【登場人物】
葛西幸太郎(32)花屋の店員
葛西莉奈(30)葛西の妻・花屋の店主
四方真理恵(32)和田健汰の恋人
客
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○花屋・外観
都会の街角にある花屋。
客で賑わっている。
○同・店内
葛西幸太郎(32)、花を見ている客に声をかける。
客は、左手薬指の指輪を大事そうに触っている。
葛西「お客様は、どういったものをお探しで?」
客「新居の部屋が殺風景なので、花でも置こうと思って。何か明るくなるようなものがいいのですが」
葛西「左様ですか。お客様は新婚で?」
客「ええ。よくお分かりで」
葛西「でしたら、デンファレなんて如何でしょう」
葛西、デンファレを取り出す。
客「デンファレ? 綺麗な花ですね」
葛西「花言葉は『お似合いの二人』」
客「まあ、素敵」
葛西莉奈(30)、レジ打ちをしている。
接客をしている葛西の様子を見て、優しく微笑みかける。
壁に掛けられた鳩時計が14時を指すと同時に、カッコウの音色が鳴り響く。
葛西「なので、こういっ……、(頭を抱えて)ぐあっ……」
○フラッシュ・横断歩道
地面に流れる血。
バンパーが凹んだ車。
○元の花屋・店内
葛西、フラつき、棚にぶち当たると商品の赤いバラが床に落ちる。
客は驚いて、心配そうに声かける。
客「あ、あの! どうなさいました?」
莉奈、慌てて駆け寄り
莉奈「お客様、すみません。幸太郎は裏で休んでて」
葛西「ああ……すまん」
葛西、辿々しく奥の扉へと入っていく。
客「大丈夫ですか?」
莉奈「主人は、昔からひどい頭痛持ちで。薬飲んで、しばらく安静にしてたら、落ち着くんで、気にしないでください」
○同・バックヤード
葛西、市販の頭痛薬を口に含むと、蛇口から直接水を流し込む。
蛇口の水を止め、部屋の隅に蹲る。
○葛西家・リビング(夜)
ソファーに座り、天井を眺めている葛西。
そこへ、莉奈がやって来る。
莉奈「もう体調は大丈夫?」
葛西「一応。なんなんだ、一体。毎回、同じ光景が見える」
莉奈「光景?」
葛西「断片的に見えるんだ。地面に流れた血と、車が」
莉奈、葛西から目を背ける。
葛西「もしかして、莉奈。何か知ってるのか?」
莉奈「(ため息をつき)そろそろ、本当のことを言わなきゃね」
葛西「俺の記憶が無い理由?」
莉奈「うん。言いづらいことだったから」
葛西「覚悟はできている。頼むから、教えてくれ」
莉奈「幸太郎はある会社の営業部に勤めてた。だけど、その会社がかなりのブラックでね。上司からのパワハラと、過労死ラインを超えた残業で、追い詰められてしまって、あなたは道路に飛び出したの」
葛西「まさか、それで……」
莉奈「(頷く)車に撥ねられて、頭を強く打ったショックで、記憶障害が出てしまった」
葛西、泣いて莉奈に抱きつく。
葛西「本当に面倒ばかりかけてごめん」
莉奈「いいのいいの。私は、好きな人のためだったら、何でもできるから」
葛西「ありがとう」
○道(朝)
葛西、反対方向からやって来る四方真理恵(32)の横を通り過ぎる。
真理恵「今のは……健汰……」
真理恵、引き返し、葛西の腕を掴む。
真理恵「健汰!」
葛西、振り返ると同時に、真理恵は抱きつく。
真理恵「あなたに、会いたかった。今まで、どこにいたの?」
葛西、真理恵を引き剥がす。
葛西「ちょっ……いきなり、誰ですか?」
真理恵「え? 私のこと覚えてない?」
葛西「はい。初めて会いましたが」
真理恵「顔も声も全く一緒なのに。あなた、名前は?」
葛西「葛西幸太郎です」
真理恵「はぁ……。なーんだ、人違いか」
葛西「あなたは?」
真理恵「双子かと思うくらい、行方不明の恋人にそっくりだったから。ほら」
真理恵、スマホの写真を見せる。
そこには、真理恵とその隣には、葛西にそっくりな男が映っている。
葛西「本当だ」
真理恵「名前は和田健汰って言ってね、優しかったんだ」
葛西「早く彼氏さんが帰ってくること祈ってます」
真理恵「ありがとう。驚かせちゃって、ごめんなさい」
葛西「じゃ」
真理恵、葛西の立ち去る後ろ姿を眺めている。
○横断歩道
葛西、赤信号が変わるのを待っている。
反対側に、赤い花束を持つ男が立っている。
青信号に変わる。
葛西が足を出した時、街頭のからくり時計が14時を指す。
カッコウの音色と共に、時計の文字盤が開き、中から人形が出てくる。
葛西、頭を抱えて蹲る。
葛西「ううっ……」
○(回想)同
葛西、嬉しそうに赤いバラの花束を手に持ち渡っている。
葛西、ポケットからスマホを取り出すと、画面には13時59分の表示。
真理恵に電話をする。
葛西「ごめん、少し遅れる」
そこへ、スピードを上げた車が葛西を撥ねる。
血を流し、地面に倒れている葛西。彼の手元には花束と、真理恵と通話中のスマホが落ちている。
真理恵の声「健汰? 今の音なに? どうしたの!」
意識朦朧とした葛西の視界に、14時を指すからくり時計が入る。
カッコウの音色と共に、中から人形が出てくる。
車から降り、ハイヒールを鳴らして近づいてくる女。
花束を踏みつけ、ほくそ笑む、その女は莉奈。
(回想終わり)
○同
葛西、痛みを堪えて顔を上げる。
葛西「まさか、そんな。全て……思い出した」
○葛西家・リビング
リュックを背負い、二階から降りてくる葛西。
その時、莉奈が帰ってくる。
莉奈「ただいま。どこ行くの?」
葛西「自分の家にさ」
莉奈「え?」
葛西、莉奈の両肩を掴み強く揺さぶる。
葛西「あの日のこと、君の仕業だったのか」
莉奈「何の話? 急にどうしたの? まだ具合でも悪いんじゃ……」
葛西「君は俺を轢いて、記憶喪失にしたんだ。いや、もしかすると殺すつもりだった。違うか!」
莉奈「なに寝ぼけたことを。さっぱり分からない」
葛西「俺の本当の名は、葛西幸太郎なんかじゃ無い。和田健汰だ」
莉奈「(ため息をつき)あーあ、思い出しちゃったか」
葛西「俺にした話は嘘だったんだな」
莉奈「信じるなんてバカな男ね。かの武将はこう言った。鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギスって」
葛西「やはり。俺を付き纏っていたのは君だったか」
莉奈「やっと分かったんだ。先輩って、相変わらず鈍い人」
莉奈、葛西の胸板を触る。
葛西「俺は前に伝えたはずだ。君とは付き合えないって。だから、ここでお別れだ」
葛西、莉奈を突き放す。
葛西、出て行こうとすると
莉奈「待って、あなたへのプレゼントがある」
莉奈、キャビネットから黒いバラの花束を葛西に渡す。
葛西「これは……黒いバラ……」
莉奈、葛西の耳元で囁く。
莉奈「花言葉は、あなたはあくまで私のもの」
葛西、花束を投げつけると、莉奈を突き飛ばし出て行く。
(終わり)
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