《登場人物》
高橋(31) 健康麻雀教室の講師
秋子(85) 健康麻雀教室の生徒
山崎(28) 健康麻雀教室の生徒
さや(19) 秋子の孫
小沢一敬 本人出演
山寺 山崎の仲間
山城 山崎の仲間
タケオ(90) 健康麻雀教室の生徒
○雑居ビル
ガラス窓に「健康麻雀教室」の看板。
○健康麻雀教室・中
生徒らが卓を囲んで麻雀をしている。
年寄りが多い。
壁に「賭けない、飲まない、吸わない」のポスター。
高橋(31)、卓を見回っている。
ある卓に山崎(28)と秋子(85)とタケオ(90)。
山崎、いかにも頭の弱い感じ。
山崎「(やってきた高橋へ)先生!」
高橋「ん」
山崎「丸の9と、棒の4、どっちを捨てたらいいですか?」
高橋「(手牌を見て)9筒と4索か。9を捨ててごらん。タンヤオになるよ」
高橋「(気づく)ほんとだ!」
高橋、手牌から9筒を捨てる。
秋子、山から牌をツモり、楽しげに自分の手牌を眺めている。
山崎「先生、秋子さん、すごいんですよ」
秋子「(にこり)」
山崎「一回も振り込まないんです」
高橋「すごいな。秋子さんはすっかり上級者だ」
秋子「(嬉しい)」
山崎「それに比べるとタケオさんはダメですね」
高橋「何がダメなの?」
山崎「さっきから全部振り込んでます」
タケオ「(呆けた表情)」
高橋、山崎らの卓を離れる。
高橋、和やかな雰囲気で麻雀をする生徒らを眺め、
高橋「(微笑ましい)」
× × ×
無人の教室。
窓から夕日が差し込んでいる。
○同・事務室(夕)
高橋、机で帳簿と格闘している。
高橋「…タケオさん、今月も月謝未納か。困ったなあ」
机の上の電話が鳴る。
高橋「(出る)はい…あ、どうも。今日の教室はもうに終わりましたが…え?」
○マンション・室内
声「ロン。大三元。48000」
山崎、手牌を開く。
手牌は大三元。役満だ。
卓には、山崎、山寺、山城、それに秋子。
振り込んだのは秋子。
秋子、財布を取り出す。
秋子、山崎に金を渡す。
山崎「(にこり)秋子さん、こうやってプライベートで打つのも楽しいですよねえ。誘った甲斐がありました」
秋子、三人の男に囲まれて委縮している。
○秋子の家・中
さや(19)、受話器を手に話している。
さや「おばあちゃんがまだが家に帰ってこないんです」
○マンション・室内
声「ロン。国士無双」
山崎、手牌を倒す。
山崎「いやあ。ツイてる。ちょうど四枚目の1筒をツモって聴牌したところだった」
秋子「…あーまた負けちゃった」
秋子、財布を取り出す。
秋子、山崎に金を渡す。
秋子「困ったねえ。お金がなくなっちゃった(と嘆く)」
山崎「大丈夫ですよ。秋子さんの腕があれば取り返せますよ」
秋子「そうかねえ。でももうお金がないよ」
山崎「じゃあ、こうしましょう。秋子さんはクレジットカードと暗証番号を賭ければいいですよ」
秋子「うーん。困ったねえ」
秋子、仕方なくクレジットカードを取り出して卓の上へ置く。
山崎「大丈夫ですよ。秋子さんは僕よりずっと強いんですから(山寺らへ目配せして、笑う)」
○秋子の家・中(夜)
さや、電話口でうろたえている。
さや「おばあちゃん、まだ戻ってきません」
高橋の声「…心配だな。僕のほうでも他の生徒たちに連絡しているのだけど…」
玄関で物音がする。
さや「あ」
さや、玄関へ急ぐ。
秋子、玄関口で疲れ切った様子で立っている。
さや「おばあちゃん! どこいってたの?」
秋子「(孫の顔を見るなり涙が出てくる)」
さや「…?」
○健康麻雀教室・中(翌日)
高橋と山崎、対峙している。
さや、高橋の隣で山崎を睨みつけている。
山崎、卓の椅子に無造作に座っている。
山崎、すっかり顔つきが悪くなっている。
高橋「騙されたよ。君がそんな人間だったとは思わなかった」
山崎「いやだなあ。僕はちょっとばかりお金をかけて教室の仲間と麻雀をしただけですよ」
高橋「…秋子さんに金を返すんだ。警察沙汰にはしたくない」
山崎「先生、脅してるんですか?」
高橋「…」
山崎「先生、よくないですよ。生徒のプライベートに干渉するのは」
高橋「先生と呼ぶのはよせ。君はもう私の生徒じゃない」
山崎「ひどいな(とおどける)」
さや「今すぐお金を返してください」
山崎「ま。どうしても返してほしいというのなら、そうですね、先生が勝負で取り返せばいいでしょう」
高橋「…どういうことだ」
山崎「言葉の通りです」
高橋「私が立場上賭け麻雀をできないことは知っているはずだ」
山崎「(あざ笑う)聖人ぶらないでくださいよ。麻雀プロってのはいつから清廉潔白になったんですか」
高橋「…」
山崎「先生、あなたも麻雀の腕一本でやってるプロなんでしょ? 麻雀で失った金は麻雀で取り返せばいい」
山崎、不敵に笑う。
高橋、山崎を睨む。
高橋「…わかった。その代わりこっちも一人連れていくぞ」
山崎「ご自由に」
山崎、立つ。
山崎「じゃ、楽しみにしてますよ」
山崎、去っていく。
さや「(心配)」
高橋「(笑う)大丈夫。知り合いに腕の立つ人がいるんだ」
高橋、スマホで電話をかける。
高橋「あ、小沢さん? いえ、甘い言葉とかいいです…相談したいことが」
○山崎のマンション・外観(夜)
○同・室内
小沢、卓でうなだれている。
高橋、隣で歯を噛みしめている。
山崎、封筒を手にしている。
山崎、中身の札束を数えはじめる。
山崎、数え終えると封筒を懐に入れる
山崎「(高橋へ)先生、毎度あり」
○健康麻雀教室(翌日)
高橋とさや、深刻な面持ち。
高橋「さやちゃん、すまん(と頭を下げる)」
さや「…」
高橋「相手は裏世界で生きるイカサマ師だ。コンビ打ちをされて歯が立たなかった」
さや「(決心して)私、あいつ等に会ってきます!」
高橋「会ってどうする?」
さや「頭を下げてでもおばあちゃんのお金を返してくださいと頼んでみます。悔しいけどそれしか(とうつむく)」
高橋「(やるせない)」
声「…お嬢さん、待ちな」
入口にタケオが立っている。
高橋「(驚く)タケオさん?」
タケオ「その勝負、俺が引き受ける」
高橋「…何いってるんですか。勝負も何も、タケオさんは麻雀初心者じゃないか」
タケオ「教室でやるようなお遊びの麻雀では本気は出せんよ」
高橋「…」
タケオ「先生よ、あんたは人はいいが腕の方はイマイチだな」
高橋「…」
タケオ「教室じゃ効率だの確率だの、そんなことばかり教えているが、生き死にの世界じゃそんなものは通用せん」
高橋「…」
タケオ「お嬢さん、ここは俺に任せて奴らのアジトを教えてくれ」
さや「…私もいきます!」
高橋「お、おい…」
さや「私もあいつ等を! あいつ等をやっつけたい!」
タケオ「しょうがねえな。ただし勝負は俺一人でする。手出し無用だぜ」
○マンション・室内
山崎、山寺、山城、タケオ、卓を囲んでいる。
高橋とさや、タケオの後ろに立っている。
高橋「(心配)」
タケオ、ゆっくりと牌を積んでいる。
タケオ、サイコロを振る。
タケオ「(サイコロの目を見て)俺が親だな」
タケオら、山から牌を取っていく。
タケオ、配牌を眺める。
タケオ「ツモ」
タケオ、手牌を開く。
天和だ。
一同「(あ然)」
タケオ「天和。48000」
山崎「な、何だと…」
タケオ「48000だ」
山崎「(困惑する)どういうことだ?」
さや「今のって…」
高橋「…何が起こった?」
タケオ、手牌を崩す。
タケオら、洗牌する。
タケオ、ゆっくりと牌を積んでいる。
タケオ、サイコロを振る。
山崎「(仲間へ)いいか。奴の手から目を離すな(と呟く)」
山寺、山城「(頷く)」
タケオ、手牌をじっと見つめている。
山崎「早く打て」
タケオ「そう焦るな」
タケオ、じっと手牌を見ている。
高橋「(何かを見て)!!」
山崎「(痺れを切らして)おい、いい加減に…」
タケオ「ツモ」
タケオ、手牌を開く。
天和だ。
一同「(あ然)」
高橋「…一瞬だった」
さや「…?」
高橋「三人の視線がわずかにタケオさんから逸れたその一瞬の隙をついて」
○フラッシュバック
タケオ、目にもとまらぬ速さでツバメ返し(手牌と山牌を入れ替えるイカサマ技)を決める。
○マンション・室内
山崎「(叫ぶ)じじい、何者だ!」
タケオ「天和。48000。全員箱割れだな」
山崎「ふざけるな! イカサマだ! 払えるか!」
タケオ、ポケットから煙草を取り出す。
タケオ、煙草に火をつける。
タケオ「(むせる)」
山崎「…」
タケオ「イカサマだとしたら何だ?」
山崎「何だと?」
タケオ「今時己の腕一本で凌ぐ活きのいい奴がいると聞いて、こりゃ面白れえ麻雀が打てると思ってきて足を運んでみたらどうだ。イカサマだから払えない。ソイツがそういったんだな。イカサマだから払えねえと」
山崎、タケオを睨みつける。
タケオ、悠然と煙草をふかす。
山崎、タケオへ金を投げ捨てる。
山崎「…いいだろう。その代わり次からはオール伏せ牌だ!」
× × ×
タケオら、牌を裏返しにした状態で洗牌している。
タケオ、目をつぶって洗牌している。
高橋「(息をのむ)信じられない」
さや「…?」
高橋「…タケオさん、洗牌しながら盲牌している」
タケオら、積み終わる。
タケオ、牌を取る。
タケオ、煙草をくわえたまま手牌をじっと見ている。
タケオ、せき込む。
弾みでタケオの入れ歯が床に落ちる。
山崎ら、思わず入れ歯へ目がいく。
高橋「(タケオの手元を見て)!!」
タケオ、入れ歯を拾う。
タケオ「すまんね」
山崎「じいさん、早く始めろよ」
タケオ「ツモ」
タケオ、手牌を開く。
天和だ。
山崎「(愕然)」
高橋「…まただ。また一瞬の隙をついて」
○フラッシュバック
タケオ、目にもとまらぬ速さでツバメ返しを決める。
○マンション・部屋の前
タケオの声「ツモ」
タケオの声「ツモ」
タケオの声「ツモ」
○マンション・外(夕)
さや、大事そうに秋子のクレジットカードを握りしめている。
さや「おばあちゃん、お金、戻ってきたよ」
タケオ「ほら、先生。ツケの月謝代だ」
タケオ、高橋に封筒を渡す。
タケオ「先生、短い間だったが世話になったな」
タケオ、立ち去る。
高橋「(思わず)あなたは一体…」
タケオ「(振り向いて)通りすがりの、麻雀小僧さ」
(おわり)
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