4分の1の時計 ドラマ

中学校教師の健吾は、祖母の千代と暮らしている。閏年の二月二十九日に生まれた千代は、4年に一度しか歳をとらない、特殊な時間軸の中を生きていた。
ユイ 41 0 0 07/23
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第一稿

登場人物
・高杉健吾(38) 中学校教員
・高杉千代(38) 健吾の祖母
 ※普通の人の時間軸では152年生きていることになる

高杉吾郎(享年31)※写真のみ 健吾の祖 ...続きを読む
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登場人物
・高杉健吾(38) 中学校教員
・高杉千代(38) 健吾の祖母
 ※普通の人の時間軸では152年生きていることになる

高杉吾郎(享年31)※写真のみ 健吾の祖父、千代の夫 
高杉明美(享年63)※写真のみ 健吾の母、千代の娘

・生徒1
・生徒2
・生徒3


○高杉家・外観(夕)
   平屋の木造住宅。
   『高杉吾郎』と書かれた表札。

○同・居間(夕)
   壁にかかった日めくりカレンダー。
   2月27日のページ。青のマジックで27に丸印。

○板蔵中学校・外観
   正門に、『板倉中学校』。

○同・職員室・中(夕)
   パソコンに向かっている、高杉健吾(38)。スーツの上にジャ
   ージの上着を着ている。
   健吾の机の上にあるスマホが鳴り、画面に『ばあちゃん』と
   表示される。
   健吾、スマホを持って校庭側に出る。

○同・外(夕)
   スマホを耳に当てて立っている健吾。
   ジャージ姿で荷物を持った男子生徒1・2・3が前を通る。
生徒1、健吾を見て、
生徒1「せんせー、彼女と電話ですかー」
生徒2「え、先生彼女いんの!?」
生徒3「女の人と住んでるって聞いたことあるよ俺! 写真見たいなー」
   健吾、スマホを耳から離して、手で生徒たちを追い払う仕草
   をしながら、
健吾「部活行きなさい! 始まってるだろ!」
   生徒1・2・3、笑いながら逃げていく。
   健吾、スマホを耳に当て直す。
健吾「ごめんごめん、なんだっけ?」
   電話から聞こえる声は、若々しい。
千代の声「だから、帰りにクリーニング屋さんで服取って、それとこの前
 テレビでやってたようかん買ってきて。あ、あと駅前の本屋さんで」
   健吾、うなだれて、
健吾「時間ならいくらでもあるんだからそれくらい自分でやりなよ」
千代の声「あんたねえ。お年寄りには優しくしなさいって教わらな
 かったの? 親の顔が見てみたいよ」
健吾「親はあなたの娘なんですけど」
千代の声「年寄りは暇そうに見えるかもしれないけど、時間がない
 の」
健吾「普通はね」
千代の声「明美そっくりだわ、その話し方。親子揃って全く」
   千代のため息。
健吾「だからその明美の母親がばあちゃんだろ!?」
千代の声「頼んだことはよろしく〜」
   通話の切れる音。
   健吾、ため息をついて職員室に入っていく。

○高杉家・外観(夜)
   平屋の木造住宅。
   『高杉吾郎』と書かれた表札。

○高杉家・居間(夜)
   ちゃぶ台の上には、鍋に入ったすき焼きと取り皿が一つ。
   着物姿の高杉千代(38)が座って壁にかかった時計を見る。時
   計は7時を指している。
   千代のつけているアンティーク調の腕時計は4時45分を指
   している。
   健吾が仕事用のカバン、クリーニングされた洋服、本屋の袋、
   和菓子屋の紙袋を持って入ってくる。
健吾「ただいまー」
千代「おかえりなさい!」
   健吾、手に持った荷物を、立ち上がった千代に渡す。
   千代、健吾を見てにこりと笑う。
千代「ありがとうね」
健吾、すき焼きの入った鍋を見て、
健吾「お! すき焼き! あれ、今日ってなんかあったっけ?」
千代「今日は健吾の誕生日じゃないかい。すき焼きはお祝いの日に
 しか作らないよ、うちは」
   千代、冷蔵庫に向かい、ビールを取る。
   健吾、苦笑して、
健吾「俺の誕生日かー。うわ、じゃあもう38!? だんだん祝いたく
 なくなってくるな……」
千代「健吾、いくつになっても誕生日ってのは大事にしなきゃいけ
 ないもんなんだよ」
健吾「ばあちゃんは歳取るのゆっくりだからいいだろうけどね」
千代「健吾ももう私と同じ歳だものねえ」
健吾「え! 嘘!」
   千代がビールを持って、ちゃぶ台に向かって座る。
   健吾、どかっとちゃぶ台の前に座る。
健吾「いいよなあ、四年に一回しか誕生日来ない、ばあちゃんは。
 あ、今年はくるのか2月29日。明後日だ」
千代「四年ぶりだよ、歳をとるのは。こうも遅いとやんなっちゃう
 ねえ」
健吾「やんなっちゃうなら俺が代わってあげたいね。俺もあと二日
 誕生日が遅かったら同じようになってたのかな」
   千代、笑う。
健吾「いや孫だし、なってもおかしくないでしょ。同じ血が流れてるわけだし?」
千代「あのねえ健吾。時間が人より4倍も遅く進むなんてのは、あ
 んたが思ってるほどいいもんじゃないのよ」
健吾「人と同じ速さで進むのだって、ばあちゃんが思ってるほどい
 いもんじゃないよ」
  壁の時計が指す時刻は7時12分。
   健吾、千代の腕時計を覗く。腕時計の指す時刻は、4時48
   分。
健吾「ばあちゃんはまだか。じゃあ、お先」
   健吾、生卵を皿に割って、かき混ぜる。
   千代が菜箸を持って健吾の皿をとる。
健吾「あ、ありがと」
   ビールを開けて、ごくごく飲む健吾。
   すき焼きを取り分けて健吾に渡す千代。
千代「ゆっくり食べなさいよ」
   健吾、苦笑する。
健吾「子どもじゃないんだから」
健吾、手を合わせて、
健吾「いただきます!」
   すき焼きを食べる健吾を幸せそうに見つめる千代。
     × × ×
   壁の時計の指す時刻は、12時。
   千代の腕時計が指す時刻は、6時。
   座って湯のみのお茶を飲む千代。
   パジャマ姿の健吾が、濡れた髪を拭きながら入ってくる。
健吾「ばあちゃん、俺そろそろ寝るわ、おやすみ」
千代「ああ、もうそんな時間かい。おやすみ」
   寂しげな表情の千代。
   健吾が出て行く。
   仏壇には、軍服姿の高杉吾郎(享年31)の白黒写真と、高杉明
   美(享年63)のカラー写真。
   千代、明美の写真を持って見つめる。
千代「もうあんたがいなくなって2年かい。私以外の世界では。早
 いねえ」
千代、高杉の写真を見る。
千代「吾郎さん、みんなせっかちだわ。私を置いていくのね……」
   千代、写真を置いて立ち上がり、台所から鍋を持ってくる。
   健吾が入ってくる。
千代「どうしたんだい、明日も仕事だろう」
   健吾、笑って、
健吾「明日休みだったわ。夕飯くらい、付き合うよ。俺のお祝いのす
 き焼きなんだから」
   千代、嬉しそうに笑って、
千代「あんたは自分の休みも覚えられないのかい。あ、ビールまだあるよ」
健吾「うん、ありがと」
   千代、冷蔵庫のビールを取り出し、健吾に渡す。
   こたつに向かい合って座り、ビールを飲む健吾と、すき焼き
   を食べる千代。

○同・居間(夕)
   壁にかかった日めくりカレンダー。2月28日のページ。
   お風呂上がりの千代、こたつに座り、濡れた髪を拭いている。
   健吾、千代の向かい側に座っている。
   壁の時計の指す時刻は、4時50分。
   千代の腕時計の指す時刻は、10時12分。
健吾「え、じゃあ四年ぶりの誕生日なのに、明日ずっと寝てるってこと?」
千代「そう! あんたたちの世界で32時間は寝ないとね」
健吾「誕生日は大事だって言ったの誰だよ……」
千代「寝るのは大事なんだよ。8時間睡眠が長生きの秘訣さ」
   健吾と千代、笑う。
   こたつの上の、健吾のスマホが鳴る。
   スマホの画面には『協同病院』。
   健吾、スマホをとって電話に出る。
健吾「もしもし、高杉です」
   千代、勢いよく湯のみを置く。
   × × ×
   明美の写真。
   千代が電話している健吾の腕を掴む。
千代「病院? 裕美がどうかしたの!?」
健吾「大丈夫」
   千代が目に涙を浮かべながら、健吾の腕を揺らす。
健吾「先生が、来週病院に来て欲しいって。話がしたいって」
   健吾、スマホを置いて、千代の両肩に手を置き、まっすぐ目
   を見る。
健吾「大丈夫。きっと母さん、よくなってるんだよ。それで治療方針
 が変わることもあるって言ってたでしょ、先生も」
千代「本当に、本当に裕美は大丈夫なのね? 今から行った方がい
 いんじゃないの」
健吾「大丈夫。月曜日に行こう? ね」
   目に涙を溜めて、深く息を吐く千代。
   健吾、立ち上がって台所に歩いて行く。
   千代、吾郎と明美の写真を見て、つぶやく。
千代「私だけがいつまでも若いまま……」
健吾、急須で湯のみにお茶を入れ、千代に渡す。
   壁の時計が指す時刻は5時。
   健吾、千代の腕時計を覗く。腕時計の指す時刻は10時15
   分。
健吾「ほら、今日はもう寝た方がいい」
   千代、湯のみを見つめて涙ぐむ。
千代「健吾はのんびりしなさいね」
   2月29日に赤で丸印がついている、壁のカレンダー。
   健吾、優しく、どこか寂しそうに微笑んで、頷く。
健吾「起きた時には、ちゃんとまた、俺が年下だ」
   涙を拭って、頷く千代。

○同・外観(朝)
   朝日が昇る。
   平屋の木造住宅。
   『高杉吾郎』と書かれた表札。

○同・居間(朝)
   壁にかかった日めくりカレンダーが日の光を浴びる。
   2月29日のページ。赤いマジックで29に丸印。  (完)

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