『どうも、探偵部部長の大森です。』第2話「通知表の『5』は、何の役にも立たない」 学園

阿部紗香(17)の入部した探偵部に「突如不登校になった成績優良者の生徒の調査」という依頼が入る。しかし紗香は部長の大森宗政(18)から、別件の調査がある事を理由にその依頼を丸投げされる。
マヤマ 山本 7 0 0 01/12
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第一稿

<登場人物>
阿部 紗香(17)愛丘学園高校2年
大森 宗政(18)同3年、探偵部部長
沢村 諭吉(16)同1年、探偵部員
須賀 豊(18)同3年、パソコン部部長
鈴木 ...続きを読む
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<登場人物>
阿部 紗香(17)愛丘学園高校2年
大森 宗政(18)同3年、探偵部部長
沢村 諭吉(16)同1年、探偵部員
須賀 豊(18)同3年、パソコン部部長
鈴木 友美(17)同2年、紗香の友人
佐野 詩織(17)同2年、風紀委員
阿部 静香(42)紗香の母
阿部 公太(9)紗香の弟
保科 亜紀(30)養護教諭
岡本 久典(51)紗香の担任、探偵部顧問

武田 飛鳥(18)不登校の生徒
予備校生A、B
女子生徒A、B



<本編>
○愛丘学園・外観
   T「火曜日」

○同・二年五組・前
   チャイムの音。
岡本の声「はい、みんな席着け~」

○同・同・中
   教壇に立ち出席を取る岡本久典(51)。
岡本「じゃあ、出席を取るぞ。阿部。(返事がなく)……阿部?」
   空席になっている阿部の席。
岡本「そうかそうか、阿部は今日休みだったな。あれ、遅刻だったか? まぁ、いいか。じゃあ次、石井……」
紗香M「私達はどうして、学校に行くのだろうか?」

○大通り
   私服姿で歩く武田飛鳥(18)。
紗香M「勉強をするため?」
   飛鳥を尾行する制服姿の阿部紗香(17)。バレないのが不思議なくらい尾行が下手な紗香。
紗香M「部活動をするため?」
   犬の散歩をする人とすれ違う飛鳥。その後ろ姿を目で追う飛鳥。
   飛鳥に見つからないよう、慌てて隠れる紗香。
紗香M「誰かに会うため?」
   再び歩き出す飛鳥。それを確認し、再び尾行する紗香。
紗香M「それとも……」

○メインタイトル『どうも、探偵部部長の大森です。』
   T「第2話 通知表の『5』は、何の役にも立たない」

○愛丘学園・探偵部部室・前
   T「月曜日(=前日)」

○同・同・中
   応接用の席に向かい合って座る大森宗政(18)と岡本。大森の後ろに立つ紗香と沢村諭吉(16)。紗香の手にはメモ帳。
紗香「不登校、ですか?」
岡本「そうなんだよ。三年三組の武田飛鳥って生徒なんだけどな」
大森「タケちゃんか」
紗香「タケちゃんって」
岡本「二週間前の金曜日から突然、学校に来なくなってな。担任の和田先生も心配しているんだよ」
紗香「それって、ただサボってるだけって事はないんですか?」
岡本「彼女は真面目な生徒だよ。指定校推薦での進学を希望しているくらいだからな」
大森「となると、これ以上出席日数が減るのはマズい。探偵部に依頼する理由はそんな所かな?」
岡本「さすが大森、話が早いな。どうだ、頼めるか?」
大森「わかった。承ろう。では、来週の月曜日までに報告を」
岡本「さすが、そう言ってくれると思ってたよ。(紗香に)それにしても、阿部が探偵部に入るとはな。驚きだよ」
紗香「まぁ、何か流れで……」
    ×     ×     ×
   部長席に座る大森と、その前に立つ紗香、沢村。
大森「……では、タケちゃんの件は、昼間の行動を尾行して観察し、その結果を元にさらなる対策をとる、という形にする。いいね? 阿部ちゃん、沢村ちゃん」
沢村「はい」
紗香「わかりました」
大森「という訳だ。阿部ちゃん、後はよろしく頼んだよ」
紗香「はい。……はい?」
大森「タケちゃんの件は阿部ちゃんに任せると言っているんだ。入部間もない部員にしては、異例の大抜擢だと思っていい」
沢村「よかったじゃないですか。おめでとうございます」
紗香「いや、全然よくない。大森先輩がやるんじゃないんですか?」
大森「あいにく、僕は別の依頼を承っていてね」
紗香「別の依頼? 他に何かあったんですか?」
大森「阿部ちゃんは、クロちゃんを知っているかい?」
紗香「クロちゃん……? 誰ですか?」
沢村「校舎裏に住み着いている、野良犬のクロの事です」
紗香「犬も『ちゃん』付けなんだ……」
大森「去年、『クロちゃんを学校で飼おう』なんて署名運動が起きたくらいだ。阿部ちゃんも知っているだろう?」
紗香「もちろん、そのクロなら知ってます」
大森「そのクロちゃんが最近姿を見せなくなっていてね。行方を探して欲しい、と頼まれているんだ」
紗香「確かに最近見ないですよね、クロ。私も心配してます。でも、クロは野良犬だし放っておいてもそのうち姿を見せるかもしれません。それよりも不登校の生徒の方を優先すべきじゃないんですか?」
大森「何が大事か、何が重要かなんて、人によって違うだろう?」
紗香「まぁ、それはそうですけど……」
大森「だから僕は、先に依頼をしてきた方を優先する。何か問題があるかい?」
紗香「だったら、私より沢村ちゃんに任せればいいじゃないですか」
沢村「僕は不要になった資料をファイルにとじる、という仕事があるので」
紗香「だったら、それを私がやれば……」
大森「ほう、入部間もない阿部ちゃんに、必要な資料と不要な書類の区別がつくというのかい?」
紗香「(悔しそうに)うぅ……」

○同・パソコン室・前
紗香の声「まだ右も左もわからないのに、いきなりこんな事丸投げされて、私の気持ちもちょっとは考えろ、っつーの」

○同・同・中
   パソコンを操作する須賀豊(18)と、隣の席に座っている紗香。
紗香「須賀先輩、どう思います? おかしいと思いません?」
須賀「ハハハ、阿部ちゃんも大変だね~」
紗香「笑い事じゃないですよ」
須賀「でも、女子生徒を尾行するんだから、男の大森や沢村君がやるよりは、阿部ちゃんの方がいいんじゃないかな? 大森にもそういう意図があったと思うよ?」
紗香「そうかもしれませんけど……。いや、あの先輩はそこまで考えてないですよ」
須賀「ハハハ、大森も信用されてないな~。(プリントアウトされた資料を持って)はい、阿部ちゃん。頼まれてた資料」
   飛鳥の住所や成績などが載った資料を須賀から渡される紗香。
紗香「ありがとうございます。(受け取った資料を見て)え~っと……うわっ、電車で行かなきゃじゃん。交通費って出るんですかね?」
須賀「部費から落ちるみたいだけど、月末締めの翌月払いみたいだよ?」
紗香「え~、最悪。今月ヤバいのに……」
   資料に載った飛鳥の成績。「5」がズラリと並んでいる。
紗香「うわ~、国数英理社全部5だし。体育以外は4以上じゃん。やっぱ推薦狙ってる人は違うな~」
須賀「(別の紙を見ながら)でも阿部ちゃんも国語は4だし、赤点も特にないんだからいいんじゃない?」
紗香「でも数学がギリギリで……」
須賀「本当だ。あと情報も2だね。何なら俺が教えてあげようか?」
紗香「それは助かりま……ん?」
   須賀の見ている紙を取り上げる紗香。
   紗香の成績が載っている。
紗香「ちょっと、何で私の成績までプリントアウトしてるんですか?」
須賀「え、ダメ?」
紗香「ダメです!」

○武田家・前
   庭付きの立派な一軒家で、庭には空の犬小屋がある。
   T「火曜日」
   家を探しながら歩く紗香。
紗香「武田、武田……」
   「武田」と書かれた表札を見つける紗香。
紗香「あった、ココだ。(門から中を見回して)うわ~、凄い家」
    ×     ×     ×
   電信柱の陰から飛鳥の家を見ている紗香。私服姿の飛鳥が家から出てくる。
   手元にある飛鳥の写真と出てきた飛鳥を見比べる紗香。
紗香「間違いない、あの人だ」
   飛鳥を尾行し始める紗香。

○大通り
   飛鳥を尾行する紗香。どう見てもバレバレな尾行の仕方。
紗香「っていうか、何やってんだろ、私」

○予備校・前
   「験愛予備校」と書かれた看板のある建物。
   中に入って行く飛鳥。
   建物の前で立ち止まる紗香。
紗香「ここ、予備校……?」
   中に入って行こうとする予備校生A、Bに駆け寄る紗香。
紗香「あの、すみません。(飛鳥の写真を見せて)この人、知りませんか?」
予備校生A「誰だ、コレ? 知ってる?」
予備校生B「あ~、最近入ってきた現役JKじゃね?」
予備校生A「さすが、女の事はよく覚えてるよな。俺、全然わかんねぇもん」
予備校生B「いや、知ってるだろ? ほら、一番下のクラスの授業にすら付いて行けねぇっていう」
紗香「一番下で付いて行けない……? あの武田先輩は、学校じゃ成績いいハズなんですけど……」
予備校生A「あ~、わかったわかった。え、っていうかアイツ、高校生だったの? 毎日いるから浪人生だと思ってた」
紗香「毎日、ですか……。あ、ありがとうございました」
   建物の中に入る予備校生A、B。
紗香「(メモしながら)武田先輩は、毎日ここの予備校に通ってた、と。でも、どうせ勉強するなら、学校来ればいいのに」
静香の声「紗香……?」
紗香「ん?」
   振り返る紗香。阿部静香(42)が立っている。今にも泣きそうな表情。
紗香「え、お母さん? 何で?」
静香「紗香、あなた学校は?」
紗香「えっと、それは……」
   泣き出す静香。
静香「『学校行く』って言って、嘘付いて、サボってたのね。そんな事する子じゃなかったのに、私の育て方が間違ってたのね」
紗香「お母さん、これには事情が……」
静香「許して~」
   泣きわめく静香に集まる通行人達の視線。困り果てた様子の紗香。
紗香「あ~、もう!」

○愛丘学園・外観
大森の声「で、学校に来た、という訳か」

○愛丘学園・探偵部部室・中
   部長席に座る大森と、その前に立つ紗香。
大森「一応確認させてもらおうか。阿部ちゃんは尾行というものが『人に見つかってはいけないもの』だという認識を持っているかい?」
紗香「あ~、もう。すいませんでした。でも、本人にバレた訳じゃないですし」
大森「それも、どうだろうね?」
紗香「(小声で)だったらちゃんとやり方教えろ、っての」
大森「何か言ったかい?」
紗香「いえ、別に」
大森「教えながら尾行していたら、見つかってしまうと思うけどね」
紗香「(小声で)地獄耳が」
大森「まぁ、いい。必要な情報は入手できた訳だし、今日の所はそのまま授業に出席したまえ。尾行調査は、また明日頼むよ」
紗香「え~、まだやるんですか?」
大森「それにしても、学校サボって予備校とは、タケちゃんらしいね」
紗香「でも、信じられないですよね。あんなに成績いいのに、予備校じゃ一番下のクラスだなんて」
大森「仕方ないだろう。求められているものが違うんだ」
紗香「求められているもの?」
大森「外部で行われるテスト、入試や模試なんかは学力を測っているものだ。一方、学校のテストというものは『いかに授業を聴いていたか』が問われている」
紗香「その『いかに授業を聴いていたか』っていうのは、学力とは違うんですか?」
大森「全くとは言わないが、大きく違うね。何故なら学校のテストに出る問題はおおむね、授業で聴いた内容であり、教科書に載っている例題であり、赤線を引いた単語だろう? 例え学力が低くとも、授業さえ聴いていれば解ける問題ばかりだ」
紗香「そんな簡単にいきますかね?」
大森「英語なんかが一番いい例だろう。学校内のテストでは、授業で一度扱い日本語訳も教えてもらった『教科書の本文』から出題されるが、外部のテストでは『初めて見る英文』の内容を読み解く能力が求められる」
紗香「そう言われれば、確かに……」
大森「そんな学校のテストが元になった通知表の『5』は、何の役にも立たない。そう思わないかい?」
紗香「でも、何の役にも立たないなら、学校に通う意味って何なんですか?」
大森「そうだね、あえて言うなら『学校に通う意味を見つけるため』かな」
紗香「何ですかそれ。答えになってないと思うんですけど」

○同・外観
   チャイムの音。

○同・二年五組・中
   次々に席を立つ生徒達。
   席に座り教科書を片付ける紗香。そこにやってくる佐野詩織(17)。
詩織「ねぇ、阿部さん。聞きたい事があるんだけど」
紗香「どうしたの? 佐野さん」
詩織「探偵部に入ったって話、本当?」
紗香「あぁ、その話ね。うん、まぁ、成り行きっていうか、そんな感じ?」
詩織「辞めるなら今のうちだよ」
紗香「え?」
詩織「あの部はロクな部じゃない。私だけじゃなくて、みんなそう思ってる」
紗香「そんな事は……」
詩織「敵を作りたくなかったら、早めに手を切りな。忠告はしたからね」
   教室を出て行く詩織。その後ろ姿を見ている紗香。
紗香「?」

○大通り
   T「水曜日」
   飛鳥を尾行する紗香。相変わらずバレバレな尾行の仕方。
   曲がり角を曲がる飛鳥。飛鳥を追いかけて紗香が角を曲がると、そこに飛鳥が待っている。
紗香「あ、あ~……(ごまかすようにスマホを取り出し)もしもし~、うんうん」
飛鳥「一体どういうつもり? 昨日から人の事コソコソ付け回して」
紗香「あ~……気付いてました?」
飛鳥「当たり前でしょ。そもそもアナタ誰? (制服を見て)ウチの学校の人みたいだけど」
紗香「あ、はじめまして。探偵部の阿部っていいます」
飛鳥「あ~、あの役立たずな探偵部。だから尾行なんて汚いマネをする訳ね」
紗香「それは、その……」
飛鳥「私に用があるなら、ちゃんとアポをとって、正面切って聴きにきなさいよ」
紗香「……すみません」
飛鳥「で、どうせ私が学校休んでどこに行ってるか調べろ、って言われたんでしょ? なら教えてあげる。私は予備校で受験勉強に専念してます。だから学校にはもう行きません。これで満足したでしょ? これ以上付きまとわないでくれる?」
   歩き出す飛鳥。慌てて飛鳥を追い越し、行く手を遮る紗香。
紗香「待って下さい」
飛鳥「まだ何か用?」
紗香「その答えじゃ、私は納得できません。何でですか? 勉強するなら学校でもいいじゃないですか」
飛鳥「そんなの、アナタに関係ないでしょ」
   無言で飛鳥をじっと見つめる紗香。
飛鳥「(耐えきれなくなった様子で)行く意味なんてないから」
紗香「え?」
飛鳥「学校なんて、行く意味が無い」
紗香「……通知表の5は何の役にも立たないから、ですか?」
飛鳥「アナタ、面白い事言うね。確かに、その通り。そこまでわかってるなら、もう私に付きまとうの止めてくれる?」
   歩き去って行く飛鳥。

○愛丘学園・探偵部部室・中
   部長席で新聞を読む大森と、その前に立つ紗香。
大森「なるほど、やはりタケちゃんにも尾行がバレていた、という訳か」
紗香「……すみませんでした」
大森「バレてしまった以上、仕方あるまい。問題は、明日以降どう調査するかだ。阿部ちゃんはどうするつもりなんだい?」
紗香「わかりません。大森先輩は、どうしたらいいと思いますか?」
大森「この件は阿部ちゃんに任せたんだ。好きにやってくれたまえ(と言いながら新聞をめくる)」
紗香「また丸投げ……。ところで大森先輩、さっきから何読んでるんですか?」
大森「あぁ、クロちゃんがいなくなった次の日の朝刊だ。もしかしたら、何か手がかりが載っているかもしれないだろう?」
紗香「(新聞の日付を見て)クロがいなくなったのって、二週間前の木曜だったんですか」
大森「正確には『最後の目撃情報が二週間前の木曜日』だね」
紗香「で、何か手がかりありました?」
大森「この記事なんか興味深いね」
   新聞の記事を紗香に見せる大森。新聞には「動物の法人化を目指す」「京浜大学法学部教授 直木憲一」などの見出しで紹介されている写真付き記事。
紗香「動物の法人化?」
大森「動物が法律上『物』として扱われている事は阿部ちゃんも知っているだろう?」
紗香「はい。ペットが誘拐されたら窃盗、傷つけられたら器物損壊。でも、動物が物扱いされるなんて変ですよね」
大森「そうかもしれないね。だからこそ、動物を法律上で人として扱えるよう、例えばさっきの例で言えば誘拐や傷害が適用されるようにしよう、というのが動物の法人化という訳だ」
紗香「なるほど……。で、それがクロの件と何か関係あるんですか?」
大森「あるかもしれないし、ないかもしれない」
紗香「またそんな事言って。本気で探す気あるんですか?」
大森「やはり気になるのかい? クロちゃんの事は」
紗香「そりゃ、まぁ」
大森「さすが、クロちゃんを学校で飼おう、という話が出た時に署名しただけの事はあるね」
   と言いながら、紗香に資料を見せる大森。紗香や友美らの名前が載ったリスト。
紗香「それ、署名した人のリストですか?」
大森「まぁね。ちなみに、木曜の夕方、最後にクロちゃんを目撃したのは、(リストの名前を指差し)友ちゃんだ」
紗香「友美が……?」

○(回想)同・裏門
   一年前。
   一人で歩く紗香。黒毛の中型犬、クロがいる事に気付き、近づく紗香。
紗香「どうしたの? (首輪が無い事に気付き)飼い主いないのか……。ん?」
   クロの近くにあるエサ用の皿。中身は空。
紗香「もしかして、お腹空いてるの? どうしよう、私何も持ってな……」
   横からやってきて、エサ用の皿に弁当の中身を入れる鈴木友美(16)。それを食べ始めるクロ。
紗香「あ……どうも。いいんですか? お弁当」
友美「大丈夫です、パン買うんで」
紗香「そうですか……あれ、同じクラスの……?」
友美「鈴木友美です」
紗香「阿部紗香です、よろしく」

○(回想)同・教室・中
   机を向かい合わせて座り、弁当を食べる紗香と友美。
友美「ウチはマンションだから犬とか飼えないんだよね。紗香の家は?」
紗香「ウチはお母さんが犬恐怖症で。犬見ただけで泣いちゃうんだよね。(静香のマネを誇張して)犬に吠えられちゃったのよ~って感じで」
友美「(笑って)何それ、紗香のお母さんって面白いね」

○(回想)同・校門
   「クロを学校で飼おう」と書かれたのぼりがあり、生徒が署名運動を行っている。署名する紗香と友美。

○(回想)同・裏門
   クロをなでる友美。スマホを構える紗香。
紗香「クロ、こっち向いて、クロ」
   写真を撮る紗香。撮れた写真を確認する紗香と友美。
友美「いいじゃん、これ」
紗香「でしょ?」

○阿部家・リビング(夜)
   ソファーに腰掛けスマホを見ている紗香。スマホの画面には先のクロの写真。そこにやってくる阿部公太(9)。
公太「まぁまぁ、そんな思い詰めた顔すんなって」
紗香「あ、公太。どうしたの、いきなり」
公太「学校に行きたくないんだろ? わかるわかる、その気持ち」
紗香「そんな事一言も言ってないし」
公太「でもサボったんだろ?」
紗香「あ~、お母さんに何か言われたんだ。アレはちゃんと先生の許可貰ってたから大丈夫なんだって」
公太「な~んだ。彼氏にフラれたのはともかく、友達と絶好しちゃったから、てっきり学校に行く意味がなくなっちゃってサボったんだと思ってた」
紗香「別にそんな……。ちなみに公太にとっての学校に行く意味って、やっぱり友達に会う事な訳?」
公太「当たり前じゃん。逆に姉ちゃんは何で学校に行ってんの?」
紗香「何でって……何で? 逆に、何で学校に行ってた……?」

○大通り
   T「木曜日」
   歩いている飛鳥。後ろを振り返るも、誰もいない。

○愛丘学園・三年三組・中
   ドアを挟んで向かい合う紗香と女子生徒A、B。
女子生徒A「武田さんなら、今日も休んでるけど?」
紗香「(ワザとらしい口調で)あの、私、武田先輩にお借りしてた本を返しにきたんですけど~、誰か先輩と仲良かった人に預けたりとかってできませんかね~?」
女子生徒B「武田さんと仲良い人? いないんじゃない?」
女子生徒A「私、武田さんと三年間同じクラスだけど、そんな人見た事ないね」
紗香「そうですか……」

○同・保健室・前

○同・同・中
   向かい合って座る紗香と保科亜紀(30)。まだ部屋の妖艶な雰囲気に慣れてない様子の紗香。
亜紀「で、聞きたい事って何かしら?」
紗香「あ、あの(飛鳥の写真を見せて)この人の事なんですけど」
亜紀「三年生の武田さんね。確かに、いい噂も悪い噂も聞くわね」
紗香「いい噂は?」
亜紀「頭脳明晰、成績優秀。教師から見れば安心できる優等生ね。あと、いつも朝一番に登校してきていたかしら」
紗香「じゃあ、悪い噂は?」
亜紀「人付き合いが苦手というか、あまり上手くないみたいね。彼女と仲のいい友人、っていう人は見た事ないわ」
紗香「やっぱり」
亜紀「ただ、一つだけ気になる事があるのよね」
紗香「気になる事? 何ですか?」
亜紀「この前、彼女が裏門の所に一人でいるのを見たんだけど」

○(フラッシュ)同・裏門
   泣いている飛鳥を遠くから見ている亜紀。
亜紀「泣いてたのよ、彼女」

○同・保健室・中
   向かい合って座る紗香と亜紀。
紗香「泣いていた……裏門で……」
亜紀「(妖しげに)いいわよね、女の子の涙って。ゾクゾクしちゃう」
紗香「ゾクゾクしちゃうって。ちなみに、それは具体的にいつ頃の話ですか?」
亜紀「そうね、二週間前の金曜日かしら」
紗香「二週間前の、金曜?」

○同・探偵部部室・中
   椅子に座り考え事をする紗香。
紗香「武田先輩は金曜日の朝、学校にいた。でも一時間目が始まる前には帰っていた。その理由さえわかれば……」
   部屋に入ってくる沢村。うんざりした表情。
沢村「戻りました……」
紗香「お帰り、沢村ちゃん。どうだった?」
沢村「岡本先生に聴いてきましたよ。武田先輩の志望校は関東大学経済学部。でも志望理由は当たり障りのないもので、おそらく指定校推薦で行ける大学の中で一番偏差値が高いからだろうって言ってました」
紗香「つまり、何が何でもその大学に行きたい、って訳じゃなかったって事か……。やっぱり推薦のためだけに学校に通ってたとは考えづらいな~」
沢村「あの~、僕もう仕事に戻っていいですか?」
紗香「え~、もうちょっと手伝ってよ。こんな時に限って大森先輩はいないし、頼れるの沢村ちゃんだけなんだから」
沢村「そんな事言われましても、まだファイルにとじる作業は終わってないんですよ」
   机の上にある書類をファイルにとじ始める沢村。
紗香「でもそれ、不要な書類なんでしょ? だったら捨てちゃえばいいじゃん」
沢村「それもダメです。過去の書類が役立つ事もあるんです。だからいつでもすぐに活用できるようにファイルにとじる事が僕の仕事なんです」
紗香「ふ~ん。……あ、ちょっと待って」
   沢村がファイルにとじようとしていた書類を取り上げる紗香。それは大森が持っていたクロの署名者のリスト。
紗香「これ、まだ大森先輩が使ってるヤツじゃん。マズくない?」
沢村「この資料はもう必要ないそうです。大森先輩がそうおっしゃってましたから」
紗香「あ、そう……。あの人の考えてる事は理解に苦しむね……ん?」
   リストに何かを発見する紗香。

○予備校・前
   T「金曜日」
   入口の前に立っている紗香。
紗香「『付きまとうな』って言われたけど、『待ち伏せするな』とは言われてないからね。さぁ、まだかなまだかな~?」
    ×     ×     ×
   周囲を見回す紗香。
    ×     ×     ×
   だるそうにその場に座る紗香。
    ×     ×     ×
紗香「遅い!」
   紗香のスマホが鳴る。
紗香「もしもし、どうしたの沢村ちゃん? ……え!?」

○愛丘学園・職員室・中
   席に座る岡本の脇に立つ紗香。
紗香「もう調査はいいって、どういう事なんですか?」
岡本「あぁ、武田が推薦を辞退するって言ってきてな。そういう事なら、もういいんじゃないかなってな」
紗香「推薦を辞退? 何でですか?」
岡本「志望校が変わったらしい。ほら」
   紗香に「進路志望届」と書かれた紙を見せる岡本。志望校の欄に「京浜大学法学部」と書いてある。
岡本「当初の志望校より上のランクの大学を目指すっていうなら、こっちとしても応援しない訳にいかないからな」
紗香「これ、いつ……?」
岡本「武田本人がさっき出してきたよ」
紗香「え、武田先輩、今日学校に来てるんですか!?」

○同・三年三組・前
   歩いている飛鳥を追いかける紗香。
紗香「武田先輩、待って下さい」
飛鳥「またアナタ? 付きまとうのは止めてって言ったハズだけど?」
紗香「教えて下さい、何で推薦を辞退したんですか?」
飛鳥「別に、アナタには関係ないでしょ?」
紗香「そうですけど……あの、少しだけお話できませんか?」
飛鳥「悪いけど、今担任の先生に呼び出されてるから。時間ないの」
紗香「じゃあ、歩きながらでいいんで、聞くだけ聞いてもらえますか?」
   無視して歩く飛鳥。
紗香「私、ずっと考えていたんです。武田先輩は何で学校に来なくなったのか」
   無視して歩く飛鳥。
紗香「でも、考え方を変えてみたんです。逆に武田先輩は何で、今まで学校に来ていたのかって」
   無視して歩く飛鳥。
紗香「武田先輩が今まで学校に来ていた理由って、もしかして、野良犬のクロなんじゃないですか?」
   飛鳥の足が止まる。
飛鳥「……帰って」
紗香「え?」
飛鳥「帰って、って言ってるの。(「3―3」と書かれた表札を指差して)もう教室着いたから。これ以上付きまとわれたら、本当に迷惑なの」
紗香「そんな、まだ話は……」
   言いながら教室に入って行く二人。

○同・同・中
   部屋に入ってくる紗香と飛鳥。
紗香「お願いします、もう少し……」
飛鳥「アナタ、いい加減に……」
   二人に背中を向けて立っている大森に気付く紗香と飛鳥。教室内に他の人はいない。
   二人に顔を向ける大森。
大森「どうも、探偵部部長の大森です」
紗香「大森先輩、何でここに?」
大森「それは僕の台詞だね」
飛鳥「また探偵部? 悪いけど、私は和田先生に呼び出されて……」
大森「あぁ、それなら気にしなくていいよ。和田ちゃんに頼んでタケちゃんを呼び出したのは、この僕だからね」
飛鳥「は?」
大森「探偵部として、担任の先生を通じて正式にアポを取ったんだ。少しくらいは協力してくれるよね?」
飛鳥「(ため息をついて)……私が学校に来てない件なら、私が推薦を辞退して、話は終わったはずだけど?」
大森「あいにく、僕は阿部ちゃんと別の案件でね」
飛鳥「別の案件?」
大森「君も知っているだろう? 野良犬のクロちゃんの事だ」
飛鳥「……」
大森「しかし阿部ちゃんもクロちゃんの事を突き止めているとは思わなかったよ」
紗香「昨日、見つけたんです」
   署名者のリストを見せる紗香。飛鳥の名前も載っている。
紗香「去年、クロを学校で飼おうって話が出た時に署名した人のリストです。(飛鳥の名前を指して)この中に、武田先輩の名前もあったんです」
大森「なるほど。ただ、ここから先は僕の案件だ。阿部ちゃんは席を外してくれないかな?」
紗香「何でですか? 武田先輩の件とクロの件が関係あるなら、私にも聴く権利はあると思います」
大森「世の中には、知らない方がいい事もある。それでも、知りたいかい?」
紗香「……はい。私も、探偵部ですから」
   無言で大森をじっと見つめる紗香。
大森「いいだろう。では、タケちゃん、本題に入らせてもらうよ。僕が探しているのはクロちゃんを最後に目撃した人物だ」
紗香「え? それって友美じゃ……?」
大森「確かに、現時点では木曜日の夕方、友ちゃんによる目撃情報が最後だ。では、その次に目撃する可能性のある人物は、誰だと思うかい?」
紗香「それは、金曜の朝、最初に学校に来る……あっ、武田先輩?」
大森「そういう事になるね」
紗香「じゃあ、武田先輩はクロがいなくなった理由を知っているって事ですか?」
大森「それはわからない。あくまでも可能性の話だからね。タケちゃんが何も知らないという事なら、最後の目撃情報は木曜日の夕方。クロちゃんの行方は誰もわからないまま、となるんだが、どうだろう?」
飛鳥「……私は、何も知らない」
大森「クロちゃんは死んだ。おそらく、ひき逃げで。違うかい?」
紗香「え、死んだ!?」
飛鳥「(驚いて)……知ってたの?」
   古い資料をとじたファイルを取り出す大森。
大森「実は以前、タケちゃんの事を調べた事があってね」
飛鳥「私を? 何で?」
大森「学園側からの依頼でね。指定校推薦を希望する生徒の素行調査を承っているんだ。毎年、探偵部がね。阿部ちゃんも覚えておくといい」
紗香「はぁ……。で、その調査資料の中に何があるんですか?」
大森「(ファイルを見ながら)タケちゃんは小学生の頃、犬を飼っていたそうだね。ところが中学にあがる直前、その犬は死んでしまった。ひき逃げでね」
紗香「ひき逃げ……」
大森「そして落ち込んだタケちゃんはそれ以来、人との接触を断つようになった。まぁそれはこの件とは関係ないけどね」
紗香「なるほど。つまり、もし武田先輩がクロに関して何か隠しているとしたら、それは言いたくない過去、昔の飼い犬のひき逃げに何か関係している。先輩はそう考えたんですね」
大森「ああ。そしてどうやら、正しかったようだね」
飛鳥「……そうよ。クロは死んだ」

○(回想)同・裏門
   クロを探している飛鳥。やがて外に出て行く。
飛鳥の声「あの日の朝、クロの姿が見えなかったから、私は探しに出た」

○(回想)道路
   交通量の多い道路。
   やってくる飛鳥。何かを見つけ、目をみはり、その場に崩れ落ちる。
飛鳥の声「クロはすぐに見つかった。すぐそこの道路で」

○愛丘学園・三年三組・中
   飛鳥の話を聞く大森と紗香。何か考え込んでいる様子の紗香。
飛鳥「その時にはクロは既に死んでた。だから埋葬した。それが私の知っている真実。どう? これで満足した?」
大森「そうだね。後はクロちゃんを埋葬した場所を教えてもらえれば、僕の案件は終了だ」
飛鳥「……わかった。案内するから、付いてきて」
   歩き出す飛鳥。
紗香「待って下さい。もう少しだけいいですか?」
飛鳥「何?」
紗香「あの、これ、私の勝手な想像なんですけど」
飛鳥「勝手な想像? 悪いけど、そんなのを聞いてる時間ならないから」
大森「まぁまぁ、タケちゃん。阿部ちゃんの勝手な想像は、なかなかに面白い。聞いていく価値はあると思うよ?」
飛鳥「……好きにすれば」
紗香「武田先輩が学校に来なくなったのは、クロと、その昔の飼い犬のため。違いますか?」
飛鳥「……」
紗香「武田先輩は二週間前の金曜日、クロが死んでしまった事を知りました。それも、ひき逃げで。ショックを受けた武田先輩はその日は授業に出ず、家に帰りました」
飛鳥「何が言いたいの?」
紗香「家に帰った先輩は、その日の新聞に載っていた『動物の法人化』の記事を見たんじゃないですか?」
大森「ほう、何故そう思うんだい?」
紗香「さっき武田先輩の進路志望届を見ました。第一志望は京浜大学法学部。『動物の法人化』の話をしていたあの教授のいる大学、学部です」
大森「なるほど。続けて」
紗香「京浜大学。ウチの学校の推薦では行けない大学です。行くなら、一般入試で行くしか無い。だから武田先輩は予備校で勉強を始めました。学校より予備校の方が、入試対策に特化しているからです」
大森「(ファイルを見ながら)確かに、タケちゃんはあまり偏差値が高くない。おそらく『授業を聴く力』はあるが、純粋な学力には難があるんだろう」
紗香「予備校でも一番下のクラスに付いて行けていません。だから京浜大学に合格するまで、学校に通っている時間はない。クロのためにも、昔の飼い犬のためにも。それが、武田先輩が学校に来ない本当の理由。違いますか?」
飛鳥「……だって、おかしいでしょ?」
大森「おかしい、とは?」
飛鳥「あの子をひいた犯人、ちゃんと捕まったの。でも罪名は器物破損。おかしいと思わない? あの子は私の家族だった。いつも一緒だった。それが器物扱いなんて。あの子は物なんかじゃない。それでもあの子が器物だって言うなら、私もあの子と同じ器物でいい。そう思ってた」
紗香「だから友達も……」
飛鳥「でもクロを見て思った。いや、正確にはクロが死んで、あの記事を見てから思ったの。私が器物になるのは、私の自己満足でしかない。私がすべきなのは、クロを、あの子を、そして他の動物を、人と同じにする事なんだって」
大森「なるほど。素晴らしい考えだと、僕は思うよ。で、これを聞いて阿部ちゃんはどうするつもりだい?」
紗香「どうって……」
大森「既に依頼主の岡ちゃんは依頼を取り下げている。後は阿部ちゃんが納得さえすれば、この件は終了だ」
紗香「わかってます。でも、受験勉強のために学校に行かないなんて、それじゃあ学校って何のためにあるんですか?」
大森「さぁ、それは人それぞれだろう。ただ少なくとも、タケちゃんが将来自分の進むべき道を見つけたのは、この学校にいたからだ。それだけでも、学校に通っていた意味はあったと思うよ?」
紗香「……武田先輩。最後に一つだけいいですか?」
飛鳥「何?」
紗香「クロを埋葬した場所、私にも教えてもらえますか? 手を合わせるくらいはしてあげたいんです」
飛鳥「……わかった」
大森「そういう事なら、僕は席を外そう。阿部ちゃん、後で場所を教えてくれたまえ」
紗香「一緒には行かないんですか?」
   意味深に笑い教室から出て行く大森。

○同・外観
   T「翌 月曜日」

○同・探偵部部室・中
   応接用の席に向かい合って座る大森と女子生徒A、B。その脇に立つ紗香。
女子生徒A「結局クロの行方はわからないって、何それ?」
女子生徒B「やっぱり探偵部使えね~。頼んで損した。帰ろ」
   部屋から出て行く女子生徒A、B。
紗香「良かったんですか? 本当の事を教えなくて」
大森「いいんだよ。世の中には、知らない方がいい事もある。少なくとも彼女達の中には『いつかクロが戻ってくるかもしれない』という希望は残ったんだ」
紗香「そうかもしれませんけど……」
大森「それに、僕は嘘はついていない。クロちゃんが今どこに埋められているのか、僕が今現在、正確な場所を知らないのは事実だからね」
紗香「……そうですね。もしかしたら、その方がいいかもしれませんね」
大森「という訳で、行こうか」
紗香「え、どこにですか?」
大森「クロちゃんの埋められている場所だ。『後で教えてくれ』と頼んだだろう?」
紗香「え、まさか、お墓参りですか?」
大森「何を驚いているんだい? 僕だってそれくらいの常識は持ち合わせているつもりだよ? さあ、行こうか」
   部屋を出て行く大森。その後ろ姿を見て笑みを浮かべる紗香。
紗香M「私たちはどうして、学校に行くのだろうか?」

○予備校・教室
   勉強をする飛鳥。
紗香M「自分の進むべき道を見つけられた人にとって、それは学校に行っていた意味に値する」

○道
   歩いている高校生達。
紗香M「ただ漠然と日々を過ごすだけの人にとっても、高校卒業という資格を得る事には意味がある」
   歩いている大森と、その後ろを付いて歩く沢村。
紗香M「じゃあ、私にとっての学校に行く意味は何なんだろうか?」

○阿部家・紗香の部屋
   鏡の前で髪の毛を整える紗香。その後、机の上の何かに手を合わせる。
紗香M「今の私にはわからない。だから、その意味を見つけるために今日も私は」
   部屋から出て行く紗香。机の上にある写真立てに飾られたクロの写真。
紗香M「学校に行く」       
               (第2話 完)

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