◯東京・全景
巨大なビルが立ち並ぶ。
◯同・街中
交差点を行き交う人々。
ビルの巨大モニターにCM。
◯とある家・リビング
テレビでニュース番組が流れている。
アナウンサーの声「ここで速報です」
◯TV画面
アナウンサーが焦った様子で、
アナウンサー「佐賀県伊万里市の日陰町で銀行立て篭り事件が発生していると いうニュースが入ってきました。繰り返します……」
◯ラーメン屋・中
手を止めてテレビを見る客。
テレビに映るアナウンサーは繰り返し原
稿を読んでいる。
◯東京・街中
ビルのモニターに現場の映像が流れている。
モニターには『LIVE』の文字。立ち止まって見る人達。
◯モニター
現場にいる女性レポーターが状況をレポートしている。
その後ろ、警察車両や警察官が慌ただしく動いている。
レポーター「こちらは佐賀県伊万里市日陰町の街道銀行日陰支店前です。今こちらの銀行内に銃を持った外国人が立て籠もっています!」
◯銀行・前
警察車両のドアが開いている。それを盾にしながら無線で会話する警察官。
警察官「(無線に)こちらB班、中の状況は確認出来ない。外国人が銃を所持している」
◯TV画面
情報番組。
コメンテーターの前に『政治評論家』のプレートが置かれている。
コメンテーター「これはね、政治に対しての憤りがこんな行動を起こすんですよ!」
司会者「(レポーターに)別の取材中で現場に遭遇したそうですね?」
◯銀行・前(離れた場所)
女性レポーターが現場を背にして、
レポーター「はい。私たちは別の取材でここ日陰町に来ていたのですが、銃を持った外国人に遭遇しまして」
スタッフの声「犯人犯人!」
レポーター「(振り向き)あっ、犯人です! 犯人が今こちらを見ています!」
カメラが銀行に向かってズームする。
窓ガラス越しに黒人のミリタリー(25)
が不敵な笑みを浮かべている。
その手には自動小銃。
レポーターの声「犯人は意味深に笑みを浮か
べてこちらを見ています!」
◯事務所・外観
T「1週間前」
古くて小さな事務所。
◯同・中
資料を見つめている神松道人(22)。
神松「(ため息)はぁ〜」
資料には「日陰町振興会30周年企画」のタイトル。
事務所のドアが開き、源レイカ(22)が入って来る。
レイカ「お疲れ〜」
神松「おう、レイカ。もう店終わったの?」
レイカ「店長が眠いからもう店閉めるって」
神松「テキトーだなその店長」
レイカ「この町だから許されるのよ」
神松「(悲しそうに)名も知れぬド田舎だからな」
レイカ「……どうしたの? 浮かない顔して」
神松「(資料を見せ)これだよこれ」
レイカ「ああ……また苦戦してるね〜」
神松「記念すべき年だっていうのに、あと1週間だよ」
レイカ「そんなに30周年にこだわらなくていいじゃん」
神松「いーや。やらずに後悔したくない」
レイカ「そう。まあ、手伝える事は手伝うから」
神松「(ムッとして)他人事だな」
レイカ「振興会も大切だけど、1週間後にテレビの取材が来るから、それの準備が大変なの」
神松「またケーブルテレビだろ」
レイカ「東京のテレビよ」
神松「東京か。……東京のテレビ!?」
レイカ「そうよ」
神松「東京のテレビって全国放送?」
レイカ「しかも生放送」
神松「マジで!? すごいじゃん」
レイカ「東京にいた時はよく来てたんだけどね。今回は田舎で働く田舎女子の特集だって」
神松「なんでも女子つけるよな。東京の人」
レイカ「全国にそのネーミングを広めたいのよ」
神松「へぇ〜……ああっ!」
レイカ「なに? どうしたの?」
神松「その放送に出して」
レイカ「えっ?」
神松「TVに出して! うちの劇団!」
タイトル
「30秒TVジャック!」
◯銀行・外観
T「街道銀行日陰支店」。
1階建ての小さな銀行。
◯同・中
何名かの社員がデスクで仕事をしている。
ブラインドカーテンを閉める銀次哲郎(58)。
壁の掛け時計は、4時を指している。
銀次「(別の社員に)今日はもう帰るから」
と、荷物を持って離れる。
◯商店街
ほとんどの店がシャッターを閉じている。銀次がケータイで通話しながら
歩く。
銀次「(ケータイに)ごめん、今日は仕事で遅くなりそうだから……ご飯はいる……うん」
◯銀次の家・リビング
銀次洋子(55)がTVを見ながら電話の子機の電源を切る。
側には娘の銀次晴香(25)が座っている。
晴香「また遅くなるの?」
洋子「うん、仕事が忙しいらしいわよ」
晴香「……」
洋子「(テレビ見て)ははははっ、この人ウケる」
◯スタジオ・入口(夕)
中へ入ってくる銀次。スタジオ内から神松の声が聞こえる。
神松の声「このケーキ、懐かしい味がする」
◯同・中(夕)
神松と、ふくよかな体型の水戸文子(50)が読合わせをしている。
文子「そうよ。なんせ80年の歴史のある老舗のお菓子屋の孫の友達の友達のチーちゃんが東京で1ヶ月前に考えたレシピだからね」
神松「ここ最近じゃないか! しかもチーちゃん誰っ……(演技を止め)いや、何か違うな。何か違う」
銀次、恐る恐る近付き、
銀次「お疲れ様です」
神松「(気付き)銀さん、今日も早いですね」
銀次「はい。(本見て)それ、新しいの出来たんですか?」
神松「昨日一晩かけて作ったんです。荒削りですけど」
本を手に取る銀次。
神松「ケーキショップにテレビ中継が来るんです。そこでこの劇団を出させてもらおうって」
銀次「……」
神松「あと一週間しかないんで急ピッチですよ。銀さん」
銀次「いや……断ります」
神松「えっ?」
銀次「……テレビは、ちょっと」
神松「やりましょうよ。銀さんのセリフも用意してますよ」
銀次「神松さんは、振興会の会長の立場もあると思いますが私は町の宣伝の為にやっている訳ではないので……」
神松「でも自分たちの活動を知ってもらえるチャンスじゃないですか」
銀次「私はこの町で自分の好きな役を演じれたら良いんです。今日は失礼します」
と、スタジオを出て行く。
神松「……」
文子「……」
◯銀次の家・リビング(夜)
洋子と晴香がテレビ番組を見ている。
銀次の声「ただいま〜」
晴香「あっ帰ってきた」
銀次がリビングに入ってくる。
晴香「おかえり」
銀次「(声に気付かずスーツを脱いでいる)……」
晴香「……」
洋子「(テレビを見ながら)意外と早かったわね。ははははっ、児島ウケる」
銀次「ああ」
と、リビングを出て行く。
晴香「(銀次を見送り)……お母さん、最近お父さん怪しくない?」
洋子「(テレビを見ながら)ええ? あんなおじさんが浮気なんかしないでしょ。ははははっ」
晴香「……」
◯ケーキショップ・表
都会にありそうなおしゃれな店。
◯同・店内
黒板に書かれたメニューやおしゃれな照明。
神松とレイカが話している。
レイカ「……そうなんだ」
神松「せっかく本を仕上げたのに」
レイカ「私が言える立場じゃないけど、諦めちゃダメよ。私だって修行の為にわざわざこのド田舎に越して来たんだから」
神松「わかってるよ。だからこの年に何度もやろうとしたんだ。まさかイベントの度に葬式なんて予想してなかったけど」
レイカ「それで会長に就任するなんて不本意ね」
神松「まあどれもダメだったけど、今回はテレビ放送だし、日陰町振興会創設以来の大チャンスなんだ。じいさん達の命を無駄にさせない」
◯事務所・中
神松が本を持って一人二役の演技をしている。
神松「なんてこんなに美味しいんだ。誰だ! こんなに美味しいケーキを作ったのは! (声を変え)私よ。(声戻り)まさか、君が? (声を変え)あなたがこの町でケーキ作りをしている間、海外で修行を積んでいたの。(声戻り)なんだと」
神松、本を置き、
神松「(ため息)はあ〜……」
窓ガラスからミリタリーが顔だけ出し、中を覗いている。
ミリタリー「(窓越しに)……」
神松「(ボソボソと)単調過ぎるのかな……」
と、回転椅子に座ったままクルクル回る。
椅子の回転が止まると、正面にミリタリーの顔。
ミリタリー「(窓越しに)……」
神松「おおっ!」
と、椅子から転げ落ちる。
神松「(腰が抜けたまま)だ、誰だお前!」
ミリタリー「(無表情)」
神松「(落ち着き)ええっ、日本語がわからないのかな?」
ミリタリー「(無表情)」
神松「とりあえず入って。カモンカモン」
と手招く。
ミリタリー、事務所に入ってくる。
ミリタリーの服装は迷彩服。
神松「ミリタリー一色だな」
靴のまま上がろうとするミリタリー。
神松「ちょっとタイムタイム! ココハ、シ
ューズ、ダメ、ダメ」
と、手でバツを作る。
ミリタリー「ゴメンナサ〜イ」
と、片言の日本語。
神松「(小さく)喋れるんかい」
ミリタリー靴を脱ぎ、中へ入ってくる。
神松「まあ座って座って」
ミリタリー「ゴテイネイニ、アリガトゴザマス」
神松「え〜、名前は?」
ミリタリー「ジョン・ランボー」
と、英語だけ発音が良い。
神松「ら、ランボー?」
ミリタリー「ココハ、ランボー、イカリノダッシュツノ、ロケチ。キイテキタ」
神松「いや、それは違うとおもうよ」
ミリタリー「ユーノエンギハスバラシイ。シルベスタスターローンミタイデス」
神松「(嬉しさ抑え)ええ? そんな事ないよ。まさか俺の演技が素晴らしいなんて」
ミリタリー「ソウダナ」
神松「どっちだよ!」
ミリタリー「ワタシハ、アメリカデハリウッドスターメザシテタ。ニホンジン、エンギ、ベンキョウナル」
神松「なんなら……ウチの劇団入ります?」
ミリタリー「ワタシウレシイ! ヨロコンデハイラセロ! オマエ、トモダチ!」
と、ハグをしてくる。
神松「(ハグされながら)ムカつくけど、仲良くなれそう」
◯神松の家・外観(夕)
漬物屋の看板が立てかけられている。
◯同・リビング(夕)
神松と、ミリタリーが正座して座っている。その前には父親。
神松「という訳で少しのあいだ住ませて欲しいんだ」
ミリタリー「トツゼンノオネガイデ、モウシワケゴザマセン。ワタシヲ、トメロ」
父親「(指差し)今の言い方〜。(お母さんに)お母さ〜ん、今の言い方聞いた〜?」
神松「ごめんごめん。変な日本語仕込まれてるみたいなんだよね」
母親、台所から、
母親「まあいいんじゃない。この町は人が少ないし、家族が増えたみたいで楽しいじゃない」
父親「楽しいじゃないか。住みなさい」
神松「あ、ありがとう」
ミリタリー「カタジケネエ」
父親「名前は?」
ミリタリー「ジョンランボー」
神松「ランボーじゃないんだ。え〜っと、ミリタリーって呼んで」
神松、立ち上がり、
神松「じゃあミリタリー、店閉めるから手伝って」
ミリタリー「(敬礼)イエッサー」
◯商店街(夕)
シャッター街を歩く銀次。
文子の声「銀さん」
銀次「?」
顔と似合ってない派手な服を来ている文子。
銀次「(文子の服を見て)どうしたんですか?」
文子「い、いえ、たまたま仕事の帰りで、たまたま日陰衣料品店に行って、たまたま銀次さんに会って、いやっ銀次さんったらタマタマなんて……」
と、顔を手で隠す文子。指の間から目だけ見える。
銀次「(呆然として)……日陰衣料品店は1週間前に店閉まいしてますよ」
文子「え、そうなんですか。まあ、立ち話もあれなんで、す、少し歩きましょうか」
銀次「はあ……」
× × ×
銀次と文子、並んで歩く。
文子「もう、劇団には来ないんですか?」
銀次「今回は出れないという事です。神松さんに折角誘って貰ったのに申し訳ない」
文子「でも、神松さんのどうしても成功させたいって気持ちすごいわかるんです。ほら、都会だと代わりは沢山いるじゃないですか」
銀次「……」
文子「この町には銀次さんが必要なんです。私も銀次さんにいて欲しい」
と、上目遣い。
銀次「(引いている)」
文子「(両手で顔を隠し)いやっ私ったら銀次さんになんて事を」
指の間から目はしっかりと銀次を捉えている。
銀次「文子さんの言う通りです。この町が都会なら代わりはいるんです……」
お店で流している音楽が聞こえて来る。
銀次「でも、どうしてもテレビには出たくない。いや、出たくないというのは嘘になります。私は」
と言いかけた銀次、文子の方を見る。
文子、音楽に合わせてリズムを刻んでいる。
銀次「文子さん……?」
文子「(我に返り)はっ、ごめんなさい。私ったら。さようなら」
と、恥じらい走っていく。
銀次「何なんだあの人は……」
◯同・店の陰(夕)
晴香が隠れて銀次を見ている。
晴香「(怪しむ)……」
◯銀次の家・リビング(夜)
もくもくとご飯を食べる洋子。
銀次と晴香は箸が進んでいない。
洋子「ははははっ、見て見てこの人〜」
銀次・晴香「……」
洋子「どうしたの? 二人して」
晴香「(目を合わせず)私は何もない」
銀次「何もないよ」
洋子「何? この間言ってた恋煩い? はははははっ」
銀次「そんな訳ないだろう」
晴香「ごちそうさま」
と、リビングを出て行く。
銀次「……」
◯同・銀次の部屋(夜)
銀次、机の引き出しから封筒を取り中に入っている写真を手に取る。
◯写真
若い頃の銀次と肩を組む男たち。
× × ×
(フラッシュ)
劇のステージ上で拍手喝采を受ける若い
頃の銀次。観客に手を振っている。
× × ×
◯(戻って)同・銀次の部屋(夜)
銀次「……」
銀次、写真を封筒に戻し、机の引き出しの中に戻す。
◯事務所・中
神松とレイカが席に座り話している。
レイカ「(怯えて)何なのあの人……」
ミリタリーは自動小銃のモデルガンを手にして無駄で機敏な動き。
神松「ああ、ミリタリーって言うんだ」
レイカ「ミリタリー? いや、そうじゃなくて、何あれ」
ミリタリーが銃口に口づけ。
レイカ「(神松に)本物?」
神松「オモチャに決まってるだろ」
レイカ「どっから連れて来たのよ」
神松「勝手にそこに居たんだ。じーっとこっち見てたから中に入れてやった」
レイカ「田舎の人はどこまでお人好しなのよ。……で、テレビの方はどうなってるの?」
神松「(首を横に振る)」
レイカ「ホントに? やばいじゃん」
神松「俺は劇団と振興会を混同し過ぎていたんだ。銀さんの言う通り、結局俺は俺の立場しか考えてなかったんだよなあ」
レイカ「銀さんと何かあったの?」
神松「(頷き)……まあね」
レイカ「そうなんだ。もう演劇にこだわらなくても良いんじゃない?」
神松「……でも、町のみんなが参加出来るものってなんだろうな」
レイカ「う〜ん、そうね……」
ミリタリー「フラッシュモブハ、ドウデスカ?」
神松・レイカ「フラッシュモブ?」
◯スタジオ・中
神松、レイカ、ミリタリー、文子と町民が少数いる。
神松「ではご覧ください」
パソコンのマウスをクリックする。
アップテンポな音楽が流れ出す。
プロジェクターで映し出される動画。
町民「(聞き入る)」
動画は音楽に合わせ、次々と通行人がダンスに参加している。
神松「こんな感じで、店の中で客を装ってもらってダンスに参加してもらいます」
おばあさん「誰が踊り教えてくれるの?」
神松「えっ、それは〜……」
レイカとミリタリーに助けを求める様に見る。
レイカ・ミリタリー「(知らぬ顔)」
キュキュっとシューズの擦れる音が聞こえてくる。
神松「?(音のする方を見る)」
文子が音楽に合わせてダンスをしている。
全員「(呆然)」
文子、音楽の終わりに合わせ決めポーズ。
文子「(我に返る)……あれっ? 私ったら」
神松「……すげぇ」
町のおじさん「かっこいいのう!」
拍手が沸き起こる。
文子「いえ、拍手だなんて……恐縮です」
神松「文子さんダンスしてたんですか?」
文子「いえ、した事はありません。ただ音楽が流れると勝手に体が動いちゃうんです」
神松「天才だ」
レイカ「これで、準備は整ったわね」
神松「あとは……」
◯神松の家・リビング(夜)
食卓を囲んでご飯を食べる神松、ミリタリー、父、母。
父親「180日間漬けた、たくわんだ。食べてみろ」
ミリタリー「イタダキマス」
と、たくわんにマヨネーズをかける。
父親「おい!」
ミリタリー「(食べて)オイシイ! コレゾ、ニッポンノアジ!」
父親「外道だ! マヨネーズをかけるなんて日本の味じゃねえ! なあお母さん!」
母親「美味しければ良いんじゃない?」
父親「そうだ。美味しければ良いんだよ。美味しいか?」
ミリタリー「グレイトナ、アジデス」
父親「おう、いっつあグレー。コングラッチレーション」
と下手な英語。
神松「もっと静かに食べれないかな」
母親「信也、銀さんは来るようになったの?」
神松「(首を横に振り)いや」
父親「テレビだろ? そりゃ銀さんは出ないだろう」
神松「えっ? なんで?」
父親「昔、東京の劇団にいたんだ」
神松「……」
父親「だけど、演技を酷評されたらしくてさ。ここだけの話奥さんにも劇団に入っている事は内緒にしているらしい」
神松「……」
◯(日変わり)銀行・表
銀行から出てくる銀次。
神松の声「銀さん」
銀次「(振り向き)?」
神松が銀行の前に立っている。
神松「(頭を下げる)」
◯町のとある場所
神松と銀次が話している。
銀次「……私は出ないよ」
神松「俺は銀さんの事何も考えていませんでした。……ごめんなさい」
銀次「……」
神松「自分の中で行き詰まっていたんです。色々失敗もしたし、もう時間もなかったし」
銀次「……」
神松「演劇は止める事にしました」
銀次「えっ?」
神松「いや、銀さんが参加しないからとかじゃなくて。みんなでこの町を盛り上げるって考えたら、演劇にこだわらなくても良いかなって」
銀次「申し訳ないね。私があそこで二つ返事をしていればこうはならなかった」
神松「銀さんのおかげで答えが出たんです」
銀次「そうですか。ところで演劇じゃなくて何を?」
神松、バックからDVDディスクを取り出して渡す。
神松「これです」
銀次「?」
神松「これを見てから参加するか決めて下さい」
◯銀次の家・リビング(夜)
T「生放送まであと3日」
銀次と洋子がご飯を食べている。
晴香用のご飯は手をつけられずそのまま置いてある。
銀次「晴香は?」
洋子「(テレビ見て)この人ずっとテレビに出てるわよね」
銀次「……?」
洋子「あなたも銀行員としてずっと頑張って来た」
銀次「なんだ急に」
洋子「テレビではいつも明るく振る舞うけど、人間、人に打ち明けられない悩みなんてあるじゃない。それはあなたにも」
銀次「……な、なんの事だよ」
洋子「あなたが何をしてるか知らないけど、今まで銀行員として真っ直ぐで安定した道をこれだけ歩いて来たんだから少しくらい踏み外しなさい」
銀次「……」
洋子「何年も私の尻に敷かれないで、尻から早く脱出しなさい」
思わず笑う銀次。
銀次「(笑って)洋子には隠せないな」
洋子「晴香の誤解は私から解いておくから」
◯同・銀次の部屋・前(夜)
晴香が前を通ると、音楽が微かに聞こえる。
晴香「?」
ドアに耳を近づけ聞き入る。
鳴り続ける音楽。
◯神松の家・リビング(夜)
神松、ミリタリーと父、母がご飯を食べている。皆、たくわんにマヨネーズ
がかかっている。
神松「ミリタリーはダンス出来ないんだね」
ミリタリー「ワタシハ、ハカシカオドレマセン」
父親「ちゃんとその時間は店休むから」
母親「その放送って何分間あるの?」
神松「何分って……10分とかでしょ」
神松の声「30秒!?」
◯同・神松の部屋(夜)
神松がケータイで話している。
神松「(ケータイに)それだけしかないの?」
電話越しにレイカの声が聞こえる。
レイカの声「言ってなかったっけ?」
神松「(ケータイに)言ってないよ! そんなの元から演劇とか出来ないじゃん」
レイカの声「だから演劇にこだわらなくてもいいじゃんって言ったじゃん」
神松「(ケータイに)そういう事かよ」
レイカの声「練習場所決めたの?」
神松「(ケータイに)それがさぁ、今の場所じゃスペース足りなくて。別の場所を探してるとこ。……ああ。それじゃ」
通話を切り、ベットに倒れる。
◯銀次の家・銀次の部屋・前(夜)
汗をタオルで拭きながら出てくる銀次。
銀次「(食卓にいる洋子に)風呂入ってくる」
洋子の声「(遠くから)は〜い」
銀次、奥に消えていく。
少し経って、晴香が銀次の部屋の中に入る。
◯同・風呂・中(夜)
風呂の中に気持ち良さそうに浸かる銀次。
銀次「(ノリノリ)エビバディカモ〜ン」
◯同・銀次の部屋(夜)
晴香、テレビ周りを漁る。
晴香「!?(DVDのディスクを手に取る)」
DVDのラベルには文子の顔写真と『文子、魅惑のダンス』と書かれてい
る。
晴香「……?」
DVDデッキにセットして見る。
◯テレビ画面
文子がアップテンポな音楽に合わせてダンスをしている。
文子「エビバディカモ〜ン!」
◯事務所・中
T「生放送まで残り2日」
ミリタリーが電話をかけている。
ミリタリー「(ケータイに)アシタアケロ!(通話切れ)……キラレマシタ」
神松「強すぎんだよ。……どうすっかなぁ」
神松のケータイが鳴り出す。
神松「(ケータイ見て)あっ、銀さん」
◯銀行・中
銀次が電話をしている。
銀次「(電話に)ダンスする場所探してるらしいな。レイカさんに聞いた。明日3時以降なら場所を貸してやる」
◯事務所・中
神松「(ケータイに)えっ、ありがとうございます!」
電話越しに銀次の声。
銀次の声「ただし条件がある」
◯銀行・中
銀次「(電話に)……私も参加させてくれ」
◯(日変わり)銀行・表
T「生放送まで残り1日」
銀行の中へおじいさん、おばあさんが入っていく。
◯同・中
神松が集まった町民と話をしている。
神松「DVDで踊りの練習は出来ましたか?」
おばあさん「ビーブイビー?」
神松「いやDVD」
おじいさん「ビデオデッキに入らんからカラス除けに使っちまったよ。はははははっ」
町民たち爆笑。
神松「DVDという概念がないのか」
銀次「神松君、あれ」
と、入り口の方を指差す。
◯同・中・出入り口
ミリタリーが自動小銃のモデルガンを持って、入ってくる町民のボディチェ
ックをしている。
ミリタリー「OK。ハイレ」
◯同・中
神松「あれ本物じゃないんで大丈夫です」
銀次「物騒だね」
神松「(ミリタリーに)サプライズだから、関係者以外は入れないで」
ミリタリー「(敬礼)イエッサー」
神松「(町民達に)では、練習始めますか」
◯ケーキショップ・中
レイカ、ガラスケースを清掃している。
テレビスタッフ「こんにちは〜」
レイカ「はい。いらっしゃいま……」
後ろにカメラマンや機材を持った人たちがいるのに気付き、
レイカ「ええっ!?」
テレビスタッフ「私、東テレのものですが、本日の放送の件でやって参りました」
レイカ「(焦り)ちょ、ちょっと待ってください。(店の奥に)店長〜!」
奥からだらしない感じのおじさんが来る。
店長「呼んだ?」
レイカ「呼んだじゃないですよ。放送明日じゃなくて今日らしいですよ」
店長「……ふぅん」
レイカ「ふぅんじゃないですよ! ああ、色々こっちで動いていたのに。やばい、町の人たちが、あーもうどうしよう!」
テレビスタッフ「大丈夫ですか?」
レイカ「大丈夫じゃないですよ!」
テレビスタッフ「でも、7日前に1週間後とお伝えしてましたし……」
店長「1週間てその日は入れないでって事ですよね?」
テレビスタッフ「その日入れて1週間ですね」
店長「という事は1週間だからその日は入れないと」
テレビスタッフ「いや、入れます」
店長「……ふぅん」
無言のまま店の奥に戻る店長。
プロデューサーらしい雰囲気の男が来て、
プロデューサー「じゃあ、段取りを確認させて頂きますね」
◯銀次の家・リビング
洋子がテレビを見ている。
洋子「晴香〜?」
晴香、リビングに来て、
晴香「何?」
洋子「ほら。日陰町」
晴香「?」
◯TV画面
司会者とコメンテーターが話をしている。
『中継 この後、佐賀県伊万里市日陰町で田舎女子の働き方』とテロップが
出ている。
◯銀次の家・リビング
晴香「本当だ。どこが出るんだろ」
洋子「田舎女子ってはははっ。何でも女子つければいいと思ってるわね」
◯ケーキショップ・表
ショップの中は撮影の段取りをしている様子。
レポーター「ちょっと飲み物買ってきま〜す」
◯畑・前
レポーターが歩いている。
レポーター「……?」
畑に大量のカラス除け。DVDのラベルには文子の顔。
× × ×
レポーター、自動販売機でジュースを買う。お釣りを財布に入れる。
財布の中を見ると、お札がない。
レポーター「(周りを見渡す)」
ケータイのバイブの音。
◯銀行・中
バックの中でケータイのバイブが鳴っている。『源レイカ』から着信。
神松「(気付かず)……」
みんな音楽に合わせてダンスをするが、全然踊れていない。銀次は休憩して
いる。
神松、銀次に近づき、
神松「銀さん、何で来てくれたんですか?」
銀次「家族には無料宿泊券を渡しましたから、明日はこの町にいないんです」
神松「あ〜そうゆう事ですか」
銀次「もちろんそれだけではないですが。 家族が私の背中を一押ししてくれました」
神松「本当ですか? 良かった」
銀次「洋子、尻から脱出ですよ」
神松「ランボー怒りの脱出みたいに言いましたね」
銀次「まあ、これで何とかこの町に貢献できればと思います」
神松「はい。でもこれじゃ明日間に合わないな……」
文子、ロボットダンスを踊っている。
◯銀行・表
レポーターが銀行の入り口に近づく。
カーテンが閉まっており中が見えない。
レポーターがカーテンの隙間から中を覗こうとする。
レポーター「……」
ブラインドカーテンの隙間が広がり、ミリタリーの目が出てくる。
レポーター「ぎゃあ!」
レポーター、腰を抜かす。
ミリタリー、外に出てきて、
ミリタリー「イノチガホシケリャ、メノマエカラキエナ!」
レポーター「いやああ!」
と、走って逃げる。
ミリタリー「オトトイキヤガレ」
◯ケーキショップ・中
スタッフ達が焦った様子で電話したり、周りをキョロキョロと見ている。
プロデューサー「あ、いた! 何やってんだよ!」
レポーターが中へ入ってきて倒れる。
レイカ「!?」
プロデューサー「大丈夫か!?」
レポーター「(慌てながら)大スクープですよ! そこの、そこの銀行で立てこもり事件です!」
アナウンサーの声「ここで速報です」
◯TV画面
アナウンサーが焦った様子で。
アナウンサー「佐賀県伊万里市の日陰町で銀行立て篭り事件が発生しているというニュースが入ってきました。繰り返します……」
◯銀次の家・リビング
晴香「これお父さんの銀行じゃん!」
洋子「はははっ、……嘘でしょ」
◯TV画面
レポーター「今こちらの銀行内に銃を持った外国人が立て籠もっています!」
◯神松の家・リビング
母親「これ、銀さんの所じゃない? 大丈夫かしら」
父親「外国人……?(思い浮かべる)」
◯TV画面
コメンテーターが檄を飛ばす。
コメンテーター「これはね、政治に対しての憤りがこんな行動を起こすんですよ!」
◯銀行・中・出入り口
ミリタリー、ドア付近に立つ。
レポーターの声「私たちは別の取材を行っていたのですが、銃を持った外国人に遭遇しまして」
ミリタリーがブラインドカーテンの隙間から外を見てニヤリと笑う。
スタッフの声「犯人犯人!」
レポーターの声「あっ、犯人です! 犯人が今こちらを見ています! 犯人は不
敵な笑みを浮かべてこちらを見ています!」
◯同・中
フラッシュモブ用の音楽が終わり、
神松「皆さんお疲れ様でした。明日が本番なのでよろしくお願いします」
銀次「神松さん!」
神松「はい」
銀次「外に沢山警察がいますよ」
神松「警察?」
外を覗く神松と銀次。
神松「何か事件でも起きたのかな?」
銀次「さあ? でもこっち向いてないですか?」
ブラインドの隙間から見える警察は全てこちらを見ている。
神松・銀次「……まさか」
町民の声「神松さん、銀さん!」
神松「どうしました!?」
テレビにはミリタリーがドアップで映っている。
銀次「(頭を抱えている)やばい……」
神松、バックからケータイを取る。
神松「(ケータイに)レイカ? どうなってんの? ……ええっ? 今日が生放送なの!?」
◯銀行の付近
警察が立ち入りを禁止している。レイカがその前にいる。
レイカ「そうなのよ! そのテレビ局が銀行を映しているの! 私だって明日って聞いてたから! ……えっ? やるの?」
◯銀行・中
神松「(ケータイに)やるしかないだろう」
銀次「やるって今からやるんですか!?」
神松「(ケータイをバックに入れ)当たり前じゃないですか! 明日くるはずの生放送が来てるんですから!」
文子「私、全然オメカシしてないですよ!」
神松「文子さんは問題ない!」
銀次「妻と娘に見られる! 嫌だ!」
神松「でもこの町に貢献したいって言ったじゃないですか!」
銀次「いや、急にこんなになるとは思ってなかったから」
神松「突入された方がまずい。突入される前にやる! 行くぞ!」
町民達「おおー!」
と腕をあげる。
◯銀行・前
警察官がマイクで説得している。
警察官「(マイクで)出てきなさい! 何が望みだ!」
他の警察官「日本語分からないんじゃない?」
警察官「(マイク外し)ああ、そうか。(マイクで)えー、ユアウイッシュ、あー」
◯同・外・出入り口
ドアが開く。
◯同・前
警察官達が構える。
警察官「ドアが開いたぞ!」
◯テレビ画面
銀行のドアが開いている。
レポーターの声「今、銀行の入り口が開きました!」
◯銀行・前
アップテンポな音楽が流れ出す。
警察官達「?」
◯銀次の家・リビング
洋子・晴香「?」
◯神松の家・リビング
父親・母親「?」
◯銀行・前
神松を先頭に踊りながら出てくる町民達。町民達のダンスは下手。
◯ラーメン屋・中
テレビに現場の映像。皆TVに注目。
◯東京・街中
ビルの大画面にフラッシュモブが流れている。皆立ち止まって見ている。
◯テレビ画面
テロップに、「政治に対しての不満が爆発か」。
司会者・コメンテーター「(呆然)」
◯銀行・前
神松は真剣な表情で踊り、銀次は顔を隠しながら踊る。
ミリタリーはハカを踊っている。
文子はアレンジを効かせながら踊っている。
そして、音楽の終わりと同時に決めポーズ。
警察官達「……」
◯事務所・中
T「1週間後」
壁に新聞の一面が貼られている。『日陰町、フラッシュモブでTVジャッ
ク』の見出し。
ミリタリーとレイカと新しい振興会の人たちが電話応対している。
ミリタリー「(電話に)ハイ、フミコスタジオノシュザイダナ。ニチジハ……」
◯スタジオ・表
『日陰町文子スタジオ』の看板。
◯同・中
文子が音楽に合わせダンスを踊っている。
それに合わせ、踊る人たち。その中に、晴香の姿。
晴香「(視線を銀次に向ける)」
スーツを着た銀次が手を振り返す。
神松が銀次に近づき、
神松「結局、文子さんが一番有名になりましたね」
銀次「まさかこんな事になるなんてね」
神松「俺も思ってもみませんでした」
皆、楽しそうに踊っている。
銀次「踊りますか?」
神松「(笑って)はい」
銀次「(ネクタイ外し)こんな堅苦しいものなんていりません」
と、ネクタイを投げて参加する。
神松「銀さん、一番張り切ってる!」
神松もダンスに加わる。
音楽が鳴り響く。
終わり
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