花とロック ドラマ

業界内で「ハイエナ」と呼ばれる芸能ゴシップ記者の大和蒼(ヤマトソウ)が、上司の命令で青年海外協力隊を取材することになり、JICA広報の小野四葉と行動を共にするうちに、誰かのために生きることの意味を見つめ直していく
竹田行人 72 0 0 06/05
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第一稿

○(大和の夢)中部山岳国立公園・全景
   槍ヶ岳、立山、穂高岳などが連なる北アルプス。

○(大和の夢)同・東鎌尾根
   槍ヶ岳へと続く稜線の両脇は、緑で覆われている。 ...続きを読む
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○(大和の夢)中部山岳国立公園・全景
   槍ヶ岳、立山、穂高岳などが連なる北アルプス。

○(大和の夢)同・東鎌尾根
   槍ヶ岳へと続く稜線の両脇は、緑で覆われている。
   立ち止まり、深呼吸をする大和蒼(27)の背中。
大和「やっぱカッコいいなぁ、槍ヶ岳」
   大和、両手の親指と人差し指で作ったフレーム越しに槍ヶ岳を見る。
雪の声「蒼ちゃん! ちょっと来て!」
   大和、声の方に振り返る。
   深山雪(26)、大和より5メートルほど後ろで、手招きをしている。
大和「雪。どうした? なんか見つけた?」
   大和、雪に歩み寄る。
雪「うん。見て! あそこ!」
   大和、雪の指差した方を見る。
   岩の割れ目に、コマクサが咲いている。
大和「お。コマクサ」
雪「キレーだね」
大和「ああ」
   雪、笑う。
大和「どうかした?」
雪「うん。小さい頃、お兄ちゃんがね……」
大和「太陽がなんか言ったの?」
   大和、雪の顔を見て、笑顔が消える。
   雪の顔、包帯でぐるぐる巻きになっている。
雪「お前のせいだ」
   雪、大和に顔を寄せる。

○ライフパーク池袋・大和の部屋(早朝)
   ベッドの上で飛び起きる大和(28)。
   大和、肩で息をしている。
   書類や書籍、コンビニ弁当の容器などが散乱している八畳ほどの部屋。
   大和、呼吸を整えながら周囲を見回す。
   ベッドの上で膝を抱える大和。

○天王洲ホテルグランド・外観
   鉄筋40階建ての建物。
   「TENNOUZU HOTEL GRAND」の看板。

○同・玄武の間
   一角にステージが作られ、パイプいすが並び、会見場になっている。
   パイプいすにはPCやカメラを持った記者たちが座り、ステージ上に視線を注いでいる。
   大和、中央・通路沿いのパイプいすに座っている。
   ステージには『大河ドラマ「風の翼~鳥になった男~」制作発表記者会見』の横断幕。
   ステージ上のテーブルにはプロデューサー・演出家・脚本家・俳優陣などが、それぞれのプレートの前に座っている。
   夏川、テーブルの中央の「夏川健」と書かれたプレートの前に座っている。
   テーブルの上には数十個のボイスレコーダーが置かれている。
   ステージ脇には進行役がいる。
進行役「では、質疑応答に移りたいと思います。記者の方々は媒体名を言ってからご質問をお願いします。では、そちらの方」
   記者1、立ち上がる。
記者1「毎経新聞です。今なぜ、この作品をドラマの題材として選んだのか、その背景など、お聞かせ願えますか」
プロデューサー「『安定した閉塞感』とでも言うべき現代と共通した時代背景と、それを打破するカタルシスが、主な理由です」
記者2「産日新聞です。夏川さんに質問です。夏川さんは今回の作品、主人公の人物像をどのように捉えてらっしゃいますか?」
夏川「主人公は、技術とセンスを併せ持つ職人ですが、天才肌で、世間と少々ずれている。その魅力を出していきたいですね」
大和「『世間と少々ずれている』というと夏川さんの不倫報道もそう言えると思うのですが、その辺りどうお考えですか?」
   会場、ざわつく。
   夏川、進行役を睨む。
進行役「あ、あの。作品と関連性のある質問に限らせていただいてますので……」
大和「結婚生活という『安定した閉塞感』とでもいうべきものを打破したい、という想いから不倫に走られたのでしょうか?」
   記者席から失笑が漏れる。
夏川「媒体名と、君の名前を聞いておいてもいいかな?」
大和「週刊リアルの、大和蒼と申します」
記者1「(小声で)週刊リアルの大和って、『ハイエナ大和』!?」
記者2「(小声で)捏造・買収なんでもありのハイエナ記者、大和蒼。……初めて見た」
   大和、記者2を見る。
大和「なんでもありはデマです。真実しか伝えていません」
夏川「大和蒼くん。覚えておくよ。週刊リアルといえば、先週僕の記事が載った雑誌だけど、あれは君が?」
大和「ええ。お蔭様で売り上げ部数は普段の三割増しでした。不倫様様です」
夏川「大した悪党だな」
大和「偽善者を装うより百倍マシです」
夏川「出て行ってもらっていいかな。ここから。いますぐ」
   大和、ステージに歩み寄る。
   夏川、立ち上がる。
   大和と夏川、見つめ合う。
夏川「な、んだよ」
   大和、夏川の方に手を伸ばす。
   夏川、小さく悲鳴を上げる。
   大和、夏川の前に置いたボイスレコーダーを取る。
大和「失礼」
   大和、踵を返して出ていく。

○講英館・本社ビル・外観
   鉄筋12階建てのビル。
   「講英館」の看板。

○同・週刊リアル編集部(夕)
   デスクが並んでいる。
   大和、デスクに座り、ボイスレコーダーから伸びたイヤホンを付けて、PCに向かっている。
   編集長、両手にマグカップを持って大和のデスクに歩み寄り、片方を大和のデスクに置く。
   大和、振り返り、イヤホンを外す。
大和「ああ、編集長。ありがとうございます」
編集長「記者会見。荒らしたらしいね」
大和「荒らしたなんて人聞き悪い。今一番聞くべきことを聞いただけです」
編集長「なんか、さっき偉い人がクレーム入れてきたよ。あんま内容覚えてないけど」
大和「ホント、いい性格してますね」
編集長「大和に言われたくないよ」
   大和と編集長、笑いあう。
編集長「大和はさ、去年まで朝売新聞にいたんだよね?」
大和「そうですけど。それがなにか?」
編集長「何で辞めたの? 大手じゃん」
大和「あー……いやー……」
編集長「リストラ? 左遷? セクハラ? 横領? セクハラ?」
大和「何でセクハラ二回言ったんすか? そんな大それたもんじゃないですよ」
編集長「じゃ、なに?」
大和「気付いたんですよ」
編集長「気付いた? なにに?」
大和「自分が正義の味方なんかじゃないってことに」
   編集長、吹き出す。
編集長「なにそれ? だっさ!」
   編集長、大和の顔を見て、真顔に戻る。
編集長「あ、ごめん……」
大和「いいっすよ、別に。……でも、なんで今さらそんな話したんですか?」
編集長「ああ。ちょっと待ってね」
編集長、デスクから書類を取り、戻ってくる。
編集長「これなんだけど……」
   大和、編集長から資料を受け取る。
大和「シリーズ『独立行政法人を斬る』……。また随分カタいとこを……」
編集長「たまにはいいかなと思って。目先変えるっていうか、気分転換?」
大和「気分転換、ですか……」
   大和、資料を捲っていく。

○JICA本部ビル・外観
   鉄筋十三階建てのビル。

○同・広報室・外
   ガラスのドアに「独立行政法人 国際協力機構 広報室」の文字。

○同・同・中
   デスクが並び、電話の音が響く室内。
   多様な言語が飛び交っている。
   小野四葉(26)、デスクのPCに向かって作業をしている。
   室長、窓際の席に座って電話の応対をしている。
室長「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします。……失礼いたします」
   室長、電話を切り、室内を見回す。
室長「今手が空いてるのは……。小野!」
   四葉、PC作業を続けている。
室長「小野……。小野四葉!」
四葉「はい! すみません室長! お茶ですか? コーヒーですか?」
室長「ちょっと来い」
四葉「あ、濃かったですか? すみません。じゃあ、今度は薄目で。……で、どっちですか?」
室長「ここに、来い」
四葉「あ、はい。すみません」
   四葉、室長の前に立つ。
室長「今、何やってた?」
四葉「はい。昨日部屋に出たゴキブリの種類を調べようと思って、画像検索して……。すみません!」
室長「明後日、駒ヶ根行ってくれ」
四葉「駒ヶ根……。南ですか? 中央ですか?」
室長「あ?」
四葉「いやだなぁ室長。どっちのアルプス攻めるんですか? って話ですよ。……どっちにしても装備のメンテしないと……」
室長「どっちがいい?」
四葉「悩ましい問題ですね。しかしながら個人的な意見を言わせていただくと……」
室長「このまましゃべり続けてぶっ飛ばされるのと、黙って駒ヶ根訓練所の案内するのと、どっちがいい?」
四葉「訓練所の、案内……? ああ!」
   電話の音が響く室内。

○リペアショップ「たいよう」・外観
   商店街の中。
「クツ・カバンなど修理いたします たいよう」の看板。

○同・作業場・中
   十畳ほどの作業スペース。
   一つの壁にはさまざまな種類の革や、工具類が置かれた棚。
   もう一面の壁には数枚の山の風景を捉えた写真。
   一角に一枚板の作業テーブル。
   深山太陽(28)、作業テーブルで靴を磨いている。
   大和、その向かいで丸椅子に腰かけている。
大和は「リペアショップ たいよう」のロゴの入ったスリッパを履いている。
深山「海外青年協力隊?」
大和「青年海外協力隊、な。まぁ、どっちでもいいけど」
深山「そこは、どんな人の集まりなわけ?」
大和「要は、偽善者の巣窟」
深山「ひどい言いようだな」
大和「でも、事実だ。頼まれてもないのに勝手にお節介焼いて、自己満足に浸ってるヤツらばっかりだろうからな」
深山「これからなんだろ? 取材」
大和「え? ああ、まぁ」
深山「じゃあ、いるかもしれない。偽善じゃない気持ちで働いてる人も」
大和「いないだろ。修行僧じゃあるまいし」
   深山、磨いている靴を見つめる。
深山「靴見てると思うんだけどさ」
大和「靴?」
深山「世の中には、いろんなヤツがいる」
   深山、磨いていた靴を大和に渡す。
大和「ちなみに、オレは?」
深山「蒼は、蒼だ」
大和「なんだそれ? 禅問答かよ?」
   大和、履いていたスリッパを深山に渡し、受け取った靴を履く。
大和「見違えた。ありがとな。太陽」
深山「おう」
大和「じゃ、また今度、呑み誘う」
深山「おう。またな」
   大和、手を振り、出ていく。
   深山、写真を見る。
   大和と深山と雪が山をバックにして映っている写真。

○富士の湯・外観(夜)
   瓦葺の屋根から長い煙突が伸びている。
   「富士の湯」の暖簾。

○同・洗い場・中(夜)
   人のいない洗い場。
   四葉、湯船の淵に背中を預けて、壁に描かれた富士山の絵を見つめている。

○同・脱衣所・中(夜)
   四葉、洗い場から出てくる。
   おばちゃん、番台に座ってノートPCに向かっている。
   番台の脇には冷蔵庫。
四葉「おばちゃん、牛乳もらいます」
おばちゃん「んあ」
   四葉、バスタオルを巻いて冷蔵庫から瓶詰めの牛乳を取り出し、腰に手を当て一気飲み。
四葉「やっぱいいですねぇ、ここの富士山」
おばちゃん「横山大観が描いたんだよ」
四葉「ホントですか!?」
おばちゃん「うそだよ。……また、怒られた?」
四葉「はい……。おばちゃん、一生懸命やってるのに上手く行かないときは、どうすればいいんでしょうか……?」
おばちゃん「四葉ちゃんは、『無策の策』、裸一貫でぶつかった方がいいと思うよ」
四葉「なんですか? それ」
おばちゃん「今の四葉ちゃんそのものだよ」
四葉「へ?」
おばちゃん「バスタオル、落ちてる」
四葉「え? あ! わわ! すみません、お見苦しいものを……」
   四葉、バスタオルを拾い上げる。

○帝和大学附属病院・外観
   鉄筋7階建ての建物。
   「帝和大学附属病院」の看板。

○同・病室・中
   ベッド数六床の病室。
   雪(27)、窓際のベッドで酸素マスクを付けて眠っている。
   ベッド脇には心電図モニター。
   大和、ベッドの傍の丸椅子に腰かけて、雪を見つめている。
   立ち上がる大和。
   大和、雪の頬に手を伸ばすが、触れずに手を引く。
   病室を出る大和。
   窓際に、一輪挿しに入った白い花。
   窓の外は、青空。

○タイトル「花とロック」

○長野県駒ヶ根市・全景

○JR駒ヶ根駅・ロータリー
   「駒ヶ根駅」の看板。
   大和、駅から出てきて、周囲を見回す。
   日本アルプスを見つめる大和。
四葉の声「講英館の方ですかー?」
   大和、声の方を見る。
   ロータリーの一角に青いカローラが止まっている。
   四葉、カローラの傍に立ち、手を振っている。
   大和、四葉に歩み寄る。
大和「国際協力機構の方ですか?」
四葉「はい。はじめまして。私、JICA広報室の、小野、四葉と申します」
   四葉、名刺を渡す。
大和「講英館の、大和、蒼です。すみません、お忙しいのに迎えに来ていただいて」
四葉「いえ。……山、お好きなんですか?」
大和「え?」
四葉「ああ、すみません。今、ご覧になってらっしゃったので」
大和「ああ……。いや、田舎だな、と思って」
四葉「すみません、田舎で……。でも、もっと何もないところに行く訓練生が大半なので、クッションみたいな感じです」
大和「なるほど、ね」
四葉「行きましょうか。助手席、乗ってください」
大和「はい」
   大和、助手席に回り込む。
   四葉、運転席に乗り込む。

○カローラ・車内
   大和、助手席に座り、シートベルトを締める。
   四葉、運転席に座り、車を発進させる。
四葉「訓練所までは、20分くらいです」
大和「そうですか……」
四葉「あの……、お一人なんですね」
大和「ええ。それがなにか?」
四葉「いえ……」
大和「訓練生の数はどのくらいですか?」
四葉「時期にもよりますけど、だいたい180人前後ですね」
大和「訓練の期間は、どのくらいですか?」
四葉「65日間。約、二ヶ月です」
大和「その間の食費や宿泊費なんかは、どうなってるんですか?」
四葉「訓練生の負担は一切ありません」
大和「それは、誰が負担してるんですか?」
四葉「誰が? ……国、ですかね?」
大和「つまり、税金ですね」
四葉「え? ああ、はい。そうなります」
大和「ちなみに、小野さん。あなたの給与も、税金から出ているわけですよね?」
四葉「はい……。JICAの職員ですから」
大和「その辺りについて、どう思われますか?」
四葉「どうって……。あの、大和さん。大和さんは、訓練生の取材で駒ヶ根に来られたんですよね?」
大和「はい。『独立行政法人を斬る』というルポルタージュの取材です」
四葉「斬る……」
大和「講英館といっても、オレは『週刊リアル』の記者ですから」
四葉「『週刊リアル』って、あの?」
大和「はい。あの、醜聞と袋とじと精力剤の広告だらけの、『週刊リアル』」
四葉「そうだったんですか……」
大和「青年海外協力隊を題材にしたマンガが始まる、とでも思ってました?」
四葉「はい。思ってました……」
大和「おめでたい人ですね」
四葉「おめでたいって……」
大和「青年海外協力隊、JOCVの母体である国際協力機構、JICAは、独立行政法人です」
四葉「それが、なにか?」
大和「JICAの事業規模は二〇一三年度の予算案で一兆円を超えています。問題は、これが税金だということです」
四葉「問題って……。じゃあ、全部手弁当の持ち出しでやれってことですか?」
大和「そうは言っていません。でも、本当に必要ですか? それで私腹を肥やしている人間がいないと、言い切れますか?」
四葉「それは……」
大和「次、左じゃないですか?」
   四葉、大きくハンドルを切る。

○駒ヶ根青年海外協力隊訓練所・外観
   鉄筋二階建ての建物。
   「駒ヶ根青年海外協力隊訓練所」看板。

○同・廊下
   大和と四葉、並んで歩いている。
四葉「あの、大和さん」
大和「はい」
四葉「さっきの質問なんですけど……」
大和「さっきの質問……?」
四葉「正直、私は末端の一職員ですし、会計の詳細を正確に把握しているとは、言えません。……すみません」
大和「別に、小野さんが謝ることでは……」
四葉「ただ、確実に言えることが、ひとつだけあります」
大和「なんでしょう?」
四葉「私たちは、誰かのために生きています」
大和「『誰かのために、生きている』……」
   訓練生の集団、廊下の角から現れる。
訓練生たち「こんにちはー」
四葉「こんにちは」
大和「あ……、こんにちは」
山吹翔馬(21)、訓練生の先頭にいる。
山吹「四葉先生?」
四葉「え?」
山吹「やっぱり! 四葉先生だ!」
四葉「あ、山吹くん?」
山吹「うわ! 超懐かしい! ……ごめん、先行ってて」
   訓練生たち、行く。
四葉「山吹くん。どうしてここに?」
山吹「それこっちのセリフっすよ! 四葉先生も隊員なんすか?」
四葉「ううん。私は今JICAの広報やってて、記者さんを案内してるとこ」
山吹「なんかかっこいいっすね。ちぃっす」
大和「どうも……。先生……?」
四葉「ああ。私、以前教職に就いていて……。彼はその時の教え子なんです」
山吹「山吹翔馬っす! しくよろっす!」
大和「よろしく」
山吹「取材って、どんなっすか?」
大和「ああ。ちょうどいい……」
四葉「授業でしょ! 行かないと」
山吹「うわ! 超懐かしい! はい! 行っちくっす!」
   山吹、シャドウボクシングのようなことをしながら、行く。
大和「決めました」
四葉「何を、ですか?」
大和「今の彼、山吹くんと、小野さんにインタビューをさせていただきたいと思います」
四葉「え? 私もですか?」
大和「はい。叩いて埃出てきそうな人の方が、インタビューしがいがあるので」
四葉「本人目の前にそれ言いますか……あ」
   四葉、窓に歩み寄る。
四葉「キレー……」
   窓の外には中央アルプスが見える。
   大和、四葉の隣に立つ。
四葉「私、ここから見えるアルプスが大好きなんですよね」
大和「駒ケ岳、ちょっとモヤってますね」
四葉「そうですね、残念。……え?」
   携帯電話が鳴る。
   四葉、携帯電話を取り出す。
四葉「すみません。出ても、いいですか?」
大和「どうぞ」
四葉「はい。ああ、室長。お疲れ様です。ええ、ご案内中です。それで、私にインタビューしたいって言われたんですけど……」
   大和、駒ケ岳を見つめている。
四葉「え? 大和さん。写真、撮りますか?」
大和「え? ああ。まぁ、一応」
四葉「撮るそうですけど。え? ああ、はいはい、ちゃんとメイクしてから撮ってもらいます。はい。失礼します」
   四葉、携帯電話を切る。
四葉「なんの心配してるんだっつーの」
大和「大丈夫です。撮るときはちゃんと言いますから」
四葉「3時間ください」
大和「マシマシですね」
四葉「てか大和さん。山登る人ですね?」
大和「え?」
   四葉、窓の外の山を指差す。
四葉「どうしてあれが駒ケ岳だって、わかったんですか?」
大和「それは……」
四葉「素人はなかなか見ただけで山の名前まで言えませんよ」
   大和、ため息をつく。
大和「昔の、話です」
四葉「インタビュー、山でするなら、受けてもいいですよ」
大和「は?」
四葉「最近登ってなかったんですよね、忙しくて。ちょうどいい機会だし」
大和「じゃあ、いいです」
四葉「ええ?! 行きましょうよ、山」
大和「嫌です」
四葉「なんでですか? 楽しいですよ、山」
大和「けっこうです!」
四葉「そんな嫌がらなくても……」
大和「山吹くんのインタビューだけ、させていただきます」
   大和、行く。
   四葉、大和の背中を少し見つめたあと、追いかける。

○帝和大学付属病院・病室
   雪、ベッドで眠っている。
   深山、ベッドの傍の丸椅子に腰掛けて、雪を見つめている。

○(深山の回想)深山家・外観(夜)
   木造二階建ての戸建て。
   「深山」の表札。
                                   以下、深山の回想

○同・居間(夜)
   テーブルとソファが置かれている。
   深山(22)、ソファで登山雑誌を読んでいる。
   雪(21)、スーツ姿で入ってくる。
雪「ねぇ、どこ!?」
深山「どこって、なにが?」
雪「あたしの就職先。どこ?」
深山「またダメだったの?」
雪「広辞苑の『けんもほろろ』の項目に、『深山雪の就職活動』って書き込みたいくらい」
深山「そのセンスがあれば内定もらえると思うけど」
雪「いいよねお兄ちゃんは。やりたいことあって、弟子入りなんかしちゃってさ」
深山「それはそれで大変だけどな」
雪「お兄ちゃん、知り合いにいない? 就活のプロ」
深山「うーん……。あ、大和」
雪「だれだれ?」
深山「大学時代の山岳部の同級生。確か、かなりの数の内定もらってたはず」
雪「ホント!? 今度紹介してよ」
深山「いいけど。あ、でも今あいつ朝売新聞の記者だから、忙しいかもな……」
雪「出た! 就活のプロ! 話聞きたい!」
深山「わかった。聞いとく」
雪「ありがとー!」
雪の母の声「お風呂沸いたよー」
深山「よし! 風呂風呂ー」
雪「いや、あたし先だし」
   深山と雪、にらみ合う。
雪「じゃん、けん」
深山「ぽん!」
   深山がグー、雪がパー。
雪「いえーい。一番風呂ー」
深山「いや、オレの勝ちだ」
雪「え? なに? ねごと?」
深山「太陽流じゃんけんでは、グーは岩、パーは花だ」
雪「へ……?」
深山「岩に花は咲かない。よって岩の勝ちだ」
雪「ごめん。今のところつっこみどころしかないんだけど」
深山「続きは、オレが風呂上がってからな」
   深山、出ていく。
雪「うん、わかった。……え?」
   雪、深山の出ていった方を見つめる。

○道(早朝)
   深山と雪、並んで歩いている。
   雪、スキップをしている。
深山「テンション高いな」
雪「大和さん。いい人だね」
深山「あいつと呑むといつも朝までなんだよ」
雪「わかる気がする。なんか、ホッとする」
深山「そっか」
   雪、走り出す。
深山「雪、転ぶなよ」
雪「かしこまりー!」
   深山、雪の後姿を見て、微笑む。

○深山家・居間(夜)
   雪(26)、ザックに備品を詰めている。
   深山(27)、入ってくる。
深山「ただいまー」
雪「おかえりー。お兄ちゃん、またザック借りるね」
深山「いいけど。行くの? 山」
雪「うん。誰と行くか聞いて」
深山「はいはい。『どなたと行かれるんですか?』」
雪「へへ。蒼ちゃん」
深山「大和、休み取れたんだ」
雪「うん。ここんとこずっと東北だったから、まとめて休みくれたんだって。さすが朝売。わかってる!」
深山「どこ行くの?」
雪「槍ヶ岳。アルプス一万尺 小槍の上で」
深山「オレが誘っても行かないくせに」
雪「だって、蒼ちゃんと一緒の方が楽しいんだもん」
深山「へーへーごちそうーさま」
雪「おそまつさまでーす」
   雪、ザックに備品を詰めている。
   深山、雪を見ている。

○リペアショップ「たいよう」・作業場・中
   深山、かなづちで靴の踵に金具を打ち付けている。
   電話が鳴る。
深山「お電話ありがとうございます。靴に鞄に財布に時計。革製品の修理はなんでもお任せ、リペアショップたい……。え?」
   深山の手からかなづちが落ちる。
                                  深山の回想、おわり

○元の帝和大学付属病院・病室
   雪、ベッドで眠っている。
   深山、ベッドの傍の丸椅子に腰掛けて、雪を見つめている。

○同・外(夕)
   深山、歩いている。
   携帯電話が鳴る。
深山「もしもし大和? おお、いいよ」
   深山、病院の建物を振り返る。

○居酒屋「てんやわんや」・外観(夜)
   「てんやわんや」の電飾看板。

○同・店内(夜)
   七割ほど埋まった店内。
   深山、テーブル席に着いている。
   テーブルには空のジョッキが二つと、携帯電話が置かれている。
   深山、携帯電話を見ている。
   大和、深山の向かいの席に座って、置かれていた携帯電話を取る。
大和「あー、スッキリした。飲み物頼んだ?」
深山「え? ああ。ビールでよかった?」
大和「もち」
   店員、ビールの入ったジョッキを二つ持ってくる。
店員「生でーす」
大和「ありがとうございます」
   店員、去る。
   大和と深山、ジョッキを煽る。
深山「どうだった? 長野」
大和「あー。まぁまぁ? ま、初回はこんなもんかな、って感じ。また行くし」
深山「そっか」
大和「珍しいな、仕事こと聞くなんて」
深山「久々に呼び出されたから、仕事でなんかあったのかと思って」
大和「いや、別に……」
   大和、ジョッキを煽る。
大和「でもそういや、なんか調子狂わされる相手だったな」
深山「蒼が? それこそ珍しいな。なんでも自分の流れに引き込むのに」
大和「そうなんだよ。やりづらいったらありゃしない」
深山「会ってみたいな、その相手に」
大和「は? なんだそれ?」
四葉の声「大和さん! 大丈夫ですか?」
   四葉、店内に駆け込んでくる。
大和「小野さん……?」
   四葉、店内を見回し、大和を見つけて駆け寄る。
四葉「大和さん! どうしました?」
大和「えっと……。こっちのセリフです」
四葉「だって! メール!」
大和「メール……?」
   深山、大声で笑い出す。
大和「太陽……? あ!」
   大和、携帯電話を取り出し、操作する。
   携帯電話の画面。
   四葉宛てのメールがあり、本文に「助けてください」の文字とURLが記載されている。
四葉「へ?」
深山「蒼のケータイ見たら、特定の女性と頻繁にやり取りしてたもんだから、どんな人か気になって」
大和「お前はめんどくさい彼女か?!」
   深山、笑い続けている。
深山「電話来るかな、とは思ったけど、まさか直接くるとは……」
四葉「へ? へ?」
大和「すみません小野さん。そのメール、こいつが送ったみたいです」
四葉「こちらの、方が?」
深山「すみません。オレ、こいつの、友だち? で、深山太陽って言います」
四葉「深山……さん。はじめまして」
深山「はい。はじめまして。……せっかくなんで、座ってください」
四葉「え? あ、はい。……失礼します」
大和「失礼しちゃうんだそこで」
四葉「え? すみません。え? 帰ります?」
大和「なんで疑問形なんですか? いいですよ。もう、せっかくなんで、座ってください。呑みましょ」
四葉「え? あ、なんか、すみません。……本当に大丈夫なんですか?」
大和「え? はい、大丈夫です」
四葉「よかった……」
   深山、笑う。
深山「たのしー!」
大和「お前はな」
四葉「失礼します」
   四葉、大和の隣に座る。
深山「なに呑みます?」
四葉「え? じゃあ、磯自慢を、冷やで」
   大和と深山、顔を見合わせる。
     ×  ×  ×
   四葉、枡酒を煽っている。
   大和と深山、四葉を見つめている。
深山「何合呑んでる?」
大和「五合、かな。……プロの、ザルだ」
四葉「え? プロとかあるんですか?」
大和「ないです。すいませんないです。面白いかなと思って言っちゃいました」
四葉「あ、こないだの続きなんですけど……」
深山「続き?」
大和「仕事の話はやめましょ」
四葉「じゃなくて、山の話です。行きましょうよ、一緒に」
大和「はい?」
深山「四葉さんも山やるんですか?」
大和「『四葉さん』って……」
四葉「はい。ひょっとして、深山さんもですか?」
深山「深山さんもです! ってか、こいつとは大学の山岳部で知り合ったんですよ」
大和「おい!」
四葉「やっぱり……。なんで隠すかな……」
大和「別に、隠してたわけじゃ……」
四葉「久しぶりに山行きたいなぁって、ちょうど思ってたとこなんですよ。……ねぇ、行きましょうよ」
深山「いいですね、行きましょう!」
大和「太陽!」
四葉「やった! どこにします?」
深山「そうですねぇ……。せっかくなんで、長野にしませんか?」
四葉「いいですよ。この時期だと……、槍ヶ岳とかどうですか?」
深山「槍ヶ岳……」
四葉「ダメ、ですか?」
深山「いいんじゃないですかね? なぁ」
大和「なぁって……。オレは行かないよ」
四葉「えー!?」
深山「ま、いいじゃないですか。二人でも」
四葉「いーですけどー」
大和「いいのかよ……」
深山「じゃ、蒼は運転手な」
大和「は?」
深山「どうせまた長野行くんだろ?」
大和「そうだけど……」
深山「じゃ、決まり」
四葉「決まりー。すみませーん。磯自慢、冷やで」
深山「おちょこ一つ追加で」
   大和、ジョッキを煽る。

○道(早朝)
   四葉と深山、並んで歩いている。
   大和、少し離れたところを歩いている。
深山「じゃあ、『山は歩かれているか』は?」
四葉「えっと、……冠松次郎!」
深山「正解!」
四葉「じゃあ、じゃあ! 『私は思い出より憧れのほうが好きだ』は?」
深山「ガストン・レビュファ」
四葉「正解! やっぱり登山家の名言はいつ聞いてもしびれますねー」
   四葉、スキップをする。
深山「テンション高いっすね」
四葉「大和さんって、たぶんいい人ですよね」
深山「え?」
四葉「正直、出会いとしては最悪な部類に入る人なんですけど、なんか、いい人な気がします」
深山「ええ……。あいつと飲むと、いつも朝までになっちゃうんですよ」
四葉「わかる気がします。ちょっと温かくて、起き抜けのシュラフみたいな人ですもんね」
   四葉、笑顔。
   深山、四葉の笑顔を見つめる。
深山「そうです、かね……」
四葉「大和さーん!」
大和「はい?」
四葉「大和さんお気に入りの登山家の名言、なんですかー?」
   大和、立ち止まる。
大和「『クライマーという者は、所詮気の弱いロマンチストなのかもしれない』ですかね」
四葉「お! 吉尾弘。しぶいなー」
   四葉、深山の肩に手を回す。
四葉「絶対いい人ですよ。大和さん」
深山「です、ね」
   四葉、走り出す。
大和「小野さん! 転びますよ!」
四葉「気をつけまーす!」
   四葉、転ぶ。
大和「ええ?!」
深山「マジかよ」
   大和と深山、四葉に駆け寄る。

○帝和大学付属病院・病室
   雪、眠っている。
   大和、ベッドの傍の丸椅子に座って、雪を見つめている。
   深山、外から扉を開けるが、大和を見つけて、動きを止める。
   しばらく大和を見つめた後、扉を閉める深山。
   大和、雪を見つめている。

○同・病室前廊下
   歩いていく深山の背中。

○ライフパーク川口・外観(夜)
   木造二階建てのアパート。

○同・四葉の部屋・中(夜)
   押入れのある畳敷き八畳の部屋。
   文机の上にノートPCと写真立て。
   四葉、押入れからザックを引っ張り出している。
   四葉の額には絆創膏。
   ザックの中身を取り出していく四葉。
   登山靴、レインウェア、ストック、コンパス、ザックカバー、軽アイゼン、レトルトパックなどが出てくる。
四葉、レトルトパックを凝視する。
四葉「まだ持つんだ。すごいなレトルト」
   四葉、ザックに腕を突っ込む。
四葉「よし! これで全部!」
   四葉、写真立てに目を止める。
   写真立てには、スーツ姿で今よりも髪が長い四葉と、それを囲む制服姿の学生たちが映った写真が収められている。
   写真を見つめている四葉。

○高速道路
   高速道路を走るワゴン。

○同・車内
   大和、ハンドルを握っている。
   四葉と深山、後部座席に座っている。
深山「へぇ、先生やってたんですか?」
四葉「ええ。高校で、生物を教えてました」
深山「生物ですか……」
四葉「あ、すみません。なんか、地味で」
深山「いや。いいじゃないですか。生物」
大和「なんで辞めちゃったんですか?」
四葉「え?」
大和「確かにここのところ、教育への風当たりは強いですけど、公務員だし、ずっと続けられる仕事じゃないですか」
四葉「それは、まぁ、そうなんですけど……」
大和「責任の重さに嫌気が差した、とか?」
四葉「そういうことじゃなくて」
大和「あれですか? いわゆる『デモシカ先生』ってやつだったんですか?」
四葉「そんなことありません! 私なりに、やりたい教育があって……」
大和「じゃあ、なんで辞めちゃったんですか?」
四葉「それは……」
大和「最後まで面倒みないなんて、無責任じゃないですか」
四葉「すみません……」
大和「いや、オレに謝られても……」
深山「なんで、生物の先生だったんですか?」
四葉「え? ああ。小さい頃、『ファーブル昆虫記』を読んで、憧れて、それで……」
深山「へぇ。でも、虫から入るって、女の子では珍しくないですか?」
四葉「そう、ですね。どこ行っても珍しがられました」
深山「お気に入りの昆虫は?」
四葉「ゴキブリです」
大和「ゴキブリ!?」
四葉「大和さん! 前! 前見てください! ここ、高速ですよ!?」
大和「ああ、すみません。あんまりにも意外だったもので……」
四葉「気持ち悪いですよね……」
大和「ええ」
深山「確かに、変わってますね」
四葉「光沢のある深い琥珀色。完成されたムダのないフォルム。スピーディーかつスムーズな動き。漲る生命力。憧れます」
深山「はぁ……。ゴキブリに対して好意的な意見を持った人に、初めて会いました」
大和「博愛の極地ですね」
四葉「恐縮です」
大和「あ、褒めてないです」
四葉「あ……。すみません」
   深山、吹き出す。
   大和と四葉、笑う。

○駒ヶ根青年海外協力隊訓練所・中庭
   ところどころにテーブルとイスが置かれている。
   大和、ひとつのテーブルについている。
   山吹、入ってくる。
大和「山吹くん。どうも。ごめんね、せっかくの休日なのに」
山吹「全然大丈夫っす! あれ? 今日は四葉先生は?」
大和「休日を満喫してる。はじめよっか」
   大和、テーブルにボイスレコーダーを置いて、座る。
山吹「おお! 超取材って感じっすね!?」
大和「うん。取材、だから。どうぞ」
山吹「そっすよね。あ、失礼しまっす!」
   山吹、イスに座る。
大和「山吹くんは、どうしてここに?」
山吹「オレ、バカなんで、大学行かずにバイトしてたんっすよ、居酒屋で。したら、トイレにチラシあって。それっすね」
大和「居酒屋のチラシ、か」
山吹「あれ? コンビニ? パチ屋? ティッシュ配り? 工場……は、違うか……」
大和「ちょっと待って。そんなにバイトしてたの?」
山吹「はい。美味いもの食ってもらおうと思って。……ああ、母ちゃんに」
大和「お母さん……?」
山吹「はい。バカな親父が……。親父、オレよりバカなんすよ。借金遺して死んだんで、母ちゃんめちゃめちゃ働いてたんすよ」
大和「そうなんだ」
山吹「オレ、バカなんで、高校も行く気なかったんすけど、『学がないと』って母ちゃんがあんまり言うから……」
大和「今、お母さんは……?」
山吹「去年、病気で……。借金返し終わって、気が抜けたんすかねぇ……」
   山吹、アルプスの方を見る。
大和「ここでの生活は、充実してる?」
山吹「はい。……まぁ、つっても、ここは準備する場所なんで、大事なのはこっからっすけどね」
大和「ここ、今タダで暮らしてるじゃん? なんか、申し訳なくならない?」
山吹「いや、超肩身狭いっすよ、マジで! 早くいっぱしになんないと、ヤバイっすよね、マジで」
大和「それは、いつ?」
山吹「え?」
大和「言ってみれば国は、税金を使って今、山吹くんに先行投資をしてる状態なんだけど、それは、いつ回収できるのかな?」
山吹「いやぁ……。そういう難しいのは、ちょっと、わかんないっすね……。オレ、バカなんで」
大和「そっか。……ここでは、どんな訓練をしてるのかな?」
山吹「メインはやっぱ、言葉っすね。ガンガン喋ってかないと、マジでヤバイんで」
大和「言葉かぁ……。何語?」
山吹「ンデベレ語っす」
大和「え? ごめん、なに?」
山吹「ンデベレ語っす。オレ、ジンバブエ行くんで、アフリカの」
大和「へぇ……。そう、なんだ」
山吹「最初、全然わかんなくて、オレ思わず先生に、『日本語で喋ってもらっていいすか?』って言ったんすよ。オレバカー」
大和「楽しんでるね」
山吹「必死っすよ。オレ、バカなんで。でもオレ、これでも、バカなりに? 進化したんすよ。サルから人? みたいな?」
大和「へぇ。どんな風に?」
山吹「前は、バカでいいやって、思ってたんす。でも、今は、超頭良くなりてーなって、超思ってるんすよ。いや、マジで」
大和「それは、どうして?」
山吹「もしオレが超頭良かったら、今この瞬間に? 世界をハッピーにする方法? 考えられんのになって、思ってるんす」
大和「そっか……」
山吹「あれ? なんか変でした? すんません、オレ、バカなんで」
   大和、テーブルを叩く。
大和「バカバカ言うなよ!」
山吹「え? 逆ギレっすか? ってか、逆ギレの『逆』って、逆になんすか?」
   大和、大きく息をつく。
大和「ごめん。……いったん休憩して、もうちょっとだけ話し聞いていいかな? ごめんね、勉強中なのに」
山吹「え? いや、オレは、別にいいっすけど……。大和さん、大丈夫すか?」
大和「うん。大丈夫。ありがと」
   大和、立ち上がり、行きかけるが、振り返る。
大和「山吹くん」
山吹「はい」
大和「山吹くんは、バカじゃないと思う」
山吹「へ?」
大和「山吹くんは、バカじゃないと思う」
   大和、山吹に微笑み、行く。

○槍ヶ岳山荘・外観(夕)
   岩肌の中に数棟の赤い屋根。

○同・喫茶室「キッチン槍」・中(夕)
   テーブルが二つ並んでいる。
   四葉、テーブルの一角で、手に持ったパンを見つめている。
   深山、四葉の隣に座っている。
四葉「『キッチン槍』の焼きたてパン。ひさびさ。ただいま」
   四葉、笑顔でパンを頬張る。
   深山、四葉を見つめる。
四葉「あ、すみません。なんか付いてます?」
深山「いや……。おいしそうに食べるね」
   四葉、パンを二つに分ける。
四葉「よかったら、深山さんも」
深山「ありがとう」
四葉「いえいえ、どういたしまして」
   深山、パンを齧る。
深山「あ、おいしい」
四葉「でしょ? 分けるとそのぶん美味しくなるんです」
深山「でも、小さくなっちゃうよ」
四葉「量じゃなくて、質の問題です。お腹じゃなくて、心を満たす。それが、食事です」
深山「『心を満たす』……」
四葉「あ、すみません。なんか生意気に語ってしまいました」
深山「いいよ、全然」
四葉「そうですか? そうですよね。山ではみんな平等ですもんね」
深山「平等、か」
四葉「どうかしました?」
深山「蒼は、去年まで朝売新聞の記者だったんだよ」
四葉「え? ……朝売新聞って、あの?」
深山「そう。あの、コラムが入試問題に使われる、朝売新聞」
四葉「じゃあ、どうして今は『週刊リアル』にいるんですか?」
深山「たぶん、オレの妹が原因だと思う」
四葉「深山さんの、妹さん?」
深山「妹は、蒼と付き合ってた」
四葉「え?」
深山「妹は今、大学病院にいる」
四葉「どこか、お悪いんですか?」
深山「蒼と二人で山に登ってるときに、滑落して……。今も、昏睡状態」
四葉「そうだったんですか……」
深山「蒼は、今もほとんど毎日見舞いに来てる。……あの事故を自分のせいだと思ってるんだろうな」
四葉「それは……。だってそんなの……」
深山「ああ。『一度山に入れば、すべては自己責任』。そんなの山をやってる人間なら誰でも知ってる。もちろん蒼も」
四葉「だったら……」
深山「それでも、やっぱり守りたかったんだと思う、雪を。……妹を。……守れなかったって、自分を責めてるんだと思う」
四葉「そんな……。そんなのって……」
深山「山って、自然って、平等だなって、オレは思ってるんだ」
四葉「平等……」
深山「みんなに優しくて、みんなに厳しい。みんなに与えて、みんなから、奪う」
四葉「私も、そうだと思います」
深山「それに比べたら、人間が作る平等は、なんか、亜流っていうか、胡散臭いな、って思うんだよね、正直」
四葉「亜流……ですか」
深山「ああ、ごめん。ボランティアを仕事にしてる人に言うことじゃないね」
四葉「いえ……。いえ……」
深山「寝るね。明日、早いし。おやすみ」
四葉「あ、はい。……おやすみなさい」
   深山、去る。
   四葉、残ったパンを見つめる。

○駒ヶ根青年海外協力隊訓練所・中庭(夕)
   大和と山吹、テーブルを挟んで向かい合っている。
   大和、ボイスレコーダーをしまう。
大和「今日はホント、ありがと」
山吹「全然っす! おもしろかったっす!」
   大和、腕時計を確認する。
大和「そろそろ山荘着いた頃かな……?」
山吹「山荘……? なんすか?」
大和「ああ、小野さん。……四葉先生? 今槍ヶ岳登ってるんだよ」
山吹「え? マジすか? 四葉先生山とか登っちゃったりしちゃう人なんすね? さすがっす!」
   山吹、シャドウボクシングのようなことをする。
大和「あの、さ」
山吹「はい」
大和「山吹くんは、小野さんの教え子だったんだよね?」
山吹「はい。オレのクラスの副担任だったんすよ、四葉先生」
大和「どんな先生だった?」
山吹「超いい先生っすよ。オレが早弁して昼休みボーっとしてたら弁当分けてくれたり、放課後『腹減った』っつったら……」
大和「なんで辞めたの?」
山吹「え?」
大和「いや。そんないい先生が、なんで教師辞めちゃったんだろうなって思ってさ」
山吹「あー……。そのことっすか……」
大和「なんか、あったんだよね? やっぱり」
山吹「オレは、四葉先生全然悪くないと思ってんすよ。これ、ホントマジで」
大和「うん」
山吹「うちのクラスに、白根葵ってのがいたんすよ。超地味で、ほとんど学校来てなかったんすけど。ちょっとかわいいんす」
大和「引きこもりってヤツか」
山吹「そっすね。ちょっとかわいいんすけど。なんか、いじめっつーか、いやがらせ受けてて、そんな感じになっちゃってて」
大和「『学校来なよ。きっと楽しいよ』」
山吹「え?」
大和「いや。小野さんならそう言いそうだな、と思って」
山吹「たぶん、そんな感じっすね。で、出て来たんすけど……」
大和「いじめが再燃した」
山吹「あー、はい。で、白根葵が、リーダー的なヤツを、カッターで……」
大和「で、リーダー的なヤツの親が騒いで、辞めさせられた、と……。最悪で、ありがちな結末だな」
山吹「いや、そのこと自体は、モヤっとなったんす。……でもオレ、その後見ちゃったんすよ。職員室で」
大和「見ちゃった? 何を?」
   山吹、シャドウボクシングのようなことをする。

○(山吹の回想)県立富士南高校・外観(夕)
   鉄筋四階建ての校舎。
   チャイムの音。
   校門に「富士南高等学校」の看板。
                                   以下、山吹の回想

○同・廊下(夕)
   人気のない廊下。
   教室に「2年2組」のプレート。

○同・2年2組・教室・中
   人気のない教室。
   教室の後ろにあるロッカーの上に、植木鉢に植えられたひまわりがサングラスをかけているおもちゃが置いてある。
   山吹(17)、学ラン姿でロッカーの前にイスを置いて座り、おもちゃに向けて手を叩いている。
   音に反応して踊るおもちゃ。
山吹「ほい! ほい! マジおもしれー! ほい! ほい! ……あれ?」
   おもちゃ、動かなくなる。
   山吹、おもちゃを持ち上げ、底にあるスイッチをいじるが、反応がない。
山吹「電池切れかよ! マジつまんねー。電池、電池……。四葉せんせー。って、いないっつーの。……しゃーねーな」
   山吹、立ち上がる。

○同・職員室前廊下(夕)
   人気のない廊下。
   教室に「職員室」のプレート。
   山吹、職員室の前で、学ランのボタンを止める。
担任の声「だから言ったじゃないですか」
四葉の声「すみません」
山吹「四葉せんせ……?」
   山吹、職員室の中をのぞく。

○同・職員室・中(夕)
   担任、デスクについている。
   四葉(23)、担任の脇に立っている。
担任「親御さんが事を荒立てない方でよかった。そうでなかったら、僕にまでとばっちりが来るところでした」
四葉「申し訳、ありませんでした」
担任「だから嫌だったんです。新任のお守りなんて。情熱だの、理想だの、口ばっかりで全然使い物にならない」
四葉「ご迷惑を、お掛けしました」
担任「教師はサービス業なんです。担任を受け持ったなら、クラスの生徒全員に、平等に、時間を使うべきです」
四葉「平等……?」
担任「そうです。白根葵のような生徒に時間を使うのは、小野先生のエゴ、自己満足に過ぎません」
四葉「エゴ……。自己満足……」
担任「まぁ、今回のことでわかったでしょう。幸い、教師は公務員で、食いっぱぐれがありませんから、これに懲りたら……」
四葉「わかりません……」
担任「え?」
四葉「私は学生時代、多くの先生に、多くのことを教わりました。それは、学業に関してばかりではありません」
担任「小野先生、ですから……」
四葉「美味しいものを友だちと分けると、もっと美味しくなること。辛いことを友だちに吐き出すと、心が軽くなること……」
担任「それが、理想の押し付けだと言っているです」
四葉「押し付け……?」
担任「どうなりました? 理想を掲げ、情熱を傾けた結果、白根葵はどうなりました? 誰か幸せになりましたか?」
四葉「それは……。じゃあ、先生ならどうされてましたか?」
担任「僕? ……僕なら、何もしませんね」
四葉「何も、しない……?」
   担任、鞄を持って立ち上がる。
担任「小野先生も、いつかわかりますよ。『何もしない方がよかった』って。……では、また明日」
   四葉。拳を握る。
四葉「先生じゃない……」
担任「はい?」
   担任、振り返る。
   四葉、担任に右ストレートを打ち込む。
   担任、吹っ飛ぶ。
山吹の声「四葉先生!」
   山吹、入ってきて、四葉を羽交い絞めにする。
四葉「そんなの、先生じゃない!」
山吹「四葉先生! ピース! ピースっす!」
   四葉、もがく。
                                  山吹の回想、おわり

○元の駒ヶ根青年海外協力隊訓練所・中(夕)
   大和と山吹、テーブルを挟んで向かい合っている。
   大和、爆笑している。
山吹「いや、笑い事じゃないっすよ大和さん」
大和「いや、笑い事だよ。……小野さんらしいな、ホントに」
   大和、笑い続ける。

○中部山岳国立公園・東鎌尾根
   立ち止まり、深呼吸をする四葉の背中。
四葉「やっぱカッコいいなぁ、槍ヶ岳」
   四葉、両手の親指と人差し指で作ったフレーム越しに槍ヶ岳を見る。
   深山、四葉に並ぶ。
四葉「あ、すみません。私、ペース速かったですか?」
深山「いや、全然大丈夫」
四葉「深山さん。昨日の話なんですけど……」
深山「昨日の話……?」
四葉「人間が作る平等は、自然の平等には敵わないな、って、私も思います」
深山「ああ。ごめんね、変なこと言って」
四葉「いえ。その通りだと思いました。でも……」
深山「でも?」
四葉「だからこそ、目指すんだと思います」
深山「四葉ちゃん……」
   四葉、周囲を見回す。
四葉「キレー……」
   深山、四葉を見つめる。
四葉「あ、すみません。また生意気を……」
深山「じゃんけんしよう」
四葉「はい?」
深山「じゃん、けん」
四葉「ぽん!」
   深山はグー。四葉はパー。

○講英館・週刊リアル編集部
   数人の記者、デスクに向かっている。
   大和、入ってくる。
大和「おはよーございまーす」
   編集長、大和の後ろから入ってくる。
編集長「おはよ、大和。切り刻んでる? 独立行政法人」
大和「ちょいちょいっす」
編集長「あんまり遊ばせとけないよ。週刊誌ってのは、週一で出るんだから」
大和「硬いネタってのは時間かかるんすよ」
編集長「硬いも柔らかいもないよ。その辺は平等だから」
大和「平等……。平等ってなんなんすかね?」
編集長「なに? 新しい哲学?」
大和「いや、そういうんじゃないですけど……」
編集長「週刊誌に哲学は要らない。必要なのは、蜜の滴る他人の不幸」
大和「ですよね……」
編集長「ラフいのでいいから、週明けには記事ちょうだい」
大和「ほーい……」
   編集長、デスクに付く。
大和「じゃ、取材行って来やーす」
   大和、出て行きかける。
編集長「大和、気を付けて」
大和「へ?」
編集長「新聞記者の顔になってるよ」
大和「え……?」
編集長「いってらっしゃい」
大和「いってきます」
   大和、出て行く。
   編集長、しばらく大和の背中を見つめた後、作業に入る。

○羽田空港・外観
   着陸態勢の飛行機が見える。

○同・江戸前横丁
   和風小物の土産屋。
   大和と四葉、並んで歩いている。
   山吹、二人の少し前で、お土産を物色している。
山吹「どんなのが喜ばれるんすかねぇ?」
大和「さぁ。ジンバブエのこと全然知らないし。……あ、今インフレらしいよ」
山吹「風邪流行ってんすか。マジヤバイっすね……」
大和「うん。違う」
四葉「なんでもいいんじゃない? 要は気持ちなわけだし」
山吹「四葉先生、いいこと言いますね。じゃ、これで」
   山吹、おはじきの入った袋を取る。
山吹「あ、二人とも、ここでいいっすよ」
大和「え?」
四葉「そんな。カウンターまで送るよ」
山吹「いいっすいいっす! 仲間も待たせてるんで」
四葉「そっか」
大和「山吹くん」
山吹「はい」
大和「二年後。帰ってきてからどうするの? この二年間って、あんまり就職には有利じゃないよ」
四葉「大和さん。今言わなくても……」
山吹「あー。そういう難しいのは、ちょっと」
大和「だよね……。困ったらオレんとこ来な」
山吹「え?」
大和「雑用なら、いっぱいあるから」
四葉「大和さん……」
   山吹、大和に手を差し出す。
   大和、山吹の手を握る。
山吹「オレに『バカじゃない』って言ってくれたの、母ちゃんと、四葉先生と、大和さんだけっす」
大和「思ったこと言っただけだよ」
山吹「Ntatenda!」
大和「え?」
   山吹、手を離し、行く。
   大和と四葉、山吹の背中を見送る。

○同・展望テラス
   離着陸する飛行機。
   滑走路を見る人たち。
   大和と四葉、並んで滑走路を見ている。
大和「大丈夫かな? けっこうくれたけど」
四葉「全然後先考えてないんだから……」
   大和と四葉、自分たちの手の上に載せられたおはじきを見る。
大和「さっきの『タテンダ』、って、なんなんですか?」
四葉「ああ。ンデベレ語です」
大和「ホントにあったんですね、その言語」
四葉「ありますよ! 『Ntatenda』は、ンデベレ語で、『ありがとう』って意味です」
大和「へぇ……。『ありがとう』、か……」
   大和、微笑む。
   四葉、大和の顔を覗き込む。
大和「なんですか?」
四葉「いえ。なんでもないです」
大和「そういえば小野さん、太陽とじゃんけんしたそうですね」
四葉「そうなんですよ。……ってか、なんなんですか? あの、『太陽流じゃんけん』? グー無敵じゃないですか」
大和「まぁ、岩とはさみと、花ですからね」
四葉「おかげで今度デートすることになっちゃったし……」
大和「いいじゃないですか。太陽、楽しいヤツですよ」
四葉「知ってます。……あー。何着て行けばいいんだろう……?」
大和「そこですか? まぁ、せいぜい悩んでください。……じゃ。オレ行くとこあるんで、これで」
四葉「雪さんのところですか?」
大和「え?」
四葉「深山さんから聞きました。……その、滑落事故のこと……」
大和「そうですか……」
四葉「猫に小判、っていうか、釈迦に説法かもしれませんけど、深山さんも、たぶん雪さんも、大和さんのこと責めたり……」
大和「余計なお世話です」
四葉「すみません。でも……」
大和「それに、『猫に小判』は、意味が違います。……失礼します」
   大和、去る。
四葉「岩みたい……」
   去っていく大和の背中。

○富士の湯・洗い場(夜)
   四葉、湯船の淵に背中を預けて、壁に描かれた富士山の絵を見つめている。
   ため息をつき、湯船に沈んでいく四葉。

○同・脱衣所・中(夜)
   四葉、洗い場から出てくる。
   おばちゃん、番台に座ってノートPCに向かっている。
四葉「おばちゃん、牛乳もらいます」
おばちゃん「んあ」
   四葉、バスタオルを巻いて冷蔵庫から瓶詰めの牛乳を取り出し、腰に手を当て一気飲み。
四葉「おばちゃん」
おばちゃん「ん?」
四葉「目の前に大きな岩があって、先に進めないとき、おばちゃんならどうします?」
おばちゃん「ウチに帰って韓国ドラマ観るね」
四葉「いや、そういうことじゃなくて……」
おばちゃん「『雨垂れ石を穿つ』」
四葉「なんですか? それ? ……あ、あと『猫に小判』って……」
おばちゃん「あ、ちょ……今いいとこ……。ああ、パク様……」
四葉「どこでも韓国ドラマ観るんですね……」
   四葉、口の周りについた牛乳を拭う。

○カフェ「Rolling Stones」・外観
   道路面した一面がガラス張り。
   「Rolling Stones」の看板。

○同・店内
   店内にはテーブルが10卓ほど。
   半分ほど埋まっている店内。
   大和、窓際のテーブルにつき、ノートPCに向かっている。
   入り口が開き、鈴が鳴る。
   入ってくる人影。
   大和、立ち上がり、会釈する。

○表参道駅・A3出口付近
   交番の横に大きな石燈籠がある。
   深山、石燈籠の横に立って、携帯電話を見ている。
四葉の声「深山さん!」
   四葉、深山に駆け寄る。
四葉「ごめんなさい。ちょっと手間取っちゃって」
深山「四葉ちゃん。……その服」
四葉「あ、すみません。なんか変ですか?」
深山「ううん。いい。すごくいい。いつもと違う感じで」
四葉「え、と。一応、デート、なので……」
深山「そっか……」
四葉「そんなに見ないでください」
深山「ごめんごめん。じゃ、行こっか」
四葉「はい」
   深山、歩き出す。
   四葉、深山に付いていく。

○カフェ「Rolling Stones」・店内(夕)
   店内にはほとんど客がいない。
   大和、窓際のテーブルにつき、ノートPCに向かっている。
   大和の向かいの席には、空になったコーヒーカップが置かれている。
   大和、手を止め、コーヒーカップを見つめる。

○レストラン「花音」・外観(夜)
   入口の鉄製の扉に、「花音」の文字。

○同・店内(夜)
   酒蔵をイメージしたモノトーンの内装で、窓際に杉玉が吊るされている。
   満席の店内。
   四葉と深山、窓際のテーブルで向かい合っている。
   テーブルには食事の終わった皿と、日本酒の入ったグラス。
四葉「一応北海道にはいないってことになってますけど、目撃情報もありますし、温暖化が進むと、増えてくると思いますよ」
深山「そっか」
四葉「ちなみに、沖縄には4cmくらいのがいるそうです。しかも、アゴが強いんですって。動きは鈍いみたいですけど」
深山「四葉ちゃん。ここ、一応食事するとこだから、それの話は……」
四葉「あ、すみません」
深山「いや。……そういえば、四葉ちゃんは、なんで今の仕事選んだの?」
四葉「え? ああ。……いろいろあって、教師って職業に疑問を感じて……。で、教職を活かせる場所を探してたんです」
深山「それで、青年海外協力隊?」
四葉「はい。最近は、次の世代を育てることが国際協力だ、って方向にシフトしてるんです」
深山「へー。アフリカで井戸掘ったりするのがメインかと思ってた」
四葉「そういうのもやってますけど。で、二年間、アフリカのマラウイって国に行ってました」
深山「あ、そうなんだ」
四葉「はい。で、帰ってきて、この先どうしようかなって思ってたら、JICAの契約社員の枠があって、それで」
深山「なかなか濃い人生だね」
四葉「そうですか? じゃあ、深山さんは?どうしてリペアの仕事してるんですか?」
深山「ああ。……山やってるとさ、革製品に助けられること、多くない?」
四葉「多いです。強いし、温かいし」
深山「それで馴染みあったってのもあるんだけど、一番は、師匠との出会い、かな」
四葉「お師匠さん……?」
深山「大学入ったときに買ったお気に入りの革靴があって、師匠のとこで直したり、磨いたりしてもらってたんだ。お客でね」
四葉「なんかいいですね。そういうの」
深山「作業の合間に師匠といろんなこと話して。『靴から人生が見える』とか『革が温かいのは、そこに命があるからだ』とか」
四葉「かっこいいですね。……それで、弟子になったんですか」
深山「まぁ、そんな感じかな」
四葉「いいなぁ。私も革靴買おうかな」
深山「革靴って、特別だよ」
四葉「特別?」
深山「一緒にいる時間が長いから、消耗も激しいし、付き合うにはコツがいる」
四葉「確かに。手入れ大変だし、すぐ底とか磨り減っちゃいますもんね」
深山「でも、靴が磨り減った分、人は遠くまで行ける。……で、一歩でも前に進んでほしいから、オレたちが、直す」
四葉「一歩でも、前に……」
深山「これも、師匠の受け売りだけど」
   深山、微笑む。
   四葉、深山を見つめる。

○帝和大学付属病院・病室・中
   雪、ベッドで眠っている。
   大和、ベッド脇の丸椅子に腰掛けて、雪を見つめている。
   病室の扉が開く。
   大和、扉を振り返る。
大和「やっぱり……」
   四葉、扉の外に立っている。
大和「いつか、来るんじゃないかと思ってました」
四葉「余計なお世話なのは、わかってます」
大和「話なら、ここじゃないところでしましょう」
四葉「はい」
   大和、立ち上がる。

○同・食堂・中
   テーブルが50近く置かれている。
   人はまばら。
   大和と四葉、隅のテーブルに向かい合って座っている。
   二人の前には紙コップ。
大和「一応聞きます。なんで来たんですか?」
四葉「それは……。一度、お見舞いをしたいと思っていたので……」
大和「そうですか……。じゃあ、もう、二度と、来ないでください」
四葉「そんな……」
大和「来ないでください」
   四葉、紙コップから一口飲む。
四葉「大和さんは、私たちの仕事、偽善とか、自己満足とかって思ってますよね……」
大和「ええ。もっと言うなら、『押し付けがましい』とすら、思っています」
四葉「でも、そういう大和さんはどうなんですか?」
大和「どういう意味ですか?」
四葉「大和さんは、ほとんど毎日ここに来ていると聞いています。なぜですか?」
大和「それは、雪がこうなったのは自分に責任があると思って……」
四葉「自己満足じゃないですか」
大和「は?」
四葉「大和さんは、雪さんのためじゃなく、大和さん自身のために、ここに来てるんじゃないですか?」
大和「そんなことはありません」
四葉「そうでしょうか? 私には、大和さんが自分を悲劇の主人公だと思って、浸っているようにしか見えません」
大和「それは……、違います」
四葉「違わないと思います。顔に書いてありますよ。『許してください』って」
大和「ちがう!」
   大和の声が響く。
四葉「すみません。嫌味な言い方をしてしまって……。でも、やっぱりこういうの、間違ってるっていうか……」
大和「わかったようなこと、言わないでください」
四葉「すみません。でも……」
大和「わかったような顔して、正しそうな理想振りかざして、人の大事な部分、踏み荒さないでください」
四葉「でも……」
大和「じゃあ、小野さんは何で殴ったんですか?」
四葉「え?」
大和「教師辞めたとき、なんで担任の先生殴ったんですか?」
四葉「それは……」
大和「図星だったからでしょ?」
四葉「ずぼし……?」
大和「『何もしない方がよかった』んじゃないかって、小野さんも思ってたんでしょ? だから殴ったんでしょ?」
四葉「違います。あれは……」
大和「理想や情熱じゃなにも変わらない。『分けたら美味しい』? 『吐き出せば軽くなる』? ばかばかしい」
四葉「そんな……」
大和「所詮自分は自分、他人は他人。わかり合うなんてできないんだから、放っといておけばいいんですよ」
   大和と四葉、にらみ合う。
   四葉、紙コップを飲み干し、行く。
   大和、紙コップから一口飲む。
大和「小野さん」
   四葉、立ち止まる。
大和「オレ、小野さんとだけはこんな話、したくなかったです」
四葉「私もです。……失礼します」
   携帯電話が鳴る。
   四葉、鼻をすすり、携帯電話に出る。
四葉「はい。小野です。室長。……え? ……大和さん!」
   大和、四葉の方を見る。
四葉「ジンバブエの下水処理場近くに、飛行機が落ちたそうです」
大和「山吹くんが飛行機に乗って行ったのは、二週間前ですけど……」
四葉「はい。山吹くんたちは今、現地での研修中で、日本がODAで出資して建設された施設を見学しています」
大和「え……?」
四葉「その下水処理場も、日本がODAで出資して建設された施設の一つです」
   大和、立ち上がる。

○JICA本部ビル・外観(夕)
   電話が鳴っている。

○同・広報室・中(夕)
   電話の音と、対応する職員の声が飛び交っている。
   片隅に置かれたテレビからは飛行機墜落のニュースが流れているが、電話の音に紛れて、音は聞こえない。
   大和と四葉、入ってくる。
四葉「室長!」
   室長、電話を切り、顔を上げる。
室長「おお」
   四葉、室長に駆け寄る。
   大和、後に続く。
四葉「状況は?」
室長「まだ現地と連絡が取れてない。小野も関係各所に連絡を取ってくれ」
四葉「はい、わかりました」
室長「そちらは……?」
大和「講英館の、大和です」
室長「ああ、取材の……。ご挨拶したいんですが、申し訳ない、今は……」
大和「わかっています。どうぞ、お仕事を続けてください」
室長「すみません。……みんな、ちょっと聞いてくれ」
   一同、室長を見る。
室長「すべてがわかるまで、『確認中』で通してほしい。たとえご家族からでもだ」
   室長、大和を一瞬見る。
室長「メディアが家族を名乗って情報を取りに来る可能性もある。注意してほしい」
   室長、ホワイトボードを引いてくる。
   ホワイトボードには、拡大された名簿が貼られている。
   名簿には、「山吹翔馬」の文字もある。
室長「これが、現地で研修中の二次隊の名簿だ。安全が確認されたら、黒で名前を消してほしい。……万が一……」
   室長、一同を見回す。
室長「万が一、死亡が確認された隊員がいたら、名前を赤で囲んでほしい。私がご家族に連絡を入れる。……よろしく頼む」
   職員、口々に返事をして、対応に戻る。
   四葉、自分のデスクに向かい、鳴っていた電話を取る。
四葉「はい。国際協力機構です。はい……」
   大和、室内を見回す。
   対応している職員たち。
   大和、ドアに向かって歩き出す。
   携帯電話が鳴る。
   大和、携帯電話の画面を見つめる。
大和「みなさん! 隊員の山吹翔馬くんから着信です!」
四葉「え?!」
   一同、大和を見る。
大和「もしもし!」
山吹の声「ちーっす! おひさっす! 山吹っす!」
大和「大丈夫か?!」
山吹の声「うほ! 聞こえる! 国際電話超ヤバイっすね。大和さん。サザ、マジ美味いっすよ」
大和「今、どこにいる?」
山吹の声「え? みんなで昼飯食ってるとこっすけど……」
大和「みんな!? ちょっと、小野さんに代わる」
   四葉、大和から携帯電話を奪う。
四葉「山吹くん!? 無事なの? うん」
   四葉、ホワイトボードに歩み寄り、「山吹翔馬」の文字を黒で消す。
四葉「ちょっと、そこにいる人たちに順番に代わってもらっていい? わかった。ご当地グルメの話は後! あ、松井さん?」
   四葉、「松井みなみ」の名前を消す。
   大和と四葉、視線を交わし、微笑む。
     ×  ×  ×
   一同、ホワイトボードを見つめている。
   四葉、「飯塚孝弘」の名前を消す。
   名簿の全員が黒で消されている。
四葉「うん。いくらハラレでも、一応生水はダメ。あと氷も。煮沸するか、ペットボトル買ってね。うん。じゃあ、またね」
   四葉、携帯電話を切り、ピースサイン。
   一同、歓声を上げる。
室長「手分けしてご家族に連絡!」
職員たち「はい!」
   四葉、携帯電話を大和に返す。
四葉「ありがとうございます」
大和「いや、全然」
四葉「あと、ごめんなさい」
大和「え?」
四葉「さっきの、病院の……」
大和「ああ……」
四葉「言い過ぎました。すみません」
大和「オレも……。……あ。これ」
   大和、メモを渡す。
四葉「なんですか? これ」
大和「白根葵さんの、連絡先です」
四葉「え……?」
   テレビから、墜落事故のニュース。
アナウンサー「この飛行機に、日本人の乗客はいませんでした。この飛行機に、日本人の乗客はいませんでした。……次です」
   四葉、メモを見つめている。

○講英館・『週刊リアル』編集部(夜)
   編集長、デスクに座って記事を読んでいる。
   大和、編集長の前に立っている。
編集長「なに、これ?」
大和「なにって、言ってた、記事です」
   編集長、赤ペンで見出し「ジンバブエ飛行機事故の安否確認」を囲む。
編集長「ねぇ。私が頼んだの、『働くお父さん』だったっけ?」
大和「いえ。『独立行政法人を斬る』です」
編集長「だよね? だよねだよねだよね? なに、これ?」
大和「事実、こういうことがあったので……」
編集長「褒めてどーする!? 褒めてどーするよ?! 斬ってないじゃん全然!」
大和「でも……、でもですよ……」
編集長「でもなに?! こういうことがあったら、現地の人たちの安否より、隊員の安否を気にする身内意識に切り込むの!」
大和「いやー……。無理ありません?」
編集長「嫌いなんだよねー。飛行機落ちて『乗客に日本人はいませんでした』ってヤツ。外国人なら死んでもいーのかよ!」
大和「よくないです」
編集長「だっしょ?! 人類みな兄弟。国際協力機構ってんなら、全人類みんなの心配しろよ!」
大和「あの、編集長……?」
編集長「って、ちょっと前までの大和なら言ってたよ」
大和「そうです、かね?」
編集長「なに? 日和ってんの? あー、あれか、元新聞記者の正義感ってヤツ?」
大和「いや。そういうわけじゃ……」
編集長「だよね? 大和、前に言ってたもんね? 自分が正義の味方じゃないって気づいたって、だから朝売辞めたって」
大和「はい」
編集長「じゃ、なに? 正義感再燃? スーパーヒーロー再結成? やったわ! これで地球の平和は守られるわ!」
   編集長、記事を破る。
編集長「バカ言わないでもらえる?」
   編集長、破いた記事を放り投げる。
編集長「三日待つ。それで記事できなかったら、この企画から外す。ってか、ウチに要らないわ、正義の味方は」
   編集長、荷物をまとめて立ち上がる。
編集長「じゃ、まー頑張って。『ハイエナ大和』さん。……さ、ボジョレー予約しに行こーっと!」
   編集長、大和の肩を叩き、出て行く。
   記事の断片を拾い集める大和の背中。

○ライフパーク川口・四葉の部屋・中(夜)
   四葉、布団に仰向けになり、メモを見つめている。
   視線を写真立てに移す四葉。
   四葉、布団の上でジタバタする。

○帝和大学付属病院・病室
   雪、ベッドで眠っている。
   大和、ベッド脇の丸椅子に腰掛け、雪を見つめている。
   雪の頬に手を伸ばす大和。
雪の父の声「大和くん……?」
   大和、振り返る。
   雪の父と雪の母、入口に立っている。
大和「おじさん……。おばさん……。あの、ご無沙汰して……」
雪の母「なにしてるの……?」
大和「あ、いや……」
雪の母「触らないで!」
   雪の母、大和に駆け寄り、大和につかみ掛かる。
雪の母「汚い手で触らないで!」
   雪の母、大和を突き飛ばす。
大和「すみません! すみません!」
雪の母「あんたのせい! 全部あんたのせいなのに!」
大和「すみません!」
雪の母「なんで普通に生きてるの?! あんたが! あんたがこうなればいいのに! この疫病神!」
雪の父「やめないか!」
雪の母「雪を返して! 返してよ……」
   雪の母、崩れ落ちる。
   雪の父、雪の母の肩に手を置く。
大和「あの……」
雪の父「気にせんでくれ……。家内は、ちょっと、疲れてるんだ……」
大和「あの……。本当に……、本当に、すみません。僕が……」
雪の父「申し訳ない。……申し訳ないが、帰ってくれ。……すまない」
大和「はい。……失礼します」
   大和、深々と一礼し、出て行く。

○同・病室前廊下
   大和、病室から出てきて、扉を閉める。
   中から雪の母の嗚咽が聞こえる。
   大和、扉に深々と頭を下げる。
   よろめきながら歩き出す大和。

○街(夕)
   多くの人が行き交っている。
   大和、よろめきながら歩いている。
   何人もの人にぶつかる大和。
大和「すみません……。すみません……。すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」
   大和、よろめきながら歩いている。

○踏み切り(夜)
   警報音が鳴り、遮断機が下りてくる。
   大和、よろめきながら歩いてくる。
   電車、近づいてくる。
   大和、遮断機に手をかける。
   電車、ホーンを鳴らす。
   大和、遮断機を持ち上げる。
   電車、通過する。
   遮断機の前に崩れ落ちている大和。
大和「ああ……、あああああ……、ああああああああああぁ……!」
   警報音が鳴っている。
   雨が、降り始める。

○ライフパーク池袋・大和の部屋(早朝)
   雨の音がしている。
   大和、ずぶ濡れのまま玄関で体育座りをしている。
   突然、笑い出す大和。
   大和の笑い声が室内に響く。

○JICA本部・広報室・中
   室長、デスクでイスを窓の方に向け、外を眺めている。
   外は雨。
   職員たち、『週刊リアル』を読んでいる。
   四葉、傘を手に入ってくる。
四葉「おはよーございまーす!」
   職員たち、『週刊リアル』をおのおの机の下や引き出しの中に隠す。
四葉「いやー、ここんとこずっと雨でヤんなっちゃいますよねー」
   職員たち、苦笑い。
室長「小野」
四葉「はい」
室長「ここに、来い」
四葉「はい」
   四葉、室長の前に出る。
   室長、引き出しから『週刊リアル』を取り出しデスクの上に置く。
四葉「あ、室長もお読みになったんですね」
室長「これは、あの時あの場にいた記者にしか書けない記事だ」
四葉「この『人類否兄弟!?』って見出し、しゃれが効いてますよねー」
室長「あの彼が、書いたのか?」
四葉「そうですよ。大和さんは、こういう記事を書くのが、仕事ですから」
室長「追従して、他のマスコミもこのことを取り上げるだろう。現に疑わしい電話がこっちにも相当かかってきてる」
四葉「急いで対策しないといけませんね」
室長「さっき、ウチの理事長に、外交省の事務次官から電話があった。これがどういうことか、わかるな?」
四葉「ずいぶん大げさですねー」
室長「それだけおおごとだってことだ!」
四葉「こっちの想いは伝わってると思ってたんですけどねー。残念です」
室長「会議室に行くぞ。理事長はじめ役員方が説明を聞きたがってる」
四葉「こわー。……その前に、コーヒー飲んでいいですか?」
室長「小野。ホントにわかってるのか?」
四葉「わかってます。でも朝のコーヒー飲まないと、一日が始まらないんです。すみません。5分ください」
   四葉、奥の給湯コーナーに向かう。
四葉「ホント。残念だなー……」
   コーヒーを入れる四葉の手、小さく震えている。

○講英館・『週刊リアル』編集部(夕)
   大和、入ってくる。
   編集長、電話を切る。
大和「ちぃっす! ちっすちっすちぃっす!」
編集長「やまと! 大和やまとヤマト! 売れてるよー! 大和の下衆い記事が売れまくってるよ!」
大和「ひゃっほい! いやー、編集長のお陰っすよ!」
編集長「発破かけた甲斐があったってもんよ。よっ! 『ハイエナ大和』っ!」
大和「あ、オレ、『ハイエナ』から『疫病神』に昇格したんで。これからもっと下衆いのバンバン書きますよ!」
編集長「いーねーいーねー頼もしいねー」
深山の声「蒼!」
   大和、声の方を見る。
   深山、フロアの隅に立っている。
編集長「あら、いい男」
大和「太陽……」
   深山、大和に歩み寄る。
大和「いいぞ。殴っても」
深山「は? いいから、呑み行くぞ! ……借ります」
編集長「どーぞー」
大和「は?」
   深山、大和を引っ張っていく。

○居酒屋「てんやわんや」・店内(夜)
   店内はほぼ満席。
   大和と深山、入ってくる。
四葉の声「大和さーん! 深山さーん! こっちこっち!」
   四葉、テーブル席で枡酒を飲んでいる。
大和「え?」
深山「お! 四葉ちゃーん!」
   深山、テーブルにつく。
   大和、テーブルの脇に立つ。
大和「小野さん……。なにやってんですか?」
四葉「磯自慢の冷や呑んでます。ちなみに六合目です。すみません、お先に」
深山「全然いいよ。オレらもいつもそんな感じだし。なぁ?」
四葉「そうなんですか? すみませーん! 磯自慢冷やで!」
深山「あ、おちょこ一つ追加で!」
大和「なにしれっとはじめてんの?」
深山「え? 蒼もおちょこいる?」
四葉「すみません。大和さんはビール党かと思ってました」
大和「いや、そういうことじゃなくて……」
四葉「気にしてるんですか? 記事のこと」
大和「え?」
四葉「気にすることないのに。ま、おかげで契約は切られましたけど」
深山「え? 切られたの?」
四葉「そうなんですよ。明日の定例記者会見終わったら、クビです」
深山「うわー。どうすんの?」
四葉「そうですねぇ。山登ったり、旅行したり、ちょっと遊んでから就活します」
深山「永久就職は?」
四葉「婚活かぁ。それもありですね」
深山「一緒にリペアショップやる?」
四葉「いや、それはちょっと……」
深山「ええ?!」
大和「なんで……?」
四葉「いや、深山さん悪い人じゃないんですけど……」
大和「なんでそんな簡単に許せんの?」
四葉「あ、そっちか……」
   店員、酒とおちょこを置いていく。
大和「オレがやったことって……、オレがやっちまったことってさぁ、そんな簡単に許せることじゃなくね!?」
   四葉と深山、お互いに酒を注ぎ合い、乾杯している。
大和「話聞けよ!」
四葉「あ、すみません。お酒来たんで」
深山「だって蒼の話つまんねーんだもん」
大和「なんだよ! そっちがそうやって勝手に許すから、オレはいつまで経ってもオレを許せねーんじゃねーか!」
四葉「出たー。人のせい」
大和「ああ?!」
四葉「『気の弱いロマンチスト』は、これだから困るんですよ」
大和「どういう意味だよ!?」
深山「逆なんだよ」
大和「逆? 逆って、逆って逆になんだよ?」
四葉「大和さんが自分を許さないって知ってるから、こっちは許すんです」
深山「そうそう。さすが四葉ちゃん。よくわかってる」
四葉「へへ。かんぱーい」
深山「かんぱーい」
四葉「ま、許すも許さないも、そもそもそんな深刻に捉えてないですけどね」
深山「確かに」
大和「なんなんだよ……。なんなんだよお前らは!」
   大和、出て行く。
   四葉と深山、大和の背中を目で追う。
四葉「成功ですか? 失敗ですか?」
深山「うーん。微妙」
四葉「えー? 元気出して欲しいな……」
深山「それよりさ、さっきの『永久就職』のくだりのことなんだけど……」
四葉「大和さん。元気出して欲しーなー」
深山「四葉ちゃん。じゃんけん……」
四葉「しません」
深山「じゃん、けん……」
四葉「絶対しません!」
   四葉と深山、微笑み合う。

○コンビニ「Friend Ship」・外観(夜)
   住宅街にある駐車場のあるコンビニ。

○同・店内(夜)
   大和、弁当と缶ビールをレジに乗せる。
   店員、バーコードを通していく。
店員「お弁当温めますか?」
大和「ああ。お願いします」
   大和、雑誌コーナーに目をやる。
   雑誌コーナーには『週刊リアル』が置かれている。
   大和、『週刊リアル』を見つめている。
店員「674円になります」
大和「え? ……あ、はい」
   大和、ポケットを探る。
   ポケットから小銭が零れ落ちる。
大和「あ、すんません」
   大和、小銭を拾い集める。
   落ちた小銭の中に、おはじきが混ざっている。
   大和、おはじきを拾う。
   おはじきを見つめる大和。

○JICA本部・記者会見室・中
   ステージと記者席に分けられている。
   記者席はほぼ埋まっている。
   ステージには理事長、役員たちに混じって、四葉も座っている。
   室長、司会者席にいる。
   大和、記者席の端に座っている。
   編集長、入ってきて、扉の脇に立つ。
室長「では、質疑応答に移りたいと思います。記者の方々は媒体名を言ってからご質問をお願いします。では、そちらの方」
   記者1、立ち上がる。
記者1「毎経新聞です。先日の週刊誌の記事ですが、事実としてあのようなことはあったのでしょうか」
理事長「関係者に事情を聞きましたところ、事実、あのようなことはありました」
記者1「え? 認められるんですか?」
理事長「はい……」
記者2「産日新聞です。では、記事はすべて事実ということでしょうか? JICAは本当に国際協力をしているんですか?」
理事長「それは……」
大和「『週刊リアル』です。記事はすべて事実か、という質問に対してですが……」
   会見場、ざわつく。
大和「すみません。質問に答えているので、静かにしてもらっていいですか?」
四葉「大和さん……」
室長「ちょ、ちょっと。大和さん?」
大和「あ、室長。ご無沙汰してます」
室長「あの、なぜ大和さんが質問に答えようとされてるんですか?」
大和「記事に関する質問でしたので、書いた本人が答えるのがベストと判断しました」
室長「あ、なるほど。……え? いや……」
大和「確かに記事は事実です。しかし、記事の表現には明らかに偏った見方があり、とても中立な報道だとは言えません」
編集長「お前が言うなよ……」
大和「もう一つ、『JICAは本当に国際協力をしているのか』という質問に対しては、小野さん、お答えいただけますか?」
四葉「へ? 私、ですか?」
大和「はい。お願いします」
   四葉、立ち上がる。
四葉「え、と。あ、私登山が趣味なんですけど。登山家のガストン・レビュファはこう言っています。『私は、思い出より……』」
大和「すみません。適任ではなかったようなので、私が答えます」
四葉「ええ!?」
大和「小野さんは、以前私にこう言いました。『私たちは、誰かのために生きています』と。それが、答えです」
記者1「すみません。どういうことですか?」
大和「毎経新聞さん。あなたは、誰かのために生きていますか?」
記者1「は……?」
   大和、周囲を見回す。
大和「『誰かのために生きる』。言葉にすると簡単ですが、これは、誰にでもできることではありません。一種の、才能です」
   大和、四葉を見る。
大和「彼女のような職員がいる。彼女と同じ志を持った隊員がいる。それが、国際協力の大きな財産だと、私は思います」
四葉「大和さん……」
   編集長、大和を見つめている。
編集長「街頭演説かよ……。正義感ぶっちゃって……。うわ! かゆいかゆい」
   編集長、部屋を出て行く。

○帝和大学付属病院・病室
   雪、ベッドで眠っている。
   深山、ベッド脇の丸椅子に腰掛け、ベッドの隅に頭を預けて眠っている。
   雪、右手を宙に上げる。
雪「蒼、ちゃん……」
   雪、目を開く。

○カフェ「Rolling Stones」・店内(夕)
   二割ほど埋まった店内。
   四葉、窓際のテーブルに座って、周囲を見回している。
   入り口が開き、鈴が鳴る。
   白根葵(21)、入ってくる。
   四葉、立ち上がる。
四葉「白根、さん」
葵「四葉先生……」
   葵、四葉に歩み寄る。
葵「お久しぶりです。四葉先生」
四葉「う、うん。ひさしぶり、だね」
   葵、四葉に微笑む。
     ×  ×  ×
   四葉と葵、テーブルに向かい合って座っている。
   テーブルにはコーヒーカップが二つ。
葵「四葉先生が羨ましい」
四葉「へ? 私が? なんで?」
葵「だって、大和さんも、翔馬くんも、一生懸命私に話すんです。四葉先生がどれだけ人のために働いてるか」
四葉「そんな……。なんか、申し訳ないな」
葵「あの、大和さんって、四葉先生の彼氏ですか?」
四葉「大和さん!? 違う違う!」
葵「そうなんですか。……よかった」
四葉「白根さん、ああいう人がいいの?」
葵「はい。私、大和さんが好きです」
四葉「長く一緒にいると消耗するし、付き合うにはコツがいると思うけど……」
葵「でも、陽だまりみたいな人ですよね」
四葉「それは……、そうかも」
葵「でも、四葉先生がそう言うなら、ちょっと考えた方がいいかも……」
四葉「いや、自分の気持ちには、正直でいいと思うけどね。……でも大和さんは……」
葵「四葉先生の言葉って、いつも、少し後から効いてくるんですよね……」
四葉「そうなの?」
葵「はい。……正直、あの頃は、四葉先生の言ってること、四葉先生のこと、よく、わからなかった。でも、今ならわかる」
四葉「そう?」
葵「はい。だから、今、言いますね。……『ありがとう』」
四葉「え? あ、いや! いや! そんな! もったいない! こちらこそ!」
   葵、笑う。
   雲間から光が差す。

○講英館・『週刊リアル』編集部(夜)
   大和、デスクに座り、ボイスレコーダーから伸びたイヤホンを付けて、PCに向かっている。
   編集長、両手にマグカップを持って大和のデスクに歩み寄り、片方を大和のデスクに置く。
   大和、振り返り、イヤホンを外す。
大和「ああ、編集長。ありがとうございます」
編集長「記者会見。荒らしたらしいね」
大和「荒らしたなんて人聞き悪い。今一番言うべきことを言っただけです」
編集長「なんか、さっき偉い人が褒めてたよ。あんま内容覚えてないけど」
大和「ホント、いい性格してますね」
編集長「大和に言われたくないよ」
   大和と編集長、笑いあう。
編集長「あ、大和。ここクビね」
大和「ですよね……」
編集長「だってアレ明らか『ハイエナ廃業宣言』でしょ? なに記者会見で演説打ってんの? ホントかゆい。ってかうざい」
大和「見てたんですね。……お世話になりました。迷惑ばっかですみません」
編集長「明日から朝売戻んな。もう話は付いてるから」
大和「へ? どういうことですか?」
編集長「私の人脈と美貌を持ってすれば、大和を朝売に戻すくらいわけないってこと」
大和「へー。……へーっ!」
   携帯電話、鳴る。
編集長「まぁ、大和が望むなら、私の六番目の愛人にしてやっても……」
大和「もしもし太陽? 雪が?! 編集長! オレ帰ります! ってか、ありがとうございました!」
   大和、一礼して駆け出す。
編集長「いいけど……。いいか」
   編集長、微笑む。

○羽田空港・外観
   T「二年後」
   着陸態勢の飛行機が見える。

○同・入国ロビー
   大勢の人々が行き交っている。
   山吹(23)、サングラスをかけ、キャリーケースを転がしながら現れる。
   サングラスを外す山吹。
   山吹、周囲を見回す。
山吹「あのー! 山吹翔馬の出迎えの方ー! 誰かいないっすかー! 四葉先生ー! 大和さーん! ……マジすか。超ヤベー」
   山吹、肩を落とし、キャリーケースを引いて歩き出す。

○中部山岳国立公園・全景
   槍ヶ岳、立山、穂高岳などが連なる北アルプス。

○中部山岳国立公園・東鎌尾根
   立ち止まり、深呼吸をする大和(30)と四葉(28)の背中。
大和「やっぱカッコいいなぁ、槍ヶ岳」
四葉「ですよねー」
   大和と四葉、両手の親指と人差し指で作ったフレーム越しに槍ヶ岳を見る。
雪の声「四葉ちゃん! 蒼ちゃん!」
   大和と四葉、声の方に振り返る。
   雪(29)、大和たちより5メートルほど後ろで、手招きをしている。
   深山(30)、雪の隣にいる。
   大和と四葉、雪に歩み寄る。
深山「リーダーがペース乱すなよ」
大和「うわ出た! 山岳部あるある」
深山「うるせ!」
四葉「雪ちゃん。なにかあった?」
雪「うん。見て! あそこ!」
   一同、雪の指差した方を見る。
   岩の割れ目に、コマクサが咲いている。
四葉「あ。コマクサ」
雪「キレーでしょ?」
大和「ああ」
   雪、笑う。
大和「どうかした?」
雪「『太陽流じゃんけん』、破れたり!」
深山「え? どういうこと?」
雪「よく見て。岩の割れ目、新しいでしょ?」
四葉「そう言えば、そうだね」
大和「なるほど」
雪「ね? 根っこが伸びる力で、岩が割れたんだよ」
大和「生命力の成せる業だな。まさに『雨垂れ石を穿つ』」
   四葉と雪、深山をにらむ。
深山「いや。いやいやいやいや……」
   四葉と雪、深山に迫る。
雪「一番風呂返せ!」
四葉「デート返せ! ……ん? 大和さん、今の、どういう意味ですか?」
大和「え? ああ。難しい問題でも、長い時間かけて、何度も挑戦すれば、道は拓けるかもってこと」
四葉「へー……」
   槍ヶ岳へと続く稜線の両脇は、緑で覆われている。

おわり

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