登場人物
・中条かなえ(35)…結婚できない女
・鋤柄直樹(年齢不詳)…文字だけの男
・中条ひとみ(28)…かなえの妹
・星田美智子(26)…かなえの後輩
・大河原徹(38)…婚活パーティーの男
・伊藤明(36)…お見合い相手の男
・川西遼(28)…合コン相手の男
・西森蓮(28)…合コン相手の男
・石山周大(27)…合コン相手の男
・浜野明日香(26)…合コン仲間の女
・植木司(45)…かなえの上司
・店主(57)…『ことだま』『おあいそ』店主
・シオン(20)…ドラマの中の男
・アルマ(19)…ドラマの中の女
・エモーション(年齢不詳)…ドラマの中の怪人
・ドラマのナレーション
○座敷
一月。鹿威しが傾き、音が鳴る。
対面上に座っている中条かなえ(35)と伊藤明(36)。
明「ご趣味は?」
かなえ「……」
× × ×
文字を書く男の手。
× × ×
かなえ「趣味は……食べるこ……カフェ巡りとか……ですかね(愛想笑い)」
明「カフェ巡りいいですね。僕もよく、休日に珈琲を飲みながら読書したりするんです」
かなえ「はぁ……」
× × ×
文字を書く男の手。
× × ×
明「近所に新しいカフェがオープンしたんですよ。是非行きましょう」
かなえ「そう、ですね……是非」
○ラーメン屋『ことだま』
テレビが置かれた横の席でノートに文字を書く男。
ドラマが放送されている。
× × ×
エモーション(年齢不詳)が、アルマ(19)を連れ去っていく。
アルマ「助けて! 助けてシオン!」
怪我を負ったシオン(20)が、連れて行かれるアルマを見ながら、
シオン「アルマ!」
エモーション「ワッハハハハ」
シオンはこぶしを握り締め、
シオン「くそっ、俺に力があったら! 怪人エモーションめ!」
× × ×
ノートを閉じる男の手。
○タイトル
『文字だけの君を愛してる』
ノートの表紙に文字が浮かび上がる。
○かなえの家(一軒家)・部屋(夜)
ベッドに倒れ込むかなえ。
かなえ「だからお見合いは嫌だって言ったのに! もう……」
仰向けになり、天井を見上げるかなえ。
かなえの声「自分を作り上げて、着飾って、そんなことをして幸せになれるはずがなかった。誰が決めたの? 女にだけ結婚寿命を」
○同・リビング(朝)
バタバタと支度をするかなえ。
テレビがついている。
アナウンサーの声「それでは今日の占いです」
オレンジのブレスレットを腕に付けるかなえ。
アナウンサーの声「最下位は乙女座のあなた。周囲と意見が合わず対立しやすい一日。家族の言葉に耳を傾けてみよう。ラッキーアイテムはオレンジのブレスレットです」
自分の腕を見るかなえ。
ブレスレットを外すとテレビを切る。
かなえ「もう乙女でもなければ、おばさんですよ!」
○オフィス(朝)
星田美智子(26)がかなえのもとに、にやにやしながらやって来る。
美智子「おはようございます!」
かなえ「おはよう」
美智子「先輩お見合いしたらしいじゃないですか!」
かなえ「えっ? 何でそれ知ってるの!」
植木司(45)の方を見るかなえ。
目をそらす植木。
美智子「で、どうだったんですか?」
かなえ「どうって……ねぇ……」
○かなえの家・リビング(夜)
かなえ「ただいまー」
中条ひとみ(28)が、
ひとみ「ねぇ、お姉ちゃんまたお見合い断ったらしいじゃん。お母さん良い人だって言ってたよ?」
かなえ「その話?」
ひとみ「割とイケメンだったらしいじゃない? もったいない。何してんの」
かなえ「あのねぇ、イケメンならいいってもんじゃないの。それに、良い人と好きな人は違うの! だいたい全然話が続かない」
ひとみ「もう選り好みしてる場合じゃないと思うよ? そんなこと言ってたら、お姉ちゃん結婚できなくなるよ?」
かなえ「あんたはいいよね、背負うものがないんだから。先に結婚するからってさ……」
ひとみ「でも、顔は大事でしょ」
○同・部屋(夜)
オレンジのブレスレットを見つめ、ため息をつくかなえ。
ベッドに仰向けになる。
かなえの声「良い人と好きな人は違う。でもそもそも誰も好きになれる気がしない。35にもなれば心はこんなにも干からびてしまうのか。顔だけで人を好きになれたら、どれだけ幸せだろうか。外見しか分からないお見合いで、わたしは結婚に辿り着けるのだろうか?」
ベッドから起き上がる。
かなえ「でも、顔を知らない人を好きになれるはずがないよね……」
○道(深夜)
暗い道を歩くかなえ。
かなえ「(ぶつぶつ呟く)神様は不平等だよ。男はいつだって結婚できるのに。女には限界があるみたい。所詮子供を産むためだけの存在かしら」
明かりが付いたお店が見えてくる。
かなえの声「いっそのこと、一年で命が尽きる生き物だったら、わたし達はどうするのだろう」
のれんに『ことだま』と書かれたラーメン屋が建っている。
かなえ「こんなところにラーメン屋なんてあったっけ?」
○ラーメン屋『ことだま』(深夜)
扉を開け、中に入るかなえ。
数人の男性客がラーメンを食べている。
かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っている。
かなえ「……」
× × ×
麺の湯切りしている手。
× × ×
券売機で醤油ラーメンの食券を買い、厨房のカウンターへ出すかなえ。
券を出すなり、顔が見えない店主(57)からすぐ醤油ラーメンが出てくる。
かなえ「……!」
席に座りラーメンを食べるかなえ。
次第に涙が溢れだす。
店内のテレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれている。
かなえの声「誰も愛せないわたしは、残念な人だ。でも、誰からも愛されないわたしは、もっと残念な人なのかもしれない。醤油ラーメンは、やがて塩ラーメンになった……」
○同・店先(深夜)
外に出ると雨が降っている。
かなえ「雨降ってんじゃん」
横を見ると傘立てがある。
少しぼろい傘が一本あり、『ご自由にお借りください』とある。
かなえ「こんなところに、来た時あったっけ?」
かなえは傘を借り、店を後にする。
○オフィス
美智子「先輩、じゃあ合コンセッティングしますよ!」
かなえ「いいよ別に」
美智子「出会いのチャンスですよ!」
かなえ「わたし合コンに良い出会いがあると思えないんだよねー」
美智子「そんなこと言わないでくださいよ。ラストチャンス掴んでください!」
かなえ「ラストチャンスって……」
○かなえの家・リビング(金曜日・夜)
ひとみ「遅かったね」
かなえ「ちょっと残業がね。ご飯って残ってる?」
ひとみ「え、食べてないの?」
○同・玄関(同日・夜)
借りた傘が目に入る。
かなえ「(奥にいるひとみに)ちょっと外出てくわ」
○ラーメン屋『ことだま』(同日・夜)
傘立てに傘を戻し、中に入るかなえ。
数人の男性客がラーメンを食べている。
店内は静まり返っている。
× × ×
麺の湯切りしている手。
× × ×
券売機で食券を買い、カウンターに出すとすぐにラーメンが出てくる。
テレビの横の席に座るかなえ。
テレビではドラマが放送されている。
× × ×
シオンが改造人間になっている。
シオン「これで今日から俺は正義のヒーローだ! 愛するアルマを怪人エモーションからこの手で取り戻すのだ!」
× × ×
かなえ「(テレビを見て呟く)何これ。この店で見る人いないでしょ」
テレビの横にあるノートに目が行くかなえ。
ノートを手に取り開く。
男の声「『愛する人を失ったという。でも、愛する人がいただけでも君は十分幸せだったんじゃないのか?』」
× × ×
ウエディングドレスを試着するアルマの写真にシオンの涙が落ちる。
その様子を違う世界から水晶玉越しに見ているエモーション。
エモーション「これが人間にしかない感情か」
N「果たしてシオンは恋人アルマを救い出せるのか。次回『求められてこそヒーロー』ご期待ください! 金曜ドラマ『その感情に名前をつけたなら』お昼に再放送もやってるよ」
× × ×
かなえ「これ、ドラマなの?」
かなえはノートに続きを書く。
かなえの声「『誰かを心から愛せたら幸せなのだろうか? 結婚することが幸せなのだろうか?』」
ノートを閉じ、ため息をつく。
○オフィス(金曜日)
かなえ「今日金曜日か……」
美智子「何かあるんですか?」
かなえ「『その感情に名前をつけたなら』ってドラマ知ってる?」
美智子「何ですか? それ」
かなえ「やっぱ、そうだよね。そうなるよね」
○かなえの家・部屋(同日・夜)
迷った表情のかなえ。
かなえ「やっぱり行こっ」
○ラーメン屋『ことだま』(同日・夜)
ラーメンを手にテレビの横の席に座るかなえ。
× × ×
シオン「出たなエモーション! アルマを返せ!」
エモーション「出たなも何もないじゃないか。そっちからやって来たんじゃないか」
シオン「もう昔のシオンじゃなくってよ」
× × ×
テレビの横のノートを開くかなえ。
かなえ「あっ、書いてある!」
ノートを読むかなえ。
男の声「『僕達の心は、理性を失い、怒りと憎しみに満ちた時、きっと怪人以上に化け物になってしまう。』」
テレビに目をやるかなえ。
× × ×
変身し、エモーションと闘うシオン。
× × ×
ノートの続きを書き込むかなえ。
かなえの声「『誰かを救えばヒーローで、危害を加えれば怪人。それは人間の物差しでしかない。別の生き物から見れば、人間は怪人かもしれない。いや、改造してしまえばどちらももう化け物じゃないか。』」
○オフィス(金曜日)
かなえ「(立ち上がり)よし! 今日は金曜日だ!」
美智子「(目をパチパチさせながら)先輩?」
○道(同日・夜)
足早に『ことだま』へ向かう。
○ラーメン屋『ことだま』(同日・夜)
ラーメンを手に、テレビの横の席に座りノートを開く。
男の声「『僕達は地球をすでに侵略している化け物なのかもね(笑)』」
かなえの声「これって、もしかして! もしかしたら! わたしへの返信!? (席を立ち上がる)」
× × ×
シオン「変身!」
ドラマではシオンが変身している。
× × ×
我に返り、辺りをきょろきょろして静かに座るかなえ。
周囲は黙々とラーメンを食べている。
× × ×
シオン「くらえ、インフルエンザウイルス!」
N「説明しよう! 即効性に欠けるがこれは後々効いてくるのだ」
シオン「これで一週間は襲って来れまい!」
N「果たして怪人は、ウイルスに感染するのか!」
× × ×
かなえ「(ドラマを見て)なんじゃこれ?」
ノートに続きを書くかなえ。
かなえの声「『わたし達は化け物に変身しないために幸せを日々探しているのかもしれない。でも年をとると、だんだん化け物に近づいていく気がする。』」
ノートを元に戻し、ラーメンをすする。
○オフィス
美智子「先輩! 合コンの日程決まりましたよ!」
かなえ「えっ?」
美智子「来週の金曜日、あけといてくださいねっ(笑顔)」
かなえ「金曜日!」
美智子「え、何か問題ありました?」
かなえ「えっ……あっ……いや」
美智子「じゃ、よろしくお願いします! (かなえの耳元で)イケメン揃ってますから、期待してください」
ルンルンで自分の仕事へ戻っていく美智子。
かなえ「(呆れたように)イケメンねぇ……」
○居酒屋(金曜日・夜)
一同「かんぱーい!」
川西遼(28)、西森蓮(28)、石山周大(27)、浜野明日香(26)、美智子、かなえによる三対三の合コンが始まる。
川西「じゃあ、まずは自己紹介から。川西遼28歳です。遼って呼んでください。今日は真剣に一夜限りの相手を探しに来ました!」
西森「おいおい!」
美智子「(笑って)もーやだー」
かなえの声「はいでた、持ち帰り男!」
西森「えー西森蓮28歳です。にっしーとか蓮ってよく呼ばれてます。チワワ飼ってます」
明日香「ワンちゃん飼ってるんですね! うちにはミニチュアダックスがいます」
かなえの声「ほらでた、女子ウケ狙い!」
石山「石山周大27歳です。シュウって呼んでください。音楽が好きで、夏になるとよく野外フェスとか行ったりします。カラオケも好きなので、今から二次会が楽しみです」
かなえの声「音楽かぶれか、絶対チャラ!」
明日香「浜野明日香26歳です。あすぴょんって呼んでください。実は福岡出身です」
石山「え、博多弁喋ってよ!」
明日香「えー。好きになったっちゃけど、どうしたらいいとー?」
男一同「あすぴょん、かわいーー!」
かなえの声「うーわ、秘密兵器、方言参上!」
美智子「はい、星田美智子26歳です。得意料理はオムライスで、ケチャップでハート書いちゃいます。みっちゃんって呼んでくださいっ」
かなえの声「お前そんなキャラだったのか!」
西森「へーみっちゃんは、家庭的なんだね」
かなえの声「オムライスが作れるだけで家庭的? 手作りチョコとか言って溶かしただけのチョコ配るんだよね。手作りって言うなら、まずカカオから作れや!」
美智子「(小声で)先輩の番ですよ」
かなえ「……! えー、中条かなえ35歳です。かなえと言っても、これといって何も叶えれてません。最近は一人でラーメン屋に通ったり……してます」
石山「おっ? ラーメン女子?」
かなえ「まぁでも、ラーメンがすごい好きなわけでもないんですけど……今行かずにはいられないというか……なんというか……今日は一応、結婚相手を探しに来ました」
一同「……」
川西「なんて呼んだらいいですか?」
かなえ「かなえでも、かなえさんでも、大丈夫でーす……(苦笑)」
川西「じゃあ、かなえさんで!」
かなえの声「てか、逆にこれで、かなぴょんでーすとか言ったらドン引きだろ!」
○ラーメン屋『ことだま』(同日・深夜)
ラーメンを手に、テレビの横の席に座るかなえ。大きくため息。
× × ×
カラオケを楽しんでいる川西、西森、石山、明日香、美智子。
× × ×
ノートを手に取り開く。
かなえ「あっ……」
ノートには返事が書かれている。
男の声「『人は何歳からでもきっと素敵に変身できる。改造しなくたって、自分を強く持っていれば。』」
ノートをしばらく見つめ、やがて続きを書き始めるかなえ。
かなえの声「『35のわたしは、おばさんだった。その場を盛り上げるようなことも言えない。話題について行けない。一人でラーメン屋に来るような女はガードの固い女だと思われるのだろうか? パンケーキ大好きでーすとか言えばよかったのだろうか? いや、それも年齢に合ってないから気持ち悪いだろう。男はただお持ち帰りがしたいだけだ。そこに結婚を考えての付き合いはない。結局は若い女が好きだ。女はわたしを横に置くことで、自分の若さを際立たせている。合コンほど無駄な時間はない。いつの日からか、ドキドキする気持ちも忘れてしまった気がする。この麺のように、わたしは伸びきってしまった。』」
ノートを閉じると、少し伸びてしまったラーメンを見つめ、食べ始める。
○オフィス
美智子「どうして合コンの二次会来なかったんですか? 先輩のために開いたのにー!」
かなえ「若い子だけの方がよかったでしょ」
美智子「気にしすぎですよー。で、わたし次のデートの約束もしちゃいました」
かなえ「そっか、そうなんだ(苦笑)」
○ラーメン屋『ことだま』(金曜日・夜)
扉を開け、中に入って来るかなえ。
静まり切った店内。
ラーメンを手にテレビの横の席に座る。
ドラマが放送している。
× × ×
シオン「年齢に合った行動をしろと言っているだろ! 恥ずかしくないのか!」
エモーション「だから我々怪人に年齢という概念はない! 何度言ったら分かる!」
スマートフォンを出すエモーション。
エモーション「(スマートフォンに入力しながら)年齢によって行動を制御する。これも人間の生態なのか!」
シオン「やめろ! メモるな!」
エモーション「人は悲しい生き物だな。人目を気にして自分の心に嘘をつくのか。自分の気持ちに素直に生きる、怪人の方がよっぽどまともじゃないか」
× × ×
かなえ「(ドラマを見ながら)一週間見ない間に何という展開よ」
ノートを手に取るかなえ。
かなえ「余計なこといっぱい書いちゃったんだよなぁ……」
ノートを開く。
男の声「『カッコイイと思います。自分の考えをしっかり持っていて。人目を気にして一人でラーメンを食べられない女の子は、人生一つ損していると思います。』」
返信を見て、微笑むかなえ。
かなえ「そんなこと、言ってくれるんだ……」
× × ×
アルマが水晶玉越しにシオンとエモーションの戦いを見ている。
アルマ「わたしを救うために……?」
× × ×
ノートの続きを書くかなえ。
かなえの声「『名前、なんて言うんですか? 教えてくれませんか? わたし、中条かなえと言います。』」
ノートを閉じるかなえ。
○かなえの家・リビング
ひとみ「お姉ちゃん、こういうのはどうよ?」
かなえに婚活サイトを見せるひとみ。
かなえ「えっ? 婚活サイト」
ひとみ「これならお見合いと違って、理想に近い人を選べるし、向いてるんじゃない?」
かなえ「……」
ひとみ「出会って一年以内に結婚してる人も結構いるみたいだよ」
かなえ「でもそれって、運命の出会いって言うのかな? 紹介された人と、ほど良いところで結婚するみたいな」
ひとみ「お姉ちゃん、まさか白馬に乗った王子様がやって来るとでも思ってるの?」
かなえ「結局結婚ってさ、みんなそろそろって年齢の時にちょうど付き合ってる人と結婚してるだけな気がするの。本当にこの人だって思ってるのかな(首をかしげる)」
自分の部屋へ向かうかなえ。
ひとみ「ちょっと? お姉ちゃん?」
○同・部屋
スマートフォンをいじりながら、
かなえの声「何が『口説きのピークをクリスマスに持って来るといいです』だ! クリスマスはそんな日じゃないぞ!」
ベッドの上で天井を見つめるかなえ。
かなえ「自分の気持ちに素直に生きる、怪人の方がよっぽどまとも……か」
○ラーメン屋『ことだま』(夜)
扉を開けて店内に入るかなえ。
かなえの声「金曜日でもないのに、やって来てしまった」
ラーメンを手にテレビの横の席に座る。
ノートを開く。
『鋤柄(すきがら)直樹(仮)』とある。
かなえ「スキガラ……ナオキ……仮?」
文字を見つめながら、次第に微笑む。
かなえ「(噛み締めるように)鋤柄さん」
ノートの続きを書くかなえ。
かなえの声「『鋤柄さん、はじめまして。いつもお返事嬉しいです。鋤柄さんは、ラーメンがお好きなんですか?』」
ノートを閉じると、ラーメンをすする。
○道(金曜日・夜)
走るかなえ。
○ラーメン屋『ことだま』(同日・夜)
かなえ「間に合ったー」
ラーメンを手にテレビの横の席に座る。
× × ×
エモーション「彼は君を助けようと奮闘しているようだよ」
アルマ「人の感情とは何なんでしょうね。彼はわたしのどこが好きなんでしょう」
エモーション「人を愛するという気持ちは、実に不思議だ」
アルマ「本当のわたしを知っても、彼はわたしを愛せるのでしょうか……」
× × ×
かなえ「(ドラマを見ながら)……」
ノートを手に取り、開く。
鋤柄の声「『もちろん、ラーメンが好きです。そして何より、この店が好きです。ここにいると、素の自分でいられる気がするんです。』」
かなえ「(ノートを見つめ)わたしもです。鋤柄さん」
ノートに続きを書くかなえ。
かなえの声「『わたしもここに来ると、なんかホッとします。婚活パーティーというものに、行ってみるべきなんでしょうか? そんな短い時間で、本当の姿が分かるのか……わたしはただ臆病になっているのか……。』」
○かなえの家・リビング(同日・深夜)
風呂から上がったひとみのもとに、かなえが帰宅。
ひとみ「お姉ちゃん最近、金曜いつも遅いね。どこ行ってるの?」
かなえ「え……?」
ひとみ「まさか男?」
かなえ「(笑って)え? まさか」
ひとみ「太った?」
かなえ「はっ!?」
○同・部屋(同日・深夜)
体重計に恐る恐る乗るかなえ。
かなえ「(体重を見て)ぬはっ! (白目)」
○ラーメン屋『ことだま』(夜)
店内に駆け込むかなえ。
かなえの声「しかし、ここに来てしまうのだ」
ラーメンを手にテレビの横の席に向かい、すぐにノートを開く。
鋤柄の声「『行ってみるのもいいんじゃないでしょうか?』」
かなえ「!」
鋤柄の声「『見えない自分が見えてくるかもしれません。知らない自分に出会えるかもしれません。』」
かなえ「……」
○パーティー会場
各男女が一対一で話している会場。
アナウンスの声「はい、それでは次のテーブルに移動して下さい」
席を移動し、かなえの前へやって来る大河原(おおかわら)徹(38)。
プロフィールカードを交換。
大河原「こういうパーティー、初めてなんですよね」
かなえ「わたしもです」
大河原「勧められて来たんですけど、全然自分を出せなくて……」
かなえ「(プロフィールを見て)お料理されるんですね」
大河原「あっ、はい。作るの好きなんで。でも一人なので寂しいもんですよ」
かなえ「わたしは食べることが好きです」
大河原「なら、作りがいがありそうですね」
かなえ「最近はラーメンばっかり食べてます」
大河原「(プロフィールを見て)かなえさんは、結婚するために恋愛は必要だと思ってるんですね」
かなえ「えっ……」
大河原「僕もそうです。でも、だから取り残されているのかもしれません」
かなえ「……」
× × ×
会場から出て行く人々。
スタッフから封筒を受け取るかなえ。
中を開けるが何も入っていない。
○パーティー会場の外
会場を去って行く人々。
カップルになっている人々を見ながら、
かなえの声「みんなこの中で選ぼうと思っているだけ。所詮、外見や年齢、学歴などが重視されてしまうだろう。わたしは結局、白馬に乗った王子様がやって来ると思っている人なのかもしれない。シチュエーションにこだわっているのかもしれない」
○道
歩き始めるかなえ。
かなえの背後から走って来る大河原。
大河原「あの、こういうのルール違反かもしれないんですけど」
かなえ「?」
大河原「また、僕と会っていただけませんか?」
かなえ「えっ?」
大河原「もっとあなたを知りたいんです」
大河原は連絡先を書いた紙をかなえに渡し去っていく。
かなえ「(呆然と)……」
○ラーメン屋『ことだま』(夜)
ノートを開き、書いているかなえ。
かなえの声「『婚活パーティー行ってみました。良い人は沢山います。でも、好きになれる自信がありません。子供の頃、なりたかった大人とはどんなものだっただろう。鋤柄さんは、どんな人生を送っていますか?』」
○かなえの家・部屋
棚をいじっているかなえ。
一冊のノートを取り出し、開く。
『大人になったらやってみたいこと』とある。
かなえの声「『一人暮らし お酒を飲む キャビアを食べる 大人買い 遠くまでドライブ 世界一周旅行 25歳までに結婚 偶然の出会いを運命にする 隠れて職場恋愛 好きな人と結婚』」
ベッドに倒れるかなえ。
かなえ「お酒を飲むしか叶ってないや。かなえなのにね……」
○ラーメン屋『ことだま』(夜)
ノートを開くかなえ。
鋤柄の声「『雨の日にスーパーでビニール袋だけもらい、傘を買わずに濡れて帰る人生。人に頼らず、物に頼らずに。』」
かなえ「鋤柄さん……」
続きを書こうとしていた手がとまる。
× × ×(かなえの妄想)
雨の降る街中を、ずぶ濡れで歩く男(30代)の後ろ姿。
手に持つビニール袋からは滴が垂れている。
男を見ても誰も声をかけない。
かなえの声「いつの間にか、不幸な人間は自分だけになっていた。鋤柄さんも孤独な人だったのか……」
× × ×
ノートを書き始めるかなえ。
かなえの声「『初めてこの店に来た日、雨が降ってきて、外に傘が置かれていました。今思えば、それは小さな幸せだったのかも。』」
○街
晴れた空。
○ラーメン屋『ことだま』(夜)
ノートを開くかなえ。
鋤柄の声「『人はちょっと不幸な方が幸せだ。嫌なことがあって、嫌なことがあって、ほんの一瞬幸せが訪れて、また苦しみに押し潰される。その方が幸せを噛み締められるし、生きてるって感じがする。』」
ノートを見つめているかなえ。
○街中
誰かを待っているかなえ。
かなえの声「鋤柄さんはいつも、どの席で食べていますか? わたしはテレビの横の席です」
× × ×
大河原と美術館で絵を鑑賞するかなえ。
鋤柄の声「僕もです。同じですね」
× × ×
大河原とレストランで食事をしているかなえ。
かなえの声「鋤柄さんは何ラーメンがお好きですか? わたしは醤油ラーメンです」
× × ×
オフィスで川西とのツーショット写真を見せびらかす美智子。
鋤柄の声「僕は、塩ラーメンです」
× × ×
ひとみがブライダル雑誌をかなえに見せている。
かなえの声「鋤柄さん、最近嬉しかったことはありますか?」
× × ×
大河原と映画館から出てくるかなえ。
鋤柄の声「青信号がずっと続いたことです」
× × ×
オフィスで残業に追われ、ぐったりしたかなえ。
かなえの声「鋤柄さんは、疲れた時何をしていますか?」
× × ×
夜『ことだま』を見つめているかなえ。
鋤柄の声「やっぱり『ことだま』に行きますね」
○ラーメン屋『ことだま』(金曜日・夜)
券売機で醤油ラーメンの食券を買うかなえ。
かなえの声「わたしは、お金で幸せを買っているのかもしれない。あなたに出会うために……」
ラーメンを手にテレビの横の席に座る。
かなえの声「鋤柄さんはいつラーメンを食べに来ているのだろう? 毎日のように店に通っているが、出会ったことがない。けど、次来た時には必ず、ノートに鋤柄さんからの返事が書かれている」
ドラマが始まる。
× × ×
T『その感情に名前をつけたなら』
シオンの隣にアルマがいる。
シオン「どうだエモーション! 彼女はもう渡さないぞ!」
エモーション「随分と取り返すのに時間がかかったもんだな。まぁいい、人間の生態を調べる実験はもう最終段階だ」
シオン「何?」
エモーション「君は嘆き悲しむがいい」
アルマ「変身!」
アルマが突然変身し、怪人になってしまう。
シオン「! これは一体どういうことだ! 貴様……アルマに何をした!」
× × ×
食べながら驚き、むせるかなえ。
× × ×
エモーション「わたしは何もしていない。何を言っている」
シオン「そ、そんなわけないだろ!」
エモーション「ほぅ、これが動揺という感情か。いいものを見させてもらったよ」
スマートフォンを取り出し、メモをするエモーション。
シオン「えい、メモるな! メモるな! アルマを返せ!」
アルマ「わたしはここにいるじゃない!」
シオン「俺の彼女はこんな化け物じゃない!」
アルマ「! わたし、もともとこの姿なのよ?」
シオン「何だって?」
× × ×
むせるかなえ。
かなえ「彼女も化けもんじゃん!」
× × ×
アルマ「結局あなたは、わたしの顔が好きだったのね!」
シオンをビンタするアルマ。
エモーション「シンプルにビンタ! 怪人的攻撃でなく、シンプルにビンタ!」
アルマ「愛する人を救うのがヒーロー? 笑わせてくれるわ。もともと人間なのに改造しちゃうとか、マジウケる。あなたの方がよっぽど化け物よ!」
シオン「こっ、この感情はなんなんだ!」
膝から崩れ落ちるシオン。
エモーション「これは、今までのどの攻撃よりも効いておる」
× × ×
かなえ「なんじゃこれ」
かなえはノートを手に取り開く。
かなえ「(ノートが終わりのページに近づいていることを確認し)……」
× × ×
N「次回、ついに最終回!」
× × ×
かなえ「(テレビを見て)!」
ノートを書き始める。
かなえの声「『鋤柄さん、あのドラマついに来週最終回みたいですよ。よかったら、一緒に見ませんか?』」
ノートを閉じるかなえ。
○オフィス
植木「え? 有給?」
かなえ「はい、どうしても外せない用事ができまして……」
植木「まぁ、その日なら……いいよ」
かなえ「(ホッとして)ホントですか!」
植木「中条さんにしては、急に珍しいね」
かなえ「まぁ……はい」
その様子を見ていた美智子が、
美智子「(小声で)先輩、もしかしてまたお見合いですか?」
かなえ「えっ、違うよ」
美智子「先輩に婚活以外の用事があるんですか!」
かなえ「えっ? そりゃ……何かしらはあるでしょ……」
○かなえの家・部屋(夜)
スマートフォンにメールが届く。
メールを見るかなえ。
大河原の声「『こんばんは、金曜日の夜、食事にでも行きませんか?』」
かなえ「何で金曜日の夜なのよ! (自分で言って驚く)」
ベッドの上で仰向けになる。
かなえの声「よりによって金曜日のお誘い。なんて返信しよう……」
× × ×
シオン「変身!」
× × ×
かなえ「(首を横に振り)違う、違う」
返信画面を開く。
かなえの声「鋤柄さんは、あのノートになんて返信してくれるんだろう。金曜日に来てくれるのだろうか……」
× × ×
アルマ「変身!」
× × ×
かなえ「(首を横に振り)違う、違う。あーもー!」
○ラーメン屋『ことだま』(金曜日・夕方)
店の扉を開けるかなえ。
かなえの声「ついにわたしは、開店と同時にお店に来てしまった……。これなら鋤柄さんを見逃すことはないはずだ」
券売機で醤油ラーメンの食券を買うかなえ。
× × ×
麺の湯切りしている手。
× × ×
カウンターへ券を出すなり、すぐラーメンが出てくる。
テレビの横の席に座り、ノートを開く。
かなえ「! 書いてない……」
動揺するかなえ。
かなえの声「いつも来た時、必ず返事が書かれている。なのに、なのに今日は返事がない。一緒に見ませんか? なんて書いたからなのか。いや、あれからこのお店に来れてなくて、このノートをまだ見てないだけかもしれない! いやちょっと待て、それはそれで問題だ! そしたら今日ここに来ないじゃないか! いや、約束をしていなくても来る可能性はある。ずっと来れてないならより来る確率は上がっているはずだ!」
頭を抱えるかなえ。
店の扉が開き、男性客が入って来る。
思わず振り返り、男性客を見るかなえ。
かなえ「……!」
かなえに目もくれず、券売機で食券を買う男性客。
かなえの声「違うか……。いや、違うかどうかも分からないじゃないか! 鋤柄さんはわたしの顔を知らない! わたしも知らない! これは名札がいったかー! 会社のやつでも持ってくればよかったかな。鋤柄さんの分も用意して、このノートにあらかじめ挟んどけばよかったとか? それ付けて扉から登場みたいな? いや、鋤柄さんって仮の名前じゃん! わたし本当の名前も知らないのか! いやいや、そもそもあれからノート開いてない可能性もあるんだった……」
時間が経ったラーメンが目に入る。
かなえ「ヤバイ麺が!」
ラーメンを食べ始めるかなえ。
× × ×
また男性客が入って来る。
振り返る、かなえ。
券売機で食券を買う男性客。
落ち込むかなえ。
× × ×
券売機で替え玉のボタンを押すかなえ。
× × ×
男性客が入って来る。
振り返る、かなえ。
× × ×
券売機で替え玉のボタンを押すかなえ。
× × ×
男性客が入って来る。
振り返る、かなえ。
× × ×
券売機で替え玉のボタンを押すかなえ。
× × ×
テレビの横の席で待つかなえ。
かなえの声「鋤柄さんらしき人が現れない。来てくれないのだろうか。客はラーメンを食べたらすぐに帰っていく。もうすぐドラマが始まってしまうのに。もしかして、今まで来た中に鋤柄さんはいた? まさか、この席に座っているわたしを見て帰ってしまったとか? この席が埋まっていたから別の席で食べていた? しまった! ならこの席は空けておくべきだったのか! そしたら、この席に来た人が鋤柄さんで……わたしは鋤柄さんに会えたのか! いやでも、たまたまこの席に座る人だっているだろう。ノートを手に取って、書いてくれなければ確信には至らない……」
頭を抱えるかなえ。ドラマが始まる。
× × ×
T『その感情に名前をつけたなら』
アルマ「わたしの住む世界には愛はないの。生まれた時から配偶者だって決まってる。誰かのために生きるなんてありえないの。だから、知りたかった。人を愛するって感情を」
エモーション「そう、我々は君を実験する個体として扱っていたのだ」
シオン「そんな……そんなの嘘だ!」
エモーション「今目の前に起きてる出来事をご覧になってもかい?」
シオン「……」
アルマ「でもあなたは、わたしの事なんて愛してなかった。作られたわたしの外見を愛していた。違う? あなたの方がよっぽど化け物よ」
× × ×
かなえ「……」
× × ×
シオン「確かに俺はアルマの外見を好きだったかもしれない……」
アルマ「(かぶせて)そりゃそうよ! あなたの好みに合わせて作られてるんだから!」
シオン「そ、それは……その……あの……でも、それだけじゃないんだ! 人間はそれだけじゃないんだ!」
アルマ「まったく、男って。言い訳ばっかり」
シオン「けど、これはさすがに種が違うじゃないか! これは特殊なタイプの結婚詐欺なのか? もう俺は人間に戻れないじゃないか!」
泣き崩れるシオン。
× × ×
かなえ「女ってコワイ……」
× × ×
エモーション「如何だったかな、シオン君。まぁ君も、このままでは生きづらいだろう。いっそのこと、片付けて差し上げるよ。全てが消えた方が幸せだろう?」
エモーションはシオンを攻撃する。
アルマがシオンをかばい、攻撃をまともに受ける。
エモーション「!」
シオン「アルマ!」
倒れているアルマ。駆け寄るシオン。
シオン「何でだよ! 何で俺なんかを助けるんだよ!」
アルマ「何で……かな。わたしね、いろんな感情を持つあなたが羨ましかった……」
シオン「アルマ……」
アルマ「死ぬ前に海が見たい……。あと、カニが食べたい、ウニも食べたい……」
シオン「磯が強いな……」
アルマ「モーグルもしたい」
シオン「オリンピックを目指すのか?」
アルマ「あと、ヤンバルテナガコガネが見たい」
シオン「もう特殊すぎる。欲が多すぎる」
アルマ「あなたに出会えてよかった(意識を失う)」
シオン「アルマーー!」
N「しかし、そもそも怪人は死なないのだ!」
T『完』
× × ×
号泣しているかなえ。
かなえ「(一人頷きながら)すごくいい……」
○道(同日・深夜)
歩くかなえ。
かなえの声「閉店までいたが、結局、鋤柄さんには会えなかった。向こうはわたしに気が付いていた? 顔を見て声をかけるのをやめた? おばさんだなって思った? いや、鋤柄さんはそんな見た目で人を判断するようなタイプじゃない。見た目を愛していたのは、あくまでもドラマの中のお話。鋤柄さんは、もっとシャイで、だから声をかけられなくて……。あんな優しい人が、わたしを無視するはずがない……」
○かなえの家・部屋(同日・深夜)
ベッドに倒れ天井を見つめるかなえ。
かなえの声「でも、わたしはあなたの顔も、声も、名前も、歳も……何も知らない。こんなにも探しているのに……」
ベッドから起き上がり、
かなえ「何考えてるんだろ、わたし……」
○オフィス
美智子「先輩、最近元気ないですね」
かなえ「え?」
美智子「お休み取ってまでしたお見合い、またダメだったんですか?」
かなえ「お見合い? お見合いなんてしてないって」
美智子「えー、そうなんですか?」
○レストラン(夜)
大河原と食事をするかなえ。
かなえ「あの……お誘い頂いた側なのにこんなこと言うの、申し訳ないんですけど……」
大河原「?」
かなえ「お付き合いするの、難しいかもしれません。もちろん、この前は本当に用事があって……」
大河原「(微笑んで)そんな気が、してました」
かなえ「えっ?」
大河原「いや、他に好きな方でもいるのかなって」
かなえ「そんな(首を振って)いないです!」
大河原「無理しないでください。気にしてませんから。何かに夢中になれる方は素敵ですし、そんなあなただから惹かれていたのかもしれません」
かなえ「……」
○ラーメン屋『ことだま』(別日・夜)
ラーメンを手にテレビの横の席に座るかなえ。
恐る恐るノートを開く。
鋤柄の声「『ドラマとてもよかった。』」
かなえ「鋤柄さん!」
辺りを見回すかなえ。
静かにラーメンを食べる数人の男性客。
かなえの声「鋤柄さん、あなたはいつここへ来ているの? 今どこにいるの? ドラマをどこで見ていたの? この店内にあの時居た? 再放送を昼にやってるって言ってたっけな。それを見て? でもそんな時間にこの店はまだ開店していない……。家で見て、わざわざこのノートに感想を書きに来た? ああ、もう分からない……」
うなだれるかなえ。
ノートに続きを書く。
かなえの声「『あのドラマ、不覚にも泣いてしまいました。』」
ノートを書く手がとまる。
かなえの声「会いたい! 鋤柄さんに会いたい! 鋤柄さん、会いたいと言ったら、あなたは困りますか……?」
ノートを閉じる。
かなえ「書けるわけないよ……」
○桜の木
つぼみがだいぶ膨らみ始めている。
○ラーメン屋『ことだま』(夜)
ラーメンを手にテレビの横の席に座るかなえ。
ノートを開く。
鋤柄の声「『あなたは真っ直ぐな人だから。』」
かなえ「鋤柄さん!」
ノートに続きを書くかなえ。
かなえの声「『鋤柄さんは、いつこのお店に来ていますか?』」
○結婚式場
ひとみの結婚式が行われている。
かなえN「それからというもの、鋤柄さんからの返事はなかった……。それでも、わたしは一人『ことだま』へ通っていた」
ブーケトスが行われる。
ひとみがかなえに向かって投げるが、飛び出してきた他の女に奪い取られる。
かなえN「わたしの人生は、そんなもんだった」
○ラーメン屋『ことだま』(夜)
黙々とノートを書くかなえ。
かなえN「まるでわたしの日記になっていた。鋤柄さんはもう、このお店には来ないのだろうか。でも、ひょっとして、ひょっとしたら……」
○同・店先(夜)
のれんを見ているかなえ。
かなえN「そう思って今日も、ここへ来てしまう……」
○道(夕方)
雨が降っている。
傘を差した、かなえが歩いている。
○ラーメン屋『ことだま』(夕方)
ノートを手に取り、最後のページを開くかなえ。
鋤柄の声「『今日は雨予報みたいですね。昼まで雨かな。夕方には雨がやんで、虹が出そうですね。きっといい未来があなたにも待っているはず。』」
かなえ「鋤柄さん!」
周りを見回すかなえ。
かなえ「今さっきまで、ここに居たってこと……」
ノートにチラシが挟まっていることに気が付く。
チラシには『回転寿司 いよいよ開店!』店名は『おあいそ』とある。
かなえ「おあいそ? (首をひねる)」
○同・店先(夕方)
かなえ「あっ、雨がやんでる!」
空には虹がかかっている。
かなえの声「鋤柄さん、あなたは一体どこにいますか?」
○同・厨房(夕方)
ニヤリと笑う店主の口元。
○桜の木
花が満開になっている。
○道
かなえが歩いていると、のれんに『おあいそ』と書かれた寿司屋が見えてくる。
○寿司屋『おあいそ』
扉を開け、中に入るかなえ。
数人の男性客が回転寿司を食べている。
かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っている。
かなえ「……」
あいているカウンター席に座る。
奥の厨房で顔が見えないが、店主らしき人が寿司を握っている。
× × ×
寿司を握る手。
× × ×
寿司を手に取るかなえ。
回転する寿司の中に、ノートが乗った皿があることに気が付く。
かなえ「(目を疑って)えっ?」
かなえの近くにノートを乗せた皿が回って来る。
『書いたらお戻しください』とある。
かなえ「!」
ノートを手に取り、開く。
鋤柄の声「『この店もなかなか美味しい。ここにも通いそうだ。 鋤柄』」
かなえ「(大きな声で)鋤柄さん!」
自分の大声に、きょろきょろ周囲を見るかなえ。
ノートを見つめ、笑顔になる。
○同・店先
店内から出て来るかなえ。
かなえの声「(のれんを背に)わたしは、君をあいそう」
スキップで店を後にする。
○同・厨房
店主「まいど」
ニヤリと笑う店主。
END
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