沢太郎の春 コメディ

引きこもり生活を送っていたイラストレーターが10年ぶりに外へ出て、ずっと描き続けていた初恋の女性に出会う。
春ノ月 22 0 0 08/16
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第一稿

○ 沢太郎の家・外観
二階建ての一軒家。
一階は改築された様でお洒落なパン屋となっている。
店の入り口には「Green」と書かれた看板。店の名前の通り観葉植物が所々飾り付けら ...続きを読む
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○ 沢太郎の家・外観
二階建ての一軒家。
一階は改築された様でお洒落なパン屋となっている。
店の入り口には「Green」と書かれた看板。店の名前の通り観葉植物が所々飾り付けられている。

○ 同・パン屋・店内
店内はウッド調の作りで、並べられたパンの合間に観葉植物が置かれている。
カレーパンの紹介文が書かれたポップを飾りつける緑川亜子(45)。どこか嬉しそうである。
奥の厨房から緑川正秋(47)が出来立てのクロワッサンを持ってくる。
正秋「(嬉しそうに)アッコちゃん」
  とクロワッサンを専用の皿の上に置いていく。
  亜子、正秋の肩に手をかけ、
亜子「(嬉しそうに)すご〜い。いい香り」
正秋「粉砂糖多めに振るってみたんだ〜」
亜子「へえ〜美味しそ〜」
  といかにも仲睦まじい夫婦の様。
  入り口の鈴が鳴る。
  紙袋を持って店内に入ってきた相馬貫太(25)。
亜子「相馬くん。いらっしゃい」
相馬「ども。(紙袋を上げ)これ沢太郎に」
亜子「いつもごめんね。ちょっと待って。沢太郎〜」
  と厨房の中に下がる。

○ 同・厨房
厨房を通る亜子。厨房は居住スペースに繋がる通路となっている。

○ 同・リビング
小さなリビング。テレビの周りにはギッシリと映画のDVDが並べられている。
リビングには2階に繋がる階段があり。
亜子、階段の下に来て、
亜子「沢太郎〜っ。相馬くんが来てるわよ〜」
  と壁を叩く。
  遅れて正秋と相馬が来て、
相馬「お母さん大丈夫ですよ。どうせメールが来ますから」
  とすぐにメールの受信音。
  「ホラ」と顔を見合わせる。
  スマホを取り出して見る。
  画面には『用があるならメールで』と書かれている。
相馬「とりあえずこれだけ渡しといて下さい」
  と紙袋を亜子に渡す。
亜子「ありがとね」
正秋「これで出て来てくれたら良いんだけどなあ」
相馬「じゃあ俺はこれで」
  と頭を下げる。
亜子「良かったらパン食べてく?」
  と笑顔。

○ 同・沢太郎の部屋
  部屋のあちこちに綺麗な女性の絵が飾られている。全て同じ女性である。
  緑川沢太郎(25)がタブレットでイラストを描いている手元。
  本棚には沢山のフィギュアが並べられている。
  デスクの上には『北野修一』の小説が数冊並べられている。その表紙は部屋
  に飾られている女性と酷似。
  描き終わり、黒縁メガネをクイッと上げ満足げな沢太郎。パジャマ姿であ
  る。
沢太郎「出来た」
  プリンターから出力される一枚の絵。
  この絵も同じ女性だが裸体。
  ニヤニヤしながらその絵を見ているとパソコンからメールの受信音。
沢太郎「?」
  メールを開く。
  件名には『北野修一先生の表紙デザインの件』。クリックすると長文のメー
  ル。
沢太郎「……」
  沢太郎、見る素振りもなくキーボードを叩いていく。
  返信画面には『今は休暇中です』との文字。クリックして送信。
沢太郎「(ヨシ)」
  と頷く。すると扉を叩く音。
沢太郎「?」
  裸体の女性の絵を机の引き出しに仕舞っ
  てドアの前に向かう。
  ドアには更に小さな鍵付きの扉が付いて
  いる。
沢太郎「何? 昼ご飯?」
亜子の声「相馬くんが来てくれたのよ」
沢太郎「知ってるよ」
  と小さな扉を開ける。
  するとその扉から紙袋が出てくる。
  沢太郎、受け取って中を開ける。
沢太郎「(中見て)?」
亜子の声「相馬君から預かったの。これが最後のプレゼントだって」
沢太郎「最後?」
  沢太郎、袋の中からフィギュアの箱を取り出す。
  バッドマンに出るジョーカーのフィギュアである。
沢太郎「アーカムナイトのジョーカーじゃん」
  と本棚の前に行く。
  並べられたフィギュアを見て、
沢太郎「バッドマンのバトルダメージモデルが足りないじゃないか」
亜子の声「足りてないフィギュアは浜ノ町商店街のショップに売ってるって」
  沢太郎、ドアの側に戻って、
沢太郎「買ってきてよ。お金はやるから」

○ 同・同・前
  ドアの前に立つ亜子。
亜子「嫌よ。欲しいものは自分の足を使って手に入れなさい」

○ 同・沢太郎の部屋
  沢太郎、バカにして、
沢太郎「そうやって俺を外に出そうって手だろ。引きこもり歴10年の俺を侮られちゃ困るぜ」
  と椅子に座ってパソコンを扱い出す。
沢太郎「ポチれば明日にでも手に入るんだよ。現代のネット流通を甘く見るなよ」
  亜子、ドアの小さな扉から顔を覗かせて、
亜子「そのショップに売ってるのはクリスチャンベイルのサイン入りらしいわよ」
沢太郎「(驚いて)クリスチャンベイル?」
亜子「そこの主人も沢太郎が出てくるなら売ってもいいって」
沢太郎「(迷って)……い、いくら?」
亜子「3万」
沢太郎「3万……3万は高いな」
亜子「下に降りてきてウチの手伝いでもしなさいよ。時給600円。週末はプラス50円。厨房なら沢太郎が苦手な人間関係も気にしなくていいのよ」
沢太郎「安すぎだろ。それにここから出なければ人間関係なんて必要ないんだよ」
亜子「そんな事言ってるからいつまで経っても彼女出来ないのよ」
沢太郎「か、彼女? そんなの全然興味ないし」
亜子「(部屋中の絵を見て)そうは思えないけど」
沢太郎「覗くなっ」
  と小さな扉をパタンと閉める。
  沢太郎、はあ、とため息。
  パソコンの前に座りメールを開く。
  件名『北野修一先生の表紙デザインの件』のメール。
  沢太郎、返信文を入力。返信文は『ギャラ3万で描きます』。

○ タイトル
「沢太郎の春」

○ 沢太郎の家・パン屋・店内
  パンを袋に詰めている亜子。
  入り口から鈴の音。
亜子「いらっしゃい」
  相馬が店内に入ってくる。
相馬「ども」
亜子「相馬君。(厨房に向かって)お父さ〜ん。沢太郎呼んで〜」
  正秋、厨房から顔を出し、
正秋「は〜い」
  「沢太郎〜」と叫びながら奥に消える。
亜子「本当に良かった。相馬君のおかげね」
相馬「今日やっと封印が解かれます」
亜子「沢太郎が外に出るっていうからお父さんと一緒に新宿まで服を買いに行ったのよ」
相馬「あいつ、いっつもパジャマですもんね」
正秋「お待たせ〜」
  と正秋が厨房から出てくる。不安げな表
  情の沢太郎が遅れて現れる。
  その姿は西部劇のガンマンの様な格好で
  ある。
相馬「何だその格好」
沢太郎「やっぱそうだよな。可笑しいよな!?」
亜子「格好いいじゃない。ねえ、お父さん」
正秋「夕陽のガンマンに出るクリントイーストウッドみたいだろ? (早撃ちのマネをして)バーン」
沢太郎「あんたらの趣味を俺に押し付けるなよ」
亜子「いいじゃない。昔、デートに行く時はお父さんこの格好だったのよ」
相馬「お父さん、趣味悪いなあ」
正秋「これでも昔はモテてたんだぜ」
  亜子、正秋の腕に掴まり、
亜子「今でもイケメン」
正秋「アッコちゃん」
  とイチャつく。
沢太郎「……」
相馬「(気を取り直し)ま、まあ、パジャマよりマシだぜ? なっ?」

○ 同・同・前
パン屋から出てくる沢太郎と相馬。
相馬「(亜子達に)行ってきます」
沢太郎「うわっ、太陽が眩しい」
相馬「どうだ。地上の光は。LEDと違うだろ」
沢太郎「これ一体何ルーメンだよ」
  とハットのツバで目元に影を作る。
  トボトボと歩く二人。
  亜子と正秋も出てきて、
亜子「頑張って来てね〜」
  と手を振る。

○ バス停
  バスを待つ沢太郎と相馬。
  周りの人たちが沢太郎をジロジロと見ている。
  顔を伏せる沢太郎。
沢太郎「何か見られてる気がすんだけど」
相馬「転校生が挨拶無しに席に座ってたら、あいつ誰だろうって不思議に見るだろ? 外の地域にもコミュニティがあるって事だ」
沢太郎「挨拶した方がいいのか?」
相馬「例えだよ。(バス見て)来たぞ」
  バスが停まる。乗り込む二人。

○ 走るバス中
  一番後ろの窓側の席に座る沢太郎。その隣に相馬。
  沢太郎、キョロキョロと外の景色を眺める。
沢太郎「あっ、もう駄菓子屋無くなってる。あっ、クリーニング屋も」
相馬「そりゃ、10年も経てば変わるさ。小学校も中学校も建て替えだぜ」
沢太郎「えっ、まじ? 俺の少ない青春が……」
相馬「しょうがねえよ。古いことに執着したって。何でも新しい物に変わっていくんだから」
沢太郎「(悲しい)……」
相馬「ところで3万用意出来たの?」
沢太郎「ああ」
  と内ポケットから『北野修一』の小説を取り出す。
相馬「北野修一の本じゃん」
沢太郎「新作の表紙のデザインしたんだ」
  小説の表紙は綺麗な女性の横顔。
相馬「持ち歩いてるんだ」
沢太郎「お守りみたいなもんさ」
相馬「面白いのか?」
沢太郎「いや、見たことない」
相馬「(驚いて)見たことないの? 表紙描いてんのに?」
沢太郎「出版社からこの絵使わせて欲しいって言われてさ。これしか描けないからどうぞって」
相馬「何でいつもこの女描いてるんだ?」
沢太郎「いや、別に。き、キレイだろ? この子」
  と何かを隠している様。
相馬「まあ、キレイだけどさ」
  バスがバス停に停車する。
  中に入ってくる乗客。
  その中、小説の表紙に描かれた女と酷似した女性、橋本サクラ(25)が乗
  車する。
沢太郎「(気付いて)!」
  サクラ、吊り革に掴まり立っている。
  小説の表紙と見合わせる沢太郎。
沢太郎「(凝視)」
  表紙の女性の横顔。サクラの横顔。
相馬「じゃあ、ちょっと読んでみようかな」
  と小説を取ろうとする。が、沢太郎手を離さない。
相馬「えっえっ? どうした?」
沢太郎「(サクラを見つめたまま)」

○ 別のバス停
  沢太郎を乗せたバスが停車する。

○ 停車したバスの中
  サクラが降りる。
沢太郎「あっ」
  沢太郎も立ち上がって降りようとする。
相馬「おい、降りるのはまだ先だぞ」
沢太郎「ここでいいから降りようっ」
相馬「ここから歩いたら1時間掛かるって」
  と小競り合い。
バスの運転手「(マイクで)お客様下車されますか〜?」
  沢太郎、相馬同時に、
相馬「しません!」
沢太郎「します!」

○ バス停
  降りてくる沢太郎と相馬。
  沢太郎、キョロキョロと周りを見ている。
相馬「何でここで降りるんだよ!」
沢太郎「(サクラ見つけ)あっ、いた」
  沢太郎、サクラの後をつける。
相馬「おい! 逆方向だぞ!」

○ 歩道
  サクラ、散歩でもする様なゆったりとした足取り。
  その後方、物陰に隠れながら進む沢太郎。
相馬「沢太郎、待てって。何してんだよ」
沢太郎「(サクラを見つめる)……」
相馬「?」
  沢太郎の視線の先を追うとサクラの後ろ姿。
相馬「もしかして……ストーキングしてる?」
沢太郎「人聞き悪いな。興味本位で付いていってるだけだ」
相馬「人はそれをストーキングって言うんだ」
沢太郎「曲がったぞ」
  と歩を進める。嫌嫌付いていく相馬。

○ 公園
  ベンチに座っているサクラ。スマホを扱っている。

○ 同・木の陰
  木の陰からしゃがんでサクラを見ている沢太郎と相馬。
相馬「知り合い?」
沢太郎「全然」
相馬「でもどこかで見たな」
沢太郎「これだろ」
  と小説を内ポケットから取り出す。
相馬「あ〜。瓜二つだな」
  沢太郎、小説を直し、
沢太郎「こんな昼間に何してるんだろ」
相馬「俺たちもな」
  相馬のお腹が鳴る。
相馬「あっごめん、この体勢出るわ」
沢太郎「えっ、ちょっとやめてくれよ」
相馬「そこの便所行ってくるわ」
  と走って行く。
沢太郎「早く戻ってこいよ」
  サクラの監視を続ける沢太郎。
  サクラ、沢太郎の方を見る。
  目が合った気がして、
沢太郎「やべっ」
  と身を隠す。警戒してもう一度サクラを見る。
沢太郎「……」
  サクラは気付いていない様でスマホを扱っている。
  沢太郎、「ふう」と深呼吸。
男の子の声「ねえねえ」
沢太郎「(驚いて)うわっ」
  後ろに小学生くらいの男の子2人と女の子1人が立っている。
男の子「何してんの〜?」
沢太郎「ちょっと邪魔するなよ」
男の子②「ひょっとしてストーカー?」
沢太郎「……ま、まさか。土壌調査だよ。この土が君たちみたいな小さい子に影響がないかってね。へへっ……」
  と土を触る。
男の子「気持ちわる〜い」
女の子「変なかっこ〜う」
沢太郎「うるさいっ。どっか行けっ。しっしっ」
  と手で払う。
  飽きたのか子供たち走り去る。
沢太郎「素直過ぎてグサリとくるな」
  とサクラの監視を続ける。
沢太郎「あれ?」
  サクラの姿が無くなっている。
  探す沢太郎。
沢太郎「どこ行った」
サクラの声「ねえねえ」
沢太郎「(小学生と思い)どっか行けって言ったろ」
サクラの声「何してんの?」
沢太郎「(サクラを探し)土壌調査」
  沢太郎、異変に気付き振り向く。
  そこにはサクラが立っている。
沢太郎「(驚いて)うわっ」
  腰を抜かす沢太郎。
サクラ「土壌調査?」
沢太郎「いやっ、その、土壌調査と言うか」
サクラ「付けてたでしょ?」
沢太郎「はへっ……?」
サクラ「バス降りてから。ずーっと。付けてましたよね?」
沢太郎「えっ、興味ほん……いやっ違います」
サクラ「警察行きましょう」
  と沢太郎の手首を掴む。
沢太郎「ちょっと、勘違いですって」
  相馬がトイレから戻り、
相馬「何してんの?」
沢太郎「助けてくれ。ストーカーと思われてるんだ」
サクラ「知り合いですか?」
相馬「ま、まあそうだけど」
サクラ「この人ストーカーしてたので警察に連れてきます」
相馬「警察!? ちょっと待ってちょっと待って」
  と焦ってサクラの前に立ち、
相馬「こいつ今日やっと10年振り地上に出てきたんです」
サクラ「えっ犯罪者!?」
  怖くなって沢太郎の手を離す。
相馬「いや犯罪者じゃなくて。え〜っと……」
  相馬、沢太郎の内ポケットに手を突っ込む。
沢太郎「おい、何やってんだよ」
  小説を取り出し、
相馬「こいつこれの作者なんです」
  と小説をサクラに見せる。
サクラ「えっ?」
沢太郎「えっ?」
  相馬、小説の表紙に指を差し、
相馬「これの作者です」
サクラ「小説家……?」
相馬「今度、新しい作品でこの表紙に似てる女性を描きたくて。そしたらねえ?」
  と沢太郎を見る。
沢太郎「(顔を伏せつつ)ま、まあすごく似ている女性だから参考になればと……」
  サクラ、表情がキラキラと一変し、
サクラ「私、北野修一先生のファンなんです」
沢太郎「えっ?」
相馬「えっ?」
サクラ「デビュー作の『春になれば』が一番好きなんですよ」
沢太郎「そ、そ、そうなの」
サクラ「あとこの表紙いつも気になってたんですよ。すごく私に似てるなって」
沢太郎「そ、そうだろ? だから取材対象として君を付けてたんだ。人間観察が大好きでね。ハハハっ……」
サクラ「そうだったんですね。じゃあそちらの方は?」
  と相馬を見る。
相馬「俺は……担当編集者です」
サクラ「そうですか。仕事中にすみません」
相馬「いやあ、とんでもない。では、北野先生行きましょうか」
沢太郎「そ、そうだね」
サクラ「私、取材対象なんですよね?」
沢太郎「えっ、まあ……」
サクラ「それじゃあ取材して下さいよ」
  と笑顔。
沢太郎「取材? いや君も忙しいだろうから、だ、大丈夫だよ」
  と逃げようとする。
  すかさず腕を掴んで、
サクラ「今ずっと見てたでしょ? 私暇なんです。北野先生と一緒に居れるならぜひ!」
沢太郎「ええ〜」
  と困惑する沢太郎。

○ 沢太郎の家・リビング(夜)
  沢太郎と亜子、正秋、相馬が鍋を囲んでいる。相馬、肉を口に運んで、
相馬「緑川家の鍋はいつ食べても美味い」
亜子「そうでしょ」
正秋「アッコちゃんのご飯は何でも美味しいんだぞ」
亜子「褒めてくれてありがと」
  一人箸が進まない沢太郎。
沢太郎「……」
亜子「沢太郎、食べなさいよ。今日は10年振りに外に出た記念なのよ」
沢太郎「こんな豪勢にしなくても良かったのに」
正秋「アッコちゃんがわざわざ作ってくれたんだぞ。ホラ、食べろよ」
  気乗りしないまま鍋をつつく沢太郎。
亜子「フィギュア買えたの?」
沢太郎「いや、買えてない」
正秋「なんで?」
沢太郎「まあ……」
  と相馬を見る。
相馬「いやあ、今日色々あったんですよ」
亜子「色々?」
相馬「こいつ、ナンパしたんです」
亜子「ナンパ!?」
正秋「(嬉しそうに)ナンパか!」
沢太郎「ナンパじゃないだろ」
相馬「でもこれの作者ですって嘘ついて気を引いてたじゃんか」
亜子「嘘ついたの!?」
  と呆れる。
沢太郎「あれは相馬が言い出したんだろ」
相馬「俺は表紙に指差して作者って言っただけだから嘘はついてないぞ。沢太郎は北野修一ですって認めたじゃん」
沢太郎「あそこは……ああ言うしかなかっただろ」
正秋「沢太郎。男になったじゃないか」
亜子「(悲しそうに)お父さん、ナンパ肯定するの?」
正秋「いやあ、アッコちゃん一筋だよ」
沢太郎「そのイチャイチャもうやめろっ」
相馬「でも売れっ子作家って良いよなあ。向こうから連絡先を聞かれるんだからなあ」
正秋「連絡先交換したのか?」
沢太郎「まあ、したけどさ……」
亜子「小説家って嘘をつき通すつもり?」
沢太郎「しょうがないだろ。パン屋の息子で引きこもりの絵描きが、売れっ子作家に勝てるわけないんだよ」
亜子「……いずれ苦しむわよ。自分でかけた呪縛に」
沢太郎「……」
  静まる緑川家と相馬。
  悪い空気を断ち切るように、
相馬「メ、メール送った?」
沢太郎「いや、まだ」
相馬「バカっ。こうゆうのは早く送るんだよ」
沢太郎「何て送ったらいいか(わからない)」
正秋「メールはお父さんに任せなさい。アッコちゃんを射止めたのも恋文を3年間送り続けた結果なんだぞ」
相馬「ストーカー気質は遺伝だったんですね」
正秋「今でも文章を全部覚えてるよ。(手紙を朗読する様に)秋風が運んで来た冬の匂いを感じる度に一年前の事をさも昨日の様に思い出します」
沢太郎「思い出さなくていい」
相馬「記憶力すごいっすね」
正秋「ほら。文章を考えてやる。相手の名前は?」
沢太郎「いや、それがまだ」
正秋「名前も知らないのか?」
相馬「まあ、とりあえず今日送ってみろよ」
沢太郎「うん……」

○ 沢太郎の部屋(夜)
  スマホ片手にベッドの上に座っている沢太郎。
  メールの文面を入力している。
  画面には『君に一目惚れしました。良かったら今度ご飯にでも行きません 
  か?』
  と入力されている。
沢太郎「……」
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
亜子「……いずれ苦しむわよ。自分でかけた呪縛に」
  ×     ×     ×
沢太郎「(ハッとして)」
  入力した文面を消す。
沢太郎「(ため息)」
  スマホからメールの受信音。
  画面を見る沢太郎。
沢太郎「(目を大きくして)ええっ」
  画面には『北野先生。今日公園でお会いした橋本です。良かったら今度ご飯でもどうですか?』と可愛い絵文字付きで送られている。
沢太郎「ご飯!?」
  まじまじとメールを見る。  
沢太郎「橋本さんって名前なんだ……」
  ふと、壁に貼られた綺麗な女性の絵を見る。
沢太郎「(意味深な表情)」
  沢太郎、クローゼットを開ける。
  クローゼットの奥からダンボールを取り出す。
  中を開けるとグチャグチャになった女の子の絵。
  どこか部屋中に飾られている女性に似ている。
  その絵は平仮名で落書きされてたり破られていたり。
  悲しそうに見る沢太郎。

○ 同・パン屋(翌日)
中に入ってくる相馬。
相馬「ども」
亜子「いらっしゃい。お父さ〜ん」
  正秋、厨房から顔を出し、
正秋「沢太郎だな。ちょっと待って」
  と奥へ消える。
亜子「今日仕事は?」
相馬「(笑顔で)振り替えてきました」
亜子「……そう。何だか申し訳ないね」
相馬「良いんですよ。だって沢太郎に春が来るんですから」
亜子「春……」
  厨房から出てくる沢太郎。
  昨日と同じ西部劇のガンマンみたいな格好である。
相馬「昨日と同じ格好じゃねえか」
沢太郎「これしかないんだよ」
相馬「じゃあ〜服からだな」
沢太郎「?」
相馬「ちょっと沢太郎借りてきます」
亜子「行ってらっしゃい」

○ 走るバスの中
  バスに乗っている沢太郎と相馬。
  沢太郎、窓の外を見上げている。

○ バス中から見える景色
  商業施設やビル群が立ち並んでいる。

○ アパレルショップ・中
  店内をうろつく沢太郎と相馬。
  店内の若い男性や女性が沢太郎をジロジロ見ている。
  沢太郎、それに気付き頭を下げ挨拶する。
  ×     ×     ×
  沢太郎、左右に服を持って体に当てて見る。
  相馬、悩んだ末こっちと片方を指差す。
  ×     ×     ×
  試着室のカーテンが開くとお洒落な服に変わっている。
  相馬、うんうんと頷く。

○ 同・前
  着替えた沢太郎と相馬、袋を持って外に出てくる。

○ メガネ屋・中
  椅子に座っている沢太郎。
  側には『1day コンタクト』のポスターが貼られている。
  メガネを外す沢太郎。鏡を見るが恥ずかしく両手で顔を隠す。
  メガネを装着し、これだ。と頷く。

○ 美容室・中
  スタイリングチェアに座る沢太郎。手元には雑誌。
  雑誌を指差し、これ。と伝える。
  雑誌は金髪のイケメン外国人。
  首を傾げる相馬と美容師。
  ×     ×     ×
  髪を切った沢太郎の後ろ姿。
  椅子がクルッと回転。心なしか自信に満ちた表情。

○ 街中
  歩く沢太郎と相馬。すれ違って行く通行人。
沢太郎「もうジロジロ見られないぞ」
相馬「都会にガンマンはいないからな。てか、よくこんな金があったな」
沢太郎「(まずい)……」
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
  沢太郎の部屋の本棚。相馬から貰ったはずのフィギュアが全て無くなってい
  る。
  ×     ×     ×
沢太郎「ま、まあ。臨時収入ってやつさ」
相馬「そうか。じゃ、俺はこれで」
沢太郎「ありがとな」
相馬「荷物は俺が家に届けとくから」
  と荷物を預かる。
相馬「じゃあバッチリ決めてこいよ」
沢太郎「?」
相馬「お前も大人だ。ご飯行って、家に連れ込んで……やる事は分かってんだろ?」
沢太郎「あ、ああ。ネットで見た事ある」
相馬「報告楽しみにしてるからな」
  相馬、歩いていく。
  不安げな沢太郎。

○ レストラン・前(夜)
  沢太郎、落ち着かない様子でサクラを待っている。
サクラの声「北野先生」
  サクラ、駆け寄る。
沢太郎「こ、こんばんは」
サクラ「(全身を見て)あれ? この前と雰囲気全然違いますね」
沢太郎「い、いつもはこんな感じなんですよ。たまにこの間みたいな格好になるんです」
サクラ「たまに?」
沢太郎「さ、さあ入りましょう」
  と、ドアを開けて入っていく。

○ 同・店内(夜)
  テーブル席に座る沢太郎とサクラ。
  背筋がピンと伸びている沢太郎。
  テーブルの上には料理が並ぶ。
  スタッフがやって来てワイングラスにワインを注ぐ。
サクラ「よく来るんですか? こういうとこ」
沢太郎「まあ、たまに」
サクラ「また、『たまに』ですか」
  と微笑みグラスを持つ。
サクラ「乾杯」
沢太郎「(分からず)ああ、はい」
  と頭を下げる。
  サクラ、笑って沢太郎のグラスにカチンと合わせる。
沢太郎「? 何かの儀式ですか?」
サクラ「(笑って)北野先生面白い人ですね。やっぱり作家さんは感性というか、考え方が独特なんですかね」
沢太郎「そうですかね?」
  と料理を食べ始める。
サクラ「私、この間も話しましたけど北野先生のデビュー作の『春になれば』が一番好きなんです」
沢太郎「ああ……あれですね」
サクラ「主人公の男の子が最後、女の子を追いかけたじゃないですか。あれって主人公からしたらどんな心境だったのかなって」
沢太郎「あれは……橋下さんはどう思いました?」
サクラ「恋愛というよりは友情だったんじゃないかなって思います。悲観的ですかね?」
  と笑う。
沢太郎「そうですか。……まあ映画でも小説でも読み手の受け取り方次第ですからね」
サクラ「そうですよね……。こんな話し嫌ですか?」
沢太郎「いや、そういう意味で言った訳じゃなくて……。休みの日は作品から離れたいというか。まあ、どうでしょう……」
  とワインを飲む。
サクラ「それなら今度家に行ってもいいですか?」
  沢太郎、ワインを吹き出しそうになり、
沢太郎「(焦り)もうですか!?」
サクラ「もう?」
沢太郎「(平静を保ち)あ、いえ。何でも」
サクラ「仕事中の北野先生の所に行ってみたいんです。どんな風に書いているのか気になるんですよね」
沢太郎「家ですか……」
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
相馬「お前も大人だ。ご飯行って、家に連れ込んで……やる事は分かってんだろ?」
  ×     ×     ×
沢太郎「……いいですよ。家来てください」
  とワインをがぶ飲みする。
サクラ「ありがとうございます……。(そんなに飲んで)大丈夫ですか?」
沢太郎「(スタッフに)このくらい、いつも飲んでますから」
  と上機嫌。

○ 同・前(夜)
  サクラに肩を担がれ出て来る沢太郎。酔っ払っている。
サクラ「北野先生、帰れますか?」
沢太郎「帰れまふ。帰れまふ」
  と、ぐでんぐでんに酔っ払っている。
  サクラ、手を上げてタクシーを止める。
サクラ「タクシー代は出しますから」
  と乗せようとする。
沢太郎「橋下さん」
サクラ「?」
沢太郎「橋下さんは作家としての自分が好きなんですか? それとも僕の事が好きなんですか?」
サクラ「……何言ってるんですか。酔っ払い過ぎですよ」
  とタクシーに乗せる。走りだすタクシー。
サクラ「(意味深に見つめる)……」

○ 相馬の家・リビング(夜)
  カップ麺をすすっている相馬。
  インターホンが鳴る。
相馬「?」
  と立ち上がる。

○ 同・玄関
  扉を開けるとそこには沢太郎。酔いは醒めていない。
相馬「(驚いて)沢太郎。酒くさっ」
沢太郎「へへへっ……」
相馬「お前、酒飲んだのか。飲んだ事ないくせに無理すんなよ」
沢太郎「おえっ」
  と今にも吐きそう。
相馬「とにかく中入れよ」
  と引っ張り込む。

○ 同・リビング(夜)
  ソファに寝転んでいる沢太郎。先ほどより落ち着いている。
相馬「楽になったか?」
沢太郎「少しは」
相馬「……で、どうだったんだ? 食事は」
沢太郎「楽しかったけどさー。今度家に来る」
相馬「えっマジ? やったじゃん!」
沢太郎「(首を横に振る)」
相馬「? どうした?」
沢太郎「家に来た所で何になる」
相馬「……」
沢太郎「俺は緑川沢太郎だ。北野修一じゃない」
相馬「……そうなる事分かってたろ」
沢太郎「そりゃ分かってたよ。分かってたけどさ……」
相馬「そのまま家に連れ込んで、正体明かして、サヨナラでもいいんじゃないか? 小学生の恋愛でもないし」
沢太郎「俺にとっちゃ小学生の恋愛の延長なんだよ」
相馬「?」
沢太郎「すごく似てるんだ。あの子に」
相馬「誰だよそれ」
沢太郎「小学生の頃に好きになった子。サクラって言うんだ。でも3年生の頃にいなくなった」
相馬「そんな話し初めて聞いたんだけど」
沢太郎「好きな子の絵を書いて16年なんて言ったら引くだろ」
相馬「引かないよ。てか、そんな大切な事何で早く言ってくれないんだよ」
  沢太郎、自信なく小声で、
沢太郎「……(小さく)それでいじめられてたから」
相馬「(悪気なく)え? 何? 聞こえない」
沢太郎「それでいじめられたから」
相馬「……そうだったの……すまん」
沢太郎「いいよ。今こうやって外に出れたんだ。相馬のおかげだよ」
相馬「でもその、サクラって子じゃない可能性もあるんだろ?」
沢太郎「ああ。橋下って苗字じゃないし。人違いかもしれない」
相馬「家呼ぶの?」
沢太郎「……呼びたい」
相馬「それでもいいのか?」
沢太郎「それでも……」
相馬「お前が苦しむだけだぜ? 橋下さんに近づけば近づくほど遠ざかって行くんだぞ」
沢太郎「それならずっと北野修一として生き る」
相馬「そんな馬鹿な話しがあるかよ」
沢太郎「俺の全てなんだよ。俺の全てだったんだよ……」

○ 沢太郎の部屋(夜)
  部屋中に女性の絵。サクラの絵である。
  外灯でサクラの絵が照らされている。

○ 沢太郎の家・パン屋・前(朝)
  店の前に沢山のゴミ袋。

○ 同・沢太郎の部屋(朝)
  部屋の片付けを行っている沢太郎。
  サクラの絵をクローゼットの中に隠す。
  亜子がドアの小さな扉から顔を出し、
亜子「手伝おうか?」
沢太郎「何勝手に覗いてんだよ」
亜子「ここ鍵開いてたから」
沢太郎「邪魔しないでくれ。忙しいんだ」
亜子「はいはい」
  と顔を引っ込める。
  扉を閉める沢太郎。振り返って部屋の中を見渡す。
  すっかりサクラの絵がなくなり殺風景な部屋となっている。
沢太郎「……さっ、床拭くか」

○ 沢太郎の家・パン屋
  亜子と正秋が話している。
亜子「大丈夫かな。沢太郎」
正秋「心配か?」
亜子「そりゃ心配よ。何だか浮き足だってるみたいだし」
正秋「親としては引きこもり生活から抜け出せただけで嬉しいんだけどな」
亜子「……」
  扉の開く鈴の音。
亜子「?」
  扉を開けて立つサクラ。
亜子「橋下さん?」
サクラ「(頭を下げ)初めまして」
亜子「初めまして。沢太郎の母です」
正秋「(何かに気付き)父……です」
  とサクラを凝視。
亜子「この奥の2階にいますので」
  と先導する。
サクラ「失礼します」
  と着いて行くサクラ。
  サクラの背中を意味深に見つめる正秋。
正秋「……」

○ 同・沢太郎の部屋
  ドアが開くとサクラが入って来る。
サクラ「北野先生」
  とみるみる笑顔に。
沢太郎「この前はどうも」
  と会釈。
サクラ「ちゃんと帰れました?」
沢太郎「なんとか。あっどうぞ座って下さい」
  とソファに座らせる。
サクラ「(部屋を見渡し)何もないですね」
沢太郎「まあ、そうですね。雑念がない方がいいかと」
サクラ「どうぞ。執筆されて下さい。邪魔しませんので」
沢太郎「そ、そうですか」
  と席に座りパソコンを開く。
沢太郎「……」

○ 同・パン屋
  正秋、考え事をしている様。
  亜子、来て。
亜子「お父さんどうしたの?」
正秋「どこかで見たことある顔だなって」
亜子「沢太郎が描いてた女の人じゃない?」
正秋「いや、それは分かるんだけどさ……」
亜子「?」

○ 同・沢太郎の部屋
  沢太郎、パソコンのキーボードを扱う手が止まっている。
沢太郎「(苦しそう)……」
  サクラ、沢太郎を見つめている。
  沢太郎、立ち上がって、
沢太郎「やっぱり退屈ですよね。外行きませんか外。最近外に出るのが好きになって」
サクラ「私は大丈夫ですよ」
沢太郎「……そうですか」
  と諦め席に座る。
サクラ「……」
沢太郎「橋下さんって下の名前何て言うんですか?」
サクラ「えっ? 言ってませんでしたっけ?」
沢太郎「はい。聞いてないです」
サクラ「……橋下サクラです」
沢太郎「サ、サクラさんですか!?」
  と立ち上がる。
サクラ「どうしたんですか?」
沢太郎「(落ち着いて)……いえ、何でもありません」
  とまた着席。
サクラ「?」
  沢太郎、クルっと反転し机に向かう。
  動揺してパソコンを扱う手が震える。
沢太郎「(小さく)サクラ……えっ、サクラ……?」
サクラ「それ」
  と気付いたら沢太郎の側に。
沢太郎「うわっ」
  と驚いて立ち上がる。
サクラ「?」
  机の上の小説を手に取り、
サクラ「これですよ。私が言ってた一番好きな小説」
沢太郎「い、い、言ってましたね。最後男の子がどーとか」
サクラ「北野先生どうしたんですか? 変ですよ?」
沢太郎「ちょっと喉乾きましたね! 飲み物取ってきます。しばしご歓談を。あっ一人か。ハハハっ……」
  と、部屋を出て行く。
サクラ「……?」

○ 同・リビング
  階段から降りてくる沢太郎。
  駆け寄る亜子と正秋。
  沢太郎、座り込んで大きく呼吸を繰り返している。
亜子「沢太郎どうしたの?」
沢太郎「橋下さん……」
正秋「田中サクラちゃんだろ?」
沢太郎「どうして……?」
正秋「橋下さんが来た時にどこかで見たことあると思ったら、沢太郎が小学生の頃に授業参観で見た事思い出して」
亜子「でも何で田中じゃなくて橋下なんだろ?」
正秋「確か親が離婚したとか何かで引っ越したはずだ。また何かあって地元に戻って来たんじゃないか」
沢太郎「そうだったんだ……」
亜子「どうするの? 沢太郎、作家だって嘘ついてるんでしょ?」
沢太郎「それは……」
亜子「そんな嘘をついて自分を大きく見せようとするからそうなるんでしょ?」
沢太郎「……」
亜子「自分でかけた呪縛は自分しか解けないのよ」
  沢太郎、立ち上がり、
沢太郎「話してみる。俺」
  冷蔵庫を開け、お茶を取り出しコップに
  お茶を注ぐ。
沢太郎「俺が何でイジメられて部屋の中に閉じ篭って絵を描き続けたのか。今やっと分かった」
  トレーにコップを乗せる。
沢太郎「サクラに会う為だったんだ」

○ 沢太郎の部屋・前
  トレーを持って立っている沢太郎。
  深く深呼吸をしてドアを開ける。

○ 同・中
  中へ入ってくる沢太郎。
沢太郎「遅くな……」
  と動きが止まる。沢太郎の目線の先。
  サクラは一枚の紙を持っている。
  机の引き出しが開いている。
  持っている紙はサクラの裸体の絵である。
沢太郎「(唖然)……」
  持っていたトレーを落としコップが割れる。
サクラ「これ……何ですか?」
沢太郎「……それは」
  サクラ、机の中を漁るとサクラの絵が
  次々出てくる。
サクラ「嘘だったんですか?」
沢太郎「違うんだ。い、言おうと思ってたんだけど……」
サクラ「作家じゃなくて、この表紙のイラストレーターですね?」
沢太郎「元々嘘をつくつもりなんて……」
サクラ「良いですよ。私も嘘つく事なんてありますから」
沢太郎「?」
サクラ「私が北野修一ですし」
沢太郎「はっ? えっ?」
サクラ「私のペンネームです」
沢太郎「……いや、ちょっと言ってる意味が」
サクラ「いつも執筆に行き詰まったら公園に出向くんです。面白いネタないかなーって」
沢太郎「……」
サクラ「そしたら私をつけて回る面白い人がいて。警察に突き出すって冗談で言ったら北野修一ですって言い出すし。これはネタになると思って」
沢太郎「……」
サクラ「でもこれ見て分かりました。私の小説の表紙をデザインしている人だって。もうネタになる事も無いですし帰ります」
沢太郎「えっあの……」
  サクラ、沢太郎の前を横切り、
サクラ「(床を指差し)あっそこ割れてるんで気をつけて下さいね。あと、表紙のデザインは今回までで」
  と部屋を出て行く。

○ 同・パン屋
  亜子が作業をしている。
  歩いてくるサクラ。
亜子「あれ、もう帰るの?」
サクラ「お邪魔しました」
亜子「パン食べてく?」
サクラ「いえ、結構です」
  と店を出て行く。
  正秋、厨房から出てきて、
正秋「早かったな」
亜子「(頷くも不安)」

○ 同・沢太郎の部屋
  立ち尽くしたままの沢太郎。
  床に落ちているサクラの絵。

○ 相馬の家・リビング(夜)
  相馬、テレビを見ながらカップ麺をすすっている。
  テレビ画面には『リュウゼツラン開花』のテロップと画像。
  インターホンの音。
相馬「?」
  立ち上がって玄関に向かう。

○ 同・玄関(夜)
  ドアを開けると亜子と正秋。
相馬「こんな時間にどうしたんですか?」

○ 同・リビング(夜)
  座って話している相馬と亜子、正秋。
相馬「また再発ですか」
亜子「もう今度は何十年って出てこないかも」
正秋「(拝んで)相馬くん頼む」
相馬「じゃあ橋下さんはやっぱり沢太郎が小学生時代に恋い焦がれてたサクラって子だった訳ですね」
亜子「あの子どうなるんだろ」
相馬「最悪死ぬかもしれませんね」
正秋「頼むよ相馬くん!」
相馬「沢太郎の唯一無二の親友ですから」
  と自信に満ちた表情。

○ 沢太郎の部屋(夜)
  電気の付いていない部屋の中。
  外灯に照らされる沢太郎。心が無くなった様な顔。

○ 公園
  ベンチに腰掛けているサクラ。
  やってきた相馬。
相馬「おい」
サクラ「(気付いて)ああ。担当編集者さん」
相馬「初めから嘘だって気付いてたんだろ?」
サクラ「こんな時間に出歩くなんて暇ですね」
相馬「仕事振り替えてきたんだよ」
サクラ「……作家先生の為にですか」
相馬「嘘ついたのは悪かった」
サクラ「私も嘘つきましたからおあいこです」
相馬「座っていいか?」
  サクラ、黙って少し横にずれる。
  相馬、座り、
相馬「あいつ、また引き篭もり生活始まっち
 ゃったんだよな」
サクラ「私の所為だって言ってる様に聞こえますけど」
相馬「10年に1度だぜ? あいつ出てくるの」
サクラ「(思い返し)そんな事言ってましたね」
相馬「この間ニュースがあってな。数十年に一度だけ咲く『リュウゼツラン』って花が咲いたらしいんだ」
サクラ「?」
相馬「その『リュウゼツラン』ってのは数十年も眠ってるくせに花が咲くのは一ヶ月だけだって。リュウゼツランの春は数十年に一回なんだ」
サクラ「……」
相馬「サクラさんの所為で引き篭もったんじゃない。沢太郎はサクラさんのお陰で束の間の日光浴が出来たんだ」
サクラ「……沢太郎?」
相馬「何かしてくれって頼む訳じゃないんだけどさ。結局あいつにはサクラさんしかいないって事だよ」

○ 沢太郎の部屋
  沢太郎、ソファで横になりボーッとしている。
  ふと、小説に目が止まる。
  机の上の小説『春になれば』を手にとり読み出す。
沢太郎「……」

○ 沢太郎の家・パン屋・厨房
  オーブンから焼きたてのパンを取り出す
  正秋。額についた汗を拭う。

○ 同・パン屋
  パンの陳列をしている亜子。店内にお客さんが入って、
亜子「いらっしゃいませ」
  と笑顔。

○ 同・沢太郎の部屋(夜)
  ソファで小説を読んでいる沢太郎。
沢太郎「……」

○ 作業現場
作業員「おーい! 相馬!」
相馬「はい!」
作業員「休み振替た分しっかり働け!」
相馬「働いてるっつーの」
作業員「何か言ったか!?」
相馬「働きまーす!」

○ 公園
  ベンチに座っているサクラ。
  誰かの足音。
サクラ「?」
  そこには沢太郎の姿。
サクラ「えっ……」
沢太郎「……」
  サクラ、立ち上がって、
サクラ「この間はごめんなさい。私、あなたの事何も知らなくて……」
  沢太郎、小説『春になれば』を見せて、
沢太郎「『春になれば』見ましたよ」
サクラ「?」
沢太郎「この間言ってましたよね? この小説のラスト。男の子がどんな心境だったのかって」
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
  レストランの店内。
サクラ「主人公の男の子が最後、女の子を追いかけたじゃないですか。あれって主人公からしたらどんな心境だったのかなって」
  ×     ×     ×
沢太郎「友情じゃありません。こ、恋をしてたんです」
サクラ「……」
沢太郎「この小説の登場人物の女の子。名前がサクラでした。サクラさんの事ですよね?」
サクラ「……はい」
沢太郎「相手の男の子の名前……」
サクラ「沢太郎……」
沢太郎「……!」
サクラ「沢太郎くん……?」
沢太郎「……はい」
  と頷く。
サクラ「……嘘でしょ」
沢太郎「嘘をついてすみませんでした」
サクラ「……」
沢太郎「……僕は小さなパン屋の引きこもりですよ? サクラさんみたいに売れっ子作家じゃないし、挙句の果てにはストーカーですから」
  と自嘲する。
サクラ「……」
沢太郎「短い付き合いだったけど引きこもりだった僕を外に出してくれてありがとう御座いました」
  と頭を下げる。
沢太郎「これからはサクラさんがいなくても外に出ますんで。じゃっ」
  と歩いていく沢太郎。
  何か言いたげだが口に出来ないサクラ。
サクラ「……」
  沢太郎も伝え足りてない様子で口を噤む。
沢太郎「……」
  小学生くらいの男の子2人と女の子1人が沢太郎のところに来て、
男の子「土の調査してる人だ」
男の子②「仕事さぼってる〜」
沢太郎「もう調査は終わったんだよ」
  小学生たち離れていく。
  沢太郎、歩き出す。
サクラの声「まだ仕事残ってますよ」
  沢太郎、振り向き、
沢太郎「?」
サクラ「私の新しい小説の表紙、描いてください」
沢太郎「えっ?」
サクラ「ダメですか?」
沢太郎「……ぜひ」
サクラ「仕事からまたよろしくお願いします」
沢太郎「(嬉しそうに)……はい」
  公園に咲くのは桜の木。
  桜の枝木に蕾。春の予感。

○ 沢太郎の部屋
  部屋の中は額縁に入ったサクラの絵だけ飾られている。
  タブレットにイラストを描く沢太郎。
  ドアを開ける亜子。
亜子「沢太郎」
沢太郎「なに?」
亜子「浜ノ町商店街のショップの店長がバッドマンのフィギュアいるのかって電話かかってきたよ?」
沢太郎「あ〜。もう必要ないや」
  と笑顔。
亜子「(笑顔で)いいのね。分かった」
沢太郎「ああ」
  亜子、出て行く。
  沢太郎、タブレットを見る。
  描かれたサクラは満面の笑み。
  楽しそうにイラストを描く沢太郎。
                 終わり

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