リツとリカ ドラマ

自分の容姿が原因でいじめを受けていた真部律(22)は、そんな律を庇うことなく責め続けた両親に恨みを抱き、高校卒業とともに家を出てアルバイトをして生活していた。  そんなある日、バイト終わりに律の前に突然現れた明日川梨華(21)は、「私の代わりになってくれませんか?」と律に契約を持ちかける。  契約の内容は、トップアイドルになるために整形し家を出る自分の代わりに、律に「明日川梨華」を演じてほしいというものだった。
やこう かい 4 1 0 03/22
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第一稿

【登場人物表】
真部律(22)大学四年生
 明日川梨華(21)(17)真部家の養子
 真部雅恵(54)律の母
 真部泰治(55)律の父  
 斉木宗弘(73)律の隣人
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【登場人物表】
真部律(22)大学四年生
 明日川梨華(21)(17)真部家の養子
 真部雅恵(54)律の母
 真部泰治(55)律の父  
 斉木宗弘(73)律の隣人
 明日川夏海(38)梨華の母
 新渡戸一(35)梨華のマネージャー
 山本信雄(48)デイリーマートの店長
 医師
 警察官A
 警察官B
 面接官
 生徒A
 生徒B
 教師
 男
 女


○桜丘美容整形外科・手術台
手術台の上で目を閉じたままライトを浴びる真部律(22)。
律M「その日私は」

○桜丘美容整形外科・病室洗面所
暗闇の中、包帯をとり視界が開けると、鏡の中に美しい瞳が現れる。
律M「人は容易く、生まれ変わることができることを知った」

○ブルーハイツ桜・外観(夕)
   錆び付いた赤茶色の鉄骨が目立つ三階建のアパート。

○ブルーハイツ桜・202号室(夕)
毛布にくるまった律は階下から聞こえる歌声に眉を潜め、さらに頭まで毛布を引き上げる。歌声は下手くそなギターに合わせてワンフレーズばかり練習している。律、耐えきれずガバッと起きて頭をかく。枕元のデジタル時計を手にする。時刻は16:20。はあ、とため息をつく律。

○ブルーハイツ桜・二階通路(夕)
外置きの洗濯機が二台、揺れるたびに壁にぶつかってガタガタ音が鳴っている。斉木宗弘(73)、洗濯機の前に二つ並んだ椅子の一つに座り、うたた寝をしている。律、大きめのマスクをして202号室から出ると、斉木を起こさないようにそっと通り過ぎて階段を降りていく。

○デイリーマート・桜丘店(夕)
律、レジカウンターに立ちながらマスクをして長い前髪を手櫛で引っ張る。買い物客の男性がイヤホンをしたままレジにビタミン剤を置き、スマホをいじっている。
律「220円になります。袋はご入用ですか」
   男性、レジに220円を置いてスマホをいじっている。
律「袋、ご入用ですか」
   律、少し声を大きくすると、男性、律に気づき迷惑そうにイヤホンを外し、耳に手を当てる。
律「袋は・・・」
   男性、チッと舌打ちをしてビタミン剤をとって店を出て行き、明るい退店音が鳴る。店の奥から、山本信雄(48)が出てきて、腕を組んで律に言う。
山本「真部さんさ、女の子なんだから、もう
ちょい愛想よくできないかなあ、コンビニ
って言ったって、接客業なんだから」
律「・・・すいません」
   律、前髪を手で触りながらボソボソと答える。
山本「ほらもっとハキハキしゃべんないと」
   律、山本の言葉に反応しない。
山本「あ、そうだこれ、明日から年賀状販売
するからその準備よろしく。もし必要だっ
たら今日上がりに買っていってもいいよ」
律「いえ別に。年賀状出す相手いないので」
   山本、眉を上げてやれやれと言った身振りで控室に入っていく。ゲームの起動音が聞こえ、高い女の子の声が聞こえる。律、また前髪を触って、年賀状の仕分けを始める。
  
○真部家・外観(朝)
   手入れされた庭に白い壁の目立つ大きな一軒家。手前に鉄製の門があり、『真部家』と書かれた表札が下がっている。

○真部家・リビング(朝)
   金属でできた鳥籠の中に白い羽の中にまばらに灰色の目立つ鳥がおり、仕切りに羽繕いをしている。
梨華の声「雅恵さん、泰治さん、行ってきま
あす」
   慌ただしく鳥籠の前を小走りで通っていく真部雅恵(54)。

○真部家・玄関(朝)
   タイトスカートにベレー帽をかぶった明日川梨華(21)がニッコリ笑っている。玄関のノブに手をかける梨華。
雅恵「やだ梨華ちゃん、もう寒くなってきた
んだからそんな短いスカートじゃなくた
っていいんじゃないの?」
梨華「雅恵さん」
   梨華のこえに耳をかさず、ぶつぶつといっている雅恵。
梨華「お母さん」
梨華、少し呆れたように笑って言い直す。雅恵、ハッとした後、嬉しそうに微笑む。
雅恵「ちょっと、過保護すぎるかしら」
梨華「いーえ?じゃ、行ってきます!」
   梨華、少しとぼけた顔をしてから笑って手を振り、玄関を出ていく。
雅恵「いってらっしゃい」
   雅恵、梨華に笑って手を振り返し見送る。

○真部家・リビング(朝)
ニュースでは整形の発覚した芸能人についての議論が流れている。目玉焼きを突きながら新聞を開く真部泰治(55)。泰治、玄関から戻ってきた雅恵を何か言いたげな顔で見る。
雅恵「何か?」
泰治「いや」
雅恵「言いたいことがあるなら言いなさいよ」
泰治「いや・・・ティッシュ」
   泰治、雅恵の語気の強い返答に目を逸らし、言葉を濁し、小さくつぶやく。
雅恵「はあ、自分でとりいって」
泰治、おずおずとティッシュを取りに立ち、キッチン横のサイドテーブルに手を伸ばす。
鳥籠ではまだら模様の鳥が首を傾げている。
ティッシュ箱の横に並んでいる写真たてには、梨華を真ん中に大学入学式の写真が飾られている。泰治、その後ろに伏せて置かれている写真たてに手を伸ばす。

○桜丘大通り(朝)
整形スキャンダルを報じるニュースがビル壁面のスクリーンに映し出されている。イヤホンを乱暴に耳に突っ込んで、ほつれたスニーカーをはき、下を向いてあるく律。
逆方向から巻いた髪をくるくると指でまき、ヒールのあるショートブーツで歩いてくる梨華。

○真部家・リビング(朝)
泰治、写真たてを手に取り、表にする。そこには桜をバックに雅恵と泰治の間に立ち新しい制服を身に纏う、不機嫌そうな律の姿がある。

○桜丘大通り・高架下(朝)
高架下ですれ違う律と梨華。
T「リツとリカ」
電車の通る音がガタンガタンという轟音でニュースの音はかき消される。梨華、ゆっくりと振り返る。

○デイリーマート・桜丘店裏口(夜)
   律、デイリーマートの裏口を肩で開け、両手いっぱいに持った大きなゴミ袋をどさっとおく。開いた勝手口の隙間から山本のスマホゲームの音が鳴り響く。
山本の声「あーくそ!いくらつぎ込んでると思ってんだよ!」
   山本の毒を吐いている声が聞こえる。律、ため息をついてまた裏口の扉を開け、入っていく。

○デイリーマート・桜丘店控室(夜)
   狭く埃の溜まったロッカーから上着を取り出し、さっと着替えると、リュックを方にかけ素早く外に出る。
律「お疲れ様です」
   店内奥にいる山本に向けて声をかけるが、山本はまだゲームをしながら文句を言っている。

○桜丘町二丁目・路地(夜)
   梨華、カツカツとヒールを鳴らして歩いている。歩みが止まる。

○真部家・リビング(夜)
時計の針の音がする。時刻は深夜1:00を迎えようとしている。雅恵、忙しなく動いては時計を見ている。ガチャ、という音が玄関からする。
雅恵「梨華!?」
   雅恵、玄関の方へ駆け出す。

○デイリーマート・桜丘店裏口(夜)
   ギイ、と裏口の扉を開けると、目の前には梨華の姿がある。
梨華「真部律さん、だよね?」
巻髪を指でくるくるといじっている梨華。律、突然現れた梨華に驚いて後退りをする。
律「え、あんただれ?・・・あ」

○フラッシュバック・真部家・前
   茶色い巻髪の少女に雅恵が駆け寄り、抱きしめているのを、律、大きなキャリーバッグを片手に茫然と遠目で見ている。

○デイリーマート・桜丘店裏口(夜)
   律、ハッとし、急いで梨華から目を逸らすと、無視して歩き出す。
梨華「私、明日川梨華。今律ちゃんの家でお世話になってる・・・ああちょっと待って!」
   梨華、話途中で歩き出す律の腕を掴む。
律「離して」
   力強く振り払おうとする律の腕を両手で掴み直し、梨華、笑顔で告げる。
梨華「単刀直入にいいます。私の代わりになってくれない?」
札束の覗く茶封筒をキリッとした笑顔で差し出す梨華。
律「は?」
梨華「立ち話もなんだし、行きたいとこがあるの。ついてきてよ、律ちゃん」
梨華、律の手をとって強引に歩き出す。

○真部家・玄関(夜)
たたた、という音と共に玄関に飛び出してくる雅恵。
雅恵「ああ、ああ・・・あなた」
泰治「どうした」
雅恵「メール!見てないの!?梨華が、帰ってきてないのよ」
   泰治、口を半開きにして驚いている。

○桜丘中央通り・歩道橋上(夜)
   強引に引っ張り、どこまでも歩いていく梨華の手を強く振り払う律。
律「離せってば!」
   大きな歩道橋の上でネオンライトに照らされ、ビル壁面のスクリーンを眺める梨華。スクリーンにはキラキラ輝くエフェクトとともに有名アイドルが笑顔で歌っている。
律「なんなんだよ、あんた」
梨華「私はね、あそこに行きたいの」
   梨華、スクリーンを指差す。律、怪訝な顔で梨華を見つめる。

○真部家・リビング(夜)
   雅恵のすすり泣きながら電話する声が聞こえる。鳥籠の鳥は、忙しなく首を動かし、籠をくちばしで噛んだり羽をバサバサ動かしたりしている。
雅恵の声「はい、はい、なんとかよろしくお願いします。梨華は、梨華はそんな子じゃないんです」
  泰治、リビングの椅子に座って拳を握りしめ、写真たてをじっと見つめている。雅恵、電話を終えて泰治の元にくると、テーブルに突っ伏して泣く。
雅恵「何かあったのかしら、梨華に何かあったら私」
   泰治、泣き続ける雅恵の横で押し黙っている。しばらくして口を開く。
泰治「もう一度、電話してみよう」
   雅恵、力なくうなずき、スマホを耳に当てる。

○桜丘中央通り歩道橋上(夜)
梨華のスカートのポケットでは、スマホが細かい振動とともにずっと光っている。
梨華「つまりね、契約はこう。私はトップアイドルになるために整形する。明日川梨華をやめる。その代わりに律ちゃんは私に成り変わり、家に戻る。そしてお互い幸せになる。どう?ウィンウィンでしょ?」
   律、驚いて言葉が出ない。いろんな言葉を言おうとするが、うまく声にできない。
梨華「だってさー雅恵さん、整形とかそういうの、絶対ダメじゃない。だからと言って黙っていなくなるのは私も心が痛むし。だからあなたにお願いしたいの、明日川梨華の役を」
   律、俯いて唇を噛む。その手は震えている。
律「それで、私に整形しろって?」
梨華「お金はここにある。あ、安心して、ヤバイお金とかじゃないから」
律の瞳がギュッと細くなる。
律「あんた、馬鹿ですか?そんなの私が聞くと思う?あの家が嫌で出てきた私が、大嫌いな家でぬくぬく甘やかされて生活してるあんたの言うことなんか」
   梨華、しばらくスクリーンを見つめたまま黙っているが、ふと吹っ切れたように笑顔を作って律を振り返る。
梨華「・・・ま、だよね!無理だよね!五分五分ってところかと思ったけど、そりゃそうかあ」
   梨華、大仰な身振り手振りで止めどなく喋り続ける。律、そんな梨華を睨めつけている。
梨華「ま、しゃーなし!人の気持ちはそう簡単に変えられるもんじゃないもんね、諦めます!じゃね」
   梨華、手をピッと揃えて律にあげると、くるりと背を向けて歩き出す。律、手に握った茶封筒を見て、ハッとして叫ぶ。
律「ちょっと!」
梨華「あ、それは口止め料ってことで。私は失踪。律ちゃんは何も知らない。契約はなしってことで。そんじゃーね!」
   片手で大きく手を振る梨華。律、茫然とその場で立っている。梨華の後ろ姿は、瞬く間に消えていく。
律「明日川、梨華」
   律、眩い光に照らされる茶封筒を見つめ、ぽつりと呟く。
律「五分五分は、甘く見過ぎだろ」

○真部家・リビング(夜)
まだら模様の鳥は灰色の羽を気にし て突いたりしているが、諦めて瞳を閉じて翼に顔を埋める。

○ブルーハイツ桜・202号室(夕)
律、毛布の中で目を覚ます。枕元のデジタル時計は夕方16:37を指している。札束の茶封筒は脱いだ服に埋もれている。
下手くそな歌は昨日とは違うワンフレーズを歌い続けている。かべに激しく当たる洗濯機の音がする。

○ブルーハイツ桜・二階廊下(夕)
律、外に出ると斉木がうたた寝をしながら座っている。洗濯機がピーピーという終了音を鳴らしているが、斉木、気づかずに寝ている。
律「なんでだよ」
   律、通りがけにスイッチを切っておく。斉木、目を覚ます。
斉木「おう、律ちゃん、バイトか」
律「です」
斉木「寒くなってきたなあ」
律「ですね」
斉木「おう、そうだ」
   斉木、よたよたと部屋に入って行き、ガサゴソと何か探し始める。律、腕時計を見て無視して行くか、斉木を待つか悩んでいる。
そうしているうちに斉木、部屋から出てくる。
斉木「これこれ、これ持って行き」
   斉木、少しあせた色の布の袋を渡してくる。
律「な、なんですかこれ」
   律、少し腕を引っ込め、袋をじっと見る。
斉木「いいからほれ」
律「・・・なんかこれ使いかけとかじゃ」
   恐る恐る手を出す律の掌にぽんと布袋を載せる斉木。
律「!」
斉木「あったかいだろ、うちのバーさんがなあそういう、ちょこまかしたもん得意だったんでな」
律「いいんですか」
斉木「持ってき、寒いからな」
律「・・・ありがとうございます」
   律、階段を駆け下りて行く。その表情は少しだけ明るい。

○ブルーハイツ桜・前(夕)
律が自転車に乗ろうとすると、二階から顔を出した斉木が律にいう。
斉木「冷たくなったらな、電子レンジでな」
   斉木、ボタンをおす動作をしている。律、理解するとうなずき、両手で大きく丸を作り、叫ぶ。
律「わかりました!」
   斉木、満足したように手を上げて消えて行く。律、マスクをすると、自転車を漕ぎ出す。その目は少し嬉しそうに揺れている。

○桜丘中央通り(夜)
律、斉木にもらったホッカイロをポケットに忍ばせ、きいきいとなる自転車を漕いで街灯や広告の明かりで眩しい街を抜けてゆく。錆び付いた自転車は強くこいでもなかなか進まない。街頭スピーカーからは明るい流行りのポップスが大音量で流れている。
蛍光色の信号が赤に変わり、キキイと耳障りな音を立てて律は自転車のブレーキをかける。
すると前方に美容整形という文字の看板が目に入る。律、しばらく見つめるが、頭をふり、ハンドルを握り直す。
律「今更他人のフリしてまで戻ったって、幸せになれるわけないだろ」
ガヤガヤという喧騒の中、どさっと言う鈍い音がする。律、音のする方を見ると信号手前の路地裏奥で学生服に身を包んだ数人の男女が一人の男子生徒を囲んで殴ったり蹴ったり罵声を浴びせたりしている。律、目を見開く。

○(回想)桜丘第一高校・校舎裏(裏)
   複数の生徒がうずくまる律を見て笑っている。
生徒A「おいこっち見んな、ブス」
律M「ごめんなさい」

○真部家・律の部屋(朝)
   腕を組んで律を見下ろす雅恵。
雅恵「いじめ?あんたの勘違いでしょ。誰もあんたのことそこまで興味ないわよ。いいから学校行きなさい!」
律M「ごめんなさい」

○桜丘第一高校・2年C教室・外
   律、教室の外で室内で面談をしている雅恵と教師の声を聞いて俯いている。
教師の声「お嬢さんは気持ちが弱いんじゃないでしょうか」
律M「ごめんなさい」

○真部家・リビング(夜)
   頬が赤くはれた律が床に蹲って泣いている。雅恵、物凄い剣幕で律にものを投げて泣き叫んでいる。
雅恵「出て行きなさい!!学校も行かない、何もできない、近所になんて言われてるか知ってる?あそこの家は教育がなってないって!!私のせい?!あんたのせいよ、もう、散々なのよ!」
律M「ごめんなさい」

○真部家・前(朝)
   門を開けて玄関の方へかけて行く梨華、巻き髪を揺らして雅恵に飛びつく。
梨華「お母さん!」
離れた場所からそれを見ている律。
律の絶望した目。
(回想終わり)

○桜丘中央通り(夜)
律の瞳に絶望ではなく冷たい復讐の色が宿る。
律の視線の先を上品な服を身に纏った幸せそうな親子連れが通り過ぎていく。それに続いて信号が変わる音ともに多くの人が歩き出し、路地裏は律の視界から消える。
律M「ああ、なんだそうか」
律、美容整形の看板を見つめて立ち尽くす。律だけ時間が止まったように、人々は明るく笑いながら通り過ぎてゆく。
律M「復讐すればいいのか」


○真部家・リビング(夜)
まだら模様の鳥は灰色の羽をついにくちばしで噛んで、ぶちっと抜く。

○桜丘美容外科・病室
包帯を握り、鏡の前に手をつく梨華。その顔は目鼻立ちのくっきりとした顔立ちになっている。その頬を触ると、梨華は呟く。
梨華「完璧」
   梨華、きゅっと笑顔を作る。

○桜丘美容外科・診察室
梨華の顔にフラッシュが当たり、バシャバシャというシャッター音が鳴り響く。
梨華M「想像通り。完璧な見た目。最高の可愛さ。明日川梨華は今日でいなくなる」
医者、梨華にファイルに挟まれた比較の画像を渡す。そこには以前の梨華の顔と現在の梨華の顔が並んで乗せられている。
梨華M「でもいい。愛してほしいのは私であって、明日川梨華じゃない。世界で一番可愛い私。そのためならなんでもできる。なんだってする」
梨華、こくこくとうなずく。
梨華「ありがとうございました!」
   梨華、満面の笑み。

○桜丘町二丁目・路地(夕)
コツコツと歩いていく梨華。ブルーハイツ桜の前を通り過ぎる。2階の古びた洗濯機がピーピーと終了音を鳴らしているが、その隣でうたた寝する斉木は気づかない。梨華、気づかないでそのまま素通りしていく。すれ違うカップルの男がすれ違いざまに梨華の顔を横目でみる。女、男の腹をバシンと叩く。

○桜丘美容外科・前
律の声「ありがとうございました」
   桜丘美容外科の入り口から髪を下ろした律が出てくる。前髪を気にして触っている。挙動不振にあたりを見渡し、隣のビルのガラスをチラリとみる。
律「や、やってしまった。本当に」
梨華そっくりの顔になった律、ガラスの前で顔をぺたぺたと触る。眉間にシワをよせようとするがうまくできず、拳でガラスをポカポカと殴る。
律「クソ、やっぱ癪だなこの女の顔・・・」
   律、ハッとして頭を振ると、ぐいと頬を片手で掴み、ガラスを睨む。
律「いいや、これも大いなる目的のため」
   勢いよく振り返り歩き出そうとする律の肩に通行人の男の肩が強くぶつかる。
律「す、すみませ・・・」
男、勢いよく律の顔を睨み付けるが、律の顔を見るなり、小さく会釈してすごすごと去って行く。
律M「でも」
   律、ぽかんとした顔で口を開いている。

○桜丘町駅・駅ビル化粧室
   律、眉間にシワを寄せながらそっとマスカラを塗る。
律M「なんか」

○美容院・セカンドカラー
   美容師に髪を巻かれている律。口をモゴモゴさせて鏡を見ている。
律M「意外と」

○桜丘町駅・駅前商店街
   梨華と同じ茶色い巻き髪に、メイクをした頬を触る律。
律M「悪くないかも・・・?」
律、笑顔になるのを堪えながら歩いている。その足取りは軽やか。
律「いやーこれ、もしかして意外と正解だったのでは?あんな家、わざわざ帰ってどうこうしなくても別にこのまま」
   律の後ろから迫ってくる警察官が、律の肩にそっと手を置く。
警察官A「明日川梨華さんですね?」
律「あ」
   律、半笑いのまま固まる。

○塩川ビル・会議室・外
   『新人アイドルオーディション』と書かれた張り紙が部屋の扉に貼られている。
梨華、シンプルなシャツとパンツでまとめ、巻き髪をポニーテールにまとめている。扉の前に立ち、深呼吸する梨華。
面接官の声「次の方、どうぞ」
   梨華、丁寧に扉をノックし、会議室に入る。

○塩川ビル・会議室・中
   梨華、綺麗な笑顔で、両足をきっちり
揃え、丁寧にお辞儀をする。
梨華「失礼します!芦川まりかです!本日はどうぞよろしくお願いいたします!」

○桜丘警察署・待合室
警察官B「えー、家出かな?どんな事情があ
るのかわかんないけど、親御さんに迷惑か
けちゃダメだよ。もう成人してるんでしょ。
お母さんすごい心配してたよ」
絶え間なく説教をする警察官と目を 合わせず、黙り続ける律。
警察官「君、聞いてんの?」
急にトーンの変わった声に、律、ビク
ッと体が動く。
雅恵の声「あの、すみません、梨花は」
入り口の方から取り乱した雅恵の声がする。律、身を硬くし、口を動かそうとするが、震えて何も出てこない。
待合室の入り口に血相を変えた雅恵の姿が見える。律、雅恵を凝視し、震える声で呟こうとする。
律「おか、」
雅恵「ああ!梨華ちゃん!!梨華ちゃん!無
事でよかった、本当によかった」
雅恵、律を強く抱きしめる。律、呟きかけた口を開けたまま、茫然とする。
律「ごめん」
どうにかこうにか口からでた声は小さく、雅恵の泣き声にかき消される。肩に置こうとした律の手は力なく落ち、硬く握られる。

○真部家・梨華の部屋(朝)
律、目を覚ますと見慣れない白い天井が目に入る。鏡に映る自分の顔を
つねる。角度を変える。笑顔を作る。
雅恵の声「梨華ちゃん、朝ごはんできてるわよ」
   階下から聞こえる雅恵の声に、ハッとする。
律「いかんいかん、お前は、復讐しにきたのだ」
指でビシッと鏡を指差す。じっと見 つめて、小さく首を傾げて少し困ったような表情。
律M「そう、復讐を」

○真部家・リビング(朝)
   泰治、新聞を広げてテーブルについている。律、思わずじっと見る。雅恵、キッチンから出てきて、律を見て笑顔になる。
雅恵「おはよう」
雅恵を無視しようとするがお腹がぐうと鳴る。
律M「復讐を・・・」
席について朝食を食べる律。久しぶりのまともな食事に箸が止まらない。
話しかけようとする雅恵を目で制す る泰治。無言でご飯を食べる律を見つめる二人。

○スパーク事務所・カウンセリングルーム
   梨華、ボックスソファに座ってソワソワしている。
   ガチャ、とドアがあいて新渡戸一(35)が入ってくる。
梨華「新渡戸さん!」
   梨華、たちあがりペコっとお辞儀をする。新渡戸、片手で応じながら、ファイルを開いてページをめくっている。
新渡戸「座って」
   梨華、座って背筋をピンと伸ばす。
新渡戸「あーオーディションなんだけど」
梨華「はい!どんな役でも全力でやり切りま
す!」
新渡戸「や、そうじゃなくって」
   顔を上げずに言葉を続ける新渡戸。梨華、首を傾げる。

○真部家・梨華の部屋
   律、仰向けにベッドに横になって天井を見ている。サイドテーブルには斉木からもらったホッカイロが置いてある。
律M「復讐・・・」
律「なんだかなー・・・」
はあと長いため息をつく。
雅恵の声「梨華ちゃん、どうしたの?お部屋
にこもって、出てらっしゃいよ。今日はい
いお天気よ」
律「うるさい、出ない」
雅恵の声「そう・・・?わかったわ、たまには換気してね」
  律、無視して黙っている。
  部屋のノブをガチャガチャと回す音がするが、鍵がかかっている。
  階段を降りて行く音がする。
   雅恵が何か言う声が聞こえるが、律はヘッドホンで耳を塞ぐ。眉間にシワを寄せている。
律「なんか、思ってたのと違う」
   律、かたくなったホッカイロをシャリっと握り締め、毛布を頭までかぶる。

○スパーク事務所・カウンセリングルーム
新渡戸「落ちたって」
   新渡戸、顔を上げないまま、髭を触っている。
梨華「え?」
新渡戸「オーディション、今回は見送らせて
くれって」
   梨華、驚いて呆然としている。
梨華「な、なんでですか?だって新渡戸さん、言ったじゃないですか」
新渡戸「いや確かに、言ったけどさ。いやほんとにまりかちゃんの歌声は気に入ってくれてるんだよ。でも上の事情が変わっちゃったんだからしょうがないよ」
梨華「そんな・・・整形もしたのに」
新渡戸「こればっかりはね〜、でもま、こういうことザラにあるから、まあ、まりかちゃんもここでやって行くなら慣れてよ」
   新渡戸、最後まで梨華と顔を合わせずに部屋から出て行ってしまう。部屋にポツンと残される梨華。
梨華「頑張ります」
   一人きりの部屋に梨華の声が響く。

○真部家・リビング
   律、眉間にしわを寄せて階段を降りてくる。リビングには泰治の姿がある。
   律、泰治を見るなりさっと階段の影に隠れ、様子を伺う。
律「びっくりした今日土曜か・・・」
   律、迷った末にそっと端からリビングを通りキッチンに向かう。
   横目で泰治をチラッと見ると、鳥に餌をやっている。
   泰治、梨華に気づく。
泰治「梨華、ちょっと」
   手招きする泰治。律、ビクッとしながら近づいて行く。
泰治「俺の手から食べないんだ、こいつ。梨
華は懐かれてるだろ」
   律、鳥籠を覗く。手渡される餌を掌に乗せて鳥に差し出す。鳥は、首を傾げながら律の手を見て、勢いよく突く。
律「いて!」
泰治「ごましお、今日は機嫌が悪いのか。な
んだそうか」
   泰治、びっくりしたように笑う。
   律、泰治の様子を伺いながら、そっと尋ねる。
律「ごましお、って、いつから・・・?」
泰治「そうか、梨華には言ったことなかった
な。こいつは四年前、梨華がうちに来る直
前、怪我してそこに迷い込んできたんだ」
  泰治、ベランダを指差す。
律「四年前」
泰治「ああ、律が出て行ったすぐあとだったなあ」
   律、少し身を強張らせる。
泰治「だからか分からんけど、俺はどうにもこいつが可愛くてな。この、まだらのところが、いいだろ」
   律、こく、と頷く。
泰治「ごましおはそれが気に入らないみたいだが」
   泰治、鳥の頭を撫でるが思い切り嫌がって突かれている。鳥籠には灰色の羽だけが抜かれて散らばっている。
律「そっか」
   可愛いな、と言いながら鳥の頭を撫でる泰治の横顔を盗み見て、黙って立ち尽くす律。

○バー・1980・入り口(夜)
   梨華、暗く細い階段を降りて行って、重たい木製の扉を両手で押す。
   扉を開くと棚中にずらりとお酒の並んでおり、奥の席で手をあげている男性がいる。

○バー・1980・店内(夜)
   梨華、ゴテゴテの装飾品を身につけ、黒いスーツを着た男を相手に座っている。
梨華「いいんですか!そんないい条件で!貸
してください、きちんと返します!お願い
します!」
  梨華、目の下には薄らクマが見える。
満面の笑みでお辞儀をする。

○真部家・リビング(夜)
   ニュースでは整形が発覚した芸能人について報道している。食卓を囲む律、雅恵、泰治。
雅恵「やだわ、整形なんかするからこんなこ
とになるのよ」
  皿を運びながら文句を言う雅恵。
  律、身を強張らせる。
雅恵「最近多くて本当にいやね。親からもらった大事な体に傷つけてまでしたいことなのかしら」
泰治「個人の勝手だろ」
雅恵「そんなわけないでしょ!だって一回いじったらもう戻らないのよ!親がどんな気持ちになるか」
   泰治、雅恵の勢いに口を閉じ、食べ始める。雅恵、まだぶつぶついいながら席につく。
   食卓には山盛りの八宝菜が並んでいる。
   律、手を合わせ、無言で箸を運ぶ。
泰治「ちょっと作りすぎじゃないのか」
雅恵「だって八宝菜は梨華ちゃんがいつも美味しい美味しいって言うから」
   律、八宝菜を見る。キラキラと餡が光って湯気が立っている。
   泰治、小さくため息をついて言う。
泰治「律がいた頃は、しょっちゅうカレーラ
イスだった」
  律、泰治の言葉に食べる手が止まる。
雅恵「そうね、あの子、子供舌なんだもの」
泰治「懐かしいな」
   律、何か言おうとするが、何も言えずに、八宝菜を見つめ続けている。
雅恵「やだ、もしかして今日は失敗!?美味しくなかった?」
   律、一度口を開くが、やめて首をふる。
律「・・・ううん」
   雅恵、安心した表情で胸を撫で下ろす。
雅恵「よかった!いっぱい食べて。今日お昼食べなかったでしょ」
泰治「そうなのか?」
   雅恵、泰治、律の方を見ている。
   律、なぜか視界が滲んでくる。
言葉がうまく出ず、ただうなずく。
泰治「梨華。飯は、ちゃんと食えよ」
   律、またしてもうなずくことしかできない。
  
○桜丘三丁目・路地(夜)
   梨華、全力で走って逃げている。遠くから男の声がする。梨華の服は少し乱れている。
   梨華、近くの家の塀の中に逃げ込み、室外機の裏に隠れる。
男の声「あのクソ女、どこ行った・・・絶対
逃すな!!」
  梨華、額からだらだら汗をかき、泣きそうな表情で震えている。
○真部家・梨華の部屋(夜)
   雅恵、コンコンとノックの後に顔を出す。律、ベッドの上でスマホをいじっている。
雅恵「梨華ちゃん、入ってもいい?」
   律、無言でうなずく。
   雅恵、小さな箱を持っている。律の隣に座る。
雅恵「こないだ梨華ちゃんが可愛いって言っ
てたお母さんのネックレス、これ梨華ちゃ
んにあげるわ」
  雅恵、かぱっと箱を開く。中には紫色の小さな石が埋め込まれたネックレスが光っている。
雅恵「梨華ちゃんが可愛いって言ってくれて、私嬉しかったのよ。これね、本当はおばあちゃんからもらったものなの」
   雅恵、愛おしそうに眺めている。
律「そんなの、もらっていいの」
雅恵「もちろんよ!むしろね、娘にあげるのが夢だったの」
   律、ネックレスを見つめたまましばらく黙り、小さな声で尋ねる。
律「律、さんには?」
雅恵「律はね、こういうの全然興味なかったのよ。男の子趣味っていうか」
律「ふうん」
   律、口を尖らせてうなずく。
雅恵「だからこれは梨華ちゃんにあげる」
律「・・・ありがとう」
   雅恵、サイドテーブルに箱を置いて、立ち上がると、数秒の間ののち、振り返らずに律に尋ねる。
雅恵「梨華ちゃん。私は梨華ちゃんにとって、ちゃんとお母さんかしら」
律「え?」
雅恵「いいお母さんに、なれてるかしら」
   律、戸惑いの表情。眉間にシワがよる。

○フラッシュバック・真部家・リビング
   雅恵が泣きながら律にものを投げてくる。

○真部家・梨華の部屋(夜)
   律、短く息を吸い込んで、答える。
律「なれてると、思う」
   雅恵、パッと表情が明るくなる。
雅恵「そう。よかった。梨華ちゃん、ミルクティーのむ?」
   律、うなずく。
   雅恵、笑顔で頷いて階下に降りて行く。
   律、もらったネックレスの小箱を見る。
   ふと気がついて立ち上がり、血相を変えて部屋中のものを探し始める。

○スパーク事務所・入り口(夜)
   梨華、息も絶え絶えで周りを見ながら走って駆け込んでくる。男の声はもう聞こえない。入り口にある受話器を取り、繋がるのを待つが、プルルルという音がするばかり。

○スパーク事務所・会議室・外(夜)
   階段を上り、会議室の前までくると新渡戸の声が聞こえる。誰かと電話をしている。
新渡戸「芦川ですか?あー、あれは無理っす
ね。いや、ここだけの話、あいつ整形しち
ゃったんですよ。そうそうこのご時世整形
はちょっとね・・・バレた時痛い目見るの
わかり切ってるモンに投資しないでしょ」
  梨華、浅く息をしながら会議室の外で聞いている。膝の力が抜け、座り込みそうになるが、なんとか立ち上がり、階段を降って行く。その顔は疲れ切っている。

○真部家・梨華の部屋(夜)
ミルクティーを持った雅恵が階段を 登ってくる。
律、ものが散らばった部屋の真ん中に立って俯いている。
律「ねえ、私の、ホッカイロ、知らない?」
雅恵「ん?ホッカイロ?」
律「布でできてる、これくらいの」
雅恵「・・・やだ、あれ梨華ちゃんのホッカイロだったの?だって少し汚そうだったから・・・」
   律、絶句する。たらりと頬を汗が伝う。
   雅恵の声が遠くに聞こえる。
律「やっぱり」
雅恵「え?」
律「やっぱりあんたは変わってない」
雅恵「梨華ちゃん・・・?」
律「結局大事なことは何も見えてない。たった一人の娘にだって向き合って、知ろうとしてない。あんたがやってるのは愛情の押し付けだよ、愛してるつもりの娘のことも、なんもわかってないよ!」
階段を駆け下り玄関を勢いよくあけ、駆け出していく。

○真部家・前(夜)
   庭を駆け抜け門を乱暴に開ける律。門の前を探すが、ペットボトルのゴミ袋しか見つからない。律、また走り出す。
律M「私は何を勘違いしていたんだろう。そんな簡単に、人が変わるわけないだろ。信頼した、気を許した。だからまた、大事なものを失った。私のせいだ」
ドンと人にぶつかる。無視して駆け出そうとする律。
梨華「え!」
声の主を振り返ると顔の変わった梨華が立っている。
律「・・・だれ」
梨華「それこっちのセリフ、もしかして、律ちゃん?」
   少し疲れた顔をした梨華が大きなボストンバッグを持って立っている。律、目を見開く。
律「明日川、梨華・・・?」
梨華「うっそ!!本当に整形したの!?私の顔に?!」
   大きな声で叫ぶ梨華。律、周りを気にしながら声を抑えて答える。
   余裕のない律に対し、笑顔の梨華。
律「・・・頼んだのあんたでしょ」
梨華「え、雅恵さんには?言ってるの?」
律「言ってるわけ、」
   たたた、と駆ける音。律、駆け出そうとするが、間に合わない。
雅恵「梨華ちゃん!!!!」
律の表情、こわばる。
律「こないで!!!」
   律、背を向けたまま思い切り叫ぶ。
   雅恵、その気迫にたじろぎ足を止めるが、諦めずに律に告げる。
雅恵「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの、ただ、ただね、少し汚れていたから、お洗濯に入れちゃって、ホッカイロだなんて知らなくて、ごめんなさい、もう、使えないかもしれないけど、これ・・・」
   雅恵、ぬかの色がうつって茶色くなった布の袋を震える手で差し出す。律、振り返ってそれを見、固まる。
律「・・・!」
梨華「え、何、そんなうまくいってるんだ」
   梨華、思わず口に出すが、その声には焦りの色が見える。
雅恵「・・・?どなた?梨華の知り合い?」
   雅恵の怪訝そうな目に、梨華、慌てて言う。
梨華「え、いやいや、お母さん?」
雅恵「はい・・・?」
梨華「何騙されてんの、違うじゃん、わかんないの?」
律「やめて、」
   律、俯いたまま呟く。
梨華「やめない!梨華は私。あなたは」
律「やめて!!!・・・やめてよ、後からきてさ、意味わかんないこと言ってくるの、何?意味わかんない。梨華は、私でしょ」
   律、梨華に叫ぶが、その瞳は動揺と困惑で震えている。
梨華「お母さん、」
   梨華、振り絞るように言う。
   律、梨華の顔を見ることができずに雅恵の腕の中で震えている。
   雅恵、困惑の表情で数十秒迷った末、落ち着いた声で告げる。
雅恵「・・・どなたか知りませんけど、お引き取り願えますか」
抱きしめられている律、立ち尽くす梨華、どちらも絶望の表情をしている。

○(回想)明日川家・玄関
   梨華、玄関に駆け寄る。赤いパンプスを履いてキャリーケースを手にしている明日川夏海(38)。
梨華「お母さん?」
   夏海、玄関の鏡で髪を整え、リップを塗っている。
夏海「梨華、ごめん、お母さんしばらく帰らないかもしれない」
   梨華、冷や汗が流れる。
梨華M「なんで?」
梨華「そうなんだ」
   梨華、笑顔を作って平然と答える。
夏海「梨華は大丈夫よね、私と違ってしっかりしてるもん」
   夏海、梨華の方を全く見ずに、鏡を見ながら言葉を続ける。その声は鼻にかかった猫撫で声。
梨華M「なんで?」
梨華「うん、大丈夫、ちゃんと待ってるよ」
   夏海、ハットをかぶると、梨華に背を向ける。
梨華M「ああ」
   梨華、追いかけて数歩歩く。
梨華「気をつけて・・・」
   梨華の声、届かず夏海は玄関の扉を開けて出て行く。
梨華「まって」
   梨華の喉から消え入りそうな声が出る。
夏海、去り際に横目で梨華を見るのがしまって行く扉の隙間から見えるが、そのまま足を止めずに去って行く。
その瞳は冷たい。
(回想終わり)

○真部家・前(夜)
梨華M「あの目だ」
去り際の夏海の冷たい目と、雅恵の目が重なる。
梨華、か細い声で呟く。
梨華「なんでだろう、どこで間違ったんだろう。私、なんか勘違いしちゃってたのかな」
   律、梨華から目をそらしたまま。額から汗が流れ落ちる。雅恵、戸惑いの表情で律を抱きしめながら梨華を見ている。
   俯いていた梨華、笑顔を作って二人に言う。
梨華「ごめんなさい、梨華ちゃん、お母さん。律は私です」
   律、驚いて梨華の顔をみる。口を開こうとするが、梨華が続けて話し続ける。
梨華「整形したら何か変わるかもって思ったの、幸せそうなあなたが憎らしくて、少しやり返してやろうと思った。でも、全部私の勘違いだった。間違いだった。迷惑かけてごめんなさい、もう二度と、関わりません、すみませんでした」
梨華、畳み掛けるように言葉を繋ぐ。雅恵が何か言う隙を与えず、ニッコリとした笑顔のまま、視線を合わせずにくるりと背を向け走り去っていく。
呆然とする律と雅恵。
雅恵「律・・・?そんな、そんなはずない。だって・・・顔が、全然違うもの・・・」
律、息をつき、そっと肩から雅恵の腕を離すと、立ち上がってゆっくり歩き出す。
雅恵「まって!梨華!!私はどうすればよかったの、間違ってた?私これでも、変わろうとしたのよ、律が出て行ってから、何が悪かったのか、ずっと考えてた。ずっと、やり直したいって思ってた!」
   雅恵、崩れ落ちるように膝をつき、律を呼び止める。律、背を向けたまま振り返らずに立ち止まる。
律「わかってる。誰も、間違ってない。悪いのは、私だよ。ごめん、お母さん」
雅恵「まって、梨華ちゃん、梨華!!」
   雅恵、泣き叫ぶ。
律、振り返らずに走り出す。

○桜丘二丁目・路地(夜)
梨華の走って行った方向を走りながら周りを見渡している。

○石畳公園・公衆トイレ(夜)
   ビシャビシャに濡れた梨華の顔が鏡に写っている。
梨華「もっと可愛くならなきゃ、もっと可愛く、もっと・・・」
梨華、呪文のように唱えながら濃い色のメイクをし続ける。ポタポタと水が滴っている。
梨華M「愛されたい、誰かの一番になりたい。ただそれだけのことが」


○石畳公園・前(夜)
梨華M「どうして私だけ、いつもいつも叶わないんだろう」
公園の入り口から少し離れた公衆トイレの光に照らされ、梨華の持っていたファーのついた鞄が転がっている。
律、呼吸を整えながら歩いて近づいていく。
律M「あんたは私の対極にいる人間だって思ってた。でも、多分さ」

○石畳公園・公衆トイレ(夜)
梨華、鏡を見て呆然とし、メイク道具を置いてフラフラと出ていく。
律M「私たちは」

○石畳公園・公衆トイレ前(夜)
律M「すごく似ている」
律、バッとトイレのなかを覗くが、メイク道具だけが残されており、誰もいない。
律「クソ・・・」
   また走り出す律。

○桜丘二丁目・路地(夜)また走り出す律。梨華、くらい夜道をふらふらと一人歩く。
律M「だから」

○桜丘中央通り歩道橋・前(夜)
律M「私は今、あんたに向き合わなきゃいけない」
梨華、歩道橋を見上げる。煌く車道をながめ、ゆっくり登っていく。

○桜丘中央通り歩道橋上(夜)
大きな歩道橋の上に立ち尽くす梨華。目の前には憧れた大きなスクリーンにキラキラと輝くアイドルの映像が流れている。
梨華、それを見つめ、ただただぼうっとしている。
多くの人がそんな梨華に気づかずに通り過ぎていく。
階段をかけ登ってきた律、梨華の姿を見つけ、声をかけようとするが、今にも飛び降りんばかりの梨華の姿に気圧され、動けなくなる。

○(回想)ブルーハイツ桜・前(夜)
律、自転車をブルーハイツ桜の前に乱雑に止め、部屋に駆け上がる。

○ブルーハイツ桜・202号室(夜)
靴を脱ぎ散らし、テーブルの上の服を投げて下敷きになっている茶封筒を握って部屋をでる。

○ブルーハイツ桜・前(夜)
律、うたた寝する斉木を無視して階段を駆け下りる。自転車に乗ろうとするが、振り返ると、また階段を駆け上がって行く。

○ブルーハイツ桜・二回廊下(夜)
ピーピーとなり続ける洗濯機を止める。うたた寝をしている斉木、目を覚ます。
斉木「おう、どした、そんな思い詰めた顔して」
ぽんぽんと自分の横の椅子を叩く。律、俯いたまま斉木に尋ねる。
律「ねえ、斉木さんは、絶望ってしたこと、ある?誰かを絶望させてやりたいって、思ったこと、ある?」
   斉木、眉を上げ目を見開く。うーんと空を見ながら唸る。
斉木「絶望。そうさなあ、嫌なことも、もうダメだーって思ったことも、たあくさんあるなあ。んでもな、『絶望』っちゅうのは、あーないかな」
律「・・・ないんだ」
斉木「おう、律ちゃん、あのな。『絶望』っちゅのはな、立ち上がるのを諦めた奴にしかやってこないのよ、わかるか」
   斉木、いつもと同じ口調で語り出す。その表情は穏やか。
律「わか、わかんない」
斉木「おう、こうな、もうダメだーとひっくり返るだろ、そしてそのままボーと空を見つめてなあんにもしないでいるとな、だんだん目が閉じていくのよ。お天道様が登っても、沈んでも、関係なくなってなあ。それがまた心地よいんだな」
律「な、なんの話」
   律、斉木の話に困惑の表情で答える。
斉木「それが、『絶望』よ。律ちゃん」
   斉木、空を見ていた視線を律に向ける。律、ドキッとした表情。沈黙ののち、律、斉木に尋ねる。
律「それでも、絶望したことないの、斉木さん」
斉木「いや、あるよ」
律「あれ・・・」
   即答で答える斉木に戸惑う律。
斉木「でもな、そんなこと関係ないな。諦めない人間には、絶望なんちゅもんは寄ってこねのよ。だから律ちゃんは、おう、大丈夫だ。な」
律「・・・ありがとう」
斉木「ホッカイロ、あったかいだろ、な」
律「・・・うん、あったかいよ」
   斉木、律の背中をぽんぽんと叩く。
律、くぐもった声で、俯き固まったホッカイロをぎゅっと握りしめる。シャリっと音がする。その指先はほんのり赤く、小さく震えている。
(回想終わり)

○桜丘中央通り歩道橋上(夜)
   律、拳をぎゅっと握りしめ、息をすってゆっくりと梨華に近づく。梨華の前に立ち、そっと話し始める。
律「梨華、私はあんたのこと、雑草みたいな奴って思ってる。図々しくて、ちょっとやそっとじゃ倒れない。私はあんたが嫌い」
梨華「ここまで追いかけてきて、悪口いいにきたの?・・・律ちゃん、やな奴だなあ」
梨華、力なくえへへ、と笑う。律、構わずに話し続ける。
律「『絶望』は、立ち上がるのを諦めた奴のところにしか、やってこないんだって」
梨華「へえ」
律「あんたは、今、絶望って顔してる。もうダメだって顔してる」
梨華「そうかな」
   遠くを見つめる梨華の瞳は焦点があっておらず、どこか安らかなようにも見える。
律「うん、でも、」
律、手を差し出し、睨み付ける。
律「まだ、何も終わってない」
梨華「いや、もう、いいよ」
律、ちょっと拍子抜けな表情をすると、すぐさまムキになって叫ぶ。
律「あんたはそれでいいかもしれないけど、私はよくない!」
梨華「言ってることめちゃめちゃだし、どうしちゃったの。律ちゃんらしくないな」
律「いつまでも『らしい私』でいたら、永遠に変われないだろうが!!」
   律の気迫に、初めて梨華が律の目をみる。その瞳は力なく揺れている。
律「帰ろう。帰って全部言おう」
   梨華、しばらく律を見つめているが、諦めたように目をそらす。
梨華「・・・無理。私もう、これ以上は。だって怖いよ、いつもいつも」
律「いつも私は選ばれない」
   律、手を出したまま呟くように言う。梨華、律の手が小さく震えていることに気づき、息を呑む。
律「同じだよ、私だって。怖いけど、でもさ」
   律、呼吸を整え、言葉を探し、呟く。
律「ずっとこのままの方がもっと怖い」
律、口をきゅっと結び、手をぐいと近づける。息を吸い込み、ぼそっと呟く。
律「それに今はとりあえず、一人じゃないし」
   驚いた顔の梨華。
   しばしの沈黙。
梨華、涙を堪え、律を見つめ、少し戯けた表情で答える。
梨華「・・・告白?」
   その声は少しくぐもっている。
律「ばかか、違うわ」
   律、苦しそうながらも、その顔は笑っている。
   梨華、ゆっくり律に手を近づける。律、その手を迷わずにとる。
   
○桜丘中央通り歩道橋上・全景(夜)
   二人の少女が手とり走って行く。空には濃い群青の中にポツリポツリと小さく星が見える。

○真部家・リビング(朝)
   朝焼けの中、まだら模様の鳥はくちばしで鳥籠の扉を開け、バサバサと飛び立って行く。鳥籠の中には散らばった灰色の羽が数枚落ちている。

○桜丘中央通り歩道橋上・全景(朝)
   澄んだ群青の空は徐々に白み、静けさの中に喧騒が訪れ始める。空には鳥が羽音を響かせて飛んでいく。
○真部家・リビング(朝)
   雅恵がリビングのテーブルに大きな裁縫箱を広げている。縁の大きな眼鏡をかけ、目を細めている。泰治、窓際でアルバムを開いて、写真を広げている。
   泰治、柔らかな表情で写真を見ながらマグカップに手を伸ばす。ガタン、とマグカップを倒し、コーヒーをこぼす泰治。
泰治「あっ!あっ!おい、タオル、ティッシュ、ふくもの!ああ!」
雅恵「ねえあんた何やってんのもう!」
   雅恵、急いでタオルを持ってくる。泰治、写真に少しかかった分を急いで拭き取り、ふうと安堵のため息をつく。写真の中には小さな少女がこちらを向いて笑顔でピースをしている。
雅恵「ちゃんと全部ふいてよ」
泰治「ああ」
   泰治、写真を裏返してファイルの上に置く。裏面には『律・4歳』とかすれた文字で書かれている。
雅恵「あーもう、肩が」
   雅恵、肩をぐるぐると回し裁縫に戻る。その手の中にはちらりと薄汚れた布が見える。

○宇多川第二ビル・会議室・外(朝)
   扉の前には『新人舞台女優オーディション』と書かれた張り紙が貼られている。ポニーテールで緊張した表情の梨華。
面接官の声「次の方、どうぞ」
   梨華、深呼吸をする。
梨華「ここからだ。頑張れ、私」
   梨華、小さく拳を握りしめ、笑顔を作る。
梨華「失礼いたします」
丁寧にノックし、会議室に入る。

○宇多川第二ビル・会議室・中(朝)
   会議室に入り、一呼吸置いてから、前をむく梨華。
梨華「エントリー番号69番、明日川梨華と
申します。本日はどうぞ、よろしくお願い
いたします!」
   梨華、笑顔でお辞儀をする。

○ブルーハイツ桜・二階廊下
   律、大荷物を抱えて狭いドアからガタガタ音を鳴らして出てくる。廊下の椅子には新聞を握り締めたままいびきをかいて寝ている斉木が座っている。
律「まじか・・・」
   律、手持ちの荷物と通路を見比べ、頭をかき、大荷物を床に置く。金属のゴワン、という音が響く。斉木、ハッと目を覚まし、キョロキョロ見渡す。律、申し訳なさそうな表情。
斉木「おう、なんだ、地震か!」
律「すいません、私です」
   律、大荷物を指差す。
斉木「そうか。で、あんただれだ。律ちゃん
の友達か」
  律、しばらく迷ってから、少し小さめの声で言う。
律「斉木さん、私、律だよ」
   律、そらした視線をそっと斉木に戻る。斉木、数秒の無反応ののち、目をグワっと開いて顔を律に近づけてから、うんうんとうなずく。
斉木「おぉ〜、そうかそうか、律ちゃんか。
おう、ちょっと雰囲気が変わったな」
  律、驚いた表情。徐々に笑顔になり、うなずく。
律「うん!」
斉木「律ちゃん、引越すのか」
律「そうだね、しばらく顔出せないかもな」
斉木「おう、そうかそうか、達者でやれよ、な」
   斉木、律の背中をポンポンと叩く。
律「バイト先近いからまたくるよ。斉木さん、私いないと洗濯機止めてくれる人いないじゃん」
   斉木、じっと律のことを見つめる。しばらく反応がないが、眉毛がピクリと動き、呟くようにいう。
斉木「なんだ。なんのことだ」
律「なんでもないよ」
   律、笑って階段を降りて行く。

○ブルーハイツ桜・前
   階段を降りて荷物を下ろす律に、二階から顔を出した斉木が問いかける。
斉木「そういえば、律ちゃん」
律「なにー?」
斉木「誰かを絶望させるのは、もうやめたの
か」
  律、ハッとした顔をするが、すぐに満面の笑顔になり、斉木にVサインを掲げる。斉木、つられて慣れない様子でVサインを作る。二人でにしし、と笑う。

○真部家・リビング(朝)
   泰治、『リツ』と書かれたアルバムを閉じ、横におく。一枚の写真を手に取り、見つめる。
雅恵の声「あなた、ちょっと洗濯物入れてよ」
泰治「今いく」
   泰治の手にある写真は四人で家の前でとったと思われるもの。少し不機嫌そうな律と幸せそうに笑う梨華を挟み、雅恵と泰治が立っている。
   泰治、写真をアルバムの一ページに入れるとアルバムを閉じ、『リツ』と書かれたアルバムの上に載せ、立ち上がる。
   その背表紙には『リツとリカ』と書かれている。
                 おわり

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