漢字遣艇3・天帝ホテル SF

日中米の協定が解消され日本へ強制送還された江島は、『管』などの研究がしたいため、日本初の有人宇宙船に乗り建造中の天帝ホテルに向かった。江島はそこで中国側に拘束され、劉たちが探査に向かい消息を絶ったことを知らされた。天帝ホテルの責任者の陳は、江島と共に劉の救出を決断するが、米中戦争の折、宇宙船がないので建造中の天帝ホテルを宇宙船として利用した。そして江島たちはブラックホールなどの宇宙の驚異をしのぎながら劉たちを救出した。
中野剛 66 0 0 12/02
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第一稿

漢字遣艇3・天帝ホテル

●1.HAC東京支部
  窓の外には東京タワーが見えている。江島は応接室のソファーに座っている。
  ノックがされて大里が入ってくる。
大里「江 ...続きを読む
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漢字遣艇3・天帝ホテル

●1.HAC東京支部
  窓の外には東京タワーが見えている。江島は応接室のソファーに座っている。
  ノックがされて大里が入ってくる。
大里「江島君、久しぶりだ。君の活躍は、こちらでも聞いていた」
江島「教授、その節はいろいろとお世話になりました。それでなんでこちらにいるんですか」
大里「実は、あれから、長谷川さんに薦められて、東京支部の責任者にならないかということ
 で、支部長になったんだ。だから、同じ仲間内だから、こうして自由に君とあえるわけなん
 だ」
江島「それは何よりです。それでメールの件ですが、本当ですか」
大里「まだ確かなことはわからないから、内々に君に連絡してみたんだが『同時有在』をどう読
 み解く」
江島「同じ時系列で存在するということですか」
大里「君の発想力でもっと過激にならないか」
江島「瞬時に何万光年の離れている所に同時に存在する意識体ということですか」
大里「んー、そう来たか。それがしっくりくる。さすがだ」
江島「でもそんなこと可能なんですか。それにあそこの地下にあるものは、作動しませんし」
大里「電源に関わる文面を探し当てれば、何とかなるんじゃないかな」
江島「面白そうです」
  応接室のドアがノックされ女性秘書が入ってくる。
秘書「支部長、安陽本部から電話です」
  大里は応接室の電話に転送させる。
大里「…新しい石板を発見したのですか。わかりました」
  大里は電話を切る。
大里「江島君、遺跡の最深部で新しい石板が発見されたそうだ。HACのチャーター機ですぐに
 安陽本部に戻ってくれ」

●2.HAC安陽本部の遺跡管理施設地下12階
  江島、劉、郭はヘルメットをかぶって5本の石板が立ち並ぶ地下ホールにいる。
江島「金文も甲骨文字も何も書かれていない石板ばかりじゃないか」
劉「これから刻もうと思ったのかしら」
郭「それだったら、なんでご丁寧に立てて固定しいるんだろう」
江島「何らかの方法で書かれているのではないかな」
  江島は石板の表面を触っている。
江島「見た目よりもざらついているな。砂埃か何かが付着しているらしい」
  江島は、何が付着しているのか、ルーペを当ててみる。
  江島はルーペをいろいろな場所に当てて、目を丸くしている。
劉「エジ、どうしたの」
江島「こっこれは、0.2ミリ程度の微細な文字がびっしりと刻まれている。」
郭「何が書いてあるんですか」
江島「例の4進法の漢数字の羅列…、だからプログラムだな。一体なんなんだろう」
劉「この石板一面でしょう」  
郭「それに、5本ある」
  江島、劉、郭は、5本の石板を次々に見ていく。

●3.HAC安陽本部のスーパーコンビューター室
  スーパーコンピューターのコンポーネントが、64コ並んでいる。室内の柱には温度計と湿度
  計が掲げられている。ガラス張りの向こうにコンポーネントが見える操作室にいる江島。
  操作スタッフの李は、分析結果の一部をモニターに表示させている。
江島のスマホの李の声「博士、こんなものが出てきましたけど、何でしょうか」
  モニターには、元素周期表のようなものが出ているが、それが目まぐるしく動き、一つの分
  子を構成しては消えるという動きをCGで表現されている。
江島「あれが位置的に見てたぶんケイ素だろう。違ったっけ」
江島のスマホの李の声「ケイ素ですけど」
江島「全宇宙共通ってことか」
江島のスマホの李の声「分子構造が石英に似ています」
江島「となると石板の材質を表示しているのか」
江島のスマホの李の声「石板が発見されるたびに訳わからなくなります」
江島「それだけやり甲斐があるじゃないか」
  江島は李の肩を軽く叩いてから部屋を出る。

●4.ラグランジュ点の天帝ホテル建造現場
  運ばれてくる区画をつなぐ作業ロボット。ほとんどがロボットだが、ちらほらと宇宙服の作
  業の姿が見える。
  楕円状の重力区画が8割程出来上がっている。

●5.HAC安陽本部のセンター長室
  王はセンター長のデスクに座っている。デスクの前に立っている江島。
江島のスマホの王の声「今後、探査任務は君が探査隊長となり総指揮をとってもらうが、このと
 ころの政情不安により、次回の出発予定がのびのびになっている」
江島「鄭主席は、あぶないんですか」
  王は目を見開き、江島を見据える。
江島のスマホの王の声「君は余計なことは口にしなくていい。ただ次回の探査に向けて、石板を
 分析してくれ」
江島「わかりました」
  江島は探査隊長の拝命書を手にして、センター長室を出ていく。

●6.HAC安陽本部の分析室
  石板のデータをモニター上で並べ替えている江島と郭。
江島のスマホの郭の声「となると『管』は第一から第五まであるわけですか」
江島「この前、第二距越管は入って見たのだが、穴の周期など微妙に違っていたんだ」
江島のスマホの郭の声「次に行くとすれば、第三距越管ですかね」
江島「第三距越管の記述には『胤』という字が頻繁に出てくるが、意味がわからない。行ってみ
 たいが肝心の場所がわからない」
  劉が分析室に入ってくる。
江島のスマホの劉の声「第一距越管の探査に行けるかもしれないわ」
江島「なんでまた」
江島のスマホの劉の声「天帝ホテルの現場付近で観測されたんだけど、第一距越管から妙な電波
 が出ているらしいの」
江島「電波か…、それでもとにかく飛び立てるのは嬉しいよ」

●7.HAC安陽本部の江島の居室
  バッグの中にタブレットPC、充電器などを入れている江島。
  NHKの衛星放送は、日本の天気予報を流しているが、切り替わりニュースになる。
男性アナウンサーの声「南シナ海におけ米中の緊張は、遂に頂点に達し軍事衝突に至りました。
 米中双方の空母艦載機が交戦状態に入り、米軍1機、中国軍2機が撃墜された模様です。鄭
 主席は国内の弱腰という世論を払いのけるために強気に出たとされています」
  テレビの画面上には米軍空母オバマから艦載機が飛び立つシーンが流れている。
  江島は、ぼーっと画面を見ている。
  部屋がノックされ劉が入って来る。
劉「あのニュース見た!アメリカと戦争になるわよ」
江島「あぁ、これだろう。やっぱり来るべきものが来たか」
劉「中国、日本、アメリカの共同プロジェクトは解消されるわね」
  ノックしてから郭が入って来る。
郭「この先、どうなるんですかね」
江島「とにかく荷物をまとめたが、行き先が宇宙じゃなくて日本になりそうだよ」
郭「適性外国人の強制送還ってやつですか」
劉「私が掛け合っても、これはどうすることもできないわ」
江島「小競り合いで終わるといいんだが」
劉「今時、全面戦争はありえないけど、これでアメリカに味方する日本や台湾とは疎遠になるわ
 ね」
  劉は残念そうな顔をしている。

●8.旧HAC東京支部
  窓の外の東京タワーは上部が雲に霞んでいる。応接室の江島と大里はガラスのテーブルを挟
  んでソファーに座っている。
大里「君も大変だったな」
江島「中国軍の護衛というか管理下のもと日本に強制送還です」
大里「これじゃ、例の『管』には、当分行けそうにないな」
江島「妙な電波が第一距越管から発せられているし、新しい石板のプログラムとかもあるので、
 やりたいことが沢山あるのに、全部キャンセルです」
  大里は気の毒そうに江島を見ている。
大里「とは言っても今の所、日本には有人軌道連絡船がないから、ロシア、中国、アメリカの
 いずれかに頼まないと行くことができない。米中は戦争に躍起なっているから探査用に宇宙
 船は無理だし、ロシアも技術継承ができず事故続きだから、どうすることも…」
江島「宇宙大国を目指す日本がそんなことで、いいんですかね」
大里「しかしだ。日本初の有人宇宙船計画の実証実験船があるんだ」
江島「あの計画は5年後に先延ばしになったんでは」
大里「野党に反対されてなかなか予算が取れず、先延ばしになっていたが、実験船の打ち上げは
 一ヶ月後にある」
  江島の目が輝く。
江島「それって、使えませんかね」
大里「まだ危険過ぎる。どんな不具合が出るか見るためにチンパンジーを乗せるんだぞ」
江島「でも実績のある『こうのとり』の有人バージョンなら、まず大丈夫でしょう」
大里「行きは大丈夫でも帰還時の熱に耐えられるかどうかが、一番の問題と聞いている」
江島「帰りは別の船にしますよ」
大里「米中が戦争状態なので、このどさくさなら、ねじ込めるかな」
江島「内閣府の長谷川さんに頼めば、なんとかしてくれるのでは」
大里「行きだけなのか。長谷川さんに言ってみるかな」

●9.つくばの宇宙訓練センター
  青白い顔の江島は、ふらついて重力加速カプセルから出てくる。
トレーナー「江島さん、凄いですよ。民間人で3.8Gまで耐えられたら問題はありません」  
江島「本番の打ち上げの時は、もう少しGが少なくて済むんだろう」
トレーナー「多少は少なくなります」
江島「やっぱりまだ、有人宇宙船は中国の方が進んでいるのかな」
トレーナー「江島さんは、宇宙が初めてではないのでしたか。それならここでの訓練なんかあっ
 さりクリアできます」
  トレーナーは、大したことがないと言わんばかりの顔をしている。
  江島は吐き気を抑えてうつむいている。

●10.つくばの宇宙訓練センターの喫茶コーナー
  江島と長谷川は、パイプ椅子に座り、紙カップのコーヒーをすすっている。
江島「ご尽力いただいて、ありがたいのですが、中国と違って訓練メニューがしっかりとしてい
 るもので」
長谷川「あちらさんは、安全をあまり重視していないですけど、日本は絶対に失敗は許されな
 いから、どうしても厳しいものになるんです」  
  壁に備え付けのテレビのニュースでは環礁を空爆する映像が流れている。
女性アナウンサーの声「南シナ海では米中の散発的な戦闘続いていますが、和平の目途は立って
 いないようです。それというのも、双方の軍需産業は特需となりかなり潤っているからで
 す。環礁などを取り合う程度の戦いならば、世論も反戦を叫びません…」
江島「これじゃ、長引きますか」
長谷川「国威発揚や景気回復、支持率の上昇につながるのだから、しばらくは止めたくないでしょう」
江島「それじゃ、日本の実験船で宇宙に行くしか選択肢はないですか」
長谷川「…危険を伴っていることは忘れないでください。打ち上げ時の緊急避難カプセルは、実
 際にまだ一度も作動させていないので…何かあったら」
江島「そのために誓約書にサインをしていますから」
長谷川「そこまでして、あの『管』の研究がしたいのですか」
江島「正直言って、いくら時間があっても足りない感じです」
  長谷川は苦笑いしている。

●11.実証実験船内
  直径2.5m程の三角錐の船内には、宇宙服を着て座席に座っているチンパンジーと江島の姿が
  ある。上を向いて横倒しになっている。
  様々な計測器が積まれ、その数字をモニターしている小さな画面が江島の前にある。
船内で聞こえるオペレーターの声「…5・4・3・2・1、メインエンジンスタート」  
  江島とチンパンジーは、振動で揺らされている。チンパンジーが奇声を上げている。江島
  は歯を食いしばっている。

●12.実証実験船内
  無重力状態になり、江島とチンパンジーはふわふわと漂っている。
地上オペレーターの声「遠隔操縦で無事に軌道に乗せました。もうセンサー類は外して結構で
 す」
江島「了解、日本の有人宇宙船の第一歩に立ちあえて光栄ですよ」
地上オペレーターの声「まだ実証実験は途中です。江島さんを降ろしたら、再突入があります
 から」

●13.静止軌道上の宙域
  直径300m程の観覧車のような外観の宇宙ホテルが回転している。その中心軸の辺りにある
  発着ポートに向かっていく日の丸を付けた実証実験船。
  ポートの入口には『Neo Shangri-La』とペイントされている。

●14.シャングリラのロビー
  船内服に着替えている江島はソファに座っている。彼の横にはラフな格好のシャロン・スミ
  スが座っている。
江島「ここがアメリカの民間宇宙ホテルですか」
江島のスマホのスミスの声「まもなく出来上がる天帝ホテルに比べたら、ペンションみたいな
 ものよ」
江島「しかし、ここでスミスさんに会えるとは心強い」
江島のスマホのスミスの声「博士、シャロンでいいわよ。しかし、どうやって三連鄭和に乗る
 つもりなの」
江島「無理やり押しかければ、むげにはできないと思うけど」
江島のスマホのスミスの声「甘いわ。かなり厳しいんじゃない」
江島「俺も一応は考えてますよ。長谷川さんから聞いていると思うけど、アラブの金持ちの宇宙
 船を装って接近するから」
江島のスマホのスミスの声「アラブの金持ちは良いとしても…だいたい建設中の天帝ホテルに
 三連鄭和は係留されているのかしら」
江島「長谷川さんの情報によると係留されているはず。それよりもラグランジュ点に向かう船の
 手配はどうです」
江島のスマホのスミスの声「船はね…、このホテルの点検整備サービスだから、一週間程度使
 えるわ」
江島「点検って、借りたのじゃなくて、騙して使うわけか」
江島のスマホのスミスの声「人聞きが悪いわ、点検航行で寄り道をするだけよ」

●15.グレート・ジャファルの船内
  縁が金色の鏡や金色に彩られたコンピューター・パネルがあり、ペルシャ絨毯のタペストリ
  ーが所々に掛けてある。
江島「これがアラブの金持ちの趣味か。無重力の船内だから上も下もないのに絨毯張りとは驚
 いた」
江島のスマホのスミスの声「多分、タペストリーじゃないの」
江島「操縦室や操縦席のようなものはないのかい」
江島のスマホのスミスの声「一応、ハッチの横に操縦パネルがあるけど、ほとんど自動航行シ
 ステムだから使う時は、手動の時だけ」
江島「なんかもう勝手に動き出していないか」
江島のスマホのスミスの声「あらそうね。今のうちに銃の点検をしておくわ」
  スミスは、小型加速銃を分解し始める。江島は加速銃をじっーと見ている。
江島「それを使うつもりか」
江島のスマホのスミスの声「用心のためよ。だってアメリカ人の私が敵地に乗り込むのよ」
江島「アメリカ宇宙軍の任務もあるのかい」
江島のスマホのスミスの声「ないわよ。博士の警護というだけよ」
  スミスは作り笑いを浮かべる。

●16.天帝ホテルの建設現場付近の宙域
  円筒形のグレート・ジャファルが、『E』の字の状の天帝ホテルに接近している。この宙域
  には、赤い星を付けた作業船などが飛び交っている。

●17.グレート・ジャファルの船内
  江島とスミスは操縦パネル付近に浮遊している。江島は頭にクゥトラを被り、白いカンドゥ
  ーラを着ている。
  スミスは黒いベールを被り、アバヤをまとい、それらしい装いにしている。
  受信サインのLEDが点灯する。船内カメラの前に浮遊する江島たち。
江島のスマホを介した無線の声「こちら天帝ホテルの建造管理管制局。未確認船、ここは立ち
 入り禁止宙域だ。船籍を明らかにせよ」
江島「こちらカタール船籍グレート・ジャファル。出来上がる前から素晴らしいと評判の天帝
 ホテルを見学に来た」
江島のスマホを介した無線の声「現在、見学は受け付けていない」
江島「いずれ、定宿にしたいと思っているし、それなりの謝礼は払うつもりだが」
江島のスマホを介した無線の声「今、船籍を照会している」
江島「ちょっと寄っただけだが、1万ドルでどうだろうか」
江島のスマホを介した無線の声「グレート・ジャファルはシャングリラに滞在とあるが、どうし
 てここに」
江島「アメリカのホテルはせまっ苦しくてかなわん。ここはずいぶんと大きいじゃないか、息
 抜きに来た」
江島のスマホを介した無線の声「よし、わかった。内部は見せられないが、外観や工事作業は
 見せられる。自動操縦IDを提示してくれれば、遠隔操作で案内できる」
江島「内部は無理ですか、見たかったんですがね」
江島のスマホを介した無線の声「こればっかりは無理なんだ。理解してくれ」
江島「それじゃ、IDを送るから案内を頼む」
  江島は操縦パネルの表示画面からID送信をタップする。

●18.天帝ホテルの作りかけの躯体の付近
  グレート・ジャファルは、中央躯体の発電区画の辺りを漂っている。発電区画を過ぎると発
  着ポートの付近に移動する。
  建造途中でも中央躯体の長さは600mはあり、グレート・ジャファルは、非常に小さく見
  える。

●19.グレート・ジャファルの船内
  船の丸窓から天帝ホテルを直に見ている江島とスミス。
江島「この中央躯体には、三連鄭和はなさそうだな」
江島のスマホのスミスの声「あのポートの中にも、それらしいものは見えないわね」
江島「それじゃ、重力区画となる躯体を見るか」
江島のスマホのスミスの声「案内してくれればだけど。あれっ、あれはレーザー砲じゃないかし
 ら」

●20.天帝ホテルの作りかけの躯体の付近
  グレート・ジャファルは、中央躯体から800mは離れた位置にある重力区画に向かおうとす
  るが、途中で逆噴射され停止する。

●21.グレート・ジャファルの船内
  スミスは妨害電波発生装置をオンにする
江島「シャロン、何をする気だ」
江島のスマホのスミスの声「博士、電波が途絶えたとか、適当な理由を言っておいて。ちょっと
 細工するから」
  スミスは、操縦を手動にする。

●22.グレート・ジャファルのハッチ
  ハッチが開き宇宙服のスミスが出てくる。ハッチの目の前のレーザー砲の側面に粘土のよう
  なものと白い箱を設置する。すぐにハッチは閉まる。

●23.グレート・ジャファルの船内
  江島は、交信を続けている。
江島「船内AIにバグが生じたようです。いま修復中です」
江島のスマホを介した無線の声「そちらの船のハッチが開いているようですが」
江島「バグのせいでハッチが開いてしまいましたが、今、閉められました」
江島のスマホを介した無線の声「電波障害があるようですが、発信元は特定できますか」
江島「いいえ、こちらではバグだと思います」
  ハッチからスミスが戻って来る。スミスは妨害電波発生装置をオフにする。

●24.天帝ホテルの重力区画の躯体の付近
  グレート・ジャファルは、ゆっくりと側壁付近を通過していく。

●25.グレート・ジャファルの船内
  江島は無線も船内カメラをオフにしている。スミスは黒いベールを外している。
江島「あれ爆破させたら、すぐにバレるだろう」
江島のスマホのスミスの声「爆破させても、反応はないじゃない、大丈夫よ」
江島「えっ、もう爆破させてんの」
江島のスマホのスミスの声「小さな爆発だから、わからないけど、もうあのレーザーは使えない
 わ」
江島「宇宙軍の使命ってやつなのか」
  スミスは聞いていない振りをしている。
江島のスマホのスミスの声「やっぱり三連鄭和は、どこにもないわね。あれがないと探査は無理
 でしょう」
江島「うん。この船じゃ、無重力だから行く気がしないよ」
  受信サインのLEDが点灯する。江島は通話のみオンにする。
江島のスマホを介した無線の声「これで一通り案内したが、満足いただけたかな。あなた方は運
 が良い、いつもは、探査船が接続しているポートが空いているからポート内だけなら入れ
 ます」
江島「探査船って、あの有名な三連鄭和ですか」
江島のスマホを介した無線の声「よくご存知で、その名がアラブ世界にも届いているのですか」
江島「えぇまぁ」
  江島は落胆の表情を浮かべている。

●26.天帝ホテルの3番ポートのハッチ前ロビー
  ハッチの扉がスライドすると、アラブ風の服装の江島たちが入って来る。
  一斉に小銃が向けられる。
江島のスマホの陳の声「ようこそ江島博士、それにそちらはミズ・スミス」
江島「どうして、わかったんです」
江島のスマホの陳の声「三連鄭和のことを知っているのは許、劉、郭、あなた方とHAC上層部
 だけなんで」
江島「違法かもしれませんが、どうしても探査に行かなければならないので、こうして来たん
 です」
江島のスマホの陳の声「君の熱意はわからんでもないが、今は戦争時だ。立場をわきまえても
 らいたい」
江島「今、三連鄭和は誰が乗って探査に行っているんですか」
江島のスマホの陳の声「劉と許だ。彼らだけでも充分に探査はできる」
江島「俺が行けば、もっと助けになります」
  聞く耳を持たないといった表情の陳。
江島のスマホの陳の声「ここに監禁室はないので、係留したグレート・ジャファルの船内で大人
 しく処遇を待ってもらう」
江島のスマホのスミスの声「あの船は借り物なんですけど」
  スミスの英語は陳のスマホでは中国語に訳されている。
江島のスマホの陳の声「延滞料でも払うことになるでしょうな」

●27.グレート・ジャファルの船内
  江島は石板のデータを解読している。スミスは操縦パネルの裏蓋を開けて係留解除の方法を
  探っている。
江島のスマホのスミスの声「石板のデータに、よくアクセスできたわね」
江島「俺がすることがなかったら、石板のデータを解析させようと思って、シャットアウトして
 ないんじゃないかな
江島のスマホのスミスの声「その可能性はあるわね。やれっと言われたらやらないでしょう。
 本当はやりたくても」
江島「まぁな。そんなのはどうでも良いがこの『甬』の字、成り立ちから言って、両側を塀で
 囲んだ、宮城内の道だから『管』に対する何らかの特別な道だと思うんだが…」
  滔々と話す江島。スミスはぽかんとしている。
江島のスマホのスミスの声「そんなこと言われて、さっぱりだわ。それよりも無重力が長くな
 りそうだから、筋トレはしておかないと」
  スミスは金ぴかに彩られたエアロバイクを収納壁から引っ張り出す。

●28.ラグランジュ点に浮かぶ天帝ホテル
  半分ほど形が出来上がり、ユーロの通貨記号のような外観になっている。
  建造宙域には、地球の軌道上から躯体ユニットを運んできた牽引船がワイヤーを外してい
  る。

●29.グレート・ジャファルの船内
  江島は、モニター画面を見つめている。
  スミスはエアロバイクから降りると汗を拭っている。
江島「凄いことを発見した。『甬』の意味がつかめたぞ。石板の材質を粉末にして帯電させ照
 射すると、ある種の電磁波で『穴』が広げられるようだ。だとすると穴を通過するたびに無
 重力にならず、重力区画をぶん回したままで通過できる。さっそく、これを陳・天帝センタ
 ー長に報告しよう。もしかしたらここから解放してくれるかもしれない」
江島のスマホのスミスの声「そんなに凄いことなの。それじゃ江島博士も運動したら。私の方は
 3日がかりでも成果なしよ」
  江島は、無線をオンにして陳を呼び出している。
江島「忙しいって、大事な話があるんだ。話させてくれ」
江島のスマホを介したセンター長の秘書の声「探査船に問題が発生したのです」
江島「三連鄭和にか、それならなおさら、話す必要があるんだ」
江島のスマホを介したセンター長の秘書の声「それでも無理なので…」
  電話口の声が替わる。
江島のスマホを介した陳の声「仕方ない、とにかく来てくれ」

●30.天帝ホテルの重力区画躯体
  壁面には簡易の内装が張られている。
  通路の先に簡易のセンター長室が設けられている。
  江島は、警備兵に両脇をつかまれ、3日ぶりの重力に足をふらつかせながら歩く。

●31.天帝ホテルのセンター長室
  簡易の机が置いてあり、パイプ椅子に座る陳。モニターなどはコンテナーの上に載せられて
  いる。
  江島は天井から吊りさげられているLED照明を見ている。  
江島「上と下がハッキリとしていて頭がスッキリしました」
江島のスマホの陳の声「そうじゃなければ、長期間いられないからな」
江島「それで、あの穴を広げる方法を解読しました」
江島のスマホの陳の声「しかし、それが何の役に立つ」
江島「三連鄭和は船内の人口重力を維持したまま『管』の中に入れます」
江島のスマホの陳の声「それは良いのだが、肝心の三連鄭和と連絡が取れないのだ。定時連絡か
 ら5日も過ぎている」
江島「そんな前からですか。なんで救出に行かないのです」
江島のスマホの陳の声「行く船がないんだよ。宇宙船のほとんどは地球軌道上に移動している
 から」
江島「補給物資のことを考えると、いつまでも放って置くわけには行かないでしょう」
江島のスマホの陳の声「それはそうだが」
江島「待てよ。この天帝ホテルで行けば良いじゃないですか」
江島のスマホの陳の声「何を血迷ったことを」
江島「この現場には粉砕機械もあるし、塗料噴霧船もある。それに発電区画まである」
江島のスマホの陳の声「なんだかよくわからんが、肝心の移動はどうするのだ。天帝ホテルにロ
 ケットエンジンはないのだぞ」
  江島は窓の外の牽引船を見ている。
江島「あの牽引船で押すか牽引するんです。穴を拡大すると押し引きの流れがなくなるので、
 強力なエンジンでなくても中に入れます。それに周期を待たずにいつでも入れるはずです」
江島のスマホの陳の声「しかし、君を自由にするわけには…」
江島「確かHACの安陽本部の指示では、俺をここから出せないのでしたよね。しかし天帝ホ
 テルごとなら、命令違反にはならないでしょう」
江島のスマホの陳の声「それはそうだが」
江島「時間がないんですよ。劉たちを救えば、あなたの評価は格段に上がります」
江島のスマホの陳の声「…一理あるな。まず何をすれば良い」
江島「管理倉庫にある石板の原石を粉末にしてください」

●32.天帝ホテル内の作業管理室
  作業プラットフォームの映像を見ている江島、スミス、陳。
  管理室では数人の管理要員がセンサー類をチェックしている。
  モニター画面では、プラットフォームに搭載されている粉砕機械に、石板の原石をロボット
  が放り込んでいる。
  少し離れた所に宇宙服を着た作業員がその動きを見ている。
  粉末化した原石は、運搬コンテナーのタンクに吸い込まれていく。
江島「あの粉砕機械は普段は何用なのですか。今回の作業ピッタリなんですけど」
江島のスマホの陳の声「農場区画の土を作るために運んできた岩石などを粉砕する機械だが、
 あまり使っていなかったから、きれいだろう」
江島のスマホのスミスの声「「へぇー、農場区画があるんですか」
江島のスマホの陳の声「ホテルで出す新鮮な卵や牛乳、野菜などのためにある」
  陳はスミスの方をじろりと見る。
江島のスマホの陳の声「ミズ・スミスは、なんでここにいるんですか。用事があるのは博士だけ
 だが」
江島「ホテル内なら、どこにも逃げられないのだから、いいじゃないですか」
江島のスマホの陳の声「入られては困る場所がある」
江島「スミス少佐は、俺の秘書的に立場なので同行しています」
  スミスは壁に張られている農場区画のイメージ図を見ている。
江島のスマホの陳の声「君らの行動が目に余るようなら、グレート・ジャファルに戻っても
 らう」
江島「立ち入り禁止は守ります。彼女にも守らせます。無重力の所は、とにかく勘弁願いた
 い。いつまで経っても慣れないから」
  江島の無重力の毛嫌いぶりにニヤリとする陳。

●33.ラグランジュ点の宙域
  半分できている天帝ホテル。中央躯体に2隻の牽引船が係留されている。
  2つの重力区画を支える斜めの支柱部それぞれに1隻ずつ牽引船が係留されている。
  重力区画は回転したままで、回転軸上の中央躯体の先端には、塗料噴霧船が係留されて
  いる。

●34.天帝ホテル内の作業管理室
  江島、スミス、陳は、中央躯体先端部の船外カメラの映像を見ている。
江島「ここが船長室ってわけですか」
江島のスマホの陳の声「センター長室には、全てのセンサーなどをコントロールできないから
 な」
江島のスマホのスミスの声「全て、準備が整ったようね」
  スミスの前を管理室スタッフが横切り、陳に中国語で報告をしている。
江島のスマホの陳の声「博士、本当にあの穴が広がるのですかな」
江島「石板の情報を解読した限り、間違いないと思います」
江島のスマホの陳の声「それでは、照射と行こう」
  陳は管理室のマイクを手にする。
江島のスマホの陳の声「照射」

●35.ラグランジュ点の宙域
  天帝ホテルの中央躯体の前方にある『穴』の境界線部をほぼ円周上に石板の原石粉末が吹き
  付けられていく。何も起こらない。

●36.天帝ホテル内の作業管理室
  中央躯体先端部の船外カメラの映像を見ていたスミスと陳は、江島の方を見る。
江島のスマホの陳の声「やはり、無理だったのでは」
江島「粉末にかける電荷をもっと増やしてください」
江島のスマホのスミスの声「無理よ。あの表示を見ると噴霧船の電源いっぱいいっぱいになる
 わ」
江島のスマホの陳の声「博士、爆発は避けなければならない。中止させよう」
江島「いゃ、もうちょっと待ってください。縁が広がりかけている」
江島のスマホの陳の声「私にはそうは見えないが」
  モニター画面上では、宇宙空間の歪みが徐々に広がっていく状況を映し出している。
  どんどん広がり、重力区画を回転させたままの天帝ホテルがそっくり入れる大きさになる。
江島「いつまで広がっているかわからないので、すぐに牽引船のエンジンを点火させてくださ
 い」
  無線のマイクをしっかりと握りしめている陳。
江島のスマホの陳の声「よし、エンジン点火」
  モニター画面上では、天帝ホテルが薄緑色の空間の中に入っ行く光景が映し出されている。
  
●37.第一距越管内の空間
  薄緑色の空間の中を天帝ホテルは重力区画を回転させながら航行している。
  
●38.天帝ホテル内の作業管理室
  陳は臨時に設けられた船長席に座り、管理室スタッフが船外センサーの情報をチェックして
  いる。
  江島とスミスは、きしむドアを開けて室内に入って来る。
江島「臨時操舵室らしくなってきたかな」
江島のスマホのスミスの声「まだ工事現場の管理室が抜けきれてないわよ」
江島のスマホの陳の声「なんだね。君らがここに来たということは何か解読できたのか」
江島「『管』内、5日目にして、三連鄭和の残したマーカーを発見したと聞いたもので」
江島のスマホの陳の声「マーカーを見つけたが、穴の外に出て見ないと何とも言えんな」
  管理室スタッフが陳に中国語で指示を仰いでいる。
江島のスマホの陳の声「穴を広げて外に出るぞ、噴霧開始」

●39.赤い太陽が二つ輝いている恒星系
  天帝ホテルは、小惑星帯の近くに浮遊している。
  回転している重力区画は、赤い太陽の光を受ける側に来たり、反対の陰の側に来たりしてい
  る。

●40.天帝ホテル内の作業管理室
  江島とスミスは臨時船長席の少し後ろにパイプ椅子を置いて座っている。
  彼らの前には船外を映し出している大型モニターを置いてある。
江島「やけに小惑星帯が近くないですか」
江島のスマホの陳の声「私もそう思う」
江島のスマホのスミスの声「この向こうに、三連鄭和を探査に行ったのですか」
江島のスマホの陳の声「例の意識体通信器の受信先がこの恒星系の第三惑星にあると劉は指摘し
 ていた」
江島「第三惑星は小惑星帯のどのくらい先なのですか」
江島のスマホの陳の声「穴のすぐそばだと劉は言っていたのだが」
江島のスマホのスミスの声「えっ、もしかしてこの岩石の欠片と言うか、小惑星帯は、粉々なっ
 た第三惑星じゃないの」
  陳は沈痛な表情になる。陳はゆっくりと管理室スタッフの方を向く。
江島のスマホの陳の声「この付近に惑星は探知できるか」
  管理室スタッフは首を横に振っている。
  コンテナーの上に置いてあるデスクトップPCのファンの音が聞こえている。
江島「あれは、ここではないのに…、俺がHACを離れなければ、こんなことには」
江島のスマホの陳の声「なんで惑星が吹っ飛んでしまったかは、わからないが、長居は無用だ
 な」
江島のスマホのスミスの声「ちょっと待って、あの青い点は何かしら」
  スミスは、高精細のモニター画面上のかなり離れた位置にある青い点を指さしている。
  陳はスタッフに中国語で何か命じる。スタッフはすぐに答えている。
江島のスマホの陳の声「あの青い点は惑星らしい。その上この小惑星帯とほぼ同じ軌道上にある
 とのことだ」
江島「衛星か何かが粉々になって軌道上に散らばっているのか」
江島のスマホのスミスの声「しかし、この散らばり方からすると、最近爆発した感じね」

●41.天帝ホテル内の天体観測室
  江島、スミス、陳は内装が半分近く張られていない部屋に浮遊している。
  作業員たちは内装を張る作業をしている。
江島「移動中も作業は続けているのか。それにしてもこの無重力にはいつまで経っても閉口する
 よ」
  江島は、壁面の手すりをしっかりと握る。
江島のスマホの陳の声「ぐるぐる回っていては、観測できないからな」
江島のスマホのスミスの声「普段は、ここで撮影された映像は重力区画で見られるのでしょう」
江島のスマホの陳の声「まだケーブルがつながっていないから、こうしてここまで来たんだ」
江島「センター長、我々素人がここで観測しても、あまり意味がないのでは…」
江島のスマホの陳の声「何を言っているんだ。君は知らなかったか。私はセンター長である前
 に、天体学者なんだぞ」
  江島は陳の顔を思わず見てしまう。
江島「そうなんですか。それで何かわかりそうですか」
江島のスマホの陳の声「そう急かすな」
  陳は天体観測用のセンサー類を起動させ、天体望遠鏡を覗く。
江島「あのぉ、センター長、俺とシャロンは、いなくても良かったのでは」
  江島は重力区画に戻りたそうにしている。
江島のスマホの陳の声「えぇ、君たちはファーストネームで呼び合う仲なのか」
江島「別にセンター長が思う程の関係じゃなくても呼びますよ」
江島のスマホの陳の声「なるほど。あぁ一緒居るのは勝手に歩かれちゃ困るからだが…」
  陳は口が開いたままになる。
江島のスマホの陳の声「もっと早く、気付くべきだった。ここに二連星ではなく、三連星でその
 一つがブラックホールになっている。こんなことがあるのか」
江島「ブラックホールですか」
江島のスマホの陳の声「ブラックホールのおかけで、この恒星系は重力がかなり複雑になってい
 るし、あの惑星はブラックホールの事象の地平面に近い軌道を通っている。衛星がもぎ取られ
 て粉々になったことも考えられる」
江島のスマホのスミスの声「事象の地平面ってシュヴァルツシルト面ってやつでしょう」
  スミスはちょっと得意気にしている。
江島のスマホの陳の声「…『管』内のビーコンマーカーが刻む時間と比較すると、現在天帝ホテ
 ルがいる場所でも60分が10分程度になっている。ちょっと待ってくれ」
  陳はメインコンピューターのキーボードを叩く。
江島のスマホの陳の声「あの惑星上だと60分が6分、30日が3日になる」
江島「もし彼らが惑星にいたら、我々がここまで来るまで30日は3日しか経っていないわけか」
江島のスマホの陳の声「それに我々も惑星も徐々にブラックホールに引き寄せられている。事象
 の地平面より中に入ってしまったら二度と戻れなくなる」
  陳の声は震えている。
江島のスマホのスミスの声「何をするにしても、急がないとダメってわけね」

●42.第三惑星の静止軌道上
  重力区画を回転させている天帝ホテルは、海洋と白い雲がある惑星の上空を移動している。
  衛星の岩石群は天帝ホテルのさらに上に散らばっている。
  天帝ホテルの前方に1号船体と2号船体を展開している三連鄭和が浮遊している。  

●43.天帝ホテル内の作業管理室
  江島とスミスは臨時船長席の少し後ろにパイプ椅子を置いて座っている。
  彼らの前には大型モニターを置いてある。
  モニターには許の顔が映し出されている。
江島のスマホの陳の声「君らは地球時間で30日もここにいることになっている。その上、ブラッ
 クホールに引き寄せられている」
江島のスマホを介した許の無線の声「30日もですか。まだ劉博士が惑星に降り立って2日と18時
 間しか経っていませんが」
江島のスマホの陳の声「衛星も粉々になっている非常に危険な状況だ。一刻も早く撤収してく
 れ」
江島のスマホを介した許の無線の声「そう言えば確かに月が見当たりませんね。わかりましたけ
 ど、劉博士をどう説得しますか」
江島のスマホの陳の声「説得…、命の危険が迫っているのだぞ」
江島のスマホを介した許の無線の声「しかし世紀の大発見だと息巻いていましたから」
江島のスマホの陳の声「私が直接、探査船に呼びかけよう」

●44.天帝ホテル内の作業管理室
  江島とスミスは臨時船長席の少し後ろにパイプ椅子を置いて座っている。
  彼らの前の大型モニターにはヘルメット越しの劉の顔が映し出されている。
江島のスマホを介した劉の無線の声「天帝ホテルごと、ここに来ていると聞いてびっくりです。
 そんなに差し迫っているのですか」
江島のスマホの陳の声「世紀の大発見かもしれないが、生きて戻らないと何の意味もない」
「わかりました。でも、後89番目と90番目の石板を撮影しないと、…ちょっと目まいが…」
  モニター画面のフレーム内から劉の顔が消える。
江島のスマホの陳の声「劉、どうした」
  陳は遠隔操作で探査機の船外カメラの角度を動かす。
  地面に倒れている宇宙服姿の劉が映る。
江島のスマホを介した劉の無線の声「あぁ、寝ないでいたから働き過ぎかしら」
江島「大丈夫か、いくらなんでも一人でやり過ぎじゃないか」
  無線からは微かな声のようなものが聞こえる。
江島のスマホのスミスの声「今、チェックしてみたんだけど、彼女は右足の腓骨を骨折している
 わ。それに鎮痛剤を飲み過ぎて意識が朦朧としかけています」
  スミスは劉の宇宙服から転送されてくるバイタルサインをモニターしている。
江島のスマホの陳の声「見上げた研究者魂だが、救出せねばな」
  陳は江島の方を見る。江島はびっくりとしている。
  陳は無線を三連鄭和に切り替える。
江島のスマホの陳の声「大佐、下の惑星はどのような環境だ」
江島のスマホを介した許の無線の声「見た目以上に過酷で、宇宙線と紫外線が強く昼夜の温度差
 が80℃近くあり、酸素濃度は地球の10分の1程度です」
江島のスマホの陳の声「やはり宇宙服は必要だな」
江島のスマホのスミスの声「重力はどうなのかしら」
江島のスマホを介した許の無線の声「0.8Gでちょっと軽い感じです」
江島のスマホの陳の声「江島博士、三連鄭和の緊急救出船で行ってくれ。君も下の石板が見たい
 だろう」

●45.第三惑星の表面上
  平坦地には水たまりが無数にあり、平坦地の端には斜度のきつい山がいくつか連なってい
  る。山には苔のようなものが薄っすらと生えている。
  その平坦地のほぼ中央に三角錐形の探査船が着陸している。
  緊急救出船はパラシュートとエアバッグを併用して、探査船の近くに着陸する。

●46.第三惑星の探査船付近の僅かな窪地
  宇宙服を着た江島は、劉を支えながら立っている。窪地には半分以上が埋まっている石板が
  いくつもある。  
江島のスマホを介した劉の無線の声「これを見てよ。このような石板が、この平坦地に一面に立
 っているのよ。ここが『管』を発見、もしくは作った文明の発祥の地じゃないの」
江島「なるほど、確かにその可能性があるが、この惑星自体がまもなく消滅するだろう」
江島のスマホを介した劉の無線の声「それって本当なの。だとしたら、ますます記録しないとダ
 メだわ」
江島「レイ、足を骨折しているのだろう」
江島のスマホを介した劉の無線の声「ここは重力が弱いから大丈夫よ」
江島「でも、また倒れてしまったらどうする。残りは俺が記録する」
  江島は、ゆっくりと劉をその場に座らせる。
  右足を投げ出してうずくまっている劉。
  それをしり目に江島は石板をスキャンし、表面を撮影している。
江島のスマホを介した劉の無線の声「ぁあ、エジ、あの奥のも記録して」
江島「わかった。あそこの101番目と102番目もな」
  江島はヘルメットのヘッドでディスプレーに表示されている時間を見る。
江島「もうキリがない。一番気になる102番目だけにする」

●47.第三惑星の表面上
  探査船は軽く浮き上がり、近くに立っているブースターロケットの上にドッキングする。
  緊急救出船は置かれたままになっている。
  
●48.探査船内
  江島と劉は船内作業服になっている。  
  江島は、操縦パネルにあるキーボードを叩いている。
  劉は簡易ベッドに横たわっている
江島「別に投下してあった帰還用の補助ブースター・ロケットは装着した。後は飛び立つだけ
 だ」
江島のスマホの劉の声「緊急船の燃料は移し替えたの」
江島「もちろんだ。2人乗船にはパワーが必要だから」
江島のスマホの劉の声「もう二度とここには来られないのかしら」
  劉は残念そうに窓の外を覗いている。
江島「残念だがな。それではさっさと戻ろう」
  江島は、エンジン点火のコマンドを叩く。

●49.第三惑星の静止軌道上
  3つの船体を一つにまとめた三連鄭和は、天帝ホテルの中央躯体の後方部にある大きなフッ
  クに係留されている。
  天帝ホテルの進行方向斜め前方には、黒いシミのような空間が見えている。

●50.天帝ホテル内の作業管理室
  内装が全部の壁に張られ、大型モニターは天井から吊り下げられている。
  大型モニターの前には大きめの楕円テーブルが置かれている。
  モニター画面と正対する楕円テーブルの長径方向の一端には陳が座っている。江島、スミ
  ス、許、劉は楕円テーブルの短径方向の円部に沿って座っている。劉は右足にギプスをして
  車椅子に座っている。
江島のスマホのスミスの声「操舵室と言うより作戦室のようですね」
江島のスマホの陳の声「何とでも言ってくれ。少しは部屋らしくなったろう。あぁ劉博士は無理
 しなくていいぞ」
江島のスマホの劉の声「私は大丈夫です」
江島「それでセンター長、パワー不足ってどういうことですか」
江島のスマホの陳の声「牽引船、三連鄭和、グレート・ジャファルのエンジンをフル作動させて
 も、このままだと距越管の穴に戻れそうにないのだ」
  一同はうろたえる。
江島のスマホの許の声「そこまでブラックホールの影響は強いのですか」
江島のスマホのスミスの声「劉さんの研究者魂とやらがなければ、戻れたんじゃない」
江島「シャロン、また人のせいにする。よせ」
  江島がスミスをファーストネームで呼んだことに、一瞬ハッとした顔になる劉。
江島のスマホの劉の声「あの石板群の遺跡がかけがえのないものだってことは、エジも認めると
 ころでしょう」
  劉は地声は力のない声になっている。
  スミスは、江島の呼び方に少し、驚いた顔をしている。
江島のスマホのスミスの声「何、あんたら仲が良いんだ」
江島のスマホの許の声「少佐、余計なことを言っていないで、今は出力が問題なんです」
  スミスは、少し頬を赤くして黙る。
  一同も考えを巡らせて黙っている。
江島のスマホの許の声「やはり燃料比を変えて出力効率アップさせる方法を早急に見つけるべき
 です」
江島のスマホの陳の声「それも考えているのだが…」
江島「俺は専門外だから詳しい計算はわからないのだが、第三惑星でスイング・バイをしたらど
 うなんだ」
江島のスマホのスミスの声「最適なコースに乗せられるかしらね」
江島のスマホの許の声「一歩間違ったら、第三惑星で燃え尽きるのではないですか」
江島のスマホの陳の声「この天帝ホテルをか」
江島のスマホの劉の声「他に手がなくても、危険過ぎないかしら」
江島のスマホの陳の声「…一応計算してみよう」

●51.天帝ホテルのシアタールーム
  座席は前2列目までしか備え付けられていない。
  大型スクリーンには、102番目の石板が映し出している。
  音響設備を組み立てている作業員も手を止めてスクリーンを見ている。
  江島は、投影機のリモコンを手にし、他の写真と見比べている。
思い立った江島はスマホを手にする。
江島「医療室のベッドに劉博士はいるか」
江島のスマホのスミスの声「はいはいレイでしょう。ちょっと待って」
  数秒間が空く。
江島「ぁ、漢字の原初体と甲骨文字を重ね合わせて、石板の文字を解読したんだが」
江島のスマホの劉の声「あまり早口で言われても」
江島「現在の漢字に置き換えてみたんだが、『空在黒斑』『管多孔後滅』という文字に行きつい
 た」
江島のスマホの劉の声「それらは今状態と言いたいの」
江島「さすがにレイだ。話が早い。だから102番目の石板は予言書のようなものではないかと」
江島のスマホの劉の声「『管』が消滅するのかしら」
江島「そこが良く分からないのだが」
江島のスマホの劉の声「だとするとエジが102番目を最後に記録したの正解じゃない」

●52.天帝ホテル内の作業管理室
  楕円テーブルに陳、江島、許、スミスが座っている。
  大型モニターには、離れた位置にある第三惑星が映っている。
  陳はインターコムのマイクを手にする。
江島のスマホの陳の声「ここから再接近して、惑星の重力を使ってスウィングバイする。総員配
 置についたか」
  各部署から中国語の返事が聞こえる。
江島のスマホの陳の声「よし、エンジン噴射」
  陳の声に従い許がキーボードを叩くと、天帝ホテルは、微かに振動し動きだす。

●53.第三惑星付近の宙域
  重力区画を回転させる天帝ホテルは、第三惑星をかすめてコースを曲げ加速する。
  再度エンジンが点火され、より速度を増す。

●54.天帝ホテル内の作業管理室
  楕円テーブルに陳、江島、許、スミスが座っている。
  大型モニターには、遠ざかっていく第三惑星が映っている。
江島のスマホの許の声「マーカーのビーコンによると、若干ズレが生じています」
江島のスマホのスミスの声「このままでは、穴の正面には行けないのね」
江島のスマホの陳の声「やはり恒星系の重力が複雑になっている影響か」
江島のスマホの許の声「センター長、早めに修正しないと」
江島のスマホの陳の声「しかし、穴の手前で減速する分と『管』内航行用の燃料を残すために
 は、微妙なところだ」
江島のスマホの許の声「だとしたら早めに修正を」
江島「大佐、このままだと、どの辺りに行きますか」
江島のスマホの許の声「我々が向かっている穴の20キロ程左舷側です」
江島「『多孔』になるので、その辺りにも穴が開いている可能性が充分にあります」
  一同は一斉に江島の方を見る。
江島のスマホの陳の声「それは確かなのか」
江島「102番目の石板に予言書として書かれていました」
江島のスマホの許の声「あの石板にですか。本当にブラックホールなどのこの状況を予測できる
 んですか」
江島「『光陰五千余後』という一文があったから、たぶん5000年ぐらい前に将来の可能性を示唆
 していたようです」
江島のスマホの許の声「しかし、いくらなんでも危険過ぎます。穴が開いていなかったらどうす
 るんです」
江島のスマホのスミスの声「あたしは江島博士に賭けるわ。今までも危機を解読によって乗り切
 ってきたから大丈夫よ。大佐だって前回の探査で救われたじゃないの」
  一同は陳の方を見る。
江島のスマホの陳の声「修正なしで行こう」

●55.第一距越管の穴の近くの宙域
  天帝ホテルは、進行方向に対して反対向きになり、ロケットエンジンを噴射している。
  進行方向に空間の歪みは見えない。少しズレた位置に空間の歪みが見える。
  天帝ホテルの中央躯体から噴霧船が飛び立っていく。

●56.天帝ホテル内の作業管理室
  楕円テーブルに陳、江島、許、スミスが座っている。
  大型モニターには、第一距越管の穴の近くの宙域が映っている。
江島のスマホの許の声「江島博士、ビーコンが発信されている穴の他、どこにも穴が開いてない
 じゃないですか」
江島のスマホの陳の声「いつ穴が沢山開くかの詳細な記述は見られたのか」
江島「ブラックホールが表れた時点としかわかりませんでした」
  江島はバツの悪そうな顔をしている。
江島のスマホの陳の声「大佐、ここを通り過ぎてからもう一度、ここに戻れるにはどのくらい要
 する」
江島のスマホの許の声「第四惑星でスウィングバイして、ざっと見積もっても地球時間でほぼ1
 年後ではないかと」
江島のスマホの陳の声「幸いにしてホテルごと来たから1年後でも食料はなんとかなるだろう」
江島のスマホの許の声「少佐、いつものように江島博士を責めないのですか」
江島のスマホのスミスの声「…だってこれはあたしも同意したことだから」
  無線の受信音がする。
江島のスマホを介している無線の声「こちら噴霧船。穴がありません。どこに噴霧すれば良いの
 でしょうか」
江島のスマホの陳の声「そうか。長い旅になるかもしれん」
  陳はうつむく。
江島のスマホを介している無線の声「天帝ホテルは、『管』側壁に激突するのですか」
江島のスマホの陳の声「そんなことはない、ただ通り過ぎるだけだ。噴霧船は帰還せよ」
江島のスマホを介している無線の声「ええっ」
  江島は食い入るように大型モニターを見ている。
江島「ちょっと待ってください。大佐、あそこを拡大してください」
  江島の声とほぼ同時に画面の一部が拡大される。
  画面には空間の一部に歪んで見える箇所がある。
江島「センター長、天帝ホテルがあそこに到達するまで後、何分です」
江島のスマホの陳の声「だいたい16分だが」
江島「天帝ホテルが通れる穴にするまでは12分でしょう。なんとかなります」
江島のスマホの陳の声「…わかった。噴霧船、小さい穴が見えるだろう。その縁に噴霧しろ」
江島のスマホを介している無線の声「あぁ、あれですね。了解」

●57.第一距越管のもう一つの穴の近く
  噴霧船の噴霧によって穴がどんどん拡大していく。噴霧船の背後には、巨大な天帝ホテルが
  迫っている。
  穴の直径と重力区画の回転径はわずかに穴の方が小さい。

●58.天帝ホテル内の作業管理室
  陳、江島、許、スミスは楕円テーブルの周りに立っている。
  大型モニターには、拡大中の穴付近の歪みと微かに見える薄緑色の空間が映っている。
江島のスマホの許の声「14分経過」
江島のスマホのスミスの声「中央躯体に移動した方が良いかしら」
江島「行く必要はない」
  江島は行きかけたスミスの手を引っ張る。スミスは振りほどこうとしたが、途中でやめる。
  一同は大型モニターを見ている。
江島のスマホの許の声「15分経過」
  江島とスミスは手を強く握る。
江島のスマホの許の声「通過、通過を確認」
  陳は許の肩を叩く。
  スミスは江島に抱き着き軽くキスをする。戸惑う江島。
  陳と許は微笑んで二人を見ている。
江島のスマホの陳の声「それこそ、仲が良いな」
江島「こっこれはアメリカ人の習慣なんですよ」
  江島は若干目が泳いでいる。
江島のスマホのスミスの声「そうよ。別に恋愛感情がなくても、ハグしたりキスするんだから」

●59.第一距越管内
  薄緑色の空間の中を天帝ホテルは航行している。周囲の管内各所に穴が空き始める。かな
  り後方は管壁が崩壊しかけ歪んだ恒星系が見えている。

●60.天帝ホテル内の作業管理室
  陳、江島、許、スミスは楕円テーブルの周りに立っている。
  大型モニターには、前方の管内空間が窄まり閉じていく様子が映っている。
江島のスマホの陳の声「牽引船、三連鄭和、グレート・ジャファルのエンジンはフルパワーだ」
江島のスマホのスミスの声「一難去って、また一難ね」
江島のスマホの許の声「各船の燃料がなくなりかけてます」
江島のスマホの陳の声「かまうな。一気に行こう」
  江島は、102番目の石板の画像を丹念に見ている。
江島「『滅』の文字以外は目ぼしいものがない」
  大型モニター上は、ほとんど閉じてしまっているように見える。
江島のスマホの許の声「まだ重力区画の回転径の1.5倍はあります」

●61.第一距越管内
  天帝ホテルは、管壁がしっかりとしている空間に飛び込む。そのすぐ背後の空間は閉じてし
  まい、管は行き止まりになる。

●62.天帝ホテル内の作業管理室
  陳、江島、許、スミスは席に座っている。
江島のスマホのスミスの声「なんとか助かったみたいね」
江島のスマホの許の声「燃料は全部合わせても行きの2%もありません」
江島のスマホの陳の声「少しは動くのだな」
江島「俺は何か方法はないか石板のデータを見てみるよ」

●63.天帝ホテルのシアタールーム
  大型スクリーンには、第三惑星で記録した石板が映っている。
  江島と劉はスクリーンを見上げている。
  江島は劉の車椅子の後ろに立っている。
江島のスマホの劉の声「ここが臨時の分析室になっているわけ」
江島「センター長に割り当てられた唯一の場所だから」
江島のスマホの劉の声「そうなの。しかしエジがいないとダメね。見当はずれの場所に行ってし
 まったから」
江島「いや、レイのおかけで予言書や新たな碑文が記録できたじゃないか。あの65番目の石板
 は、何らかのプログラムだと思う。戻ったら解析に忙しくなりそうだ」
江島のスマホの劉の声「今だって、分析しているけど…34番目の石板は金文が多い気がしない」
江島「確かに漢字の原初体ではなさそうだ」
江島のスマホの劉の声「時間はあるけど、ここにダイがいれば、完璧ね」
江島「そう言えば、彼は台湾に戻れたのか」
江島のスマホの劉の声「戻れたはずよ」
  スミスはシアタールームの開いている扉から入りかけるが立ち止まる。
  江島と劉の姿を見て、踵を返して戻る。
  数秒間が空く。
  シアタールームの扉をノックしてからスミスが入ってくる。
江島のスマホのスミスの声「劉博士、投薬があるので医療室に戻る時間です」

●64.天帝ホテル内のセンター長室
  陳は第一距越管の3Dモデル図を眺めている。 
  ドアがノックされる。
陳「入れ、あっ、君か。こんなゆっくりでは、いつ地球にたどり着けるかな…」
許「星条旗をつけたトライスターという宇宙船から連絡が入りました」
  中国語の甲高い発音が際立っている。
陳「トライスターだと、聞いたことがない。それに米中戦争はどうなっている」
  陳はゆっくりとした発音の中国語になっている。
許「トライスターによると1ヶ月ほど前に国連による休戦協定が結ばれたとのことです」
陳「我々が出発した頃か」
許「あれから10ヶ月が経っているようでして」
陳「10ヶ月か、ありえんことではないな。それで我が中国は勝ったのか」
許「トライスターは自分たちが優位のうちに休戦になったと言っています」
陳「『管』内にアメリカの船がいるということは、そういうことなのか」
許「中米日の漢字考古学協定も復活したとも言っています」
陳「それで彼らの目的はなんだ」
許「我々の救助です。まもなく天帝ホテルとドッキングして、燃料を牽引船などに補給してくれ
 るそうです」

●65.天帝ホテルのロビーホール
  壁に掛けられるはずのタペストリーは巻かれたまま床に置いてある。シャンデリアは吊り下
  げられているものの、LED電球は付けられていない。
  柱の照明がロビーホールを照らしている。
  星条旗をつけた船内作業服を着る一団が入ってくる。陳を筆頭に出迎える江島たち。
  陳はリーダーと思われる白人男性と握手をしている。
江島のスマホのスミスの声「マイケル!あたしよシャロン」
  スミスは握手を済ませた白人男性に駆け寄り抱き着く。
  マイケルは英語で何か言っている。軽くキスし合っている。
  江島はスマホの翻訳機能の登録人数を増やす調整をしている。
江島のスマホのマイケルの声「…シャロンが行方不明とわかって駆け付けたのさ。でも無事で良
 かった」
江島のスマホのスミスの声「戦争はどうなったの」
江島のスマホのマイケルの声「引き分けってところかな。米軍は日本から撤退することになった
 し、中国は期限付きで台湾不干渉を認めることになった」
  江島はスミスがマイケルの首に腕を絡ませているのを見つめている。一団から一人の東洋人
  が歩き出す。
郭「エジ、エジ、私ですよ」
  郭は日本語で江島に呼びかける。
江島「ダイ、生きてたか」
郭「生きてたかと来ましたか。レイもここに居るんでしょう。私、一人置いて行くなんて」
江島「いゃぁ、仕方のない状況だったもので、でもすぐにやってもらいたいことはあるんだ」

●66.ラグランジュ点付近の宙域
  穴から飛び出し、宇宙空間に現れる天帝ホテル。
  その100キロほど先に、天帝ホテルの片割れの半分のようなものが浮かんでいる。
  枠組みだけの部分と壁面パネルが張られている部分とか半々になっている。

●67.天帝ホテル内の作業管理室
  陳、江島、許、スミスは楕円テーブルの周りに立っている。
江島のスマホの陳の声「臨時の操舵室兼作戦室は今日までだな」
江島「なんか惜しいような気がします」
江島のスマホのスミスの声「これで本来のホテルに戻るわけね。これからはホテルとしてバンバ
 ン稼がないと」
江島「グレート・ジャファルの借用延滞料なんかを請求されそうだし」
江島のスマホの許の声「今回のことを踏まえて天帝級の宇宙船を建造するという噂もあるようで
 すが」
江島のスマホの陳の声「とにかく、これからが楽しみだな」
  陳は、一同を外に出してから、部屋の照明をオフにする。

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