大人になれない向日葵 恋愛

「女になりたい」 田舎の祭用品店の長男として生まれた葵は、ずっとそう思っていた。地元を離れ、今日から女性としてアルバイトをしながら生きていく!……はずだったが、メイクもウィッグも被っていない、男性にしか見えない格好で、バイト先の先輩・向日と出会ってしまう。次第に向日に恋心を寄せるようになる葵だったが、向日はバイト先の女性「東條葵」と、街で出会った「葵太郎」と名乗る男を別人だと勘違いしたままで…
ユイ 25 0 0 07/23
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第一稿

登場人物
・東條葵(23)フリーター。神社のお祭りでおかめ踊りを担当。
・向日(むかい)卓哉(21)美容専門学校の3年生。
            レンタルショップBIGBA ...続きを読む
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登場人物
・東條葵(23)フリーター。神社のお祭りでおかめ踊りを担当。
・向日(むかい)卓哉(21)美容専門学校の3年生。
            レンタルショップBIGBANGの学生バイト。

・布袋美奈(18)高校3年生。野球をしている。
         葵の幼馴染で、お祭り仲間。
・東條浩司(52)葵の父。祭り用品店とうじょうの3代目。
・東條美智子(51)葵の母。
・中川枝美子(46)お祭りのリーダー。
          葵と美奈に踊りを教えている。
・布袋康治(76)美奈の祖父。
・友原大毅(35)レンタルショップBIGBANGのバイトリーダー。
・松本利樹(43)レンタルショップBIGBANGの店長。
・男 高速バスの乗客


○アパート・外観
   青天の下、ひまわりが咲いている。

○同・葵の部屋
   フリルのスカート姿の東條葵(23)。
   慣れない手つきでメイクをしている。
   床に転がったスマホに、アルバイトの
   不合格メール。その隣にはぐしゃぐし
   ゃの履歴書が何枚も。

○レンタルショップBIG BANG・レジ
   向日卓哉(21)、接客中。
   DVDを入れた袋を、持ち手が客の左
   側になるように渡す。
向日「お待たせいたしました」
   客、受け取りづらそう。
向日「ありがとうございました!」
   友原大毅(35)、向日の所に来る。
友原「向日く〜ん。袋は持ち手がお客様の右
   にくるように渡してください」
向日「すみません。気をつけます」

○アパート・葵の部屋
   葵、鏡で顔を覗きこむと、はっきりと
   青髭が見える。
   大きくため息をつき、ウィッグを外す。
   メイクを化粧落としのシートで落とし、
   服はTシャツとデニムに着替える。
   鍵を持って出ていく葵。
   棚の写真たてには、祭り衣装を着た数
   人の男女が写った写真。
   数人の中には葵、東條浩司、布袋美奈
   の姿も。
   写真の葵、短髪姿に髭を生やしている。
   写真たての隣に、花瓶に入った葵の花。

○コスメショップ・外
   葵、店に入ろうとするが、ためらう。
   向日、化粧品が大量に入った袋を抱え
   て出てくる。
   袋からコンシーラーが一つ落ちる。
   葵、コンシーラーをキャッチする。
向日「あ! ありがとうございます!」
   葵、取ったコンシーラーをじっと見る。
向日「?」
葵「彼女さんの、ですか」
向日「(怪訝な顔で)はい?」
葵「……いや、何でもないです」
向日「あなたはそうなんですか」
葵「え?」
向日「入ろうとしてたんでしょう、ここ」
   向日、顎で店を指す。
葵「まあ……はい」
向日「自分がそうだからって勝手に彼女のた
   めって決めつけるのは失礼じゃないですか」
葵「はい?」
向日「(嫌味な感じに)僕はメイクアップア
 ーティストを目指している専門学生です」
葵「……すいません」
   向日、ため息をつく。
向日「それ、あげます」
   葵の手の中のコンシーラー。
葵「え?」
向日「拾ってくれたお礼です」
葵「いや、俺はいらないです」
向日「僕も使ってるんですよ」
葵「あ、あなたが?」
向日「青髭、消せるんです。オレンジのコン
 シーラーって」
葵「(興味はあるがそれを隠して)ふーん」
向日「青の補色としてオレンジを利用するこ
 とで……あ。いや、いいです」
葵「?」
向日「まあ興味がなければ彼女さんにでもあ
 げてください」
   向日、深く頭を下げる。
向日「ありがとうございました」
   葵、去っていく向日の背中を見ている。

○アパート・葵の部屋(夜)
   机の上には、コンシーラー。
   机に顎を乗せてコンシーラーを睨んで
   いる葵。
   葵、化粧下地を顔全体に塗り、青髭が
   目立つ顎まわりにコンシーラーを塗っ
   てみる。
   鏡で顔を覗き込むと、青髭が見えない。
葵「ほんとだ……」
   スマホの通知音。開くと、アルバイト
   の面接の案内メール。

○レンタルショップBIG BANG・外
   ワンピースを着た葵が立っている。
   メイクをして、長い髪のウィッグをつ
   けている。
   肩にかけた大きなトートバッグの持ち
   手をぎゅっと握って。
葵「よし」
   葵、入っていく。

○同・レジ
   歩いてくる葵。
   レジに立っている店員は向日。
葵「(向日に気づいて)あ」
向日「?」
葵「あ、いえ。あの。バイトの面接に来た東
 條なんですけど」
向日「ああ。店長、お呼びしますね」
   向日、松本利樹(43)を呼んでくる。
   松本について歩いていく葵。
   向日、袋を渡す向きについて友原から
   説教を受けている。

○コスメショップ・外(夕)
   葵、トートバッグを持って歩いてくる。
   向日が店内にいるのが見える。

○同・中(夕)
   向日に近づく葵。目が合う二人。
向日「あ、どうも。お疲れ様です」
葵「(嬉しそうに)お疲れ様です」

○同・外(夕)
   葵、小走りで出てくる。
葵「(小さくガッツポーズ)やっぱり気づい
 てない!」
   辺りを見回してトイレを見つける葵。

○トイレ・外(夕)
   男子トイレから葵が出てくる。
   メイクは落とされ、短髪姿。服はTシ
   ャツとデニム。

○コスメショップ・中(夕)
   化粧品を見ている向日に近づく葵。
葵「あの」
向日「(顔をあげて)あ、昨日の」
葵「青髭、消えました」
向日「?」
葵「青髭が消えたんです! 昨日のコンシー
ラーのおかげで。私、もう感動で」
   向日、葵の顔を一瞥するが、すぐに商
   品に視線を戻す。
葵「なんで何も言ってくれないんですか」
向日「だってお世辞でしょう」
葵「え?」
向日「そんなに感動したのに、今は塗ってな
 いんですか?」
   テスターのコーナーについている鏡で
   自分の顔を見る葵。何も塗っていない。
向日「僕、嘘つかれるの嫌いなんです」
葵「う、嘘じゃないです!」
向日「気、使わなくていいですから」
   向日、歩き去ろうとする。
葵「ちょっと」
   向日、無視して歩いていく。
葵「勝手に嘘だって決めつけるのは失礼じゃ
ないですか」
向日「僕は、出会った時に失礼なことを言っ
 て来たあなたには、失礼な言葉をかけるべ
 きだと判断しただけです」
   歩き去る向日。
   向日の背中を睨んでいる葵。

○葵の部屋(夜)
   葵、机の上に置いたコンシーラーと、にらめっこしている。
葵「なんなのあの人!」
   スマホに着信があり、電話に出る葵。
葵「はい、もしもし」
   葵、電話を聞きながら、笑顔になる。
葵「本当ですか! ありがとうございます!」
   表情が少し曇る葵。
葵「……女性が欲しかったから、ですか」
   葵、自分の姿を鏡で見る。短髪姿に、
   すっぴんだから青髭も見える。
葵「はい。明日から行けます。よろしくお願
 いします」
   葵、電話を置いてうなだれる。
葵「やっと受かった〜!」
   鏡に映る自分を見て、複雑な表情。

○同・葵の部屋(朝)
   スカートを履き、ウィッグを被った葵。
   口紅を塗って、メイク完了。
   大きなトートバッグを持って出ていく。
葵「いってきます」

○レンタルショップBIG BANG・中
   友原からレクチャーを受けている葵。
   レジでは向日が接客中。
   向日、DVDの袋の持ち手が客の右手
   側になるように渡そうとするが、持ち
   替えて左手側になるように渡す。
友原「向日く〜ん。袋の向き」
向日「すみません、つい」
友原「ちゃんとして。新人入ったんだから」
   葵、向日を見て首をかしげる。

○同・休憩室
   葵、ドアの近くでエプロンを畳む。
   向日、カップ麺をすすりながら『バン
   ディッツ』のラストシーンを見ている。
   テーブルの上には、赤毛のヒロインと
   二人の男が映ったDVDケース。
   ヒロインが、両隣に立つ主人公二人の
   手を握る。
向日「(苦笑)両方好きってありなの?」
   エンドロールが流れ始める。
葵「あの、向日さん」
向日「はい?」
葵「あの〜……あれってわざとですよね」
向日「あれ?」
葵「袋を渡す向き。レジのときの」
向日「(笑って)ああ。ばれました?」
葵「なんで」
向日「そんなことするかって?」
   向日、立ち上がって葵の前に立つ。
向日「世の中って右利きの人が圧倒的に多い
 じゃないですか」
葵「あ。はい」
向日「ということは、僕がお客様の左側に持
 ち手がいくように袋を渡すことで、不便に
 感じる方のほうが多いわけです」
葵「……そうですね」
向日「(人差し指を立て)でも、でもですよ」
向日「左利きの人は、右向きに渡されたらど
 う感じるんだろうって」
葵「(考えるが、わからず)……どう」  
向日「『ああまた、右利きの人のための世の
 中だ』って思うんじゃないかって」
   きょとんとしている葵。
向日「右利き向けに作られたもので溢れてる
 んですよ、世の中。改札のピッてする所も
 右だし、自販機でお金入れる所も右だし」
   と、左手でドアノブをひねる。
向日「このドアだって、左手だと開けづらい」
葵「向日さんは、左利きなんですか?」
向日「いえ。僕は右利きです」
葵「え?」
   戸惑っている葵を見て笑う向日。
向日「まあ、僕こんな面倒くさい人間ですが」
   向日、葵に右手を差し出す。
向日「これからよろしくお願いします」
葵「あ、こちらこそよろしくお願いします」
   葵、慌てて向日の右手を握る。
向日「あ、握手は右でしますよ。左だと別れ
 の握手になっちゃいますから」
   向日、葵の手を離して去る。
   自分の右手を見つめている葵。

○同・外(夕)
   葵、大きなトートバッグを持って出て
   くる。
   スマホを開くと、美奈から『祭りの練
   習はじまるよ』とメッセージ。
   『父さんに会いたくないから行かない』
   と返して歩き出す葵。
   スマホの音が鳴って、立ち止まって開
   くと『いつも来てないじゃん。アオち
   ゃんパパ』と返信がくる。
   『東京からは帰るのは遠いでしょ』と
   返してまた歩き出す葵。
   またスマホの音が鳴って、立ち止まっ
   て開くと『高速バスなら1時間ちょっ
   とじゃん!』と返信が来る。
   葵、やれやれと笑う。
   『俺がいないと寂しいの?』と返す葵。
   『そんなんじゃない!自意識過剰!』
   というメッセージと、ものすごく怒っ
   て藁人形を刺しているスタンプが送ら
   れてくる。
   葵、画面を見て吹き出す。

○高速バス・中(夕)
   窓際の席にトートバッグを持って座っ
   ている葵。
   若い男が葵の前に立つ。
男「隣、いいですか」
葵「あ、どうぞ」
   葵、他の席を見渡すと空いている。
   訝しげに首を傾げている葵。
   バスが走り出す。
   葵、窓に映る自分を見る。ロングヘア
   のウィッグをつけ、メイクをしている。
葵「ああ…」
   葵、バッグを持って立ち上がる。
   × × ×
   メイクを落とし、ウィッグを外した葵
   がトイレから出てくる。服はTシャツ
   とデニム。
   葵が元の席に座ると、目を丸くする男。
   葵、イヤホンをつけて、窓の方をぷい
   っと向いて目を閉じる。
   × × ×
   窓から見える景色は田んぼばかり。
   寝ていた葵が目を開ける。
   隣の男が肩の上で寝ていて、嫌な顔を
   する葵。
   次で降りる乗客はボタンを押すように
   というアナウンスが流れる。
   ボタンに手を伸ばす葵だが、隣の男が
   肩で寝ているせいで押しづらい。
   葵、大きなため息。

○吉木神社・外観(夜)
   大きな鳥居の下に立つ葵。
   お囃子の音が聞こえてくる。
   歩き始める葵。

○同・社務所・中(夜)
   和太鼓や横笛など、お囃子を演奏して
   いる人たち。
   女物の着物を着て、おかめのお面を被
   り、踊っている二人の人。
   正座して、二人をじっと見ている中川
   枝美子(46)。
   お囃子が止まり、休憩し始める一同。
   おかめ踊りをしていた二人がお面をと
   ると、一人は葵、もう一人が布袋美奈
   (18)。美奈、ショートカットで、
   日焼けをした肌。
枝美子「相変わらず、葵の方が女っぽい踊り
 ね。美奈は全然ダメ」
美奈「(肩を落として)またかよ〜」
枝美子「葵はね、女らしさを意識しすぎ」
葵「女らしさ?」
枝美子「そう。女らしくしないとって意識す
 るのはわかるけど。葵が男だからこそね」
   葵の表情が曇る。
枝美子「なんかね。女らしさばっかりで葵ら
 しさがないっていうのかねぇ」
葵「(腕を組んで)うーん……」
   東條浩司(52)、入ってくる。
浩司「おばんです〜」
美奈「(浩司を見て)あれ」
   葵、浩司を睨んでいる。
   『浩ちゃん珍しいねぇ』などと浩司に
   話しかけている一同。その中に、布袋
   康治(76)。
浩司「うちのせがれは?」
布袋「来てる来てる。やっぱり葵はお祭り大
 好きなんだなぁ。わざわざ東京から来るな
 んて」
   浩司、布袋の話を流しながら葵を目で
   探す。
   葵、こっそり出ていく。
   葵の後ろ姿を見つけて追いかける浩司。

○同・同・外(夜)
   足早に歩いている葵。
   浩司、葵を追いかける。
浩司「おい!」
   浩司に構わずに歩き続ける葵。
   美奈、葵と浩司を後ろから見ている。
   葵、突然立ち止まる。
   浩司も立ち止まり、葵を見ている。
   葵、振り向くと浩司を素通りして、美
   奈の方に歩いていく。
葵「(美奈に)今日一緒に帰れない。ごめん」
美奈「アオちゃん?」
葵「練習にはまたくるから。じゃあね」
   美奈の肩に手を置き、歩いていく葵。
   葵、浩司の横を通るときにつぶやく。
葵「送ってってあげて」
浩司「え? あ、おい! 葵!」
   浩司を無視して歩いていく葵。

○走る電車・中(夜)
   葵、電車に座っている。
   真っ暗な景色が、都会に入ると建物の
   明かりで明るくなっていく。
   どんどん混雑していく車内。

○コンビニ・中(深夜)
   葵、大量のお酒をカゴに入れている。
   葵が手を伸ばすと、同じものを取ろう
   としている向日。目が合う二人。

○コンビニ・外(深夜)
   ビニール袋に入った大量のお酒を持っ
   て、足早に出てくる葵。
   向日、エコバッグを持って葵を追いか
   ける。
   葵、歩くスピードを速める。
   向日、小走りで葵を追う。
葵「なんでついてくるんですか!」
向日「そんな顔してその量のお酒買ってる人、
 放っておけるわけがないでしょう!」
葵「ほっといてください!」
向日「お断りします」
葵「私、大酒飲みなんです!」
   
○公園・ブランコ(深夜)
   ブランコに座って、お酒を飲んでいる
   葵と向日。
   葵、『アルコール度数3%』と書かれ
   た缶チューハイをちびちび飲んでいる。
   向日、『ストロング』と書かれた缶チ
   ューハイをぐびぐび飲んでいる。
葵「なんで今日は優しいんですか」
向日「? いつもこんな感じですけど」
   葵、苦笑い。
葵「なんでメイクが好きなんですか」
向日「好きになるのに理由がいります?」
葵「はいはい、いらないですね」
向日「やってみたらいいじゃないですか」
葵「え?」
向日「この前はコンシーラーで髭を隠しただ
けなんでしょう」
葵「ああ」
向日「興味あるならやってみたらいいのに」
葵「うーん……向日さんはやるんですか?」
向日「僕は基本的に、人にやってあげるのが
好きなんです」
葵「なるほど……」
向日「何をそんなに迷うことがあるんですか」
葵「このままの自分も嫌なんだけど」
向日「はい」
葵「別の人になるっていうのもなんか違和感
 あるっていうか」
   葵、少し考えて。
葵「自分が消えちゃうみたいっていうか」
向日「(笑って)何を言ってるんですか」
葵「あー……やっぱり話すんじゃなかった。
よりによってあなたになんて」
向日「そうじゃないです」
葵「(嫌そうに)じゃあなんですか」
向日「メイクって、自分を消すためのものじ
 ゃなくて、なりたい自分になるためのもの
 でしょう?」
葵「……なりたい自分」
向日「そう」
   向日、ブランコを降りて葵の前に立つ。
葵「でも顔が変わる(わけだし)」
   向日、葵に顔を近づけて。
向日「考えすぎ。僕がやってあげますよ」
   葵、向日の顔が目の前にあることにド
   キドキしている。顔が真っ赤。
葵「……か、考えときます!」
   葵、酔ってふらつきながら、逃げるよ
   うに去っていく。

○アパート・葵の部屋(深夜)
   葵、酔ってふらつきながら、大量のお
   酒が入ったビニール袋を机に置く。
   鏡に映る自分を見て首をかしげる。
   短髪に、メイクをしていない姿。
   × × ×
   メイクをしてウィッグをつけて、スカ
   ートを履いた姿の葵。
   鏡の自分を見て、また首をかしげる。
   壁にはショートカットのかっこいい女
   性モデルのポスター。
葵「なりたい自分……?」

○レンタルショップBIG BANG・休憩室
   向日がメイク動画を見ている。
   友原が向日が見ている動画を覗きこむ。
友原「メイクの動画? イマドキ男子だねぇ」
向日「(嬉しそうに)やってあげたい人がい
 るんです」
友原「へぇ〜」
   友原、伸びをしながら出ていく。
   葵、向日を見ている。
向日「(葵に気づいて)どうかしました?」
葵「(ぽーっと)好きなことを好きって言え
 るっていいなって」
   葵、我に返って顔を真っ赤にする。
葵「あ、いや、なんでもないです」
   向日、嬉しそうに笑って動画の内容を
   メモし始める。
   葵、夢中で勉強する向日を見ている。

○コスメショップ・中(夕)
   向日、化粧品を見ている。
   葵が息を切らして駆け込んでくる。短
   髪で、化粧をしていない、Tシャツに
   デニムの姿。大きなトートバッグを肩
   にかけている。
向日「どうしました?」
葵「メイク、やってみたい、です!」
   向日、ニカっと笑う。

○アパート・葵の部屋
   向日にメイクをしてもらっている葵。
葵「これって男の人用のメイクなの?」
向日「いや? タロウさんのやりたいように
やればいいかと。男とか女とかではなく」
葵「ふ〜ん、そっか」
向日「ただ肌質とか、どうしても男性用に工
夫しないといけないものはありますよ」
葵「なるほどねぇ。……ん?」
向日「?」
葵「タロウって、なに?」
向日「え?」
葵「俺のことタロウさんって呼んだよね?」
向日「はい。呼びましたけど?」
   眉間にしわを寄せて考える葵。
   × × ×
   葵の回想。
   ブランコから、逃げるように走り去ろ
   うとする葵。酔ってふらついている。
   向日、笑っている。
向日「大丈夫ですか? あ、ところでお名前
 は?」
葵「葵!」
向日「アオイ何ですか?」
葵「(朦朧としていて)は? 葵は葵」
向日「(笑って)アオイタロウ、とかあるで
 しょ? アオイなにさんですか?」
   カーブミラーに映る自分を見る葵。短
   髪でノーメイク、Tシャツにデニム姿。
葵「(朦朧としていて)それそれ! 葵タロ
 ウ!」
   向日、笑っている。
向日「またあのお店で! タロウさん!」
   葵、手を振って走っていく。
   × × ×
   葵、頭を抱える。
   向日、心配そうに葵を見ている。
向日「タロウさん?」
葵「思い出したわ」

○レンタルショップBIG BANG・レジ
   1番レジ、2番レジでそれぞれ接客を
   している葵と向日。
   葵、ロングヘアのウィッグをつけて、
   メイクをし、スカートを履いている。

○コスメショップ・中
   一緒に化粧品を見ている葵と向日。
   葵、短髪姿でメイクはしていない。服
   は男物のTシャツとデニム。

○レンタルショップBIG BANG・外
   並んで歩いている葵と向日。
   葵、ロングヘアのウィッグをつけて、
   メイクをし、スカートを履いている。

○アパート・葵の部屋
   向日にメイクをしてもらっている葵。
   葵、短髪で男物のTシャツとデニム姿。
  
○同・外
   ひまわりが枯れ始めている。

○レンタルショップBIG BANG・外
   葵と向日、並んで歩いている。
   葵、ロングヘアのウィッグをつけて、
   メイクをし、スカートを履いている。
   大きな看板に、ベリーショートのかっ
   こいい女性モデルが写っている。
   葵、立ち止まって看板を見つめる。
向日「どうしたんですか?」
葵「(恥ずかしそうに)いや、なんでもない」
向日「(笑って)なんですか」
葵「いいなあって」
向日「モデルですか?」
葵「違う違う。ショートカット」
向日「やればいいじゃないですか」
葵「いやぁ、私には無理ですよ」
向日「そうですかね?」
葵「うん。無理にでも女らしくしてないと、
 女に見えないから」

○アパート・葵の部屋
   葵、短髪で、服は女物のパーカー、ワ
   イドパンツ。
   向日の手には、写真たて。
   写真に写る、祭り衣装を着て、髭を生
   やし、短髪姿の葵。
向日「これ、タロウさんですか?」
葵「(恥ずかしそうに)うん」
向日「今とはずいぶん雰囲気が違いますね」
葵「無理にでも男らしくしてないと、男でい
 られない気がしてさ」
   向日、首をかしげる。
向日「(つぶやく)似たようなことを聞いた
 ような……」

○同・同
   葵、鏡で自分の姿を見ている。短髪姿
   のまま化粧をして、服はレディースの
   パーカー、デニム。
   壁に貼られたベリーショートのかっこ
   いい女性モデルのポスターを見て微笑
   む。
   スマホのアラームが鳴り、画面には
   『バイト』と表示される。
   葵、クローゼットからスカートとウィ
   ッグを出す。
   スカートとウィッグ見つめて、ため息。

○レンタルショップBIG BANG・売り場
   向日、DVDの返却業務をしている。
   『今日のおすすめは、恋に落ちる瞬間
   を描いたこの三本』などと店内ラジオ
   が流れている。
向日「恋に落ちる瞬間……」
   × × ×
   向日の回想。
   向日、短髪姿の葵の唇に、指で口紅を
   塗る。
   × × ×
   顔をぶんぶん振って雑念を取り払おう
   とする向日。
   × × ×
   向日の回想。
   『好きなことを好きって言えるってい
   いなって』と言って恥ずかしそうな葵。
   × × ×
   向日、またぶんぶん顔を振る。
   DVDを棚に戻そうとするが、手を滑
   らせてケースごと落としてしまう。
   床に落ちたDVDの題名は『バンディ
   ッツ』。赤毛のヒロインと、二人の男
   の写真。
向日「両方好きってありなの……」
   頭を抱える向日。

○同・外
   葵と向日が並んで歩いている。
   葵、ロングヘアのウィッグをつけて、
   メイクをし、スカートを履いている。
   向日、手を擦ったり手汗ををズボンで
   拭いたりと、落ち着きがない。
葵「どうしたんですか?」
向日「え! あ! いやなんでも…ないです」
   葵とできるだけ離れて歩く向日。
   葵、向日を見て首を傾げる。
向日「そういえば、そのバッグって流行って
 ます?」
葵「(バッグを見て)え?」
向日「友達も持ってるんです」
葵「(焦って)あー、どうだろうね。たぶん、
 流行ってる、かも。私の友達にもいます持
 ってる人」
向日「そうですか……」
   離れて歩く二人。沈黙が漂う。
向日「あ! 僕、こっち。こっちなんで」
   向日、歩いてきたほうを指差す。
葵「戻っちゃいますけど。そっち行ったら」
向日「え? あ、そうか。いや、あ。忘れ物」
葵「なんか変ですよ、今日」
向日「東條さんは、来なくて大丈夫ですよ」
葵「私、お祭り、じゃなくてえっと。用事あ
 るので帰りますよ」
向日「そ、それなら良かった」
   葵、怪訝な表情で向日をじっと見る。
向日「(目をそらして)じゃ、じゃあ!」
   向日、ドタバタと駆けていく。
   向日の後ろ姿を見て首をかしげる葵。

○茨城の景色

○吉木神社・社務所・中(夜)
   着物姿でお面を被り、おかめを踊る葵。
   指示を出し、お囃子を止める枝美子。
   葵、お面を外す。短髪姿だが、メイク
   をしている。
   雑談をしているメンバーたち、葵を見
   てこそこそと話している。
枝美子「葵」
葵「はい」
枝美子「すごくよくなったよ」
葵「(嬉しくて)ほんとですか!」
枝美子「女らしさだけじゃなくて、葵らしさ
が出てきた」
   野球のユニフォーム姿の美奈、駆け込
   んでくる。泥で汚れている。
美奈「遅くなりましたー!」
   美奈、葵を見て目を輝かせる。
美奈「アオちゃん! 今日どうしたの!?」
葵、コソコソ話している人たちを見る。
葵「(俯いて)別に」
美奈「KPOPアイドルみたいでかっこいい」
   葵、目を丸くして顔を上げる。
   目を輝かせる美奈を見て、吹き出す葵。
葵「KPOPアイドルって」

○居酒屋のんべえ・外観(夜)

○同・中(夜)
   飲み会をしているお祭りのメンバーた
   ち。
   葵、ビールをジョッキで飲んでいる。
   美奈、隅っこでジュースを飲んでいる。

○同・外(夜)
   葵と美奈が並んで歩いている。
   葵は酔っていて足元がおぼつかない。
美奈「飲めないのになんで飲むかなぁ」
葵「(とろんとしていて)弱いやつって馬鹿
 にされるのだけはイヤなの〜」
美奈「(ため息)子どもだなぁ、アオちゃん」
葵「美奈には言われたくないよ」
美奈「うちにまで言われるほど子どもなのが
 悪いんでしょ」
   葵、美奈の靴紐が解けているのを見つ
   ける。
葵「美奈、靴紐ほどけてる」
美奈「いいよ別に。どうせすぐ家着くし」
葵「だーめ」
美奈「大丈夫大丈夫」
   葵、美奈の手を引いて、しゃがみこむ。
   美奈の解けた靴紐を結び始める葵。
美奈「めんどいからいいってば」
葵「(やれやれと)お前はほんっとに」
   美奈、まんざらでもなさそう。
美奈「そーいえばアオちゃんさ、なんでおか
 めが良かったの?」
葵「ん〜?」
美奈「みんなひょっとこがいいって言うじゃ
 ん。小さい男の子って」
葵「(ふふふと笑って)なんかさ、自分らし
 くいられる気がしたんだよね。お面被って
 顔隠してるのに。なんでだろなぁ」 
美奈「なんかアオちゃん変わったね」
葵「あ〜…まあね、みんなざわついてたよね」
美奈「そうじゃなくて。目がキラキラしてる」
葵「急にどうしたの。あ……酒飲んだ?」
美奈「あのさ、アオちゃん」
   葵、試行錯誤して靴紐を結んでいる。
   美奈、拳をぎゅっと握りしめる。
美奈「うち、ずっとアオちゃんのこと」
葵「ああ。向日くんのおかげかもなぁ」
美奈「え?」
葵「はい、できた」
   葵、立ち上がって美奈に笑いかける。
美奈「(顔を赤らめて)あ、ありがと」
   葵が歩き出し、美奈はついていこうと
   する。が、美奈の靴紐、右足と左足が
   結ばれていて歩けない。
美奈「なにこれ!」
   葵、美奈を見て爆笑。
美奈「アオちゃんなんか大っ嫌い!」
   笑い合う葵と美奈。

○レンタルショップBIGBANG・休憩室(夜)
   向日、顎に手を当てて考えている。
向日「(ショックで)もしかして……」

○祭り用品店とうじょう・外(早朝)
   『祭り用品店 とうじょう』と書かれ
   ている。
   入り口の前で葵が寝ている。 
   寝ぼけたまま目を開けると、目の前に
   浩司の姿。
浩司「こんなところで寝るんじゃない」
   慌てて起き上がり、去ろうとする葵。
浩司「いい加減大人になりなさい」
   振り向いて、浩司を睨む葵。
浩司「一生そんな生活するつもりか?」
葵「どんな生活しようと勝手でしょ」
浩司「誰もお前を知らない場所で、偽物の自
分になって」
葵「!」
浩司「周りのやつら騙して。それでいいのか」
葵「そんな言い方…」
浩司「帰ってきなさい」
葵「(吐き捨てるように)ここにいるほうが、
 嘘ばっかりなんだけど」
浩司「親はいつまでもいるわけじゃないんだ
 ぞ」
   歩き去る葵の後ろ姿。

○走る電車・中
   葵、窓から外を眺めている。
浩司の声「周りのやつら騙して。それでいい
 のか」
   深呼吸して『話したいことがあるんだ
   けど』と向日にメッセージを送る葵。
   向日から『僕も聞きたいことがあるん
   です』と返信。

○アパート・葵の部屋
   葵と向日、向かい合って座っている。
向日「……じゃあ、僕から」
   葵、頷く。
向日「タロウさん」
向日、手汗をズボンで拭く。
向日「東條葵さんって知ってますか?」
葵「(動揺して)え、えなんで」
向日「知ってるんですね?」
葵「……うん」
向日「東條さんとタロウさんは……」
葵「待って! 私から説明(させて)」
向日「お付き合いされてるんですか?」
   葵、驚きのあまり固まっている。
   向日、しばらく動かない葵を見て悟っ
   たように頷く。
向日「やっぱりそうなんですね」
   向日、目に涙を浮かべて笑う。
向日「いやぁ、運命ですよね。タロウさんの
 名字がアオイでしょう? 東條さんって葵
 っていうんだもんなぁ」  
   葵、向日の顔をまじまじと見ている。
   向日、こぼれそうになる涙を拭う。
向日「(震える声、早口で)いや、結婚した
 ら東條さん、アオイ葵さんになっちゃいま
 すけどね」
   葵、向日の顔をまじまじと見ている。
   こらえきれずに吹き出してしまう葵。
   笑っている葵を見て、戸惑う向日。
葵「どうやったらそんな解釈になっちゃうの」
   葵、笑いすぎて涙が出てくる。
葵「もうなんか、バカらしくなってきた」
向日「え? どういうことですか?」
葵「向日くん、東條葵はね」
向日「はい」
   葵のスマホに美智子から着信。
   葵が『私なんだよ』と言うが、着信音
   で向日には聞こえていない。
向日「え? なんて?」
葵「ごめん」
   葵、電話を切ろうとする。
向日「いいですよ出て。というか出てくだい」
葵「大丈夫。後で掛け直すから」
向日「いいから」
   葵、しぶしぶ電話に出る。
美智子の声「葵、お父さんがさっき倒れてね」
葵「お父さんが、倒れた?」
美智子の声「うんそう、それでね」
   葵、電話をブチっと切る。
向日「タロウさん?」
葵「(目が虚ろで)東條葵はね」
向日「いや! 今そんなのいいですから!」
葵「東條葵は」
向日「(食って)タロウさん地元帰りましょ」
葵「いいよ別に」
向日「よくないです」
葵「いいんだって、あんなやつ」
向日「じゃあ、言いたいこと全部言って来ま
 しょう?」
   向日、立ち上がって葵の手を引く。
   葵、ブスッとしていて立ち上がらない。
   向日、顎に手を当てて考える。
向日「(わざとらしく)あ〜僕、タロウさん
の生まれたところ、見てみたいなぁ」
葵「え?」
向日「僕が行きたいんです、ついてきてくだ
 さい」
   
○走る電車・中
   葵と向日、並んで座っている。

○茨城・景色(夕)

○祭り用品店とうじょう・中(夕)
   葵が慌てて入ってくる。
   美智子、テレビを見ている。
美智子「葵? 今日練習の日じゃないけど」
葵「は? お父さん倒れたんでしょ?」
美智子「ああ、途中で切っちゃうから」
葵「え?」
美智子「(笑って)お父さんね、ぎっくり腰」
葵「ギックリ腰……?」
美智子「仕事中にやっちゃってね」
   葵、しゃがみこむ。
葵「なんだよそれ……」
美智子「でもあの人、なぜか弱ってるの」
葵「え? なんで」
美智子「病気一つしたことないからねぇ。も
う死ぬ騒ぎで大変だったんだから」
葵「……はぁ?」
美智子「男の人ってこういうとき弱いってほ
 んとなのねぇ」
葵「父さんは?」
美智子「二階で寝てるわ」
   どすどす歩いていく葵。

○商店街(夕)
   向日、散歩している。
   ジョギング中の美奈とすれ違う。

○祭り用品店・寝室(夕)
   葵、勢いよく襖を開いて浩司を睨む。
   布団で寝ている浩司、葵を見る。
浩司「(力なく笑う)来てくれたのか、葵」
葵「来たくて来たんじゃ(ない)」
浩司「ごめんなぁ」
葵「な、なに急に」
浩司「初めから全部、父ちゃんのせいだな」
葵「?」
浩司「つらかったよなぁ。葵」
葵「え、なに」
浩司「女の子が少なかったからって、おかめ
 なんかお前にやらせたりな」
   浩司、涙をこぼす。
葵「……!」
浩司「女みてぇな名前つけたり……だからお
 前……。ごめんな」
葵「……」
浩司「これだけは言っておかねぇとと思って
 な」
   葵、拳を握りしめている。震える手。

○ひまわり畑・前
   枯れかけているひまわりたち。三本だ
   け、まっすぐ元気に伸びている。
   向日がひまわりを見ている。
   葵、歩いてくる。
   葵の顔、メイクが落とされている。
向日「メイク落ちちゃいました?」
   葵、答えずにひまわりを見ている。
向日「もう一回やりましょうか?」
   葵、首を振る。
葵「情けないわ」
向日「はい?」
葵「親泣かせてさ。もういい大人なのに」
向日「(聞いていて)……」
葵「あの人の言うことさ。全部間違ってんの」
向日「(聞いていて)……」
葵「でも、なんも言い返せなかった」
   葵、力なく笑う。
葵「大人になるってやだなぁ」
   葵、深呼吸して、向日を見る。
葵「俺さ、ここで生きてくよ。実家継いで。
 生まれた頃からの俺を知ってるここで」
向日「え……」
葵「ありがと、楽しかったわ……あとごめん」
向日「どうして謝るんですか?」
葵「ずーっと嘘ついてたから」
向日「嘘? どんな嘘ですか」
葵「嘘は嘘だよ。向日くん大っ嫌いでしょ?」
   葵、左手を差し出す。
葵「(微笑んで)元気でね」
   左手を握り返す向日。
   元気な三本のひまわりを見る。
向日「(手を握ったまま)向日葵って」
葵「ん?」
向日「本数ごとに花言葉が違うんです。知っ
 てますか?」
葵「いや?」
向日「そうですか」
葵「どうして?」
向日「いえ、なんでもないです」
   向日、手を離して深く頭を下げる。
向日「(優しく笑って)じゃあ」
   向日の後ろ姿を見ている葵。

○祭り用品店とうじょう・洗面所(朝)
   歯磨きをしている葵の後ろ姿。
   浩司、葵のほうにやってきて。
浩司「客商売するのにふさわしい格好でな」
葵「わかってるって」
   ヒゲの生えた葵。前髪は上げている。

○コスメショップ・中
   化粧品を見ている向日。
   コンシーラーを取り、見つめている。

○祭り用品店とうじょう・店内
   接客中の葵。客は布袋。
   美智子、見守っている。           
布袋「やっぱり葵は男前だねぇ」
葵「(照れ笑い)そりゃどうも」
布袋「良かったよ、男らしく戻って」
葵「今考えると、なんか恥ずかしいっす」
   美奈、入ってくる。
葵「おかめ踊りもやめたんすよ」
布袋「ああ。男はあんまいないもんな」
葵「はい。俺にはやっぱ合わないっすわ。あ
 んなくねくねしたのは」
   豪快に笑う葵。
   美奈、葵を睨んでいる。
布袋「(美奈に気づいて)おお、美奈。(葵
に)この子はほんと男っ気が無くってなぁ」
   葵、美奈と目が合って顔がこわばる。
   美奈、じっと葵を見ている。
布袋「このままじゃ嫁にも行けんわ。葵、も
 らってやって」
   葵、美奈から目をそらして、作り笑い。
   美奈、走って出ていく。
葵「(美奈の背中を見て)あ……美奈」
美智子「店見てるから、行ってきな」
葵「でも……」
美智子「いいから」
葵「いいって。俺は店にいないと」
   美智子、小さくため息。
美智子「美奈ちゃんの様子見てきてあげて」
葵「……はい」
   葵、走って出ていく。

○吉木神社・境内
   美奈、砂に絵を描いていじけている。
   葵、やってくる。
葵「美奈。なにやってんだ」
美奈「キャッチボールしよ」
葵「はぁ? しねぇよ」
美奈「なんで」
葵「店に戻んなきゃなんねぇの。仕事中なん
 だよ」
美奈「(つぶやく)……なにその喋り方」
葵「なんか言ったか?」
   美奈、ポケットからボールを出して葵
   に投げる。
   葵、ボールをキャッチする。
葵「やめなさい、こんなとこで」
美奈「なんで」
葵「危ないからだろ。それにここ神社だぞ」
美奈「遊んでたじゃん、子どもの頃は」
葵「それは子どもだったからだろ」
美奈「(ボソッと)大人ぶって」
葵「なんだって? どうしたんだよさっきか
 ら。なんで怒ってんだよ」
美奈「別に」
葵「俺と結婚しろって言われたからか?」
   黙って砂をいじっている美奈。
葵「そんなのいつも言われてるんだから聞き
 流しとけって」
美奈「うち、いまのアオちゃん嫌い」
   美奈、立ち上がって手の砂を払う。
葵「は?」
   美奈、去っていく。
   取り残される葵。手の中のボールを見
   つめる。

○レンタルショップBIG BANG・休憩室
   店長と向日が話している。
店長「答えられないなぁ、個人情報だから」
向日「そうですか……」

○吉木神社・社務所・中(夜)
   お囃子の練習をしている人々。
   袴姿でひょっとこを踊っている人。
   着物姿でおかめを踊っている人。
   ひょっとことおかめを、正座してじっ
   と見ている枝美子。
   × × ×
   着物姿でおかめのお面を持った美奈に、
   枝美子がアドバイスしている。
   ひょっとこがお面を外すと、葵。
枝美子「葵、今度は無理して男っぽく踊って
 るように見えるんだけど」
葵「(ヘラヘラ)まだ慣れてないからっすよ」
枝美子「そう……」
   葵をじっと見ている美奈。

○祭り用品店とうじょう・二階(夜)
   葵、ボストンバッグに、ひょっとこの
   衣装とお面を入れている。
   浩司が葵を見ている。
浩司「最初からひょっとこをやらせてあげり
 ゃあよかったな」
葵「(作り笑い)父さんのせいじゃないから」
   美智子、葵を見ている。

○吉木神社・境内(早朝)
   朝日を見ている葵。
   ボストンバッグを肩に掛けている。
   まだ他には誰もいない。
  
○商店街・山車の上(朝)
   踊り場で、仁王立ちしている葵。
   枝美子がやってくる。
枝美子「葵、踊り準備して」
葵「はーい」
   葵がボストンバッグを開けると、袴で
   はなく着物が入っている。お面を取り
   出すと、おかめ。
葵「(美奈に)俺の衣装とお面知らない?」
   美奈、葵から目をそらして。
美奈「知らない」
   目をそらしている美奈を睨む葵。
葵「お前」
   美奈、ボストンバッグの中の着物とお
   かめのお面を見て。
美奈「それがアオちゃんの衣装とお面でしょ」
葵「あのな。俺はもうおかめは(踊らない)」
美奈「ほんとはこっちがいいくせに」
葵「は?」
美奈「なんでそんなこともわかんないの。大
 人のくせに」
   葵、着物とお面を見つめる。

○レンタルショップBIG BANG・休憩室
   ぽつんと座っている向日。
向日「二人とも好きになった罰か……」
   友原と店長、向日を見る。
友原「(怪訝な顔で)大丈夫か?」
店長「(ため息)帰ったんだよ、実家を継ぐ
 とかなんとかで」
向日「え?」
友原「店長それ言っちゃダメなやつじゃ……」
店長「あと、嘘ついてたからとか言ってたな」
向日「嘘?……東條さんって地元どこですか」
店長「茨城じゃなかった?」
向日「!……祭り用品店『とうじょう』」
   向日、髪をぐしゃっとする。
向日「(イライラと)どうして気づかなかっ
 たんだ」
   向日、勢いよく立ち上がる。
向日「お疲れ様です!」
   走り去っていく向日。

○同・外
   走っている向日。
向日「だから嘘は嫌いなんだよ!」

○商店街・山車の上
   おかめを踊っている葵。
   浩司が山車の下から、驚きの表情で見
   上げている。
   浩司が止めに入ろうとすると、美智子
   がそれを制す。
   『葵がまたおかめ踊ってるわ』などと
   話しているメンバーたち。
   『でも、綺麗だなぁ』『やっぱり葵は
   おかめだろ』と聞こえる。
   おかめを踊っている葵。それに見惚れ
   る人々。
   美奈と美智子、目が合って笑い合う。

○空き地
   ブルーシートを敷いて、お昼休憩。
   葵と美奈、並んで座って、炊き出しの
   豚汁とおにぎりを食べている。

○商店街・山車の上(夕)
   着物姿の葵。
   金色の柱に写る顔を見て、髭を触る。

○駅・外(夕)
   向日、走って出てくる。

○商店街・山車の上(夕)
   お囃子が鳴っている。
   葵、おかめを踊る。

○商店街につづく道(夕)
   向日、葵を探して走っている。
   お囃子の音が聞こえる。

○商店街・山車の上(夕)
   葵、おかめを踊っている。

○商店街につづく道(夕)
   向日、山車を見つける。
   おかめを踊っている人(葵)に見入る。
   葵、向日に気づいて動きが止まる。
   我に返り、再び葵を探して走る向日。

○同・山車の上(夕)
   葵、慌ててお面を取る。
   着物姿でお面を持って座っている美奈。
美奈「え? どこ行くの、アオちゃん」
   慌てて降りていく葵。

○商店街につづく道(夕)
   向日の後ろ姿を追っている葵。髭の生
   えた顔に、前髪を上げた短髪、女物の
   着物という格好。

○商店街・山車の下(夕)
   おかめを踊っている美奈。
   『なんか美奈のはおかめらしくないね
   ぇ、勇ましくて』『ま、これはこれで
   いいんじゃねぇの』などと話しながら
   見ているメンバーたち。

○空き地(夕)
   お囃子の音が聞こえる。
   ベンチに座る向日以外は誰もいない。
向日「(頭を抱えて)見つからないか…」
   息を切らして葵がやってくる。
向日「(葵に気づいて)タロウさん」
葵「(息を切らして)向日くん、あの、私」
   向日、葵に駆け寄って、抱きしめる。
向日「好きです」
葵「ちょっと待って話」
向日「東條葵さん」
葵「え?」
向日「東條葵さん、あなたが好きです」
葵、目に涙を浮かべて、満面の笑み。笑い合う二人。お囃子の音が聞こえる。
   × × ×
   髭を剃った葵の顔。
   葵、向日にメイクをしてもらっている。
   葵色(薄紫)のアイシャドウを塗る。
向日「僕持ってないんですよ、ウィッグ。ど
 うしましょう?」
葵「(首を振って)いらない」
   葵、笑って自分の頭を指差す。
葵「憧れのベリーショートですから」

○商店街(夕)
   山車から離れたところに、葵と向日が
   立っている。化粧をして、ヒゲは剃り、
   短髪姿の葵。着物を着ている。
葵「(深呼吸して)よし」
   山車の方へ向かっていく葵。
   その背中、背筋がピンと伸びている。

○祭り用品店とうじょう・中
   祭り衣装の男女数名が写った写真。
   その中には、美奈や浩司の姿も。
   写真に写る葵、着物姿で髪は短く、化
   粧をしている。自然体の笑顔。
   写真の隣に、飾られる三本の向日葵。(終)

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