやり。
生徒4、サラダドレッシングを紙コップに注ぐ。
生徒、紙コップを北別府に差しだし、
生徒4「ほら」
北別府、一気に飲む。
北別府、ドレッシングを吐き出す。
吐き出したドレッシングが生徒3にかかる。
生徒3「汚えな!」
生徒3、北別府の尻を蹴り飛ばす。
北別府「(悲鳴)」
生徒1ら、馬鹿笑いをする。
有紗M「息子は学校で激しいイジメにあって、自ら命を絶ちました」
○同・教室
生徒1、生徒2、生徒3、生徒4の四人、北別府を取り囲んでいる。
生徒2、北別府にプロレス技をかけている。
近くに石油ストーブ。
その上に薬缶。
生徒1、熱々の薬缶を見て、
生徒1「薬缶があるからやばいって。もし薬缶が顔に当たったらやばいって」
生徒3「(察して、にやり)」
生徒2、3、4、無理やり北別府を薬缶の前まで連れてくる。
北別府の顔を抑え、薬缶へ押しつける。
北別府の顔、薬缶に触れ、
北別府「(悲鳴)」
○北別府の部屋
有紗、憔悴した顔で立っている。
机の上に遺書。
有紗、遺書を手にする。
遺書に以下の文章。
「お母さん、僕を生んでくれてありがとう。ごめんなさい。天国で見守っています」
有紗、泣き崩れる。
○(戻って)教室
生徒ら、静まり返っている。
有紗「…あの子は高校生活を楽しみにしていました。だから、もう一度あの子に高校生活を送ってほしくて、私が先生方に無理をいって息子をこの高校に入れてもらいました」
江藤「…」
有紗「でも、私のわがままのせいでみなさんに迷惑をかけてしまったみたい。本当にごめんなさい」
有紗、深く頭を下げる。
有紗「(石毛へ)先生、どうかこの子たちを許してやっていただけないでしょうか。教室を出ていくのは、私と、息子だけで十分です」
石毛「…」
有紗、出ていこうとする。
声「北別府くん!」
有紗、はっとして立ち止まる。
有紗、振り返る。
江藤、涙を浮かべて立っている。
江藤「北別府くん! もうイジメないから…出ていかないで!」
有紗「…」
江藤「先生…俺…学校を辞めたくない…北別府くんと…みんなと一緒に…この学校を卒業したいです…」
江藤の目から涙がこぼれ落ちる。
有紗、もらい泣きをする。
石毛、しかたなく笑う。
正田、微笑む。
○同・同(後日)
江藤、正田、野村、北別府の四人、ジャンケンをしている。
野村「じゃんけんポン!」
正田「あいこでポン!」
野村「また北別府の勝ちかよ!」
正田「北別府の10連勝か」
野村「ほらよ」
野村、北別府の机に飴玉をおく。
江藤M「あれから一ヶ月。北別府くんはすっかりクラスに馴染んだ」
○同・美術室
生徒たち、二人一組になり、一人がモデル役をし、もう一人が絵を描いている。
江藤のモデル役は野村。
江藤、野村の局部をキャンバスに描いている。
江藤M「相変わらず険しい道を歩いてるけど、俺たちは乗り越えたものが違う」
美術室の壁に北別府をモデルにして描いた江藤の絵が貼られている。
○同・教室
正田、カブトムシの素揚げをがっついている。
ツノをしゃぶるチュパ音が室内に響く。
野村、全裸でやってきて、
野村「正田。早弁かよ」
正田「今日、転校生くるらしいぞ」
野村「またか?」
正田「どんな奴だと思う?」
江藤M「…どんな奴がきても大丈夫」
担任の石毛、入ってくる。
後ろから、ナチスの制服を着たアドルフヒトラー(40)が入ってくる。
一同、あ然とする。
石毛「転校生のアドルフだ。自己紹介頼む」
アドルフ、ナチス式敬礼をし、
アドルフ「(叫ぶ)アイルヒットラー!」
江藤、胸がざわめく。
江藤、動揺しながらキョロキョロと周りの生徒たちの反応を伺う。
声「アドルフくん、よろしくぅ!」
江藤、はっとして声のほうを振り返る。
全裸の野村、堂々たる笑顔で教壇のほうを見ている。
江藤「…」
声「アドルフくん、よろしくぅ!」
江藤、声のほうを見ると、あゆみの笑顔。
声「アドルフくん! よろしくぅ!」
江藤、見ると、正田の笑顔。
生徒たちから次々と声があがる。
江藤「…」
江藤、パニクりながら、
江藤(負けじと)ア、アドルフくん! よ、よろしくぅ!」
江藤M「そう。このクラスなら、きっと大丈夫」
(おわり)
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