人物
桃太郎(0)(10)(15)
おじいさん(60)
おばあさん(60)(70)(75)
鬼1、鬼2、鬼3
村人1、2
桃太郎の家来たち
八咫鴉
脚本
○家・外
茅葺き屋根の家。
N(ナレーション)「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」
○里山
籠を背負ったおじいさん(60)、鎌で木の枝を切っている。
N「おじいさんが山で柴刈りをしていると…」
何やら大きな音。
坂の上から巨大な桃がゴロンブラコゴロンブラコとおじいさんめがけて猛スピードで転がってくる。
おじいさん「!!」
○河原
おばあさん(60)、川の水で洗濯物を洗っている。
川上からおじいさんの死体が流れてくる。
○家・庭
巨大な桃が置かれている。
包丁を握りしめたおばあさん、桃と対峙している。
○同・中(回想)
おばあさん、おじいさんの亡骸にしがみつき、泣き崩れている。
村人1、2、やってくる。
村人1、2、運んできた大きな桃を家の戸の前に置く。
おばあさん「…?」
村人1「どうやら桃に轢かれたようですわ」
○(戻って)同・庭
おばあさん、包丁を突き上げ、
おばあさん「(声を震わせ)おじいさんの仇!」
ぐさっ! ぐさっ!
おばあさん、桃を抉るように何度も刺す。
と、何か異変に気づく。
おばあさん、素早く包丁で桃の果肉を抉り出していく。
床に散らばる果肉の塊。
おばあさん、包丁を放り投げ、両手で果肉をこじ開ける。
おばあさん「(はっと息を呑む)」
桃の中から赤ん坊が姿を現す。
○同・中
N「桃から生まれた男の子は桃太郎と名付けられました」
おばあさん、囲炉裏の前に座り、胸に抱いた桃太郎(0)をあやしている。
おばあさん「坊やはおじいさんの生まれ変わりじゃ」
桃太郎、にこにこ笑っている。
N「桃太郎はおばあさんに可愛がられ、元気に育っていきました」
○同・庭(10年後)
日差しがカンカンと照りつけている。
桃太郎(10)、薪割りをしている。
桃太郎、汗を拭い、斧を勢いよく振り下ろす。
見事に真っ二つに薪が割れる。
おばあさん(70)、やってくる。
おばあさん「桃太郎や。もうよい。少し休んどくれ」
× × ×
桃太郎とおばあさん、縁側に座って饅頭を食べている。
桃太郎「おばあさん」
おばあさん「なんだい。桃太郎」
桃太郎「おじいさんはなぜ亡くなったのですか?」
おばあさん、ぎくりとする。
おばあさん「…桃太郎や。なぜそんなことを聞くのじゃ?」
桃太郎「村の者が私にいったのです。おじいさんの命と引き替えに私は桃から生まれたのだと」
おばあさん「(慌てて)む、村の者のいうことなど聞かなくてもよい」
桃太郎「はあ」
おばあさん「鬼の仕業じゃ」
桃太郎「鬼?」
おばあさん「鬼ヶ島には人間を殺して金銀財宝を奪い取る恐ろしい鬼がいる。おじいさんはその鬼に殺されてしまったんじゃ」
桃太郎、その言葉を聞き、
桃太郎「(じっと考え込む)…」
○同・外(5年後・朝)
陣羽織姿の桃太郎(15)、鉢巻きを締めている。
おばあさん(75)、そわそわした様子で桃太郎を見ながら、
おばあさん「桃太郎や。どうしてもいくというのか?」
桃太郎「はい。いってまいります」
桃太郎、腰に差した刀を握り締め、凛とした眼差しを浮かべる。
その背中で「日本一」と印された旗がゆらめいている。
おばあさん「(哀願して)桃太郎や」
桃太郎「はい。何でしょう」
おばあさん「あんたはおじいさんの仇を取るという。じゃが、私は仇なんかどうでもよい。お願いじゃ。私のそばを離れんでおくれ」
桃太郎「ですが、おばあさん。このままではいつまた村の者が鬼に襲われるかわかりません。私はその危険を取り除かなくてはならないのです」
おばあさん「…」
桃太郎「おばあさん。どうか心配しないでください。必ず鬼を倒して無事おばあさんのもとへ戻ってまいります」
おばあさん「(諦めて)…そうかい。どうしてもいくというなら、これをもっておいき」
おばあさん、巾着袋を差し出す。
桃太郎「…?」
おばあさん「きびだんごじゃ。食べると力がつく」
桃太郎、巾着袋を受け取り、腰に巻きつける。
桃太郎「では、いってまいります」
○道
N「(バニラカーの歌)♪V・A・N・I・L・A バニラ V・A・N・I・L・A バニラ」
桃太郎、のしのしと歩いている。
N「♪バーニラバニラバーニラ 求人
バーニラバニラ 高収入」
犬、道ばたで桃太郎を見ている。
N「♪バーニラバニラバーニラ 求人
バーニラバニラできびだんご」
× × ×
桃太郎、犬を従えて歩いている。
N「♪バーニラバニラバーニラ 求人
バーニラバニラ 高収入」
猿、道ばたで桃太郎一行を眺めている。
N「♪バーニラバニラバーニラ 求人
バーニラバニラできびだんご」
× × ×
桃太郎、犬と猿を従えて歩いている。
N「♪バーニラバニラバーニラ 求人
バーニラバニラ 高収入」
雉、小枝にとまって桃太郎一行を眺めている。
N「♪バーニラバニラバーニラ 求人
バーニラバニラできびだんご」
○ポスター
泣いた子鬼のイラスト。
以下の文が添えられている。
「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」
○鬼ヶ島・全景(数日後・夜)
絶海の孤島。
○同・砦の中
鬼たち、恐怖の大王だ! 逃げろ! などと悲鳴をあげながら逃げ惑っている。
鬼1、呆然と立ち尽くしている。
その手には芥川竜之介作「桃太郎」の文庫本が握りしめられている。
鬼1「(震える声で)人間の赤子を宿した常世の桃の木がその実を落としたとき、恐怖の大王が鬼ヶ島全土を襲うだろう…ああ! 芥川竜之介の予言は本当だったのだ!」
○同・岸
一艘の舟が岸壁につけられている。
舟から降りる桃太郎と犬猿雉。
そして熊。
○同・砦の中
荒ぶる熊。
鬼たちの死体が散乱し、一面血の海と化している。
× × ×
鬼2、幼い息子を抱きかかえ、必死に逃げている。
と正面に桃太郎と犬猿雉の姿。
背後には荒れ狂う熊。
鬼2、きょろきょろと辺りを見回し、岩壁にできた隙間を見つける。
鬼2、息子を床におろすと、
鬼2「隠れてろ」
息子、じっと鬼2を見つめる。
鬼2「早くしろ」
息子、いわれるがまま岩壁の隙間に潜り込み、身を隠す。
桃太郎ら、鬼2の姿を捉える。
桃太郎、やってきて、鬼2と対峙する。
鬼2「お、お願いです。どうか命だけは…」
桃太郎「やれ」
犬、鬼2に飛びつき、胸に噛みつく。
鬼2、肉がちぎれる。
鬼2「(絶叫する)」
猿、鋭い爪で鬼2の体を引っ掻く。
鬼2の体から血が吹き出る。
雉、鬼2の目玉を啄む。
鬼2の眼球がくり抜かれ、鬼2の息子の前へと転がっていく。
呆然とする息子。
直後、熊の獰猛な鳴き声と鬼2の断末魔が響く。
× × ×
桃太郎一行、金銀財宝を荷車に積んでいる。
声「桃太郎!」
桃太郎、振り返る。
鬼3、血まみれで立っている。
鬼3「見たぞ…桃太郎…」
桃太郎「…?」
鬼3、手鏡を持っている。
鬼3「(手鏡を見せつけ)これはあらゆる過去を見通すことができる玻璃の鏡。…桃太郎。この中にお前のすべてが映っているぞ」
桃太郎「鬼め。何が映っているというのだ?」
鬼3「お前は生まれ落ちたときから咎人であり、破滅を遂げているのだ。桃太郎よ! お前の呪われた出自をその目でしかと確かめるがいい!(高笑いをする)」
桃太郎「ほざけ!」
桃太郎、刀を抜いて鬼3に向かっていく。
桃太郎、鬼3に一太刀浴びせる。
○海
水飛沫が激しく舞い上がる。
桃太郎一行が乗った舟が荒波に浮かんでいる。
舟には金銀財宝が積まれている。
桃太郎、達成感に満ちた顔。
○おばあさんの家・外(数日後・朝)
朝日が燦々と降り注いでいる。
籠を背負ったおばあさん、戸から出てくる。
おばあさん、はたと立ち止まる。
道の向こうから桃太郎が宝を積んだ荷車を引いて歩いてくる。
おばあさん「(思わず叫ぶ)桃太郎!」
桃太郎、無邪気な笑顔を浮かべる。
○村の集会所(夜)
村の者たち、宝の山を前にして宴をしている。
桃太郎、肉に魚にと豪勢な料理にありついている。
○フラッシュバック
鬼3「桃太郎よ! お前の呪われた出自をその目でしかと確かめるがいい!」
○(戻って)集会所
桃太郎「…」
桃太郎、おもむろに立ち上がる。
桃太郎、宝の前に向かう。
桃太郎、浄玻璃の鏡を手にする。
○里山(15年前)
籠を背負ったおじいさん、鎌で木の枝を切っている。
と坂の上から巨大な桃がおじいさんめがけて猛スピードで転がってくる。
おじいさん「!!」
○(戻って)集会所の外
桃太郎、青ざめた顔で浄玻璃の鏡を見つめている。
鏡の中からおじいさんの断末魔。
おじいさんの声「うわああああああああああああ!!!」
声「こんなところで何をしとるんじゃ」
桃太郎、振り返る。
おばあさんが立っている。
おじいさんの声「う、う、うわああああ! …う、う、う、う、う、うわああああ!」
桃太郎、鏡に映る光景をおばあさんに見せ、
桃太郎「…おばあさん、これはいったいどういうことです?」
おばあさん「…」
桃太郎「私が…おじいさんを殺したのですか?」
おばあさん「違う! 事故じゃ。あんたは何も悪くない。おじいさんが死んだのは事故だったんじゃ」
桃太郎、少し考えて、
桃太郎「それでは、鬼というのはいったい何者なのでしょう。鬼はおじいさんを襲っていないのですか?」
おばあさん、押し黙る。
○鬼ヶ島・砦の中(回想)
鬼たち、宴を楽しんでいる。
× × ×
鬼1、子供の鬼たちに話を聞かせている。
鬼1「よいか。人間というのは、理由なく我々を目の敵にし、その上、嘘つきで、強欲で、残忍で、実に恐ろしい生き物なのだ。決して近づいてはならん」
× × ×
鬼1と鬼3、デスクワークしている。
鬼3「(鬼1へ)先生。どうです? このあと一杯」
鬼1「いいですな」
× × ×
鬼2、息子を肩車している。
息子、無邪気に笑っている。
○(戻って)集会所の外
鏡には鬼たちの平和な暮らしが映し出されている。
桃太郎「(慄く)鬼は…鬼はほんとうに悪者なのですか? おばあさん!」
おばあさん、堪らなくなり、桃太郎から鏡を取り上げる。
おばあさん、鏡を地面に叩きつける。
鏡が粉々に割れる。
おばあさん「桃太郎や。年寄りを困らせないでおくれ。こんなことは忘れて、明日からまた元の暮らしを始めるんじゃ。な。そうしておくれ」
桃太郎「…」
○おばあさんの家・桃太郎の部屋
桃太郎、胡座をかき、青ざめた顔で芥川竜之介作「桃太郎」の文庫本を見ている。
桃太郎「(読みあげる)一万年に一度結んだ実は一千年の間は地へ落ちない。しかしある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉になり…」
○山頂(15年前)
天上から地上へ根を下ろす巨大な桃の木。
枝にたくさんの桃の実がなっている。
八咫鴉、天上から現れ、枝にとまる。
八咫鴉、まだ熟れきらない桃の実を啄む。
桃の実、枝から落ち、山麓へ転がっていく。
八咫鴉、奇声に似た鳴き声をあげながら、天上へ舞い戻ってゆく。
○(戻って)桃太郎の部屋
桃太郎、文庫本を閉じ、
桃太郎「(愕然として)それでは…神の気まぐれによって、私は呪われた生を授かり、無辜の民を虐殺したというのか」
○同・外
静寂が包み込んでいる。
○同・おばあさんの部屋の前
桃太郎、ふすまをそっと開ける。
おばあさん、布団で眠っている。
桃太郎「(寂しげに)おばあさん…どうかお元気で…」
○同・庭
陣羽織姿の桃太郎、山の頂を挑むように見上げ、きつく鉢巻きを締める。
バニラカーの曲が流れて…
(おわり)
コメント
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。