人物
藏澤とう子(37)
柳康介(66)
夏川翔大(22)
○SNSの画面
『#精子ドナー』とタグ付けされた投稿の数々。『東大出身』『身長180㎝』などのプ
ロフィールが並ぶ。
男性の声「一部の大学でも精子提供は行われていますが、対象は夫婦のみで、貴方のような選択的シングルマザーや同性愛カップルには提供されていません」
○カフェ・店内
藏澤とう子(37)、スマホでSNSを見ながら男性の話を聞く。
男性「そんな現状を知って、私でもお役に立てないかと思い、投稿を始めたのです」
とう子、不機嫌に、聞こえるような溜め息。
男性「……お断りされても結構ですよ」
とう子、冷たく男性を見遣る。
男性は柳康介(66)、紳士的な服装だが白髪の老齢な男だ。
柳 「年齢は載せているのですが、私に応募される方はそれを見落としている様で」
とう子「(冷たく見遣り)……」
柳 「私はこうして、お話し出来るだけでいいのです。昨年、定年を迎えて人との交流も減りまして。今は児童養護施設でボランティアをし、街の清掃活動にも参加しています。新しい出会いは実に楽しい」
とう子、黙ってテーブルの上を指す。
柳 「?」
とう子「年齢は関係ない。それより、次の手はまだかしら」
柳 「あぁ……」
と、テーブルを見遣る。
とう子と柳はチェスをプレイしていた。
柳、一手指すと、とう子は瞬時に駒を動かす。
柳 「(苦境で手が進まず)……」
とう子「早くして貰えないかしら。次の約束もあるの」
柳 「かなり手練れてらっしゃいますね」
とう子「まだ始めたばかりよ」
柳 「またまた、ご謙遜を(笑)」
とう子「本当よ。精子提供を受けると決めてから始めたの」
柳 「それは、どういった理由で?」
とう子「指しながら喋れないの」
柳 「おっと失礼」
と、指して、手で話しを促す。
とう子「(溜め息で)こういうのって、咄嗟の分析力や判断力が問われるでしょ。しかも日本人には馴染みがない。私と五分の条件で勝負して勝った相手なら、私より優秀だと証明されるわ」
柳 「では、貴方はチェスで相手を選ぶと?」
とう子「提供ボランティアには学歴を偽る輩もいる。だからキチンと見極めたい」
とう子、クイーンを指す。柳のキングを追い込んでいる。
とう子「子どもには私より優秀な遺伝子を与えたいの」
柳 「ハハ、なるほど。さすが慶誠大学の講師であられますね。考えがしっかりしてる」
とう子は駒を片付けながら。
とう子「あら、皮肉かしら」
柳 「いえいえ、本心です」
とう子「いいわよ、言っても。『お前みたいな奴に育てられたら、子どもが可哀想だ』負けた奴らは悔し紛れに言うの。男っていつもそう。一方で負けたら、別の方面でマウントを取ろうとする」
柳 「しかし、聞く余地はあります。貴方はシングルで産むと仰った。子どもだって優しいお母さんを望むでしょうね」
とう子「優しい? では優しくない女は子どもを産むなと言う事かしら。生まれ持った性格よね。どうしろと言うの」
柳 「それは誤解です」
とう子「は?」
柳 「人は優しさを性格と捉えていますが、そうではないのです。経験を積めば、誰でも優しくなれます」
とう子「……何を言ってるの」
柳 「少し肩の力を抜いて、笑顔を心掛けるといい」
とう子「信用するに足らないわ。同じことを何度も言われた。教授や同僚、果ては警備員まで。世の人間はどうして教えたがるのかしら。私より優秀ではないのよ」
柳 「ハハ、溜まってますね」
とう子「貴方も同じよね」
と、駒を見せる。
柳 「(絶句して)……」
とう子「誰でも優しくなれるなんて、バカげた論理……(と、時計を見て)って、もうこんな時間じゃない」
と、急いで駒を片付ける。
柳、苦笑し、残った駒を動かす。ルークとキングを入れ替える。
柳 「このルールをご存知ですか」
とう子「なに? ギャレットよね」
柳 「貴方は13手目でこれをするべきでした。その方が早く勝てた」
とう子「は?」
柳 「実は、定年前は家電メーカーの営業をしていまして。取引先とよく相手を」
とう子「!」
柳 「大事ですよ。笑顔は」
と、ニッコリ。
とう子「でも、負けたわよね」
柳 「え?」
とう子「負けは負けだから」
柳 「(苦笑)……」
○高級ホテル・ラウンジカフェ
とう子、男Aとチェスをする。
とう子「(イライラと)チェック!」
○カラオケ店・個室・中
とう子、男Bとチェスをする。
とう子「(マイクで)チェック!」
○居酒屋・店内(夜)
とう子、男Cとチェスをする。
とう子「はい、アンタの負けぇー」
男C「……」
とう子「高学歴のくせに揃いも揃って。提供ボランティアにはロクなのがいないわね」
と、オレンジジュースを飲む。
男C「ふざけんなよ!」
とう子、ビクッとして、ジュースを零す。服にシミがつく。
とう子「あ」
男C「こっちはお前に協力してやるんだよ。
さっきから何なんだ、その態度」
とう子、負けじと。
とう子「語彙力のない脅し文句ね」
男C「あぁ!」
とう子「(ビクッ)……」
○藏澤家・全景(夜)
古びた一軒家。
○同・LDK・中(夜)
とう子、震える手でカップ酒を一気に飲む。ホッと一息つく。
とう子のスマホにメールの着信。
とう子、画面を見遣る。
『明日は宜しくお願いします。僕のプロフィール、気に入ってくれて嬉しいです』の文面
と共に自撮り画像。
とう子「……バカ丸出し」
○百貨店・おもちゃ売り場
とう子と柳がいる。
柳 「もう一度、勝負を?」
とう子「二人がやった事ないもので。将棋、囲碁、麻雀、何でもいいわ」
柳 「もう勝負はついたのでは?」
とう子「アレは手を抜いたんでしょ」
柳 「え? あぁ……」
とう子「もうウンザリなの。提供ボランティアはバカばかり。それに約束の場所はホテルや居酒屋。身体目的なのが透けて見える。こっちは事前に、シリンジ法にしたいと伝えているのよ」
柳 「(聞いて)……」
とう子「少なくとも貴方は紳士的だった。もし私との勝負に勝てたら、貴方を選んでもいいわ」
柳は困ったような笑み。
とう子「(何あると察し)え?」
柳 「アレは、営業のテクニックです。自分の主張を通したいなら、こちらのペースに持って行く必要があるのです」
とう子「じゃ、アレはハッタリ?」
柳 「なので、もう勝負はついているのです」
とう子「……ウソよね」
柳 「え?」
とう子「あの後、対局を分析したの。貴方の言う事は理にかなっていたわ」
柳 「!」
とう子「何故そんなウソをつくのかしら。やっぱり本音ではこう思ってるのね。お前に育てられたら子どもは可哀想だ」
柳 「いえ、そういう訳ではなく、これは個人的な理由なのです。確かに投稿はしているのですが、子どもを作るのにまだ迷っていて、踏ん切りがつかないのです」
とう子「言い訳はいいわ。結局私と子どもを作る気はないのよね」
柳 「あ、あの、子どもが見ています」
と、指す。
小さな男の子が不思議そうに見ている。
とう子「……もういい。まさか断られるとは思わなかった」
柳 「申し訳ない。何かお詫びを」
とう子「いらない」
柳 「そうだ、いい人を紹介します。妻の親戚でとても優秀です。そこの家はみんな顔立ちもいい」
とう子「男はいらない。子どもが欲しいの」
柳 「まだお若いのに、それは勿体ない」
とう子「もう37よ。恋愛? キュン? 似合わない」
柳 「そんな事ありません。貴方は魅力的だ」
とう子「やめて、お世辞なんて」
柳 「本心です。お綺麗ですし、芯もお強い。頭もいい」
とう子「……(満更でもない笑み)」
柳 「それに、私は縁結びが得意でして。久々に腕を発揮したいものです」
とう子「そう……でも、折角だけどお断りするわ。恋愛はしたくないの。母に刷り込まれてしまったから」
柳 「それは、どういう意味ですか」
とう子、何だか寂し気な笑み。
柳 「……」
とう子「ごめんなさい。もう少し提供ボランティアを続けてみるわ。でもありがとう。少し気が楽になったわ」
柳 「あ、いえ……」
とう子、去って行く。
柳 「(見送って)……」
○慶誠大学・全景
○同・とう子の部屋・中
テーブルの上のチェス盤。
を、虚ろに見ているとう子。
ノックの音がする。間髪入れず、学生
の夏川翔大(22)が入って来る。
とう子「(ムッ)それ、ノックの意味ある?」
夏川「レポートの直し、持ってきました」
とう子、レポートを奪い、見て。
とう子「ちょっと、全然直ってないじゃない」
夏川「こっちの方が正しいんで」
とう子「どうして人の話を聞かないの」
夏川「(遮り)ってか、先生もやるんすね」
と、チェス盤を指す。
とう子「ね、話しを逸らさないで」
夏川「ってか、先生、最近迷走してますね。ブランドの服着だしたと思ったら、今度はチェスですか。似合わねー」
とう子、眉間に皺を寄せるも、笑みを見せて。
とう子「やってみない?」
夏川「いっすよ。暇ですし」
とう子、悪い笑みで夏川と対峙する。
二人は駒を並べていく。
とう子「違う。ナイトはここ」
夏川「タイマーは?」
とう子「ん? え?」
夏川「折角ですし、本格的にやりましょうよ」
とう子「いいけど、タイマーはないの」
夏川「じゃ、同好会の奴に借りてきますよ」
とう子「(余裕の笑み)お願い」
夏川は部屋を出て行く。
パタン、扉が閉まると。
とう子、焦ってスマホで検索する。
『チェス タイマー ルール』
○カフェ・店内
とう子と柳が話す。
柳 「え、相手が見つかったのですか」
とう子「(項垂れて)そうなの……まさか、あの子が私より優秀なんて……」
柳 「相手はおいくつなのですが」
とう子「22よ。若造で生意気。何考えてるか掴めないの。だからお願い」
柳 「お願い?」
とう子「精子提供してくれる様に、説得して欲しいの」
柳 「!」
とう子「営業をしていたのよね。交渉事は得意でしょ。褒め殺しも得意だし」
柳 「無理です。相手は提供ボランティアではないのですよね」
とう子「だって他に手がないのよ」
柳 「いっそお付き合いされてはどうですか」
とう子「へ?」
柳 「学生といっても成人していますし、隠れて付き合えば問題ない。縁結びでしたら私だって自信があります」
とう子「ダメよ。職場倫理に反する」
柳 「……精子提供は良いのですか」
とう子「それは……セーフよ。だって、シリンジ法よ。ボランティアを受けるだけ」
柳 「ご自分が信じていないモノを、人は信じませんよ」
とう子「兎に角やって。必要なら頭を下げる」
柳は難しい顔をする。
とう子、逡巡し、何か思いついて。
とう子「あの、私ね、その、貴方みたいな人に会ったのは初めてなの」
柳 「え……」
とう子「貴方は凄いわ。だって、えっと、貴方と話すと、すっと気持ちが開くの。自然に自分の事を話してて。貴方なら絶対にこの交渉は成功できるわ」
柳 「(苦笑)お世辞にはまだ慣れませんか」
とう子「お世辞じゃない。本心よ」
柳 「そんなに恋愛がお嫌いですか」
とう子「(絶句)……」
柳 「……お母様の事伺っても?」
とう子「え?」
柳 「少し気になってまして。原因があるのなら、それを取り除いて差し上げたい」
とう子「……大した事じゃないの」
柳 「(笑み)そうですか?」
とう子「(苦笑)母は……そうね、多分、寂しかったんだと思う。きっと私の父親に捨てられたのね。男に対して恨みも凄くて、私への執着も凄かった」
柳 「(聞いて)……」
とう子「男がどれだけ嫌なモノか、子どもの頃から刷り込まれたわ。学生時代にはもう、男に対して嫌悪と恐怖しかなかった。大人になっても同じ。どうしても湧き上がる」
柳 「そうでしたか……」
とう子「酷い母よね。行動も制限されたわ。外泊はダメ、外食もダメ。家を出ようともしたけど、結局上手くいかなかった」
柳 「お母様と話しましょうか」
とう子「あ、ううん。今は自由なの」
柳 「え?」
とう子「お酒もね、飲めるようになったの。色々試したけど、私には日本酒が合うみたい。アレ美味しいわよね。カップ酒」
と、屈託なく笑う。
柳 「……あの、お母様、今は?」
とう子「あ、えっと……兎に角、私には無理なの。付き合うとか。でも家族は欲しい。ちゃんとした家族が」
柳 「……」
とう子「だからお願い」
柳 「……日本酒の美味しい店を知ってます。彼を誘ってみてください」
とう子「え……」
柳 「難しい交渉には、お酒が一番の潤滑油になります」
とう子、パアと笑みが広がる。
○慶誠大学・廊下
とう子と夏川が話す。
夏川「嫌ですよ」
とう子「ちょ、どうしてよ!?」
夏川「どうして二人で飲みに行くんですか」
とう子「二人じゃない。三人。日本酒が豊富なお店みたいよ」
夏川「僕はウイスキー派です」
とう子「ウイスキーね。わかった。セッティングして貰う」
夏川「あの、しつこいと事務局に訴えますよ。セクハラで」
とう子「!」
夏川、去って行く。
とう子、もう追えず、地団駄を踏む。
○同・学食・中(夕)
夏川、スマホを見遣る。
『どうして連絡くれないの』のメール。
夏川、腕のブレスレットに触れる。
夏川「……ん?」
夏川の元にとう子と柳がやってくる。
柳 「初めまして。柳と申します」
と、名刺を差し出す。
夏川「(受け取り)はぁ……」
とう子「(周りを気にし)私は反対したのよ」
柳 「夏川さんの仰る通り、呼びつけるのは失礼かと思い、こうして参上した次第です」
夏川「あー、貴方、昼間先生が言ってた……」
柳 「こちら、お近づきの印にどうぞ」
と、紙袋を渡す。
夏川「え、何すか、これ」
柳 「ウイスキーです。好きだと伺ったので」
夏川、中身を取り出して。
夏川「へー」
とう子「ちょっと、出さないで。しまって」
柳 「それで、本題ですが……」
とう子「(遮り)ここではやめて」
夏川「これ、試しに飲んでいっすか」
とう子「話聞いて!」
○同・男子トイレ・外(夕)
とう子、待っている。
中から柳と夏川の声が聞こえる。
夏川の声「何であんなのと子ども作らなきゃいけないんですか!」
柳の声「夏川さん、聞いてください……あ」
夏川、トイレから出てくる。
とう子と夏川、目が合う。
とう子「(苦笑)いや、『あんなの』って」
夏川「先生、よく好きでもない人と子ども作れますね。頭の中どうなってんすか」
とう子「だから、まずは話しを聞いて」
夏川「バカですか。ってか、ビッチっすか」
とう子「だから、勝手に決めつけないで! こっちはさんざん悩んで出した結論なの!」
柳、出てくる。ギョッとして。
柳 「藏澤さん、落ち着いて。深呼吸」
と、スーハーと見本を見せる。
とう子「(柳に)だってこの子が(夏川に)ね、子どもを作るには、取り込まなきゃいけないの。自分の体に。男のDNAを。想像しただけで吐き気がする。そんな私にビッチですって?(柳に)スーハ―、邪魔」
夏川「これもうセクハラです!」
とう子「!」
夏川、急ぎ足で去って行く。
とう子「ま、待って。事務局に訴えないでよ」
夏川は答えず姿を消す。
とう子、真っ青になる。
柳 「藏澤さん、相手に腹を立ててはいけま
せん。交渉は冷静に。腹が立つ時は、深呼吸で心を……」
とう子「(遮り)彼、本気かしら」
柳 「はい?」
とう子「事務局に訴える気よね。そんな事されたら、私の人生終わりよ」
柳 「大丈夫です。彼もそこまではしないでしょう。それに交渉はまだまだこれから」
とう子「……やっぱり、交渉は中止にしましょう。そうだ、謝りに行かなきゃ」
柳 「藏澤さん、聞いてください」
とう子「謝るの!」
○同・敷地外・道路(夕)
とう子と柳がいる。
とう子は長文の謝罪メールを打つ。
柳 「だから謝罪メールは必要ないのです」
とう子「彼は以前、しつこいと訴えるって」
柳 「彼だって、告発すれば藏澤さんがどうなるかくらいわかるはずです。そこまではしません」
とう子「確証はない」
柳 「こちらが弱腰だと相手のペースに乗せられてしまう」
とう子「だから、交渉はもう中止なの」
と、送信ボタンを押そうとして。
柳 「少しは信用してください」
とう子、ピタッと指が止まる。
柳 「私を信用してくれたから、頼みに来てくれたのではないんですか」
とう子「それは、そうだけど……でも、不安なの。クビになって転職して、経済力が落ちたら、子どもは産まない」
柳 「……」
とう子「子どもには不自由させたくないの。お金がないから諦めて、なんて、絶対言いたくない」
柳、深呼吸をして。
柳 「……わかりました。どうぞ。謝罪でも何でもしてください。ただし、メールはダメです。キチンと。対面で」
とう子「……怒った?」
柳 「怒ってません。交渉も中止されて結構。また提供ボランティアをお探しなさい」
とう子「あの、勿論、柳さんを信用してる。私は父親をよく知らないけど、きっとこんな感じなのかとも思うの」
柳 「(横目で見遣り)……」
とう子「ただ、考えは変わらないわ」
柳 「……」
○慶誠大学・とう子の部屋・中
とう子と夏川がいる。
とう子「昨日は本当にごめんなさい。これ、お詫び。美味しいのよ、このあられ」
と、紙袋を渡す。
夏川「(冷たく見遣り)……ども」
とう子「あの、事務局に訴えたりしない?」
夏川「元々そんな気ないですよ」
とう子、目を丸くして。
とう子「え、そ、そうなの?」
夏川「ってか、あの話はナシでいいですね」
とう子「勿論よ。あ、でも誤解は解きたい」
夏川「誤解?」
とう子「私の貞操観念はちゃんとしてる」
夏川「(苦笑)あぁ……」
とう子「自分の気持ちは二の次なの。子どもには優秀な遺伝子を与えたい」
夏川「どうして優秀にこだわるんです。それじゃデザイナーズベイビーじゃないですか」
とう子「だって、人生って辛いじゃない」
夏川「え……」
とう子「辛い状況を打開するには、考えるしかない。考え抜いて、最良の選択を見つけるしかないの。私にはそれが出来なかった。だから子どもは私より優秀であって欲しい」
夏川「……よくわからないのですが、先生は僕を買い被り過ぎです。そんなに優秀じゃありませんよ。父の母校には入れず、失望されてます」
とう子「(笑)何言ってるの、優秀よ」
夏川「え……」
とう子「もっと自信を持つべきね。貴方の優秀さは学歴では測れないわ」
夏川「……どうしたんですか」
とう子「?」
夏川「今まで褒めるなんてしなかったじゃないですか。似合わないっすよ」
とう子「ウソよ。褒めてるわ」
夏川「(微笑)……」
夏川、そっとブレスレットを外し、
夏川「子どもの件、考えてもいいですよ」
とう子「ん? え!?」
夏川「ただし、条件があります」
とう子「なに? 何でも言って」
夏川「僕と付き合ってください」
○バー・店内(夜)
テーブル席にとう子、柳、夏川がいる。
柳 「それは、どういった心境の変化で」
夏川「何で貴方がしゃしゃり出てくるんです」
柳 「私もそう思うのですが……」
と、とう子を見遣る。
とう子、『話して』と顎で指示する。
柳 「交渉は私に任せると」
夏川「(とう子に)ってか、先生の気持ちはどうなんですか」
柳 「私としては、応援したい気持ちもあります」
夏川「は?」
とう子「!!!」
柳 「貴方が藏澤さんと付き合ってくれるなら、私は万々歳です。彼女には男性と交際する喜びを知って欲しい」
とう子、深呼吸をして、冷静に。
とう子「フェアじゃないわ。子どもと引き換えに、私に付き合えだなんて」
柳、とう子を見遣り、微笑して。
柳 「そうですね。だから味方はできない」
夏川「どっちなんですか」
柳 「誠実なお付き合いをされるなら」
夏川「勿論、大事にしますよ。身体の関係だって、無理に求めません」
柳 「好きなのですか。彼女のこと」
夏川「な訳ないでしょ」
とう子「どういうこと?」
夏川「形だけ付き合って貰えばいいんです。一定期間。デートはして貰います」
とう子「何か裏がありそうなのよね」
柳 「ここは、男同士で話しませんか」
夏川「嫌ですよ」
とう子「わかった。私が席を外すわ」
夏川「え、ちょっと……」
とう子は去って行く。
柳 「恋人と何かあったのですか」
夏川「え?」
柳 「以前はブレスレットを」
夏川「……あの、先生には」
柳 「勿論、秘密にします。真剣に藏澤さんとの交際を考え、恋人と誠実な形で別れるのであれば」
夏川「……」
柳 「それに、その恋人が同じ大学なら、藏澤さんの立場も悪くなりそうだ」
夏川「それは、大丈夫です。あっちは年上で、もう働いてますし」
柳 「なら、よかった」
夏川「それに、僕は別れたいんです」
柳 「でも別れられない」
夏川「しつこくて」
柳 「それで藏澤さんとお付き合いをし、彼女に諦めさせようと」
夏川「あ、でも、先生さえ良ければ、その後も付き合います」
柳 「ですが、腑に落ちません。そこまでしなければ別れられないのですか」
夏川「も、いいでしょ。この話は」
柳 「まさか妊娠でも?」
夏川「!」
柳 「……そうなのですね……」
夏川「でも、まだ堕ろせるんです。それなのに結婚を迫る方がおかしくないですか」
柳 「……子どもの件はなかった事に」
夏川「ちょ、待ってください」
柳 「貴方は責任を放棄する為に、藏澤さんを利用しようとしているのです。男としてそれはするべきではない」
夏川「それは……そうなのですが」
柳 「恋人とはキチンと向き合うべきです。それが誠意というものです」
夏川「た、確かに、そうですよね……」
柳 「藏澤さんには私から」
夏川「あ、そ、それは僕から」
柳 「(訝しげに)……」
夏川「先生には、キチンと謝るべきですよね。男として」
柳 「……わかりました」
○繁華街の道(夜)
とう子と柳が話す。
とう子「どうして断ったりしたの!?」
柳 「理由は彼から」
とう子「柳さんに聞いてるの」
柳 「それは申せません。彼と約束を」
とう子「ね、以前、自分を信用しろと言ったわよね」
柳 「え? えぇ」
とう子「なのに勝手に交渉を断った。相談もなく、理由も言わない」
柳 「……」
とう子「夏川君は事務局に訴える気なんてなかった。柳さんの言う通りだったわ。私はもう信用しているのよ」
柳 「……とにかく、これがベストな選択なのです。信じてください」
とう子、不満げに柳を睨む。
○慶誠大学・講堂・中
講義が終わり各々去って行く学生たち。
とう子も支度をしていると、夏川がやってくる。
とう子「(見ずに)……なに?」
夏川「あいつから何か聞きました? えっと、柳さん、でしたっけ」
とう子「ね、ここではやめて。私の部屋で」
夏川「何か聞きましたか」
とう子「……(仕方なく)何も」
夏川「(ホッ)そうですか」
とう子「ね、(小声で)何があったの」
夏川「先生、週末空いてます?」
とう子「へ?」
夏川「空いてますよね。デートしましょう」
とう子「え、交渉はご破算になったのよね。だって柳さんが……」
夏川「これって、僕らの話しですよね」
とう子「そうだけど……」
夏川「その人の話しなんて、聞く必要あるんですかね」
とう子「でも、私は彼を信頼してる」
夏川「子ども、諦めてもいいんですか」
とう子「!」
夏川「先生は僕を疑っているんですよね。何か裏があるんじゃないかって。でも先生に迷惑をかけるような事は絶対にありません」
とう子「……本当に?」
夏川「えぇ」
とう子「……」
○遊園地・全景
とう子と夏川がいる。
とう子「何故、遊園地……」
夏川「どこがいいか考えたら、やっぱここだなって」
とう子「何故……」
夏川「まぁ、行きましょう」
と、歩いて行く。
とう子、何だか虚ろについていく。
夏川「気に入りませんでした?」
とう子「え? あ、いや、違うの」
夏川「じゃ、どうしたんですか。今日はずっと不機嫌ですよね」
とう子「……あまり好きじゃないのよ。こういう、デートみたいなの。二人で楽しい雰囲気を作らなきゃいけないし」
夏川「そんなゴチャゴチャ考えなくても……そうだ、じゃ一発目はアレ乗りましょう」
とう子「え?」
○疾走するジェットコースター
で、絶叫するとう子、夏川。
○同・出口
足の震えたとう子に夏川が、
夏川「ゴチャゴチャは吹っ飛びました?」
とう子「(首を振る)……」
夏川「じゃ、もう一回」
とう子「へ!? ウソでしょ!?」
○疾走するジェットコースター
で、絶叫するとう子、夏川。
とう子、ふと気づく。
夏川は怯えた顔で引きつっている。
とう子、思わず笑って……。
○観覧車・中
とう子、笑って夏川に、
とう子「すっごい顔してた、こんな感じ」
夏川「そんな顔してません」
とう子「(笑い終え)苦手なのに、付き合ってくれたのね」
夏川、照れて外を見遣り。
夏川「もうすぐ富士山見えますよ」
とう子「詳しいのね。恋人とでも来たの?」
夏川「父です。子供の頃、珍しく二人で」
とう子「(微笑)お父さんって、どんな人?」
夏川「調子に乗ってます。ずっと。人を蔑むとこしか見た事ない。来年にはそいつの会社に入るんですけど、今から気が重いです」
とう子「へー、お坊ちゃんなんだ」
夏川「やめてくださいよ。そっちはどうなんです?」
とう子「え……?」
夏川「ご両親はどんな人だったんですか」
とう子「……母はキツイ人だったわ。命令口調で、すぐカッとなる」
夏川「それ、先生みたいですね」
とう子「!」
夏川「あ、でも前の印象ですよ。今は意外と柔らかい感じです。よく笑うし」
とう子「(ホッ)そ、そう……」
と、小さく笑みが毀れる。
○同・敷地内
とう子と夏川、スマホで写真を撮る。
夏川は写真を見て、満足そうな笑み。
とう子「あとで送って」
夏川「ええ」
とう子「あ! ね、次あれ乗りましょう」
夏川「少し休みましょうよ」
とう子ははしゃぎながら行ってしまう。
夏川、そんなとう子を見遣り、笑みをこぼす。
○同・外(夕)
とう子と夏川が出てくる。
とう子「時間が経つのはあっという間ね」
夏川「(微笑)……」
とう子「何よ、笑って」
夏川「子どもが出来たら、連れて来てあげてくださいね。パパとデートした場所だよって」
とう子「ちょ、何言い出すの」
夏川「だって一人で育てるんですよね。絶対子どもに聞かれます。パパはどんな人だったのかって」
とう子「あ、そうね……考えもしなかった」
夏川「そんな時、先生には僕の事、笑って話して欲しいじゃないですか。だから先生にはもっと、僕を知って欲しいんです」
とう子「じゃ、最初に付き合う条件を出したのも、その為?」
夏川、一瞬迷うも、
夏川「ええ、勿論」
と、爽やかな笑みを見せる。
とう子「(顔を赤らめて)……」
夏川「この後どうします? ご飯でも」
とう子「(ハッとして)あ、ごめん。もう帰らなきゃ」
夏川「え……」
とう子、思わず夏川から目を逸らす。
○道路(夕)
とう子、電話を掛ける。呼び出し音が続く。
とう子「(ソワソワと)出てよ……」
柳の声「はい」
とう子「柳さん! 今から会える?」
柳の声「あー、今日は……」
とう子「お願い、少しでいいから」
柳の声「……わかりました。では、うちに来て貰えますか」
とう子「うん、わか(った)……え、うち?」
○高級マンション・全景(夜)
○同・柳家・LDK・中(夜)
奥さんの写真が飾られた祭壇。
数人の親族が食事をしている。
とう子の声「ごめんなさい。奥さんの一周忌だとは知らなくて……」
○同・寝室・中(夜)
とう子と柳がいる。
柳 「構いません。それより、どうしたのですか」
とう子「その、冷静になりたくて。柳さんと話すと、心が落ち着くから」
柳 「お茶でも煎れてきましょう」
とう子「待って、まずは謝りたいの」
柳 「?」
とう子「今日、夏川君と遊園地に」
柳 「!」
とう子「ごめんなさい。事前に相談するべきだったわ」
柳 「まさか、楽しかったのですか」
とう子「ええ……あ、いえ、全然、全く」
柳 「楽しかったのですね……」
とう子「も! やめて!」
と、思わず声が大きくなる。
とう子と柳、弔問客を気にして。
とう子「とにかく、冷静になりたいの」
柳 「そうですね。そうするべきです」
とう子「もう……自分が情けない。相手は学生なのに……」
柳 「外の空気を吸いましょう」
と、窓を開ける。風が入る。
とう子の髪が揺れる。
とう子「……」
柳 「やはりお茶も」
とう子「いいの。少し落ち着いたわ」
柳 「そうですか?」
とう子「それにしても、いいお部屋ね。素敵」
柳 「え? あぁ、妻の稼ぎがよくて」
とう子「奥様はどんな仕事を?」
柳 「大学の講師でした」
とう子「そうなの? どこの大学?」
柳 「……(小さな笑み)」
とう子「(察し)え? え、うちの大学!?」
柳 「30までそこで。その後は別の大学で常勤講師をしていました」
とう子「なら被ってないのね。残念」
柳 「一度だけ、そちらに伺った事があります。二人で学食にも行きました。当時は別の建物でしたけど」
とう子「そう……不思議な巡り合わせね」
柳 「実は、初めてお会いした時に、それを感じていました」
とう子「そうだったのね……」
と、照れくさそうに笑う。
柳 「あの、それで、彼の事なのですが……」
とう子「も、やめてよ」
と、無邪気に笑う。
柳 「……」
○慶誠大学・外の道(朝)
とう子、ウキウキと歩く。
一人の女性がとう子の前に立ち塞がる。
とう子「?」
女性はスマホを見せる。
そこに遊園地で撮ったとう子と夏川の写真がある。
とう子「!」
女性「(睨み)……」
とう子「(青ざめて)……」
○同・講堂・中
授業前。生徒たちが各々準備をする。
とう子、やってくる。
夏川と目が合う。
夏川は小さく手を振る。
とう子、迷うも、小さく手を振る。
夏川、屈託のない笑み。
とう子「……」
○高級マンション・柳家・玄関・中(夜)
とう子を出迎える柳。
柳 「どうかされましたか」
とう子「……」
柳 「(察して)……聞いたのですね」
とう子「やっぱり、知っていたのね」
柳 「その、本当は早くお伝えするべきだったのですが……私も、どうしたらいいかわからなくて」
とう子「それはいいの。そうよね。柳さんは優しいから、私を傷付けることしたくなかったはずだし」
柳 「いえ、それでも伝えるべきでした」
とう子、言い辛そうにするも口にする。
とう子「問題ないわよね」
柳 「え……?」
とう子「このまま夏川君と子どもを作っても」
柳 「!」
とう子「だ、だって、彼はボランティアよ。提供ボランティア。SNSで出会ってたら、何も問題ない。相手の事情なんて考慮する必要ないわよね」
柳 「それとは違います。彼の恋人の気持ちも考えてみてください。自分は彼に捨てられ、その彼は貴方と子どもを」
とう子「だけど……」
柳 「藏澤さんもわかっているはずです」
とう子「でも!」
とう子、ハッとして、深呼吸をする。
柳 「……」
とう子「そうね。確かにそう。柳さんが言う事は正しい。貴方はいつも正しい」
と、再び深呼吸をする。涙がポロポロと溢れてくる。
柳 「怒ってらっしゃるんですよね。私に。仰ってください」
とう子「……私は夏川君を選んだ。貴方に交渉を頼んだ。全部自分が蒔いた種よ。貴方を責める謂われはないわよね」
柳 「そういう事ではないのです。そうやって抱え込まないで、お気持ちをぶつけて頂いた方が、こちらとしても……」
とう子「柳さんが教えてくれたのよ。これが優しさでしょ」
柳 「!」
とう子「でも、少し窮屈よね。感情を殺して。これじゃ、母といた時と変わらない」
と、逃げる様に去って行く。
取り残される柳。俯く。
○慶誠大学・外の道
とう子、トボトボとやってくる。
とう子の前に立ちはだかる人物。
夏川だ。
夏川「先生、少しいいですか」
とう子、毅然と夏川を見遣る。
○同・とう子の部屋・中
とう子と夏川がやってくる。
とう子「なに?」
夏川「昨日、あいつ、待ち伏せしてて。聞きました。先生は身を引いたって」
とう子「そうよ。だから精子提供の話はもうナシ。以上」
とう子のスマホにメールの着信。
とう子、スマホを見ようとすると、夏川がその腕を取る。
夏川「あいつとは別れました」
とう子「!」
夏川「ウンザリです。もう何の迷いもありません」
とう子「あの、ちょっと……」
夏川「付き合いますから。僕たち。いいですね」
とう子「ね、落ち着いて聞いて」
夏川「(フッと笑い)聞く訳ないじゃないですか。何を言おうとしてるか分かるし」
とう子「だったら……」
夏川「(遮り)先生が身を引いても、あいつとよりを戻す気はありません。気にしなくていいんです」
とう子「……」
夏川「考えておいてください。ゆっくりでいいんで」
と、去って行く。
とう子、ハッとしてメールを見る。
柳からで『今晩お待ちしています』の文面と共にお店のURLがある。
とう子「……」
○和食店・個室・中(夜)
柳、待っている。
ノックの音がする。
柳、笑みが毀れ、顔を上げる。
やってきたのは店員で。
店員「すみません。閉店のお時間です」
柳 「……(苦笑)お会計を」
○道路(夜)
柳、歩く。ふと、気づく。
通りに面した公園に、とう子がいる。
○公園・中
とう子、俯いて座る。
柳がやってくる。
とう子「あ……ごめんなさい。その、会う前に考えたくて」
柳 「(微笑)そうですか」
とう子「お店、今からでも行きましょう」
柳 「もう閉店でして」
とう子「え!? もうそんな時間?」
柳 「来て頂けただけで嬉しいです。昨日は本当に申し訳なかった」
とう子「こっちも申し訳なかったわ」
柳 「謝る事はありません」
と、とう子の隣に座る。
とう子「……柳さん、提案があるの」
柳 「? 提案ですか」
とう子「提供ボランティア、お願いできるかしら」
柳 「……は?」
とう子「それが一番いい方法だと思うの」
柳 「(苦笑)何かあったのですね」
とう子「別に。ただ、未練とは恐ろしいものよね。邪念が凄いの。ドンドン湧いてくる」
柳 「なるほど。ではまずはその未練を断ち切る事ですね。それから前には進めばいい」
とう子「それは、そうだけど……」
柳 「それと、私はもう子どもを作る気はないのです」
とう子「え……?」
柳 「投稿も、既に削除しています」
とう子「どうして? 何かあったの?」
柳 「個人的なことです」
と、晴れやかな笑み。
とう子「……でもどうして投稿を始めたの。子どもを作るのに迷っていたわよね」
柳 「いえ、大した事じゃありません」
とう子「いつか訊き出そうと思っていたの。まだ秘密にする気?」
柳 「あ、いえ、あの」
とう子「残念、信頼してくれないの?」
柳 「ハハ、困りましたね」
とう子「聞きたいわ」
柳 「……提供ボランティアは妻からの提案でした」
とう子「!」
柳 「私達には子どもが出来ませんでした。当時、悩んでいた妻に、『二人でいれば幸せだ』と言ったのです。妻は納得して、それからは子どもの話はしなかった」
とう子「……」
柳 「ですが私の中に諦めきれない気持ちがあったのでしょう。妻はそれを見抜いていたのです。彼女が亡くなった後、残された手紙にそれがありました」
とう子「そうだったの……」
柳 「私は、妻が幸せだと信じて疑いもしなかった。ですが……(フッと笑い)難しいですね。私は、経験を積めば誰でも優しくなれると、本気で思っています。でも、このざまです」
とう子「……でも離婚はしてないんでしょ。少なくとも奥様は幸せだったはずよ」
柳 「そうでしょうか」
とう子「こう考えたらどうかしら。奥様は一人残される夫に、幸せの選択肢をプレゼントしたのよ」
柳 「!」
とう子「きっとそうだわ」
柳 「(微笑)そうだといいのですが」
とう子「考えてみると面白いわよね。優しいから思い合う。思い合うからすれ違う。でも、すれ違っても縁は切れない。優しいって、縁結びよね」
柳 「ハハ、縁結びは得意です」
とう子と柳、小さな笑み。
柳 「そうだ。藏澤さんの未練を断ち切るい方法があります」
とう子「?」
柳 「私、縁切りも得意なのです」
○慶誠大学・とう子の部屋・中
とう子と夏川がいる。
並べられたチェス盤がある。
夏川「もう一度、勝負を?」
とう子「私は貴方より優秀なはずなの」
夏川「どういう事ですか」
とう子「証明して断ち切るわ」
夏川「(苦笑)訳わかんない」
とう子、夏川を席に促す。
夏川、仕方なく座り。
とう子と夏川、チェスをしながら話す。
夏川「それより、返事はもう少し掛かりそうですか」
とう子「答えは決まっているわ」
夏川「うわー、断る気ですよね」
とう子「当然よ」
夏川「理由は?」
とう子「失望したの」
夏川「妊娠した彼女を捨てたからですか」
とう子「そうね。それと、貴方はなんだかんだ言って彼女にまだ未練がある」
と、夏川の腕を指す。
夏川はブレスレットをしている。
夏川、バツが悪く、腕を隠す。
とう子「結局、貴方はお父様に失望されたくないのよね。だから彼女を捨てようとした」
夏川「……」
とう子「彼女とよりを戻した方がいいわ。このままお父様に囚われていると、いずれ後悔することになる」
夏川、とう子の手を取る。
とう子「!」
夏川「今日は随分淡々と話すんですね」
とう子「そ、そうかしら」
夏川「気持ちを押し殺してるからですよね」
とう子「違うわ」
夏川「先生、僕の事好きですよね」
とう子「!」
夏川「僕も好きです。両想いですね」
と、笑みを見せる。
とう子、手を離して、視線を逸らす。
夏川「父が教えてくれたことで、一つだけ納得できる事があるんです。大切な人には優しく。それ以外は冷たく」
とう子「……」
夏川「大事にします。先生の事」
とう子、駒を動かす。ルークとキングの位置を入れ替える。
夏川「え、何ですか、それ」
とう子「ギャレットよ。知らないの?」
夏川「ズルじゃないですか」
とう子「夏川君、私、教わったの。人は誰でも優しくなれる。経験を積めば」
夏川「(嘲笑し)何すか、それ」
とう子「(微笑)私もね、始めはそう思った。でも、今はその言葉を信じられる」
夏川「……」
とう子「自分は変えられるわ。そうすれば周りだって変わるの。だってそうでしょう。夏川君は私を好きになってくれた」
夏川「!」
とう子「私は、今の自分を信じてるの」
と、クイーンを指す。夏川のキングを追い込んでいる。
夏川「あ」
とう子「やった……」
とう子、晴れやかな笑み。
夏川「……もしかして、フラれました?」
とう子「夏川君、ありがとね」
と、立ち上がり、身支度をする。
夏川「どうしたんですか」
とう子「行く所があるの。思い返して、やっとわかったわ」
夏川「え……?」
とう子、部屋を飛び出していく。
○道路
とう子、必死に走る。
○高級マンション・全景
○同・ロビー・中
とう子、呼び出し音を連打する。
返事はない。
とう子、急いでロビーを飛び出す。
○道路
とう子、足早に歩きながら電話をする。
柳は出ない。
とう子、スマホをしまい、走る。
○カフェ・店内
とう子、柳を探す。
電話の着信がある。
とう子「!」
○児童養護施設・全景(夕)
子ども達の遊ぶ声が聞こえる。
○同・正門・外(夕)
とう子、走って来る。
園庭で子どもと遊ぶ柳を見つける。
とう子「あ、柳さん!」
柳はとう子に気付き、子ども達と言葉を交わしてからやってくる。
とう子、息を整えてそれを待つ。
柳、やってくる。
とう子「あの、ごめんなさい。こんな時に」
柳 「いえ。それより、未練は断ち切れましたか」
とう子「それより、わかったの」
柳 「?」
とう子「あのね……」
と、気付く。
小さな女の子がとう子を見ている。
女の子「このおばちゃん誰?」
柳 「いいから。あっちに行ってなさい」
と、促して。
柳 「すみません。騒がしくて」
とう子「いいの、それでね……」
サッカーボールが飛んでくる。ガン!
と、門に当たる。
とう子「!」
高学年男子「あ、ごめーん」
柳はボールをパスして。
柳 「静かな所へ」
とう子「いいの。それより、貴方にお願いがあるの」
柳 「(微笑)今度は何です?」
とう子「私のパートナーになって欲しいの」
柳、目を丸くする。
とう子「あの、どうかしら」
柳 「……申し訳ないのですが、私は妻以外と結婚する気はないのです」
とう子「違う。パートナーよ。私だって失恋したばかりよ。すぐに鞍替えしないわ」
柳 「すみません。よくわからないのですが」
とう子「一緒に子どもを育てて欲しいの」
柳 「!」
とう子「いいわよね」
柳 「すぐには、返事はできかねます」
とう子「いいわ。待つ。待つわ。いつでも。……やっぱり、お願い。ホントに」
柳 「ですが、子どもはどうされるのですか。また提供ボランティアを?」
とう子「それなんだけど。勿論、貴方と相談して決めるわよ。でも、養子を視野に入れようと思ってる」
柳 「優秀な遺伝子でなくて、良いのですか」
とう子「それはいいの。子どもには経験を積ませたい。貴方の言う、優しさの」
柳 「!」
とう子「どうかしら。受けてくれる?」
柳 「……」
とう子「(待って)……」
柳 「……(小さな笑み)」
とう子「ホントに!? いいのね!」
柳 「ただ、一つ懸念が」
とう子「なに? 何でも言って」
男の子の声「おい! 柳ぃ!」
園庭にいる男の子が叫ぶ。
男の子「早く鬼ごっこするぞ!」
柳、苦笑してとう子を見遣る。
柳 「私でも少々手を焼いています」
とう子、思わず笑って……。
了
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