人 物
諏訪昭雄(53)医者
鮫島浩一(72)患者
鮫島直人(46)浩一の息子
麻里(40)直人の妻
葵(12)直人の子供
鮫島美枝子(46)諏訪の妻
アナウンサー
院長
記者
医者
◯テレビ画面
情報番組が流れている。
アナウンサー、カメラを見つめ
アナウンサー「今年もいよいよ大詰め。清水
寺では今年の漢字が発表されました」
画面切り替わり、清水寺でお坊さんが
大きな半紙に「死」と書く。
アナウンサー「2040年、今年の漢字は『死』
に決まりました。毎年、インターネットや
ハガキなどの一般応募で決まる今年の漢字
ですが、9月に執行された「特別安楽死認
可法」やその翌月に決まった「死刑制度撤
廃」などから「死」という漢字が多く票を
集めた模様です」
◯国立中央病院・病室
広々とした個室。鮫島浩一(72)がテレ
ビをぼうっと見つめている。
鼻にはチューブが付いている。
アナウンサーの声「なお、特別安楽死認可法
というのは、病気などで重篤な患者が自ら
の意思で希望すれば、安楽死の医療行為を
受けることが出来る法律で、現在、国立中
央病院のみで執り行われていると言う事で
す。今後、各地の病院でも設備が整い次第
普及される見込みです」
そこに白衣姿の諏訪昭雄(53)が看護
師数名を引き連れて入ってくる。
諏訪「鮫島さん、お時間です」
鮫島、諏訪を見てニンマリと微笑む。
◯同・手術室
真ん中に酸素カプセルの様なものが置
かれている。
周りで医師達が準備をしている。
そこに鮫島がベッドに乗ったまま運ば
れて入ってくる。
諏訪も後から入ってきてゴム手袋をつ
ける。
諏訪「御家族様とのお別れは済みましたか?」
鮫島「あぁ」
諏訪「先程、病室にはお見えになられてなか
った様ですが…」
鮫島「倅は仕事が忙しいんだ。でも事情は知
ってるから。ちゃっちゃと頼むよ」
諏訪「では遺書はご用意されましたか?それ
から身辺整理などは…」
鮫島「うるせぇなさっさと終わらせてくれよ
!」
鮫島、そう叫ぶと胸を押さえて苦しそ
うに咳き込む。
諏訪「すみません、規則なので」
他の医師が諏訪に注射針を渡す。
諏訪「では他に何かご不明な点が無ければ、
麻酔を入れさせて頂きます」
鮫島「もう…早くしてくれ」
諏訪、麻酔針を点滴の管に刺す。
暫くしてすうっと眠りにつく鮫島。
諏訪「ええッと患者の方が眠られたので皆に
説明しますが、麻酔を入れた後にカプセル
の中に移動します。移動して蓋をした後、
スイッチを押すと中に液体窒素が流入しま
す。そうする事で段々酸素濃度が下がり…」
一人の医者がオエっとえずき、外へ駆
け出て行く。
諏訪「…まぁやれば分かります」
諏訪、点滴を外し鮫島を抱きかかえる。
諏訪「誰か蓋開けて」
蓋が開かれ、鮫島を中に横たわらせる
諏訪。
諏訪がスイッチを押すとゴーーーっと
言う音が暫くする。
やがてピーピーと音がする。
蓋を開け、諏訪が鮫島の瞳孔に光をあ
てる。
諏訪「最後に死亡確認です。えー13時48分、
ご臨終です」
諏訪、鮫島に向かって一礼。
諏訪「分かりましたか?」
諏訪が辺りを見回すと、おぞましいも
のを見る目で諏訪を見ている医者達。
諏訪、ふうっとため息をつく。
◯同・手術室外
諏訪が手袋を外して出てくると報道陣
が駆け寄る。
記者「今、三度目の特別安楽死が遂行され、
執刀医が出てきました。今のお気持ちは?」
記者、諏訪にマイクを向ける。
諏訪「…滞りなく終了致しました」
記者「お気持ちは?」
諏訪「…何もお伝えすることはありません」
諏訪、報道陣の間をすり抜け、去って
行く。
◯同・院長室
ドアが開け放たれている。
奥には院長が座り窓の外を眺めている。
諏訪、ノックして入室。
諏訪「失礼します」
院長「おお諏訪くん。鮫島さんの執刀は無事
終わりましたか?」
諏訪「執刀?執刀というより執行ですよ」
院長「おや、何をそんなにカリカリと」
諏訪「あんな法律間違ってます。日本は到底
安楽死なんか受け入れられる国じゃない。
もう限界です。僕は降ります」
院長「安楽死は患者との合意の元行われる医
療行為です。諏訪くんは立派に執刀しただ
けだ。罪悪感など感じることはない」
諏訪「僕は人の命を救うために医者になった
んだ。殺すためじゃない」
院長「殺すなんて人聞きの悪い」
諏訪「殺しじゃなきゃ何なんですか?」
院長「だから、安楽死ですよ」
院長、目を見開き鋭い眼差しで諏訪を
見つめる。
院長「諏訪くん、君のやっていることは死刑
執行人とは違うんだ。楽に死にたいという
患者の合意を得ている」
諏訪「死刑制度撤廃の要因の一つに刑務官の
PTSDがあります。安楽死だって、医者の
PTSDを招きかねない」
院長「諏訪君、君はそんなにヤワなのか?」
諏訪、たじろぎ口を結ぶ。
院長「もっと度胸のある男だと思っていまし
たがね。それに…君がこの使命を遂げてく
れれば、今後のキャリアも優遇すると約束
するつもりだったんですが…」
院長、不敵に笑う。
院長「それでも降りますか?」
諏訪、俯き頭を下げて部屋を出る。
院長は微笑んで諏訪を見送る。
◯同・廊下
諏訪が歩いている。
前の死体安置所から鮫島直人(46)と
鮫島麻里(40)、鮫島葵(12)が出てく
る。直人は諏訪を見かけると駆け寄る。
直人「…あの、お世話様でした」
直人が頭を下げる。麻里も続けて頭を
下げる。
諏訪がふと目をやると遠くで葵が諏訪
を睨んでいる。
諏訪、それを横目に直人達に頭を下げ
る。そのまま通り過ぎようとするが、
葵とすれ違った時、
葵「人殺し」
その言葉にピタッと立ち止まる諏訪。
葵「おじいちゃんを返せ」
麻里「葵!なんてこと言うの!」
麻里、走ってきて葵を叩く。
麻里「謝んなさい!早く!!!」
諏訪「お母さん、大丈夫です」
麻里「謝んなさい!」
葵、うわーと泣き出す。
諏訪「お母さん、僕なら大丈夫ですから」
諏訪、お辞儀をして去って行く。
麻里は葵を抱きしめる。
◯諏訪家・リビング(夜)
諏訪が一人で晩酌をしている。
窓辺に並んだ写真立ての中に諏訪と諏
訪美枝子(享年46)が微笑む写真が。
諏訪、それを見つめる。
美枝子の声「あなたー」
◯回想・病室
酸素マスクをし、痩せこけた美枝子。
諏訪が手を握っている。
美枝子は諏訪を見つめて涙を流す。
美枝子「もう殺して?」
諏訪の目から涙が流れる。
◯諏訪家・リビング(夜)
諏訪、ビールを煽り飲むと首を項垂れ
る。
◯国立中央病院・カンファレンスルーム
医者達が集められている。
スクリーンの前に立つ諏訪。
諏訪「と言うことで、全ての研修が終わりま
したが、執刀に名乗り出てくれる者は手を
挙げて下さい」
静まり返り、手をあげる者はいない。
諏訪「…再三言っていますが、安楽死は殺人
ではありません。重篤で苦しむ患者は…」
そこで一人の医者が手を挙げる。
諏訪「どうした、立候補か?」
医者「諏訪先生は本当に心からそう思います
か?」
諏訪「どう言うことだ?」
医者「命を助けるはずの医者が、命を奪う執
刀をしていいと、本当に心から思っている
んですか?」
諏訪、その言葉に息を飲み、俯く。
医者「あまり言いたくありませんが、諏訪先
生にはキャリアがかかっているとか…」
諏訪「言葉を慎め!」
諏訪、血走った目でその医者を睨らむ。
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