自転車の話。 -Wink Killer サブテクスト 庵野成海 編- ミステリー

イベント会社で働く成海は友人が主催者のイベントを仕切るが大失態を犯してしまう。 謝罪に向かった成海に友人は許しの条件として「あるもの」を手に入れるように言う。
竹田行人 30 0 0 07/04
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第一稿

「自転車の話。」


登場人物
庵野成海(28)会社員
岸隆平(28)小説家

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「自転車の話。」


登場人物
庵野成海(28)会社員
岸隆平(28)小説家

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○ライフパーク中目黒・外観
   鉄筋15階建てのマンション。
成海の声「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
   雲が浮かんでいる。

○同・岸の部屋・中
   20畳ほどのフローリング。
   一角にアイランドキッチンが見える。
   応接セットが置かれ、岸隆平(28)と庵野成海(28)が、テーブルを挟んで向かい合っている。
   窓際には、開いたノートPCと書籍、資料の置かれたデスクがある。
   テーブルには菓子折りと、ガラス製のポットに入った紅茶、2つのカップが置かれている。
   成海、頭を下げている。
成海「私の監督不行き届きで岸先生に多大なるご迷惑をお掛けし、なんとお詫びをすればいいか」
岸「いいよ。庵野さんは精一杯やったんでしょ? それに、あれはあれで今思えばおもしろかったし」
成海「本当に申し訳ありませんでした」
   成海、頭を下げる。
岸「やめよ。そういうの。僕ら同級生なんだしさ」
成海「でも」
岸「やめやめ! 庵野さんらしくないよ。昔はさ。いつもこう、腰に手当てて仁王立ちで。あ。今でも言う? あれ」
成海「あれって」
岸「席に着かないとぶっ殺すよー。ってヤツ」
成海「いや。言わないよ。もう小学生じゃないし、学級委員でもないんだから」
岸「やっと笑った」
成海「え? あ。えっと」
岸「変わらないね。庵野さんは」
成海「岸くんも。全然変わってない」
   岸と成海、微笑み合う。
   岸、成海のカップに紅茶を注ぐ。
岸「どうぞ」
成海「ありがとう」
   岸、自分のカップに紅茶を注ぐ。
岸「でもびっくりしたよ。庵野さんが、ああいう。イベント会社っていうの? で、働いてるなんてさ」
成海「学級委員の延長みたいなもんだよ。雑務雑務また雑務。その繰り返し。それに比べて岸くんはすごいよ。作家先生だもん」
岸「先生。か」
成海「どうかした?」
岸「いや。僕は先生なんて呼ばれるような人間じゃないよ」
成海「そんなことない。だってブックアワード獲ったじゃん。全国の書店員さんが岸くんの本を選んだんだよ。すごいよ」
岸「ありがたいよね。ホント」
成海「なんか私まで嬉しくなっちゃってさ。岸くん主催の恩返しイベントだったら絶対成功させなきゃって」
   成海、うつむく。
成海「思ってたんだよ。思ってたのにさ。やっぱりさっきの違うかも。学級委員みたいに簡単には行かないね」
岸「え」
成海「いや。イベントの仕切りは学級委員みたいに上手くできないなぁって」
   岸、カップに手をやり、うつむく。
   カップがカタカタと音を立てる。
岸「上手くできない。上手くできない。か。ケッサクだ」
   岸、笑い出す。
岸「ホントに変わらないね。庵野さんは」
成海「岸くん?」
岸「頑張ったらできるかと思ったけど、もう無理だ」
成海「え? なにが?」
岸「友だちごっこ」
成海「友だち。ごっこ」
岸「告白するよ。あの頃、僕は庵野さんが大っ嫌いだったんだ」
成海「え」
岸「いや。今の言い方は正確じゃないな。あの頃からずっと。僕は庵野さんが大っ嫌いなんだよ」
成海「なんで、そんなこと」
岸「だってそうだろ? お世話になった人たちを招いてのパーティーで用意された膳がコンビニの惣菜って。なんだよ?」
成海「それは。その」
岸「いい。いいよ。大体わかるから。筋書きはきっとこんな感じだ」
   岸、立ち上がり、デスクに向かう。
岸「庵野さんはきっと。同級生が小説家になって、そのパーティーを自分が仕切ることに、そうだな。酔ってた」
成海「そんなことない」
岸「そしてスタッフにあーでもないこーでもないと口を出して挙句にこう言うんだ。これなら私がやった方が早い」
成海「それは」
岸「なにか間違ってる?」
成海「言ったかもしれないけど。それは発破を掛けるためで本気でそうしようと思ったわけじゃないし」
岸「段々と人が離れていくのを感じて、焦って、イラついて、余計に空回る。目に浮かぶなー。絵に描いたような道化だ」
   成海、拳を握る。
岸「あのとき庵野さんに怒られたケータリング担当の子は、こう言わなかった? 庵野さんがやってるんだと思ってました」
   成海、テーブルを叩く。
成海「なに言ってんの? ここ学校じゃないんだよ! そんな言い訳通用すると思ってんの!? ぶっ殺すよ!」
   カップの中の紅茶が波打っている。
岸「へー。そんなこと言ったんだ」
   岸、PCのキーボードを叩く。
成海「なに?」
岸「いいセリフだったからメモっとこうと思ってね」
成海「最低。頭オカシイんじゃないの?」
岸「そうじゃないと小説家なんてできない。太宰に谷崎、三島に芥川。巨匠と呼ばれる人たちは、みんなイカレてる」
成海「なにそれ? 自分も巨匠だって言いたいの?」
岸「言葉の綾だよ。そうありたいけどね」
   岸、ノートPCを閉じる。
岸「小学校の時もそうだった。掲示係、給食係、図書係に生き物係まで。全部に首を突っ込んで空回ってたよね」
   成海、立ち上がる。
成海「失礼します」
   成海、岸に背を向けて歩き出す。
岸「あれあれあれ。謝りに来たんじゃなかったっけ?」
   成海、立ち止まる。
岸「このままだと庵野さんの会社には出版関係のイベントは来なくなる。ただ僕に協力してくれたら口利きくらいはできる」
   成海、一つ息をつき、振り返る。
成海「協力って。なに?」
岸「僕は次の長編で小3の2学期にあったことを小説にしようと思ってるんだ」
成海「小3の2学期って。秋波先生の事故のこと?」
岸「そして、それに付随するアレコレを。ね」
成海「あれこれ」
岸「そのために、どうしても手に入れたい資料があるんだ。それを庵野さんに調達してきてほしいんだけど」
成海「資料ってなに?」
岸「パンドラの函だよ」
成海「パンドラのはこ」
岸「そこに。その中に。あるはずなんだ。禍々しくて神々しい真っ黒な光が」
成海「よくわかんないんだけど。その資料どうやって手に入れるの?」
岸「今度。同窓会があるでしょ? そこできっと手に入る」
成海「じゃあ自分で行けばいいでしょ」
岸「新しい連載が3本決まった。それに。そもそも僕じゃ無理だ」
成海「私なら大丈夫なの?」
岸「たぶんね」
成海「そう。で。なんなの? そのパンドラの函って」
岸「それを考えるところまで口利きの条件に含まれます」
   成海、一つ息をつく。
成海「そうですか。では岸先生。必ずお持ちしますので、口利きの方よろしくお願いします」
岸「承りました」
   成海、岸に背中を向けて歩き出す。
岸「自転車。乗れるようになった?」
   成海、立ち止まる。
岸「乗れるようになった? 自転車」
成海「うん。壊れるまで練習したからね」
岸「それで川に捨てたんだ」
成海「何の話?」
岸「自転車の話」
成海「ねぇ。岸くん。岸くんは全部小説に書くつもりなの?」
岸「さぁ。まだわからない」
成海「そう。でも。あれは不幸な事故だったんだよ」
岸「何の話?」
成海「自転車の話」
岸「そっか」
成海「じゃあね」
   成海、出て行く。
岸「不幸な事故。か。なるほどね」
   岸、笑みを浮かべる。
   ドアの閉まる音。

〈おわり〉

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